カテゴリー「教師に必要とされる能力」の記事

子どもに慕われているが授業がへたな教師と、授業がじょうずだがやや人間性に欠ける教師とではどちらが教師としてよいと思いますか

 教師の資質とは何んなのか。何が重要なのか、優先順位がつかないのが教育現場なのです。
 昨今の優先順位は、教育技術の向上や学力重視でしょうが、これだけで教育問題が解決するとは思えないのです。
 ただ、はっきり言えることは「教師として」というより「人間として」どうか、という視点で教師の資質を考えたほうが妥当である、という現実です。
 多発する教師の不祥事の根底もここにありますから、教師の人間性の向上にこそ優先順位を置きたいのです。
 また、子どもが教師を好きになれば、少々授業がうまくなくても、成績は向上するものですから、これこそが真理でしょう。教師こそ「ゆとり」が必要なのです。
 教師の力量は、ある意味、天分的なスキルの面が多いのですが、それをいくら言葉で説明し、マニュアルに沿って研修しても、習得は難しいものです。
 しかし、そういった「暗黙知」のスキルを知っている先輩教師が、後輩教師と一緒に実践しながら、言葉でない部分を伝えていくことが大切です。それがいま必要なのです。
 この「伝える環境づくり」こそ、教師の資質向上につながると信じています。そして、これには「ゆとり」が必要なのです。
(
阪根健二:1954年神戸生まれ、香川県公立中学校教師、指導主事、教頭、香川大学助教授を経て鳴門教育大学教授。専門は学校危機管理,生徒指導) 

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子どもたちは嫌いな教師の言うことは聞かない、信頼され人気のある教師になるにはどうすればよいか

 教師になる前は「先生、先生!」と笑顔の子どもたちに囲まれ、先生の話を真剣に聞き、先生の期待に応えようとがんばる子どもたち。毎日が感動のドラマ。
 そんな生活を夢見たはずなのに、教師になって、気がつけば、怖い顔をして、子どもたちを怒鳴り散らしている。
 日々、子どもたちの対応で疲れ切り、子どもや保護者からの支持を得られず、ぐちをこぼす毎日。「こんなはずじゃなかった」と思ったのは、10年前の私です。
 子どもたちは嫌いな教師の言うことを素直に聞くでしょうか。
「一生懸命勉強しなさい」「友だち同士、仲よくしなさい」
と、嫌いな教師から言われて「よし、勉強するぞ」「仲よくするぞ」と思えるでしょうか。
 私はできないと思います。子どもたちは反発するのではないでしょうか。
 一方、信頼する教師であれば、子どもたちは「大好きな先生の言うことだから聞こう」と思い、進んで正しいことをします。素直に明るく、ぐんぐん力を伸ばしていきます。そして、教師も楽しく仕事ができます。
 クラスの子どもたちから信頼を得た「人気のある教師」になるためにはどうすればよいのでしょうか。
 かつて、子どもからの支持を得られず苦労した経験から学んだ、人気の教師になるための私のアドバイスは
(1)
とことん子どもを好きになろう
 子どものよいところを記録することで、子どもたちのよいところに目が向くようになります。心の中で「好きだよ」と言うと、表情や言葉などに表れ好意が子どもたちに伝わります。
(2)
子どもたちと笑顔で接し、子どもたちを安心させる
 笑顔になるためには、教師が機嫌よくしていることが大切です。疲れを残さず、趣味や家族、友人との時間を充実させるようにします。子どもとの日常のやりとりに、ユーモアを入れます。
(3)
たくさんほめよう
 子どもはほめてくれる先生のことが好きになります。子どものご機嫌をとるのではなく、本当によいと思ったときだけ、ほめます。
 しかし、叱るべき時には叱らなければなりません。教室全体に安心感を与えることができます。叱ったあとは、名誉ばんかいのチャンスを与えて、できたときにはほめて終わりにすることが大切です。
(4)
授業の達人をめざそう
 つまらない授業が続けば、子どもたちの不満がたまります。楽しくて自分が伸びたと実感できる授業であれば、教師のことも大好きになります。
 教師の発問や指示に対する子どもの反応に対して、どのような「受け」を教師がするのか、そこがよい授業をするうえでの大事なポイントです。
(5)
あこがれを持って学ぼう
 あこがれの先生を持っている教師は、近づけるように自然と努力をします。日々成長している子どもたちからの目も、このような先生の姿は、いっしょに進んでいる先輩のように見えることでしょう。
 私には、たくさんのあこがれの先生がいます。赤坂真二先生との出会いが、私を成長させ、仕事が楽しくなり、人生を大きく変えてくれました。
(6)
最初が肝心、秩序あるクラスをつくろう
 秩序を保つことは、教師として子どもや保護者、同僚からの信頼を得るために必要不可欠なものです。
 秩序を保つためには、ポイントをしぼって、やらせ切ること。できればどんどんほめるようにします。一日に何度も指導ができるようになれば、他の行動にもよい影響を与えることができます。
 厳しい指導で息が詰まらないよう、ユーモアを持って明るく楽しく指導することも時には必要です。
(7)
つながろう、つなげよう
 教師と子どもだけのつながりだけでは、子どもたちは満足しません。子ども同士のつながりをつくらなければなりません。
 教師が得意なことを子どもたちの前で披露したりして、キャラを立ると、子どもたちは親しみを持つことができます。子どもたちは家の人にも話しますし、友だち同士の話題にもなり、人間関係を深めることもできます。
 
「いつも子ども同士をつなげる」という視点をもって、授業、行事、掃除、給食などで、二人以上で協力する場面を多く設定して指導します。
(8)
仕事を超えてあたたかくしよう
 教育において厳しさは必要です。しかし、それは温かさがあってこそです。愛情で子どもたちをつつんであげましょう。愛情で満たされた子どもは、きっとまわりにも愛情を与えようとするものです。
(9)
子どもに力をつけよう
 子どもをできるようにする指導技術をどれだけ持っているかということは、かなり重要な問題です。教師が学び続け、子どもを伸ばす技術を身につける必要があります。
(10)
同僚や保護者とうまくつき合おう
 同僚や保護者との良好な関係なくして、人気のある先生はありえません。
 自分の仕事を一生懸命にやるのは当たり前です。自分以外のことをどれだけ一生懸命やるかで、まわりの評価が違ってきます。
 保護者との個人面談では、子育てをがんばっている母親をほめ、感謝の気持ちを伝えましょう。そして、子どものことをたくさんほめましょう。まず保護者と担任が仲よくなることが大事です。子どもの改善点などは、後でもよいのです。
 学級通信を出して、教師の考えを伝え、子どもたちのよいところを伝えます。
 子どもが何かよいことをしたとき、便箋にそれを書き連絡帳に貼りつけます。一日三人などと決めて全員に書けるようにします。
 小まめに電話や家庭訪問で連絡を取りあうことが大切です。
(
飯村友和:1977年千葉県生まれ、千葉県公立小学校教師。教育サークル「明日の学級づくりを語る会」代表)

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子どもや保護者が満足する、プロの教師をめざすにはどのようにすればよいか

 子どもを学校に通わせている親のいちばんの関心事は何でしょうか? 
 成績を別にすれば、「子どもが教わる先生はどんな人か」という、教師の人格と実力に一番の興味と関心を持っています。
 子どもを、易しく伸びやかで、公平に扱ってくれるような教師を求めています。親から見れば、授業の実力もさることながら、わが子を大事に扱ってくれるかどうかが重大な関心事となります。したがって、教師はこの親の気持ちを理解することから、始めなければいけません。
 どのように、やるべきことをやるかという方法に教師の個性と実力が表れ、そこにプロとしての力量が問われるのです。
 自分なりのやり方が確立していない試行錯誤の状態であれば、同僚や先輩の教師の技を盗むことも必要です。他の教師の教室内の指導の実態はわかりにくいので、盗めなければ教わるより仕方がないのです。
 私の経験からいうと、生徒指導はやり方の問題です。子どもと保護者を大切にするという気持ちを根底におき、生徒指導の具体的なやり方にどのように反映するかです。
 おかれた状況により違うので、画一的に「このようにするというノウハウ」は必要ありません。むしろ、有害無益です。
 ただ、どのような場合でも、保護者にしっかりと説明する必要があります。明確な説明をしてくれないと保護者は不安になり、教師に文句を言うのは当然です。
 しかし、小学校も高学年になるにつれ、教師の「人柄」だけではダメです。教師としての「指導力」と「学力」が問題となってきます。
 教師が指導力を発揮して、子どもたちが安全で安心して過ごすことができるかを親は気にしています。
 さらに、学校は学ぶための場所です。教師が教える内容と技術について豊富な知識と経験があるかどうかが大切です。
 特に小学校では算数と国語が主要教科であるから、この二教科とりわけ算数は教え方によって上達度が違います。好き嫌いにも影響します。
 教師には親ではできないことをやる使命と役割が与えられているのです。愛情があればあるほど親子間では距離が取りにくい。
 アカの他人であればこそ、ある種の冷淡さが子どもたちから甘えを取り去り、自立心や独立心を育む作用をするのです。つまり教師は他人としての適度の冷たさが必要だということです。
 学校で一番大事な授業は情熱だけではできません。必要なのは知性と教養です。問題解決の方法を考え出す経験や専門的な知識に支えられた知性のほうが、役立つことは言うまでもないことです。
 学校教育は、言うことと行うことを、なるべく一致させることが望ましい。異なると不信感を保護者が持ちます。
 教師に「忙しい」が口癖みたいな人がいます。しかし、プロといわれる教師は、子どもが担任ところへ行っても「今、忙しいから後で」とは言いません。教師にとって最大の仕事は子どもとその親を相手にすることだということがわかっているからです。
 教師はプロとしてやるべきことを粛々とやり、何ごとについても言い分けせずに結果を見てくれという姿勢を持って臨んで欲しいものです。
 学校の教師は自分流でいける職業です。しかし、プロ意識が欠如していると、問題が生じるのです。教師は教育のプロです。プロとは自分の知識や技能を売って給料をもらっているのです。
 学校教育のプロとしての基本の仕事である「授業」と「生徒指導」がきちんとできないのなら、給料ドロボーと言われても仕方がありません。大事なことは問題解決から逃げないことです。
 授業が成立しない、学級経営がうまくいかない、そういう場合は、本人が同僚に相談するにしろ、最後は自分で解決するしか方法はないから、何がなんでも解決のすじ道を見つけなければなりません。
 一番のカギは授業です。良い授業をしている教師に「学級崩壊」などということはあり得ません。ダメな教師の授業は子どもが相手にしないから、授業が成り立たないで「学級崩壊」するのは、昔も今も変わりがないことがよくわかります。
 よい授業とは、子どもたちに「素晴らしい授業」と評価される授業が「よい授業」なのです。
 授業を改善するには、子どもたちから率直な意見をきく、同僚の授業を見せてもらい参考にするなど、あらゆる方法で、日々、授業の改善工夫を凝らす以外に道はないのです。これが教師の仕事のキーポイントです。
 学級経営では子どもが安心して勉強に専念できる雰囲気をつくることが肝要です。学級をワルのボスに仕切られたのでは、子どもは学校へ行くのが嫌になります。いじめを防止することも最重要課題です。
 それでは子どもに理解され、受け入れられる「よい授業」と何でしょうか。
 まずは、子どもの「興味を引く」、「おもしろい」という要素が大事です。さらに、子どもにとって「役に立つ」「ためになる」という要素も大事です。
 教える内容をいかにわかりやすく、興味深く教えるためには、教師自身にかなりの学識がないとできません。
 日々、自分自身に投資して、せめて最低、年間100冊を超える本を読まなければ、子どもたちを満足させる授業を行うことは難しいのではないかと思います。
 また、塾が子どもたちに評価されているのだから、教師もその技を盗むような努力をしてもらいたい。
 塾は子どものニーズに即して、授業内容をどんどん改変します。飽きさせないように、さまざまな工夫を凝らします。
 塾は授業者自身のキャラクターも商品なので、おもしろ系、ハッタリ系、アカデミー系のキャラを作り、子どもの方に顔を向け、必死に自分の授業をアピールします。根本に成果主義があるから、結果を出すためのパフォーマンスが必要なのです。
 教師が、いつまでも「先生」という権威に安住していると、自分の能力は劣化してしまいます。だからこそ、塾の切実感を学校の教師も学んでほしいのです。
(
戸田忠雄:1937年生まれ、長野県の私立、公立学校の教師、公立高校長、信学会長野予備学校長などを歴任し、政策研究大学院大学政策研究科客員教授。XYサタデースクールネットワーク代表。専門は教育政策・学校論など。政府の審議会専門委員も務めた)

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普通の学校では学習できない問題児を再生する教師はどのような人か

 私は米国のネヴァダ州でも最低と呼ばれる高校で「日本文化」の講師を勤めた。モラルのかけらもない生徒と接しながら、米国社会のひずみを見た。
 生徒たちが常識を身につけていないのは「しつけ」てくれる大人がいないからだ。生徒たちは崩壊した家庭に育ち、貧困にあえいでいた。親が不法労働者であったり、刑務所に入っていたり、ドラッグに溺れていたりしていた。
 私なりに全力で生徒たちと向き合ったが、限られた時間では手に負えず、諦めた生徒もいた。私が教室を去った後、受け持った生徒たちのほとんどが高校を中退していた。
 その後、私は問題児と呼ばれる小学生を、大人が支えるボランティア活動に参加した。活動の一環として、普通の学校では学習できない、問題を起こした子どもを預かる特別な学校を訪ねた。
 この学校では特別授業をする。30日から45日ごとにサイクルを決め、段階に応じた「しつけ」を施す。「通常の生活が可能」と判断された子どもは、それぞれ市内の別の学校で再スタートする。
 小学部の責任者のテイラー・ハーパーは
「この学校に送られてくる子どもの98%は家庭が崩壊しています。それも、かなり深刻な状態で」と彼女は言った。
 彼女の部屋には、教室が見える特殊ミラーがある。彼女は教室の最後部席に座る5年生くらいの男の子を凝視した。彼は身体を左右に揺らし、何かの曲を口ずさんでいる。動きが激しくなり、机を叩きながらラップを歌い始めた。
 彼女は彼の元へ走り、話かけた。
「随分、ご機嫌ね。どうしたの?」「えっ、ああ」
「今、何をする時間か知っているわよね」「あ、うん」 
「じゃあ、決められたことをやりましょうよ」
 彼が戸惑った顔をすると、ハーパーは
「ちょっと、校庭を一周しようか?」
と、彼をうながし、教室の外へ連れ出した。
「今日はいい天気ね。さぁ、大きく深呼吸をして!」
と、ハーパーは大きな声で呼びかけ、彼と一緒に小走りで校舎の周りを駆け始めた。
 この学校には、いじめを受けて、いじめっ子に銃口を向けた子(我慢の限界を超えて、お祖父さんの机から拳銃を持ち出したのだ)。水道がない、使えなくなったトレーラー車で生活している子。同性愛者に犯されてしまった子。など、絶望的な生活環境のなかで生きている子どもたちである。
 子どもたちが置かれた現状を聞かされると、悲惨な生活環境で気持ちが暗くなる。しかし、教室からはネガティブな空気は感じられない。その理由は教師であるハーパーがエネルギッシュでバイタリティに満ちているからである。
 ハーパーは「子どもを再生させるカギは、常に子どもをポジティブな気持ちにさせてあげること。だから、私がはつらつとした姿をみせることだ」と、述べています。
 ハーパーは大学を卒業し教師になった時、荒れた小学校を希望した。9年間務めた小学校では、9割以上の保護者がトレーラー車内で生活し、ドラッグに溺れていた。だから、小学生でドラッグを覚えてしまう。
 
「私が自分に約束したのは、絶対に子どもたちから逃げないということ。それから、どんな子どもにも同じように接することを心がけています」とハーパー言う。 
 ハーパーが勤務する学校の代表のフリーマン(他の高校の校長を8年間務めた経験がある)
「私はタフですよ。自分の限界に挑むつもりで仕事をこなしています。絶対にあきらめたりしません」
「子どもたち一人ひとりの特色を見きわめて、最善の方法を探すことこそ教育者の務めだと思う。ハートとハートで付き合っていくことが第一です。信頼関係を築くことがカギです」
と述べています。
 二人に共通するのは、陽気さとみなぎるエネルギーである。
(
林 壮一:1969年埼玉県生まれ、プロボクサーを断念し、週刊誌記者を経てノンフィクションライター。渡米し弱者の目線から米国の問題児の姿を追い続けた)

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教師は自分のどこが子どもたちに受け入れられ、どこが拒否されているのかを知り、自分を変えるとよい、また、まわりの教師の指導を見て学ぶことである

 教師は力量をつけるためにどのようにしてつければよいか。
(1)
教師は自分のどこが子どもたちに受け入れられ、どこが拒否されているのか、知り自分を変える
 教師の顔つき、からだつきから「怒るとこわい先生」とみられ、そのことが指導の武器になっている教師もいる。
 また、美人・美男子もそうで、逆の教師より指導の入りがよい。声の大きさ、明瞭さ、すてきな笑顔もそうだ。
 これは、嘘のような話だが、指導力不足に悩んでいた教師がいた。「太い縁取りのめがねをかけろ」と助言した人がいて、そのとおりにしたら指導が成立するようになったという。
 ということは、教師は、あらゆるものを用いて教育していることになる。
 とすると、自分のどこが子どもたちに受け入れられているのか、反対に、どこが拒否されているのか、知ることである。
 その結果、ユーモアに欠けるとすれば、その力をつけるように努めることだ。
 自分をらち外において「わたしの教育がうまくいかないのは、子どもの質が悪いからだ」と、子どものせいにしてはならない。
 自分を知り、自分を変えることである。
(2)
まわりの教師の指導を見て学ぶ
 一人ひとりの教師は、まさに個性的な存在で、それぞれが得意技をもっている。
 たとえば、率先して模範を示し、子どもを引っぱっていく教師もいれば、「泣かせの何とか先生」という説諭の名人がいて、この教師にこんこんと諭されると、どんな子どもも、泣きだしてしまうという芸の持ち主もいる。
 あるいは、討議、話し合いに長けていて、子どもたちと「ああだ」「こうだ」と激しく論争しながら、指導を貫いていく教師もいる。
 お母さんのようにやさしく包み込む教師もいる。
 それぞれの教師が、指導について、得意の型をもっている。あらゆる指導に精通し、使いこなせるようになればよいのだが、そんなことはできることではない。
 だから、とりあえず、得意な指導法を身につけることである。学校は教師が集団として教育しているわけだから、一人ひとりの得意技をだしあい、教師集団としての指導を確立すればよいわけである。
 といって、「これは苦手だから、だれかにやってもらおう」といつまでも逃げていてはいけない。それでは一生上達しない。授業や学級づくりなど、一人ひとりの教師に必要な指導力は、身につけなければならない。
 したがって、ほかの教師の指導法や得意技を盗み、まねしながら、自分の力量として身につけ、みがいていくようにしたい。
(
家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)


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授業や学級経営がうまくいくために、教師はどのような力が必要なのでしょうか

 子どもに多くの知識を与え説明し、さまざまなものごとを覚えこませるのが授業であると思われがちです。
 教師の人格は、授業において言葉や態度から、まなざし、後ろ姿といった、しぐさにおけるすべてを通して子どもに伝わります。授業を通して子どもに伝わるものは、私たち教師の人格そのものです。授業の内容と、その授業を行う教師の人格とは表裏一体です。
 たとえば、同じような授業をしても、A教師の授業はわかるけど、B教師の授業はよくわからない、ということがあります。
 それは、子どもがB教師を拒否しているからです。A教師の授業がよくわかる、というのはA教師が好きだからです。教材を通して、A教師の豊かな人格が伝わったからです。
 授業のあるべき姿は、徹底した教材研究に基づく授業内容を追及する。人間性の豊かな教師が、子どもの可能性を引き出す授業を展開することです。豊かな人格を持った教師が、どうすれば子どもに伝わるか、いつも真剣に考えていれば、必ず子どもにわかる授業になります。
 その典型的な例が寺小屋です。人格者である指導者が読み書き算盤を教えるのが寺小屋方式です。松下村塾がいい例です。吉田松陰というすぐれた人格者が教えたからこそ、時代を変えていった数々の人材を輩出したのです。
 本当の意味での寺小屋方式のように、子どもに「どう生きていけば幸せになれるのか?」という問いと真剣に向き合う力を与えるのがすぐれた授業です。教師は人格を磨き、幅広い知識と豊かな人間性を身につけなければ、子どもを磨くことはできません。
 教師に必要な力とは、どういう力なのでしょうか。授業や学級経営がうまくいっていないと思ったら、つぎのことを確認してください。うまくいってないときは、そこに自分の弱さがあるのだと思います。
(1)
子どもの心を動かす力を持っている
 ただ「勉強しろよ!」と言っただけで子どもに伝わるでしょうか。子どもに自分から動いてもらうためには、教師には、子どもの心を動かす話術が必要になります。
 そのためには、どれだけ感動する話を持っているかが重要です。感動する話は、実際の人物の例を挙げていくのが一番いいと思います。新聞、雑誌、本などからもたくさんネタがあります。心が動くと、やる気を出します。やる気が出ると、自ら勉強するようになるのです。
(2)
子どもの心をつかむ力がある
 授業は、出だしの5分間がすべてを決めると言っても、言い過ぎではありません。動機づけがとても大切です。子どもの心をつかむかどうかで、授業のよし悪しが変わってきます。
 教室に入るときは「おはよう」と明るく、大きな声で入ります。笑顔と気合いの入った顔で入ります。やる気のない顔で、暗い感じで入ったら、それだけで授業はダメになってしまいます。
 うまく導入するために、私は絶対に話をしてから授業に入ります。授業が始まっていきなり「はい、36ページを開いて、今日はここからやります」と言う教師には「そんな授業だったら、やっていただかなくて結構」と私は言っています。
 導入は教師の人格が一番表れます。その人格によって、どのような題材を選ぶかです。
「今日、学校に来る途中、電車のホームを見たら、みんな朝からメールをやっていたんだよ。会話しなくていいのかなあ? みんなどう思う」
「そうだよねえ。メールだけじゃなく会話も必要だよね。英語も一緒でね。話したほうがお互いの意思の疎通がよくできるんだよ。じゃ、ちょっと今日は会話をしっかりやろうか」
というふうに日常と授業をつなげていきます。子どもの心をつかまなければ、どんなにいい授業をしても意味がありません。
(3)
子どもを認める力がある
 子どもにはそれぞれ生き方があります。人は自ら伸びていこうとするものです。それを認めてあげなければいけません。教師は子どもが自分なりの生き方を見つけられるためにサポートをしてあげるのです。
 カウンセリングのコツは、子どもの言うことを承認して、オウム返ししてあげることです。自分で答えを見つけ出せるように引き出してあげるのです。
 子どもも、まだまだ未熟な面がたくさんあります。どうしても守らなければいけないルールを教えるようなときは、強く引っ張っていく必要もあります。
 そのようなときも、子どもの自分のなかで育っていこう、という気持ちをサポートすることを忘れてはいけません。完全に支配下において、一方通行にならないようにする。子どもが自ら考え、自分で答えを見つけ出せるように引き出してあげるのです。
 根底には常に子どもを認めていなければいけません。子どもも自分が認めてもらえると安心して、初めて教師という人間を認めるのです。
(4)
子どもをほめる力がある
 子どもに「わかる喜び」があると勉強しようとします。その「わかる喜び」は、ほめ方しだいで倍増します。
 例えば、子どもが正解して「はい、正解です」と言われるよりも「すごい、この問題は相当難しいんだよ!」と言われたほうがうれしくなるでしょう。私はそれを必ずやります。
 これは子どもにはうれしいものです。子どもの気持ちが乗ってきます。
(5)
子どもをフォローする力を持つ
 子どもが答えを間違えたら必ずフォローが必要です。子どもは自分の存在を認めてもらえるとうれしいのです。例えば、
教師「Aさん、この問題はどうですか?」
Aさん「わかりません」
教師「Bさん、この問題はどうですか?」
Bさん「○○です」と正解
教師「Bさん、よくやりましたねえ!」「Aさん、わかった?」
とAさんに戻ってフォローしてあげなければいけません。「Aさん、わかった?」があるだけで、自分のことを構ってくれていると思えるのです。
(6)
子どもを励ます力がある
 教師は子どもを「怒って動かす」のではなく、子どもが「自ら心を動かせられる」言葉、「子どもを信じ切る」言葉を、私たち教師は持っていなければいけません。
(7)
あきらめない情熱 前進する力がある
 教師に必要なことは、たっぷりと子どもに愛情を注いで、しっかりと向き合って、ひるまないことです。
 以前「とても怖くて、あの子には話ができません」と言ってきた新任の教師がいました。それを聞いて、厳しいと思われるかもしれませんが、私は
「じゃあ辞めてくれ。子どもと向き合えなかったらダメだ。ひるんであきらめるようだったらダメだろう」と言いました。
 子どもと向き合えなかったら何も始まりません。ひるんだり、見て見ぬふりというのは、教師として最もやってはいけないことです。
 絶対にひるまない、絶対に向き合っていく、そのためには私たち教師が決してあきらめないことです。いったん逃げると逃げくせがつきます。人を教え、育てるのに平たんな道などありません。いくつもの険しい山がそびえたっています。
 しかし、目の前にある山を登りきると、そこにはそれまでに見たことのない景色が広がっています。山を越えた分だけ、いろんなことがわかってきて、いろんなことが見えてくるので、進んでいく道を切り拓いていけるのです。
 子どもが伸びていくには「やればできる」と信じて、あきらめさせないことが大切です。そのためには、教師自身も、子どもに対してあきらめてはいけません。子どもが逃げたくなるときにサポートしてあげるのが私たち教師です。
(
長野雅弘:1956年名古屋市生まれ、一宮女子高等学校、平安女学院中学校・高等学校等で校長を務めた後、 聖徳大学教授。学校改革において手腕を発揮。入学者が激減してつぶれるとまで噂された女子高校を授業のみの改革で2年目に人気校にしてV字回復させた。生徒のことを第一に考え「絶対に落ちこぼれをつくらない」「学校は感動製造工場」をモットーとし、真摯に生徒と教育に向き合い生徒とその保護者から信頼を寄せられている)


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教師が教育のプロとなるための条件とは何でしょうか

 指導力不足の教師がいる。子どもが大きく変化しているのに、教師の方が変化できないでいるのだ。わたしは、ほんのひとにぎりの教師が指導力不足に陥っているのであって、多くの教師は、そうでないと考えている。プロをめざしてがんばっている教師がたくさんいる。
 教育のプロとは、何だろうか。教師の場合、真のプロとはどんなところをみればよいのだろうか。幅が広くて、これとこれというようにはいかない。でも、何といっても
プロ教師の第一条件は
「子どもを引きつける授業ができる」 
ことであることは間違いない。
 授業ができないのに、理屈ばかりいって専門家ぶっているのは、本物ではない。
 わたしの夢は、子どもの前に立っただけで、子どもが集中し、語りかけてくるようなプロ教師になることである。
 子どもを引きつけるには、一つは、人間性である。子どもが「面白そうだ、何か話しかけてみたい」と、思うような存在感のある人間性でありたい。これをみがかなくてはならない。
 
「先生の笑顔をみただけで、勉強が面白そうに思える」
といった雰囲気をもった人間性である。こういう雰囲気をつくり出さなければならない。
プロ教師の第二条件は
「新しい角度からの『発問』ができる」  
ことである。例えば、
 
「どうして海の中を列車が走っているのでしょうね」
といった発問は、さり気ない発問のようにみえるが、実は深く広い教材研究の中から、にじみで出たような発問である。
 日本最初の新橋から横浜間の鉄道は、その三分の一は海の中に盛り土をして、その上を走らせたのである。
 明治のはじめの、しかも家も沢山ないような海岸を走らせるのに、どうして反対したのか。たぶん反対があってこのようになったのだ、といったことに気づかせるための発問である。
 発問のしかたで、授業は一変する。
「この紙で郵便ポストを作りたいのだが、どうだろう」
「バスの運転手は、どこをみて運転しているのでしょう?」
「東京23区に、牧場はあるでしょうか」
こういった発問は、子どもをゆさぶり、授業のあり方を変えてきた。
プロ教師の第三条件は
「明確な指示ができる」
ことである。
 明確な指示ができていれば、子どもはきちんと対応する。
 よくみかける指示は、何を指示しているのか、わからないものが多い。プロ教師の指示は明確である。
プロ教師の第四条件は
「オリジナルな教材をどれだけ持っているか」
である。
 教師は教え方のプロではあるが、教える内容のプロではなくなってしまっている。教科書ばかりに頼っている間に、自分らしい教材開発を忘れてしまったのではないかと、わたしは心配している。
 輪郭のはっきりした、その人らしい教材をもつことだ。これなくしてプロとはいえない。
 わたしが訪問する学校の教師たちは、毎年、新しい教材で授業をしてみせてくれる。ほんの少し努力しただけで、教材開発ができるのである。あとはやる気の問題だけである。
 面白いことに、一つの面白い教材を開発すると、次々に面白い教材がみつかる。教材を開発するには、関係的な見方・考え方をすることが得策である。
 例えば、いちじくを教材化すると、みかんや柿、りんご、梨、ぶどうなどが自然に教材化されるのである。
 つまり、一つみえるようになると、他のものがみえるようになるのである。
プロ教師の第五条件は
「対応の技術を持っているか」
ということである。
 子どもが発言する。それに対して教師がどれだけプロらしい対応の技術をみせるか、である。
「間」が大切である。
間ぬけになったり、間のびした対応ではどうしようもない。適度な「間」で、適切な対応をすれば、子どもはやる気を出して追及する。
 バスガイドの中には「対応の技術」にたけた人が多い。客を喜ばせるコツを心得た対応をする。
 ふだんから、子どもとのやりとりのしかたを工夫することだ。工夫しているうちに、あるときコツを会得することができる。
プロ教師の第六条件は
「板書の技能」
をあげたい。
 しっかりした板書ができなければ、とてもプロ教師とはいえない。
 わたしは、常に「芸術的な板書」をしたいと願って努力している。子どもを引きつけて離さない板書技能をみがきたいものだ。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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どの学校の調査でも笑顔の明るい教師がいい、教師が笑顔になるためのポイントとはなにか

 全国のどこの学校での調査でも「笑顔の明るい先生がいい」との回答が上位を占めています。やはり、子どもの指導に教師の笑顔は欠かせないものといえるでしょう。
 学校現場は忙しく、神経を疲れさせ余裕がもてない事情があると思います。そのせいか最近は「暗い先生が多い」「学校が冷たい」という子どもや保護者の声を聞くことが多くなりました。
 しかし、これは重大事です。見過ごしていたら、子どもや保護者との絆が断たれてしまいます。
 ある研究会で「子どものために笑えといっても、生まれつきの性格だから変えられないと思いますが」と、まじめそうな男性教師が私に質問した。私は
 
「いや、そうとは言えませんよ。指導のポイントがつかめれば、実践で笑顔がつくれますよ」と答えた。
 暗いといわれている人でも、子どもに対する指導を充実させることができれば笑顔が浮かびます。  
 鏡の前で笑顔の演技練習をしなくても、指導のポイントをつかみ、実践で子どもを躍動させれば、自然に自分も笑顔がつくり出されるということです。
 では、どのようにすればよいのでしょうか。その大切なポイントは二つあります。
1 子どもを活動させて長所をほめる
 私は全国各地で校内研究会に招かれたとき小・中学生と授業をすることがあります。私はまず子どもたちと遊ぶのです。授業前に15分くらい遊びます。
 そうすれば、遊びを通じて、子どもたちの長所を見つけ出すことができます。長所をほめたり励ましたりすれば、授業にはずみをつけることができるからなのです。
 例えば「五で叩く」という遊び。多くの子どもたちは活気をみせます。その遊び方は
 
「はい、三人ずつのグループになりましょう。それぞれ右手を机の上に出し、その手を重ねてください。重ねたら、一番上の人だけ手を30センチ上げてください。」 
 
「これから先生が数を言うので『五』と言ったら、上の人は、下の人の手を叩いてよい。下の人は逃げてよいのです。さあ、やりますよ。準備はいいですか?」
と、これだけで楽しく遊べるのです。
 もちろん何人かは、手を出さなかったり、出ししぶったりする子がいます。その場合は
「こわくないよ。競争じゃないから。まわりの人が誘ってあげなさい」
 この遊びのおもしろさは叩く方が有利に見えますが、ちがうのです。30センチ離れているため、たいがい下の子に逃げられてしまい、机の上を叩いてしまう場合が多いのです。
 数を言う私も、スリリングに言います。「一、三、六、八・・・・・」と、数を言い、緊張させておいてから「五!」と言います。
 そのとき、逃げる子は「わあっ」と、いっせいにわめく声をあげる。手が上だった子はバチンと机の上を叩いてしまい「いたいっ!」と悲鳴の声をあげたりする。
 これをローテーションでやって全員が叩く・逃げるの経験をしますが、私の着眼は子どもの長所を見つけ出すことにあります。
 
「きみの声は大きかったね」「あなたの逃げ方は、す早かったよ」「きみたちのグループは笑顔がいっぱいだった」というように長所をほめるのです。
「活動させ長所を見つける」と、子どもたちの気持ちもひろがり、やる気も動き出すところにねらいがあるのです。
 ほめるとき「何を長所として見つけ出すか」という観点が重要になります。ほめるときの具体的な着眼点は、
(1)
表情(表情がないと、相手の人と心が通い合えません)
 よくうなずく、喜怒哀楽を豊かに表現する、暗い表情が明るい表情に変化する
(2)
活力
 大きな声をだしている、他の子に呼びかけ・誘う、必要なことに体を動かしている
(3)
友だちと共同
 他の子に役立つことをする、いっしょにするのが楽しそう、遊びにすぐ加わる
(4)
物の扱い
 誰の物でも大事に扱う、かたずけをめんどうがらずにする、物を貸すのをいやがらない
(5)
創造・発見
 疑問を持つとすぐ質問する、「こうしよう」と気がつく、珍しいことに気づくのが早い
2 学び合いをつくり育てる
 授業のなかで「教師も笑顔、子どもたちも笑顔である」ためには、どうすればよいのでしょうか。私は「子ども同士の、学び合いをつくる」ことではないかと思います。
 そのためには、教師の指導技術をみがきあげることです。説明はわかりやすく、指示は的確に、発問は思考や意欲を誘い出し、ふくらますように指導技術をみがかなければならないということです。
 学び合いは、子どもたちが相互に意見を交わしながら、子どもたちの思考を出し合って、真理・真実を追及していくことです。
 できない子のちょっとした質問がみんなの思考を発展させることもあるし、誰かの思いがけない失敗やまちがいが、全員を深い思考に誘いこんでいくこともあります。そのなかで個性も感性も豊かに伸びていくのです。
 こうした学び合いはあるからこそ、楽しい授業ともなり、本当の学力も身についていくのだと思います。
 質問が学び合いのキーポイントになります。質問は、子どもの学ぶ意義や意欲を引き出す契機になります。授業で誰かが質問すると、他の子がそれによって啓発され、思考を高めていくことができるのです。
 質問が大事だといっても、子どもたちがなかなか質問しないという現実があります。教師がもっとわかりやすく教える努力をしなければならない。
 質問する力を培うために、グループによる話し合い・討論を多用するとよい。グループは3人が適当だと思います。4人だと一人が浮き、それ以上だと集中できない。
 子どもたちの関心をそそるように、私はキャッチフレーズをつくってグループで話し合い・討論をしました。例えば
(1)
よいとこ探し討論(作文や朗読、意見発表について長所を見つけ出すグループの話し合い)
(2)
はてな討論(質問、疑問、対立点、発問の解明などのグループの話し合い)
(3)
アイディア討論(提案、問題提起、訴え、発見などのグループの話し合い)
というようにです。これをあらゆる機会に多用します。
 そして、子どもたちの長所を見つけてほめる。とくに黙りがちな子、質問しない子に注目し、少しでも変化があったら、すかさずほめるのです。このような取り組みを重ねると、よく質問も意見が出るようになります。
 ですから「質問」をキーポイントにしたグループ討論を重ねながら、大きな討論へ広げていく。そうした学び合いを追及することが大切だと思います。
(
坂本光男:19292010年、埼玉県生まれ、元小学校・中学校・高校の教師。教育評論家。日本生活指導研究所所長・全国生活指導研究協議会会員)

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プロの教師となるために,身につけるべき知識や技能にはどのようなものがあるでしょうか

 教師は「教育のプロフェッショナルな職人」です。高度の専門的な知識と技能がなくては務まらない専門職です。現実はともかく,少なくとも,そうあるべきだと私は思います。
 
「プロ教師」などという言葉がありますが,教師は本来「プロフェッショナルな知識と技能,人格を持ち合わせた教育の職人」であるはずです。
 そして実際,自分の仕事に自信と誇りを抱いてきた教師たちは,誰から強いられることもなく「プロフェッショナルな教育の職人」として恥ずかしくないだけの知識と技能を身につけようと,日々努めてきたはずです。
 私のまわりには,つぎのようなすばらしい教師の方々がたくさんいます。
「子どもからも保護者からも厚い信頼を寄せられる教師」
「感動的な授業をつくることのできる教師」
「学級をうまく育てていくことのできる教師」
「問題児からの攻撃も,保護者からのクレームも,自分のエネルギーに変えていくかのように,日々成長し続けていく教師」
といった教師たちがいます。私には,とても真似のできないことです。
 そして,このような教師たちは人知れず,日々,教師としてのスキルアップのための努力を重ねています。休日を返上し,自費で高額な研修会に参加し,自分の技を磨き続けている方もけっして少なくありません。
 そんな教師を支えているのは「プロフェッショナルとして胸を張ることのできる技術を磨いておきたい」というプライドです。「クラスの子どもたちに,少しでも役に立ちたい」という気持ちからかもしれません。
 そんな先生方は「教師としての技(スキル)を極めよう」と日々努力を重ねておられるのです。このような動きも「教師はプロフェッショナルな教育の職人」たるべきだという考えにもとづいてのものでしょう。
 では,あなたが「プロフェッショナルな教育の職人」となるために,身につけるべき知識や技能には,どのようなものがあるでしょうか。
 私がおすすめしたいのが,カウンセリングテクニックです。
 カウンセリングの分野には,さまざまな心の問題や人間関係,集団や組織の問題に対処するために蓄積されてきた,たくさんの有益な知識や技能,具体的な方法論があります。
 これを学ぶことが,あなたが教師としての技を極め「教育の達人」になるために不可欠のものだと私は思うのです。なぜでしょうか。
 昨今,教育現場で生じているさまざまな問題は,その大半が何らかの人間関係やそれに起因する心理的な側面にかかわったものだからです。
 例えば、指導のむずかしい子どもとの関係。次々とクレームをつけてきてあたかも教師が困惑するのを見て楽しんでいるかのような保護者との関係。 
 そんな保護者に刺激されたかのようにしてますます混乱の度を増してくる子ども集団との関係。自分の考えを一方的に押しつけてくるばかりの同僚や管理職との関係。
 こうした,さまざまな次元の「関係のねじれ」が,教師という仕事をむずかしくしているのです。したがって,私はこう思います。
 この時代,教師は特定教科を教えるプロである以前に「人間関係のプロ」でなくてはならない。人間関係をうまく処理できる技能なくしては,プロフェッショナルな教師は務まらない,と。
 カウンセリングの技をいかすと,授業で子どもたちがイキイキとしてきます。
 カウンセリングの技を使うと,クレームをつけてくる保護者ともうまくつきあえるようになります。
 カウンセリングの技を学ぶと,学級がうまく育っていきます。
 カウンセリングの技を体得すると,同僚や管理職ともうまくつながり,協力的な関係が築けるようになってきます。
 そして何より,カウンセリングを学んだ教師は,幸福感と生きがい感,仕事のやりがい感が増して,心がポカポカと暖かくなります。そしてそのポカポカ感がクラスの子どもたちに伝わって,子どもたちの心をもポカポカと暖かくしていくのです。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、明治大学教授。カウンセリング心理学、心理療法、臨床心理学、学校カウンセリング、教師のサポート、日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会常任理事、悩める教師を支える会代表)


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教師にとって最も必要な資質とは何か、また授業の実力を高めるにはどうすればよいか

 教師としての楽しみは「教師になってからの努力」によってこそ、もたらされます。初心を忘れ、現状に安住して過ごすようになると、教師人生の楽しみは半減してしまうでしょう。「進みつつある教師のみ人を教える権利あり」という言葉を心に刻んで進むべきだと思います。
 人生において、自分自身の資質や力量を高めていくことほど、すばらしいことはありません。自分の上達を実感できることは最高の喜びです。
 上達していくためには、他の人からの意見や批判によって、それまでの自分の考え方や感じ方を省みることが必要です。常に「自分の現状の否定と破壊」を自らに課する必要があると言えるでしょう。
 つらいこと、聞きにくいことにも、耳を傾けなければなりません。自分を変えて、変えて、変え続けることによって、徐々に望ましい自分になっていくのです。
 私はこれまで、たくさんのすばらしい先生がたにお会いしてきました。共通するのは、謙虚で素直だということでした。
 教師にとって何よりも大切なのは、自分が人間として教師としても、まだまだ未熟である、という自覚を常に持つことです。そうすれば、より向上したいという意欲がわいてくるものです。
 自分が未熟であることを自覚し、謙虚であり続ければ、正直になります。自分をよく見せようとする必要などありません。
 すると、教師自身が楽になるだけでなく、勇気を持って子どもたちと向き合えることになります。自分が間違っていたとわかったら、素直に改めていけばよいのです。
 自分を省みつつ、向上させていく教師には、子どもたちも心を開き、その姿勢を見て学び、成長していくのです。
 この「謙虚さ」と「向上心」の二つは、すべての教師にとって最も重要な資質と言えるでしょう。
 自分をより高く伸ばそうと思うなら、優れた人に直接会うことが最も近道です。いろいろと問いかけ話の糸口をつくることが望ましい。そして素直に聞くことです。
 上達の一番の条件は素直さです。まずは素直に教えを受け入れ
(1)
その指摘は、私の授業のどこにあてはまるだろうか。
(2)
その指摘を取り入れると、私の授業のどこが変わってくるのだろうか。
(3)
そのように実践したら、私の授業はどういうことになるのだろうか。
(4)
この指導は、私の授業のどこをどう改めよということになるのだろうか。
というように、自分の実践をまな板にのせて、受け入れることが大切です。そうすることによって、より良い実践が生まれてくるはずです。
 授業のレベルを上げるには、優れた授業者の授業を参観することが、最も効果的です。その場合も、発問法を見るとか、受けの技術を見るとか、学習形態の組織の仕方を見るとか、はっきりとした問題意識を持ち、具体的な目的を持って見ることが大切です。
 さらに、自分のふだんの授業を他の人に見てもらうことは、いっそうよい勉強になります。研究授業の回数は多ければ多いほどよいのです。それは教材研究や授業の腕を磨いていくことに役立つのです。
 授業では、子どもたちの反応を見ながら、常に工夫を加えていきましょう。授業を行った後に、指導案に授業の気付きをメモ書きし、反省を記入することをくり返すとよいでしょう。日頃の積み重ねが実力を高めます。
 授業の実践を記録するには、学級通信を利用するのもよい。授業の様子や学級のできごと、教師の思いや意見を記すと、特別に時間をかけなくても、教育実践の記録を積み重ねることができます。
 経験はぼんやりと繰り返しながら積んでも力にはならない。「こうしてみよう」「あれを加えてみよう」「あそこを削ってみよう」と、常に意図的に積むことが肝要なのです。
 私は本当に優れた先達との出会いに恵まれてきました。多くのことを教えてくださる。それが自分の成長の糧となるのです。すばらしい喜びとなるのです。
 一つひとつの出会いに意味を見い出せるかどうか、ということこそが、実は人間の成長の分かれ目のような気がします。
(
野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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