カテゴリー「学校経営と組織」の記事

校長のあり方が学校を変える

 野口克海先生の印象を一言でいうと「スクルウォーズからそのまま飛び出してきた先生」というのがぴったりでしょう。
 叩き上げの教育論は実が詰まった具体的な話が多く、講演会での講話に涙が出るほど感動する。
 熱血先生なので学校の荒くれどもとのエピソードが耐えません。
 中学校に赴任早々に、職員室の机でふんぞり返っていた生徒に灰皿で殴られ、血まみれになって取っ組み合いをした話。
 勉強を一切しなかった落ちこぼれが「俺やっぱり高校行きたい」という告白から、毎夜泊まり込みでの特別個人指導をした話など、下手な落語家よりよっぽど面白い。実体験だというのだからさらにすごい。
 全国各地から講演に呼ばれ、本当に教育熱心先生です。
 野口先生の実体験からの講演内容には必ずと言っていいほどの共通項があります。
 それが「絶対に生徒を裏切らない。どんな状況でも子どもを信じ抜く」という姿勢でした。
 野口先生には言葉では言えない「覚悟」の強さを感じます。それはその信念があるからでしょう。
 その信念があったからこそ、決断力もまた大きい力がありました。
 野口克海先生が中学校教師のときに仕えた三人の校長はタイプが全然違っていました。
 望ましい校長像というのは、それぞれの持ち味でいいのだと思うと野口先生はいいます。
 三人ともそれぞれ何か一つほれさせるものを持っていた。
 一人は「ハート」、二人目は「冷静な判断力と知恵」、三人目は「力」にほれました。
 校長は自分の持ち味のなかで、教職員に、なるほどと思わせるものを持っているということが、大事なのだと野口は思っています。
 この三人に共通していることは、自分のいる学校をよくしたいという情熱を持っていたことです。
 野口先生は、校長先生たちを前にして次のような話をされたことがあります。
 赴任したらまず校長室に入らずに、主事室や給食室に挨拶に行き、その後は不登校の生徒の家を家庭訪問して、
「今度赴任した校長です。きみが登校したときに、このおっちゃん、誰やと思わないように挨拶に来た」と、言いなさいとのことです。
 野口先生は、心がけが違うというか、本当に子どもたちのことを一番に考えている人なんだなあと思います。
 校長の哲学として「静」と「動」があると野口先生は次のように言います。
「静」というのは「動かざること山のごとし」です。
 野口先生は、全日本中学校長会会長の話を聞いて、なるほどだなと思いました。
「うちの学校はゴミ拾いで学校を立て直した。やんちゃな子も、近所の方からありがとうと言われ、ほめられたことのない子が地域でほめられる」、
 だから「学校の特色は何ですか」と問われたら、「ゴミ拾いです。それで学校を立て直しました」と答えています。
 いろんなことをしなくても、うちの学校はこれでいくという学校長の信念。それはすばらしいことだと思います。
 私はこういう学校をつくりたい、私はこういう子どもを育てたいという動かざること山のごとしという校長の信念です。
 もう一つは「動」でありますが危機管理の問題です。
 野口先生が教育委員会に勤務していると、学校の様々な事故や事件が起こったときの初期対応のまずさ、危機管理の不徹底で、こじれて教育委員会に問題があがってくるときがあります。
 そのときは、手のほどこしようがないほど、保護者の不満やら苦情が渦巻いているという状態で、教育委員会のところに来ます。
 じっと事件や事故の報告を見ていたら、ああ、これが起こった最初の日に、校長先生が足を運んでいてくれたら、全て解決していたのになあと思います。
 初期対応のまずさという危機管理の問題です。
 学校経営が非常に複雑な今の時代で、様々な保護者がおられ、どれだけ日頃から危機管理がなされているかどうかということが問われています。
 十分に学校の危機管理の体制は整えておくべきだと考えます。
 ある校長先生にお聞きしましたら、私は必ず保健室の保健日誌は、一日一回必ず報告させ、今日は何という名前の子がケガをしたか、目を通して印を押すことにしているということです。
 学校がきちっとしているということも、大事だろうと思います。
 そういうことも含めた危機管理の体制を整えることが、今日、非常に重要になり必要になってきています。
 野口先生の好きな言葉は、「骨太、信念、協調、細心大胆」です。日ごろ仕事上で野口が思っていたことは、
(1)ドンとこい、ということです
 どんなことがあっても、うろたえるなということです。
(2)部下の面倒はちゃんとみるということ
 きちっと面倒を見て、安心して働いてもらうこと。
(3)自分を開くということです
 自分の思いや願いは絶えず職員に全部、話をします。トップに立つ者がどっちを向いて走っているのかを、部下の職員が知らなかったら、みんな困ってしまうからです。
(4)人間としてのつきあいも大切にします
 自分の弱さやプライベートなことも職員の前で裸になるというふうにしている。
(5)人を信頼する
 人を信頼しきって任せていくということが非常に大切です。任せてどうするのか考えさせます。責任は私が取ります。とことん信頼します。
(6)五、三、二
「五つ教えて、三つほめ、二つ叱って人を育てよ」と言われます。
 これは、いろんな意味があって、叱るよりもほめる方を多くしなさいよという意味もありますが、同時に最低二つは叱れよということです。
 先輩教師が若い教師を叱らなくなったと言われています。
 私はできるだけ、明るく、ネアカで仕事をするように心がけ、みんなの前で明るく大声を出して怒りまくります。
(7)不安と孤独
 長のつく者は不安で孤独です。人からどう思われているか、非常に気になる。
 確かに気にはなりますが、お互い気の弱い人間ですから、割り切るようにしています。
 割り切って、好かれなくてもいいと思うようにしています。
 まず、優先順位は、職務をきちっとやり切ることが、本来の仕事ですから、好かれようが嫌われようが、仕方がないと割り切るようにしています。
(野口克海:1942- 2016年大阪市生まれ、大阪府公立中学校教師、大阪府教育委員会課長、堺市教育長、大阪府教育委員会理事、文部省教育課程審議会委員、園田学園女子大学教授、大阪教育大学監事、子ども教育広場代表)

 

| | コメント (0)

指導者にとって自分を高めるために大切なことは何か

 指導者として仕事が好きであるということが一番大切だと思う。
 指導者は決して楽なことはない。文句をいう人もいれば、反対する人もいる。その中で仕事をしていくのだから、ずいぶんと気の疲れることである。
 まして、いろいろな困難が次つぎと生じ、それに的確に対処していくことは大変なことである。
 だから、それを大変だな、苦労だなと思う人は、指導者にはなれない。
 そういう、他人からみれば大変な苦労でも、本人は楽しんでやっているのだから、いくらやっても疲れることがない、いいかえれば、そのことが好きであることが必要なのである。
 この「好き」ということは、何をやるにしても一番大切だと思う。
 指導者は自分の利害とか感情というものをすて去って、何が正しいかを考え、なすべきことをなしていくところに、力強い信念なり勇気が湧き起こってくるといえよう。
 指導者として、人を動かすには、根本に正しい理念、方針をもたなくてはならない。そういうものがなくて、人を動かすことはむずかしい。
 けれども、正しい考え、主張であれば、人は何でも受け入れ共感してくれるかというと必ずしもそうではない。
 それを強引に相手に押しつけようとすれば、反発を招くこともある。説き方、訴え方が大切で、説得力が必要になってくる。
 根底に何が正しいかという信念を持ち、時や場所を考え、相手を考え、情理を尽くした配慮があって、はじめて主張や訴えが説得力を持ってくるのだと思う。
 人間は、疑いの気持ちを持って人に接すれば、そのように人は反応し、信頼の気持ちを持って接すれば、人はうれしいと思う。
 指導者はまず、強い信頼感を持って人に接するということがきわめて大事だと思う。
 たとえ裏切られても本望だというぐらいの気持ちがあれば、案外に人は信頼にそむかないものである。
 何か事をなしていく場合に、信用というのはきわめて大事である。「あの人なら大丈夫だ」といった信用があれば、容易に事が運んでいくだろう。
 自分が信用しない人には、誰もついていかない。信用している人には、ついていこうとする。
 指導者は私情をすて、きびしさとやさしさが必要である。
 すぐれた働きや成果があればほめ、あやまちがあれば叱ることが適切に行われてはじめて、集団の規律が保たれ、人々も励むようになる。
 やさしさばかりでは、人々は甘やかされて成長もしない。かといってきびしい一方では、うわべだけ従うというようになって、自主性をもってやるという姿が生まれてこない。
 だから、ほめ、叱るということはぜひとも行われなくてはならないし、適切、公平になされなくてはならない。
 軽すぎては効果がうすく、重すぎても逆効果ということになり、まことむずかしいものである。
 きびしさはなるべく少なく10~20%ぐらいにして、きびしさがみんなによく浸透していることが望ましい。人情の機微に通じてこそできるのだと思う。
 そのさい、大事なのは私情をはさまないということだろう。私情が入っては納得させることはできない。
 適切にできれば、それだけで指導者たり得るといってもいいくらいである。
 指導者は、たえず自問自答していくことが大切である。
 指導者はあやまちのないように、毎日自分の行いについて、自らに問い、自ら答えるということをくり返していかなければならない。
 自分一人ではわからない場合は、他の人にたずねてみる。
「自分はこう考えているが、どうだろうか」と。得た答を自分自身の考えに加味して検討していくということを重ねていけば、あやまちを少なくやっていけるのではないかと思う。
 人にはそれぞれにちがった持ち味がある。
 一人として全く同じということはない。
 他の人の通りにやったらうまくいくかというと、そうではない。むしろ失敗する場合が多いと思う。
 人のやり方をそのまま真似るというのではなく、それにヒントを得て自分の持ち味に合わせて生かすことが大事なのである。
 すぐれた指導者は、組織の中で一番謙虚で、感謝の心がつよいように思われる。
 私がお会いした、すぐれた成果をあげておられる指導者に共通していることは、どの人もまことに謙虚で、きわめて感謝の念にあつい人である。
 人につねにそうした態度で接しているので、だれもが好感を持つから、多くの人々の知恵があつまってくる。
 それが会社を発展させる最大の力になっているのだと思う。
 指導者にとってその大切さが改めて痛感された。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

| | コメント (0)

学力が上がり、仲間とつながっている中学校は、どのような実践をすれば実現するか

 兵庫県の都市部にある公立U中学校は校区に同和地区を持ち、荒れを繰り返していたが、敏腕校長が赴任してきて、学校を大胆に立て直しつつあった。
 私はそのU中学校を調査するため1年間にわたって頻繁に訪れ、つぶさに見ることができた。
 つぎのような教職員のセリフは今でも私の胸に焼きついている。
校長
「うち先生方には、ほんまに感謝しています。ケンカするときもあるけど、腹の底ではわかりあっている。学校を思う赤い血が流れていることがよくわかる。私はしあわせもんや」
中堅教師A
「何かで生徒に勝たないと、指導なんてできない。情熱で勝つ、愛情で勝つ、腕力で勝つ、ウデで勝つ、何でもいい、勝たなイカン」
中堅教師B
「勝負の分かれ目は『やめとけ』と注意したときに、やめるのか、無視するのか」
「どろどろしたところに手をつっこんでいかんとダメ。やっぱりどこまで関わっていけるかやね」
「そら、しんどいでっせ。そのかわり、ぐぐっと手ごたえあったときはたまらんね」
 中学校は小学校よりむずかしいというのが私の印象である。荒れを見せはじめたら、お手上げである。
 思春期を迎える中学生たちは「自我」をもちはじめ、大人たちを批判的に見るようになってくる。心は不安定になりやすく、地道に勉強に取り組むことや、毎日コツコツ努力を続けることに、疑問を抱きがちになる。
 中学校の新入生たちに導入されるのは「中学校の規律」である。「授業規律」や「生活規律」という言葉がU中学校では日常的に使われる。
 小学校では家庭的なあたたかな関係のなかで子どもは生活することができるが、実社会がより近くなる中学校では、それだけでは足りない。
 U中学校のある教師は「家族的なつながりをどっかで切るのが中学校だと思う」と語ってくれたが、中学校では「きびしさ」や「ドライさ」といった社会の論理を生徒たちに経験させることが必要になってくるのである。
 U中学校では、手間ひまをかけて生徒との信頼関係を築くことで「指導」が通る状況をつくっている。
 生徒との信頼関係を築くことが今も昔もかわらぬ生徒指導の鉄則だと思われる。
 生徒たちがよく職員室に来る。質問や相談に来るたけでなく、ただしゃべりに来たり、休み時間に来たりということも多い。
「同和地区の子を真ん中にすえた学級づくり」の伝統を持ち、教師と生徒との関係はかなり親密なものになっている。
 U中学校では徹底した基礎学力保障の仕組みが整えられている。具体的には、
(1)「家庭学習の手引き」で、家庭と学校が協働して家庭学習の取り組みを進める。
(2)「習得学習ノート」を活用し「授業に結びついた家庭学習」を定着させることによって、自学自習の育成を図る。
(3)「学習を振り返って」により、学習に対する意欲・関心を引き出す自己評価とアドバイスを全教科で実施する。
(4)学力診断テストと生活実態アンケートから生徒一人ひとりの課題を把握し、指導方法の効果測定と工夫改善へつなげる。
(5)中学校区における小中連携から、指導方法の改善と、学びの継続性を図る取り組みを推進する。
(6)国数英で少人数授業、放課後の補充学習、個に応じた指導等
 U中学校の学力向上の取り組みは、きわめて体系的・組織的に展開されており、とりわけ、家庭訪問・補充学習・その背後にある個別学習を軸とする。
 低学力層の底上げ策は徹底し、成功している。
 こうした成果を生み出す秘訣は、教師集団の結束力・チームワークの高さにあると思われる。
生徒指導担当教師
「伝統的に組織で動いています。『すまん。来てくれ』と言ったら10人くらいどーんと動きます」
「個人の教師の力量で解決するんじゃなくて『私の足らん部分はあなたが補うてくれ』と」
「教師集団が個性を生かしながらやっていこうとするシステムが学校の中にありますね」
「組織として対応する。それを忘れたらあかんと思います」
校長
「先生方も個性があり、関心も力量も違ってます」
「今までの中学校には、スーパーマン的な教師がいたり、毎年同じ取り組みの繰り返しといった消極的な学校運営になっていたと思います」
「今求められているのは、新しいことにチャレンジしながら、教育課題に総合的にアプローチするような学校システムをつくることやと思います」
「すべての生徒を意識した方針か、教師集団として取り組める方針か、恒常的に取り組めるシステムをつくっているか、を常に点検しながら、新しいビジョンが求められているんです」
「生徒や教師や地域とともに新しい学校をつくっていこうという意欲が、子どもや教師をエンパワーすると思うんです」
 教師たちは忙しく立ち働いているが、多くのやりがいを感じ、達成感を得ることができているようである。
 そのようなことは、中学生たちとの日々の関わりのなかから出てきているに違いない。
 U中学校では「集団づくり」「仲間づくり」が徹底的に大切にされている。
 学級の中に「居場所」があってこそ生徒の目は輝くのであり、仲間との切磋琢磨のなかでこそ、学力や社会性が大きく伸びていくからである。
 U中学校には、ありのままの姿を受け入れてくれる仲間・友だちがいる。
 そのような「きずな」は、教師たちの信念とチームワークが創り出す「仲間とつながる」ことを徹底的に大事にするU中学校の空間が、子どもたちにそのような気持ちを起こさせるのである。
(志水宏吉:1959年兵庫県生まれ、大阪大学人間科学研究科教授。専門は教育社会学・学校臨床学)

 

| | コメント (0)

リーダーはピンチになっても、常に前向きで明るくなくてはつとまらない、どうすればよいか

 現在の学校現場は、課題が山積しています。
 しかし、リーダー(管理職)があきらめて暗くなってしまえば、その組織は本当にダメになってしまいます。常に前向きで明るくなくてはつとまりません。
 自分が勤務している学校を好きになることが、学校をよい方向に導き、子どもや教職員を伸ばすための最大の方法です。
 学校が好きということは、子どもや教職員のことを好きということです。
 好きになれば、子どもや教職員の弱点や不足を克服させるための仕組みづくりや指導にも、愛情と熱意が込もります。
 たとえ、子どもや教職員が失敗しても「成長の糧」「もっといい方法があるはず」と、前向きに考えることができます。
 リーダー(管理職)が学校や自分を好きでいてくれるとわかれば、子どもも教職員も期待に応えようと頑張るようにもなります。
 学校が好きというリーダー(管理職)が明るく前向きな姿勢の学校をつくるのです。
 リーダー(管理職)は、教職員の指導法や授業、子どもに対する言葉づかいなどが気になるものです。
 責任が自分にかかってくるというプレッシャーから管理的になる人もいるかもしれません。
 しかし、ことあるごとに伝えると、正論で、その人のためだと思っても「細かいことで口うるさい」「監視されているようだ」と思われてしまいます。
 ここぞというときは、厳しく指導しなくてはならない場合もありますが、ある程度のことは、おおらかに見てあげるくらいで丁度です。
 たとえば、少々気が利かないのはおおらかな証拠。整理整頓が行き届かないのは、子どもの指導に熱心で忙しいからと、プラスの方向で教職員を評価するように努力しましょう。
 物事を前向きにとらえる人は、ピンチになっても、決して悪い方向に考えません。
 最悪の事態を想定しながらも、冷静に次々と的確な対応をしていきます。
 その対応の仕方によって、たとえば、クレームつけてきた保護者が学校を信頼するきっかけになったというような事が起こります。
 学校のリーダー(管理職)は「ピンチをチャンスに変える力」が必要です。
 組織のリーダーが暗く沈んでしまっては、解決できるものも、できなくなってしまいます。
 少々のピンチがやってきても、その状況を楽しむ。教職員の団結力が強まる機会になると思う。自分自身の経験と力量アップの糧になると考える。
 それくらい、前向きに構えることをめざしましょう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校校長。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

| | コメント (0)

秋田県が全国学力トップクラスである要因は「探求型授業」と「共同研究システム」にある、どのようなものか

 秋田県は2007年以来、全国学力調査で全国トップクラスの成績を残してきた。
 その要因として「子どもたちの授業姿勢のよさ」「家庭学習が充実」「学校・家庭・地域の連携」などがある。
 なかでも重要なのが「探求型授業」と「共同研究システム」である。
1 探求型授業
 探求型授業は、子どもたちの、話し合い、意見交換を重視した授業である。
 例えば、次のような授業スタイルである。
(
)導入(学習課題の設定)
 教師と子どもたちで学習課題を決める。
(
)展開
1.
自力思考
 子どもたち一人ひとりが思考を展開する。
 自力思考がむずかしい子どもには教師が援助を行う。
2.
グループで対話
 すべての子どもが考えを持てた段階で、4人程度のグループで、考えを出し合いながら対話をしていく。
3.
グループの発表
 ある程度グループでの対話が煮詰まったら、各グループの状況を学級全体に発表する。
4.
学級全体で学び合う
 各グループの発表を、教師と子どもで整理し、共通点、相違点、論争点を明確にする。
 そのうえで、学級全体で学び合う。再度グループの検討に戻す場合もある。
 グループの対話や学級全体の学び合いの過程で、教師は必要に応じて
 ・助言をし、発問をする。
 ・「ゆさぶり発問」をする。
 ・重要な点を取り出して、再度全体の課題として返す。 
(
)授業の終末
 授業の終末で、構造的な板書を振り返りつつ、それまでの探求を振り返る。
 そのうえで、子どもたちは自分の学びを振り返り、文章にし、発表し合う。
 そういった探求によって、より高次の試行錯誤、判断・批判、推理・検証、発見・創造が展開される。
2 共同研究システム
 探求型授業は、深く豊かな教材研究、具体的な目標・ねらい・切れ味のある学習課題や指導言、グルーピングなど、通常の授業以上に高度な指導を求められる。
 そのため、教師一人ひとりの準備が必要となる。
 しかし、一人の努力だけでは限界がある。教師同士が共同して探求型授業をつくり出していく必要がある。
 秋田県では優れた共同での授業研究システムがある。
 そのシステムのなかで、若手教師も質の高い探求型授業を展開する力をつけていく。
 共同研究システムは、校内研究会、小中連携研究会等で研究授業を行う場合、
「事前研究」→「研究授業」→「ワークショップ型検討会」→「事後研究」
が基本となる。
 はじめは学年、教科で研究チームをつくる場合が多い。少しずつ学年や教科を越えた合同研究チームをつくっていくと効果的である。
 教科の専門性は重要である。しかし、専門外だからこそコメントできるというよさもある。
(
)事前研究
 研究会前までの事前研究が重要である。これが授業研究の成否を決める。
 事前研究の弱い授業研究では限られた成果しか得られない。秋田県ではていねいに行う。
 そのために研究チームをつくり、次のような項目について、ていねいで厳しい検討を行う。
1.
教材選択
 単元の系統性を意識しながら、教科書等から選ぶ
2.
教材研究
 深く豊かな教材研究が探求型を実質化する。
3.
目標・ねらいの決定
 この具体性が授業設計を緻密にする。
4.
指導計画の作成
 単元全体の指導過程と到達点・各授業の到達点。
5.
本時案の作成
 はじめは本時の大きな流れから始め、次の細案に進む。
6.
本時案を具体化した細案の作成
 学習課題、指導言、板書を含む
7.
細案に基づくプレ研究授業
 研究チームで授業を行う。教師が子ども役になり実際の流れで授業をしてみて検討し合う。
(
)研究授業
 教師全員が参加する。授業を撮影し映像記録をとる。
(
)研究授業後のワークショップ型授業検討会
 もちろん教師全員が参加する。教科や学年が違う教師が授業検討にかかわることが鍵になる。そのために「ワークショップ型」検討会が有効である。
 まず、教師全員が付箋紙に授業についてのコメントを記入する。
 例えば、授業で評価できる点について水色の付箋紙、課題・改善すべき点はピンクの付箋紙を使う。その2種類の付箋を持ってグループごとに集まる。
 グループ編成は、学年や教科、研究メンバーは分散させる。
 各グループには司会役のリーダーを置く。授業の優れた点と課題・改善点を鋭く抽出する役割を担う。
 模造紙に付箋を内容別に分類しながら貼り付けていく。それらをマジックインキ等で囲み、グループで検討を深めていく。
 全体会で各グループが発表する。
 多くのグループから出された課題・改善点が見えてくる。とくに重要な点については、再度グループで検討する時間を取ることが効果的である。かなり多様な代案が出てくる。
(
)事後研究
 授業を撮影した映像記録を使って、授業研究会の少し後に事後研究をすると、授業の成果と課題・改善点が具体的により鮮やかに見えてくる。
 研究チームで映像を再生しながらリフレクションを行う。
 授業のポイントとなる部分で再生をストップし、検討会で指摘された点を再度確認しつつ、新たな優れた点と課題・改善点を発見していく。
 以上のような共同研究によって若手教師を含め多くの教師が高い授業力を獲得していく。
 主体的、対話的で深い学びを有効に授業に生かせるかどうかは、共同研究を実質化できるかどうかにかかっている。
(
阿部 昇:1954年生まれ。秋田大学教授、附属小学校校長も勤める。専門は国語科教育学。全国大学国語教育学会理事。日本NIE学会理事。秋田県内の小中学校を数多く訪れ、全国学力テストの好成績について分析。私学中高校での教師経験もある)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

若手教師がぐんぐん育つ秋田県と福井県は、どのようにしているのか

 どの県でも、優秀な校長の学校では、教師が育っている。
 特に、秋田県と福井県は、若手教師を育てる校長・学校が多い。校長のリーダーシップが高く、目的意識が一致して授業研究に取り組んでいる。
 秋田県と福井県は、学校経営がすぐれていること、教師間のコミュニケーションが活性化し、目的意識が共有され、若手教師が育っている。
 秋田教育は、つぎのような3大要素がある
(1)
授業の開始時における「めあて」の明示
(2)
授業中の協議時間の確保
(3)
授業の終了時における「まとめ」と「振り返り」
 全国学力・学習状況調査では
(1)
授業の冒頭で目標(めあて・ねらい)を示す活動を計画的に取り入れましたか
(2)
学級やグループで話し合う活動を授業などで行いましたか
(3)
授業の最後に、学習したことを振り返る活動を計画的に取り入れましたか
などの項目が学力と有意な相関を示していて、しかも「よく行った」と回答する学校の割合が秋田県がトップクラスとなっている。
 それに対して、福井教育はわかりにくい。「福井らしさを探る会」の探求で明らかになった福井教育の強みは、教え方よりも校内体制にある。
(1)
単元ごとに教えるべきことがらが教科会や学年会で共有されているため、教師みんなが同じ教え方で子どもに接する。
(2)
授業の進度に合わせて宿題が出される。年間計画の元に出される宿題もある。
(3)
宿題のチェック体制が緻密だ
 毎日のチェックと宿題を忘れた子どものフォローが教師たちのチーム体制のなかで実施されている。
(4)
学年会や教科会を機能させるための校長の配慮が深い
(5)
市町の教育長は校長たちの学級担任のような存在である
 校長の資質を引き上げるために、教育長は校長一人ひとりのことをよく理解し、足繁く学校に通っている。 
 秋田県も福井県も教師集団の結びつきが強い。秋田県は校内研修を通じて、福井県は教科会や学年会を通じた結びつきが強い。
 秋田県は授業研究や学力調査を学校全体のPDCAサイクルに組込んでいる。
 年度当初に研究テーマを策定するが、それを具体化するのに年度当初に実施される全国学力調査を活用している。
 調査実施後は、すぐに自校採点し、学校の課題を明らかにして研究構想を具体化する。
 研究構想に従い各教師が研究授業を準備するが、学校全体の研究テーマを深める観点で授業の準備、公開、事後検討のサイクルを流していく。
 教師たちは研究授業の指導案検討と事後協議を通じて学んだものを日々の授業に反映させている。
 福井県の授業研究も秋田県と同様に流れているが、それに加えて学年会や教科会の結びつきも強い。
 学年会や教科会のなかで、教師たちは年間計画の策定、進度の調整だけでなく、指導方法の情報交換も行っている。
 このようにして若手教師は鍛えられ、育っていく。
 秋田県総合教育センターの初任者研修の資料を見ると、板書や授業の進め方に関するマニュアル的なものはなく
「なぜ、ねらいを設定する必要があるのか」「探求型授業とはどのようなものか」などの本質的な内容の解説がある。
 板書はどうやって鍛えているのかと尋ねると「学校で指導されているからセンターでは不要」とのことだった。
(
千々布敏弥:文部省、私立大学教員を経て、国立教育政策研究所総括研究官、調査研究協力者会議など多数の文部科学省関係委員を歴任
)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

多くの教師が求めている校長とは、どのような校長か

 人事考課の導入に伴って、職員室の雰囲気が悪くなっている学校が少なくないと聞きます。
 そんな学校では、管理職と教師の関係が、管理的関係、評価的関係になってしまっているのではないでしょうか。
 その雰囲気をつくっている要因の一つは、管理職の伝え下手にあります。
 管理職として評価するのですから、厳しいことを言わざるをえないときもあるでしょう。例えば、
「あなたの自己評価は高すぎます」「あなたの問題は〇〇ですね」
などと、教師の意欲を低下させる伝え方をしていないでしょうか。
 教師になる人の多くはまじめな優等生です。そのため傷つきやすく、叱られるとやる気を失ってしまう人が多いのです。教師はほめられて育つ人が多いのです。
 教師の評価は、本人の自己評価をもとに、コーチングの技法を生かして、その教師の持ち味を生かして肯定的にかかわっていくことが大切です。例えば、
「あなたは自分のよさをよくわかっておられますね。その資質は私たちの学校に、とても必要なものだと思います」
「私は、その資質をもっと○○に生かしていただきたいと思います」
「その具体的な方法として何か考えられることはありますか」
 まず、教師の持ち味となる点に着目して、ほめ「この学校はあなたを必要としている」
というメッセージを伝えます。
 そのうえで、その資質を学校をよくするためにどのように生かしてほしいか、具体的な方法を本人と一緒に考えていくのです。
 その教師の持ち味を生かし、そこを伸ばして、足りない点を補えるのが、できる管理職、伸びていく学校です。
 リーダーシップとは、モチベーションを高めるような指導性です。
「私はこういう学校にしたいんです。そのためにみなさんの力がどうしても必要です。ぜひ力を貸してください」と言える校長先生。
 個々の教師に対して、「あなたに期待していますよ」「あなたが必要なんですよ」と言える校長。
 校長は「私のことを必要としてくれている」という感情を一人ひとりの教師が抱くことができれば、やる気もわいてくるというものです。
 いっぽうで、「何かあったらいつでも相談してくださいね」と気楽に相談にのってくれるカウンセリングマインドも必要です。「弱音を吐ける職員室」をつくっていく最大の役割をはたすのが校長です。
 ぜひ、教師が弱音を吐けるようなあたたかい雰囲気を、校長自らリードしてつくっていただきたいと思います。
 以前、ある小学校の教師が「私にとって校長先生は、学校における親のような存在です」と私に言ったことがあります。
 小学校教師の管理職に対する依存と期待は、並はずれて大きなものがあります。逆にそれが得られなかったときの教師のダメージは非常に大きくなります。
 保護者から攻撃や学級崩壊で教師が傷つき、私のもとに相談に来られた先生方が嘆きます。「校長先生は私を守ってくれませんでした」と。
 ある教師が不登校になりかけた子どもの父親に刃物を突きつけられ「どうしてくれるんだ」とすごまれたそうです。
 それを校長に相談しにいったら、「あなたも大変だね」と受け流されたそうです。
「次に来たら一緒に会いましょう」と言ってもらえなかった・・・・・・。これがショックで大きなダメージを受けられました。
 いっぽう、いろいろな組織の役員をしている大物校長で、一週間に一度くらいしか学校にこない評判の悪い校長がいました。
 ところが、ある父親が学校に乗り込んで来たときのこと。強面で、「娘が学校に行きたくないと言っているぞ。担任を出せ!」とすごんでいます。
 ここで、たまたま、その時に学校にいた校長が登場して、
「ちょっと待ってください。この担任の先生は、私が信頼をおいてお願いしている先生なんです」
「文句があるなら私がお聞きしましょう。さあ先生、あとは私に任せてください」
 このことで、校長の支持率が急上昇したそうです。
 とても荒れていた小学校に校内研修に伺ったときのことです。確かに惨憺たる状況です。
 授業中に物は飛んでくる。子どもが教師の足を引っかけ「くそじじい」「くそばばあ」と言う。黒板には毎日「死ね」の文字。
 しかし、校内研修は和気あいあいとしています。
「あらら、また『死ね』って書かれたの、一週間連続じゃない?」
「足ひっかけられて、あざできちゃうなんて、なんだかK-1みたいね」
 いちばん荒れているクラスの担任は
「職員室がこんなにいい雰囲気だから、なんとか続けることができているんです」
と。
 この学校の校長が実に脱力しきったいい雰囲気を出しています。
「先生方、ほんとうによくやってくれていますよね。私にできることですか・・・。研究指定校をお断りすることくらいでしょうか(笑い)
 管理職がリードして、お互いに弱音を吐いていいんだよ、支え合っていこうという雰囲気をつくること、これはとても重要なことなんです。
 講演会などで担任の先生方にお聞きすると、およそ6割が「うちの校長は頼りない」「リーダーシップが足りない」と感じているようです。
 また、理想の校長像をお聞きすると、最も多い2つが、
「こちらの話もよく聞いてくれて、フットワークもよく、頼りがいのある校長」
「いざというときに守ってくれる、親分肌の校長」
です。
 先生方は、きまったように、
いざというとき守ってくれる、親分肌の校長がいなくなったと嘆いています。
 保護者の攻撃や学級崩壊で心身ともに疲弊しきったとき、「それでもがんばろう」と教師を続けられる教師と、「もうだめだ、限界だ」と辞められる教師。
 この違いが、管理職の対応一つにかかっていることは少なくないのです。
 多くの担任が求めているのは、「いざというとき」に「必ず守ってくれる」と思える「親分肌の校長」です。
(諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学。悩める教師を支える会代表。現場教師の作戦参謀としてアドバイスを教師に与えている)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学校の教頭・校長の醍醐味とつらさ

 東京都内の公立中学校で5年間教頭を務めた後、45歳で校長となった。風貌もかなり若々しい。新任校長ということもあって、教職員とのコミュニケーションに悩む日々が続いている。インタヴューしてみた。
 教頭になれば授業を持つこともありませんし、楽かなと思っていました。ところが、教頭は忙しい。調査など、とにかく事務処理が多いんです。
 例えば、どこかで事件が起きると、すぐに関連の調査依頼がくるし、いじめなどの飛び入り調査がけっこうあります。
 でも教頭の仕事で苦労するのは、いかにして校長の考えていることを教職員に浸透させるかです。校長と教職員の橋渡し役ですね。それが教頭の一番大事な仕事だと思うんです。
 例えば、私が教頭として赴任した学校では研究発表することが決まっていた。前任の校長が強引に引き受けた。ところがそれにものすごい反対がありました。
 赴任してみたら、当の校長も教頭も転任してしまい「えっ、そんなのあり」って感じでしたよ。
 研究発表に賛成する声をうまく引き出すために「あの研究発表どうする?」と飲みに行ったときに声をかけ、水面下でずいぶん動きましたね。
 やっぱりふだんの人間関係が大切なんです。それでなんとか研究発表にこぎつけることができました。そうした役割を果たさない教頭も多いようです。
 校長から「あの先生は遅刻が多いから注意してください」と言われれば、自分より年上の先生でも注意します。
 一方、校長の仕事というのは学校をあずかる立場ですから、ビジョンをしっかり持つことが大切だと思います。
 学校を運営するうえで、決断すべきさまざまな局面が出てくる。そういう意味で、校長は力量がないとできない。
 幅広い知識が必要だし、広い視野に立った見通しも持っていなくちゃいけないと思うんです。
 例えば、以前、妊娠していた先生が具合が悪くなって入院したことがありました。法的な知識があれば「こういう場合は妊娠初期休暇があるんですよ」と教えてあげられる。
 相談を受けたときに、パッと答えられれば、教職員は管理職に対する信頼が持てるんですよね。
 それに自分の学校だけ見ているんじゃダメだと思うんですよ。教育界の流れや、地域の動きなんかも見えていて、そのなかで「さて、うちの学校はなにができるか」と。
 そんなビジョンが語れなければ、先生方もついてこないんじゃないでしょうか。
 私は管理職になろうなんて、全然思ってなかった。「管理職に、もっとしっかりしてほしい」と、生意気に思っていた。
 でも思っているだけじゃなくて、自分でもやらなきゃと思って、学年主任、生活指導主任、教務主任と、ひととおり、役職がつくものはやった。
 あるとき担任から外れて暇になったとき、校長から「研究会に参加しないか」と、声をかけられたんです。これが面白かったんです。
 研究会には、私のような教職員のほか、校長、教頭、指導主事なども参加していました。私は古臭い、保守的なものと思っていましたが、ところが現場よりもはるかに進歩的だっんです。
 それで考え方が変わってきたんですね。それまで、管理職にしっかりしてほしいと思っていましたが、自分でやるべきじゃないかと考えはじめたんです。
 でも、正直言って、管理職になろうと思った本当の動機は、飽きちゃったんですよ。学年主任も生活指導主任もひと通りやって、毎年同じことの繰り返しで、子どもたちを送り出していくことに飽きちゃったんです。
 それと部活動ですね。体力的にきついのと、勝ち負けの世界にはまっていくことへの疑問。とにかく何か新しいものに目先を変えてみたかったんだなぁ。
 管理職の醍醐味ですか、うーん、教頭のときは感じてましたけどね。教頭ってクラス担任と同じで、いろいろな先生をまとめていく面白さがあるんです。
 みんなの気持ちが一つになってウワーッとせり上がっていくときがある。そういうときはやっぱり面白いですね。
 でも、校長の醍醐味というのは、私はまだ感じたことがありません。今は胃の痛いことばかり多くて。なんとか先生方の理解を得たいなとは思っているんですけど。
(
東京都の公立中学校男性校長
)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教師が連携して学級崩壊を解決していくためには、どのようにすればよいか

 教職員がなんでも話し合える人間関係が大事であるといわれます。しかし、これがなかなかの問題なのです。
 小学校の場合、担任の裁量が大きく、同僚教師にも見えにくいところがあります。お互いの実践を批評し合うのはタブーの雰囲気が生まれてしまうのです。
 したがって、お互いに自分の学級経営の悩みが語れるような人間関係を、学校内に形成することはとても必要です。
 ですが、学級崩壊の問題は、教師間の良好な人間関係だけでは対処はむずかしいと思います。
 つまり、一つの学級の崩壊の問題は、学校経営の問題として位置づけて、管理職を中心に連携のあり方を計画しておくことが必要ではないでしょうか。
それは、
1 全教員で介入しようと判断した時、該当する担任や援助する教師たちの授業時間数や校務分掌の仕事はどうするのか。
2 学校行事や集会の取り組み方はどうするのか。
3 学級崩壊した学級、もしくはその学年の時間割の見直し、PTAの対応をどうするのか。
など広範囲に及ぶと思います。
 特に学級が高学年になるほど、学校全体に対する影響が大きくなります。組織だってやらないと、一部の教師に過重な負担がかかり、いい結果に結びつきません。
 学校運営の問題と位置づけて対応するためには、次の3つが必要です。
1 学級崩壊はどの学級にも起こる可能性があるという共通認識をもつ。
2 学級経営に関する校内研修を行う。例えば
(1)
集団理論
(2)
リーダーシップ
(3)
学級集団の状態を理解するための調査法
(4)
具体的な指示や注意の仕方についての演習
(5)
言葉がけの仕方についての演習
などを、計画的に実施し、教師間の共通認識と技術を高めておく。
3 学級崩壊の問題は不登校の子どもへの対応と同じように、
(1)
原因や責任の追及だけにしない。
(2)
問題解決志向で学校運営に位置づける。
(3)
援助チームのリーダーは管理職が当たる。
(4)
担任や援助する教師たちの具体的な役割や取り組む範囲を明確にする。
 大事なことは、現在よりも少しでもよい方向に向かうように、一歩一歩取り組んでいくことです。
 連携がうまくいけば、担任が精神的に支えられ、計画的に対応する意欲が維持され、対策を講じることも可能になっていくのです。
 学級崩壊の対応について、事前に職員間の連携について取り決めをしておく必要があります。学級崩壊の予防にもなり対応が効果的になります。
 連携の目的は問題解決です。学級崩壊の対応には少なくとも2か月はかかると考えて取り組みます。甘い見通しの連携では、援助する教師が疲れてしまいます。
1 学級崩壊の初期の連携
 学級崩壊の兆しは、ふれあいのある人間関係か学級のルールのどちらかが崩れてくることです。
 この時期に学年会などで、各学級の状況を担任同士が率直に語り合う必要があります。
 学級集団の状態が学級崩壊に向かっていると判断された場合は、すみやかに学年の連携を計画し実行します。
 連携の骨子は、合同授業などの学年活動です。例えば、合同で社会科の資料を作ったり、合同で体育やレクリエーションをするのもいいでしょう。
 大事なことは、学級崩壊している担任が全体の指揮をとり、他の学級の子どもたちがその指示に従っていることを、学級崩壊している学級の子どもたちに見せることです。
 同時に、学年の他の教師が学級崩壊している担任の指示に従っているのを学級崩壊しているクラスの子どもたちが見ることになります。
 学年の他の教師がその担任と親密に連携し、同じ考えややり方でやっていることを見せ、担任の信頼感を回復させるわけです。
2 学級崩壊の中期の連携
 学級はルールが崩れ、人間関係もギスギスしたものになっていますから、子どもたちは物事を悪いほうへ悪いほうへととらえます。いろいろな問題がでてきます。
 子ども同士のまきこみあいを、複数の教師が教室に入って、一つひとつ対応しながら断ち切っていくのです。したがって、学年の同僚教師や専科教師にTTとして入ってもらうことになります。
 このとき、教師は努めて厳しくする必要はありません。子どもの感情にまきこまれないように、ていねいな言葉づかいで距離を少し多めに取りながら、一つひとつ冷静に対処していくのです。感情的になったら教師の負けです。
 この時期の授業は基本的に、他の子どもと関わらない、例えばドリルやプリントを中心としたような授業展開をしますから、教師チームが子ども一人ひとりに対して丁寧に個別に対応していきます。
 さらに、学年で集まる機会を増やします。学年で集まることによって、自分勝手なルールは通用しないことを意識させるのです。集団生活には一定のルールやマナーがあり、特例がないということを、一人ひとりにわからせるのです。
 このような対策をとる場合、大事なことは、学級が崩壊したからそのような対策を取ったんだと、子どもたちにおもわれてしまうと、逆効果になることです。
 担任への不信が固定してしまうからです。したがって、学年当初から、学級間の交流や教師同士のTTの授業展開などをとっていくことが必要です。
3 学級崩壊の末期の連携
 この時期は、まさに全教員の連携が必要となります。教室に複数の教師が入り、それこそマンツーマンに近い形で指導したり、活動を援助するのです。
 例えば、立ち歩いている子どもに対して、ある教師が注意をしたとき、その子が「みんなもそうだろう」と逆にくってかかる場合があります。
 そのようなときには「みんなとは誰と誰かな」と問い、名前が出たらそれぞれの子どもに教師がついて指導するという具合です。
「みんな」という子どもたちが作り出した学級集団像を崩すことが大事なのです。
 必ず、行動の主体となっている子どもを確認し、行動の責任を明確にしてあげることが大事です。
 学級崩壊末期は、学年の合同授業や活動はしないほうがよいでしょう。合同することで他の学級の子どもたちが傷つくことが多くなり、合同することを嫌がってしまいます。
 何よりも問題なのは、他の学級の子どもたちが、その学級の子どもたちを特別視してしまう結果、その学級の子どもたちが新たな非建設的な行動にでてしまう可能性があるからです。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

保護者の理不尽クレームに教師が精神的に追いつめられないためには、どうすればよいか

 すべての問題を学校に持ち込む現代社会。特に社会問題となっている「モンスターペアレント」。精神性疾患で休職した公立学校の教師はこの10年で3倍に上り、半数以上が保護者とのトラブルに起因するという。
 教師を追い詰める、保護者の無理難題クレームに教育界はどう対応すべきなのでしょうか。
 保護者と教師は対立する関係ではなく、ともに手をたずさえ子どもの成長を支援するパートナーであり、両者の信頼関係を構築しなければならない。
 私は10年ほど前(2000年頃から)から東京都の公立中学校の教頭・校長として保護者や近隣住民の苦情対応の窓口を務めていましたが、この問題に関心をもち事例を収集していくうちに、「これは放置できない」と強く思うようになりました。
 医療の世界では、医師や看護師の離職者の増加と、就業者の減少が話題になっていますが、教育の世界でも同様のことが起こっています。
 多くの現役教師が「壊れていく」一方で、教職に魅力を感じなくなった若者の「教師離れ」がいっそう加速されることが予想されています。
 幸い、この問題に多くの人々が関心を寄せ、真摯に取り組もうとしています。
 このわずか半年の間に、多くの方と意見交換をする機会に恵まれ、より広い視野からこの問題を考えられるようになりました。
 また、マスコミ関係の方の取材を受けるなか、クレーム問題の奥に日本の社会が抱える課題を見据えようとする、真剣な取材姿勢に何度となく心を打たれました。
 保護者の訴えがいかに理不尽に感じられても、教師に心にゆとりがあるとよい。
 保護者は「話したいのだろう。ともかく、しっかりと聴いてみよう」という、教師の心のゆとりがあれば「お母さんも、がんばって」という気持ちで話を聴くことができます。
 親の訴えを、教師が心にゆとりを持ち、きちんと受け止め、それを心のなかに蓄えることができる「心の保水力」が必要です。
 ところが、こうした「心の保水力」を持たない教師が増えたと言われています。教師の表現力や人間関係調整力の能力の充実、向上が必要とされています。
 それ以上に期待したいのは管理職としての「心の保水力」の上昇充実です。クレームを受けた教師の前に「壁として立つ」くらいの心意気がなければ、教職員の信頼感は薄れるばかりです。
 クレームを捕える学校体制があれば、一人の教師が追い詰められることを防ぐことができます。組織的対応の要として、管理職の組織マネジメント力が試されています。
 その一つが学校内における生徒指導・教育相談体制の再構築です。
 子どもや保護者からの相談に対して、迅速・適切に対応できる体制が整っていれば、苦情や要求にも迅速に対応できます。
 また、困難な事例に対しては、校内サポートチームを立ち上げ、組織的な取り組みを円滑に実施できます。
 スクールカウンセラーの積極的活用や地域人材の積極的登用も、管理職としての手腕が試されます。
 学校と保護者の「つなぎ役」となる人、両者の関係改善に努めてくださる人はきっといます。
 日ごろから、PTA、学校評議会、地域の健全育成団体などと連携・協働に努め、学校の心の保水力を高めることを期待します。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学教授)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

いじめの指導 さまざまな子どもの指導 ものの見方・考え方 カウンセリング 不登校 人間とは(心理・行動・あり方) 人間の生きかた 保育幼稚園 保護者との協力関係をつくる 保護者にどう対応するか 保護者の実態 優れた先生に学ぶ 優れた学級担任とは 優れた授業とは 優れた教科授業例 先生の実態 危機管理 叱る・ほめる・しつける 各国の教育 各国の教育改革 各教科の授業 同僚・管理職との関係 問題行動の指導 国語科の授業 地域 子どもから学ぶ 子どもたちに対する思い 子どもたちの関係づくり 子どもと向き合う 子どもの失敗 子どもの実態 子どもの成長をはかる 子どもの指導の方法 子どもの見かた 子どもの話し方 子育て・家庭教育 学び合う学び 学力 学校の実態 学校組織 学校経営と組織 学校行事 学級づくり 学級の組織と活動 学級の荒れ 学級崩壊 学級通信 学習指導・学力 学習指導案 実践のための資料 家庭 宿題 掃除 授業づくり 授業のさまざまな方法 授業の実態 授業の展開・演出 授業の技術 授業中の生活指導 教師との関係 教師と子どもの関係づくり 教師に必要とされる能力 教師の人間としての生きかた・考えかた 教師の仕事 教師の心の安定 教師の成長・研修 教師の話しかた 教師の身体表現力 教材・指導案 教材研究 教育の技術 教育の方法 教育の理念や思い 教育史(教育の歴史と変化) 教育改革 教育法規 教育行政(国・地方の教育委員会) 新学級づくり 特別支援教育 理科の授業 研究会開催情報 社会環境(社会・マスコミ・地域) 社会科の授業 算数・数学科の授業 経営とは 英語科の授業 評価 話の聞きかた