カテゴリー「学級崩壊」の記事

学級が荒れ出し学級崩壊したとき、授業はどう改善すればよいのでしょうか

 学級崩壊はどこでも、どんな教師でも起こりうる時代です。
 荒れ出したら元にもどすのは、至難の業です。荒れた子どもたちとやっていかなければならない。工夫をしなければ教師自身、持ちこたえられません。
 まず、荒れていても授業はしていかなくてはならない。授業を改善することを考えましょう。
 基本の考え方は、子どもをひまにさせないということです。
(1)
テンポのある授業にしましょう
 子どもとうまくいかない授業はテンポが悪いのです。変にまのびしたり、滞ったりしています。
 退屈な授業を聞いていられなくて暴れるのなら、どんどん進めて退屈するひまを与えない方が良いでしょう。
 崩れかかっている子どもたちには、テンポは最も必要なことだと思います。
 荒れている学級は、どんどん教師の予定通りに進めていくのです。
 テンポよくどんどん進めてしまうと、よけいなことをしている時間が減ります。すると授業が成立しているように見えます。
 もちろん、間をとることは大切なことです。じっくり考えさせる授業は良い授業です。しかし、じっくりと考えることのできない状態になっているのですからね。
(2)
楽しい、面白い授業
 楽しい、面白い授業のために、いろいろな準備をして授業を行います。
 子どもたちとの関係をどう修復するかと悩むよりも、いかにして面白い授業にするかに力をそそぐようにします。人間関係が一度うまくいかなくなったら、そっとしておくしかないのです。
 子どもたちは、切り替えが速いから「楽しいな、おもしろそうだな」と思ったらのってきます。そうすれば、学級崩壊していても授業が成立します。
 絵本を読むと、よほどのことでもない限り、その間は教師の話を聞いています。子どもに合う絵本をいつも用意していれば、その読み聞かせをする数分間だけは、子どもたちは黙って聞いてくれます。教師の心の安定上良いことです。
 漢字の学習は、漢字のビンゴとか画数のゲームなど、ゲーム感覚でできるものを入れると、そういうことだけは高学年の子どもたちものってきます。
 こういうものは、ネタで良いのです。おもしろい学習のネタがたくさん本になっていますから、そこから取り入れると良いでしょう。(例:中村健一著、中條佳記著等)
 荒れてしまったら、緊急避難という感覚でネタを使ってみるのが良いと思います。
(3)
活動を中心とした授業
 子どもが話を聞いてくれないのだったら、話さなくても授業の大半が進むような工夫をするべきですね。
 そのためには、協同学習のような子どもたちだけで、できる活動を授業に入れることが良いでしょう。
 音読も活動です。五分間全員で音読していたら、私語やがさがさしにくいものです。
 ワークシートを使った一人学習を主体にしていけば、その間は、けっこう静かに学習します。
 つまり、子どもたちに活動させれば、荒れた時間ではなくなるので学級崩壊でも授業が成立するということです。
 そういうふうに、授業を工夫していけば良いのです。関係修復よりも、私は授業の改善を大切にすべきだと思っています。
(
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演
)

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私はこうして学級崩壊をなくした

(1)全く授業にならない
 学級崩壊して誰も持ち手のない6年生のクラスを私は引き継ぎました。担任してみると、全く授業にならないのです。授業中おしゃべりが多くて、ほとんどの子が聞いていないのです。
 授業中に平気で立ち歩く子、教室の廊下側の壁の下にある通気口の戸から出入りする子までいます。口笛を吹いたり、紙飛行機を飛ばす子、わざと机を鉛筆でカタカタたたく子もいるのです。
 なかには、机に両足を上げ、ふんぞり返っている子もいます。「授業中だから、普通に座りなさい」といっても「うるせー」と言って、いっこうにやめようとしません。黒板に「死ね」「バカ」と大きく書いてあることもありました。

 このように授業がまともにできず、いじめや暴力などで指導困難に陥っている崩壊した学級ですが、1年間でなんとかしなければならないのです。
 まったく自信はありませんでした。誰も持ち手がなかったので、仕方なく担任せざるをえなかったのです。
 ところが幸いに、子どもたちは、数カ月の取り組みで、ぐんぐん変わっていったのです。それは、専科の先生方との一致した取り組みや、保護者のみなさんの全面的な協力があったからです。
 私が「文化としての教育」の重要さを体験したのは、そのときでした。いじめや暴力をなくしていく取り組みとともに、毎日の授業の中で「文化としての学び」がなかったら、あのようには変わっていかなかったのではないかと思います。
(2)静かに穏やかに話す
 夜、苦労して作成した学級通信を、私の目の前で、一瞬にしてビリビリ破られる場面を見ることは、耐えがたいことでした。

 体育のときは、ほんとうに大変でした。体育着を持っていても、上だけ着替えて、ズボンを取り替えない子がいるのです。その子たちが着替えて、並ぶまでに10分もかかるような状態でした。子どもたちの様子を見ていると、イライラするが、やさしく冷静に対応していきました。
「授業中、人が話しているときに、おしゃべりをしたり、音をたてたりするのは、いけないんじゃない? 相手の話を聞いてあげるということは、その人を大事にするということだよ。人をお互いに大事にし合おうね!」

「机にわざと傷をつけるのはよくないよ。これは、工場で働くおじさんたちが作ってくださったんだよ。ほら、机の角を見て、全部まるみを帯びているでしょ。ここには、けがをしないようにという、働く人たちのやさしさがこめられているんだ。ものを大事にしようね」

「今日のこの学級通信は、先生が昨夜、眠いのをがまんして作ったものなんです。それをビリビリ破られるというのは、とても悲しいです」

 新学期が始まってから1週間は、できるだけ穏やかに話していました。なぜなら、指導には、強弱が必要だからです。
 静かに語ることが続くことによって、必要なときの強調(強い指導)が意味を持つからです。いつもどなったりしていては、必要なときの指導が、子どもたちの心にしみ込んでいきにくいからです。
(3)見て見ぬふりの生活
 学級の中では友だちを蹴る、殴るといったことが、日常的に行われていました。子どもたちは心の中では、ひどいなあと思いながらも、表面では強い子に同調せざるを得ないほど、荒れの状況が進んでいました。

 仲間はずれにされたり、これ以上痛い目にあわないように、自分のほんとうの気持ちを圧し殺して、びくびくしながら生活しているのが、男の子たちの正直な実態でした。ボス的な子どもたちに対して、批判するなどということは、まったくできませんでした。
 見て見ぬふりをしながら、生活していく以外に方法が見い出せなかったのだと思います。正義など、通るようなクラスではなくなっていたのです。問題を話し合うことさえ、不可能な状態だったのです。
 毎日なにかが起こり、一日が終わると、心身の疲労がとっとでてくる感じでした。
 これで、ほんとうに1年間、担任としてやっていけるのだろうか。そんな思いと不安がつのる毎日でした。なんとか授業ができる状態にしなくてはいけないと強く思うものの、具体的にどうすればよいのか、展望がなかなかつかめないのです。
(4)教室中に響きわたる叱責の声
 私は、本格的な指導をする具体的な場面を持ちました。指導には、具体的な場面が必要だからです。
 新学期が始まって1週間ほどした4月13日のことです。給食当番の子が、給食をくばっている最中でした。まだ「いただきます」もしていないのに、ボス的な存在だった子が、急に食べ始めたのです。
 私も「これは許せない」という思いから、教室中に響きわたるような、かなり厳しい口調で「ちょっと、待てー。一体こういうことが許されていいのか」と言って、語り始めました。
 子どもたちも、私の声と真剣な表情に驚いたようでした。それまでは、勝手にしゃべっていたり、手いじりたり、後ろを向いたりしている子たちもいましたが、さすがに全員の子が、微動だにしないで、黙って真剣な表情で聞いていました。もちろん、ふてくされた態度も全くみられませんでした。
「いただきますもしないうちに、勝手に食べ始める。何もしていないのに、いじめたり、蹴ったりする。『死ね、バカ』などと、人を傷つける言葉を平気でいう。大事なものをどんどん破壊する。授業中でも立ち歩く」
「これでどうして学級といえるだろうか。人間は、単なる群れではないぞ。集団だぞ。一定の規律があるだろう」
「そこが、他の動物とちがうところだ。しかし、このメチャクチャな状態は、群れとあまり変わらないじゃないか」
「まわりの人だって、全く責任がないわけじゃないぞ。いじめられている人がいても、注意する人がいない」
「それだけでなく、こわいからといって、ほんとうは嫌なんだけど、ペコペコしながら『強いもの』についていく。それでほんとうの友だちと言えるだろうか」
「今日の、今の、この瞬間から、先生は、一切の『暴力』『いじめ』『人を傷つける悪口』『自分自身をダメにする自分勝手』を絶対に許さない」
「このようなことが完全になくなり、誰もが安心して楽しく生活・学習できる学級にするため、あらゆる努力をする。・・・・・」
 私の語りが、いくらか子どもたちの子どもの中に浸透した様子でした。

(5)実践には度胸が必要-うまくいかなかった経験は必ず生きる
 私はこれまで、何度か荒れた子どもたちを担任する機会がありましたが、その中で得たことの一つは、度胸がついたということです。実践においては重要な意味をもつものです。
 私の場合も、荒れた学級を担当した経験がなければ、おそらく途中でどうにもならなくなってしまったのではないかと思っています。
 子どもに同じことを言ったとしても、教師の眼差しや顔の表情などの微妙な違いによって彼らの受け取り方はかなり違ってくるものです。
 度胸は実践が困難なときであっても、なんとかなるさという思いにさせてくれます。余裕を生むのです。焦りを緩和し、必要以上のストレスを防いでもくれます。
 冷静に判断することが可能になり、管理主義的な対応を避けることができるのです。このような姿勢は子どもとの信頼関係をつくっていくうえで不可欠です。
 学級が荒れた場合は「なんとかなるさ」という思いになれるかどうかは、かなり重要なことです。荒れをくぐり抜けることで、度胸はつくられていきます。
 一回や二回「荒れ」て、どうしようもなくなったとしても、長い教師生活から見れば、決して無駄なことではないのです。必ず生きて働くものです。
 人間の心理は複雑です。教育という仕事が毎回毎回うまくいくなどと考えること自体が、そもそも無理なことです。できないからと言って、落胆ばかりする必要はないように思います。
(今泉 博:1949年生まれ、東京都公立小学校教師を経て北海道教育大副学長(釧路校担当)、「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う)


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学級の荒れが起こるのは、どんなときなのでしょうか

 学級はなぜ荒れるのでしょうか?
 はっきり言って、教師の力量不足が8割くらいでしょうね。多くの場合、いわゆる子どもとの関係づくりの失敗が大きいのです。
 教師と子どもとのつながりができていないのです。なぜ、できないかというと、一つは、教師が子どもに対する武器を持っていないからです。
 子どもたちをひきつけるもの、子どもたちが尊敬できるもの、そういうものが何でもよいから教師にあると、子どもは教師を一目置いて見ます。
 サッカーが上手でも良いし、走るのが速いでも良いし、絵を描くのが得意なのもありです。
 そういうものが一切なしで子どもたちの前に立って、ああしろ、こうしろと命令を繰り返しても、子どもたちにはひびいてきません。
 次に、教師と子どもの間にコミュニケーションがとれないからです。コミュニケーションは、授業中にもあるし、日常のありとあらゆる機会にも存在します。
 この日常的に行われているコミュニケーションのときに、教師はきちんと子どもたちと言葉を交わしていっているでしょうか。
 それができないと、本来、教師が子どもたちのために行っている全ての事が「先生が勝手にやっていること」になってしまうのです。
 学級の荒れが起こるときは、どんなときなのでしょうか。
1 トラブルで教師が子どもを納得させられないとき
 いじめや暴力等の複雑な問題は複数の教師や管理職であたるのが基本です。
 ちょっとした小競り合いやけんかのような場合は、まずは、トラブルがあったときに、子どもの思いをよく聞かねばなりません。一部の子どもの声だけを取り上げて、子どもを叱ると不公平になります。
 複数の子どもたちから話を聞くことで、事実を正確に把握することができます。
 私は、子どもたちからの話を聞いて、A3の大きな紙に描き込んでいきました。全員から一通り聞き終えたところで「付け足すことは?」と尋ねて、確認して事実の把握していました。
 保護者から「なんで、うちの子が叱られたのですか?」というクレームがきたときに説得することができます。
2 教師に笑顔がない
 子どもたちと一緒に笑うって、とても大事なことなんですよ。一緒に笑うと、安心感が生まれやすいのです。
 荒れる学級にしていく教師には、間違いなく笑顔が足りません。
3 子どもたちのガス抜きができない
 教師が子どもたちをぎゅうぎゅうに締め付けて、学級を維持させて、荒れをつくるバターンです。緊張を長い時間続けることには、限界があります。何かの出来事をきっかけに崩壊します。
4 授業が分かりにくい(おもしろくない)
 分かる授業は、どの子どもにとっても楽しく、授業が嫌じゃなくなってくるのです。
 分からない授業は退屈です。そういう授業をしている教師に対して否定的になるのは当然ですよね。
 1日に一教科でも、おもしろいなと感じさせられたら荒れる確率も少しは抑えられるでしょう。
5 子どもを教師の思うようにコントロールしようとする
 子どもに恐怖心を与え、プレッシャーをかけて、子どもをコントロールしていくやり方をする教師がいます。
 子どもは人格を持った人間です。ペットのように厳しさで調教することはできないのです。
6 子どもとのコミュニケーションが成立しない
 全国各地で若手教師の授業を観ていると、子どもたちとコミュニケーションが成立していない状態を見かけます。
 コミュニケーションのある授業とは、子どもたちの反応に応じて
「今のは、どこか分かりにくかったかな?」
「なんだか、みんな困ったような顔をしているね」
とか、問い直す授業です。
 また、一人の子どもの発言に対して
「みんな、Aくんの言ったことを、どう考えるかな」
とクラス全体に返す授業のことです。
 自分勝手なペースで授業を進めている教師がいます。そういうクラスでは、子どもたちは授業が進むにつれて、どんどん学習から離れていきます。子どもたちは教師からも距離をとるようになっていくのです。
7 子ども一人ひとりとのパイプがない
 子どもとは、教師と一人ひとりつながっていくパイプが必要です。パイプとは
(1)
子どもたちと一緒に遊ぶ
 一緒に遊んでいると、子どもたちは素顔を見せてきます。どこか仲間意識が芽生えて、話を聞いてくれることもあるのです。
 教師は遊んでいるとき、公正なお山の大将になれます。
(2)
趣味を共有できる
 子どもと趣味を共有できたら、その子とつながることができます。
(3)
日記でつながる
 日記は子どもたちと個別につながる有効な手立てです。
 学級崩壊状態の五年生の担任が、個々の子どもたちとの日記のやりとりをしていたら、何人かの子どもたちが「わたしは今のままではいやなんです」という声を聞かせてくれました。
 それで、その子たちのために最後まで続けることができました。
 教育は、結局は一人ひとりとの関係の上に成り立ちます。日記は関係づくりの手立てのひとつです。
この7つです。
((
多賀一郎:1955年生まれ、神戸大学附属小学校を経て私立小学校教師。退職後は追手門学院小学校講師、専門は国語教育。在職中に日本私立小学校連盟国語部全国委員長歴任。親塾・教師塾等で保護者・教師教育の手助けをし、全国で講演
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学級の荒れをなくすには、話し合いをしても、具体的な活動がなければできない

「明るい楽しいクラスにしよう」と呼びかけても、そのようなクラスにはならない。そのための具体的な活動がなければできない。例えば、
(1)
「明るく楽しい」とはどういうことか。
(2)
それを具体化するために、どんな活動をすればよいか。
(3)
目標を細分化することによって、自分たちが何をすればよいか。
(4)
活動を組織した後、その活動が尻すぼみにならないように、どのようにチェックしていくか。
を考え、具体的に活動していくことが大切である。
 私は異動して来て、いきなり六年生の担任になり、何の引き継ぎも受けなかった。
 前年度、クラスが学級崩壊していたことを知ったのは、家庭訪問で保護者と話をしているときだった。
 私のクラスは二学期後半から荒れ出し、学級崩壊した。
 授業中の私語が止まらない。窓から物が捨てられる。教室内にゴミが散らかっている。ケンカが絶えない。「地震が来た」と言って机を倒す。
 そんな中、私は何一つ指導できず、小学校卒業まで時は流れたのである。
 その兆候を感じたのが、夏休みの自由研究の作品を見たときである。一つの作品に二人の名前がある。後に荒れの中心となるHとSである。
 Sの名前の横に付け足したようにHの名前があった。Hがさぼって作品を作ってこなかったのだ。
「共同制作なの?」とたずねると、ニヤニヤしているだけであった。「もしや」と思ったが、私はそこで何も対処しなかった。そのまま流してしまった。
 この時点で、私は二人に負けていたのである。その後、二人は学級で荒れの中心となり、それに周りが同調し始め、学級が崩れてしまった。
 学級が荒れた状態にある中、何度か、学級をよくしていくために学級会を開いた。子どもたちに、
(1)
今、困っていること
(2)
今困っていることを直すために、どのようなことをしたらいいか
を意見として書いてもらい、話し合った。
 これらの話し合いは、その後の学級生活の改善につながらなかった。子どもたちの心に響かない話し合いはムダであった。原因は「具体性のない対応策」であった。
 あれから数年がたったが、現在の私なら、次のような方策をとる。
1 何をするのか明確にした活動
 年度始めに、子どもたちの願いや教師の願いを込めた学級目標をつくる。
 何をしたらいいのかがわかるように、目標に具体性を持たせる。
 例えば「明るく、楽しいクラス」という目標を立てたとする。そのために、どんな活動をするのかということを具体的に考えさせる。
「明るく、楽しいとは、どういうことですか」
「みんなで、よく遊ぶこと」
「では、みんなで遊ぶためには、どうすればいい?」
「遊ぶ係を作ればいいよ」
「係の活動に、チャレラン係、レクレーション係をつくる」
というふうに、目標を行動化できるようにする。
 また、取り組んだことを、みんなでお祝いできるように、ゲームやパーティなどを企画するものいいだろう。
 みんなで何かを達成したら、成就感を味わわせるために、簡単なゲームでいいから、
「今から、何でもバスケットをやります。机を廊下に出して丸くなります」
と、すぐに実行するのである。
 これが楽しければ、継続して取り組む目標に意欲的になる。
2 子どもの活動をチェックする
 活動の組織ができれば、次は実際の活動である。係の活動が軌道に乗るまで教師の方で進めてしまえばいいのである。教師の進め方が、のちの係の参考にもなる。
 係が活動するようになってくれば、全体でチェックできるシステムをつくる。私は次のような評価活動を考えた。
(1)
係の活動に対して、楽しかったこと、よかったことなどの感想を書いてはる。
(2)
活動をあまりしていない係は、教師が少しの活動を見つけ、それを紙に書いてはる。
「楽しいレクレーションをしてくれて、ありがとう」などの感想を読めば、次の活動も頑張ろうという気持ちになるし、活動をあまりしていない係に対しても刺激にもなる。
3 対応の迅速さと綿密さ
 私の場合、夏休みの作品をやってこなかったことがわかったとき、すぐに手を打つべきだったのだ。
 学級の話し合いを、その後に生かすためには、もっと用意が必要だったのである。
 保護者や管理職と相談して協力をお願いしたり、話し合いで出された意見をどう具体化するか、前もって綿密に考えておかなければならなかったのである。
 子どもたちが反抗のアドバルーンを上げているときから、1(教師)対多(子ども)ではなく、多(教師+子ども)対1(ボス)という陣形であることが、荒れに勝利するカギである。
 最後に、最も大切なことは「授業の腕を上げる」ことであろう。1日の大半は授業である。授業の力がなければ、子どもたちは荒れる。
 子どもが授業中うるさいというのは「授業がつまらない」というサインだと考えればよい。
(
安野信人:北海道公立小学校教師)

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学級の荒れや崩壊を予防する妙手とは

 教師は、学級の荒れや学級崩壊の危機にさらされている。
 学級の小さなほころびを放っておいたツケがたまって荒れはじめる。
 学級は。組織を作ったから動くわけでなく、子どもたちはルールを理解したからといって守るわけでもない。必ず少しずつほころんでくるのである。
 おおむね、六月ごろに子どもたちは荒れはじめる。小さなことも見逃さない執念で、とりくむ覚悟が必要だ。
「先生は絶対やると言ったことは通すんだ」と、徹底する執念があるかによって学級が崩壊するかどうかが決まると言ってよい。
 掃除、給食当番などの班で行う活動がうまくできないなどは、学級崩壊への予兆である。
 子どもたちは、お互いの行動について注意しあうことができない関係になっているためである。
 こんなとき、学習活動にペア学習を取り入れるとよい。学習の中で協力しなくてはいけない場面をつくる。
 たとえば、発問で選択肢を三つほどだし「二人で相談して、一つの意見を選びなさい」と指示を出すのである。
 子どもたちが向き合うようにしむけることが必要なのです。
 次に「子どもたちの持つ力を利用して導いてあげる」ことである。
 教師が子どもたちを仲よくさせるのだが、教師が頑張るのではなく、子どもが頑張るようにすることだ。
 子どもたち集団のもつエネルギーは計り知れない。明るい方へ、自然と導いてあげられれば、おのずとクラスも明るくなるのである。
 学級にはさまざまな子がいる。当然、どの学級でも問題行動が発生する。そんなとき、教師は気落ちしてしまうものである。しかし、見方を変えれば「ピンチはチャンス」である。
 教師が動揺し浮き足立てば、まずい対応となり学級の荒れや崩壊を招く。心にゆとりを持った対応が求められる。
 問題が発生した場合は、まず冷静に事実を受け入れ、事実確認をし、それを突破する方策を考えることである。
 子どもだから、つまずきは当たり前であるという度量を教師が持つ必要がある。
 問題行動を通して、子どもが考え、学ぶことができる貴重なチャンスなのである。
 指導者である教師は本筋をとらえた好手を次々に打っていかなければならない。
 本筋は、子どもに過ちを反省させることである。過ちをしてしまった本人に話させるようにすべきなのである。
 その指導にはコツがある。それは「子どもの自発的な発言を中心に対話を組み立てる」ということである。自発的な発言は子どもの内省を促すことができるからである。
例えば、
「何か悪いことしたでしょう。先生に話してごらんなさい」
「他の人から、いろいろな話を聞いたのだけど、先生は〇〇さんの口から、そのことを聞きたいと思ったんだ」
「そう、偉い、よく言ってくれました」
「でも、先生の話してほしいのは、そのことではありません」
「まだ、他にあるでしょう」
と、詰めていくのである。
 この指導のコツを知ってから、子どもと事件を共有し、怒鳴ることなく指導することができるようになった。
 真相が分かった段階で「そうしてしまったことをどう思いますか?」と反省を促し、注意すればいいのである。
 学級には、ボス的な存在の子どもがいる場合がある。そんなときは、その子一人だけの指導にこだわってはいけない。
 どうしても目立つ子が気になるが、その他大勢の子どもたちへの対応に力を注ぐことが、遠回りのようで、近道となることがある。
 授業に力を注ぐようにして、まじめに学習している子どもたちの信頼を獲得するようにする。
 戦うときは一対一で「その他大勢の子どもたちを味方につける」ことが大事なポイントとなる。
 叱ることについてもルールが必要である。何をどこまでしたら、注意なのか、それとも叱ることなのか、といったことである。
 教師は自分の中にしっかりと持っていないと、子どもたちは敏感である。見ていて、差があると、あっというまに教師への信頼を失う。子どもたちは差別に敏感である。
 もし、教師に授業の腕があれば学級崩壊はありえない。授業が退屈で、わからないと反発するのは当たり前である。
 授業を良くすること、子どもたちにとって価値のあるものにすることが、学級経営の王道である。
 しかし、残念ながらこればかりは、本を読み、研究授業をし、サークルに通い、汗と恥をかくしか上達の近道はない。
 教師が成長をとめると、子どもたちも、ついてこなくなる。
 子どもたち一人ひとりの長所が学級の風土になり、一人ひとりの子どもを伸ばそうと教師が考えているか。教師の姿勢や心構え、指導方法をチェックし、方策を講じることが何よりも大切である。
(
中島主税・矢田広和・大久保奈生子・大沼靖治:北海道公立小学校教師
)

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「わかる授業」「子どもたちの願いに応える授業」をすれば、学級の荒れ、学級崩壊は起きない、どう創っていけばよいか

 学級の荒れや学級崩壊の克服というと、子どもたちの集団づくりや生活指導、どう子どもたちを管理するかということになりがちです。
 子どもたちの責任にしてしまわないで、私たち教師の責任としてとらえなければなりません。
 子どもたちにとって授業が楽しくて、わかる授業であれば「学級の荒れ」や「学級崩壊」は起こりません。
「わかる授業」とは、どんな授業なのでしょうか。
私は
「基礎・基本を大切にする授業」
「子どもと共に創る授業」
「子どもの、わかりたいという願いに応える授業」
だと考えています。
 教師の思いだけで授業をすすめてはいけない。
「教材解釈で、子どもたちがこの教材をどうとらえるだろうか」
「子どもたちの実態から、どんな発問をしたらいいだろうか」
という、子ども中心にした教材研究をしなければならない。
 例えば、六年生の社会科で歴史学習「工場ができる」の研究授業をしたときのことです。
 教材資料を練り上げて、発問を考え、子どもたちが理解できる工夫をしました。
 担任が「私のクラスは、こんなに発言する子が多かったのか」と言われるほど積極的に発言しました。じっくり考えることもできていました。
 それだけではなく「授業のねらい」も的確にとらえられていて、教材研究と発問の大切さを改めて感じたようでした。
研究授業の後で、子どもたちに声をかけると
「授業は楽しかった」
「先生や友だちの言っていることがわかった」
「何を勉強しているのかが、わかった」
「発表できた」
「考えられてよかった」
と言うのです。
 子どもたちと共に創りあげる授業、子どもたちみんなが「楽しい」「わかる」授業とは、どういう授業なのかというヒントが、ここにあるように思います。
授業づくりするうえで、大切なことは、
「主人公である子どもを中心にした教材研究」
「子ども現状をしっかりととらえること」
「基礎・基本と、子どもの思い、願いを大切にした授業」
「子どもたちの願いに応える授業」
「子どもたちと共に創りあげる授業」
です。
私は、子どもにとって「楽しい、わかる授業」とは
「子どもたちが授業で活発に発言する授業」
「子どもが動く授業」
「じっくり考える授業」
「落ち着いて学習する授業」
だと考えています。
 つまり、子どもたちが、どう「わかっているか」ということです。
 教材研究を進めるには「同じ職場」「サークル」「気の合った教師」「組合」の役割も大きいと思います。
「みんなで、わかりたい」
「みんなと一緒に勉強したい」
という、子どもの願いを、子どもたち自身に気づかせること、その願いをみんなで実現できる授業をすすめること、それが「学級の荒れ」「学級崩壊」を克服する授業です。
(
大川克人:1952年和歌山県生まれ、元和歌山県公立小学校教師、和歌山大学教育学部非常勤講師)

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親からクレームをつけられたり、学級崩壊を経験するのは当たり前の時代、どうすればよいか

 学校の中で孤立に追い込まれる教師が後を絶ちません。精神的に追い込まれていく教師。どうすればよいのでしょうか。
 
 いまは教師受難の時代です。教師にとって、子どもも親も難しい時代だから、長い間教師をしていれば、一度くらいは学級崩壊になったり、精神疾患になるのも当たり前です。
 
 だから、クラスが荒れても、親からクレームをつけられるのも特別なことではなく、恥ずかしいことではないのだから、一人で抱え込まないようにして、自分の体験を話してお互い支え合っていけばよいのです。
 
 ある教頭先生は学級崩壊を経験しています。当時を振り返りながら
 
「そのとき、周りの教師に支えられて退職せずに済みました。こうして教頭になることもできました」
 
「いま振り返っても、自分の学級運営が格段に悪かったとは思わない。私のクラスにたまたま問題児がそろっていたのです」
 
「荒れる可能性をもった子ども同士が、ある意味、相乗効果を発揮して爆発すれば、どんなクラスでも崩壊してしまいます」
 
「子どもも親も難しい時代だから、一度くらいは学級崩壊になるのも当たり前です」
 
「だから、一人で抱かえ込まないで、お互い支え合っていこうと、呼びかけているのです」と語っています。
 
 その教頭先生がいる学校で、クラスが荒れて悩んでいる先生が
 
「子どもが好きで先生になったのですけど、最近は子どものことを可愛いと思えなくなった。物は飛んでくるわ、黒板に死ねと書いてある」
 
「けれど、この学校には教師同士、お互い何でも語り合え、支え合える雰囲気があるのです。それで私も何とか続けられているんです」と言っています。
 
 管理職がリーダーシップを取って「弱音を吐ける職員室づくり」を進めていくことが一番大切です。
 
 弱音を吐けて、早めに他人に助けを求められることは教師に必要な能力です。
 
 教師には真面目で頑固な人が多い。融通が利かず、問題を一人で抱かえ込んでしまうことが多い。だから、教師の孤立化を防ぐのに大切なのが教師自身の意識改革です。
 
 クラスが荒れても別に恥ずかしいことではありません。親からクレームをつけられるのも特別なことではありません。
 
 これだけ難しい時代なだから、問題が起きるのも当たり前というぐらいの意識をもってほしいと思います。
 
 これからの教師に必要な能力として、弱音を吐けること、早めに他人に助けを求めることが求められます。
 
 溜めこんで、どうしようもなくなった時点でお願いしますと言われても、迷惑するだけです。
 
 理解のある管理職に出会うのは、簡単なことではありません。ではどうすればよいか。
 
 私は、教育相談やカウンセリングの勉強をしている教師が音頭をとって教師同士の支え合いの会をつくるとよいと、提言しています。
 
 有志の集まりですから、最初は数人しか来ないでしょう。しかし、月1回程度、開き続けることが大切です。
 
 成功のポイントは、司会者の教師自身が、自分のクラスでうまくいっていないことを話すのです。
 
 全員が自分の抱えている問題について語ります(1人5分程度)。絶対に批判はしない。
 
 あくまで温かい雰囲気を心がける。そして、一人ひとりの抱かえている問題について、4~6人で知恵を出し合いながら解決策を考えていくのです。
 
 その際、とりあえず、どうなりたいか(短期目標)、そのためにさしあたり何ができるのかを話し合うことです。
 
 少しでも解決のための糸口を手にすることができ「来てよかった」「元気が出たし、得をしたな」と思える会にすることです。
 
 教師同士でグチをこぼし合ったり、無駄話ができるような場所を確保しておくことです。
 
 利害関係のない相談相手を見つけるのもよいと思います。学校外での教師同士のネットワークも大切です。
 
 初任者研修などで知り合った仲間を大切にして、困ったことや悩みなどを打ち明けられる関係を保っておいてほしいと思います。
 
 授業づくりでも何でもいいから、同じ関心をもつ仲間と時々会っていろいろ話す機会をつくっておくようにしてほしいのです。
 
 そんな仲間こそ、何かつらいことがあったとき、最も信頼して相談できる相手だからです。しかも、利害関係のないことが大事。同じ学校に勤務していると、いくら気が合うといえ相談内容によってはばかられる場合があります。
(
諸富祥彦:1963年福岡県生まれ、 明治大学文学部教授。「現場教師の作戦参謀」として、抽象的ではない実際に役立つアドバイスを先生方に与えている。悩める教師を支える会代表)

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学級崩壊したクラスは教師の指導が入らなくなる、どうすれば立て直すことができるか

 学級集団に必要なルールと人間関係がくずれると、教師の対応に不満をもった子どもたちが、うっぷん晴らしをするかのように、言い争いや授業妨害を行い、いじめが横行するようになります。
 それまでの教師の指導がまったくといっていいほど、入らなくなります。
 学級崩壊したクラスは無法的な状態のなかで、子どもたちは無力感がつのり、学級集団への所属感や学級生活に対する満足感が低い状態にあります。
 見通しがもてない学級生活の不満や不安を解消するために、その場その場での刹那的、享楽的な楽しさを求めています。授業中の騒ぎの原因もここにあります。
 しかし、子どもは救世主を求めているに違いありません。
 このような状況になったとき、どのような対応をすればよいのでしょうか。
1 対応の方針
 これまでの学級状態を仕切り直して、新たな気持ちで確実にできることからやり始めることが必要です。
(1)
思いきって、全く初めから学級を再編成するつもりで、再契約法を行います。
(2)
学級生活は楽しいところだと、少しでも感じさせ、不安感を取り除きます。
(3)
学習を保障するために、個別学習を行います。
(4)
一人ひとりの子どもたちへ、相談活動を行い、心的外傷を緩和します。
2 具体的な対応
(1)
学級状態の仕切り直し
 新たな気持ちで再スタートするために「再契約法」を行います。その方法は
1
子どもたちが無記名で、現在の不満や「これだけはやめよう」「これをいったらおしまいだよ」というような内容を書く。
2
教師がそれをまとめて、学級の子どもたちに読んで聞かせ、その内容を黒板に掲示する。
3
教師に対する不満は、できるかぎり受容し、改めることを約束する。
4
学級の問題をどれから解決していくかを全員で確認し、一つだけを当面の目標にする。 
(2)
簡単なゲームを取り入れる
 学級生活は楽しいと少しでも感じさせるために、1日に1回は楽しいゲームやクイズをすることを約束し、教師が主導して、単純なルールで行います。
 教師の指示がとおるようにするために、命令の最初に「はい」と言ったときだけ指示に従う「命令ゲーム」などもいいでしょう。ポイントは「簡単」「短時間」にできることです。
(3)
学習の保障
 一斉の学習はできにくい状態にあるので、個別対応を中心にした学習を展開します。子どもが個々で取り組めるプリントなどの作業学習を多くし、教師が一対一でその頑張りを認めながら評価します。
 子どもが作業に飽きてきたころに「プリントを集中してがんばったね。先生もちょっとつかれたので、クイズを出すよ」と、その授業に関係のあるクイズを出します。
 担任外にも協力してもらい、学級を分割して少人数のクラス編成をする方法も効果的です。
(4)
一人ひとりへの相談活動
 一人ひとりへの援助の時間を設けます。放課後など、担任と教育相談担当の先生が時間を設定して相談にのります。
1
学級への不満を受けとめる
2
居場所のない、まじめな子どもたちの気持ちを聞く
3
悪さをする子どもの逃げ場をつくる
4
いじめられている子や不登校になりかけている子からの相談
(
藤村一夫:岩手県公立小学校教師を経て校長。学級経営スーパーバイザー、上級教育カウンセラー、学校心理士。河村茂雄に師事し、学級崩壊・不登校などを予防する学級経営を研究、日本カウンセリング学会学校カウンセリング松原記念賞受賞
)

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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)
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学級崩壊を予防するために、ゲームは有効な武器になる

 学級をこわさないためには、様々な策略が必要になる。何もしないで学級が成り立っていた時代は終わってしまったのだ。
 今どきの子どもたちは、教師を担任だと認めない。同じクラスになっただけでは仲間だとは思っていない。
 子どもたち同士を、子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月はミニゲームを集中して行おう。
 私は1000以上のゲームを知っている。ゲームに関する著作も多い。子どもたちの笑顔が見たいからである。
 私は、ちょっとした隙間時間があれば、ゲームをして楽しませている。その時の子どもたちの笑顔は最高だ。それを見て、私もうれしくなる。
 ゲームをたくさんすれば
「この先生、面白いな」
「この先生、いろんなことを知っているな」
と子どもと教師の距離が近くなり、尊敬の念が強くなる。
 また、子どもたち同士を「つなげる」ことができる。子どもたちは、一緒にゲームをする中で、仲良くなっていく。
 これは間違いない。「つなげる」は、これからの教育の最も大切なキーワードだ。
 子ども同士を、子どもと教師を「つなげる」ことを目的に、私は策略として4月にゲームを集中投下している。 長くても5分以内にできるようなミニゲームが多い。
 ゲームをする、もう一つの目的は学級崩壊の予防である。学級崩壊しているクラスでは、ゲームが成り立たない。
 学級崩壊しているクラスの子どもたちは、教師の指示を聞かない。ルールも守らない。だから、学級崩壊なのである。
 逆に言えば、ゲームが成り立つクラスは学級崩壊していない。教師の指示を聞く、ルールを守ることができるクラスだからだ。
 そこで、私は4月にミニゲームを集中投下する。ゲームを通して、教師の指示を聞くこと、ルールを守ることを教えるのだ。
 子どもたち同士を、そして子どもと教師を「つなげる」ためにも、学級崩壊させないためにも、4月は「策略」としてミニゲームを集中投下しよう。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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