カテゴリー「優れた授業とは」の記事

よい授業づくりをするには、どのように考えて授業をするようにすればよいか

 どんな教師になりたいか、どんな授業を目指すのかが明確でないとよい授業はできません。
 よい授業には、リズムとテンポがあり、子どもの動きは集中し、緊張感がみなぎっている。
 よい授業は、教師が全員の子どもに目を配り、動きを観察し、授業に張りがある。
 よい授業には、浄化作用がある。
 理想は、自分もやっていて楽しい授業。
 授業者に余裕がなければ、よい授業は生まれません。
 楽しい授業づくりを行うには、教師自らが学ぶ楽しさを知らなければならない。
 教材や方法を熟知し、それがあふれ出るようでなければ、子どもの動きを変えることはできません。
 子どもを主体にした授業作りを目指していきたいです。
 授業で大切なのは、子どもから学ぶことです。子どもの本音を引き出し、その本音から授業を作り上げていくことが教師の役割です。
 一流の授業ができるには、相手の気持ちを理解することが出来ること。そういう授業づくりを目指していって下さい。
 その場に応じた指導が出きるようになってはじめて、一体感のある授業ができます。
 板書しているときでも、教師は背中で子どもの空気を感じ、それに対応していく力が必要です。
 机間指導をしているときに、全体の雰囲気を感じながら、進め方を修正していくのです。
 子どもたち全員が出きるようになった喜びは大きいです。子ども同士の一体感、子どもと教師との一体感が生まれます。
 優れた演劇と同じような、感動のある授業づくりがしたいというのが私の長年の夢です。
 運動会のリレーで、声援をあげて応援する時には、子ども、選手、保護者が一体になります。
 勝敗は別にして会場全体が一つになります。そういうことを意識して演出していくことが、教育では大切なのです。
 授業で文句をいったり不平をいったりする子どもがいると、一体感を損ないます。きちんと指導していくことが大事です。
 教師の願いや思いをどのように教材化していくのかが、ネタ作りです。
 子どもに、生きる元気がでるというのは、最高の教材です。
 子どもに「元気」をもたらすことのできる教材づくり、授業づくりをしたいと思っています。
 到達目標がはっきりしていることが大事です。
 人間には得手不得手がある。
 勉強の得意な子ども、掃除の得意な子ども、作業の得意な子どもといろいろいる。
 一律に勉強だけを押しつけるのではなく、作業の好きな子どもはその面を伸ばしていけばよい。
 無理をして詰め込むのではなく、やさしい基礎・基本を指導して得意な面を伸ばしていくようにすればよい。
 大切なのは、子どもが楽しくできることである。
 みんなでワイワイしながら学習している中で、自然にできるようになっていくであろう。
 一人一人の子どもの、出来ない原因を分析していくことが大切です。
 子どものためを思って一生懸命に指導するのだが、効果はさほどあがらないのは、子どもが意欲を持っていないらである。
 授業で失敗しても失敗とは捉えない。やっているときは、私が一番と思うこと。反省は終わってからでいい。
 ネタを重視したシナリオが決まっている授業で、いつも私が思うのは、授業で発表できない子ども、意見を出せない子どもをどうするのかということです。
 そういう子どもが、何か意見を出せるような手立てを考えないといけない。
 自分が一番よかったという授業をモデルにして精進してください。必ず上達します。追試をして確かめていってください。
(根本正雄:1949年、茨城県に生まれ、元千葉県公立小学校校長。「根本体育」を提唱し,全国各地で体育研究会・セミナーにて優れた体育指導法の普及に力を注いでいる)

 

 

 

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「もう終わり?」という声がでる授業をするには、どうすればよいか

 筑波大学附属小学校の研究授業を見ることができた。
 久しぶりにすごい授業を見た。特に算数の田中博史先生の授業。
 田中先生と目の前にいる子どもたちは毎日こんな授業を行っているのだろうか。いわゆる名人芸。とにかくすごい。
 授業スタイルは昔ながらの教師一人と子ども全員との一斉授業だ。
 ワークショップ型だなんだと、そんなことを考える必要もない。
 教師の圧倒的な力は、授業の雰囲気を動かしてしまう。
 子どもの発言をそのまま受け取り、それを子どもに返す。
 気づくといつの間にか本時の学習問題になり、知らぬうちに解決場面へと導いてしまう。
 60分もやっていたのに「もう終わり?」「まだ話したいことがあったのに」という声が聞かれたのが何よりもスーパーな授業だった証拠だろう。
 田中先生は「先生のための夏休み充電スペシャル」と題し、お笑い芸人とのトークイベントを毎年開催している。その目的は、
「これは、お笑い芸人が、ライブで観客の心をつかむためにしている工夫や技術を授業の中で応用してもらうために始めたことです」
 実は学校や家庭で子どもに教える時も、お笑いの人たちの技術は使える。
 彼らは、観客の反応を見ながら「今日の客はこの話だとノリがよくないな」と思うとネタを変えている。
 学校の先生、そして家庭学習でのご両親は、その工夫をしないことが多い。
 本来は、今自分が説明しているここで、子どもがつまずいているなと思ったら、そこで立ち止まって軌道修正をしなければならないんです。
 しかし、多くの先生や保護者は、とにかく「ここまでやらせなければ、わからせなければ」で突き進んでしまう。
 せっかく子どもの顔が見られるのに、もったいない。台本通りやるのはつまらないです。
 とくに中川家の礼二さんの相方が兄弟ということもあって、台本をまったく書かず、その場の雰囲気でシナリオを決めることが多い。アドリブの達人です。
 礼二さんは、学校の先生も、目の前の子どもが眠そうにしていたら「これじゃ面白くない、問題変えようか、と動きながら授業をしたらいいのにな」と言っていました。
 子どもがボケてたらツッこむ。そんなお笑い芸人的な技術が備わったら、先生の授業力も一ランクあがったと言えるのではないでしょうか。
 家庭でもどうか、子どもの顔をよく見てツッコミを入れてください。子どもをいじる、時には親が間違えることで、子どもの注意を惹きつける。
 こんな親子の勉強のひとときは子どもにとって楽しい時間になりますし、説明役をたくさん引き受けた子どもの学びは、実のあるものになります。
 学校や家庭で、相手のタイプや状況に合わせてコミュニケーションの方法を変えることは重要な気がする。
「子どもの表情に合わせて、次に何をしゃべるか考える練習が必要なのは、学校の先生、家庭学習での親も同じです。さらに言えば、ビジネスでも同じだ」と思います。
 一つ、意外な秘技をお教えしましょう。家で職場で、子どもや部下にフィードバックする時、思っていることを表情に出さない。ポーカーフェイスを心がけてみてください。
 少なくとも「ここはどうして足したの?」と聞いた途端、子どもが書いた答えを消すのを見たら、あ、表情に出してはいけないんだな、と気づいてアクションを修正する。
 そうでないと、消して引き算に書き直して正解を出せたとしても、その子の本質的な学びにはつながらないんです。
 あくまでも表情に出さず、中立を心がけて「まずは顔色をうかがわせず、自分なりの考えで進めさせる」ことも重要でしょう。
 逆に自分の軸があって、基本的に自分で決めてやれるような部下の場合は、早いタイミングでアドバイスしても一向に構わないと思います。
 やり方は一通りではない。人の性格や個性によって付き合い方を変えないと、ポテンシャルを引き出せないんです。
 私は「初めての単元などで間違えるのはあたり前」とつねづね言っています。
 間違える回数が多い子どもの方が、幅が広がる。経験が増える。
 次のチャンスで、失敗を思い出して「あれをやって失敗したことがある、今回は避けよう」と応用がきく。
 いつも一発正解だと、限られた経験しかできないから、何をやったら失敗するかを学べないと思います。まちがいの経験が重要である。
 例えば、子どものまちがいのままに進めてみる。
「なぜ、30分は0.3時間じゃないの?」という、子どものまちがいにはどう対応したらよいか、を考えてみよう。
「なぜ、30分は0.3時間じゃないの?」という子どもの声に答える時に大切にしたいのは、まずは子どものまちがいの道筋を一緒にたどってみるということ。
「0.3時間と答えた子どものまちがいのままに、いったん先を進めてみる」ということです。
 私は、子どもが持っていたテスト用紙をいったん脇によけました。
 そして、手近にあった白紙の用紙を机にひろげ、
「なるほど。30分は0.3時間なんだよね」と子どもにたしかめてから、その紙に30分=0.3時間と書きました。
 そうしておいて、子どもに「じゃあ、40分は?」とたずねると、子どもはすぐに「0.4時間」と答えました。
 私は先ほどの式に続けて40分=0.4時間と書きました。
 つづけて「なるほど。じゃあ50分は?」と聞くと、「0.5時間」
「60分は?」「0.6時間」
 その子どもの言葉をひろって、私が「60分=0.6時間」と紙に書いたと同時に、その子どもは「あれ?」と声をあげました」
 そして、この後、この子どもは「60分は1時間なのに、0.6時間じゃたりない!」と自分で気づくのである。
 田中先生は言う、
「子どもには、まちがった答えを出すに至った考えがあり、根拠があるわけです」
「大人の説明が子どもに伝わらない、そういうときは、子どものまちがいのままに進めてみること」
「そうすれば、子どもが自分でそのつじつまの合わなさに気づく瞬間が来るんです」
(田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師を経て同副校長。全国算数授業研究会理事・日本数学教育学会出版部幹事,隔月刊誌『算数授業研究』編集委員、基幹学力研究会代表・算数ICT研究会代表。また「課外授業 ようこそ先輩」を始め、多数のNHK教育番組に出演。)

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優れた授業にするためには、具体的にどうすればよいのでしょうか

 すぐれた授業行為は、すぐれた教育技術に貫かれている。すぐれた教育技術は、すぐれた教育思想に基づいているのである。
 同じ教材で、同じ方法で授業をしても、人によって授業が異なるのは、力量の違いというより、教師の本質の違いであることが多い。
 まさに「教育は人なり」である。教師の本質とは、これまでの人生、個性・人生観の総和でもある。
 すぐれた教育思想は、その教師の人生によって培われた人生観の教育への照り返しである。
 すぐれた教育思想があれば、すぐれた授業が行われるというものではない。思想と行為の間には、大きな落差がある。
 すぐれた教育思想とは、
(1)教師はすべての子どもの可能性を信頼すること。子どもの個性、力量をよりどころとすべきである。
(2)教師はすべての責任をまず自分自身に帰すべきである。教師は絶え間なく反省し、常に修業し学び続けるべきである。
(3)教師はすべての子どもに生きていく勇気を与え、生きぬいていく知識と知恵と技を育てなければならない。
 授業が良いか悪いかの判断は、つぎの問いを自分自身に向けるのである
(1)子どもを本当に信頼しているといえるか
(2)本当に育てていると言えるか
(3)本当にすべての子どもを対象としているか
 教師のすぐれた授業中の行為は
(1)子どもの力をひき出す
(2)子どもに知識や技を教える
(3)子どもに知的興奮を与える
(4)子どもを包み込む
 教師は、子どもをやる気にさせ、自分から挑戦させ、追求させるようにしなくてはならない。
 すぐれた授業の具体的な授業行為は、
(1)教える内容が明快
 すぐれた授業は、教える内容が明快である。
 話しは整理され、短く明快に。文章は読みやすく、分かりやすい。
(2)教え方のポイントをふまえている
 教師はつまらない下手な説明をやめよ。問いと指示を出し、子ども自身に考えさせよ。
(3)発問の目線を低く
 目線が低い発問は、易しい問題だ。ゆっくりやると授業が濁り、だれる。
 だから、テンポを速くするのである。そして「変化のあるくり返し」して、たたみこんでいく。
 そして、一気に、本質の、むずかしい問題へ飛躍するのである。
(4)授業はリズムよく
 教師はできる限り明確な、よけいな言葉のない話し方をせよ。
 発問と作業指示が明確ないい方をせよ。
 授業のリズムをこわす原因は、一つひとつの指示、発問、解説が長すぎることだ。
 どうして、長くなるのか。よけいな言葉をつけ加えるからだ。発問は何を聞いているのか、どうするのかはっきりしない。               
 スッキリとした、明快な言葉つかいを教師はすべきなのである。
 指示はつぎのように、動きを生き生きとすること。
(1)指示・発問は短く限定してのべよ
 限定して、語尾をにごらせてはいけない。
(2)子どもが変化する言葉が必要
 どういう言葉によって子どもが変化するかは、自分でやってみるのが一番良い。それが身につけていく基本である。
 自分自身が苦労した体験がないと「言葉だけ」を知っても、身につかないのである。
(3)一度動き出した集団を、追加修正で変更させることは、よほどのことがないかぎりしてはいけない。
 一つの指示をして、子どもが動き出したら、修正してはいけない。クラスがぐちゃぐちゃになってしまうからである。
(4)まず、たった一つの明確な指示を与えよ。それができたのを確かめてから、第二のたった一つの明確な指示を与えよ。
 これを身につけるのは容易ではない。私は10年かかった。言葉を知ることと技術の習得は別である。
(5)指示の意味を短く語る
 10分も20分も指示の意味を語ったら、聞いてる方もだらけてきてしまう。
 たとえば「教室をきれいにします。ゴミを10個ひろいなさい」この程度でいい。
 短く、スパッと言うのがいい。こういう一言こそが、子どもを育てていく。
 子どもを動かす秘訣は「最後の行動まで示してから、子どもを動かせ」に尽きる。
「最後までどうやっていくか」ということが分からないから、子どもは場当たり的に行動するのである。
 子どもを動かす法則を補足すると
(1)何をするのか端的に説明せよ
(2)どれだけやるのか具体的に示せ
(3)終わったら何をするのか指示をせよ
(4)質問は一通り説明してから受けよ
(5)個別の場面をとりあげほめよ
 子どもを動かすのは、教師の人格と技術である。
 感性の鋭い子どもを動かすには、子どもを深く理解しようとする意欲を持つ教師の人柄と関係する。
 子どもを動かす技術の習得には年数がかかる高級な技術である。
(向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる。著作多数)

 

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教師が「優れた授業をする」「生徒に人気が出る」ために大事なこととは何か

 まず第一に、自分の専門教科に精通すること。
 ただ単に答え合わせをするな。自分流の教授法の確立。いわゆる教科の商品化である。
 たとえば、長文恐怖症を吹き飛ばす速読速解法。簡単に解けちゃう数学など、生徒の目線でタイトルを考えること。
 授業をストーリーに組み立てよ。
 まず、授業の導入。今日は何を教えるのか、徹底してプレゼンすること。
 大事なことを最小に絞れ。
 最悪の教師は、全部大事だと言って、最後までべたべた、だらだら。眠くなる。
 生徒に「今日は何を勉強したの?」と尋ねたとき「英語、数学、国語を勉強した」と言わせたら、その授業は失敗である。各教科の具体的な項目を言わせることだ。
 もっと思い切って、これを覚えれば、後は忘れていいぞというぐらいのことを言え。
 プロの教師とアマチュア教師の決定的な違いは、教える内容を切って捨てられるかどうかである。
 もちろん切るには、プロとして、切っても大丈夫という確信と、過去のデータを熟知しておかねばならない。
 わかりやすく、繰り返すことで、知識が定着する。そこで生徒は、わかることの喜びを体験する。
 そして、エンディング。
 もう一度、今日の重要事項を繰り返して確認する。
 そして、次回の予告をして、次回も受けなければ、「せっかく今日覚えたことが無駄になる」と、ある種の不安感を抱かせる。
 要するに、腹八分で終わることだ。生徒は「わかる」ことの喜びを期待している。
 教科書をシナリオに。
 教師が予習する段階で、授業は終わったも同然。
 答えの列記は予習ではない。結構、答え合わせだけの教師が多い。
 シナリオ作りとは、
(1)教科書にその日の授業の流れを明記する。
(2)授業の初めに、その日のテーマをまず知らせる。
(3)次に強調するテーマを示す。
(4)そして授業の展開に入っていく。
(5)大事なことは、単なる答え合わせの説明ではだめ。
 答えを導くのに、なぜ、この答えなのかを立体的、論理的に説明し、その教師の個性を生かしたテクニックを駆使する。
 一つの問題に一つの答えを出すだけでは広がりがない。その問題、答えの背景を示すことだ。
 出題者は何の根拠もない問題は100%出さない。必ず、意図がある。出題者の意図を見抜け。
(6)授業の合間に、できたら、教科書の内容に沿ったエピソードを入れれば動機付けになる。
(7)全部教えるのでなく、腹八分で終わることだ。
 来週につなげることで、来週も受けなければ損をする、ある種の不安感を持たせること。これは難しいが、挑戦してもらいたい。できればプロである。
(8)エンディングは、もう一度今日の重要事項を再度確認。来週の予告。
 授業をショウ(show)仕立てに。授業は楽しくなければならない。
 お客様は生徒である。どれだけ楽しませるか、満足させるか。
 教えてやるんだという考えは即捨てよ。
 学んでいただくのだ。
 徹底したサービスである。これが、学校の教師との究極の差別化である。
 教科書をシナリオにした上で、パフォーマンスは大いにやるべきだ。
 わかりやすい授業、すばらしい授業、感動する授業の直後にパフォーマンスをする。効果的な演出になる。
 しかも短時間に。効果抜群である。
 亡くなった落語の名人、桂枝雀の緊張と緩和である。
 気をつけなければならないことは、やたらにやると生徒からブーイングが出る。
 雑談が多いという批判を受ける。
 パフォーマンスの種類は人によっていろいろある。
 自分の個性に合わせて、無理をしないで自然に出せるとよい。例えば
(1)笑い・ユーモア型パフォーマンス
(2)語りかけパフォーマンス
(3)ためになる説教型パフォーマンス
(4)ジーンとくる涙型パフォーマンス
(5)知識、知性型パフォーマンス
 生徒は変わらない、教師が変われ。
 学校であれ、塾であれ、教師は同じ生徒たちを毎日一年間教えることになる。
 自然と教師と生徒に飽きが始まる。
 生徒が悪い悪いという前に、教師自ら努力して己を変えよ。
 そういう意味で生徒が変わることを期待してはならない。
 教師が変わる努力と工夫が必要である。
 私は36年間、一度も授業で飽いたことはない。楽しいのである。
 今日はどんな授業をしようかと思うとわくわくする。例えば、
(1)今日は徹底して基礎をやろう
(2)難解な問題をわかりやすくやろう
(3)おもしろい話をしよう
(4)苦労した経験談をしよう
 ネタはいくらでもある。
 教師は教育以外のことから学べ。
 教師はもともと社会性が乏しい。
 生徒から「先生、先生」と、父母から「先生、先生」と呼ばれると何か、自分が偉くなったような気がする。
 特に、つい最近まで大学生であった若者が、教師になるといきなり先生と呼ばれると勘違いをする。何様だと思っているだと言いたい。
 生徒は社会性を親から学ぶ。教師は誰から学ぶんだ。
 一般社会でいろいろな分野で、それこそ汗水流して頑張っている人たちを見よ。
 親の悩み、子どもの悩みをもっと直視せよ。多くの人たちから学びなさい。もっと勉強しろ。
 教師は感性を磨かなければならない。
 感性が教師の最後の砦になる。
 情熱と努力ができれば、感性は身につく。
 赤ちゃんを見よ、わが子を見よ、若者を見よ、母を見よ、父を見よ、じいちゃん、ばあちゃんを見よ。必ず感性をくすぐる心がある、話がある。
 生徒の悩み、苦労、非行から学ぶときに、教師側に感性がなければ生徒と同じ目線に立てない。
 私は生徒を変えようと思わない。自分が変わろう。そして評価は生徒に任せよう。
 教師に限って人の話を聞かない。学ぶ姿勢、社会性がないのである。
 生徒に学べという前に、教師自ら学ぶべきである。
 生徒に「勉強しろ」というまえに、先生「あんたが、勉強せえ」
 人の話を真剣に聞け。そして真似よ。
 読書、音楽、映画、スポーツなど、仕事以外のすべてに関心を持て。
 私は、水泳、マラソン、カート、四国の88ヶ所巡り、熊野古道登山から学んだことは枚挙にいとまがないと言える。
 私は、生徒から学んだのである。
 だから人気があると自信を持って言える。
 教師自ら学ぶべきである。
(瀧山敏郎:元小学校・中学校・高校教師・教頭・予備校講師(代々木ゼミナール・東進ハイスクール)経て教師アカデミー主宰。元全国英語研究団体連合理事・京都私立中学・高等学校英語研究会会長。テネシー州等名誉州民)

 

 

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すばらしい授業は「攻めと受け」が絶妙なバランスで成り立っている

 授業の目的は,学力を形成すること。  学力が形成されたかどうかは,子どもが変容したかどうか。  学力形成とは「獲得・習得(入手)」「訂正・修正(変更)」「深化・拡充(向上)」のどれかがあればその授業は学力が形成されたことになる。  すばらしい授業は「攻めと受けの論理」が絶妙なバランスで成り立っている。 「攻め」は計画。つまり指導案。  授業は計算して組織しなければならない。思いがけない質問に答えられないことが続くと授業は壊れる。だから、深い教材研究を。  指導案は5つも6つも作る。授業になったらそれをすべて捨てよう。  授業設計という人がいるがそれはダメ。設計図通りしなくてはいけないと思うから、設計図から狂ったら困る。情況にあわせて授業をするものだ。  教師は指導案の研究はよくやるが「受け」の研究はあまりしない。 「受け」は難しい。受けは、出た時の瞬時の判断。絶妙な状況の論理。  発問したあとの間。わずか2~3秒程度の短い時間だがこれで授業の緊張感を高めることになる。  笑顔、真剣な表情,遠くを見つめる表情,宙を仰ぐ表情など,答えに対して様々な表情で反応し,生徒の気持ちの高揚を図る。 「受け」のことは本にも書けない。 「受け」を鍛えるためには、経験を意図的に積んで整理するしかない。僕は寄席が好きで行くよ。落語から学べるよ。  子どもが発言したあとの一言,これには様々なバリエーションがある。たとえば、  「ふーん」「立派」「上手に逃げたね」「無難に逃げたね」「うーんと簡単に言えば」  「何か文句あるの」「OK」「ちょっとピント違うではないの」「へーーー」「へ」  「もう少し詳しく」「何だって」「なかなか」「うんうん」「何か出てきましたか」  「おーーーっ」「こりゃ複雑だ」「これはそうですよ」 「うーーんよかった」  「いいです」「そのとおり」「正解」  授業において,子どもが発言した時の教師の瞬時の言葉が重要である。  どの子どもにも同じ言葉をかけても、子どもの意欲は引き出せない。  答えの内容、姿勢などをビシッと評価できる言葉を数多く持っておくことだ大切だ。  語彙力をつけるために,本や映画,新聞,講演会,落語,コントなどなどで心のひだにひっかかった言葉をノートに書いている。  もっと話術を磨き,人を引きつける力を身につけることが教師の指導力向上の一つの条件である。  子どもを向上的な変容をさせないような指導ではダメ。授業は一人ひとりをきちんと参加させること。そして鍛えること。  全員参加の授業にするために、答が〇か×を問う質問をして、全員に○×かをノートに書かせる。  参加者全員に意志決定を強制する。「教育は強制である」という野口芳宏氏のポリシーが顕著に表れている。  ○×をつけることにより、次の展開が楽しみになるという学習意欲も向上できる。  そして、最初に必ずこう問う。 「○と×どっちが多いと思う」  これにより、子どもの緊張感を高め、次の展開の期待度をより高めることができる。  また、手を挙げたら、隣や全体を見てごらんと言う。  自分の意見と同じ人を確認させ、指名した時に○と×を急に変えて逃げないような布石を打っておくことも忘れない。ここが鍛えるということにつながっている。  抽象的な発問後、重苦しい空気が漂ってきたら「隣近所で答えを見せ合ってください」という指示を出す。  このことにより,空気が和み意見が言いやすくなる。しかし,間延び過ぎると授業の緊張感を崩す原因となるので要注意である。  小集団学習は授業の雰囲気を和らげる。子どもが固くなった時、公的私語を許す意味で小集団学習を入れても良い。  板書しながら声を出すと、子どもがノートを書くとき、助けることになる。  活動主義の授業はダメ。今の授業で先生は何を指導したのか分からないような授業ではダメ。  聞き慣れない言葉でも反対語を並べ書くことにより分かりやすくなる。  たとえば「利己的」と「利他的」,「即効的」と「遅効的」、「俗人」と「聖人」と「悲観と「楽観」 タイミングよく故事成語やことわざなどを持ち出すと,説明を分かりやすくすることができる。  たとえは「悪銭身につかず」「正直の頭に神宿る」  私の知っているすばらしい教師に共通しているのは、どの先生も、その年齢や地位にかかわらず「謙虚」であり、「素直」であることだ。 「謙虚」であり、「素直」である人の「心のコップ」はいつだって上向きに置かれている。  だから、教えをどんどん受け入れて自分の力を高めていけるのである。  心ない若い教師は、心のコップを伏せてしまっている。いくら価値あるものを注いでもみんな外にこぼしてしまう。身に入らないのだから伸びようがない。  学校の教師は、異がきらいである。野口芳宏氏は講演などの後の感想は「批判」のみしか目を通さないと言う。こうした、異に学ぶ姿勢には敬服されられる。 (野口芳宏:1936年生まれ、元小学校校長、大学名誉教授、千葉県教育委員、授業道場野口塾等主宰)

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授業で、95%以上の子どもたちに支持してもらうには、どのようにすればよいか

 予備校のマドンナ講師、荻野文子さんの人気の秘密は、入念な準備にある。
 90分の授業に3倍の時間をかけて準備する。
 見せ方にも気を使い、姿見で通しげいこもする。
「連続ドラマの脚本家、演出家、そして役者。すべてを兼ねているようなものです」と語る。
 少し鼻にかかった甘い声で、古文の受験勉強のツボを押さえていく。
 まっすぐな視線、整理された板書、明快な説明。
「マドンナ」の愛称で親しまれる荻野さんの映像授業は、モニター画面を見つめる受講生の視線を引きつけて離さない。
 代々木ゼミナールなどを経て東進ハイスクールで衛星放送授業、講師育成などに携わった。
「マドンナ古文」シリーズ、「ヘタな人生論より徒然草」など著書が多数ある。
 今は授業のほとんどが衛星授業だ。スタジオでカメラに向かって授業し、それを全国の提携塾や予備校などで1万人を超える生徒が画面を通じて聞いている。
 大きなホールで千人を超える生徒を相手に授業をしたことがある。あらゆるレベルの生徒がやってくる。
 高校3年生を中心に、浪人生、高2、高1、なんと気の早い中学生も。
 そんな状況の中、終了後に行われるアンケートで「支持率95%を取れ」という至上命令が課せられる。
 どうすれば、そんな大人数を相手に95%という支持率を取れるか。
 高い支持率の獲得をめざして、話をわかりやすくするために、生徒を次の四つのタイプに分ける。
「秀才君」:集中力、忍耐力があって思考力もそこそこある。
「ロボット君」:一生懸命暗記する。努力で、まずまずの成績を維持している。
「元気君」:好奇心旺盛。
「埴輪(はにわ)君」:何事にも無関心。
 これは、授業態度の印象を誇張したネーミングで、人格を指すものではない。その点は強調しておきたい。
 さて、この4タイプを同時に納得させるには、どうするか。
 結論的には、一つのテーマについて4通りの説明を重ねる必要がある。
 例えば、和歌にある本歌取りという修辞法。
 教科書では「有名な古歌の一部分を読み込むことで、その和歌を取り込んだ新しい歌境を表現する方法」と説明されているが、「新しい歌の境地」という意味が生徒にはよくわからない。
 私は、まず元気君ならどんな疑問を抱くかを考える。
「それ盗作と違うん。今なら著作権法違反。なんで褒められるん」と、元気君になったつもりで質問を投げかける。
 すると、元気君の耳がピッと立つ。ロボット君も「何を言うんだろう」
 埴輪君も「盗作? ふうん」と耳が動く。
 そこで和歌から離れて現代の歌の例を持ち出す。
 山口百恵の歌「プレイバックPart2」。
 フレーズを口ずさむと、五感に反応することが多い埴輪(はにわ)君が授業に参加してくれる。
 この歌の歌詞には、カーラジオから沢田研二のヒット曲「勝手にしやがれ」が流れる場面が盛り込まれている。
 これは本歌取りだ。わずかな文字を引いただけで山口百恵の歌に沢田研二の歌が二重写しになっている。
 男性のやせ我慢ではなく、女性のプライドを歌っているので、盗作ではなく、うまい表現と褒められる。
 こんな説明をすると、元気君は大喜び。
「古文も一緒」とパターン化すると、ロボット君も安心し、もっと知的な解説を加えると、秀才君も満足する。
 学校で元気君を育ててもらえると助かる。
 授業をちょっと改革して、素朴な疑問に答える工夫をしてはどうだろう。
「盗作と違うん」みたいな質問をどれだけ予測できるかが勝負。
 一つ一つの単元ごとに、みんなを抱き込んで興味づけできるものはないかと、1年間、その目線だけで教材を見てはどうか。ほかの科目の教師と話すのも参考になる。
 私は授業の準備をするときに、
 どうすればみんなが納得するかを考える。
 そのためには教師自身が「元気教師」でないといけない。
 子どもに好奇心を持っていないと、発想は生まれない。
 家で疲れてテレビを見ていても、何か使えるものはないかと考え、絶えずアンテナを張り巡らせている。
 授業を受けようという気持ちで学校に来ていない子どもには、素朴な疑問を大切にして、興味を引きつけることだ。
 授業のとき、言葉のテンポやリズム感、立ち居振る舞いのコツは、鏡の前で授業をして、自分の動きをチェックすること。
「変な動きをしている」と恥ずかしいが、自分の授業を直視することは大切だ。
 役者が舞台に立つのと同じだ。立ち位置や板書の場所なども全部シナリオと思っている。
(荻野文子:1957年兵庫県生まれ、元東進ハイスクール古文科講師、学研プライムゼミ古文科講師。大学受験単科塾TOY・Ans・navio塾長。講師アカデミー共同主宰)

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玉田泰太郎(たまだ やすたろう)(小学校)「理科授業づくりの名人」

 玉田泰太郎(19272002年)は、愛媛師範学校、東京理科大学を卒業し、東京都公立小学校教師となった。教職員組合の教育研究集会で活躍し、科教協の会員となり、授業づくりの名人としてよく知られた存在であった。
 玉田の授業は、まず「課題」を出し、それについて子どもたちに「自分の考え」を書かせ、それを発表させ「討論」を組織し、「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書かかせ」たうえで、課題に決着をつける「実験」を行い、「実験でわかったこと」を書かせる。
 つまり、「課題」→「自分の考えを書く」→「討論」→「他の子どもの意見を聞いて、自分の意見を書く」→「実験」→「実験でわかったことを書く」の順に授業を進めるのである。
 玉田の授業は、子どもの前で多くを語らない。玉田が学習課題をだし、それについて子どもたちが自分の考えをノートに書く。机間巡視でそれをのぞき込みながら授業を組み立て、対立する意見を選び出して、指名発表により討論させる。
 玉田による説明はほとんどないが、子どもたちは、自分の考えを書くこと、ひとの考えを聞くこと、再び考えノートに書くことを通して、教師のねらいに導かれていく。

 最後に決着をつけるための実験を行い、実験の結果とわかったことをノートに書き、正しい気付きへと導く。早く書けた子どもからノートを読ませる。
 先生が最後に「ほんとうはこうなんだ」と言わなくてすむ(学習課題方式の)授業、それが玉田流である。なぜこんなに集中して授業に参加できるのかと思うくらい子どもが集中している。

 玉田の学習課題は、子どもたちみんなが到達してもらいたい目標である、その目標は子どもたちが獲得できるように、具体的な内容や手順を持った本質的な概念や法則である。
 玉田が授業中にノートに書かせる指導は、子どもにとってはクラスの中で何を学び、どのように自分の考えが変化したかを自分自身で確認することができる。
 教師にとっては子どものノートを見ることにより授業の評価を行う大切な手がかりとなる。

 玉田は自らの授業づくりを名人芸とするのではなく、共有財産にすべく努力した。
 そのために、玉田は若い時から授業記録と、それにもとづいて仲間たちと授業研究を行うことの重要性を主張していた。
 毎日の授業こそ実践的な研究の場であるとする玉田の強い意志があった。この日々の授業研究の地道な積み上げこそ、まさしく授業の名人を誕生させる動因となったことを忘れてはならないだろう。


「時代を拓いた教師たちⅡ 教育実践から教育を問い直す」田中耕治編著日本標準 2009


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子どもが夢中になる授業の条件とは何か

 たとえば、理科は学ぶ喜びに満ちた教科なのだ。
 理科の面白さは、自然を対象にして問題を見いだし、仲間と協力して解決を図ることで、自分の世界が広がったり、仲間とのつながりが一層増したり、自分自身の成長が感じられたりすることにある。
 子どもが夢中になって、取り組める授業の条件として考えることは、
(1)教師がねらいをはっきりもっていること
 子どもにこのような能力・資質を引き出したいという具体的なイメージをもつことが大切である。
(2)教材に工夫があること
 奇をてらうという意味ではなく、子どもの思考が発展するかどうか、ということである。
 少し視点を変えることで、子どもには新鮮に映る場合がある。
(3)子どもの考える筋道を大切にすること
 教師が指導計画を立てても必ずしもその通りにはいかないことがある。
 そのとき、教師が子どもに学ぶことができる。子どもに学び、ズレを生かすことで、授業は動的に生き生きとなっていく。
(4)子どもを理解すること
 一人ひとりの子どもが授業で生かされるようにしたい。
 子どものこれまでの経験を知っておくということのほかに「その子」はどのような子どもなのか、できるかぎり一人ひとりに即した理解を大切にしたい。
 理科4年「もののあたたまりかた」の単元を「変化」という基本から見るとどうなるかを考えてみる。 
 金属は熱源から順に温まっていく。変化が起きるためには必ず起こしたものがあるという、因果関係を子どもは学ぶ。
 この経験をもとにすれば水の温まり方の見通しをもつことができ、実験の方法も自分たちで工夫して作ることができる。
 子どもたちは、温かい水と冷たい水の接する部分に仕切りを入れて、その仕切りを取るとどうなるか、という実験を考えた。
 金属と違って水の場合、冷たい水が温かいお湯の下にもぐり込み、上と下に分かれてしまう。
 その現象を見たとき、子どもたちは風呂の経験を思い出し、水の面白さや不思議さを感じていた。
 水は温まると軽くなるという、性質の変化を発見する。温まるという変化は、性質の変化を生むというように、水への見方が一気に広がるのである。
 ここで培われる「能力」は「ものが変化するときには、必ず変化させているものかあり、変化すると性質が変わる場合がある」という自然事象への見方の発展である。
 深層海流は2000年をかけて地球の海の底を流れているという。水とお湯に分かれた目の前の現象も、地球規模で起きているのである。私たち人間もたえず変化し発展しているのである。
 理科を学ぶということは、単に自然の事象の理解にとどまるものではない。そこに、子どもは人間としての生き方が投影される教科なのである。自然が教師であるという表現は、けっして比喩ではない。
(筑波大学附属小学校・理科教育研究部)

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子どもたち全員が授業に参加するには、挙手指名を捨てればよい

 手を挙げた一部の子どもたちの発言だけで進んでいく授業をする教師はシロウトだと思う。
 言うまでもなく、授業はクラス全員に力をつけるために行われる。
 そのためには、クラス全員、一人残らず確実に授業に参加させなければならない。
 プロ教師は、子どもたち全員を授業に参加させる策略をもたねばならない。
 私も教師になって1年目は、手を挙げさせて発言させていた。しかし、野口芳宏氏の本に出合って、私の授業は大きくかわった。
「発問をしたら、まずノートに書かせる。そして、列指名で発言させる」
 という方法を知ったからだ。本には次のように書かれていた。
「たとえば、ある子どもの発言があったとする。その発言に対して、ノートに
『なるほどなあ、と思ったら〇を書け』
『少しおかしいぞ、と思ったら×を書け』
というように指示するのである。
 こうすることによって、全員がひとり残らず、〇か×かのいずれかをノート書かなければならなくなる。傍観者ではいられなくなるのである」
 若い頃は、たくさんの教育書や教育雑誌を読もう。セミナーにも参加しよう。
 たとえば「教科書〇ページを開いたら、立ちなさい」という指示は、全員参加させるための指示である。
 たとえば「子どもを見る目の必要性を強く訴える」のも、全員参加を保障するためである。

 勉強しない教師が怖いのは、自分の受けた教育だけを頼りに実践をしてしまうことだ。
 子どもたちは、どんどん変わってきている。自分が受けた10年前、20年前の教育がそのまま通用するわけがない。
 私は野口氏に出会って、本当にラッキーだった。私の授業を180度変えてしまうほどの財産を手渡してくださったのだ。野口氏に感謝である。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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授業名人が伝える、授業作りに必要な心構えと、授業力があがる方法とは

 授業に必要な心構えは何かを理解し、事前の準備をすれば授業が堅実になり、教師人生が充実します。
 教師は、子どもたちの生きた見本にならなければなりません。
 言葉づかい、文字、服装、態度など、あらゆる場面で見られる教師の姿が、そのまま子どもたちの教科書になります。
 授業で教師が教えるさいの最も大切なことは「向上をめざす教師の姿と、向上する喜びを子どもに見せる」ことです。
 教師が、昨日よりも今日、今日よりも明日へと向上しながら変化していく姿勢を子どもに見せるのが最も大切です。それと、その努力から得られる喜びです。
 教師がこれを実践していくと、子どもたちの人生の指針となるだけでなく、教師自身の心を豊かにうるおしてくれます。
 教師がいいことだと思ったらやってみる。やった結果を検証する。さらに優れた教えを探し求める。
 素直に教えを乞い、自分を無にして、人から学ぼうとする教師は必ず伸びていきます。
 何かひとつ、昨日とは違うことをしてみる。その成果を振り返ってみる。教師が新しいことに挑戦すると、失われた意欲を蘇らせてくれます。
 どんなことでも、自ら実践し、向上しようとしない教師は、子どもを教える資格はないのです。
 一日の始まりとなるあいさつ、出かける前の身だしなみ、人と接する際の態度、言葉づかい、黒板に書く文字、自らを表現する文章、教師を育てるための勉強まで、子どもたちに教えるべきことは、すべて、教師自身の言動から始まります。
 これをしっかり心にとめて、向上しようと、日常を生きることが、教師としての基本です。
 次のような授業に必要な心構えと、事前の準備を積み重ねていけば授業力が向上し、教師人生が充実します。
1 言葉づかい
 言葉づかいの基本は、相手を尊重し、認める態度を示すこと。
 子どもは、先生が自分を受けとめてくれるかどうかを敏感に感じ取りますから、問題行動があったときでも、ゆったりと構え、まず「聞いてあげる」姿勢を見せるべきでしょう。
 休み時間の雑談はうれしいもの。親しみのこもった言葉で、子どもを抱きしめればいいのです。
 しかし、授業中の指示や注意は、短く力を込めて、語尾まではっきりと発音すべきです。何を言うべきかを冷静に突き詰めておけば、自ずと言葉は簡潔になります。
 子どもはいつも教師を見つめ、鋭く観察しています。
 学校内で目にする教師同士や教師と保護者との会話、先輩や管理職などとの会話のすべてが子どもにとって規範となります。その場面にあった言葉をつかうことを心がけねばなりません。
 言葉は自分の考えを相手に伝えるもの。他者との関係をつなぐもの。社会生活を営むもの、と奥が深い。
 年齢や考え方が異なる相手に対しても、きちんと会話できる力は、付け焼刃では育ちません。
 子どもは、小さい頃から、正しい言葉づかいを耳にして、肌になじませてあげることが必要です。それができるのは、学校の教師しかいないと私は思います。
 例えば、目上の人には丁寧に、親しい仲間にはくだけて話す。そんな使い分けがあることを自然に感じる環境があればいいのです。
 教師が出す指示は、あたたかな人間味のある会話で交わすべきですが、教師と子どもとの会話は、友だちとの雑談とは違います。立場が違う「線」は、きちんと引かねばなりません。
 立場の違いを自覚するからこそ、教師は子どもに迎合することなく、子どもの気持ちを推し量り、指導することができるのです。子どもの後ついていくような教師は落第です。
2 書く 
 私はずっと自分の字はへたで劣等感を持っていました。
 書道の先生のところに字を習いに行ったとき「へたな人ほどうまくなるものだよ」と言ってくださった言葉が私の心の支えになっています。
 私は字の才能がないおかげで、努力することの楽しさ、もたらしてくれる可能性を知ることができました。
 より美しい字を書きたいと望む人は、ぜひすぐれた師について学ぶことをおすすめします。
 人に伝わる、上手な文章を書くには
(1)できるだけ、たくさん書くこと
 どんなに文章が苦手な人でも、多作するうちに次第に慣れてきます。慣れは、よけいな気負いや虚栄心を洗い流してくれます。
 読んでくれる人からの反応や評価によって、文章力を磨いていくことができます。
(2)質
 何を伝えたいのかを考えることです。
 私は講演のときは、大きなテーマを決めたら、それに関連する内容を思いつくままにメモしてみます。
 そうして材料が集まったところで、内容をグループ分けして構成し、伝えたいことをいくつかの項目に束ねて、小見出しをつけます。
 いい文章は小見出しを見るだけで興味をひかれ、自然と中身に引き込まれます。
(3)人の文章をより多く読むこと
 簡潔平明にして面白く、読む人に勇気を与え、なおかつ自身の成長の記録となる。そんな文章を求めて、私はいまも修業中であります。
3 より多くの人に授業を見てもらい、評価してもらう
  研究授業は苦手で避けたいという教師が多い。
 しかし、他人の目に自分の授業をさらすことは、やるべき価値があります。
 人間は易きに流れやすい。だからこそ他の人に見てもらおう。
 いつも通りの授業を何回も見てもらうほうが力になる。
 保護者など、授業に先入観のない、むしろ素人である人のほうがいいのです。
 大人の興味をひかない授業が、子どもの心をとらえられるわけがありません。
 他人の目は鏡です。より多くの人に見てもらい、感想を聞いてみましょう。
 その積み重ねは、授業の質をあげる原動力になっていきます。
 授業を見てもらうことは、はじめは抵抗が大きいかもしれませんが、場数を踏むごとに、だんだんと楽しくなってきます。
 次はこんな授業をしてやろうと、新しい意欲につながります。
 研究授業や授業公開の機会は、決して断るべきではありません。
(野口芳宏:1936年生まれ、公立小学校・千葉大学付属小学校教師を経て、公立小学校校長。退職後、北海道教育大学・植草学園大学各教授、千葉県教育委員会委員等を歴任し、植草学園大学名誉教授。「鍛える国語教室研究会」「授業道場野口塾」「実感道徳研究会」各主宰)

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