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2020年8月に作成された記事

教職員が一体となって危機管理に取り組むには、どうすればよいか

 危機管理においては、教職員の共通理解と行動が重要な条件となる。
(1)事前にしておくこと
 何が問題になるかを教職員に知らせておくことから始めたい。
 他で発生した危機を報道などを通して情報収集し、自分の学校にあてはめて十分検討しておく。
 また、そこでの結果を知らせ、危機状態にならないための工夫をしておく。
(2)起きてしまったときの対応
 最初の一手を即座に打つこと。
 特に連携系統の確保が欠かせない。
 また、説明責任が伴う。この対応は子ども中心である。
 保身に走らないほうが傷は少ないと考えるべきである。
 全教職員がそういった意識で動くよう理念の共有がポイントである。
(3)日常的な配慮も重要
 教師としてのルーチンワークを再確認しておきたい。
 日常の人間関係はどうか、互いに信頼し合える職場かどうかも重要な視点なのである。
 危機状況で動ける学校の基本はここにある。
(阪根健二:1954年神戸市生まれ、香川県公立中学校教頭、指導主事、鳴門教育大学教授を経て特命教授。 研究内容は学校教育学(危機管理、教職論、生徒指導))

 

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子どもたちの学習態度を育てるにはどうすればよいか、また机間指導中に行うべきことなんでしょうか

「白井さん、あれは授業ではありませんね。」
 新任の時、初めての授業研究が終わっての帰り道、歩道橋の上で当時の校長であったH先生からいただいた言葉です。
 自分なりにがんばったつもりであり、授業後の研究協議会でも厳しい意見をいただかなかっただけにショックでした。
「模造紙何枚もの資料を作ったのに…」
「睡眠時間を削って指導案を書いたのに…」
 今考えれば、H校長先生の言葉がよくわかります。
 せっかく作ったからといってすべての資料を広げれば、子どもたちは混乱するばかりです。
 授業は私の努力を見せる場ではありません。
 また、睡眠不足は私の準備不足から来たもので、子どものせいではありません。
 むしろ、そんな状態で授業をしたことを子どもたちに謝らなければならないところです。
 つまり主語がすべて自分であって、子どもたちが主語になっていないのです。
 当時はそのことに気付きませんでしたが、この厳しい言葉が、授業について考える出発点になったのは確かです。
 幸いにして、私はたくさんの授業を見せていただく機会に恵まれました。今までに見せていただいた授業の数は、二千本近くになるのではないでしょうか。
 これまでたくさんの授業を見てきて、とても残念に思うのは、学習態度は小学校の低学年の方がしっかりしている場合が少なくないことです。
 学習態度を向上させるのに一番効果的なのは、新年度早々に「○年生らしい姿とは何か」について十分に話し合わせ、めざしたい○年生像を一人ひとりの子どもにしっかりとイメージさせることだと思います。
 その際、具体的な行動の仕方や態度だけでなく、それがなぜ求められるのかということについても十分に話し合わせておくことが大切です。
 また、話し合いの基本的なルールやマナーについて集中的に指導しておくことも有効です。
 年度当初、学級で話し合っておいた方がいいことはたくさんあるはずですから、それらを話し合わせる中でルールやマナーを身につけさせていくのです。
 高学年であれば、下級生の存在を意識させるというのも、自らの行動への自覚を高めていくうえで有効な方法です。
 機会あるごとに、下級生が君たちから何を学んでいるかということを、特にプラス面を中心に伝えていくのです。
 子どもたちの学習態度を高めるために、他の先生方の力を借りるということも大切です。
 なるべくいろいろな教師に教室に来てもらって、授業の仕方だけでなく、子どもたちの様子についても見てもらい、批評してもらうようにするのです。
 なぜこのようなことが大切かと言いますと、知らず知らずのうちに学級の雰囲気やスタイルのようなものができてしまい、教師も子どもたちもそれに慣れてしまって、その中の改善すべき点が気づきにくくなってしまうからです。
 反対に、見てもらって教師からほめてもらった場合は、子どもたちにそれを伝え、共に喜び合うようにします。
 子どもたちにとってほめてもらうということは大きな自信になり、さらにがんばっていこうとする意欲につながっていきます。
 机間指導中に行うべきことはなんでしょうか。
 机間指導は、
(1)子どものつまずきを早期に発見し、適切な手だてを講じるようにします。
(2)よい点を認め、励ますということです。
「この考え、すばらしいよ」と声をかけたり、ノートにその場で花まるを書いたりすると、ふだん発言をためらいがちな子でも発言するようです。
 先生に認められ自信が生まれるからでしょう。
(3)授業の組み立てに役立てるということです。
 たとえば、
「Aさんがノートに書いている疑問は目標と関連が深いから、全員の学習課題にしていこう」
「Bさん、Cさんの順に指名してそれぞれの解き方を説明させ、共通点と相違点を考えさせよう」
「Dさんが個性的な考え方をしているから、紹介しみんなの見方を広げていこう」
 と、その後の授業展開をイメージしていくのです。
 机間指導の際に座席表を活用すると、授業の組み立てや、記録や資料としても役立つでしょう。
 各自が自分の考えをまとめているときに、座席表に簡単にメモしていきます。
 そのメモした座席表の情報をもとに授業を組み立てていくと、授業はふくらみのあるものになります。
 また、このメモした座席表を保存していくと、子どもたちの学習状況をとらえるための資料となりますし、通知票の所見を書く際に活用すれば記述が具体的なものになります。
 机間指導中に子どもと会話する場合には、しゃがみこんで子どもと目の高さを合わせて話すことが大切です。
 また、個別指導しているときも、常に全体に目配りしている必要があります。
(白井達夫:川崎市立小学校教師、横浜国立大学附属横浜小学校副校長、川崎市総合教育センター教科教育研究室長、川崎市立小学校校長を経て横浜国立大学教育デザインセンター主任研究員)

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小学生の子育てのコツとは

1 小学校1,2年生の子育てのコツ
 小学校に入学するまでは、さまざまな準備をはじめます。
 努力のわりには成果が得られないと親は感じる時期です。親があせると子どもの不安は強くなります。
 親は子どもが本来持っている学習能力を信じて長い目で見守ってあげることが必要です。
「この“あ”の字、難しいのにじょうずに書けているね!この調子で今度は“み”も練習してみよう!」
 というように、まずはほめてから、次の目標を示すような、ていねいで温かい励ましの姿勢を示すとよいでしょう。
 入学したばかりのころは、宿題も、次の日のしたくも、「いっしょにやろうね」という並び合いの関係でみてはげてください。
 この時期に、もっとも大切なのは、「知っていること」よりも「つくってみる、やってみる」生活体験を積み重ねることです。
 ものづくりで失敗の経験をしている子どもは、再チャレンジに意欲的な子どもになります。
 生活体験は「学びのタネ」の宝庫です。買い物に行って食材を探すとき、子どもが質問すれば「よく気がついたね」と子どもに気づきを受けとめます。
 共感してくれると、子どもはまた何かをやりたがり、学びたがります。
 もうひとつは、たくさん遊んでください。仲間とたわむれる体験がないと、人間の成長に偏りができることにもなります。
 文字を覚えるとき、大切なのは、文字が示す「ものや状態」とのつながりを考えることです。
「あ」のつくことばなら「あさ」、「あるく」といった生活に密着したものとつなげることで、文字への興味や関心が広がります。
 親も児童書に親しんで、交代で声に出して呼んであそぶうちに、文章をひとまとまりとして読めるようになります。
 算数のたし算、ひき算は、紙に包まれたキャンディーなど、数が意識できるようにするのがコツです。
 位取りは、一円玉が10個集まって、十円玉1個と両替、という生活体験があると分かりやすくなります。
 九九は、親子で唱えてゲーム感覚で楽しく覚えください。買い物に行ったときに「5個入りチョコを3個買ったら、チョコは何個?」と、かけ算見つけをしてみましょう。
2 小学校3,4年生の子育てのコツ
 3,4年生は「冒険の時代」といわれ、知的な好奇心に満ちていて、何にでもチャレンジすることをいとわない時代です。
 この時期におすすめしたいのは、科学読み物です。興味をもった分野を深めたり、視野を広めたりして、新たな発見が続くようになります。
 集団行動もとるようになり、数や時間、地理などの概念も備わってきて、子どもなりの考えをもてるようになります。
 親も「ずいぶん楽になったなあ」という実感がもてる時期です。
 とはいえ、怖いもの知らずものこっています。ところどころで手綱を締めつつも、子どもたちのエネルギーをどんどん発揮させることが大事な時期です。
 最近では、苦手意識が低学年から見かけることが多くなりました。「必死で頑張っている姿がとても素敵だった。感動した」と子どもに伝えてあげてください。
 もうひとつの変化は、親よりも友だちと過ごす時間を優先する時代に入ってくることです。
 親から離れていく時期ですが、旅行などちょっと特別な場所に「いっしょに行こう」と誘えば、喜んでついてきてくれます。
 4年生になると言葉による思考が完成し、大人の会話も理解できるようになります。
「○○ちゃんて、むかつくの?」と、話の語尾に「の」を使うと「だって、○○ちゃんて・・・」と子どもは次をつなげていきます。
 相づちをうちながら、一通り子どもの言い分を聞いてあげましょう。何かあったときは、親に話せば聞いてくれる、という信頼感を得ておくことは、何よりも大切なことです。
 その後で「あなたの気持ち、分かるよ。でも、お母さんは、こういう考え方もできると思うんだよね」と、共感を示しながら対等な立場で話をしてあげてください。
 今の時代は小さい集団での人間関係がすべてになってしまい、閉塞感に苦しめられています。
 人と出合って、人と関わって学び、子どもたちの心に人間への愛情、生きていることの尊さをもたらすようにしてあげましょう。
 人間への信頼をもっている子どもは「明るさ」があります。この「明るさ」が、これからの人生で、試練を乗り越えていく力になります。
 夕食のしたくをしている台所のテーブルで、宿題をする子どもに話しかける。それだけでも、子どもは安心できるのです。
 わり算も登場します。おやつを食べるときに、おやつを分けて自分の分はどれぐらいか遊んでみてください。
3 小学校5,6年生の子育てのコツ(1)
 小学校高学年になると、思春期に向かい、親から離れて自分の人生を歩み始めます。
 この時期の子育ての指針は、自分の考えで行動でき、目標を自分で選択し、仲間のなかで自分を表現していける、子どもを育てるという3つがあります。
 だから、これからは一方的に知識を詰め込むのではなく、どうしてそうなるのか、リサーチする学習が大切になります。
 この時期に伝えたいのは、人間のすごさです。
 職人さんのワザを見せたり、仕事への思いを聞いたりして、人間にとって仕事とは何なのかを考えさせたいのです。
 その人の素敵さを感じることで、自分はどう生きるべきかと、そこに自分の身を置いて考えるようになります。
 これまで外の世界に向いていた目が、自分の内側に向くようになると、なりたい自分と今の自分とのギャップに気づき、コンプレックスを抱くようになります。
 そのなかで自分を支えてくれるのは「今のままのあなたでいい」と言ってくれる人の存在です。
「ゆっくりでいいからやっていこう」と応援し、「できた」実感を積み重ねていくことが、自己肯定感を育てます。
4 小学校5,6年生の子育てのコツ(2)
 からだが変化するこの時期に、人間のからだを知ることです。
 早く成長する子は早いことに、遅い子は遅いことに悩みます。
 この時期に、どうやって人間は命をつないできたのかを知ることで、子どもたちは、人間の神秘やすごさを知り、自分のからだに起こる変化を、肯定的にとらえることができるようになります。
 思春期に入り、まわりの大人の生き方に共感や反発を感じ始めます。
 子どもは大人を客観的に観察し、大人の権威を押しつけられることを嫌います。
 この時期の子どもは、純粋なほんもの志向です。ほんものに出合ったときの子どもの受けとめ方の深さには、すばらしいものがあります。
 自分のなかに起こっている、からだや心の変化をもてあまし、イライラして、暴言や暴力などの行動を起こしてしまうこともあります。
 このとき、親が理路整然と言い聞かせようとするよりも、自分の感情で、正面から子どもにぶつかっていいと思います。
 たとえば「今、こういう状態になっているあなたが悲しい、親として手を差し伸べられないことが悲しい・・・」と、本音でぶつかりながら、分かり合っていくほかありません。
 性教育は、きちんと説明するより、おおらかに接するのが正解です。
 親から子どもにきちんと説明する、というのはなかなか難しいですし、子どももそれを望んでいないことも多いもの。
 人間の成長や生命につながっていくしくみをきちんと扱った本を、子どもの目に触れるところに置いておく、テレビをみているときなどにさりげなく話題にする、というようにおおらかに接していきましょう。
 子どもたちには、「読書」を強くおすすめします。
 この時期の子どもには、人間の奥深さを学んでほしいと思っています。
 ずるさや弱さ、情けなさをも含んだ、人間の“味”が読みとれる作品にめぐりあってほしい時期でもあります。
(黒笹慈幾 編集:1950年東京生まれ、元小学館 家庭教育雑誌『エデュー』の編集長。南国生活技術研究所代表、高知大学特任教授)

 

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子どもたち全員と対話するために、ミニ作文を利用するとよい、また叱るときに大切なこととは

 40人の学級の子どもたち全員と一対一で対話することは難しい。
 目立つ子は、教師に注目され、対話するチャンスができる。
 逆に目立たない子どもたちとは、いつまでたっても対話するチャンスができない。
 そのとき、小学校教師の原田真知子先生がクラスの子どもたちと全員と対話するために取り組んだのが「ミニ作文」である。
 四月当初からB6サイズの用紙に「みんなに伝えたいこと」と題した作文を書かせ、それに教師がコメントを付ける。
 そして、学級通信に次々と掲載していく。
 この取り組みについて原田先生は、
「ミニ作文は、抵抗なく子どもたちに受け入れられ、家族のこと、友だちのこと、ゲームやテレビのことなど、かいを重ねるにつれ、詳しく書かれるようになりました」
「その作文一つひとつにコメントを書く作業は時間的にも大変でしたが、子どもたち一人ひとりと対話をしているつもりで、毎日コメントを書き続けました」
 と、述べている。
 このような作文を通した対話は、中学校において特に有効である。
 口では表現できないことも書くことができるからである。
 日記や班ノートを教師と子どもたちとの間で交換することで、新しい関係がつくり出される。
 さらに、授業においてもみんなの前で発言したがらない中学生に対して、各自の感想や意見を紙に書く。
 それを読ませたり「教科通信」上などで発表し、紙上討論すると、子どもたちの本音が表出され、学び合いが深まる。
 住野好久中国学園大学副学長は講演で、教育的に叱るときに大切なことは、
(1)止めさせた理由を共有する
(2)してはいけない「行為」をせざるを得なかった「思い・願い」を叱る側が受け止める。(3)よりよい方法で「思い・願い」を実現するにはどうしたらいいかを共に考える。
 ことが大切であると述べました。
(住野好久:1964年生まれ、岡山大学教授を経て中国学園大学副学長。指導者の指導性と学習者の自主性が相互に発揮されるような授業指導や生活指導のあり方を研究)

 

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授業中に行う説明の技法にはどのようなものがあるか

 授業中に、教師が子どもに説明することがたいへん多くあります。言葉や知識について説明したりします。
 教科書は、子どもに知らないことを提供することを目標にして編集されています。
 それでいきおい授業は、知らないことを知っている言葉を使って説明するということになりがちです。
 それが単に言葉の置き換えだけにとどまってしまうと、深い授業にはならないのです。
 説明の技法には次のようなものがあります。
(1)言葉の置き換えによる説明
 一番あたりまえの技法です。知らないことを知っている言葉を使って説明することです。
 手軽で便利なものですが、単純な方法ですから効果はそれほど大きくはありません。
(2)イメージによる説明
 言葉によって描写することで、子どもたちの頭の中に「絵・音・匂いとか」をつくりだす方法です。たとえば、有名な実践家の斎藤喜博先生は
「こんどは『すすき』を考えてください」
「この俳句の場合、どちらかというと、すすきは一本とか二十本とかでなく、広い野原がすすきでいっぱいになっているのではないかな」
「一本一本のすすきなどは見えない。見渡すかぎり、すすきが綿をひろげたようになっている」
このように、言葉による描写力を教師が獲得し、その力を高めることは、そんなに簡単なことではありません。
 ふだんから意識的に訓練し、実際に試してみるなどの努力が必要となるでしょう。
(3)例をあげる説明
 子どもの生活経験にありそうな具体的な例と結びつけて説明することがよくあります。
 その効果も大きいものがあります。たとえば、斎藤先生は
「自分の可愛い子が『おててが冷たい』と言っているんだからね」
「みんなの家のお母さんはどうなんだ?」
「『母ちゃん、足がきれちゃった』なんて言ったときに、お母さんは、空のほうをみて涼しい顔しているかな」
「『あら大変、どうしたの』(動作してみせる)こうやるでしょう」
 このように具体例が授業中にとっさに生まれてくるようになると、授業の力は非常に高くなってくるのだと思います。
(4)比喩を使う説明
 それを引き合いに出すことによって、あることの本質がはっきりしたり、うまく説明ができるというものです。たとえば、斎藤先生は
「息を吸うとき、お腹出なけりゃだめでしょう」
「だって、お菓子か何かもらうときに、袋を小さくしたら入らないでしょう」
「うーんとふくらませなければ空気が入らないでしょう」
「それを、息を吸うときに引っ込むんじゃ、入らないでしょう」
(横須賀 薫:1937年生まれ 宮城教育大学学長、十文字学園女子大学学長を務めた。教員養成や授業に関する研究を主に行った)

 

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授業中じっとしていない子どもを「学ぼうとする身体にする」にはどうすればよいか

 子どもたちの身体を支える背筋力の低下は著しく、学べない身体になってきている。
 子どもたちは長時間、身体を支えられなくなってきているのである。
 また、すぐに疲れ、授業中じっとしていない子どもが増えてきた。
 生活リズムが遅寝・遅起き・疲れの蓄積という状態になっているのである。
 子どもたちの身体は、
(1)身体が緊張する
 精神的な緊張が身体の緊張となって現れる。
 緊張する子どもたちは授業中、周りの気配に気を配り、息をひそめ、身体を硬くし、過度の緊張の中で耐えているのである。
(2)学習すること拒否する身体
 緊張して身体が学習を拒否する場合や、学習に意味を見出さず、学ぶことが自分とは関係のないものになっている。
(3)他者と学ぶことを拒否する身体
 他者とつながることのできない身体になっている。
 他者とのかかわることに価値をみいだせない、他者とかかわることに恐怖感を持つ。
 これは、他者を必要としないあそびを多く経験し、また自分に近い同質の子どもたちとしかあそばない子どもたちにとっては、他者とかかわる楽しさもわからないので、他者とかかわることには、否定的な感情しかもたらさないのかもしれない。
(4)一元的価値観の身体化
 学習することが人格に対する評価と直結していると意識し、身体が緊張し、閉じていくのである。
 子どもは評価基準を敏感に感じとり、失敗や「できない」ことが許されないという価値観を身体にまとってしまっているのである。
 子どものからだが硬く、緊張した状態が、学びを硬直した、自分のものでないものにしている。
 必要なことは、人がつくった価値観、評価からいったんからだをひきはなし、内から涌いてくるエネルギーに身にまかせて生きるしかない。
 子どもたちが、学ぶ身体をつくるために必要なこととは何か。
 身体ごと交わる実践をするとよいのではないか。
 子どものからだが硬く、緊張した状態が、学びを硬直した、自分のものでないものにしている。
 必要なことは、人がつくった価値観、評価からいったんからだをひきはなし、内から涌いてくるエネルギーに身にまかせて生きるしかない。
 近年、身体ごと交わることから実践を開始する事例が増加しているといわれる。
 それは「閉じこもった身体」をもった子どもが多くなっているからである。
 そのような子どもの身体が必要としているのは「応答を楽しむ場」である。
 学ぶ身体をつくるには、学級や授業が「応答を楽しむ場」であることを十分に知らせ、「応答を楽しむ身体へと育てる」ことが必要になってくる。
 そのためには、たとえば小学校低学年の場合には、子ども同士の応答・掛け合いによって成立するあそびを経験させることが有効だと考えられる。
 誘い合ってあそべない子どもたちなので、先生が一緒にあそんで楽しむことを一学期のモットーとし「鬼ごっこ」「氷おに」「花いちもんめ」「かごめかごめ」などを宮平恵子は行っている。
 中野譲も「めだまやき」をしながら抑圧されたエネルギーの発散を図り、週一回のレクリエーションで、「指まわし」「お互いの背中さすり、たたく、もむ」などをしている。
 集中した状態でのあそびは、やりとり自体を楽しむものであるといってよいであろう。
 こうしたやりとりの心地よさを経験し、それが許され、つくられていく場所が学級であるということを、子どもたちにまさに身体で実感させていくことが求められているのである。
 このことは、緊張し、拒否するからだを解放し、学ぶことや他者を拒否しない身体をつくることでもある。
 応答を楽しむことの重要性は、他者との感情の共有、一体感をつくり出すだけでなく、やりとりという共同活動によって変わるという授業の本質にかかわることだからである。
 飯塚麻子は、中学校一年生の国語の授業で、群読から始めている。
 生徒たちは、声を出すこと、他者の声と溶け合うことで心地よい経験をし、これから始まる国語の授業に向けて身体がほぐされ、開かれているのである。
 中野が身体の問題にこだわった実践を展開しているのは、学級に間違っていいよというベースがないという意識がある。そのため、授業方針として
(1)授業のどこかに多様な表現活動を取り入れる
 例として、身体表現、劇化・発表、テレビ番組つくり。
(2)子どもにどんな授業がよいか問う
 子どもたちの「手作業を伴う学習がしたい、身体を動かす学習がしたい、わかりたい」という要求をうけて、図工で木工、社会でリサーチ、算数でつくる・折るといいった活動をする。
 これは、子どもが求めている授業、すなわち現在の授業が抱える問題点や課題を明確化した上での授業構想だといえる。
(長瀬美子:1963年生まれ、大阪大谷大学教授。専門は、あそび研究(あそびの発展と人間関係の発達)、幼児の認識の研究(科学的認識と物語的認識))

 

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チームで取り組む学校は、トラブルをさけるためにも「報告・連絡・相談」は最も必要なことです

 報告・連絡・相談を「ホウレンソウ」といいますが、これはチームとして取り組む学校において最も必要なことです。
 これが不十分なため、予期せぬトラブルを招くことが少なくないのです。
 相談は遠慮しないで早めにしてください。
 困ったときは、先輩や上司をつかまえて、どんどん聞いてほしいと思います。恥ずかしいことではありません。
 問題が小さいうちに、早めに相談することが大切です。自分一人で解決しようとしても、問題を余計に複雑にしてしまいます。
 そして、相談したら、その後、かならずその経過や結果を報告するようにしましょう。
 そのために、それらの経過を日記やメモに残し、情報を整理しておく習慣をつけたいものです。
 そうすることが、自分なりの考えをもって相談することになり、相手を振り回さないことにもつながります。
 次のような点に留意してください。
(1)上司・管理職への報告を怠らない
 組織やチームで教育活動を行っていることを常に忘れず、主任、教頭、校長への報告を忘れないようにします。
 連絡や相談がなければ上司や管理職は判断のしようがありませんし、あなたへの評価は高くなりません。
 信頼を得て自分を成長させるためには、日常の「ホウレンソウ」は欠かせません。
 学校から発行する文書は、校長名のあるなしに関わらず管理職に事前に報告し許可を取る必要があります。
(2)学年・分掌内での「ホウレンソウ」
 学校行事や生徒指導では、学年での取り組みが多いので、学年内の「ホウレンソウ」を重視する必要があります。
 生徒指導などは常にノートに記録する習慣をつけるようにしましょう。何かあった場合には指導記録が非常に役立ちます。
(3)保護者への事前・事後・経過報告をきちんと行う
 学校は保護者から子どもの教育を委託されているともいえます。
 したがって、発生した事故やけが、トラブルなどについては、何よりも保護者へ速やかな、きちんとした「ホウレンソウ」が必要です。
 さしたる事件やけがでないと勝手に判断し、連絡をしなかったり、遅れたりして、後日、保護者の不信を招くことがあります。
 また、教師が指導した結果や状況についても、保護者の気持ちを考えず、報告や相談がなされないなど「ホウレンソウ」がなかったための行き違いや苦情で学校に混乱がもたらされる場合もあります。
 保護者との連絡ミスや事前・事後報告の不足により、不信や苦情が膨れあがり、直接教育委員会や議員等に問題が持ち込まれることもあります。
 保護者には特に「ホウレンソウ」を十分に心がけるようにしたいものです。
(4)地域や市民への「ホウレンソウ」
 学校の説明責任が問われる時代です。
 開かれた学校づくりとして、学校の課題や取り組みの方向性など、十分に報告・連絡することが求められています。
(有村久春:1948年生まれ 東京都公立学校教師、小学校長等を経て岐阜大学教授。専門は生徒指導論、カウンセリング、特別活動論)

 

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子どもの心を動かす話しかたをするには、どのようにすればよいのでしょうか

 私は、言葉に障害がありましたから、声が出ない人、うまく話せない人を敏感に気づいて、そのありようを考えてきました。
 ある会合で若い女の教師から質問されました。
「小学校三年の担任ですが、子どもたちの姿勢がひどく悪くて困っています。どうしたらいいのでしょう」と言うのです。
 この教師の声が実にか細く、おまけにカン高い。
 これはもう原因はこの教師本人にあるのは明白です。
 あんなか細い、聞き取りにくい声でしゃべられては、子どもたちはじきにくたびれます。
 もうどうでもいいやという気になって、ぐたっと机につっぷしてしまうのが当たり前です。
 子どもたちの姿勢をよくする方法はただ一つ、まず彼女自身が楽々と子どもに届く、生き生きした声を取りもどすことでしょう。
 これは決して珍しい例ではない。子どもたちにたっぷりした声で話しかけられる教師は数少ないようです。
 強引なばかでかい声や、細いカン高い声、冷たく固いしゃべりっぷりなどがみられます。
 私が行う基本訓練に「話しかけ」があります。
 5、6人椅子に座っている人の後ろ3~4mから話しかけるというレッスンです。
 このレッスンでみんな驚くのは、話しかけられた声があらかた相手に届かない、ふれないことです。
 話しかけた声が座っている人のはるか手前だったり、もっと先のほうに話しているとしか聞こえなかったりします。
「話しかけ、声で相手にふれる」という、この基本的な能力が、今私たちから奪われつつあるのではと私は恐れているのです。
 学ぼうとする子どもたちに向かって語りかけ、相手とふれ、対話し、相手のこころの内になにごとかを起こすこと、これが本来教えるということだろうと思うのです。
 言葉が相手の体にふれ、相手のからだと心を動かす、変える、これが話すということでしょう。
 体の内側の感じを探ることに集中すれば、自然と呼吸が深くなり、胸をつり上げて固めてはいられなくなる。
 声は深い、腹に響く声になる。こうなると自分の体の感覚にも気がつく。不思議なことにこうなると、言葉が相手にふれ、染みこむ。腑に落ちる。
 からだ全体に響く自分の声を持たねばなりません。
 話している人のことばが、声としてちゃんと相手に届いていないのに、全く気づかずに過ごしている人がいる。
 たとえば、ガンガンと怒鳴りまくって、壁に声がはね返っている。
 声がほんとうに相手のからだにふれているかどうかは、だれでも感じることができます。
 声というものは、ほんとに、一つの「もの」のように、相手のからだにぶつかったり、はずれたり、散らばったり、落っこちたりするもので、目にみえるのです。
 私が有名な実践家の斎藤喜博先生の合唱指導をビデオで見たとき、声を「もの」としてつかまえ、それをふくらませたり、引き寄せたり、汗みどろになっている姿でした。
 声が「もの」として、相手のからだにふれ、相手を打つようになるためには、
 第一に、発することばが、相手に対する働きかけ、行動でなくてはならない。
 第二の条件は、自分の声をとりもどすことだといえるでしょう。
 自分の声という言い方は漠然としていますが、多くの人はいわゆる「口先だけの声でしか語っていない」ということを言いたいのです。
 話そうとすると、とたんに胸を吊り上げのどを締めつけようとする。
 胸をつりあげて、胸と頭だけに声を響かせている。
 声の幅がきわめて狭く、息が浅く、ハイスピードで一気にしゃべる。
 聞いていて安心できないし、じきに疲れてきます。
 やわらかく、こちらのからだに沁みてくるとか腹に響くということがない。
 それをなくすために、力をぬき、息を深くすることから始めて「からだがゆるんで来たな」と思えたころ、やや遠くにいる相手に、たとえば「バカ!」と怒鳴りつける訓練をやった。
 ある女性の場合、からだがおどり上がるように動いて、みごとに腹からの豊かな声がでました。
 ズシンと相手のからだを打ち、相手がふっとびそうな力強さだった。
 息が深々と彼女のからだから流れ出て相手へ向かっていく。
 自分の声に出合ったと言いましょうか。そのとき彼女は、相手が見えた、と言いました。
 胸の力を抜く訓練をして「とても楽ですという声」を見つけ、出してみると、深い豊かな声になり、話すことばが、からだ全体に響いてきます。
 驚くことには、相手にまともに向かえる感じになることです。
 自分と相手との間に、たしかな、ある関係が成り立ったという、新しい感覚がうまれます。
 自分でも気づかなかった自分があらわれます。
 人が「変わる」というのは、こういうことだと私は思うのです。
 あらわれてから後で「ああこれが私なんだ」とわかる。
 自分に出合うということは、自分を捨てることでもあるわけです。
 その人の感覚なり、行動のパターンが変わるというときには、顔つきも変わるし、声も変わる。
 つまりその人の存在の仕方全体が変わってしまう。何かどっかだけが変わるということはない。
 教師が「子どもがわかる」とは、どうゆうことなのでしょうか。
「みえる」とか「わかる」というのは、子どもたちのからだが語っていることを、教師は自分の目で見て、自分のからだに共振して感じる体験なのです。
 教師は、子どもが「みえる」とか「わかる」ようになるには、教師はからだの力を抜き、ときほぐすことが出発点になります。
 からだをときほぐすとは、肉体の緊張だけでなく、内なる身がまえをとき、からだの深いレベルまで入っていくことです。
 この中で「感じるままに動く」という訓練はとくに教師たちには全く経験がないことに驚かされます。
 もし教師が「からだをときほぐし、感じるままに動く」ことを試みれば、内的な調和を得ることができます。
 この試みは、自分を否定し、こわし、おちこぼれることを覚悟してください。
私の行っているレッスンの内容は次のとおりです。
・人に触れられないからだに気づく
・自分のからだのこわばりに気づく
・からだをときほぐす
・からだの内に動くものを感じる
・感じるままに動く
・ものにふれる
・他者に向かって働きかける
・声で働きかける
・ことばで働きかける
・からだ全体が深くいきいきと動く
 レッスンで、からだがほどけて来て、ホッとして体調もよくなり、仲よくやっていけます。
 だが、その先、日常生活によって枠づけられた範囲をからだが越えはじめ、抑圧されていた見知らぬ自分が顔を出し始めると、人は怖くなる。
 教養として、健康法としてレッスンを受けているときは、まだからだがおびやかされない。
 それが根底から変わらなければならぬと感じ始めたとき、教師の多くが逃げ出すのです。
 自分を追いつめることがなく、深い集中に身を投げる勇気が教師にはない。
「深く集中した状態でからだが動き、思いがけずに自分がいきいきと動き、それを仲間と共有しあう」という怖れと、喜びに満ちた自由な状態を教師は味わったことがない。
 しかし、生徒たちはその状態を求め無意識に体験している。
 子どもたちのからだと魂に教師が自らをなげ入れる。
 その激しいエネルギーの消耗から教師のいのちが蘇ってくるものは、子どもたちのひたむきな眼であり、湧き上がるような笑顔であり、魂をのぞかせることばである。
(竹内俊晴:1925-2009年、演出家(竹内演劇研究所主宰)・宮城教育大学教授。独自のからだとことばのレッスンを行った)
(「からだが語ることば」竹内敏晴著 評論社 1982年)

 

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教師が授業で、初心者から抜け出す10項目とは

 法則化サークルWISHで合澤菜穂子先生が模擬授業を通して学んだことです。
 初心者の合澤先生でも,意識するだけで変化をすぐに感じることができました。
 授業に悩んでいる先生方,ぜひトライしてみてください。
1 笑顔
 ふだんから口角を上げることを意識する。
 鏡を見たらにっこり笑う。
 意識することで,自然に笑顔が出るようになる。
2 目線
 子どもを見るとき、一人一人の子どもに目線を一瞬合わせることで,先生が自分を見てくれていると感じさせる。
3 体の向き
 指示・発問を出す時は,必ず子どもの方に体を向ける。
 子どもの発言は,最後まで子どもの方を向いて聞く。
 そして,板書をする。
4 指示
「教科書○ページを開けなさい」
「○○を指で押さえなさい」
「お隣同士確認」
 など、指示は,一つずつ出し,できているか確認する。
 この時,指で教科書の○○を押さえ子ども達に見せながら,目線は子ども達へ向ける。
5 発問
「△△は,分かるかな?」と,とりあえず発問はしない。
「△△は,何ですか?」とはっきりと発問する。
6 言葉を削る
 発問や指示をノートに書いてみる。
 できるだけ1行になるように,余分な言葉を削っていく。
 もちろん,「昨日□□したように・・・・・」など,無駄なことは言わない。
 大切なことが,何か分からなくなる。
7 動き
 無意味にうろうろしない。
 全体の状況を把握したり,個別に教えたりするという目的をもって動く。
 そのとき,子どもと目が合ったら「にこっ」と笑う。
 そして,子どもの方を向いたままバックしながら帰る。
8 足音
 運動靴など、足音のでない靴を履く。
 足音を立てず,静かに動く
 この音が気になり,集中できない子どもがいる。
9 声
 明るく,元気よく言う。
 女性の特性である包み込むような優しさ,しとやかさを出す。
10 リズムとテンポ
 始まって1分以内に作業を入れる。
「かせる」「言わせる」「立って考えさせる」など。
(合澤菜穂子:法則化サークルWISH)

 

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教師は借り物の技術で年を重ねても経験が蓄積しない、どうすればよいのでしょうか

 教師が「借り物」の技術で間に合わせる、その場しのぎの教育技術や実践知識を求める風潮は問題である。
 教師が授業に役立つ直接的な情報を求める視点それ自体は肯定できる。
 しかし、付け焼き刃の知識・技術だけでは、
(1)教師としての体験が意味をもって蓄積されない。
(2)実践的知識として技術や知識を体制化・内面化できない。
 ため、同じような失敗を繰り返す危険がある。
 米国スタンフォード大学のリー・シュルマン教授は、
「たとえ30年間教師をしていても、自らの授業をふり返り、見直ししなければ、1年目のことを30回繰り返しているにすぎない」
 と述べています。
 そして、神戸大学の浅田匡助教授は、これを事例研究で確認した。
 教師が自分の指導法を自己モニターして、深くかえりみて検討し、その問題点に気づき、授業方法を修正しなければ、年数を重ねても「意味ある経験」として蓄積されることがないであろう。
 そのため、生きた実践的知識を形成できず、子どもの学びを支える力が身につかないのではないかと思われる。
 教師が専門家としての力を身につけるためには、
(1)自分が授業で、実際に何をしているのかを自分自身の視点からだけでなく、子どもや他の教師などの視点を借りて検討する。
(2)自分の長所と弱点を自覚した上で、長所を生かし、弱点をカバーする手法を開発しなければならない。
 これは一種の専門家としての自己意識の問題といえる。
 それには、授業を進めるための実践的知識を蓄積し、教師としての見識を養う必要がある。
 私はその方法として、自分の授業をふり返り研究する「授業リフレクション」を紹介します。
 授業リフレクション研究では「教師も子どもも学習者」と捉えます。もちろん、お互いに学ぶ対象は違います。
 例えば、子どもはひらがなを学びながら「学ぶことの知」を育みますが、教師はひらがなを学ぶ子どもや教師として教える自分をモニターします。
 そこから子どもの発達特性や学習方法、学習過程、教材特性などの「教えることの知」と「学ぶことの知」の両方を学ぶ、と考えます。
 リフレクションとは、自分で自分を振り返ることを意味します。授業を振り返ることによって、自分の指導、子どもとの関係、教材との関係を見直し、子どもの理解を深めるための改善点を見いだす手法です。
 授業リフレクション研究の手順は、
1 自己の授業実践へのこだわりの意識化
2 1についてのふり返り→問題らしきものの意識化
3 原因の検討
4 仮説的問題発見
5 問題の課題化-仮説設定
6 仮説に基づく研究計画の立案、設計
7 6に基づく実験授業のための教材研究、再設計
8 7の実験授業実施
9 8の記録作成、自省記録作成
10 9の分析・考察
11 第三者との協同的・批判的検討と対話的考察
12 析出した課題による5~11のスパイラルな展開・発展
(番号は必ずしも順序どおりに進むとは限らない)
(澤本和子:東京都出身、お茶の水大学付属小学校教師、山梨大学教授を経て日本女子大学教授)

 

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説明文の一部をいたずらをして消す国語の授業とは

 説明文をいたずらする方法というのは、国語の教材の文章が、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらをする。
 その文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 この説明文は小学校3年生の教科書から拝借した。福田秀貴先生は授業の狙いにあう教材をいつも探している。
 この日は説明文「めだか」のプリント教材を使っての勉強。
 冒頭に「めだかの学校は 川の中」というおなじみの歌詞があり、それに続く本文で、メダカは危険の多い川の中で身を守るためにどんな行動をとるか、体の仕組みはどうなっているかを解説している。
 子どもたちは本文から、メダカが身を守る方法を抜き出していく。すぐに、
(1)水面近くでくらす
(2)素早く泳ぐ
(3)集まって泳ぐ
 の三つが挙がった。
 ここで先生が、挿絵のコピーを取り出した。
「この文にはこんな挿絵が付いていたんだよ」
 身を守る方法が一つひとつ絵になっているのだが、あれれ……本文には三つしか書いていないのに、絵は4枚ある。
 「あーっ、いたずらだ」「ジョニーが文を消したんだ」
 どうやら元の文にあった、身を守る「第4の方法」を、ジョニーが消してしまったようだ。
 残った絵には、ゲンゴロウに襲われそうなメダカが、濁った川底近くにいる様子が描かれている。
 子どもたちはこの絵から、どんな文が消されたのか考えていった。
 ジョニーは筑波大付属小(東京)の白石範孝先生のニックネーム。
 白石先生は7月末、この6年1組で模範授業を行った。
 そこで使った教材の文章は、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらがしてあった。
 文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 本家ジョニーは東京に戻ったが、ジョニーのいたずらは福田先生が引き継いだ。
 福田先生は多くの研修会に参加し、そこで学んだ先輩教師たちの「技」を、積極的に授業に採り入れている。
 ジョニーもその一つだが、自分なりの工夫を加えることも多い。
 例えば朝の会・帰りの会。朝の会の学習活動は〈月〉詩の音読、〈火〉暗唱、〈水〉ペア音読……とメニューを日替わりにした。
 帰りの会のスピーチも、曜日ごとに違うテーマで行う。マンネリ化するのを防ぐ狙いだ。
「じゃあ身を守る第4の方法、自分だったら何て書く?」
 半分くらいの手が挙がった。でも先生はなかなか指名しない。
 そのうちに、一人、二人とさらに手が挙がってゆく。
「ぱっと反応できる子は一部だけです。多くの子に挙手のチャンスを与えるため、時間をかけて待つようにしています」
 いったん手を下ろさせ、近い席同士で話し合わせることもある。
 こうすると、全員が誰かに自分の考えを伝える機会を得るという。
 実は、元の文章から先生が消した部分はほかにもあった。
 筆者はそこに何を書いたのだろう? 接続詞や、冒頭の「めだかの学校」の歌詞をヒントに考えていく。
「川の中は危険だから、みんなでおゆうぎしているヒマはない、みたいなことが書いてあると思う」「歌と現実の差を表しているんじゃない?」
 活発に発言は続く。
 筆者の意図を見据えながら、「自分だったらどう書くか」まで考えていく。それが先生の最終目標だ。
(福田秀貴:青森県八戸市立小学校教師を経て指導主事)

 

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教師は人間好きであることが肝要、自分に不都合なものをも包みこみ愛せよ

 教師は子どもが好きでなければという論が多いようだが、わたくしはそれよりも人間というものが好きであることこそ肝要であると思う。
 好きという表現が情緒的だというなら、人間について発見することに張り合いをもっているといってもよい。
 人間理解はそのことによって自然に深まる。
 教師は毎日のように子どもを見ているのであるから、人間に対する関心、理解力があれば、奥深いとらえかたができるのが当然である。
 子ども一人ひとりについて深い理解が生じれば、その親に対する姿勢もおのずから違ってくるにちがいない。
 性急で自己中心的な親に対しても、じっくりやわらかく包んでいくことができるであろう。
 いわばそれは教師の懐が深くなるということである。
 懐が深いというのは、ただ度量があるということではない。
 淡々として多様性に対することができるということである。
 教育が生きた仕事であるかぎり、教師の都合によって好きに動かせるものではない。
 教師は絶対に自分の教師としての都合を優先させてはいけない。
 その心がまえがしっかりできていないから、人間としての子どもをちゃんと育てることができないである。
 自分に不都合なものを愛せよと、強くすすめるゆえんである。
(上田 薫:1920-2019年大阪府生まれ、教育学者。東京教育大学教授、立教大学教授、都留文科大学学長を務めた。長く信濃教育会教育研究所所長を兼任。教育哲学、教育方法学を研究、一貫して教育現場の研究実践にかかわり続けた)

 

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読書マラソンでクラスが学びの共同体になった

 掛川克義先生の読書マラソンは、教師が選んだ30冊の本を、クラス全員で回し読みします。
 読んだら「感想ノート」に、自分の感想を10行、友だちの感想に対する意見を5行を書き、本と感想ノートを一緒に回し読みしていくという方式である。
 あたかも駅伝のようにリレーして、最終的に全員が同じ本を30冊読み、本の感想を30回書き、友だちの感想を読み、それに対する意見を必ず書くという活動である。
 この活動で掛川先生がねらっていることは、
(1)学級全体で読書の楽しさを共有すること
(2)読書の世界を広げること
(3)読書の習慣をつけること
である。
 この読書マラソンを体験した子どもたちは、読んだ本について互いに話し合うようになり、読書の楽しさを共有することによって本を読む習慣や感想を書く力もついてきたという。
 学級を学びの共同体にしていくことによって、本を読んだり、文章を書いたり、自分の意見を発表する力を確実に、全員につけていこうとしていることである。
 個人学習から協同学習へと学びの形を変えることによって、基礎・基本の学力を確実に身につけていこうとする試みである。
 具体的な実践を次に示します。
1 読書マラソンという言葉どうしてうまれたか
 6学年が始まり「みんなで読書を楽しむための手立てはないか」と考えているときに,女子マラソンの高橋尚子選手の報道があった。
 それを眺めていて掛川先生に「読書マラソン」という言葉がひらめいた。
「読書にマラソンがあってもいいじゃないか。みんなで楽しみながら読書の習慣を身に付けることができる」そんな思いが掛川先生に湧いた。
「読書マラソン」という言葉が生まれ,取り組みの構想が次々とできあがった。
2 読書マラソンの方法
(1)1週間に1冊,1年間に30冊の本を読む。
(2)ノートにかんたんな感想を書く。
(3)毎週月曜日に,本とノートを交換する。
(4)学級の図書係が運営する。
(5)「読書マラソン」が終了したら,感想ノートの自分のページを集めて,一冊のノートにする。
(6)30冊の本は,先生が責任を持って選ぶ。
(7)本の購入は,先生と親に任せる。
(8)本を交換するときは,どの本を読むか,期待を持たせるために,計画表を作り,月曜日の朝に読書係が発表するようにした。
3 読書マラソンの本を選ぶ
「この本に出会えてよかった」といってもらえる本を選びたいという思いで子ども向けの本を掛川先生は探したが,なかなか納得のいくものがなかった。
 その中で,子ども向けの本30冊を紹介した「ザ・リバティ」の特集記事を見つけた。
 特集では,本を3つのポイントで選び紹介している。その選び方は,読書の世界を広げたいという掛川先生の思いにぴたりと重なるものであった。
 本選びの3つのポイントは、
(1)愛と感動を与えるもの。愛,夢,努力を伝える本
(2)21世紀に向けて大きな視野を持つための本。社会,科学,歴史の本。
(3)歴史上の偉人の伝記,子どもたちの心を耕す詩集。
4 読書マラソン30冊のリスト
(1) 愛と感動を与えるもの。愛,夢,努力を伝える本10冊
「タイムマシン」H・Gウェルズ
「ぼくの一輪車は雲の上」山口 理
「チルチルの青春」メーテルリンク
「マリヴロンと少女」天沢退二朗監修
「みどりのゆび」モーリス・ドリュオン
「最後の一葉」オー・ヘンリー
「星のひとみ」サカリアス・トペリウス
「ノンちゃん雲に乗る」石井桃子集1
「一ふさのぶどう」有島武郎
「アンデルセン童話集」
(2)大きな視野を持つための本,社会,科学,歴史の本10冊
「ともしびをかかげて」ローザマリ・サトクリフ
「経済とお金のしくみ」PHP研究所
「ひとしずくの水」ウオルター・クイック
「21世紀こども百科科学館」
「数と図形の発明発見物語」板倉聖宣編
「大きな大きな世界」かこ・さとし
「野鳥記」平野伸明
「海のなぞをさぐった人々」松江吉行
「大仏建立物語」神戸淳吉
「人物でわかる日本の歴史」
(3)歴史上の偉人の伝記・子ども達の心を耕す本10冊
「世界を変えた6人の企業家4」 フォード
「児童伝記シリーズ19」 コロンブス
「世界童謡集」 西条八十,水谷まさる
「おもしろくてやくにたつ子供の伝記4」 ライト兄弟
「少年少女のための日本名詩選集14」 八木重吉
「世界のお母さんマザー・テレサ」
「子供の伝記全集1」 湯川秀樹
「坂本龍馬」 小宮宏
「夢をつなぐ」 澤井希代治
「伝記世界の音楽家バッハ」 シャーロット・グレイ
5 保護者に呼びかける
 学級通信で呼びかけた。読書マラソンの取り組みと,図書の購入計画の提案に,保護者から多数の意見が寄せられた。
 読書マラソンの構想については,多くの期待と支持が寄せられた。図書の購入については,負担が大きくならないようにという要望が上がった。保護者の意見をよく聞いて,同意を得ておくことが大事である。
6 学校,学年の理解を得る
 大分市立荷場町小学校は,1学年1学級で,学年内の話し合いは必要ないが,複数学級の場合は取り組みについての,同学年の理解を得る必要がある。
 また,図書の費用で購入をした本については,学級で1年間独占する事について職員会議等での説明が必要である。校長・図書主任の快い了解を得ることができた。
7 図書の購入
 図書費で購入できるか検討し,金額の高いものから10冊分を学校で買ってもらうことにした。一人あたり600円で購入する事ができた。
8 感想ノート
 感想ノートは,B5版のノートを用意した。自分の感想を10行。友だちの感想に対する意見を5行。コメントを1行ずつ書くようにした。
 表紙には,本の題名と番号,表紙の裏には図書のリスト,一番最後の頁に読書マラソン計画表をつけた。
9 感想ノートの留意点
(1)進み具合を把握する。
(2)記述が人を中傷する事がないようにする。
(3)続かない子に個別の指導をする。
(4)感想を読みあう時間を取ってあげる。
10 子どもの作文
 子どもたちには,時々読書についての思いなどを,作文に書かせた。
 作文は,5分刻みで回し読みをする。読んだら必ずコメントを書いて次に回す。
 結構疲れるが,友だちの作文を読んだり,自分の作文を読まれたり,コメントを入れあったりすることは,楽しいらしい。どの子も,ニコニコしながら読んでコメントを入れている。
 2学期の中ごろ書いた子どもたちの作文と友だちのコメントを読むと,読書マラソンが読書の習慣作りとして学級に位置づいてきた様子が分かった。
 読書の楽しみや読書から学ぶ知識だけでなく,読書マラソンを通して味わえる友だちとの交流の楽しさや新しい本に出逢える期待などが作文にうまく表現されている。
 子どもたちが読書マラソンの魅力を体で感じ,読書が習慣になっていく様子を見るのは,担任の大きな悦びであった。
11 好きな本のアンケート結果
 2月に好きな本のアンケートをとりベストテンを選んだ。
 自然科学の本が上位に入り古典といわれる名作も人気を得た。本選びの3つのポイントから,それぞれ選ばれていて,子どもたちが幅広い本に興味を持てたと思う。
 みんなが選んだ読書マラソンベスト10
第1位 ひとしずくの水     19票
第2位 タイムマシン      10票
第2位 野鳥記         10票
第4位 子ども百科科学館    9票
第4位 最後の一葉       9票
第6位 みどりのゆび      8票
第7位 坂本竜馬        7票
第7位 一ふさのぶどう     7票
第7位 アンデルセン物語    7票
第7位 人物がわかる日本の歴史 7票
 読書マラソンは子どもだけでなく,親も巻き込んで,読書の輪が家庭にも広がっていった。親の期待にもこたえられる取り組みであったと喜んでいる。
12 「読書マラソン」5つの成果
 読書の本当の成果は,子どもたちが,手にした読書の習慣の力を十分に生かして,将来にそれぞれの夢を実現しようとしたときに,大きな力となって現れるのであろう。
 成果をまとめてみると、
(1)幅広い本に触れ,読書の世界を広げることができた。
(2)共通の本を読むことで,共感したり,感じ方の違いに気づいたり認め合ったりすることができた。
(3)感想ノートは,感じ方をまとめたり,発表したりする良い機会となった。
(4)教師が「読書マラソン」に参加することで,子どもの感覚に直にふれることができた。
(5)読書を通じて,親子が同じ話題で話し合うなど,家庭にも読書の波が広がった。
 さまざまな読書の習慣作りの取り組みの中で,この「読書マラソン」は,学級全員で読書の習慣作りに取り組むとてもよい方法である。
 多くの方に「読書マラソン」を実践して,子ども達に「読書の習慣」という最高のプレゼントを手渡して欲しいと願っている。
 読書の旅を共にしてくれた29人の子どもたちと,物心共に支援をしてくださった保護者の皆さんに,心からの感謝をおくりたい。
(掛川克義:大分県大分市立小学校教師。2002年、国語:読書マラソンのすすめ-読書の習慣作りの実践で第17回東書教育賞最優秀賞受賞)

 

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書籍「教育は死なず―どこまでも子どもを信じて」がベストセラーとなり映画化された

 長野市の私立篠ノ井旭高校(現:長野俊英高等学校)が1960年に開校し、さまざまな問題を抱える生徒たちを全国から受け入れ、その更生に力を注ぎました。
 篠ノ井旭高校の教育は、大きな評価を得て「教育は死なず」として1981年に映画化されました。
 非行などで全国の高校を退学になった生徒を積極的に受け入れ、当時、全国に例をみない取り組みだっただけに、教師たちの苦労は、なみたいていではなかった。
 若林繁太校長は何度、途中で投げ出そうと思ったかもしれない。それに耐えることが教育なのだと教師たちとともに励まし、いたわり合いながら進めてきた。
 だまされても、だまされても生徒を信じ抜くことは口では容易にいえるが、実践は大へんである。
 また、だまされることを知りつつ、信ずることも大へんなことである。しかし、これは教育の基本的な部分なのである。
 この大へんな取り組みも、教師仲間の励ましで負担が軽くなるものだ。教師集団の意識統一が大切なのもこのためである。
 この取り組みで若林校長が得た最も大きな収穫は「駄目な子はいない」ということであった。
 よほどの生徒であっても、個人的に会うと、淋しがり屋で、心はほんとうに純真であった。
 そんな生徒が、立ち直れないはずがない。誰かが、どこかで、指導していかねばならないと思う。その誰かは、自分だと思ってほしい。
 日本中の教育者が、そんな気持ちになってくれたらと若林校長は念じていた。
 どうか、皆で、この教育荒廃を乗り越えよう。理論よりまず実践が大事である。
 やれば、何とかなるものだ。自分の一生に悔いの残らぬよう始めよう。
 このような仕事に生きがいを感ずる若林校長は幸福だと思っていた。
 それは、精一杯、生徒と取り組んだ後には、とくに、そう感ずるのである。
 学校再建は、どこから手をつけるべきだろうか。若林校長も教師たちも必死になって実践し、かつ悩み、再建の途を探した。
 やがて、再建の第一歩を生活指導からふみ出した。非行をなくそう、それには、非行の原因をつかみ、この原因を除去していくことだ。
 非行は子どもたちが大人、とくに教師にたいする、なんらかのストレスの表現なのだ。
 そして、そのストレスのうちの最大のものは、いわゆる「落ちこぼれ」だ。
 それなら非行をなくすには取りしまりや厳罰主義でのぞむのでなく、授業をわかるようにしよう。
 それが教育の原点である。教育の原点に立って指導を進めることに決した。
 しかし、理論的にはそれが正しいとしても実践することになると簡単にはいかない。
 教師は一人ひとりが自分なりの教育信念を持っている。
 それを調整しながら全教師の歩みを一致させなければ効果があがらない。
 教師の中には相互に真反対の理念を持つ場合も少なくない。
 それを一人ひとり説得し、調整していく。このために膨大な時間と労力が投入された。
 数ヶ月かかって、やっと全教師の意識が統一できた。
 もちろん、内部の細かな部面には未調整のものもあるが、それは今後、気長に調整することにして、大局としては一致することに成功した。
 教職員の意識統一が成立すれば、半ば成功したと思って良い。
 最初、この教育を若林校長が手かけたときの目標でもあった。
 確かに容易な仕事ではなかったが、これは重要なことなのである。
 この教育に取り組むための条件整備として、
(1) 一クラスの定員を30名を標準とする。
(2) 教師の週持時間数をできる限り減少させ、教育研究、教科研修の機会を与える。
 など教師の負担軽減し、全教師合意の上で次のように実施にふみきったのである。
(1)授業公開の原則
 公開授業の目標は、
「一人ひとりの生徒を大切にし、楽しくてわかる授業の実践をめざし、教職員相互間の反省、向上を目的とする」
 授業を大切にするとともに、常に指導技術を向上させるため授業は公開制とした。
 誰でもいつでも、どこの授業を参観してもよい。
 参観した人びとは、必ず参観した授業について批評カードに記入し、提出してもらう。
 授業者は、このカードを参考にいっそう自分の授業を工夫し、完全なものにしてゆく。
 参観者は、地域の小・中・高校の教師たち、保護者、地域の人びとである。
(2)自主的な教科研究
 各教科で独創的な研究を行い、生徒の能力に合致した指導と個々の生徒の到達目標に適応する教育内容を目標に教科活動を進める。
(3)到達目標の作成
 従来の一律的到達目標の設定を避け、生徒の能力に応じた個別的到達目標を設定する。
 各教科は生徒個々に応じた指導に重点をおき、落ちこぼれを出さない工夫を考える。
 やがて、生徒は喜んで宿題をやってくるようになった。
 その理由は、個別的達成目標を勘案して、生徒の能力に応じた宿題が個別的に出される。だから、誰もが同一な努力量ででき、問題を解く喜びを知ることになった。
(4)学力別編成
 学力別編成により生徒の劣等感を起させないよう配慮する。
 生徒の学力格差がおおきいため、A(高校標準以上)~E(小学校程度)クラスまでとなっている。
 クラス選択は生徒の自主性にまかせ移動可能とした。実力が向上すれば下位のクラスは消えていく仕組みになっている。
(5)困難な事象にも真正面から取り組む
 教育の世界は常に新しい事例に対処しなければならない。
 生徒個々の性格がちがうように、いつも同じ指導法では目的が達成できない。
 したがって、その生徒に適応する教育方法を工夫し、実践しなければ効果はあがらないものである。
 しかし、事例に適する類似の指導方法は実践記録の中に必ずあるものである。その類似の指導法を参考にしながら生徒個々の指導方法を確定し実践する。
 ところが、実践記録にもない新しいケースが頻繁に出現した。
 教師たちを悩ませたが、回避することなく、敢然とそれらの事象に対決し、幾多の困難を乗り越え、成功や失敗を繰りかえしながら取り組んだ。
 学校の再建にどう取り組むかを考えていたときに、ある宗教団体の会長が校長室を訪ねてこられた。
 その会長と話しをしていたなかで、鮮明に残っている言葉があった。
「学校が変わるには生徒が変わらなければなりませんよ」
「生徒が変わるには教師が自ら変革しなければならないし、教師を変えるには、校長自らが変わらなければ成功しませんよ」
 なるほどと、と若林校長は思った。
 今まで若林校長は、
「教師たちにどのようにやってもらえば、生徒が良くなるか」と、自分のことを棚にあげて、人にやってもらうことばかりを考えていた。
 自分の変革を枠外において、他の人たちを中心に再建構想をねっていた。
 それでは駄目なんだ。まず「自分の姿勢をどう変えていくか」を中心に構想を組み立てなくては人は感応するものではない。
 若林校長は校長である前に一人の教師なのだ。それを、いままで忘れていた。
 教師を変えるには、教師の一人である自分自身を変えていかねばならない。
 そうすれば、人は必ずついてくる。まず自分が苦しむことだ。
 それでなくては、教師の苦しみがわかるはずがない。
 これはよいことを教えていただいたと若林校長は感謝した。以後、若林校長には迷いは無かった。
「自ら実践することに徹する」ことが若林校長の教育方針に組み入れられたのである。
 それからは、若林校長は生徒とともに掃除をし、クラブ活動に汗を流す日々が続いた。そして、生徒とともに生活することになった。
 若林校長はそれまで、自分の威厳をつくるためにダブルの背広を着ていた。
 そうした外形をつくることに心をくだいた。それをぬいで、もっとも活動しやすく、生徒と同じスタイルのトレパンに着がえた。
 ダブルの背広からトレパンへの移行は「子どもよりの校長」への私の変革だった。いつの間にか生徒たちは、若林校長のことを「トレパン校長」と呼ぶようになったのである。
(若林繁太:1925-2007年、私立篠ノ井旭高校(現・長野俊英高)教諭・校長。読売教育賞受賞。「落ちこぼれを出さない教育」をめざし非行歴のある生徒や中退者を積極的に受け入れる。著書『教育は死なず―どこまでも子どもを信じて (1978年)』がベストセラーとなり、映画化もされた)

 

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大正自由主義教育運動で中心的な役割を果たした澤柳政太郎とはどのような人物であったか

 澤柳政太郎は、教育官僚、教育者で、大正自由主義教育運動の中で中心的な役割を果たした。
 澤柳は、東京帝国大学を卒業し文部省に入り、小学校令を改正して、4年から現在の6年の課程にし、旧制高等学校を増設し、旧来の藩閥の弊から脱却、全国から人材を登用する扉を開いた。
 明治39年に文部次官、東北帝国大学総長、大正2年に京都帝国大学総長を歴任した。
 その後、陸軍士官学校の予備校として名高かった成城学校の校長に就任。
 成城学校内に新教育の実験校として、大正6年に成城小学校を創立した。
 小原國芳を訓導として招聘し、以来、成城学校は大正自由主義教育運動の震源地となる。
 澤柳の教育や教師について次のように述べている。
 教育者の精神の創造は「教育者各自の心に求めるべき」としている。
 教育を支える最大の要素は教育者の人間性である。
 教師は高遠なる見識を持し、自重自信の精神をもって仕事にあたる。
 沢柳が重視したのは、第一に学識、第二に徳義であった。
 教育学を学ぶものは単に教育の方法を知れるを以て足れりとしてはいけない。
 必ず教育の目的について明確な思想を得ること。
 教師は徳義(人間としてふみ行うべき道徳上の義務)の教育者であり、同時に自身へ道徳的完成の責任を負う。
 教師の最も肝要な資格は、教育に対する「誠実さ、熱心さ」である。
 教師の仕事は愉快である。その理由は、
(1)授業で教師は行動の制限を受けることはなく、自由に思うままに行動することができる。
(2)社会・国家のために有益なこと。
(3)安易ではなく、無数の困難と解決の努力が必要である。
(4)実践にあたっては工夫の余地が無限にあること。
(5)実践の努力の成果が直に眼前にあらわれること。
 教育は授業ばかりではない、訓練、管理を含む。しかし、大部分は授業である。
 師弟の関係というと訓練上のことである。
 師弟の徳義上の関係も澤柳の考えるところでは、授業以上に影響を受けることが多い。
 教師の生徒に対する同情、教師の人物、徳行から生徒が教師を尊敬し教師に心服し、師恩を感ずるようになることもあるが、それらよりも授業上より教師に対する考が定まることが多いと澤柳は思った。
 澤柳も「ペスタロッチー伝」を訳したり、「実際的教育学」を書くなど、新教育の指導者としての役割を担った。
 澤柳のモットーは「随時随所無不楽」(随時随所楽しまざる無し)。いつどんなときでも楽しみを見いだすことはできる。
(澤柳政太郎:1865-1927年長野県生まれ、教育官僚、教育者。大正自由主義教育運動の中で中心的な役割を果たす。文部官僚、文部次官、高等商業学校校長、東北帝国大学総長、京都帝国大学総長を経て成城学校校長、成城小学校を創立して大正自由主義教育運動を行う)

 

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小中学校の教育現場での数学教育を率先して指導した遠山啓先生とは

 遠山 啓先生が、どういう動機で数学者になったのかとよくきかれますが、ひとことで答えることはむずかしい。
 まず第一に、その厳密さに魅力を感じたということがいえるだろう。
 いちど証明してしまえば、何万人の人が反対であろうと、真理であることに変わりはない、というこの学問だけがもっているさわやかさが、そのころの遠山先生をひきつけたように思える。
 遠山先生は明治42年に熊本で生まれました。
 当時の日本は政府の富国強兵政策のもとで、国を豊かにするためにはいい人材を育てなければならないことを知っていたので、教育に大きな投資をし、世界でも有数の国家になりつつありました。
 遠山先生は幼少のころから好奇心に満ちた子どもだったらしく、父親がわりの祖父を相手に野山や川で遊びまわっていたという。
 後年、子どもの教育にかかわりはじめたとき、このころの体験が生きいきと再現された。
 たとえば、ほるぷ夏の合宿教室に参加されたときなどは、子ども達といっしょにお風呂のなかで手と手をあわせて水をとばす、水でっぽうのやり方を教えた。
 また、ヘボ将棋ですが、といいながらも子ども達に手ほどきをする、つねに子ども達に遊びの文化をどう残すか、という姿勢がありました。
 算数・数学教育に関心をもちだしたのも、遠山先生のお子さんの算数嫌いがどうしてなのか、というところからでした。
 算数の教科書を見ておどろきました。こんな教科書ではわからないのはとうぜんだ、と考え、1952(昭和26)年、数学教育協議会を結成し、数学教育の改良運動に身を投じたのでした。
 タイルをつかって計算の仕組みをわからせる「水道方式の算数」は、この運動の大きな成果のひとつです。
 それまでの数え主義とは反対に「量から数へ」という原則で、量から数を引きだす媒介物としてタイルを使いました。
 さらに計算練習は最少の練習量で最大の効果をあげるための体系を考えました。
 これが水道方式なのでした。
 これは筆算を中心として、日本の伝統的な暗算中心の方式とはまっこうから対立するものでした。
 みなさんも『わかるさんすう』という教科書のようなテキストを見たことがあるでしょう。
 また、ほるぷが刊行した『さんすうだいすき』『算数の探険』『数学の広場』という遠山先生のライフ・ワークの本を持っている人もいるでしょう。
 もうひとつ、教育者としても子ども達のために大きな種を蒔かれました。
「テスト、点数、序列づけ」といういまの教育体制を批判し、「点眼鏡」で子どもを見ないように訴えました。
 そのため、遠山先生自身が執筆・編集した雑誌『ひと』を創刊し、教育の改革に一生を捧げたのでした。
(遠山 啓:1909-1979年熊本県生まれ、数学者。海軍教授を経て東京工業大学教授。数学教育に関心を持ち数学教育協議会(数教協)を結成し委員長として、小・中・高校の教育現場での数学教育を指導し、数学教育の改革を率先。「タイル」を使用し長さ、面積などの「量の概念」の導入し「水道方式」という数学の学び方を開発。教育の全体をどう変えていくかをテーマに雑誌『ひと』を創刊した)

 

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仮説実験授業よる子どもたちの人間形成とは

 庄司和晃が山形県長井市豊田小学校教師のとき、
(1)問題児の指導を通じて、親と教師がお互いに信じ合い、子どもを愛情で包みこむこと。
(2)教育者として子ども一人ひとりと向き合うことによって、信頼関係を結ぶ。
 そこからはじめて教育という活動を進めていけると感じていた。
 この経験から、仮説実験授業における討論でも常に、子ども一人ひとりの発言に注意し、それらを詳細に検討した。
 柳田国男の影響を受け、1956年ころから「理科コトバ」と呼ばれる子どもの生活経験から生じる言葉に注目するようになる。
 これが、のちに仮説実験授業の討論に注目して子どもの認識過程を分析する素地となったといえる。
 仮説実験授業を通じて、理科の授業は科学にもとづく原理や法則を教えるだけではない。
 その原理や法則が、子どもたちにとってどのような意味をもつのかを子どもたち自身に考えさせることを学び、授業に取り入れようとした。
 その方法として庄司は討論を重視した。
 討論で子どもの認識の深まりをとらえるために「キッカケ言葉」に注目し、子どもたちの討論を分析した。
 分析の結果、庄司は討論することによって、子どもたちの思考が「のぼりおり」をくり返しながら、認識を深める様子を見いだした。
 子どもたちの認識が深まることで、
(1)自分自身が進歩していく
(2)自分自身が変わっていく
(3)自分自身のすばらしさをみつけだしていく
(4)問題を処理する自分の力に自信をもっていく
 そうしたことを、
(1)子どもが自覚することができ
(2)自分自身が生きぬいていくためのもっとも強力で有効な武器あるいは味方となるものを子どもたちが手に入れていく
 ことが可能になると庄司は考えていた。
 すなわち庄司は、主体的な人間形成をもめざしていた。
 庄司は「認識の三段階連関理論」を創出し,人々の認識の在り方を
(1)感覚的素朴的段階(直観)
(2)表象的過渡的段階(生活経験)
(3)概念的本格的段階(既習の知識)
 の3つの段階として捉え,この3つの段階間を上り下りしたり,横ばいしたりすることにより認識は深まるとした。
(庄司和晃:1929-2015年山形県生まれ、山形県公立小学校教師、成城学園初等学校教師を経て大東文化大学教授。板倉聖宣らと仮説実験授業を提唱。認識の三段階連関理論を創出した)

 

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学校改革に成功した神奈川県茅ヶ崎市立浜之郷小学校とは

 学校改革が叫ばれて久しいが、それに成功した学校はどれだけあるのだろうか。
 成功しても、教職員の異動のある公立学校で改革を持続させることが難しいが、成功し持続しているのが、神奈川県茅ヶ崎市立浜之郷小学校である。
 1998年4月に開校し、その年の9月に奇跡は起きた。開校時20名以上いた不登校の子どもが一人残らず登校したのである。
 夏休み、子どもたちが自主的に、不登校の子どもたちに学校の様子を伝え、登校を呼びかけた結果であった。
 同校を見学に訪れる参観者は開校5年目にしてのべ5万人を越えた。
 同校を訪れた者は、その静かさに驚くだろう。
 教室では、大人では聞き取りにくいが、子ども同士では十分聞こえる程度の小さな声で話し合いが進んでいく。
 教師はいすに腰掛け聴くことに専念しており、子どもに語りかけるときも声を張ることは少ない。教室は穏やかさのなかに明るさがある。
 同校の授業観は
(1)子ども一人ひとりの考え方や感じ方が徹底的に尊重されて、一人ひとりのリズムでじっくりと対話する時間が大切にされている。
(2)教室に子ども同士の学び合う関係を築くことがめざされている。話すことよりも、聴くことが大切にされている。子どもたちの間で自然と思考がつながっていく。
教室には、子ども一人ひとりの差異と尊厳が大切にされ、子どもが安心して学べる空間となっている。
学校システムの改革は
(1)学校改革への道は、学びの苦しみと楽しみを尊び分かち合う「学びの共同体」へと脱皮するところからでしか出発しえないという佐藤学東大教授の言葉に初代校長の大瀬敏昭が引きつけられ、佐藤教授に教育改革の指導をお願いしたのが挑戦の始まりであった。
(2)校務分掌の「一人一役」制を取り入れ、教師の仕事の80%を授業、研修などの本業にあてることが可能になった。
(3)授業研究は、全体と学年会での日常的なものを含めると、一人年間3回、全体で100回を越える授業が公開されている。
 授業公開にあたって、指導案はなくてもよく、事後の研究会を充実させる。その教師らしいいい授業をめざし、子どもの学びに焦点が置かれ、子どもたちは聴き合っていたかなどといった点が問われる。
(4)親や市民が普段の授業に参加する学習参加の取り組みが行われている。
(石井英真:1977年生まれ、京都大学准教授。授業研究の蓄積に学びながら、学校で保障すべき学力の中身とその形成の方法論について理論的・実践的に研究している。特に、授業を硬直化させるのではなく、むしろ柔軟で創造的なものにするような、目標の明確化とそれに基づく評価のあり方について考えている)

 

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教師の言葉が子どもに届くにはどうすればよいか、授業の重要な要素とはなんでしょうか

 教師のことばは、聞き手である子どもに届かなくては力をもちません。
 たとえば、演出家の竹内敏晴は、次のようなエピソードを紹介しています。
 5~6人の人に勝手な方向を向いて座り、目を閉じてもらう。そして、少し離れたところから、一人の人がその中の誰かを選んで話しかけてみる。
 すると、話しかけられた人が、そう感じて手を挙げる人はきわめて少ないという結果になったそうです。
 ここから言えることは、単に声が聞こえ相手に情報が伝わるということと、声が相手の身体に届くということは別物であることがわかります。
 言葉が届くというのは、相手の身体の中に入って、心を動かすことです。
 それは、相手と真剣にかかわろうと欲し、自らを開いて全身体的に相手をめざす、という関係が必要です。
 たとえば、クラス全体に説明しているときでも、集団に対してではなく、一人ひとりの子どもに向かって語りかけ、語りかけるその子どもの相づちや表情を受けとめ、彼らと共振しようとする。
 こうした応答的な関係の下でこそ、教師の言葉は子どもの学びを触発するものとなり、両者の間の人間的信頼関係を生み出していくことになるのです。
 石井英真先生が考える、授業において重要な要素とはなんでしょうか。
 私が重要と考える要素は、「目標と評価を一体化すること」と、「ドラマとしての授業」の2点です。
 1時間の授業で追求したいメインターゲットを一つくらいに絞る。その上で、授業を通して子どもたちが何を学んでどういった姿に変わればいいのかを考える。
 このように「何のためにアクティブにするのか」を熟慮することは極めて重要です。
 目標を問うとは、このように、教育活動の出口の子ども像を具体的にイメージすることです。
 そして、「目標と評価の一体化」というのは、授業計画の段階で目標と評価をセットで考えてみるということです。
 授業を通して子どもたちのどんな姿が出てきたらいいか、いわば評価者の立場に立って授業前に考えてみることで、授業の目標は子どもの具体的な姿でイメージできるわけです。そこまでできれば授業はぶれません。
 ただ、「目標と評価の一体化」のみを強調すると、事前に想定した姿に子どもたちを無理やり向かわせることになりかねません。
 そこで、「ドラマとしての授業」を同時に意識します。
 これは、ひとつには授業は生き物だということを認識するということです。
 計画通りにいくのがいい授業とは限らないし、筋書があってもそれを越えることで子どもたちの学びは深まっていくわけです。
 そしてもう一つは、展開感覚を持つということです。授業には「導入・展開・まとめ」があると言われますが、これはただのお題目ではないのです。
 要はドラマのようにヤマ場があるのです。
 授業は流すものではなくて展開するものであり、だからその展開感覚を学ぶことが大事なのです。
 それがないと、最初に盛り上げてしまってあとは息切れするなどの失敗をします。
 日本の授業の蓄積の中で、いま若い世代に伝えきれていないと感じるのがこうした展開感覚です。
 授業の一番のヤマ場で思考を触発する課題提示を行い、思い切って子どもたちに任せて、考える機会を保障するのが一番展開的に見て良いヤマ場のつくりかただと思います。
 そのために最初は静かに好奇心に火をつけ、ちょっとずつ一問一答なども使いながらやり取りしていくと、子どもたちも徐々に授業に入ってきやすいし、全員参加の授業にしやすいです。
「目標と評価の一体化」と「ドラマとしての授業」の2つをセットで考えていくのが、アクティブラーニングに限らずすべての授業づくりの基本ではないかと考えています。
 アクティブラーニングなど最近の流行を導入して授業案を作る際に注意すべきポイントはありますか?
 たとえば中学校・高校のアクティブラーニングなら、一時間の授業の中に一か所、生徒たちに委ねるアクティブな場面を入れればよいでしょう。
 逆に小学校の場合はすでにアクティブ過ぎるので、これ以上アクティブであることを強調する必要はないでしょう。
 むしろ小学校については、児童が教科内容を理解することや先生自身が教材研究・教材解釈を深めることなくして学びは深まらない、という点を強調すべきだと思います。
 アクティブラーニングについて文科省は「深い学び・対話的な学び・主体的な学び」という3つの視点で授業を見直すよう提案しています。
 このうち、「深い学習」をきちんと意識すべきです。いま心配しているのは「対話的」と「主体的」がすごくクローズアップされた、いわば主体的で協働的な学習だけになっている傾向が非常に強いことです。
 特に高校でも「学び合い」などが広がりつつありますが、一つ間違えると「教科指導の特別活動化」になる危険性があります。
 例を挙げるなら、問題集から適当な難度の問題を選びます。
 あとは生徒たちみんなでわかっていきましょう、全員がわかるようにするのが自分たちの責任であるといった、ある種の学級づくりの指導をして「みんなでわかっていく集団」を作る。
 あとは生徒たちにおまかせという授業も見られます。そこに教科指導はあるのでしょうか。
 子どもたちの学びへの責任意識や主体性を喚起する点で、こうした指導を決して全面的に否定するわけではないですが、それが教師の教科指導の責任の放棄にならないよう、深さの軸、つまり「対象世界との対話」ということをきちんと考慮する必要があると考えています。
(石井英真:1977年生まれ、京都大学准教授。授業研究の蓄積に学びながら、学校で保障すべき学力の中身とその形成の方法論について理論的・実践的に研究している。特に、授業を硬直化させるのではなく、むしろ柔軟で創造的なものにするような、目標の明確化とそれに基づく評価のあり方について考えている。)

 

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授業技術の活用や技術を得るために必要なこと、授業での臨機応変な対応とは

 第二次世界大戦前の師範学校では、おもに「どのように教えるか」という教授法の伝授が中心におこなわれました。あくまでも国定教科書を絶対視した教授法は技術主義と批判されました。
 戦後は、「何を教えるのか」に重心を移して教員養成がなされました。
 スタッフの制約もあって、授業実践を支える教育技術の育成には課題をのこしています。
 もとより「何を教えるのか」「どのように教えるのか」は二律背反してはならず、教師は教育内容と教育技術の研究を同時に追究しなくてはならないのです。
 授業の技術化を実現するために、具体的には指導案や授業記録に実践を記録しますが、その際に三つの要件が必要とされています。
(1)伝達可能性
 指導内容を微細に明示します。発問・指示・説明など授業のようすを具体的に記述し、事実を伝えます。
(2)再現可能性
 「どうやればいいのか」という方法だけでなく、「なぜそれでいいのか」をもあわせて提示します。
 これを読むことによって、教師は伝えられた授業の事実の意味を把握し、何に焦点化して実践すればよいのかが理解できるのです。
(3)検証可能性
 授業に対する評価をおこないます。
 授業記録は、教師の指導記録のみの記述となり、子どもたちの学習活動の経過と結果の事実の記載が弱くなります。
 その授業を成立させている条件(地域・学校の特徴や教師・学級の特性など)を明らかにするとともに、子どもたちの学習活動を正確に評価した記録を提示すべきでしょう。
 このようにすることによって、そこで使用された教育技術の適用範囲と限界を知ることができます。
 共有財産となった教育技術を活用する際の注意点は、
(1)教育技術を使う場合には、「子どもたちへの願いは何か」という問いを忘れないことです。
「何のために」使用するのかという問いをもつことです。
(2)使用される教育技術は子どもたちの学習集団の質や教師の力量によって、異なるとともに発展もするということです。
(3)教育技術を体得するには、練習が必要とされるということです。
 教師は、授業記録を読み、授業を観察するだけでなく、自らも授業を公開し、技能化の程度を客観化する努力が求められるのです。
 一般に、人間の認識活動は、分析と直観、科学的認識と形象的認識という二つの働きによって成立しています。
 したがって、教師と子ども、という、ともに個性をもった存在がぶつかり合う活動である授業実践を認識する場合にも、科学的方法(技術化)だけでなく芸術的方法(芸術化)が要求されるのです。
 計画された授業の経過のなかで、子どもたちの思いがけない反応や不測のできごとに直面して、教師が教育的に適切な臨機応変の対応をおこなう(教育的タクト)ことが常におこなわれています。
 このような教育的タクトが、芸術的方法としての「教育的鑑識眼」や「教育的批評」の対象として形象的に記述されるならば、その具体相がより明確になるでしょう。
 教育方法のあり方を示した、工学的アプローチ(教材の開発や選択に裏づけられた合理的な授業づくり)と羅生門的アプローチ(創造的な授業実践での臨機応変的な対応)は、まさしく、授業づくりにおける「技術化」と「芸術化」の問題です。
 この問題は、授業名人と評された斎藤喜博に対する二つの異なる批評として顕在化しました。
 一つは、教育技術法則化運動がおこなった。斎藤の授業技術は明示性に乏しく、教師たちの共有財産にはなりにくいというものです。
 他方、林竹二は、斎藤は授業技術にこだわりすぎて、子ども全体に質的に働きかけるという授業の本質を見失う危険がある。
 つまり「技術性」を重視する立場からは、「芸術性」のもつ不透明性が批判され、逆に「芸術性」を重視する立場からは「技術性」のもつ効率性が批判の的になりました。
 授業における「技術性」と「芸術性」を考える際に参考になるでしょう。
(田中耕治:1952年生まれ、京都大学教授を経て佛教大学教授。京都大学名誉教授。専門は教育方法学・教育評価論)

 

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偏差値45~55の生徒の特徴と偏差値45以下の生徒の特徴、このグループからの脱出法とは

1 偏差値45~55の生徒の特徴と、そのグループからの脱出法とは 
 この偏差値にいるのは大多数の受験生です。
 普通の学校にいて普通の暮らしをしていて、目立たず、特別悪いこともなく、テストもほどほどにできているグループです。
 付和雷同的で、個性や独創性、積極性もあまりみられないのです。つねに満足できぬものを持っています。
 このグループからの脱出は不可能に近いのです。
 だから私は、河合塾の入塾式で昔、この集団の生徒たちに向かって、
「今までの生き方や小中学校での訓練・暗記式の勉強の仕方や考え方では絶対ダメ」と言ってきました。
 これまでのやり方にこだわりがちなグループなので、発想の転換をして、生き方、生活の仕方、勉強法の全てを変えた時にだけ、変われるかもしれないのです。
 親も、友だち親子をやめることではないでしょうか。
 つまり、今までの生き方、勉強の仕方をあきらめること。
 一人で生きる決意をし、親も子どもを自立させる方向に推めること。特に訓練主義から抜けることです。
2 偏差値45以下の生徒の特徴と、そのグループからの脱出法とは
 十人十色のさまざまなタイプの人がいるのがこのグループです。
 これまで何も勉強らしいことをしてこなかった子が、ときどきいます。そういう子はすごく伸びることがあります。
 例えば、今まで出会ったことがないような教師や大人に接したとき、あるいは、本・社会・世界が本当に興味深く面白いと考えられたとき、その子は、ものすごく弾けて、メチャクチャ勉強するようになる。
 それから、このグループには高校中退者や非行などで学校からはじき出された子どもも多いのです。
 この子たちも3分1ぐらいは、何とかなります。
 やり方がうまく当たれば大当たりになる可能性があります。
 学校からはじき出されたのは、人間関係などが原因の場合もあり、学力の問題だけではないのです。
 その子たちは、社会に出ても大学を出ていないとろくな仕事しかなかったり、出世もできないし、バカにされるので面白くない。
 それで反抗心から大学へ行こうと思ったという生徒もけっこう多いのです。
 このタイプの生徒は、勉強の仕方については何も分かっていないし、自分で大学に行こうとしているわけですから、先生の言ったことを守る者が多いのです。
 そういう子は、スタートの偏差値が低いので、それこそ偏差値が20とか30とか伸びたりします。最高の伸びを記録するのです。
 残りの3分の2ぐらいの生徒は人間不信があり、大人の手には乗らないかもしれません。
 親や教師の言うことを聞かない生徒も多いのです。親に怒られて予備校へ来ているのです。
(牧野 剛: 1945-2016年、岐阜県生まれ、高校教師等を経て、河合塾国語科の専任人気講師(30数年間)。河合塾の数々のイベント・シンポジウムを企画し、実現してきた)

 

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楽しい魅力ある教室をつくるためには、教師であるあなたが魅力いっぱいに

「子どもたちが変わってきた」
「子どもたちがわからなくなってきた」
「低学年を担任しても、今までの経験ではどうもうまくいかない」
 といった声をききます。
 現代の子どもたちにとって、楽しい学校、魅力ある教室をつくることは、教育の大切な課題といえます。
 そのためにまず、先生であるあなた自身が、子どもたちの前で魅力いっぱいに活躍してください。
 先生がまず学級のリーダーになって楽しい教室のムードづくりを。
 教室の主人公はもちろん子どもたちですが、そのリーダーはあなた。
 むかしのガキ大将になったつもりで、子どもたちの中にとびこんでいきましょう。
 それには、まずあなたが変身を。
 子どもたちに人気の先生像は「たのしい先生」「やさしい先生」です。
 あそびは子どもの生活と学習を活発に刺激して、学習効果もあがります。
 なにより、あそび名人の先生はすてきです。
 ゲーム指導のコツとポイントは、
1 ゲームをするときは、子どもたちをよく見ること
 ゲームにとりくむときに、気をつけることは
(1) 子どもを生き生きと活動させるのが目的です。
(2) のってこない子に、「やりなさい!」と強制しないこと。
  この場合ははやめにきりあげるように。
(3) 調子の悪い子どももいるので、子どもの状態をよく見てください。
2 ゲーム指導のコツ
(1) まず指導者がたのしく
  教えるのではなく、たのしさを感染させる。
(2) 練習はおこたりなく
  やり方をよく知り、ひそかに練習を。
(3) 臨機応変に
  その場の雰囲気に応じて変化させる。
3 うまくやるポイントは
(1) 子どもたちを見回せるゆとりを持とう
  きょうはどの手でせめてやろうか?
(2) オーバーアクションをやれる演技力をつけよう
(3) はずかしがらないで
(4) さっときりあげるタイミングが肝心
(奥田靖二:元東京都公立小学校教師、子どもの文化研究所員、新しい絵の会会員、マジックの腕もプロ級)

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教師になった経緯と、子どもの科学概念がうまく形成されるツボとは、理想と考える教育のありようとは

 国際基督教大学高校で教鞭を執りながら、ガリレオ工房理事長として日本全国を飛び回り子どもに科学の楽しさを伝え、さらに理科カリキュラムを考える会の理事長としても活躍しておられる滝川洋二先生にいろいろお話を伺った。
「まずは、滝川先生が物理の世界へ進まれた経緯を知りたいのですが、少年期から青年期にかけての思い出をお聞かせ願えないでしょうか」
 小学生の頃から理科はもちろん好きではありましたけれども、そんなに実験をよくやっていたというわけではありません。
 小中学校の時は、理科が嫌いではなかったけれど特別に大きな存在ではなかった。
 僕が理系に進むと決めたのは高校の時です。
 ちょうど高校生の時、朝永振一郎さんがノーベル賞をとられて、そのとき湯川秀樹さんが新聞記事で「空間とか時間はとびとびだ」と、しかも「そういう現代の物理の考え方は、孔子や孟子の考え方と共通している」と書かれていたんです。
 高校で勉強している物理は本当の物理じゃない、本当の物理という学問は哲学的で奥が深いんだなぁと。
 それから、湯川さんが科学の平和運動をすすめていて、あー科学は平和に役立てられるんだというのが大きくて。
 僕の場合は、実験が面白いからとかじゃないんです。高校生になって、科学が人間にとってすごく意味のあるものなんだとわかって、将来理系に進む決心につながったんです。
 大学での専門は物理学でした。本当は科学史をやりたいと思っていたのですが、物理しか出来なかったので。
 でも大学へ入って勉強してみたら、大学の物理でも哲学なんて全然やってないんですよね。
「理科教師をめざそうと思われたきっかけは?」
 大学院で科学教育研究協議会(科教協)に参加するようになって、そこの先生たちはものすごく面白い実験をいっぱい持っておられたんですよ。
 本当に、その時の衝撃は大きかったです。ただ、その時は教師になろうなんて思っていなくて、ちょっと覗いてみるという感じでした。
 教育なんか全然興味がなくて、プラズマの理論のドクターに行こうと思っていて、そのための勉強もしていたんですが。教師にだけはなるまいと強く思っていました。
 ある時、物理教育の研究会の案内をみて行ってみたんですよ。そこに学習指導要領を作っている方がいたんですね。
 その方が、学習指導要領は4ヶ月くらいで作れるんですよって言うんですよ。前の指導要領から組み直して、ほらこうやれば4ヶ月くらいでできるって。びっくりしましてね。
 つまり基礎研究もなしで、ただ項目の並べ替えだけで行われているということが余りにもあきらかでした。
 そのとき、僕は質問しました。指導要領から一回なくなっていた高校の物理の大きさのある物体の回転運動についてです。
 この回転運動は高校の物理ではかなり難しくて、僕も高校ではわからなくて、大学でもなかなか難しくて苦労したのに、一度指導要領から外れたものが何でまた入ったんですか、とね。
 そしたら「いやぁ私も知らないうちに入っちゃったんですよ」と言われましてね。指導要領を作る責任者の方がですよ。
 学習指導要領というのは、国の基準として一旦決まると、大きな影響力を持ちます。ちょっとでもこれから外れたら大変な言われようをします。
 なのに、こんないいかげんな作られ方になっている。これじゃ日本の教育は良くならないと思いました。
 だいたいその頃の物理の学習指導要領を作っている人は、余生として教育をという大学の先生が中心でした。これでは駄目だ、教育を最初から本格的に研究する人が携わらなければ、と考えたんです。
 誰かが本気で教育を変える研究をしないといけない、それを僕がやるんだと、ある時思い立ってしまったのです。
「そこでまず、はじめられた事は?」
 大学院博士課程の時は、日本の中にある最高の授業を見て歩こうというのが目標でした。
 カリキュラムの基礎は、一方では自然科学があって、それをどうやって伝えるかで実験とか教材がありますね。
 それからどんなに一生懸命教えても生徒がのってこないと駄目で、のっても教師だけが教えたつもりになって生徒が全然理解していないこともあるので、子どもの認識とか理解の研究が必要ですね。
 僕のドクターコースの一番の大きなテーマは、「子どもの認識はどういうときに変えられるのか」でした。科学的な概念の形成です。
 この研究で、僕が一番影響を受けたのは、板倉聖宣さんの仮説実験授業、高橋金三郎・細谷純さんなどの「極地方式」、玉田泰太郎さんのグループです。
 玉田さんは小学校の先生なんですけれども、すごくいい授業をつくられていました。
 先生が結論を言わないのに、子どもたちがどんどん議論をしている。
 見ていると「どうしてこんな授業になるんだろう」というくらい子どもたちが発言をしている。
 本当にみんなで「こういうふうに理解するといいんじゃないか」みたいな意見が次々とでてきて深まっていく。
 大学院のときは、そういう現場の中にある最高のものを見てまわりました。
 僕の仕事はそれらを理論化することでした。どうしてそういう授業が出来るのか。その人だけしかできないのか。誰でもできるようになるのか。それを研究するのが、僕のテーマでした。
「そんな滝川先生がガリレオ工房という実験のプロ集団をつくられたわけは?」
 実際に自分でいい授業をやろうとすると、発問が良くて子どもたちがのってきても、やはり楽しい実験がないと授業としては厳しいですよね。
 僕は1979年に教師になって、ちょうど世間では高校が荒れて授業が成立しないような時期があった。
 みんなでいい授業をつくろう、いい実験が柱として必要だと話し合って、ガリレオ工房の前身である物理教育実践検討サークルをやっていました。
 そこで第一回の例会から一緒だったのが、米村傳次朗さんです。最初の米村さんは、実験開発の名人という雰囲気ではなかった。
「カリキュラムをつくりたかったのに、ガリレオ工房というのは随分遠回りに思えるのですが?」
 89年の学習指導要領で、明確に理科は縮小するということが示されました。このまま放置したら本当に理科がなくなるかもしれないという危機的状況でした。
 理系の主だった学会が「理科をこれ以上削ってはいけない」という声明をだしたのです。それで「理科離れ」ということが社会的な問題として浮上してきたのです。
 90年代に僕が考えていたのは、学校教育の中でいくら科学が大切だと叫んでもなかなか回復できない。だから、社会の中で学校教育の中での科学の大切さを訴えていこうと。
 そのためには、カリキュラムをつくるのをひとまず我慢して、科学の楽しさを社会に伝えることがまず第一だと。
 とにかく科学イベントをいっぱい引き受けた。ガリレオ工房の知名度が全国的になり、我々の科学を広める運動が全国的になれば、それはきっと学習指導要領の改訂にも結びつくんだと。
 1999年から一年間のイギリス留学を経て、現在、理科カリキュラムを考える会の活動へとつながっています。
「滝川先生が理想と考える教育のありようとは?」
 本当は国の権威とか一切なしで、いろんな先生が「あの人の授業はいいよ」という人を発掘して、その人から色々教わっていくというシステムができるといいですよね。
 今は学習指導要領通りにやらないと駄目。実験だと、他の教科書に書いてある実験をやっても駄目。
 とにかく先生の自由度が全然ないんですよ。それ、まずいじゃないですか。いろんな教科書があり、いろんな実験が載っている。それらを全部知るだけでも教師には勉強になると思うんですよ。
 自分の使う教科書に載っていない実験はやっちゃいけないなんてね、何を考えているんだろうという現状です。
 教師が見聞を広げて、新しいことにチャレンジしながら、授業の質を高めていくということが何か禁じ手みたいな雰囲気になっています。
「子どもの科学概念がうまく形成されるツボのようなものがあれば、教えて頂けませんか?」
 まずは子どもがよく理解できていないところを教師がしっかり分かっていて、子どもが自分の意見を言い、ほかの人の意見を聞く中で、「あっ間違っていた」と気がつく。
 そこへどうやってもっていくのかなんですよ。
 子どもが自分で気がつけば、これはまずいから何か修正しようとします。
 修正しようという気がないのに、これは正しいから覚えておけといくらやっても、全く子どもは受け付けない。
「どうしてそうなんだろう」とか「自分の理解は間違っていたなぁ」っていう、そこへ連れて行かないと駄目なんですね。
 日本の中には優れた研究や実践があるので、それを学ぶことがいい授業への早道ですね。
「滝川先生が理想とする授業とはどんなものでしょうか?」
 夏休み前の暑い日の金曜日の5時間目とかの授業で、生徒がもう絶対のらない日なんですよ。生徒が「先生、今日は外へ行きましょうよ」なんて言ってくる。
「駄目だ、ちょっとこの問題を考えよう」と言って、問題を出して考え始めてみると、 生徒が夢中になってああだこうだと議論をはじめる。
 実際に実験をやってみることになって、「やったぁー」なんて生徒たちが叫んでいるときに、密かに「勝った!」と思うんですよ。
 今の義務教育の理科の授業時間は640時間です。私の時代は1048時間でした。今の640時間というのはものすごく少ない。
 日本では60年代が理科の授業時間が一番多かった時期です。その時代に教員経験をされた先生方のノウハウを受け継いで次代に伝えていきたいですね。心からそう思っています。
(滝川洋二1949年岡山県生まれ、理科教育のカリキュラムの研究者。国際基督教大学高等学校物理教師、イギリスに留学、東京大学客員教授を経て東海大学教育開発研究所教授、ガリレオ工房理事長)
(KENIS株式会社「先生に聞く」)

 

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理科の学習課題方式の授業とは、どのようなものでしょうか

 玉田泰太郎らが開発した相互作用型授業は「到達目標・学習課題方式」または単に「学習課題方式」と呼ばれることがある。
 しかし,東京学芸大学の新田英雄教授は、名称は玉田の意図を十分には反映できていないように思われ「玉田方式」と呼ぶことにした。
 玉田方式は次の手順で行われる。
1 教師は課題を出す
2 生徒は自分の考えを書く
3 クラス討論
4 討論を踏まえて,練り上げた考えを書く
5 実験・観察
6 実験・観察で明らかになったことを書く
 なお,生徒が書いている間,教師は机間巡視し,生徒の考えを把握しておき,クラス討論での発言を予め把握するとともに,自主的な発言が無い場合に発言させる生徒とその順序を構想しておく。
 また,討論で出てきた考えを黒板に書き並べ,それぞれの生徒数の分布を討論前と討論後に調べる。
 玉田方式では,生徒が予想を書き込んでいる間の机間巡視で生徒の考えを把握し,生徒の自由な発言の中に計画性を潜ませ,黒板に生徒の代表的な考えを並べることによって,選択肢をつくりだす。
 その際、「重要なのは,少数意見を必ず拾い上げることである」と玉田は言う。
「選択肢を出しておいて予想させる場合もあるでしょうが,子どもたちが射程距離にある問題に今までの学習の中からどれだけ接近できるか,切りこんでいけるかという,かなり自由な予想のたて方をさせるのでも,一つ授業が成立すると思うんです」
 玉田方式のように予想や考えをノートに書かせ,それを元に意見を発表させるという手法であれば,教師に指名されれば,書いた自分の考えを読めばよいので,発言しようとしない生徒の考えをもクラス討論の中に取り入れることができる。
 教師の指名が多くなった場合の玉田方式のクラス討論は,上手に演出された劇のように感じられる。
 物理に限らず,自然科学の授業においては,自由に考えてよい,ということを生徒に確信させることが,おそらくは何よりも重要なことなのである。
 どのような相互作用型授業にせよ,議論で自由に発言できること,あるいは自分の考えを自由に書けること,これらが教師と他の生徒から,保障され,尊重されていることが,生徒が真に能動的かつ創造的な態度で自然科学に取り組めるようになる鍵ではないだろうか。
 玉田は,自然科学教育の目標を,次のように述べている。
「すべての子どもたちが初歩的であるが,現代自然科学の基礎となる事実・概念・法則を,科学の方法にしたがって,自分たちの集団の力で獲得することにより,自然にはたらきかけ,自然を科学的に認識すること」
「また,この目標を達成するためには「理科教育の内容や具体的な教材の構成について,その根本的なあり方にまでたちかえって再検討することが重要となる」
「授業が成立するかどうかは,授業技術も必要であるが,根本的には『何を、どう構成するか』の問題にかかわっている」と述べている。
 そして,教育内容を,「到達目標―具体的内容―教材構成」という階層構造で構築し,教材構成の中に,授業での学習課題が位置づけられる。
 例えば,小学校理科に設定した到達目標「物にはすべて重さがあり,保存される」の下には,「物は変形しても重さは変わらない」や「物が水に溶けて見えなくなっても重さは変わらない」などの具体的内容が置かれる。
 さらに,個々の具体的内容はいくつかの教材によって構成され,例えば「ねん土をまるめたり,ひろげたり,ちいさくちぎったりしたとき,全体の重さはどうなるか」といった学習課題が授業で提示される。
 教育内容は「学習の正しい系統性」に基づいて構築されなければならないが,その際,「内容・教材の系統性」と,「認識の順次性」の 2 つの観点から系統性を見出さねばならないと,玉田は主張する。
 これは「どういう問題を、どういう順序で」ということである。
 教材・内容の系統性は「自然科学の体系や法則の論理的構造」からある程度定まるものの,「認識の順次性」に由来する系統性は「子どもが自然科学的な事実や法則をどのようなすじ道で認識していくかを明らかに」していかないと見出せない。
 面接調査という手段も補助的には考えられるが,授業における「認識の順次性」を明らかにするためには,生徒の認識過程を実際の授業で観察し,試行錯誤を経て確立していく以外に方法はない。
 なお,どのような学習課題を立てるにせよ,次の玉田の言葉を忘れてはならない。
「子どもたちが学習課題として,主体的にとりくむ意義を認め得るものでなければならない。」
「子どもの認識をひっくりかえせるような教材をえらぶ。しかも,それを投入することによって,基本的な概念みたいなものに確信をもてるようにする」
 高校以上の物理教育においては,数式を伴った理論的,定量的な概念理解が要求される。
 したがって,授業には多様な相互作用を導入する必要があるだろうが,どのような授業法をとるにせよ,生徒の素朴概念をひっくり返し,物理の基本法則に確信をもてるようにすることが,中心課題の一つであることは間違いない。
 玉田は,教育現場における教師の実情を次のように記している。
「私たちはさまざまな困難な条件をかかえ,時間的にも追いまわされ,教材研究も十分にできないし,研究の場も限られています」
 実際、研究をまとめる時間など無いと訴える教師は多いし,その実情はよくわかる。
 ただ,玉田は次のように続けている。
「しかし,毎日の授業そのものが実践研究の場であると考えると,研究の時間と場をもっているともいえます」そして,
 「自然科学の実験のように,真否を一義的に問うことができるというわけにはいかないにしても,1 時間 1 時間の授業は,『何を、如何に』教えるかの実践研究における実験に当たると言えましょう」と述べている。
 この考えは,どのような授業法をどのようなカリキュラム構造で展開する場合においても,普遍にあてはまる筈である。
 授業は絶えず再構築されていくものであるが,新たな教育実践を,研究というスタンスで,客観的妥当性を保証しつつ発表する。
 その際には,過去の物理教育の研究成果を十分検討し,自らの研究で得られた新たな知見は何かを明快に主張する。
 このような研究を積み重ねていくことによって,建設的かつ効率的な物理教育の発展がなされるはずである。
 そのためには,初等中等教育に携わる教師と大学の研究者とが連携し,緊密に相互作用しながら研究を推進していくことが重要である。
(新田英雄:東京学芸大学教授。専門は物理教育)

 

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教師になろうとする若い人たちへのメッセージと、新聞を教材にして授業を展開する運動(NIE)の取り組みとは

 鳴門教育大学教授の阪根健二先生は、教師になって最初は中学校で技術・家庭科と社会を教えていました。
 ちょっと変わった取り合わせですが、本来の専門は電気で、大学院時代は電気(集積回路)で修士論文を書きました。
 ところが、大学院時代に、すでに教員免許を持っていたことで、近隣の中学校に非常勤講師としてアルバイトに行ったことが今の私を作ったのかも知れません。
 電気で研究者になりたいという希望があったのですが、当時は、コンビニのバイトも時給200円程度でも、学校の講師は時給1,000円以上と破格だったので、それが一番の理由で講師をOKしたように思います。
 ところが、アルバイト気分に行った中学校が猛烈に荒れていて、何名もの先生が生徒に殴られているくらいすごい学校だったのです。
 大学院での研究との掛け持ちも大変で、おまけに厳しい教育現場だったのですが、生徒と関わってみると、意外な一面を垣間見たりして、次第にバイトという気持ちから、教師という仕事の崇高さや面白さへと、徐々に意識が変わっていく自分が不思議でしたね。
 結局、香川県の教員試験を受け、おまけに通信教育で、小学校や中学校の社会科の免許を取得したわけです。
 厳しいのに、教師になりたいという気持は不思議ですね。
 教育学部の学校教育教員養成課程は、教師を目指して入学する学生がほとんどですが、入学期には何気なく教師になりたいという夢を持っています。
 それはそれでいいのですが、様々な専門的な勉強や、教育実習等の厳しい体験が、次第に強く教師への希望へと変わっていくのです。
 これは、モチベーション(内的動機付け)も大切ですが、インセンティブ(外的な意欲刺激)が、教師への道への大きな意欲付けになっているのでないかと思っているのです。
 つまり、教育現場の実際を体験する(あるいは知る)ことで、教育の意義や使命感を感じることなのでしょうね。
 何のために仕事に就くのかと学生に聞くと、経済的な意味よりも、自己実現や社会貢献を一番にあげる学生が多いのです。
 それだけ、自分がどう生きるのかという命題を考えることが教育の根本なのでしょうね。
 自分を思い返すとそういった経緯をたどっていますから、是非、今の学生に是非追体験をしてもらいたいと思っています。
 阪根先生は、香川県内の中学教師や教育委員会指導主事を務め、新聞を教材にして授業を展開する運動(NIE)に取り組んできました。
 NIEにかかわったきっかけは、子どもたちは、社会の情勢に無関心。
 教師も含め、さまざまな問題を敏感に感じる力を持たなければならないと考えたからです。
 約30年前の中学教師当時、学校は荒れていた。そんな中でも子どもたちは必ず成長していく。
 そこで教師は何をすればいいか。単にその場だけを収めるのでなく、将来のことを語っていく事が大事。
 阪根先生は新聞の「人の欄」など、努力した人やがんばっている人の記事を使ったり、事件が起きると、なぜ起きたのか子どもと一緒に考えたりもした。
 それによって子どもたちは変わります。広い視野を持つんです。
 大切なことは、社会情勢を知るだけでなく、そこには、必ず人の生き方が見えます。
 つまり「記事の向こうに人がいる」ということ。
 ある種、他を感じることができるようになるんです。
「新聞を丸ごと使う」ことが大切です。
 新聞を開くと、昨日起きたこと、これまで起きたこと、これからのことなどすべてが詰まっている。
 俯瞰(ふかん)的に広く見る力がつきます。これは現代を生きる人にとって大切な力です。
 教師になろうという若い人たちへのメッセージは?
 子どもたちを育てることは、本当に崇高で使命に燃える仕事だと思います。
 何年も教師をしていると、子どもが嫌いになることもあります。
 それでも教師をやって良かったなと思うのは、子どもの成長があるから。
 子どもというのは本当に真剣にかかわったら必ず変ります。
 成長していく姿を見ながら、ともに歩んでいけるのです。そんな仕事は他にはないですから。教師という仕事は素敵ですよ。
 教師の不祥事が多いですが?
 もともと阪根先生の専門は学校危機管理。教師の不祥事が多いのは、広く見る力、社会と自分とのかかわりを見つめる力が弱くなっているから。
 自分は今教師として何のために仕事をしているかをしっかりと考えないといけません。
 そのためにも視野を広げることが一番。
 読み返してじっくり考えることができる新聞は非常に有効です。
 阪根先生はいつも笑顔を絶やされませんね?
 子どもが好きだけでは教師は務まらない。多くの困難が待ち受けていますから。
 しかし、教師が笑顔を忘れた時、子どもと離れてしまう。
 笑顔は、子どもたちのことを何でも受け止めようという思いと決意。それがプロの教師なのです。
(阪根健二:1954年神戸市に生まれ、香川県公立中学校教師、香川県教育委員会指導主事、香川県公立中学校教頭、香川大学助教授等を経て鳴門教育大学教授。研究分野は学校危機管理、防災教育、NIE(新聞活用教育)、メディア対応、生徒指導中心とした教職実践、家庭教育・家庭学習等)

 

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子どもにとって学びあいがあり、教師にとって教えがいのある授業とは

 左巻健男先生の小中学生の頃は友だちもいない、人間関係がへた、勉強はしない、野性的に過ごしていた。
 授業中、ノートの余白にマンガをかいていた。しかし理科は好きであった。
 高校に入学したが、自分の実力よりレベルの高い高校に入ったため、落ちこぼれた。
 高校1年の1年間で背が20cm伸びて、180cmになった。
 人間関係がへたでも、できる仕事は何であるかと考えた。
 将来は科学者になろうと高校2年生のとき一年間集中して勉強し、中学校からの復習と高3の内容を独学した。
 高校3年生の一学期の中間テストの時期に、クラスの生徒に数学の解き方のコツをプリントして伝えた。
 すると「左巻の作ったプリントわかりやすいぞ」という友だちの声があった。
 自分の学んだことがみんなのためになり、そのことが自分の喜びになった。
 担任の先生が「このクラスに自分の力を出してくれた生徒がいる。それがうれしい」と言われた。
 それで、千葉大学教育学部に入学し、教師になろうと思った。
 教師になって「これはおもしろい」と思うような授業を考えた。たとえば、
 カルメ焼き、ドラム缶を大気圧でつぶす、ポリ袋の熱気球、液体窒素の実験などである。
 教師になって最初の授業は大事。
 授業の展開を頭の中でシミュレーションしていた。
「未知への探求」という言葉に表されるような授業というのは、教師でさえも、いったいどうなるんだろうなというワクワク感がなければいけない。
 若さと意欲は生徒に伝わる。一つの授業を毎回変えた。
 一つの単元でいくつかの方式、たとえぱ、コミュニケーションを取り入れた理科教授法の「仮説実験授業」と「極地方式」などを行った。
 同じようなことをしていたら自分はだめになる。理科教師の10か条の10番目は、
「自己満足とマンネリを常に自戒し、何か新しいことにいつもチャレンジすることができる」である。年を取ってもこうあり続けたい。
 12日間かけて東海道を歩いた。これも「未知の探求」。
 本を書くのも「未知の探求」。
 新しいものを取り入れると授業の展開が変わってくる。たとえば、
 新任教師の頃、5万円で買った青銅鏡を見せた。
 江戸時代には鏡みがきの職人がいたんだよという話をする。
「今の鏡はどうなっているのかな」今の鏡を調べさせる。
 学んだことが生活に結びついてくる。
 電気を通す金属かを調べてみる。金属元素は元素全体の8割。金属の実物を見せる授業。
 熱膨張の授業で、
「五円玉を熱すると、五円玉の穴は大きくなるか、小さくなるか、変わらないか」
 問う。
 どの答えが多数派となるか(状況判断)。自分はどう思うか。
 自分の考えに自信があるか(自信度)。
 どういう点に自信がないかを聞く。
 球を熱すると膨張する、10円玉も熱すると膨張する。
 五円玉も同じ事なんだと認識できることが大事。
 答えは大きくなる。
 自然界というのは原子と真空から成り立っている。温度があがると原子が激しく運動する。なわばりが大きくなる。
 授業とは、
「学びは共同体学習、集団でするものである」
「教師の責任はいい授業をすることではなく、子ども全員に学びを保障すること」
「やわらかい口調で子どもたちに語りかければいいんだよ」
「一時間が終わったら『おもしろかった』といえるような授業にしたい」
「教師にとってやりがいがあり、子どもにとって学びがいがある授業は、少しでもチャレンジする授業である」
「小出しせずに最初にぶつける」
「その場でおもしろい内容を。学び終わったら、高度な疑問がわいてくるような授業」
「授業の評価は、教えたことがわかっただけでなく、疑問を湧き起こしたかどうかが大事」
(左巻健男:1949年栃木県生まれ、埼玉県大宮市立中学校教師、東京大学附属中・高等学校教師、京都工芸繊維大学教授、同志社女子大学教授。法政大学教授を歴任した。専門分野は理科教育、科学・技術教育、環境教育)

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子どもたちは「勉強は役に立つ」と分かれば、勉強を好きと感じ、子どもたちは自ら勉強するようになる

 授業が楽しければクラスは荒れません。
 増田修治先生は「先生の授業が分からない」という理由が一因となって、学級崩壊するケースもあると指摘。
 授業の構成というのは、本当に難しいものです。たとえ部分的に面白くても、全体として何が導き出せるのか、という全体構成力がないとダメ。
 そうじゃないと本当の意味で授業は面白くはなりません。
 なにより、子どもたち自身が勉強を「面白い」と感じるためには、勉強が自分の役に立っているという実感を子どもたちに持たせることが必要だと増田先生は言います。
「勉強は自分の役に立つ」と分かれば、子どもは勉強を「好き」と感じられると思います。
 学ぶことが楽しくなる仕組みを作ってあげることが大切と増田先生は言います。
 たとえば、1年生で植物の種を植える授業では、増田先生はこんなユニークな試みをしました。
 ヒマワリの種を土に植えますよね。子どもたちに「どうなると思う?」と聞くと、子どもたちは「大きくなる」「増える」などと答えます。
「じゃあ…」と増田先生は言います。
「先生はお金を増やしたいから、100円玉を植えるね」と、
 子どもたちは毎朝、どうなるのか気になって、100円玉を植えたところに集まってきます。
 本物の種からは芽が出てきました。でも、当然のことながら、水をあげても、肥料をあげても、お金から芽は出ません。
「なぜ出ないんだろう」と増田先生が聞くと、子どもたちは「お金を植えて増えるなら、みんなお金持ちになっちゃう」「種とお金は違うんだよ」などと言い出します。
 ある子どもが「きっと種には秘密があるんだよ」と言いました。
「どんな秘密?」と聞くと、「種の中に、芽が出る秘密があるはず」と言ったから、芽が少し出ている種をナイフで切ってみました。
 観察して「この白い部分が芽の力になるものなのかなあ」「よく出来てるね~」などと話し合います。
 そこで、「じゃあ、種だけあればいいのかな? それだったら水栽培をしてみよう」と問題提起します。
 やってみても、水栽培では、ある程度のところまでしか育たない。
 すると子どもたちは「土にも秘密があるんじゃない?」「種の中のものを使い切っちゃって、土からもらうんだよ」と言い出します。
 みんなで話し合うことで、様々な可能性に気づいていきます。
 自分たちで考えながら、だんだん分かってくるから「勉強って面白い」となります。
「自分たちで考えさせて、一段一段登らせることが大切」と増田先生。
 ただ、膨大なカリキュラムをこなすためには、それぞれのテーマにそれほどの時間を割けないのではないでしょうか。
 小学校で教えなくてはいけない内容は、本当にたくさんあって、時間が足りないのは事実です。
 増田先生の場合は、軽重をつけていました。全部同じに扱っても子どもに力はつきません。
 特に子どもの「興味が強く、広がりのあるテーマ」はしっかり取り組みました。
 例えば、3年生で習う「磁石」も、その一つ。みんながよく遊んでいる、砂場での砂鉄集めから考えます。
 親が言葉がけを工夫すれば、知的好奇心を育てることは可能です。
 教師にはセンスも必要です。センスが良ければ3年目ぐらいで10年目の先生の力を追い抜くこともあります。しかもセンスは磨き続けないといけません。
 自分の持ち味を生かしてセンスを磨くのはなかなか大変ですけれどもね。
 授業の質はとても重要ですが、家庭でも親が言葉がけを工夫することによって、子どもの知的好奇心を育てることはできます。
 学校で習ってきたことについて「どうだった?」と聞いて、授業についての会話を引き出してください。
 子どもの説明が拙いものであったとしても、親が一生懸命聞き「へー、すごいね、そんなの知らなかったな、また一つ賢くなったね」と褒めてあげれば、子どもは「明日も授業をまた一生懸命聞いて、賢くなろう!」と思えるようになると思います。
(増田修治:1958年生まれ、28年間の小学校教師を経て白梅学園大学教授。NHK「あさイチ」に出演するほか、ニュース番組のコメンテーターとしても活躍)

 

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小学校教師時代に,東の斎藤喜博,西の堰八正隆と称された堰八正隆とは

 堰八正隆の小学校教師時代は,東の島小(斎藤喜博),西の用瀬(もちがせ)小(堰八正隆)とならび称された実践家です。
 堰八先生は授業の大切さを認識していた点では斎藤喜博や向山洋一と変わらない。
 異なる点は、堰八先生の視点が徹頭徹尾子どもとの関係づくりに向けられていることと、子どもを育てる視点が明確に意識された指導がなされていたことである。
 堰八先生の講演で心に残ったキーワードを次に示します。
 地位と名誉を考えたら教育者はだめ。
 子どもは親しい人がいい。いろんなものを教わる。
 教材は子ども同士が心を開くためのもの。
 教育力の不足は誠心誠意の問題。
 スキだっていうとき、子どもの脳は一番が働く。
 一人をほめることで全員を認める。
 子どもから学び取る。
 教材研究を目一杯する。やればやるほど、面白くなくなる。
 子どもに任せると柔らかくなる。
 自分でやってできないことは聞く。
 創造性が大事。自分のアイディアが大事。
 子どもを変化させていく。解体する。破壊じゃない。刺激を与える。ルートを造っていく。ヒントを与える。
 集団が変わるとすぐ個人は変わる。みんな同じ。
 子どもを引っぱりつけるオーラをもつ。
 教材研究は食べ物と同じ。食欲が大事。
 教材もこれぐらいだったら食べられるぐらいの量でないといけない。
 根気強くいけば必ず通じる。
 勝負は3つ:頭、胸、肚。3つがあることを気合いという。それがオーラ。
 子どもに学校に来てよかったと思わせたい。
 堰八正隆先生の授業を拝見して、講演を聞かせていただいたのですが、とにかくすごかった。
 堰八先生、退職されて何年もたつのに、すごいハリとツヤ気迫は半端ない。
 子どもが育たない言葉遣いのkeywordは「ネチネチ・ガミガミ・クヨクヨ・グズグズ」だそうです。
 この言葉を使うと、子どもは「イライラ・オドオド・クヨクヨ・グズグズ」になるそうです。
 大切なのは、3つの氣「陽気・元気・根気」だそうです。
 子どもに指導してもらう。
 学級崩壊の前に学習崩壊。
 学習崩壊のクラスこそおもしろい!
 人間は皆おもしろい!!おもしろくてたまりません。
 子どもは、「迫力のある教師」が好き。
 子どもに無駄な話をしてやることが大事。無駄こそ大切。
 まず新鮮さ「前の先生とは違うぞ!?」
 教師に必要なのは「新鮮さ・活力・明るさ」
 子どもといろいろなことをしてふざける。
「やさしさ」の基盤の上に子どもをのせ、「厳しさ」で挟み込む「サンドイッチ法」
 感受性で子どもをみたら、全ての子どもを救うことができる。
 左脳(厳しさ)⇔右脳(やさしさ)
 教師は、子どもに学力をつけることはできない。学力をつけられる環境をつくるのが教師の仕事。
 学級に個性が出てよい。〈個性が出ないほうがおかしい。気持ちが悪い)
 子どもが本性を丸出しにする授業をしよう。
 環境によって人は変わってしまう。
 小学生は心を掃除力で磨くのは難しい。
 生活指導は全て、授業で行う。授業で良心を育てる。
 教師も「できない!」「わからない!」「恥をかいた!」経験をするべき。子どもの気持ちがわかる。
 脳は刺激を与えないと止まる。
 一番大切なのは「この先生と一緒におったら私は絶対に良くなる。」と子どもに感じさせる。
「思い込む」と人間はそうなる。「そうなるんだ!!」と思い続ければ、ひとりでになる。
 言葉を目に入れる。近づいていき、相手の目の中に言葉を注入していく感じ。口先言葉を使うな!
「目」を使えば使うほど、子どもは、その教師の言動行動が真実だと感じる。
 どうすれば、子どもの瞳は輝くのか!答えは「お喋り!」
 まずは、子どもの心を掃除。おなかにたまっているものを全部出し切らせる。
 子どものエネルギーを発散させる。一息ついて落ち着いたところに「これはね・・・」と指導開始する。
 まず身辺の掃除、それこそ手始め。
 先生は「勉強をしなさい」といわない。
 嫌いな人に近づくと好きになる。自分を実験材料にしつつ、自分を改革していく。
「技法」にとらわれない。「信念」は自分でもとう。
 気配り(レーダー)と心配り〈心配)を育てよう。
 文章を読む力があれば、別の教科でも何でもできる。
 教師がぼけて、子どもに突っ込ませる。
 板書は一年かけて「字はここまで丁寧に書くんだ!」というをハートを伝える。
 教材は天から与えられた配ぜん。
 授業が全て。子どもとどこで繋がるか、子どもの生活指導をどこでするか、それは  授業で。
 授業で必要なのは、「人間力・知識・技能・徳・情操・コメント力」
 第一印象はとても大事。
 教師はとにかく動き、身体を動かすことです。20代は、とにかく走り回っていました。仕事を探し、動き回り、とまらない自分をつくりましょう。動くことで脳が活性化するのです。
 子ども同士の話し合いのコツは、子どもが本当に「話し合いたい」という問題意識をもっていないと、話し合いはできない。子ども一人一人がみんなの前で自分の気持ちを言う練習は大切です。
 先生方、成功してはいけない。失敗を重ねましょう。満足は自己弁護にしかなりません。悪いものは悪い!といえる心を持ち続けましょう。
 困ったり迷ったりしたら、前へでよう。決意の心をもつのです。子どもを改造してはいけません。自分を改造するのです。
 講演会に参加して堰八先生の魅力と迫力に、ただただ圧倒されました。
 お話中、ずっと笑顔で楽しませていただきました。お話を聴きながら、気付いたら堰八先生のことを大好きになってしまいました。
 いつまでもお話をきいていたいような気分になりました。
 講座が終了したとき、堰八先生が私のほうへ近づいてきて、すっと私の肩をたたいてこう声をかけてくださったのです。「君は、いいよ。うん!いい」もう涙がでそうなくらい。嬉しくなりました。
 こうやって子どもたちともつながっていくのだろうな。とも思いました。
(堰八正隆:鳥取県公立小学校教師。定年退職後は関西地方や、岡山県北部で授業づくりや、生徒指導に尽力されました。阪神間,岡山などを中心に教育アドバイザーとして活躍。子ども,保護者,教師の教育相談は,年間1000件を越え,模擬授業・講師など精力的に活動。2016年88歳で亡くなられた)

 

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人生を変える勉強をしよう

 学びは、人生最高の楽しみ。勉強が本分の10代はもとより、大人だって学習をもっと生活に取り入れたいもの。 著作「よのなか」シリーズでも知られる藤原和博さんに、学びの極意を聞いてみよう。
 みなさんは気づいているでしょうか。日本では1997年に、はっきりと時代の変わり目がやってきました。
 97年以前の日本は、20世紀型の成長社会。キーワードを挙げるなら「みんな一緒」。
 何事にも、あらかじめ用意された正しい解答があると考えられていて、その正解へ真っ先に行き着くことがよしとされました。
 仕事の現場では、物事を早くきちんと、真面目な態度でこなす能力が求められました。
 生活面では、あらかじめ提示されたものを消費するのが奨励されます。
 建売住宅を購入し、勧められるがまま保険に入り、流行のレジャーにいっせいに飛びつくといったことです。
 子どもの学習も、情報を早くきちんと処理する手段を身に付けることが目的でした。
 ところが、98年以降はあきらかに時代が変わります。
 成熟社会を迎え、価値観が「それぞれ一人ひとり」へとシフトしました。
 もう決まった正解はどこにもありません。
 あるのはただ、自分自身の頭で考え導き出した、それぞれの納得解だけ。
 仕事でも生活でも、単に入ってきたものを右から左へ受け流すのではなく、情報をみずから編集する力が求められます。
 学びのかたちも、ただ知識を詰め込むだけでは意味がありません。
 これからは頭の柔らかさや、いろんな角度から物事を見る複眼的な思考、知識を応用して実地に活かす能力などが求められ、それらを得るためのトレーニングが必要となってきたのです。
 いまやすっかり、インターネット全盛の社会ですよね。そんな時代に人は、否応なく大きく2つのタイプに分かれてしまいます。
 情報を生み出す側の人と、情報をひたすら消費する側の人です。
 情報を消費するだけでも時間はいくらでもつぶせますが、それだけではいつか、むなしく感じるときがやってくるのでは? 
 自分の存在感を増していったり、生きていることを実感するには、情報を生み出す側に回らないといけません。
 そのためにはどうするか。自分にしかできないことを見つけ、それを他の人にもわかるようなかたちにして、だれかに届けるためうまく発信していく必要がある。
 そういうことができるような学びを、積み上げていかなければいけませんね。
 ここでいう勉強とは、国語・算数・理科・社会・英語といった教科ではありません。
 それらは、20世紀に有効だった学習の型。
 情報編集力が求められる21世紀成熟社会には、通用しづらくなっています。
 新しい情報活用能力、すなわちリテラシーがいまこそ求められているのです。
 どんなものかといえば、
 ・シミュレーション能力
 ・コミュニケーション能力
 ・ロジカルシンキング能力
 ・ロールプレイング能力
 ・プレゼンテーション能力
 この5つのリテラシーです。
 いまは正解がない時代なのだから、何かをするときは常に、自分で仮説を立てていかなければいけません。
 仮説を構築する力が、シミュレーション能力です。
 よりよい解を求めるには、多くの人の知恵を持ち寄ったほうがいい。
 そのアレンジをするための力が、コミュニケーション能力です。
 情報が氾濫する時代だからこそ、物事を疑い検証する態度も重要です。
 正しく疑う力、それがロジカルシンキング能力。
 別の角度から状況を眺める冷静さも大事ですね。そうした目を保てるのが、ロールプレイング能力。
 自分の能力を最大限にアピールするためのプレゼンテーション能力も含めて、これらがいまと今後の社会を生きていくために、必須の力となっているのです。
 これから学校で勉強をする人たちは、そのあたりを意識して学びに向かうべき。
 では、すでに20世紀型の学習を経てきた大人はどうすればいいか。
 まずは、自覚することです。
 自分が情報処理力重視の「正解主義」学習をしてきたことに。
 そうして改めて、情報編集力を磨くための「修正主義」学習を、折に触れ心がけていきましょう。
 常に頭を柔らかくしておく、それがポイントになってきますよ。
 人はなぜ学ぶのか。幸せに生きるためですね。
 20世紀までは、幸せのかたちというものがたしかにありました。
 いい成績をとっていい会社に入り、子をもうけて孫の顔を見て……。
 でも、そんな定型は崩れました。会社も国も、何も保証してくれません。
 一人ひとりが、それぞれの幸福論を編集しないと、幸せを見つけられなくなっているのです。
 自由度は格段に上がったけれど、自由ってじつは、使いこなすのがたいへんなもの。
 自分の頭でしっかり考えないと、自由を持て余し、幸せは遠ざかってしまう。
 幸福を得るための手段として、自身の情報編集力を磨かないといけない。
 その営みこそが、いまの時代の本当の「学び」なのですよ。
(藤原和博:1955年東京生まれ、教育改革実践家、東京都杉並区立和田中学校・元校長。株式会社リクルート東京営業統括部長などを歴任後、同社フェローとなる。2003年より5年間民間人校長を務め『文部科学大臣賞』などを受賞、進学塾と連携した夜間塾「夜スペ」も話題に)

 

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