カテゴリー「優れた授業とは」の記事

有田正和先生の有名な「郵便ポスト」の授業(小学校2年生)を参観し、これが本当の宿題の出し方だと感銘を受けた

 もう20年以上も前のことになるが、筑波大学付属小学校の公開研究会で有田正和先生の有名な「郵便ポスト」の授業(小学校2年生)を参観した。これが本当の宿題の出し方だと感銘を受けた。
 1日目の授業で有田先生が大きなボール紙を教室に持ち込んで
「これで郵便ポストを作ろうじゃないか」
と子どもたちに呼びかけるところからスタートした。
 途端に、子どもたちは
「そんな紙じゃポストは作れないよ!」
と口々に言い始めた。
 その後は、いかに子どもたちがポストについてあやふやな知識しか持っていないかを自覚させることに有田先生は全力を挙げる。
 ポストの色は「赤」という子に対して「オレンジだ」と言い張る子。
「いや青いポストを見たことがある」と言う子。
「色は決まっていない」と言う子。
 言い合っているうちに
「じゃあ、調べて来ようよ」
と、誰からともなく、そういう声が挙がる。
「じゃあ、形は?」
「差し出し口はいくつ?」
「ポストの回収の時間は決まっている?」「それが書いてある?」
「ポストにポストと書いてある?」
「いや、POSTと書いてある?」
 授業は、ふだん見慣れているはずのポストを「自分たちはよく見ていなかった」と、子どもに自覚させるだけで終わった。
 その間、
 有田先生は何も教えなかった。
 有田先生は何も次の活動の予告をしなかった。
 有田先生は何もまとめをしなかった。
 と、当時の私はただ、茫然とするだけだった。
 帰りの会が終わると、待ちかねたように子どもたちは校外へ飛び出して行った。
 有田先生はひと言も「宿題です。調べてきましょう」とは言わなかったのにである。
 次の日「いったい今日はどのように授業が展開するのだろう」とわくわくする気持ちで、また朝から参観に出かけた。
 子どもたちは、昨日、ランドセルを背負ったまま下校途中に授業で話題になったことについてポストを調べてきたらしい。
 昨日には、あやふやだったことが、子ども同士の情報交換によって、どんどん確認されていく。
 そして、その過程で新たな課題が生まれ、この日も子どもたちは調べる意欲満々で帰っていった。
 1時間目の授業では気がつかなかったが、2時間目の白熱した話し合いの中で、自然と調べる視点について、子どもの理解が深まっていくことが私にもわかった。
 授業の名人と言われる人の力量はすごい。
「宿題です」なんて言わなくても、子どもが自分で課題意識を持って学校から飛び出して行きたくなるような、あんな授業をしてみたいと強く願ったものである。
(
宮津大蔵:石川県金沢市生まれ、桐蔭横浜大学教授)
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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笑いのある授業を行うには、どうすればよいか

 世の中全体がユーモアを求めているように思う。
 教室の中にはユーモアがすくなすぎる。私は多くのクラスを見たが「笑い」のある授業は極めて少なかった。暗く、ぎすぎすした授業が多い。
 学力のないクラスは笑わない。いや、笑えないのである。「笑える子どもを育てる」ということは「学力のある子どもを育てる」ということとイコールである。
 いい授業というのは、ユーモアがあるし、ゆとりがある。
「笑いのある授業」を行うには
(1)
指導すべき内容を、ぎりぎりまでしぼり、ゆとりをもつ。
(2)
それをきっちり教えようとしないで、子どもと共に楽しみながら追究しようと考える。
(3)
教師がさりげなく、わざとぼけたり、まちがえたり、へまなことを行ってみせる。
(4)
おもしろい子、ユーモアのある子を大げさにほめる。
(5)
教師が笑い話を準備しておく。
といったことを心がけることである。
 そして、教師がもっと「楽天的になる」ということである。表情を明るくすることである。「楽しいなあ」と自分に言いきかせることである。
 こういう努力をしているうちに、笑顔がふつうになってくる。子どもの前に立つと自然に笑顔になってくる。
 私が担任した子どもたちは、底ぬけに明るくなったし、よく笑った。
 ユーモアのある楽しい授業をするには、何といっても「教師自身のユーモア力をアップする」ことが必要である。
 私は新採用の頃、子どもから「先生は暗い」といわれた。
 それからは、子どもの前に出るときは、鏡を見て、笑顔をつくってみてからにした。
 ユーモア力を身につける努力をした。笑い話・ジョークなどの本をかたっぱしから読んだ。
 その中から使えるものを選び出し、子どもに話してみた。うけるものと、全くうけないものがあった。
 そのうち「自分が本当に面白いと思い、他人に話してみたくなるもの」が、子どもたちにも通ずることがわかってきた。
 そして、話し方は「自分が体験したように、実際見たように話すこと」が大切なポイントであることもわかってきた。
 自分は何てバカなんだ、といように、失敗したことや、しくじったことなどがよいこともわかってきた。
 さらに、ヒントをもとにして「さも、自分が体験したように話を創り変える」と、面白くなることもわかった。
「明るいことにあこがれをもって、努力すること」が大切だ。
 私は「人間は努力によって変わる」と信じている。とにかく、毎朝、笑い話をして、大笑いさせるようにしていた。
 笑いはクラス全体で行ったほうが効果は大きい。私は担任したら、毎朝、笑いの練習を行う。一か月続けると、すごく笑うようになる。
 効果的なのは、二人ずつくらいで、交代で笑い話をさせることである。順番を決めて、何月何日が誰と誰れというように。
 話を聞く方は、あまり面白くなくても、大笑いすることと決めておく。笑い話のネタ集めと、話す力が育つことはまちがいない。
 ユーモアとは「対応の技術」だと私は考えている。子どもが何か言ったとき、かんぱつを入れず面白い対応ができること。これが本当のユーモアではないだろうか。
 子どもが冗談をいったとき、オーバーに笑ってあげることだ。これができない教師が多い。
 教師が明るくユーモアのある人だと、クラスがまたたく間に明るくなり、笑いの絶えないクラスになる。
 教師の話術によっても、子どものユーモア力をアップできるものだ。
 教師の人間性や技術もあるが、何よりもユーモアを含んだ教材を開発し、それを子どもたちに提示することが効果的である。このような教材を開発できるかが大きなカギとなる。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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子どもが願う「おもしろい授業」とおもしろくない授業とは、どうすればおもしろい授業ができるか

 小学校4年生の子どもたちに、どんな授業が「おもしろい」ととらえているのか書いてもらった。それを整理してみると、つぎのようなになった。
1 おもしろい授業
(1)
論争のある授業
 まちがった意見や、いろんな意見がどんどん出てきて、考えが広がり、深くなる授業。
(2)
教科書に書いてあることに反抗する授業
 教科書は「まちがいない」と思っていたが、けっこうおかしいところがあることに気がつく。
 反抗してみると、おもしろい考えが出ることがわかった。
(3)
教材に本物の材料を用いる
 さとうきびやキャベツのように、本物の材料を見たり、さわったり、食べたりしながらする授業。
 本物はやはり迫力がある。黒砂糖を食べたりして学習意欲が出てきた。ごみを調べたのはおもしろかった。
(4)
資料をたくさん使ってやる授業
 いろんな資料を組み合わせて使うおもしろさを知った。資料には多くの「はてな?」が入っているからおもしろい。
(5)
「はてな?」がたくさん出てくる授業
「わかった」「わかった」で終わる授業はつまらない。「はてな?」がでると、調べるたのしみが出る。
(6)
みんなでいろいろ考えて「わからない」ことがわかった授業
(7)
むずかしい問題を、みんなで一生懸命考えて解く授業
(8)
クイズのような問題のある授業
 考えて解く問題、「はてな?」のある授業
(9)
必ず笑いが出てくる授業
 1時間に一回くらい笑わないと息がつまる。なるべく大声で笑いたい。
(10)
団子の串刺しのような授業
 ある子の考えに、次の子の考えが合わさっていい考えになり、それにまたちがう子の考えが付け加えられて、どんどんいい考えにふくらんでいく授業。
(11)
何かを作る授業、体を動かす授業
(12)
楽しい先生とやる授業
 おもしろくない授業は「おもしろい授業の裏返し」といってよいと思うが、子どもたちが書いたものをあげてみよう。
2 おもしろくない授業
(1)
ノートばかりする授業
 例えば、計算ばかり、漢字ドリル、先生の書いたものを写すばかり
(2)
教科書を読む授業
(3)
くそまじめな授業
(4)
テストの多い授業
(5)
いいあいのない授業
(6)
資料を使わない授業
(7)
みんなの意見が一致する授業
(8)
もりあがりのない授業
「はい、これを読みましょう」「これはこうですね」などと、講義みたいな授業
(9)
ネクラな先生とやる授業
(10)
自分の意見が言えない授業
 子どもたちは、明るく、おもしろい授業が好きである。もともと子どもは明るく、ネアカだからである。
 子どもたちがあげた「おもしろくない授業」の条件を、一つでも減らして、よりおもしろい授業づくりをめざしたい。
 子どもたちのいう「おもしろい授業」というのは、だじゃれのあるような授業を言っているのではない。本質的なおもしろさのある授業である。
 子どもたちは内容の濃い、簡単に解けないようなものを求めている。だから、学年にふさわしい内容のあるネタを提示しないと、子どもたちにそっぽをむかれる。
 子どもたちの「おもしろい授業」のとらえ方・考え方をみると、
「むずかしい問題を、せいいっぱいの力で解こうとする」
「みんなの力、話し合いや考え合いで解決しようとする」
こういう困難を乗り越えることを「おもしろい」ことだと考えている。
 決して楽をしようと思っていない。
 これに私たち教師は、こたえる授業を組織しなければならない。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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有名な実践家、東井義雄が考え実践していた授業とはどのようなものか

1 授業に既製品はない
 授業の創造ということは、テクニックの追求ではない。教師が古い自分を切り捨て、新しい自分を生み出していく、創造的な仕事である。
2 教師が子どものころ受けた授業の形だとか、どこかで見た模範授業だとかが頭を縛ってしまって、それが授業を、個性も生気もないものにしている。
3 教科書に出てくるから教えるという安易さが、授業を空回りさせ、人間を駄目にする授業をはびこらせている。
4 教科書にあることを、にぎやかに話し合わせても、教師の願いもなく、人間そのものを根本からゆさぶるものでなければ、授業にはならない。
5 教師の願い
(1)
教科書にあるのは素材である。それが生きたものになるかどうかは、教師に願いがあるかどうかにかかっている。願いがぼやけていては授業にならない。
(2)
願いに、まずわが身を燃え上がらせる。
(3)
願いが技術を生み出す。
(4)
話術をまねしても駄目、板書を写し取ってまねしてもだめ。技術というものは、それを使う教師のやむにやまれぬ願いが具体化されたものだから。その教師の願いを学ばないで形骸だけをまねても駄目になるのは当然である。
6 教師の力
 教師の願いや心だけでも駄目。教師の技術だけでも駄目。この二つが一つにとけて教師の力になる。
7 教師と子どもの信頼関係
 三センチの道幅だけあっても、自転車は走れない。授業とは直接関係ないように見える「教師と子どもの信頼関係」これなくして授業は成り立たない。
8 遺産相続
 ひらがな一字だって、私たちの先祖が何代も何代もかかって生み出した遺産。心をこめて遺産相続させてやりましょう。
9 授業は何でもない当り前のことを、心をこめて工夫し、大切にしていかなければならない。
10
授業で子どもをどう変えていくか
(1)
子どもという「人間」と少しも関わりのないような授業を授業だと考えていないか。
(2)
今日、私たちが授業で追求し研究しなければならないことは「授業で子どもをどう変えていくか」ということである。
(3)
授業に熱心というだけでは、子どもに本当の力をつけてやることはできない。熱心であればある程、うっかりしていると詰め込みになりやすいものを私たちは持っている。
11
授業の中で、ひとりひとりの生まれがいと、日本人の幸せを切り開いていくような愛と創造のエネルギーをどう育てていくかが、授業研究の関心にならなければならぬ。
12
「勉強の主人公を育てる授業」「育ちあい、磨きあえる授業」をめざそう。
13
いくらうまい授業をやったところで、うまい発表会をやったところで、りっぱに見える運動会をやったところで、それが「ひとり」「ひとり」の子どもの確立につながらないのでは「教育」とは言えない。
14
磨きあいとは、AとBとCが寄れば、Aの中にも、Bの中にも、Cの中にもなかったすばらしいものが生まれてくること。
15
私たちは、子どもたちの勉強意欲の底に、いつも村や町や国や人類に対する愛を念じるべきである。それがないと意欲が本当の意欲になりにくい。
16
生活の論理と教科の論理のかみあわせで
(1)
子ども、一人ひとりは、その子どもの感じ方、思い方、行ない方を持っている。その底には、その子どもをして、そう感じ、そう思い、そう行なわせるような論理的なものがはたらいている。
(2)
その論理的な必然をさらに、堀り進んでいくと、父母の感じ方、思い方、教師の感じ方、思い方にも続いていく。
(3)
それから、家風だとか、家の財産だとか、地域の人たちの生活様式だとか、風習だとか、伝統だとか、文化だとかも重要な関連を持っている。
 これらのものに支えられながら展開している子どもの感じ方、思い方、行ない方の筋道を「生活の論理」とよびたい。
(4)
子どもに教えようとすることがらは、客観化された「論理性」「法則性」を持っている。
 そして、それは、そのことがらの中だけでなく、他の教えたいことがらの「論理性」「法則性」ともつながっている。算数には算数の、国語には国語の、学問の筋道がある。それが「教科の論理」である。
(5)
授業は「生活の論理」と「教科の論理」の効果的な、かみあわせがないとだめである。
17
子どもはつまずきの天才 
(1)
子どもはつまずきの天才である。
(2)
「3+3は5だ」と、つまずく子は、その子なりの理屈、論理が必ずある。
(3)
「子どもの論理」を知らないでは、私たちの仕事は実を結ばない。
(4)
「3+3は6だ」ということを、感動をもって分からせる授業をしようと思ったら「3+3は5だ」と、つまずく子を大切にすることだ。
(5)
授業は「つまずいてる子」の目玉が光ってくるようなものでないと、「つまずいていない子」にとってもたいくつなものだ。
(
東井義雄:19121991年 兵庫県生まれ 小中学校長、ペスタロッチ賞を受賞、地域の生活を取り上げる生活綴り方教育の代表的な実践家)

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授業がうまくいかない原因とは、どうすれば優れた授業になるか

 教材研究も十分にした。資料も準備した。しかし、授業がうまくいかない。子どもが食いつかないということがある。
 おかしいなあと思い、よく考えてみると、子どもの能力にマッチした教材が提示されていないことが原因と考えられる場合がある。
 教師が興味にまかせて調べた、むずかしい内容を、そのまま子どもにぶつけていることである。
子どもの実態を把握した上での教材のかみくだきが不足しているように思う。
「こんな考えをしている、このくらいの能力の子どもに、こんな教材をぶつけたら、子どもがこんな追究をして、考えがこうなった」というような研究を積み重ねていかないと、一般性のある研究になっていかないのではないだろうか。
「教材は、子どものためにある」といわれる。しかし、子どものどんな点に対して教材があるか問われていないのではないかと思う。
 教材を選定するとき「子どものどんな点に対して、教材のどういう内容が、どのように有効か」
ということを考えておき、これを仮説として授業に取り組むことが必要ではないだろうか。
 教材研究をするとき「具体的にターゲットの子どもを思いうかべて、この子に、この教材をぶつけたら、どんな反応を示すか」と考えながら行うのである。そうすれば、教材を取り上げた理由もはっきりする。
 授業においても、当然その子に注目し、その子むきの発問をすることになり、ものすごく具体化する。
 これがズバリ当たれば、子どものとらえ方や教材の選定に自信がもてるようになる。うまくいかなければ、どこがおかしいか反省材料になる。
 反省も具体的にでき、次への発展材料となる。このようなことを重ねていくことによって、教材の程度やおもしろさがつかめると同時に、子どもを見る目ができていく。
 私はたくさんの授業を見続けてきました。優れた授業に共通するポイントと思われることは
(1)授業がうまい教師は、一番やりたいことや、教材をこのように提示すれば子どもたちが熱中するということを念頭において、その展開にふさわしい目標を考えて指導案を書いている。そうすれば、かたい目標にとらわれることはなくなり、おもしろい授業ができるようになる。
(2)優れた授業は、教材の内容が鮮明でおもしろい。身近にあって誰でも気づきそうな、おもしろい情報を集め、ユニークな資料にまとめている。身近なことから広い世界が見えるものが教材としてよいのである。
(3)優れた授業の発問や指示には、子どもがよく反応し、多様なおもしろい考えを出している。
(4)授業のうまい教師は子どもの見とりがうまく対応がみごとである。対応の技術は教師の総合的な腕で、授業の善し悪しがこれできまるほど大切なものである。
(5)板書は授業のねらい・内容・方法と教師の学力や人間性が表れる。板書のうまい教師は構造的でわかりやすく、子どもが書けるスピードでゆったりと書き、文字もきれいで、色も使い分け、絵や線を入れたりして工夫している。
(6)優れた授業をする教師は、いつも笑顔で表情がやわらかい。子どもたちを包み込む雰囲気をもっている。話し方がうまく、子どもたちを引きつけている。ここぞというときに、おもしろいパフォーマンスをして子どもたちが喜ぶ。

(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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教え上手な教師はモデルとなる子どもを想定して授業をする 

 クラスを、できのいい人、中ぐらいの人、思わしくない人の三つのグループに分け、それぞれのグループで一人ずつ典型的な人を想定します。すぐれた教師はこういうモデル抽出を活用しています。
 上中下に分布したうちの、上ランクの子しか授業内容が理解できていないようであれば、もう少し掘り下げて、中ランクの子まで届くようにし、下のランクの子どもへの手当ては授業の後半に集中させようといった策をとるのです。
 今日の授業のねらいを達成するためには、Aくんのやる気を刺激してみようとか、B子ちゃんにわからせたらこの授業は成功だなどと、特定の一人を選んで、その子の意欲を引き出し、理解を深めるよう授業を行うのです。
 教材を発掘するときにも、ある特定の子どもを思い浮かべて「あの子を熱中させるのに、このネタは適切だろうか」などと考える。
 また、授業中にモデルの子に質問を集めて
「そんなことまで知っているのか、キミはすごいなあ」
「でも、あとでもう一回質問するぞ。もうちょっとむずかしいことを聞くからな」
などと、その子を中心にして進めていく。そうすることで、理解をほかの子どもに広げていくのです。
 こうしたやり方は、授業を一人の子どもだけに偏らせはしないかと思う人がいるかもしれません。しかし、代表的な「個人」を通じて全体は見えてくるものです。
 モデルの子どもを基準にすることで、ほかの子どもの理解度などもよくわかってくる。だから、グループ全体への理解を図りたいときこそ、全体を代表する個人への浸透を心がけなくてはなりません。
 むろんモデルにすべき一人は、いつも特定されているわけではない。ケースバイケースでそのつど選択します。
 私の経験からいうと、最大公約数的な平均的な子どもをモデルに選んだときは、授業が無難なものになり、おもしろみに欠けることが多い。全体の理解度も中程度で終わってしまいがちです。
 もっとも大きな成果が望めるのは、やはり意欲が薄い、ノリが悪いといった子どもをターゲットにして
「この子の心をつかむにはどうしたらいいだろう」
と、工夫する場合のようです。
 それは失敗するリスクも大きいのですが、うまくいったときの全体への波及効果は最大となり、教師の技量向上にも通じていくからです。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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教え上手な教師とは、どのような教師でしょうか

 子どもを育てる教え上手な教師は、多く教えることよりも、少なくしか教えないことに知恵を絞る。なぜならそれが、子どもをより深く考えることに、導くきっかけになるからである。
 少なくしか教えないことが大切になってきます。花も水をやりすぎては根腐れしてしまいます。水は足りないくらいのほうが花もよく育つのです。
 けれども、私たち教師は、つい水をやりすぎてしまう。親切で熱心な教師ほど「なぜ、これがわからないんだ」と、あれこれ口をはさみ、手を出す、過剰な指導をしてしまう。
 子どもが自ら「はてな?」と疑問を抱き、好奇心を働かす前に、エサを口に運ぶように教えてしまう。
 そして、その教えすぎが「また、先生が教えてくれるだろう」という頼る心を植えつけて、子どもの主体性を損ね、依存性を育ててしまうのです。
 したがって、答えをすぐには教えない忍耐力が必要になってきます。
 子どもが考えはじめたら、しばらくだまって見守る。迷路に入ったり、堂々めぐりをはじめたら、少しだけヒントを与えて押してあげる。ふたたび考え出したら、また、しばらく見守る。
 この「待つ」と「押す」のくり返しが教える技術のツボであり、本当に子どもを育てることになるのです。
 教えていることが、教わっている子どもに、いかにも見え見えなのは失格です。「見えない」のが理想です。
 答えを隠したり、答えるまで遠回りさせたりしながら、大事なことほどすぐには教えない。最短距離では教えないことが肝要なのです。深く教えようとしたら、回り道を恐れないことが大切なのです。
 ただし、回り道するときに気をつけなければいけないことは「教え惜しみ」をしすぎないことです。解決がいつまでも得られないと、途中でざせつしてしまいます。限界が見えたら、解答を与えて疑問を氷解してあげることが肝心なのです。
 思考を深める高度な発問をする前に、子どもが思考の入り口まで誘導するやさしい質問が重要になってくるのです。「ポストの色は何色ですか」と、だれでも手をあげられる場面をつくるようにします。すぐれた教師ほど「どんな子どもも答えられる」問いをいくつか用意しているものです。
 あえて、やさしい課題に取り組ませて成功体験をさせて、それを次の、よりハードルの高い課題への意欲につなげていく。こうした「布石」は、必ず必要になってくるのです。
 少ししか教えない、大事なことほど教えない、正しいことばかり教えない、という「教え惜しむ」指導法によって、子どもたちの学ぶ意欲を引き出し、その考えを深く豊かに耕すのです。
「教え惜しみ」の技術の内容をかいつまんでいえば、
・答えをすぐには教えず、自分の頭で考えさせる
・すぐに答えを要求せず、ゆっくりと考えさせる
・あえて大事なポイントを隠してヒントだけ与える
・わざとあいまいなことや間違ったことを提示して、固定観念や既成概念に揺さぶりをかける
そのような「自ら考えさせる」技術を使うことで、子どもたちを深い思考へと誘導するのです。
 学校は、子どもを育てようとして、熱心な教師ほど、かゆいところに手を届かせるようにして、懇切ていねいに過剰に教えてしまうものです。
 しかし、何もかも教えようとすると、かえって少なくしか伝わらないものです。また、教えすぎは教わる人の考える主体性を奪ってしまうことにもなります。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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笑いが出る楽しい授業をするには、どうすればよいでしょうか

 有田正和は講演会の冒頭でよく「1時間の授業で、一度も笑いのない授業をした教師は、授業終了後、ただちに逮捕する」と、よく言っていた。
 有田は、ユーモアというのは「対応の技術」だと考えている。「子どもが何かいったとき、かんはつを入れず面白い対応ができること、これが本当のユーモアではないだろうか」と述べている。
 有田自体、ユーモア小話だけで本を何冊も書けるほど面白いネタをいくつも持っている楽しい人なのだが、決して自分が主役になろうとはしない。授業における「笑い」の主役は、あくまでも子どもである。
 有田の有名な実践であるバスの運転手の授業記録の一部を紹介する。
教師「バスにはタイヤが何個ついていますか」という発問の後の授業の様子である。(「社会科発問の定石化」明治図書・8182ページ)
子どもA:「前に1個に、うしろに2個」
教師(有田):「Bくん、起立。これはどちらが正しいですか?」
子どもB:「8個」
子どもC:「それじゃスピードが遅くなるんだよ」
子どもB:「6個だ、6個。えーっ、待って。だって、後ろに4つに、前に2個だもん」
教師(有田):「うそばっかり」
 授業の核となるBくんに話をふり、さらに「うそばっかり」と挑発する。この一言でBくんはヒートアップ、他の子どもたちからは笑い声、参観者は大爆笑となったであろう。
 この場面、シンプルにまとめると「ある子にネタをふって、その発言につっこむ」ということになる。
 まず、話を誰にふるかがポイントになる。有田氏は、ここで、話を盛り上げてくれそうな発言をするBくんを指名している。
 しかも、このBくんは、けっこう打たれ強い。だからこそ「うそばっかり」というようなツッコミができる。
 これは、クラスの子どもたち一人ひとりのことをしっかり把握しているからこそ、できることである。
 
「対応力」を磨くことは、一朝一夕で身につくものではないが「あの子は発想が面白い」とか「打たれ強い」など、クラスの子どもたちのことを理解することは、やる気さえあれば、ある程度はクリアできる。
 そして、その上で 「教師は笑顔で授業を行う」
 気の利いたツッコミはできなくても、笑顔で子どもたちの言動に対応することは、意識さえすれば誰にでもできるはずである。
 教師の笑顔は、子どもたちも笑顔にする。「授業は楽しいものだよ」ということを教師は表情でしめさなくてはならない。スマイルは教師の義務だと有田は考えている。
 これは技というより、人間性といった方がよいだろう。ネクラからネアカな人間になる。これも教師の義務であると考えている。せめて子どもの前だけでも教師はスマイルを絶やさないようにしたいものである。
 有田が見た名人や有能な教師はみんな笑顔がすてきである。スマイルのある教師の授業は、やわらかく、暖かく、子どもたちものびのびと学習している。
 授業は子どもがわからない状態から、わかるようにすることです。私は授業をするとき「今日、子どもと何で勝負しようか」と考える。おもしろい授業をするには、「何で勝負するか」ということを、第一に考えよう。
 有田の場合は、一人か二人の子どもをターゲットにして、その子をこの一時間で
「学習意欲を引き出す。学び方を教える。見えない(わからない)ものを見える(わかる)ようにする」
ことを、どうやって引き出していくかを考える。
 ですから、授業を考える時に、まず、子どものイメージをつかんで、見えないものを見えるようにする。そのプロセスで学び方をつけ、学習意欲を引き出していくわけです。やっぱり子どもたちをベースにして、教材はあくまでも手段です。目的ではありません。
 楽しい授業の一番大事なのは、厳選された教材で学び方を育てる。しかも、子どもたちがとことん追求するような、意欲を引き出す。
 そうするには、やっぱり子どもたちが追及する材料を、子どもたちを予想して、これなら追究するだろうというような面白い材料を準備するということが必要ではないかと思います。
 「笑いを持ち込むと教室の空気がゆるんでしまう」「笑わせたら子どもになめられる」と、笑いを敬遠する教師も少なくありません。ユーモラスな話をすれば、子どもは身を乗り出して聞くはずです。子どもたちに集中力や注意力、学ぼうというエネルギーがうまれるのです。
 むろん、いつまでも笑わせていてはダメでで、次の瞬間には、そのエネルギーを学ぶほうへと仕向けていく必要があります
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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教師にとって最も必要な資質とは何か、また授業の実力を高めるにはどうすればよいか

 教師としての楽しみは「教師になってからの努力」によってこそ、もたらされます。初心を忘れ、現状に安住して過ごすようになると、教師人生の楽しみは半減してしまうでしょう。「進みつつある教師のみ人を教える権利あり」という言葉を心に刻んで進むべきだと思います。
 人生において、自分自身の資質や力量を高めていくことほど、すばらしいことはありません。自分の上達を実感できることは最高の喜びです。
 上達していくためには、他の人からの意見や批判によって、それまでの自分の考え方や感じ方を省みることが必要です。常に「自分の現状の否定と破壊」を自らに課する必要があると言えるでしょう。
 つらいこと、聞きにくいことにも、耳を傾けなければなりません。自分を変えて、変えて、変え続けることによって、徐々に望ましい自分になっていくのです。
 私はこれまで、たくさんのすばらしい先生がたにお会いしてきました。共通するのは、謙虚で素直だということでした。
 教師にとって何よりも大切なのは、自分が人間として教師としても、まだまだ未熟である、という自覚を常に持つことです。そうすれば、より向上したいという意欲がわいてくるものです。
 自分が未熟であることを自覚し、謙虚であり続ければ、正直になります。自分をよく見せようとする必要などありません。
 すると、教師自身が楽になるだけでなく、勇気を持って子どもたちと向き合えることになります。自分が間違っていたとわかったら、素直に改めていけばよいのです。
 自分を省みつつ、向上させていく教師には、子どもたちも心を開き、その姿勢を見て学び、成長していくのです。
 この「謙虚さ」と「向上心」の二つは、すべての教師にとって最も重要な資質と言えるでしょう。
 自分をより高く伸ばそうと思うなら、優れた人に直接会うことが最も近道です。いろいろと問いかけ話の糸口をつくることが望ましい。そして素直に聞くことです。
 上達の一番の条件は素直さです。まずは素直に教えを受け入れ
(1)
その指摘は、私の授業のどこにあてはまるだろうか。
(2)
その指摘を取り入れると、私の授業のどこが変わってくるのだろうか。
(3)
そのように実践したら、私の授業はどういうことになるのだろうか。
(4)
この指導は、私の授業のどこをどう改めよということになるのだろうか。
というように、自分の実践をまな板にのせて、受け入れることが大切です。そうすることによって、より良い実践が生まれてくるはずです。
 授業のレベルを上げるには、優れた授業者の授業を参観することが、最も効果的です。その場合も、発問法を見るとか、受けの技術を見るとか、学習形態の組織の仕方を見るとか、はっきりとした問題意識を持ち、具体的な目的を持って見ることが大切です。
 さらに、自分のふだんの授業を他の人に見てもらうことは、いっそうよい勉強になります。研究授業の回数は多ければ多いほどよいのです。それは教材研究や授業の腕を磨いていくことに役立つのです。
 授業では、子どもたちの反応を見ながら、常に工夫を加えていきましょう。授業を行った後に、指導案に授業の気付きをメモ書きし、反省を記入することをくり返すとよいでしょう。日頃の積み重ねが実力を高めます。
 授業の実践を記録するには、学級通信を利用するのもよい。授業の様子や学級のできごと、教師の思いや意見を記すと、特別に時間をかけなくても、教育実践の記録を積み重ねることができます。
 経験はぼんやりと繰り返しながら積んでも力にはならない。「こうしてみよう」「あれを加えてみよう」「あそこを削ってみよう」と、常に意図的に積むことが肝要なのです。
 私は本当に優れた先達との出会いに恵まれてきました。多くのことを教えてくださる。それが自分の成長の糧となるのです。すばらしい喜びとなるのです。
 一つひとつの出会いに意味を見い出せるかどうか、ということこそが、実は人間の成長の分かれ目のような気がします。
(
野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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面白くなければ授業ではない、教師の道に惚れ込み、面白さを見出すのがいい

 教師にとって授業が面白くなければ、子どもにとっても面白いはずがない。面白いということは、笑いがあるということである。笑いがある授業は楽しいのである。野口芳宏は面白い授業を求め続けている。
 笑いというものは楽しい時にしか生まれないから。良い授業には必ず楽しさがある。子どもの表情が生き生きするのである。そういう面白い授業を子どもたちにしていく、心がけが必要である。
 しかし、むろん笑いだけが面白さではない。笑いはしないが、考え合い、問いつめ、新しい解決の糸口を見つけ出せた時の喜びは格別すばらしいものである。
 そういった「知的興味の充足」も「面白さ」である。そのような面白さは、問いや、課題の質によって決まってくるとも言える。
 知的な面白さのコツは、ちょっとむずかしい問題を出し、初めは「わからない」と思わせ、少しずつその不満状態を解決していくプロセスをドラマにしていく点にある。
 野口の「うてとこ」の授業(「子どもを動かす授業の技術20+α」明治図書刊)などはその一例になろう。
 また、初めの考えが、時間の経過とともに否定され、やがて脱皮し、成長していくそのプロセスも、十分に子どもの知的興味をかきたてる。
 さらに、子どもが教師を乗り越えていくこともまたすばらしいドラマを生み、子どもを大いに楽しませる。
 教師の解答に不満や誤りがあり、子どもがそれを見つけ、教師の考え方を改めさせていくという面白さは、本当に教師も子どもも燃えに燃えることになる。その例としては、野口の実践「菜畑」が好適である。
 いずれにせよ、授業は面白くなければいけない。面白くなければ授業ではない、とさえ言ってよいだろう。野口は、あえて自らにそう言いきかせている。それをめざすところに、授業の腕を磨く楽しみもまた生まれてくるに違いない。
 教師の道を選んだなら、教師の道に面白さを見出し、教師の道に惚れ込んで、のめりこみをするのがいい。
 だから、どうしても教師という仕事、授業という仕事に面白味を見いだせないとしたら、教師としての人生はさぞ味気ないものになるだろう。また、そういう教師に教わる子どもたちの不幸も大きいことになるのではないか。
 私は人生にとって何に「面白さ」を見出すかということがたいへん、たいせつであるように思うのである。できうれば自らの選んだ職業の中に「面白さ」を見出し、それにのめりこんでみることが良いと思う。そういう、のめりこみの姿勢こそが、自らの人生の「探究」そのものになるのだと思うのである。 
(
野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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