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子どもにとって学びあいがあり、教師にとって教えがいのある授業とは

 左巻健男先生の小中学生の頃は友だちもいない、人間関係がへた、勉強はしない、野性的に過ごしていた。
 授業中、ノートの余白にマンガをかいていた。しかし理科は好きであった。
 高校に入学したが、自分の実力よりレベルの高い高校に入ったため、落ちこぼれた。
 高校1年の1年間で背が20cm伸びて、180cmになった。
 人間関係がへたでも、できる仕事は何であるかと考えた。
 将来は科学者になろうと高校2年生のとき一年間集中して勉強し、中学校からの復習と高3の内容を独学した。
 高校3年生の一学期の中間テストの時期に、クラスの生徒に数学の解き方のコツをプリントして伝えた。
 すると「左巻の作ったプリントわかりやすいぞ」という友だちの声があった。
 自分の学んだことがみんなのためになり、そのことが自分の喜びになった。
 担任の先生が「このクラスに自分の力を出してくれた生徒がいる。それがうれしい」と言われた。
 それで、千葉大学教育学部に入学し、教師になろうと思った。
 教師になって「これはおもしろい」と思うような授業を考えた。たとえば、
 カルメ焼き、ドラム缶を大気圧でつぶす、ポリ袋の熱気球、液体窒素の実験などである。
 教師になって最初の授業は大事。
 授業の展開を頭の中でシミュレーションしていた。
「未知への探求」という言葉に表されるような授業というのは、教師でさえも、いったいどうなるんだろうなというワクワク感がなければいけない。
 若さと意欲は生徒に伝わる。一つの授業を毎回変えた。
 一つの単元でいくつかの方式、たとえぱ、コミュニケーションを取り入れた理科教授法の「仮説実験授業」と「極地方式」などを行った。
 同じようなことをしていたら自分はだめになる。理科教師の10か条の10番目は、
「自己満足とマンネリを常に自戒し、何か新しいことにいつもチャレンジすることができる」である。年を取ってもこうあり続けたい。
 12日間かけて東海道を歩いた。これも「未知の探求」。
 本を書くのも「未知の探求」。
 新しいものを取り入れると授業の展開が変わってくる。たとえば、
 新任教師の頃、5万円で買った青銅鏡を見せた。
 江戸時代には鏡みがきの職人がいたんだよという話をする。
「今の鏡はどうなっているのかな」今の鏡を調べさせる。
 学んだことが生活に結びついてくる。
 電気を通す金属かを調べてみる。金属元素は元素全体の8割。金属の実物を見せる授業。
 熱膨張の授業で、
「五円玉を熱すると、五円玉の穴は大きくなるか、小さくなるか、変わらないか」
 問う。
 どの答えが多数派となるか(状況判断)。自分はどう思うか。
 自分の考えに自信があるか(自信度)。
 どういう点に自信がないかを聞く。
 球を熱すると膨張する、10円玉も熱すると膨張する。
 五円玉も同じ事なんだと認識できることが大事。
 答えは大きくなる。
 自然界というのは原子と真空から成り立っている。温度があがると原子が激しく運動する。なわばりが大きくなる。
 授業とは、
「学びは共同体学習、集団でするものである」
「教師の責任はいい授業をすることではなく、子ども全員に学びを保障すること」
「やわらかい口調で子どもたちに語りかければいいんだよ」
「一時間が終わったら『おもしろかった』といえるような授業にしたい」
「教師にとってやりがいがあり、子どもにとって学びがいがある授業は、少しでもチャレンジする授業である」
「小出しせずに最初にぶつける」
「その場でおもしろい内容を。学び終わったら、高度な疑問がわいてくるような授業」
「授業の評価は、教えたことがわかっただけでなく、疑問を湧き起こしたかどうかが大事」
(左巻健男:1949年栃木県生まれ、埼玉県大宮市立中学校教師、東京大学附属中・高等学校教師、京都工芸繊維大学教授、同志社女子大学教授。法政大学教授を歴任した。専門分野は理科教育、科学・技術教育、環境教育)

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