カテゴリー「教師と子どもの関係づくり」の記事

教師や親は笑いを浮かべ、子どもたちのよき語り手になってください 

 教育とは、語ることです。
 教師や親が語ることで、人生がこの世でもっとも面白いことになります。
 人生には苦労がともないますが、楽観的に、希望と喜びをもって生きなくてはなりません。
 そして教師と親は、よき語り手となって人生のワルツを踊ってほしいのです。
 親は自分のことを語って子どもに教えてください。
 世の中は犯罪、災害などの報道を目にしない日はありません。
 いつの間にか、生きるのは不安で辛いものだと思うようになります。
 もっと穏やかに生きていきたいものです。
 そのために、自分たちの愚かな行いや恐怖などを笑いとばす方法を学んでください。
 教師は、笑いと涙を交えて自分の経験を語ってください。
 語るときには、授業のときとは違う口調で、声に抑揚をつけ、訴えるように語ってください。
 論理的な情報を伝えるときとは違った身振り手振りをつけることも大事です。
 高学歴の親や教師はたいてい融通がきかず、几帳面すぎて、頑固な場合が多いのです。
 では、そういう人は語り手になれないのか、といえば、私はそうは思いません。
 どんな堅物であっても、人の内部には、息抜きをし、遊び、リラックスしたがっている道化師がいます。
 その道化師を表舞台に呼び出してください。子どもたちをびっくりさせるのです。
 子どもたちは真面目な、それでいて楽しい教育を求めています。笑いを浮かべ、子どもを抱きしめ、語ってください。
 語ることは思考力を促し、分析力を刺激します。
 子どもたちが口答えをしたときには、考えさせるようにすればよいのです。
 子どもの内面からの声には、語ることによって穏やかに応じてください。
 若者たちは叱責や命令を忘れることはあっても、あなたの話を忘れることはないでしょう。
(アウグスト・クリ:1958年生まれ、精神科医。ブラジルで多くの子どもや親に触れてきた。教育者などの人材育成を行う知的アカデミーの創設者。ブラジルのベストセラー作家)

 

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子どもたちに受け入れられる教師の対応法とは

 学校で、子どもたちのふだんのようすが
・教師が一生懸命に授業をしていても、聞き流している子どもが多い
・教師が活動の指示を出しても、反抗的な態度をとる子どもがいる
・教師が子どものためを思って注意をしているのに、うとまれてしまう
・教師が話しかけても、別にといって、かかわるきっかけがもてない
 などということはないでしょうか。
「今の子どもたちは仕方がない」と、あきらめてしまっては、教師と子どもの関係は発展しません。
 そういう教師と子どもたちとの人間関係が気になっている教師がぜひとも学んでおきたい技術があります。それが、ソーシャル・スキルです。
 ソーシャル・スキルとは、対人関係を営む技術、すなわち人間関係を良好に展開するためのコツです。
 次の三つが、対人関係を良好にする技術、つまりソーシャル・スキルのポイントなのです。
(1)相手がどのような人かを理解する。
(2)自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度をする。
(3)適切に相手に伝える。
 ソーシャル・スキルの考え方は、学校における教師と子どもたちとの関係においてもあてはまります。
 日常での子どもたちとのかかわり方、授業の進め方、指示の出し方や注意の仕方、などです。
 先生方が、自分の考えや思いを、子どもたちに誤解されず、理解されやすいように、伝える工夫できたら、教師と子どもたちとの関係は、より良好になることでしょう。
 今までのやり方がすべて悪いのではなく、対応のどこかに、現代の子どもたちに受け入れられない部分があるのです。
 それを明らかにして、ほんの少しかかわり方を修正することで、子どもたちとの関係は、かなり変化すると思います。
 私は「相手の気持ちを察する」ということができにくくなったのが現代社会ではないかと思います。
 相手の気持ちを察するには、相手と似たような生活体験や感情体験を、経験していることが必要です。
 人々の生活の仕方も多種多様になってきました。
「相手の気持ちを察する」という、日本の伝統的なコミュニケーションは、現在はほとんど機能していない状態になっていると思います。
 学校社会の教師と子どもは、違う世代の者同士で、互いに察しあうということが苦手です。
 今までどおりやっていても、うまくいかないのが当然です。
 子どもたちが教師の気持ちを察してくれる、ということを前提にしてはいけないと思います。教師は、
「自分の思いは子どもたちに理解されるように、しっかり言葉で伝える」
 これが必要になってきたのです。これは、現代社会の前提になるのです。
 だから、今の学校では、教師は、
「相手がどのような人かを理解して、自分の思いを、相手が理解できるような言葉や態度にして伝える」というソーシャル・スキルの考え方で子どもに接することが、必要条件になってきたのではないでしょうか。
 それと、子どもに影響を与える教師の能力があります。
 小学生の場合、簡単に言えば、小学生が先生を好きだと思う「教師の魅力」です。
 発達的に幼い分、小学生は教師に、より人間的な部分を求めています。
 小学生は、教師の人間的な部分と授業の教え方とが一緒になっている点が重要です。
 したがって、どんなに教え方がうまくかつ熱心でも、親しみや明るさ、悩みを聴いてくれる対応や雰囲気がないと、その教師に対して魅力を感じてくれず、授業にものってこないのです。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

 

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自分のことばや声を通して自分の身体に気づき、子どもを感じ取れる身体になるにはどうすればよいか

 自分のことばや声を通して自分の身体に気づくと、子どもを感じ取れる身体になると鳥山敏子先生は述べています。
 身体に気づくというのは、むずかしいけれど、何年かかけてやっているうちに、ある日「ああ、こういうことだったんだ」と気がつきます。
 鳥山先生は以前、竹内敏晴(演出家。演劇的レッスンを主宰)さんの「からだとことばのレッスン」で、大きなショックを受けました。
 竹内さんは次のように述べている。
 話しかけるとは、ただ声が音として伝わるということではない。
 声とは、聞き分けていると、単に空気の疎密波であるといわれるような、抵抗感のないものではないことが実感される。
 声は、肩にさわった、とか、バシッとぶつかった、とか、近づいて来たがカーブして逸れていった、というような感じのからだへの触れ方をする。
 声はモノのように重さを持ち、軌跡を描いて近づき触れてくる。生きもののようにと言うべきであろう。
 声が相手に届くには、声の大きさではなく、相手に届ける発声が必要である。
 身体で感じたままの感覚を大事に、声を相手の身体に届かせる。
 他人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが先ず出来ているかを問う必要がある。
 知らず知らずのうちに身についてしまった、形式的なコミニュケーション、不自然な習慣。そういったものに気づき、人との自然なかかわり合い方が求められる。
 ことばは身体の反応に呼応している。自信がないとき、声は小さく下向きになってしまう。
 身体に気づき、声に気づき、自分に気づくこと。
 竹内さんのレッスンは、基本的には、自分がどんな声を出しているか、自分のことばや声を通して自分に気づくレッスンです。
 自分が喋っているつもりでいるけれど、本当に話しているのだろうかということですね。
 他者に向かって喋っているのか、自分自身に向かって喋っているのか。
 自分の出している言葉は「本当に自分の話したいことなのか」それとも「儀礼的にやりとりしているだけなのか」という、自分の声に気づく、自分の言葉に気づくレッスンです。
 声を手がかりにして、自分がどういう人間であるか、どのような身体なのかということに気づいていく。
 身体のゆがみに気づいていく。自分では声を出しているつもりでいても、声になっていないということが起きているわけです。たとえば、
 声が上ずっているとか、
 本来はトーンが低いのではないかとか、
 息が出ていないとか、
 力が入りすぎて脱力できていないとか、
 脱力しすぎて腰がしっかりしていないとか、
 そういう声や言葉、姿勢、呼吸などを通して、自分の心の声、叫びに気づいていき、自分を取り戻し、自分を創りあげていく、レッスンです。
 自分で自分の体に気がついていくということは、人に言われても、なかなか容易ではありません。
 自分では出したつもりの声でいても、安定した声になっていないのです。
 身体に気づくというは、自分自身に正直になるということです。
 それは子どもを育てるときにも役立つ、大切なことです。
 子どもが親や教師に何を言おうとしているのか、ということを感じ取れる身体になる。
 それがないと「こうしなさい、ああしなさい」と、言うだけで、それがどのように子どもに響いているのか、感じ取れない親や教師になってしまいます。
 子どもが何を表現しようとしているのかということを感じ取り、子どもの表現を受け入れられる身体になる、ということですね。
 子どもはなかなか言葉で表現しませんから、子どもの様子から親や教師が感じ取ることが、まず必要なのです。
(鳥山敏子:1941-2013年広島県生まれ、30年にわたって東京都公立小学校で教え、子どもの身体と心に生き生きと働きかける革新的な授業を展開。1994年「賢治の学校」を創立。自分自身を生ききるからだの創造を目指した)

 

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大人との出会いで子どもは変わっていく

 山口良治先生は、赴任からわずか数年で無名だった京都の伏見工業高校ラグビー部を全国優勝させた。
 山口先生は「自分に矢印、自分に矛先を向けられる、勇気ある人間を育てたい」という思いを持っていた。
 何か自分の身の回りで起こったとき、人のせいにしたり、自分に関係ないことと思わない。
 まず、自分を見つめ、どうしたら良くなるのか、どうしたら強くなるのか、どうすれば正しいのかを自分に問う、勇気を持った子どもに育てる。
 その方法はと聞かれれば、答えは一つ「私たち大人がそういう見本になる生活をすれば良い」のだと思いますと。
 山口先生は、教師ですけれど、まだ子どもたちに、
「先生のようになってみろ。そして追いついて、今度は先生より大きくなってみろ」
 とは、まだまだ言えるだけの実践も積んでいないし、見本になれる人間にはなれていません。
 保護者のみなさんも、そうではないでしょうか。
「お父さんのようになりなさい」「お母さんのように生きなさい」
 と言える大人が、どれだけこの今の日本にいるでしょうか。
 まずは、私たち大人が、自分に矢印を向ける勇気を持たないと、これからもっと荒廃が進むことでしょう。
 やはり、今です。今…。
「誰かのせい」、「自分は正しい」と、そんな狭い視野で、自分自身の成長の芽を自ら摘み取っていたのです。
「なんと愚かな俺」と、心からそんなふうに思いました。
 また、いくつか心に突き刺さる言葉がありました。
「本気で思わなければ、実現しない」
「組織で一番大切なことは、全員が心を一つにすること」
「小さなことを、見逃していないか」
「相手の視線で、物事をみているか」
 山口先生は、教育の本質を「人と人との間」にあると「出会い」を大切にしている。
 教育者の中には「子どもに期待をかけすぎてはいけない」と、いう言い方をする人もいる。
 だが、必ずしもその意見には賛成できないのである。
 周囲からの期待を、プレッシャーなどと表現する人も多いが、期待というのは重圧になるばかりではなく、大きな力にもなる。
 大切なことは、自分の存在に対する、多くの人の期待をどう受け止めるか、感じとれるかなのである。
 それを感じとれる子どもが、その期待を力にして頑張って力を発揮できるのだ。
 そうやって期待に応えようとする中で、見いだす「やりがい」や「期待に応えられたときの充足感」が、人間として大きな幸せになるのではないだろうか。
 だからこそ私たち大人は、子どもが周囲の人からたくさんの期待をかけられていることを、感じとれるような感性を、しっかりと植えつけてやらなければならない。
「負けを知らない、勝利者はいない」「失敗をしない、名選手はいない」「信は、力なり」
 自らの幼少時代から現在までを振り返り,苦しかったとき,辛かったとき,自ら動くことが大切だと気づき,これが自分を変える原点になった。
「感性のない人は不幸。自分より弱い立場の人に優しい声をかけられる人になり,それぞれが将来他人に喜ばれ必要とされる人になって欲しい」
「自分を愛せない人は、人を愛せない」
「目標に向かい、その目標がクリアできるようになるには、何が必要か考えて努力する」
「自分が何をやってきたか問え」「言い訳を探さない」「自分のめざすものを本気でめざせ」「自分の人生を鮮明に描けたらいい」「一つでも多くの感動を自分から作って欲しい」
 山口先生は、ラグビーの元全日本代表選手。現役を退いた後は教師として青少年の指導育成に力を注いだ。
 校内暴力が社会問題だった70年代。不良生徒がいた京都市立伏見工業高校に赴任。
 見るも聞くも、許せんことばかりやった。でも、許せんかったのは、生徒ではなく、注意しない教師やった。
 何ができるかを自問した。
 生徒たちには誇りが必要だ。
「伏見高校がラグビーで一番になったら喜ぶやろうなー」と、そう思っただけでも体が熱くなった。
 赴任からわずか数年後、無名だったラグビー部を全国優勝させる。
 その道のりは決して平たんではなかった。
「泣き虫先生」は、生徒たちと向かい合い何度も泣いた。
 山口先生は、講演中も感極まって涙をぬぐう。
 その熱血教師ぶりは、テレビドラマ「スクール・ウォーズ」のモデルとなり、NHK「プロジェクトX」でも取り上げられた。
 生徒たちを見ていて、寂しいんやろうなと思った。構って欲しい、見て欲しいと思っている。
 大人との出会いで、子どもは変わっていくもの。
 今の日本に欠けているのは、
「仲間や社会、子どものために自分に何ができるか」と思う気持ち。
 皆がその気持ちを出し合えば良い社会になる。
 その「出会い」をがんばる「力」にして、目標をもって頑張る。
 いかなる障害にも
「自分でやったことしか、自分の力にならない」
 そして、自問しながら、自分で決めて、自分で判断する力をつけていく。
 自分にベストを尽くすとは、そういうものなんですね。
(山口良治:1943年福井県生まれ、日本のラグビー元日本代表。京都市立伏見工業高等学校ラグビー部監督、京都市役所、伏工ラグビー部総監督、京都アクアリーナ館長、浜松大学教授・ラグビー部特別顧問を経て環太平洋大学の総監督。1984年TBSテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のモデルとなった)

 

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笑いを授業に取り入れると、子どもと教師の距離を縮め、子どもたちに安心感を生み出す

 中村健一先生は授業に“笑い”を授業に取り入れている。
 突然かっぱの帽子をかぶって教室に現れた。
 中村:「らっぱって知ってる?ってきいて?」
 子ども:「らっぱって知ってる?」
 中村:「ああ、池で泳いでいて、頭の上に皿があって、・・・・それは俺か!・・・・いまいち、やったね」
 始まったのは国語の授業。その内容は“ボケと突っ込みを考える”というテーマだった。実は5年生の国語に「会話を弾ませよう」という単元があり、ならばみんなで漫才をやってみようというのだ。
 子どもたちの発表、
「サラダが残ったときにかけるのは?」「それはラップ」
「じゃあ黄色い果物は?」「それはパイナップル」
「いい加減にしろ、ラッパだぞラッパ」
「突き指とかしたときにはるやつね」「それはしっぷだろ」
「いい加減にしろ」
 中村先生が“笑い”を授業に取り入れた理由は、子どもたちのある“変化”に気づいたからだ。
「どうも子どもらの安心感が無くなっていると気づいたんです」
「今の子は距離が遠くなっている」
「子ども同士も、先生とも、ちょっと遠慮がちに、みんなつきあっている」
「そこに笑いというものを入れることで、安心感を生み出せると僕らは考えています」
 中村先生たちは、同じ志を持つ教師が集まり「お笑い教師同盟」を結成。それぞれが教室で鍛えたネタをメールなどで教え合って授業力の向上に取り組んでいる。
「批判はあるかもしれません。そもそも“授業が面白くなくてはいけないのか”という疑問は出てきますよね」
「でも、感覚的だが、笑いの無い授業をやっていたら授業は崩壊して、成り立たないと思いますよ」
 中村先生が講習会で話されたのは、フォローの大切さです。受講した先生の感想は、
 授業では子どものどんな発言に対しても、中村先生は子どもが笑顔になれるフォローをされていました。
「きみは、ここで僕に会うために生まれてきたんだ」
 と、褒められたときは、先生は褒めるための言葉の引き出しをたくさん持っておられるのだなぁと思いました。
 どんな言葉を言っても、先生にたくさんの褒めことばをもらえる子どもたちは嬉しいだろうし、安心して力を発揮できるのだろうと思いました。
 出会った子どもの中には、周りの目を気にして力が出せない子もいるので、このようなフォローは大切だと感じました。
 私も子どもにふった“フリ”を何らかの形で“オチ”を返してくれたら、意識的にフォローしていこうと思います。
 2つ目は、フォローと甘やかすのを一緒にしないことです。
 どんなことも、優しくフォローしてあげることが大切なのだと思っていました。
 しかし、5分前集合に遅れてきた子を中村先生は思い切り、叱っておられました。
 このとき、意外な展開で驚きました。
 だけど、確かに、教師は子どもを伸ばすことが仕事で、成長を褒めることが大切なのだと気付かされました。
 しっかり叱って、その後フォローする大切さを知れて、勉強になりました。
 中村先生は、着任式の挨拶は、いつも決まっている。
 全校児童を前に、次のような挨拶をする。
「せっかくマイクを持たせていただいたので、歌を歌いたいと思います」
「♪チョウチョ~♪チョウチョ~♪菜の葉にとま~れ~♪菜の葉にあいたら~♪桜にとま~れ~♪」
「さて、ここで問題です。チョウチョは、本当に桜の花にとまるのでしょうか?」
「そんなことを一緒に勉強していきたいと思います」
「中村健一です。よろしくお願いします」
 歌を歌うということは、子どもたちにとって、相当インパクトがあるらしい。
 中村先生が歌を歌い始めると、子どもたちは、耳を押さえるポーズをしてくれる。
 まさに“ツッコンデ”くれているのだ。お笑い教育の第一歩である。
 廊下を歩くと、子どもたちが声をかけてくれる。
「先生、チョウチョは桜の花にとまるよ。だって、見たことあるもん」
 中村先生は、笑顔で「本当?」とだけ答える。なぜなら、正解を知らないからだ。
 中村先生は、教室に入ると、とりあえずこける。これだけで“ツカミ”はOK!
 教室は大爆笑になる。
 ビートたけし氏もよくこけていた。コロッケ氏もツカミに使っていると話していた。
 そして、大笑いしている子どもたちに言う。
「きみたちみたいに、よく笑う子って、いい子なんだよ」
 笑う子は「明るい子」「頭がいい子」「話をよく聞いている子」「けじめのある子」であることを話す。
 そして「笑いの練習」をする。故林家三平師匠をイメージすればよい。頭に手をもっていけば、いつでもバカ笑いできるほどに鍛える。
 「お笑い」で教師と子どもの距離を縮めることができる。子どもと教師の距離を縮めることで、教室を安心感のある場所にすることができます。
 中村先生はキャラづけをする実践をしています。たとえば、
「うずら卵が死ぬほど好きです!」と宣言する実践です。
「それだけ?」と思われるかも知れません。しかし、効果はバツグンンです。
 たとえば、八宝菜が給食に出る日。
「先生、今日、八宝菜じゃけえ、うずら卵入ってるかもよ」
「うれしいじゃろう」と何人もの子が私に話しかけてきます。
「へへへ、楽しみ~!!」こう言って、よだれを拭く真似をするだけで子どもたちは大喜びです。
 こんな、ちょっとしたキャラづけが子どもと教師の距離を縮めてくれるのです。
「ドラえもんが死ぬほど好き」など、何でも好きなものをアピールすれば、それだけでキャラづけができます。
 逆に「ニンジンが苦手」「クモだけは嫌」など苦手なものをアピールルするのも子どもたちは大好きですね。
 教師のキャラづけは、子どもとの距離を縮める有効な方法です。
 ぜひ、あなたもキャラクターをアピールして、子どもたちとの距離を縮めてみてください。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ、多くの学生に向けて講演も行っている)

 

 

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子どもたちと担任が一緒に遊ぶと、遊び通じて子どもたちは人間関係を学ぶようになります

 昼休みや放課後、子どもたちと一緒になって運動場を駆け回っています。
 ドッジボールや、野球に似たキックベース、リレー走など、みんなが参加できるゲームを楽しんでいます。
 子どもはゲームの中で「喜びと悔しさ」を味わい、「チームワーク」の大切さを学び、「人間関係」を築いていくのです。
 キックベースは、投手がマウンドから転がしたサッカーボールをけり、ベースを回り、得点を競うゲーム。
 一学期は毎日のようにキックベースをしていたので、校長から「またキックベースですか」とよく笑われました。
 私自身は幼いころ、休み時間に担任と遊んだ経験がありません。
 それが当たり前と思っていましたが、教育実習をした長崎市内の小学校では、子どもと担任が毎日のようにキックベースをしていました。
 笑顔いっぱいの姿を見て「先生になったら私も始めよう」と、心に決めました。
 私の事務作業などは後回しにしても、とにかく子どもと一緒に遊ぶことを優先し、クラス全員でゲームを楽しみます。
 私にしかられたり、友達とのささいなトラブルで、落ち込んでいたりした子どもも、遊びが楽しければ一日を終えたときに「きょうも楽しかった」と思えるものです。
 しかし「何となく元気がないな」と感じるときは、子どもの異変を知らせるサインです。
 遊びを通じて、子どもの感情の変化を肌で感じ、心の成長を知ることもできます。
 ある男の子は一学期のとき、ほかの子がミスをするたびに不満げな顔をしていましたが、三学期になると誰より先に「ドンマイ」と声を掛けるようになりました。
 遊びながら、他人を思いやる心が育っていった例だと思います。
 最近の子どもは習い事が増え、大勢で遊ぶ機会が少なくなりました。
 遊びの中で子どもたちがつながり、支え合い、人を信じる気持ちをはぐくんでほしい。
 そう願いながら「キックベースをしようよ」と呼び掛けています。
 中山先生は、長崎歴史文化博物館を利用した授業の実践で、小学校中学年の活用の仕方として、博物館の「施設や公共性」に着目した「公共のマナーについて学ぶ」「バリアフリーについて学ぶ」という実践をおこないました。
 同じく博物館を利用した中山先生の実践として、社会科見学で博物館の周辺施設の見学時に、博物館を昼食会場として利用し、見学の時間を確保している。これも新たな博物館の利用方法の一つであると思う。
(中山美加:長崎市立小学校教師を経て長崎県公立小学校教頭) 

 

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どうしても好きになれない子どもがいるとき、その子が苦手でなくなるようにするには、どうすればよいか

 どうしても相性が悪い、どうしても好きになれない相手はいるものです。
 これが自分の担任する子どもであったりすると、非常に悩ましいものです。どうすればよいのでしょうか。
 学校の先生方に聞くと、どうしても好きになれない子どもの対処法は
(1)好きになるように、良いところを探す
(2)我慢する
(3)なるべく関わらないようにする
 と言っておられました。
 どうしても好きになれない子どもを理解するには、まずは自分がその子のことを苦手だ、嫌いだということに気づき、認めることが必要です。
 嫌いだから、叱るというように、自分の主観が行動に出てしまうことが一番の問題です。
 さらに、嫌いだということを認めないでいると、人間の無意識が悪さをして、平常心の自分ならしないような行動がふと出てしまったりします。
 また、ストレスが溜まります。これも避けなければならない状態です。
 ですから、まずは「私はこの子が苦手だな」と冷静に自分の気持ちに向き合い、「なぜ私はこの子が苦手なのだろう?」と考えてみます。
 この子について考え、理解してみるということです。
 すると、何か理由が見えてくるかもしれません。たとえば
「以前、トラブルがあった子どもと顔が似ている」
「自分の子どもの頃に似ている」
 など、自分の色めがねに気づくことができるかもしれません。
 理由が見えてくる、すなわち、自分のこころの理解ができると、それまで苦手だった子どもが苦手でなくなり、ストレスも軽減するのです。
(原田眞理:玉川大学教授。専門は臨床心理学、精神分析)

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なぜ生徒は教師の言うことを聞かないのでしょうか、どうすれば教師の言うことを聞くようになるのでしょうか

 指導する教師が生徒に尊敬されていないと、生徒は教師の言うことを聞きません。
 尊敬されていない教師の指導は、たとえ正しいことを言っても、無視されるか反発を招くことさえあります。
 人間は尊敬する人が言ったことには、耳を傾けようとします。そして、理解して自らの言動にも取り入れようとします。
 尊敬していない人の言動は自らの言動に取り入れようとしません。
 ですから、教師は生徒に尊敬されていないと、生徒の指導にはとても苦労することになるのです。
 昔は、教師が生徒に「尊敬されている」関係から教育が始まりましたが、今は教師が生徒に「尊敬される」関係をつくることから教育は始まるのです。
 教師が生徒に尊敬される関係をつくるには、どうすればよいのでしょうか。
 教師が生徒に「尊敬される」には、教師と生徒の間に「信頼関係」がないといけない。
 よく知らない隣のおじさんを初めから尊敬していた、という人はいないように、教師と生徒の間に「関わり」をつくるようにします。
 その「関わり」から「信頼感」が育ちます。
「関わり」をつくる方法は、たくさんあります。例えば、
「休み時間に一緒にたわいない話をした」
「好きな作家の小説を貸してあげた」
「共通の好きな漫画の話をした」
「ゲームの攻略法を教えた」
「去年、教えたお兄さんのことが話題になった」
「教師の子ども時代の失敗やドジな話をした」
「一緒にボールで遊んだ」
などと、教師の個性や特技を活かすのです。
 このような「関わり」があると、今度は
「先生、私ね、社会科はどうやって勉強したらいいのか、わからないの」
「〇〇くんに時々、嫌なことを言われるの」
「授業中、おしゃべりが多くて、よく聞こえないの」
などと、生徒が困っていることを話題にしてきます。
 いよいよ教師の出番です。教師は生徒の話に大いに耳を傾けて聞いてあげ、その生徒が困っていることに取り組むのです。すると、結果はどうであれ、
「この先生は、頼りになる」 
「私を見捨てない先生だ」
と生徒は思い「信頼感」が生まれます。
 子どもとの「関わり」の中でしか「信頼感」は芽生えません。「信頼感」は尊敬の大前提となります。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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教師は見た目や雰囲気がとても大切、子どもに嫌いと感じさせるところがありませんか

 教師は見た目、雰囲気が大切です。これはかなり重要なポイントになっているようです。
 人間が、好き嫌いの判断するのは理屈ではなく、イメージ・印象によって決定される要素が大きいと思われます。
「人は見た目が9割」という本が話題になっているように、見た目で好き嫌いを判断されてしまうことは、あるんだろうなと思っています。
 授業をする者にとって、このことは大変重要です。
 なぜなら、勉強を好きにさせようと思っても、生徒が先生嫌いと先入観で「食わず嫌い」の状態で拒否されてしまっては、授業の面白さを追求しても効果は半減してしまうからです。
「話せばわかる」とは「話し合える土俵に上がってこそ」成立するもので、生理的に嫌いと感じられてしまうような状況では土俵にすら上がれない可能性があるのです。
 それには、第一印象で「いかに引き付けるか」という工夫が重要になってきます。
 私は「見た目」といっても、それは服装などのビジュアル的な部分に限らず、その人そのものが持つ雰囲気によって、相手に与える印象が好き嫌いに大きく関与しているのだろうと思っています。
 ですから、教師は第一印象やイメージで生徒の心を「つかむ」ことができるキャラクター作りをすることも非常に重要なのです。
 生徒たちに受け入れられやすいキャラクターというものは、大きく分けて「親しみやすさ」と「プロ意識」という2つの要素で構成されていると考えています。
 この両方がバランスよく高まっていればスムーズに生徒たちに受け入れられていくことでしょう。
 仮に「親しみやすさ」ばかりが先行すれば「なめられる」という結果になり、「プロ意識」ばかり先行すれば近寄り難い存在として心の壁を作られてしまうことでしょう。
 生徒に接するとき「心にゆとりを持つ」ことは「親しみやすさ」を高めるうえで非常に重要です。
 ゆとりのない教師の姿を見た生徒は、あなたに相談や会話をしたいと思うでしょうか。間違いなく近寄りがたいという先入観を持ってしまうことでしょう。
 具体的に教師が何をすればよいかというと、笑顔を絶やさない、生徒との会話を楽しむ、ユーモアを交えた会話をする、ことなどがあります。
 それ以上に大切なことは、自分の都合による感情を出さないことです。忙しい時や不愉快な出来事があっても、不機嫌な素振りは絶対に見せないように私はしていました。
「ゆとりある自分」を演出すると、意外と本当に落ち着いたりするものです。
 そのような状態で生徒と接することが生徒との関係性を構築するうえでとても重要なことのなではないでしょうか。
 常に心にゆとりを持つということは、何か突発的にトラブルが生じた際に冷静に判断し解決することにもつながっているのです。
 人にものごとを伝えるとき、相手に伝わる情報の内で話の内容そのものが占める割合はたったの7%だそうです。
 人は相手の行動や姿、声など目に見える様子から多くの情報を読み取ってコミュニケーションをしています。
 何だか自分は生徒から避けられている、人気がないと思うなら、その原因はもしかすると、表情や立ち振る舞い、口調、目線、服装などのちょっとした部分にあるかもしれません。
 先生が授業をするときの表情や声は、授業をより魅力的に引き立てて、生徒の印象に残りやすいものです。大変重要な役割を占めています。
イメージ向上のためのチェックポイントは
(1)笑顔で接することは得意ですか?
(2)相手の話に興味を持って聞いていますか?
(3)はっきりとあいさつを交わしていますか?
(4)相手に関心を持って接していますか?
(5)清潔感のある服装をしていますか?
(6)自分の話・意見ばかりを通していませかん?
(7)言葉つかいは明瞭ですか?
(8)行動・立ち振る舞いは節度のあるものですか?
以上をチェックして、鏡の前で自分を観察してみてください。
 自分の目で見て「恥ずかしい、イメージが良くないな」と思うようなら、まずそこから改善していきましょう。
 あなたから見て、あなた自身は「プロ」に見えますか?
 あなたから見て、あなた自身は「親しみやすい」ですか?
(諸葛正弥:東京生まれ 「T’s skill教師塾」代表として、カウンセリング・コーチング講座もコラボレートした形式で教員対象研修を開催している)

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中学生がやる気を出すきっかけになる働きかけには、どのようなものがあるでしょうか

 中学生はとてつもない可能性を秘めています。その可能性を引き出すのが教師です。
 私は、生徒を毎日激励してきました。
 私は、良い考え方を毎日、生徒に伝えたいと思いました。
 私は、すべての生徒に幸せな人生を歩んでほしいと思っています。
 そのための私の方法は、
1 朝の会・帰りの会での語り
2 生徒の日記へのコメント
3 学級通信の記事と学級日誌へのコメント
です。
 朝の会や帰りの会での教師の語りをシーンと生徒は聞いています。しかし、はじめから静かに聞いているわけではありませんでした。
 学級通信を読むときも生徒はシーンと聞いています。これも、はじめからこのような姿勢ではありませんでした。急にこのようになったわけではないのです。
 生徒が耳を傾けてくれる関係を作るのに多くの時間を費やしました。
 例えば、生徒の日記へのコメントは、ラブレターだと思って毎日書き続けました。だから、生徒もそのつもりで私の考えを大事に受け止めるようになりました。
 学級通信も1日も欠かさず毎日書き続けました。掃除も毎日生徒と一緒に行いました。
 毎日、生徒たちを激励し続け、良い考え方をシャワーのように浴びせてきました。
 それは、砂に水をかけて、花を育てるような、果てしない作業に思えました。
「この子たちは本当に変わるのだろうか」「こんなことをしても生徒には何も伝わらないのではないか」「私が行っていることは無駄なことではないだろうか」
 このような思いに毎日襲われ、あきらめそうになることが何度もありました。
「やっても無駄と思っている生徒たち」に言い続けた言葉をいくつか紹介します。
「僕はいつも『ダメでもともと』だと思っています。大切なことは次のことを忘れぬことです」
「何もせずにいるのは、チャレンジしないままでいるということです」
「一生懸命やって、それでも失敗してしまうことがある。でも、いいんじゃないかな、と思っています」
「やれるだけのことをやって、結果がでなかったら改善していくこと。少しでも工夫して、良いものを目指していくだけです」
「悩まない人間は成長しないから、悩みや不安とは上手につき合っていくしかありません」
「悩みを1人で抱かえないこと。先生に話してください。家族にも話してみてください」
「僕には、悩みや不安を取り除くことはできませんが、一緒に考えていくことはできます」
 どんなに荒れている中学生でも必ず変わることができるのです。どんな手のかかる中学生でもやる気になれるのです。
 そんな生徒たちとの関係作りが、やる気に満ちた学級を作っていくことも実感できました。
「学級担任である僕があきらめたら、生徒がやる気になるはずがない」と自分に言い聞かせてきました。
 生徒たちに、かけ続けた言葉のほとんどが、実は自分への激励の言葉だったようにも思います。
 言葉には魂があると言われます。教師は例外なく、言霊(ことだま)を発することができる力を持った教師になる可能性があると思います。
(垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表)

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