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人生の幸・不幸を決めているのは出来事や出逢いではない   軌保博光

 人生の幸・不幸を決めているのは出来事や出逢いではない。
 学びの心をもっていれば、そこから気づきに変えて、未来を拓くと、人生は劇的に変わると軌保博光はつぎのように述べています。
 僕は講演会などで、幸、不幸を決めているのは出来事や出逢いではないってことを伝えています。
 僕が山口県の萩に行ったとき、あるおばあちゃんがつぎのようなことを教えてくれた。
「すべての出来事を良いとか、悪いとか決めるのは自分の心」
「もしあなたが幸せな人生を過ごしたいのであれば、いつも学ぼうとする心を持っていなさい」
「嫌なことが起こったとき、なんで自分だけこんな目に遭わないといけないんだと、心に傷が残るでしょう」
「でもね、学びの心を持っていれば、どんな出来事が起こっても、そこから学びの『気づき』が残るの」
 学ばず、「傷」としてへこみ、ひきずって生きるのか、学び、「気づき」に変えて未来を拓くのかで人生は劇的に変わる。
 幸せになる人は、自分がコントロール出来るものに時間を注ぐ。
 幸せになりにくい人は、自分がコントロールで出来ないものに時間を使って苦しんでいる。
 なにかトラブルが起こったときに、とっさに出る感情はなかなかコントロールできない。
 でも、その起こった出来事に対しての意味づけはできる。
 例えば「ガン」になって、
「なんで私がガンにならないといけないのよ、私はなんてついていないの」
 と嘆き腹を立てる人と、
「ガンは自分に正直になりなさいというメッセージだ」
 と意味付けし、自分に正直にいきいきとやりたいことをやった人ではその後の人生はまったく変わる。
 僕の知り合いで末期ガンを克服した人が三人いるけど、三人とも後者です。
 出来事が幸、不幸を決めているんじゃないってこと。
 僕は今から十三年前にうつ病になり、
「自分が嫌でしょうがない」から「自分であることが楽しくてしょうがない」変わった。
 その大きな理由は、
「すべての出逢いは良き出会い、すべての出来事は良き出来事」と決めてからだ。
 路上に座って、目を見てその人に向けて言葉を書いていたとき、突然パンチパーマのおばあちゃんがやってきて、
「お前、書道やったことねえだろ。無茶苦茶じゃねえかよ」
「人に売ってんじゃないよ、バカ野郎」
「書道は細く太く書いたらうまく見えるだよ、バーカ!」
 とボロクソに言われた。
 そのとき、僕は腹が立った。
 でも、この出逢いは良き出逢いなんやと思って、細く太く書いたら字が変わって、一日の売り上げが千円から五万円まで上がっていった。
 出逢いが最悪と決めていたら、今の幸せは絶対にないと思う。
 幸、不幸を創るのは出逢いや出来事じゃなく、それに対しての意味付けだということ。
 人生は意味付け一つで変えられる。
(軌保博光:1968年兵庫県生まれ、吉本興業退社後、「貴方の目を見て詩を書きます」という即興スタイルと呼ばれる路上詩人の先掛け的な存在。映画製作や植林、災害支援など幅広く活動)

 

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