カテゴリー「学級づくり」の記事

学級づくりの失敗から得た学級づくりのヒントとは

 初任者として中学校で学んだことは、力で子どもたちを押さえこむことだった。そのような指導で子どもたちを方向づけするのが教師だと、勘違いしたまま小学校の教師となったことが、失敗につながった。
 小学校経験が15年をこえた頃であった。学級づくりは教師がするもので、授業さえやっていればクラスはできると考えていた。そして、正義にもとづく価値観とルールを押しつけていたのである。
 そんなある日、やんちゃな子どもとついに衝突したのである。担任を試すかのように、級友をからかい、次第にエスカレートし、いじめに近い言動を見せた。
 私はその瞬間、彼をつかんで壁に押しつけ、厳しい口調で怒鳴ったのである。これをきっかけに、やんちゃとその仲間たちは、担任と決定的に反目するようになったのである。もはや修復不能の事態となってしまった。
 「教師は子どもの悪いところを直すのが仕事だ」と思い込み、信じて疑わなかった「古い教育哲学」が崩壊したのである。
 私は、自問自責の毎日を送り、病休をも考えつつ、何とか年度末を迎え、傷心のまま異動となってしまったのである。
 どんな問題でも解決するのが教師だと思い込み過ぎていた。「子どもに寄り添う」ことを忘れていたのである。
 そんなとき聞いた赤坂真二先生の「解決しようとするのではなく、『子どもに寄り添う』ようにする」という言葉が、ストンとふに落ちたのである。
 私の失敗から学んだことは、次の5つである。
(1)
個人の経験だけでは、子どもは育てられない。
(2)
正義を振りかざすだけでは、子どもはついてこない。
(3)
「学級づくり」を子どものものにしなければ、子どもたちは育たない。
(4)
教師が手本とならなければ、子どもは自ら育つ子にはならない。
(5)
「子どもを育てる」という視点をもたなければ教師とは言えない。
 自分だけの経験だけでは通用しなくなっていることは、大きな問題であった。身近な人に相談しても対症療法にしかならず、その場しのぎにならなかった。
 そこで、八方ふさがりの苦しさから抜け出すために、考えることもなかった「有料の研修会」に参加することにした。
 そこでは、自分の何十年の経験をもっても思いつかない実践や、本を読むだけでは分からない魅力的な講師に出会うことができたのである。
 それからは毎週のように、各種セミナーや講演会に参加した。毎回、目が覚める思いで「私ができることは何か?」と自問するようになった。
 同時に、次のような課題解決の具体的なヒントを得ることにもなった。
(1)
つねに、子ども(個人)と子どもたち(集団)を「育てるという視点」を持つ。
(2)
今の瞬間を変えることだけを考えるのではなく、年度末や「将来を見通した指導」を考える。
(3)
厳しい中の楽しさより「楽しい中に厳しさ」を織り込んでいく。
(4)
「教師が学びを楽しむ」ことを教育の原点とする。
 そして、これらの課題は別々に解決するのではなく「同時進行の形で解決に向かうものである」ということも学んだ。
(
大谷雅昭:1959年群馬県生まれ、群馬県公立中学校理科教師を経て小学校教師。環境省環境カウンセラー)


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子どものよさを毎日黒板に書くことや、まちがいを大切にした学び合う授業が、子どもたちを変えた

 私(吉澤良紀)は、小学校六年生の担任になりました。六年生は始業式の前日に登校し、入学式の準備をすることになっていました。
 私はクラス全員の名前と顔を一致させ、まだ担任が誰になるか知らない子どもたちの働く姿を見て、よいところを見つけていきました。
 そんな子どもたちの素敵な姿を黒板いっぱいに書き、始業式を迎えたのです。それを見て、子どもたちは、この先生は何かちがう。もしかしたら、わたしたちは変われるかもしれないと、前向きになっていったのだと思います。
 どんなに反抗的な態度をとる子でも、どんな荒れた学級でも「自分を認めてほしい。愛してほしい」という人間としての欲求をもっています。
 子どもたちの内面にある成長したいという願いを読みとることができるのか、教師の心構えが問われているのだと思います。
 子どもたちの、その欲求にこたえ、実現する学級をつくっていくことが教師の役目なのだと思います。
 日々、子どもたちのよいところを見つけて黒板に書くという「黒板メッセージ」は一年間、ほぼ毎日続けていきました。
 新しく見つけ出した自分たちのよいところを学級のなかで学び合い、学級のよい文化となっていきます。
 学級づくりの柱になるものは、やはり授業です。
 授業で、まちがいや失敗が大切にされることで、新しいものを創り出し、自分の新しい可能性を見つけ、自分を変えていくことができるのです。
 発言を苦手としている子は、まちがえて何か言われることがはずかしく、発言することに強い抵抗感を持っています。この心の壁を取り払わなくてはいけません。
 そのために、私は授業で事実と体験をつくっていきました。
 
「自分の意見を聴いてもらい、うれしくなった体験」
 
「まちがった意見が授業の中で生かされていく体験」
 こんな体験が「まちがい」の大切さを気づかせ、子どもたちの心の壁をとっていくのです。
 ちがう意見がなくては、新しいイメージや発見が生まれないことを子どもたちは体験から知っていくのです。正解だけがよい意見ではないのです。
 本質的な内容の学習は「ちがう意見=多様な意見」を必要として、それらがつながりあっていかなくては解けないものが隠れているように思います。
 だからこそ、学級という集団が必要であり、多様な考えをもつ子どもたちが必要になります。そこでは、まちがいもまた一つの新しい視点として生かされて、授業を深める貴重な宝物になっていくのです。
(
吉澤良紀:1978年東京生まれ、東京都公立小学校主任教諭)

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よい学級をつくるコツは「朝の会・帰りの会」を充実させることである、そのポイントとは

 朝の会は連絡する場ではない。一日の指針を示し、子どもたちにやる気を起こさせるところである。
 帰りの会は子どもたちへの注意・連絡する場ではない。一日のまとめをし、生活の前進面を評価しつつ、明日からの課題を子どもたちにつかませるところである。
 私が実践してきた「朝の会・帰りの会」のポイントとは
1 朝の会のポイント
(1)
連絡:3分
 教師・子どもからの連絡。短時間ですむように正面黒板に色別に書く。今日すぐ必要なことは赤。放課後までに必要なことは黄色。翌日または2~3日中に必要なことは白のチョークで書く。
 そして短い説明をしたうえで「緊急に質問したいことがあったら、ここで聞きなさい。あとですむことは、休み時間に聞きにきなさい」と言うのである。
(2)
教師の話:7分「2つほめ、一つ課題を与える」
 これを重点におく。前日の生活から「ほめること」を2つ、「課題とすること」を一つ選び出して話す。 
 前日の生活の中から、学級や班や個人のすぐれた行動や頑張った事実をとり出し、まず2つほめる。そしてその後で、克服すべき課題を一つ話すのである。ほめたことと結びつけて課題を示していくのである。
 実践ノートに書いていくと、4~5ケ月してみてはっと気づかされることがあった。それは、私のものの見方・感じ方・考え方がノートに如実に書かれている。
 これは私の道徳教育の記録でもあり、人間の価値を子どもたちに示しつづけてきた日々の記録でもあったということができる。私はこのことに力を注いだ。
 しかし、これを毎日続けるにはたいへんな困難と試練があるのである。教師が忙しさに追われて学級への指導を手抜きしていたり、マンネリ化した日々を送っていたりすると、ほめたくてもほめる事実がとらえられないのである。
 したがって「毎日、2つほめる」ためには、つねに教師が学級と子どもたちに新鮮な課題を示し、意欲的な取り組み、活動をつくり出し、展開させることが必要なのである。
 そうした挑戦がない限り、教師は朝の会でやる気を起こさせるどころか、注意・叱責ばかりをすることになる。
 また注意・叱責をしない場合でも、ほめることに具体性や感動がなくなり、形式的なことしか話せなくなってしまうのである。つまり、自分自身の「実践での勝負」がいつも必要だということである。
2 帰りの会のポイント
 子どもたちは一日の中でいろいろ活動しているため、連絡や要求が多いので多くの時間をとる。教師の話は短くする。
(1)
連絡・要求:7分
 班長、班、係、班長会、委員会、日直、当番などからの連絡、要求。
(2)
教師の話:3分
 教師の連絡、きょうのホームラン。
 帰りの会で注意しなければならないことは
(1)
できるだけ10分間で終わらせるように努めることである。
 子どもたちは部活、帰宅、友だちとの約束があったりして「早く終わらせてほしい」という要求を強く持っている。それを無視してダラダラやっていると、帰りの会への意欲と期待を失わせてしまう。
 そこで、口で言わなくてもすむことは、小黒板に書かせる。重要な連絡や要求だけを言葉で話させるようにする。
(2)
教師の話も短くする。
 帰りの会では、教師の長い話には抵抗を感じている。短くてスカッとした話し方を好むのである。だから最も必要なことだけを評価したり、語ったりするのである。
(3)
きょうのホームランは何か
 その日全体の中で、クラスの発展や一人ひとりの頑張りとして評価すべきことは何だったか、それを帰りの会の最後に発表し合うのである。
 学級がスタートしたばかりの頃は、何がホームランか、子どもたちは気づかないでいる。だから教師が
「さあ、きょうのホームランを言うぞ。一つは五班だな。国語の朗読大会で一位にはなれなかったけど、団結賞をとった。これが光っている」
「二つめは保健委員だ。養護の先生が、きょうの体重測定のとき、みんなもよく協力したが、保健委員の二人がずいぶん気を使っていたといっていたよ。これも光るな」と、見本を示すのである。
 このように教師が事例を示しながら一週間ほどしたら
「どうだ、きみたちが発見したホームランはないか?」と、子どもたちに自発的に発表させるのである。それに教師が気づいたことを加えながら、子どもたちと教師が共同でホームランを見つけ出すのである。
 さらに二か月ほどすれば、もっと高いレベルの方法を取り入れるとよい。それは、1~2分程度の班会議をして「わが班のホームラン」を発表する。さらに進歩したら他の班のホームランを発見して発表する。
 これは、集団の中の相互評価である。この相互評価が質の高いものになればなるほど、学級も発展する。そのような充実した帰りの会になれば、多少の時間延長は苦にしなくなる。
(
坂本光男:19292010年、埼玉県生まれ、元小学校・中学校・高校の教師。教育評論家。日本生活指導研究所所長・全国生活指導研究協議会会員)

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学級づくりの「決めて、はずしてはならないポイント」とはなにか

 私は、数多くの教室を訪問する機会があります。教室に入った瞬間にワクワクするような空気を感じることがあります。そのような教室では、決まってレベルの高い授業を見ることができ、子どもがしっかりと育っているのです。
 教師を悩ませている多くの学級は、学級内の人間と人間の関係がうまくいってなかったり、小さなトラブルが頻繁にしていたりする場合があります。
 そこで、大切なのが、「子どもと子どもの心をつなぐ」「教師が子どもたちと心を通わせる」「教師が保護者と信頼関係をつくる」ということです。
 このような関係づくりができるかが学級づくりの決めてとも言えます。一人ひとりの子どもの内面をとらえ、寄り添いながら指導することが大切です。
 学級づくりではずしてはならないポイントは
(1)
学級づくりのストーリーを描く
 学級づくりを「その日暮らし」にしないために、自分が担任する期間の大まかなストーリーを描きます。
 教師が子どもにこうなってほしいというイメージを描かなかったら、指導はできません。例えば、教師が「自立して自分たちの行動に責任をもつ」という子ども像を描いたら、子どもたちがそこに近づく可能性がグンと高まります。
 おおざっぱな子ども像ではダメです。「あいさつは相手を見て」「掃除はだまって、集中して」などと、場面ごとに具体的に設定します。具体的であればあるほど、指導の正確さが高まります。
 活動させるとき「さあ、やってみよう!」では、動かないことが多々あります。その活動にどういう意味があるのか、熱を込めて語ります。例えば
「クラスみんながシーンとして掃除すると、周りのクラスはみんなのことをどう見ると思う?」
「そう、スゲー! って思うだろう。どうだい、そんなクラスをめざしてみないか」
「きみたちだったら、絶対できると思うよ」
と、本気で語ります。教師の本気が子どもの本気を引出します。
(2)
見守る
 子どもが動き始めたら、あれこれ口を出さないことです。口を出せばうまくいくかもしれないでしょう。しかし、子どもに何が残るでしょうか。「先生がいないとダメなんだ」と自信を失わせるかもしれません。
 それより、多少時間がかかっても、子どもに乗り越えさせたほうが「できる」と子どもに自信をもたせることができるのではないか。
 失敗したら「大丈夫、きっと君たちならやれる」「ここが良くなったよ。あと少しだよ」と励ます。筋道をはずそうになっていたら軌道修正してやる。うまくやり遂げたら「さすがだね」とその努力を認めるのです。
 転ばぬ先に杖をついて、自力でやり遂げる力を奪うより、転ぶのを見守り、起きるのを励ます方がよほど子どもに力がつきます。
 関わり方で大事なのは、方法まで示してしまわないことです。方法まで示すと、子どもは考えなくなります。
 目的を示し、方法は「考えてごらん」と時間を与えます。この思考の過程が子どもたちを鍛えます。そして、自分たちで決めたら、そこを認めます。「やっぱりね。自分たちで解決すると思った」と。
 思春期の子どもたちはプライドをとても大事にします。だから、叱るときも、ほめるときもプライドを尊重します。
 
「こうやってごらん」という指示は、考える力を奪っているかもしれません。「AとB、どっちならやれる?」と選択させることも、プライドを尊重することになります。
(3)
さらけ出す
 子どもは「人間としての教師」を見ています。教師が自分の弱いところも、さらけ出すことで、子どもたちとの距離も縮まります。
 立派な教師であろうとすればするほど、子どもとの関係にすき間ができます。
 人間としてのつながりのうえに、優れた実践が生まれるのです。
(
赤坂真二:1965年新潟県生まれ、上越教育大学教授。学校心理士。「現場の教師を元気にしたい」と願い、研修や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた)

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ゴミを平気で捨てたり、掃除をサボる生徒をどう指導すればよいか

 私は仕事上、荒れている学級をずいぶんと見聞してきた。荒れていると、教室内はもちろん廊下もトイレも例外なく汚い。だから、私は自分のクラスはきれいにすることを心がけている。
 ゴミを散らかすのは特定の生徒で叱っても「オレのゴミじゃない」と言いはり、らちがあかない。そこで私は次の年から、新しいクラスが始まったら「ゴミは必ず拾おう」などと言いながら二週間、黙々と拾い続けた。
 今度は、近くの生徒に「手伝って」と言って、一週間いっしょにやる。このこのろから「先生って掃除すきなのね」と言われる。そして、最後の仕上げとして「ハイ、○○くん、そこのゴミ拾って」などと生徒にさせる。
 やがて、机上から落としたゴミを拾ってゴミ箱にきちんと捨てに行く生徒も出てくる。 そこで、オーバーにほめる。「えらい! 落としてそのままにしないとは」
 約一ヶ月もすると、少なくとも自分が出したゴミは、自分で始末するという当たりまえのことが定着してくる。ゴミらしいゴミは落ちなくなったら、掃除は五分ですむ。
 ただし、掃除の目的を「生徒の活動」として位置づけるならば、このやり方は適切ではない。私の学級では「学級の約束7ヶ条」に掃除が入っている。掃除サボリは見逃さない。4月いっぱいはうるさいくらいに言う。
 
「掃除は地味な仕事です。この地味な15分程度の仕事ができない人が、もっと地味な勉強なんてやれますか。先生は、30年間で数千人の生徒を教えて、掃除をサボってばかりいるが、勉強はよくできたという生徒は、たったの3人しかいなかった」
 
「こつこつと掃除をやれる生徒は、やはり勉強もこつこつと取り組める人間になれるようだ」なかば、脅し文句のようだが事実だ。
 掃除のサボリの理由は「早く帰って、遊びたかった」「部活に早く行きたかった」がほとんどだ。単なるわがままに過ぎない。
 実際に掃除をやっているか確かめなければならない。ぶらぶらしたり、おしゃべりしてやっていない者、途中でいなくなり終わるころにやって来る者など、サボっているのと同じ子がいる。それぞれに応じて叱って見逃さない。
 したがって、サボリの翌日には、念のために理由を聞いて緊急事態以外は、罰の掃除を一週間させる。
 この指示に従わなかった生徒は、家庭訪問で親にも協力を仰ぎ、指示には従ってもらうことになる。もちろん、親には懇談会などでもその旨を伝え、合意を得ておく。
 教室はゴミだらけだが、掃除はサボっても叱られることもない。こんな学級ではまじめに取り組むのが、ばかばかしくなってしまうだろう。うるさい担任だなと思われても、見逃してはいけない。
 まずは、サボったりする生徒に好かれ支持されようと思ってはいけない。まず最初は、かなりいるはずのまじめな生徒たちに支持されるのが、一番大切なことだ。
 生徒指導も学級指導も、まずまじめな生徒に支持され、次にその周辺の集団に広げる。そのためには、サボる生徒を見逃さないようにしなければ、まじめな生徒たちは誰も教師を支持しないだろう。
 以上を揺るがさずに基本にしていれば、学級全体が荒れることはない。
(吉田 順:1950年北海道生まれ、元横浜市公立小中学校教師(37年間)。生徒指導部長、学年主任を歴任。「生徒指導ネットワーク」を主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の「荒れる学校」を訪問し指導方針づくりに参画。講演、著述、相談などの活動をしている)

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楽しくなければ学校じゃない、学級を楽しくするにはどうすればよいか

 本来、学校は楽しいはずなのに、子どもも教師も「おもしろくない」といじけている。このごろ「学校がつまらない」という子どもが増えてきた。
 子どもたちの顔から笑いが消え、シラけた顔、無気力な顔が増えてきた。学校が楽しくなくなってきたからだ。しかも教師までが「今の学校はおもしろくない、学級担任はつらい」という。
 ほっておいたのでは、いつまでたっても、学校は楽しくならない。楽しくなければ学校じゃない。楽しい笑いを取り戻さなければ、活気に満ちた学校生活はやってこない。
 それには、なんといっても、教師のやる気と創意にかかっている。楽しさの扉は、教師がまず開くのである。教師はおもしろさの仕掛け人であり、楽しい世界をつくる演出家だからである。
 では、どうしたら子どもたちにとって、魅力ある楽しい学校生活をつくりだすことができるのだろうか。
(1)
教師にとって楽しいことをやってみる
 子どもは教師の鏡だから、教師が楽しければ、子どもも楽しくなるのである。教師が笑顔でいれば、子どもも笑顔になる。教師が怒ってばかりしていれば、子どももイライラして、もめごとのたえない学級になる。まず、教師が自分にとって楽しいことをやってみるのである。
(2)
子どものレベルに下りる
 ところが、教師が楽しいことをやろうとしても、子どもたちにとって楽しくなく、のってこないことがある。いったん子どものレベルまで下りて、子どもとチャンネルをあわせ、共感を示さなくてはならないだろう。
 そのレベルから、徐々に、おもしろさの質を高めていけばよいのである。
(3)
子どもの個性を引き出し広げる
 子どもたちは、その個性の中にたくさんのおもしろ世界を抱かえている。それを引き出すことも重要である。
 よく子どもを見ていると、ものの見方のユニークな子、掃除のじょうずな子など、面白い個性がいっぱいである。そうした子どものおもしろさを引きだし、学級の中に広げていくのである。
(4)
たくさんの輪をつくる
 なぞなぞの好きなグループ、ゲームの好きな仲間といった輪が多ければ多いほど、楽しい学級が作れる。人と交われない子どもには、その子ができそうなことを見つけて、なにかの輪に入るように、教師が手助けしてやるのである。
(5)
あそびから始める
 あそぶことは楽しい。教師が先頭に立って、子どもたちとあそぶのである。休み時間、朝や帰りの会、学活、道徳、ときには授業時間を使って集団あそびをする。教師があそびの先頭に立つと、子どもたちは「今度の先生はおもしろそうだ」となる。                              
(6)
あそびたい子からはじめる
 教師が先頭に立っておもしろいことを始めても「くだらない」と、シラける子どもが出てくる。しかし、おもしろいことは押しつけることではない。誘うものである。
 だから、やりたくない子どもはほっておいて、まず「やりたい」子どもたちで、始めればよいのである。そして「おもしろかった」という口コミで、参加者をふやしていくのである。
 つまり、たのしい活動やおもしろい活動は、輪を広げていきながら、そのなかに、シラけや反対する子どもを巻きこんでいくのである。
(7)
子どもたちで、おもしろい活動ができるようにする
 学級に、レク係、あそび係、音楽係、集会係などをつくって、その子どもたちの提案をもとに、学級全体で、自主的におもしろい活動にとりくむ。
(
家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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朝の会・帰りの会が楽しみになるようにするには、どうすればよいか

 学級に集中力がなく、けんかやトラブルが多い状態なら、朝の会・帰りの会も集中力に欠けた落ち着きのない雰囲気になる。学級が生きいきとして明るく、係や当番活動などにもやる気が十分なら、朝の会・帰りの会も明るい雰囲気になる。
 したがって、担任は朝の会・帰りの会にもっとこだわりをもち、子どもも教師も楽しみになるようにしていくことが必要である。
 朝の会・帰りの会に歌を歌ったり、ゲームをしたり、スピーチなどをしたりして楽しみをつくるのもよい。曜日によって運営内容に変化をもたせ、マンネリにならないように、学級の状態に応じて運営を手直しするものいいだろう。
 先生の話のあと、お楽しみコーナーを設け、子どもたちが喜ぶような活動を日替わりでおこなうとよい。例えば、
○歌
 一日のはじまりを明るい雰囲気ではじめ、みんなのやる気を引き出すのに歌がよい。最初は簡単なもの、元気が出るもの、大きな声で歌えるものがよい。
 歌うときは、教室の壁いっぱいに広がり、内側を向いて並び、おたがいの顔を見合いながら歌うようにする。響き合って楽しくなり、元気が出てくる。みんなの気持ちがひとつになる。
 例えば「手と手と手と」は歌詞に合わせて体を動かしながら歌う楽しい曲である。
○手遊び
 手遊びは、指・手をはじめ、おもに上半身を動かしてする遊びでである。座ったままでも行うことができる。
 ひとりで楽しめる手遊びは「どんぐりころころ」「ごんべえさんの赤ちゃん」、ペアやグループで楽しめる手遊びは「おちゃらかほい」「げんこつ山のたぬきさん」などがある。組み合わせて行うと、なごやかな雰囲気になる。
○かるた取り
 百人一首は絵札を読んで、下の句を書いた札を取るあそびである。20枚でかるた取りをすると5分くらいかかる。くり返すと3~4分でできるようになる。机を向かい合わせて2人一組で、お互いに10枚ずつ並べるだけで、すぐはじめることができる。
 対戦相手をくじ引きで決めたり、順番に交替したり、実力が同じ子ども同士で行うなど、工夫してみるとよい。
○クイズやなぞなぞ
 子どもたちは、クイズやなぞなぞが大好きである。朝の会にクイズを出題して、学級のみんなで楽しむようにする。
 例えば、歴史クイズ、日本一クイズ、ことわざクイズ、スリーヒントクイズ、なぞなぞ、いいろいろある。
○スピーチ
 テーマを決めて短いスピーチをする。自分の思いをわかりやすく伝えたり、友だちの思いを聞きとることは、コミュニケーションのうえで大切なことである。
 低学年は「きのうのできごと」を20秒くらい、高学年は「世の中のできごと」を30秒くらい話をさせる。1日に2人ずつ発表する。必ず質問させ、受け答えをはっきりさせるようにする。
 マンネリにならないよう、子どもたちが関心をもつようなテーマを選んでおき、サイコロを転がし、出た目でテーマを決めるようにする。スピーチする子には前もって知らせておき、心の準備をさせておくようにするとよい。
(
加藤辰雄:1951年愛知県に生まれ、元名古屋市立小学校教師。愛知教育大学等非常勤講師。「読み」の授業研究会運営委員)

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三学期をどう出発すれば、学級づくりは、有終の美を飾ることができるか

 三学期は学年の終わりである。「終わりよければすべてよし」と言われるように、三学期の結果がよければ「有終の美を飾る」ことができ、この年度は成功したといえる。
 三学期は授業日数も短く、多くのことは望めない。つぎの三つの重点課題をおさえたい。
(1)
四月にたてた目標をにらんで、一年間の学級づくりをまとめる活動をすすめていく
 たとえば「楽しい学級をつくる」という目標をたてたとしたら「楽しかった」という満足感に充ちた活動によって締めくくる。「自主的な学級をつくる」という目標だったら「やったぞ」といえる成功感、成就感を共有できる活動によってまとめ、有終の美を飾るというようにである。三学期に実現できれば、目標達成ということになる。
(2)
学年に求められる学力を定着する
 この学年で教えるべき教科内容を教え、かつ、一人ひとりの子どもに当該学年に求められる学力を定着する授業を進める。進度を消化する授業ではなく、当該学年の基礎学力を身につけるようにする。
 その身につけるべき学習事項については、子どもたちに、たとえば「これだけのことを身につけて進級しよう」と具体的に示し、子どももまた意欲的にとりくむよう励ます。
(3)
四月に新しい学年に進級しても困らない生活能力、自立的な能力を育てる
 たとえば、小学校五年生の教師は「自分のことは自分でできるようにする」として、つぎのような具体例を示していた。
 起こされないでも、自分の力で起きる。勉強しろと言われなくてもやる。学校のしたくは自分でやる。使ったものはかならず元の場所に戻す。自分の部屋の掃除は自分でする。毎日、家の手伝いをする。
 このなかで、まだできてないことはなにかをあげ、年度末までのあいだに、できるようにするという、取り組みである。ただし、子どもの自立は家庭のしつけにかかわることなので、保護者の協力が必要である。「家庭でしっかりしつけてください」と家庭の責任に委ねては、保護者の支持をえることはできない。
 学級PTAで、たとえば「どうしたら、わが子が起こさなくても、自分の力で起きるようになるか」を話し合い、経験を交流するといいだろう。
 なお、三学期にびっくりするような事件が起きることがある。一、二月にその危険性がある。それは突然やってくる。実際はおこらないかも知れない。しかし、心の準備だけはしておくといいだろう。
 たとえば、いじめや万引きが起きるというようにである。けっして落胆して、それまでの意欲がぷつんと切れて「もう知らん」と投げ出して「あと何日」と日数を数えて年度末を待つということのないようにしたい。事件を学級づくりの最後のやま場とみて、いつもと同じように力をつくして取り組むのである。
 学級は一月くらいまでは、だらだらと低成長が続くが、この最後のやま場を越え、二月後半から三月にかけて、ようやく子どもたちが高度成長期に入るのである。
 子どもたちが高度成長期を迎えられるかどうかは、ひとえに、この一月のやま場の処理にかかっている。この覚悟をきめて、三学期を出発するのである。
(家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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ユーモアで子どもたちの笑顔が増え、クラスが変わるには、どう指導すればよいか

 朝から放課後まで、ユーモアで子どもたちの笑顔を増やす方法を考えてみます。
1 朝一番は笑い
 明るい教室をつくるために、やはり「笑い」のもつ力は大きいものです。特に、朝一番の「笑い」は効きます。
 一日を笑ってスタートすると、子どもたちも教師もリラックスして授業に突入できます。思考もポジティブになるので、ちょっとしたトラブルが起こったとしてもイライラせずに事に対処することができます。
 朝、教室に入るときは必ず「笑顔」。そして黒板の前に立ったらすぐに「子どもたちと一緒に笑う」こと。この展開ができれば理想です。「笑い」で教室にポジティブな流れをつくり出しましょう。
2 笑いあふれる教室をつくる小ネタ
 私が実践して手応えがあった、笑いあふれる教室をつくる小ネタを紹介します。
(1)
教師が教室に指から入場
 教室のドアに入ると見せかけて、入らない。開いたドアからは、小指、薬指・・・・・ジワリジワリと先生の指が。指でなく顔だけ出してもいいでしょう。もしくは、教室に入るとき、見えない壁にドンとぶつかってみる。壁にぶつかり驚いた顔で「誰か開けて」と叫べば、子どもたちが駆け寄ってきて、笑いの渦に巻き込みます。
(2)
スルー&黙礼
 授業中、クラスのやんちゃな子どもが発言をしています。調子にのってしゃべっているうちに、わけがわからなくなり、歯止めがきかなくなっている。教師は、じっとその子を見つめて話を聞いています。
 そして、その子がしゃべり終えたら、しばし沈黙。「はい、じゃあ教科書、開けて!」と、あえてスルーします。事の成り行きを見守っていた子どもたちは爆笑。
 小言や注意など言葉で表すだけでなく、ときには「気づいているよ」という姿勢だけ示して子どもに気づかせることも必要です。
(3)
絶句
 悪ふざけをしている子どもなどに、とっさに注意したい。でも、言葉で伝えないほうがいいときもあるのです。そんなときこそ「表情」で伝えます。
 教師が、あんぐりと口を開けて硬直。視線はその子一点に注ぐ。微動だにしない時間、五秒。
 
「絶句」もまた、物言わぬ伝え方の一つです。ちなみに、注意したい子どもが歩いて移動したりしている場合には「絶句」して身体は硬直させたまま、顔だけを動かしてその子を追尾しましょう。これが効くのです。
(4)
方言で注意する
 
「鉛筆を削ってない」「ノートの字が雑」など、ちょっとしたことで子どもに注意したい。教室にトゲトゲした空気にはしたくないときは、大真面目に「ユーモア」を放り込みます。  
 例えば、教師がいきなり方言(津軽弁)で「なんべん言ったらわがるんだ」と話し出します。これは強烈なインパクトです。博多弁や関西弁でもよい。
 コツは教室に笑い声が起きたら、教師はその場でパッと切り上げること。
 小さなことだけれど、一言きちんと押さえておきたいという場面でこそ、ユーモアを交えてさっぱりと、がいいのです。
(5)
ふくれる
 教師もふくれてみましょう。気に入らないことがあったとき、教師だってふくれることがあったっていいのです。
 おすすめなのは「おしゃべりしている子が気づかないとき」「子どもから忘れ物をしたという報告を受けているとき」「雑に書かれたノート」を凝視しながら、教師がふくれます。 
 上手なふくれ方は「腕組みをする。子どもに視線を注ぎ」ほっぺたをふくらまします。 いいんです、教師だってときにはふくれてみましょう。見ている子どもは「先生、子どもやなあ」って言ってくれますから。
3 教室ライブ中継
 明るい教室をつくるアイテムが「教室ライブ中継」です。必要なのはホワイトボードだけ。私が見つけた子どものいいところ、成長したポイントをライブ中継のように書き出していきます。
 休み時間に、そうじ時間に、給食中に・・・・・情報はその都度更新されていきます。ほんの些細なことでもいいところを見つけて書きまくります。もちろん、子どもが友だちのいいことを書いてもいいことにしています。
 マイナス要因を減らす努力以上に、プラス要因を増やしていくことをしっかりと意識したい。子どもの成長をしっかりと見て取って、目に見える形で子どもたちの前に出していく。そのための工夫が「教室ライブ中継」です。
4 子どもの楽しみを増やしていく
 子どもにとって楽しみを増やしていくようにします。子どもが「楽しくないなあ」「嫌だなあ」と感じる「そうじの時間」「給食当番」などの係の仕事を、子どもが面白いと思えるように「エンターテイメント」にしていくのです。例えば、
(1)
そうじの後に各場所の係が報告するとき、あえて関西弁で話させてみる。
(2)
給食当番が配膳するとき、レストランのウエイターのように振る舞わせてみる。
5 連絡帳
 連絡帳には、その名の通り、次の日に持ってくるものや保護者への伝言など、連絡事項を書かせていることが多いでしょう。
 私もふだんは、「し」:宿題、「も」:持ってくる物、「れ」:連絡事項を基本として書かせていますが、ときどき次のようなやりとりもしてみたりします。
 私が「が」と板書。子ども:「え?」という空気。私:「がんばったことを書こう」。
 「お」:おもしろかったことや、驚いたこと。「ち」:挑戦。明日への挑戦。などなど、突然お題を設定し、その場で書かせていくのです。
 何事も、大切なのは予定調和にならないこと。ほんの少しのアドリブで、子どもたちの帰り支度は笑いに包まれます。
(
森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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子どもに好かれる教師が行っている学級作りのステキな習慣とは何か

 教師は、毎日生活を更新し、新鮮な教師でいることが大切だと私は思っています。鮮度抜群な教師の周りには、いつも子どもたちが集まります。
 鮮度は若さではなく意識です。年齢は関係ありません。まず意識して、教師としてのステキな習慣を身につけましょう。何度も何度も意識することで無意識にできるようになります。
 教師になったとき「子どもたちに、これだけは伝えたい」という思いが必ずあったはずです。いつしか毎日が、昨日と変わらない今日になっている教師もいるでしょう。子どもたちを見て、教師になったときの思いを思い出してください。
 私は教師という仕事が好きでたまらない。この感覚は習慣がつくります。子どもと目を合わせたら笑っている自分。習慣とは無意識についやってしまっていることです。
 教師の力量を上げるというのはステキな習慣を増やすということだと思います。日常をただの日常にしないで、ステキな習慣が自分の中にたまってくれば、日頃見ている教室の景色が変わってきます。自然と子どもがよく見えるようになります。
 私は習慣化することを意識し、ステキな習慣を増やすことによって、何度もそれによって私は救われてきました。
 学級の子どもたちがまとまるステキな習慣には、どのようなものがあるのでしょうか。
1 教室密度の濃い時間帯をつくる
 一日のすべてが始まる「朝の密度」が恐ろしく高い。朝、教室に入るとき嫌な顔をしていたら、子どもに嫌な思いをさせることになるのです。朝の連絡に入る前に、私は短くても何か子どもたちにまつわるエピソードを話すようにしています。
 話すときの順序は「笑顔になる」→「面白いことがあったんだよ」と前置きする→「笑顔になれるクラスの子どものエピソードを語る」という順序です。笑いが起きる話題は子どもが提供してくれます。「お、○○くん、今日は朝から、ひときわハンサムな顔をしているね」でいいのです。
 朝は、特に全力で勝負しなければなりません。家で嫌なことがあった子も、もやもやしている心を引きずっている子も、それらをリセットするは、担任の明るい笑顔と声なのです。
2 ワクワクを伝染させる
 
「あの先生、楽しそうだなあ」「この授業何だか明るくていいなあ」これらは、教師が子どもたちにワクワクのオーラを伝染させているのです。 
 ワクワクのオーラは教師が
(1)
心底、教師という仕事を愛しているときに生まれます。
(2)
その授業内容に、のめり込んでいるときにでます。
(3)
遊び心があると発散されます。
(4)
楽しんでいるときに出ます。
(5)
笑顔から発散されます。
(6)
子どもが大好きなときに発散されます。
3 誰よりも明るい
 担任は教室の中で誰よりも明るい存在でなければなりません。気分が沈んでいた子が、登校して担任を見るなり、明るくなれるような存在です。何だか楽しく、笑顔になる。言うなれば、担任は子どものパワースポットであるべきだと私は思います。
4 たまには、テンションを高くする
 子どもたちはテンションが高い。たまには教師が「先生テンション上がってきたわ」と、いつもの二割増しくらい、ニコニコ顔で声を高く、身ぶりを入れてみる。気分がのらない時こそ効きます。
5 子どもたちに信用される
 子どもたちに信用されているか。それは教師にとって生命線です。「何気ない口約束」には要注意です。「よし、明日の休み時間には○○してあげるね」と一度言ったら、子どもたちは覚えていますから、必ず守るようにします。
 子どもたちから話しかけられたら絶対にスルーしないことです。教師以前に、人として信用を基盤にしたつき合いをして、常に信用を得ることに全力を尽くす姿勢でありたい。
6 説得よりも共感で話す
 人間は「納得はしたいけれど、説得されたくない生き物」です。子どもに話すときにも、「説得」色が出すぎると伝わりにくくなります。共感で話すのです。「そうそう!」と子どもが思うとき、学びは定着しやすくなるのです。何か気づきがあるときに人は納得します。
 寄り添う言葉がけで子どもは頑張ることができます。子どもが納得して考える、動く、そのような状態に持っていくことが大切です。
7 善人捜しをする
 素敵なことはささいなことでも、教師は子どもたちの誰がやったか探します。「雑巾ラックを整頓してくれていた」とき、教師は「誰ですか? ここに落ちていた雑巾を拾ってくれたのは? 名乗りもせずにそっと拾ってかけておくなんて、すごいなあ。先生はそういう人、大好きです」と話します。
 そういうやさしい空気、素敵な振る舞いを教室のすべての子どもたちにふれさせるのです。
8 挑戦する
 教室で行われる活動、学びの数々はすべて担任の言動にかかっているのです。だから、担任があきらめたら終わりなのです。挑戦しなかったら始まることすらありません。担任のさじ加減にすべてがかかっているのです。
 新しいことへの挑戦は、担任が握っているのです。新しいこと、ちょっと高度なこと、面白いこと、背伸びすることに子どもたちをぜひ挑戦させましょう。子どもたちを信頼して、いろいろなことを教室に持ち込みましょう。
 挑戦する子どもたちの姿は挑戦する教師のいる教室でしか生まれないのです。
(
森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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