カテゴリー「教師と子どもの関係づくり」の記事

子どもと仲良しになる方法

1 朝の出会い
 学級づくりは、朝、出勤した時から始まっています。
 職員室でパソコンに向かって事務的な仕事をしているとしたら、実にもったいない時間を過ごしていることになります。
 事務的な仕事は、学級の子どもたちがいない時でも可能なのです。
 朝の学級は、授業時間とは、ひと味もふた味も違う子どもたちだけの新鮮な世界が展開されています。
 この新鮮さを味わいながら、子どもたちの姿をさわやかな目で観察しました。
 もちろん、朝一番のハイタッチも欠かせません。
2 朝の会
(1)
教室に、無造作で入るのはもったいないことです
 今日はどんな態度で入るか、どんな表情で入るかの戦略を考えました。
 ネクタイをわざと曲げて入った。普段は物静かな子が「先生、ネクタイが曲がっていますよ」と注意してくれた。
 早速「よく気が付くで賞」を贈った。
 この日を境に、子どもたちの担任を見る目が変わった。
 ただし、この方法は、身だしなみの良い担任だから有効なのであって、普段だらしのない担任の場合は、子どもたちに嫌われるだけなので注意が必要です。
(2)
ふだん落ち着きのない子が、教室で走り回っていた
「おっ、今日も元気があっていいぞ。休み時間に外で相撲をとろう。それまでエネルギーを残しておくといいよ」と伝えた。
 その子は、ニコニコしながら席に着きました。
 落ち着きのない子を元気のある子と捉えることが相互信頼の根本です。
(3)
朝の会の次第に「一人ひと言」というコーナーを設けました
 初めの席の2人が、自分が思っていることを発表します。話す内容は「自然現象に関すること」「学校生活で楽しい、あるいは嫌だと感じていること」「自分の将来の夢や希望に関すること」などです。
 次の席の2人が発表した2人に対して質問し、最後の一人が感想を述べます。
 このコーナーの表向きのねらいは、発表力の育成ですが、実は学級の人間関係を把握するねらいも秘められているのです。
 発表している時に、学級内を見渡せば、好意を持って聞いている子と反感を持って聞いている子が見えてきます。
3 放課後
(1)
子どもたちを昇降口まで見送りました
 朝に雨が降り、下校時に晴れている場合は、できるだけ昇降口まで見送るようにしました。
 子どもにかける言葉は「交通事故に気をつけましょう」に加えて「傘を忘れないように」でした。
 傘を忘れて下校すると、翌日に雨が降れば、その子が困ると思ったからです。
(2)
小黒板にメッセージを書きました
 金曜日の放課後のこと、担任が教室の外を見ていました。そこに女の子が図書室から戻ってきました。
 その子は、乱れていた机を直し、窓を閉め、さらに電気も消し、最後ににっこりとほほ笑んて帰って行きました。
 その様子が、とてもさわやかだったので、うれしくなって小黒板に次のようなメッセージを書きました。
「明日は休みの金曜日の放課後に、黙って窓を閉めていた。机を直して電気を消して、そしてにっこり笑ってさよならと言った。その子が今日もいるといい」
 この短いメッセージが子どもたちの心に伝わったのでしょう。下校時の教室は、今まで以上に整理整頓されるようになりました。
 事実に基づいてほめることの効果でした。
(3)
事務的な仕事を効率的に行いました
 短縮できた時間で、学級通信を作成しました。
 学級通信には、行事の連絡や報告の記事に加えて、いじめを出さないという観点から、学級内のさわやかで明るい出来事も紹介しました。
(
野口晃男:小学校教師、指導主事、教頭、校長を経て盛岡大学非常勤講師
)

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子どもたちを受信する力がつけば、信頼され、指導力のある教師になることができる

 子どもたちや保護者から信頼される教師になりたいという思いは、すべての教師の願いです。そうなるためには、どうすればよいのでしょうか。
 私の長い教師経験から言えることがあります。
 経年とともに、教師は発信力が強くなります。
(1)
子どもたちにどう伝えられるか
(2)
どう噛みくだいて伝えればよいか
の研鑽を積み、子どもたち全体を仕切り、的確な話や指示を明確に伝える発信力に力を注ぐことが多いと思います。
 しかし、私の長い教師経験から、発信力を発揮するためには受信力が大事です。
 発信力を発揮するための大前提として、
(1)
聞く力
 冷静な落ち着いた気持ち対応する。相手の波長にあわせ、答えやすい質問を心がける。
(2)
受けとめる力
 見えてないことが多いと思い、どんな思いか興味を持ち、理解することに情熱を持つ。
(3)
感じとる力
 日々新たな気持ちになり感覚の鮮度を高める。人の気持ちは日々変わるので、決めつけない。行動の傾向を探る。
 すなわち、受信力が大事だと考えています。
 しっかりと、受信力を磨き続け、豊かな受信力によって子どもを把握することができれば、発信力を効果的に発揮されます。
 豊かな受信力を取得すればするほど、おのずと発信力は身についていきます。
 この受信力をすべての教師の皆さんに磨いていただきたいと思っています。
 教師は生活指導ができる人が、力があるとされています。生活指導とは集団統率力です。
 教室全体を静かにさせる力、朝会で全校の子どもたちを静かに整列させる力、これらができる教師が力量を高く評価されます。
 例えば、授業中に私語する子どもたちを指導することを考えてみます。
 授業中に私語をしている子どもがいるときは、私語を慎むようしっかり指導することが求められています。
 教室がざわついている状態の学級を子どもたちの視点で考えてみましょう。
 子どもたちの教師への評価はどうでしょうか。その教師がいやな子どもが多くいたり、不満を抱いていたりしているのではないでしょうか。
 一方、とても雰囲気のいい学級の子どもたちの多くは、教師のことを好きであったり、信頼感を厚く抱いていたりします。
 子どもたちは、
(1)
ちゃんと自分たちのことを見てくれている教師
(2)
自分たちの話をちゃんと聞いてくれる教師
(3)
誰に対しても同じ気持ちで接してくれる教師
このような教師の姿を理想像として描いていると言えます。
 つまり、教師に対して敬意や信頼があれば、その教師の指示にはちゃんと従うのです。
 このためにも、教師は子どもの気持ち、子どもの心の奥底にある思いを理解しようとする姿を、子ども自身にしっかり認知させることが、最も重要なことです。
 さらに、発達特性や学習障害等、教師がしっかり理解することもたくさんあります。
(
森上一美:名古屋の公立中学校、小学校教師、小学校校長を経て金城学院大学教授
)

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教師と子ども、子ども相互の人間関係を改善して、学級崩壊を解決した

 N教師が小学5年生を担任して、学級崩壊になり、朝、教室に行く気力が身体に湧いてこなくなりました。
 子どもに要求する指導だけをして学級崩壊に陥ってしまったのです。例えば
「あなたにとって、〇〇することは基本的なことでしょう。自分で責任をもってやるのが当たり前」
「静かにしなさい! 言っているでしょう。静かに」
 このように注意していました。
 学級崩壊をなくそうと、N教師は、コンサルタントの私と相談し、つぎのようなことを実践して学級崩壊を解決しました。
 教師の気持ちを伝え、子どもたちが自ら変えていくようにしました。例えば
「今、大事なことを説明しています」
「そこで、Aさんに話をされると、大事な説明がじゃまされたようで、とてもやりにくいのです。説明が終わるまで聞いてください」
 教師と子どもの気持ちの交流を厚くし、ありのままの気持ちを伝えるようにします。
 そして、教師の願いと期待に応えるかどうかは、子どもの選択にまかせ、自発性を尊重していきます。
 子どもの反抗的な言葉には
「Bさんに、そのような言い方されると、先生がつくらく、心が痛んで苦しいのです。先生がBさんを大切に思うように、先生も大切にされたいのです」
 また、子どもの個性をほめることが大切です。
「Cさんが、いつも自分の考えや意見をどんどん自由に出すのは、とても積極的でうれしい。Cさんの発言に、クラスのみんなも励まされている」
 このように、子どもたちに、新しく意味を見出して評価をしていくようにします。
 教師と子どもたちとの関係の悪化の原因となる「注意する」「叱る」指導を、子どもたちが納得できる「じょうずな叱り方」ができるように取り組みました。
 例えば、乱暴な言葉で関わってくる子どもに対しては、
「先生は、Dくんの意見を大事に聞きたいと考えています。でも、そのような乱暴な言い方では、先生は大事に聞こうという気持ちがなくなってしまいます」
と対応し、新しい関係づくりをすすめていきます。
 子どもたちが教師に表す反抗には「先生自身がつらい」「困っている」ことを自分自身の気持ちで語り、その子どもの気持ちと通ずる注意の仕方と対応方法を開発していきました。
 できる限り、直接的で命令的な指導をやめ、子どもを動かすときには「頼む」、信頼する相手として「願う」という方法をトレーニングしました。
 授業を、子どもたちが興味と関心を持ち、主体的に取り組んでいける教材づくりに力をいれるようにし、班を単位としたグループ学習を取り入れました。
 一人ひとりの子どもの声を受け取る授業を積極的に展開していきました。
 子どもたちが互いに理解し信頼しあう人間関係を築いていくのは、お互いを受け入れ傾聴する学習である。
 子どもたちが仲間の発言を聞き合う「聞き合う学習」を導入し、班活動の中に、子どもたち一人ひとりの自由な発言とありのままの気持ちをそのまま受けとめ合う。
 友だちの語りに批判や評価などを一切排し、子どもたちが気持ちや感情をありのまま安心して表現できる学習を授業の基本としていきます。
 友だちは、自分と違う感じ方、考え方をしている人であることを教え、その違いを理解し、違いから学び、それを受けとめていく指導を展開していきます。
 そして、違いをもつ友だちの意見と自分の考えが共に育っていく学習活動とその共有体験を大事にしました。
 どんな課題に対しても「子どもが感じとった気持ちや感情」を丁寧に取り上げ、子どもたちが共有していくことを重視していきました。
 また、それらを通じてクラスの人間関係や仲間づくりが促進されるようにも配慮していきました。
(
小島 侑:1948年生まれ、埼玉県公立中学校教師(20)、教師教育コンサルタント、東京電機大学理工学部教授。セレニティ臨床教育研究室(さいたま市)で授業や学級指導、子どもとの関係で悩む教師の相談と支援にあたる)

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子どもの心を引きつける教師に共通していることは何か

 子どもの心を引きつける教師に共通しているのは、明るく元気でよく働き、気持ちが安定していて、子どもの言動にアンテナを高くして敏感であり、「あとでね」を絶対に言わない。
 忙しい合間をぬって、運動場で一緒に遊んだり、始業前や放課後などに、子どもと何気ない会話に興じている教師は、子どもからの信頼度が高い。
 一言で言えば「授業がうまくて、明るくて、元気で、人間味にあふれる先生」である。
 日々の学校教育は、情熱的で前向きで元気な先生によるところが大きい。
 教師に求められることは
(1)
子どもに対する愛情と温かいまなざしと励まし
(2)
仕事への情熱と誠実さ
(3)
厳しさとやさしさ
こうした指導が、子どもの心にしみこむのである。
 子どもは、笑顔、励まし、まなざしの中で「元気」と「勇気」が湧いてくる。
「自信」と「達成感」と「居場所」が子どもにあることだ。そのためには、授業、友だちが必要条件になる。
 なかでも、わかる授業を日々、子どもに提供しているかどうかが要になる。
 教師の的確な発問に子どもたちが元気よく答える。子ども同士のうなずきや問い返し、共感や支持など、学び合い、支え合う学習集団があるかどうかである。
 真剣に学ぶ規律ある教室の空気が子どもたちの落ち着きをつくりだし、学びを深める。
 子どもたちは、意見を発表することで学級に居場所を感じ、授業に達成感や自信をもつ。
 そのためには、子どもたちへの深い愛情と専門的な指導技術が伴ってこそ、日々の実践が成り立つ。
 また、教師は人間の先輩として
(1)
よく学ぶ先生がよく教えることができる
(2)
人間的な温かさと協調性をもつ(ユーモア、気配り)
(3)
社会的な常識と責任感をもつ(あいさつ、返事、身のこなし)
などが求められている。
 学校で授業をしているときだけが教師の仕事ではない。
 教師の人間性や人格そのものが、子どもにとって「教科書」「お手本」である。
 その意味で教育は奥が深いし、教師の責任は非常に重い。
 子どもは、日々成長し「毎日が旬」である。教育は、子どもたちが元気に生きていくことへの限りない励ましである。
「実は、先生に出会ったおかげで、今の自分がある」と、教え子に言ってもらえたら教師冥利に尽きる。
(
明石一郎 大阪府公立小学校教師、全国同和教育研究協議会事務局長 大阪府教育委員会指導主事、貝塚市立小学校校長を経て関西外国語大学教授
)

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どのような教師が生徒になめられるのか、なめられないようにするにはどうすればよいか

 思春期の中学生は、教師が生徒に影響を与えるものは「教師の人間的魅力」「教師役割の魅力(授業の教え方がうまい)」「罰・強制性」の三つとみています。
 中学生になると「教師の人間的魅力」と「授業の教え方がうまい」と感じているときは、その教師の指導に従おうとします。
 しかし、どちらか一方の場合であってもよい。たとえば友人関係の相談はA先生、勉強の相談はB先生と教師を選択するようになるでしょう。
 中学生は、教師の理想的な姿として「授業の教え方がうまく」かつ「熱心」というイメージを持っています。
 理想を求める思春期の中学生は、自分たちの言い分を何でも認めてくれ、ものわかりのいい教師であっても、授業の教え方がうまくない教師を心から信頼しないようです。
 熱血一本槍の一面的な教師も、生徒はどこか冷めて見てしまい、心から信頼感がわかないのです。
 罰・強制性は、中学生と教師の心理的なつながりを少しずつ引き離す影響力があります。
 高圧的なものの言い方や叱責による指導をすると、中学生は強い反発を覚えます。
 最も中学生がきらう教師の対応があります。それは、生徒との対決を避け、生徒の批判の矛先をかわそうとする教師です。生徒はそういう先生を「なめる」のです。
 生徒になめられる教師は、「叱るべきときに、厳しく叱れない」「人間的な魅力がない」「教え方がへたで、熱心さ、指導力がない」と、生徒に感じられている教師ということができます。
 ただ、強く叱るだけで、生徒からなめられないようにしているとしたら、いつか手痛いしっぺ返しを受けることがあるでしょう。
 逆に、強く叱らない教師のなかにも、全く生徒からなめられない教師もいます。
 それは、ふだんから「教師の人間的魅力」と「教師役割の魅力(教え方がうまくかつ熱心で指導力がある)」と、生徒に強く感じさせている教師です。
 したがって、中学校の教師は、「教師の人間的魅力」と「教師役割の魅力」を、ふだんから、生徒に強く感じさせるような対応を積み重ねておくことが求められています。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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「わからない」と言った子どもを「すばらしい」とほめていますか

 あなたの学級に「わからない」と言える雰囲気がありますか。
「わからない」と言った子どもに、あなたはどのように対応していますか。
「わからない」と言った子どもを「すばらしい」とほめていますか。
 教師に、正直に「わからない」と言ってくれる子どもは、教師を成長させてくれる大切な存在です。
 それなのに「できない子」というレッテルをつけて、見放していませんか。
「わからない」と言った子どもをそのまま放置して、それが一人、二人と増えていくと、学級全体の子どもたちが、学習意欲を失っていき、学級の雰囲気も悪くなっていきます。
 保護者からも「先生は、わからない子どもを放っておいている」という評判を立てられることにもつながる。
 子どもたちのちょっとした「つぶやき」にも、教師は聞き逃さないで
「〇〇さん、どこがわからないのか、言えるかな?」
などとたずねて、わからないところを具体的にその子が言えたなら、ほめてあげる。
 そして「わからない」と言った子どもに合わせて授業を組み立てたりして、その子に対して何らかの対策を講じていく。
 そうすることで、その子は教師を信頼し、好きになっていく。
 子どもたちも、安心して「わからない」が言える学級の雰囲気ができてくる。
「わからない」と言える子どもを学級の中で支えていく教師の姿を、他の子どもたちは見ているのだ。
「わからない」ところをとらえて「教え合い」や「協同的な解決」の場をつくることで、子ども同士の絆がより深まったり、教師への信頼感が増したりしていく。
 これが学級の力ともなり、後にしっかりと学級を支える子どもたちに成長していく。
 子どもを通して、保護者もまた学級担任を信頼するようになっていく。
(
成瀬 仁:新潟県公立小学校教師。国立大学教育学部非常勤講師、オーストラリア公立小学校での勤務経験がある。また、幼稚園の経験もあり、多彩な教職経験を生かし、子どもと環境、教師の雰囲気を考えている
)

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教師は、自分を変え、元気をつくり出そう

 私の率直な感想では、一人ぼっちの教師や他の人とあまり交流のない教師は、どうしても暗さがただよっている感じがしてなりません。
 これは教師にとって決してよいこととは思えないのです。なぜなら、子どもは暗い教師をきらいますし、保護者も忌避しがちです。また教師同士でも、前向きなはずんだ関係をつくりにくくなるからです。
 子どもたちは、とりわけ先生の明るい元気な顔を求めているのです。
 教師の中には、生まれつきなのだから、しかたがないとあきらめたり、一人で悩んでいる人が少なくありません。
 私はそういう人たちに「子どもたちのために、自己改造の努力を。努力すれば明るさを身につけられるのですから」と強く言いたい。
 例えば、つぎのようなことを工夫すると、相手に明るさが伝わるのです。
(1)
子ども、保護者、同僚教師と対話するときは、必ず相手の顔(目)を見ながら話すといい。
(2)
相手の話に共感したときは「ふんふん。なるほど」というように、うなずきながら聞くといい。
(3)
自分が話すときは「語尾」を上げて話すとよい。感激が大きく伝わります。
 語尾を上げて話せば誰がやっても相手に明るい雰囲気を伝えます。
 この話を講演でしていたら、20歳代の女性教師が講演を聞いた後、
「鏡を見ながら、一生懸命にやってみたんですよ」
「お風呂の中で、ひとりごとのように言いながら練習してみました」
と、明るい声で話してくれました。努力したことが、自己改造に結びついたというわけです。
 さらに暗さの克服には、相手の心にひびく話になるように内容のくふうをすることも必要です。
 相手に内容がよりよく伝えられるようになれば、人と人との交わりに抵抗がなくなり、孤独感や対人ぎらいも克服できるようになるからです。
 それには、他の人の話を注意深くみつめることが大切だと思います。
 他の人の話を聞いて、どのような内容を選び、どんな組み立てをし、話すときのメリハリをどうつけているかなどを、注意深くみつめるとよい。
 その意味では、先輩や同僚教師は「生きた教科書」としての存在価値をもっていると思います。
 私も、先輩や同僚教師からたくさん学びました。「すばらしい」「心を引かれた」と感じさせられた教師には、話す内容に次のようなポイントがありました。
(1)
感動的なエピソードや子どもの心を引きつける身近な題材を選んでいる。
(2)
結論を先に話し、だらだらと話さないで「短い」話をつなげ、よぶんな部分は省略して、中心となることをもりあげている。
 ということです。これは、教師の日常の授業や生活指導にも必要なことだと思いました。
 例えば、教師が教室に入って、黒板が汚れていたとき、どう話せばよいのでしょうか。
(1)
よくない例
「ほら、黒板が拭いてないけど、黒板係は誰なの」
「早くきれいにしなさいよ。黒板係になったら、責任をもってやるように、いつも言っているでしょ」
(2)
よい例
「あれ、黒板の係は忙しかったのかな。いつもより汚れているね」
「みんなそう思わないか?」
「先生が拭こうかね。それとも黒板の係の人にやってもらう方がいいかな?」
 両者を比べてみると大差はないようですが、受けとる側の子どもたちに聞いてみると、ずいぶん違うようです。
 子どもたちは、(2)の方が「聞きやすい」「やさしい」「明るい感じ」だと言うのです。
 子どもの意識を引きたてるようにくふうされ、結論をさきに、歯切れよく、よぶんなことを省く話し方になっているからです。
 教師と子どもとの結びつきをつくるには、教師の説明などをエピソード(魅力的な小話)風に伝える工夫をするもの大事なことです。
(
坂本光男:19292010年、埼玉県生まれ、元小学校・中学校・高校の教師。教育評論家。日本生活指導研究所所長・全国生活指導研究協議会会員)

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あなたに子どもの心が聞こえますか?

 日頃から、言葉にはしないけれど、自分の頭の中に自分の声が流れていますよね。その時「自分の心」を聞いているわけです。
 この「心」の本質は、子どもの頃に形成され、常にその「子どもの心」が皆さんの中で、いろいろな「心」を発しています。
 本物のコミュニケーションとは、自分の中の「子どもの心」と、他の人の中の「子どもの心」との対話です。年齢も、性別も何も関係ありません。
 コミュニケーションは、心と心が通い合い、そこに「笑顔」をもたらす瞬間に「かたち」になります。
 このコミュニケーションを置き去りにすると、他者から受け入れられず、傷つき、また自分も他者を受け入れることができなくて、傷ついたりします。
 そう、生まれてからずっと息づいている「子ども心」を聞きましょう。人が人らしく生きる、それを可能にするのが「子どもの心」なのですから。
 大人になっても心に残っている小学校の頃の「子どもの心」に耳を傾けてみましょう。
 小学校時代の子どもの心は幼児期に次いで重要です。なぜならば、小学校入学以前の幼児期は、相手を通して自分を知ろう、形成しようとする時期である。
 一方、小学校の6年間は社会の縮図と言える小学校を中心に、自分の世界観を確立するために、懸命に遊び、何かを頑張り、人とは異なる自分の記録を作ろうとする自己形成の大切な時期である。
 さらに、自分の味方となる人、敵となる人、信頼できる人、心を許す人、本当に自分を真剣に理解しようとする人を懸命に見極めようとする時期でもある。
 生まれて初めて自分の心と五感を駆使して、自分と関係性を作っていく人の選別をする時期であるとも言える。
 つまり、小学校時代とは、自分の個性を発揮しつつ、大人との向き合い方もいろいろと考えながら模索している。
 ある意味で一番大人に対して厳しい、妥協のない目を向ける時期なのではないか。
 そして、自分のテリトリーの手応えを身体全体で受け止め、形成しようともがく。純粋で曲がったことが嫌いな、妥協を知らない貴重な時期であると私は考えます。
 大人としてやさしく、寛容な気持ちで、自分の中の「子どもの心」とも、他人の中にある「子どもの心」とも向き合ってほしいと切に願います。
 私たちが、今まさに「子ども時代にある子ども」と向き合う時には、大人の心の奥底にある「子どもの心」が、一番の相談役になるわけです。
 私たちがどのような生き方を提示してきたのかは、私たちが自分の内面に生息する、自分自身の「子どもの心」とどのように向き合ってきたかによって、その価値が決まります。
(
長谷部葉子:東京都出身、慶應義塾大学准教授。不登校、高校・大学受験失敗などの経験から、20歳代半ばで寺子屋を立ち上げ、教育支援に携わる。教育とコミュニケーションを研究)

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生徒をやる気にするコツとは何でしょうか

 中学生をやる気にするには「コツ」がある。
 どんな教師も生徒を良くしたい、成長させたいと考えている。目的は同じでも、教師がやっていることに大きな違いがあるのだ。中学生をやる気にするには、次のような「コツ」がある。
 気になることがあると、生徒にエピソードを語り、よい考え方を話す
 私は、気になることがあると、忘れないようにノートにメモをし、朝の会、帰りの会で生徒に話すことにしている。
 私が気になると判断するポイントは「これは人としておかしい」ということである。
 私は未熟な人間で、感覚がおかしなときもあるから、学年主任や教頭などに話をし、フィルターをかけてから話すことにしている。
 気になることを放っておくと、あとで大変なことになることが多かった。
「これはおかしいな」と感じたことを、そのときに生徒たちに投げかけておくと、抑止力になることがある。
 教師が「これはおかしいな」と感じたことは、必ず「おかしいな」と生徒も感じる。
 そのおかしなことを放っておくと「あの先生は、おかしなことをしても許される」と生徒は思う。
「おかしいな」という行為は、限られた生徒で始まる。しかし、それを放っておくと、普通の生徒に広まる。
 それをくい止めるのは、教師が「エピソードを語り、よい考え方を話す」ことだ。生徒をやる気にさせることができる。
 教師は本を読み、人と会って話を聞き、良い考えを身につけることでよい実践ができ、生徒によい考えを伝えることができる。
 エピソードは本当にあった話である。場面や人物を生徒がイメージできるように話すのだ。そのときの、思いや考えを話すのだ。
 信頼したい教師のエピソードなら、中学生は聞く耳を持っている。
 初恋の思い出や、失恋の話、進路決定の話や失敗談、中学生は本当にあった体験談を待っている。
 生徒に語るとき、もっとも多いテーマは「友情」と「本当の友だち」である。
 どんなにやんちゃな生徒も、どんなに指導が通らない生徒も、この二つのテーマは理解できる。
 どんなことをすること、どんな言葉をかけることが「友情なのか」
 どんな姿が「本当の友だち」の姿なのか。
 そのようなことを教師が見ていて語ってあげることだ。
 何が「友情」で、どんな友だちが「本当の友だち」なのか、生徒が理解できても、自分の目の前の現実と結びつけられないのだ。そこを繋いであげるのが、教師の話だ。
 生徒に話すとき注意することは、中学生には直球の指導はなかなか通じないことだ。そこで、AさせたいならBと言うとよい。
 教師が直球で指導する内容なら、中学生にもわかっていることなのだ。わかっているけれど行動できない生徒の心をくすぐるBのフレーズを考えるのだ。
 例えば、授業を妨害することが悪いことだと誰でもわかる。それをもうやるなというのは直球の指導である。自分の何が悪かったのか思春期の心をくすぐる話をするのだ。
 その話をするときの前提になるのが「教師と生徒」との関係である。
 生徒との関係づくりが一番大切だ。
 自分のことをほめてくれる人の話なら生徒も聞く耳を持つようになる。
 笑顔で自分のことを迎えてくれる大人に中学生は安心する。
 教師と目が合うと生徒がやる気になる。
 教師からの朝のあいさつが大事だ。生徒は声をかけられると、関心を持ってくれている、理解しようとしてくれていると感じる。自分と関係を作ろうとしている人なのだと感じる。
 教師の一番の仕事は生徒をはげましつづけることと考えている。どの子も一人の例外もなく励ますことだ。
 教師の言うことを無視し、指示に従わない生徒は、自分を見つめ自分を変えられるはずがない。
 そうできるように教師が励ますのだ。大人の私が別の方法でかかわり続けることしか方法はないと私は思うようになった。
 それからは、その生徒に毎日一回は声をかけること、休んだときは家庭訪問すること、話を聞いてもらえなければ、手紙やはがきを書いてなんとか思いを伝えようとし続けた。
 どんな手のかかる生徒でも、教師がかかわり続け、励まし続ければ、生徒は必ず変わっていく。自分で動き出し、やる気を持つようになる。
 生徒の考えていることを一度は受け入れてみることだ。生徒はなかなか自分を変えられない。ならば、教師が生徒の考えや行動の意味を受け入れ、対応を考えていくことが今後ますます必要になる。
 そのとき必要なのが生徒と教師の「理解と納得」の関係である。
 思春期を迎えた生徒は、大人の言動を批判的に見ている。生徒の目の前で一緒に生活する教師がまじめでかっこよい、あこがれるような姿を毎日示すことだ。
 特別なことではない、進んであいさつをする。掃除をする。給食の配膳をする。このようなことを毎日積み重ねるのだ。そういう姿を生徒は見ている。
 中学生が望んでいる教師は、
(1)
どんなに勉強ができない生徒も、最後まで面倒をみてくれる教師。
(2)
口だけではない、自らやってみせる教師。
 中学生は口だけの大人の言うことをきかない。中学生がやる気になるのは、言ったことをやっている教師である。
 教師が生徒に言ったことは、教師が生徒の何倍もやることだ。そういう教師の姿を中学生は必ず見ている。
 毎日、教師が一緒にやるから、教師が「〇〇しなさい」という指示もきくようになる。
(3)
どんな困難なことでも、あきらめない教師
 学級で問題が起きたとき、教師が何と言うか生徒はいつも注目している。教師の腕の見せ所だ。問題は生徒が成長し教師が成長するために欠かせぬものだ。
 問題を解決しようと、やり続ける教師なら、中学生は認めてくれる。
 何もしない教師や、何も言わない教師を見ると、生徒は確実にやる気をなくし、学級をよくしていこうという思いをあきらめていくことになる。
(
垣内秀明:1965年長野県生まれ、長野県公立中学校教師。教育サークルTOSS中学信州代表
)

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生徒が教師を信頼し対話するようになるには、どのようすればよいのでしょうか

 私が中学1年生を担任したとき、学級が荒れ、立て直せなかった。
 原因はいろいろある。その中の一つに「生徒とふだんから対話ができていなかった」ということがあった。
 担任になって最初はよかった。生徒は私になついて「先生、先生」とくる。
 そのうち、学級でトラブルが起きる。うまく解決できない。廊下にいてもだれも近寄ってこない。「おはよう」とあいさつをしても無視される。
 私に対する、不信、幻滅。これまでの指導がそうさせてしまったのだ。
 私は落ち込んだ。「避けられ、嫌われている」と思うと、話しかけることができなくなった。生徒が帰るとほっとした。そんな自分が情けなかった。
「下を向いていちゃダメだよ」と学年の教師に言われたが、自分を変えることができなかった。
 向山洋一氏の本に
「教師に絶対必要な心構えがある。それは、子どもを包み込み、暖かく接することができること。先生なんか大嫌いという子も、包み込まなければならない」
「子どもが自分で自分をどう思っているのか、将来どのようなことをしたいのか、理解することである。子どもにはそれぞれ事情がある」
と書いてあった。
 どんな状況であっても対話を忘れてはいけなかった。生徒の事情を聞き、私の思いを伝えねばならなかった。どんな生徒も受け入れることが、私にはできていなかった。
 私は考えを変えた。生徒とかかわっていこうと、前向きになった。明るく声をかける。とにかく何でもいいから話をする。
 生徒と対話するのは、生徒との人間関係をつくるためである。学級経営も授業も生徒との人間関係、信頼関係がなければ効果を発揮しない。そのために対話をするのだ。
 とにかく声をかけてみる。苦手と思う生徒ほど声をかける。
「無理やり話題をつくっているな」と思われてもいい。「かかわりたいんだ」というメッセージが伝わればよい。
 無視されても、いやな顔をされても気にしないようにした。生徒の雰囲気、その場のムードに流されてはいけない。「言うべきことは言い、ネアカに振る舞うこと」である。
 私は生徒と対話するとき、次のことを心がけている。
1 いつ対話するか
(1)
朝早く出勤したら教室に行く。ひと言声をかけるだけでもいいと考えている。
(2)
休み時間はできるだけ早く教室に向かう
(3)
掃除の時間や放課後は気分が開放的になるのか「先生、先生」と気軽に声をかけてくる生徒が増える。
2 対話が成立しにくい生徒
 反抗的だったり、意識的に避け、対話が成立しにくい生徒は、他の教師に協力を仰ぐ。情報を得るのである。
 問題のある生徒も、がんばっているところ、ほめるところはある。それを周りの教師から聞き出し、本人と話をするとよい。
 生徒と対話が成立しなくても気にしない。その生徒に「自分のことを気にしてくれている」ということが伝わればよいと、私は考えている。
3 教師と対話できる生徒を育てるための工夫
 埼玉県の中学校教師鈴木勝浩氏は次のように書いている。
 教師と生徒の間に信頼関係があれば対話ができる。信頼関係は日々の生徒理解の積み重ねによって可能となる。
 昼休みや放課後など、生徒が活動しているところに行く。そして言葉をかける。「この先生は私のことを分かってくれている」ということが多くなると、生徒との間に信頼関係が生まれてくる。
 教師にとって生徒についての情報が多ければ多いほどよい。生徒がどんなことをしているのか知る必要がある。それには時間をかけるしかない。
 昼休みなど、教室で何かの仕事をしながら生徒をウォッチングするのもいい。また外に出て、どんな遊びをだれとやっているのか見るのもいい。
 時には一緒に遊んでもいい。休み時間や放課後など、自分のクラスにちょっと寄るだけでもいい。思わぬ生徒のよい面をみることができるものである。
 部活動の顧問や教科担当の教師から生徒のよい面を教えてもらう。
 それには、ふだんからよい教師同士の人間関係をつくっていくことが大切である。生徒のよい面の情報が入り生徒と話すこともできる。
 何度、生徒に裏切られたとしても「生徒を信頼すること」「生徒を自分のことのように考えること」、そうすれば必ず荒れた教室も再生するのではないでしょうか。 
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杉村繁治:北海道公立中学校教師
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