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首の骨を折る転倒事故を体験した教師が、命と感謝の学びで、生きているだけでも幸せであることを心から感じるようになった   腰塚勇人

 腰塚勇人は中学校の体育教師になり、学級担任、バスケット部顧問として「熱血指導」の日々を送っていた。
 しかし、スキーで転倒し、首の骨を折り、奇跡的に命は取り止めたものの、首から下がまったく動かなくなった。
 当時、医師からは「一生、寝たきりか、よくて車イス」の宣告を受けた。
 あまりの絶望に「自殺未遂」をした。
 その後、妻、両親、主治医、看護師、生徒たち、職場の同僚などの応援と励ましを受け、「自分の命があらゆるものに助けられ、生かされていること」に気づき、
「笑顔」と「感謝」と「周りの人々の幸せを願う」ことにより、奇跡的な回復力を発揮する。
 そして、「下半身と右半身の麻痺」など、身体に障がいを残しながらも、4ヵ月で現場に復帰し、中学3年生の担任を務めた。
 主治医からは、
「首の骨を折って、ここまで回復した人は、治療した中では、腰塚さんだけだ」
 と言われるほどの「奇跡の復活」を遂げた。
 その体験を「命の授業」として6分ほどの動画にして公開したところ、30万人を超える人々の目にふれることとなる。
「命の授業」の活動に専念するため、22年間務めた教員を辞職し、講演家として、自らの経験を元に、命の尊さ、生きていることの素晴らしさを、全国の小・中・高校、そして一般の方々に伝える活動をしている。
 首の骨を折る転倒事故で体験した命と感謝の学びについて腰塚勇人はつぎのように述べています。
 私はかつてスキーでひどい転倒事故を起こして首の骨を折ってしまい、医師から「一生、寝たきりか、よくて車いす」の宣告を受けました。
 首から下がまったく動かない状態に陥りました。
 手術を受けたあとも指一本動かせなくなっていると気づいたとき、本当に「これで私の人生は終わった」と思いました。
 手足が動かなくなると、それまであたりまえだと思っていたことをするたびに、頭を下げ、人の手を借り、お世話にならなければならないのです。
 私はそれまで人に頼るのは弱い人間と考えて生きてきました。
 でも、自分では何もできないのに、人に頼る気持ちにもなれないジレンマで心がぐちゃぐちゃになり、自殺こそ思いとどまったものの、やりきれない気持ちで眠れない夜を過ごしていました。
 そのとき、担当の看護師さんは、私の顔を見て私の考えていることを察し、つぎのようなことを言ってくれました。
「私には腰塚さんの気持ちは、本当はわかってあげられないけど、本当によくなってもらいたいと思っているの」
「だから、お願いだから私に何かさせてください。少しでも力になりたいんです」
 そう話しながら、眼からは涙がこぼれていました。
 俺の気持ちをそのまま受け止めて、わかろうとしてくれた。
 この苦しい気持ちに寄り添おうとしてくれていると思えて、泣いても、泣いても涙があふれ、私は一晩中泣きました。
 やがてリハビリが始まりました。リハビリの先生が
「腰塚さん、今なにを考えていますか?」
 と言ったので、不思議に思って
「どうしてそんなことを聞くんですか?」と尋ねたら、
「だって、腰塚さんのことが本当にわからなかったら、リハビリのメニューが腰塚さんにとって一番いいのかどうか、わからないですからね」
「腰塚さんにホンネを言ってもらえるかどうかは、僕が腰塚さんに信頼してもらえているかどうかにかかっていますよね」
「だから僕は腰塚さんの話を最後まで聴くことを約束します」
 と話してくれました。
 さらに、一歩進んで、退院後の夢を考えるように勧めてくれました。
 自分の想いを素直に言える優れた先生がいる大切さと安心感で、私はこの先生をすぐに信頼することができました。
 リハビリによって、足の指がほんの少し動いたのを皮切りに、少しずつですが動かせる範囲が広がりました。
 三週間すぎると首で頭の重さを支えられるようになり、車いすに乗ることをゆるされました。
 やがて、医師など多くの支援を受け奇跡的に回復し、下半身と右半身の麻痺など障がいを残しながらも、現場に復帰し担任を務めることができるようになりました。
 スキーで首の骨を折って、一度は身体がまったく動かない状態になったことで、手が使えることのありがたさ、歩けることのありがたさを痛感しました。
 そして、生きていること自体それだけで、ものすごく幸せであることを心から感じたのです。
 また、私の命を助け、人生を励まし支えてくれた人たちの温かさや優しさ、真剣に治療しようとしてくれた人たちの情熱と本気の姿に対して、心から感謝の念が湧いてきたのです。
 そう気づいたとき、私自身の心の持ち方がかわりました。
 心から「ありがとう」と言え、笑顔が出るようになると、周りの人たちの私に対する接し方も変化したように思います。
 知らないうちに、応援者も増えていきました。
 笑顔で「ありがとう」と言うことは、誰もが幸せになれる魔法の言葉だと私は思っています。
(腰塚勇人:1965年生まれ、元中学校体育教師。スキーで転倒し首の骨を折り、首から下が動かなくなる。その後、障がいを残しながらも、現場に復帰し担任を務める。その体験の動画(命の授業)を公開すると30万人が視聴した。「命の授業」の講演活動に専念するため、22年間務めた教職を辞職した)

 

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