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教育はよりよき変化を模索する中にしか存在しえない

 学校という世界に入ること、それは子どもの目からみれば「勉強」が中心の場に入ることを意味する。
「教え-教えられ」の力関係、「教師-子ども」の関係、「子ども同士」の関係に変容される。
 社会の子どもたちへの期待に適応していくことが求められている。
 こうした変容を長年にわたりもたらしていきた学校制度に対して、子どもたちの叫びやあえぎの声が現われてきている。
 それが、さまざまな出来事を通して問題として認識される。
 そして、その問題への解決としての対応と制度改革をつくり出している。
 その改革を推し進めるべく、教師が対処するのに、すぐに役だつノウハウとそのマニュアルが数多く流通してきている。
 こうした改革の動きの根底で常に問いつづけなければならないのは、私たち自身が自明のうちに志向する、知や学習観と学びのあり方、そしてそれを支えるものとして具体的な学習活動や学習環境のあり方の見直しである。
 制度的文化が暗黙に形作ってきた学校知の枠組みに問いをむけてみる必要があるのではないだろうか。
 その問いへの答えは、新たな知のあり方を模索する教師一人ひとりが独自の形で、実践の場でつねに現在進行形で動き変化する「小さな物語り」の中に見いだすことができるだろう。
 一つの理想モデルへの転換をめざすものとしての教育の「いま」をとらえるのではなく、教育は、よりよき変化を模索する中にしか本来存在しえない。
 変化しつづける中に可能性をみとっていく営みなのであるという認識が求められる。
 よりよい育みを教師各自が模索しつづける中にこそ、新たな学校作りへの方向性があると考える。
 往々にして現代社会の問題や病理を映し出す鏡として学校の問題が語られる。
 しかし映された像をみて単に学校批判をするにとどまるのではなく、今、あらためて「学校ならではの学び」の模索を始めなければならない。
 地域の中で公教育の中核としての学校が担うことを期待される役割やあり方を考えることともいえる。
(秋田喜代美:1957年大阪府生まれ、東京大学教授。教育学者、心理学者。世界授業研究学会副会長。内閣府子ども子育て会議会長。専門は、発達心理学、教育心理学、保育学、学校教育学)

 

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