カテゴリー「子どもの指導の方法」の記事

子どもの「やる気を引き出す」にはどのようにすればよいか  新牧賢三郎

 子どものやる気を引き出すにはどのようにすればよいか新牧賢三郎はつぎのように述べています。
 子どもは楽しかったり、満足したりするとやる気がでます。
 つまり、「わかるようにする」「できるようになる」ことがやる気を起こさせます。
 子どものやる気を引き出す教師の授業はとても楽しくなります。
 子どものやる気を引き出す原則は
1 ほめる
 ほめることは教育の鉄則である。
 悪い面もほめて直すことができる。
 例えば姿勢を直したいとき、
「あれ、○○さんの姿勢はいいね。背中が真っ直ぐになっています」
 と、
ほめる方法で姿勢を正された子どもの表情は笑顔になる。
 教師の顔を見て「私だって姿勢がいいでしょ」とクラスの子どもたちは訴える。
 笑顔が絶えないクラスにしたいのだったらほめること。
 子どもの成長を信じて疑わないのが教師である。
 信じて、ほめ続けることが教師の役目である。
 ほめるにはコツがある。
 笑顔で子どもの目を見て全身でほめよう。
 邪心があれば子どもに見透かされる。心からほめよう。
 子どもの変化をほめるようにします。
 ちょっとした良い変化を見逃さないでほめます。
 やってはいけないのは、
「よくやったな。今度は100点を取ろうな」とつけたすこと。
 つけたすことで、子どもは天国から地獄に突き落とされます。
2 目標を達成する
 子どもはできないからやる気が起きない。
 できるようになればやる気が起きるのだ。
 クラスの中には跳び箱ができない子がいます。
 私は四月の一週間以内に跳び箱の指導をします。
「やればできる」と子どもたち全員に示すためです。
 目標を達成するための秘訣は、子どもの能力に応じたスモールステップと飽きないよう少しずつ変化のある繰り返しです。
3 選択の自由
 自由という言葉は解放感があり、やる気を起こさせる魅力がある。
 たとえば、理科室での実験で「理科室にある物ならば、何でも自由に使ってもいいです」と言うと「やったあ」と子どもたちは大喜びする。やる気を起こさせる魔力だ。
4 子どもに共感する
 人間は共感されないとつらい。
 話をしているとき、顔を見てうなずいて聞いてくれると安心する。
 教師は子どもの話をうなずきながら聞き、子どもの気持ちに共感しよう。
(新牧賢三郎:1953年生まれ、元東京都公立小学校教師・月刊「教育トークライン」編集長)

 

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学校でソーシャルスキル教育を行い、子どもの社会性向上を   藤枝静暁

 学校でソーシャルスキル教育を行い、子どもの社会性向上をと藤枝静暁はつぎのように述べています。
 多くの先生が子どもの社会性が低下していることを指摘し、危惧している。
 たとえば、遊びに入れてもらいたいが、入れてと言えない子ども。
 けんかしても、仲直りができない子ども。
 こうした子どもは小学校では見られなかったという。
 幼児期において必要な基本的生活技能を獲得していないために児童期、思春期において不適応を起こしやすいのである。
 私は大学でソーシャルスキル教育と出会った。
 ソーシャルスキルには「あいさつの仕方」「相手を思いやる」「謝り方」「仲間の誘い方」などが紹介されていた。
 たとえば「あいさつ」はソーシャルスキルでは、
 「相手を見て、様子を把握する」
 「相手に聞こえるような声を出す」
 「笑顔で話しかける」
 から構成されていると考える。
 わが国はこれまでソーシャルスキル教育は、学校でわざわざ教えるようなものではないとして取りあげてこなかった。
 ソーシャルスキル教育の素晴らしい点は、たとえば「思いやりのある子ども」を言葉で教えるだけでなく、教師がモデルとしてやってみせ、その後リハーサルとして子ども同士にやらせるところにある。
 教師は子どもがリハーサルしている様子を見て、どこがよかったか、どこを直したらより良くなるのかを具体的に指導する。
 ここまで具体的かつ実践的に教えてこそ「思いやりのある子ども」として成長できるといえる。
 ソーシャルスキル教育は欧米では、クラス、学校全体で実施している。
 わが国は、障害のある幼児に対して個別にソーシャルスキルを教えることは行われているものの、学校教育への普及はほとんど進んでいない状況である。
(藤枝静暁:1972年生まれ、東京都スクールカウンセラーなどを経て、川口短期大学こども学科准教授を経て埼玉学園大学教授。臨床心理士、学校心理士)

 

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生徒指導のマニュアルはなく力量は教師自らの人間性をもとに培うもの   近藤昭一

 生徒指導のマニュアルはないと近藤昭一はつぎのように述べています。
 教師や学校が未熟な子どもに対して「授けてやる」「与えてやる」という教師を高所に置いて子どもを指導するのではない。
 教師の人間性をもとに子どもとかかわり、子どもと人としての関係性の質を高めることによって、子どもを変容に導いていくというのが、人間性育成の基盤です。
 つまり、教師が向き合う子どもがどんな状況にあったとしても、教師の指導や支援に子どもが心から心服して、子どもが自らよりよく変容しようとする。
 そのような相互関係を築くことが教師としての要件なのです。
 こうした働きかけができなければ、教師としての存在意義が低減してしまいます。
 本来、生徒指導にはハウ・ツーやマニュアルは成立しません。
 生徒指導の力量は、教師自らの現場体験と研鑽のなかで確信やひらめきを得て、教師自らの人間性をもとに培うものなのです。
(近藤昭一:1951年生まれ、横浜市立中学校教師、校長、教育委員会、教育センター所長、玉川大学教授を経て神奈川大学特任教授)

 

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小さな器物破損が見つかったとき、どう指導すればよいか

 小さな器物破損は、たとえば、教室の掃除道具の破損、トイレットペーパーのいたずら、机や壁などへの落書き、ガラスの破損、スイッチの破損などいろいろあるものだ。
 いずれも、一つひとつはそれほど悪意がなかったり、イタズラという場合もある。
 しかし、こういうことが積み重なると、間違いなく退廃的雰囲気が蔓延し、やがて堂々と不正が通るようになってしまう。
 気付いたときには手遅れということも少なくない。続いてきたなと判断したら、即刻手を打とう。
 ついうっかりは、誰にでもあるので、いっさい叱らないし、弁償も必要ない。
 例えば、遊んでいてボールが蛍光灯に当たって割れたとき、正直に名乗り出てきたら、
「えらい! よく言ってくれた」
「ボール遊びの場所を今後からは考えるのだよ」
「弁償しなくても良い。以上、終了」
 これを学級全員の前で一度やればよい。
 だから、名乗り出ないのは、意図的な破損行為と考えればよいのだ。
 誰がやったかわからない破損行為は、学級全員に隠す必要はない。
 誰かが見ていて、生徒間には誰がやったか知れわたっていることが多い。
 犯人捜しは適当に打ち切って、「修理隊」を大募集するとよい。
 こういうことは大好きという男子はどこのクラスにもいる。
 ときには壊した本人が何食わぬ顔をして修理隊に入っていたこともあった。
 修理隊は結構、楽しそうに修理する。
 多分、やった子は複雑な心境で見ているはずだ。
「誰だよ、壊したりするのは」などという批判の声も聞こえてくるだろう。
 破損現場を生徒に見せたくない教師の心境は、理解できなくもない。
 しかし、ひそかに直して何事もなかったようにしてしまったら、生徒全体を育てることはできない。
 寝た子を起こしてでも全体に訴えることだ。
 放課後、修理隊が生徒のいる中で直すのが得策だ。
 その間は、そこを通りかかった教師が、わざと生徒たちに聞こえるように、
「とんでもないなあ。迷惑だよ。許せないなあ」などと嘆くことだ。
(吉田 順:1950年北海道生まれ、37年間橫浜市公立小・中学校で勤務した。生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任。「生徒指導」ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタント、全国各地で講演、著述などの活動をしている)

 

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教師が「話せばわかる子ども」なら、子どもは問題を起こさない

 これまでの教師は、子どもに対して淡々とつきあうことができなかったんでしょうね。
 「なんとかしてやろう」「話せばわかる」で、やってきたんじゃないかな。
 だけど「話せばわかる子」なら、問題は起こさんと思うわけ。
 脅してもダメなことも多いし、口でいくらいってもダメなら、現実にやっていかなきゃいけないこともあるんです。
 そういう子どもたちをいままで受け持ってきて思うのは「毎日いっしょに暮らしていれば、お互いにわかってくる」ということですね。
 「こいつは、こういう子だ」、「この先生は、こういう先生だ」と慣れてくる。
 生活の慣れって、大きいですよ。
 生活していると、時間が解決してくれることもあるんです。
 しばらく我慢してバトルしていると、子どもは変わっていくことがある。
 「この子は忘れものが多いけど、どうしたらいいか」
 と、叱ったり悩んだりしているうちに、いつのまにか忘れものをしなくなったりね。
 根本的な解決にはならないし、即効性もないけど、しんどい時間を共有することで、物事が進むことはある。
 子どもって、確実に育っていくものだから。
 もちろん、万事、それで解決できるわけじゃないですよ。
 子どもの育ってきた歴史や気質の違いもあるからね。
 「こうすれば必ずうまくいく」なんてノウハウはない。
 教師にはマニュアルに頼るな」といいたいですね。
(岡崎 勝:1952年生まれ 名古屋市で40年以上小学校教師。定年後は非常勤講師。フリースクール「アーレの樹」理事、「お・は(ジャパンマシニスト社)」編集人、「おそい・はやい・ひくい・たかい」編集人)

 

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大人が本気を出したら子どもが変わり、こちらを向く

 教育というのは、火を点けることです。
 みなさんは、教師が子どもに火を点けることと、思っているでしょう。
 そうではなく、子どもが教師に教育の火を点けることなのです。
 子どもたちからの、メッセージを本当に教師が受けとめて、教師が「これまでの自分たちの実践を見直す」という実践の火を点ける、というのが私の持論であります。
 私の尊敬する山口良治先生は「子どもたちの問題行動は愛を求めるシグナルだ」と、おっしゃっている。
 そのとおりですね。私はこれをたくさんの事例で見てまいりました。ある事例を話してみましょう。
 ある不登校の子どもを母親がなんとか登校させたいと、子どもが欲しいと要求したものをみんな買ってやった。
「マンション買ってくれたら、学校へ行く」と子どもが言ったときも、何と本当に親がマンションを買ったのです。それでも、また学校に来なくなりました。
 それで、親ともめた時、子どもがマッチに火をつけて親に「おれの言うことを聞かなんだら、家に火を点けてやる」「こんな育て方しやがって!」と、子どもが言った。
 母親はそこで本気になった。
 その母親は素晴らしかった。
「あんたは私が腹を痛めて生んだ子や!。あんたと死ねるなら本望や!。さあさっさと火を点けなさい!」と母親が叫んだ。
 子どもは手をぶるぶる震わせながら、初めて本当の親の愛を知った。
 そして、火を消して、ワァと泣き出した。
 それから三日後、子どもは学校に来だした。
 このようにね、子どもがどう進んでいいか分からない、曖昧模糊としているところに、バチッと切り込んでやったりすると、パッと方向性が見えてくる。
 ここで子どもの姿勢が変わるんです。
 親の姿勢というものは、ものすごく大事です。教師も一緒なのです。
 われわれ大人が本気を出したらどれくらい子どもが変わるか。
 大人が子どもたちに全力を懸けていった時、こちらを向くのです。私は絶対いけると確信しています。
 熱血教師はいらない?。私は違うと思うね。
 教師が体を張って子どもたちの世界に飛び込んだ時には、子どもたちから「勇気をもらう」という大変なお土産をくれます。
 私は子どもたちの世界に飛び込む時に、子どもたちに、「見どころがある。素晴らしい。きっと伸びる」と、確信を持って愛と敬愛を放り込みます。
 イエローハット相談役の鍵山秀三郎さんもつぎのように言われています。
「心温かいきは万能である。感謝に勝る能力なし。感謝の心がまことの働きを生み出す」
 見事な切り口です。
「不利なものを切り捨てるなら、知恵も才覚もいらない。冷酷な気持ちさえあればよい」
 とも言っておられる。
 私はどこの学校へ行っても子どもたちに「おはようございます。おはようございます」と声を掛けています。
 十分躾けられていない子どもに対して、学校の先生が特にそうですけど、「おはよう」と子どもたちに言っている限り、ずっと子どもたちから「おはようございます」とは返って来ませんからね。
「おはようございます」と、常に言い続けるのはとても大事なことです。
 子どもたちに「おはよう。おはよう。お前、ちゃんとおはようございますと言わんか」なんて言っていると、絶対あいさつしませんよ。
 あいさつというのは、こちらから丁寧にかつ、さわやかに「おはようございます」と言って、やり続けることです。
 さわやかにというところがミソです。
 うちの今の学校も、行った時には、ほとんどの子はまったくあいさつしませんでした。
 けれども、それが変わってくるのです。
 とにかくずっと言い続けますと、変わってくる。
「心温かきは万能」なのです。
 万能なのですね。万能。
 すごいことだと思います。絶対間違いない。私は確信をしています。
(中村 諭:1948年-2003年、兵庫県生まれ、大阪府・兵庫県公立小中学校教師、野球部監督、兵庫県指導主事、兵庫県公立中学校校長を歴任した。ドラマ金八先生のシナリオ一部として採用・放映される。読売教育賞児童生徒指導部門優秀賞受賞)

 

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子どもの情緒を安定させるには自律訓練法が有効である、どのようにすればよいか

 自律訓練法とは、リラックスした体勢で、決まった言葉を用いて自己暗示を行い、気持ちや体調の安定を目指す方法です。
 ドイツの精神医学者であるJ・H・シュルツが創始しました。
 自律訓練法は瞑想にヒントを得ているとされており、神経症や心身症の治療方法として考え出されたものです。
 現在では一般にも広く普及しており、気軽に実践できるセルフケア的なもの、スポーツ選手がパフォーマンスを上げるために使うもの、企業が仕事の生産性向上のために研修として取り入れるものなど、さまざまな形が生まれています。
 自律訓練法は、心身を眠りと目覚めの中間の状態に持っていきます。
 リラックスしてボーッとしているときや、うつらうつらしているときに近い心身状態を作り出すのです。
 このような、自律訓練法で作り出す、睡眠と覚醒の間にある心身の状態を「自己催眠状態」といいます。
 自己催眠状態には、心の疲れやストレスを取り去る効果があるとされていて、以下のような効用を生み出すとされています。
(1)蓄積された疲労を回復することができる
(2)イライラせず、おだやかな気持ちでいられる
(3)自己統制力が増し、衝動的行動が少なくなる
(4)仕事や勉強に対する集中力がつき、能率があがる
(5)身体的な痛みや精神的な苦痛がやわらぐ
(6)内省力がつき、自己向上性が増す
 今日、学校における自律訓練法の役割は急激に増大しています。
 小学校・中学校・高校を通じて、情緒不安定、あがり、自信喪失、対人関係の不調、学業不振、場面恐怖など、子どもが抱かえる解決すべき教育上の課題が多く出現しています。
 これらの不安や緊張に伴う問題行動の克服、心身の健康維持、ストレス緩和、さらなる教育効果の促進に、自律訓練法は有効です。
 自律訓練法により、腕や脚に重たさや暖かさを感じることによって、α・β波が出て感情の沈静化が得られます。
 訓練は、まずリラックスした身体の姿勢をとることから始まります。
 その姿勢で次の言葉を順番に頭の中で反復暗唱し、1日2回~4回、1回3~10分、毎日練習します。
 段階的に「心身の調節」を得ていくのです。
 まずは姿勢と呼吸を整えましょう。自分が楽だと感じられる姿勢をとります。椅子の背もたれにゆったりと身を任せた状態が良いでしょう。
 それから、ゆったりとした腹式呼吸を行います。口をすぼめてゆっくりと息を吐き切り、お腹に空気を入れる感覚で鼻から深く息を吸います。
 これを5~10回、気持ちが落ち着くまで続けます。
 呼吸が整い気持ちが落ち着いたら、リラックス状態を心の中でつぎのような言語公式を唱えながら、身体の感覚をイメージしていきます。
 例えば、第一公式は「手足が重たい」です。この言葉を心の中で唱えながら、手足が重たくなっている感覚をイメージします。
 第一公式:「手足が重たい」
「右腕が重たい」「左腕が重たい」「右脚が重たい」「左脚が重たい」/「両腕が重たい」「両脚が重たい」/「両手両脚が重たい」
 第二公式:「手足が温かい」
「右腕が温かい」「左腕が温かい」「右脚が温かい」「左脚が温かい」/「両腕が温かい」「両脚が温かい」/「両手両脚が温かい」
 第三公式:「心臓が静かに脈打っている」
 第四公式:「楽に呼吸ができる」
 第五公式:「お腹のあたりが温かい」
 第六公式:「額(ひたい)が涼しい」
 自律訓練法の最後には、かならず「消去動作(終了動作)」を行います。
 リラックスした姿勢から身を起こし、手足の屈伸・背伸び・深呼吸を数回ずつ行います。
 自律訓練法の効果を最大限に得るためにも、この過程を欠かさないようにしてください。
 心身がリラックスしたからといって、消去動作を怠ると、かえって脱力感や不快感に襲われることがあるのです。
 自律訓練法の教育的効果は
(1)知的側面:注意力・記憶力の改善
(2)社会的側面:学習態度の積極化、人間関係の緊密化、他者意見受容の増大
(3)情動的側面:情動の安定、忍耐力の増大、攻撃的態度の減少
 学級への適応は、担任が自律訓練法を事前に体験し、学級の日課として実施します。
 そして、子どもに記録させると、子どもの状態の確認や、技術的な誤りへの修正や助言に役立ちます。正しく理解し、実践することが肝要です。
 自律訓練法では、緊張がとれることによって、血流が増えたり、筋肉がゆるんだり、内臓の働きが活発になったりするなど、心身にさまざまな変化が起こります。この変化が、人によっては副作用につながる場合があります。
 心臓に異常のある人、糖尿病のある人、頭痛の持病がある人、脳波に異常がある人などは、一部のステップで副作用が起こる可能性があります。
 また、妄想の出る精神疾患のある人は、もともとの精神症状が悪化する場合があります。
 何かの病気や障害などですでに医療機関にかかっている人は、自律訓練法を実践する前に必ず医師に相談しましょう。
 医療機関にかかっていない人も、念のため上記に当てはまるような持病がないことを確認してから自律訓練法に取り組むのがベストです。
 自律訓練法は、心身の不調のケアだけでなく、日常の気軽なセルフケアや、仕事や勉強の能率アップのために活用することができます。
 正しい知識のもと、生活に取り入れていってみましょう。
(山崎洋史:昭和女子大学大学教授、総務省消防庁消防大学校客員教授、臨床心理士)
(「学校教育とカウンセリング力」山崎洋史著 学文社 2009年)
(井上雅彦:1965年生まれ、鳥取大学教授。公認心理師、臨床心理士、専門行動療法士、専門は応用行動分析学、自閉症と発達障害への支援、臨床心理学、特別支援教育)

 

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生活指導はどのように変遷してきたか

1 生活綴方(1930年代~)
 生活指導というのは、生活綴方の実践(峰地光重:1890~1968、小学校教諭)から始まった。
 生活綴方とは、子どもたちが日々の暮らしのなかで見聞きしたこと、遭遇した問題などをありのままに綴った文や詩を作り、それを学級のなかで読み合い批評しあう。
 その過程で「ものの見方・感じ方・考え方」の意識化をはかり、より人間らしい生活の仕方を考え合っていく。
 そのことを通じ、子どもたちは貧困や抑圧にくじけぬ意欲と知性を育み、抱かえこんだ困難な問題への共感とケアの能力を獲得していく。
2 北方性(ほっぽうせい)教育(1930年代~)
 東北地方の青年教師たちが、生活綴方の実践を発展させ、日々の暮らしから出発して、子どもに内在する意欲や要求を引き出し、高め、社会や文化をつくり変えていく主体を形成するように構想されたもの。
 戦後初期の「山びこ学校」の実践へと継承された。
3 仲間づくり(1950年代~)
 小西健二郎の「学級革命」などが代表的な実践で、学級内の力関係をみつめ直し、理不尽な支配には、みんなが連携して立ち向かっていく、そんな力を子どもたちのなかに育てようとした。
 子どもたちの生活世界のなかに民主主義を追究していく生活指導が展開された。
4 学級集団づくり(1960年代~)
 全国生活指導研究協議会(全生研)による「学級集団づくり」の実践である。
 そこでは、「集団の力」が強調され、クラス作りや行事でのクラス発表に向けた組織的な行動力と自治的な集団の統治能力の獲得が目標とされた。
 その活動の母体となる「班づくり」、学級の民主的な諸問題の解決のために主導していく「核づくり」、質を深め、その実現方法を考え合う「討議づくり」が、「班・核・討議」として学級集団づくりに定式化され実践された。
 この実践は、主として教科以外の特別活動において働きかけるものである。自治的な組織と運営の担いてになる行動能力を育てるという目的を意識して展開されていったものである。
5 異質共同型集団づくり(1980年代後半~)
 豊かな社会のなかでの、子どもの荒れ(校内暴力・不登校・いじめ・学級崩壊)の背景にある、能力主義的な競争を強いる学校や家庭での抑圧感からさまざまな問題を生みだしている。
 普通の子どものなかにも鬱屈とした感情がためこまれ「ムカツク、ウザイ」という言葉が蔓延する時代である。
 子どもを支配する学校から、コミュニティとしての学校へと子どもたちの内面と対人関係を組みかえていくような指導が求められる。
 異質共同型の集団づくりは、従来の規律重視の集団主義に代わり、子ども同士の関係性に重点をおきます。
「みんな一緒に」という力が働く学校の一元的価値の息苦しさから脱出し、子ども同士を出会い直させ、絆を編み直させる、関係性を変革に視点をおく実践である。
6 心の居場所づくり(1990年代~)
 学級が子どもの心の居場所として、安心して自分を表現でき、自尊感情を取り戻す場となるような学級をつくりだしていく実践である。
(船橋一男:1959年横浜市生まれ、埼玉大学教育学部教授。生活教育、生活綴り方、生活指導の研究を主に手がける)

 

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子どもの指導は、注意をするだけでなく、いろいろな指導のバリエーションがある

 会沢信彦文教大学教授が好きな家本芳郎(元中学教師。長年にわたり全国生活指導研究協議会等の活動に参加した。1930-2006年)先生という方がおられました。
 現役を引退されても生徒指導などの評論活動をしておられました。
 家本先生がよく「“注意”に注意」なんてことをおっしゃいました。
「“注意”に注意」とは、生徒指導といえば日本ではほとんどが注意だというのです。
 例えば生徒指導の先生が職員室の朝の打ち合わせのときに、
「○○という問題が発生しました。先生方、よろしくご指導ください」
 とこう言うわけですが、「よろしくご指導ください」の指導はほとんどが注意だというのですね。
 日本の学校教育は、注意以外の指導方法というものを開発してこなかったのだと、こんなふうにおっしゃるわけです。
 しかし、今は子どもたちが変わってきています。
 昔の子どもは、注意で指導になったのが、今の子どもたちは、注意だけでは動かなくなってきている。
 そこで、いろいろな指導のバリエーションを考える必要があるということを家本先生はおっしゃっているわけです。
 具体的に言いますと、家本先生は、指導にはこれだけのバリエーションがありますよとおっしゃっておられます。それは、
「説得する」
「共感する」
「教示する」
「指示する」
「助言する」
「模範を示す」
「励ます」
「ほめる」
「挑発する」
「ずらす(ユーモア)」
 挑発するなんていうのはおもしろいな、と思うのですが、指導というのはいろんなバリエーションがあるということです。
 家本先生のおっしゃる中でしばしば出てくるのが、ちょっと「ずらす」という発想です。
 あるいは、ユーモアの活用と言ってもいいと思うのですが、やはりユーモアというものはコミュニケーションにとって非常に大切なものかなと思います。
 1つだけご紹介しますと、家本先生が非常に印象に残っておられる出来事のようなのですが、少し読ませていただきます。
 小学校5年生の時、朝礼での校長の話である。
 当時、落書きをする子どもたちが出てきて、学校の便所や校舎の壁や、塀に男女の性器や性交図を描きまくっていた。
 その落書きをやめろという趣旨の注意だった。
 校長先生は何と言ったかというと、
「この頃、学校のあちらこちらで落書きが書かれている」
「特に大砲やら、お日様みたいな落書きが多いが、大砲やお日様の絵は画用紙に書きなさい」と言ったそうです。
 非常にうまいなと思ったのは、そのものずばりではなく、大砲やお日様という比喩を使っているわけです。
 そしてもう1つは「禁止をしていない」ということです。
 別なものに書きなさいと言っているわけです。
 家本先生によれば、これで一発で落書きは止んだそうです。
 生徒指導ではもちろん直球で勝負しなくてはいけない時もあるわけですが、この「ずらす」という技法は、なにもいつもいつもストレートでなくても、時には変化球を使ったっていいではないか、という発想ではないかと思います。
(会沢信彦:1965年茨城県生まれ、文教大学教授。専門は教育相談・生徒指導。特に、学校現場をはじめとするさまざまな対人援助場面における援助的コミュニケーションのあり方に関心を持っている)

 

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子どもたち誰もが行きたくなる学校を創るには、どうすればよいか

 栗原慎二先生は、広島大学の教員の中で、学生による授業評価No.1に選出され、学長賞を受賞、講演回数も多い人気教授です。
 埼玉県内の公立高校で荒れた学校や不登校生徒の多い学校での教師経験をもつ学校再生のスペシャリストで、広島市全体の不登校生徒数を1年間で激減させた実力派です。
 モグラ叩き的生徒指導はもう本当にやめ、予防的に、かつ組織的に動いていきましょう。
 高校教師としての経験が長い(18年間)栗原先生は、教師の気持ちをよく理解してくれます。
 伊勢市教育研究所の夏季研修の講演(2013年)で次のように語っています。
 栗原先生は「学級の状態と学力は大きな関わりがあり、生徒指導をきちんとすれば半年で学級は変わり、学力も向上する」と。
 具体的にどう行動すればよいか。栗原先生は、教師の視点を変え、現状を捉えた上で今の子どもをどう理解するかが大切だと。
 昔の子どもたちは、屋外で異学年の子どもも交えて、多人数で身体を使って遊んでいたのに対し、今の子どもたちは、屋内で同学年どうしが少人数で遊んでいる。
 これでは、対人関係スキルが身につかない。
 さらに、子ども集団の崩壊と遊びの変質に加えて、家庭機能の低下、いじめや学級崩壊、社会からの要求の高度化等により、良質の人間関係をつくる体験が不足していると指摘。
 他者や社会への否定的感情、自尊感情・自己有用感の低さ、スキルの不足が、過剰な気づかい、人格的もろさ、ボーダー感覚の喪失、非共感性、攻撃的行動につながり、それらが「不登校」「ひきこもり」「NEET」「青少年犯罪」等の現象となって表れていると栗原先生はいいます。
 それではコミュニケーション能力を高めるには、どうすればよいのか。
 栗原先生は、勉強ができるようになるには勉強をする、サッカーができるようになるにはサッカーをするのと同じように、コミュニケーション能力を高めるにはコミュニケーションを多く体験することが重要だと。
 とにかく大事なのは、質より量。やっていくうちにうまくなる。
 マイナスの体験についても、ある方がよい。マイナス体験が、それを上回る肯定的な人間関係の構築に繋がる。
 クラスで誰にでも「おはよう」と言える子どもは、一体何人いるでしょうか。
 中学生を対象に調査した結果では、向社会性のスキルの高い子どもは、勉強もできるし、友人もできるし、いじめられないし、楽しいと感じているという結果が出た。
 今の最大の問題点は、子どもたちが集団から集合に変わっていることだと栗原先生は強調する。
「集合」の中には絆がなく、支え合いがありません。このことが、教育が難しくなった最大の原因である。
 これまで「スクールカウンセラー」「特別支援」「スクールソーシャルワーカー」など、様々な取り組みにより現状を支えてきてはいるものの、なかなかうまくいかない。
 生徒指導の本質は「集合を集団に変えることで解決する」と栗原先生は指摘する。
 集合を集団に変えるためには、生徒指導、授業づくり、学級づくり、学校づくりなど全ての場面において意識して取り組むことで集合が集団に変わるというのです。
 具体的な例をあげると、授業では、子どもたち同士が交流するグループ活動の中で、互いの影響力が発揮できる授業、欲求の満たされる授業をしていくべきだと。
 一部の子どもだけがヒーローになり、一部の子どもだけが楽しめる授業では、子ども達の意欲はどんどん落ちていく。
 意欲・欲求というのは、「交流欲求」「承認欲求」「影響力欲求」の順に満たされていくという特徴がある。
 学級崩壊では、交流欲求のある子に振り回される状態が見られ、問題行動の目立つ子どもを叱ることで、問題行動を継続・拡大させることになる。
 子どもたちが普通の行動をとっている時に交流することが大事。交流により欲求が満たされると、問題行動を起こす必要性がなくなる。
 また荒れた状況にある子どもへの指導や支援のポイントは、
(1)発達的問題・養育上の問題・欲求を理解し、情緒的サポート(理解・傾聴・感情の交流・承認など)を提供する。
(2)観察で、きちんとしたレスポンスを返す。
(3)コミュニケーション能力を育む。
(4)個々の学習ニーズに応じた学習課題を設定する。
 ことが重要である。
(栗原慎二:1959年青森生まれ、埼玉育ち。広島大学教授、スーパーバイザー、ピア・サポート・コーディネーター。埼玉県公立高校教師(18年間)として生徒指導・教育相談に携わる。AISES(学校教育開発研究所) 代表理事、日本学校教育相談学会会長。専門は学校臨床心理学)

 

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