カテゴリー「子どもの指導の方法」の記事

子どもが先生の言うことを聞かないのはなぜでしょうか 

 子どもが先生の言うことを聞かないのはなぜでしょうか。
 私たちは、誰しも学校の先生に習って育ちます。しかし、習う割には、子どもの頃は先生の言うことを聞きません。
 先生は、必ず立派なことを言わなければいけないと決まっています。しかし、その「立派そうなこと」を自分自身がやっていない先生が多いのです。
 人に優しくしましょうと言うけれど、あの先生は優しくない。
 あの先生は「みんなのためを思って自分は言っているのである」という態度をとっているけれど、子どもが騒いでいるときに、丁寧に言い聞かせず、自分の思い通りにならないことに腹を立てて、威圧的に怒鳴っている。
 そういう矛盾が、子どもの目についてしまうのです。子どもが先生の言うことに反抗し、うんざりするのは、そこで言われていることに嘘があるから。
 もし本当に、子どもが騒いでいるとき、怒りを混ぜることなく、自信を持って毅然と注意ができるとか、頼れるリーダーシップがあると感じられたら、子どもも先生の言うことを聞こうとするでしょう。
 優しくすることが実践できていない大人が「人に優しくしましょう」と言ったら、その子が人に優しく穏やかになったら、周囲の大人が楽になる。
 大人は自分の利益のために、子どもを洗脳しようとしている、と敏感な子どもは心のどこかで気づいています。
 人間は本心から相手に優しくすると、心は真から満足して幸せであることを認識するものです。
「人に優しくすることは、自分にとって得くなのだなあ」と、わかっている人は、人に優しくできるわけです。
 そういう人が確信をもって「人に優しくすることは、自分にとって良いことなのですよ」と言うと、説得力があります。
 実際に人に優しくできている人は、その人自身が幸せそうなので、周囲の人も「この通りに真似してみよう」と思えるのです。
 もともと「学ぶ」は「まねぶ」から来ていると言われますけれども、真似したくなるような大人なら、人はそのようにしてみようという感じになります。
 実際にやっていて、気持ちが充実しているという事実に基づいていますので、言葉があいまいになったり、表情が嘘っぽくなることがありません。
(
小池龍之介:1978年生まれ、僧侶。2003年ウェブサイト「家出空間」を立ち上げる。住職をしている「正現寺」(山口県)と「月読寺」(神奈川県)を往復しながら、自身の修行と一般向けの瞑想を指導)

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けんかが起きたとき、どう介入すればよいか

 けんかを見ている見物人を排除し、凶器となりうるものや、机、椅子等の危険な障害物をその場から排除します。
 見物人がいると、どちらかの肩を持ったり、はやしたてたり、面子を失わずにやめることが難しくなります。
 本を落とすか、ドアをバタンと閉めるなどして、大きな音を立て、けんかをしている当事者の緊張した状況に水をさします。
 けんかをやめさせることはできませんが、けんかをしている生徒を我に返らせ、言葉による介入をしやすくします。
 口論の真只中にあせって飛び込まないこと。
 生徒と面と向き合って立つ姿勢では、攻撃的だと受け取られてしまいます。
 安全を期して、興奮している生徒から少なくとも50センチから1メートルほど離れて立ちます。
 パーソナルスペースに侵入すると生徒の不安が高まる傾向があり、暴力行為へ発展する可能性があります。
 生徒が自制心を失うほど、教師の言葉が聞こえなくなります。
 声かけの内容よりも、声の調子やポディランゲージの方が明瞭に伝わります。
 身体暴力に及んでいても、声かけがけんかの制止に効果があります。
 どのような状態でけんかをしているのか、よく観察して劣勢な生徒に
「〇〇さん、けんかを今すぐやめて、こちらに来なさい」などと、声をかけ、面子を保つやり方でけんかをやめさせる助け舟を出します。 
 けんかをしている生徒は、立ち去る口実を先生が与えてくれるのを実際には待っているのです。口実を与えるチャンスを逃がしてはいけません。
 けんかが終わった後、すぐさま当事者を別々の部屋に引き離します。興奮を冷まして気持ちを落ち着かせます。
 けんかはどのような結果をもたらすのか説明し、今後どのような行動をとって欲しいのかという教師の期待を伝えます。
 今回のことを教訓として、成長する機会を与え、コミュニケーションをとって仲直りする手助けをします。
(
新福知子:千葉県スクールカウンセラーを経て、CPI危機予防研究所代表
)

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子どものわがままや甘えをなくすには、どうすればよいか

 子どもを受容するとは、子どものしていることや言い分を100%受け入れることと思っている教師がいないわけではありません。
 子どもを100%受け入れると、子どもの発達課題は達成できそうにないし、学級がどうなってしまうのかと不安を抱く教師も多いはずです。
 そうなのです。子どもを受容するとは、子どものしていることや言い分を、すべて受け入れたり、認めたりすることではありません。
 子どものしていることや言い分には、わがままや勝手さが含まれています。それを受け入れたり、認めたりすると、学校はわがままを助長したり、甘やかしたりする場となりかねません。
 それならどうすればよいのでしょうか。
 子どものしていることや言い分について、いいことはいいし、いけないことはいけないことと、教師は見分ける目を備えていなければなりません。
 そして、いいことは、ほめて励ますことが大事です。
 一方、いけないことについては、どう対処すれはよいのでしょうか。
 いけないことは「いけないのだ」とすることも、子どもが成長していくための支援です。
 支援とは、子どものしていることや言い分を、何もかも認めて受け入れることではないのですから。
 もっとも、それを頭ごなしに厳しく叱りつけることが、支援・指導としてベストだなどと思わないでください。
 子どもが得心するように、教え諭すことが必要です。
 子どもの言い分を聞く耳を持ち、妥当な判断をしながら、子どもに接する術を磨くことが大事な時代になりました。
 それと、説得力のある話し方や、接し方ができるようにすることも大事でしょう。
 やはり、子どもの心をどうとらえるかなのだろうと、思われてなりません。
 それと、子どもに教師がゆとりを持って、接することが大事なのです。これをどう実現していくかが、教育界の大きな問題となっています。
(
飯田 稔:1933年生まれ。千葉大学附属小学校に28年勤務、同校副校長、千葉県浦安市立小学校校長を経て、千葉経済大学短期大学部名誉教授。学校現場の実践に根ざしたアドバイスには説得力がある)

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教師の言うことを、子どもが心から従うようになるには、どうすればよいか

 子どもがバラバラになり。教室が騒然となる原因は教師にある。
 子どもの責任にする教師は、いつまでも、技量が伸びない、伸びようがないのである。
 自分の責任として考えるから、何とかしようと思うから研究するのである。
 教師が「子どもを動かす法則」を知らないからいけないのである。
 では「子どもを動かす法則」は何か。それは、ただ一つである。
「最後の行動まで示してから、子どもを動かせ」
 子どもを動かす秘訣は、これに尽きる。
「最後まで、どうやっていくか」ということが、わからないから、子どもは場当たり的に行動するのである。
 この法則を支える補則は
(1)
何をするのか端的に説明せよ。
(2)
どれだけやるのか具体的に示せ。
(3)
終わったら何をするのか指示せよ。
(4)
質問は一通り説明してから受けよ。
(5)
個別の場面をとりあげ、ほめよ。
 これを、子どもたちに「校庭の石拾いをさせる」ことを例に説明します。
 教師はやることを、子どもたちに端的に示さなくてはいけない。よけいなことは言わない方がいいのだ。
「これから校庭の石を拾います。石はこのバケツに入れます」
 次にどれだけやるかも、端的に示す。
「五分間だけ拾います。五分たったら笛をふきます」
 これだけでも、子どもはやることがはっきりする。
 終わったら、どうするかも、前もって指示しなくてはならない。終わった時にどうするかという指示がないと、活動した後、崩れてしまう。
「終わったら、今の場所に集まって、すわって待ちます」
 さて、ここまで言ってから質問を受ける。途中で質問を受けてはならない。途中で質問を受けると、子どもたちの頭の中が混乱する。
 まず、最後まで一通り説明するのである。すると、はっきりとしたイメージが描ける。それから質問を受ける。
 一度、説明したことを二度言わなくて良い。「前に説明しました」と、きっぱり言えばよい。
 例えば「木の枝も拾うのですか」というような質問が出る。答えは端的に言う。「拾います」これだけでいい。
 質問はスピーディーにやっていくのである。長々と聞く子には「短く聞きなさい」と言う。動作の指示に対する質問は短くさせた方が良い。授業の場なら長々と聞く時もある。
 以上のことをすべて2,3分で終える。
 こうしてから子どもに石拾いをさせる。
 終わったら、子どもたちが集まってくる。やらせっぱなしはいけない。
 こういう活動の時に、光っている子どももいる。それをとりあげてほめる。
「〇〇さんと、△△さんは、こんなにいっぱい拾ってましたよ。先生は、すごいなあと思いました」
 これくらいでいい。まじめに仕事をした、そして授業では目立たない子をほめる。
 時には、仕事をしない子もいる。仕事をしない子を叱りたくなる。叱るのは、後になってからでもいい。
 まずは、ほめることだ。子どものいいところをさがしてやることだ。
 こうすると、学級全体の子どもが変わってくる。さぼっていた子も、さぼらなくなる。
 そうなってきて、なお、さぼる子なら叱ればいい。
 ところが、教師は、しばしばこれを逆にする。悪い子を叱るだけで、良い子をほめないのだ。教師は悪いところたけを見ているのである。
 子どもを評価するとは、まず、良いところを見てあげることだ。それをほめてやることだ。
 ほめてほめて、ほめまくるくらい、良いところを見てやることだ。
 それから、悪いところを叱ればいい。
 自分の良いところを見つけてくれる教師の言うことなら、子どもは心から従うのである。
(
向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる)

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子どもたちを指導するための大切なポイントとは何か

 私たち(菊池道場)が子どもたちを指導するとき、大切なことだと考えていることは
1 子どもたちに「失敗感」を与えない
 自信のない子どもにとっては、みんなの前で失敗すると大きなショックをうけることになります。まちがいを恐れ、進んで友だちとかかわることのできない子どもに育ってしまう恐れも出てきます。
 子どもたちに失敗感を与えないようにするには
)まずは、成功体験を多く積ませる
 特に1年間の最初のうちは、子どもたちに多くの成功体験を積ませることを心がけています。
(1)
誰でも答えられるような簡単なことを尋ねて、発表させる
(2)
まず自分の考えを書いてから話し合わせる
(3)
友だちが言ったことをそのまま言わせる
(4)
進んで発表したり、友だちとかかわった子どものやる気を大きく認め、みんなで拍手する
 学級のみんなから認められた子は、何事にも進んで取り組もうとする子どもへと成長していく。
)間違った時には、教師のフォローで失敗感をもたせない
 一人の間違いを全員の学びにかえるようにします。
「〇〇くんのおかげで、みんなの勉強になりました。どんなことが学べたかノートに書きましょう」
と、全員の学びにつながることで、間違いを恐れない気持ちを育てます。
2 小さな伸びをほめる
 子どもたちは、ほめられると喜びます。
 ほめる点を見つけようと教師が思わないと増えません。見つけようとすると、どんどん増えます。
 基本は、子どもの「伸びた」ことをほめます。「伸びた」ことほめると、どの子でも同じようにほめることができます。子どもたちは「伸びる」ことが価値のあることだと意識するようになります。
 ほめることがないと教師が思うのであれば、ほめることができるように、声をかけたり、指導をしてみたりしてみるとよいでしょう。
 小さな伸びを見つけて、伸びを積み重ねていくことが、子どもの大きな成長には何よりも大切なのです。                
3 子どもたちに活発な対話をさせるために必要なのは、聞き手を指導すること
 積極的な聞き手を育てるためには、まず「うなずく」ことから始めるのがよいでしょう。
 その後で「視線を合わせる」などの態度面を充実させます。
 聞き手が発言するためには、
「話し手が言ったことを引用して返事をする」
「質問する」
「ほめる」
ようにします。
 子どもに、聞き手の技術が身につくと対話が活発になります。
 聞くことを楽しむことができるようになった子どもは、対話を楽しみ、話し手を喜ばせるようになっていきます。
 子どもたちに活発な対話をさせるためには、聞き手の指導が何よりも大切になります。
4 クラスの集団を高めるには、中位の子どもたちを上位の子どもたちに近づける
 クラスの子どもたちは、3つのグループにわけることができます。
(1)
クラス集団を強く意識し、高まりたい「上の2」(2割)の子どもたち
(2)
集団に対する意識をもつことができるが、周りの友だちの考えに引きずられる「中の6」(6割)の子どもたち
(3)
集団に対する意識が低く、友だちの考えや行動にあまり興味を持てない「下の2」(2割)の子どもたち 
 教師が初めに目をつけがちになるのは「下の2」の子どもたちが多いようです。クラスのルールなどになじめずにいる子どもたちに、どうしても目にとまり、指導をしてしまいます。
 そのため、「上の2」や「中の6」の子どもたちの意欲をそいでしまっています。
 クラスを集団として、より高みに上げていくために大切なのは「上の2」や「中の6」の子どもたちの意欲や行動です。
 そこで、まずは「下の2」の子どもを意識しつつ、「中の6」の子どもたちが「上の2」の子どもたちに近づくように指導していきます。
 つまり、「中の6」の子どもたちにも「上の2」の子どもたちの持つ考えや行動を強く意識させ、行動させるようにするのです。
 そのようにして指導を続けていくと「下の2」の子どもたちも自然と上の方に引っ張られ、集団を意識せざるを得なくなっていきます。
 例えば、ある子が朝「おはよう」と友だちに挨拶したら、教師は挨拶した子をほめます。そして「おはよう」のひと言が、クラスを集団として変容させていくことを話します。「おはよう」という挨拶の行為を「価値づけ」ていくのです。
 集団としてよいと思われる行為に「価値づけ」していくのです。
5 クラスの短期・中期の目標を設定して指導する
 多くの学級では、新学期の4月の始めに学級目標を決めています。
 しかし、学級目標は1年後のめざす子どもの姿であるということです。
 常に子どもは変化し、発達するものである、というとらえ方をします。変化・発達していく子どもたちに、ずっと同じようなことを指導していても、それ以上の成長はのぞめません。
 実際に子ども同士が関わり合う体験を積み重ねながら少しずつ身についていくものです。
 例えば、コミュニケーション力を育てていこうとする場合、1年後の子どもたちの姿を見据えながら、スモールステップでコミュニケーション力を身につけていけるようにしましょう。
 コミュニケーション力について指導するとき、相手のことを考え、思いやる心を育てていくように心がけるべきです。
「もっと友だちと仲良くなりたい」「もっと学級のみんなと成長したい」という思いが育っていない子どももいる。
 その時の子どもたちの心の成長をていねいに見取りながら、実態に合わせながらコミュニケーション力を高めていく指導をしていきましょう。
 すぐに成果を求める速成指導は避け、短期・中期の目標達成を積み重ねていくことにより、少しずつ学級目標に近づけていくことが大切です。
(
菊池省三:1959年生まれ、 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞
)

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困っている生徒や指導に困っている教師に養護教諭や同僚教師が協力して指導に生かすようにするには、どうすればよいか

 私が養護教諭として保健室で毎日生徒たちと接するなかで、保健室に生徒がやってくるのは、体の具合が悪いだけで来るのではなく、その奥にある心の具合の悪さも訴えて来るのだということを実感しました。
 それは、生徒たちの自覚のあるなしにかかわらず、不満であったり、不安であったり、虚ろな心を抱かえていることでした。体の不調として訴えながら、心の問題と密接な関連がある場合も少なくないことも分かってきました。
 たくさんの生徒たちと出会いました。保健室での生徒たちは、楽しかったことよりは、苦しみや悲しみ、つらさや切なさを、時には涙を流しながら話してくれました。
 生徒たちの体と心の問題に対応しながら、私自身も悩んだり、喜んだり、教えられたりして、生徒たちと一緒に成長してきたような気がします。
 養護教諭が生徒たちに対応している姿を見れば、単なるおしゃべりとしか映らないかもしれません。
 しかし、体のことを通して、さりげなく、どうしても聞いて確認しておかなければならないことは、会話の中に取り入れます。
 できるだけ話しやすく、答えやすいように質問して、生徒の思いのたけを聞き取ることができるように配慮しながら対応しているつもりです。
 養護教諭には特権があります。それは、生徒たちとゆとりを持って十分に時間をかけて会話することができることです。養護教諭は、よく話を聞いてくれるといわれます。
 担任は、次の授業を気にしながら、生徒たちの話を聞いたり、短い休み時間に対応しなければなりません。何か問題が起きたときや、生徒の様子の変化に気づいたときでも、さりげなく話を聞こうにも時間が少なすぎます。
 生徒がいま何に困っているのか、どうしてほしいと考えているかを養護教諭が耳にすることがあります。
 そんなとき、生徒の秘密を守ることに気をつけながら、担任に伝えます。担任と問題を共有しながら指導にあたります。
 そのとき担任は、生徒に養護教諭から聞いたと言わないことを約束してもらいます。
 生徒が養護教諭に話してくれたことを、担任は必ず生徒の口から聴き取ってもらうようにしなければなりません。
 そうしなければ「養護教諭しか知らないはずなのに」ということで、私と生徒の信頼関係はなくなってしまうからです。
 養護教諭がそっと担任に伝えておくと、担任も、生徒が何に困り、悩んでいるのかをあらかじめ知っておくことになります。それほど難しくなく話がすすみます。
 気になる生徒の指導に苦慮している担任から、私に「あの生徒に聞いてみてください」とお願いされることもあります。
 養護教諭と担任との間にかぎらず、学校の中で、信頼関係ができている教師間でも可能です。生徒に対する指導に生かすことができます。
(
白鳥クニ子:1944年福岡県生まれ、元福岡県公立高校養護教諭)

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子どもを指導し、指示するときのポイントは何でしょうか

 子どもに対する強制的な指導や指示は、子どもたちに受け入れられにくくなっている。
 それゆえ、強制的な指導をするときには、その前に、まず、子どもたちに意味・理由を、しっかりと説明しなければならない。
 子どもたちは、これを了解することで指導を受け入れやすくなる。
 また、強制的な指導は、一貫性をもち、規則的に行わなければならない。
「私が怒られたのは、先生の機嫌が悪かったからだ」とか「同じことをしても、私ばかり怒られる」
といった気持ちを子どもがもったとしたら、その時点で教師との関係は崩れてしまう。
 教師が本当に自分のことを思って、怒ってくれていると子どもが感じるには、それ以前に教師と子どもとの心の交流や、子どもたちにも伝わるような明確な基準が必要である。
 それなくしては、怒るという指導をする意味がなくなってしまうのである。
 また、強制的な指導によって、子どもにやらせる以上、子どもが「やってよかった」と思える結果をださなければならない。
 つまり、そのような結果を出せる課題を与える必要がある。
 強制的にやらせたあとは、子どもが結果を出し、その努力をほめることによって、はじめて子どもは「やらされたけど、やってよかった」と思えるのである。
 そこまで面倒を見ていく覚悟なくして、強制的な指導をしてはならないのである。
 教師は、日頃、休み時間や放課後に自己開示をしながら雑談をし、ユーモアを交えて話をすることで、話しやすさと、教師の人間性を子どもに表現し、子どもたちと関係をつくっていくとよい。
 教師は学級の雰囲気をつくる大きな要素である。明るく元気に子どもたちに声をかけよう。
 子どもたち全員の、小さな努力、わずかな変化も見逃さずにほめる。言葉にして伝えることが大切である。教師が感動したことや楽しかったことを、素直に言葉や表情で表現する。
 その繰り返しの中で、時に強制的な指導をし、そこで生まれた子どもたちの努力をほめ、子どもとの絆が深まるのである。
 子どもの間違った行為に、すぐに叱責せずに、正しい行動をとるための具体的な指示を与え、期待通りの正しい行動をとろうと努力したときに、ほめるという寛容さが大切である。
 子どもにはプライドがある。叱るときは個別に呼んで、じっくり話すようにする。
 反対に、ほめるときは、全体の前でみんなに伝える。多くの人に認められるのはうれしいものである。
 本人のいないところでは、批判せずに、ほめて、ほめ言葉を広めるようにする。
 教師の専門職としての技術は、子どもたちを指導する際に、いかにわかりやすく伝えるかという技術でもある。
 
私が担任をしていた学年の教師Aの言葉はソフトで、しかも信念に満ちた語り口であった。
 彼の周りには女子生徒が集まり、さまざまな相談がもちかけられていた。彼の持つ温かさという「人格的魅力」とともに、その信念からくる安心感、つまり教師としての魅力だったのだろう。
 私は多くの失敗もし、先輩教師や子ども、保護者からたくさん学んできた。
 そんな私が教師にとって、もっとも基本的であり、必要であると実感している技術は「話す技術」と「指示を出す技術」である。
1 話す技術
(1)
両足に均等に体重をかけ、すっきりと立つ
(2)
子どもたちの顔を見回して話す
 子どもたちの顔を後方の右・中・左の三ポイントを見渡しながら話す。
(3)
声は適度な音量で
 声は小さすぎず、大きすぎず、適度な音量で、メリハリをもつ。
(4)
体で表現する
 話を強調するときは、手で示すなど、ジェスチャーで伝える。
(5)
表情で話す
 話を盛り上げるときには笑顔で、注意するときは厳しい表情で。
2 指示する技術
(1)
最後の行動まで示す
 最終的に、どうするかということまで示す。
(2)
一度の指示では一つのことを
 いくつもの内容を一度に言わず、一つのことのみを言う。
(3)
一つの動きが終わったら確認する
 一つの動きが終わったら、全員ができたかを確認する。
(4)
全員ができるまで次の指示を出さない
 全員の動きが終わるまでは、次の指示を出さずに、待つ。
(5)
指示を出したら、評価する
 指示をして、子どもたちを動かしたら、自分の気持ちを語って評価する。
(
若菜秀彦:1961年生まれ、中学校教師、教育委員会指導主事、千葉県公立中学校長を経て同公立高校校長)

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「押しつけや、いや味」のない説教をするには、どうすればよいのでしょうか

 私は小さい頃から、ずっとお説教というのが嫌いでした。
 お説教されると、すぐ逃げ出したい気分になります。私は、お説教の中に「押しつけ、見せしめ、いや味」などの臭いを感じてしまうのです。
 ところが、そんな私がお説教する場面に立たされたのです。
 学年の廊下に貼りだしていた100枚ほどの「遠足のスナップ写真」の見本のうち5枚が消えてしまったのです。
 その日、朝の職員の打ち合わせで、昼休みに中学2年生全員を体育館に集めて話をしようということになったのです。
 ベテランと呼ばれても不思議でない年齢になってしまった私がお説教する役に選ばれたのです。子どもたちにつぎのように考えて話しました。
1 お説教の目標
 目標は、話が終わった時に、多くの子どもたちが「なーるほど、そういうことで、集会になったのか。それなら、しょうがないか」と思ってもらえることです。
(1)
見せしめの集会にはしない
 教師は、説教を「見せしめ効果」に使ってしまいがちです。学活や道徳の時間、授業の時などにやりがちなことです。
 だけど、この「見せしめ効果」には、充分気をつけてください。
 やられる側にしてみると「悪いことして、ゴメンネ」という気持ちになることもあるけれど、多くの場合は
「教師たちめ『みせしめ』なんて汚い手を使いやがって、俺たちを『悪者』に決めつけ、みんなの前で恥をかかせて、頭にくる。チクショウめ」
などという反感を持たせてしまうものなのです。
 その結果、集会の後に、より悪質ないたずらが勃発するということがしばしばあるのです。
(2)
必ず「問題を起こした子ども側」の気持ちにも触れる
 この事件に限らず、問題を起こした子どものことを、頭ごなしに「悪者」扱いにしてのお説教は、ただ反発を買うだけですから注意してください。
 必ずといっていいくらい本人には「もっともな言い分」があるものなのです。
 だから、どんな問題の時も、必ず「やっちゃった側」の気持ちは一度はちゃんと聞いてやるべきなのです。
 聞くのは一番始めの時が絶対にいいのです。「言い分」を充分に聞いてあげましょう。
 そして、その次に「事実の確認」と「その善悪についての判断」をさせてあげたいのです。この順番は、絶対に間違えないようにしましょう。
 子どもたちが「この先生、俺たちの気持ちを分かろうとしてくれている」と思ってくれたりしたら、教師の話も心を開いて聞いてくれるかもしれないからです。
 私は、集会で話す時間を5分以内と決めました。
2 出だしの話
 私は本題に入る前に、こんな感じでスタートしました。
「みんなにとっては、遊べる貴重な休み時間だというのに、すごいガッカリだよね。僕も同じ気持ちです」
3 なぜ集まってもらったかの説明
「みんなに話さなければいけないことが起きたので、ここに集まってもらいました。少しだけつきあってください」
「実は、廊下に貼りだしておいた遠足のスナップ写真の何枚かが失くなってしまったんです。それで困っているんです」
「もしかして、この学年の人のいたずらでないかもしれません。もし、そうだったらゴメンなさいね」
「でも、学年の廊下での紛失事件なので、とりあえずみなさんに集まってもらいました」
4 問題を起こした子どもの気持ちに触れる
「ところで、写真をとった人って、きっとほんのイタズラ心でやったんだと思うんです」
「あるいは、写真を見ているうちに、この子、かわいいな。この写真ほしいなーと、つい手が伸びちゃったとかね」
「とにかく、すごい悪いことをしたわけじゃない。ちょっとした出来心でやっちゃったことだと思うんです」
5 結果として、どんなマズイことになったか話す
「ところで、写真をとった人は、ほんの出来心でやっちゃったことなんでしょうが、それは結果として、次のことでまずかったんですよねー」
「まず、まだあの見本の写真を見ていない人に迷惑をかけているんですよ。消えてしまった写真からは選べない。だから、困っているんです」
「それから、写真屋さんにも迷惑をかけていることにもなる。あの写真は写真屋さんの私物なんです。いたずらでも、これは『盗難事件』です。これはまずいんですよ」
まずい点については、短くさわやかにハッキリと教えてあげたいですね。
6 これからどうあってほしいのかを伝える
「僕の願いとしては『できたら失くなった写真が戻ってくるといいなー』ということです。写真を戻してくれる人が現れたら、僕はすごくうれしいですよ」
「ただ、戻そうと思っても『戻しづらいなー』ということもあるものです。そんな時は、ほんと、どこにでもいいですから、そっと返しておいてくださいよ」
7 私の気持ちを子どもたちに伝える
「僕は、こういう会ってあまりやりたくないですねー。だつて,僕が一番さみしいなーと思うのは、教師が子どもたちを疑ったり、互いに不信感を持ったりすることです」
「また、子どもたち同士がお互いに不信感を持ち合うこともさみしいことですね。なんとか避けたいですね」
「できたら、お互い笑顔のたのしい関係がいい。だから、今度は、たのしいことで集まりたいですね」
「貴重な時間をつぶしてしまいました。ごめんなさいね。でも、まー、僕なりに『お互いがイヤーな気持ちにならないように』と一生懸命に話したつもりです」
「そんな僕の気持ち、分かってもらえたらうれしいです。僕の話、これでおしまいです」
 ところで、この数日後、なんとあの失くなった5枚の写真が戻ってきたのです。
「俺たち、とっちゃった」と代表のYくんが返してくれたのでした。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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子どもたちとの関係づくりのために、子どもとどう対話すればよいか

 教師の仕事は話すことではなく、聞くことが基本だと私は思っています。
 子どもから話を聞くときの基本は
(1)
黙って聞く
 子どもの話は、何をどう言いたいのかわかりにくい。そのために教師が口をはさみ、代弁してしまうことがあります。
 まずは、うなずき、オーム返しなどで、子どもの話をつないでいくようにします。
(2)
話につじつまが合わないことがあっても、その是非を途中で問わない
 子どもの話の内容に変なところがあっても、正さないで、じっくりと聞いてあげる。
(3)
子どもの感情を受け入れてあげる
 特に小学校低学年では大事です。
「ボールをぶつけられた」とき、「大変だったね」「痛かったね」「大丈夫か? 強いね」
と、いうふうに、感情を受け入れてあげれば、低学年の場合、問題の8割は解決します。
 先生に受け入れてもらえたということで、心が満足するのです。
 子どもはよく石を拾ってきます。
「先生、きれいな石だよ!」と言ってきたとき、子どもにきちんと顔を向けて「きれいな石だね」と、感情を受けとめてあげる。
(4)
教師と子どもの思いが違うときは、教師の「私メッセージ」を子どもに伝える
 あるとき、A男が「ウルセエ!」と言って、B子に向かって靴を投げつけ、机を倒して大泣きしました。
 A男がクールダウンしてから「さっきは、どうしたんだ?」と聞くと
「B子は、いつもオレばっかり注意する。いっつもオレばっかりなんだ!」と
 しかし、A男は奇声を発したり、人とのコミュニケーションがうまくとれない。
 もし、教師がA男に「A男だって、これこれこうだろ」と言えば、それ以上は話さないに、ちがいない。
 私は、次のように言いました。
「それは、つらかったなあ。A男、一人だけ注意されたら、つらいよなあ」
と、話の是非を問わず、まず、つらかった思いを聞いてあげる。
 つらかった思いに共感してもらえた安心感がA男の心を開いてくれました。
 そこで、私はA男に
「じゃあ、A男はどうしたいの」
「どうしたらいいと思う?」
と、聞いた。
 すると、A男は、初めて自分から「B子に謝ってくる」と言うのです。
 私は「そう、自分から謝るんだ。えらいね」とA男の自己決定を励ましてあげました。
 教師の思いと子どもの思いが違うときは
「どうしたの?」
「どうしたかったの?」
と、まず話を聞いてあげて、共感する。
「大変だったね」と、いうふうに感情を受け入れてあげると子どもの心が満足する。
子どもは、共感してもらうと、安心感で心を開いてくれる。
そして、その後、教師が
「先生は〇〇してほしいと思っているよ」
「先生は〇〇と考えるよ」
と、教師からの「私メッセージ」を伝えます。
そして、子どもに
「どうしたいの?」
「どうするの?」
と、最後の決定は本人にさせる。
こういう対話が教師に求められているのではないかと思うのです。  
(5)
子どもが感情的になっていると思ったときは、子どもがクールダウンしてから話を聞くようにする
 教師も自分が感情的になっているなあと思ったときには、子どもとの対話や、指導はできるだけ避けるべきです。
2 子どもとの個人面談
 面接週間を設け、1日に2人か3人くらい私と一対一で面談します。「どう? 最近おもしろいことない?」と、たわいのないやりとりですが、子どもは面談した後、とても落ち着きます。
 子ども一人ひとりと教師が相対することで、子どもに先生を独占できたという満足感や安心感を与え、教師への信頼感を育てていきます。
3 交換ノート
 小学校高学年になると、子どもはなかなか自分の内面を出さないし、しゃべらなくなります。実際には悩んでいたりするので、教師とノートを交換します。
 ノートを一人一冊もたせ、クラスを半分に分け、交互に提出させます。子どもが書いたことは絶対他人には漏らさない、教師が全員にひと言、コメントをつけて返す、というものです。
 毎日コメントを書き続けることは大変ですが、その積み重ねが子どもたちとの太いパイプになってつながっていくのです。
(
斎藤 修:1953年福島県生まれ、元千葉県公立小学校教師、全国生活指導研究協議会常任委員)

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子どもが変わる接し方とは、どのようにほめ、叱ればよいのでしょうか

 私は30年以上にわたり、小学校教師として子どもたちと向き合ってきました。授業でもそれ以外の場面でも「子どもが動きたくなるように変身させる」ことこそ、教師の仕事ではないかと思っています。
 授業づくりとは、教材をもとに、いかに子どもを動かすかということです。学級づくりで「子どもが言うことを聞いてくれない」と悩むのは、子どもの心を知らないことが原因かもしれません。
 子どもが「やりたい」という気持ちになって、動きたくなるように仕掛けて、待って、待って、子どもが動き出したらほんの少しだけ背中を押す。これが子どもを動かすときに私が気をつけているやり方です。
 子どもをほめてクラスを動かすには、三段階のほめ方が必要です。三段階できちんとほめれば、子どもたちは目に見えて変わります。
 まず、クラスの誰か一人を一回ほめると、周りの子は「今度は私がほめられたい」と思って動きます。
 ところが、ほとんどの教師は二回ほめません。一度ほめられた子も、二回ほめられないと元に戻ってしまいます。「ほめられないなら、意味ないや」と思うのです。
 そこで、私が実践しているのが「子どもは三段階でほめる」ということです。
 最初、誰か一人の子どもをほめます。二段階目は「さっき、〇〇ちゃんをほめたら、あなたもできるようになったね。すごいね」とほめる。
 そうしたら三段目「全員変わったね。みんなができるようになった。すごいね」
 小さなことですが、こういうことをちょっと意識するかしないかでクラス全体に大きな差が出てくるのです。
 そして、もう一つ「ほめるための仕組み」をつくることも重要です。子どもをほめる材料が集まるように、教師から仕掛けていくのです。
 例えば、私のクラスには給食当番が四人しかいません。当然、四人ではたりません。だから、当番の子は必死になります。「私、牛乳配ってあげるね」と言って手伝う子が必ず出てきます。
 それで給食の準備が整ったときに「給食当番の四人はすごく頑張ったよ。でも、〇〇ちゃんが『牛乳配ってあげるね』と言ってせっせと動いたんだよ」と全員の前でほめる。
 すると、翌日には、多くの子がせっせと手伝うようになっているわけです。
 三段階でほめることと、ほめるための仕組みをつくること。この二つを意識しておくだけで、子どもたちの動きに変化が起こります。
 子どもを叱る場面ではどうするか。重要なのは、叱るラインを一定に保っておくことです。
 一番こまるのは、怒りの境界線があいまいなこと、その場の思いつきで叱ることではないでしょうか。
 私は、新年度の始めに「叱る基準をあえて子どもに見せる」ということを意識的にやっています。
「友だちを傷つける、裏切る、うそをつく」ことを見つけて叱り、私なりの基準を見せておくのです。
 さらに重要なことは、その基準は一本の細い境界線ではなく「ここまで、はみ出ることは想定内という幅をもったラインにしておく」ことです。子どもたちが少しはみ出ることは、あらかじめ想定しておくわけです。
 これは、自動車のハンドルの遊びと同じことです。遊びがなければ、いちいちデリケートに反応してしまって、とても運転しにくい。
 子どもを叱るときも同じで、心のゆとりをもっておくことが欠かせません。
 一定の基準をもって叱ることと、幅をもったラインで見守ること。これは矛盾すると感じるかもしれませんが、この微妙なバランスをとることが実はとしても大切なことです。
 このバランス感覚が、子どもたちとの信頼を築くカギであり、結果的には子どもたちを叱らずに済むことにもつながります。
 私が生活指導主任をやっていたころは、どんなに子どもたちがにぎやかでも、私がマイクをもってスッと前に立つと、ピタッと静かになりました。ほかの教師に「魔法だ」と言われていたほどです。
 子どもたちは、私を怒らせると怖いということをよく知っています。さらに、私が何をしたら怒るか、その基準がわかっているからこそ、静かになります。
 ふだんから、叱る基準を明確にしておけば、子どもを叱る回数もグッと減らすことができるのです。
(
田中博史:1958年山口県生まれ、山口県公立小学校教師を経て筑波大学附属小学校教師。基幹学力研究会代表、全国算数授業研究会理事
)

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