カテゴリー「教師の仕事」の記事

若い教師が、難しい場面も苦しくならずに乗り切るためのコツとは

 若い教師は、まず、子どもたちと接するのと同じように、保護者とも早めにつながることを意識するとよいでしょう。
 懇談会が苦手であれば、学校の子どもたちの様子を写真をスライドにして流すなどして、伝えるとよい。保護者とつながるよい方法は「よいことで電話をする」ことです。教師のことを信じてくれる保護者は増えると思います。
 子どもたちはキレたり、暴れたり、泣いたり様々なことをします。子どもたちは、うまくいかなかったことがあったり、苦しんだりしながら成長していきます。
 子どもたちが何か問題を起こしても「よし、子どもが成長できるチャンスだ」と思って指導できるくらいの気持ちで臨んでいきたいものです。
 クラスで気になる子どもは必ずいます。その子しか意識できなくなり、叱ってばかりいると、クラスはどんどん悪い方向へすすんでいきます。こうしたときほど、一人の子に固執しないことが大切です。私は叱らないで関わる時間を増やすようにしています。
 そんなときほど、周りの子を見るという意識を持つ必要があります。クラス全体に指導していくことが大切です。指導の仕方を工夫し、ほめたり、促したり、誘ったりしながら、子どもたちが納得できる方法で行いましょう。
 休み時間は様々な方法で子どもたちと関わってみましょう。遊んだり、子どもたちの興味関心のあることをおしゃべりしたりすると、子どもたちとのつながりも強くなります。
 保護者でも同僚でも、自分の応援してくれる人を増やしていくようにします。とにかく、報告・連絡・相談をして、いろいろな人に聞いて学ぼうとする姿勢を大切にしてください。謙虚に一生懸命に頑張っていれば、応援してくれる人は増えていきます。
 学ぶ姿勢がなくなったら、教師としては失格だと私は考えています。勉強だけでなく、あらゆることを学びたいという気持ちがかかせないのです。
 授業には様々な方法や考え方があります。その方法や考え方にしたがって取り組んでいくと、必ず成果が出てきます。しかし、気をつけなくてはいけないのが「子どもたちが見えているか」です。
 どんな素晴らしい方法でも、「いつもそうやってきたから」と疑問をもたず、その方法のために子どもたちを動かしてしまってはいけません。
 大切なことは、子どもを第一に考え「子どもたちのために方法や考え方がある」ということです。
(
長瀬拓也:1981年岐阜県生まれ、横浜市立小学校教師、岐阜県公立小学校・中学校教師を経て京都市私立小学校教師。2004年に「第40回わたしの教育記録」(主催/日本児童教育振興財団)新採・新人賞を受賞。授業づくりネットワーク理事、教育サークル「未来の扉」代表代行、『教師になるには』編集代表、クラス・マネジメント研究会代表)

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教師にとって本物に出会い、実践の根底に流れる原理を持つことが重要である

 教師は本物の優れた教師に出会うことが大切である。
 宮城まり子()は「人間は生まれたときから、本物に出会いつづけないと、将来もののよさが分からない人間になってしまう」と言っている。
 このことは教師をめざす学生にもあてはまる。彼らがほんものの教師に出会うことが、大切で重要な意味を持っている。私はそういう認識のもと、学生たちに斎藤喜博と深く出あわせるよう努めてきた。
 私は授業でビデオ「教える-斎藤喜博の教育行脚」を学生に見せる。学生はつぎのように書いている。
「教育とは、教師と子どもが手をつないで旅をすることと同じことだと思います。教師が子どもたちに声をかけながら手をさしのべることによって、子どもは困難を乗り越えられるのだと思うのです」
 充実感を授業の中で子どもたちに味わわせ、子どもと一緒に教材の世界を旅していくのが教師の仕事なのだ。
 その教材を通して、子どもたちが今いる世界から、もっとすばらしい世界、心のゆたかになる世界へと、困難をともにしながら旅をしていくことであろう。
 教育は「教師対子ども」で行われるものではなく、「人間と人間」でするものなのだ。そうしたことが一番難しく、それでいて一番価値があるのではないか。
 ふつうの教室でよく見られる「先生と子ども」という上下関係を斎藤の教室では見いだすことができなかった。
 その代わりに、一人の教師が子どもたちと人間として対峙し、追求をしている姿を学生たちは発見していった。
 
「先生と子ども」の関係でなくて「人間と人間」の関係で教育を行うことが一番難しいが、一番価値があるのではないかと思う。
 ユニークな実践者であった小松田克彦(元埼玉県公立小学校教師)は、斎藤喜博が生前、自宅で開いていた第三日曜会という研究会の常連であった。
 小松田学級の生活の原理は、単純明快である。それは第一に「ていねいにものごとを行う」こと。第二に「周りの人たちと心をかよわせること」である。
 この二つの原理は、国語をはじめすべての授業の中や学級生活のあらゆる場面で貫かれる。子どもは自分をそして仲間を高めていく。子どもの言動がこの原理からはずれると、厳しい叱責の言葉が飛ぶ。
 学級が「学びの共同体」として心地よく存在するために、この二つの原理は、ことあるたびに、子どもたち全員で確認をされていた。
 大きく息を吸い込み、一語一語の言葉が暗示する世界を心にえがきながら朗読する子ども。教室には、あたたかい空気が広がり、心の中にやわらかく朗読がしみいってくる。
 
「跳び箱とお話ししてから、飛ぶんだよ」との指示に示されるように、子どもたちは、ともだちだけでなく、まわりのすべてのモノとも心をかよわせ、自分を高める努力をしている。
 
「子どもの心をしっかりと育てれば、自然と子どもの行動はよくなる」(斎藤喜博著作集第1巻:教室愛,教室記)と斎藤喜博が述べているように、教師が子どもに育てるべきことは、人やものごとと向き合う心である。
 小松田がしていることは、一人ひとりの子どもに、人間として行うべき道を示すこと。その原理が「周りの人と心をかよわせ、ていねいにものごとを行う」ということであった。
 すぐれた教師は、その実践の根底に流れる原理を明確にもっている。生活の原理が確認できない時、子どもの成長は崩れる。
 子どもに示される原理が普遍性を持ち、教師自身の生き方の中に生きているとき、子どもはその学級の一員として、教師とともに生きていく。 
(
佐久間勝彦:1944年生まれ、神奈川県川崎市公立中学校教師、千葉経済短期大学教授、千葉経済附属高校長、千葉経済短期大学長を経て千葉経済大学学長)
(
)宮城まり子:1927年 東京生まれ、歌手、女優、映画監督として活躍、1968年日本最初の肢体不自由児養護施設「ねむの木学園」設立。総理大臣表彰、広島大学「ペスタロッチ教育賞」、「東京都文化賞」、尾崎行雄咢堂賞、「石井十次賞」等受賞。ねむの木学園で理事長として教育の現場に立ち、生涯学習を基にした「ねむの木村」を運営する)


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教師は自分の仕事をどのようなものだと思っているのか

 学校で大事なことは、子どもが勉強して学ぶこと。そして、それを通じて子どもが自立の精神を身につけて社会に出ていくこと。この二点です。社会に出れば、すべて自己責任で、自分で決めなければなりません。そのトレーニングする場(自治活動など)が学校のもうひとつの使命です。
 
「子どもが好きで先生になった」という言葉をよく聞きます。子どもが好きというのは、当人は気がつかないが「自分の言うことを素直に聞く」「自分の思う通りになるから」好きと言っているのと同じです。
 ちょうど、よく飼いならしたペットを可愛がる飼い主と同じ程度の心境なのでしょう。こういう人は、飼い主に手を噛まれてみて初めて、犬だって噛むのだ、ましては人間においてをや、と覚るのではないか。
 
「子どもが好きだから」先生になった教師は、好きな子どもだけ周囲に集めるような心性が生じてきます。中心に教師である自分がいないと気が済まないから、言うことを聞かない子どもを自然に遠ざけることになる。子どもに対するエコヒイキはここから生じます。
 教師になろうとすれば、教職の悪い面もしっかり見据えることが大事です。よく「結婚する前は両目を開いて相手をよく見なさい。結婚したら片目をつむり悪いほうを見ないようにしなさい」と言うでしょう。職業選択も同じだと思います。
 私は弁護士や医師と同じように教師も客商売に違いはないと思っています。弁護士は依頼人が、医師は患者が、教師は学習者が、来なければなりたたない商売です。それであるにも関わらず、客を客とも思わないところがあります。
 教師は公務員であり、全体の奉仕者です。公務員は税金で食べさせてもらっているから、国民に奉仕する精神を持つべきものです。学校は生徒や保護者に対してサービス精神を持ってもらいたい。
 私は塾、予備校の校長も経験したので、よくわかっていますが、学習者が教師を選び、学校を選ぶのは当たり前なのです。お客さんが来てくれないと、潰れてしまうし、クビになってしまうんですね。
 だからいちばん苦労するのは、お客を集めることです。特に二月三月は毎年、胃が痛む思いをしたものです。客の入りが悪ければ、即座に教職員のリストラにもつながりかねない。教職員も必死です。生活かかっていますから。
 ところが、公立学校の教師はお客が来なくなったら統廃合すればいいし、教師は異動すれば良いからクビにはならないんです。親の悪口を言っても成り立つ商売が公立学校で、塾・予備校などは親の悪口を言ったら成り立たない商売なのです。この違いは大きいですね。
 新採の教師が夏休み私のところに遊びにきて「保護者とつきあうのは本当にシンドイ」と。そこで私は言ったのです。
「教室で子どもたちに教えることだけのために、給料が払われているのではないのですよ」
「じつは、その背後にいる保護者に、きちっと説明ができるというサービス料も給料の半分くらいは入っているのではないですか」と。
 ところが、教師本位の教師ほど「子どものことは私に任せておけ。親がいろいろ言ってくるのは余計な仕事が増えるだけだ」と思っています。ところが期待や信頼を裏切ると問題が生じるのです。コミュニケーションをとるうえでの責任がある。
 日頃から、よく保護者の声に耳を傾けて、コミュニケーションを取っていれば、その教師に対して親が攻撃的に出てくることは少ないと思います。
 NHKの「ようこそ先輩」という番組がありました。教員免許のない人でも「サービス精神がある」から良い授業ができるのです。ふだんから「お客(市場)に鍛えられている」からです。
 たとえば、一流デザイナーが母校で授業をする。デザイナーの力量は、お客さんが「この人のデザインが良い」と支持してくれるからでしょう。授業も聴いてくれるお客(生徒)に理解してもらおうと考えるから、良い授業ができるのです。
 やはり授業で大事なことは、まず聴いてもらうということ。聴き手が聴いてくれなければ話にならない。聴いてくれないなら、話し手は反省しなければならない。基本的には、教えるほうが、子どもの反応を受け止めて話を進めなければなりません。
(
戸田忠雄:1937年生まれ、長野県の私立、公立学校の教師、公立高校長、信学会長野予備学校長などを歴任し、政策研究大学院大学政策研究科客員教授。XYサタデースクールネットワーク代表。専門は教育政策・学校論など。政府の審議会専門委員も務めた)

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教師の仕事に「メモ」を活かすことで、仕事が速くなり教育活動も充実できる

 教師の現実は超多忙の日々であり、毎日、アクセク働いているのに能率が上がらない。この現実の中にあって、少しでも多忙から脱出できる解決法は、教師の仕事にメモを効果的に活かすことである。ゆとりも生まれ、教育活動も充実できるはずである。例えば、
 教育ノートをつねに持って会議にのぞむ。他人の話を聞きながら要点を箇条書きにし、自分流の記号をつけて構造化し、自分の意見やアイデアを脇にメモする。それらを基にして、自分の意見を述べる。だから説得力もある。
 毎日の授業計画も、そのノートにメモし、見通しを立てたり、実践の構想やアイデアを書きつける。授業後の子どもの感想メモなどは縮小コピーをとってはりつけておく。時には、子どものノートもコピーして貼る。そのノートを見ると新聞の切り抜きなども貼られている。
 手帳も常備し、日々の予定が色分けしてメモされている。処理したことは順次消していく。従って提出物も期日通りに処理され、仕事もスピーディーに処理されている。だらだらとした仕事ぶりは見られない。他から見ていても、じつに気持ちがよいくらいだ。
 人と話をしていると、いい話題がとび出すことがある。新聞やテレビからも「あれ!」「そうか、なるほど」といったことがとび込んでくる。通勤電車でヒラメキが出ることがある。そうした身のまわりに生起する情報をメモする教師と、そうでない教師では、雲泥の差がでてくる。
 また、授業のとき「あの子がそんなことを考えていたのか」と意外に思うことがある。授業外でも子どもたちは様々な行動と姿を見せてくれる。日々子どもの発見だ。これらもまた、メモをしないとすぐ消えていく。
 教育の仕事とは、情報キャッチと情報発信の営みともいえる。この情報の受信と発信を有効に処理するのが、メモ術なのである。
 日々の授業づくり、教材準備、子ども理解もすべて、情報の収集、分析、加工によって成立する作業である。
 学級・学年経営、さらには学校経営を企画、デザインするにも過去のデータに新しい情報を付加してこそ、創造的な設計図がつくれる。
 情報収集とは、メモによる頭脳労働のことだ。必要な情報を正確にキャッチするためには、メモの手段を常に身の回りに用意しておく必要がある。洋服やカバンに、手帳とメモカードを。教室にはメモカードと教育ノートを。こうして情報収集のシステム化をはかる。
 仕事の速い教師は、時間管理が上手なのである。仕事の優先順位が常に明確なのだ。時の流れに身にまかせて生きていない。限られた時間をきちにと自己管理して、仕事をスピーディにこなす。だから時間のゆとりも生まれ、プライベートな時間もつくれる。
 授業づくり、学級づくりは、企画であり設計である。何の情報やデータのないところからは、創造的な企画は生まれない。
 企画、設計を支えるのが情報である。その情報は、メモとしてストックされていないと使うことができない。
 例えば、教科指導の年間プランを構想するとき、必要なメモや情報は
・過去の教科実践のメモ、・実践記録()、・教材プリントのファイル、・研究会で得た実践事例メモ、・他者の実践レポート、・公開授業研究会でのメモ、・教育雑誌からの実践例、・同僚から学んだ実践メモ
のようなメモや情報を参考にして、子どもの実態、自分なりの発想がプラスされて企画するのである。 
(
佐々木 勝男:1944年岩手県生まれ、元神奈川県公立小学校教師。元岩手大学教育学部非常勤講師。歴史教育者協議会所属)

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教師として、誰もが心得ておくべき基本的なこととは何か

 教師の仕事ほど手を抜くこともできれば、きりのない仕事もありません。教師の仕事で一番素晴らしいことは、成長する子どもを預かっているという点です。一生懸命に子どもに尽くした先生のことを、子どもたちは決して忘れません。これこそ教師の生き甲斐です。
 日常「私は教師なんだ」という意識と誇りを強く持って生活する必要があります。自分で選んだ職業です。実りあるものにしましょう。
1 子どもに接するとき
 子どもに接する教師は、常に明るく朗らかであること。暗く沈んだ教師のクラスは陰気で冷たいものです。また、毎日、同じ態度で子どもに接します。教師のムラ気は子どもを混乱させます。
 子どもを一人の人間として尊重し、深い愛をそそぎましょう。親にも劣らない深い愛情を注ぐことのできる教師こそ本当の教師です。子どもを共感もってうけとめるようにしましょう。 
 教師は子どもにしゃべるとき、口をしっかり開け、語尾までしっかり言いきって話しましょう。子どもの目の位置までしゃがんで、すてきな笑顔で、温かく、短く、さわやかに。どの子どもにも公平な言葉がけを心がけましょう。
 教師の感情が高ぶっているときや、忙しいときは、特に深呼吸してから、子どもに対応してください。
2 保護者に接するとき
 言葉づかいに気をつけます。正しく、はきはきした言葉で話します。余計なことは言わないようにします。わかりやすい話し方は親に安心感を与えます。要点をおさえて、わかりやすく話す工夫をしましょう。
 親の心をわかろうとします。親と共感して、子どもの成長を親と共に喜びとしていきましょう。話させ上手は聞き上手と言います。親に話を向けましょう。子どもの悪口をならべる教師は信用を失います。
3 同僚や先輩、管理職に対して
 年長の教師には、敬愛のあふれた接し方をすると、あなたの人格が光ります。
 仕事の報告・連絡・相談(ほうれんそう)を確実にする。指導・助言を受ければ、お礼の言葉を言って、実践で示す心がけを。教えられるのを待つより、教えを請い、自ら求める意欲を。われ以外みな師なり、真似しよう。
 同僚から愛される教師に。明るく率直で、素直、活力あふれる行動。注意されたことに感謝する謙虚さをもちましょう。
 人間の縁を大切に、一期一会は教育の世界にいればこそ大事にするように。
 学校というところは、いろいろな宴会のあるところです。酒の飲み過ぎで、くずれたりして昔から酒で失敗した人がたくさんいます。自分の飲める量を自覚し、品性を失わず、ふだんと変わらぬ態度でいられるようにしましょう。
 街の酒場で教師同士、仲間や管理職の悪口は厳に慎むべきことです。周囲には、どんな人が聞いているかもしれません。他の人のひんしゅくを買うような言動はやめましょう。
4 地域の人々
 地域の人は教師を見ています。どんな教師が来たか。常識があるか、実践力はあるか、地域をどう見ているかと。
 地域の教育力はボランティアの人たちでささえられていると言えます。お礼の言葉を忘れずにすると、地域の学校への理解が強まります。
 地域の人々に対する言葉づかいは、ていねいでなくてはなりません。保護者ではないからと、つい安心して、ぞんざいな言葉づかいをすると、すぐしっぺ返しを受けます。丁重であるに越したことはないのです。
5 家庭訪問
 教師のしっかりしたあいさつ、ていねいな対応は人格の表現です。気をつけたいことは、親しみやすい服装、話し方です。
 家庭訪問では、聞き上手な訪問者になろう。「おうちでどんな遊びをしていますか」「お友だちは」とか、家庭生活をそれとなく聞き出す。「今、困っておられることはありませんか」と希望を聞き出す。
 子どものよい点をほめるとき、他の子と比較した言い方は、教師の信頼を失わせます。当人だけのことを話し、他の子どもの話を言わないようにします。
 子どもの個性を認め、子どもの好きなことを聞き、学校で「伸ばしてあげたいと思っています」と言って教師がサポートし、子どもに意欲をもたせるようにする。
6 電話の応対
(1)
電話を受ける
 電話を受けるとき、あなたは学校の代表者です。誠実で確実な応対を。誰からか、わからない電話のときは、笑顔でさわやかに「はい、○○小学校です。お世話になっています」と、活気のある声で話します。明るい学校の印象が伝わります。
 
「○○は、ただいま授業中でございます。ご伝言でよろしければ、伝えます」と、伝言を頼まれたら、メモで確実に伝えます。学校の信用にかかわります。
 問い合わせは、教えられない場合があるので教頭の判断を仰ぎましょう。
 抗議の電話がかかってきたら、話の腰を折らないで十分に話を聞き、教頭に報告します。「では、すぐお宅へ伺って、お話をお聞きいたします」「十分指導し、再度ないようにします。指導の結果をお知らせします。よろしかったら、電話番号とお名前を・・・・」と、迅速に対応するようにします。
(2)
電話をかける
 電話をかけるときの言葉づかいはふだんより丁寧にします。顔が見えませんから、意思が通じにくくなっています。誤解を生む表現などは特に気をつけましょう。威圧的や押しつけになってはいけません。
7 あいさつ
 朝の元気のよいあいさつは、人の心も自分の心もすがすがしくします。だれでもできる簡単なことです。こちらから先に声をかけるとよい。だれにでも、大きな声ではっきりと。笑顔があればさらにすきです。「おはようございます」の次に続ける言葉を工夫しましょう。
 退勤時には「お先に失礼します」と、ひと言あいさつして帰りましょう。帰る教師からあいさつされたら「お疲れさまでした」とあいさつを返しましょう。
 その日、特にお世話になったら、帰りのときに「お世話になりました。ありがとうございました」と、お礼を言いましょう。
 礼のあいさつの仕方は
(1)
立礼のあいさつ
 男子の場合、中指をズボンの縫い目につけ、足はかかとをつけ、つま先を少し開いて立つ。一度相手を見て、首はまっすぐにし、腰のところでくの字に曲げて礼をする。
 女子の場合、足をそろえて、手は前に、首、背中は自然に丸く曲げて礼をする。体を起こした時は、手は元の横に戻す。 
(2)
座礼のあいさつ
 手はひざに置く。畳に手を置き、人指し指と親指で正三角形をつくる。指の三角形の中に額を入れるように頭を下げて礼をする。
8 子どもの事故
 子どもの事故防止で大切なことは、予測をたてて、事前に指導することです。もし予測がたつのに指導していなかったら大きな責任になります。事故防止のため、くり返し指導しなければいけません。
 子どもがケガをしたときは、同僚に助けを求め、まず保健室に連れて行き養護教諭に応急手当をしてもらいます。病院へ行くようなケガのときは、まず子どもを救う方策をとります。管理職に報告し、親にも連絡します。親に引き渡した後で必ず家庭訪問し、お見舞いに行きましょう。
 管理職への報告は、真実に基づいて報告することです。校長は報告に基づいて教育委員会へ報告します。重い事故の場合、指導いかんによっては、教師に責任を求めるケースもあります。
9 教師の病気
 ふつうの病気の場合、年次休暇をとって完治するのを待ちます。授業やクラスのことを学年や管理職等によく頼んでおきます。
 産休は、産前産後の休暇がとれます。手続きをしたり、補助教員を探したりする時間がかかります。妊娠を確認したら、早めに申し出るようにしましょう。
 病気が長引くと、年次休暇では処理できません。病気欠勤になります。診断書も必要ですし、代替教員が必要になります。早めに報告しましょう。
(
中嶋公喜:小学校校長、東京都学級教育研究会会長を経て顧問)

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子どもたちの記録を取ると、思わぬ発見があり、子どもの変化が面白くイライラしなくなり、次の手が閃き教育が面白くなる

 子ども一人ひとりの記録を取りましょう。その方法はいろいろあります。その場でその子を見て思ったことを座席表(B4版)に授業後に書くと記憶が薄れないうちに書くことができる。これなら楽です。寝る前に思い出して書く。これはかなり厳しいです。
 子ども一人ひとりの記録を取るのは、最初は難しいものです。放課後、子どもがいなくなった教室で記録を書くと、書けない子がいるのです。5人くらいがどうしても思い出せません。自分を責め次の日、その5人の子どもと遊びました。このようにして毎日挑戦して、2週間たつと、一人残らず記録できるようになりました。
 
「授業の記録にそんな意味があるんですか?」と記録を取らない人は言います。記録を取ると、思わぬ発見があるのです。それが大切なのです。記録を取ると、子どもの変化がおもしろくなって、多少のことでイライラしなくなります。そして、見たことを、次の手を打つために使うんです。
 たとえば、授業の準備です。「どうして準備しないの!」と怒ってばかりいませんか。怒るよりも、子どもを見てみましょう。筆箱を出している子が何人いるか、数えればいいんです。「どうして、あの子は筆箱を出さないのかな」「指示されても出さいな」「じゃあ、どうする」と、次の一手を考えるようになるんですね。
 私の場合、その子の筆箱を先に出しておきますね。それを続けます。そのうち「何で出てるんだろう。あっ、先生か」と先生の顔を見ます。その瞬間にこっとします。自分で出すまで続ければ済むことです。これが個別指導なんです。
 実践する中でいろいろ見えてきます。それって楽しくありませんか。私は楽しいですね。もう20年以上やっていますけど、飽きません。「よーし、次はこうするぞ」と考えるのが楽しいのです。そのうち、子どもに響く「次の手」がぱっとひらめくようになります。一度この味を覚えると病みつきになります。教育はおもしろい。
 すべては「子どもを伸ばす」ために、力を集中しましょう。教師の力量が上がれば、不可能なことが可能になります。驚くほど子どもが伸びます。
 そのためには、教師が活き活きすることです。学級がよくなるかどうかは「教師が活き活きしているかどうかにかかっている!」と思います。いつも疲れている、難しい顔をしている。こういう学級は停滞していますね。
 私の知りあいは、活き活きしている人が多いです。楽しくてたまらないという様子なのです。こちらまで楽しくなります。子どもたちも楽しいに違いありません。「たのしい」というオーラが出ているのです。それが子どもに伝わります。
 私も同様です。楽しくて楽しくて仕方がありません。今また「こうやろう」「ああやろう」とわくわくしています。自分が努力した分、子どもがよくなります。工夫すれば、子どもがよくなります。教師次第で、子どもはよくも悪くもなるのです。
(
杉渕鉄良:1959年東京生まれ、東京都の小学校教師。「教育の鉄人」と呼ばれる実践家、子どもを伸ばす為に命をかける熱血教師。ユニット授業研究会代表。その実践スタイルは全国の教師、保護者から支持を受ける。2003年夏、日経スペシャル「ガイアの夜明け」に出演。PHP「VOICE」や、経済誌「プレジデント」での教育シリーズに取り上げられ、各方面からの注目も高い。ユニット授業、10マス計算、表現読み、指名なし発言など、子どもの可能性を引き出すため、さまざまな工夫を凝らした教育実践を行っている)

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教師の仕事は子どもたちや保護者から激しい攻撃を受ける感情労働者である、どうすればよいか

 子どもの指導、保護者とのコミュニケーションを考えれば、教師の仕事はまちがいなく感情労働者であるといえるでしょう。
 感情労働においてやりとりされる感情には、その職業にふさわしい適切な感情が想定されていて、それから外れる感情の表出は許されません。それによって能力が評価されます。
 たとえば、客が店員に対してどなり声をあげても、店員は自分の感情を極度に抑えて対応しなければならないのと同様、保育士は心身ともに疲れていても、小さな子どもに対してイライラした感情をぶつけることは許されないでしょう。
 学校の教師にも感情規則はあります。疲れていても、朝の会で子どもの前に立つときには気持ちを切り替えて、笑顔で子どもたちを出迎えることが感情規則としては求められています。保護者が担任にどなり声をあげても、同じように感情的になることは許されず、あくまで冷静に対応しなければなりません。そのような感情規則にきちんと従っているかどうかを管理職から評価され、感情に対する管理統制がいっそう強化されてきていると言えるのではないでしょうか。
 それだけに、感情労働が心身に及ぼす大きな影響を十分に自覚していなければ、バーンアウト(燃えつき症候群)に追い込まれてしまう危険性が急激に増大するのではないでしょうか。
 保護者から向けられてくる激しい非難や攻撃をすべて教師自身の非や責任として受けとめるのではなく「保護者が今、自分のなかで抱かえきれない生きづらさをこうして出しているのだな」と教師が理解することで、保護者と適切な距離をとって自分を守ることが必要になってきます。
 あるいは、教師が「いま、私は保護者の生きづらさや精神的葛藤の邪気をいっぱい吸いとってあげているんだ。いい教師だなあ」という開きなおることが必要なときもあるかもしれません。
 現代社会のなかで生じる人びとの生きづらさや傷つきは、しばしば他者に対する怒りや憎しみとして表出されています。今日、子どもたちだけでなく、大人自身もしばしばお互いに孤立分断され、生きづらさを抱かえこまされているだけに、お互いの弱さと生きづらさを表現しながら、そこから「つながり」の契機を築いていくことが何より重要になってくるのです。
 学校現場に向けられる、子どもたちや保護者の激しい攻撃の、もう一歩深いところにある生きづらさや葛藤に共感的に応答されていくとき、それが確かな「つながり」を築いていく力にもなり得るのです。そのような「つながり」を教師と保護者とのあいだに築いていくことが、今、切実な課題となっているのです。
 しかし、理不尽な要求をしてくる保護者が抱かえている生きづらさや葛藤を共感的に理解して、保護者との信頼関係を深めていけるようすることが、教師の心理的負担を生み出し燃えつきてしまう危険があります。
 そのために、まずは教師たち自身が自分をしっかりと大切にし、ケアしていくこと、教師同士がお互い直面している傷つきや葛藤を表現しあい、サポートしあえる関係性を築いていくことが「共感疲労」に追いつめられないためにも必要不可欠になってくるのではないでしょうか。そのようにして、お互いの「つながり」のなかで自分自身をしっかりとケアし、人間的尊厳性を守り続けていくことが大切です。
(
楠 凡之:1960年大阪生まれ、北九州市立大学教授。専門は臨床教育学、家族援助論。全国生活指導研究協議会研究全国委員、日本生活指導学会理事(研究委員長)、北九州子育て支援と子ども文化ネットワーク代表)

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年々、子どもや親の質が悪くなってきている

 教師になって20年。この間に、私が感じている変化のひとつは、年々子どもの状態が悪くなっているということです。最近の子どもは、徐々につかみどころがなくなっているように感じます。態度を育てる教育も、きちんと子どもの内に根つくまで、以前よりも時間がかかります。
 年々、親の世代の質が悪くなっているのです。親の世代が悪くなれば子どもも変容してきます。
 私たち教師、大人が肝に銘じておかなければならないのは、私たちがいま教えている子どもはやがて日本を支えていく世代になるということです。教師は「明日の日本」を育てているのです。
 いま最も必要な改革は、子どもたちを正しく育てること。私の言葉でいえば子どもたちを「自立型人間」に育てていくことが、将来の日本をつくっていくことになるのです。そのためには、制度の改革だけでは不十分です。教師の質を上げなければいけません。
 教師の質を上げることは、子どもたちの質をあげることにつながります。子どもたちの質を上げれば、日本という国の質を上げることになるのです。教師が変われば日本が変わる。
 理想を掲げ、志を持って一歩を踏み出せば、個人のレベルでも変えることはできます。特別な力や地位がなくても、できることはいくらでもあるのです。
 本気になった教師による、本気の教育こそが、いま求められているのです。
(
原田隆史:1960年大阪府生まれ、大阪市立中学校教師(20年間)、教師塾主宰を経て原田教育研究所社長、埼玉県教育委員。大阪市立松虫中学校を態度教育・価値観教育・自立型人間育成教育により建て直し、陸上競技では7年間で13回の日本一を達成した)

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教師も子どももメモするくせをつけよう

 生意気なことをいうくせに、とんちんかんなことをしている若い教師たちがいる。どうしてこうなのかと校長が観察をしてみたら、そういう教師は、メモをする癖がない。
 今の学校は、いろいろな情報を処理しなければならない。記憶力のよい人でも間に合わない量である。
 校長の話によると、学校で問題や事故がおきたときなど、メモしているかどうかで全く違ってくるという。事故の状況や、事後の処理などをメモしておくことが、事故のその後の対応や報告などにものすごく大切だと強調されていた。子どもに注意したことなども、メモしていないと注意したことにならないともいわれていた。
 教師は、授業の記録や子どもの記録も必要である。メモできない人は、記録は残せない。記録の残せない人に、子どもの過去・現在をみつめたよい指導は期待できない。
 わたしは人並みの記憶力はあると思っているが、記憶ほど信用にならないものはないことを何度も体験した。だから、「メモ魔」といわれるようになったのである。学級・学年・学校のことを、その都度メモし、毎年大学ノートにまとめてきた。
 わたしは、自分がメモするだけでなく、子どもにも、メモする癖をつけてきた。
「おたよりノート」は、メモの代表的なものである。つぎのようなことを書かせる。
(1)
その日のできごとを可能な限りくわしく書かせる。
(2)
世界の主なできごとを書かせる(これは、後でどんなことがあった日かわかり、とても役立つ)。
(3)
天気の様子を子どもの動きと関連づけて書かせる。
(4)
あすの予定やもってくるものなどを書かせる。
(5)
保護者への連絡も書かせる。
(6)
その日に気づいたことを書かせる。
 こういったことを書かせているうちに、子どもはメモする癖がついてくる。これは、子どもにとっても幸せなことだと思っている。
(
有田和正:1935年生まれ、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授を経て,東北福祉大学教授。教材・授業開発研究所代表。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、授業の名人といわれている)

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教師は自分が傷つくことを恐れていてはなにもできない

 教師になる人は、まじめな「いい子」で通してきたようなタイプが多い。
 そういう人間は、あまり他人から批判されたり叩かれたりした経験がないので、打たれ弱いところがある。
 しかし、何か批判されるたびに落ち込んでいたら、教師は仕事にならない。
 子どもたちは平気で教師に批判の刃を向けてくる。ともかく、自分が傷つくことを恐れていてはなにもできないのが教師という仕事だ。
 子どもたちの未来を築くために、人生を丸ごと投げ出す勇気と覚悟のある人間を、今の教育は求めているのである。
(
義家弘介:1971年生まれ、中学生で不良と呼ばれ高校中退し家から絶縁される。里親の元で大学を卒業し、塾講師、北星学園余市高校の教師になりドラマ化され評判となる。横浜市教育委員、教育再生会議担当室長を経て国会議員)

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