カテゴリー「子どもの指導の方法」の記事

教師に反抗的な態度をとる子に、どう対応すればよいのでしょうか

 教師の揚げ足をとったり、指示をわざと聞き流したりするような子がいる場合、他の子どもたちもその雰囲気にのまれないよう、教師は毅然とした態度をとることが必要です。
 教師に反抗的な態度をとる子は、教師がイライラするような言動をあえてとります。
 教師が感情的に対処すると、その子との関係が悪くなり、周囲の子どもたちも「振り回されている教師のせいで、学級の雰囲気が悪くなる」と感じています。
 どう対応すればよいのでしょうか。
(1)
学級のルールを明確にする
 反抗的な子どもに対しては「なんだ、その態度は!」と言うのではなく
 
「みんなでこのルールを守ろうと決めました。だから、これは認められません」
と言えるように、おりに触れ、ルールを学級全体で確認したり、教師の考えを学級全員に伝えたりする時間を設けます。
 それと、子どもが教師に反抗的な態度をとったとき、教師とその子との一対一の対立構造にせず「これは正しいことですか?」と、みんなでルールを確かめるようにします。
 多くの子どもたちが同じように判断する中では、教師に対して無茶なことを言いづらくなります。
(2)
教師は子どもたちに対する言葉づかいに気をつける 
 教師が子どもたちに言った言葉に
 
「さっきは、こう言ったくせに」
 
「あの子にはこう言ったのに」
 などと、反抗のきっかけにします。
 教師は、ていねいな言葉づかいを心がけます。話す速さもゆっくりと
「○○さん、それはこういうことですね」
と、落ち着いた口調で、その都度違うことを言わないように気をつけながら話します。
(3)
ながながと説教しない
 その場で、態度を改めさせ「ごめんなさい」と言わせようとすると、話が長くなり、雰囲気も悪くなります。待たされている子どもたちもうんざりします。
 それが反抗的な態度を助長します。さらに、周囲の子どもたちまで同調してしまうと、指示が通らなくなってしまいます。
 深追いをせず、いけないことを「いけない」と伝えたら、すっと切り替えて授業を進めます。時には反抗的な言動をあえて取り上げないようにします。
 周囲の子どもたちを意識することが、実は、反抗的な態度を取る子どもへのアプローチになるのです。
(4)
一対一でゆっくり話せる場を設ける
 まずはその場で「どうしてそう思うの?」などと、子どもの話を聞く姿勢を見せます。時間をとり、一対一でゆっくり話せる場を設けます。
 その子が安心して自分の思いを話せるようにします。マイナスの感情を言っても、一度は「わかるなぁ」と共感的に受けとめます。内容によっては「悪かった」と謝ることも必要です。
 教師とその子との関係だけでなく、いろいろな面から原因を考えていきます。
 たとえば、教師の言動に不満を持っている、強く見せたいと思っている、どこまで許されるのか探っている、自分を認めてもらえなかった経験が多い、もっと注目して欲しいと思っている、ことなどが考えられます。
(5)
その子が認められる場を作る
 その子のよさが認められる場面を意識的に作ります。また、休み時間に、その子の興味あることを、他愛なくおしゃべりすることもその子にとって嬉しいことです。受けとめてもらえ安心感にもつながります。
(6)
周囲の子どもたちの受けとめる力を育てる
 「みんなもイライラすることってない?」と問い、本音を子ども同士で聞き合う場をつくると、行動の背景を想像しようとする子が育ち、共感的な温かい声かけを子ども同士でもできるようになります。
(
横田陽子:北海道公立小学校教師)

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生徒指導が得意になるためには、どのような秘訣があるでしょうか

 生徒の指導に迷いはつきものです。叱るのかほめるのか、突き放すべきか寄り添うべきか、厳しく接するのか優しく接するか、断固として貫くべきか自主性を尊重すべきか、などと迷います。
 考え方が明確でないから迷うのです。
 生徒の指導というものにはマニュアルが存在しません。10人の生徒には10人の物語があり、10種類の指導が必要です。
 10種類の処方箋を身につけるのではなく、処方箋のつくり方を知るほうが早道なのです。だからこそ考え方が大切なのです。
 生徒指導にマニュアルが存在しないので、先輩の実践から学ぶことです。ただ真似をしても、生徒が違えばうまくいきません。
 マニュアルはなくても「考え方」はあります。この考え方を身につけると大きな失敗を減らすことができます。これから起きるだろうという問題も予測し、早めに的確な対応ができます。
 教師の経験だけでは指導できません。
 先輩の実践から「ここだ!」という秘訣やコツを会得するのです。ここが自分とは違う優れたところを見つけるのです。それをメモすれば、指導力は磨かれます。 
 教育書を読まずに経験だけに頼っていては、考え方はいつまでも増えません。
 教育書で学んだ考え方は、自分流に修正します。新たな考え方で実践し、また修正します。別の考え方があれば、つき合わせてさらに修正して実践します。教育という仕事はこのくり返しです。
 生徒を指導するには、原因となるものを見つけて方針を立てます。それには、困った場面や困った生徒をよく観察することです。
 教師が生徒の話を聞き、それを読み解くことに意味があるのです。読み解くには時間と根気が必要です。
 表面的な原因ではなく、根っこを見つけるのです。根っこだと思う根っこを指導すればよいのです。
 生徒の指導に行き詰ったときの打開策をあげると、
 先輩教師に相談する、実践家の本を読む、保護者に相談する、生徒の友だちに知恵を借りる、学級でアイディアを募集する、学級通信を使って世論を喚起する、などが考えられます。
 あの先生が言うと指導が入るのに、自分が言っても生徒は従わないことがあります。ここには簡単な原理が働いています。
 好きな人から何か言われても「そうかも」と思ってしまうのに、嫌いな人から同じことを言われてもムッときて反論したくなります。
 ましてや尊敬している人から言われると、反省してしっかりやろう、という気になってしまうものです。
 仮に、いろいろな技術に熟達していても、生徒に好かれ尊敬されていないと、生徒は納得してくれません。
 特に、生徒指導の場面では、どうしても「好かれて尊敬されている」ということが大切になるのです。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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子どもが思うように変わらないとき、子どもを変えるには、どのようにすればよいのでしょうか

 子どもが思うように変わらない。学力を伸ばすことができない。問題行動が減らない。
 こういう時に、教師の人間性というものがあらわになります。
 ある教師は、それをどこまでも子どものせいにします。職員室で子どもの悪口を言い、自分がどれほど一生懸命にしているのかを声高に言ったりもします。
 しかし、残念ですが、そうした教師が子どもを変容させるということは少ないようです。
 逆に、それとはまったく正反対の教師がいます。そういう教師は、まず周りの教師に質問しに行きます。
「物語の指導がどうしてもうまくいかないんです」
「子どもの忘れ物が減らない時はどうすればいいんですか」
「絵の具の塗り方は、何をどう指導すればいいのですか」
というように、同僚の教師にたずねてまわっているのです。
 そして、教えてもらったことは、とにかくすべて実際におこなって確かめていきます。
 つまりは、まず自分の方法を疑い、改善しようとしているわけです。
 自分の現在持っているやり方だけにこだわって、うまくいかなければ、子どものせいにしている教師は、盲腸の手術の技術しか持たない医師が、胃潰瘍の患者に対して「あんたはどうして盲腸じゃないんだ。盲腸なら治せたのに」と言っているように滑稽です。
 子どもを変えるために、自分を変える覚悟を持ちたいものです。
 うまくいかない時は、まず、自分の教育方法を疑って、やり方を変えてみるのもよいのではないかと思います。
(山田洋一:1969年北海道札幌生まれ、私立幼稚園に勤務後、北海道公立小学校教師。「北の教育文化フェスティバル」代表、「お笑い教師同盟」副代表、「実感道徳研究会」副代表)

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生徒指導の「カキクケコ」とは、なんでしょうか

 生徒指導は、生徒の理解に始まり、生徒理解に終わるとも言われます。
 私が大切にしている、生徒指導の言葉が「カキクケコ」です。
「カ」:いろいろな場面における子どもの様子を観察(かんさつのカ)する。
「キ」:観察した結果を記録(きろくのキ)する。
「ク」:接し方を工夫(くふうのク)する。
「ケ」:少なくとも一年間は、継続(けいぞくのケ)する。
「コ」:一人ひとりのよさの発見を主眼とし、子どもたちの心(こころのコ)をとらえる。
 子どもたちの行動が、どのような背景によってもたらされているかは、日々の検証・省察なしには理解できません。
 問題をすぐに解決しようと思っている時ほど、生徒指導はうまくいきません。
 生徒指導の記録を時系列で取っておくとよい。
 私は、表計算ソフトに、子どもたちの行動、指導の内容、家庭への連絡内容、その時の教師の考えや気持ちを時系列で記録しています。
 記録を取っておけば、どの部分で指導がうまくいったのか、また、逆にうまくいかなかったのか、複数の教師で検証・省察することが可能になります。
 子どもたちを見取る自分自身の目や子どもたちへの日々の関わりに自信をもつことは大切です。
 しかし、生徒指導がうまく立ちゆかなくにったとき、そこで手詰まりになることを避けねばなりません。
 記録をもとに検証・省察することができるようになれば、次の一手が見えてくることもしばしばです。
 その記録から、子どもたちの強みや学校生活に生かしたい点、課題や支援を要する点、また、どの教師が関わった時に指導が通ったのかなどを検証・省察していくのです。
 生徒指導は、人と人との関わりが根底にありますから、このようにすればこうなるという定石のようなものはありません。
 教師は自分自身がどのような姿で子どもたちに見えているか、客観的に見る必要があります。鏡に向かって、怒った顔をしたり、思い切り悲しい顔をしたりするとよいと思います。
 教師は日頃の生徒指導で、自分自身のキャラクターと生徒指導が合致しているか、考えなければなりません。
 生徒指導をしていると、同じ指導をしていても、指導効果が違うという場面を何度も見ます。
 教師のキャラクターと生徒指導のねらいがうまく合ったとき、相応の教育効果が得られるのだと思います。
 生徒指導は日々、検証・省察する根気のいる仕事です。
 記録による検証・省察を繰り返すことで、子どもたちのよさを発見し、学校生活に生かすことができるようになるでしょう。
(
小川拓海:1986年名古屋市生まれ、名古屋市立中学校教師。「明日の教室」名古屋分校代表、授業づくりネットワーク理事)

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荒れた子どもや学級を立て直すためには、どのようにすればよいのでしょうか

 キレやすい子どもたちは、動物的な勘のような鋭さで、自分に迫ってくる危機を感じとり、自分が傷つくまえに「ウルセエ、むかつくんだよ。くそババア」と攻撃的な姿勢をとるような気がします。
 自分に迫るものをつねに危機として感じとるというのは、他者に対する不信、自分の存在に不安をかかえているように思います。
 教師にその思いはなくても、子どもがくり返し傷つけられ、自分の存在にたいする肯定的な感情を育んでこなかったからでしょうか。。
 正義感をふりかざした顔でだれかが近づいてくると、「もうぼくを傷つけるのはやめてくれ」と鋭く反応し、正しいことであっても、人間的な感情で受けとめきれず、反発してしまうのではないでしょうか。
 私は、この子どもたちとともに生きていくにあたって、命令や怒声、罰などをふりかざす「力による教育」はいっさいやめようと思いました。
 それが子どもたちの心を傷つけ、人間への信頼や連帯から遠ざけ、攻撃性をいっそう助長してしまうであろうことが予測できるからです。
 まず、「あなたが、あなたでいることを、私はそのまま受け入れるよ」。そういう気持ちで子どもたちと生きていこうと思いました。
 特に学級の指導で気をつけていたのは、子どもたちの攻撃的な感情を助長するような雰囲気をつくらないこと。ゆっくりとした時間の流れのなかで対応することをこころがけていました。
 朝の会で一人ひとり名前を呼んで、「守るくん、ねこのチャトラは元気ですか」と、ふと思いついたことを語りかけます。それから、心にのこったことを一つ二つ話します。
 そして、一日の予定について話します。子どもたちのいらだちや攻撃性は、この一日の予定を知ることでかなり弱められるようです。見とおしをもつことが人間らしい努力を生みだす力になっていきます。
 体育の授業は、おにごっこ、手つなぎおに、「網投げた」などの遊びを全員で楽しみました。笑顔がこぼれてきます。
 とくに「網投げた」のあそびを子どもたちは好みました。遊び方は簡単です。最初わたしが漁師になってあと全員魚になります。体育館の一方の端に魚となった子どもたちが並び、漁師となった私がもう一方の端に立ちます。
 
「網投げた!」と大声をあげて、子どもと私は体育館を交差するように駆け抜けていきます。そのとき、漁師である私にタッチされたらアウトです。捕まったらこんどは反対に漁師に加わります。
 横にステップを踏んでタッチをかいくぐることは許されますが、後ろに逃げることは許されません。スピードとフェイントの勝負です。
 漁師の数がどんどん増えてきて、そのなかを逃げきるのはスリルがあって楽しいのです。どんなすばしっこい子も最後は、クラスみんなにワーッととり囲まれて捕まってしまいます。汗びっしょりで。
 こうして、からだを動かすことをめんどうくさがっていた子どもたちが、マットなどに全力を出しはじめました。
 子どもたちの気分や感情とていねいにつきあっていくのですが、普通のクラスからみれば荒れているように見えます。しかし、一概にそれが悪いとは言えない気がします。
 感情の処理をていねいにしきれない子どもたちが、お互いの要求をぶつけあいながら学び学校生活を送るということで、教師から命令されるのではなく、自分から自覚していく時間が必要だろうということです。
 教室で、体育で、遊びやゲームをよくしました。「無人島」とか「人数づくり」とか「ジャンケンゲーム」とか「シェーハ」とか。短い時間をちょっとつかって楽しみました。
 学校にはこういうゆったりとした時間が流れることが必要ではないかと、思いました。
 いらだちやむかつきを表現し、傷つけあうことばが飛びかっていた教室に、授業への集中や読書への集中の快さを創りだすことはとても大切なことだと思いました。
 一週間に一度だけど、図書室でみんな静かに本を読むようになりました。文字を読み、イメージを広げ、夢中になって心躍らせる体験は、子どもたちの内面を充実させていくでしょう。
 絵本の読み聞かせをしました。右手の指できつねの”コンちゃん”をつくって一人芝居をしました。
 
「やあ、みんな、こんにちは。ぼく、コンちゃん。先生、本読んでよ」
 「よし、じゃあ、読むとしよう。『三びきのやぎのガラガラどん』、始まり、始まり」
 心をこめて小さな声で読みつづけていきました。シンとして聴いてくれます。「おもしろかったあ」読み終わると、みんな、ほうっと肩の力を抜いて笑っていました。六年生の教室であることがうそのようです。
 子どもたちがわたしに信頼をよせ、心を開きすっかり身をゆだねてくれているのです。こんな瞬間、子どもたちがとてもいとおしくなります。子どもたちは、人間として一人ひとり尊敬され、ていねいにあつかわなければならない。そんなふうに強く想うのでした。
 教室に何冊もの本を持ち込んで紹介しました。「1年1くみ1ばんワル」「キャプテンがんばる」「それゆけズッコケ三人組」など。
 子どもたちは、少年や少女の時代を輝いて生きたいと願っているように見えます。荒れているように見えて、じつは少年たちの生きることへの願いのようにも思えます。
 しかし、荒れている状況を放置するわけにはいきません。荒れの向こうに見える子どもの要求を聞きとりながら、人間的に生きることへの喜びに結びつけていかなければなりません。
 子どもたちは希望をもつことではじめて人間的な生き方に心をよせ、みずからを変えることに挑戦しはじめるのですから。 
 こんにちの子どもと教育の危機のなかで、希望と未来が一度に切り拓かれるような指導のマニュアルはありません。
 私たちにできることは、子どもに徹底して寄り添い彼らの深い要求を聴きとること、そして自己の停滞を打ち破り教師としての新しい一歩を踏み出すことではないかと思います。
 誰もが歩いたことのない未知の草原や荒野を、道草を楽しみながら子どもとともに歩み、希望を創りだしていくのです。
(
山崎隆夫:1950年静岡県生まれ、元東京都公立小学校教諭。都留文科大学非常勤講師、「学びをつくる会」「教育科学研究会」会員)

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やる気がない子を前向きにするにはどうすればよいか

「最近の子は、どこか冷めていて、やる気が感じられない」という声をよく聞きます。これまでの指導のやり方が通じず、なにを言っても驚かず、受け流されてしまう。そう悩む人が多いようです。
 しかし、本当になにを言ってもやる気を出さないのでしょうか。「決してそんなことはない」と、私は思っています。やる気を出すことはできるのです。やる気を引き出すためのコツがあるのです。そのコツは
(1)
「何度言ったらわかるんだ」と叱るのではなく「分からないんだな」と受け止める
 たとえば、高校野球で「なんだ、その投げ方は」と選手の悪いところを指摘して、より良い方向にもっていこうとするのは悪いことではありません。
 しかし、悪いところばかりを指摘していると、人は自分の欠点ばかりに意識が向いて、どんどん自信を失っていきます。積極的な心をなくして、人は成長できないのです。
 
「叱るのではなく、ほめて伸ばせ」と、よく語られています。しかし、ほめるには、何らかの良い結果を出していないと、ほめることはできません。無理にほめようと形だけのほめ言葉は、相手に見抜かれて効果は少ない。
 その代わり「認めてあげてください」。事実をそのまま受け止めてあげるということです。何度説明しても理解していない状態だったら「そうか、わからないのか」と言ってあげてください。
 そのうえで「どんなところが分からないんだ?」と聞けば、質問や相談をするようになります。認めてあげれば、安心感を感じて、積極的な気持ちになります。
(2)
「なぜ、できないんだ」と聞くのではなく「なにが理由だ?」と聞き「うまくいっているイメージ」をつくるようにする
 「なぜ、できないんだ」と聞くのは、言葉の裏に相手を責める意味合いが含まれています。
「なぜ」を「なに」に置き換えてみましょう。「なにが理由だ?」と質問されると、言われた方も理由を答えることに意識がいきますから、冷静に自分の行動をふり返りやすくなります。答えやすい雰囲気ができます。
 
人が行動するときには、どんな場合でもイメージが先行しています。脳はイメージ通りに実現しようとします。
 
「できなかった自分」をイメージしてしまうと、どうしてもそのイメージに引っ張られて失敗してしまうことになります。
 それよりも、うまくできたときの達成した状態をイメージできて、そのときの喜び状態を感じることができるようにサポートしてあげてください。イメージトレーニングの原則は
①すでに実現した状態、あるいは実現しつつある状態をイメージする
②細部までリアルにイメージする
③そのイメージに自分の感情を加える
(3)
「やりなさい」ではなく「やったらどうなるか」を伝える
 やらなければならないことはわかっているのに、なぜかやる気が起きないという人はよくいると思います。
 そのような場合は「やったらどうなるか」をイメージさせて、ワクワク感を与えれば、想像以上に頑張り出します。「頑張れば、その先に楽しいことが待っている」とイメージさせる必要があるわけです。
 目指す姿が明確になると、やるべきことは自然と浮かびあがります。
 
「楽しいこと」をやっていると脳の中にドーパミンという物質が分泌され、やる気や行動力が高まるようになります。
 人間の脳はワクワク感がないと「やるべき」という義務感だけでは集中できない仕組みになっています。
 なにか一つをやりきらせてみるとよい。いったん「なにかをやりきる」経験をさせると、自信がつき、あとは放っておいてもどんどん加速して成長していくものです。その最初の一歩を踏み出すサポートをしてあげることをこころがけましょう。
(4)
「夢がかなうかも」という気持ちにさせれば、どんどんやる気が高まる
 本当に何も夢を持ってない人はいません。ただ、叶うと思えないから、夢を持たないようにしているだけです。
 
「夢を考えてみよう。あくまで夢だから『これならできそう』というものでなくてもいい。『こうなったらいいな』ということを、自由に考えてみて」と私は言います。
 次に「夢だと思っていたけど、実現できるかもしれない」というイメージを持ってもらうための質問をします。具体的に細かく段階を区切って、夢を描いてもらうのです。
 最終的な夢が叶うまでの途中経過をイメージさせることで「夢が叶っていく過程」を頭の中で疑似体験してもらうのです。このワークをやると、単なる夢だったものが、どんどんリアリティを増していきます。
 夢を聞いても、漠然とした言葉しか出てこない子もいます。そういう子には「憧れの人」を聞くことで「こうありたい」とイメージを具体的に描くサポートをしてあげましょう。
「あの人のようになりたい」という気持ちが人を成長させます。
「あなたが尊敬する○○さんだったら、どんなふうに解決すると思う」「○○さんからどんなアドバイスがあると思う?」と問いかけて解決策をサポートすることができます。
 
「このように行動すれば、憧れている人のようになれる」というワクワク感は、自分の殻を破って成長するために大きな力になるのです。
 どうしてもワクワクする目標が見つからない子には、得たい感情を聞いてみるのも効果的です。たとえば「気持ちがいい」「うれしい気分」「やったぞという感じ」など。
 得たい感情が明確になれば「どうすればその感情が得られるようになるのか」を考えられるようになり、自然と目標が生まれ、モチベーションが上がってきます。
(
飯山晄朗:メンタルコーチ、経営コンサルタント。中小企業診断士、SBT1級コーチ、金沢大学非常勤講師、人財開発フォーラム 理事長、銀座コーチングスクール金沢校・福井校代表。家電業界でトップセールスマン、商工団体の経営指導員(11年間)を経て起業後は講演・研修講師)

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いじめや暴力など被害を受けた子どもや保護者への対応はどのようにすればよいか

 いじめや暴力などが発生した場合、被害を受けた子どもと保護者に対して迅速かつ丁寧な説明をしないと問題が拡大してしまうので十分な配慮を要する。
 被害者の子どもに対応する場合、何より大切なことは、被害者の胸の内をどれだけ理解できるかであり、それに寄り添うことが大切である。
 被害にあった子どもの保護者の思いは、加害者が反省をし、今後一切このようなことがないよう約束してほしい。教師には、指導の在り方を改善し、指導を徹底してほしい、ということである。
 いじめの被害者が学級全体の中で被害にあうと、長期化しやすく、被害者に心的外傷や集団参加への消極性などが心配される。排斥されるのは自分のせいだから仕方がないとあきらめ、自己否定してしまっている場合もあるので、全力をあげて味方になることを伝え、安心感を持たせながら支援していきたい。
 また、仲間の中でいじめが起こる場合は、多数対1人の構図ができ、命令されたり、面白がったりなどがエスカレートしていき、悲惨な状況が起こってしまう。周囲からは遊び仲間と映ってしまい、状況が見えにくく実態の把握が困難である。仲間集団との決別をどう進めていくか複雑な心境でいることを念頭に置き、強く切り込んでいかなければならない。
 けんかの場合は、正当防衛やどちらにも原因があるなど、加害と被害を明確に分けにくい状況もあるので、事実の把握については慎重におこなうようにする。被害状況が明らかになったら「この部分については謝罪しなさい」などの細かな対応が必要である。
 被害者が恐怖感を抱いている場合もあるので、全力をあげて被害者を守ることを表明して支援したい。加害者の子どもにも、その背景要因を探りながら、情緒の安定やコントロールする力を育てる支援を展開したい。
 被害状況を保護者に説明し、支援を展開していく場合は、何よりも誠意を持って寄り添い、苦しい状況に共感しながら対応していくようにすることが大切である。
 被害状況が発覚したら、できるだけ早く第一報を入れる。他の子どもや保護者から聞いているのに、教師からは何の連絡もないと不信感を抱くことになるので、迅速に連絡を入れたい。
 被害状況は、電話などではなく直接、家庭に出向いて、顔を合わせて丁寧に説明する。その際、事実関係を丁寧に記録したノートを見ながら、時系列で、前後関係や人間関係の動きがわかるように丁寧に説明すると、保護者は「この先生だったら任せられる」という安心感が生まれる。
 正確に把握していない段階でも、躊躇することなく「このようなことがあるようです。詳しくはこれから調べます」と伝えておくと、保護者は随分と助かるものです。
 なお、その後の段階で、事実関係が動いていく場合もあるので「今の段階として、わかっていることですが、・・・・・」と前置きして説明しておくと、その後の変動にも対応できる。
 被害者の支援は、その子と保護者の辛さや苦しみに共感しながら、新しい段階へ成長していくために、どう寄り添っていくかという、人道的な関わりが強く求められる。
 被害者の心の傷は、癒えることなく、心の中にずっと残り続け、その後の集団参加や生きる力を弱めてしまうことがある。事を急いではいけないし、じっくり関わりながら、自己治癒力や自己成長力が動き出すことをめざして、支援を継続したいものである。
(
光武充雄:佐賀県公立小学校長)

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子どもがケンカしたとき、どう考えて指導すればよいのでしょうか

 子どもにとってケンカは、人間関係を学ぶ大切な場です。ケンカによって相手の気持ちを理解したり、仲直りの方法を学んだりするのです。
 集団生活をしていれば、意見や感情のぶつかり合いが生じます。子どもは自分の思いを素直に表現します。ケンカが起きて当然です。
 ですから、ケンカを防止するのではなく「子どもはケンカをするもの」と考えて、子どもを見守り、日ごろからケンカへの対応を考えておくことが大切です。
 ケンカが起きれば、少し時間を空けて、子どもが落ち着いたら、双方に何が原因でケンカになったのか、相手がどのような言動に腹が立ったのかを言わせるようにします。
 その後で、「自分の悪かったところはどこか」、「どうすればケンカにならずにすんだのか」を考えさせます。
 自分の悪かったところを反省し、相手の立場も理解させることができるように指導するのが教師の役割です。
 子どもを納得させることが、ケンカ対応のポイントです。ケンカは子どもを納得させて下校させることに尽きます。
 「ぼくも悪かったよ」と、わが子に言われれば、保護者も納得です。
 少し気になる場合は、念のため、連絡帳や電話で保護者に伝えておくのも良いでしょう。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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荒れる子どもをどう理解し指導すればよいか

 「学校に行きたくない。もう辞めたい」と私は思った。暴力や破壊が繰り返され、昼食も食べずに走りまわって生徒に対応しても、荒れが繰り返される中で、砂をかむような気分になって憔悴しきったのです。
 そうした中で、いくら働きかけても「悪いこと」を繰り返し、何の反省もしていないように見える生徒を前にすると「あいつはどうしようもない」と指導を放棄したくなります。
 子どもたちをどんな視点で見ていけばよいか。子どもたちが寄せる教師への信頼とはなにか。
 荒れる生徒の問題の根は多くの他の生徒と深くつながっており、その問題を見える形で突き出しているのだ。私たち教師は
「子どもたちが抱かえる課題や心の揺れを見なくてはいけない」
「どの子も伸びようとしている。賢くなろうと思っている。でも、荒れている子は、なかなかそれがうまくいかないし、うまく表現できないのだ」
 このことは、子どもたち人間を丸ごと理解するうえでの原点だと思う。そのことなしには、子どもたちと教師の共感はあり得ないだろうと思う。
 家庭訪問の量は生徒指導の質を変える。それは学校の中だけで生徒を見るのではなく、生活の場で生徒を見るということです。生徒の気分や感情が生まれるところをつかもうとすることです。鬱屈とした気分や冷たく醒めた生活感情に浸ってくようになるのが理解できるようになります。
 それを知ったうえで、その生徒の判断のあり方やまわりへの関わり方を注目して、働きかけねばなりません。
 事例研究して、一人ひとりの生徒の具体的な様子や言動を教師集団が検討して、その生徒の理解を深め、生徒への働きかけの質を変えていくようにしました。
 例えば、暴力事件が起きたとき、事実を具体的につかむ。そこにとどまらずに、なぜ暴力を振るうのかを生活の中から考えてみる。どのように働きかけたか、それに対する反応はどうだったかと。
 このように教師としての経験の共有が意識的にはかられることで、教師の生徒への対応に変化が生まれます。
 その生徒の内面の葛藤に目が向き、その模索に付きあい、その生徒のペースで伴走し、対話する指導力の形成をはかっていきます。
 荒れる生徒に感じられるのは人間不信です。生活史の中で何回も裏切られてきたのでしょう。安心して甘えた経験が少ないのではないか。そうであれば、あらゆる働きかけを通して、人間信頼を回復させねばなりません。
 荒れた生徒を「甘えさせる」といった、ふくらみを持った生徒対応を教師が見せると、生徒たちは敏感に察知して、攻撃性に変化が生まれ、いっしょにはしゃいだり、ふざけたりできるようになりました。人間的な感情の交流が指導を成り立たせることになるのではないでしょうか。
 荒れる生徒の言動に「現在の自分を取りまく状態に満足できない」というメッセージがあります。荒れるのは「いかに生きるか」という問いの未熟な表現だと思うのです。
 
「自分はどうしたらいいのか」「どう生きるのか」の問いがうまくいかないと、暴発するエネルギーが攻撃的な形で噴出してくるように見えます。 
 一人ひとりの生徒が暮らしの中でさまざまに葛藤し、多様な感じ方をしていることを把握できることは、特定の子どもの全体像に接近することになります。
 
子どもの実感から出発して、その子の問題に迫る学習を創りだすことは、生活指導の課題だけでなく、教科指導をもつらぬいて現代の学校の中心的な課題だと思います。
(
福井雅英:1948年滋賀県生まれ、滋賀県公立小学校・中学校教師31年、「教育困難校」に長く勤務し荒れと向きあい学校再建に取り組む。北海道教育大学教授、北海道文教大学教授を経て滋賀県立大学特任教授)

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教師の指導力の不足をのりこえるには、どうすればよいか

 どのような教師には指導力があるのだろうか。
 わたしは、顔つき、からだつきから「怒るとこわい先生」と見られ、そのことが指導の武器になっていた。
 美人や美男子の教師もそうで、逆の教師より指導の入りがよい。
 声の大きさ、明瞭さ、すてきな笑顔もそうだ。
 これは、嘘のような話だが、指導力不足に悩んでいた教師がいた。「太い縁取りのめがねをかけろ」と助言した人がいて、そのとおりにしたら指導が成立するようになったという。
 ということは、教師は、あらゆるものを用いて教育していることになる。
 とすると「自分のどこが子どもたちに受け入れられているのか」、反対に「自分のどこが子どもたちに拒否されているのか」を知ることである。
 その結果、ユーモアに欠けるとすれば、その力をつけるように努めることだ。
 教師は自分をらち外において、わたしの教育がうまくいかないのは「子どもの質が悪いからだ」「地域もよくないし、保護者もみんなわかってない」と、他の者のせいにしてはならない。
 教師が指導力をつけるには「自分を知り、自分を変える」ことである。
(
家本芳郎:19302006年、東京都生まれ。神奈川の小・中学校で約30年、教師生活を送る。退職後、研究、評論、著述、講演活動に入る。長年、全国生活指導研究協議会、日本生活指導研究所の活動に参加。全国教育文化研究所、日本群読教育の会を主宰した)

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