カテゴリー「学級の荒れ」の記事

荒れる学級から学び、新任教師を成長させたものは何でしょうか

 四月、中村先生が新任教師として私の学校に赴任してきました。緊張感の中にも笑顔の素敵な女性で、すがすがしい雰囲気を漂わせていました。
 小学校三年の担任になり「教師になることが夢だったんです。子どもの可能性を生かしてやりたい」と嬉しそうに語ってくれました。
 しかし、そんな抱負もつかの間、顔が引きつってくるのに時間はかかりませんでした。教師としての技量はまだまだ未熟でした。子どもたちはまったく言うことを聞かなくなってしまったのです。
 授業が始まっても席に着こうとしない、人の話を聞かない、あっちこっちでケンカ騒ぎが起こってしまう。教室は混乱し、中村先生はパニック状態になってしまいました。
 中村先生は連日のように起きるトラブルで、毎晩寝る前、ふとんの中で涙を流していました。
 荒れる学級をなんとかしようと、次第に管理する姿勢に変わっていったようです。言葉づかいも荒くなり、行き詰った状態になってしまったのです。とうとう体調不良でダウンしたまま夏休みを迎えたのです。
 夏休み明けの彼女は、それまでのロングヘアーをばっさりカットしてきました。同時に大変身しました。知ったかぶりしていたのをやめ、わからないことは子どもたちに教えてもらおうと努力よるようになった。
 肩の力が抜けてきて、とってもリラックスして子どもたちに向かうことができるようになりました。
 四月から「いいクラスにしたい。他のクラスに負けないでやりたい」と、頑張る中村先生に子どもたちは反発するようになりました。
 中村先生は「子どもたちにバカにされているようで、自分の弱さをさらすと、子どもになめられてしまう」と思った。
 それが、子どもたちと悪戦苦闘する中で、子どもたちのやる気を引き出すコツを見つけたと言えるでしょう。
 四月当初、中村先生は固く硬直した教師でした。子どもたちにとって魅力的な教師になれないと私は思っていたのですが、柔軟な思考やユーモアがでるようになってきました。
「私、教師になってよかったと思う」と中村先生は回想しながら言います。
「一学期のころの私は、バカにされてはいけないと見栄を張って子どもに向かっていました。そんな私を子どもたちはちゃんと見抜いていたのです」
「いつも、これ以上、学級が目茶苦茶になったらどうしよう、子どもに嫌われたらどうしよう、バカにされたらどうしようと思う日々でした」
「怒ってばかりで、それでいて叱るべきときには、叱れずにいたような気がします」
「子どもたちと心から笑ったり楽しんだりすることができなかったように思います」
「学年主任の先生に『子どもと一緒に悩んでやったり、遊んでやったり、いっしょに掃除をしたりできる先生に』と、諭されたことが、いまようやくわかってきました」
「三学期は、子どもと一緒に長なわとびをして毎放課後、遊んでいました。それは『遊んでやっている』という気持ちではなく、みんなと一緒に遊んで楽しんでいるという気持ちに変わってきたような気がします」
「子どもと自然に関わり、いろいろ話をすることができました」
「自分が心から笑わなけりゃあ、子どもも心から笑みは見せないのです。わからないことを『わからない』と子どもに言うことは、ちっとも恥ずかしいことではないのですね」
 教師の仕事は情熱に技術が伴って本物です。どこか肩の力の抜けた彼女の振る舞いに、私たちもほっと安堵の胸をなぜ下ろしたのでした。
(
前田勝洋:1942年生まれ、元愛知県公立小学校校長。学び合う教師を常に意識して小中学校を学校行脚)


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暴力を振るう子がクラスに出てきて、他の教師の力を借りないとやっていけないようになった

 学級崩壊の話題がでると、私が小学校二年生を担任して学級が荒れたことを思い出します。
 私は、それまでは大きな団地にある学校ばかり20年以上勤務していたのですが、はじめて田舎の小規模校に転勤しました。
 いままでの学級づくりの方法が、けっしてベストではなかったけれど、まあまあだったので、いままでのやり方でクラスをまとめていこうとしました。
 ところが、十月をすぎるころから、クラスの一人の男の子がいうことをきかなくなりました。自分の思い通りにならなかったら、平気で友だちを殴ったり、けったりしました。
 その子があまりにもわがままを押し通そうとするので、その子から、はずれた価値観で学級をつくっていこうとしました。それが彼の心をキレさせたのでしょう。
 私が、授業中も、彼のいうことをきかなかったり、彼をあててやらなかったりすると、むくれたり「先生はおれのこと嫌いなんや」と言っていました。
 自分の思いが通らなくなると、いきなり担任の私にむかって暴力をふるってきたのです。自分がいたらなかったのだと考え、軌道修正をしてみましたが、駄目でした。
 一月になると、授業が終わったとたん、いきなり私に向かって殴る、けるなどの行為が出てきました。
 毎日、学校に向かうたびに「今日こそは彼にやさしくしてやらなければ」と思って学校に行くのですが、暴力を受けるともう駄目でした。
 校長は「けっして、やりかえしは、しないように」と私に言いました。
 まだ二年生だったから、二回~三回の通院ですんだのだと思います。でも殴られた耳の聴力は悪いままです。
 暴力は毎日だったので、まわりの教師がたまりかねて、当番を決めて教室に入ってくれることになってからは、すこし授業は、ゆとりをもってできるようになりました。
 彼が暴力をふるってきたら、当番の教師が彼を別室につれて行き「さとした」からです。
 他の教師の力を借りないとやっていけないなんて、私にとっては屈辱でした。
 でも、学級崩壊はあちこちで起きていることであり、私だけの問題ではありません。
 このようなことが起きたのは、私が自分の経験をもとに「やり方を固定してしまった」ことが「子どもたちの実情にあっていなかった」のではないかと思えてきました。
 彼らは愛を求めていることは、わかっているのですが、私の「言葉かけ、一緒に遊ぶ、だきしめる」といった言動に、愛が不足していたのでしょう。
 私は当時、家庭の問題をかかえていて、ゆとりなんてありませんでした。
 その後、仲間の教師がさそってくれた生活指導研究会に、週一度参加させてもらいました。そこで、私は自分のやり方の「かたさ」がわかってきました。
 転勤して二年目、やっと心の傷もじょじょに回復にむかいました。
 子どもたちに、とにかく「あなたのことが大好きなんだよ」というメッセージを、いつも心から発してあげることが、一番のクラスづくりの基本だということが、いまさらながら、わかってきました。
 また、「子どもたちを笑わせてあげること」も大事なクラスづくりの一つのようです。
 子どもたちに、楽しければいいという意識があるような気がします。子どもたちは、よく笑わせてくれる先生を心待ちにしているのではないかと思います。
(
元大阪府公立小学校女性教師)

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荒れたクラスは問題が次々と起こる、どのように指導すればよいのでしょうか

 クラスが荒れだすと問題が次々と起こり、いったい何から手をつけたらいいのかわからなくなってしまいます。こんなときには最低限、必要なことを確実に行うことが大切です。
 クラスの荒れは、学級生活への不満が募って起こります。子どもたちは「叱られてばかりしている」「がんばろうとしても、誰も認めてくれない」「いつ、いじめられるかわからない」など、所属感、意欲が低下し、強いストレスと不安感に包まれています。
 子どもは自分が認められない思いが続くと、ストレスを爆発させ「攻撃」という形で自分の存在を確かめようとします。
 だから、友だちが傷つくような罵声をあびせたり、気の弱そうな友だちに暴力をふるったりして、優越感を味わい、安定しようとするのです。
 暴力的な子に対しては「緊急の対応」と「ある程度、時間をかけた面接」が必要です。
 クラスが荒れていると、パニックを起こす度合いは多くなり、その状況も壮絶なものになります。
 机や椅子を蹴散らす、物を投げる、みさかいなく殴りかかるなど、担任一人では対処できないことがあります。
 学年や担任外の教師と協力体制をとり、緊急時に対応してもらいます。子どもがパニックを起こしたら即座に安全を確保する状況をつくります。子どもたちの身の安全を優先することがねらいです。
 暴力を振るう子は、それだけストレスがたまっていることを理解してあげなければなりません。
 パニックがおさまり、少し落ち着いたところを見計らって「あんなになるくらい、よほどのことがあったんでしょ」と、わかってあげようとするメッセージを伝えます。
 はじめは、理由なんて話せません。そもそも「どうして、むしゃくしゃしているのか」自分で意識化できないことが多く、余計にストレスを感じているのです。そして、そのストレスを暴れていることで解消してしまっているのだと考えられます。
 ですから、カーッとしたとき、別の行動をとるよう提案します。例えば「カーッとしたら2回深呼吸をしてみよう」と話します。
 パニックを起こさなかった日は、帰りに「今日は落ち着いていたね。深呼吸したのかな。先生、安心したよ」と担任のうれしい感情を伝えます。
 クラスが荒れている状況では、子どもたちがみんな傷ついています。傷つけ合って生活している子どもたちは、静かな安心できる場、何でも受けとめてくれる、あたたかい人を求めています。
 いじめられそうな子、不登校になりかけている子、クラスに居場所がないと感じている子などに「今日はどうだった?」「今、一番不安なことは何?」と問いかけ、
「いつも心配している」「大切なんだ」というメッセージを伝えるようにします。
 はじめは、担任が一対一で話を聞くようにします。すぐに具体的な対応を示さなくても、ただ聞いてあげる、つらさをわかってあげる、ということが大切です。
 多くの子どもたちは「学校は勉強するところ」だと認識しているし、心の底では勉強ができなくて不安だと感じているのです。
 学校教育で最も大切な「わかる喜び」「できる喜び」を子どもたちに感じさせることが重要です。
 しかし、クラスが荒れると、通常の授業はできない状態になります。クラス全体に指示を出しても聞かず、話し合うこともできない。
 そこで、個別の学習を多く取り入れるようにします。学習プリントなどの作業をさせるのです。
 はじめは、プリントを破り捨てる子も出てくるでしょう。騒いでばかりで作業しない子もいることでしょう。
 ここでのポイントは、少々うるさいことは、とがめず、もくもくと作業を進めさせることです。
 うるさくても学習に取り組むことに慣れさせる、いわゆる行動療法です。子どもと教師の一対一の個別指導を粘り強く進めていき、
「この問題は難しいのによくできているね」「こんな計算法もあるよ」と、一人ひとりにささやくように声をかけます。
 そうすることで、子どもたちは「先生は自分だけに、ていねいに教えてくれている」と感じ、安心できるようになるのです。
 一斉指導しようとすると、細かいことまで説教をしたくなりがちですが、一対一だと、一人ひとりのがんばりを認めやすく、その子のよさも新たに発見しやすくなります。
 学習したプリントは、教師が丸をたくさん付け、一人ひとりのファイルに閉じておくのが効果的です。全員が見えるところに貼り出すのは抵抗を感じる子がいるでしょうから、あくまでも個人ごとの保管にします。
 こうやって形に残すことで、子どもたちに充実感を与えると同時に、子どもたち同様に、不安でいっぱいの教師自身が指導した足跡になるのです。
(
藤村一夫:岩手県公立小学校教師を経て校長。学級経営スーパーバイザー、上級教育カウンセラー、学校心理士。河村茂雄に師事し、学級崩壊・不登校などを予防する学級経営を研究、日本カウンセリング学会学校カウンセリング松原記念賞受賞)

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暴れる子どもに対して、どのように対処すればよいのでしょうか

 以前受け持った小学校三年生に、すごく暴れる男の子がいた。不登校ぎみで、学校に来ても気に入らないことがあると、授業中に突然、物を投げたり、教室を飛び出して廊下でひっくり返って動かない。
 前の担任は教務主任といっしょに力ずくで席に着かせていました。私は「こんなことを続けていても、らちがあかない」と思っていました。
 その子の担任になって最初に暴れ出したときは、両足でその子を挟んで押さえたまま授業をした。事前に母親には「押さえることくらいはいいですね」とお許しをもらっていた。
 
「放せー、放せー」って、その子が叫ぶ。「悪いけど放せないんだ。ケガしたり、教室から出ていったりしたら困るから」と、私は怒りもしない。
 私はクールに対応して授業を続けた。学級の子どもたちはびっくりした。そんなことする教師を見たことがないから。
 授業が終わって「おい、休み時間になったけど、どうする?」「トイレに行きたい」「教室にちゃんと戻ってくるか?」と聞くと「絶対に戻ってくる」というから、外してやった。
 その日は、ちゃんと教室に戻ってきた。翌日からは「おはようございます」と言って、登校してくる。今はまだ遅刻は多いけど、すっかりフツーの子になりました。
 それまでの教師は、子どもに対して淡々とつきあうことができなかったんでしょうね。「なんとかしてやろう」「話せばわかる」で、やってきたんじゃないかな。
 だけど「話せばわかる子」なら、問題は起こさんと思うわけ。口でいくらいってもダメなら、現実的にやっていかなきゃいけないこともあるんです。
 そういう子どもたちをいままで受け持ってきて思うのは「毎日いっしょに暮らしていれば、お互いにわかってくる」ということですね。
 
「こいつは、こういう子だ」「この先生は、こういう先生だ」と慣れてくる。生活の慣れって、大きいですよ。生活している時間が解決してくれることもあるんです。
 しばらく我慢して子どもとバトルしていると、子どもは変わっていくことがある。
 例えば「この子は忘れものが多いけど、どうしたらいいか」と、叱ったり、悩んだりしているうちに、いつのまにか忘れものをしなくなったりね。
 根本的な解決にはならないし、即効性もないけど、しんどい時間を共有することで、物事が進むことはある。子どもって、確実に育っていくものだから。
 もちろん、万事、それで解決できるわけじゃないですよ。子どもの生育歴や気質の違いもあるからね。
 
「こうすれば必ずうまくいく」なんてノウハウはない。教師たちには「マニュアルに頼るな」といいたいですね。
 自己中心的な教師はけっこういますよ。自分がどう評価されているか、常に気にしているからだと思うんですよ。
 学級崩壊の原因でよくあるのは「自分のクラスは、ヤバい」と思っていても、まわりに言わないことなんだよね。
 優等生の教師ほど言わない。ベテランほど言わない。プライドがあるから、失敗や間違いを認めたがらない。それで傷口がどんどん大きくなって、大変になるんです。
 そして「子どもが悪いから、しょうがないでしょう」と、すぐに言いわけをする。でも、その後、どうやって解決するか、見通しをまったく持ってないんですよ。
 教師の仕事柄、いちばん必要なことですけど、臨機応変に対応できない教師も多いです。他人事じゃないんですよ。私自身も。
 全部の教師が素晴らしいなんてあり得ないでしょう。未熟さをお互いに助け合っていくことを考えるべきですよ。
 私は保護者にも自分にも、よくいい聞かせているんだけどね「自分が幸せにならいかぎり、子どもも幸せにならない」って。
 教師が自分の生活を楽しんでなきゃ、子どもがおもしろがる授業は、できるわけないでしょ。だから「先生はいつも能天気でいいわねえ」と言われたら、正解なんですよ。
(岡崎 勝:1952年生まれ 元名古屋市小学校教師、フリープログラムスクール理事。子どもの居場所「アーレの樹」を運営。学校マガジン『おそい・はやい・ひくい・たかい』編集人、中日新聞『子どもってワケわからん』連載中)

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小学1年生が授業中、話を聞かない、立ち歩くなどの「小1プロブレム」にどう対応すればよいか

 小学1年生が教師の話を聞かなかったり、授業中に立ち歩いたりすることで、授業が成立しない「小1プロブレム」が問題になっている。
 小学校に入学した1年生が、「授業中に座っていられない、先生の話を聞かない、集団行動がとれない」など学校生活になじめない状態が続くことです。
 とくに多いのが、授業中、自分の席に静かに座っていられないことです。そういう子が何人もいる場合があり、教師が注意しても、なかなかなおらない。
 ほかの子どもたちも授業に集中できなくなりがちです。どうすればよいのでしょうか。
 身体を動かすことを授業に取り入れましょう。作業性の高い「ワークショップ」形式を取り入れ、子どもの発言や手作業などの機会を多く与える。
 集中して作業をする活動と体を動かす活動を交互に入れる。問題を出し、答えが○だと思う子は立つ、×の子は座るなどの工夫をする。
 教師は気になる行動をする子たちの対応にかかりきりになってしまうと授業ができません。どうればよいでしょうか。
 一人ひとりの子どもをしっかり見守れるように、クラスにもう一人教師が入ったり、補助員を置いたりするとよい。チームで対応すれば、子どもが教室を飛び出したときに対応しやすい。
 補助に入るには予算の問題などがあって難しいでしょう。学校全体で役割を分担し、担任をもっていない教師などがスケジュールを組めば補助を入れやすくなる。保護者や地域の人々からボランティアをつのるところもあります。
 会話や発言のマナーがわかっていない子は、教師や子どもたちの話の途中で割り込んでしまうことがあります。どうすればよいでしょうか。
 マナーやルールを教えて、トラブルを防止します。具体的にイラストや写真で示したり、手本を見せたりすると伝わりやすい。
 教師がクラス全体に指示したことが理解されていないことがある。どうすればよいのでしょうか。
 指示が伝わりにくい場合は。指示するときに視覚的な情報を添え、見てわかるように伝える。指示が伝わったかどうか、子どもに復唱させるとよい。
 多動や注意力の不足が目立つ子には、こまめな声かけが効果的。同じ指示をくり返す。
 
「○○してから、△△して」と同時に2つ以上言うと、わかりにくい。ひとつ伝え、作業が終わってから次を伝えるようにする。「もう少し」などの抽象的な指示をさけ「あと2回」などと具体的に言う。
 子どもどうしの人間関係のトラブルが多発することも「小1プロブレム」のひとつです。ちょっとしたことで、クラスの友だちとケンカになってしまう。がまんする力が弱く、思いどおりならないとイライラし乱暴になる。ひと言多い。他人のものでも勝手に使うなど、よくもめごとを起こします。どうすればよいのでしょうか。
 ケンカしやすい子には、人間関係のルールを教えましょう。しかし、友だちとのつきあい方を教師が言い聞かせようとすると説教になりがちです。
 紙芝居などで具体的な場面を示し、ことばの使い方や相手の気持ち、適切なふるまいを説明します。市販の教材を使う。例えばマンガを使った場面理解の本などがでています。
 出来事を4コママンガのセリフを空欄にしておき、子どもによい言い方を答えてもらう。
 整理整頓が苦手な子どもは、どうすればよいのでしょうか。
 ちらかった机と、整理整頓された机の写真を撮って、見本として並べて見せるとよい。
 説明だけではわかりにくい子には、教師が途中まで手伝い、手本を示すようにします。
 AD/HDがある子は、注意力不足の特性があって整理整頓が極端に苦手なことがあります。ほかの子と同じようにこまかく指示するとストレスをためてしまう可能性があるので、指示を個別にしましょう。
 小学校1年生の授業は、ごく基礎的なものばかりです。しかし、LD(学習障害)や注意・集中力につまずきがある子どもにとっては、話がちがってきます。彼らには読み書きや計算など、学習の基礎的なことの習得に困難があります。
 そのため、通常の教え方では、学ぶ内容の難しさに関係なく、授業についていけない場合があるのです。学ぶことそのものに困難がみられる場合には、個別の配慮が必要です。
(
月森久江:東京都公立中学校教師(38年間)を経て東京都杉並区立教育センター指導教授。20年以上教育相談やLD(学習障害)の研究、子どもの特性に応じた指導法は、特別支援教育の先進的なモデルとして注目され、全国各地で講演会なども行われる)

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若い教師は学級に問題が起きないようにと願っているが、学級の荒れは教師が成長するチャンスである、どうすればよいか

 多くの教師が述べていることですが、学級ではハプニングやピンチは必ず起きます。
 それは、多くの人が集まる集団の特徴であり、まったくゼロにすることは不可能です。
 大切なことは、そうしたハプニングやピンチを教師が成長するチャンスに変えていくことです。
 若い教師は学級で問題が起きないでほしいと心のどこかで祈っているかもしれません。しかし、問題が起きることは、実は教師である自分や学級を成長させるチャンスであると言えます。
 そういう心の持ち方や心構えを私に教えてくれたのは、大阪の金大竜先生です。
 ぜひ、若い教師は、うまくいかなかったとき「これはチャンスだ」と思って、学級を経営するように心がけてみましょう。
 しかし、ピンチを何回も繰り返しているようではいけません。それでは子どもたちがかわいそうです。
 ピンチを何回も繰り返さないためには
「なぜ問題が起きたのか」
「起きないようにするためにはどうすればよいか」
を考え、実行することがとても大切です。
 つまり「分析」することです。
 例えば、ケンカなどのトラブルも、そうなる前に声をかけておいたり、今後同じことを繰り返さない意識づけをしていったりすることです。
 とくに、いじめなどの問題は小さなちょっかいやいじりに目をおき、声をかけておくことで未然に防げるものもあります。
 ここにも「子どもをよく見ていく」という教師の行為が欠かせません。
(長瀬拓也:1981年岐阜県生まれ、 横浜市公立小学校教師、岐阜県公立中学校教師を経て岐阜県公立小学校教師。授業づくりネットワーク理事、教育サークル「未来の扉」代表代行、クラス・マネジメント研究会代表)

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クラスが荒れ、授業中に活気ある話し合いができないとき、どうすればよいか

 クラスが荒れていると、授業中のおしゃべりは遠慮なくするのですが、話し合いができない。どうすればよいのでしょうか。
 荒れているクラスでは一人で行動できない子どもが増えます。誰かと一緒でないと行動できず、一人では不安になり、自信がもてないのです。一人で考え、一人で発表するということができません。
 子どもたちは「失敗すると笑われる」「間違えると恥ずかしい」「発表すると知ったかぶりをしていると思われるのでは」
と、友だちを意識して、クラスが荒れてくると話し合いが成立しなくなります。
 そこで、隣同士で話し合う時間を設けます。一人では自信がない子どもたちですが、二人なら安心です。
 結論がでたら、二人とも起立します。起立するペアが一組、二組と増えていきます。
 すると、まだ立てない二人組が焦ります。荒れているクラスは「みんなと同じ」ことをしたがる傾向があります。
 自分たちだけが座っていると居心地が悪くなります。まだ起立できない二人組は立っている友だちに相談します。みんなと同じように起立しようと友だちに頼ろうとするのです。 頼られた子どもたちは快く応じます。
 座っている二人組は、友だちに相談した結果、同じ意見のときには「そうだね」と意を強くします。
 異なる場合には「どうして」と、質問すると、討論が始まります。話し合いが自然発生します。そのうち全員が起立します。
 さらに、つぎのように工夫してみるとよい、
 結論が出た二人組は教室の後ろへ移動させます。そこで、他の二人組と意見交換をさせ、同じ意見を持つ組同士で集まるように指示します。
 ずっと座って話し合いをしていると退屈ですが、動きのある授業を仕掛けると子どもたちは飽きずに授業を受けられます。
(
城ケ﨑滋雄:1957年鹿児島県生まれ、千葉県公立小学校教師、教育委員会、不登校対策教員として不登校児童と関わる。荒れた学級の立て直し、小学校教師として教育情報誌・子育て情報誌などを通して、若い先生や保護者にアドバイスも行っている)

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新任一年目に担任になって、子どもを自由させて空回りし荒れ、学級づくりで大失敗した

 教師になって新任一年目で四年生の担任になりました。子どもたちに
「先生は頭が悪い、わかってくれない、教え方がへただ、こんな先生のクラスになりたくなかった、替わってほしい」
と言われ、ショックを受けた。しかし的を射ていた。
 私は教師になりたかった。念願の教師になり、あふれんばかりの希望と理想でいっぱいだった。
「自由で生き生きと子どもたちが活動している授業」をイメージして、自分のクラスの子どもたちは自由にさせた。子どもたちに、窮屈さのない自由な気持ちを味わってほしかった。
 しかし、その結果「この先生は怖くない」と、子どもたちは好き勝手、やりたい放題になり、私の話を聞かなくなり、クラスはめちゃくちゃになってしまった。教室から出て行く子、乱暴な子、無気力、いじめが激しくなったこともあった。
 何度となく先輩の先生に相談をした。みんな親切にアドバイスしてくれた。言われたことを全部やったのに、何も変わらない。
「こんなに一生懸命やっているのに、子どもたちは、なぜわかってくれないのだろう」そんな気持ちばかりが大きくなっていった。
 一学期の通知表を一目見たB男は、私の目の前で破った。そのとき「先生は僕のことを理解してくれない。僕の話を三回も聞いてくれなかった」と言った。
 雷に打たれたようだった。私は自分のことで精一杯で子どもの話を聞いてあげていなかったのだ。自分を認められないほど悲しいことはないだろう。子どもの話を聞いて喜んだり、悲しんだりすることをB男の事件で教えてくれた。
 また、一学期に先輩に教えていただいて、行ったドッジボールも、子どもたちがやりたいと思わなかったために盛り上がらなかった。
 五年生からドッジボールの挑戦状をたたきつけられるかたちで提案してもらった。子どもたちは練習に励んだ。私はびっくりした。子どもたちは正直だ。
 新任の一年を振り返ると「自由で生き生きした子ども」の姿をはき違えていた自分が見えてくる。子どもに媚びていただけの自分であったのではないか。子どもは、すぐにそんなつまらない大人を見抜く。
 子どもたちはいつも「今の自分よりもすごい自分に成りたがっている」存在である。
 子どもたちは、息が詰まるほど真剣に話し合ったり、悩みながら考えを書いたり、問題を解決したり、できるように何回も練習したり・・・・。自分が知りたい、解決したい、やってみたいと思って取り組んでいるときが、精神的に自由なのだ。
 子どもたちは、そんな場や機会を待っているし、欲しがっているのに、私は自分がやりたいことばかりを提案して、子どもの気持ちや考えから始めようとしなかった。
 子どもの考えが生まれてくるのを待ったり、考えが生まれる手助けをうまくしたりしてあげることができなかった。
 子どもたちは、さぞ、窮屈だっただろう。山のように課題を残した一年であったが、私にとって宝の山となった一年でもあった。
 一年の終わりには、子どもたちが「先生なかなか頑張ったじゃん」と言われ、手紙と色紙をもらった。私は涙が止まらなかった。
 今でも、初任のときの経験は私の教職生活の中でのバイブルとなっていることが多い。私の一番の先生は子どもたち。いいことも悪いこともすべてにおいて、いつも子どもたちと本気で向い合うこと。そこからしか何も見えてこない。
(
山崎準二編著。K小学校教師、女性、教職歴13)


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新採4年目で5年生の担任になり学級が荒れたが、キレた子の事件をきっかけに良くなっていった

 「高学年の子どもはこわいが、でも向き合える教師になりたい」という、ずっと抱えていた決意に挑戦するため、新採4年目で5年生の担任になりました。
 この子らは二年生のときに担任したので、きっと良いスタートができるだろうと、期待して始業式を待ちました。
 学級開きの日は、どことなく子どもたちと距離がある感じでした。ドギマギしながら「みんなで力を合わせて楽しく過ごせるクラスにしようね」と言う私の言葉は上滑りな感じでした。
 子どもたちの心の中が知りたくて「始業式の日」という題の作文を宿題で書いてもらいました。翌日、読んでみてショックをうけました。
「担任の先生が若い女の先生だと知って、お母さんが『大丈夫かなあ』、お姉ちゃんが『なめられないといいけどね』と、言っていました」
「わたしは、前の先生がいちばん好き」
など、私に対する不安や傷つく言葉を綴った作文がいっぱいありました。
 さらに、みんなで遊んで楽しい雰囲気をつくり出そうとしても、半数近くの子が「えーっ、やりたくない」といって、校庭の隅に座り込んでしまう。
 授業中は課題にとり組まず「ぼぉーっ」としている子が数人。注意すると「勉強する意味がわからない」「めんどくさい」という言葉が返ってくる。
 また、授業中のおしゃべりが止まらない男子が何人もいて、お説教で授業を中断することもしばしば。女子同士のいじめやいざこざも、後を絶ちません。
 でも、私が決意したことを落ち込むたびに思い出し、前に進む道を探しました。学習会に参加したり、教育書を読んだりして、高学年について学ぶと同時に、学年の教師に相談して具体的な指導方法などを教えてもらい、支えてもらいながら、日々を乗り越えていきました。
 クラスにささいなことですぐキレ、友だちを殴ったり物を投げたりするAくんがいました。教育相談の教師に相談すると「キレる問題」で校内研修会をしてもらうことになりました。
 研修会では「まわりの子どもたちの共感力が必要」「キレた後は、気持ちが落ち着くまでそっとしてあげたほうがいい」「その子が認められるような場をつくる」などの意見が出されました。
 私は「Aくんの切なさに、なんで寄り添おうとせず、逆に追いつめてしまっていたんだろう」と、胸が締めつけられ「つぎは過ちはくり返さないぞ」と心に誓いました。
 その研修会の直後、休み時間に、Aくんがキレて机を投げ、友だちの背中を殴るという事件が起きました。私が教室にかけつけたときは、Aくんは保健室に行ってしまった後でした。
 「Aくんのことをみんなで考えるチャンスだ」と思い、すぐに子どもたちを席につかせ、話し合いを始めました。何があったのか事実を確認した後「どうしてAくんはキレてしまったんだと思う?」と問いかけると「悪口をいわれたから」と子どもたち。
 子どもたちかAくんを非難し、話し合いが悪い方向へいったらどうしようかと思いましたが、子どもたちと真剣に話し合ってみるしかないと覚悟をきめました。
 
「悪口をいわれてキレてしまうAくんの気持ち、みんなわかる?」と聞いてみました。すると「わかるよ」という子が出てきたのです。「ほかにもいる」と聞くと、ほとんどの子が手をあげました。
 
「どうしてわかるの?」と聞くと、多くの子から次々とキレ体験がでてきました。そこにAくんが教室に帰ってきました。私は「気持ちが落ち着ける場所に行ったのは、えらい」と、ほめました。みんなのキレ体験をAくんに伝えました。
 
「みんなAくんの気持ちがわかるって。大丈夫だよ。キレちゃっても、今日みたいに気持ちを落ち着ければいいんだからね。みんなわかってくれるから」とAくんに言うと、Aくんは静かにうなずきました。
 クラスのみんなの気持ちがAくんに届いた瞬間でした。「このクラスの人たちはみんな優しいね。とても素敵なクラスだよ」と話しました。
 その後、不思議なほどAくんのキレる回数が減り、キレてしまったときも、自分からその場を離れました。そして自分から迷惑をかけた友だちに謝ることができるようになりました。何に腹が立ったのかを少しずつ言葉で伝えることもできました。
 友だちに共感してもらえるということが、こんなに大きな変化をもたらすということを私は実感しました。これから、いろいろあっても、クラスの子どもたちを信頼して前に進んでいこうと思えた出来事でした。
(
大山しおり:1979年生まれ、東京都公立小学校教師)

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荒れている学級を担任して、どのようにして立て直していったか

 五年生は荒れている学級だった。ティームティーチングでなんとか学年末まで持たせてきた子どもたちだ。
 子どもたちの気持ちは担任から離れるばかりであった。二学期末から三学期にかけて臨時保護者会が何度か開かれ、保護者も二月頃は毎日授業参観に来ていた。
 問題は、担任が子どもたちの心をつかみきれず、体を張ってでも、とことんかかわってくれなかったことへの不満が出ていたようだ。
 その荒れていた学級の子どもたちが六年生になり、私が担任することになった。新しい学年になり、担任が代わったときは、学級を立て直すよい機会である。
 私は、つぎのような取り組みをした。
(1)
始業式の一日で子どもたちの名前を覚え、出席簿を見ないで呼名をして一声かける。
(2)
子どもの不満に耳を傾けながらも、YESとNOをはっきりさせる。
(3)
子どもが登校する前に教室で仕事をするようにして、子どもたち一人ひとりと挨拶をかわして迎える。
(4)
チャイムが鳴る前に教室に行き、チャイムと同時に授業が終わるようにする。
(5)
休み時間は子どもたちと一緒に遊ぶ。
(6)
掃除は一緒にする。雑巾がけなどいやがる仕事は、担任が先に立ってやり、範を示し、声をかけ一緒にやる。
(7)
できることは何でも一緒にする。
 ボスのKを取り巻く四人はなんとか理由をつけて手を抜こうとする。そんな時、命令だけでなく共に作業をする。
(8)
専科の時間も専科教師に了解を得て、ティームティーチングをさせてもらう。
(9)
やる気のない子には個別指導を続け励ましながら完成させる。
 諦めずかかわっていると「わかったよ。やるよ、先生もういいよ」と、どの子どももわかるときがくる。
 指圧や針の世界では、体の部位にツボがある。ツボをはずしていくら治療をしてもききめがない。荒れた子どもの心をつかむのも同じである。その子によってツボが違う。
 ボスのKは意外と情にもろいところがあり、話をしていて反抗的な態度のときと、涙もろく素直なときがある。
 あるとき子どもたちに、私が小学生のとき、母親に反抗したときの体験話をした。「母が悲しんで一人涙している姿を見て、私はとてもショックを受けた」と子どもに話した。「母の涙を今も忘れられない」と。
 その話を聞いて、ボスのKの目から大粒の涙がこぼれ落ちたのだ。母思いのKの一面を見た。Kの母親と連絡をとり、何度か家庭訪問をして、Kと母親と私の三者面談をして、自分を見つめさせる話し合いを持った。
 母親を悲しませたくないと思いながらも、級友の前ではワルを演じているのである。母親の思いに気づかせたことは、K自身をみつめさせ、自分に気づかせるのに役立った。
 教師は個々の子どもにかかわり、その子の心のツボをつかむことが大切だ。
 口や指示や命令だけしていて、教師が動かないのでは子どもはついてこない。子どもが見えていないだけ、子どもの心は教師から離れていくのである。
 一つできるようになったらよしとして、あれもこれもと望まない。たとえば
「着席して授業ができるようになったからよし」
「ノートや教科書が出ているからよし」
「人が話をしているとき、おしゃべりがなくなったからよし」
 小さな達成できそうな目当てを、子どもたちと話し合いながら決める。
 みんなで約束したことが、できるようになったかを確かめて、次のステップに移る。
 学び合い、支え合う雰囲気づくりの実践には、教師のおおらかさとねばりが基本である。
(
塚田 亮:元東京都公立小学校長)

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