カテゴリー「先生の実態」の記事

教師にはどのようなタイプの人がいるのでしょうか

 子どもに対して行う教師の行為には、指導と援助という二つの大きな柱があります。
 学習指導と生徒指導は当然、指導的側面が強いのです。子どもたちに一定の知識と技能、社会性を教え込もうとするわけですから。
 子どもの自己の確立の援助は、子どもの人間性育成の側面がありますから、当然、援助的側面が強くなります。
 指導は、どちらかというと父親的です。現実的で合理的なのです。
 それに対して、援助は母親的です。やさしさと思いやりという面があるのです。
 教師には、指導と援助の両方が必要で、両者バランスが大事なのです。
 教師は、指導と援助のバランスから、次の4つのタイプにわけることができます。
(1) 指導と援助を統合して、強く発揮する
 このタイプの教師は、子どもの心情に配慮する援助を十分に行ったうえで、結構強い指導も行っているのです。
 しかし、子どもたちは援助を十分受けていることで、その指導が自分のためであると感じて、教師の指導に自ら進んで従おうとします。
 このタイプの教師をよく見ますと、強い指導と言っても、指導の前に必ず指導の必要性と意味を説明しています。
 学習指導のなかに、子どもたちが自分の考えや感情を表現する場面を設定しています。
 生徒指導にも頭から守るべきことを子どもに強要するのではなく、規則の必要性やそれを守ることの意味を教え、子どもに納得させてから取り組ませようとしています。
 つまり、指導のなかに援助があり、援助のなかに指導があるという具合に、指導と援助が統合されて発揮されているのです。
 母親と父親の側面のバランスがいいのです。したがって、子どもたちは主体的な学級生活を送れるのです。
(2)指導に偏って発揮するタイプ
 このタイプの教師は指導を重視し、子どもへの援助が乏しいため、どうしても子どもたちから管理的と思われてしまいます。
 指導を重視すると、子どもを評価する視点で見ていることが多いので、子どもは教師を評価する人と見てしまうのです。
 それは、常に命令・評価されているような感じがするのです。
 教師と子どもの関係も、人間同士の関係が生まれにくく、教師も知らないうちに権威的な対応をとることが多くなっていくということです。
 一見、体育系の男性教師がイメージされますが、意外と女性教師が少なくありません。
「教師の力で管理された学級」に至るのです。
(3)援助に偏って発揮するタイプ
 このタイプの教師は、子どもと友だち関係に近い横の関係をとろうとするのです。
 子どもと波風を立てたくない人が多いようです。
 しかし、学校で教育実践を進めていく場合、悪いことは悪いと強く子どもに指導する場面も少なくありません。
 指導できないことが問題です。
 このタイプのなかには、カウンセラーのようになっている教師が相談的対応という看板に隠れて、指導することを避けているきらいがあります。
「バラバラでトラブルの多い学級」に至ります。
(4)指導も援助も乏しいタイプ
 このタイプの教師は、子どもや学級集団を計画的に育成していこうという試みが少ないようです。
 子どもからみて信頼感が低いのです。例えば、
「子どもをその場で叱って統制しようと感情的とみえる教師」
「気が弱いか、対人関係能力が低く、子どもに意図を伝えられない教師」
 です。
 学級が集団として成立せず、学級崩壊する可能性が高いのです。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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教師を診療する医師から見た、精神疾患に陥りやすい学校現場の特徴とは

 私が東京都教職員互助会三楽病院に赴任したのは1998年でした。
 これまで多くの教師を診療した医師の立場から見て、教師が精神疾患に陥ってしまう背景には、学校という職場の特殊性があると感じています。
 一般勤労者にとって「仕事上のストレス」の第一位は「職場の人間関係」で、全体の4割近くあります。
 人間関係のこじれは気持ちの切り替えが難しく、いつまでも心に残るものです。うまくいってない相手と顔を合わせると、さらにストレスが強まります。
 その結果、悩みが深まり、蓄積します。大きなストレスとなった結果、メンタルヘルス不調に陥ることもあります。
 その点で、教師ほど「人間関係ばかり」の職業はありません。
 教室では子どもと向き合い、その背後の保護者とも上手にコミュニケーションを取っていかなければなりません。
 職員室に戻れば管理職や同僚がいます。加えて、これらすべての人間関係が互いに絡み合っています。
 子どもとの関係がこじれれば、保護者との信頼関係にもひびがはいります。
 また、子どもや保護者との関係がこじれ気味のときほど、同僚・管理職との関係性の善しあしが教師のメンタルヘルスに大きな影響を与えます。
 同僚・管理職との関係性が良くないと、ちょっとした態度や発言が冷たく感じられたり、助言や指導が強いプレッシャーとなったりします。
 人間関係に取り巻かれ、ストレスとなり得る要素が多い学校現場ですが「業務そのものが人間関係」であることの難しさも、ストレスのもととなっています。
 農林水産業や第三次産業のほとんどが、物品や情報、金銭など、人間以外の要素のやり取りを目的としています。
 たとえ、やり取りする相手が人間であっても、人間自体が仕事の対象ではありません。
 人間関係で悩んでも、仕事中は本来の目的であるモノやコトに視点を移すことができます。
 教師の仕事は、子どもが相手とはいえ、教師の発した言葉以上にその本音を察し、人間性を見抜いて接してきます。
 子どもが本音を見抜いて本音で接してくれば、教師も本音で向かわざるを得ません。
 長時間、本音を隠せない場にいることで、本音を隠さず仕事をすることが、当たり前になります。
 この点が、建前でかわせる一般的な職場と違うところです。
 教職は、個々の独立性が高く、自由度が高い反面、一人ひとりがバラバラになりやすく、孤立化しやすい状況にあります。
 教師は常に本音ですごし、素のままの人間性があらわになりやすく、職場の人間関係が情緒的です。
 このため、職場の人間関係の良い面が現れれば、家族的な温かさに包まれ、悪い面が現れれば、容赦なさが出てしまう傾向があるよう思います。
 職場内の人間関係で不調になった教師を診ていると、心の傷が深く、回復しても職場に戻るのは不安、恐怖という人が珍しくありません。
 それはこうした特有の職場風土が影響しているように思われます。
(真金薫子:東京都教職員互助会三楽病院精神科部長、東京都教職員総合健康センター長、東京医科歯科大学臨床教授)

 

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中学教師は過重のストレスがかかる? 

 私の周囲にはストレスでばたばたと脱落してく教師がいる。
 教師という仕事には、過重のストレスがかかるとは疑いのない事実だ。

 時間的には、部活動と保護者相手の夜の会議。何よりも、教師の第一の仕事は授業。
 ただし、教材研究する時間は勤務時間中にはない。
 学級担任は学級通信で学級の様子を家庭に伝えることによって、学校と家庭との連携をもつ努力をしなければならないとされるが、やはり勤務時間中に学級通信なんかを書いているゆったりとした時間はない。
 そうした時間は帰宅後の深夜に及ぶ。

 若かった頃はまだ良かったよ。私も40歳を過ぎてから、がっくりと体力が低下してきた。
 次の日にまで疲れが確実に残る。そういうのを累積疲労って言うんだって。これ、本当に危ないらしいよ。
 私の場合、バレーボール部の顧問をしているんだけど、生徒相手に1日に何百発ものボールを打ち込むもんだから、肩、腰、膝は職業病になっている。

 それだけじゃないよ。帰宅しても、いつ保護者から電話がかかってくるかわかりゃしない。
 いつだったかな、夜の
11時頃に電話がかかってきたことがある。酒を飲んでろれつのまわらなくなった声でしゃべるので家内は電話を切ってしまった。
 その後、クラスの子の父親だとわかって「家内が大変失礼しました」と謝るよりほかはなかった。
 心の中では「酔っぱらって夜中に電話をよこすんじゃねぇーっ」と言いたかったんだけどね。

 こうした状況の中で、仲間の教師たちはうつ病や心身症、神経症などを発症して、戦線を離脱して病休をとったり、休職したりしてその回復に努めているというのが実情だ。
 教育委員会とか、共済、互助会からも、教師のメンタルヘルスに関する冊子がひっきりなしに配布されている。
 だけどね、まずはこの勤務実態を変えなきゃ駄目だよ。
(山屋敷一:公立中学校に勤務する国語教師。教職歴は約20年)



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「いくら注意してもきかないです」と言う教師がいる、どうすれば言うことをきくようになるか

「あの子はいつもあーなんです」
「いくら注意したって、ちっとも言うことをきかないんです」
「私の力ではどうしようもありません」
「誰か私のかわりに叱ってください」
 と、このような訴えをする教師がいると、友人が話してくれた。
 この話を聞いて、
「このごろの子どもは先生の言うことをちっともきかない。だから先生は大変」
 と、なぐさめ合う教師もいるそうだ。
「子どもが言うことを聞かないのは、親が家でしつけていないからだ。親に連絡をして、協力してもらった方がいい」
 と言う教師もいるそうである。
「教師は誰だって苦労しているのに、他の人に叱ってもらおうなんて、何を考えているのか」
 と、憤慨する教師もいるそうである。
 三人三様のとらえ方をするのだが、教師としてどうかなと思うのは「あの子はいつもあーなんです」という言い方である。
 この言葉の響きには、あの子はもうあきらめた、という気持ちが表れているように思う。「教師が子どもをあきらめてどうする」である。
 人間というのは日々変化するものである。ましてや子どもの成長は日々、目を見張るものがある。
 だから、教師は子どもの可能性を信じて、絶えず工夫する。工夫のしがいがあるのである。
 それを、いくら注意してもきかないからといって放っておいたのでは、教師のプロ意識が許さない。何のための教師かである。
 時には強く叱り、時には褒め、時には肩に手をかけて話し、そうして子どもを自分の掌の上を転がすようにしていく。それが教師である。
「誰か私の代わりに叱ってください」というふうになると、クラスはかなりガタガタである。
 たとえ、他の教師がそのクラスへ行って指導し、子どもがその教師の言うことを聞いて静かにし、授業が成立したとしても、それは他の教師の力量があることを証明するだけである。
 逆に言えば、担任の力量のなさを証明してしまうだけで、担任が戻ればクラスは相変わらず崩れる。
 ずーっと他の教師がいるわけにはいかないことを考えれば、このようなやり方は、一時的な効果しかない。
 肝心なのは、そうして、他の教師にかかわってもらいながら、心のゆとりを取り戻し、他の教師のやり方から学ぶことなのである。
 授業を見せ合うということが、どんなに教師に力をつけることになるか、はかり知れない。
 教師は授業で勝負をする。授業を見れば、その教師がどれだけの力を持っているか、怖いほどよくわかる。
 教師は仲間の教師に授業を見せることによって力をつけていくものである。授業をやる教師はもちろん、参観する教師も、言葉に表せないほど多くの力を身につける。
 人に見てもらい批評を受けることは、人を成長させる大きな原動力になる。だから、教師全員がかわりばんこに授業をすることが大切である。
 全員が一年間に一回は授業を見せている学校があるこういう学校の教師のやる気はすさまじい。 全員が授業をして力をつけよう、子どものために頑張ろうとしている。
 自分も授業を見てもらおうと思うから、他の人の授業も真剣に見る。何かを得ようと力か入る。
 同じ授業を見ても、その解釈は教師によって違う。授業後の協議会でそれらが話し合われ、一人ひとりが力量を高められる。
その視点は、
・子どもに意欲はあったか
・子どもに能力がついたか
・その子の良さ(個性)は出ていたか
・学び方を学べたか
・自分で評価できたか
等である。
よい授業とは
・授業のねらいが明確で子どもにもわかる
・多様な学習方法が工夫され、子どもが意欲をもってとり組める
・身近なことを題材にして子どもに臨場感がある
等である。
このような授業にむけて教師は努力している。
(飛田貞子:元東京都公立小学校校長)

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反抗期の私の心を救ってもらったK先生は日本一の先生だ

 私が14歳の頃、思春期で心が荒れていた時期があった。親や先生に反抗して閉口させていた。
 そんな時に出会った英語のK先生に、揺れ動く心を救っていただいた。
 自作の面白い英語漫画や紙芝居を作ってこられる。それまでの英文法中心の堅苦しい授業にうんざりしていた私にとって新鮮な感じがした。
 私の母が塾の英語の先生で反発していて、英語の成績はさんさんたるものだった。
 ところがK先生に変わってから、魅力ある面白い授業にひきつけられて、英語が大好きになり、成績も上がっていった。
 授業が夢のように楽しい。英語のジョークもたくさんあって、教室は爆笑の渦だった。
 だけど、先生は面白いだけの先生ではなかった。生徒のことをいつも真剣に考えて、思いやり深い方だった。
 中学2年の2学期の初めに、クラスのAくんが不登校になった。担任のA先生は辛抱強く家庭訪問をし、登校するよう説得されていた。
 そんな時、A先生オリジナルの英語の詩を勉強した。その詩は非常に印象深く、20年以上たった今も大切に持っている。その詩は、
Don’t say “Good-bye”
“さよなら”は言わないで
Don’t say “Good-bye”
“さよなら”は言わないで
The word “Good-bye”is too sad.
“さよなら”という言葉は、あまりにも悲しい。
Let’s say“See you again”
“また、会おうね“と言おう。
When you have trouble and difficulties,take a rest.
きみに悩みや困難があるなら、ゆっくり休みなさい。
Please remember that you are loved by your parents, your friens, and your teachers.
きみは、きみの両親や、きみの友だち、きみの先生に愛されていることを思い出しなさい。
If you are too tired, take a rest.
もしもきみがあまりにも疲れたなら、ゆっくり休みなさい。
But never give up.
ても、決してやめてはいけない。
I can console you.
私は、きみを慰めることができる。
I can encourage you.
私は、きみを勇気づけることができる。
Even if you are far away,
たとえきみが遠くにいても、
I never forget you.
私は、決してきみの事を忘れない。
because we see the same sky every day.
なぜなら、私たちは毎日、同じ空を見ているから。
We’ll wait for you until you come back.
きみが帰ってくるまで、私たちはずっときみのことを待っているよ。
 何人かの女子生徒が泣きだした。
 ともすれば、自分のことしか考えられなくて、Aくんのことなんか、忘れがちになっていた私の心にも先生の思いがひしひしと伝わってきた。
 それから、クラス全員がAくんに英語でメッセージを書くことになった。つたない英語であったが、私も心を込めて書いた。
 その後もK先生は、毎日のようにAくんの家を訪問された。私たちもAくんが戻ってくれるように祈り続けた。
 そのかいがあってか、心を閉ざしていたAくんも、徐々にK先生には心を打ちあけるようになった。
 3学期の始業式の日、私たちはクラス全員でAくんを迎えにいった。皆の呼びかけに応じて心の扉を開いてくれて、3ケ月ぶりに学校に戻ってくることができたのである。
 今、私自身は塾の英語講師となり、生徒たちに英語を教えている。
 私もただ機械的に英文法を教えるのではなく、あの時のK先生のように、心の教育を身をもって実践していきたいと思う。
 もうK先生はこの世にいない、きっと天国から、私たち教え子に無限の愛を注いでくださっていることだろう。
(橋田明呼(大阪府 塾講師)

 

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職員室から見えてくる新規採用教師のようすとは、職場に溶け込んでいる教師はどのような教師か

 職員室で新規採用教師のようすを観察すると次のようなことが見えてきます。
 新規採用教師の休職者が増加傾向にあります。学生だった若者が4月になったとたん「先生、先生」と呼ばれるようになり、右も左もわからぬうちに息つく暇もない毎日が過ぎていきます。
 パニック状態に陥って職場不適応になり病休や休職に入る教師がいます。学校現場に踏みとどまれるかどうかの分かれ目は「子どもが好きかどうか」という点にあると断言できます。
 現在は以前ほど採用試験が狭き門でなくなってきたので、社会人としてどうかなと首をかしげたくなる教師がめだってきたのも事実です。
 例えば、部活動の朝練習で子どもに早く登校させているのに自分は平気で遅れてくる。退勤の際に黙って勝手に帰ってしまう。当日の朝になっていきなりメールで連絡してくるといったことがあります。
 職員室にお邪魔していると、同僚教師から評判のよろしくない新採教師の話を耳にします。
 「どういう点ですか」と尋ねると「まわりの教師のアドバイスを受け入れないのです。頑固者というか」と答えてくれました。
 「先生の言うことはわかるのですが、私はこのやり方でやってきましたから」と、先輩の助言を受け流すのだそうです。
 学校現場ではプロ教師を必要としています。教科指導、生徒指導など全人格的な関わりを期待されています。
 可愛くないとレッテルをはられた若手教師ほど「聴きづらくなる」状況に自らを追い込んでいるようです。
 そうなると、自分の力だけで課題を乗り越えようとして、孤立感を強めていくのです。
 一方、職場に溶け込んでいる若手教師を観察すると、分からないことがあると、その都度まわりの教師に「教えていただきたいのですが」といってじょうずに相手に甘えています。
 よく見ると、ある特定の教師を一人決めて、その教師からアドバイスや支援を求めている方がうまくいっているようです。
 つまり、「自分のモデルとなるような先輩教師が身近にいる」というのが、課題をうまく乗り切っている若手教師の共通点かもしれません。
(
土井一博:公立中学校教師を経て退職後、筑波大学大学院で健康教育学を学び、茨城県等でスクールカウンセラー歴任し、埼玉県川口市学校教職員メンタルヘルスチーフカウンセラー。日本教職員メンタルヘルスカウンセラー協会理事長。専門は教職員のメンタルヘルス、学校健康心理学、教師教育)




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職員室のルポ、教師の実態とはどのようなものか

 学校に電話をかけると応対が失礼なことがある。
 教師は電話の対応の仕方を教わらない。サービス業のように電話対応で顧客を失うことがないから、サービスのサの字もない。
「はい、はい、誰ですか」と日頃の偉そうな口調そのままのときがある。
 学校には隠蔽する体質がひそんでいる。
 学校で起きた諸問題を教育委員会に報告するとき、問題のレベルが学校によって違うから、その程度の問題は問題でないと勝手に判断してしまう恐れがある。
 校長も管理能力を教育委員会から測られているため、負の遺産をかばおうとすることがある。
 教師は定年になるまでに現場を離れたいと願うのであれば、教頭など管理職になるか、教育委員会に入ることである。
 しかし「定年まで子どもと関わりたい」という教師が多い。
 だが、その教師の仕事ぶりや人間性を評価されれば、管理職や指導主事に推薦され選考を受けることとなる。
「なんであの教師が? 次は自分だと思ったのに」と思う教師は肩書が欲しいのかも。
 体育の教師は、早朝に学校に来て、最後に帰り、上下関係に耐えてきた教師が多い。 先輩教師を敬い、後輩の面倒をしっかり見る。
 体育教師は、円滑な学校運営の立役者で、生徒の規律も体育教師の力量によることが多い。
 教師の基本は授業で商売している。授業をしっかりしていれば、子どもたちはついてくる。
 なめられている教師は、授業をおろそかにしているか、明らかに力量が足りない。
 授業の中身の充実は、知識の向上と、考え方、生き方、道徳心、自分を律する心など様々な視点で成長できる。
 ときには、手のつけられないような子どもがいる。ある信頼されているベテラン教師は、
「勉強が苦手でしかたがない子どもに強要しても、子どもがかわいそうなだけ。教室に居場所をつくることが我々教師の仕事」
という。
 その子のやり場のない心境を察知し、気持ちよく通学させるのが教師の仕事である。
 卒業式や転勤の際に、花束や寄せ書きをもらい「先生のおかげです」と、子どもや保護者から感謝される教師がいる。
「お礼を言われても。これで給料をもらっているんだから」
と、純粋な気持ちの教師がいる。
 時間を惜しまず、子どもたちに親身になる。こんな教師がまだまだいる。捨てたもんじゃない。
(非常勤太郎:昭和40年代東京近郊生まれ、塾の教室長、私立高校教師、その後臨時的任用教師として公立学校、特別支援学校等のチーフを任される)

 

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教師になって最もつらかったことは何ですか

1 教師A
 私は初任者のときの担任が最もつらかったですね。
 小学校なので、ずっと担任が授業をするので、子どもとの関係がうまくつくれなくて、すごく落ち着きのないクラスになってしまったことです。
 一生懸命に授業をしても、あまり聞いてくれなかったり、トラブルがいっぱい起きたりした。担任に対する不満もどんどん増えて、悪循環になりました。
 専科の教師の授業では、子どもたちはよい顔をするのですが、私の授業は全然聞いてくれない。そのギャップがすごくつらかった。
 私だけでは、どうにもクラスを変えられなくて、他の教師がフォローに入ってくださってなんとか乗り越えたのですが、結局、良い方向にはならなかった。
 子どもたちは反抗的で学校に行くのが本当につらかったです。
 子どもたちにも、良い思いは残らず、すごく申しわけないことをした感じですね。
 原因は、指導が後手後手に回ったことです。
 例えば、トラブルの解決するとき、指示が明快でないので、子どもたちにストレスが溜まっていった。
 今となってみれば、もっといろいろなやり方があったなと思えます。
 自分にはつらい経験で、すごくつらかったが、得たものも大きい。
 やはり、自分が強い心を持たないとダメだな、負けちゃダメだなと思った。ちょっと迷いがあるとダメだなって本当に思いましたね。
2 教師B
 私が一番つらかったのは、教師になって2年目です。職員室で教師間の関係がものすごく悪かったことです。
 一人の教師が、初任者で立場の弱い私に強いことを言うのです。
 同じ部活動の顧問だったんですが、何か問題があると全部、私のせいにする。
 生徒指導で何かうまくいかないことがあると、私のせいだと言われる。
 その教師に盾ついて自分がターゲットにされると困るから、まわりの教師は、見て見ぬふりをして、私はかなりつらかったです。
 子どもたちのことで、どんなに大変でも、教師同士が助け合える環境だと、まだやっていけると思う。
 教師同士で足の引っ張り合いになると、子どもの前に自信を持って立てなくなる。
 子どもの前で怒鳴られると「あの先生怒られているよ、先生なのに」と、子どもたちから見られ、私から子どもたちは離れていく。
「あの教師に文句を言われないように」と生徒指導もできなくなったりするから、そこはつらかった。
 いい意味で教師って真面目な人が多いから「この先生との関係をなんとかしなきゃ」となってしまうけど、自分がちゃんとできているところに目を向けることは必要だね。
 同じ経験があったとき、次はうまくやれますよね。
 若いうちは、いっぱい教えてもらって助けてもらうことで回っているんだな、ってすごく思いますね。
(先生始めました編集委員会)

 

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教師として手を抜かないのは、子どもたちへの思いの強さがあるから

 私立高校の教師をしている岩崎元気先生は、とてもハキハキとした真面目で実直な人です。
 塾講師にあこがれていた岩崎先生は、大学2年生のときに学習塾のアルバイトを紹介されました。その塾でアシスタントとして働くようになりました。
 岩崎先生は、その塾でたくさん学び、経験をしました。
 最初の1か月は授業のための研修を受けました。
 午後から模擬授業を行い、それをプロの講師に見てもらうのです。できることを徹底してやろうとしました。徹底してやっていくことで人として磨かれていきます。
 この学習塾で、岩崎先生は「子どもたちが勉強しやすいベストな環境を作る」という想いが込められていました。例えば、
 休み時間に黒板を綺麗にし、チョークの粉がついてない状態を作り続けました。トイレ掃除も行いました。
 プリント作成時にコピーした時に出る不要な線を消すなど細かい気配りまで徹底しました。スピートを上げて作業する研究もしたといいます。
 岩崎先生は、授業を行う際の「声」の大きさ、「文字」の丁寧さ、「話す」時の子どもへの目線など、基本的なことを徹底的に教えられました。
 さらに、周到な「授業準備」も教え込まれた。
 教師のノートは見ないで、例題も含めて、すべてを頭に叩き込んでから授業に臨みました。
 このことを徹底することで、子どもたちとの対話が増え、子どもたちの表情を見ながら授業がおこなえるようになりました。
 授業準備のためのノートには、教科書や問題集の内容、いくつもの例題、図表やその単元に関係する資料、余談などを、何パターンもびっしり書き込みます。
 それを頭に叩き込んで、自分の言葉で授業を行う。
 研修中、これを毎回、完璧にこなさなくてはならなかったそうです。
 この準備には、大変な時間がかかったことが想像できます。
 子どもたちのために、完璧におこなう気持ちで取り組んでいたのです。
 どんなことでも、ある期間は夢中になって取り組むと、それが大きな力になっていきます。私は多くの教師をみてきたのでわかります。
 集中して取り組んだその経験が将来、大きな力となっていくのです。
 岩崎先生は、その後、高校の教師になりました。そして、今でも、塾同様に、授業準備を続けているそうです。
 また、子どもたちの人間性を磨くために、新聞のコラムや世の中の出来事、本や講演会で学んだことなどを、メルマガやブログ、学級通信に書き、子どもたちや保護者へメッセージとして送り続けています。
 教師として大切なことは、子どもたちの心を揺さぶり、自ら動いてもらうように指導することだと思います。
 そのためには、まず教師自身がその背中を見せる必要があります。
 高校では、卒業したらすぐに社会人となり、働く生徒がいます。
 だから、自分の力で人生を幸せにする力を卒業までに身につけてほしいのです。そして、自分の周りの人も幸せにできる人になってほしいと岩崎先生は想っています。
(岩崎元気:1988年神奈川県生まれ、神奈川県の私立高校教師。「あしがら教師塾」事務局)
(文章:中野敏治:神奈川県公立中学校校長。「やまびこ会」代表、「あしがら学び塾」主宰)

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教師を辞めようと思ったことがありますか、どうやって乗り越えましたか?

1 教師Aの場合
 私は初任者のときに、次のようなことですごく辞めたいと思いました。
(1)保護者との関係がうまくできなかったとき。
(2)クラスでいじめ問題が発生したとき。
(3)指導教官に「学級崩壊だ」と宣告されたとき。
 乗り越えられたのは、夜、友人に電話して相談いるとき、友人が
「何か積極的にやりたい仕事が見つかったら辞めてもいいけど、教師やりたくないから辞めるのだったら反対だ」
と言われた。私は
「そうか、じゃ私はそういうものがまだ見つかっていないから、教師の仕事を続ける」
と友人に言いました。
 別の仕事を考えてみても、子どもと関わらない自分っていうのは想像できない。子どもからは離れられない。子どもを見ていると楽しくなってしまうんですよ。
2 教師Bの場合
 私は、初任者の1年目に、職場内でかなりのパワハラを受けて2年間休職をしました。
 そのときは本当に毎日「続けようか、辞めようか」と思っていました。
 パワハラによって、教師に対する不信感をすごく感じたのです。
 子どもたちは可愛かったんだけれど、教師って子どものいじめと一緒だと思って。
「教師って社会性がないし、世界が狭いし」みたいなことばかり考えてしまって。 
 でも、ある勉強会に行って「立派な教師たちがいるのを見て、こういう人もいるんだ」ということがわかったことが、辞めずにとどまってこられた理由だと思う。
 休職2年目になって、次のようなことに気づいた。
「教師の仕事って、10年後、20年後になって初めて結果が出る。未来の世界を形づくる人材をつくる仕事だ」
と考えたら、自分が教師であることの誇りを持てたような気がした。
 それと、何人かの子どもたちから「先生、今どうしてる?」というメールがときどき来るんです。そういうのがすごい支えになった。
 先生を辞めようかなって思っている人って、なんらかの形で自信がなくなってるんですよね。
 教師として認めてもらえるような環境って、とどまる上では大事なような気がします。
 私も勉強会に行ったり、いろんな人に慕ってもらえることで、教師としての自尊心みたいなところを救われたし、力をつけてもらったと思っています。
 すばらしい人を見つけて、それに近づこうとして勉強することが、教師としてスキルアップし続けていくうえでの、力になるのかなっていう気もします。
(先生始めました編集委員会)

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