カテゴリー「授業づくり」の記事

授業を楽しくするための工夫と、授業の自分用の指導案づくりの工夫

1 授業を楽しくするための工夫
〇子どもたち一人ひとりに小さなホワイトボードを渡し、クイズ番組のように私が問題を出して、その答をホワイトボードに書かせて、みんなで「せーの」で出します。
 盛り上がって楽しく復習したりできます。
〇小学校の低学年の時は、人形を使って授業をします。子どもたちは、人形が登場するだけで大喜びです。
〇「こまったくんキャラクター」がいて、授業の導入で「困った問題」を子どもたちに相談します。
 授業の最後の確認の場面で、わざと間違った答をいったりします。
 子どもたちは「違うよ!」とむきになって説明します。うまく説明できると「わかったくん」になって帰っていきます。
〇授業のノートに感想を書いて提出してもらいます。私は子どもとキャッチボールできるような返答を書きます。
 私にとって、子どもの学習の理解度が把握でき、子どもにとって先生にノートが見られるので書く意識が高まります。
〇デジカメをテレビにつないで、挿絵や教科書など映します。お手本になる子どものノートも撮って映します。
〇算数は、子どものつまずきそうなところ、引っかかりそうなところを、ヒントになるカードを用意します。
 例えば、式や表を穴埋め式にしたり、具体的な図を書いておいたり、簡単な数字に置き換えた問題にします。
〇子どもは実際に見て感じると興味を示すので、できるときは具体物を用意したり、写真を見せたりします。
〇社会科ではクイズを出しながら、授業を進めることもあります。
〇国語の物語文などを手書きでつくり直します。
 子どもたちが行間や段落ごとに、感想を書き込めるようにします。
2 授業の自分用の指導案の工夫
〇ノートに大まかな流れを書いておきます。
 そして、授業の時に子どもが、輝いた発言、悩んでいる発言などを座席表にメモします。子ども理解に役立ち、つぎの授業の発問のもとになったりします。
〇板書案を書いて、展開を整理し、ポイントをはっきりさせます。
 視覚的な図が頭に入りやすい。実際の授業中に、子どもとのやり取りで、予期せぬ展開になっても脱線せずにできます。
〇ノートに授業の流れをメモします。なるべく細かい発問まで書くようにしています。
〇子どもと同じノートに、子どもに何をどのように書かせるか、実際書いて授業をねります。
(佐藤/隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

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授業はわからせようとする気迫が大事、「下手でも教えられる」という自信を持つことも上手な授業をする条件

 授業は上手であることに越したことはありません。
 けれども、はじめから、そうそう上手にできるわけでもありませんし、いつもいつも上手にできるものでもありません。
「下手でも教えられる」という自信を持つことも、上手な授業をする一つの大事な条件ではないかと思います。
「なんとしてでも。わからせるぞ」という自信が授業には大切です。
 授業に必要な自信は「なんとしてでも、わからせる、わからせることができる」という自信です。
 上手そうに見えた授業なのに、案外、子どもに力をつけていないことがあります。
 逆に、下手としか言いようのない授業が、意外に子どもに力をつけていることがあります。
 それは「本気で子どもにわからせようとしたか」どうかの違いだと思います。
 授業はうやむやにしてはなりません。
 そのためには、下手でも自分の納得にいくまで教え込もうという構えが必要です。
「うん、わかったッ」と子どもが思わず目を輝かせるのを見届けるまでは、決して後ろに引き退がらないぞ、という構えが必要なのです。
 教え方というものは、いろいろあるにちがいありません。
 一つの文章を読み取らせるにも、さまざまな方法があるでしょう。ことばの意味一つわからせるのさえ、その方法は三通りや四通りではないでしょう。
 それも教材により、子どもにより、ということになれば、さらにさまざまになるでしょう。
 そういうものを、早く知り、自分の中に取り込んでいきたいと思います。
 そのために、本を読んだり、話を聞いたり、授業を見たり、研究会に出たりして勉強を続けるのです。
 そうして取り込んだものが、自分の中にうまく位置づくと、それは授業への糧になります。
 ところが、自分ではうまく取り込んだつもりでいても、なかなか位置づかないことがあります。
 私の長い教師生活でも、何回かそういう時期が何年目かするとめぐってきて、苦しんだり悩んだりすることがありました。
 それを乗り越えるのに「下手でも教えられる」ということが、いつも私の支えになっていてくれたように思います。
 とっさにいい方法が出てこないかもしれません。まずい方法しか出てこないかもしれません。
 いずれにしろ「なんとしてでもわからせたいと思う」と、きっと何かを見つけ出すことができるでしょう。
「下手でも教えられる」という自信は、それをやり通してみた時に、自分のものになってきます。
 そこは、誰の助けもない場です。今の自分の持っている力を、精いっぱいぶつけるより、しようのない場です。迷ったり、わからないなどと言っておれない場です。
 そこで出てきた方法は、まずかろうと、まずくなかろうと、ともかく自分でつかみ出すよりしようのなかった方法です。
 それは、自分の創案でないかもしれません。
 いつか読んだ本の中にあったことかもしれません。
 いつか、だれかに聞いた話の中に出ていたかもしれません。
 いつかどこかで見た授業の中で感じ取っていたことかもしれません。
 それらを組み合わせたり、こねたりしたところで浮かんできたことであったかもしれません。
 もし、そうであっても、そうして出てきた時には、それらの勉強が自分の中に生きてきているのです。
 自信のない授業を続けていては、そういうことにはなってきません。
 いろいろな勉強が生きてくるのも「わからせることができる」という自信のある授業が土台になっている時です。
 繰り返します。授業に必要な自信は、下手だから持てないという自信ではありません。「下手でも教えられる」という自信なのです。
(
戸田唯巳:1919- 2009年、元兵庫県西宮市立小学校校長、小砂丘忠義賞受賞)


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クラスの子どもたちを変えるにはどうすればよいでしょうか

 学級づくりと授業づくりを分けて考えたのでは効果はでません。授業の中でこそ、学級づくりをするという意識が大切です。
 クラスを育てるには、最初から全員を同時に育てようとするよりも、まずは一人に絞って取り組んでみます。
 その一人の変化を教師が拾って、それを周りに広げていくほうが効果は出やすい、と私は思っています。
 たとえば、子どもたちの「発表できる力や説明できる力」を育てたいというとき、
「ちょっと勉強はわかっているけれど、発表しない子」
「もうちょっとやれば、何とかなりそうなのだけれど、控えめな子」
に、的を絞って取り組んでみます。
 さらに、的を絞った子の隣に、よく発表する子がいたりすれば、
「隣の〇〇くんも発表ができるようになると、いいなと先生は思っているんだ」
「今日は、〇〇くんが説明したら、しっかり聞いてあげて、ほめてあげてね」
その子に協力を頼むこともあります。
 そうして、一人に変化が起き始めると、周りの子が
「あの子が発表できるんなら、私もできるかも」
と、どんどん広がっていくのです。
 発表できない子どもを、発表できるようにしたいなら、つぎのようにします。
(1)
教師が最初の発問をする。
(2)
まずは、誰か他の子どもに発表させる。
(3)
「今の〇〇くんの話、おもしろかったね」と、みんなに聞く。
(4)
「うん、おもしろかった」と返ってきたら
(5)
「どんなことが?」と問い返します。
 これなら、先に発表した子が話した内容があるので、自分で考えたことを発表するのが苦手な子どもも言いやすくなります。
 もし、深く考えていなくて「えーっと、えーっと」となったら「じゃあ、もう一回説明してもらおうね」と言って、発表者にもう一度説明してもらいます。
 算数の授業で発表を途中で止めさせ、ほかの子どもに続きを言わせる方法もあります。全部聞かせてしまうと、ほかの子どもが考える余地がなくなってしまうからです。
 そうさせないために、クラス全体のバランスを見ながら教師が意識して子どもたちを動かしていくのです。
 話す力を育てたいなら、まずは話している相手に正対しようとする態度を育てる必要があります。そうすれば、聞く力が育つのと同時に、話す力も鍛えられます。
 授業で話さない子どもというのは、自分の立場をもとうとしません。まず先に人の意見を聞いてしまいます。どうすればよいのでしょうか。
 たとえば、クイズ番組で答えが発表される前に、子どもに答えを考えさせるということは、自分の立場を決めるということです。
 立場を決めてから答えを見れば「ああ、悔しかった」「やっぱり当たった」などと、ドキドキする瞬間を味わえます。
 そんな楽しさを経験すると、次もまた参加しようと思うはずです。そうして、場に参加する気持ちを育てるということが大切です。
 考えることは練習が必要です。考える練習ができれば、きれいに話せるようになります。
 その練習の一つが「ペア活動」です。
 授業中、子どもが発表する前に「ペア活動」を仕組み「今、自分が当てられたら、どんなことを話そうと思う?」
と告げ「隣同士で練習してごらん」と、やるわけです。
 子どもたちがペアで話し合っている間に、私は発表が苦手な子のそばに行き、話し合いの内容をそれとなく聞いておきます。
 そして、上手だなと思ったら「その説明はいいね。発表してほしいな」とささやくことにしています。
 それから全体の前で「はい、誰か発表してみたい人?」と聞き、発表してもらいます。
 発表者にもう一度話してもらうのも「思考の練習」になります。
 たとえば、誰かの発表が終わったあと
「みんな、お話ちゃんと聞いた?」
と、周りの子に尋ねて、もし「うーん」とあいまいな返事が返ってきたら
「じゃあ、もう一回聞いてあげようね」
と、戻すのです。
 こうして、話すほうにも、もう一回チャンスを与えます。すると、子どもも
「よし、こんどはもう少し上手に言うぞ」
と思うので、二度目の発表は上手になっています。
 聞き手は、次に自分が指名されたら何を言おうか考えながら必死に聞きます。
 そういう聞き手の姿が見えてくれば、話し手が聞き手に合わせて話そうという意識も強くなり、ますます上手に話せるようになります。
 このように話す力は、さまざまな局面から育てていくことができるのです。
 聞く力を育てたいなら、相手に正対する態度を育てることが大切です。私たちが授業をする上でも意識しておきたいことです。
 授業でいえば、目のまえの子どもの反応を見ながら授業を進めていくということです。
 子どもの素直な反応から教材や授業を組み立てていくというのは、私がふだんからよく行っていることです。
(
田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師を経て筑波大学附属小学校教師。専門は算数教育、授業研究、学級経営、教師教育。全国算数授業研究会会長・日本数学教育学会出版部幹事・学校図書教科書「小学校算数」監修委員
)

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授業で優れた発問をするにはどのようにすればよいか、発問づくりの原則、王道とは

 発問は子どもたちの思考をうながす。教師の第一発問は重要である。
 私は最初の発問は「助走」のようなものだと思っている。子どもたち全員を、まずはゆっくりでいいから走らせて、次の段階に進ませるとよいと考えている。
 たとえば、社会科の絵や写真を示し「何が見えますか」と問う。これならば、子どもたちも見えるものを答えるだけだから、簡単である。
 
「大きな屋敷が見える」「武士がたくさんいる」「馬も多い」というようにどんどん言える。
 このような助走のための発問は、どの教科の授業でも用意しておくべきだ。どんどん子どもたちが発言した分、子どもたちに必要な情報が加わっていく。
 私は初任だった時代、教育雑誌に授業に直結した発問を多く特集していた。明日の授業にも困っていた私は、特集をむさぼり読んだ。
 その中で「なるほど、こうやって発問はつくるものなのか」というものに出会った。有田和正氏の「バスの運転手」(小学校二年生、社会科)にかかわる発問です。                        
 一般的には「バスの運転手さんはどんな仕事をしていますか」となるであろう。既有の知識を問う発問である。当然、運転手の仕事について知っている子しか反応できない。
 有田氏の発問は違っていた。「バスの運転手さんは、どこを見て運転していますか」というものである。
 
「見えるもの」という知覚語を使うことによって、子どもたちの豊かな反応が引き出される発問であった。
 私は、三年生の自分の学級で試してみた。
 最初は「前を見て運転している」という答えに続いて
「標識も見ている」「信号も見ている」「歩行者」「天気」「横の車」「バックミラー」「サイドミラーも見る」
と、いうように次々と反応があったのに驚いた。
 子どもたちの思考を活性化させる優れた発問のすばらしさを実感した。
 優れた発問のすばらしさを知ってからは、どのような優れた発問があるのか追究したくなる。
 教育雑誌や書籍、授業参観などを通して情報を収集していった。とくに自分の得意教科である社会科については熱心に行った。
 収集した発問の数も多くなると、それら発問の原則らしきものが見えてくる。たとえば、
1 わかりそうで正確にはわからないものを「いくつ」と理由をつけて予想させる
 例「学校にある水道の蛇口はいくつか」
2 その教材ならではの問い
例「消防署の人々は火事のときに、最初に何をするでしょうか」
 消防署に取材をしたとき、消化活動と同時に人命救助することを知った。教材研究のし過ぎはない。
2 社会科
(1)
人を問う
例「コメの値段は誰が決めるのか」
(2)
提案させる
例「交通安全のための施設を一つ増やします。あなただったら、どこに何を増やしますか」             
(3)
選ばせる
例「家庭から出すごみは有料がいいか、無料がいいか」
(4)
一見、矛盾に思われることを問う
例「交通事故を減らす工夫をしているのに、なぜ事故は減らないか」
3 算数
 算数の授業で、何人かの子が解き方を全員の前で発表する。そけぞれ解き方は異なっている。どのような発問が、子どもの思考をうながすか研究した。
(1)
共通性を問う
例「2つの考え方で似ているところはどこか」
(2)
よさを問う
例「Aさんの解き方のいい点は何か」
(3)
簡潔性を問う
例「これらの解き方のうち、簡単にできるのは何か
(4)
有効性を問う
例「いつでもこの考えは成り立つのか」
 発問の原則を見つけるにしろ、その教材独自の発問を見つけるにしろ、大事なのは自分なりの発問づくり研究の道を見つけ、歩くことである。
 今まで先達の教師たちが数多くの発問を残してきた。今はインターネット上でも多くの発問を検索できる。
 それらの先行実践を研究し、自分で発問を選んだり考えたりする。授業の反応から原則を見つけ実践を積み上げていく。それが王道なのである。
(
佐藤正寿:1962年秋田県生まれ。岩手県公立小学校副校長。「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに教材開発に力を入れている)

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授業の指導方法を上達させるために、私が学び、試みた方法とは

 私は新任のとき校長から「この分野ならあの先生にと言われるようになりなさい」と言われた。それで得意な分野の社会科に決めた。
 社会科の指導方法を学ぶための学習環境をつぎのように設定した。
 社会科の教育研究会(県・市・組合)に参加する。研究会で授業参観、報告書の提出、研究授業を行った。
 後に研究会の事務局を引き受けたので、ネットワークが広がり、会員や役員と話す機会が増え多様な情報を得ることができ、教材開発にもつながった。
 社会科の専門書と雑誌を毎月2冊購入する。また民間教育団体の授業報告も入手する。
 授業の上達のために優れた授業を見ることは欠かせない。社会科は授業を参観する機会が少ないのでいろんな研究会の案内を必死に探して参観した。
 授業参観するとき、特につぎのような視点にこだわった。
(1)
指導案の形式
(2)
教材とその資料
(3)
興味をもたせるための導入の準備
(4)
子どもたちが変化した発問や指示
(5)
思考を深める授業の組み立て
(6)
子どもたちは何をノートするか
(7)
社会科用語をどれくらい子どもたちは使っているか
(8)
授業づくりに役立った本
 このように、多くの視点をもって参観するとメモも多くなり、自分の授業に生かせる部分も多くなってくる。
 私は教室の前方の教卓のそばから参観した。教卓には教師の資料が置かれているのでどのような準備がされているのか参考にできるし、子どもの表情やノートも見える。
 それと参観するとき、今日は10個を学びとるといった目標を持つとメモの量や質が違ってくる。
 授業参観後の研究会での発言は教師の力量が現れるので勇気がいるが、力量を上げるためにも発言するようにした。
 授業力を高めるためには、授業の記録をとるのがよい。
 教師の発問と子どもたちの発言を記録すると、反応がよかった発問は何か、なぜよかったのかと授業の振り返りができるからだ。
 また、発問の原則、資料の読み取らせ方、話し合いのさせ方といった指導の改善が図られる。
 授業直後に板書をデジカメで撮影すれば授業記録も時間がかからない。授業の流れや資料の掲示がわかる。
 同時に子ども数名分のノートも撮影し、子どもの感想を確認する。
 教材研究はつぎのようにする。
(1)
基本的な教材研究は単元が始まる前に終えておく。
(2)
教科書と学習指導要領と照らし合わせて、指導のポイントをつかむ。
(3)
教科書は何度も読む。
(4)
教科書の掲載資料の意図を考える。
(5)
各社の教科書を比較するとヒントになる。
(6)
関連情報をネット調べて必要な本を購入するか図書館で借りる。
(7)
教育雑誌で先行実践調べる。
(8)
単元構成や主発問を考える。
(9)
社会科の教材のヒントは、日常生活でおもしろいと思ったものを「種」として記録しておくとよい。
(
佐藤正寿:1962年秋田県生まれ。岩手県公立小学校副校長。「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに教材開発に力を入れている)

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初任者や若い教師が授業の腕をあげるには、どのようにすればよいか

 ある初任者指導研修会で、私は次のように初任者の先生に問いかけた。
「あなたがたは、これから授業をいっぱい積み重ねていけば、そのうち授業の腕が上がっていくと思っていませんか?」と。
 すると、ほとんどの初任者の先生はこっくりとうなずいている。
「ああっ、やっぱりそうだったんだ!」と私は思った。
 このことが幻想であることは、すぐわかってくる。いっぱい授業を積み重ねている中堅やベテランの先生たちが、たいして上手な授業をしていない現実に気づいていくはずである。
 授業の腕をあげるためには「意図的な授業づくり」を試みていかなくてはならない。  
 初任者の先生の一番の不安は、どのように授業をこなしていったらいいかということである。初任者の先生がどんなところで悩み、つまずくのでしょうか。
 授業の準備はどうすればよいか。どんなに忙しくても授業づくりで「はずしては、いけないこと」がある。それは「この1時間で、子どもにたちに何を学ばせていくか」。これが抜けてしまうと、焦点がぼけてしまうので、子どもたちは学んだことが身につかない。どうするか
1 まず、ノート一冊を準備しよう。 
2 1時間目からの授業メモを記入する。 
(1)
その授業の本時目標をメモする。
(2)
「始め-中-まとめ」での発問や活動などをメモする。
(3)
授業後の反省を簡単に書く。
例えば、国語(物語文「大造じいさんとガン」)の教材研究は
1 教科書を、最低2回は読み、場面分けすることが必要。
2 指導書で次のことを確認する
(1)
単元目標を確認する
  場面の移り変わりに気をつけて、中心人物の行動や心情の変化を読む。
(2)
指導したいこと(具体目標) 
 大造じいさんの残雪に対する気持ちの変化を読み取る。
(3)
時数を確認-6時間
 指導書を調べることや、ネット検索が教材研究だと誤解しないことである。大切なことは、自分なりの教材研究ができるように力量を高めていくことである。
 初任者の授業を見ていると、共通しているのが、授業の8~9割を教師がおしゃべりをする。せめて教師のおしゃべりは5割に収めていく必要がある。残り5割は、子どもに次のような活動をさせる。
(1)
ノートに書かせる(書く活動)
(2)
どんどん発言させる(話す活動)
(3)
話し合いをさせる(話し合い活動)
(4)
作業や体を使う活動
 初任者の授業は、ほとんどが、一部の子どもが「挙手発言」する授業になっている。授業は、子どもの「全員参加」をどのように組み込んでいけるかにかかっている。全員参加すれば授業は安定していく。
それには、授業の基本的なかたちとして
(1)
学習課題を確認し、説明し、発問して子どもに考えさせる。
(2)
子ども一人ひとりが、自分が正しいと思う解答をノートに書く。
(3)
発表する。(教師がペア、グループ、座席の列などで、子どもを指名し発表させる。複数の発問で全員が発表できるようにする)
 授業をしていて、初任者が心配なのは「子どもたちに学力が身についているか」ということである。
 初任者は最初、初任者なりの授業しかできない。これは仕方がないこと。しかし打つ手はある。「基礎・基本」を毎日繰り返し練習させることである。
 どうするのか。例えば、国語は「漢字・音読」、算数では「計算、公式」をさせる。国語は新出漢字を毎日2,3字扱っていく。本時の音読を必ず5分取っていくようにする。
 算数は、授業の最初と終わりに5分間復習する。毎回することによって基礎的な学力が確保できるようになる。
 初心者が次のような状態で授業ができるようになったら、まずは合格である。
(1)
子どもたちの顔を見ながら授業をしている。
(2)
きちんとはっきりした声で子どもたちに話している。
(3)
子どもの間を机間指導できている。
 授業がまずいと、ざわざわし、落ち着かない子、つまらなさそうにしている子も目立つ。どうしたら子どもたちをひき付ける授業になるのだろうか。
 はっきりしているのは、すぐには授業技量を上げることはできないということである。指摘をうけても克服することは、なかなかできない。
 意識して積み重ねないと授業技量は向上しない。授業技術は、繰り返し行い、意識しなくていい程度の状態になって、初めて身につく。
 確実に授業技量を上げて行くには「一人研究授業」を私は提案したい。どうするのか?
 簡単に言えば、自分の授業を録音して、それを聞くことである。録画という方法もあるが、まず、肝心なのは自分の指導言「発問・指示・説明」である。そのことに集中したほうがいい。
 授業では、教材研究の成果は「指導言」に集約されるからである。それを向上させていくことが、授業技量を上げて行く大きなポイントになる。では「一人研究授業」は具体的にどのように行うのか。
1 自分の授業を録音する
(1)
研究授業ではなく、普通の授業がいい。
(2)
子どもたちには「先生が勉強するために録音するだけだから」と断ればいい。
2 がまんして聞く
(1)
はじめは最後まで聞き通すことは難しい。
(2)
自分の声、あいまいな発問や指示、説明に嫌気がさすためである。でも、その授業を、子どもたちは毎日聞いているのである。そう考えて、がまんして聞く。
3 自分の指導言「発問・指示・説明」の問題点(口癖、無駄な言葉など)をチェックし、きちんとメモをする。
 これを「月に一回」行う。でも、時間に余裕があれば、もう少し短時間に回数を繰り返しできればもっといい。
 例えば、1回目で次のような反省がメモされたとしよう。
(1)
話が一本調子で、暗い感じで話している。
(2)
だらだら話していて、指導言がめちゃくちゃだ。
(3)
フォローがほとんどない。
 2回目は、次のような視点を設けて、授業に取り組んでみよう。
(1)
指導言「発問・指示・説明」をきちんと区別できるようにしよう。
(2)
フォロー(いいね。すばらしい、その調子、ステキ)を入れるようにしてみよう。
 この研究法で技量が向上するのは「自分の授業を客観視することができる」からである。
 最初に録音した授業を聞くと、自分の声や話し方に嫌気がさす。あまりにも自分でイメージしているものと違っているからである。
「私は、こんな声や話し方をしているのか?」と、がく然としてしまう。
 でも、ここからである。この感想から、どのように立ち上がれるかが、これからの教師生活を決めてしまう。それくらい大きなできごとである。
(
野中信行:1947年生まれ、元横浜市立公立小学校教師、学級組織論を研究、実践を私家版で発行した。全国各地で教師向けの講座やセミナーを行っている)

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授業はテレビを見るように面白くないとチャンネルを替えられる、エンターテイメントとしての授業をものすごく要求されている

 全国有数の名門といわれる私立中学校の家庭科の女性教師。赴任して五年目。担任は受け持ったことはないが、女の子たちの話し相手になっている。「親しみやすい、上品なお姉さん」という印象だ。その教師にインタビューした。
 うちの学校は教師一人ひとりに専門性を強く求めていますから、授業も自由にできるんですよ。「わたしはこれについては誰にも負けません、だからこういう授業をやります」とアピールして、教務主任か校長がOK出せばできます。
 その一方で、教師どうし、お互いにアドバイスも何も言わない。「はい、今日からお願いね」という感じでしたから。「自由にやってみて」と、聞いても教えてくれない。 
 もうパニックでしたよ。他校の先生を訪ねて、資料を借りたり、テスト問題の作り方も指導してもらってました。
 今の学校に赴任するとき「他の学校の子よりも、礼儀正しくて、聞き分けがいいんじゃないか、大人みたいな感じなのかなあって」。だけど、そんなことなかったですね。
 いま、1,2年生のクラスの女子20人ぐらいを相手に授業をやってますけど、年々幼児化っていうんですか、進んできていますね。
 教室に行ったら、クラス全員がベランダの陰に隠れてたこともありましたよ。反抗しているわけじゃなくて、遊んでほしいんですね。無邪気ないたずらなんですよ。授業やりたくないから、五分でも10分でも、そうやって時間を短くしたいという気持ちがあるんでしょうけど。
 まあ、いちがいには言えませんけど、甘えてくる子の多くは、家が厳しいですね。「この学校に入れるには、受験準備をして、厳しくしつけておかないと」という親の思惑があるのか、家でのしつけが厳しい分、その反動が学校で出てきてる気がします。
 でも、中学校に入ってから、いわゆる落ちこぼれる子もいるんですよ。算数が数学に変わって、むずかしくなって、できなくなる場合もあるし、中学に入ったとたん、努力しなくなる子もいます。
 テストはできても、授業中に教師の話を聞かない子が年々増えているみたいです。そういう子は、塾に行ったり、家庭教師をつけてるんですよ。授業は聞かなくても、あとで教えてもらえばいいやという感じですね。
 いちばんしゃべりたい年頃ですから、授業中にしゃべるのは、しょうがないんでしょうけどね。でも、それを
「いつもあんたたち、騒いでる!」なんて言おうものなら、もう、大変。ふてくされちゃって、シラーッとしちゃいますからね。
 何で騒いでいるのか、把握してから注意しないといけない。
「前の授業が大変だったかもしれないけど、そろそろ気分を切り換えたら?」
45分、じっと話を聞いているのは、大変だと思うけど」
とか言ってあげると、「○○先生の授業は聞こう」となる。
 授業自体だって、テレビを見ているような感覚で聞いていますからね。おもしろくなければ「チャンネル替えちゃえ」みたいな、エンターテイメントとしての授業をものすごく要求されるわけですよ。
 たとえば、授業でビデオを見るとき「今日のは、ちょっとホラービデオになってるよ」と言うと「なんだろう、なんだろう」って、子どもは興味を示したけど、実際見たのは、食品添加物の安全性を考えるビデオ。
 教科書や参考書に書いてあることだけでなく、子どもたちが好きそうな言葉を使ってあげたり、最近話題のテレビの話を織りまぜないと、ついてこない。
 教材研究はもっぱらテレビでやっています。ドラマでも、クイズでも、お笑い番組でも、よく見るようになりました。
 いま、テレビではどういう情報が流れているのか。家庭ではどんなことが話題になっているのか。それを全部想像して、授業でしか教えられないことはいったい何だろうって考えるんです。
 たしかに時間も手間もかかるけど、わたし自身、そのほうがおもしろい。
(
森口秀志:1966年東京都生まれ、フリーライター、エディター。大学在学中から教育・音楽・若者文化等をテーマにルポを発表)

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授業を楽しく安心できる場にするには、どうすればよいでしょうか

 推測し想像しながら、みんなで発見していくような授業は、子どもたちも大好きです。いっけん、学習意欲に欠けているかのように感じられる子どもたちが、目を輝かせて学習する事実に、私たちは着目していかねばなりません。人間はそもそも深く考えることを好む動物なんだ、とあらためて思います。
 子どもたちは、学習を拒否しているのではないのです。知的好奇心が高まり、未知の世界との出会いがあるような学習には、むしろ飢えているのです。
 学ぶ意味や価値がわからないような、機械的な練習や、苦役だけが要求されるような学習を拒否しているのにすぎません。
 学級の友だちと対話・討論し共同で学ぶことで、一時間前には想像もできなかった世界と出会うことができる。自分も賢く人間として豊かになってきている。この実感の積み重ねこそが「何のために学校に通って学ぶのか」という問いにこたえる、道ではないかと思っています。
 共同の学びを豊かにしていくには、教室になんでも言える自由な雰囲気が不可欠です。そのためには「失敗」や「間違い」に対する教師や子どもたちの態度が問われることになります。教師だけでなく、子どもたちが豊かな「間違い観」を育てていくことは、学習にとって不可欠です。
 
「間違い」が、物事の本質をとらえていく上で、どんなに重要かを体験する必要があります。なぜなら、多くの子どもたちは「間違い」は恥ずかしいことであり、無意味なものだと考えているからです。
 
「間違い」が事実の断片であるならば、それをつなぎ合わせ関連づけていけば、物事の全体像が浮かび上がってくる。例えば、縄文土器のかけらをつなぎ合わせていくと、ほぼどんな土器だったかは推定できるようになるのと似ています。
 そういう意味では「間違い」は、物事の本質にたどりつくための「入口」であり、認識を深めていくうえでなくてはならないものです。共同の学習の中での「間違い」は、物事の本質をとらえていくうえで重要な役割を担うものです。こう考えてくると、子どものどんな発言も貴重なものになります。無駄なものはひとつもないのです。
 教師が一人ひとりの子どもの発言に心底耳を傾け「間違い」を大事にすることで、学習はプロセスのあるものに転換していきます。
 何でも自由に発言できるようになれば、自分の思いや考えを率直に語ることができるようになります。すると、当然のことながら、対立・討論も起こります。学習はいっそう深まっていきます。
 
「正答主義」の学習では、正しいかどうかを判断するのは教師です。共同の学びでは、そうはいきません。子どもたちが集団で思考し、共感や批判、納得を通して本質や真実に迫っていきます。
 教室に自由な雰囲気をつくるためには「間違い観」とともに、子どもたちがリラックスすることが重要です。過度の緊張を強いることなく、子どもたちが安心して学習できるようにするということです。授業中、教師が思っている以上に、子どもたちは不安をもって学習しているのです。
 
「急に当てられたらどうしよう」ということも授業中の心配の一つです。私自身も高校の頃、化学や数学の教師がよく急に当てるので嫌でした。当てられそうなときは、当てられないように、先生と目をあわせないようにしていたものでした。
 そんな体験もあり、私は子どもが自分で手をあげない限り、当てないようにしています。子どもたちは、突如当てられるというような不安もなくなり、安心して学習に励むことができます。
 教師が子どもの思いを無視してどんどん当てていた場合と比べて、個性的な発言が確実に増えてきます。子どもたちはじっくり考え、自分が発言したくなったときに発言できるからです。
 発言を強要しない、発言するかしないかは本人が決めることにしただけでも、学習における子どもたちの安心は広がっていきます。
 そういう自由が保障されたときに、子どもたちは自分の力を発揮して学習するようになるものです。「待つ」ということが、子どもたちに真の自由を保障することになるのだと思います。
 授業において「安心」と「人間的な自由」をどう拡大していくかが、重要な課題だと思っています。
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今泉 博:1949年生まれ、元東京都公立小学校教師、前北海道教育大学副学長、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行った)

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授業のスピードを加速すると学習が楽しくなり、高度なことに挑戦すると能力が向上する

 授業のスピードを加速すると学習が楽しくなります。
 速く、テキパキと、パッとできることって気持ちいいことです。それなのに、授業の最初に「きりーつ、れいー」と、ノロノロするのではなく、「起立、礼、着席!」までを2秒以内でできるまで指導しましょう。授業の始まりの集中力が見違えるように変わります。
 授業の導入に、スピードを重視したさまざまな基礎練習を毎日、反復しています。たとえば、10マス計算(1ケタの計算問題が10問ずつ記載されているプリントを使った反復学習)です。たとえば「10問を5秒で解きます」と言ったら「えー、無理」と言いだす子がいます。
 そんなときは「じゃあ10秒」と言って始めます。タイムを競わせることもあります。タイムを競ううちに「速くできた!」と、速さの気持ちよさも実感できるようになるのです。
 あいさつも10マス計算も音読も、常にスピードを意識させます。最初は優しく接して雰囲気づくりをします。信頼関係ができあがったら、高速で基礎固め、反復学習を始めます。
 すべてをスピードアップすることで、他のクラスが1時間で教えることを5分で終わることもできるようになります。その分、発展的な内容を、深く教える余裕も生まれるのです。
 最初からスピードアップして始めれば、最後までスピードが保てます。速いのは楽しいと思えば学習が楽しくなります。
 高度なことに挑戦させることが能力向上につながります。
 高度なことをやらせて、次々にレベルの高いことをやらせる理由は、いくつかあります。
(1)
小学生のうちに
 漢字プリントにしても10マス計算にしても、超高速でやることで小学生は盛り上がります。そして効果が出てきます。しかし、中学生になったら「何でこんなことをやらなきゃいけないの」と、真面目に取り組もうとしないでしょう。
(2)
現代の情報化の時代の問題
 インターネットがあり、情報は簡単に手に入ります。交通機関も発達し、いろいろな場所に行けます。携帯電話の進化もものすごい速さです。こういう環境になると「便利=ラク」と思うようになってもしかたがありません。
 だからこそ、自分で汗をかいて獲得した能力に感動するのです。そして「もっと伸びたい」と、さらに汗をかくでしょう。
 自分が苦労して手に入れた技術、能力は一生ものです。イチロー選手だって、毎日同じトレーニングをして、自分で能力を高め続けてきたからこそ、大きな記録を生み出すことができたのです。
 たとえば、漢字プリントや10マス計算、そして百人一首で札を取る速さもそうですが、高度なことをやらせるとき、私がよく言うのは「できなくて当然だよ」です。
 トップレベルのスピードを私が見せることで、子どもたちは挑戦したいと思います。トップレベルになるための練習ですから、夢中になってやります。
 しかも、そのトップレベルをクリアしても「やった! できた!」と、安心させません。「これで終わりじゃないよ。次のレベルのスタートだよ」と言って、次々に与えます。
 漢字ができた、つぎは熟語、つぎは意味を覚えろと、必ず「つぎ」があります。「漢字を一通りできた? じゃあ漢字検定の勉強だ」と、これで実際に合格した子どももいます。
 なぜ、子どもを安心させないのか。学習能力を鍛える効果があるからです。一回やって、わかったつもりになるのが、今の小学生のよくないところです。それでは、内容がわからず授業から落ちこぼれていく子どもが出てしまいます。
 私は毎日、少しずつ繰り返し教えます。一人ひとりの子に対して、どこがわからないか、その部分を補強し、高度なことに挑戦させるのです。
 次々に高度なことをやる楽しさがわかった子、自分が伸びるおもしろさを知った子は、他の子には見えない世界が見えてきます。
 有名なスポーツ選手や科学者だって「人生はつねに学び。これで終わりということはない」という意味のことを言っているでしょう。小学生がこの境地に立てるのです。
(
杉渕鉄良:1959年東京生まれ、東京都の小学校教師。「教育の鉄人」と呼ばれる実践家、子どもを伸ばす為に命をかける熱血教師。ユニット授業研究会代表。その実践スタイルは全国の教師、保護者から支持を受ける。2003年夏、日経スペシャル「ガイアの夜明け」に出演。PHP「VOICE」や、経済誌「プレジデント」での教育シリーズに取り上げられ、各方面からの注目も高い。ユニット授業、10マス計算、表現読み、指名なし発言など、子どもの可能性を引き出すため、さまざまな工夫を凝らした教育実践を行っている) 

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授業を成功させる授業技術の原則とはなにか

 教師は教えるのが仕事である。授業の目的は、子どもに知識や技能を習得させることであったり、学習意欲を高めるためだったりする。授業技術とは目標を達成するための手段である。
 授業技術は先人たちの知恵である。より効果的な技術があるなら、それを使えばいいのである。
 授業の技術が優れているとは、何をもって判断すればよいのか。それは、授業後の「子どもの事実」で判断できる。すなわち、教師が意図した目的が、より効果的になされる方が、よい授業技術なのである。
 授業の教え方の技術の原則とはどのようなものがあるのでしょうか。
1「見本を示し、やり方を説明し、させてみて、助言する」
 子どもは授業で知識と技能を学んでいく。学ぶうえで大切なのは「真似をすること」である。まず、教師がお手本を見せる。次にやり方を説明する。そして、教師が教えた通りに、子どもに真似をさせる。最後に、子どもの出来を見て、助言していく。
 助言は、できるだけ個別に行うのが望ましい。
 子どもに創造力を発揮させたいなら、教える内容は、真似させて教える。そして創造力を発揮させる内容は、子どもに任せるようにする。
2 一つずつ教える
 コメニュウスは大教授学で「いちどきには一つしか教えない」と述べている。「一度に複数のことをさせない」ことは、昔から伝わる大切な原則である。
3 教える内容を絞り込む
 あれもこれもと授業で扱うと、子どもは混乱する。混乱して、指導内容が理解されないことになる。大切な内容に限定して教え、活動させるのである。
 教える価値がある、その教材のポイントに絞り込んで授業するようにすると、子どもの意識がその内容に集中し、理解が深まっていく。
 例えば、4年生の理科で「人の全身の骨格」を教える学習がある。「全身の骨格図を予想して描かせる活動」がよく行われている。これを、あえて「腕だけ」に限定して「腕を触ってごらん。骨がありますね、腕の骨を予想して描いてごらん」
 骨が一本と考える子もいる。関節で分かれて、骨は二本だと考える子もいる。腕だけに限定されるから、違いが明確になり盛り上がるというわけである。話し合いをさせた後に、答えを示す。関節で骨がわかれていることを教える。そして、全身の骨格図に進めばいい。限定するから子どもの頭が働くのである。
4 指導内容を細かく分けて、簡単なものから難しい内容へと教える
 知識と技能は易しい内容から、「だんだん」難しい内容へ、少しずつレベルを上げて教えるのがよい。指導内容を細かく分け、簡単なものと難しいものを判断し、一つずつ段階をふんで教えていけばよい。
 例えば、ダンスを習得させるとしよう。いきなり複雑な動きをおしえると、子どもはバラバラの動きになってしまう。子どものやる気もなくなる。まずは、簡単な動きから練習させる。例えば、足のステップだけを練習させる。足だけなら簡単にできる。できたところで、すかさずほめる。すると、子どものやる気が出てくる。
 調子が出てきたところで、難しい手の動きを教える。やる気になっているので、その勢いのまま習得できるのである。
5 反復して学習する
 知識を確実に習得するために、反復して学習するようにする。
 子どもたちは学習しても、しばらくすると忘れてしまう。事あるごとに繰り返し教えることが必要なのである。
 例えば、算数では、授業の最初に、必ず復習から入るようにする。時間は5分。短いが、かなりの効果を発揮する。単元の最後に必ず復習問題を出す。教科書のまとめの問題を解くだけでいい。
 反復するときに、「少し変化をつけて反復する」と飽きがこないで楽しく学習できる。
6 最終的なゴール(目標)を示してから活動させる
 授業では、様々な活動を子どもにさせていく。活動には目標があるはずである。その目標(ゴール)を示してから活動に入るのが原則である。
 そうしないと、子どもたちは、不安に感じるし、見通しももてない。その結果、やる気がなくなっていく。
 例えば、写真資料を読み取らせる際、「前の写真と比べて、3つの違いを見つけられたら、合格です」と言う。「3つの違いがある」というゴールを示されるだけで、子どもたちの集中力が増す。ゴールが明確になるから、やる気が出てくるのである。
7 学習者に合った課題を選択する
 教室には、一人ひとり違う子どもが集まっている。学習者に合った課題を設定するためには、子どもの実態をつかまなくてはならない。学習に対する準備が整っているかをつかむ必要がある。
 実態をつかんだうえで、子どもに少し難しい課題を与え、成長を促していく。課題の与え方は
(1)
習熟度別に別の課題を用意する。
 例えば、水泳指導で、25mを泳げる子には、フォームを整える練習メニューを与える。息つぎなどの基本ができている子は、25mをめざすメニューを与える。そして、息つぎなどの基本ができていない子は、顔付け、伏し浮きなどの基本メニューで練習させる。
(2)
全員にとって発展した課題を与える。
 例えば、算数で基礎を教えた後で、応用問題や発展問題を考えさせてもいいだろう。全員にとって発展した問題を解かせると、学力差があまり影響しなくなる。ひらめきが必要だからである。できる子もできない子も頭を悩ます課題を設定できれば、全員にとって成長できる課題となる。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞)

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