僕らは「自分さえよかったらええ時代」にいる。そこに気がつかないと
僕は学校に講演に行っても、暴れている子はすぐわかります。
「おい、レモン、かぶり物脱げ(注)」なんて言うから「ありがとう、暑かってん」と言って脱ぐ。
で、控え室に戻ると、その子らが絶対に集まってきます。「おお、入れ入れ」と呼ぶんです。
「君は根性ある顔してるな。夢は何やねん?」
「野球選手や」
「うん、君ならなれる。根性あるから絶対になれる」
「おい、体のでっかい君、君は笑顔が優しいなあ」
「よし、ええか、この学校は君らふたりが引っ張れ。君らが守れ」
「みんながこの学校に通って良かった、楽しかったって思える場所をつくれるのは君らしかおらん」
「よし、君と俺はもう親戚やぞ。学校で何か問題があったら俺に言え」
こんなとき、でかい図体した子が照れて下向いて、なんか目をおさえている。
何してるんやろと思ったら、ぽとぽと涙を流している。それを見て、PTAのお母さんたちも泣きよったんです。
「何で泣いてるの?」と聞いたら「六年間、大暴れしてきたこの子を見てきて、こんな顔や涙をはじめて見ました」って。
その子は六年間ずっと自分の存在を認めてくれる、その言葉をほしがってたんです。
僕ら全員、時代のうずに巻き込まれて「自分さえよかったらええ」という時代にいるんよね。
まず、それに気がつかなあかんと思う。
僕が気づいてほしいと思っていることは、暴れている子どもらにはみんな理由があるということです。
その理由は家庭の中にあることが多い。
ところが、みんな個人情報がどうやとか、そこまで踏み込まれへんと言う。
そんなんやったらいつまでも変わらへん。
いまは他人の子になんて声をかけないでしょう?
いま、子どもたちも孤独だし、若いお母さんたちも孤独な子育てをしています。
それを何とかしたいわけです。
「親やないけど、関心だけは持ってるんやで」と出会う子どもたちにだしていこうやないかと。
「ウィー・アー・シンセキ! キャンペーン」(みんな親戚や、と思え)。
もう、これしかないと僕は思っているです。
自分の周りの人から愛して、どんどん親戚を増やしていく。
もう、この旗をパンと立てて、そこに向かってみんなで行かないと。
僕がいいたいのは、感動が人を動かすってことです。
心が動くから人は動くんです。
たとえば先生に何でなりましたかと聞けば、絶対に感動話がでてくるんです。
人のためにすることは、ぜんぶ自分のところに返ってくるというのが、僕の育った長屋の文化です。
(注)黄色い帽子のようなかぶり物をしている。理由は学校現場にビタミンが足りないから。
(山本修嗣:1964年生まれ、大阪府出身のラジオDJ。TBSラジオの『全国こども電話相談室・リアル!』、NHK Eテレの『きらっといきる』、ニコニコ動画の『ミュージックボンバー』などの番組に出演している。自らの子どもが通う小学校でPTA会長を5年間務めた。その後もPTA顧問を続けている)
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