カテゴリー「授業づくり」の記事

教師の言葉が子どもに届くにはどうすればよいか、授業の重要な要素とはなんでしょうか

 教師のことばは、聞き手である子どもに届かなくては力をもちません。
 たとえば、演出家の竹内敏晴は、次のようなエピソードを紹介しています。
 5~6人の人に勝手な方向を向いて座り、目を閉じてもらう。そして、少し離れたところから、一人の人がその中の誰かを選んで話しかけてみる。
 すると、話しかけられた人が、そう感じて手を挙げる人はきわめて少ないという結果になったそうです。
 ここから言えることは、単に声が聞こえ相手に情報が伝わるということと、声が相手の身体に届くということは別物であることがわかります。
 言葉が届くというのは、相手の身体の中に入って、心を動かすことです。
 それは、相手と真剣にかかわろうと欲し、自らを開いて全身体的に相手をめざす、という関係が必要です。
 たとえば、クラス全体に説明しているときでも、集団に対してではなく、一人ひとりの子どもに向かって語りかけ、語りかけるその子どもの相づちや表情を受けとめ、彼らと共振しようとする。
 こうした応答的な関係の下でこそ、教師の言葉は子どもの学びを触発するものとなり、両者の間の人間的信頼関係を生み出していくことになるのです。
 石井英真先生が考える、授業において重要な要素とはなんでしょうか。
 私が重要と考える要素は、「目標と評価を一体化すること」と、「ドラマとしての授業」の2点です。
 1時間の授業で追求したいメインターゲットを一つくらいに絞る。その上で、授業を通して子どもたちが何を学んでどういった姿に変わればいいのかを考える。
 このように「何のためにアクティブにするのか」を熟慮することは極めて重要です。
 目標を問うとは、このように、教育活動の出口の子ども像を具体的にイメージすることです。
 そして、「目標と評価の一体化」というのは、授業計画の段階で目標と評価をセットで考えてみるということです。
 授業を通して子どもたちのどんな姿が出てきたらいいか、いわば評価者の立場に立って授業前に考えてみることで、授業の目標は子どもの具体的な姿でイメージできるわけです。そこまでできれば授業はぶれません。
 ただ、「目標と評価の一体化」のみを強調すると、事前に想定した姿に子どもたちを無理やり向かわせることになりかねません。
 そこで、「ドラマとしての授業」を同時に意識します。
 これは、ひとつには授業は生き物だということを認識するということです。
 計画通りにいくのがいい授業とは限らないし、筋書があってもそれを越えることで子どもたちの学びは深まっていくわけです。
 そしてもう一つは、展開感覚を持つということです。授業には「導入・展開・まとめ」があると言われますが、これはただのお題目ではないのです。
 要はドラマのようにヤマ場があるのです。
 授業は流すものではなくて展開するものであり、だからその展開感覚を学ぶことが大事なのです。
 それがないと、最初に盛り上げてしまってあとは息切れするなどの失敗をします。
 日本の授業の蓄積の中で、いま若い世代に伝えきれていないと感じるのがこうした展開感覚です。
 授業の一番のヤマ場で思考を触発する課題提示を行い、思い切って子どもたちに任せて、考える機会を保障するのが一番展開的に見て良いヤマ場のつくりかただと思います。
 そのために最初は静かに好奇心に火をつけ、ちょっとずつ一問一答なども使いながらやり取りしていくと、子どもたちも徐々に授業に入ってきやすいし、全員参加の授業にしやすいです。
「目標と評価の一体化」と「ドラマとしての授業」の2つをセットで考えていくのが、アクティブラーニングに限らずすべての授業づくりの基本ではないかと考えています。
 アクティブラーニングなど最近の流行を導入して授業案を作る際に注意すべきポイントはありますか?
 たとえば中学校・高校のアクティブラーニングなら、一時間の授業の中に一か所、生徒たちに委ねるアクティブな場面を入れればよいでしょう。
 逆に小学校の場合はすでにアクティブ過ぎるので、これ以上アクティブであることを強調する必要はないでしょう。
 むしろ小学校については、児童が教科内容を理解することや先生自身が教材研究・教材解釈を深めることなくして学びは深まらない、という点を強調すべきだと思います。
 アクティブラーニングについて文科省は「深い学び・対話的な学び・主体的な学び」という3つの視点で授業を見直すよう提案しています。
 このうち、「深い学習」をきちんと意識すべきです。いま心配しているのは「対話的」と「主体的」がすごくクローズアップされた、いわば主体的で協働的な学習だけになっている傾向が非常に強いことです。
 特に高校でも「学び合い」などが広がりつつありますが、一つ間違えると「教科指導の特別活動化」になる危険性があります。
 例を挙げるなら、問題集から適当な難度の問題を選びます。
 あとは生徒たちみんなでわかっていきましょう、全員がわかるようにするのが自分たちの責任であるといった、ある種の学級づくりの指導をして「みんなでわかっていく集団」を作る。
 あとは生徒たちにおまかせという授業も見られます。そこに教科指導はあるのでしょうか。
 子どもたちの学びへの責任意識や主体性を喚起する点で、こうした指導を決して全面的に否定するわけではないですが、それが教師の教科指導の責任の放棄にならないよう、深さの軸、つまり「対象世界との対話」ということをきちんと考慮する必要があると考えています。
(石井英真:1977年生まれ、京都大学准教授。授業研究の蓄積に学びながら、学校で保障すべき学力の中身とその形成の方法論について理論的・実践的に研究している。特に、授業を硬直化させるのではなく、むしろ柔軟で創造的なものにするような、目標の明確化とそれに基づく評価のあり方について考えている。)

 

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よい授業をめざすためには、どのようにすればよいのでしょうか

 一般に教師になる人は、それまで自分が学校教育を受けた先生のことが強く印象に残っている。
 だから、その先生の方法を真似してやっていこうとする傾向がある。
 しかし、それではなかなかうまくいかない。
 教師になってからもたくさんの授業を見て、たくさん感動し、そこから多くを学ぶ必要がある。そうすれば、おのずと授業のあり方が変わってくるものだ。
 つまり、教師は「日々前向きに授業のあり方を考えていく存在だ」と承知すべきであろう。
 同じことをし続けるようになってしまったら、成長はなくなるのだ。
 私の場合、新任教師のころに観た2つの授業が心に残っている。
 一つは算数の「式の表示」に関する授業であった。
 子どもが黒板の前に出て、その考えを説明している。
 先生は窓側に立って子どもの話をにこにこしながら聞いている。
 私には、当時、先生は教卓の所にいて、子どもの方を向いて説明するのが授業だという固定観念があった。
 それがくつがえされ、忘れられない授業となった。
 以後、私もそれを真似しだしたのである。
 子ども同士で授業が展開するようにした。
 今にして思うと、それが私の授業観の原風景にもなっている。
 もう一つは算数の「合同の概念」を扱った授業であった。
 大きな模造紙にいくつかの図形が描かれ、それを黒板上に貼りだした。
 その中に描かれたモデルの図形と「同じものはどれか?」と教師が尋ねた。
 すると、一人の子どもが「これが同じだ」という。
 教師は「なぜ、そう思ったのか」と問い返す。
 子どもは「重ねれば同じになるはずだから」と言う。
 そこで、教師が「実際にやっていないのに、それはわからないだろう。やってごらん」とたたみかけた。
 その子は、模造紙を切ってはまずいのではないかと躊躇した。
 ところが教師は「心配することはないから、切って、重ねてごらん」というのである。
 子どもはおそるおそるそれを切って、図形に重ねていた。
 この様子に、私は、ああ、子どもの側に立って、予定にはなくても実際にやってみることがとっても大切なことなのだなと強く感じたものだった。
 当時の私にとっては衝撃でもあった。
 そんな影響によって自分の授業が少しずつ変わってきた。
(坪田 耕三:1947 -2018年、東京都生まれ、東京都公立小学校教師、筑波大学附属小学校教師、副校長、筑波大学教授、青山学院大学特任教授。全国算数授業研究会会長。ハンズオン・マス研究会代表)

 

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教材研究と発問づくりの方法がよくわからない、どのようにすればよいのでしょうか

 授業は発問によってつくられます。発問の良否は、授業の良否を決めるといってもよい。
 発問は、問いのかたちをとって、学力形成のために、子どもたちを指導する教育技術である。
 発問づくりには、次のような段階があります。国語科の読み取りに関する発問を例とします。
1 正解を具体的に把握する
(1)教材研究(素材研究・教材研究)をする
 正解を具体的に把握するために、授業前に教材研究をします。この教材研究があやふやである場合が非常に多い。
 作品と出会った感想を自分の言葉で書き出しましょう。教師面をしたまま作品と向き合っていると意味を見つけることができなくなりがちです。
 読み取りには、登場人物の相関関係や、状況の因果関係を、頭で理解することが大切です。
 そして、関係性に基づいて、人物の行動や表情、情景などがどのように展開しているかイメージが描け、心理や感情を読みとる必要があります。
 素材研究では、この関係を読みとらせるべきだ、このようなイメージを描くべきだ、このような感情が適切だというように分析していきます。
 十分に素材研究をすると「この作品の魅力はここだ、ここはこう解釈すべきだ、ここはこう味わうべきだ」という読みの理想が生まれます。
 教師は作品を豊かに読み取れる力を備えていなければなりません。そのために素材研究を徹底的におこなわなくてはならないのです。
 念のために関連文献を読んで、自分の不足や不十分な点をたしかめます。いまは、インターネットによってさまざまな情報を集めることができます。
 作品やその背景にあるものを、深く理解することです。すると「自分なりの授業を展開したい」という意欲が出てくるはずです。
 そのとき生まれてくる発問こそが、借り物でない本物の授業を可能にするのです。
(2)指導法研究
 発問に対する子どもたちの反応はさまざまです。
「どんな発問をすればいいか」とハウツー的な研究しかしていないと、思いがけない反応をされると、教師はしどろもどろになります。自分の実力がついてないと、浅薄な授業しかできなくなるのです。
 教師がどんな「受け」をするかが、授業の良否を決めます。
2 正解から見て、子どもの不足を予想する
 教師が教材研究をしっかりおこなうと「子どもには、ここの論旨がわからないだろう」「ここで誤解するのではないか」と、予測できるようになります。
 どこを指導すべきかが判断できたら、何をどう問うべきかということも明らかになります。
 指導事項を精選し、発問の内容を決めていくのです。
3 それを診断する発問をつくる
 発問は「これを理解させるには、このことを問わざるを得ない」ということで生まれます。
 発問するときは、その問いが学力形成においてどんな面を保障するのかを明確にしておかなくてはなりません。
 発問により、
(1)新しい視野と気づきをもたらす
(2)間違いに気づかせる
(3)表面的な解釈に、ゆさぶりをかける
(4)知らなかったことを知る喜びをもたらす
(5)いくつかの答を比較させ、気づかせる
(6)学んだことを生活に役立たせる
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

 

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教師も子どもも幸せになる授業づくりのポイントとは

1 教師も子どもも幸せになる授業力と自分力
 学級がうまくいくかのカギは授業です。授業力のある教師のクラスは崩れません。
 授業力は「授業展開」「発問」「板書構成」「ワークシート」「表情や立ち位置」「教師のルール」「ほめ方、叱り方」など多様です。
 授業力をつけるには学び続けなければなりません。
 その方法は、実際の授業、研究会、先輩からの話、教育書など学ぶ方法はいくらでもあります。
 このとき、忘れてはならないのは「子どもから学ぶ」ということです。授業が面白いときは笑顔に、面白くないときは手遊びをする、といった様々な反応をします。
2 自分力
 授業力、学級経営力などを育てるのに大切なのは、自分力です。
 自分力が弱まっていたり、未熟な状態では、よい授業はできません。子どもたちが笑顔になる学級経営もできません。
 自分力を回復し、力をつける方法は、本を読む、飲み会で話す、家族と過ごす、研究会に参加する、休日の過ごし方など、十人十色です。
3 教師になって3年目からが分かれめ
 自分のことで手一杯だった2年目、迎えた3年目が分かれめです。
(1)授業力
 教師主導の学び:どんな「発問」「説明」で子どもたちを理解させるか。
 子ども主体の学び:教師が学んできたことを、子どもたちが主体となって問題を理解し解決していくことに役立てる。 
(2)自分力
 本や研究会を通じて、人とつながり、人との出会いを広げ、力を蓄える。
 人とのつながりが増える分だけ、あなた自身の学びが深まり、子どもの授業での学びが深まります。
 あなたの教師人生を幸せにすることでしょう。
4 教師がステップアップするためのポイント
(1)ひろげる
 人との出会いをひろげる。学習内容をひろげる。研究や経験をひろげる。
 ひろげることは、新しい世界をみること、新たな価値観を得るチャンスになります。
 授業の幅をひろげることにもつながることでしょう。
(2)深める
 学習内容・過程を深める。研究を深める。
 1教科の学習方法を深めるのもいいでしょう。自らのこだわりを深く追求するのもいいでしょう。
 教師にとっても、子どもにとっても楽しさにつながることでしょう。
(3)高める
 乗り越えなくてはならないカベを高くしてみましょう。
 気づき・知識・思考の質を高める。教師仲間とのつながりの質を高める。
 それは、教師としての質を高めることになるでしょう。
(4)子どもたちにまかせる
 子どもたちの自主性を重んじる。
 根拠となるものをしっかり築いた上で、子どもたちにまかせてみましょう。
(5)つなげる
 つながることで、喜び、楽しさ、苦しさを分かち合うことができます。
 子ども、保護者、地域、同僚などとつながることを大切にすると、その姿勢が伝わるでしょう。
(授業力&学級づくり研究会)

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小さなルールを徹底させることが、学級の荒れを予防する

 授業中のルールを徹底しないと、いつか学級が荒れ、崩壊がやってくる。
 小さなルールを徹底させることが、学級の荒れや崩壊を予防する。
 ルールを厳守し、静かな授業をすることが目的ではありません。学ぶことに夢中になり、楽しく盛り上がる授業づくりをするためにこそ、ルールが必要なのです。
 日頃から「授業中に、ぼけっとして指示を聞いていない」というような「小さなルール違反」に厳しく目を配るようにしていくと、やさしいひと言での指導が可能です。
 その繰り返しが「立ち歩き」や「おしゃべり」などの授業妨害といった「危険なルール違反」を防ぐことにつながります。
 例えば、教師と子どもが互いを敬いながら授業に臨むために、授業の始まりと終わりの挨拶を大切にしたいものです。
 指名されたら返事をする。発表は起立して行う、話す人にお腹を向ける、話を聞くときは手を膝に置く。
 授業を進めながら、ルールを子どもに確認し、できていない場合は、その都度、必ずやり直しをさせるようにします。
 徹底して指導を繰り返すことで、ルールを守る姿勢を身体で覚えさせるのです。
 授業ルールの厳守が安定した授業づくりにつながり、きまりを守る意識を高め、さらには落ち着いたクラスの雰囲気を育てます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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授業で教師力をアップするための習慣とは、どのようなものでしょうか

 楽しそうに授業をすることは、とても大切です。
 教師が楽しそうに授業をしていると、子どもたちも楽しくなります。教師の雰囲気は伝染します。
 教師に笑顔がない授業は、子どもにも笑顔がありません。教師に熱がない授業で、子どもが熱を帯びることはありません。
 様々なことに「気づく」教師のほうが、授業が上手になります。例えば
「今、〇〇さんが何か言おうとしたな」「ん? 今の言葉は聞き捨てならないぞ」「彼は、さっきから鉛筆が進んでいないな」
 子どものサインに気づけるように、教師の意識を高めましょう。子どもに気づけるようになるためには授業記録を書くとよい。例えば
「〇〇さんは今日どうして発表しなかったのかなあ」
と、子どもの名前と行為がすいすい出てくるようになれば、かなり「気づいて」います。
 最初は、目立ったことは覚えているのですが、全員の様子は思い浮かびません。「え~っと、何だったけ?」の繰り返しです。
 毎日のように記録を書くことで「気づける目」が養われていきます。子どもたちの小さな動きが見える「特別なアンテナ」を手に入れることができるのです。 
 授業をつくる基準は「あの子」です。
 授業は「クラスの中のあの子ども」を見つめたものでなければなりません。
 授業は「あの子を追って」、「導入・展開・まとめ」と、つくっていくのです。
 ですから
「ここは、ついていけないだろうなあ」「ここをこう変えれば、あの子もできるぞ」
 と想像しながら本を読み、研修を受ける習慣を身に付けましょう。
 授業のネタは日頃から考えておきます。好奇心を持ち、面白いと思ったことを調べるようにすることをおススメします。
 ネタはメモするとよい。私は携帯電話、メモ帳、授業ノートにメモします。
 いきなり思いついたときは携帯電話の未送信メールに入力し、月末にパソコンに送信し、月ごとにためていきます。
 メモ帳はポケットやカバンに入れてあります。
 授業ノートは授業のアイデアや授業展開などを考えます。ここに書き込みます。
 いつも授業や子どものことを考えている教師は教育現場で起きる様々なことに対応しやすくなるのです。
 仕事を趣味のようにこなしている教師は、日常から「仕事の中の自分の好きな部分」に没頭しています。
 授業を向上させるには、授業を語り合う場を持つことは非常に有効です。
 先輩や授業論を交わせる同僚がいれば理想的です。相手が一人でもいいのです。
 資料を持ち寄り、授業で困っていることについてお互いの意見を聞き合います。
 そうすれば授業の意識も高まり、良い授業のイメージも具体的に豊かになっていきます。
 自信は人と比べて生まれるものではなく、自分ができなかったことができるようになった時に自信がついてくるものです。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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授業を楽しくするための工夫と、授業の自分用の指導案づくりの工夫

1 授業を楽しくするための工夫
〇子どもたち一人ひとりに小さなホワイトボードを渡し、クイズ番組のように私が問題を出して、その答をホワイトボードに書かせて、みんなで「せーの」で出します。
 盛り上がって楽しく復習したりできます。
〇小学校の低学年の時は、人形を使って授業をします。子どもたちは、人形が登場するだけで大喜びです。
〇「こまったくんキャラクター」がいて、授業の導入で「困った問題」を子どもたちに相談します。
 授業の最後の確認の場面で、わざと間違った答をいったりします。
 子どもたちは「違うよ!」とむきになって説明します。うまく説明できると「わかったくん」になって帰っていきます。
〇授業のノートに感想を書いて提出してもらいます。私は子どもとキャッチボールできるような返答を書きます。
 私にとって、子どもの学習の理解度が把握でき、子どもにとって先生にノートが見られるので書く意識が高まります。
〇デジカメをテレビにつないで、挿絵や教科書など映します。お手本になる子どものノートも撮って映します。
〇算数は、子どものつまずきそうなところ、引っかかりそうなところを、ヒントになるカードを用意します。
 例えば、式や表を穴埋め式にしたり、具体的な図を書いておいたり、簡単な数字に置き換えた問題にします。
〇子どもは実際に見て感じると興味を示すので、できるときは具体物を用意したり、写真を見せたりします。
〇社会科ではクイズを出しながら、授業を進めることもあります。
〇国語の物語文などを手書きでつくり直します。
 子どもたちが行間や段落ごとに、感想を書き込めるようにします。
2 授業の自分用の指導案の工夫
〇ノートに大まかな流れを書いておきます。
 そして、授業の時に子どもが、輝いた発言、悩んでいる発言などを座席表にメモします。子ども理解に役立ち、つぎの授業の発問のもとになったりします。
〇板書案を書いて、展開を整理し、ポイントをはっきりさせます。
 視覚的な図が頭に入りやすい。実際の授業中に、子どもとのやり取りで、予期せぬ展開になっても脱線せずにできます。
〇ノートに授業の流れをメモします。なるべく細かい発問まで書くようにしています。
〇子どもと同じノートに、子どもに何をどのように書かせるか、実際書いて授業をねります。
(佐藤/隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

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授業はわからせようとする気迫が大事、「下手でも教えられる」という自信を持つことも上手な授業をする条件

 授業は上手であることに越したことはありません。
 けれども、はじめから、そうそう上手にできるわけでもありませんし、いつもいつも上手にできるものでもありません。
「下手でも教えられる」という自信を持つことも、上手な授業をする一つの大事な条件ではないかと思います。
「なんとしてでも。わからせるぞ」という自信が授業には大切です。
 授業に必要な自信は「なんとしてでも、わからせる、わからせることができる」という自信です。
 上手そうに見えた授業なのに、案外、子どもに力をつけていないことがあります。
 逆に、下手としか言いようのない授業が、意外に子どもに力をつけていることがあります。
 それは「本気で子どもにわからせようとしたか」どうかの違いだと思います。
 授業はうやむやにしてはなりません。
 そのためには、下手でも自分の納得にいくまで教え込もうという構えが必要です。
「うん、わかったッ」と子どもが思わず目を輝かせるのを見届けるまでは、決して後ろに引き退がらないぞ、という構えが必要なのです。
 教え方というものは、いろいろあるにちがいありません。
 一つの文章を読み取らせるにも、さまざまな方法があるでしょう。ことばの意味一つわからせるのさえ、その方法は三通りや四通りではないでしょう。
 それも教材により、子どもにより、ということになれば、さらにさまざまになるでしょう。
 そういうものを、早く知り、自分の中に取り込んでいきたいと思います。
 そのために、本を読んだり、話を聞いたり、授業を見たり、研究会に出たりして勉強を続けるのです。
 そうして取り込んだものが、自分の中にうまく位置づくと、それは授業への糧になります。
 ところが、自分ではうまく取り込んだつもりでいても、なかなか位置づかないことがあります。
 私の長い教師生活でも、何回かそういう時期が何年目かするとめぐってきて、苦しんだり悩んだりすることがありました。
 それを乗り越えるのに「下手でも教えられる」ということが、いつも私の支えになっていてくれたように思います。
 とっさにいい方法が出てこないかもしれません。まずい方法しか出てこないかもしれません。
 いずれにしろ「なんとしてでもわからせたいと思う」と、きっと何かを見つけ出すことができるでしょう。
「下手でも教えられる」という自信は、それをやり通してみた時に、自分のものになってきます。
 そこは、誰の助けもない場です。今の自分の持っている力を、精いっぱいぶつけるより、しようのない場です。迷ったり、わからないなどと言っておれない場です。
 そこで出てきた方法は、まずかろうと、まずくなかろうと、ともかく自分でつかみ出すよりしようのなかった方法です。
 それは、自分の創案でないかもしれません。
 いつか読んだ本の中にあったことかもしれません。
 いつか、だれかに聞いた話の中に出ていたかもしれません。
 いつかどこかで見た授業の中で感じ取っていたことかもしれません。
 それらを組み合わせたり、こねたりしたところで浮かんできたことであったかもしれません。
 もし、そうであっても、そうして出てきた時には、それらの勉強が自分の中に生きてきているのです。
 自信のない授業を続けていては、そういうことにはなってきません。
 いろいろな勉強が生きてくるのも「わからせることができる」という自信のある授業が土台になっている時です。
 繰り返します。授業に必要な自信は、下手だから持てないという自信ではありません。「下手でも教えられる」という自信なのです。
(
戸田唯巳:1919- 2009年、元兵庫県西宮市立小学校校長、小砂丘忠義賞受賞)


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クラスの子どもたちを変えるにはどうすればよいでしょうか

 学級づくりと授業づくりを分けて考えたのでは効果はでません。授業の中でこそ、学級づくりをするという意識が大切です。
 クラスを育てるには、最初から全員を同時に育てようとするよりも、まずは一人に絞って取り組んでみます。
 その一人の変化を教師が拾って、それを周りに広げていくほうが効果は出やすい、と私は思っています。
 たとえば、子どもたちの「発表できる力や説明できる力」を育てたいというとき、
「ちょっと勉強はわかっているけれど、発表しない子」
「もうちょっとやれば、何とかなりそうなのだけれど、控えめな子」
に、的を絞って取り組んでみます。
 さらに、的を絞った子の隣に、よく発表する子がいたりすれば、
「隣の〇〇くんも発表ができるようになると、いいなと先生は思っているんだ」
「今日は、〇〇くんが説明したら、しっかり聞いてあげて、ほめてあげてね」
その子に協力を頼むこともあります。
 そうして、一人に変化が起き始めると、周りの子が
「あの子が発表できるんなら、私もできるかも」
と、どんどん広がっていくのです。
 発表できない子どもを、発表できるようにしたいなら、つぎのようにします。
(1)
教師が最初の発問をする。
(2)
まずは、誰か他の子どもに発表させる。
(3)
「今の〇〇くんの話、おもしろかったね」と、みんなに聞く。
(4)
「うん、おもしろかった」と返ってきたら
(5)
「どんなことが?」と問い返します。
 これなら、先に発表した子が話した内容があるので、自分で考えたことを発表するのが苦手な子どもも言いやすくなります。
 もし、深く考えていなくて「えーっと、えーっと」となったら「じゃあ、もう一回説明してもらおうね」と言って、発表者にもう一度説明してもらいます。
 算数の授業で発表を途中で止めさせ、ほかの子どもに続きを言わせる方法もあります。全部聞かせてしまうと、ほかの子どもが考える余地がなくなってしまうからです。
 そうさせないために、クラス全体のバランスを見ながら教師が意識して子どもたちを動かしていくのです。
 話す力を育てたいなら、まずは話している相手に正対しようとする態度を育てる必要があります。そうすれば、聞く力が育つのと同時に、話す力も鍛えられます。
 授業で話さない子どもというのは、自分の立場をもとうとしません。まず先に人の意見を聞いてしまいます。どうすればよいのでしょうか。
 たとえば、クイズ番組で答えが発表される前に、子どもに答えを考えさせるということは、自分の立場を決めるということです。
 立場を決めてから答えを見れば「ああ、悔しかった」「やっぱり当たった」などと、ドキドキする瞬間を味わえます。
 そんな楽しさを経験すると、次もまた参加しようと思うはずです。そうして、場に参加する気持ちを育てるということが大切です。
 考えることは練習が必要です。考える練習ができれば、きれいに話せるようになります。
 その練習の一つが「ペア活動」です。
 授業中、子どもが発表する前に「ペア活動」を仕組み「今、自分が当てられたら、どんなことを話そうと思う?」
と告げ「隣同士で練習してごらん」と、やるわけです。
 子どもたちがペアで話し合っている間に、私は発表が苦手な子のそばに行き、話し合いの内容をそれとなく聞いておきます。
 そして、上手だなと思ったら「その説明はいいね。発表してほしいな」とささやくことにしています。
 それから全体の前で「はい、誰か発表してみたい人?」と聞き、発表してもらいます。
 発表者にもう一度話してもらうのも「思考の練習」になります。
 たとえば、誰かの発表が終わったあと
「みんな、お話ちゃんと聞いた?」
と、周りの子に尋ねて、もし「うーん」とあいまいな返事が返ってきたら
「じゃあ、もう一回聞いてあげようね」
と、戻すのです。
 こうして、話すほうにも、もう一回チャンスを与えます。すると、子どもも
「よし、こんどはもう少し上手に言うぞ」
と思うので、二度目の発表は上手になっています。
 聞き手は、次に自分が指名されたら何を言おうか考えながら必死に聞きます。
 そういう聞き手の姿が見えてくれば、話し手が聞き手に合わせて話そうという意識も強くなり、ますます上手に話せるようになります。
 このように話す力は、さまざまな局面から育てていくことができるのです。
 聞く力を育てたいなら、相手に正対する態度を育てることが大切です。私たちが授業をする上でも意識しておきたいことです。
 授業でいえば、目のまえの子どもの反応を見ながら授業を進めていくということです。
 子どもの素直な反応から教材や授業を組み立てていくというのは、私がふだんからよく行っていることです。
(
田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師を経て筑波大学附属小学校教師。専門は算数教育、授業研究、学級経営、教師教育。全国算数授業研究会会長・日本数学教育学会出版部幹事・学校図書教科書「小学校算数」監修委員
)

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授業で優れた発問をするにはどのようにすればよいか、発問づくりの原則、王道とは

 発問は子どもたちの思考をうながす。教師の第一発問は重要である。
 私は最初の発問は「助走」のようなものだと思っている。子どもたち全員を、まずはゆっくりでいいから走らせて、次の段階に進ませるとよいと考えている。
 たとえば、社会科の絵や写真を示し「何が見えますか」と問う。これならば、子どもたちも見えるものを答えるだけだから、簡単である。
 
「大きな屋敷が見える」「武士がたくさんいる」「馬も多い」というようにどんどん言える。
 このような助走のための発問は、どの教科の授業でも用意しておくべきだ。どんどん子どもたちが発言した分、子どもたちに必要な情報が加わっていく。
 私は初任だった時代、教育雑誌に授業に直結した発問を多く特集していた。明日の授業にも困っていた私は、特集をむさぼり読んだ。
 その中で「なるほど、こうやって発問はつくるものなのか」というものに出会った。有田和正氏の「バスの運転手」(小学校二年生、社会科)にかかわる発問です。                        
 一般的には「バスの運転手さんはどんな仕事をしていますか」となるであろう。既有の知識を問う発問である。当然、運転手の仕事について知っている子しか反応できない。
 有田氏の発問は違っていた。「バスの運転手さんは、どこを見て運転していますか」というものである。
 
「見えるもの」という知覚語を使うことによって、子どもたちの豊かな反応が引き出される発問であった。
 私は、三年生の自分の学級で試してみた。
 最初は「前を見て運転している」という答えに続いて
「標識も見ている」「信号も見ている」「歩行者」「天気」「横の車」「バックミラー」「サイドミラーも見る」
と、いうように次々と反応があったのに驚いた。
 子どもたちの思考を活性化させる優れた発問のすばらしさを実感した。
 優れた発問のすばらしさを知ってからは、どのような優れた発問があるのか追究したくなる。
 教育雑誌や書籍、授業参観などを通して情報を収集していった。とくに自分の得意教科である社会科については熱心に行った。
 収集した発問の数も多くなると、それら発問の原則らしきものが見えてくる。たとえば、
1 わかりそうで正確にはわからないものを「いくつ」と理由をつけて予想させる
 例「学校にある水道の蛇口はいくつか」
2 その教材ならではの問い
例「消防署の人々は火事のときに、最初に何をするでしょうか」
 消防署に取材をしたとき、消化活動と同時に人命救助することを知った。教材研究のし過ぎはない。
2 社会科
(1)
人を問う
例「コメの値段は誰が決めるのか」
(2)
提案させる
例「交通安全のための施設を一つ増やします。あなただったら、どこに何を増やしますか」             
(3)
選ばせる
例「家庭から出すごみは有料がいいか、無料がいいか」
(4)
一見、矛盾に思われることを問う
例「交通事故を減らす工夫をしているのに、なぜ事故は減らないか」
3 算数
 算数の授業で、何人かの子が解き方を全員の前で発表する。そけぞれ解き方は異なっている。どのような発問が、子どもの思考をうながすか研究した。
(1)
共通性を問う
例「2つの考え方で似ているところはどこか」
(2)
よさを問う
例「Aさんの解き方のいい点は何か」
(3)
簡潔性を問う
例「これらの解き方のうち、簡単にできるのは何か
(4)
有効性を問う
例「いつでもこの考えは成り立つのか」
 発問の原則を見つけるにしろ、その教材独自の発問を見つけるにしろ、大事なのは自分なりの発問づくり研究の道を見つけ、歩くことである。
 今まで先達の教師たちが数多くの発問を残してきた。今はインターネット上でも多くの発問を検索できる。
 それらの先行実践を研究し、自分で発問を選んだり考えたりする。授業の反応から原則を見つけ実践を積み上げていく。それが王道なのである。
(
佐藤正寿:1962年秋田県生まれ。岩手県公立小学校副校長。「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに教材開発に力を入れている)

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