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説明文の一部をいたずらをして消す国語の授業とは

 説明文をいたずらする方法というのは、国語の教材の文章が、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらをする。
 その文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 この説明文は小学校3年生の教科書から拝借した。福田秀貴先生は授業の狙いにあう教材をいつも探している。
 この日は説明文「めだか」のプリント教材を使っての勉強。
 冒頭に「めだかの学校は 川の中」というおなじみの歌詞があり、それに続く本文で、メダカは危険の多い川の中で身を守るためにどんな行動をとるか、体の仕組みはどうなっているかを解説している。
 子どもたちは本文から、メダカが身を守る方法を抜き出していく。すぐに、
(1)水面近くでくらす
(2)素早く泳ぐ
(3)集まって泳ぐ
 の三つが挙がった。
 ここで先生が、挿絵のコピーを取り出した。
「この文にはこんな挿絵が付いていたんだよ」
 身を守る方法が一つひとつ絵になっているのだが、あれれ……本文には三つしか書いていないのに、絵は4枚ある。
 「あーっ、いたずらだ」「ジョニーが文を消したんだ」
 どうやら元の文にあった、身を守る「第4の方法」を、ジョニーが消してしまったようだ。
 残った絵には、ゲンゴロウに襲われそうなメダカが、濁った川底近くにいる様子が描かれている。
 子どもたちはこの絵から、どんな文が消されたのか考えていった。
 ジョニーは筑波大付属小(東京)の白石範孝先生のニックネーム。
 白石先生は7月末、この6年1組で模範授業を行った。
 そこで使った教材の文章は、一部が消されたり、段落が入れ替えられたりといういたずらがしてあった。
 文章を元に戻していく過程で、子どもたちに深く考えさせる仕掛けだ。
 本家ジョニーは東京に戻ったが、ジョニーのいたずらは福田先生が引き継いだ。
 福田先生は多くの研修会に参加し、そこで学んだ先輩教師たちの「技」を、積極的に授業に採り入れている。
 ジョニーもその一つだが、自分なりの工夫を加えることも多い。
 例えば朝の会・帰りの会。朝の会の学習活動は〈月〉詩の音読、〈火〉暗唱、〈水〉ペア音読……とメニューを日替わりにした。
 帰りの会のスピーチも、曜日ごとに違うテーマで行う。マンネリ化するのを防ぐ狙いだ。
「じゃあ身を守る第4の方法、自分だったら何て書く?」
 半分くらいの手が挙がった。でも先生はなかなか指名しない。
 そのうちに、一人、二人とさらに手が挙がってゆく。
「ぱっと反応できる子は一部だけです。多くの子に挙手のチャンスを与えるため、時間をかけて待つようにしています」
 いったん手を下ろさせ、近い席同士で話し合わせることもある。
 こうすると、全員が誰かに自分の考えを伝える機会を得るという。
 実は、元の文章から先生が消した部分はほかにもあった。
 筆者はそこに何を書いたのだろう? 接続詞や、冒頭の「めだかの学校」の歌詞をヒントに考えていく。
「川の中は危険だから、みんなでおゆうぎしているヒマはない、みたいなことが書いてあると思う」「歌と現実の差を表しているんじゃない?」
 活発に発言は続く。
 筆者の意図を見据えながら、「自分だったらどう書くか」まで考えていく。それが先生の最終目標だ。
(福田秀貴:青森県八戸市立小学校教師を経て指導主事)

 

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