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学習するとき「なぜ」と問い、なるほどと納得できると、学習がおもしろくなる

 ある物理学者は、
「数式どおりに実験で物質が硫酸の中から出てくる」
「しかもこれによって、水素分子からなっているんだって実感できるわけです」
「これはもう感動ものですよね」
 と、分子の存在を実感したときのわくわくする気持ちを表現している。
 自ら発した問いや、ずっと考えて追究している問いが、説明された瞬間や、納得した瞬間との出会いは、理数科にひかれていく一つの大きなきっかけとなっている。
 またそうした問いを追究する過程そのものもまた楽しい体験として認識されている。
 実は「わくわくする気持ち」「がんばり続けること」こそ、才能を開花させる大切なヒントなのである。
 わくわくするようなおもしろさにふれることは、ただ単に驚いたり珍しがったりする楽しさではない。
 日常生活の自然現象に対して自分がもつ「なぜ」という問いを、原理原則によって説明できた喜び、納得できた快感である。
 わくわくするおもしろさは「なぜ」を問うところにその本質を見いだすことができる。
 そうした体験は、日頃から「なぜ」を問う習慣ができていることが一つの要因としてあげられる。
 この「なぜ」を問い、なるほどと納得できる快感は、年齢に関係なく得られるものである。
 ある工学者が、
「小学校の先生は原理を教えてくれました。なんで宇宙ができたかって」
「なるほどなって思うんですよ。小学生でも」
 と述べている。
 このようにおもしろさを体験することで、より深い学びにつながっていく。
 ある物理学者は、
「なんとなくそんなものだっていう知識で覚えると、身についたものになりませんね」
「深くやってみようとか、勉強してみようかっていうことになってきませんよね」
 とも述べている。
「なぜ」と問う習慣ができ、自分で追究して達成する機会を得る。
 そして、おもしろさを体験することが、理数科の学びを挑戦し続けていくことになる。
「知識をうのみに単純に暗記する」のではなく「考える過程に関心が向く」ことが、がんばり続ける活動につながっていくのである。
(無藤 隆:1946年東京都生まれ、お茶の水女子大学教授、白梅学園大学学長を経て白梅学園大学名誉教授。保育関連や心理学が専門。保育・幼児教育に関する政府審議会・調査研究会等の座長等を多く務めた)

 

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