カテゴリー「学級づくり」の記事

学級に違和感を抱き、落ち着かないなと感じたとき、どのように学級づくりをすればよいか

 新しい学級を担任したとき、教師はまず何をおいても子どもたちとの間に縦糸を張らなくてはならない。
「先生ときみたちは立場が違うんだよ」「先生はきみたちを守る責任をもっているんだよ」「きみたちは先生に指導される立場なんだよ」
 こうした縦関係をしっかりと構築しなければならない。
 これを怠り、教師と子どもがフラットな関係を築くことこそが理想だなどと考える教師は、子どもたちの前に立つ資格がないと言えるだろう。
 しかし、現在、この縦糸を張るだけでは学級経営は成り立たない。
 生徒指導のベテラン教師や、子どもたちになめられないようにと怒鳴るタイプの教師が、学級崩壊を起こしたり、子どもたちに反発されたりすることが多くなっているのが何よりの証拠である。
 現在、教師は縦糸を張ると同じくらいの重きを置いて、子どもたちに横糸を張らせる手立てをとることが求められる時代になっている。
「子どもたちがわからなくなった」「学級担任をもつ自信がなくなった」と、嘆くベテラン教師は、この発想がないからうまくいかないのだ。
 教師は縦糸を張ると同時に、手を換え、品を換えて横糸を張らせる手立てをとらなければならない。
 子どもたちに他人とつながる経験を与え、つながる喜びを意図的に体験させなければならない。
 学校行事はもちろん、授業、特別活動においても、この発想を片時も忘れてはならない。繰り返し、繰り返し行うことによって、その効果が発揮される指導である。
 3か月、半年、1年と長いスパンで見たとき、その効果には計りしれないものがある。
 多くの教師はせっかちであるために、その効果を実感するまで続けられない現状がある。
 横糸が太くなっていくことによって、教師と子どもの間の縦糸が隠れていくが、決してなくならない。
 しかも、子どもたちの横糸は、教師には想像できないような様々な彩りを示し始め、学級全体の彩りを形成していく。
 その彩りは、あくまで教師と子どもたちとの間に張られた縦糸によって、一つに織られていくのである。
 教師は学級の実態に違和感を抱いたとき、落ち着かないと感じたとき、縦糸の強化に向い、説教に向かいがちである。
 しかし「子どもたちの関係性を深める活動が必要なのかもしれない」という視点を浮かべる必要がある。
(堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

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よい教師は、気持ちをさっと切り替えるスイッチをもっている、教師が変わるとクラスも変わる

 クラスの空気は、教師の雰囲気で大きく変わります。
 教師が明るく元気でいれば、クラスは明るく元気になります。まずは、教師が積極的に元気を出すことです。
 教師が大きな声であいさつする。休み時間に元気に外に遊びに行く。楽しそうに子どもの前で笑う。
 そんな教師の様子を見て、子どもたちも元気になっていきます。
 何事も、教師が率先垂範、教師が見本になって、元気を子どもに与えていきましょう。
 逆に、教師が落ち込んでいたり、イライラしていると、悪い雰囲気が教室に充満していきます。
 教師が失敗をひきずって自信や元気を失っていては、元も子もありません。
 不安な思いがあっても、落ち込んでいても、子どもの前ではさっと元気に振る舞えるワザが必要です。
 よい教師は、気持ちをさっと切り替えるスイッチをもっています。
 そのための心構えを持ったり、疲れを癒すための趣味を持ったりすることは、教師にとって非常に重要なのです。
 子どもの前に立つのが楽しいという雰囲気がでるといいですね。
 いつでも、子どもの前にフレッシュな気持ちで立つことができる。
 そんな教師を子どもたちは好きになります。
 教師の元気が周りの子に広がり、自然と教室中が明るい雰囲気になってきます。
「元気を出して」という声かけよりも、教師の態度でクラスの「空気を変える」のが大切です。
(桔梗友行:1977年宮城県生まれ、兵庫県公立小学校教師。ユニット授業や学び合いに取り組む。「学び合うin神戸」主宰)

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学級経営で何より大切なのは「人を育てる」視点を教師がもつこと

 マイナスからスタートすることもある学級に対して、教師はどのように1年間の見通しをもって臨めばよいのでしょうか。
 私は、担任が自分の得意分野を生かした学級経営をしていくことが大切だと考えています。専門性をより発揮できる強みがあるからです。
 そして、学級経営で何より大切なのは「子どもを育てる」のではなく、「人を育てる」視点を教師がもつことだと思っています。
 担当した学年で学ぶべき知識や身につけるべき技能を教えることは、担任にとってもちろん大切なことです。 でも、それだけでは「子ども」を育てることに留まってしまいます。
 本当に大切なのは、知識や技能の先にある「社会に必要な人」を育てる意識をもつことではないでしょうか。
 公けの場ではよりよい社会を実現するため、さまざまな人と協力し合うことが求められます。
 自分らしさを発揮し、望ましい社会を築き上げてこと。「大人になる」とは、それができる人になるということです。
 私たち教師は、子どもの未来を見すえた意識をもつことが大切なのです。
「人を育てる」源になるのは、コミュニケーション力です。
 そして、コミュニケーション力を支えるのが「言葉」の力です。
 一人ひとりが豊かな言葉を獲得し、自分を表現する。
 友だちとの学び合いを通してさまざまな意見や考えを知り、相手を理解する。
 この積み重ねが自信をもたらし、自分と同じように相手の存在も大切に思う信頼感を育み、温かい学級を生み出していくことを、私は実践を通して確信しています。
 具体的には、私は何よりも、子どもたちが自己肯定感をもてるようにすることから始めます。
 子どもたちの「どうせ自分なんて」というマイナスの気持ちを「自分だからこそ」というプラスに転化していくのです。
 大切なのは、子どもの行為を価値づけ(意味づけ)してほめることです。
 例えば、話し手のほうに体を向けて、笑顔で聴いていた子どもに対して、聴く姿勢という行為に加え
「話し手が話しやすいように聴いていた〇〇さんは、思いやりがあふれ出ていますね」
と、行為の価値づけ(意味づけ)をしてほめるのです。
 ほめられた本人も「思いやりをもって聴いていた」という意識がないので「えっ?」という表情になります。
 この、小さな驚きは「自分がこんなことでほめられるなんて思わなかった」という喜びにつながっていきます。
 価値づけ(意味づけ)をすることで、ほめられた本人はもちろん、他の子どもたちも「よいこと」の本質を学ぶことができます。
 そうは言っても、問題を起こす子や目立たない子のよいところを探すのは難しいと思われる教師も多いでしょう。
 そんなときは、子どもの非言語の部分も見てください。
 例えば、目に見えやすい「話す」だけではなく、非言語の「聴く」ことにも注意を向ければ、子どもたちをほめる視点が増えてくるはずです。
 もっと広く、話す、聴く行為だけでなく、話したり聴いたりする意欲や工夫、相手に対する思いやりも大切です。
 このような視点を教師が持てば、学習や活動のほとんどの場面で、具体的に子どもをほめることができると思います。
 まずは、教師が子ども一人ひとりとつながること。ていねいに張りめぐらされた糸は、後に織りなされる子どもたちの横糸の土台となるのです。
(菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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学級づくりに役立つ「終わりの会」とは

 私が敬愛してやまない小西健次郎の「終わりの会」を次に紹介する。
「終わりの会」は3つのコーナーで構成されています。
1 みんなからみんなへ
 遊びのことなど、子どもの間の問題が話し合われます。
2 みんなから先生へ
「今日の算数がわかりにくかった」「大声で叱りすぎた」「先生が、みんなバラバラにしていた便所のスリッパをそろえてくださった」
といった内容が出て、担任がハラハラ・ドキドキするコーナーだ。
3 先生からみんなへ
 担任が子どもの話し合いの感想を述べたり、1日を振り返りながら感心した子どもの姿などを語る。
 これら3つのコーナーは学級づくりをするうえで、どれも欠かせないものである。
「時間がかかるからムリ」と、あきらめないでほしい。
 初期の段階では多少時間がかかるかもしれない。どうしても時間がかかりそうなときは
「この問題は少しややこしい。大切な問題があるように思うから、一度、くわしく文章にして来てくれないか」
 子どもたちは家に帰ってから、よく思い出してじっくり考え、表現する。
「終わりの会」は回を重ねるごとに進化していく。
 個別に訴えたい事柄については「終わりの会」で発言するより、まず気づいたその時その場で、相手にていねいに伝えることが大事だと指導すれば、子どもはそのように努める。
 さらに、子どもが人権感覚を磨き合っていくにつれて
「ああ、こんなことは言ってはダメだ。やってはダメだ。相手を傷つけてしまう」
と、行為のなかで考え、抑止力を働かせる。
 学校の中で日々生じる大小のトラブル。それが放置されたままであれば、優れた学級形成が望めない。
 あきらめと不満が増殖する学級は、いじめの温床だ。
「その日のことは、その日のうちに」
 これが大原則だ。そのために発信する場として「終わりの会」の大切さを、いま一度見直すべきだ。
 子どもが伝えたいことや、訴えたいことが発言できる機会があること。これが正義が通る「学級世論づくり」への第一歩である。
 当然ながら、良質な学級世論は一朝一夕にでき上がるものではない。時間はかかる。
「時間をかける」と思い直せばよいこと。地道に取り組みを進めていくうちに、必ずや取り組みは「実践」へと結実していく。
 そのプロセスこそが貴重な教育実践でもある。
 もちろん、他愛もない雑談も、休み時間の遊びも、子どもの内面発信の大切な機会だ。
 とくに、遊び時間は肉体的発散の絶好の場でもあり、教師も子どもといっしょになって汗を流す機会なのだが。
 子どもが内面を発信できる場と機会。これは、教師にとっては子ども理解のために貴重である。
 しかし、子どもの発信機会は、やはり授業だろう。
 教師ばかりが発信や発問をつづけて、子どもはつねに受信や即答を強いられる伝統的授業パターン。これの克服も急務といわねばならない。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)

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クラス経営がうまくいかないとき、どう聞けば適切なアドバイスがもらえるのでしょうか

 クラスが落ち着かなくなってきたので、ベテランの教師に、その原因をアドバイスしてもらうと「先生は優しすぎるんだよ」と言われました。
 そこで、次の日から、子どもたちに厳しく対応しました。ところが、かえって子どもたちは落ち着かなくなりました。
 どう聞けば、適切なアドバイスがもらえるのでしょうか。
 まず、このベテラン教師が「優しすぎるんだよ」と言ったアドバイスには、どのような前提があるのでしょうか。
 あなたの指導を見て言っているのでしょうか。それとも、ふだんのあなたの雰囲気から、そう判断したのでしょうか。
「優しすぎる」とは、どういうことなのでしょうか。
 厳しくしなければいけない場面で、そうしてないという意味なのでしょうか。
 それとも「なめられている」と指摘しているのでしょうか。
 アドバイスを聞いたとき、あなたの解釈は、どのようなものであったのでしょうか。
 例えば、どの場面で、どの程度、どんなふうに「厳しく」しようと考えたのでしょうか。
 このような前提について、無自覚であったり、状況に対して方法が合致していないと、せっかくのアドバイスも無意味になってしまいます。
 アドバイスをもらう際には、できるだけ具体的に状況を語りましょう。大事なことは
(1)5W1Hをはっきりさせて話すこと
 具体的場面に応じて語らないと、印象でアドバイスをもらい、誤った指導改善をしてしまうことになります。
(2)ふだんの指導の様子をしっかり伝える
 指導において重要なことは関係性です。子どもと教師との関係性によって、当然、指導方法は変わってきます。
(3)「私にできることには、何がありますか」と尋ねる
 ベテラン教師が使いこなせる教育技術と、あなたの教育技術は違うのです。
 アドバイスは状況に合致していることが大事です。適切なアドバイスを引き出し、それを生かすには、尋ね方が大切です。
((山田洋一:1969年北海道札幌生まれ、私立幼稚園に勤務後、北海道公立小学校教師。「北の教育文化フェスティバル」代表、「お笑い教師同盟」副代表、「実感道徳研究会」副代表)

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4月に、百人一首で、クラスを盛り上げ、まとめる

 百人一首は小学校・中学校・高校でも必ず役に立つため、教え子やその親から感謝される。
 できれば、4月中に始めたい教材である。これ一つで、クラスは盛り上がり、まとまるからである。
 子どもに国語力をつけさせるための有力な方法の一つに、名文をたくさん読ませることがある。
 百人一首などは、名文ばかりである。教材としてのすばらしさは、あらためて言うまでもない。
 学校でやる時は、時間が約10分でできる五色百人一首(1色が20枚)であれば、1日のうちのどこか、すき間の時間に行うことができる。
 教室での試合は、ペアになって実施する。教室の座席をもとに、試合を行うのであるが、教室が騒然となるほど盛り上がる。
 勝った子どもは上位グループへと進み、負けた子どもは下位グループへと進む。
 負けたら、1つ下の机へ移動する。勝ったら、1つ上の机へ移動する。しばらくして、チャンピオン席を逆転させると、気分転換になり、大興奮で盛り上がる。
 小学校高学年になると、異性を意識するが、自然と手も触れながら、男女の仲も良くなっていく。クラスの雰囲気も、和気あいあいとして楽しい。
 子どもたちには、100首を印刷した用紙を配布し、毎日少しずつ覚えてくるようにしている。
 東京教育技術研究所の五色百人一首は、取り札の裏に上の句が書いてある。一首終わった後、次の句に移る前に、裏返して覚えることができる。
 試合になると、みんな勝ちたいために、裏返して確認している。こうやって自然と覚えていく。
 覚えれば、やりたくなるのが本能で、子どもたちは百人一首を楽しみにしている。
 私のクラスでは、毎日、百人一首コールが起きる。
(古川光弘:1962年生まれ、兵庫県公立小学校教頭。「教材・授業開発研究所」MLを主宰。サークルやまびこ所属)

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学級づくりは4,5月の教師と子どもの関係づくりがポイント

 現代の子どもたちは、教師が指示や指導をしても、従順に受け入れようとする傾向が著しく低下しました。
 最初は、静かに教師の指示に従っていたとしても、徐々にそのような傾向がなくなり、反発や不服従的な行動や態度が見られるようになってきます。
 学級づくりは「教師と子どもたち一人ひとりとの二者関係の形成」がスタートです。
 対人関係の持ち方に、独特の傾向をもつ現代の子どもたちには、教師からの適切な働きかけが不可欠なのです。
 現代の子どもたちは、教師との人間関係を、友だち関係の延長線上、私的な二者関係のレベルから捉える傾向があります。
 したがって、学級の中での子どもたちの行動の傾向は、教師に対しても向けられるのです。
 教師と子どもたち一人ひとりとの親和的な二者関係が形成されていない中で、教師と児童という役割関係を前面に出しすぎると、子どもたちは抵抗感を持ってしまうのです。
 学級集団づくりの第一歩が、教師と一人ひとりの子どもとの二者関係づくりです。この関係づくりがうまくいくと、子どもたちは精神的にも安定し、子ども同士の関係づくりも促進されるのです。
 二者関係は新学級で出会ったはじめの2か月がとても重要です。の仕方は次のようにします。
 4,5月の段階で、子どもたちに教師の人間的魅力を感じてもらえるかが、キーになります。それがうまくいくと、子どもたちは自ら教師に心を開いてくるのです。
 教師の人間的魅力とは、教師に対する親近感や、先生は自分を受け入れてくれるという受容感があります。
 同じようなもので、教師といると楽しい気分になれるという明朗生もあります。
 さらに、教師に対する好意や信頼感、ある種のあこがれなどもあります。
 そして、教師の専門性にもとづく教え方のうまさ、熱意などの熟練性も含まれます。
 小学生はこれらの教師の人間的魅力を、混ざり合って感じるのです。
 そして教師の人間的魅力にひかれ、教師との二者関係の形成を望み、関係が形づくられていくのです。
 したがって、どんなに教育技術の高い教師でも、親しみや受容感、楽しさがないと、現代の子どもたちはその教師の教え方がうまいとは感じないので、注意が必要です。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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黄金の3日間における学級開きは、どのようにすればよいか

 教師は1年で結果をださなくてはならない。その鍵を握るのが「黄金の3日間」である。「黄金の3日間」こそ、教師の仕事開きとも言える。
 この3日間は、少々の腕白坊主も耳をこちらに傾ける。この3日間で、担任は気概をもって、クラスを統率しなければならない。どうすればよいのでしょうか。
1 インパクトのある自己紹介をせよ
 学級開きで、子どもの最大の関心事は「今年の担任は、どんな先生だろうか」ということである。
 最初の出会いが重要である。教師の自己紹介で、どれだけ子どもの心をつかめるかが重要である。
 子どもの固定観念を破壊するくらい、教師自らが、逆転現象を起こすような自己紹介をすることが大事である。
2 明確な方針を示す
 学級開きのときは、学級の子どもたちは「群れ」の状態である。
「空白」の時間をつくると、子どもたちは自分勝手な行動をするようになり、学級集団は崩れていく。
 学級の統率者である担任ができるだけ早く「方針」を示す必要がある。例えば
「みんなに身につけてほしいのは「けじめ」です」
「同じ教室で集団生活をしていくためには「けじめ」が必要です。一人ひとりが勝手な行動をしていては、学級生活は成り立ちません」
「次に、先生が絶対に許せないのは『いじめ』です」
「先生は差別を絶対に許しません。差別はする方も、される方も人間をだめにするからです」
「先生は、みんなのお父さん、お母さんから、みんなを1年間預かりました。誰か1人だけ楽しくても、先生の責任は果たせません」
「先生は全員が楽しく過ごせるようにしたいと思います」
3 子どもが動ける「しくみ」と「システム」をつくる
 方針が示されても、何をどうすればいいのか分からなければ、子どもは動くことができない。
 子どもが動けるようにするためには「しくみ」と「システム」をつくりあげることである。例えば、
「みんなが学級生活を送っていくためには、3種類の仕事を役割分担していく必要があります」
「1つ目は、掃除や給食当番など、毎日のように繰り返される仕事で、何人かで分担する仕事です」
「2つ目は、黒板係や掲示係など、必要に応じて、みんなで分担しないといけない仕事です」
「3つ目は、レクレーション係や新聞係など、みんなが楽しく学級生活を送れるようにするために、自分たちで工夫しながら取り組んでいく仕事です」
「自分たちの力で、自分たちの学級生活をつくっていきましょう」
4 アドバルーンはたたく
 この黄金の3日間は、教師と子どもたちとの主導権の取り合いなのである。子どもたちからのアドバルーンは、たたかないといけない。
 例えば「鉛筆を出しなさい」という指示を出したとき「先生、シャーペンでもいい?」と言ってくる子が必ずいる。
 実は、これが担任としての勝負の始まりなのである。1年間を左右する極めて重要な場面である。
「今、質問した人、立ちなさい」
「質問は、手をあげて、きちんと立って行いなさい」
「もう一度、言ってごらん」
「シャーペンを使ってもいいですか」
「先生は何と言いましたか。鉛筆を出しなさいと言いました」
「シャーペンについては、また考えます。今は鉛筆を出しなさい。無い人は貸してあげるので取りに来なさい」
 このように毅然と対応するのである。若い先生は何でも許してしまう傾向にある。
 これができないから、ルールがなくなり、クラスが崩れるのである。
 教師がクラスを統率すれば、子どもたちの表情はみるみる穏やかになる。
 可愛がることは、後からいくらでもできる。
 クラスが崩れてしまえば、後から立て直すことは至難の業なのである。
 最初の3日間は大切にしないといけない。
 子どもたちに好かれよう、楽しい先生と思ってもらおうと、見栄のために、ゲームなどで3日間が終わってしまうと、とんでもないことになる。
 最初の3日間は、クラスが動くシステムをつくり上げる大切な時間なのである。
5 授業のシステムを確立する
 授業はフラッシュカード等を使って全員がそろうのを待つ。
 全員がそろったところであいさつをして、例えば
「今日の日付けを4/9と書きなさい」
「次に、今から学習するページP3と問題番号1と書きなさい」
「書けたら立ちなさい」
「きちんと書けているか、隣どうしで確認し合いなさい」
「合格した人は座りなさい」
 大切なことは、子どもたちのノートを必ず全員、何らかの方法で確認することである。
3日間ともノートをきちんと確認する。
 落ち着かないクラスを担任したときは、次のような10分間パーツ教材で授業を組み立てる。 
(1)10分前後で完結するか、区切りをつけることができる教材
(2)シンプルかつ単純明快な教材
(3)必ず全員が取り組むことができる教材
(4)授業のねらいに沿う教材
 この条件を満たす教材を、45分の授業の中に、ねらいに迫るような形で効果的に配置する。
 何も難しいことはない。たったこれだけのことだが、子どもたちを引きつけ、子どもたちの集中力を飛躍的に高めることができるのである。
 ただ、10分間教材は、子どもたちが落ち着いて学習に取り組むための手段であるということだけは強調しておきたい。
(小田光治:長崎県公立小学校教師)
(古川光弘:兵庫県公立小学校教師)

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4月の始め頃は学級担任を試すような発言がある、どのように学級づくりをすればよいか

 子どもたちは4月始め頃に、学級担任を試すような発言が多い。
「この担任は、どこまで自分たちの要求に応えるか」を試していると言っても過言ではない。
 なんとなくあいまいにしたり、あまり考えずに子どもたちの要求を取り入れたりすると、エスカレートしたりして、後々、クラス運営で困ることがよくある。
 それは、教師不信や学級崩壊などにもつながっていく。
 担任は、子どもの要求に対して「正しいか」「一部の子どもだけの意見になっていないか」「後になって困ることにつながらないか」を見極める必要がある。
 子どもに担任の姿勢をはっきりと示していくことが重要となる。
 もし、子どもの要求を取り入れない判断したときは「取り入れない理由」を、はっきりと子どもたちが納得するよう語る必要がある。
 このことが、これから1年間、担任を信頼するかどうかを大きく左右する。
 子どもたちに説明するときに重要なことは
「すべての子どもに公平なものかどうか」
「子どもをよい方向に伸ばすことにつながるか」
という点を考えるべきである。
 しっかりと子どもたちに伝えていくことで「この先生は、自分たちの勝手な思いに乗せられない」と、子どもたちは気づくことになる。
 けじめのある学級づくりにもつながるのだ。
 担任に自分の要求を突きつけてくる子どもは、よきにつけ悪しきにつけ、クラス運営に重要な役割を果たす子どもである。
「子どもの要求」を受け入れない場合は、クラスづくりのために、しておかなければならないことは、意見を言ってくれた子どもを、ほめてあげることである。
「クラスのことを考えて意見を言ってくれたことは、先生はすばらしいことだと思うよ」
「これからも、みんなのことを考えて意見を出してください」
と言って、他の子どもたたちの「クラスづくり」に参加する意識を高めるとともに、意見を出した子どもに恥をかかせないようにするとよい。
 担任としてぶれてはいけないことは「クラスのみんなのことを考える」という視点である。
「クラスのみんなが安心して、学習や生活していくこと」視点からすべての物事を考えていくと、だいたいの判断はつく。
(成瀬 仁:公立小学校教師。オーストラリア公立小学校での勤務経験がある。また、幼稚園の経験もあり、多彩な教職経験がある)

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すばらしい学級をつくる責任は教師にある、自覚した教師だけが、すばらしい学級をつくりあげられる

 すばらしい学級をつくりあげる責任は教師にある。教師だけが、すばらしい学級をつくりあげられる
 一人の教師と数十名の子どもたちが、1年間教室で生活すれば、それなりのドラマは生じる。
 自然なままの教室からは、自然なままの子どもたちの集団が形成される。
「勉強ができる子」が上位にして「勉強できない子、嫌われる子」が下位にいる構造である。
 この構造は1年間崩れない。子どもは子どもなりに、宿命的な社会構造を学ぶ。
 ここから「あきらめ」も生じる。ここから「いじめ」も生じてくる。
「あきらめ」「いじめ」は、子ども社会の奥深いところで生き続ける。
 これを破壊できるのは、教師だけなのである。それも、自覚した教師だけなのである。
 思いつくままの教室経営、赤本通りの授業をするだけで、子どもたちが変わることはない。教育とは、それほどお手軽なものではない。
 子どもの心の奥深くへ働きかけ、訴えていかなければならない。
 では、何をしたらいいのか。では、どのようにしたらいいのか。
 クラスには、いろいろなドラマがあり、さまざまな事件がある。一つひとつは別の出来事である。同じことは何もない。学級が織りなすドラマは一つひとつ異なる。
 しかし、教えているのは同じ教師である私である。年ごとに少しは成長しているとはいえ、どうということのない人間が教師をしているのである。
 だから、子どもが入れ変わってもクラスの出来事には、ある種の共通性が見られる。知らず知らずのうちに、同じような事件・出来事が生じている。
 担任である私が意図的に仕掛けるからである。およそ次のような6種類ある。学級集団形成の向山法則と呼んでもいい。
1 子どもの中にある、差別の構造を破壊する
 もちろん、平等な学級は、つくるのは不可能であろう。能力も違えば個性も異なる。しかし、目にあまるような差別の構造は破壊しなければならない。
 まず、私は教室の中に典型的な現象をとりあげる。クラスの中で、最も嫌われ、最もいやがられている子に私が味方をする。
 クラスで最も嫌われている子がひざの上に来るような教師なら「子どもを大切にしている」と私は判断する。
 口先だけ、うまいことを言う教師ではだめだ。子どもは敏感なのである。内心「嫌だ」と思っていることは相手にも伝わるのである。鏡の原理が働くのである。
「最も嫌われている子どもがひざの上にのる」ことは簡単ではない。どうしても通過しなければならない心の革命を必要とする。
 これは、変にやるとこわいことでもある。クラスのほとんどの子を敵にまわすということになりかねないからだ。
2 授業で「多数決が正しいとは限らない」という場面をつくりだす
 子どもたちにカルチャーショクを与えるのである。
 これは、かなり衝撃的なことである。特に「勉強ができる」と思い込んでいた子どもたちに与える衝撃は大きい。
 今まで、勉強の時はまるでバカにしていた子が正しかったという、考えもしなかったことが生じたからである。
 今まで「自分はダメだ」「特に勉強はダメだ」と思い込んでいた子にとってもショックである。「自分だけが正しいなんて、こんなことがあろうか」と半信半疑なのである。
 この授業の場面から、子どもたちの心の奥で、何かが変わり始める。地殻変動が生じるのである。子どもを内面から動かすのである。
 子どもを変革するのは教師の腕力ではない。管理技能ではない。知的権威である。
 教師の知的権威にふれてこそ、子どもは変わり始めるのである。
3 子どもたちの組織をつくる
「やらねばならぬこと」「やりたいこと」の2つの組織化が必要である。
「やりたいこと」は、係りが中心になる。
 係りとは、文化・スポーツ・レクレーションが中心になる。楽しいこと、面白いこと、やりたいことを、次から次へと企画させる。
 楽しいことを企画し、実行するから、子どもたちは規律をつくり出していくのである。
「忘れものをなくすための班競争」など、子どもにとってつまらないことをいくら仕組んでも、子どもの内面は育っていかない。
 まず、以上のことをやってから、後は徐々にやっていく。
4 授業を知性的にする
 知性的な中でこそ、子どもたちは育っていく。知性的とは何か。
(1)
今まであたり前と思っていたことが、見方によって異なるということである。視野が広げられたということである。
(2)
ささやかと思える言葉の指示範囲が、厳密で正確であるということである。
 教師の言葉づかいは、あいまいなことが多い。「理解させる」「分からせる」「知らせる」「気づかせる」という指導案の用語さえ、まともに使いこなせる人は少ない。
(3)
多くの意見の存在が認められることである。
 ただし、それぞれの意見には根拠がなければならない。好き勝手に、思いつきのままを言わせるだけの授業は非知性的である。
5 イベントを仕掛ける
 学級全体が、燃えるように何かに取り組むこと。その非日常的な生活の中で、子どもたちはきたえられる。
 一度、イベントの楽しさを味わうと、子どもたちは自分の手でそれを再びつくりあげようとする。
 教師が何もしなくても、さっさと企画・実行してしまうようになる。
6 教師が許せないことは、学級全体を相手に対決する
 これには注意が必要だ。
 学級全体を相手にしなくてはいけない。小数の人間を相手に対決してはいけない。それも「やんちゃの集団」を相手に、けんかのアマの新卒の女教師が対決したりなどすると、まず教師は負けるだろう。
「やんちゃ集団」は。けんかのセミプロである。けんかのセミプロにアマが勝てるわけがない。もしやるなら、十分に戦略・戦術を考えなくてはいけない。
 学級全体だと別である。学級全体だと「解決しよう」という意志が必ず存在する。そういう子どもがいるものである。
 解決しようとする子どもたちがいれば、必ず解決できる。子どもたちは自分で解決する。その中で成長するのである。
 だから、1学期のうちに全面対決をしてはいけない。まだ早い。学級がしっかりしていないからだ。ある程度、集団として成長してから仕掛けることである。
(
向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる
)

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