カテゴリー「各教科の授業」の記事

国語科:「わにのおじいさんのたからもの」を先輩教師から学ぶ   松崎正治

 私()は小学校の校内研修の講師として長年通い、そこでA教師がB先輩教師の授業(小学2年「わにのおじいさんのたからもの」鬼の子が、わにのおじいさんに聞いた宝物のありかを訪ねていく話)からつぎのように学び成長していく過程に立ち会うことができた。
 A教師はB教師に授業の構想を尋ねたときに、その内容に圧倒された。
1 
周到に教材研究をし、構造図を作っていた。

 全文を「人物を表す語句」と「叙述する語句」に分けて、指導すべき語句が抽出されていた。
2 
他の教科と関連させ、興味関心を盛り上げた。

 生活科で節分(鬼は外の意味を考える)などの冬の行事を取り上げる。
 図工科で鬼の面を作る。
 読書活動で鬼に関する本を読む。
 朝の会で「私の宝物」のスピーチをする。
3 
子どもの最初の感想をもとに、読みの実態を把握して授業を進める。

 そこから生まれた問いを
「なぜ、おにの子は帽子をかぶっているのか」
「なぜ、そんなすごい宝物をおにの子にあげたのか」
 等のようにまとめた。
 A教師は子どもの感想に基づいて授業を構想していく方法をB教師から学んでいった。
 子どもたち自身がどんどん授業を進めていく学習の仕方を学ぶためにA教師は、子どもたちの話し合いの輪の中に入れてもらった。

 子どもたちは発言を譲り合ったり促したり、まるでそこに教師がいるような感じで進めていた。
 実際に授業を子どもの立場で体験して、B教師に教えてもらっていた。
 さらに、放課後にA教師がB教師に尋ねる「反省会」もやった。

 話し合いの練習のためのグループの作り方とか、リーダーを育てる話が語られた。
 B教師は、話し合う子どもの様子を表情や仕草、何気ないつぶやきから読み取り、授業の進行や、次の単元でさらに深化させるべき話し合い課題などについて考えている。

 その子どもの様子の読み取りの時に、A教師は子どもの中に入り子どもの側から、どのように見え感じられるか、授業を見てみたのである。
「B教師の授業の技法はB教師の人間性が絡まって、初めて成り立つと思う」

「だから、真似をしても自分のものにはできない」
「そこに自分なりの切り込みとかを何回か試行錯誤したら、ちょっと自分なりのものができたりっていう感じですね」と、
 A教師は語っている。
(
) 松崎正治:1958年生まれ、同志社女子大学教授。専門は国語教育における授業研究。教師の人生体験が授業にどう影響を与えるのか。学習記録の分析や実際の授業の参与観察を通した授業研究。教育現場で実践に携わる教育者や、研究者による共同研究。




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国語科:10分間パーツ教材で授業を組み立てる   古川光弘

 10分間パーツ教材で授業を組み立てると古川光弘はつぎのように述べています。
 以前、大変落ち着きのない学級を担任したとき、様々な個性の子どもたちがいて、45分間、とにかく席に着かせ、集中させることに苦労した。学級崩壊の危機を感じたほどである。

 ただ、その心配は最初の数週間で消えた。10分間のパーツにこだわる授業を始めたからである。
 1年生と6年生が同じ45分授業であるというのもおかしな話で、発達段階に応じて、パーツに分けてはどうかというのが、10分間パーツ教材の発想である。

 効果的に配列し、確認しながら授業を進行することにより、子どもたちは驚くほど授業に集中するようになる。
 10分間パーツ教材には次の4条件が必要である。
(1)10
分前後で完結・区切りをつけることのできる教材
(2)
シンプルかつ単純明快な教材
(3)
必ず全員が取り組むことのできる教材
(4)
授業のねらいに沿う教材
 何も難しいことはない。誰にでもできる普通の授業である。

 子どもたちを引きつけ、子どもたちの集中力を飛躍的に高めることができるのである。
 例えば、国語「ふきのとう」(2)10分間パーツ教材の授業は7教材である。
(1)
既習漢字の復習(約5分間)
 全員起立させ、漢字を5つほど「イチ、ニイ、サン・・・・」と筆順を唱えながら空書きさせる。
(2)
新出漢字の学習(約5分間)
 毎時間2~3文字ずつ進めていく。指導書き、なぞり書き、うつし書きのステップで。
(3)
教材文の視写(10分間)
 教科書の「ふきのとう」を丁寧に写し取る学習である。
(4)
口の体操(約2分間)
 「あいうえお」の口形指導、発声指導を簡単なリズムに乗せて行う。子どもたちは大喜びで取り組む。
(5)
教材文の音読(約5分間)
 「ふきのとう」を「声のメガホン」という声の大きさの指標を駆使しながら、抑揚を付けた音読。
(6)
発展学習:詩文の暗唱(10分間)
 黒板に書いている短い詩を、一文ずつ消していきながら、何度も暗唱させる。

 一文を消すごとに子どもたちの意欲が高まるので教室の雰囲気は最高潮に達する。
(7)
国語クイズ(約8分間)
 国語クイズで楽しんで学習を終える。

「もっとやりたい」と乗ってきたところでやめるのがコツである。
 このように10分間パーツ教材をねらいに沿って配置する。リズムのよさが分かると思う。

(古川光弘:1962年生まれ、兵庫県公立小学校教頭、「教材・授業開発研究所」事務局長。「子どもの心をどうつかむか」を生涯のテーマとし、日々の実践にあたる)

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国語科:「銀の匙(さじ)の授業」   橋本 武

 「銀の匙(さじ)の授業」について橋本 武はつぎのように述べています。
 「銀の匙」は作者である中勘助の自伝的小説で、たくましく成長していくさまを描いています。中学で三年かけて読み解きます。
 「銀の匙」の授業では、学習の手引「銀の匙研究ノート」を使います。
 このノートは楽しみながら学べるよう、読み込みのポイントが書かれた、書き込み式の副教材です。
 ここに語句の意味や、内容の要約を書き込んでいきます。
 ノートには、各章の終わりに参考として、本文で触れられていた風俗・習慣や、特別な言葉の解説をしいます。
 この解説を参考に寄り道をします。中学では国語を好きになってほしかったので、寄り道を大切にしました。
 寄り道で興味と好奇心を持って見聞したことは一生忘れることがありません。
 「銀の匙」前篇二の章を取り上げます。全文をつぎに掲げます。
「私の生まれる時には母は殊のほかの難産で、そのころ名うてのとりあげ婆さんにもみはなされて東桂さんという漢方の先生にきてもらったが、私は東桂さんの煎薬ぐらいではいっかな生まれるけしきがなかったのみか気の短い父が癇癪をおこして噛みつくようにいうもので、東桂さんはほとほと当惑して漢方の本をあっちこっち読んできかせては調剤のまちがいのないことを弁じながらひたすら潮時をまっていた。」
 本文中の難しそうな語句には一重傍線がついています。意味がわからなかった人は、語句の説明を読みます。(例:名うて=高名であること。評判がよいこと。癇癪=少しのことで怒りだすこと。潮時=ちょうどよい時期)
 「銀の匙」では、各章の冒頭には、四などと数字がふってあるだけです。
 まず、私は各章のタイトルを生徒たちに考えさせます。
 それを授業の中で発表していって、クラスでひとつの題を決めるのです。
 クラスで決めた題が正解というわけではありません。大事なのは自分で考えることです。
 本文中の二重傍線がついた言葉に関連する寄り道をしていきます。
(1)
「難産」の寄り道
 自分が生まれたときの様子を、聞いて文章にまとめてみましょう。母のこと。父のこと。できるだけ詳しく聞いてください。
(2)
「漢方」の寄り道
 漢方医学の歴史と、特徴の説明。大阪市の薬問屋街にある「神農さん」(少彦名神社)の「張り子の虎」由来やお祭り、それにともなう「コレラ」の話など。
 章の授業を終えると、その章の内容を正確に200字に要約します。文字数を限定することによって語彙力が向上します。
 この「銀の匙の授業」を通して身につけられる力は
(1)
語彙が増える(一つの言葉に注目して、似た言葉を集める「寄り道」で語彙が増える)
(2)
自分で考える力がつく(各章に題をつけるなど、随所に考える課題がある)
(3)
文章力が向上する(各章の内容を200字に要約することで、文章を綴る能力が高まる)
(4)
記憶力がアップする(知的な遊びを取り入れ、脳を活性化させる)
(5)
調べる力がつく(寿司屋の湯飲みなどを収集して魚偏の漢字を調べるなど)
(6)
言葉に敏感になる(思いがけない言葉から寄り道することで、言葉の意味に敏感になる)
(7)
読み解く力が強くなる(主人公の行動を追体験することで、物語の世界に没入できる)
(8)
好奇心が刺激され、学ぶことが楽しくなる(寄り道や追体験を通して学ぶことの楽しさを知るのが「銀の匙」授業のもっとも大きな効果だろう)
(
橋本 武:1912年-2013年、元灘高等学校教頭。旧制灘中学校に国語教師として赴任後同校で50年間教えた。伝説の灘校国語教師として2009NHKで放送され、本が2010年にベストセラーとなる)

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子どもが算数・数学好きになる秘訣とは

 算数や数学の学習において、少なくとも同一の単元では「やっていくうちに理解する」という気持ちをもってもかまわないでしょう。
 小学校での分数のかけ算や割算、中学校での因数分解、高校での微分や積分などもそうです。
 トランプや将棋などを始めるときも、初めからルールをすべて覚えてから行う人はまれでしょう。
 むしろほとんどの人たちは「やって行くうちに理解する」という気持ちでゲームを始めるのです。
 数学でも、意味を完全に頭の中に叩き込まなくても、指導されるままにまねをして計算問題、そして応用問題を解いていくうちに根本的な意味も理解していくことが少なくないのです。
 そもそも「3/4で割るということが、何で4/3を掛けることになるのか」などを真剣に考えて、その理由が分かってから初めて分数の割り算を行う子どもはまれでしょう。
 実は「やっていくうちに理解する」どころか「正確には理解しないで使っている」ものも少なくないのです。
 たとえば、2のx乗というものです。
 2の2乗は4、2の3乗は8、2の4乗は16です。
 それでは、2のπ(円周率)乗とはどのような数なのでしょうか。それに関しては、高校の数学では少しごまかしているのです。
「理解しないで使っている」ものも少なからずあることを知れば「やっていくうちに理解する」ことはむしろ立派であって、恥ずかしがることでも何でもないことがわかるでしょう。
 算数や数学の学習では、覚えなくてはいけない内容や重要な公式など数えるほどしかありません。
 たとえば、四則演算で×や÷を優先することを忘れる。
 方程式で右辺にあるものを左辺にもって行くときにマイナスを付けるのを忘れてしまうことがある、等々。
 そのように、算数や数学の学習では、覚えるべき内容や注意すべき点は少ないものの、どれもいろいろなところで幅広く適用されるものです。
 したがって、それらのうちのたった一つに関して誤って覚えていたり誤って適用する癖を身につけたりしていると、英語の単語を一つ忘れるのとちがってダメージは大きいものになります。
 それゆえ算数や数学の学習においては、重要な内容の覚え間違いをしないように心がけることが大切で、間違いに対するこだわりを大きく持った方が良いのです。
 問題の解答を間違えた場合、どこで間違えたのかを覚えていれば、悔しさが残り、次回に生かすことができます。
 これまで数多くの生徒の算数や数学の勉強をみた経験から、そのあたりが伸びるか否かの大きな分岐点だと考えます。
 どうすればよいのでしょうか。
 一つは、ノートに答えを書いていて解答が間違っていれば、間違った箇所を消しゴムで消さないということです。
 間違いを繰り返す生徒に限って、書いた部分を消しゴムで消し、最初から解こうとする悪い癖をもっているのです。
 もう一つは、テストで間違った場合は、間違った問題を正解に直すようにする習慣をつけることです。
(芳沢光雄 1953年東京都生まれ、慶應義塾大学助教授、城西大学教授、東京理科大学理学部教授、桜美林大学教授を経て桜美林大学学長特別補佐。数学の学力低下を危惧し、数学教育の重要性と充実を訴え、全国各地の小・中・高校への出前授業や教員研修会で講師を行った)

 

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協同的な学習を通して、子どもの科学的な概念は深化する

 子どもの科学概念は協同的な学習を通して深化します。
 協同的な学習とは授業における対話である。対話の表現も当然のことながら深化していく。
 対話とは、子ども同士や子どもと教師が、互いの考えを価値づけて、追究することを通して、一つのコンセンサス(合意形成)を捉えていこうとする活動である。
 例えば、小学校4年「水の三つのすがた」の学習において、次のような対話がなされた。
教師
「水蒸気を冷やすと水になることが、実はみなさんの回りで起きているのです」
「ここからどんどん蒸発しているこの水、いちばん身近に出てくるときがあるよね」
「この教室の中では、どこでしょう?」
子ども
「口」
教師
「人間の、あー、それ人間の中でしょ」
「教室の中でよくあるでしょ。どこ?」
子ども「窓」
教師
「窓だよね。窓のところに指で絵を描くことない?」
「あるよね。そのとき水滴は窓の外側と内側どちらにありますか?」
子ども
「内側」
教師
「内側だよね」
「ということは教室の中の水蒸気が何で水になったの?」
子ども
「教室の水蒸気が窓で冷やされた」
教師
「窓が冷たいのか。確かに窓は冷たいよね」
子ども
「窓の方が冷たくて、見えない水蒸気が見えるようになった」
教師
「なるほど。付けたしをどうぞ」
子ども
「教室の中と外の温度が違うから」
教師
「どう違うんですか?」
子ども
「教室の中が暖かくて、外が冷たいから」
「教室の中の暖かい空気にある水蒸気が外の冷たい温度にひ冷やされて、それがだんだんたまって水滴になる」
 ここでの対話は、水蒸気が液化される概念を子どもに定着させる指導と評価といえる。
 子どもは教師による発問を通して、水蒸気が液化される状況を細かく分析し、表現していった。
 対話の中で表現が深化していく様子がうかがえる。
 産婆術にも似た、教師による子どもの表現の背後にある考え方の発掘が、こうした表現を可能にしたのである。
 すなわち、子どもの表現にあるものを教師は徐々に科学の世界へと翻訳していったのである。
 対話を通した表現の深化は、科学概念へ至る子どもの表現である。
 子ども一人ひとりが科学概念の内容について自由なイメージのもとで説明し、表現しようとしている。
 これこそ、今日求められている、理科授業における思考力・判断力・表現力の育成である。
(
森本信也:1952年生まれ、横浜国立大学名誉教授、専門は科学教育)

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国語:ユーモア詩の授業で人と人のつながりの楽しさを味わう

 増田修治はユーモア詩の授業を10年間続けている。週2,3回、詩を作る宿題を出し、その中の何編かを学級通信に載せて、授業で読み合う。みんなの挙手で「花まる」「二重まる」などの評価を決める。1年間で書く詩は、一人100編近い。毎学期、詩集にして父母にも感想を書いてもらう。
 「詩を書いたり読んだりするうち、親子関係も変わってきます。人間ってすてき、と思ってほしい」と増田先生はいう。
 増田先生は教師になってしばらく「いい詩」の作り方を教えていた。でも、荒れた学級を担任し「いい詩はすごいなあで終わって、それぞれの子に響かない」と感じた。
 その後、日常の出来事を題材に、人と人とのつながりの楽しさを味わう「ユーモア詩」に切り替えた。
 しかし、子どもたちに突然「詩を作って」と言っても、なかなか書けません。新しいクラスを受け持つとまず「呼び水」の言葉を使って詩を書かせます。
 たとえば「はずかしいけど、言っちまおう・・・」という言葉。「今のことは書きにくくても、この言葉に続いて幼い頃の失敗談を書いてもいいんだよ」と言うと、おもらしのことなど、わりと素直に表現していきます。
 そのほかにも「覚えているよ 忘れない・・・」と心の記憶を引き出したり、「ぼくは怒ってる・・・」と感情の言葉から始めさせたりした。そのうち、だんだんに、今の生活を見つめ、胸のうちも表現していけるようになっていきます。
 詩の題材になることが多いお父さん、お母さんが心のからを破ることも大切です。
 失敗しても、はずかしくても、人と人とがありのままつながっていることがすばらしい。詩を通して、親子で感じてもらえたら、と思います。
 たとえば、「おおかみさん」という詩を作った男の子が次のように読み上げた。
「お父さんが電話で友だちに『うちのかみさんが・・・・・』とお母さんのことを言っていた。ぼくは『ぎゃあぎゃあうるさいから、おおかみさんだろ』と思った」と。
「みんなのお母さんうるさい? どれくらい? 犬ぐらい」とおどける先生。
「鬼ぐらい!」教室が笑いでいっぱいになる。
 つぎは、いよいよ今日のテーマで詩を作る。「夢を見ている様子」「思わず口ずさむ歌・口ぐせ」・・・などのテーマを書いたプリントが子どもに渡された。
 わずか5分後「できた人は見せにきて」という先生の前に長蛇の列ができた。先生が選者になって、また披露会。先生の失敗談を交え盛り上げる。
(
増田修治:1958年生まれ、埼玉県公立小学校教師(28年間)を経て白梅学園大学教授。「ユーモア詩」を中心に学級づくりを進めた。児童詩教育賞(日本作文の会)を受賞)

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国語科:教材を読むとき一回一回「初心で」読むと発見があり感動が生まれる

 教材を読むとき、その一回一回を「初心で」読むことが望ましい。そうすることによって読む度に新たな発見があり、感動が生まれるからである。
読みを進めながら、私はつぎのようなことをする。
(1)
ほ、ほう、と思った所に線を引く。
(2)
いい表現だなあ、すばらしい言葉だなあと思った所に波線を引く。
(3)
これはキーワードだ、と思った所を四角で囲む。
(4)
ここは大事なところだ、この表現の言葉が分からなくてはいけない、というような所には小さな○を連ねたりする。
(5)
子どもには、この意味は分かるまい、難しいだろうなあ、と思う所には◎を連ねたり、「?」をつけたりする。
 私は、授業をする教材については、どんなに少なくとも二十回は通して読むだろう。苦痛ではない。楽しいのである。そんなことをしながら、授業をする場面や箇所を絞りこんでいく。
 授業で使うところは、私の場合、子どもの「向上的変容」が実現できる可能性が高い所ということになる。それは、要するにつぎのような所である。
(1)
子どもには、とてもこの深い意味は分からないだろうという所。あるいは、そういう所が含まれている表現。
(2)
子どもは、きっとこの所は勘違いをして誤読をするのではあるまいか。私が指導を加えなければ、きっとその誤りに気付かぬままで終わるだろうという場所。
(3)
子どもの力ではきっと浅く、狭く、断片的、羅列的にしか理解できないだろうというような所。
 要するに、子どもの力だけでは、「読み過ごす」「読み流す」「浅くしか読みとれない」「誤った読みとりをする」「偏った読みとりをする」「羅列的に読みとり、構造的には読みとれない」だろう、という所を私は授業場面に選ぶのだ。
 換言すれば「子どもの、不備・不足・不十分」が生ずるであろうという所を、何度も読み返しながら探し当てるのである。というよりも、何度も読んでいると何となくそれらに気付いてくる。それらが見えてくる、のである。
(野口芳宏:1936年生まれ、元小学校校長、大学名誉教授、千葉県教育委員、授業道場野口塾等主宰)

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理科:探究のために知識を与えておくことが熱中させるポイント(中学校)

 「探究のために知識を与えておく」ことが、探究活動で生徒を熱中させるポイントになる。
 今回は「化学式」という知識を事前に与えておく。化学式を先に教えることにより、根拠のある予想ができるようになる。
 炭酸水素ナトリウムを加熱して分解する実験がある。教科書には、用意するものとして石灰水と書いてある。これでは実験する前から、発生する気体は二酸化炭素と分かってしまい、おもしろくない。知的興奮とはほど遠い。
これを、つぎのように展開するだけで、生徒は探究的に取り組む。
(1)
物質は原子からできていることを先に教える。
(2)
炭酸水素ナトリウムの化学式(NaHCO3)を教える。
(3)
化学式を根拠に、できる物質を予想させる。
(4)
予想した物質を確かめる方法を考える。
(5)
自分の予想が正しいか実験で確かめる。
(6)
予想外の結果になったら、次の予想を立て、再び実験で確かめる。
 化学式を先に教えることにより、根拠のある予想ができるようになる。
 理科は、根拠・理由を大切にしたい。生徒たちは、水素や酸素、二酸化炭素の他、炭素、ナトリウム、水も予想する。
 発生した気体を集め、わくわくしながらマッチで火をつけてみたり、火のついた線香を入れてみる。教科書にある「石灰水を入れて振りなさい」という指示にしたがっただけの実験とは違う。緊張感がある。
 火が消えてしまうと「あっ」と声があがる。「酸素じゃないんだ」と納得する。その「○○でない」という考察も記録するように指示しておく。それが科学である。
 「火が消えたから、二酸化炭素かもしれない。石灰水で調べよう」と、つぎの探究へと進む。
 何の知識もなしに「調べなさい」といわれても、生徒はとまどうだけだ。
(小森栄治:1956年生まれ、埼玉県公立中学校教師を経て日本理科教育支援センター代表。「理科は感動だ」をモットーにした理科授業でソニー賞最優秀賞を受賞。また埼玉県優秀教員表彰を受ける)

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算数(小学校):どこでハテナをだすか

 算数の授業のどこでハテナをだすか。
 社会や理科などでは「ハテナ」は初っ端から出すことが多いですが、算数はそうとはかぎりません。はじめから出すときもあれば、しばらくしてから出すときもあります。
 「ハテナ」を出すタイミングのパターンをいくつも持っていると、それだけ授業の幅が広がります。
 例えば、ここに1円玉があるとします。さて、この1円玉。まわりの長さは何cmだと思いますか? 授業では、子どもたちにいきなり問いかけます。「何cmだと思う? 直感でいいよ」「直感でいいから」と言うと、子どもたちは安心します。子どもたちは平気で間違えられます。
 ここは全員に自分の想いをもたせたいので、子どもを指名するのではなく、全員に手を挙げさせます。「周りの長さが、1cmだと思う人?」「じゃあ、2cmだと思う人」「3cmだと思う人」「4cmだと思う人」・・・・このように、7cmくらいまで聞いてあげると、子どもたちはどこかで手を挙げます。
教師「1円玉のまわりの長さ。答えは4cmです。見えますか?」
子ども「見えな~い」「やった、当たった」
教師「・・・・というのは、ウソです。本当は10cm」
子ども「え~!」「それもウソだ」
教師「よくウソと見抜いたね、そうです、ほんとうは6cmちょっとでした」
このやり取りだけで、クラスはにわかに活気づいてきます。
 それにしても、私の指でつつまれた1円玉。とても6cmには見えません。
「本当に6cmなのか?」
「もしかしたら、それもウソなのでは?」
・・・・子どもたちの頭の中にも、そんな疑問が浮かんできます。
 ちょっとした私の冗談が、子どもたちをさらに悩ましたわけです。
「1円玉のまわりの長さは、本当は何cmなんだろう?」
 これが「ハテナ」になります。ハテナが生まれたら、子どもたちは動き出します。どうにかして、1円玉のまわりの長さを調べようとします。
 そこで1円玉を配布します。ある子が1円玉を転がしていました。解決への糸口発見です。私は「おっ、なかなかおもしろいことをしているね」と、その子の活動を取り上げました。皆が真似し始めます・・・・。
 あとは、動き出した子どもたちを見守りながら「なるほど」までをうまく舵取りしてあげるだけです。
(
細水保宏:1954年神奈川県生まれ。横浜市立小学校教諭を経て、筑波大学附属小学校副校長)



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仮説実験授業とは

 1963年に板倉聖宣氏によって提唱された。問題にいくつかの予想(仮説)を立て、みんなで討論し、結果(答え)を実験で確かめていくことを繰り返して、科学(自然科学、社会の科学)の基本的な概念や法則を教える授業です。
 一流の科学者がその法則を発見した道筋(問題意識・思考・感動)を追体験する授業であるともいえます。
 仮説実験授業では,たとえそのことが真理であっても子どもに押しつけてはいけない,押しつけないからこそみんなのものになるのだという考えでやってきています。
 板倉さんは授業書を作るとき、一番もとにしているのは,「子どもたちが興味を持つかどうか」「子どもたちが,おもしろく思って,授業に参加してくれるかどうか」ということだけです。
 従来の教科書を使ってする授業とは違います。「授業書」とよばれる印刷した紙を使います。授業のときにわたします。教科書・ノートをかねています。教師にとっては指導書でもあります。
 「授業書」は小学校低学年から大人までけっこうたくさん作成されています。小さい子どもへの仮説実験授業への入門にいいのが〈くうきと水〉。環境問題をあつかった〈食べ物とうんこ〉。力学入門の〈ばねとその力〉は有名な仮説実験授業の代表的な授業書です。
 予想と討論→実験による検証、という定まったパターンで授業をすすめてゆきます。
 現在では理科の授業書に限らず、いろいろな教科や高校での授業プランなども作られています。ホームルームや道徳の教材もあります。
 『仮説実験授業のABC』(仮説社)をご覧ください。授業書やその入手方法、授業の思想・運営法など書かれています。授業をするまえにぜひ読んでいただきたい本です。
 板倉さんは「仮説社」の設立・運営にも参画され、雑誌『楽しい授業』(月刊)などに精力的に教育や学校、授業に関する文章を執筆されています。全国の小・中・高校で実施しているところもあります。
(
板倉聖宣:1930年生まれ、国立教育研究所物理教育研究室長を経て「仮説実験授業」を提唱。仮説実験授業研究会で教師の協力を得て「授業書」(テキスト)を多数執筆、私立板倉研究室室長)


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