カテゴリー「授業のさまざまな方法」の記事

「デモシカ先生」だったときに仮説実験授業に出合い、子どもも教師も変わった

「デモシカ先生」という言葉がありますが、西川浩司先生は本当にデモシカ先生だったなあと思った。
 4時半に帰って、繁華街をブラブラしていました。
 転勤した学校で「おまえも年だから、少し研究したらどうや」と言われて、生活指導の研究会に参加した。
 行けども行けども頂上がない。うまくいかない。
「それほどうまくいかないのなら、教科でやってみたら」と言ってくれました。
 それで理科をかなり本や雑誌を読んで必死にやったが、今までいいかげんにやってきた授業とあまり違わなかった。
 そして、仮説実験授業に出合うわけです。
 仮説実験授業では、原則として「問題」-「予想」-「討論」-「実験」の4段階からなっています。
 問題の答は実験がきめるので、教師がきめるのではないという思想がこめられているのです。
 普通だったら、授業の終わりに「この実験からこういうことがわかりました」と、教師が言って、子どもはそれを聞いて覚える、という感じになるわけです。
 ところが仮説実験授業では、実験の結果から何がわかったかを長々としゃべってはいけません。
 だから、今まで私が一生懸命やってきたことは全部ペケなんです。
 実験の結果からいろいろしゃべるのは「押しつけ」だと意識するようになった。
 予想をたてて、しっかり討論しておけば、実験の結果、何がわかったかということは、ほとんど言わなくても明らかなのです。
 予想や討論をろくにせずに実験をやって、そのあとで、この実験から何がわかったか、ということばかりに力をいれるのは解釈主義であり、教師の権威でもって結論をおしつけることにほかなりません。
 板倉先生の講演で、「ものとその重さ」の授業書をいただきました。
 これならできそうだと思い5年生にその授業を始めたのです。
 全然勉強しない子どもがいました。やっと教室に入れても本もださないんです。
 ところが「ものとその重さ」を始めたら、「ぼくするで」と言うんです。
「ものとその重さ」の授業が終わって、子どもたちに感想文を書いてもらったら「ものすごくよかった」ということを書いてくれました。
 窓ぎわで遊んでいた子も、すごく勉強するようになりましたし、意見も言うようになりました。
 一つのことができれば、子どもはすごく変わってくるものなんですね。
 子どもはもちろん、教師も本当に変わるんです。それを発見してビックリしました。
(西川浩司:公立小学校で最初に仮説実験授業を実践。「授業書の内容、ねらいをどのように子どもたちに伝えるか」ということを追求し、実践的に示した)

 

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授業で「学習集団づくり」をするには、どのようにすればよいか

 学習集団づくりの道すじは、次の二つあると教育学者の吉本 均は次のように述べている。
1 学習規律の組織化
 まず、吉本は、教師は個々の子どもたちではなく、全員参加できるように、班を指名すべきだと提案する。
 吉本は班の質、とりわけ班長が班内にわからないものがいるかどうか把握する。
 次のステップに進むとき、班員がお互いに確認し合う。
 班員がお互いに確認し合うといった点を教師が評価してみせることによって、子どもたち自身が点検し合う学習体制をつくることにより、自覚的な学習規律を確立しようとした。
 これには「全員の参加・発言を保障する」ことと「自主・共同の学習体制をつくる」ことが含まれる。
2 「問い」による思考の組織化
 吉本は豊かに思考するために「集団思考=討議」を重視していた。
 仲間との緊張をはらんだ「問い-答え」の過程で「認識する学力」がつくりだされ、内面に定着していくと述べている。
 集団思考を発展させる方法の一つとして
「○○さんに賛成です。そのわけは・・・・」
「ぼくは、いまの○○君につけ加えます」
「私は○○さんの意見に反対です。そのわけは・・・だから」
 といった「発言形式の訓練」を提唱していた。
 これは、子どもたちの聞き方の訓練にもなっていた。
3 教師による発問
 決定的に重要なのが教師による発問である。
 吉本は、次の三種類の発問を示している。
(1) しぼる(限定する)発問
 子どもの思考を焦点化させ、思考を引き出す具体的で明瞭な発問。
(2) ひろげる(関連させる)発問
 既知の内容と未知の内容を明確にして、関連を組み立てさせるような発問。
 それと、具体的事実、資料、生活経験などに関連づける発問。
(3) ゆさぶる(否定する)発問
 子どもたちが現在、習得している思考に対して、あたらしい次元の対立や矛盾などをつくりだす発問。
 授業の中心的な場面において発問すべき最も重要なものである。
 その典型として吉本があげているのが斎藤喜博の森の出口はどこかを問う「森の出口」の授業である。
「ゆさぶり」の典型的にあらわれた授業として斎藤喜博の「森の出口」の授業がある。
 斎藤喜博(1911-1981年)は、1960年代に島小学校で教育実践を行ったことがよく知られている。
 この斎藤の「森の出口」の授業を具体的に見ていく。
 小学3年の国語の教科書に、次のような文章が記載されていた。
「あきおさんとみよ子さんはやっと森の出口に来ました」
「つかれきって速く歩くことができません」
 授業で、この「森の出口」という言葉が問題になり、子どもたちからさまざまな意見が出された。
 話し合いの結果、「森の出口」は森とそうでないところの境だという解釈をして、子どもたちは喜んでいた。
 ところが、うしろで見ていた斎藤は立ち上がって黒板に森の絵を描き、森の中から森の外が見えたところを「森の出口」と書いた。
 黒板の絵を見て、子どもたちは思ってもみなかった解釈に、ハッとした。
 子どもたちは驚き、緊張がクラスにひろがった。
 斎藤は子どもたちの読みとりに対して、別の読みとりがあることを気づかせた。
 森に迷い込んだ二人の子どもにとって、森から出られると実感できた場所で、「やった。森から出られた。家に帰れる」と叫んだであろう。
 あきおさんとみよ子さんにとっては、その地点が「森の出口」なのである。
 作品の中の人物の立場から考えることが要求され、そのことが子どもたちの知的なめざめを誘発していったのである。「ゆさぶり」が、そこにあらわれている。
(吉本 均:1924-1996年広島県生まれ、広島大学名誉教授 日本における教育方法学の確立に貢献したといわれる)
(鳴瀬彰夫:神奈川大学)

 

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読み・書き・計算の基礎学習は脳を活性化する

 川島隆太教授は「脳とこころの関係をつきとめる」という研究をずっとやってきました。
 そして、読み・書き・計算の脳活動は特異的に脳が活性化するという事実を見つけました。
 また、私たちが運動するとき、最大の筋力を発揮するには、準備運動をすべきだということが、運動生理学からわかっています。 
 脳をたくさん働かせるには、脳をウォーミングアップさせたあとだと、より多く働くのではないかと考えたのです。
 実験の結果、2分間の計算や音読で、記憶力や認知力が10%から25%も増加したのです。
 計算は速く行わせることが脳をより活性化することがわかっているので、計算を速く行わせることが重要です。
 つまり、単純計算の反復練習と、それの復習が脳を活性化するということになりますが、これは陰山英男先生が兵庫県山口小学校で行われた実践の結果と一致します。
 音読で脳は活性化します。声を出して文字を読むことが、われわれの脳によいということです。
 その際、何を読ませるかは問題ではありません。
 やさしすぎるところよりも少しだけ難しいところ、テストでいうと80点ぐらいしかとれないような場合に、一番チャレンジしたいという気持ちをもつことができます。
 脳はそれぐらいのほうが活性化が強まり、集中力も増します。ですから、そこをねらってやるのがすごくよいやり方だと思います。
 読むスピードと脳の関係を調べてみました。
 黙読のスピードが速いほど「ものを見る」後頭葉が活性化し、音読のスピードが速くなると、後頭葉のほかに両側の前頭前野の活性度も増加することがわかりました。
 難しい文章をじっくりと読むよりも、やさしい文章をすらすらとよどみなく読むほうがよいのです。
(川島隆太:1959年生まれ、東北大学教授を経て東北大学加齢医学研究所 所長)

 

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問題解決的な学習の基本形とは

 教師による知識の伝達ではなく、子ども自身が知識を獲得する授業を行うとき、その基本形は問題解決的な学習です。
 通常は「問題をつかむ・調べる・まとめる」などと言われています。
 問題解決的な学習とは、おおよそ次のような学習の展開過程を基本にしています。
1 学習問題を設定する場合
(1)学習問題(はてな)に気づく。
(2)学習問題(はてな)に対して予想する。
(3)予想を確かめる方法を考える。
2 学習問題を追究し解決する場面
(1)必要な資料を収集し、分析する。
(2)実験や観察、調査などに取り組む
(3)明らかになったことを整理する。
3 学習問題の結論を吟味する場面
(1)各自まとめたことを発表し合う
(2)学習問題に対する考えをまとめる。
(3)残された課題を明確にする。
 これらの活動をすべて45分間で行うと、大変慌ただしい授業になります。
 そのため、まず単元や小単元の学習の流れをおおまかに計画し、そこから45分間の計画を作成するという手順です。
 この場合、45分間丸ごと、学習問題づくりに使ったり、調べ学習に充てたりすることになります。
 しかし、このような場合にも、授業には導入、展開、終末の場面があります。
(北 俊夫:福井県生まれ、東京都公立小学校教師、東京都教育委員会指導主事、初等中等教育局教科調査官、岐阜大学教授、国士舘大学教授を経て、総合初等教育研究所参与及び学校教育アドバイザーとして講演や執筆活動)

 

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仮説実験授業よる子どもたちの人間形成とは

 庄司和晃が山形県長井市豊田小学校教師のとき、
(1)問題児の指導を通じて、親と教師がお互いに信じ合い、子どもを愛情で包みこむこと。
(2)教育者として子ども一人ひとりと向き合うことによって、信頼関係を結ぶ。
 そこからはじめて教育という活動を進めていけると感じていた。
 この経験から、仮説実験授業における討論でも常に、子ども一人ひとりの発言に注意し、それらを詳細に検討した。
 柳田国男の影響を受け、1956年ころから「理科コトバ」と呼ばれる子どもの生活経験から生じる言葉に注目するようになる。
 これが、のちに仮説実験授業の討論に注目して子どもの認識過程を分析する素地となったといえる。
 仮説実験授業を通じて、理科の授業は科学にもとづく原理や法則を教えるだけではない。
 その原理や法則が、子どもたちにとってどのような意味をもつのかを子どもたち自身に考えさせることを学び、授業に取り入れようとした。
 その方法として庄司は討論を重視した。
 討論で子どもの認識の深まりをとらえるために「キッカケ言葉」に注目し、子どもたちの討論を分析した。
 分析の結果、庄司は討論することによって、子どもたちの思考が「のぼりおり」をくり返しながら、認識を深める様子を見いだした。
 子どもたちの認識が深まることで、
(1)自分自身が進歩していく
(2)自分自身が変わっていく
(3)自分自身のすばらしさをみつけだしていく
(4)問題を処理する自分の力に自信をもっていく
 そうしたことを、
(1)子どもが自覚することができ
(2)自分自身が生きぬいていくためのもっとも強力で有効な武器あるいは味方となるものを子どもたちが手に入れていく
 ことが可能になると庄司は考えていた。
 すなわち庄司は、主体的な人間形成をもめざしていた。
 庄司は「認識の三段階連関理論」を創出し,人々の認識の在り方を
(1)感覚的素朴的段階(直観)
(2)表象的過渡的段階(生活経験)
(3)概念的本格的段階(既習の知識)
 の3つの段階として捉え,この3つの段階間を上り下りしたり,横ばいしたりすることにより認識は深まるとした。
(庄司和晃:1929-2015年山形県生まれ、山形県公立小学校教師、成城学園初等学校教師を経て大東文化大学教授。板倉聖宣らと仮説実験授業を提唱。認識の三段階連関理論を創出した)

 

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理科の学習課題方式の授業とは、どのようなものでしょうか

 玉田泰太郎らが開発した相互作用型授業は「到達目標・学習課題方式」または単に「学習課題方式」と呼ばれることがある。
 しかし,東京学芸大学の新田英雄教授は、名称は玉田の意図を十分には反映できていないように思われ「玉田方式」と呼ぶことにした。
 玉田方式は次の手順で行われる。
1 教師は課題を出す
2 生徒は自分の考えを書く
3 クラス討論
4 討論を踏まえて,練り上げた考えを書く
5 実験・観察
6 実験・観察で明らかになったことを書く
 なお,生徒が書いている間,教師は机間巡視し,生徒の考えを把握しておき,クラス討論での発言を予め把握するとともに,自主的な発言が無い場合に発言させる生徒とその順序を構想しておく。
 また,討論で出てきた考えを黒板に書き並べ,それぞれの生徒数の分布を討論前と討論後に調べる。
 玉田方式では,生徒が予想を書き込んでいる間の机間巡視で生徒の考えを把握し,生徒の自由な発言の中に計画性を潜ませ,黒板に生徒の代表的な考えを並べることによって,選択肢をつくりだす。
 その際、「重要なのは,少数意見を必ず拾い上げることである」と玉田は言う。
「選択肢を出しておいて予想させる場合もあるでしょうが,子どもたちが射程距離にある問題に今までの学習の中からどれだけ接近できるか,切りこんでいけるかという,かなり自由な予想のたて方をさせるのでも,一つ授業が成立すると思うんです」
 玉田方式のように予想や考えをノートに書かせ,それを元に意見を発表させるという手法であれば,教師に指名されれば,書いた自分の考えを読めばよいので,発言しようとしない生徒の考えをもクラス討論の中に取り入れることができる。
 教師の指名が多くなった場合の玉田方式のクラス討論は,上手に演出された劇のように感じられる。
 物理に限らず,自然科学の授業においては,自由に考えてよい,ということを生徒に確信させることが,おそらくは何よりも重要なことなのである。
 どのような相互作用型授業にせよ,議論で自由に発言できること,あるいは自分の考えを自由に書けること,これらが教師と他の生徒から,保障され,尊重されていることが,生徒が真に能動的かつ創造的な態度で自然科学に取り組めるようになる鍵ではないだろうか。
 玉田は,自然科学教育の目標を,次のように述べている。
「すべての子どもたちが初歩的であるが,現代自然科学の基礎となる事実・概念・法則を,科学の方法にしたがって,自分たちの集団の力で獲得することにより,自然にはたらきかけ,自然を科学的に認識すること」
「また,この目標を達成するためには「理科教育の内容や具体的な教材の構成について,その根本的なあり方にまでたちかえって再検討することが重要となる」
「授業が成立するかどうかは,授業技術も必要であるが,根本的には『何を、どう構成するか』の問題にかかわっている」と述べている。
 そして,教育内容を,「到達目標―具体的内容―教材構成」という階層構造で構築し,教材構成の中に,授業での学習課題が位置づけられる。
 例えば,小学校理科に設定した到達目標「物にはすべて重さがあり,保存される」の下には,「物は変形しても重さは変わらない」や「物が水に溶けて見えなくなっても重さは変わらない」などの具体的内容が置かれる。
 さらに,個々の具体的内容はいくつかの教材によって構成され,例えば「ねん土をまるめたり,ひろげたり,ちいさくちぎったりしたとき,全体の重さはどうなるか」といった学習課題が授業で提示される。
 教育内容は「学習の正しい系統性」に基づいて構築されなければならないが,その際,「内容・教材の系統性」と,「認識の順次性」の 2 つの観点から系統性を見出さねばならないと,玉田は主張する。
 これは「どういう問題を、どういう順序で」ということである。
 教材・内容の系統性は「自然科学の体系や法則の論理的構造」からある程度定まるものの,「認識の順次性」に由来する系統性は「子どもが自然科学的な事実や法則をどのようなすじ道で認識していくかを明らかに」していかないと見出せない。
 面接調査という手段も補助的には考えられるが,授業における「認識の順次性」を明らかにするためには,生徒の認識過程を実際の授業で観察し,試行錯誤を経て確立していく以外に方法はない。
 なお,どのような学習課題を立てるにせよ,次の玉田の言葉を忘れてはならない。
「子どもたちが学習課題として,主体的にとりくむ意義を認め得るものでなければならない。」
「子どもの認識をひっくりかえせるような教材をえらぶ。しかも,それを投入することによって,基本的な概念みたいなものに確信をもてるようにする」
 高校以上の物理教育においては,数式を伴った理論的,定量的な概念理解が要求される。
 したがって,授業には多様な相互作用を導入する必要があるだろうが,どのような授業法をとるにせよ,生徒の素朴概念をひっくり返し,物理の基本法則に確信をもてるようにすることが,中心課題の一つであることは間違いない。
 玉田は,教育現場における教師の実情を次のように記している。
「私たちはさまざまな困難な条件をかかえ,時間的にも追いまわされ,教材研究も十分にできないし,研究の場も限られています」
 実際、研究をまとめる時間など無いと訴える教師は多いし,その実情はよくわかる。
 ただ,玉田は次のように続けている。
「しかし,毎日の授業そのものが実践研究の場であると考えると,研究の時間と場をもっているともいえます」そして,
 「自然科学の実験のように,真否を一義的に問うことができるというわけにはいかないにしても,1 時間 1 時間の授業は,『何を、如何に』教えるかの実践研究における実験に当たると言えましょう」と述べている。
 この考えは,どのような授業法をどのようなカリキュラム構造で展開する場合においても,普遍にあてはまる筈である。
 授業は絶えず再構築されていくものであるが,新たな教育実践を,研究というスタンスで,客観的妥当性を保証しつつ発表する。
 その際には,過去の物理教育の研究成果を十分検討し,自らの研究で得られた新たな知見は何かを明快に主張する。
 このような研究を積み重ねていくことによって,建設的かつ効率的な物理教育の発展がなされるはずである。
 そのためには,初等中等教育に携わる教師と大学の研究者とが連携し,緊密に相互作用しながら研究を推進していくことが重要である。
(新田英雄:東京学芸大学教授。専門は物理教育)

 

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「辞書引き学習法」で、子どもが辞書を引きたくてたまらなくなり、どんどん辞書を引くようになるにはどうすればよいか

 深谷圭助先生が「辞書引き学習法」を始めたのは、ある一人の子どもが国語辞典を机の上においてさまざまな授業の中で楽しそうに辞典を引いていたので、みんなでまねをしようかということからです。
 この学習方法の特徴は、自分で気がついて自分で調べる心構えができることです。
 子どもたちは気がついたことや疑問に思ったことを調べるようになっていきます。
 かな文字を習い始める小学校1年生から国語辞典を与えることで、日常生活における疑問や、子どもの生活上で登場するものやことを調べさせ、自ら学ぶ態度や自ら学ぶ学び方を習得させようとする学習法である。
 付箋紙に、辞書で調べた言葉を書き込み、辞書にはさむというプロセスに特徴があり、小学校1年生の児童でも、数千枚の付箋を辞書にはさむようになる。
 子どもが「辞書を引きたくてたまらない!」というところに持っていくには、大人の側の工夫、「種まき」が必要です。親や教師で上手な種まきをすれば、たくましい芽が伸びていきます。
 辞書を引きたくなる工夫は、 
1 引いた言葉に付箋紙を貼る
 1年生の辞書引き活動の最大の秘密が「付箋を貼る」ということなのです。
 1年生はものごとのとらえ方が単純で、「多い」「少ない」はわかりやすい。
 ですから、付箋を貼り、どんどん増えていくことは、子どもたちにとってうれしいことなのです。
 しかも付箋なら、自分のがんばりを、目に見える「量」として実感できます。
 達成感を感じ、さらに辞書引きに励むという好循環が生まれるのです。
 子どもたちは「言葉集め」というゲームに参加しているようなものかもしれません。
 付箋には、番号と調べた言葉を書き込むように指導します。
2 辞書のケースやカバーははずす
 辞書に対する抵抗が少しでも少なくなるよう、使いやすさを第一に考えましょう。
 カバーがかかっていれば扱いにくいですし、いちいちケースに入れていては、引きたいときにすぐ引くことができません。
3 つねに机の上にだしておく
 気になることがあったらすぐに辞書に手が伸びるよう、常に子どもの視界に入るところに出しておきましょう。
 学校では机の上、ご家庭でしたら食卓やリビングのテーブルのまわりに置いておくとよいかもしれません。
 深谷先生は辞書引き学習法のすすめかたをつぎのように述べています。
1 小学校一年生から始めるとよい
 小学校一年生は、言葉に対する興味・関心が非常に高まった状態にある特別な時期なのです。
 小学校入学前の子どもは、自分がすでに獲得して使いこなしている言葉と、自分の体験との間にギャップがあります。子ども自身は、見て知っているのだけれど、なんと表現したらよいかわからないといった状態にあります。
 ですから、小学校で自分の体験した言葉と出会うと、新鮮な喜びを感じるのです。まるでスポンジのように新しい言葉をどんどん吸収していきます。
2 辞書を自由に使わせる
 一年生に辞書を持たせると、何が書いてあるか興味しんしんで、辞書を調べるというより、いろんなことが書いてある読み物なのです。
 辞書というのは、世の中のことを簡素にのべようとしています。だからこそ、子どもにも訴えるものがあります。
 その説明を読むこと自体を楽しみます。子ども向け辞書にはイラストが多く、眺めているだけでも楽しいものです。
 自由に使わせて多様な活用の仕方を見つけさせることが大切なのです。
3 知っていることがどう辞書に書かれているかを知ることが学問との出会い
 子どもたちに辞書を持たせると、まず知っている言葉さがしにハマる子が多いのです。
 一年生の辞書の使い方の特徴として、すでに知っている言葉を探すというものがあります。
 ふだんの生活の中で見聞きしているものや、話している言葉、体験していることも、辞書に掲載されている。
 たとえば、自分が知っている“チューリップ”が、辞書の中で、説明されているようすに子どもたちは新鮮な驚きを感じます。
 これは、いわば「学問との出会い」、すなわち、世界を客観的にとらえる第一歩だといえると思います。
4 「学びのスタイル」を身につけることができる
 国語辞書は、生活の中で登場するあらゆる事柄や言葉を網羅しています。ですから、日常の中で子どもが疑問に思ったことをすぐ調べることができる、手軽なツールになります。
「疑問に思ったら辞書を使って調べる」ことが朝起きたら顔を洗うのと同じように、生活にとけこんでしまうのです。
 この「学びのスタイル」を身につけた子どもは、学ぶことを苦労と思わなくなります。
 生活を丸ごと網羅している国語辞典が、生活を知的にとらえ直そうとしている小学1年生の教材として最適なのを理解していただけると思います。
5 「自分だけ」の愛用の辞書を持たせる
 1年生が学校生活に少し慣れ始めるゴールデンウィーク前に「国語辞典購入の案内」を保護者向けに配布します。
 学校で一斉購入するのではなく、各家庭で、子どもに合った「わが子専用の辞書」を用意してもらいます。子どもといっしょに辞書を買うとよいでしょう。
 親が用意したものを手渡されるよりも、子どもが自分で選んだ辞書のほうが「自分の辞書」という愛着を感じられるからです。
 ただし、1年生にもっとも適した辞書は、総ルビつき、1万5千語以上収録の辞書で、辞書の本来の機能である語句の説明がしっかりとされていること。
 たとえば、「学習国語新辞典」小学館 19000語等があります。
 愛用の辞書を持たせるねらいのひとつは、好きなだけ線を引っ張ったり、付箋を貼ったり、書き込みをしたりと、子どもにどんどん辞書に手を入れていってほしいということです。
 各家庭であえて違う辞書を持たせるのは、同じ言葉を引いても、辞書によって説明の仕方は異なります。
 それで子どもが立ち止まり、考えます。「はてな?」を生み、いろいろな解釈を知り、自分なりの考えを追求する契機となり、探求活動のきっかけとなるのです。
 この点は非常に重要です。「自ら学ぶ力を育てる」うえでは、辞書によって書いてあることが違うことに気づかせる方が有効です。
 辞書がボロボロになっていけば、「自分はそれだけ勉強しているんだ」と誇らしい気持ちにもなります。
(深谷 圭助:1965年愛知県生まれ、愛知県公立小中学校教師、立命館小学校教頭、同校長を経て中部大学教授。こども・ことば研究所理事長、「辞書引き学習法」の提唱者)

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自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるeスクールとは、どのようなものか

 早稲田大学人間科学部eスクールは、スクーリングを除くほとんどの課程をeラーニング(インターネットを通じた授業)で行う日本初の通信教育課程です。
 eスクールの授業は、時間や場所の制約に縛られない。
 つまり、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 2003年に始まり、これまでに1500名以上の卒業生を送り出しました。
 講義をはじめ、レポート提出や小テストなども自宅のパソコンでOK。卒業すると学士(人間科学)が取得できます。
 教材は通学制の授業を撮影した映像をベースに、スタジオで新たに収録した動画や参考資料などを加えます。
 これを単元ごとに一定期間内であれば、同じ講義を何度でも繰り返し受講して理解を深めることができる。
 講義の受講をはじめ、電子掲示板での質問・議論、レポート提出や小テストまで、すべてインターネットでおこないますので、大学への通学が難しい人も自分のペースで卒業を目指すことができます。
 自分のペースで取り組むということは、ともすれば卒業まで孤独に頑張り抜くといったような印象があるかもしれません。
 しかし、実際の科目履修においては、クラスごとに電子掲示板が設定されており、履修学生同士による意見交換や教員への質問等のために双方向のコミュニケーション環境が整えられています。
 また、各科目には教育コーチが学びを支援してくれます。
 eスクールの学生は、30~50歳代の社会人が中心で、在籍人数の半分以上を占めますが、若い人は18歳から、上は70歳以上と、その裾野はすべての世代をカバーしています。
 そうした人々がeスクールで学ぶことを決心した背景は多岐にわたり、仕事に役立てたい、自分の仕事を学問的に見直したい、最新の知識を身につけたいといった具体的な動機から、自分の人生を見つめ直したい、夢を実現したいという抽象的なことまでさまざまです。
 eスクールは、社会に出て、新たに学びたいと思ったときにいつでも大学で最先端の科学と技術を学べる環境を整える役割を持っています。
 eスクール立ち上げから関わってきた野嶋栄一郎名誉教授は次のように述べています。
 eスクールを開始して改めて感じることは「社会人は優秀である」ということです。「私」が鍛えられているのですね。
 eスクールは、「対面授業ではないから通学生に比べ、ハンディキャップがある」と考えられ勝ちですが、これは大きな間違いです。
 講義は全く同じものであり、かつ、電子掲示板により個別の疑問に対応、議論は、リアルタイムではありませんが、24時間展開され、受講生全員が共有出来ますので、授業の中で展開する以上に、学びに広がりが生まれるのです。
 中には海外在住の学生や、社会人経験のある人が多く、議論の種となる経験が具体的でシビア、指摘が鋭い。
 ただ講義を受ける一斉授業よりはるかに質が高まる可能性が高いといえます。
 eスクールでは1講義につき最低1人、院生などが「教育コーチ」としてつき、講義後の電子掲示板での対応を行っています。
 eスクールの学生は、一人ひとりがウェブサイトの講義映像を見ながら学習を進めつつ、オンラインディスカッションで意見を交わして理解を深めていく、個人学習と協調学習である。
 従来、大学で一般に行われてきたのは、一人の教員が主導権を握って何かを伝える教え方である。
 例えて言うなら、馬にくつわを付けて「正しい方向はこっちだ」とぐいぐい引っ張るような教育でした。
 eスクールを進めるうちに、能動的な学びを引き出すのに適していると野嶋教授は確信しました。
 学生たちが行きつ戻りつしながらも、互いに触発しあって何かを見出していく。
 そんな授業の在り方こそが、人を成長させるのだという思いを強めました。
 そのために野嶋先生は、ある程度の方向性を示す以外は、あえて細々とした指導はしなかった。
 あたかも社会人が仕事を通じて能力を磨いていくような、自活力の高い学習の機会をつくりたかったのである。
 ネットワーク環境が能動的な学びを引き出すのに適していると確信した野嶋先生は、eラーニング、つまりインターネットを通じた授業で、キャンパスに通わなくても学位が取れる四年制のオンデマンド課程を創設しました。
 オンデマンドとは、一人ひとりの学生が自宅のパソコンなどからインターネットを介し、いつでも自分の都合のよい時間帯に学習を進めるというスタイルである。
 教員や学生同士がほとんど顔を合わせずに卒業する。そう聞くと、無機質で冷たい印象を覚えるかもしれない。
 だが、「実は、ネット空間のほうが対面式の教室よりも濃密なコミュニケーションが生まれる場合もある」と野嶋先生は言う。
 eスクールでは、個人ベースで受講する講義に加え、教員との質疑応答や学生間のディスカッションの場として電子掲示板が用意されている。
 また、教育コーチと呼ばれる指導助手が各科目に必ず一名以上付き、学生たちのさまざまな悩みや疑問に応じている。
 そうした多彩な意見や情報をネット上で受講者全員が分かち合うことで、限られた教室内での交流をはるかにしのぐ緊密な関係が築かれるのである。
 ある学生のほんの小さな気づきが、別の学生にとっては大きな発見になるかもしれないし、数多くの考え方に接することが、新たな知的関心を呼び起こすことにもつながる。
 そればかりか、自分の授業がネットで公開されるという緊張感が、教員にとっても格好の刺激となり、教育の質がおのずから上向くことさえ期待できるのです。
(野嶋栄一郎:1946年生まれ、福井大学助教授、早稲田大学教授を経て同大学名誉教授、パナソニック教育財団評議員)

 

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百ます計算は、どのような趣旨で生まれたのか

 百ます計算は、陰山英男先生が百ます計算を活用し、小学生の基礎学力向上に成果を見せたことにより話題となった。
 百ます計算は、縦10×横10のますの左側と上側に、それぞれ0から9の数字をランダムに並べ、1けたの数字の足し算、かけ算などのスピードアップを競う。
 教育現場に登場したのは1960年代。考案者は、神戸市で40年間の小学教師経験のある岸本裕史先生だ。
 68年の学習指導要領改訂で「詰め込み教育」が進み、岸本先生は「授業についていけない児童が多数出る」と、百ます計算を授業に組み込んだ。
 百ます計算のブームは、兵庫県朝来町立山口小学校の異変がきっかけである。
 岸本先生は、
「山口小学校は数年に1人程度しか有名大学進学者がなかった。ところがこの10年間、同小で百ます計算など反復トレーニングを集中的に実践。毎年、2割程度の難関大学合格者が出るようになった」と説明する。
 東北大学未来科学技術共同研究センターの川島隆太教授は、
「百ます計算や音読のときは、脳全体に血流が集まることが実験で明らかになった」
「小学生時に訓練された計算力や言語能力、記憶力、認知力は一生残る」と指摘。
 しかし、教育界には、小学生時の単純な反復訓練が大学受験時まで効果があるのか疑問視する声も多い。
 元教師の家本芳郎は、
「小学生の時につけた学力が、簡単に壊れることは長年の中学校教師経験で知っている。計算能力と考える知能は全く別ものだ。受験の学力を本当の学力と定義しているのが間違い」と言う。
 さらに、教師がストップウオッチ片手に子どもを競わせるスタイルも問題という。
 家本先生は、計算が早ければ偉いという一元的価値観を植え付け、受験戦争につながる。小学生の段階で、人との協調性より競争心を育てるのは時期尚早である。
 実は、百マス計算の生みの親の岸本先生も、考案の目的は受験対策ではなかった。
 詰め込み教育の、落ちこぼれ対策が出発点だったというのだ。
 百ます計算の利点は、勉強が苦手な子どもでも全問正解できる。
 自信をつけさせてくれた教師に、子どもは「先生、今度は何をすれば賢くなれるんや」と聞いてくる。
 理想論では、子どもたちは救えないと。
 教育界の百ます計算の批判に対し、岸本先生は、
「反復学習を批判するのは、自身が高学歴者ばかりじゃないか」と一蹴する。
「全国で学級崩壊どころか学校崩壊にまで広がっている危機的状況をみて、どう思うのか」
「子どもの能力を引き出すのは、子どもに基礎学力がある場合だけだ」
「勉強が分からないから、学校が楽しくなくて、荒れる子どもたちの悲しみが分かっていない」
 と反論する。
 競争が子どもの人格形成に悪いという意見については、岸本先生氏は、
「競争が駄目なら、運動会の徒競走で順位をつけるのも、コンクールで表彰するのもやめなければいけない」
「競争があってこそ、努力して成長できる」と言う。さらに、
「百ます計算で競争する相手は、友だちはなく、レベルが低かった過去の自分」
「教師が『よく頑張った』と褒めることで、みんなも祝福し、教室の雰囲気がよくなる」と。
(岸本裕史元:1930-2006年、神戸市生まれ、元小学校教師。百ます計算の生みの親。1985年 「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会(落ち研)」(現「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」)代表委員)

 

 

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ユニット学習で授業をすると、子どもたちは落ち着き、どんどん力を伸ばしていきます(その1)

 西村 徹先生が小学二年生を担任したとき、子どもたちがなかなか落ち着いて勉強できずに困りました。
 ある時、東京の杉渕鉄良先生に「ユニット学習」を教えてもらいました。
 この方法で授業をすると、すぐに落ち着き、子ども達がどんどん力を伸ばしていきました。
 ユニット学習とは、45分の授業時間をいくつかの小さな学習で構成するということです。
「ユニット学習、おもしろい」と、子どもたちは思います。
 やっていただくと「やってよかった」と思われるでしょう。具体的に紹介していきます。
1 ことわざ
 公文式の「ことわざカード」を買いましょう。ことわざが62載っています。
 さまざまな教訓に満ちていることわざを覚えることは、日本語の語彙を豊かにします。
 このカードを使って、ユニット学習を始めてみましょう。
 やり方は簡単です。次のようにします。
教師「ことわざ学習をやりましょう。最初の言葉を言いますから、続く言葉を言ってください」
教師「犬も歩けば」と、カードを見せながら言います。
子ども「棒に当たる」と、子どもたちは言います。続けて10ほど、ことわざを言います。
 初めですから、簡単なことわざを選びましょう。
 大切なポイントは、ことわざ62全部を一度にしないでください。
 これをすると、教師も子どもも一度でユニット学習が嫌になりますから。
 つまり、1日に5つから10までのことわざにすることがポイントなのです。
 これだと1分で終わりますね。「もうちょっとやりたい」ぐらいで終わるのです。
 1週間、毎日、同じことわざを教えます。
 次の週は、違うことわざです。6週間かけると62のことわざが終わります。
 1回に1分。1週間では5分指導していますから、それを6週間すると30分です。わずか30分で62のことわざが覚えられるのです。
2 慣用句
 公文式のカードには「慣用句カード」もあります。62の慣用句が紹介してあります。
 慣用句の場合、意味を言ってから答えさせます。意味を言わないと答えにくいからです。
 たとえば「耳を」と聴いて、後に続く言葉はいくつか思いつきます。
 答えは「すます」なのですが、「うたがう」でも正解です。
 まず、教師が慣用句の意味を言います。
教師「声や音がよく聞こえるように、注意を集中して聞くことです」 そこでカードを見せて、
教師「耳を・・・」と言います。子どもたちは「すます」と言います。
3 四字熟語
 四字熟語の指導も公文カードを使います。
 字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、公文カードを元に、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 次のように指導します。四字熟語カードを見せます。
教師「弱肉強食」
子ども「じゃくにく、きょうしょく」と子どもたちが読みます。これを10ほど続けます。
4 難読語
 難読語の指導も公文カードを使います。
 これも字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、公文カードを元に、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 難読語カードを見せます。
教師「烏」
子ども「からす」と、子どもたちが読みます。これを10ほど続けます。
5 対義語
 対義語は受験参考書から取ってきます。
 これも字が小さいので教室の後ろまでよく見えるように、大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 表に熟語、裏に対義語を書きます。それを続けて言わせます。
 熟語とその対義語をワンセットで覚えさせます。次のように指導します。
 対義語カードの表を見せ、すぐに裏を見せて言わせます。
「主観客観」と子ども達が読みます。これを10ほど続けます。
6 季節の言葉
 梅雨の頃は、雨に関する言葉を、冬には雪に関する言葉を覚えさせます。
 難読語の指導と同じです。教室の後ろまでよく見えるように大きめで厚めな紙でカードを作ります。
 季節の言葉カードを見せます。
教師「時雨」
子ども「しぐれ」と子ども達が読みます。その後で、
教師「秋から冬にかけて通り雨のように降る雨」と意味を言います。これを10ほど続けます。
7 復習する言葉
 各教科の中には、単純に覚え込めばいい言葉があります。
 しかし、教科書で一度学習した後は、復習しませんから子どもたちは忘れます。
 それを、カードにしてユニット学習で何回か言わせると覚えることができます。
 やはり、少し厚めの紙に書いてください。次のように指導します。
 教師が復習する言葉カードの意味をいいます。
教師「遠くの海に出かけ長い期間行う漁は?」
子ども「遠洋漁業」と子ども達が読みます。 これを10ほど続けます。
 ユニット学習を経験して、ある5年生の女子は、次のように述べています。
「私は、カードユニットを続けていて、初めは読めなかった漢字でも大きな声で毎日読んでいると、自然に覚えていって、自然に身に付くんだと思いました」
「ことわざでも、初めは覚えていなかったけど、ことわざカードをやり始めると、初めよりたくさん覚えていきました」
「そして、スラスラ言えるようになり、こんなに言えるんだーと思いました」
「私は、ことわざカードユニットをやっているうちに、すぐ覚えられました。覚えようとしなくても、すぐ頭にうかんできました」
「そのうち、ことわざが、好きになってきました。難読語も同じです」
「それは、ほとんど毎日やっているからだと思いました。どのカードユニットでも、覚えようとしなくても覚えられるから便利です」
(西村 徹:1960年兵庫県生まれ、小学校在席6年間の校長は東井義雄先生。兵庫県公立小学校教師。「東井義雄の言葉 こころの花がひらくとき」(致知出版社)を出版。地元で、やぶ読書会・教育サークル「カセッタ会」、但馬掃除に学ぶ会・教育立志会を主催)

 

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