カテゴリー「学級の荒れ」の記事

荒れている学級を担任して、どのようにして立て直していったか

 五年生は荒れている学級だった。ティームティーチングでなんとか学年末まで持たせてきた子どもたちだ。
 子どもたちの気持ちは担任から離れるばかりであった。二学期末から三学期にかけて臨時保護者会が何度か開かれ、保護者も二月頃は毎日授業参観に来ていた。
 問題は、担任が子どもたちの心をつかみきれず、体を張ってでも、とことんかかわってくれなかったことへの不満が出ていたようだ。
 その荒れていた学級の子どもたちが六年生になり、私が担任することになった。新しい学年になり、担任が代わったときは、学級を立て直すよい機会である。
 私は、つぎのような取り組みをした。
(1)
始業式の一日で子どもたちの名前を覚え、出席簿を見ないで呼名をして一声かける。
(2)
子どもの不満に耳を傾けながらも、YESとNOをはっきりさせる。
(3)
子どもが登校する前に教室で仕事をするようにして、子どもたち一人ひとりと挨拶をかわして迎える。
(4)
チャイムが鳴る前に教室に行き、チャイムと同時に授業が終わるようにする。
(5)
休み時間は子どもたちと一緒に遊ぶ。
(6)
掃除は一緒にする。雑巾がけなどいやがる仕事は、担任が先に立ってやり、範を示し、声をかけ一緒にやる。
(7)
できることは何でも一緒にする。
 ボスのKを取り巻く四人はなんとか理由をつけて手を抜こうとする。そんな時、命令だけでなく共に作業をする。
(8)
専科の時間も専科教師に了解を得て、ティームティーチングをさせてもらう。
(9)
やる気のない子には個別指導を続け励ましながら完成させる。
 諦めずかかわっていると「わかったよ。やるよ、先生もういいよ」と、どの子どももわかるときがくる。
 指圧や針の世界では、体の部位にツボがある。ツボをはずしていくら治療をしてもききめがない。荒れた子どもの心をつかむのも同じである。その子によってツボが違う。
 ボスのKは意外と情にもろいところがあり、話をしていて反抗的な態度のときと、涙もろく素直なときがある。
 あるとき子どもたちに、私が小学生のとき、母親に反抗したときの体験話をした。「母が悲しんで一人涙している姿を見て、私はとてもショックを受けた」と子どもに話した。「母の涙を今も忘れられない」と。
 その話を聞いて、ボスのKの目から大粒の涙がこぼれ落ちたのだ。母思いのKの一面を見た。Kの母親と連絡をとり、何度か家庭訪問をして、Kと母親と私の三者面談をして、自分を見つめさせる話し合いを持った。
 母親を悲しませたくないと思いながらも、級友の前ではワルを演じているのである。母親の思いに気づかせたことは、K自身をみつめさせ、自分に気づかせるのに役立った。
 教師は個々の子どもにかかわり、その子の心のツボをつかむことが大切だ。
 口や指示や命令だけしていて、教師が動かないのでは子どもはついてこない。子どもが見えていないだけ、子どもの心は教師から離れていくのである。
 一つできるようになったらよしとして、あれもこれもと望まない。たとえば
「着席して授業ができるようになったからよし」
「ノートや教科書が出ているからよし」
「人が話をしているとき、おしゃべりがなくなったからよし」
 小さな達成できそうな目当てを、子どもたちと話し合いながら決める。
 みんなで約束したことが、できるようになったかを確かめて、次のステップに移る。
 学び合い、支え合う雰囲気づくりの実践には、教師のおおらかさとねばりが基本である。
(
塚田 亮:元東京都公立小学校長)

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親になって教師の幅が広がり、荒れた学級を立て直すことができるようになった

 教師になって18年目の女性小学校教師。子どもが安心しそうな優しげな容貌に似ず、かなりタフな精神の持ち主のようで、これまで学級崩壊した学級を受け持ち、みごとに立て直した経験もある。
 二児の母親として子育てと教師の仕事とのはざまで苦しんだが、親となって得ることができたことについて次のように語ってくれた。
 子どもが生まれてたいへんな反面、親になったことで教師としての幅が広がったかな、と思えることがあります。家庭訪問や親子面談のときなんか、親の心理が手にとるようにわかるのも強みです。
 何年か前、非常に問題の多い一年生の学級を受け持ったことがあった。その時の学級にも暴力的な子とか、いじわるする子がいた。
 その中のボス格の男の子が「俺のランドセル持ってけよ。持っていかないとぶっ殺すぜ」と、他の子を脅してたのね。家に帰って親に「○ちゃんに、ぶっ殺すって言われた」と言うと、親はびっくりしてすぐ学校に電話をかけてくる。
 そこで「ランドセルは自分で持つこと。それから、ぶっ殺すなんて言ってはいけません」と指導すると「おまえ、先生に言いつけただろ」とまたいじめる。しまいには学級の大半の子が情緒不安定になっちゃって、手に負えなくなってきた。
 そこで私、思い切って学級全員の親を学校に呼んで個別面談したの。一人30分ずつで三週間かかったけど、それなりの成果はあった。
 状況を、順を追って説明することで親の不安が解消されるし、親とよく相談のうえ、親と教師の連携プレーで根気よく指導すれば、子どもはちゃんと言うことを聞く。
 ただ、ボス格のいじめっ子のお母さんはかなり手ごわくて、納得させるのに一時間半かかった。最初の30分は私に対しての反感。「上の子はおとなしいから、この子は腕白なくらいでいいんです!」って、すごい剣幕。
 話を一通り聞いた後、私は
「こういう子は、四年生か五年生になったあたりで、いじめられっ子になりますよ」
「今は体格も力も優っているけど、みんなが成長して横並びになったとき、恨みつらみが噴出して、いじめっ子が、いじめられっ子に転ずる」
「私は、そういう例を過去に何度も見ているから。これ、脅しでもなんでもなくて真実なんですよ」
と、強調して言った。
 面白いのは、このへんから、お母さんの心理状態が「反感」から「戸惑い」に変わっていくのね。で、たたみかけるように
「そうなっては困るので、お母さんもどうぞ、家でお子さんの言動に気をつけてあげてください」
「まだ、間に合うんです。二年生以降の記憶は消えないけれど、今、お子さんが変われば、一年生のときのことは同級生の記憶に残らないと思います」
 面談の最後の30分は、もう「深い共感」ね。そうなればしめたもの。そのお母さんは
「これからは、うちの子が何かしたら、なるべく早く私に教えてください」って、態度が軟化した。
 論理的な説得力をもって最後は親心に訴える。ここで、他ならぬ「親」としての私が生きることになります。
 でも、こうした親との駆け引きがうまくできるようになったのは、じつは私の上の子が小学校に入学してから。一年生の時の担任が連絡帳を本当によく読んでくれて、どんな些細なことでも、学校で何かあると逐一連絡してくれる先生だった。
 まさにかゆいところに手が届くという感じで、親が先生にこうしてほしいと思うことを全部してくれた。それを見てすごーく勉強になったのよ。
 以来「親として先生にしてもらいたいと思うことをしてあげたい」というのが、私の座右の銘になった。逆にコレはしてほしくないなと思うことは決してするまい、と心がけている。
(
森口秀志:1966年東京都生まれ、フリーライター、エディター。大学在学中から教育・音楽・若者文化等をテーマにルポを発表)

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学級を荒らす教師、荒れた学級を回復させる教師とは

 学級を受け持つと学級が荒れる教師がいます。そのような教師には、社会性や人間関係を学ばないまま教師になった幼稚な人。昔の時代に逆戻りしたような教師と子どもの関係を押しつける人などがいます。
 一週間もたずに学級が崩れ出した教師がいました。学歴は優秀ですが、その教師は表情が乏しく、どこを見ているかわからないし、声が小さい。マイペースで、子どもたちにやらせっぱなし、言いっぱなし。
 課題を出して、子どもたちができたら、持ってこさせて丸をつけるけど、次の指示を出さないから、終わった子はふらふら遊び出す。できない子はしゃべりだす。
 全体を統率するどころか、見渡すこともできない。「ケンカしています」と言われると、その場に行って「どうしたの」って話を聞く。その最中に、後ろでケンカが起きていても、それが見えてないし、感じてもいない。
 ふつう、教師はいろいろ工夫するものです。どうしたら、子どもたちは乗ってくるだろうか、集中するだろうかって。でもそういう配慮がないんです。
 保護者から学校や校長に電話がジャンジャン鳴り、臨時保護者会が何度も開かれました。結局、二学期の途中で担任をおろし、代わりに教頭が入ることでおさまりました。
 それに対して、荒れた学級の後を何回も引き継ぎ、回復させる教師がいます。
 その女性教師は、歯に衣着せぬ語り口、元気でさばさばした性格。学級の子に、背や肩に手を置きながら話しかけるようにしている。その子の緊張度が手のひらを伝わってくるからだ。そんな細やかな一面ももっている。その教師に学級運営の話を聞いた内容は次のようであった。
 小学校の高学年は難しくなっているけど、何らかの対処はできるはず。ハチャメチャと思えることをしたほうがいい。今までの概念に縛られていたらだめです。
 座らない子が多いのなら、机をとっぱらって授業をしてもいいわけだし、保護者を教室に入れてもいい。そういう工夫はいくらでもできる。
 集団の中で、勉強や人間関係についていけない子はかならず出てくる。そこから荒れが始まる。でも、そういう子どもたちを、なんとか、つないでいくのが担任だと思います。
 教師に、子どもがちゃんと見えていれば、いいんじゃないでしょうか。子どもたちはみんな、自分のことを見てくれる、聞いてくれる教師を求めているのですから。
 荒れるのは、教師が一部の子しか見ていないからです。はみ出した子を担任が拒否すると、問題が倍増して、他の子どもたちへの被害も大きくなる。問題行動があったとしても教師が最終的にその子を受け止めていてくれたら、崩れることはないでしょう。
 暴れる子、刃物を振り回す子、不登校の子、いじめのある学級を受け持つことが多く、すごくたいへんでした。
 でも、一年間かければ、問題があってもとりあえず平穏だったり、なにか起きても対処できる状態になったりします。
 どんな子とも、人間関係が築けるまでになりました。なぜできるか。それは相手との距離、レベル、限界といったことを計ることができるからかな。
 私自身が子どもの頃、学級のトラブルメーカーでした。問題が起こるごとに、担任の先生がいろんな形で収めてくれて、そういう先生にいっぱいめぐりあってきたのが大きいと思います。
 人間関係にもまれてきた経験からくる、野生の勘ですかね。教わってわかるとか、マニュアルで学ぶとかできないでしょう。
 トラブルメーカーだったとか、不良だったとか、そういうふうに過去のある教師ほど、学級経営はじょうずですよ。 
(
森口秀志:1966年東京都生まれ、フリーライター、エディター。大学在学中から教育・音楽・若者文化等をテーマにルポを発表)

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学級が荒れないように、やんちゃな子に教師はどう対応すればよいか

 「やんちゃな子に振り回されて大変だ」と感じている若手教師は少なくありません。毎日のように、その子がトラブルを起こすからです。どう対応すればよいのでしょうか。
 まずは、4月初期に、教師と子どもとの上下関係をはっきりさせる必要があります。
 やんちゃな子は「教師が自分より上なのか下なのか」をよく見ています。特に「少しのことをごまかせるかどうか」を見ています。
 最初は、ちょっとだけルール違反をして、教師を試してくるのです。そして、教師の対応をよく見ています。例えば
「学校に持ってきてはいけないシャーペンを、間違って持ってきちゃった」
 この最初のルール違反を認めたり、甘い対応を見せたりすると、次はもう少しルールを破ってきます。そしてエスカレートしていき、最後はルール違反が当たり前になるのです。
 ルール違反が当たり前になってから教師が叱っても効果は半減します。元に戻すのは大変なのです。
 最初のルール違反に対して、ピシャリと「だめです」と言えるかどうかが重要です。
 4月最初の時点で、教師を試す行動には、ぴしゃりと「だめです」と言います。これを1週間も続けると、教師を試す行動は激減します。
 やんちゃが集まった学級でも、1か月も続ければ「この先生はごまかせないな」と子どもたちは感じます。
 では、叱り方はどうすればよいでしょうか。
 やんちゃな行動を全部叱ると、その子のよさまで失われることがあります。そこで、4月に上下関係をはっきりさせたなら、その後は、叱るにしても軽重をつけていきます。
 教師から見て許せない行動は、きちんと叱ります。それ以外は軽く言葉をかけるだけでも、上下関係がはっきりしていますから、子どもは素直に言うことを聞くはずです。
 やんちゃな子は、叱られてばかりだと、やる気も失ってしまいます。少々のことは「お目こぼし」をしてあげればよいのです。
 そして、頑張ったところに注目し、ほめることで、望ましい行動が少しずつ増えてきます。
 そして、やる気が出てきたところで、やんちゃのよさを生かす場面を用意します。司会に抜擢してもいいし、イベントを考えさせてもいいでしょう。その子が生かせる場を用意するのです。
 そして、その子の個性を認め、励まし、感謝を伝えます。「○くんは、元気のいい司会をしてくれたから、お楽しみ会がとっても盛り上がりました。ありがとう」
 やんちゃな子の悪い面が出てくると、学級は荒れていきます。やんちゃな子を、よい方向へ導けるかどうかは、学級経営が成功するかどうかのきわめて大きな要因と言えるのです。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞)

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学級の崩れのサインには何があるのか、学級の崩れにはどのように対応すればよいか

 学級の崩れには、子どものサイン(予兆)があり「サインを見逃すな」と言われています。では、どのようなことがサインなのでしょうか。例えば
1 生活習慣・規律
 忘れ物や遅刻の増加。給食や清掃時間の規律の低下。教室・机・ロッカー等が乱雑。学級通信が家に届かない。友だちの学用品・靴などをかくす。盗難。
2 授業
 授業の始めに着席しない。私語の増加。発表する子を冷笑する。漫画をかいている。やたらと便所に行く。
3 生活態度
 話し言葉の変化。髪型や服装の変化。やたらとはしゃぐ子がいる。おどおどした表情でいる子がいる。女子が小グループに分かれる。暴言を口にする。指導妨害の同調者の増加。指導や指示の無視。
 教師には、このような事態の変化を察知する力が求められます。
 学級の崩れのサインに気づいたら、担任はただちに教頭や校長に報告します。対処は、担任にだけ任せるのではなく、学校として組織的に行うことが大事です。
 学級の崩れの対処は初動が大事です。時間の経過とともに厄介な事態となることが多いからです。担任が一人で対応に苦慮していても、学級の安定は困難と考えた方がいいのです。
 まず、教頭(校長)が学級の現状を把握します。学級の様子を何回も視察しないと、崩れの程度も把握できません。
 一般に低学年の学級の崩れは、基本的生活習慣の未完成な子どもたちが群れていて、学級が成立しないために起きやすい。
 また、高学年の崩れは、教師の指導や学級経営の不満など、学校生活に起因することを無視することはできません。教師の指導を妨害する子や、無規律な行動に多くの子どもが同調して、騒ぎ出すことがあるからです。
 学級の崩れの対処の仕方としては、一部の教科の教科担任制を実施し、複数の教師が入る。学年で授業を展開する。ティーム・ティーチングなどが考えられます。
 また、保護者会を開いて、事態を率直に報告して、現状打開のための協力を要請します。学校はこうした事態を隠してはいけないのです。
 いくつもの手を打っても、事態が改善されないなら、担任の交代を考えます。冷たい言い方かと思われますが、担任をかばうより、子どもの学びの場を保障することの方が学校として大事です。
(飯田 稔:1933年生まれ。千葉大学附属小学校に28年勤務、同校副校長を経て、千葉県浦安市立浦安小学校校長。千葉経済大学短期大学部名誉教授。学校現場の実践に根ざしたアドバイスには説得力がある)

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学級が荒れたり崩壊しないように、注意や叱責するにはどうすればよいか

 教師は子どもの行動が著しく集団の規範を逸脱したとき、他の子どもを傷つけているときは、毅然と注意や叱責をすることが必要不可欠です。
 注意や叱責をした結果、子どもが自分の考え方や行動の問題に気づき、自らそれを改めようとしたかということが大事なのです。
 したがって、注意や叱るときの前提は、
(1)
子どもや学級集団のプライドを傷つけない
(2)
注意する場面や時期、時間を工夫する
(3)
問題となる点を十分に説明し理解させる
(4)
結果ではなく、その問題がおこった過程に注目させる
(5)
自ら変えることができる行動や態度を具体的に確認する
(6)
この失敗を次にどう生かすのかという問題解決型にする
 そして、教師の注意や叱責が大きな効果をあげるためには、教師と子どもとの信頼関係が必要です。信頼関係があれば、自分たちのために先生は注意してくれているんだと感じ、教師の注意から新たな行動や考え方を学んでいくのです。
1 学級集団全体に対して注意する・叱る
 子どもたち一人ひとりが自分の問題ととらえられるようにすることが大事です。 
(1)
注意や叱責で子どもを動かそうとしない
 注意や叱責で子どもを動かそうとしている教師は意外と多くいます。
 最初は教師の注意が怖くて、注意されたことに従うことが多いでしょう。しかし、それは新たな行動や考え方を獲得したのではなくて、教師の怒りを収める対応にすぎないので、子どもは同じような行動を繰り返します。
 そして、子どもは教師の注意や叱責にだんだんとなれてきます。したがって、注意で子どもを動かしている教師は、だんだんと自分の指示が通らなくなってくるのです。これは学級崩壊で苦しむ8割近くの教師が陥る盲点です。
(2)
子どもの不安の強さに応じた注意をする
 注意はすべての子どもに同じように受け取られるわけではありません。平気に子どももいれば、委縮する子どももいるわけです。したがって、不安な子どもがその内容を理解できるレベルがいいのです。
(3)
あらたまった態度や場合を設定して注意する
 子どもは教師の注意や叱責には徐々になれてきます。子どもたちは教師の注意を聞かなくなります。あらたまった場面設定や注意の仕方が必要です。
(4)
注意や叱責は短く簡潔にする
 注意されるのは嫌なものです。したがって、教師は注意する目的をしっかり定め、その方法を吟味し、簡潔に伝えることが効果的です。
(5)
気の緩みのミスは注意し、自主的な試行錯誤の失敗はその原因を分析させる
 怠慢やさぼりから起こったミスは、なあなあで済ませると、学級のルールが崩れてきますから、小さなことでもキチンと指摘し、注意することが大切です。
(6)
子どもたちが気づかない問題は、質問や例え話をして考えさせる
 学級内で、子どもたちが意識せずに行っていることがあります。例えば、特定の子を見下したような対応をほとんどの子がとっている雰囲気が学級のなかにできてしまっていることがあります。
 これをみんなの前で注意すると、その子が惨めになります。したがって、例え話や一般論としてみんなに考えさせるようにすることが大切です。
(7)
叱責の内容に教師の感情をつけ加える
 教師が冷静に叱責したあと「先生はとてもかなしかったな」と、自分の感情をサッとつけ加えることで、その内容が子どもたちの心に強く刻みつけられるのです。
(8)
いじめは、厳しく、長々と説教し、最後にポイントをまとめ復唱させる 
 弱い子をいじめているような現場を見たときは、教師はその場で強く注意し、一人の人間としての怒りを前面にだすことも時として必要です。厳しく長々と説教します。
 子どもたちは、最初は教師の剣幕に驚きますが、そのうちあきてしまう子もでてきます。このような場合は、教師が言いたかったこと、次の指導につながることを三つくらいにまとめ、子どもたちに復唱させて終わります。
 例えば「A組をいじめのないクラスにする」「いじめの場面をみたら必ず注意する」という具合です。これをしないと「先生がキレた」だけで終わってしまいます。
(9)
注意したあとは、単純作業をはさみ、作業後は気持ちを切り替えて対応する
 注意や叱責をしたあとは、教師も子どもも気まずいものです。このような場合は、お互いの気持ちを変に伺おうとすると、余計ぎくしゃくします。
 そこで、子どもが一人で作業ができるドリルなどを30分くらいやらせるのです。作業しながら、子どもは先ほどの教師の注意について考え、心に定着させていくのです。教師も落ち着きを取り戻すことができます。
 その後は、その問題に言及しないで、授業に取り組むようにするわけです。
2 個人の子どもに注意する
 教師の感情を逆なでするような発言をしたり、教師をバカにしたような態度とるような子どもが学級に何人かいます。このようなときは、事前に対応する言葉がけを身につけておけば、感情的になることを防ぎ、子どもに教師がまきこまれるのを防ぐことができます。
 こういった子どもには、少しずつ時間をかけ、関係の修復につとめることが必要です。その子が落ち着いているときに、日頃の不満を聞いてあげるなどの対応が求められるのです。
(1)
注意するタイミングと場所、時間を考える
 自分の行為を棚に上げ、教師に反発してしまうかもしれません。注意するときは、タイミングと場所、長さをその子どもに合わせることが必要なのです。
(2)
注意するときの子どもの抵抗を軽減する
 子どもが教師の言葉を素直に聞くよう、最初に子どもの反発を少なくする関わりが大切です。例えば「きみも気づいていると思うが・・・・」という具合に前置きし、いきなり叱責しない配慮が必要なのです。
(3)
注意する内容のは現在の行動や態度だけにする
 掃除をサボっているのを見つけて注意したとき、以前の問題をひっぱだして、追い打ちをかけるように叱ってしまう。これでは子どもは逃げ場のない状態に追い込み、人間性を否定された感情を子どもに持たせてしまう。
(4)
フォローの仕方も計画に入れて注意する
 注意のあとのフォローは、子どもたちの感情の高まりを静め、どう行動すべきか考え行動に移す意欲を喚起します。その子のプライドを高めるような言葉も効果があります。
(5)
注意するのは、あやまらせるためではなく、今後どうすればよいかを確認する
 注意して、あやまらせても、子どもは同じことを繰り返してしまいます。どのように取り組めばよいのかを考えさせ、確認することが必要なのです。
(6)
教師に反発する子どもへの対応方法を持つ
 教師に反発し感情をぶつけてくる子どもに対して、事前に対応する言葉がけを身につけておけば、教師が感情的になることを防ぎ、子どもに教師がまきこまれるのを防ぐことができます。
 まきこまれそうになったら、それを一旦切る言葉がけや対策を事前に決めておくことです。例えば「これ以上話していたら、先生も本気でキレちゃうから、あとは昼休みに相談室でじっくり話しましょう」という具合に、その場を一旦収めてしまうのです。
 間をおくことによって、お互いの感情の高まりを静めるわけです。時間をおいて、じっくり話すのです。こうすれば、教師も子どもも感情的になるのをおさえられます。
 相談室では、子どもに最初にどんどんしゃべらせます。その後、具体的な事実を提示し、そのことについて認めさせます。そして、対応策を教師がいくつか示して、そのなかから選ぶようにさせます。最後にその内容を復唱させて、終わりにします。
(7)
聞く耳を持たない子
 聞く耳を持たない子は、教師がそばに寄り、感情面を中心にトーンを落として淡々と語ってあげます。最後に「きみはどう思う」と質問します。返事がなかったら「先生の言ったことを考えてね」と伝えます。
 反応がないからといって、注意を怠ってしまうと「Aくんは、何も言われないじゃないか」と、問題を起こした子どもに注意しずらくなります。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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子どもに「よりそう」教師が崩壊し始めている、どうすればよいか

 今日の荒れは、荒れる現象そのものが「白い闇」につつまれたままであることも少なくありません。
 なぜ、あの子が突然荒れはじめたのか、なかなか見当がつかない。荒れる背景にある「くらやみ」が見えにくい。
 
「よくがんばったね」「よくわかったね」「やればできるじゃないか」などの指導的評価が、荒れた子や、まわりの子どもたちの心にかからない。しらじらとした雰囲気のなかで、子どもたちのもとにとどかない。
 子どもが些細な出来事を契機にパニックになることがあります。教師は、その子どもの思いを受けとめ、一生懸命に理解しようとします。
 すると、それを見ていた他の子どもが「あの子ばかり大事にされてずるい。自分もあんなふうにしてほしい」とばかりにパニックになります。
 こうしたパニックの連鎖が、学級の秩序を崩壊させ、ついには、授業をも崩壊させてしまうこともあります。
 荒れる子ども一人ひとりの思いによりそい、荒れる行動の裏側に隠された人間的な願いに共感することが必要です。理由もなく荒れ、バニックになる子どもは一人もいないからです。
 しかし、いま「授業崩壊」に苦悩している教師の多くは、この「よりそい」を柱に実践している心優しい教師たちである場合も多いのです。
 これは、つらい現実です。子どもに「よりそう」感覚を持った教師の実践が崩壊しはじめている。この矛盾に満ちた現実をどう理解したらよいのでしょうか。
 前進を励ます評価が空転し、一人ひとりによりそえば、教室にパニックの連鎖がはじまってしまう。こうした「白い闇」のなかで授業が崩壊していく。
 子どもの成長を励ましたいと願ったから教師になったのだ。子どもの抱かえる悲しみや苦しみによりそい、共感できる人間になりたいと願って教師になったのだ。
 それなのに、子どものためにと願えば願うほど、子どもとすれ違い、子どもが突然パニックを起こしてしまう。
 ここに、今日の荒れと向かいあう教師の深い「悲しみ」があるように思えてなりません。
 いま「白い闇」のなかで授業崩壊の危機にひんしている子どもたちのためにできることは何なのでしょうか。
 それは、何よりもまず、わからない自分、できない自分、まちがえる自分は見捨てられるかもしれない、という強迫観念から、子どもたちを解放してやることではないでしょうか。
 いま、授業の「日常」が問われているのだと思います。わからないことがほめられ、できないことがほめられ、まちがえることがほめられるような授業。
 そこで、おずおずとも、ごもごもと自分を語る身体と仲間の身体とが響きあうことができるような授業。
 そのような授業への挑戦こそが、子どものすなおな感情のうねりを解放し、子どもの表情にうるおいと彩りをとりもどしてくれる。
 授業崩壊への挑戦はそこからはじまるのではないでしょうか。
(
庄井良信:1960年北海道生まれ、北海道教育大学大学院教授。専門は臨床教育学)

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授業や学級が荒れ、苦労しないようにするには、自分を過信せず謙虚に先人の知識を学び新しい実践を

 私の同期の教師には「自分の経験や情熱さえあればで何とかなる」といった考え方をもっている人が多かった。中には「余計な先入観をもちたくないから」といった理由で、学校現場の現状や、教育技術を学ぶのをあえて止めた人もいた。
 その結果はどうなったか。学級経営と授業に嫌というほど苦労した。学級は荒れ、できない子はできないまま。担任をはずされた人もいた。
 謙虚に先人から学ぶことをせず、自分の力を過信した人は、どんなに優れた才能や人格があったとしても、子どもから反乱を受けていた。保護者からの信用も落としていた。
 中には、子どもに恐怖心をあたえ、何とか子どもを押さえつけている人もいた。
 狭い価値観で、狭い教育の中に子どもを閉じ込めてしまっていた。そして、子どもも保護者も不幸にし、自分自身もだめなものにしてしまっていたのだ。
 しょせん、自分一人の経験などたかがしれている。謙虚に先人から学ぶ姿勢があれば、もっと懐の大きな教師になれたはずなのだ。
 私は教師という職についたにもかかわらず、勉強しない人は傲慢であると考えている。
 教師という仕事はそんなに甘いものではない。学ぶべき知識と技能は山とある。
 それを学ぶことで、人を教え導くという畏れ多い仕事につく権利が、初めて与えられるのだと考えている。
 かつて、若い教師は多少力不足でも、大目に見てもらえる雰囲気があった。保護者も温かい目で教師を育てようとする雰囲気があったのだ。ところが、時代は変わった。古き良き時代は過ぎ去ったのだ。
 謙虚になって先人の知恵を学ぶ。そして、先人の知恵を一歩でも進化させていくことである。
 学校現場の事実を毎日のように目の当たりにしている教師こそが、先人に学び、先人の業績を改善できるのである。
 学校現場の実践から理論が生まれ、その理論が正しいかどうかを現場で検証する。教育は現場が第一である。
 先人の知恵を学び、その知恵を一歩でも前に進め、それを後世の教師たちのために記録として残していく。
 現場の教師はこの行為によって、子どもたちにとって価値ある教師に変貌していくのである。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞)

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学級が荒れたとき、子どもたちに授業中、どう対応すればよいか

 私たちのサークルにはクラスを荒らしてしまった教師が何人かいます。そのときのサークルメールを紹介しますと、
「反抗的な子に腹も立つでしょうが、がまんがまん。ぐっとこらえてください。授業できるのなら、よしとしましょう」
「先生は、あわてず、おごらず、他の真面目な子を相手に授業しましょう。嫌味なことを言われるでしょう。やる気をなくすようなことも言うでしょう。でも、ぐっとがまんです」「大事なのは、明るく授業しようと努力することです。毅然としなくたっていいのです。大多数の子は先生の味方です。反抗的な子のために先生が元気を無くしてはいけません」
「どんなに反抗したって、憎まれ口を言ったって、あんたたちのために授業するんだから、という気持ちはついか伝わるのです」
「先生に反抗するというのは、子どもにとって決してプラスに働きません。心の中は、後悔といらだたしさでいっぱいだと思います。したくないのに、している子もいるでしょう」
「反抗的な子どもたちにも、あきらめずに先生はやさしく接してあげてください。嫌われていると思い込んでいるのですから」
「意見がたくさん出る、討論する授業をしたい、なんて考えは捨てることです。活気のある授業なんて甘い夢は捨ててしまえばいいのです。授業できるのですから、まだましです」
「今日も一日、何とか持ちこたえた。土曜日まであと何日、なんとか持ちこたえようと私は自分をはげましたね。大丈夫、サークルに来てね、待っているよ」
 学級が荒れないための予防線は、なんでしょうか。その原則とは
1 たまには発想を変えてみませんか?
 教師がみんなに話をしているときに、しゃべっている子がいました。どうしたらよいでしょうか。例えば「○くん、先生がしゃべりたいんですけど、替わりにこっちへきて、しゃべってくれます?」と、とぼけて聞く。ユーモアで対処するのもよいでしょう。
2 明るい笑顔で教室に入りましょう
 たとえ何か注意することがあったとしても、明るくいかなくてはなりません。はじめから注意せず、三つほめて、一つ注意するくらいの気持ちでいきましょう。
3 いちいち口うるさく言うのをやめませんか
 ボスもやんちゃの子も、悪いことをしたら、少しは反省しているものです。その行為を叱ったら、さっさと授業を始めて忘れることです。悪ぶった態度まで叱ってはいけません。さっと切り上げることが大事です。
4「うまくいかなくて当たり前」と思ったら気持ちも楽になります
 私をからかい、怒らせて面白がる子がいました。そんなときは、むっとしますが、平然とした顔をして無視するのが一番です。こちらが知らん顔だとそれ以上は言えなくなります。
 いやがらせを無視して、授業を進めていると「先生って、ちゃんと勉強教えてくれているよな」という空気が教室に流れます。みんなの視線が、いやがらせしている子に「おまえ、なにばかやってんの?」と向けられます。
 集団を味方につけるためには、カッとならないこと。平然と授業を進め「そんなこと言ったって、あんたのことはわかっているよ。ちょっとかまってもらいたいだけでしょう」そんな態度で接することです。
5「いつのまにか、先生の言うとおりになっている」という状況をつくりましょう
 授業を笑顔で強引に押し進めます。「嫌でもやるんですよ」「大丈夫だから、やるんですよ」「人生長いんだから、嫌なこともやれるようになりましょう」なんて、ひたすら笑顔でかわして、うまく指示します。
 子どもたちの文句はひたすら笑顔でかわし、決めるときはびしっと決め、何事もなかったように授業にもっていくたくましさ。子どもたちは「何でこんなことやっているんだろう」と思いながら知らないうちにやってしまう、といったように。あとは、心に余裕と温かさをもって子どもたちに対します。 
6 叱ったら、きっぱりさっぱり終わりましょう
 
「これにて一件落着」「お説教タイムおしまい」「怒ると疲れるねえ。勉強してパワーアップしよう」なんていかがですか。
 
たとえば「おまえ、豚そっくり」と言って泣かしてしまった、やんちゃくん。自分が悪いと分かっていても、あやまれない。そんなときには
 
「今はみんなの前だからあやまれないだけ。勉強が終わるころにはきっとあやまれるから待ってあげてね」と言って、楽しい、よくわかる授業をする。
 ほめられた、やんちゃくんは気分も直り、あやまるものです。ですから、心して、やんちゃくんをたくさんほめる授業をするのがポイントです。
7 荒れてしまうのもよいではありませんか
 授業がうまくいかなかったら、自分を鍛え直すチャンスです。子どもたちは教師に遠慮しません。楽しい授業は楽しいし、つまらなかったらそれまでです。つまらなかったら、すぐ騒ぎだしてくれます。
 本物の話であれば子どもたちは聞きます。自分たちのためになる話なら、ちゃんと聞きます。反対にちょっとでもごまかしたり、教師の見栄が入ったり、かっこつけた話だと見破られてしまいます。
 毎日が鍛錬です。生活指導なんて役に立ちません。助けてくれるのはよい授業だけです。そう思ったら、荒れてしまうのも悪くないでしょう。
 朝、学校に向かうときに「私のクラスの荒れは必ず治ります。クラスが荒れたのは私に必要だったのだ。必然の結果なのです」と自分に何度もなんども言い聞かせました。
 帰りは「私は負けないよ。くそっ」と。ストレスでつぶれないように、一人になったら言いたいことを叫びましょう。
(
岡 惠子:神奈川県公立小学校教師。TOSS相模原)

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学級が荒れ「もう、学校に行きたくない」と思った教師が、経営塾で学び、すばらしい学級づくりができるようになった

 恥ずかしい話だが「もう、学校に行きたくない」と考えたことが、かつて若いときにあった。教室のルールは崩壊し、無法状態に近かった。全校集会での態度も目茶苦茶。叱って効果があるのは、ほんの一瞬だけ。
 まわりの教師に相談しても「担任ががんばるしかないのだよ」としか言われず、具体的に何をどうしたらよいのか、さっぱり分からなかった。私の学級をまとめる力が弱いために、招いた状態だと思っていた。
 法則化運動を通して得た技術も一時的には効果はあった。しかし、持続しなかった。もっと息の長い学級づくりに関わる力が必要なのだと思った。
 痛みの癒えない心を引きずって、春休みに、わらにもすがる思いで「経営塾」に参加した。なかば、どうせ得るものは無いのだろうと諦めの気持ちだったが、そこで学んだことが私の実践を大きく変えた。
 4月に小学校3年生を担任した。学んだことを基に様々な実践をした。そして半年後、教頭、保護者から「子どもたちの雰囲気がすばらしい」と言ってもらった。1年前は真剣に教師を辞めることを考えていた私だったのに。
 私が学んだことは、つぎの2点に集約される。
(1)
「しかる」「ほめる」を一貫せよ。そして、これだけは許さないという一線を、明確に意識せよ。
(2)
これで子どもの心を引きつけるという、教師のセールスポイントを意識せよ。
このことを、順次、説明します。
1 「しかる」「ほめる」を一貫せよ。そして、これだけは許さないという一線を、明確に意識せよ。
(1)
しかる
 子どもが荒れている教室は、一貫性に欠けるということが大きな原因としてあります。これは決定的に大事なことなのだ。私は「そんなこと知っている」くらいに考えていたが、「ここまでは許しても、ここまでは譲らない、っていう一線を画し、その一線とは何か」を問い、確かめることが第一に大切です。
 荒れる原因の一つは「これだけは、許せない」っていうことが、揺れるんですね。だから、この「譲らない」っていうのは、相当頑固でないといけない。
 その時その時に指示はするが、私には、そこに一貫性がなかった。けじめをつけるような強い一線を持っていなかった。いってみれば、子どもに優しいだけの怖くない教師だったのだ。
 
「これを守らないと先生は怒るぞ!」というのが、私と子どもたちとの約束事として、あることが重要だ。この存在が大きい。これがあると、どこかクラスにしっとりとした落ち着きがでるのだ。いろいろな子がいる。その一線を破る子も出てくる。その時、私は一線を守るために必死で戦った。
 ふり返って見ると、荒れたクラスになった時も、最初からひどいわけではなかった。最初、ボスの子が一つまた一つと決まりを破っていった。そこで私が、その一線にこだわればよかったのだ。一線をどんどん後退させられ、クラスの秩序は雪崩のように崩れていったのである。
(2)
ほめる
 しかるだけでは足りない。日々の実践で子どもたちとどう接するかがぬけている。「ほめる」ことにも一貫することだ。
2 宣言したことは徹底する構えを、言葉と態度で示せ
 私は新学期の出会いの日に子どもたちに語った。まず、優しく担任の意気込みと願いを。そして表情、語調を厳しくしてつぎのことを宣言しました。
「先生は次の三つのことをした時は、かんかんに怒ります」
(1)
大けがをするような、危ないことをしたとき。
(2)
いじめや悪口など、人が嫌がると分かっているのに、なおやったとき。
(3)
二回、三回と注意されたことを、さらに繰り返したとき。
以上のことを徹底することに努めた。新鮮な出会いの日の宣言は、強く子どもの心に残るようだ。このようにして「これだけは許さないという一線」を明確にした。
 教師も人間。すべての教育活動に一貫しようとしても無理だ。「これとこれに一貫する。後は大目に見る」という絞り込みが必要だ。何を重視するかで、人それぞれだろう。私の場合は、
(1)
授業開始時間を一貫する
 
「授業は、休み時間終了のチャイムが鳴り終わって、二分後に始める」と約束した。遅刻した子にまず理由を聞く。これを欠かしてはいけない。「何となく」遅れた子には「1回目だよ。2回繰り返したら先生はおこるからね。注意しなさい」
 中には、教師をためそうと意図的にきまりを破ろうと試みる場合がある。そのときは、かなり厳しく(しかし、短く)叱った。
(2)
宿題忘れの子は学校でさせることに一貫する
 家庭での生活習慣がだらしない子ほど、宿題をやってこない。理由を聞くが詰問はしない。休み時間にさせる。放課後までやらないときは、教室に一緒に残り、宿題をおわらせるのを見守った。そうすると、宿題を忘れないクラスに育っていく。
(3)
教師の話は物を置いて聞くことに一貫する
 いいかげんな態度、姿勢で教師の話を聞かないように、物を置いて聞くようにした。
(4)
けんかは先に手を出した方の責任であることに一貫する
 けんかの状況によるが、私は「原則として先に手を出した方が罪が重い」という態度を通した。事実をつかみ、罪の重さを考える。悪い方に謝まらせる。ただし、納得していることが重要だ。
3 これで子どもの心を引きつけるという、教師のセールスポイントを意識せよ
 子どもに「この先生が担任になってよかった」と思わせる。そのため、自分を売り込むための「自分らしさ」は何かを考える。
 教師ならば、子どもと教師の人間関係がうまくいっていることが、どれほど重要か知っているはずだ。特に私のように苦しい経験をしたことがある教師は身にしみて分かるだろう。その人間関係を良好に作っていくために「自分の持ち味」を売り込もうということなのだ。
 持ち味で勝負する部分っていうのが学級経営にはあるのです。教師には何かあるはずなのだ。手品、ものまね、ギターが弾ける、部活動で鍛えた特技など、とにかく、自分の持ち味を活かすことにこだわろう。
 私のセールスポイントは、
(1)
高校時代の器械体操の得意なわざを子どもたちに見せた。
(2)
子どもたちと一緒に遊ぶ、クラス全員を遊ばせる
 芸のない私には、これが一番手っ取り早く効果的だった。学級開きからしばらくの間、20分の休みだけは「クラス全員で遊ぶ時間」にしたのだ。手つなぎ鬼、助け鬼、かげ踏み鬼、サッカーなどをやった。子どもたちはすごく喜んだ。
 しかし、問題も生じる。男女で手をつなごうとしない。最初が肝心だ。私はすかさず叱る。三日もすれば慣れて当たり前になってしまうのだ。
(2)
朝の話で、面白い話をする
 一人旅の話、ツーリングした時のエピソード、旅先でお金がなくなった話などは喜ぶ。長い話は、続き話にするとよい。当て字の読み当てゲームもいい。例えば土竜(モグラ)、海豚(イルカ)など、簡単にできて大変うける。知的な刺激もある。
 以上は、学級経営の基ともいえる、教師と子どもの人間関係を良好に滑り出すための手段である。
4 「経営塾」の学びを土台として
 これまでは、あくまで、子どもたちとの「出会い初期」に通用するものである。ここを出発点として「授業で力がついた」と、子どもたちに実感を与えることである。
 私は、様々な実践を積み重ねた。例えば、百ます九九の取り組み。クラス全員が二重跳びの合計の新記録をめざす取り組み。酒井式描画指導法の変形追試で、クラス全員入賞させることができた。
 こうした実践を通して学級が高まっていったのである。ただし、これらの実践も、経営塾で学んだ「しかる、ほめる、を一貫せよ。そして、これだけは許さないという一線を、明確に意識せよ」「これで子どもの心を引きつけるというセールスポイントを、意識せよ」という2点が土台にあったからこそ、成し得たものであったことに間違いはない。
(
亀山 浩:新潟県公立小学校校長、糸魚川市教育委員会)

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