カテゴリー「教師の成長・研修」の記事

教師が実力をつけるためにはどのようにすればよいか   山田洋一

 教師が実力をつけるためにはどのようにすればよいか。
 山田洋一はつぎのように述べています。
 私は教育大学に入学して驚いた。
 一般教養の講義がほとんどで教育に関する講義は僅かであった。
「こんなはずではなかった、もっと教育について学びたい」と大学に絶望し、学習塾でアルバイトを始めた。
 塾ではどの講師も仕事に熱心で、子どもとたくさんおしゃべりして関係を強固にするということを優先して、楽しそうに談笑していた。
 塾に採用されると、すぐに研修が私に課せられた。
 まず、M講師の授業を見せていただいた。
 国語の問題文を情感豊かに読み上げ、問題をテンポよく解説していく。
 子どもたちを飽きさせず、受けているだけで気分がよくなる授業であった。
 二時間目は、違ったタイプの授業で、子どもたちの発言を徹底的に引き出し、世間話のような調子で授業が進んでいく。
 進度も、時間もぴったり、そしてなにより、教室の空気を支配していた。
 一人残らず学習に参加させる気迫と技術を備えていた。
 私は圧倒された。
 これがお金をもらっている人の授業なんだと胸に深く刻んだ。
 その後、私は放課後、M講師の前で模擬授業が課せられた。
 指摘された内容は私の胸を射貫いた。
 三か月後、アルバイト講師が塾に入ってきた。
 今度は、M講師は私にそのアルバイト講師の授業を批評し、代案を示すことを求められた。
 私は、こうした過程を経て、お金がもらえる講師になっていった。
 このM講師がしてくれた、
「優秀な実践者の授業を見る」
「模擬授業をし、指導を受ける」
「実際に授業をする」
「他人の授業を批評し、改善策を示す」
の研修課程は、非常に意義深いものであったと、いまでも思う。
「見る」
「試す」
「実施する」
「違う角度から見る」
「試す」
 という過程は、実践者が最も力をつけることのできる研修過程であると、学校現場にきてからも強く思う。
 しかし、実際には学校現場で若い教師はこうした丁寧な研修課程を経て教壇に立っているわけではない。
 それは、大変不幸なことだと言わざるをえない。
 しかし、実力をつけるためには、若い教師は自分で研鑽を積むしかないと私は考えている。
 困難な状況になったとき、私は基本的には相手に働きかけて状況を変えることを考えず、自己変革を念頭に置いた。
 なぜなら、自分はすぐに変えられるが、相手はなかなか変えられないからだ。
 相手を変えることは解決不能の袋小路に迷い込んでしまうと考えてきた。
 思うように変わらない相手を何とか変えようとすることほど、苦しいことはない。
 自己変革を考えた方が結果的に自分を成長させることにもなる。
 また教師は、子どもによりよく変わることを望むのだから、まずは自己変革を自分に課すのは、私にとっては当然と考えられることでもある。
(山田洋一:1969年北海道札幌市生まれ、私立幼稚園に勤務後、北海道公立小学校教師。教育研究サークル「北の教育文化フェスティバル」代表)

 

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中堅教師が飛躍するにはどのようなことが考えられるか   森脇建夫

 中堅教師が飛躍するにはどのようなことが考えられるか森脇建夫はつぎのように述べています。
 中堅教師とは、教師になって十年を過ぎた時期である。
 中堅教師は、確立した教師としての「教育観」と「授業スタイル」の問い直しを求められる時期なのである。
 教師の教育観が具体的に技術や方法となって姿を現したのが授業スタイルである。
 指導力不足教員と認定された教師の約八割が40~50歳代である。
 中堅教師の危機は教育実践の硬直化(化石化)と一般にとらえられている。
 たとえ力量のある教師でも教育実践の不確実性によって危機に陥る危険性がある。
 その危機を乗り越える契機について、学校や研究サークルなどの教師のコミュニティの重要性が指摘されている。
 例として、三重県のある公立中学校を考えてみる。
 この中学校では佐藤学が提唱した「学びの共同体」を研究テーマとして授業改革を行ってきた。
 佐藤は「学校を子ども・教師・親たちが学び合う場所とする」授業改革を核とした学校改革を推進している。
 元岳陽中学校長に来てもらったり、「学びの共同体」の研究会に教師を派遣したりして、ペア学習やグループ学習(男女4人)、コの字型机配置の学習を授業の中に取り入れ、各教師が年に二回は授業を公開してきた。
 しかし、個々の教師にとっては、「学びの共同体」との出会いは単純ではない。
A教師(数学)は、
「一斉授業では中ぐらいの生徒に焦点を当てると、上・下の子にとっては満足できない。どうしていいかわからなかった」
 そこで、自分で授業にコの字とグループ学習を取り入れると、生徒たちに受けがいいことがアンケートで明らかになった。
 それを契機に、授業展開は課題をグループ中心で解決することが主となり、生徒どうしを「つなぐ」役割に徹するようになった。
 B教師(国語)は、一斉授業に問題を感じていなかった。しかし、
「コの字とかグループにすると、ちょっとわからないことを、グループで聞きあう場面が出てきました。子どもどうしの授業中の関係がよくなったなあと思いました」
 C教師(英語)は、自ら英語研究者の講演にたびたび出かけ研修している。
 C教師は英語を基本的にはパターンプラクティスと考えている。
 授業はリズミカル進み次々と場面を転換していく。
 C教師は、「学びの共同体」には批判的である。
 しっとりと聴き合うことやグループ学習とはそぐわないと考えている。
 彼の教育観が揺らぐ経験をしたとき、「学びの共同体」との再会があるかもしれない。
 中堅教師にとって学校という場は、自らの「教育観」の問い直しから、新たな飛躍への契機を与える可能性を持っている。
 そのために重要なことは研究コミュニティとして学校が存在することである。
 それには、生徒の成長や発達をうながすために集団的な探究や協働的な活動が学校でおこなわれなければならない。
 教師たちが授業実践について本音を語ることができ、納得できるまで時間的な余裕をもつことである。
 授業実践の改革は教育観を変革し自らを再構築することなのである。
 教育観の変革に大きな力を持っているのが生徒の変容である。
 もうひとつは、教師の疑問や問題を「ほんものを理解している人」に投げかけられるような学校にしておくことである。
(森脇建夫:1956年生まれ、三重大学教育学部教授。専門は教育方法学・授業論)

 

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伸びる教師になるためにどうすればよいか   松崎 力

 伸びる教師になるためにどうすればよいか松崎 力はつぎのように述べています。
「さすがにすごい!」と思わせる教師は、何もしないでそうなったのではありません。努力を重ねてきたのです。
 伸びる教師の条件は
(1)全員の子どもを何とかしようと考えている。
 見栄やほめられたいからするのではなく、本当に子どもたちをなんとかしたいという、あたたかさから出ているのです。
 そのために、まず教室の子どもたちの実態を正確に理解することからすべてが始まります。
 実態をつかむと、問題点が見えてきます。それに優先順位をつけて解決をしていきます。
 解決するためには、問題点を身近な信頼できる教師に教わります。
 あるいは、本を読んだり、研究会に参加します。
 そのようにして、子どもへの接し方や授業の原理原則などを学んでいきます。
(2)仕事の責任を回避しない、謙虚である。
 子どもが言うことを聞かない、騒ぐといった原因を、親や前の担任が悪いなどと考えず、できない原因を自分のこととして考えます。
 いさぎよさ、責任感、謙虚さを持っています。
(3)素直な人である。
 素直な人には、他人がいろいろと言ってくれます。他人が経験したことを語ってくれます。いつの間にか成長します。
(4)知的で本をよく読む人である。
 教師の仕事で伸びていこうとする人は、教育雑誌や教育書の単行本を月に何冊も購入して学びます。
 だめな教師は、身銭をきって専門技量を身につけることがありません。教育の情報が狭いのです。
 学ばない教師は伸びません。
 だから50歳になっても新卒程度の腕の教師がいます。
 教師の自分なりのやり方は、だいたい、よくない方法であることが多いのです。
 いかに努力しても、正しく学ばなければ何にもなりません。
(松崎 力:1961年生まれ、栃木県公立小学校教師、新採用時に教育技術法則化運動(TOSS)と出会い、教育技術の開発と教育技能の向上を研究)

 

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教師が授業や学級づくりの腕をあげるためにはどうすればよいか  戸田正敏

 教師の腕をあげるためにはどうすればよいか、戸田正敏はつぎのように述べています。
 どの職業でもプロ意識を持っている人間は「いかに手をかけるか」「いかに自らの腕を上げるか」ということを常に考えている。
 教師として腕を上げようとするとき、サークルは欠かせない。
 自分の実践を記録や論文にまとめ、それをメンバーに検討してもらうことにより、教師の腕が向上していく。
 教師としての腕を上げたいと思ったら、すぐにサークルをつくり、活動を始めるべきである。まさに「鉄は熱いうちに打て」である。
 教師が授業を義務感で仕事を進めていると苦痛になる。
 まず、もっと教師が授業や学級づくりを楽しもうとする意識をもつこと、そこからすべてが始まる。
 教師が授業を楽しみ、学級を創っていくことを楽しいと感じられるとき、子どもたちもまた、授業が楽しくなり、「このクラスにいてよかった」と感じるようになるのである。
 しかし、教師が授業や学級づくりを楽しもうと思っただけで、授業や学級づくりがうまくいくのであれば、こんな楽なことはない。
 教師はそれだけの努力をしなければならない。
 他の教師よりも勉強し、研究し、自分の実践に対して厳しくなくてはならない。
 そのために常に自分の実践を振り返り、愚直なまでに実践を追い求めなければならない。
 そこには、子どもたちの目線まで下がって学級の子どもたちをみつめ、今の子どもたちから出発する実践が重要である。
 辛いことや苦手なことに対して逃げるのではなく、自らを向上させる絶好のチャンスととらえ、挑戦するのである。
 それこそが教師としての腕を向上させ、実践を楽しむ源となるのである。
 教師としての自分に厳しくならない限り、授業や学級づくりを楽しむことはできない。
(戸田正敏:1957年生まれ、千葉県公立小学校教頭。全国学級づくり研究会・学級づくり中央研究所代表。子どもたちの集団自治力を高め、生き生きと活動する「学級づくり」を目指して実践を重ねています)

 

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教師は力量を高めるために、どう考え、具体的にどうすればよいか  鶴田清司

 教師は力量を高めるためにどうすればよいか鶴田清司はつぎのように述べている。
 教師であれば誰でも「よい授業をしたい」と願う。
 今の教科書は必要最小限のことしか書かれていない。
 教科書と教師用指導書があればそれなりの授業はできるだろうが、きわめて底の浅い学習にとどまる危険がある。
 したがって、教師は「生きた教科書」として、文化・科学・社会への理解を深めておく必要がある。
 すぐれた教師は本をたくさん読むといわれてきた。それは教育書だけでなく、さまざまな分野にも関心が向いている。
 これが教師自身の教養となって、人間としての幅広い知識、豊かなものの見方・考え方を形成していく。
 斎藤喜博は「授業者としての力」の前に、教養や経験の蓄積によって生じる「人間的な力」の必要性を説いている。
 何よりも教師自身が知的かつ魅力的な人間でなければならないのである。
 例えば、国語の授業で教師の読みが深くなければ、「わかりきったことをきく」という表面的なレベルで終わってしまう。
「子どもをゆり動かす」ような授業をするためには、常識的・一般的な教材解釈にとどまっていたのでは無理である。
 そのためには、日頃からすぐれた小説や詩にふれて、読む力を養っておくことが必要になる。
 毎日、子どもたちと接して教育活動を行っている以上、教師はコミニケーションの熟達者でなくてはならない。
 授業で教師の「発問・指示・説明・板書」などは明確でわかりやすいものでなくてはならない。
 また、子どもたちの発言を聞き取り、意見をつなげたり、まとめたりすることが適切にできなければならない。
 大村はまは、話し方の修業のために、話し言葉の本を多く読んだり、自分の授業の録音を聞いたり、社説の朗読を続けたり、よい講演を聞いて耳を養ったりしたという。
 佐藤学は、教師たちが日頃から授業を公開し、学び合う同僚性の関係をつくることが重要だと述べている。研究授業も1年間に1人最低5回は行うべきだという。
 確かに、自己流で授業をしていたら進歩や変革はない。他者からのコメントを受けることで、気づかなかったことがわかってくる。
 他の教師の授業を見ることでさまざまな知見が得られる。
 向山洋一は、プロ教師になる条件として、研究授業100回をあげている。「指導案を書く」「検討会をする」「文章で分析する」ことが前提になっている。
 稲垣忠彦が提唱する「授業のカンファレンス」は、授業者以外の多くの人の目を通して授業を多面的に検討する方法である。授業の録画を見て意見を述べ合う点が特徴である。
「授業づくりネットワーク」が開発した「ストップモーション方式」は、授業の録画を自由にストップをかけて、教師の意図や授業行為の意味・代案などについて話し合う。
 村川雅弘らが提唱する「ワークショップ型の授業研究」は、参加者一人ひとりが付箋紙にコメント(成果と課題)を書いて、それを整理・構造化するなかで授業を検討する。
 こうした授業研究によって、授業を改善するための情報を得ること、さらに実践力量を形成することが重要である。
 そのためには「本当に自分の授業の腕をみがきたい」「少しでも授業者として成長したい」という強烈な願いを持っていることが必要である。
 校内で授業を見せ合うだけでなく、外部の研究会に出かけて自分を高めるということも必要になる。
 例えば、教育技術の法則化運動で、すぐれた発問・指示を追試する。
 国語科では「教科研や文芸研方式」「読み研方式」「一読総合法」、理科では仮設授業研究会の「授業書」が知られていて、授業書に従って授業を進めていけばどの教師でも一定の成果が得られるという。
 算数科では「水道方式」が知られている。タイルを用いて数を「量の概念」としてとらえる。計算指導では「一般から特殊へ」という原則に基づいて指導する。
 自主的に民間の教育研究会に参加することは、身銭を切ることで「少しでも授業の腕をみがきたい」という意気込みに変わる。
 その場合、1つの研究会だけでなく、できればさまざまな研究会に参加し、そこから自分なりの授業スタイルを形成していくことが重要である。
 つまり、1つの授業スタイルに固定化することを避けるのである。
 授業に、絶対的な方法はありえない。いつでもどこでも同じようなパターンで授業をすることは有害である。
 さまざまなものから、幅広く学んで、よいところを摂取していくという姿勢がよい。長所だけを取り入れて自分なりの授業スタイルをつくっていくのである。
 これまで、民間の各教育研究会は、それぞれの理論・方法を絶対視する傾向があった。これが実践の閉塞化を生んでいた。異質なものから学び合うことが求められる。
 研究会の参加だけでなく、教育書、教育雑誌や、さまざまな専門情報誌を読み、理論的・実践的な研究成果から幅広く学ぶことによって、自分の合った授業スタイルをつくっていくことが望ましいのである。
 教師修業の道に終わりはない。「これで十分だ」と自分の授業に満足してしまうと、思わぬ停滞を生むことになる。
 絶えず高いところに目標を設定して、自ら学び続けることが最も重要である。
 自分の身のまわりに「話し方」の上手な教師がいたら、その技を盗んで自分のものにするというようにして、さまざまなものから学んで最終的に自分なりのスタイルをつくっていくようにしたい。
 しかし、授業の達人の表面的な部分をまねることを追いかけていくだけでは効果は一時的なものにとどまり、根本的な力量が形成されることは難しいだろう。
 授業の達人に潜んでいる願いや思想を理解しなければならない。理解することによって、その教師の行為の意味、今ここで行われている授業の意味が明らかになってくる。
 授業は不確実性がある。教室の状況を「目利きする力」、斎藤喜博がいう「見る力」が求められる。
 教師の力量を高めるためには、教室での出来事の意味をその場で「洞察」「省察」「反省」しながら対話的・協同的な学びを追求していく姿勢(反省的実践)が基本とならなければならない。
 授業の理論・技術はそのなかで授業の目標(ねらい)を効率的に達成するための補助手段と考えるべきである。
 向山洋一も「技術で解決できるのは、7,8%だ」と述べていた。それ以外の部分は教室の個々の状況のなかで反省的思考に委ねられているのである。
(鶴田清司:1955年生まれ、都留文科大学教授、全国大学国語教育学会理事長。専門分野は国語教育学)

 

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教師の研修はどうあるべきか  佐藤 隆

 教師の研修はついて佐藤 隆はつぎのように述べている。
 教師自身の自主性・主体性が研修には大切である。
 しかし、学級崩壊が社会的に問題になって世論は「学校はどうなっている」「教師の力量不足のせいだ」と、学校や教師が批判された。
 この批判から、教育改革は行政による研修の強化と、学校で教師が仕事をしていることを内外に示し、夏期休業中の民間教育研究団体の研修も認めない事例が各地で生じている。
 初任者研修は、教師の主体的な意思で参加するものではない。
 マニュアルや対処法を覚え込ませることに重きが置かれた研修が多く、実際に教室で起きているできごととは切り離されていて、求めているものになっていないのが現実である。
 しかし、この研修がきっかけで同期の教師との交流が生まれ、サークルに発展する場合もある。
 また、大学時代の友人や、人間的魅力のあるベテラン教師のもとに集まるなど、若い教師たちのサークルが、いま全国各地で広がっている。
 こういったサークルは、まるごと自分を受けとめてもらえる安心感が得られる。
 参加者のニーズにあった研修となっていて主体的に参加しようとする意欲を引き出すことに成功している。
 これらのサークルの多くは、参加者が自ら実践上の苦悩をもち寄って語り、聴き取るというスタイルを重視している。
 他の教師の実践が自分自身の心の中に刻まれ、学びの質の高まりを実感することができる。
 癒しと学び直しの機会をサークルは提供しているといえる。

 ただ、これらのサークルの組織は脆弱で、活動内容が系統性をもたず一定していないので、系統的に蓄積がある民間教育研究団体の水準からいえば十分なものとはいえない。
(佐藤 隆:1957年生まれ、都留文科大学教授。教育科学研究会副委員長、『教育』編集長。教育学、教育実践学、教師教育論を主な研究領域としている)

 

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教師も授業にコーチングを取り入れ成長しよう

 私のまわりを見ても、コーチング(注)という言葉は知っているけれど、実際にコーチングを意識して授業をしている教師にほとんど出会ったことがありません。
 私は、これまで学校の仕事が大変だったとき、先輩や同僚の励ましが一番役立ちました。コーチングを学ぶきっかけになったのも同僚の教師からの励ましがあったからです。
 コーチングはコーチが相手に尽くして、受けた人だけが伸びていくのではなく、コーチ自身も人間的な成長を遂げていくことができます。
 自分の授業を改善したいと、英語教育セミナーに参加した教師でも、学んだことを早速、行ってみたという人は案外少ないのです。
 授業を変えるということは、自分の癖と直面するので、嫌なものなのです。
 習慣を変えるという嫌な行為をするには、それなりの仕組み、つまり
コーチングフローとは
(1)
現状の明確化
(2)
なりたい状態
(3)
到達するために必要なこと
(4)
計画立案
(5)
フォローと振り返り
が必要です。
 コーチングノートをつけ、自分の授業を録音して聞いてみて、成果を確認することが必要になってくると思います。
 私の授業はひどいものでした。
 私も自分の声を録音したものを聞きたくないですし、恥ずかしくて、本当は嫌なのですが、録音を聞くことで「あ、この私の発言が生徒の力を伸ばしたな」などといったことがよく見えてきます。
 私が使っているihoneは良質な音で簡単に録音できます。
 プロのコーチと呼ばれる人は必ず自分にコーチをつけています。
 教師であれば、学校内にいる自分の尊敬する教師にコーチしてもらう、というのも一つの方法かもしれません。
 しかし、私個人の意見としては、考え方が同じ人の意見を聞くより、突拍子もないような話をしてくれる人をコーチにしたほうが、自分に見えなかった答えを引き出してくれる気がします。
 私はコーチングを勉強するのに、英語を話す外国の人をつけました。英語教師として英語力も上がり、一挙両得でした。
 あなたには、コーチがいますか?
 コーチングをするためには、Yes…,butをYesにしてくれるコーチが必要です。それは他人でなくても、自分でもよいのです。
 自分自身で、いま、Yes,butになってないか考えてみてください。自分の生き方によい示唆を与えてくれるコーチをつけることで、可能性がグーンと広がっていきます。
(
日野奈津子:横浜市立中学校教師、英語授業にコーチングを用いた実践発表をおこなっている)
(
コーチング:目標の達成やパフォーマンスの向上をめざして、勇気付け、やる気を引き出し、自発的な行動を促そうとするコミュニケーションのスキルです)

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秋田県が全国学力トップクラスである要因は「探求型授業」と「共同研究システム」にある、どのようなものか

 秋田県は2007年以来、全国学力調査で全国トップクラスの成績を残してきた。
 その要因として「子どもたちの授業姿勢のよさ」「家庭学習が充実」「学校・家庭・地域の連携」などがある。
 なかでも重要なのが「探求型授業」と「共同研究システム」である。
1 探求型授業
 探求型授業は、子どもたちの、話し合い、意見交換を重視した授業である。
 例えば、次のような授業スタイルである。
(
)導入(学習課題の設定)
 教師と子どもたちで学習課題を決める。
(
)展開
1.
自力思考
 子どもたち一人ひとりが思考を展開する。
 自力思考がむずかしい子どもには教師が援助を行う。
2.
グループで対話
 すべての子どもが考えを持てた段階で、4人程度のグループで、考えを出し合いながら対話をしていく。
3.
グループの発表
 ある程度グループでの対話が煮詰まったら、各グループの状況を学級全体に発表する。
4.
学級全体で学び合う
 各グループの発表を、教師と子どもで整理し、共通点、相違点、論争点を明確にする。
 そのうえで、学級全体で学び合う。再度グループの検討に戻す場合もある。
 グループの対話や学級全体の学び合いの過程で、教師は必要に応じて
 ・助言をし、発問をする。
 ・「ゆさぶり発問」をする。
 ・重要な点を取り出して、再度全体の課題として返す。 
(
)授業の終末
 授業の終末で、構造的な板書を振り返りつつ、それまでの探求を振り返る。
 そのうえで、子どもたちは自分の学びを振り返り、文章にし、発表し合う。
 そういった探求によって、より高次の試行錯誤、判断・批判、推理・検証、発見・創造が展開される。
2 共同研究システム
 探求型授業は、深く豊かな教材研究、具体的な目標・ねらい・切れ味のある学習課題や指導言、グルーピングなど、通常の授業以上に高度な指導を求められる。
 そのため、教師一人ひとりの準備が必要となる。
 しかし、一人の努力だけでは限界がある。教師同士が共同して探求型授業をつくり出していく必要がある。
 秋田県では優れた共同での授業研究システムがある。
 そのシステムのなかで、若手教師も質の高い探求型授業を展開する力をつけていく。
 共同研究システムは、校内研究会、小中連携研究会等で研究授業を行う場合、
「事前研究」→「研究授業」→「ワークショップ型検討会」→「事後研究」
が基本となる。
 はじめは学年、教科で研究チームをつくる場合が多い。少しずつ学年や教科を越えた合同研究チームをつくっていくと効果的である。
 教科の専門性は重要である。しかし、専門外だからこそコメントできるというよさもある。
(
)事前研究
 研究会前までの事前研究が重要である。これが授業研究の成否を決める。
 事前研究の弱い授業研究では限られた成果しか得られない。秋田県ではていねいに行う。
 そのために研究チームをつくり、次のような項目について、ていねいで厳しい検討を行う。
1.
教材選択
 単元の系統性を意識しながら、教科書等から選ぶ
2.
教材研究
 深く豊かな教材研究が探求型を実質化する。
3.
目標・ねらいの決定
 この具体性が授業設計を緻密にする。
4.
指導計画の作成
 単元全体の指導過程と到達点・各授業の到達点。
5.
本時案の作成
 はじめは本時の大きな流れから始め、次の細案に進む。
6.
本時案を具体化した細案の作成
 学習課題、指導言、板書を含む
7.
細案に基づくプレ研究授業
 研究チームで授業を行う。教師が子ども役になり実際の流れで授業をしてみて検討し合う。
(
)研究授業
 教師全員が参加する。授業を撮影し映像記録をとる。
(
)研究授業後のワークショップ型授業検討会
 もちろん教師全員が参加する。教科や学年が違う教師が授業検討にかかわることが鍵になる。そのために「ワークショップ型」検討会が有効である。
 まず、教師全員が付箋紙に授業についてのコメントを記入する。
 例えば、授業で評価できる点について水色の付箋紙、課題・改善すべき点はピンクの付箋紙を使う。その2種類の付箋を持ってグループごとに集まる。
 グループ編成は、学年や教科、研究メンバーは分散させる。
 各グループには司会役のリーダーを置く。授業の優れた点と課題・改善点を鋭く抽出する役割を担う。
 模造紙に付箋を内容別に分類しながら貼り付けていく。それらをマジックインキ等で囲み、グループで検討を深めていく。
 全体会で各グループが発表する。
 多くのグループから出された課題・改善点が見えてくる。とくに重要な点については、再度グループで検討する時間を取ることが効果的である。かなり多様な代案が出てくる。
(
)事後研究
 授業を撮影した映像記録を使って、授業研究会の少し後に事後研究をすると、授業の成果と課題・改善点が具体的により鮮やかに見えてくる。
 研究チームで映像を再生しながらリフレクションを行う。
 授業のポイントとなる部分で再生をストップし、検討会で指摘された点を再度確認しつつ、新たな優れた点と課題・改善点を発見していく。
 以上のような共同研究によって若手教師を含め多くの教師が高い授業力を獲得していく。
 主体的、対話的で深い学びを有効に授業に生かせるかどうかは、共同研究を実質化できるかどうかにかかっている。
(
阿部 昇:1954年生まれ。秋田大学教授、附属小学校校長も勤める。専門は国語科教育学。全国大学国語教育学会理事。日本NIE学会理事。秋田県内の小中学校を数多く訪れ、全国学力テストの好成績について分析。私学中高校での教師経験もある)

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実践家を育てる特徴は「なすことによって学び」、それを「コーチする」こと

 実践家を育てる特徴は、「なすことによって学ぶ」こと、そしてそれを「コーチする」ことを重視する。
 なぜなら、反省的実践家(注)としてもつわざは、
「創造的な技法」
「問題を設定する」
「即興的に対応する技能」
「状況と対話し」
「探究し、省察する」
 技法を含むからである。
 専門家教育においては、「実習」という形で日常の世界と実践の世界のはざまに、実践を学ぶために準備されている。
 「実践する-コーチする」という学び手の実践に応える関係性の中で教育が行われる。
 専門家教育において教えることは、「状況との反省的対話」として成立するのである。
 では、「状況との反省的対話」は実際にどのようになされるのだろうか。
 コーチが実践する学生の鏡になってあげることが、実践における行為の理論を学ぶための重要な方法として位置づけられる。
 学び手は、コーチという鏡や協働の会話を通して問題と自己自身への省察をおこない、実践を味わい鑑賞し、そのなかで発見を行う。
 専門家のコミュニティは、それぞれの実践を味わい評価する鑑賞システムを持っている。
 それは、実践状況の理解と行為のための目標や方向性を定式化し、専門的行為を構成する価値観および選好、規範のセットなどから構成されている。
 学び手は何に注意し、どのようにその事物を名づけ、意味を構成していくのか。
 また、境界を設定したり、行為を統制していくのか。
 こうした専門知識を実践状況の世界づくりに連続的に携わり、専門家と共に省察する中で学んでいくと考えられている。
 内的なコミットメントを学び手とコーチが共有し、協働で省察する実践コミュニティへと開かれた環をもった学習なのである。
(注:反省的実践とは、行為がおこなわれている最中にも意識はそれらの出来事をモニターするという反省的洞察をおこなっており、そのことが行為その ものの効果を支えている:ドナルド・ショーン)
(秋田喜代美:1957年大阪府生まれ、銀行員・専業主婦を経て東京大学教授。教師の成長や授業の学習を研究)

 

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新任教師時代は、その後の教師としての成長に大きな影響がある、子どもの心に火をつけるにはどうすればよいか

 これまで教師が子ども時代に学び手として経験している教室の風景と、教える側として経験する教室の風景は全く違っていることに新任教師は戸惑います。
 子どもたちのさまざまな学びの要求が渦巻く教室で、すべての学び手に配慮し、各々の学びを高めていくということは、決してたやすいことではありません。
 さらに、新任教師がこれまで育ってきた文化と子どもたちが今生きている文化の間には、世代的にも、ギャップがあります。
 それをすり合わせながら、学びの空間をつくっていくことが教師には求められます。
 教師は異文化の子どもたちからショックを受け、教師は自らの世界を広げることが必要なのです。
 このことは、ひとつの危機であるとともに、教師になるための必要な最初のイニシエーション(通過儀礼)であるともいえます。
 このショックを乗り越える方法は、2通りあるように思われます。
 1つの道は、新任特有の親しみやすさを大切にして、たとえ拙くても、目の前の子どもたちと格闘しながら、ともに歩む道です。
 そして、先達の教師たちの励ましの中で、これまでの子どもについての見方、教師の役割についてのとらえ方を見直しながら、自らを育てていくあり方です。
 そして、もう1つの道は、子どもたちにナメられないようにと、主観的に教師らしくふるまい、自分の子どもについての見方、教師の役割のとらえ方に固執するあり方です。
 自分に固執し、子どもたちや年輩の教師たちから学ぶ回路を閉ざしてしまうと、成長の機会を自ら失うことにもなりかねません。
 つまり、主観的に教師らしくふるまうことが、子どもたちからの信頼を得られる本当の教師らしさを育てることを妨げるというパラドックスが生まれるのです。
 教師が自分の授業を確立し、常識より一段深い子どもの見方を身につけるには、多くの場合、15年から20年の歳月が必要です。
 その間、量的な積み重ねだけでなく、質的なものの見方が変わることもまた求められます。
 自分の授業を確立して、教育実践記録を綴っている教師たちの多くは、新任期から数多くの試行錯誤と格闘の経験をもっています。
 新任期は、ショックという危機への対応をめぐって教職生活のひとつのターニング・ポイントを形成しています。
 新任期における、教師の仕事、教師の役割のとらえ方の深さが、この後の教師としての成長の可能性を大きく規定しているように思われます。
 教育心理学の視点でいえば、学びや教育に大切なのは、意欲や動機づけです。
 子どもたちが「学ぶ」とは、自分にとってこれまで見えなかった新しい世界が開けてくることであり、頭に知識を詰め込むことではありません。
 その意味で、意欲や動機づけは「心に火をつけること」とも言われます。
 火をつけるには、親や先生は「指導する」のではなく、子どもの声に耳を傾け、聞き合う関係をつくること。
 それにより、子どもは「自分は受け入れられている」と感じ、安心感を得て、もてる能力を発揮していきます。
 人は夢中になったときに伸びますから、安心感のある場をつくり、夢中になれる教材を用意して、新しい世界と出会える時間を長く保証してあげることが大事です。
 子どもに関わる人なら、子どもが夢中になっているのを見ると、理屈抜きにうれしくなるはずです。親でも先生でも、そういう時間をたくさんもてば、子どもといい関係が築けると思います。
 もうひとつ心がけたいのは、“子どもが大きく見える瞬間”をとらえることです。
 叱られているときは、子どもは小さく見えますが、生き生きしているときは有能で大きく見えます。
「子どものなかに可能性がある」と感じる瞬間を、親や先生が見つけることが、子どもの育ちにはものすごく大切です。
 それが子どもを元気にし、ひいては日本の未来も元気にしていくことにつながっていくのだと思います。
(秋田喜代美:1957年大阪府生まれ、銀行員・専業主婦を経て東京大学教授。教師の成長や授業の学習を研究)

 

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