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国語教師に必要とされる能力とは何か

 国語という教科は、ことばでことばを教える教科だから、国語教師に求められるのは、話す力や聞き分けられる力、文章表現力や理解力といったことばに対する感性としての言語感覚、国語力である。
 国語教師に必要とされる能力は
1 ことばを理解し表現する力や豊かな言語感覚を持っている。
2 ことばを仲立ちとして自己開示できる力や、他者を受容できる力がある。
3 教材を媒介に絶えず状況をとらえ、新たな状況を創り出す創造者でなければならない。
4 考えや思いを筋道立てて話したり、人の話や文章を豊かに類推・想像したりできる力がある。
5 聞き手や読み手の理解を深めるような話し方や書き方、子どもたちの心に伝わるような表現力をもっている。
6 授業の質を高める指導者としてのつぎのような能力を備えなければならない。
(1)「気力」:やる気・気配り・根気・勇気といったエネルギー
(2)「知識力」:言葉を理解し表現する力や豊かな言語感覚
(3)「識見」:ものごとの道理をわきまえ、筋道をたてて考え、判断し処理していく力
(4)「度量」:正邪を判断し、美醜を見分け、どこまで言うべきかを見きわめる広い度量
(5)「技術」:子どもたちを動かしていく技術
(6)「品格」:子どもたちを暗黙のうちに感化させ、納得させる人間的魅力
 人間としての教師の姿が学習者である子どもたちの目に映り、言語環境を作りあげ、学習全体に作用して子どもたちを育てあげる。
 それがプラスにもマイナスにも作用する。
 国語科の読むことを指導する教材研究に求められる基本的な態度は、次の3点であると私は考える。
1 文章(作品)の精緻な教材分析
 多くの文章は、国語教材として書かれていない。
 したがって、文章それ自体の価値とそれに内在する教育的な価値(国語科の教育目標・内容の具現化に資する)とを見いだすことが求められる。
 教育的な価値を見いだしたときにはじめて、文章は教材として位置づけられる。
 これまでは、「何」が書かれているかという内容に重きをおく傾向がみられたが、これからは「どのように」書かれているかという文章表現や表現方法、叙述のあり方を明らかにすることが重視される。
 つまり、作品を読み味わうだけでなく、作品の読み解き方や文章中の表現・語句の働きに着目させることが求められるからである。
2 文章(作品)と学習者とのかかわりの確認
 取り上げたい文章(作品)が生徒にとって、どのような意味をもつか、生徒がそれらの文章をどのように受けとめるかを予測し、必要に応じて対策を考える必要がある。
3 言語活動の可能性の発見
 それぞれの文章(作品)を教材として取り上げることによって、どのような言語活動(話す・聞く・書く・読むなど)が展開できるかを見通すことが大切である。
 一つの文章でも、その活用次第によっては、討論の学習や作文・小論文の発想指導に活用できたり、文章の読み方の学習が展開できたりすることがあるからである。
 個々の文章(作品)がもたらす言語活動の可能性を見いだすことは1時間の授業展開を構想することにつながる。
「読むこと」の指導における重要な目的の一つは、とりわけ美しい、優れた日本語表現に気づかせ、生徒たちの言語表現に生かせるようにすることである。
「言語そのものの韻律的な美」「人物描写や情景描写等の優れた表現」などに気づかせるのである。
(相澤秀夫:1949年宮城県生まれ、国公立中学校教諭・指導主事、文部科学集教科調査官及び海外子女教育専門官、宮城教育大学教授を経て宮城教育大学名誉教授。専門は国語科教育)

 

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