カテゴリー「学級の荒れ」の記事

なぜ、クラスが荒れるのかその原因とは、どうすればよいか

 荒れているクラスの教師は、問題が起こる度に「それは子どもが悪い」と子どものせいにします。否定された子どもは心を開かず、不信感を持ち、態度・顔つきに出ます。
 落ち着いているクラスの教師は、問題が起こると、まずは自分の指導を振り返り、子どもにかける言葉をかえてみます。子どもが教師に認められたと「プラスに解釈」するような言葉に変えてみるとよい。
 優し過ぎる教師のクラスは荒れます。
 子どもに甘いのです。子どもはそれを見抜き、あれもこれもと要求するようになります。「甘さ」を訂正しても「何で、さっきはいいと言ったじゃない」と納得しません。
 そこで、子どもの要望の発言を繰り返して受けとめ、気づかせます。「それで?」と問いかけ「次は・・・」と行動を改めるように話かけます。
 例えば、授業が始まったとたん「トイレに行っていいですか?」と言ってきたときは、
「授業が始まったばかりだけど、トイレに行きたいんだね?」
「次は、休み時間にトイレに行ってね」
 子どもに一言、釘を刺したわけです。「今までの先生とは違うぞ」と教師の変化を感じます。
 厳し過ぎる教師のクラスは、子どもを抑圧するので、荒れにつながります。
「自分のやり方は正しい」と確信しているので「先生の言う通りにやりなさい」と子どもたちを従わせようとします。
「悪いのは子ども」と思っているので、「いつも怒ってばかり」と反発心が募ります。
 厳し過ぎる教師は自分が言う通りにすれば、うまくいくことを知っているので結論だけを子どもに伝えようとします。子どもが反発するのは、言葉が足りないからです。
 厳しさの中に説明を加えて、そのことの効果を示すと、子どもは先が見えるので、子どもたちは指導を受け入れます。
 自分のやり方にこだわる教師のクラスは、荒れ始めます。
 子どものペースに合わせて臨機応変に対応する教師のクラスは、安定した日々を過ごすことができます。
 子どもたちが新しい教師のやり方に納得できるかどうかの基準は、これまでの子どもたちの経験です。納得できれば受け入れ、そうでなければ不満となります。今までのやり方と新しいやり方を試していくとよい。
 クラスの荒れのもとになっているストレスを抑えようとしてはいけません。それよりも、上手にガス抜きをさせることが肝心です。
 それには、子どもの行為の良い場面だけに注目します。そうすると子どもは徐々にストレスへの処し方がわかり、自分で自分の行動をコントロールできるようになります。
「笑う門には福来る」ということわざがあります。
 そこで、子どもたちが毎日登校する楽しみを提供してみます。私のクラスでは毎朝、リレーとカルタを行っています。
 リレーは、メンバーをある期間固定して行います。順位よりも記録の伸びに注目させます。成長に目を向けさせ、新記録が出ると、仲間と喜び合い笑顔が出ます。出ないときは、仲間と対策を考えます。
 カルタは二人一組で対戦し、勝つと上の班に昇格し、負けると下の班に降格します。勝つ秘訣は、反応の良さとカルタを覚えることです。
 カルタの勝利は個人の喜びですが、相手をしてくれた友だちに感謝する気持ちが芽生えます。負けると悔しいのですが「次回の対戦者はAくんか、彼には負けないぞ」と友だちに関心を持つことができます。
 真剣勝負だから、子どもたちは燃え、楽しさを味わい、みんなで共有することができるのです。
 なお「楽しむ」には条件があります。「ルールが簡単「準備・片づけが簡単」「結果が次回へのモチベーションになる」の3つです。
(城ケ﨑滋雄:1957年鹿児島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会、不登校対策教員として不登校児童と関わる。荒れた学級の立て直し、小学校教師として教育情報雑誌「OF」等で情報発信している)

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新任教師が学級経営に行き詰まり、精神的に追い詰められていったが、どのようにして前向きな気持ちを取り戻したか

 ある新任女性教師が、小学校4年を担任しました。
 それまでの2年間は非常勤講師として、いくつかの小学校で勤務していました。授業を「やりにくい」と感じたことはなく、不安はありませんでした。
 初めて不安に襲われたのは4月の保護者会でした。
「先生は、初任ですよね。授業の進め方については、指導を受けているのですか?」
「子どもが言うことを聞かないときは、どのように注意されるんですか?」
 保護者からの質問に言いよどむと、同席していた学年主任が助け船を出してくれました。
「学年で協力しながら指導に当たっています。だから心配なさらないでください」
 学年主任の言葉に保護者も安心し、その日は何とか乗り切りました。
 クラスに、中学受験を考えている子が数人いました。その中の一人A君は塾のテストでいつも高得点を取っていて、授業は遊びに思っている節があります。
 教師を出し抜こうとするA君の振る舞いに、少しずつ一部の子どもたちが「カッコイイ」と、同調するようになりました。
 すると、ますます調子づいたA君は、少しずつ授業中も好き勝手に振る舞うようになっていきました。
 ある日、新任教師が授業中にふざけたA君を注意したところ、その不満を母親にぶちまけたのです。
 話はA君の母親から他の保護者へと広がり、保護者たちから管理職に
「クラスは、落ち着いて授業を受けられる状況にない」
との苦情が寄せられました。
「頑張ってやっていると思っていたが、実はそんな状態だったのか」
 指導教官や校長は驚きました。そして、事態の収拾に向けて動き出しました。
 翌日から、給食時間には、専科の先生も一緒に入りました。また、学級活動は、学年主任のクラスと合同でやることになりました。
 そうした支援が次々と行われ、学級が落ち着きを取り戻す中で、新任教師の気持ちは逆に委縮していきました。
 ベテランの先生方の指導を見るにつけても、一人できちんと指導できない自分が情けなかったのです。
 表情のすぐれない新任教師を見て「自信をなくしているのではないか」と、管理職は気がかりでした。
 管理職は新任教師を呼ぶと、最近のクラスの状況について話し合った後、管理職が初任の頃の失敗談、先輩や同僚の助けを借りた話などを伝えました。
 新任教師は話を聞くうちに表情がほぐれてきました。
 管理職は、教師向けの相談窓口を利用して気持ちを整理してはどうかと提案しました。
 教師向けの相談窓口を訪れた新任教師に
「先輩教師と同じようにできないことを、気にし過ぎて、焦っているように見える」
「仕事は知識だけでなく、経験を通して見えてくるものが多い」
「そのことを受け入れられないために悩んでいる」
 ことを指摘しました。
 また「こうあらねば、ならないと思い過ぎて、自分を追い込んでいるのではないか」とも伝えました。
「比べるなら、人と比べず、過去の自分と比べず、過去の自分と比べたらどうでしょう?」
と、言われた新任教師は、着任からこれまでのことを振り返りました。
 4月よりも、やれることが着実に増えている自分に気づきました。
 翌週からは、少しずつ前向きな気持ちを取り戻していきました。
 その後も困難に直面しても、その都度、自分で精一杯努力すると同時に、時には、泣きながら先輩に相談したり、相談機関に飛び込んだりしました。
 そして、何とか年度末までこぎつけたときには、1年前より教師としても成長していました。
 新任教師は、一人で抱え過ぎず、困ったら必ず誰かに相談することを、心がけたいものです。
(真金薫子:東京都教職員互助会三楽病院精神科部長、東京都教職員総合健康センター長、東京医科歯科大学臨床教授)

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学級が荒れ・崩壊したときの経験は必ず生きる、自分なりの実践を創造していくうえで貴重な経験となる

 学級が荒れたときの精神的な苦痛は、他の仕事と比較にならないほど大変なものです。
 子どもたちから「うるせー」「ボケ」「死ね」などという暴言を浴びせられることだって少なくはなく、ときには小学校においてさえ、子どもから暴力を受けることだってあります。
 その屈辱たるや、おそらく想像しがたいほどだと思います。
 授業中立ち歩いたり、四六時中おしゃべりがあり、授業妨害などがあれば、教師としての自信が急速に失われていきます。
 疲れきって、退職を余儀なくされる教師も見られるのは、そのためです。
 それでは、荒れ、崩壊した学級を担任したとき「教師にとってプラスになることはないか」と言えば、けっしてそんなことはありません。
 大変な学級をもつことで、見えてくることも少なくないからです。
 むしろ荒れた子どもたちと接することが、指導力をアップしていくきっかけになることも事実です。
 自分の実践の問題点も浮き彫りになることもしばしばあり、教育観や子ども観を深める機会になることも多いものです。
 そういう意味では荒れた子どもたちと出会うということは、教師が従来の指導の枠や固定観念を崩し、新たな成長を遂げていく時期でもあるのです。
 それは、教師が子どもと教育を再発見する旅立ちでもあります。
 自分の感覚、感性をもとにつかんだものは、本を読んで学んだことと違い、自分なりの実践を創造していくうえで貴重なものです。
 ひとつの発見が実践を豊かにしていく場合が少なくありません。
 私がこれまで、何度か荒れた子どもたちを担任する機会がありましたが、その中で得たことの一つは、度胸がついたということです。日常の実践では重要な意味をもつものです。
 私の場合、荒れた学級を担任した経験によって度胸がつきました。
 度胸がつくと、教師が子どもたちに同じことを言ったとしても、教師のまなざしや顔の表情などの微妙な違いが生じ、子どもたちの受け取り方はかなり違ってくる。
 度胸は実践が困難なときであっても「なんとかなるさ」という思いにさせてくれます。余裕を生むのです。
 ああ、どうしようという焦りを緩和する役割を果たします。必要以上のストレスを防いでもくれます。
 冷静に判断することが可能になり、管理主義的な対応を避けることができるのです。
 このような教師の姿勢は、子どもとの信頼関係をつくっていくうえで不可欠です。
 学級が荒れた場合には「なんとかなるさ」という思いになれるかどうかは、かなり重要なことです。
 荒れをくぐり抜けることで、度胸はつくられていきます。
 一回や二回クラスが荒れてどうしようもなくなったとしても、長い教師生活からみれば、決して無駄なことではないのです。
 人間の心理は複雑です。子どもの心理も複雑です。教育という仕事が毎回毎回うまくいくなどと考えること自体が、そもそも無理なことです。うまくいかないからと言って、落胆ばかり必要はないように思います。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師、北海道教育大教授を経て松本大学教育学部教授。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う) 

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中学校の学級が荒れ崩壊したときに、先輩教師の親身になったアドバイスに救われた

 私は支援学校を4年勤務し、中学校に転任して1年生の担任になりました。
 学校がかなり荒れていました。注意すると屁理屈をこね、あきれて黙ると「勝った」と大騒ぎ。
 次第に私の指導が入らなくなり、周囲の生徒の失望感になっていることに気づきました。
 私は班編成や行事の取り組みなど、生徒の意見を聞いてみようという立場でやっていました。
 私は、生徒を好き勝手にさせているつもりは全くなかったのですが、私自身、生徒を深く観察する目がなかったので、現実には生徒に押されていました。
 生徒たちの意見を取り入れるどころか、発言力のある子、押し出しの強い子のペースでクラスのことが決定されていきます。
 私は、私の思いとは別な方向にクラスが向かっていることに焦りました。具体的にどうしたらよいかわからない状態でした。
 朝、教室のドアを開けると、積まれた机や椅子が崩れ、チョークが飛んでくる。
「先生失格、早くやめろ。あたしたちは、小学校の先公も辞めさせたんだから」
「てめえなんかに用はねぇんだよ、死ね」
「顔が気持ち悪いんだよ、担任かわれ」
などの暴言の嵐。注意すれば
「うざってぇんだよ」「なんで俺ばっか注意するんだよ。ひいき、ひいき。教育委員会に訴えてやる」
と、その生徒のまわりに、はやしたてる生徒が加わります。
 生徒を叱りながら、私の膝が本当にガクガク震えます。
「きみたちのやっていることはおかしいよ、どうして」
と言いながら、毎日泣いていました。
 このひどい状態をどうするか、私は本や講演会を参考にして、私なりにやってみました。
 教室に入る時は笑顔でとか、生徒の登校時に教室が整理整頓されているようにとか、休み時間はなるべく教室にいようなどです。
 しかし、やればやるほど自分がみじめに、空しくなっていくのでした。
 私が笑顔で教室に入ったとき、生徒のイタズラで机が滑ってきて私に激突したらどんな顔をしたらいいのでしょうか。まるでピエロです。
 休み時間に教室に残ることほど怖いものはないのです。何かしよう、言ってやろうと生徒が手ぐすね引いて待っているのですから。
 私を支えていたのは「こんなのおかしい。負けてたまるか」という憤りでした。
 しかし、だんだん「どうでもいいや」という気持ちになっていきました。職員室でも毎日泣いていました。
 二学期になると、朝起きたとき、全く声が出ず、欠勤するようになりました。
 心配したM先生が同期の友人に「気晴らしに誘ってやったら?」と言ってくれたので、友人と夜飲みに行きました。他の若い仲間も来てくれて元気が出ました。
 私の副担任はベテランの男の先生でした。私が立ち往生していると、代わって叱ったり説明したり、熱心にカバーしてくれました。
 しかし、副担任の先生が助けてくれればくれるほど、私の立場は悪くなり、底なし沼に入っていくような感じがしました。
 M先生たちの助言は具体的で本当に私を支えてくれました。やってみようという気持ちになりました。例えば
 ある朝、職員の打ち合わせで「今日は学活の席替えと、委員の選出と、今学期の目標です」と指示されたとき、M先生に
「この順番でやってはだめよ。一番に、黙ってやれるもの。二番に、口を使うもの。最後に体を動かすものよ」
「一度、生徒を動かしたら、落ち着かなくなって、集中しにくくなるからね」
と言われました。
 こんな簡単なことだったのかと思うほど、やりやすかったことを鮮明に覚えています。これが「技術」と呼ばれるものだったんだ、と思いました。
 また「生徒が誰も私の話を聞いてくれない」と私が泣いていたときは、A先生に
「何となく全体を見渡して話していない?」
「後ろの端から、一人ずつ順番にしっかり見てごらん」
「必ず目が合う子がいるから。そういう子が一人でもいたら、その心に答えなくちゃ」
「こんなのおかしい、嫌だって思っている子、いるはずよ」
 そうやったら、見ているのです。話を聞いてくれそうな生徒が。
 また、A先生はつぎのような助言をしてくれました。
「悪いことを見て見ぬふりはだめ。自分が今できることをやればいいのよ」
「必ず一声かけるのよ」
「生徒がうるせえな、と突っかかってきても立ち止まらなくいいから、穏やかに、でもあきらめず必ず声をかける」
「そういうジャブがだんだん効いてきて、話が入りやすくなるのよ」
 この実践はかなりつらいものでした。しかし、うまくはできなくても、やっていることは生徒全員が見ています。
 また「叱るとき、いつもわかりましたと言わせる必要はないのよ。考えてみてね、と終わらせる方がいいときもあるでしょ」
 そして、保護者との話し合いがうまくいかず、悩んでいると、
「子どもの悪いところを並べられたら、親もいい気持ちはしないでしょ。親はどうしたらいいか困ってることが多いのよ」
「お母さんも大変だと思いますが、子どものために一緒に頑張りましょうし言ってごらん」
 また、つぎのようなことも教わりました。
 生徒の投げやりな態度には愛をもって、屁理屈にはユーモアと、皮肉も混ぜて、時には熱っぽく、時にはサラリと、あきらめず何度でも話します。
 それはまさに、ものの見方、考え方を教わったことでした。
 M先生たちは生徒に「自分は見捨てられなかった」という思いを心に残したい。
 この子が社会に出るのに、今どんな力が必要か、どういう人になってほしいか、人として大事なものは何か、それをあきらめずに言い続けようとしていた。
 それには、私自身がどういう人間になりたいか、何を大切にしているかを考えないといけない。
 自分の思いをどう伝えたら相手にわかってもらえるか、いろいろやり方を工夫しないと。
 など、私はそういうM先生たちの言葉や、さまざまな場面を想定しての言葉を、聞いたり自分で考えたりしてノートに書きとめ、何度も何度も、せりふを覚えるように声を出して練習した。
 結局、最後は、自分の人間としての姿勢を問われているのだ。ごまかしはきかない。
 私がつらさを乗りきれたのは、苦しい時に、感情をそのまま受け止めてくれる何人かの人々に出会えたおかげです。
 また、同世代の仲間にもずいぶん助けられました。同じ悩みの人と話すと、自分を客観的に見やすくなります。
 また遊びや趣味など、仕事と全然関係のない話で盛り上がれると、気持ちが開放されます。
「独りぼっち」と思ったとき、勇気をだして、こちらから声をかけてみませんか。自分が困っている時こそ、痛みが共感でき、助け合えるチャンスかもしれません。
 私は人に助けられたので、困ったときには手を差し伸べ、支え合いたいと思っています。
(
東京都公立中学校教師)
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表
)

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子どもとの関係がぎくしゃくした新採教師の余裕のない息がつまる授業を参観して思ったこと

 新採教師の授業を参観しました。
 小学校1年国語の授業で話すこと・聞くことの教材文「みぶりでつたえる」を読み取るのに「ジェスチャー大会をしよう」に作り変えて実践していました。
 つまり、楽しく、しかも意欲的に学習できるように工夫しました。
 ところが、残念ながら、子どもと先生の関係が、ぎくしゃくしているのです。
「円になって、やってみよう」と先生が言っても「いやだ」という子が何人もいてびっくりしました。
 そんな中、一人の女の子が「ちゃんとやんないと、いけないんだよ」と促して、ようやく男の子たちが動いて授業が始まりました。
 私が新採のときの授業を思い出しました。一人、言うことを全く聞かない子がいたなあと、苦い思い出がこみあげてきました。
 先生は笑顔がありません。思いつめた顔をしています。
 私には、その先生が心の深いところで絶望し、疲れきっていて、子どもたちの行動を怒っているように感じられました。
 私も当時はきっと、そういう余裕のない顔になっていたに違いないと思いました。
 参観している私も、息が詰まってくるような授業でした。
 いくつかの身振りを、代表の子に、やってもらったのですが、それに対して、何人かの子どもたちが「へただ」などと言うのも、びっくりしました。
 先生が、やってくれた子どもたちへの拍手も、ねぎらいの言葉かけ一つしないのにも、びっくりしました。
 毎日が辛いだろうなあと、感じました。先生と子ども双方が疲れています。
 あきらめずに、子どもとのよい関係を授業の中で作っていってほしいと、祈らずにはいられませんでした。
 できたら、拍手をし、いいことをしたらほめる、ということをするといいと思いました。
 やっていいこと、悪いことを示し、いいことはいい、悪いことはいけないと教えていけばいいのではないかと思いました。
 何でも、少しでもできたら、ほめていけば、逆らっていた男の子たちも、少しずつ、変わっていくと思うのです。
 おとなしい子に目をかけて、いっぱい話しかけたり、遊んだりして、なかよくなっていけば、あったかい雰囲気ができてくるのではないかと思いました。
 授業の技術などは二の次です。一人ひとりを大事にした、あったかい雰囲気を作っていって、この先生が楽しく笑顔になっていけば、子どもたちも自然と変わっていくことでしょう。
 道は遠いけれど、全身全霊をこめていけば、少しずつよい方向に向かっていくことでしょう。
(
卯月啓子:1949年東京都生まれ、元公立小学校教師。NHK教育テレビ「わくわく授業 卯月啓子さんの国語」(2002)で好評を得る。「卯月啓子の楽しい国語の会」代表。現職教員のための国語教育研究会の常任講師を務め、後進の指導にあたってまいる
)

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ボスに勝つにはどうすればよいか、荒れたクラスを立て直す第一の方法とは

 授業中にボスが勝手に出て行って、戻ってきたときこそ取り上げるべきです。
「今、授業中ですよ。あんたは勝手に出て行った。今度は、先生に言いに来なさい」
「そんなのうるせーな、いいじゃねーかよ」と言うかもしれません。
「いや、いけません。授業中ですから、行くんなら先生に断りなさい」
「いいよ、ケチ」
「じゃ、きみがいいって言ったから、いけないと思う子、手を挙げてごらん」子どもだから半分くらい手を挙げますよ。
「この子が言っていることがいいと思う人、手を挙げてごらんなさい」仲間が何人か手を挙げます。
「そう、授業中に先生に黙って出てもいいって子が何人かしました。先生はとっても大事な問題だと思いますので、これから学級通信を書きます」
「〇〇くんとか、△△くんとかは、正しいと言ったので、ちゃんと名前を書いて意見を書きます。ですから、〇〇くん、意見を言ってください。本心ですか?」〇〇くんは、しょんぼりした。
「勘違いだったのね。勘違いなら、もう一回聞きます。授業中に先生に断りなく勝手に出ていった。このことが悪いと思う人、手を挙げてごらんなさい」わーと手をあげますよ。
「いいと思う人、手を挙げてごらんなさい」
 その子は、手を挙がった方を見ないかもしれない。さいなまれるんです。
 けんかはこうでなくちゃいけないんですよ。
 そういうことを一つ一つやるんです。今、言った、たった一つのことを突破すれば、半分は従います。
 荒れたクラスを立ち直らせるのは、教師の統率者の自覚です。必ず勝つ。
 そして、授業が楽しい。授業が楽しくおもしろければ、いつの間にか、だんだん、じわじわ効いてきます。
 第一は、授業ですよ。授業がおもしろくて楽しいことですよ。このおもしろくて楽しいこと抜きに学級を立て直すなんてないです。これはもう第一条件ですね。
(
向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる
)

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私の教師人生の最大の失敗から学んだこととは、失敗をどう乗り越えたか

 学級活動を軸に学級づくりのスタイルが自分なりに確立してきた教職10年目に5年生を担任した。
 係活動や学級会を重ね、1学期の終わりには学級のまとまりが出来てきた。
 2学期の学芸会で一人ひとりの個性を生かした「オズの魔法使い」を演じ、大好評だった。学級も大盛り上がりで、しばらく興奮状態が続いていた。
 子どもたちと共に学芸会を作り上げてきたのだから、子どもたちと心が通じ合っていると私は油断していた。
 それは、ほんのささいな、私と女子との会話から始まった。
 A子との会話の中で、A子の大ファンの野球選手のことを茶化してしまった。私自身は冗談のつもりだったのだが、A子はずいぶん腹を立ててしまった。
 そして、A子と仲のよい数人の女子が、反抗的な態度を取るようになってきた。授業中の私語が増え、注意しても「うるさいなあ」と反抗。
 私の教師経験でも初めてのことだった。これまで築いてきた学級経営への自信が音を立てて崩れていくようだった。
 私は、何とかして立て直しの方策をと、まず、A子との関係を取り戻そうとした。それに、一人ひとりの子どもたちと会話をしていくようにした。
 こんな時にこそと、学級活動の力を活用して、A子と仲のよい子を切り離し、それぞれ別の係で活動できるようにした。
 学級の雰囲気が悪くなっているという問題点を、学級活動で、子どもたちで解決するような題材で取り組ませた。
 私の努力が報われ、何とか3学期の半ばには学級を立て直すことができた。
 学級づくりには「教師と子どもの関係」「子ども同士の関係」の二つが大切であることを改めて痛感した。
(1)
教師と子どもの関係
 教師がアンテナを高くして、子どもの課題に対して直接、子どもに声かけをして、教師と子どもとの関係を築いていく。
 この事件のときは、A子とのコミュニケーションは簡単には取り戻すことはできなかった。
 さりげなくA子に話しかけるのだが、ぷいと横を向いて去っていってしまう。
 A子のよいところを、みんなの前で認めてあげようと考えた。
 それで、A子の様子を注意深く観察した。
 すると、A子は、他の子が掃除を終えても、掃除道具をきちんと整頓するまで仕事を終えないことに気づき、みんなの前で、それを紹介した。
 A子は横を向いて聞いていたが、みんなから拍手を受けると、照れたような表情になった。
 A子の周りの子にも、個別に話しかけるようにした。グループでいると反抗的な子も、一対一だと話しができることが多かった。
 こうして、少しずつではあるが、A子たちとのコミュニケーションを取り戻していった。
(2)
子ども同士の関係
 A子たちの反抗に他の女子は恐がり、男子は嫌悪感を抱いていた。こんなときにこそ、学級活動の力を活用するときだ。
 そこで、学級目標の振り返りの学級活動を行った。
 学級目標をできているか、できていないかを振り返るために、評価用紙に理由も入れて子どもたちに記入させた。
 そして、今後どうすればよいかをプリントに書き、発表させた。
 すると「先生に反抗して、言うことを聞かない人がいる」という意見がでた。
 A子は少し不服そうな顔をしてうつむき加減にしていた。
 A子のプリントには「私たちのことを言われているようで、ちょっといやだった。でも、やるときにはやるということは大切だと思う」と書かれていた。
 この頃は、自由勉強ノートに私が朱書きするなどの取り組みをしていたので、A子なりに素直になることができたのではないか思う。
 学級目標の反省だけで終わっては学級活動の成果は生かされていない。子どもたちが前向きに取り組むことのできる活動へとつなげたい。
 議題カードに「お楽しみ会をしたい」という意見があったので、計画委員会で話し合った。どんなプログラムを考えたらよいかを話し合うことにした。
 そこで、一人ひとりがアイデアとその理由を書いて、みんなで話し合った。
 そのとき、A子が
「今、係の活動をみんなが頑張っているから、係のグループで出し物を出し合ったらよいと思います」
と発言し、それをきっかけに「係の活動内容に関係のある出し物を出し合うということに決定した。
 お楽しみ会当日は、A子たちのミユージック・エンジョイ係は、みんなから歌いたい曲をつのって、楽器で伴奏して楽しそう発表していた。
 A子は以前のような反抗的な表情はまったくなかった。一生懸命に練習したことを学級のみんなから認められた。
(
亀山 敦:愛知県名古屋市立小学校教師
)

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手に負えない生徒に出会っても過度に落ち込まず、弱音を吐くことが、辞めたいと思う危機を乗り越える第一歩となる

 中学校で国語を教えるA教師は、16年目の女性教師です。どの学校でも熱心に取り組み教師という仕事に自信を感じていました。
 しかし、二年生の担任となり、はじめて手に負えない生徒と出会いました。
 他の生徒に暴言を吐いたり、暴力行為をすることもあり、学級全体が落ち着かなくなっていきました。
 何とかクラスのなかに溶け込ませようとして、あらゆる手を講じてみましたが、どれもうまくいかない。
 担任である自分が、一人の生徒を指導できずにいる状態を、悔しく、許せなく思いました。
 同時に、他の生徒にも嫌な思いをさせて、申し訳ないという思いで胸がいっぱいになりました。
 女性であるという、どうしようもできない部分も含めて、すべては自分の責任であると、自分を追いつめていきました。
 教室では、その生徒の言動に自分の感情が振り回され、常に張り詰めた緊張状態に置かれていました。
 職員室で、周りと和気あいあいとやっていくことが好きなA教師でしたが、学級がうまくいっていないことを正直に言えなかったため、同僚の教師との間に自分から垣根を作ってしまいました。
「大変なのは、わかっているはずなのに、誰も助けてくれない」と孤独感と不信感とが募っていきました。
 家でも学校のことが頭から離れなくなり、悶々とした日々を送っていました。
 食事もおいしく感じられず、食欲も落ち、眠りが浅くなったり、朝起きるのが辛くなったり、身体に変調も来すようになりました。
 しかし、放課後の掃除のときに、被害を被っていると思っていたクラスの女子生徒から
「先生、具合、悪くない。みんな心配しているよ」
と声をかけられ、ハッとしました。
 教師とはこうあるべきという自分の思い込みにだけとらわれて、生身の人間としての思いに正直に向き合ってこなかったのではないか、と気づかされました。私は
「もいいい。彼を何とかしようと思うのは、やめた」
「批判的に冷ややかに見ていると思ったクラスの生徒のなかにも、心配してくれている子もいるんだ」
「担任だけが必死で、性急に頑張るのではなくて、生徒たちと一緒に考えながらやっていこう」
「彼を何とかすることができなくても、周りの生徒たちをもっと大切にしよう」
と開き直ることができました。
 A教師は同僚の教師に「自分の手には、負えません」と宣言しました。
 その後は、少しは余裕をもって、当該の生徒と接することができるようになりました。
 余裕をもって接すると、その生徒の悪い面ばかりでなく、良いところが少しずつですが見えるようになってきました。
 その生徒の適切な行動に対して、自然にほめ言葉も出るようになり、ギクシャクした関係も徐々に改善の方向に向かっていきました。
 また、学年の教師の協力を得ながら、学級の立て直しも図ることができました。
 A教師が、この危機を乗り越えることができたポイントは
「自分が努力すれば何とかなる。自分だけで何とかできる」と過信していたところから、
「自分には、できないところもある。他の教師の助けが必要なときもある」
という考えに至ったところにある。
 教師が自分の思いとかけ離れた状況であっても、ありのままの現状をさらけ出すことは、自分自身のためだけでなく、ひいては子どものためでもあるのです。
 自分の限界を知り、難しい問題にはチームで、ときには、周りの子どもの力も借りながらかかわることです。
 問題を一人の教師が抱え込むのではなく、できるだけ多くの教師が組織的に関わることで、柔軟な子ども理解や、ていねいな対応も可能となります。
 教師も、おとなしい教師、怖い教師、お茶目な教師、しっかりとした教師、失敗するけど頑張る教師など、教師の世界も様々な個性の人間がいるほうが集団としての力を発揮することができます。
 誰かが「大変だ、しんどい」と声を出すことが、時には必要です。
 そうしないと、教師各自がバラバラになって、悩みを抱かえ込みながら孤立感を強めるだけの職員室になってしまいかねません。
 頑張り過ぎて、限界になる前に「しんどい」と言える温かい職員室の人間関係をつくることが、辞めたいと思うほどの危機を乗り越えるための第一歩となるのではないでしょうか。
(
新井 肇:1951年生まれ、埼玉県公立高校教師を経て、兵庫教育大学教授。カウンセリング心理学を基盤とした生徒指導実践の理論化、教師のストレスとメンタルサポート等を研究
)

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担任がリーダーとしての責任感があり、「うちの担任が一番」と子どもたちが誇りに思うクラスは荒れることはない

 担任のリーダーとしての責任感がクラスを荒れから守ります。
 若い教師は、率先して子どもたちと身体を動かして遊ぶことで、リーダーシップをとっていきましょう。
 担任は、リーダーの自覚がないと、子どもの荒れは止められません。
 担任は「ここで担任として踏ん張らなければ、これから先、指導できなくなるぞ」と、リーダーとしての自覚を持って指導する必要があります。
 子どもを指導することを躊躇したり、他の教師に頼ったりすると、子どもたちの信頼を失います。
「この先生、全然怖くないや」「好き勝手なことをして楽しんじゃえ」
と、子どもの荒れは止められず、1年間クラスをまとめていくことはできないのです。 
 子どもたちの気分を盛り上げるのも、クラスを明るい雰囲気にしていくのも、リーダーである担任にかかっています。
 クラスの雰囲気が暗く沈んでいるようなとき、子どもの力に任せていては、どんどん暗くなり、大きなトラブルが起こる恐れがあります。
 明るく元気な空気を担任が率先してつくり出すことが、クラスの乱れ、ひいてはクラスの崩壊を防ぐことになります。
 子どもたちが誇れる担任をめざすとよい。
 子どもたちは、自分のクラスの担任が、学校で一番「いい先生」であってほしいと願っています。
「いい先生」とは社会的に高い立場にある教師ということではなく、
「子どもたちのために一生懸命」「誠実に指導する」「授業がうまい」といった、子どもの指導に重きを置いている姿勢を、子どもたちが感じることができる教師です。
「うちのクラスの先生が一番」と、子どもたちが誇りに思っている教師のクラスが荒れることは、まずありません。
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中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる
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学級が荒れないようにするには、どのようにすればよいか

 朝は明るい笑顔で教室に入りましょう。
 たとえ何か注意することがあっても、はじめから注意することを言ってはいけません。三つほめて、ついでに一つ注意するくらいの気持ちでいきましょう。明るくいかなくてはなりません。
 子どもが悪いことをしたら、少しは反省しているものです。その行為をしかったら、さっさと授業を始めて忘れてやることです。
 悪ぶった態度まで叱ってはいけません。さっさと切り上げることが大事です。
 子どもは心で反省しても、口ではかっこつけて反抗している。そんなところをわかってあげましょう。
 そんなとき、真正面から受け止めて、その悪ぶった態度を怒ってはいけません。反抗的な子どもたちにも、やさしく接してあげるのです。嫌われていると思い込ませたらかわいそうです。
 明るく授業をしようと努力することです。教師の明るさと元気さだけが学校に登校した子どもたちのストレスをなくすことができるのです。
 どんなに反抗したった、憎まれ口言ったって、平然とした顔をして無視するのが一番です。教師が知らん顔だとそれ以上は、子どもは言えなくなります。
 応戦しようものなら、授業は中断、騒ぎは大きくなってしまいます。かっとせずに、穏やかに言うだけのことを言ったら、すぐ場を離れて相手にしません。他の子の方へ行って、平然としていることが大事。
 いやがらせを無視して、勉強を進めていると、不思議な空気が流れます。「先生って、ちゃんと勉強教えてくれるよな」と。
 みんなの視線が「おまえ、なにバカやってんの」というように、その子に向けられます。いやがらせのパワーは大きくはなりません。
 集団の力は大きい。集団を味方につけるためには、カッとならないこと。
 平然と授業を進め
「そんなこと言ったって、あんたのことは、わかっているよ。ちょっとかまってもらいたいだけでしょう」
 そんな態度で接することです。
 あんたたちのために授業するんだからという気持ちはいつか伝わるのです。
「いつのまにか先生の言うとおりになっている」という状況を作るとよい。
 笑顔で強引に押し進めます。
「嫌でもやるんです」
「大丈夫だから、やるんですよ」
「人生、長いんだから、嫌なこともやれるようになりましょう」
と、ひたすら笑顔でかわして、指示します。
 子どもたちは「何でこんなことやっているんだろう」と思いながら知らないうちにやってしまう、そんな感じです。
 笑顔で強引に決めたら、子どもたちに、大丈夫、大丈夫と安心させ、ほめて、レールに乗せます。
 文句はひたすら笑顔でかわし、決めるときはびしっと決め、何事もなかったように授業にもっていくたくましさ。
 授業さえ、しっかりしていたら、あとは心に余裕と温かさをもって対します。
 やさしい教師は、ズルのアドバルーンを次々とあげられます。「先生にやられた!」という経験をさせなくてはなりません。
 学級がうまくいかなかったら、チャンスです。教師は自分を鍛え直すチャンスなのです。小手先の技術は通用しません。
 子どもたちは教師に遠慮しません。楽しい授業は楽しいし、つまらなかったら、それまでです。教師に気を使ってくれませんから、つまらなかったらすぐ騒ぎだしてくれます。 いい授業をしているか、リトマス試験紙のようです。
 子どもたちは、本物の話は聞きます。自分たちのためになる話ならちゃんと聞きます。反対にちょっとでもごまかしたり、教師の見栄が入ったり、かっこつけた話だと見破られてしまいます。
 毎日が試練です。生活指導なんて役に立ちません。助けてくれるのはよい授業だけです。
 私は学級が荒れたとき、船井幸雄さんの言葉を自分用に変え、紙に書いて持っていました。
「私は、いまクラスが荒れていますが、このことを喜び感謝します。クラスが荒れるのも必要、必然の結果なのです。乗り越える必然に目覚めました」
「創造の理が働くから、学級が必ず治る方に向い、完治した学級になることをイメージ化し確信します」
 私は学校に向かう途中で何度も声に出して自分に言い聞かせました。
「私は負けないよ、くそっ」と、ストレスでつぶされないように、一人になったら言いたいことを叫びましょう。
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岡 恵子:神奈川県公立小学校教師
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