カテゴリー「教師に必要とされる能力」の記事

授業がうまい教師と授業がへたな教師は、何がちがうのでしょうか

 人間性にも優れ、技術も優れている人が「プロ教師」である。
 技術もなければ、人間性もないというのは、指導力不足の教師である。
 授業がうまくいかない教師は
「子どもの声や表情、つぶやきなど」の「子どもの反応を集約・焦点化する」という「対応の技術」がへたな教師である。
 授業がうまいということは
「対応の技術が優れている」ということである。
「よい授業」というのは、全体的に「ゆとり」がある。ゆったりしているように見える。
 それなのに、肝心なことは、しっかりとおさえている。 
 教師の表情も、スマイルが多く、パフォーマンスも適当にあり、話術もうまい。
 教師の人間性といってよいものが、どうしても授業に出てくる。
 教育の技術というのは、最後は、教師の「人間性」に集約されてこそ生きて働くものになる。
 ものまねでは、うまくいかない。人間性も同時にみがいていく必要がある。
 授業で大切なことは
1「これだけは何としても教えたい」という「ねらい」を鮮明に持つ
 しかし、これを教えてはならない。
2 子どもを「学びたい、追及したい、調べたい」という気持ちにさせること
3 教材7分に腕(技術)3分の授業
1)
教材
 教材のよしあしが授業の死命を制する。
「よい授業」は「教材がよい-子どもが熱中するもの」を提示している。これは鮮明な事実である。
 私が取り上げた教材は、つぎの5つのどれかに入るものであった。
(1)
固定観念をひっくり返す教材
(
)大井川に橋をかけなかったのは「幕府の政策ではなく、橋をかけさせなかった人がいたからだ」という考えを提示し、固定観念をひっくりかえす。「教科書に書いてあることが違うのか?」と子どもたちの反論はすさまじかった。
(2)
意表をつく教材
(
)大名行列の大名のかごかきは、必ずヒモを横か後ろにたらしていた。これはなぜか?
 大名にお尻を向けていいのは動物だけで、ヒモをさげて動物に見立てたのだ。「人間を何と思っているのか」と、子どもたちの猛烈な反論で盛り上がった。
(3)
新鮮な出会いをさせる教材
(
)江戸時代、どうして午前4時などという早朝に出発したのか?
 これは、早く宿に入り、相部屋だからよい場所をとり、一番風呂に入るため。これも反論がすさまじかった。
(4)
思考のあいまいさをつく教材
(
)新橋~横浜間の列車は「3分の1は海の中を走っている」と言うと
  子どもたちは「そんなバカな」といいながら絵を見直す。
(5)
事実を確かに見させる教材
(
)一寸法師のモデルは誰か?
 「モデルがいたの? そんなバカな」といいながら、子どもたちは必死に調べるのである。
 このような教材の提示によって「追及の鬼」を育ててきた。原点は「教材の面白さ」である。間口は狭く、奥行きの深い教材である。
2
)腕(技術)
 教材がよいとよい授業ができるかというと、そうとも言えない。「3分の腕(技術)」が必要である。
3 最低限の授業の技術は
(1)
発問・指示
「発問・指示が鮮明である」ということがよい授業の大切な条件である。
 発問のしかたによって、授業は全く変わったものになる。
(2)
板書
 つまらないことを板書していては子どもは面白くない。ほれぼれするような「芸術的な板書」をせよ。
(3)
資料活用
 よい授業には「わかりやすくて、問題をはらんだ資料が提示されている」ということである。
 資料収集、作成、提示の技術がものをいう。
「見せたいものは、なるべく見せるな」といわれ、見せ方が大切な技術である。授業の上手なひとは、さり気なく、周到に準備して提示している。
(4)
話し合い
(5)
話術、表情、パフォーマンス等
4 人間性(人間力)
5 愛をもって、子どもに向き合う
 しかし、技術のない愛は力を発揮できない。
6「めあて、見通し」をはっきりもって研修する
(1)
どんな状況のとき
(2)
どんな内容を
(3)
どのように活用すべきか
と、いうことをつかんでおくことである。
6 力のある教師
 子どもの状態に合わせ、クラスの実態に合わせて
(1)
ふさわしい言葉をかけ
(2)
ふさわしい指導を行い
(3)
ふさわしいほめ言葉をかけ
(4)
ふさわしい方向性を示す
教師であろう。
 今の社会を見ると、人間性より技術の優れている人を腕があると見ている。
 しかし、私の考え方は、人間性の方に重点を置きたい。人間性の方を技術より上に置きたい。
 私の考えは、人生最大の財産は、ユーモアのセンスであり、人間性そのものである。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いつの時代にも教師に求められる能力とは

 これまで提言されてきた、教師に必要とされる資質能力として、
(1)
子どもに対する愛情を基礎とする広く豊かな教養
(2)
教育の理念や人間の成長・発達についての深い理解
(3)
教科等の専門的な知識
(4)
実践的指導力と子どもとの心の触れ合い
 これらの基本になるのは、教師の人間性つまり、深い愛情と信頼、人間関係の深さである。
 日本教育会()の調査研究委員会がとらえる、いつの時代も教師に求められる資質能力とは
1 子どもへの人間的指導者としての資質能力
(1)
愛情
 基本となるのは「子どもへの愛情と思いやり」である。子どもが社会の一員として育つためには親と異なる社会性のある愛情が必要である。
(2)
情熱
 仕事に対するひたむきさが求められる。困難を乗り越える力はあきらめずに取り組む姿勢である。その根底には、熱い思いがなければならない。
 情熱こそ、子どもの指導者として意欲的に取り組むときのエネルギーなのである。
(3)
観察力
 指導にさいしては子どもの状況や心情を的確にとらえることが必要である。子どもの心の内を見通す観察力が必要になるのである。
(4)
人間性
 言うまでもなく、原点は教師の人間性である。大人である教師に影響を受けて子どもは成長する。教師の指導姿勢や生活のあり方を受け入れ、成長の糧にしていくのである。
 教師の人間性に責任と誇りを持ち、子どもとしっかりと向き合う姿勢が重要である。
(5)
話し上手・聞き上手
 子どもの気持ちに謙虚に耳を傾け、同時に自分の気持ちをしっかり伝えることは、日常の場で重要なことだ。聞き上手の真髄は相手の立場に立ち心を込めて聴くところにある。
 人間のもつ豊かな表現力とコミュニケーション能力を磨き、子どもや保護者に対して話し上手・聞き上手になることは大事なことである。
2 学習指導者として資質能力
(1)
教科の専門的力量を高める
 教師の職務の第一は教科指導である。教科指導力の有無が子どもとの信頼関係の根拠となる。
 日頃から、教師自ら学び、自信を持って指導できる力量を高めるよう努力が求められる。
(2)
授業構成を改善する
 教材研究が不可欠である。教材内容の理解、子どもの学習状況、教材の扱い方、授業の流れ、評価とその対応など事前に準備することは多い。
 授業は生きものである、常に見直し、改善を図り、より質の高い授業をめざすことがもとめられる。すぐれた教師の授業力を共有することが指導力の向上となる。
(3)
指導方法を工夫する
 日々の授業を振り返り、子どもの声を聞き出し、指導方法の改善を図る。教師同士の学びが重要であり、校内研修の充実が図るようにする。
3 学校組織の一員としての資質能力
(1)
協調性・チーム力
 学校には学年、分掌等の組織がある。協調性をもって仕事をすることが求められる。
 互いに意見を出し合い、議論して合意点を見つけ、リーダーのもとでチームとして機能する組織の一員として仕事ができることが大切である。
(2)
責任感
 与えられた業務に対して責任を持って行うことや、進捗状況を報告し、指示に従い改善していくことが重要である。
(3)
コミュニケーション力
 子どもの指導、保護者への説明、学年や分掌の作業など、すべてについて趣旨、目的、状況、結果等について的確に説明し、伝えることが重要である。
 同時に、常に相手の意見や考え方を聞く姿勢や受容する態度が必要である。
(4)
情報収集力・ネットワーキング力
 正しい情報をできるだけ早く収集することが必要である。特に事故・災害等への緊急対応のためには、多様な収集手段と的確な判断と行動が必要である。
 日頃から、アンテナを高くするとともに、情報収集のネットワークをつくることが大切である。
(4)
事務処理力
 学校には膨大な事務作業がある。限られた時間で的確な処理をすることが必要である。
 そのために、日常的に先を見通し、確かな処理技術を着実に身に付けることが大切である。
4 学級(学校)の経営者としての資質能力
(1)
企画力
 経営の要諦の一つは先を見通す目であろう。
 経営者は人を動かすだけの度量、明確な目標、リーダーシップが求められる。
 そのうえで、的確な現状分析と目標設定、実現に向けた斬新な発想とアイデアを活かす力をもつことが大切である。 
(2)
実践力
 独りよがりな行動力でなく協力者とともに小さな目標を実現しながら目標を達成させることである。
 行動しつつも常に考え、周囲の意見を聞き、修正できる姿勢が大切である。
(3)
危機管理力
 迅速に対応し、被害を最小限にとどめること、関係者へ連絡すること、危機管理体制づくりと情報収集をすること、子どもと家族を第一とすること、事後処理を丁寧し課題を確認することなどが必要である。
 リーダーシップ、指揮系統の一元化、情報の共有等が求められる。
(4)
課題分析力・決断力
 ネックになっている部分を発見し、流れが止まっている部分を取り除き、新たな流れをつくることである。
 問題を見極めるためには、相対的な見方や複眼思考が必要となる。
 また、立場を変えて見ること、別の角度から見ること、組織の外から見ることが大切である。
(5)
思考の柔軟性
 前例にとらわれない発想や柔軟な思考も大切である。そのために、学校以外の目で見たり、子どもや保護者の立場で見たりすることが必要である。
5 教師の成長のために常に学び続ける資質能力
(1)
積極性・向上心
 何事も恐れず行動し、失敗も勉強のうちという精神で仕事をすることが大切である。
 率先して研究授業を実施し、授業を工夫改善し、校外の各種研究会へ参加する。
 勤務先も小学校だけでなく、積極的に他校種を経験したい。幅広い経験が自らの成長の糧となる。常に学び続ける向上心を持ちたい。
(2)
素直さと謙虚さ
 学ぶときに最も大切なのが素直さと謙虚さである。自信過信、慢心の姿勢の態度からは成長しない。
 何事も周囲の意見を正しく聞き、受け入れたのちにそしゃくし、生かして始めて成長につながるのである。
(3)
明るさ・健康
 教師の明るさが周囲を明るくし、元気さが周囲を元気にする。
 不調の時、どれだけカバーできるか、どこまで食い止められるかが、次への回復を左右する。教師は心身ともに健康であることが求められる。
(
日本教育会:全国の幼稚園・子ども園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の学校教育のリーダー、PTA、教育関係者をはじめ、教育に関心のある方は、どなたでも入会できる、総合的な教育研修団体です。会員に月刊誌『日本教育』を発行する。毎年1回、全国各地で、幼・小・中・高・特別支援学校の教職員及びPTA等が一堂に会し教育を考える会を開催している。会費は年額3,100円です。)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

教師は子どもが好きだけでは務まらない、どんな人が教師に向いているか

 教師になりたい理由として「子どもが好きだから」という人が多い。けれども「子どもが好き」というだけでは務まらない。
 例えば、保護者と良好な関係を築くことも教師の大切な仕事です。電話で連絡を取ったり、こまめにコミュニケーションを取る必要があります。うまくできない人は、いくら授業がうまくとも、良い教師にはなれません。
 また、他の教職員との連携・協力も教師に求められる資質のひとつです。自分だけちゃんとやればよいという考え方は通用しません。組織の一員として動くことが求められています。
「子どもが好き、でも大人は嫌い」という人は、考え直してみた方がよいかもしれません。
 教師には「五者の精神」が必要であると言われています。学者、易者、芸者、医者、役者です。
「学者」教師は人に学問を教える職業ですから、高度な知識と技能が求められます。
「易者」相手を分析し、然るべき方向に導きます。
「芸者」時には、子どもを笑わせ、楽しい気持ちにさせることも必要です。
「医者」相手の性格や能力を診断し、必要な処置を講じます。
「役者」叱るときも相手をよく観察し、冷静さを保つ演技力が大切です。
 教師は学力だけでなく、人間性も重視されます。
 教師の仕事の中心は授業ですから、教科に対する専門知識は不可欠です。不足していたら、良い授業ができず、子どもたちの学力も身につきません。
 教科への興味関心が強く、教師自身も学び続けたいと考えている人が教師に向いているように思います。
 同時に、いくら教科の専門性が高くとも、人間的魅力が欠けていたら、生活指導や保護者対応など、効果的な指導ができません。
 授業を通じて理解を促すには、日頃から子どもたちと良好な信頼関係を築いておく必要があります。
 特に小学校においては、クラスを束ねる「学級経営力」が重要となってきます。クラスをまとめる力がなければ「学級崩壊」を引き起こしてしまいかねません。
 授業中に、子どもが突然騒ぎ始めたとき、きちんと対応できなければ、授業自体が成立しないのです。
(
佐藤明彦:1972年生まれ、教育雑誌編集長を経て、コンテクスト()社長として教育関連の書籍・映像などを手掛ける)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子どもたちは厳しい先生が嫌いではない、信頼されるには父性、母性、子性の全てが必要だ

 子どもたちに気に入られるためには、厳しさも必要である。
 たとえば、学級崩壊である。誰も学級崩壊を望んではいない。
 そこで、子どもたちは見ている。「この先生は、一部のやんちゃくんたちが、授業妨害を始めた時、厳しく叱って妨害を止めてくれるかどうか」を。
 教師のリーダーシップのもとで教室を安定させてもらい、安心して暮らしたいと思っているのだ。
 学級が国だとしたら、まず必要なのはお笑い芸人ではない。警察である。治安を守る警察こそが必要なのだ。教師は一人で警察の役を担当しなければならない。
 それなのに、子どもを厳しく叱れない若手教師が多い。厳しく叱れば、子どもたちに嫌われると思っている。しかし、逆である。
 きちんと叱らない教師は子どもに嫌われ、背を向けられる。リーダーとして信用されない。
 では、厳しいだけでいいのか。厳しいだけのリーダーに子どもたちは、そっぽを向いてしまう。
 今どきの子どもは秩序を守るだけでは納得しない。それにプラスして、自分たちを楽しませて欲しいと要求する。
 子どもたちは、厳しい指導で秩序を守り、なおかつ、楽しさを保障してくれる教師を信頼する。
 これからの教師は、厳しさとユーモアが必要だ。
 授業も同じである。子どもたちは分かりやすい授業を求めている。しかし、それだけでは満足しない。同時に楽しさ、面白さを求めている。
 バラエティ番組に慣れている今どきの子どもたちには、授業には分かりやすさと面白さが必要だ。
 子どもたちに人気がある教師は「怖いけど、面白い先生。厳しいけど、楽しい先生」なのである。
 教師ひとりが、この両方を使い分けるのは至難の技だ。
 しかし、この両方の役を演じられない教師は、これからの子どもたちに受け入れてもらうことは難しいだろう。
 ちなみに、学級担任は一人で「父性」「母性」「子性」の全てを担当できなければならない。父のような厳しさを持ち、母のような優しさを持ち、友だちのように一緒に遊ぶということだ。
 教師は一人で何役もこなさなければならない。これからの教師は本当に大変だ。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教師は人好きで、子どもとエンジョイでき、気さくで、打てば響き、覇気がなければならない

 教師の性格に問題があると、よかれと思ってしたことでも、子どもを傷つけ、子どもに恨まれることにしかならない。しかし、当人は気づいていない。
 教師は人に接する職業であるから「人好き」でなくては勤まらない。教師は子ども、保護者、同僚、管理職、地域の人々などとの接触が日常の仕事の大半を占めているから「人嫌い」の教師にとっては教職が苦行になってしまう。
 では、どういう教師が「人好き」の教師なのか。「自分を受け入れている教師」である。
 たとえば、男らしくない自分を嫌悪している教師は、クラスのなよなよした男の子はとかく無視しがちになる。自分を見る思いをするからである。
 もし自分を受け入れているならば、自分と同じような男の子を見ると励ましてやりたくなるものである。
 子どもに接する教師は自分の中の子ども心を許容し、それをエンジョイできるのでなければならない。
 教師は、自分が教師であることをエンジョイしなければならない。
 自分は教師になるべきではなかったとか、自分は教師にしか向かない人間であるとか、こういう自己否定的な態度では、子どもを受け入れ、子どもとともに人生を過ごす喜びにならない。
 教師は、きさくでなければならない。子どもたちが気楽に「先生!」と寄って来やすい人柄でなければならない。
 どういう教師がきさくな教師か。人に対して構えが少ない教師である。
 構えるのは、人から攻撃されるのがこわいからである。自分の生地をまるだしにすると、人になめられる不安があるからである。
 つぎのような人たちは構えが強い。笑顔を見せない、冗談が通じない、タテマエしか出てこない、強がりを言う、人の欠点ばかりあげつらう、知らないことを聞かれたとき「知らない」と素直に言えない。
 状況に適した行動をとるという柔軟さを身につけることが「構え」をとる一つの方法である。
 そのためには、幼少期のしつけを自ら打ち破り、自分で自分の行動のあり方を変容させなければならない。この作業を自己分析という。親からの心理的乳離れである。
 教師がきさくになるための第二の方法は「教師」という役割から抜け出してもよい状況のときに抜け出す勇気をもつことである。
 教師という型にはまった人間になって、本当の自分、ユニークな自分、ホンネの自分を出さないで、世の中をわたる癖がいつのまにかついてしまっていることがある。
 あの人はきれいごとしか言わない。タテマエ主義と映る。だから心の触れ合いがもてない。
 しかし、教師は、必要な瞬間にはホンネの自分を打ち出す勇気がなければならない。
 不安があっても危険をおかす勇気をもつ。子どもたちが信用する教師というのは、そういう教師である。
 教師の仕事は、子どもの行動の良し悪しを明らかにし、これを教え導くことにその本筋がある。
 そのためには、枝葉を切り落として、本質に迫る知力と気力が必要である。毅然とした態度が求められるのである。
 打てば響く教師でなければならない。打てば響く教師とはどんな教師か。子どもたちと同じような感情体験をもっている教師である。
 子どもの頃、先生に好かれなかった教師は、教師と折り合いの悪い子の気持ちがよくわかる。
 今まで順調に人生を過ごしてきた教師は、おそまきながら、人並みの世間を知るのがよい。せめて間接体験をたくさん積むとよい。
 つまり、さまざまな人生体験を経てきた人たちと積極的につき合う、今の自分の環境とちがった状況に身を置く、さまざまな問題生徒とじっくりつき合ってその心情を教えてもらう、さまざまな異なる世界の本を読むことである。
 教師は人生をエンジョイすることが望まれる。人生に憎悪があっては人生を楽しめない。結果の良し悪し、成功・不成功を問題にする生き方では人生を楽しむ余裕がない。
 人生を生きるとは、時の流れの瞬間瞬間を味わうことである。瞬間を味わって生きる姿勢が教師にとって大切な資質ではないか。
 教師は覇気、ガッツがあること。
「子どもになめられて授業ができない」など相談にやって来る教師で、スポーツのできる人に出会ったことがない。
 こういう人の特徴は青年らしさがないことである。私は処方箋の一つとして、攻撃性を外向化できるスポーツをすすめている。
 水泳とかのように単独プレイより、剣道とか野球とか、相手に攻撃性をぶっつけるスポーツをすすめることにしている。
 スポーツにおける攻撃性は、憎悪のない攻撃性である。ゆえにスポーツマンの教師であれと、私はいいたいのである。
 人間はやさしさや、愛だけでは生きていけない。そういう母性のほかに父性つまり粉砕精神を必要とする。今日の教師にはこれが欠けているように思う。
(
國分康孝:1930年大阪府生まれ、 東京理科大学教授、 筑波大学教授、東京成徳大学副学長などを歴任。日本カウンセリング学会会長、日本産業カウンセラー協会副会長などを歴任し、日本教育カウンセラー協会会長。構成的グループエンカウンターを開発した)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

授業がうまくなると保護者からも信頼される、どうすれば授業がうまくなるのでしょうか

 教師の原点と言えば授業です。
 授業のうまい先生は「熱」もあるし「元気」だし「一生懸命」だし、子どもの「生活態度」にも、うるさいものです。
 そして、何よりこのような教師は「子ども理解」がしっかりしています。そうでないと「うまい授業」は決してできないからです。
 授業がうまくなるということは、教師としてあらゆる条件が成長するということです。
 
「いい授業」ができたとき、子どもの反応もいいし、「いい表情」になり、次への意欲もみなぎります。そして、保護者からも信頼されるようになります。
 授業の名人と言われる先生は、本当に多くの研究授業をされています。
 授業の力を伸ばすためには、人にみてもらう「研究授業」を行うことです。この経験が後々に大きく影響してきます。
 この経験をたくさんすればするほど、授業は必ずうまくなっていきます。
 若いときに、どれだけ研究授業をして、どれだけ批評してもらうかによって「授業のうまい先生」になれるかが決まってくると言っても過言ではありません。
 研究授業をする場合、教科が決まり、単元が決まったら、次にするのが授業の構想を立てることです。ここが研究授業で一番重要な点になります。
 まず、自分のクラスで一番気になっている子どもを思い浮かべます。そして、その子が「ああ、おもしろいなあ」と目を輝かせるようにするためにはどうしたらいいかを考えます。
「あの子はこの質問にどう反応するだろう?」「あの子はこの図を理解できるだろうか?」「あの子とこの子との関係はどうなるだろう?」
そんなふうに考えながら授業を組み立てていくことが大切です。
 ときには「この教材はこうだから、こう進めていくのがいい」と、教材研究ばかりに目がいってしまうことがあります。
 また、いろいろな先生がそれぞれの経験を話してくれますが、それをただ真似するだけでは駄目です。
 そのやり方であの子がどう反応するだろうかと考えてこそ、初めて「私のクラスの授業」となります。
 研究授業をする際、一番やっかいなことは、指導案を書くことです。大変な時間を費やされることになります。
 苦労して指導案を書き、研究授業をしても、指導案どおりにはいきません。
 でも、それは無駄ではありません。授業が失敗した理由がわかるからです。
「ここはこう考えていたが、子どもたちの思考はこっちだった。それなら次はこのやり方でやってみたらどうだ」
と、授業の進め方や子どもの気持ちがだんだんとわかるようになっていきます。
 指導案を書いたことによって、授業のイメージが自分のなかにしっかりできていた結果、そのズレに気づくことができるようになっていきます。
 ふだんの授業では見過ごしてしまう意見や行動も、指導案を書くことによって意識づけられていたからこそ、気づくことができるわけです。
 授業のことも、子どものことも、自分自身のことも、頭ではわかっているつもりでも、いざ書こうとしても書けないものです。
 しかし、苦労をしながら指導案を書くことによって、それらが少しずつ整理されていき、そこからいい授業が生み出されていくものです。
 指導案がうまく書けるようになったら、おのずと授業はうまくなっていくはずです。
 指導案の一番大切な部分は趣旨です。「この子どもたちに、こんな教材を使って、こんな指導をしたい」という教師の思いが、次のように、しっかり書かれていることです。
(1)
児童観
 クラスの子どもをどう理解しているかを書きます。注意を個に向けることによって、全体がみえてきます。気になる子の様子を書くことによって「この授業をどうしたいのか」がわかってきます。 
(2)
教材観
 その教材とクラスの子どもがどうかかわることができるのか、を書きます。
 この教材はこんな点で子どもを生かす。だからこの教材を使っている、というのが教材観です。
 クラスのあの子がこの教材を使うことによって、こんな心の揺れが起こるであろう、ということが書かれていることが大切です。
(3)
指導観
 この子どもたちを、この教材で「どう指導するか」を、具体的な手だてを含めて書いていきます。
「気になるあの子」の心をどういう手だてで揺らすのかをはっきり書くことが大切です。
 授業がうまくなるには、とにかくたくさんの授業をみること。授業の名人と言われる人の授業は、何があっても何度も見に行くとよい。
 授業を見に行ったときに何をみるか。どこで子どもの目が輝き、心が揺れたか。子どもの変化や変容に目を向けてください。
 記録しておくのは、指導のなかで子どもの心が揺れたところ。なぜ揺れたかを後で分析します。逆に揺れなかったところを記録し、分析します。
 子どもの心が揺れる授業をした教師に、そのコツを、しつこいぐらいに教えてもらいましょう。そのコツをひそかに盗むことです。
(仲島正教 1956年生まれ 小学校教師を兵庫県で21年間勤務。指導主事を5年間勤務。48歳で退職。2005年より教育サポーターとして、若手教師対象に「授業づくり」や「学級づくり」等のセミナーを開くかたわら、講演活動は全国各地にわたり年間150回を数える。2016年「西宮市教育功労者表彰」を受ける)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教師は子どもや保護者との対人関係能力が重要となっている、どのようにすればよいか

 教師の仕事は子どもとの関係はもちろん、保護者との関係を抜きにして考えることはできない。
 最近は、子どもや保護者との信頼関係の構築が課題となっている。そうした点からすれば、人間関係の視点を正面にすえて教師の仕事をとらえ直す必要がある。
 全国の学校で目立ってきているのが保護者による教師へのクレームである。なかには無理難題を要求するようなケースがある。
 保護者のクレームには担任だけでなく校長が対応することが多い。ある小学校の校長が語った、ごく日常的なクレームの事例を次に示します。
 若い親はわが子のことに必死ですから、たとえば担任に次のような注文をつけることがしばしばあるのです。
「先日、運動会の短距離走を保護者席から見ていると、うちの子が一等のはずなのに、どういうわけか二等にさせられた。うちの子を一等にすべきだ!」
と言う激しい物言いにつられて担任がつい
「そんなことを今さら言われてもゴール到達結果はすでに判定されたわけですから、変更はできません」
などと返答してしまうと、水かけ論になってしまいます。
 確かに混戦だったので、眺める場所によって結果が違って見えたのかもしれません。しかし、問題は判定結果がどうかということよりも、その対応次第では保護者との関係がこじれてしまう点にあります。
 このクレームへの対処法について、校長は次のように語っています。
 このクレームに対しては、担任はとっさに次のような判断を下せるかどうかがポイントだと思います。
 注文の内容とその口調から、その親のわが子かわいさの気持ちの表れだと受け止め、親としての気持ちにそうことが第一だと判断する。
 そこで、その気持ちにまず耳を傾けるという態度を取る。同時に、短距離走の判定は係りが厳正に見て下していると明確に伝え、結果をいじれば当の本人も周囲もどう感じるだろうか、問いかける。
 そして、一等に近かったその子のがんばりを評価し、次の機会にまた挑戦しましょう、と励ます。
 こうした話し合いの手順を丁寧に踏んでいけば深刻なもめごとにはならず、おそらく保護者も最終的には納得してくれるはずです。
 この語りから、基本的な対処法を導き出すことができよう。
 まず、クレームに対しては、少しでも距離を置きながら冷静に接すること。クレームの背後に潜む本音は何であるかを探ること。
 保護者の欲求に共感しつつ、同時に学校の基本方針や判断も明確に伝えること、などである。
 こうした対処は、とりもなおさず保護者との信頼関係を、教師自身が最初から創り出していく手立てにほかならない。
 子どもや保護者に寄り添いながら、さまざなニーズに応え、抱かえる問題を解明し、問題解決に向けた手だてを講じて、子どもや保護者の生活を充実させ、喜ばれ満足するような関係を築きあげなければならない。
 そこで、この対人関係という視点に絞って求められる教師の資質・能力は
(1)
誠実な人柄で、個々の状況に応じて適切に対処できること
 その上で、個々の状況に応じて適切に対応できる対人関係能力を欠くことははできない。
 日常的なことばのやりとりなどを見直しながら信頼関係を図り、相手の潜在能力を引き出す、コーチング手法も参考となる。
(2)
対人関係能力は教職についてから、学校現場の経験によって磨くことができる
 人間性の資質に弱点があったとしても、経験を通じて習得される対人関係能力はある程度カバーできるだろう。
(3)
対人関係能力に決定的に問題があって、学校現場の経験をいくら積んでも対人関係能力を磨くことがきわめて難しい場合には、教職には不向きである。他の職種を選択したほうが当人にとっても幸せであると判断される。
 教師は常に研究し探求していく態度が求められていると思います。
 探究心がないと、授業の教材研究であれ、生徒指導、学級経営、保護者との人間関係であれ、教師の職務すべての領域で発揮される実践の原動力が弱くなり、実践すべてが振るわなくなるだろう。
(
今津孝次郎:1946年生まれ、名古屋大学教授・附属中高校長を経て名古屋大学名誉教授。専門は教育社会学、学校臨床社会学、発達社会学)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教師という職業柄、もっとも必須とされるスキルとは何か、保護者に信頼されるにはどうすればよいか

 教師は話すことを商売としていると言ってよい職業ですから、もっとも重要なのは「話し方スキル」ということになるでしょう。
 授業における発問や指示は「話し方スキル」が前提となります。子どもたちを指導したり、説得したりするのも「話し方スキル」が必要です。保護者会で学級の様子を報告したりするもの同様です。
 つまり、教師にとって「話し方スキル」を身につけることは必須の課題なのだということです。
 
「話し方スキル」というと、なめらかな話は、ときには嫌味に聞こえる場合がありますし、ウケをねらった話は誠実さを欠いた印象を与えることもしばしばです。
 教師が話すとき、わかりやすい、明快な、おもしろい話術は必要なのですが、ただ、うまい話が子どもたちや保護者に伝わる話し方ではない、ということは意識したほうがよいでしょう。
 営業成績のトップに立つような営業マンは、決してただなめらかに宣伝ができる人ではなく、実感のこもった世間話のできる人であったり、たどたどしい口調ながらも誠実に語る人であったりすることが多いそうです。
 教師の「話し方スキル」も同じことが言えます。子どもも保護者も、ただなめらかにうまく話すことを教師に求めているわけではありません。少々たどたどしくても構わないので、その教師の独自の「語り」こそを聴きたいと思っているのです。
 学級の最初の学級懇談会では、保護者は担任がどんな先生なのか、評価されるのはあくまで人間性です。人間性のイメージです。
 なめらかに話をする教師は有能な印象を与えるかもしれませんが、どこか冷たい、信頼できないというイメージを与えがちです。なんとなく裏があるのではないか、という印象を抱いてしまうわけです。
 保護者たちは、その先生がどれだけ誠実で一生懸命にやってくれそうな先生かということを見ています。
 そして、教師がしゃべった話の内容よりは、その教師の表情や仕草や迷いやものの見方や考え方などの総合的な印象、つまり「その教師独自の語り方」によって判断されているのです。
 例えば、一つ一つの質問に対して質問者の方を向いて語ったとか、質問者に目線を合わせながらも他の保護者への気づかいがあったとか、保護者の話を早合点したり勝手に解釈したりして話さなかったとか、自分の言いたいことだけを言って保護者の話を聞かないという態度に見えたとか「声にならざる声」とでもいうべきものを聞いているのです。
 要するに、ちゃんと一人ひとりの保護者との対話を成立させていたか、ということを見ているわけですね。
 保護者会で一人ひとりの保護者と対話を成立させられる教師は、間違いなく子ども相手でも同じことをしてくれるはずです。
 わが子をあずけるにたる信頼を寄せられるか否かは、そうした印象によって判断されるわけです。
 教師はまず何より、子どもたちや保護者を前に「対話」を成立させられるような自分独自の語りを身につけなくてはならないのです。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんな教師と親が子どもをだめにする

 こんな教師と親が子どもをだめにする10箇条を私なりにまとめてみました。
 大人としての自覚がない
 大人が子どものお手本となる自覚がない。教師は子どもの親でも友だちでもありません。たとえ子どもに嫌われても、しなければならないことがあるのです。
 教師が子どもに教えつつ、子どもたちとの関係を築いていくために大切なのは「言葉づかいの切り替え」だと思います。子どもの前に立って指導するときに、言葉づかいを変えます。
 もし、子どもが問題行動をしたら、責任を感じて、大人が自分を責める。その姿を見て子どもが反省する。そんな厳しさも必要です。
 子どもの年齢に応じた教育をしていない
 小学校で、幼稚園から上がったばかりの1年生にも、6年生にも、同じ言い方で教えて、うまくいくはずがありません。
 子どもの発達段階に応じて、教育の仕方を変えていく必要があります。それができていない大人がたくさんいるように感じています。
 子どもと一緒にいる時間をつくらない
 若い教師にお願いするのは、いつも子どもと一緒に遊んでくださいということです。たくさんのことを子どもが教えてくれます。
 子どもは一緒に遊ぶ仲間の言うことには、耳を傾けてくれるものです。
 遊んだり、教室で会話するなどして、子どもと一緒にいるようにしましょう。一緒にお絵かきしたり、折り紙を教えたり、読書しても、子どもと時間を共有することになります。
 子どもと一緒に遊ばない教師は学級崩壊を起こしやすいのではないかと私は思っています。
 子どもの表情の変化に気がつかない
 子どもはいつもサインを出しています。表情・態度など、さまざまです。毎日きちんと見ていれば、トラブルが起きる前に、その微候が見えてくるものです。
 毎日見ていると、変化がつかめます。ふだんの表情と、比べて今日はどうだろうと、考えることができるのです。
 また、学級集団の中で、個々の子どもを見ることが大切です。表情の悪い子どもが一人いるとすぐにわかります。そんなとき見逃さず、笑顔で話しかけます。少しだけ、心が温まり、心をすくいとることにつながるような気がします。
5 子どもの人格を否定するような叱り方をする
 
「こんなこともできないの」「だからお前はみんなに嫌われるんや」「あなたが悪いんでしょ」「あなたは、いつもこうなんだから」「あなたのせいで、こんなことになったのよ」という叱り方です。
 自分の言動が、どういう意味を持つのか、相手がどういう感情を持つことになるのか、などを考えさせることのほうが重要です。子どもに自分の行為を見直すようにします。
 また、子どもには「納得」が必要です。納得させるために説明する必要があります。納得させられるような叱り方ができる大人になりましょう。
6 子どもの言葉に真剣に耳を傾けない
 大人は、子どもにちゃんと話を聞けというわりには、子どもの言うことをちゃんと聞かないことが多い。
 子どもの話を聞けるチャンスは一度だけです。「後でね」なんて言うと、二度と聞かせてもらえないことがある。
7 子どもを本気で叱れない
 子どもの悪い言動は、ちゃんと本気で叱らないと、よいのか悪いのか、子どもには判断できないことも多いのです。
 ちくっと叱るのではなくて、全力で叱ってあげることは必要です。
「そんなことしてたら、だめだよ」「気をつけましょうね」
これは注意であって、叱っているのではありません。この程度の言葉で子どもが変わったり、いじめがなくなったりすることは、決してないのです。中途半端な叱り方は、子どもには通じません。
「いけないことは絶対にいけない」と叱ってあげないと、子どもは何が正しいのか分からなくなります。大人に叱られて成長するのが子どもだと私は思っています。 
 親から「子どもが傷ついた」と反発を受けることもありますが、それでも断固として強く叱るという気概がなければと私は信じているのです。全力で叱ればいいのです。ただし、めったにしないほうがいい。へとへとになりますから。
8 子どもの小さな成長を自分の喜びにできない
 子どもは、少しずつ成長していきます。劇的に変わることは、めったにありません。その小さな変化を認めてくれる教師や親のもとで、子どもは育つのです。子どもの成果を認めて、一緒に喜ぶということです。
9 子どもをからかったり、やゆしたりする
 子どもをからかうことをユーモアだと勘違いしている教師がいます。そんなものはユーモアではありません。
 子どもの容姿に関することを、決してからかってはいけません。子どもの心に深い傷となって残るのですから。
 子どもをからかうことで、子どもとの関係はつくれません。
10
子どもを恫喝したり、恐怖で支配したりする
 もっともレベルの低い教師や親が、自分の感情の発散のために使う方法を体罰と呼ぶのです。教育ではありません。子どもをどこか見下して、子どもが一人の人間だという、とらえ方ができないのでしょう。
(
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

集会で前に立つと子どもたちが静かになるような威厳を教師が身につけるには、どうすればよいのでしょうか

 集会で、子どもたちの前に立つと、子どもたちがすぐに静かになるような威厳を身にまとっている教師がいる。
 集会で、前に立って話をするとき、若い教師がよく優れたベテラン教師の指導を真似て、子どもたちが静かになるまで待つことがあります。
 しかし、ざわついた子どもたちはなかなか静まってくれません。業をにやした若い教師がざわつきの中心の子をにらみつけ、指したりします。
 優れたベテラン教師は笑顔で子どもたちの前に立ったとしても、子どもたちが自然に静かになるのです。若い教師のやり方は威圧であって、まったく質が異なっています。
 威厳もなく畏敬を感じさせることもない力量の低い教師が、優れたベテラン教師の真似をすることは滑稽でさえあります。
 子どもたちに、その余裕のなさを見抜かれているということも少なくありません。長い目で見ると、そうした行いは子どもたち軽視されていく大きな要因にもなります。
 実は、教師が子どもたちにどう評価されているのか、その「教師の在り方」が子どもたちに、どう受けとめられているのか、それが一番よくわかるのが、集会で前に立ったときなのです。
 集会で全校生徒の前に立つということは、日常的に深いかかわりをもっていない子どもたちにも、こちらを向かせることを意味します。
 要するに、心が通い合っていない子どもたちに、どれだけの影響力を与えられるか、それも一瞬で与えられるか、ということなのです。自分の学級の子どもたちに、こちらを向かせるのとはわけが違います。
 その意味で、自分の学級にさえ静かに話を聞かせることができない教師というのは、ほんとうに力量がないのだと自覚すべきなのです。
 こうした「分」を知ることは、若い時期、教師の力量形成にとってとても大切なことです。それを測ることができるのが集会なのです。
 優れたベテラン教師は、間違いなく威厳を身にまとい、話を聞く人に畏敬を抱かせます。その威厳は、だれもが真似できないような独自の芸にあることは、話を生で聴いたことのある人なら、だれでもが理解できるはずです。
 私は、若いうちに一芸を身につけることが、威厳をまとい畏敬を抱かせるような「立ち姿」や「所作」を身につける基盤となっていくと思います。
 
「芸は身を助く」と言いますが、一芸を身につけたならば、どのような学校に転勤しても、職員室で軽く見られることは決してなくなります。それなりの地位をもって仕事に取り組むことができるわけです。
 それは、実は教師にとって仕事がしやすくなることを意味するのです。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」代表。文学教育と言語技術教育との融合を旗印に長く国語科授業の研究を続けている)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

いじめの指導 | さまざまな子どもの指導 | ものの見方・考え方 | カウンセリング | 不登校 | 人間の生きかた | 保護者との協力関係をつくる | 保護者にどう対応するか | 保護者の実態 | 優れた先生に学ぶ | 優れた授業とは | 優れた教科授業例 | 先生の実態 | 危機管理 | 叱る・ほめる・しつける | 各国の教育 | 各教科の授業 | 同僚・管理職との関係 | 問題行動の指導 | 国語科の授業 | 地域 | 子どもから学ぶ | 子どもたちに対する思い | 子どもたちの関係づくり | 子どもと向き合う | 子どもの失敗 | 子どもの実態 | 子どもの成長をはかる | 子どもの指導の方法 | 子どもの見かた | 子どもへの話し方 | 子育て・家庭教育 | 学び合う学び | 学校の実態 | 学校経営と組織 | 学級づくり | 学級の組織と活動 | 学級の荒れ | 学級崩壊 | 学級通信 | 学習指導・学力 | 学習指導案 | 実践のための資料 | 家庭 | 掃除 | 授業づくり | 授業のさまざまな方法 | 授業の展開・演出 | 授業の技術 | 授業中の生活指導 | 教師との関係 | 教師と子どもの関係づくり | 教師に必要とされる能力 | 教師の人間としての生きかた・考えかた | 教師の仕事 | 教師の心の安定 | 教師の成長・研修 | 教師の話しかた | 教師の身体表現力 | 教材・指導案 | 教材研究 | 教育の技術 | 教育の方法 | 教育の理念や思い | 教育史(教育の歴史と変化) | 教育改革 | 教育法規 | 教育行政(国・地方の教育委員会) | 新学級づくり | 理科の授業 | 社会環境(社会・マスコミ・地域) | 社会科の授業 | 算数・数学科の授業 | 経営とは | 英語科の授業 | 評価 | 話の聞きかた