カテゴリー「教師に必要とされる能力」の記事

教師が実践力を向上させるためには、何が必要なのでしょうか

 新任1年目の私は散々な学級経営をしてしまいました。
 大学時代の私は、家庭教師や塾の講師を務め、自信を持っていました。小学校の先生なんて楽勝な仕事だと思っていました。
 しかし、現実はそんな甘いものではありませんでした。
 学校のルールを破ってシャーペンを持ってきた子どもに「〇〇さん、シャーペンは学校に持ってきたらだめとちがう?」と注意をしました。すると、
「他の子もシャーペン持って来ているのに、なんで、ボクだけ注意されるんですか?」
と、反発された。
 注意したら、すぐに反省して「すみません」と言うだろうと思っていた私にとって、考えてもみなかった反応でした。
 私はカッとなり、感情的に怒鳴りつけ、力で押さえつける指導をしてしまいました。
 こんなことが何度も続き、1学期の終わりの頃にはクラスは最悪の状態になりました。
 どうしたらいいのかわからなくなり、夏休み前に大学の先輩に相談すると、教育サークルや教育セミナーに何度も私を連れて行ってくれました。
 そこでは、テクニックや知識がたくさん紹介されました。
 夏休みが明けて、勉強したことをふまえて、心機一転、再スタートしました。
 学んできた通りにやっているのに、子どもたちの様子が変わらない。私は焦りを感じ、子どもたちにつらく当たってしまいました。
 現在の私は、こんなことで心が乱されません。なぜなら、学んだことはうまくいかないのが当然だからです。
 そもそも、まず子どもたちの状況が違います。目の前の子どもたちに合わせなければなりません。
 そして、子どもとの信頼関係、しいて言うなれば、その先生の性格や人格も違うのに、同じようにいくことなんてあり得ないのです。
 性格は生まれ持って備わっている感情や意志の傾向です。
 人格は、忍耐、優しさ、寛容、謙遜、礼儀、素直さ、誠実さといった後天的に身に付けられるものです。
 教育の知識をたくさん身につけても、いざやってみてもうまくいかなかった経験のある先生も多いのではないでしょうか。
 学んで得た知識を振り返り、自分に合うように変更していく、ひと手間が必要なのです。
 教育技術は、さまざまな分野の知識を利用し、悪戦苦闘しながら実践を続け、自分なりのワザを身につけなければなりません。
 だから、教師が実践力を向上させるためには、人格、知識、技術の力をまんべんなく向上させていかなければならないと私は考えています。
(小野領一:1984年奈良県生まれ、奈良県公立小学校教師。「かれ笑いす」代表)

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教師は何か抜きん出る能力がないと、子どもたちや他の教師にあなどられる、得意分野を持ったほうが絶対よい

 教師は専門職ですから、小学校の教師といえども、得意または自信のある教科や領域を持ったほうが絶対いいです。
 エキスパートとして何か抜きん出ている能力がないと、教師や子どもたちにあなどられます。
 「算数はこの先生に聞けばいい」「学級経営はこの先生がすばらしい」「あの先生は子どもの掌握の仕方がうまい」等、同僚から一目おかれる教師になることが必要です。
 そのためには、自分自身の力量を高めるために、公開研究会に参加したり、本やインターネットなどで情報を探したりして、教えてくれるよき師を見つけることが大切です。
 よき師が見つかったら、納得するまで教えていただくことが肝心です。
 小学校では全教科を教えますが、一つの教科が得意になると、ほかの教科もコツがつかめて、向上していきます。
「好きこそ物の上手なれ」と言われているように、自分の好きなもの、興味のあるものから研究していくことが、得意教科や領域になる早道です。
 学ぼうとさえすれば、二・三カ月たつと、どの先生から何を教えてもらえるかが、わかってきます。
 みんなその道のプロで、自分のスキルに自信があるから、丁寧にやさしく教えてくれます。生き方まですてきな教師がたくさんいます。学んでいきましょう。
 ただし、みんな忙しいので細切れの時間に教わることになります。
 そして、あなたも得意分野を見つけて、学び続け、自信がつけば人間性も磨かれていきます。
 私は小学校高学年を担任したとき、男の教師から、体育の指導を学びました。
 その教師が体育を教えると、子どもたちの技能が目に見えて向上していくのです。
 その教師が体育の授業をしているとき、校庭からちらちら覗いてみていたこともあります。また、授業を参観させてもらったこともあります。
 どのように教えたらよいか、わからないときは、5分でも時間があれば聞きました。それがどんなに役立ったかわかりません。
 私より年配の男性教師は、実にさまざまな遊び方を知っていて、子どもたちを楽しませていました。
 お互いに忙しかったので、詳しく聞く機会はすくなかったのですが、有益な情報をいくつももらいました。
 そして何よりもよかったのは、その教師の人間味あふれる言動にふれたことでした。どの教師からも慕われ尊敬されていました。
 図工専科の画家である女性教師とは懇意にしてもらいました。絵の指導がすばらしいの一言につきました。
 その教師が描かせる絵は、色が明るくきれいで、伸び伸びし、構図も大きく大胆でちまちましていないのです。描いた絵の存在感に圧倒される思いがしました。
 どのように絵を描かせたらよいか、わからないので聞きにいくと、さらさらと鉛筆でポイントをわかりやすく描いて示してくれました。
 すぐわからなくなるので、そのつど聞きにいくのですが、色の使い方や子どもにどう教えたらよいかを短時間に教えてくれるのです。
(卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002年)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたっている)

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教師が子どものリーダーとして必要な3つの条件とは何か

 担任はクラスのリーダーであり、校長は学校のリーダーである。
「教育は人なり」とはよく聞く言葉だ。
 教える教師と教わる子どもとの間には、どのような条件が必要になるのだろうか。
 私は、次の3つの条件をあげてきた。
(1)信用され、信頼される人
 人は、信用し信頼している人の言葉には、耳を傾け従う。
 不信感を持っている人の言葉には、誰も耳を貸さない。
 信用され、信頼されるためには、ふだんの一つひとつの小さなことが子どもに納得されるものでなくてはならない。
 リーダーである教師は、子どもからも保護者からも「信用、信頼を得る」ことが何よりも大切だ。
 これなくして、教育は成り立ち得ない。
「信」の字は、「人」編に「言」と書く。言葉が大切なのだ。偽りや虚言は信を失う大本である。
 言葉を慎み、口に出したことはその通りにしなければならない。
 信用も信頼もされない者に教育はできようはずがない。
(2)尊敬される人
 人は優れている人だと敬服する。優れた人の言葉や行いに、人は進んで近づき、学ぼうとする。
 尊敬されるためには、不断に学び、成長することが欠かせない。
 常に謙虚な姿勢で、自分の不備や不十分に気付き、それを補い、高め、続けている人は、誰からも尊敬される。
 尊敬する人には、誰もが憧れを抱き、あのようになりたい、少しでも近づきたいと思う。
(3)慕(した)われる
 子どもが教師に、何だか近づきたいという気がしないというのでは、教育は成り立たない。
 子どもに慕われないと、学びは長く続かない。長く続かなければ教育は実らない。
 これを生むのが、人間としての温かさであり、優しさであり、寛大さであり、明るさであり、おおらかさである。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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授業も学級経営もたいへんなことばかり、うまくいかないと感じたらどうすればよいのでしょか

 授業も学級経営もたいへんなことばかり。何よりも大切なのは、困ったときに相談できる相手がいるということです。
 同僚教師は、現場をよく知っているので具体的な相談ができます。
 前任校の教師、サークルやセミナーで出会う他校の教師なら、技術やネタなどのアドバイスももらえるでしょう。
 また、趣味の合う人や家族、友だちからは、教師とは違う視点で助言してもらえるかもしれません。
 相談できる人がいることが、何よりなのです。相談できる相手を持つと、前進できます。
 私はクラスがまとまらないとき、先輩教師によく相談します。
 そのとき言われたのは「教師としての力」が足りないということです。
 それは、教師らしく生きる、生き方が試されているということなのでしょう。
 私は、失敗して、くよくよしても元気に学校に行く教師は、教師力があると思います。
 教師はみんな失敗しながら成長しています。
 失敗する教師は、失敗する子どもの気持ちがわかります。くよくよする教師は、授業や学級経営を振り返ることができます。
 そして、それでも元気でいる教師が、子どもたちは大好きです。その姿から子どもたちは学ぶのです。
 私は、教師力は「共感する力、振り返る力、リセットする力」だと考えています。
 できないと悩む子どもの気持ちを理解して、その子どもに寄り添う。それは教師にとって大切な力です。
 やんちゃな子は、どんな気持ちでいるのでしょうか。きっと何かうまくいかないことがあって、その気持ちをわかってほしいのです。
 どんな言葉をかければ、その子の気持ちに寄り添えるか。できないことで悩む教師であればこそ、わかるはずです。子どもの気持ちに共感できてこそ、次の一手がうてるのです。
 うまくいかなかったことを、くよくよしながらも振り返り、何がうまくいかないのかを整理する視点が必要です。例えば、
「授業の目標はどれだけの子が達成したか」「授業の時間配分は適切だったか」「気になるあの子は授業に参加できたか」
 など、振り返る視点をはっきりさせると、つぎの授業に具体的に活かすことができます。
 教師になって15年の中堅教師になった私も、悩んで、くよくよする日々です。
 くよくよしているだけでは教師を続けることはできません。どこかで「リセット」して気持ちを切り替えることが、一番大切な力です。
 さっと切り替えられるワザを、ぜひ身につけてください。
(桔梗友行:1977年宮城県生まれ、兵庫県公立小学校教師。ユニット授業や学び合いに取り組む。「学び合うin神戸」主宰)

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教師は自分を演じなければプロとしてやっていけない、どうすればよいか

 私が小学校に勤めていたとき、新任の若い女の教師が4年生の担任になった。
 言葉遣いや身のこなし方など魅力的なセンスをもっていた。
 ところが、どうしたことか子どもから嫌われ、多くの保護者から「うちの子どもの担任をやめて」と言われるようになった。
 髪の毛が抜けるくらい悩み、放課後、3階の教室のベランダから飛び降りようとしたこともあった。
 幸い、同じ学年の教師に止められて大事にはいたらなかったが。結局、1学期の終わり頃から教室に入れなくなって、そのまま退職してしまった。
 周りにいた私たちは、オロオロするばかりで、どこからどのように話しかけてよいのか迷って、適切なアドバイスができないまま状況が悪化してしまった。
 彼女は、なぜそのようになったのか、私なりに次のように分析をしてみた。
(1)表情が硬く、子どもと一緒に笑ったりくやしがったりすることがなかった。
(2)声が小さく、平板なので、聞いている子どもたちも話の内容に興味や関心がもてないようで、私語が多かった。
(3)感情的になることが多く、子どもたちは何で怒られているのかが、わからない時があった。
(4)子どもを評価したり、ほめたりすることが非常に少なかった。
(5)子どもの話を聞かず、命令調の言葉や指示的な言葉が多かった。
 これらのことは、彼女が気がつくように何回も話した。当然分かってくれていると思っていた。
 しかし、学級のスタイルや子どもたちとの関係ができ上がってしまうと、なかなか崩せないのが学校現場である。
 彼女自身が納得したところは直そうと努力したことは強く感じられるが、やろうとすればするほど、子どもとの関係は「あり地獄」のような状況に陥ってしまったのである。
 私が自分の経験をふまえながら、大切にしていることは教師の「演技力」である。
 私の先輩教師は
「教師はどんな状況でも、どんな子どもたちの前でも、自分を演じなければプロとして生きていけない」
「教師は、役者、医者、易者、芸者、忍者、学者を演じなければならない」
と、教えてくれた。
 教師は次のような演技をすることで、自分を変え、子どもたちとの関係を組み替えることをしたい。例えば、発声について次に述べる。
 私は、子どもたちが気持ちよく身体に染みこませていけるような発声を絶えず研究している。
 体育館の壁に円を描いた的に目がけて発生する。発声を磨くと言葉にメリハリが生まれる。間を取り、歯切れよく発生すると、子どもたちの心に響く声が出せるようになる。
 声量と声質を使い分けられるようにしておくことが大切である。
 例えば「大小・強弱・長短」「明るい・元気・やさしい・厳しい・渋い」
 これらを使い分けるように教師としての技を磨いておくとよいであろう。
 そのお手本として落語が参考になる。一人で何人もの話し方を使い分け、巧みに表現し、聞き手の客を引き寄せている。寄席に通うことを勧めたい。
(志賀廣夫:元埼玉県公立小学校、愛知教育大学教師)

 

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新任教師でもうまくいく授業づくりの基本とは

 授業は学力形成の場であると同時に、友だち関係や規律を学ぶ場であると意識しましょう。
 授業には、忍耐力、協調性、集中力、勇気といった人として大切な力の形成に関わっています。
 授業が教師力の本丸です。
 子どもにとって、学校生活の約7割の時間が授業です。
 授業の楽しさは、子どもが「分かった」「できた」「がんばった」という、自信を得ることです。
 良い授業には「子どもに考えさせ、苦労させ、解決させる」というところがあります。
 勉強が大好きという子どもは、そういるものではありません。
 授業のとりかかりは気分が乗らなくても、子どもが夢中になる授業であれば、子どもは自分から進んで学習に取り組むようになっていきます。
 そして、知らず知らずのうちに「勉強は自分でやるもの。能動的にやるから楽しい」と、感覚的に覚えていきます。それは自律の基礎を育んでいるのです。
 若い教師には、子どもたちが話を聞いてくれない悩みがあります。
 教師の話し方に原因があるかもしれません。
「間」のない話し方は、子どもたちは飽きやすく、頭の回転をストップさせます。
「ここは聞いてほしいな!」と思う部分の前に「間」(5秒以上)を取ってみてください。
 子どもは「次は何を話すのだろう」と思わず身を乗り出すくらい「間」を取ってみてください。
 授業の際、自分の話し方を録音してみましょう。再生してみると、大きな改善点が見つかります。
 子どもが間違いを恐れない、上手な教師の聞き方だと、子どもたちは活発に発言します。
 大発見は、すべてたくさんの失敗から生まれています。間違いや失敗があるからこそ、人は成長するのです。
 教室は間違うところ、たくさん間違えると賢くなる、ということを教えてあげましょう。
 教師はやさしい表情で、子どもが「発表してよかった」と思えるように受け止めてあげましょう。
 授業は何と言っても、開始5分間が重要です。子どもが学習する姿勢になれば、その後の学習もスムーズになります。
 チャイムと同時に授業を始めます。教師が待たないと分かると、子どもも早く準備をするようになります。
 それは自分が困るからです。待っている子どもからの不満もなくなります。
 授業の始めに行う「オープニングテスト」が有効です。前時の復習テストをするのです。
 授業の最後の5分間は「ノートまとめ」が効果的です。自分の言葉で、絵や図を用いてまとめさせるのです。
 学習したことが整理でき、自分の学習を振り返ることができます。
 板書は、学びの足跡になります。
 授業終了時に黒板を見て「こんな勉強をしたんだなあ」と、子ども自身が振り返ることができるよう、黒板1枚で板書案を具体的に考えて日々の授業に取り組んでみましょう。
 黒板に書く内容は、教科書のまとめなど「ノートに写させる事柄」と、話し合いの際に出された意見や理由といった「ノートに写さなくてもよい事柄」に分かれます。
 写す、写さないは、授業のルールとして4月中に決めておきましょう。
 板書の文字の大きさは小学校低学年は10cm、中学年は8cm、高学年は6cmの大きさで書くといいとされています。
 チョークの色は、白や黄色はよく見え、この2色を中心に板書案を考えましょう。
 発言力をつけさせるために、教師の発問について、自分の考えをノートに書かせます。書けた人は発表するようにします。
 こうすると、どの子も無理なく発表することができます。
 授業に緊張感がなければ子どもたちはだれます。
 いつ、当てられるか分からない空気は、子どもたちの気持ちを引き締めます。
 例えば「この意見に賛成ですか? 反対ですか? この列、起立して答えなさい」というだけでも、緊張感を与えることになります。
 始めから終わりまで、目一杯緊張した状態で行うのは、子どもたちにとっても、教師にとっても、しんどいものがあります。
 そんなときは、ユーモアを加えて小さな笑いを入れると、楽しく集中できます。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

 

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授業力を上げるにはどうすればよいか

 有名教師の動画や本から学び、そのとおりやってもうまくいきません。
 有名教師は人一倍努力して積み上げた考え方や技術の長い蓄積があります。安易なものまねでは通用しません。どうすればよいのでしょうか。
 結論を言えば、即効薬はありません。
 地道な努力をかさね、あなたのよさを生かす授業づくりに取り組むことが大切です。そうすれば授業力がついていきます。そのためには
(1)多くの授業をみる
 他の教師の授業を参観したりして多くの授業を観るとよい。他校の研究授業では高いレベルの授業を参観することができます。
 そのとき観察するポイントは、授業の流れを細かくチェックし、子どもの様子を観察し「自分だったらどうするか」と考えてみることです。
(2)授業をみてもらい、助言を素直に受けとめる
 自分の授業を同僚教師に観察してもらい、きたんのない意見をきかせてもらうようにします。自分では「クセ」や、気づかないことを知る機会になります。
 そのとき、謙虚に耳をかたむけると授業の指導力が向上していきます。素直さは、飛躍の第一歩と言えます。
(3)授業公開して子どもや保護者、地域の人から評価してもらう
 授業を公開して、保護者、地域の人から授業の感想や意見も役立ちます。
 子どもからの評価も随時受けるようにします。具体的な指摘は、次回の授業から改善できるようにすると、子どもからの評価意欲が高まります。
(4)本や雑誌から学ぶ
 教育書の中には、先輩教師が長年かけて蓄積してきたノウハウがぎっしり詰まっています。
 実践本は参考となる考え方や技術、経験などが書かれています。ぜひとも活用してください。
(5)幅広く学ぶ
 授業方法だけを学んだのでは、十分とはいえません。幅広く学ぶ中に、思わぬ収穫があります。雑学精神をお忘れなく。
(6)楽しい授業の意味を取り間違えない
 子どものご機嫌取り優先で、ジョークを連発したり、授業規律に目をつむるような授業を続けていたら、やがて子どもたちに飽きられます。
 子どもが楽しみに待つ授業は、子どもが好き勝手なことをやって、面白おかしく進行するものではないということです。
「新たな発見をした」「知らなかったことを教えてもらえた」など、学びの本当の楽しさを伝えることが教師の役割です。
(嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師、教育研究所指導主事、中学校長、日本学校教育相談学会会長等を経て神田外語大学教授)

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私はいかにしてプロ教師になったか、その方法とは

 30歳を過ぎた頃から、プロ教師としての自分をつくりあげるために、意識的に修業を始めた。
 体の動き、教師としての服装、言葉づかい、教師と生徒との関係・クラスのつくり方、行事の組み立て方にいたるまで、約10年の修業で何とか人並みにやっていけるようになった。
 学校で何年か生活していれば、自然に教師になれるというわけではない。プロの教師として生き抜いていこうと決意した時から、すべてが始まる。教師は自らの力でつくりあげていくものなのだ。
 生身の自分を教師にするということは、肉体的・精神的苦痛をともなう苦しい修業と考えていい。この修業をやり抜いてこそ、プロの教師としての道が開けるのである。
 私の修業時代の要点を簡単に紹介すると
1 学校は戦場である
 ボーッとした頭、だるい体で戦える場ではない。体調を万全に整えて臨むことが基本である。
 私の場合は、睡眠を充分にとること、毎朝15分体操することぐらいであるが、階段を1段おきに駆け上がるかどうかで体調をはかり、調整している。
2 教師を演じるには服装から
 服装は、相手をひとつの型に引きずり込む力を持っている。例えば、役者が舞台で劇を演ずるとき、衣装は力を持っている。教師も同じである。
 私の場合「スーツにネクタイ」である。真冬の寒い中、スーツでさっそうと生徒の前に登場するのは、さわやかなものである。それだけで、ずいぶんと得をするはずである。
 主役の教師が貧相な服装では劇は盛り上がらない、スーツはできるだけいいものがいい。
 以前は、ラフな服装をし、生身をさらして生徒の前に立っていた。しかし、生身の自分をさらし、生徒とわたりあっていくには、私は人間としての力量は小さすぎることに気づき、教師としての自分をつくらねばならない、と考えたのである。
3 役者のような動作を身につけろ
(1)
顔つき
 服装だけで戦えるわけがない。そこでまず、顔つきに注意しよう。自分が今、どんな顔つきをしているか、いつも意識し続けなければならない。
 生徒は教師の顔つきの変化で大きく変わるものである。顔つきを意識してつくろう。
(2)
身のこなし
 廊下を歩くとき、私は胸を張って前方を真っすぐ見て、サッサッと歩くように心がけている。
 生徒に見られているわけだから、下を向いてダラッと歩いていては、権威も何もあったものではない。 
 生徒の前に立つときは、胸を張って背筋をピンと伸ばす必要がある。
 そして、動作は大きいほうがいい。メリハリのある動作がいい。芝居のように大げさな動作がいいのだ。
(3)
メモ魔になろう
 自分の動作・言葉を対象化するため、そして他人の教師や生徒をしっかりつかむために、メモ魔になろう。
 自分の動き、しゃべった内容、他の教師や生徒の動きを徹底してメモし、これからの自分をつくる材料にしたい。
 中学校では3年が1サイクルである。3年間、ノートを片時も離さずメモし続けよう。
4 話し方
(1)
しゃべり方・言葉づかい
 しゃべり方、言葉づかいはもっとも難しい。
 原則は、教師と生徒の距離をおくこと。生徒を教師から離すことは、なかなかもって難しい。
 教師と生徒とは立場が違うのだということを、自分にも生徒にもハッキリさせることが目的である。
 服装、顔つき、動作、すべてそのためである。
 教師は一般的におしゃべりである。ペラペラしゃべることをやめることから始めよう。できもしないことは絶対に言わない。愚痴は言わない。黙って行動する努力をしよう。
 生徒のなれなれしい言葉づかいを拒否することから始めたい。教師もなれなれしい言葉づかいをやめる。
 言葉づかいは他人行儀なものがいい。
(2)
声の大きさ
 大勢の生徒の前でしゃべる場合、声が通らないというのは致命傷である。
 少しくらいうるさくとも、自分の声が教室の後ろまで通るように訓練する必要がある。演劇の発声訓練に学ばねばならない。
 できれば、体育館で千人の生徒を前にして、マイクなしで後ろまで充分に届く声をつくり出す必要がある。
(3)
しゃべる内容
 何をしゃべるか、短くまとめ、しゃべる練習をする必要がある。
 たいして考えもせずにしゃべり出し、中身がないからダラダラと枝葉をくっつけて話を長びかせる教師が多いが、そんなことをするくらいなら、しゃべらない方がよっぽどいい。
(
河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)


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教師は人間関係のプロであれ               諸富祥彦

 教師という仕事は、絶えず人間関係の中で行う仕事である。
 教師の悩みは、子どもや保護者との対応にかかわる悩みと、教師同士の人間関係にかかわる悩みである。いずれも人間関係にかかわる悩みである。教師は人間関係のスキルを磨くほかはないのである。
 教師が身につけるべき人間関係の定石は、たとえば、次のようにである。
(1)自分がカーッとなったとき、すぐに言動に移さず、一呼吸置くべし。
(2)自分の考えが正しいか、間違っているか以上に、それを言うことが、相手にどんな影響を 与えるかを考えよ。
(3)同じ内容でも、どんな言葉、どんな言い方であれば相手が抵抗なく聴くことができるか、相手によく伝わるか、考えてから言葉にせよ。
(4)相手が興奮しているとき、さらに追いつめるひと言を放ってはならない。火に油を注ぐだけである。しばらく”間”を置き、クールダウンすること。
(5)相手を理解したら、理解していることを言葉や態度、表情で伝えよ。
(6)相手を落ちつかせたら、まず自分が落ちつくこと。ゆったりしたペースでやわらかい口調で語りかけれこと。
(7)相手に何か伝えたいことがあるときは、まず、相手の話を聞いたうえで、相手の自尊心を損なわない仕方で、わかりやすく伝えること。
 そして、こうした人間関係の定石を、ハウツーの形で具現化したものが、カウンセリング・テクニックなのである。
(諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授,臨床心理学、カウンセリング心理学)

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魅力的な教師になるには、どのようにすればよいのでしようか

 多くの先生方と話をしていると、もともと自己表現が下手だから、致し方がないと開き直っている人がいる。
 たいへん嘆かわしい。教師自身が性格なり自己表現なりを変え、その変化を子どもたちに見せることによって、子どもたちが変わっていくのだから、まず、自分を変える勇気を持たなければどうしようもない。
 自己表現のトレーニングで言葉の使い方も良くなり、大きな声が出せるようになり、明瞭な発音ができるようになる。
 笑顔も増え、アイコンタクトは強く長くなり、身体表現がきびきびと自分の意思に従った行動が取れるようになる。相手との距離の取り方も適切になる。
 トレーニングにより、自己表現を向上させることができる。
 こんなふうに自分が変わったらどんなに楽しいだろうか、と実際に自分をイメージしてみる。
 例えば、明るくてみんなに好かれる教師というイメージならば、朝、家を出るときから、授業を終えて家に帰ってくるまでの一日をイメージする。
 明るくて、頼られる教師が、どのように行動して、何を着て、どんな顔でしゃべり、どのような歩き方をするかイメージして、その通りにできるように、鏡を見たり、友人に点検してもらったりしてトレーニングをしていく。
 私が考える、授業で、魅力的な教師は
1 表現力
(1)
伝える内容が明瞭である
(2)
変化に富んだ教え方ができる
(3)
伝えようとする熱意がある
(4)
言葉だけでなく、表情や動作などの表現がきちんとできる
2 教材についての知識があり系統化されている
3 子どもとの関係の適切さ
4 授業の計画と準備や手続きの適切さ
5 子どものやる気、自己動機づけへの助力
 こうした自分のなりたい教師像を頭の中で理解した上で、感情的にそれを十分に受け止め、かつ行動のレベルまで高められるようになれば、この変化は本物だと言える。
 こんなふうに、頭の中が切り替わるばかりでなく、気持ちも行動もテキパキと変わった教師を見て、子どもたちは喜び、その真似をしたがるものである。
 教師自身がいつも何か新しいことを創り出して、それを実行しているような教師だと、子どもたちは喜んで先生についてくる。
 そのような創造性豊かな人格に教師がなれたらどんなに素晴らしいだろうか。
 もともと教師は、子どもたちの創造性を伸ばし、いきいきした子どもを育てていくことなのだから、教師自身が創造性豊かな人格になることが、まず何よりも肝心だと思われる。
 向上心があって、自分から進んで様々な工夫をしながら、多少の困難にめげることなく粘り強く指導していける、明るくて積極的な教師であれば、教師自身が毎日、楽しくてしかたがないであろう。
 明るくて、元気で、素直は、子どもも教師も必要ではないだろうか。
 毎日を明るく、元気。踏まれれば踏まれるほど強くなる、そんな教師を子どもは尊敬してやまないのである。
(
佐藤綾子:1947年長野県生まれ、1980年日本初の「日常生活における自己表現」の「パフォーマンス学」を開始。日本大学教授、一般社団法人パフォーマンス教育協会理事長)

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