カテゴリー「カウンセリング」の記事

プロの教師となるために,身につけるべき知識や技能にはどのようなものがあるでしょうか

 教師は「教育のプロフェッショナルな職人」です。高度の専門的な知識と技能がなくては務まらない専門職です。現実はともかく,少なくとも,そうあるべきだと私は思います。
 
「プロ教師」などという言葉がありますが,教師は本来「プロフェッショナルな知識と技能,人格を持ち合わせた教育の職人」であるはずです。
 そして実際,自分の仕事に自信と誇りを抱いてきた教師たちは,誰から強いられることもなく「プロフェッショナルな教育の職人」として恥ずかしくないだけの知識と技能を身につけようと,日々努めてきたはずです。
 私のまわりには,つぎのようなすばらしい教師の方々がたくさんいます。
「子どもからも保護者からも厚い信頼を寄せられる教師」
「感動的な授業をつくることのできる教師」
「学級をうまく育てていくことのできる教師」
「問題児からの攻撃も,保護者からのクレームも,自分のエネルギーに変えていくかのように,日々成長し続けていく教師」
といった教師たちがいます。私には,とても真似のできないことです。
 そして,このような教師たちは人知れず,日々,教師としてのスキルアップのための努力を重ねています。休日を返上し,自費で高額な研修会に参加し,自分の技を磨き続けている方もけっして少なくありません。
 そんな教師を支えているのは「プロフェッショナルとして胸を張ることのできる技術を磨いておきたい」というプライドです。「クラスの子どもたちに,少しでも役に立ちたい」という気持ちからかもしれません。
 そんな先生方は「教師としての技(スキル)を極めよう」と日々努力を重ねておられるのです。このような動きも「教師はプロフェッショナルな教育の職人」たるべきだという考えにもとづいてのものでしょう。
 では,あなたが「プロフェッショナルな教育の職人」となるために,身につけるべき知識や技能には,どのようなものがあるでしょうか。
 私がおすすめしたいのが,カウンセリングテクニックです。
 カウンセリングの分野には,さまざまな心の問題や人間関係,集団や組織の問題に対処するために蓄積されてきた,たくさんの有益な知識や技能,具体的な方法論があります。
 これを学ぶことが,あなたが教師としての技を極め「教育の達人」になるために不可欠のものだと私は思うのです。なぜでしょうか。
 昨今,教育現場で生じているさまざまな問題は,その大半が何らかの人間関係やそれに起因する心理的な側面にかかわったものだからです。
 例えば、指導のむずかしい子どもとの関係。次々とクレームをつけてきてあたかも教師が困惑するのを見て楽しんでいるかのような保護者との関係。 
 そんな保護者に刺激されたかのようにしてますます混乱の度を増してくる子ども集団との関係。自分の考えを一方的に押しつけてくるばかりの同僚や管理職との関係。
 こうした,さまざまな次元の「関係のねじれ」が,教師という仕事をむずかしくしているのです。したがって,私はこう思います。
 この時代,教師は特定教科を教えるプロである以前に「人間関係のプロ」でなくてはならない。人間関係をうまく処理できる技能なくしては,プロフェッショナルな教師は務まらない,と。
 カウンセリングの技をいかすと,授業で子どもたちがイキイキとしてきます。
 カウンセリングの技を使うと,クレームをつけてくる保護者ともうまくつきあえるようになります。
 カウンセリングの技を学ぶと,学級がうまく育っていきます。
 カウンセリングの技を体得すると,同僚や管理職ともうまくつながり,協力的な関係が築けるようになってきます。
 そして何より,カウンセリングを学んだ教師は,幸福感と生きがい感,仕事のやりがい感が増して,心がポカポカと暖かくなります。そしてそのポカポカ感がクラスの子どもたちに伝わって,子どもたちの心をもポカポカと暖かくしていくのです。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、明治大学教授。カウンセリング心理学、心理療法、臨床心理学、学校カウンセリング、教師のサポート、日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会常任理事、悩める教師を支える会代表)


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カウンセリング・マインドを持ち、子どもを包み込むと子どもは激変する

 私は、教師や親がカウンセリング・マインドを持って子どもに接してほしいと思っています。カウンセリングの究極は、「子どもの心に寄り添う」ことと「傾聴」だと思います。子どもの話を、全身を耳にして聴き入ることが、信頼回復にはとても重要であると思います。
 子どもが「この人は、本当に自分のことを知りたがっている」と思うと、子どもの感性というものはピクッと動くのです。その子どもの感性をピクッと動かすことができれば、子どもの問題の大半は解決できるのではないてしょうか。
 そして、その子どもの感性をピクッと動かすことこそが、カウンセリング・マインドの基本であると思います。しかし、今の日本のカウンセリング・マインドは、誤ったものになっているのです。子どもに無限に迎合することなく、きちんとけじめをつける必要があります。
 私は、子どもを無限に甘やかすことだけはしません。無限の愛と慈しみと受容は注ぎますが、そのかわり、どんなに厳しくても、子どもに言わなければならないことは、必ず言います。ただし、時間をかけて、子どもに無理のないように表現していきます。
 なぜ、子どもを受容し、傾聴するのか。それは、子どもの内面にあるものを吐き出させるためです。子どもの心の中に眠っている感性を動かすためなのです。たった一度でも心がピクッと動いたならば、もうそれでいいのです。
 私は、日本中のすべてのお父さん、お母さん、教師に、目の前にいる子どもたちに対して、カウンセリング・マインドを持ってほしいと願ってやみません。
 子ども包み込むと子どもは激変します。
 私はカウンセリングを学生時代から始め、二十年ほどの教師生活と、約十年間のニッポン放送での人生相談などを経て、何万人という子どもたちとその親たちに関わり、貴重な経験をさせてもらってきた。
 覚醒剤をやめられない子、自宅に引きこもって暴れる子、売春に走る女子中学生、みんなそれぞれに悩み、心を病み、あきらめから、ひらきなおって荒れてしまっているように見えた。
 暴力団に引き込まれた子どもを、私は帰してもらいに行った。家庭内暴力でナイフを振りかざす子どもに、私が「わかった、私を刺してくれ」と体をあずけたりして、「これで私の命もおしまいか」と腹をくくったことも百回ではおさまらない。
 これまでの数々の経験から得たものは、はかり知れないが、中でも世の大人たちにぜひとも知っておいてほしいことがある。それは、「子どもを愛をこめて包み込むこと」が、荒れる子どもたちの心を揺さぶり、胸の奥にしみ入る魔法の薬、つまり起死回生の特効薬になり得るということである。
 生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。ある子どもは、延々十時間、手を握って話し込んだ。「いつでもきみの味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」と。
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく、「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 どれほどすさんだ心も、温かい「包み込み」さえあれば、必ず癒されて立ち直れると断言する。「子どもを認める温かい言葉」を投げかけることです。たとえば、相手の存在を認める「ほめ言葉」は、かたくなに閉じられた心をほぐす万能薬でもあるのだ。
 子どもの心に響くためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにする。上から目線に構えて説教しないこと。
 手をしっかり握って、子どもの目を見つめて、「きみのことが心配だから言わせてほしい」と真剣に語りかけることも「包み込み」である。
 ふだんから、「いつでも何かあったら協力する。あなたを守ってあげたい。一人で悩まないで頼ってほしい」と言い続けることも「包み込み」である。
 このように、子どもは自分が愛情を受けている、必要とされているという認識を持っていれば、けっして道を踏みはずすことはない。一時期、道からはずれたとしても、それまでに受けた「包み込み」の蓄積があれば、必ず自分の力で立ち直ることができる。
(濤(なみ)川栄太:19432009年、小学校教師(20年間)、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者(10年間)、教育相談(40年間)。悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

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学級崩壊で教師を辞めたいと思ったが、いかにして克服していったか

 転勤した中学校で初めて担任となった。教室の扉を開けると、給食当番の白衣が飛び交い、傍らで男子生徒が泣いていた。白衣はその生徒に向けて投げられていた。「やめなさい、何でそんなことをするの」と、状況が十分につかめないまま、ただ声を荒げるしかなかった。
 泣いていた生徒との交換日記で少しずついじめの状況を把握するとともに、いじめている生徒からも事情を聞いた。すると、うまく説明できずにイライラしている様子が伝わってきた。言葉が出ないから手が出てしまっていたのである。
 コミュニケーション能力が弱いうえに社会的スキルも違う。異なる言語を持つ子たちが集められたようなもので、それが荒れやいじめとなって表出してしまう。
 自分だけの手には負えないと感じ、多くの保護者が出席しやすいように夜の懇談会を開き、当事者名を出さずに学級の状況を説明して助けを求めた。とにかくやれることは何でもやろうと必死だった。
 そんな悪戦苦闘の中で、教師のセンスやキャラクターによって場当たり的に解決していくことの限界を感じた。何かが起きる前に打てる手はないのか。社会性を身につけ、ルールを定着させる手立てを多くの教師が共有できる術はないのか。思い悩んでいたときに出会ったのが、「エンカウンター」だった。
 東京都立教育研究所で教育相談専修コースを修了し、渋谷区の中学校に赴任。エンカウンターを研究していた教師2人と同じ学年の担任となった。生活指導上の問題が少ない中学校だったこともあり、対応に追われることなく、17個のエクササイズを中心とした年間プログラムを作り、その3クラスが同時に進めた。
 生徒同士のつながりだけでなく、教師と生徒、教師と教師のつながりが深まった。「これでいじめなどの問題が予防できる」そう自信を持ち始めた矢先、次の中学に異動となった。
 始業式当日、受け持つクラスの教室に入ると、生徒があちこちで好き勝手におしゃべりし、歩き回っていた。いわゆる学級崩壊状態です。たまらず注意すると罵声が返ってきた。「ウザイ」「ババア」「帰れ」と言われ、何かしゃべると、「聞いてねえよ」と返ってきた。
 授業中に机の上を走りまわる生徒、以前の生徒よりも手強く、教師を半ば“無視”をした。前年の担任6人のうち5人が他校へ異動となり、「見捨てられた」と感じた生徒たちは教師を信頼できなくなっていた。
 鹿嶋先生が何度熱く語りかけても、生徒達はなかなか変わってくれない。それまで築き上げてきた教師としての自信を完全に失った。朝、出勤前に布団で泣き、休み時間にトイレに駆け込んで泣いた。このまま教師を続ければ、自分が壊れると。
 鹿嶋先生は、胃潰瘍になり、学校の校門をくぐるのが怖くて、帰ってしまったこともあった。「人間やめますか?それとも、教師やめますか?」というような状況だった。20年近く教師をやってきて、はじめて「教師を辞めたい」と思った。
 そして、友だちに「教師を辞めたい」と相談した。友だちから帰ってきた言葉は、「鹿嶋さんらしくないね」と。そこで、鹿嶋先生は、ハッとします。自分が20代の頃、ガムシャラに教師をやっていた時のことを思い出した。
 
「今の私は、昔のように本氣で生徒に向き合っていない。自分の苦しみから逃れることだけだ」「自分は独りよがりだった。私ばっかり、なんで私ばっかりこんな辛い目にあうの」と考えていた。
 
「本当に一番苦しいのは、子どもたちじゃないだろうか?」「子どもたちに、何かしてあげられないだろうか?」と見方を変えた瞬間に、「周りの人を支えたい」と思った。「視点を変えれば、光は必ず見えるんだ」と鹿嶋先生は考えた。
 エンカウンターをやろうにも取り付くしまもない。同じ学年の担任は皆、夜遅くまで学校に残り対策を話し合った。6月初旬の2泊3日の移動教室で「小さいころに、親から、してもらったこと、してあげたこと、迷惑をかけたこと」を思い出す「内観」をやろうということになった。
 教師がまず自分の思い出を話した後、内証で親から預かっていた手紙を生徒たちに渡した。生徒たちは壁に向かって読んだ。感動している様子が背中から伝わってきた。すすり泣く生徒もいた。そして、その手紙を、生徒同士で見せ合い、コミュニケーションを取り始めた。
 一人の生徒が鹿嶋先生のところにやって来て、「先生読んで」と手紙を差し出した。それまで「ババア」と罵っていた生徒だった。鹿嶋先生だけでなく参加した教師みんなが変化の兆しを感じた。
 ここで鹿嶋先生は気づきます。「そうか、先生と生徒ではなく、生徒同士がコミュニケーションを取れる方法を考えればいいんだ」と。そこから、「エンカウンター」を使って、生徒同士がコミュニケーションをとれる方法を作っていった。
 移動教室から帰った後、鹿嶋先生はクラスでエンカウンターを始めた。他の教師には耳慣れない言葉なので、あえて「エンカウンター」という名前は使わなかった。ところが、1学期も終わりに近づいたころ、学年主任から「できることは何でもやりたい。鹿嶋先生のやっていること、学年でやりましょう」と言われた。
 そんな言葉に後押しされて、2学期からは道徳の時間などを使って学年単位で取り組んだ。クラスごとの経験を教師同士がシェアし、反省点を反映することもできるようになった。
 何度かのエクササイズをへた10月の運動会の予行演習で鹿嶋先生を真ん中に3839脚をやった。転んでゴールをした時、隣で肩を組んでいた生徒が顔を覗き込んで「先生、うれしい?」聞いてきた。何度も聞き返す姿に、確かな信頼関係を感じると同時に、「この子たちは人の喜びを自分の喜びにできるまでに成長した」と実感した。
 学校・学級生活における意欲や充実感を測定する尺度調査票(Q-U)を使って、「友人との関係」や「教師との関係」などについてチェックをした。調査票から「学級との関係」や「友人との関係」について課題が浮かび上がった。
 
「思っていることは言う、書く」を継続することで関係性を深めていくことが大切だと考え、何かをしてくれた友だちにお礼のメッセージをあげるエクササイズ「あなたに感謝」を席替えの度に行った。次第にクラスの雰囲気がまとまっていくのを感じた。
 担任による日ごろの観察と合わせて「気になる子」をピックアップし、学年会やスクールカウンセラーなども交えた検討会で対応を話し合う。また、年2回の「ハートフルウィーク」では、自分の話したい先生を選んで相談ができるようにもなった。
 
「エンカウンターの授業が生きるのは、仲間の教師の存在と学校全体での取り組みがあってこそ」と鹿嶋先生は強調する。
 12月、受験への対応でしばらくエンカウンターの授業をできずにいると、給食の最中に一部の生徒たちが「勝手にエンカウンター」と称して、友人への感謝の気持ちを伝え合い、拍手をしていた。
 
「自分のした行動が人から感謝される」→「自分の行動は人を喜ばせると自覚する」→「他の人にも同じ行動をしてみたい」→「他の人からも感謝される」と言う思考や行動が強化された成果だと、鹿嶋先生は感じた。
 
「エンカウンターですぐに生徒が変容し、自己成長していくわけではありません。日々揺れ動く思春期の心に寄り添い、そうした揺れに対して臨機応変に展開していくことこそ、いまの中学で求められているのだと思います」
 
「教師は情熱がまず第一条件。情熱だけではダメだなっていうことを体験したので、そこにワザがなくちゃいけない。立ち止まることなく、いつもいつも研究をし続けながら現在進行形で実践する人です」と鹿嶋先生は語る。
(
鹿嶋真弓:広島県生まれ、東京都公立中学校で30年間勤務、神奈川県逗子市教育研究所長を経て高知大学准教授。TILA教育研究所代表。文部科学大臣優秀教員表彰。日本カウンセリング学会賞受賞。専門は学級経営、人間関係づくり、カウンセリング科学。構成的グループエンカウンターなど教育現場に活かせるワークショップを展開。 『プロフェッショナル仕事の流儀』(NHK)出演)


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傷ついた心をカウンセリングで治すにはどのようにすればよいか

 私たちが行っているカウンセリングについて簡単に説明しておきたいと思います。カウンセリングと相談の本質的な違いがわかっていない人が多いからです。
 相談はアドバイスをもらうことが主になります。ところが、カウンセリングでは基本的にアドバイスはしません。相手の言ったことを、鏡に映すように繰り返していくことが基本になります。
 そして、同情ではなくて、共感を使います。たとえば、電話でのこんなやり取りを創造してください。
A「私、こんなことがあったの。どうしよう」
B「そう、そんなことがあったの」
A「そうなのよ、そういうことがあって、困っているのよ」
B「そういうことがあったのでは、困るわよね」
そうやっているうちに、Aの頭に解決法がひらめいて、「ああ、わかったわ。じゃあね」と言って電話を切ってしまう。Bは何もアドバイスしていません。Aの話を繰り返しているだけです。そうしているうちに、Aが自分で解決法を見い出していきます。これがカウンセリングです。
 相手の気持ちを聞き、それを共感的に返していると、相手は何を言いたかったのか自ら気づき、また何とはなしに気持ちが通ずるような気がしてきます。このように心理的な安全感が得られると、何かがひらめきやすくなるのです。そういう効果を高めるのがカウンセラーの仕事です。人は自分の問題を自分で解決する力を本来的に持っているという確信があるから、カウンセリングが成り立つのです。
 誰でも自分のカウンセリング、自分の子どものカウンセリングができるようになってもらいたいと思います。
 中学三年生から高校生にかけては心が成長しやすい時期です。その成長期に間違った関わり方をしている親が非常に多い。たとえば、不登校というのがあって、子どもが「今日は気分が悪いから学校を休みたい」と言ったとき、母親はよく「先生と何かあったの。友だちとけんかでもしたの。いじめにでもあっているの」などというように、イエスかノーを迫るような閉じた質問ばかりします。こういう閉じた問い方をすると「そんなことはない」と答えたりしやすく、本音を出しづらいのです。
 カウンセリングには「開いた質問」というのがあります。例えば「いま、どういう気持ちですか」というように、イエスかノーを迫るのではなく、意見や気持ちを言えるような質問のしかたをしなければいけない。不登校で悩んでいる子どもには、どういう気持ちなのかを聞くことが大事です。
 次に、相手の話を聞くには「沈黙」を使います。カウンセリングでは、相手の話を聞くときに、沈黙することが大事です。沈黙しないと相手はしゃべってくれません。心をまっ白にして、相手の気持ちを聞こうとします。相手の気持ちの強いところで「ああ、なるほど、そうか」と、うなずく、タイミングが大事です。相手の気持ちに合った表情をとらなければいけない。
 不登校になって、誰かに会うのがむかつくなら、学校に行くのはいやでしょうが、ほんとうの原因が自己嫌悪なら、自分に原因があるわけですから、家にいようが学校にいようが同じです。自己嫌悪があるからこそ、そんな弱い自分を理解してくれない人にむかつくのです。そこに甘えがあるのです。同時にだからこそ自分を変えて成長したいと思っているのです。
 人間の性格は、ほうっておいたら、何年たってもかわりません。自己嫌悪がほんとうに強くならないと、人間の行動パターンは変わらない、成長しないということです。ノイローゼ的な状態になると、すごく変わりやすい。これは、お産の状況に似ていると思います。陣痛という痛みがあって、その周期がだんだん短くなって、最後に新しい生命を産む。だからカウンセラーは産婆さんのようなもので、いてもいなくてもいいけれども、いたほうがスムーズに産めて安心というわけです。その意味では、ノイローゼ的な状態になったら、むしろ赤飯を炊かなければいけない。
 自分の魂の痛みが強まったときは、自分を成長させようという気持ちが高まっている証拠です。そういうときに癒される場面というものが非常に大事になってきます。癒される場面にいると、気づきのひらめきも起こりやすいし、自分の本当の問題が自然に出てきます。
 自然の中にいたり、人と楽しい話をしているときは、心理的に安定感が出てほっとします。カウンセリングをされているときに似た癒しの場にいるとき、気づきが生まれるのです。そして、癒しにはとくに、共感ということが重要になってきます。
 共感というのは、同情や同感ではなく、相手が感じている感情をイメージの共有、セリフでの表現を通じて自分も体験することです。
 たとえば、病棟のベットで苦しんでいる子どもがいて「お母さん、つらいよう」と言ってるときに、それをお母さんが看護婦に伝える場合、お母さんが看護婦さんに「子どもが『お母さん、つらいよう』って言うのです。なんとかなりませんでしょうか」と言えば、看護婦も、子どもの気持ちがじか伝わり共感しやすくなり、いても立ってもいられない気持ちになります。つまり、相手の心によく響く。これがともに感じる共感です。
 それを「子どもがかわいそうだから、なんとかしてください」と言ったら、それは母親がかわいそうだと感じていることであって、看護婦に母親の気持ちは伝わっても、苦しんでいる子どもの気持ちはじかに伝わりません。
 したがって、カウンセラーは相手の気持ちをきちんと聞き、相手のイメージをきちんと持って、共感し、癒しのためにそれをセリフとして用い再現しなければならない。
 この痛みの中で子どもは新しい自分を誕生させるわけですから。これに気がつけば元気になれるのです。
 ところが、一般の親たちは、子どもが不登校を起こすとあわてふためいて、むしろ引き下がって口をださないようになる。とくに父親にはそういう傾向が強い。「おまえにまかせる」と言って、母親に押しつけてしまう。母親もどうしようもなくて、カウンセラーなどにまかせて退去してしまうことが多い。
 こうして、子どもは自分の問題から逃げる。それは成長の問題だから、それほどむずかしいことではないのに、父親も逃げるし、母親も逃げてしまう。むしろ、親のほうが成長する必要があります。
 このあたりのところを、みなさんの子育てのために参考にしていただければ幸いです。
(
宗像恒次:1948年大阪府生まれ、心理学者。筑波大学名誉教授。SDSを設立し、セミナーの開催や心理カウンセラーや健康心理療法士の養成を行っている)


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怒鳴り込まれたら勝ちと思え

 私はよく、「カウンセラーをしていて怒鳴り込まれたら勝ちと思え」と言っています。怒鳴り込みに来られたら、じつはこっちの勝ちなのです。
 どうしたらいいと思いますか。そういうときは、一生懸命、話を聞いたらいいのです。なかでも一番大事なのは「腰をすえて聞く」ということです。相手は怒りに来ているのですから、どうしても話が堂々巡りになる。
 ところが、相手の言い分をじっくりしっかり聞くということをこちらがやると、相手はもともとこころの底のほうでは自分はおかしいと思っているわけですから、ワーッと言っているうちに、だんだんわかってくる。そういう人は多いのではないでしょうか。
 相手がいかに怒っていても、どういう状態であっても、そこにちゃんとした土台をもった関係ができるということが、すごく大事なことなのです。カウンセラーというのは、人間関係や、関係性というものについての専門家であるといっていいのではないかと私は思っています。
 ある教育長さんから聞いて私はびっくりしたのですが、ある高校で援助交際をしている子がいることがわかりました。その子は担任の先生からすごく叱られて、泣いて家に帰りました。
 すると、その子の母親が校長室に怒鳴り込んできて「うちの子が入学したときに、校長先生は、一人ひとりが自分の個性を大事にしてくださいと言われたでしょ。うちの子はその通りにやっているのです。頭のよい子は学力で勝負しているでしょうが、うちの子は美貌で勝負しているのです。どこが悪いのですか」と言われた。
 その校長先生は素晴らしい人で、そのお母さんに「ああ、そこまで個人というものを大事して、子どもさんのことを考えておられるのですね」と言ってお母さんの言うことを聞いておられた。
 カンカンになって怒っていたお母さんが、そのうちに「校長先生、ほんとにうちの子を躾けるにはどうしらいいのでしょうか?」と、ころっと変わってきたそうです。本当はそのお母さんも、どうしたらいいのかと困っていたのです。困っているのだけれど、よくわからないから腹が立つのですね。
 自分の言っていることがおかしいというのは、こころの底ではわかっているのです。そこでじっくり話を聞いてみたら、そこに関係ができる。これがわれわれカウンセラーにとって非常に大事なことではないかと思います。
 日本人はこれまで、物がないためにみんなで分け合って生活してきた。寒くても暖かい場所は一つしかないので、そこに集まって生活せざるをえないとか、なんとなく、みんなが一体感のある関係をもって生きていくようなシステムがありました。日本的な人間関係を意識してみんながなんとなくつながっていました。
 ところが、今、そのシステムが急に変化して、日本人の生き方が根本的に変わってきたのです。家のしがらみが嫌になった。みんなが関係を切るほうに一生懸命になり、個人主義が利己主義になってしまった。「これからどう生きていくのか」というものすごく難しい問題を、今の日本人が背負っているのです。
 人間関係が急にギスギスしてきて、関係性がどこにもなくなってしまい、ぽんと孤独になるような人が出てきます。そういう苦労をしている一人なのだから、わけのわからない人とかいうのではなく、「絶対に役にたつのだ。私の前に来たこの人の人生に、意味のある役に立つことをする。そのために自分はここにいるのだ」という強い信念をもち、この人にどういう援助ができるのか、ということをじっくり考えていくと、最後には「ああ、やっぱり自分の家をなんとかしなければ」というふうに思ってくれると思うのです。
 意識して家族関係を維持しようという自覚や意識が足りなくて、本当は家庭教育でやるべきことを学校までもちこんできていることが多いのではないでしょうか。今の学校でたいへんなのは、家庭教育でやるべきことを学校でもやらねばならないということです。
(
河合隼雄:1928- 2007年、臨床心理学者。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。日本における分析心理学の普及・実践に貢献し、箱庭療法を日本へ初めて導入した)

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「キレやすい」子どもを「キレにくい」子にするにはどのようにすればよいか

 キレやすい子どもには、コミュニケーション能力が未発達であったり、気持ちをうまく表現できないために問題行動を起す子どもや、ADHDやLDなど特定の傾向をもった子どももいます。
 そこで、感情の発達過程で、自分の怒りに対する理解を深め、適切な表現の方法を教えていくことによって、暴力やいじめ等を減少させようという、「キレにくい子に成長させる」予防教育の動きがでてきたのです。
 米国では、校内暴力、いじめが犯罪へと発展し、危機的な状況にあった学校を、学ぶ場としての学校へと再建するために「ゼロトレランス」(暴力廃絶)の方針が出されました。
 米国はすでに暴力予防の教育が年間のカリキュラムに組み込まれています。小学校から高校に、さまざまな「アンガーマネージメント(怒りに正しく対処し、健全な人間関係をつくり上げる知識と技術)・プログラム」が展開されています。
 日本においても、心の教育が重視され、道徳や総合学習の中で、いじめや暴力を予防する教育が展開され始めています。 
 キレにくい子どもを育てるためには、怒りのメカニズムを子どもに伝え、「暴力・暴言・いじめ」などの誤った怒りの表現を予防することが大切です。同時に、健全な「怒りの表現方法」も教えていく必要があります。
 予防(啓発)教育の内容は、感情教育、客観的思考、問題解決能力を育成することです。年間の授業計画に組み込まれて、国語・道徳・総合学習・HR等を用いて展開することができます。展開方法は、自己理解から始めて、他者理解、相互理解へと進めます。グループで体験的に行うと特に効果的です。
 グループで体験的に行うと効果があがりやすいのは、グループの力が働くからです。自分の苦手なところを他の生徒が補ってくれたり、活動に参加せずに見ているだけでも多くの体験を学ぶことができます。自己理解、他者理解が促進されやすくなり、共感性も生じやすくなります。
 また、具体的な体験でイメージや理解がしやすくなり、相互理解が促進され、活動中に「行動のお手本」が見られるため、活動の途中で自分の行動変容が促されることもあります。
 キレにくい子どもを育てる授業は、段階をふんで行う必要があります。たとえば、「共感すること」を学習する活動であれば、まず、子どもが「自分の感情が何か」を理解できて、「相手の感情が何か」を感じられる力を備えていなくてはなりません。
キレにくい子どもを育てる授業の学習計画の立案は、
(1)
自分のクラスの問題を明確化する
(2)
そのために必要な活動の目的を明確にして、活動を選択し、活動を導入します
(3)
活動後にフィードバックを行い「今日の活動を日常生活でどのように応用できるか」を考える活動を行う
 どのワークを使って始めたらよいか、それぞれの目標をクラスの状況に照らし合わせてプランを立ててみてください。また、一つを行った後でまだ難しいようであれば、一つ前の活動に戻ってみてください。
 キレにくい子どもを育てるグループ活動の目的は、子どもが自分でコントロールすることができるようにすることです。ですから、活動の主役はあくまで子どもです。指導者は安全に活動ができるための環境を保障すること、および活動が順調に進むための援助をします。
 したがって、導入部分は楽しく活動を進めやすい雰囲気づくりを行いますが、子どもたちが自発的に活動を始めたら、基本的には子どもにまかせます。
 このとき、グループを支配しようとしている子どもがいれば、仲介して適切なリーダーシップを示し、乗り遅れている子どもがいれば、いっしょに活動に参加して励ましてください。
 「自分が何を感じているのか」を認識するためには、自分の感情の質と量を表す「感情を表すことば」や、その概念を理解することから始めます。
 朝の会・終わりの会でも、道徳や総合の時間を活用することもできます。また、状況や気持ちを理解する力を育成するために、国語や英語の時間を当てることもできます。
 実施するときは、子どもの発達状況によって、以下のように手法を変えると、理解されやすくなります。
(1)
幼児から小学校低学年
 目の前で具体的に体験(見る)する。ビデオや場面の写真、絵などで視覚的・具体的に示す。
(2)
小学校中学年から高学年
 最近の自分の体験を思い出す
(3)
中学生
 ことばや場面に対するイメージや概念を用いる
(4)
高校生
 論理的に定義づけたり意味づけたりする
自分の感情理解のためのワークの例としては
(1)
お顔の体操
 朝の会・終わりの会で、朝の体操気分で、快・不快の一つひとつの表情を皆でやってみます。教師が「はい、これと同じ表情をしてみましょう。どんな気持ちですか?」と表情と感情のネーミングを促します。
(2)
3分間スピーチ
 話し手が前にでて、ある感情を表す表情をしてみせる。それがどんな感情を表しているかを当ててもらう。そして、その感情になったときの、エピソードを話してもらう。
(本田恵子:早稲田大学教授。元中学高等学校教諭、コロンビア大学で博士号取得後、ニューヨーク市でガイダンス・クライシスカウンセラーとして勤務。包括的スクールカウンセリング研究会代表。危機介入・ADHD、LD児への対応、アンガーマネージメントを学校と連携して実践。臨床心理士・学校心理士・特別教育支援士SV

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学級の荒れを構成的グループ・エンカウンターの活動で人間関係づくりをして防ぐ

 学級担任のリーダーシップは学級崩壊の防止にとても大切です。構成的グループ・エンカウンターの実践は学級担任のリーダーシップが発揮されやすいのでお勧めです。ただし、学級が荒れていないときに効果があるので、できるだけ荒れのないときに実施するのがよい。その理由は、構成的グループ・エンカウンターはグループ体験で本音と本音で感情を交流させようとするわけですから、学級でルール無視やいじめがある状態では難しくなります。
 子どもたちが元気で、授業中騒がしく、協力して全体で取り組むことができにくい学級は、初任者の担任が学級崩壊する場合の、よくある初期のパターンでしょう。まだ何とかなります。一部の子どもの迷惑行為によって嫌な思いをしている仲間がいることに気づけるような指導が必要になります。この時、担任がやたらに叱ったり、わめくように注意したりすると、子どもたちと担任の間の距離は広がり指示が通らなることが多いようです。
 そこで、毅然とした態度を取りながらも、じっくりと諭すように指導し、構成的グループ・エンカウンターで学級を立て直します。
 子ども同士の人間関係づくりをする構成的グループ・エンカウンターの流れは
(1)
これから取り組む活動の目的や方法を、リーダーが具体的に述べる。
(2)
取り組む前に、子どもたちの緊張をほぐし、意欲をもたせる活動を行う。
(3)
グループ体験(エクササイズ)を行う。
(4)
グループ体験で得た感情や思いを、自分や他のメンバーと分かち合う。(シェアリング)
 構成的グループ・エンカウンターのルールは、知り得たことについては口外しない。非難したり批判的・評価的発言をしたりしない。沈黙の自由を守るために発言を強要しない。エクササイズをパスする自由を守るために、エクササイズを強要しない。これらのルールに違反した場合には、リーダーが介入します。
 ルールを守って活動したら、楽しかったと感じるものや、友だちの思いを聴き合えるエクササイズを選びましょう。活動的なものはやんちゃな子も楽しめるので抵抗がすくないでしょう。エクササイズの例として「じゃんけんボーリング」「探偵ごっこ」「人間知恵の輪」「私のお願い聞いて」などがあります。
 学級の荒れが進み、グループの対立、担任に反抗する子どもたちがいたりする状態になれば、子どもたちの人間関係がどうなっているかをきちんととらえることが大切です。「学級診断尺度Q-U」や「ソシオメトリックテスト」などが良いでしょう。
 その上で、どの部分に焦点を当てた構成的グループ・エンカウンターを実施するかを決めます。例えば、仲間はずれをしているグループに焦点をあてるとか、信頼関係を感じられるような体験をさせたいなど、焦点を明確にします。
 そのうえで、学年全体で取り組んだり、リーダーを他の教師にお願いして、担任は子どもたちと一緒に体験するなどの工夫が必要です。エクササイズの例として「みんな集まれ!」「アドジャン」「フルーツバスケット」「ホットシート」などがあります。
(
岸田幸弘:1958年長野県生まれ、長野県内の小中学校教師、長野県教育委員会指導主事を経て、昭和女子大学准教授。認定カウンセラー、認定スーパーヴァイザー、学校心理士、上級教育カウンセラー)

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学級を対象としたカウンセリングにはどのようなものがあるか

 最近は実にさまざまな学級集団を対象としたつぎのようなアプローチが提唱されてきております。
(1)
構成的グループエンカウンター
 人間関係は頭で考えるよりも体験するほうがずっと効果的です。構成的グループエンカウンターは本音と本音のふれあいのある人間関係をグループでの活動を通して体験させようとするものです。その体験の後に行う分かち合いやふりかえりを大事にします。
 
体験の結果、他者とふれあう喜びを獲得し、お互いに関わりあう方法を学びます。そして、自己理解や他者理解が深まり、自己の確立が促進されるのです。これは集団を対象としたさまざまなアプローチの一番手と言っていいと思います。
(2)
ソーシャルスキル(人間関係のスキル)教育
 今の子どもたちの問題点として、ソーシャルスキル(人間関係のスキル)が未熟である、弱いということが言われています。きょうだいが減り、地域社会との結びつきが弱くなってきて、子どもたちは人間関係を築きにくくなってきている。それがいろいろな問題行動の背景にある。そこで、ソーシャルスキルを積極的に教えていこうという流れが現在非常に強くなってきております。
(3)
アサーション
 アサーションは「相手も自分も大切にした自己表現」です。
 自己表現は三種類あると考えます。まず、自分のことだけ考えて相手のことは考えない、攻撃的な自己表現。 逆に、相手のことは考えるのだけれども、自分のことは控えてしまうといった非主張的な自己表現。そして、我々が目指すべきは、相手も自分も両方とも大事にする自己表現、それをアサーティブな自己表現とか、アサーションというように言っています。こういうアサーションの力を子どもたちに身に付けさせていこうという流れも今は非常に強くなってきています。
(4)
ピアサポート
 ピアサポートとは、「人の話を聞きましょう」ということを教えて、子どもたち同士がお互いにサポートしあうような学校づくりをしようという流れです。これも最近非常に活発になってきているようで、例えば、具体的に小学校の実践ですと、保健委員会の子どもたちをトレーニングして、保健委員会が中心になってサポート活動をするというような実践が報告されています。
(5)
ストレスマネジメント教育
 最近はいろんな災害ですとか事件があると、しばしば心のケアということが言われるわけですけれども、子どもたちがいろんなストレスを抱えているという状況があるわけです。
 ストレスマネジメント教育というのは、そういった子どもたちにストレスについての知識を与えるとともに、どうやってストレスを対処したらよいかというストレスの対処法を積極的に教えていこうという動きです。
(6)
対人関係ゲーム
 筑波大学の田上不二夫先生が提唱されているものですが、大事なのは人間関係の楽しさを子どもたちが体験することだ。とにかく子どもたちに、みんなで群れて遊ぶ楽しさを味わってもらおうというのが、この対人関係ゲームの目的です。
(7)Q
U
 河村茂雄先生が実践されておられるものですが、これは学級経営の評価を目的としたテストです。あちこちの先生方からQUは非常にいいですねと言われることが、最近は増えています。
(
会沢信彦:1965年茨城県生まれ、文教大学教育学部教授。専門は教育心理学。カウンセリング、臨床心理学諸理論に基づいた生徒指導および学級経営を研究)

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カウンセリングを学んだ教師は、幸福感と生きがい感、仕事のやりがい感が増して、心がポカポカと暖かくなります

 教師は本来、教育のプロとしての知識と技能、人格を持ち合わせた職人であるはずです。問題児からの攻撃も、保護者からのクレームも、自分のエネルギーに変えていくかのように、日々成長し続けていく教師たちがいます。このような教師たちは人知れず、日々、教師としてのスキルアップのための努力をしています。そんな教師を支えているのは、プロとして胸を張ることのできる技術を磨いておきたいというプライド、子どもたちに少しでも役立ちたい気持ちからかもしれません。
 今の時代、教師は人間関係のプロでなくてはならない。人間関係をうまく処理できる技能なくしてはプロとしての教師は務まらないと。
 私がおすすめしたいのが、カウンセリングの技術です。カウンセリングには、さまざまな心の問題や人間関係、集団や組織の問題に対処するために蓄積されてきた、たくさんの知識や技能、具体的な方法論があります。これを学ぶことが、あなたが教師としての技を極め、教育の達人になるために不可欠のものだと私は思うのです。
 カウンセリングの技を生かすと、授業で子どもたちがイキイキとしてきます。クレームをつけてくる保護者ともうまくつきあえるようになります。学級がうまく育っていきます。同僚や管理職ともうまくつながり、協力的な関係が築けるようになってきます。
 そして何より、カウンセリングを学んだ教師は、幸福感と生きがい感、仕事のやりがい感が増して、心がポカポカと暖かくなります。そして、そのポカポカ感がクラスの子どもたちに伝わって、子どもたちの心をも暖かくしていくのです。
(諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授,臨床心理学、カウンセリング心理学、現場教師の作戦参謀としてアドバイスを教師に与えている)

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私は自分をダメな教師と思っていたが、カウンセリングを学び教師の仕事に幸福を実感するようになった

 私は教師になって26年目を迎えました。私は若いとき、生徒との関係で悩み、自分をダメな教師と思っていました。我ながら、よくぞここまで続けてこられたと感慨深い思いです。生意気盛りで情緒不安定な中学生を束ねるという仕事は、ストレスが大きく、病院の精神科の門を叩くほど悩み込んだときもありました。
 私の受けもった生徒たちは「教師ヅラした言葉じゃなくて、オマエの本心はどこにあるんだ」と常に迫ってきました。
 私は、あるときからカウンセリングを学び始めました。生徒たちにどう向き合うべきかを学びたかったのです。私が学んだカウンセリング(交流分析とサイコドラマ)は「聴く・対話」を重んじるものでした。
 生徒の話をしっかり聴く。そして、わき上がってくる人としてありのままの感情を率直に生徒に伝え、対話をしていく。これこそが、生徒たちが求めているものでした。罠からスルリと抜け出すように生徒たちと心が通じ合うようになりました。
 心がヒタヒタと触れ合い、温かいものがお互いの心を満たしたのです。そのときはじめて「教師の仕事はお金には代えがたいものを与えてくれる」と幸福を実感しました。
 私は生徒たちのことも、仕事の対象ではなく、大切な人生の時間を共有する共同生活者とみることができるようになりました。
(
堀川真理:1963年生まれ、新潟市公立中学校教師、学校心理士、カウンセラー。「サイコドラマ新潟」主宰、「先生のためのとっておきセミナー愛と勇気のチカラ」副会長)

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