カテゴリー「問題行動の指導」の記事

学級で子どもの持ち物が紛失したり、盗難にあったりしたとき、どう指導すれば保護者に信頼してもらえるか

 筆記用具や衣類、靴など、子どもの持ち物が紛失して、見つからないことがあります。ゴミ箱やトイレなど、考えられない場所で見つかることもあります。
 まずは、本人の心当たりを探して見つからなければ、クラス全員で協力して探しましょう。徹底的に探すという教師の姿勢は、保護者に安心感をあたえ、信頼を得ることにつながります。
 見つからなければ、子どもの勘違いも考えられますから、家で保護者と一緒に探すよう指示します。子どもの勘違いと分かったときは「心配かけてごめん」「協力してくれてありがとう」などの謝罪や感謝の気持ちを、他の子に伝えるようにしましょう。
 子どもの持ち物が頻繁になくなる場合は要注意です。故意に行われている可能性が高いので、それなりの対応が必要です。精神的な問題を抱えて物を盗る子がいる可能性もあります。
 特定の子の持ち物がなくなる場合、いじめや友だち関係のトラブルが疑われますから、すぐに他の教師と相談したうえで、保護者に連絡し、対応を伝えて見守ってもらいます。
 最初から「犯人ありき」の対応をしてはいけません。学校が警察のような犯人さがしをするわけにはいきません。
 ある程度「あの子がやったのではないか」との確証をつかんでいても、子どもが認めなければ、子どもの指導も、保護者への協力要請もできません。
 学校はあくまでも子どもを教育する場です。大切なのは、犯人捜しではなく、指導であることを忘れてはいけません。
 もし、事実があやふやになったとしても、子どもが反省し、行動を改め、盗難がなくなれば「よし」という対応をせざるを得ません。
 教師の子どもへの疑念は、子どもはもちろん保護者の教師に対する不信にもつながります。
 いずれにしても、クラスで話し合ったり、学級経営を見直したりして、クラスの雰囲気を変える必要があります。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方研究会」を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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子どもが問題行動を起こしたとき、保護者にどう連絡すれば協力が得られるか

 授業中、立ち歩いて他の子どもの勉強のじゃまをする。友だちに暴力をふるってケガをさせる。暴れて窓ガラスを割ったりするなど、問題行動を起こす子が増えています。
 何か起これば、すぐに「家に連絡する」などと脅すような指導は避けましょう。子どもとの信頼関係が崩れ、状況が悪化する危険があります。
 子どもとの信頼関係が悪化すれば、当然、保護者との信頼関係も崩れていきます。
 問題行動を起こした子どもに対して、教師は「どうしょうもない子」「困った子」とレッテルをはりがちです。そんな教師の気持ちは保護者に自然に伝わるものです。
 問題行動を起こす子どもを非難したり迷惑に思ったりするのではなく、なぜそんなことをしたのか、どうすれば改善されるのかという思いで対応することが大切です。
 学校で指導するのはもちろんですが、周囲に迷惑をかける行動には、保護者に連絡して協力して対応する必要があります。
 保護者に伝えるとき「こんなことをしました」とだけ伝えるのでなく、子どもにちゃんと理由を聞き、その理由を保護者にも伝え、学校側の対応が必要なら、それも考えていくようにしましょう。そのひと言によって、保護者は教師に協力しようと思うものです。 
 子どものことを真剣に考えているという気持ちが伝われば、保護者も教師を信頼し、教師の指導を受け入れて協力してくれるはずです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる) 

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学級で生徒同士がけんかしケガをしたとき、保護者を伴う和解まで具体的にどう対応すればよいか

 生徒同士のトラブルがあったときの指導の原則は
1
早急にトラブル現場に急行
2
被害者の救済、援助
3
上司への報告
4
加害者の指導
5
被害者の指導
6
被害・加害者の保護者への連絡と状況説明、指導
7
当事者の和解
8
周辺者の指導
が考えられます。具体的な事例で考えます。
 
「休憩時間中に教室でA男とB男が些細なことで殴り合いになり、AのパンチがBの顔面に当たり前歯が欠けて出血し、大騒ぎになった。この時、担任は職員室にいた」
どうすればよいか。対応を具体的につぎに示すと
(1)
連絡を受けたら、即座に教室に駆けつける。同僚教師に「クラスで生徒同士がケンカしケガをしたようだ。教室に行く」と連絡しておく。
(2)
Bの傷を確かめ、励まし、保護者の居場所を確かめる。
(3)
同僚教師に教頭への連絡を依頼する。
(4)
Bの保護者に電話し、簡単に状況を説明し、行きつけの歯科医院を聞く。ない場合は、学校歯科医の診断を受ける了承を得る。併せて病院に来てもらうことを依頼する。
(5 )
病院への手配とタクシーの手配を指示する。養護教諭(不在の時は副担任)が同行する。養護教諭にはつぎのように対応の仕方を指示する。生徒の心をやわらげる。医者の誤解をなくす。保護者に礼をつくした対応。学校への連絡。
(6)
クラスの生徒の協力を得て、床の血の汚れを清掃させる。周りの生徒にケンカの状況を聞く。クラスの生徒には、落ち着くよう指導する。
(7)
Aを別室に呼び、ケンカの事情を聞く。この際、Aにも言い分があることを理解しながら、きっかけを中心にした状況を聞く。「暴力はいけないこと」を諭し、自ら反省するよう時間をかけて指導する。
(8)
担任は教頭に現状を報告する。指示を受ける。
(9)
養護教諭は、病院から状況を教頭に報告する。指示を受ける。
(10)
教頭は、担任に状況を説明し、指導の指示をする。併せて校長に報告し指示を受ける。
(11)
校長は必要に応じて教育委員会に状況を速報する。
(12)
担任はクラスの生徒に事故後につぎのように指導する。
 ケガしたBの状況を簡単にふれ、動揺しないように指示する。暴力はいけないことの指導。友だち関係の在り方について、考え方や行動の仕方を指導する。
(13)
担任はクラスの生徒を下校させた後、Bを家庭訪問し、Bと家族にお見舞いと、学校でケガをさせてしまったことを詫びる。
(14)
翌日、Bが登校したら、別室で詳しく状況を尋ねるとともに、傷の様子を観察する。
(15)
担任はケンカの事実に基づき、Aに反省指導をする。AとBが心から応じる気持ちが生じる状況にして、AとBを仲直りさせる。
(16)
担任は二人の和解までの状況を教頭に報告する。指示を受ける。
(17)
和解の準備をする
 会場(校長室)、立会者、司会進行の手順(Aの謝罪→Bが応じる→校長の指導)を決定する。
(18)
担任は和解のため、AとBの保護者に来校を依頼する。
(19)
校長、教頭、学年主任、生徒指導主事、担任の立ち会いのもと、A、Bと両保護者を和解させる。
(20)
翌日、担任は早めに出勤し、A、Bの登校を待ち、励ましの声をかける。
(
木村幸治:1941年岩手県生まれ、元岩手県教育委員会指導主事、中学校長)

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非行はなぜ起きるのか、その原因と人間を幸せにする生き方とは

 人がキレるのは、我慢の緒が切れ、人とのつながりが切れたときである。自己の不幸を、突発的で過激な犯罪で復讐する青少年犯罪が多くなった。自尊心の回復のために目立ちたい、自分を受け入れない社会に復讐しようとする。無差別に関係のない人々が被害者になる。
 彼らは、生活場面での対処能力が乏しく、他者の感情理解が苦手で、人間関係が狭い。また愛情への飢餓が根底にある。愛情を十分にもらえず育った子どもは自信がなく、責任を他者に転嫁する。思い込みによる被害者意識を持っている。傷つくことに非常に敏感である。
 私が心療内科医として関わった多くの子どもたちは、親の押しつけで我慢して勉強している子どもがほとんどだ。大人は子どもたちの気持ちをわかろうとはしない。
 子どもたちは、友だちから嫌われないように、浮き上がらないように、気をつかいながら、本当の自分を隠して生きている。考えただけで、疲れそうだ。
 愛情過多の親の子は生きにくい。良い子に育てたいという親の意識が強いと、子どもは常にチェックされたり、注意されたりする。子どもの気持ちや意志は無視される。無条件で自己の存在を愛してもらえない子どもの自尊心は低い。幼少の頃は、周囲に気をつかい、おとなしいが、思春期になると急にキレやすくなり、家庭内暴力や、犯罪を起こすこともある。
 非行は圧倒的に、離婚や家庭内不和が原因で起こりやすい。大人の関心が子どもにいかず、子どもの気持ちを置き去りにされたり、意思を無視されたりすることが多いからだ。
 放任の家庭では、子どもの意思は関心を持たれない。いずれの家庭でも子どもの生きる意思が尊重されないため、子どもは心から満たされた感じを味わえない。周囲に対しての警戒心が強くなり、人を信頼できない性格となることが多いのである。
 私が出会う非行少年少女は、みんな一様に自己否定が強い。強く見せたいがために奇抜なファションをして、威嚇的な言動をする裏には、自尊心の低さが見え隠れする。強がりは見せかけで、心の中では自信がない。
 そのために、自己の意思を抑え、気をつかう。擬似的な人間関係にすがる。家では孤遊び。自室にこもり、テレビ、音楽、ゲームに浸る。ワクワクするような楽しいこと、体が軽くなるような解放感が見つかっていない。反逆する子どもたちも、結局は自他不信が根底にある。
 人が「真に愛された」と感じるのは、自己の意思を大切にされたときである。それが満たされないとき、人は見せかけの愛でもいいから、自分に関心を持って欲しいと願う。
 人は誰でもが変化し成長できる。「自分は自分でよい」と自己解放して不完全な自己を認め、不完全な「他者を尊重する」ことこそ、人間を健康にし、幸せにし、生きやすくするのだと私は確信した。
 私は「人間性はコミュニケーションで育つ」と気づいた。他者を尊重するコミュニケーション技法を身につけ、日常生活で誠実に使いつづけることで、いろんな人を大切にできる。健康で幸せな生き方は良き人間性で実現できる。良き人間性はコミュニケーションで育ちます。
 子どもたちを良き社会人にすることを喜び、真に大切にし合う人間関係を誇りとする意思が育つ、教育や子育てが必要である。
(竹内小代美:日立製作所、大分の県立高校の英語教師などを経て、医科大学を卒業しクリニック開業。高校でスクールカウンセラー、不登校、引きこもりの青少年のためのフリースペース開設、青少年自立支援センター立ち上げ)

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問題行動が起きたとき、どう指導すればよいか

 問題が起きたときほど教師は「しめた!」と思うべきである。問題が起きたときは、指導のチャンスであり、子どもたちを変えられるチャンスである。それが、子どもたちの心の成長や、学級集団の成熟につながる。
 問題が起こったときほど教師は「心の余裕」を持ちつづける必要がある。事実の確認を怠らず、素早く、しかし、じっくりと指導にあたる。一回の指導ですべてを解決しようと無理をせず、じっくりと指導にあたるようにする。
 学級内で問題が生じたときは、話し合って、学級のルールをつくるチャンスである。しかし、必要以上にルールの数は増やさないようにする。最終的には、ルールがなくても子どもたちがよりよく行動できるようにすることである。
 学級で問題が起こったとき、教師の「落差のある言動」によって、子どもたちへの指導が入りやすくなる。つまり、いつもの「明るく、楽しい雰囲気」から一変して、「これはヤバイぞ、いつもと違うぞ」と思わせるような言動によって指導が入りやすくなるのである。
 落差のある言動とは、「声のトーンを落とす」「毅然とした態度をとる」ことである。声のトーンを落とすことによって、子どもたちに「おや、いつもとは違うぞ」と暗黙のサインを送ることができる。その暗黙のサインによって、教師の指導に耳を傾ける雰囲気づくりができます。
 「声のトーンを落とす」ことにより、教師が感情的にならなくなり、必要以上のことも言わなくなる。
 教師が大きな声を出せば出すほど、子どもたちは反省するのではなく、教師の声が頭の上を通り過ぎていくのをがまんして待っているだけである。「声のトーンを落とす」のは、問題行動の指導の基本的な技術である。
 指導を行うとき、子どもたちがざわついて話を聞いていなかったりした場合は、あえて何もしゃべらず、しばらくの間、黙っているようにする。注意する子が現われてクラス全体が静かになった段階で声のトーンを落として指導を行うと、さらに効果的になる。
 この「静かになるまで教師が黙り、その後で声のトーンを落として指導する」という方法を何回が続けることにより、暗黙の指導となり、問題行動に対する指導の習慣化が図れる。
 このような指導は、ふだんの「明るく、楽しい雰囲気」があってこそ得られるものであり、いつも大きな声でガミガミと指導を行っているようでは、効果がない。その点を理解し、心に留めておく必要がある。
 問題行動に対する指導は「短く、ズバリと行う」ことが鉄則である。問題行動が生じたときの指導は「何が問題か」、「これからどうすればよいか」という二点をズバリひと言で子どもたちに伝えるだけでよい。
 お説教は、長くなりやすく、子どもの悪さを指摘し「だから、ダメなんだ」という精神論的訓話になりやすい。教師の声のトーンが高くなりがちで、このような状態になると、子どもたちは教師の話を聞く耳を持たなくなる。
 これが続くと、どんなことについても教師の指導が入らなくなり、学級は確実に荒れてくる。そして学級崩壊への道を歩むこととなる。
 問題児を指導する場合は、問題行動の事実確認を最優先に行う。問題行動を起こした子が複数いる場合は、一人ひとり個別に呼んで事情を聞く。事実確認を終えたら、一つ一つの事実の矛盾や違いを追求する。これができれば八割は成功。
 その後、一人ひとり呼んで穏やかな調子で「なぜ、そのようなことをしたのか」理由を言わせる。教師は子どもに、その問題行動の「悪さの意味」をズバリひと言で指摘する。これが最も重要なポイントで声のトーンを落としながら、毅然とした態度で指摘する。
 指導する場合は、子どもの表情や態度をよく見ながら、子どもとの応答式の指導を繰り返していく。このとき、穏やかな中にも毅然とした教師の態度が必要である。きつく叱る場面と、情に訴えるような場面、両方を入れるようにする。どちらかだけの指導では効果は薄い。
(
戸田正敏:1957年生まれ、千葉県公立小学校教頭)

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学級のトラブルを解決する原理原則とは何か

 子どもたちはトラブルを起こしながら成長していく。私は、このようなトラブルを解決していくためには、次の三つの原理原則があると考えている。
1 タイミングを逃さない
 「○○ちゃんが・・・・・している」と子どもからの訴えがあったときは、すでに事態が進行し、子どもたちだけでは解決できない段階に来てしまっているのである。だから「子どもからの訴えにはその場で対応する」ことが必要である。
 授業中であったり、いろんな雑務に追われたりするかもしれない。しかし、このタイミングを逃がすと後が大変である。交通事故の標語ではないが「注意一秒ケガ一生」である。
2 周りの子どもたちを味方に付ける
 例えば、掃除をサボって掃除をしない子どもがいる。「○○くん、きちんと掃除をしなさい」と1回目、2回目はその○○くんに注意をした。しかし、3回目はそういうわけにはいかない。
 そこで、掃除グループの残りのメンバーと相談して「明日、○○くん一人で掃除をしてもらうようにしょう」ということになった。
 そして次の日、全員を集まったところで、○○くんに「掃除をサボっているという話を聞きましたが本当ですか」と聞いた。すると「はい」と答えた。
 私は「わかりました。じゃあ、全員に聞きます。グループとして、このように掃除をサボるのは悪いと思う人、手をあげなさい」と聞いた。全員が手を挙げる。
 さらに「このようにサボっている人を見たら、グループとして許せない人、手を挙げなさい」と聞くと、全員が手を挙げる。
 さらに続ける。「そんな人には、たまには、一人で掃除をしてほしいと思う人、手を挙げなさい」と言う。ここでも全員が手を挙げる。これで、グループ全員が味方になっている。
 そして最後「○○くんには、一人で掃除をしてほしいなぁ、と思う人、手を挙げなさい」渋々ではあるが○○くんは、周りの言うことに耳を貸さざるを得なかった。黙々と掃除をしたのはいうまでもない。
3 保護者には頻繁に連絡を取る
 何か起こったとき、必ず保護者が関係してくる。そして問題がこじれてくるのは、たいてい保護者との連絡がうまくいかないときである。
 私自身、何度も失敗している。「一区切りついたら連絡しよう」と思って、子どもに指導する。ところが、子どもたちの言っていることがはっきりしなかったり、話にズレがあったりして、それで連絡が遅れ「○○の話はどうなっているのですか?」と電話がかかってきたりする。「今、ちっと指導中で・・・・・」と歯切れが悪い。よけいに保護者の感情を逆立てることになる。
 そうならないためには、とりあえず「今日、△さんに・・・・・・のようなことがあったようです。まだ、ハッキリと事実がつかめていませんので、また連絡いたします」と、まず電話を一本入れることである。
 そして、できるだけ長引かないように、できればその場で事実確認をして解決していくことである。そして、再度、保護者に連絡を入れる。大したことがなければ電話でいい。場合によっては家庭訪問した方がいいだろう。
 長引きそうな場合は要注意。とにかく、最低一日一回は連絡を取ることである。頻繁に連絡を取ることによって、保護者の信頼を得て、トラブルの解決に向かっていくのである。私は、これを怠ったがために、信頼を失い、保護者から何の情報も入らなくなったことがある。
 トラブルが解決した後も、何度か連絡を取り、その後の様子をうかがうことも忘れてはならない。そうすれば、その後のトラブル解決は早くなっていく。
(
平田 淳:京都教育大学附属小学校教師)

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ダメなことはダメと毅然と指導をしなければ、子どもは健全な発達ができない

 生徒の問題行動に対して「ダメなことはどんな理由があってもダメ」とする指導をしなければ子どもは健全な発達ができるはずがない。
 荒れた学校を再生しようとするとき、日常の教育活動を充実するとともに、毅然とした指導の考え方をしっかりと認識したうえで実践にあたっていただきたい。他校の実践を形だけまねてもうまくいかないからである。
毅然とした指導をするための考え方とは
1 毅然とした指導こそが生徒と学校を変容させるという強い信念を持つ
 校長として赴任した中学校は荒れていた。職員会議で「最優先課題は学校秩序の回復である。今後は問題行動に対しては妥協のない対応をする」と宣言した。それまでの生徒の言い分を聞きながらじっくりと説諭する指導からの転換だった。
 生徒の反発を危惧した教師からは「そんなことしたら本校はもっと大変なことになる」と反対意見が出された。しかし不退転の覚悟を決めていた私は「長年の膿を出し切ったその先に学校の正常化ができる」と説得した。その結果、次第に生徒たちは落ち着いて授業を受けるようになり、学力も向上した。学校自由選択制度のもとで人気校になったのである。
 劇的な成果を生んだ理由は、本来子どもは失敗をくり返しながら成長するものだ。子どもが失敗したとき、怖い役割を果す大人がしっかりと叱ることによって、子どもは自分の過ちに気づき、規範意識や自制心を形成することができる。大人にはそのような大事な役割があるのである。
 子育てにおける大人の真の愛情とは、そのような姿勢のなかに存在すると言ってよい。この子育ての原則が見失われたとき、学校や社会は荒廃するのだ。
2 生徒の暴力に負けない強固な意志をもつ教員集団を組織する
 「暴力行為に及ぶ児童生徒に対して、教職員は正当防衛としての行為をするなどの対応も有り得る」との文部科学省の通知がある。教師は体罰が禁止されているが、殴りかかる生徒の腕をつかんで押さえつけることは、体罰であるはずがない。
 教師の力を発揮するには、生徒の暴力に立ち向かえるだけの体制を学校内につくるとよい。体力と気迫のありそうな数人の教師を呼んで、生徒の暴力行為に体を張って阻止してくれるように私は頼んだ。依頼に応じた教師は四人いた。
 私は「たとえ授業中でもなんでも、私が緊急招集の放送をかけたら、すぐ集合して生徒指導にあたってほしい。それでも生徒たちの暴力がやまない場合には、即座に私が警察の支援を要請する」と話した。
 これで生徒集団の暴力には負けないと確信した。実際に召集をかけた場面が二回あったが、これまでと異なるただならぬ雰囲気に強い決意を察知した生徒たちは身を引いた。
 一人の教師が単独で指導した場合には、生徒たちはその一人の教師を標的にする。だから、指導力のある教師を孤立させない対策を講じることは非常に重要なことなのである。
 念のために断っておくが、生徒指導においては「優しい母性的な姿勢の指導」と「厳しい父性的な姿勢の指導」のバランスがとれていることが大切である。もし悪役の教師が一人もいなかったら、だらしのない校風がすぐにできてしまうに違いない。
3 犯罪的な問題行動は躊躇せず警察と連携する
 対教師暴力、校内での放火、対生徒致傷事件、大量の器物破損等の重大な犯罪的問題行動が発生し、学校の指導が十分に及ばないと判断されたときは、すみやかに警察に支援を求めるべきである。
 被害を拡大させないことがもっとも緊急な課題だからである。警察への通報、被害届の提出、取り調べの立ち合い、保護者への説明等はすべて管理職が先頭に立って行う。そして、すみやかに臨時朝礼と保護者会を開催し「責任の取り方を学ばせる指導が大切」という学校の姿勢への理解を求めた。
 警察との連携を円滑に進めるためには、日常的に管理職と生活指導主任が警察署に出向いて、少年係と情報交換を行うことが有効である。学校と警察が日常的に連携を取っていることを、生徒や保護者に周知することが生徒の問題行動へのブレーキとなって働くのである。
4 PTAや地域の関係機関と積極的に連携する
 問題行動が拡大し、通常の指導では手に負えない状況になったときは、PTAや地域や行政などの外部の関係機関との連携を強化することが有効な対策となる。 
 私はPTAの役員と連絡を頻繁に取り、生徒指導について包み隠さず説明して理解と協力を要請した。PTA役員の耳に届く保護者からの学校批判の声には謙虚に耳を傾け、要望については即座に対応していった。
 地域が団結して健全育成に取り組むべきと考えた私は、「非行防止対策協議会」を設置した。PTA会長、指導主事、教育センター相談員、警察署少年係、民生委員、児童相談所職員がメンバーである。月一回開催し、情報連携から行動連携へ発展するようにした。
5 校長の迅速な決断と行動力
 問題行動に対して、教師集団が勇気と自信をもって生徒指導にあたるためには、「決断と実行と責任」のすべてにわたって、管理職が積極的にかかわることが必要である。
 実は、学校秩序が破壊され、状況が悪化しているときこそ、管理職が一段と踏み込んだ対応策を実行するチャンスである。大きな事件が起きた時には反対意見は出にくい。
 失敗や批判を恐れずに管理職が教師の先頭に立ったとき、教師集団の指導エネルギーは確実に増大し、学校は変容の一歩を踏み出すのである。そのときの校長の迅速な決断と行動が非常に大きな働きをするである。
6 教育行政に学校支援を要請する
 荒れた学校に必要なのは、学校秩序を回復するための戦力である。この状況把握を的確に行い、人材を派遣するのは教育委員会の仕事である。その対応にあたることも校長の重要な役割である。校長は積極的に教育委員会へ支援を要請すべきである。
(
山本修司:1950年生まれ、東京都公立中学校教師、指導主事、指導室長、校長を歴任し、荒れた学校を立て直した。2005年度読売教育児童生徒指導部門最優秀賞受賞、編著書『実践に基づく毅然とした指導』は、生徒指導に悩む教師たちのバイブル)

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子どもを良くするのも悪くするのも親しだい、親が変わると子どもも変わる

「子どもは親しだい」といわれる。問題行動を起こす子どもたち、親に手をあげる子どもたち、そうなった原因は全てといっていいぐらい親にある。親の教育が行き届かなかったから道をはずしてしまったのである。
 親は子どもに対して思いやりを十分持って接し、そこに愛情があったのだろうか? 愛情が足りないと、厳しくされた子どもは心を閉ざしてしまう。お金やものをあげることが親の愛情のつもりでも、子どもにさみしい思いをさせてしまっている場合がある。
 子どもが家の中で暴れまわるのは親に対する復習である。子どもがしたいことをしているのではなく親が困ることをしているに過ぎないのだ。子どもは親をよく見ていて、何をすれば親が一番困るかということはよくわかっているのだ。
 私に相談に来る親が、自分が間違って育ててしまったことに対して、素直に認める人間になることが第一だ。
 きつい言い方かもしれないが、親が施した子どもの教育が間違っていたと認識しなくてはならない。そうでないと今後も同じことが繰り返されていってしまう。認めさえすれば再度スタートラインに立ち、違った気持ちで子どもと接点を持つことができる。
 簡単に言えば、親が反省するということである。とても重い意味を持つ言葉である。素直に認めず「私は悪くない」と他人のせいにしていれば、いつまでたっても子どもの本心は見えない。
 親の気持ちが子どもに通じて初めて子どもに変化が現われるのだから、親がまず考え方を変えなければならない。子どもを何とかしよう、何とかして立ち直らせようと思ったときからよくなる可能性はいくらでも出てくるのである。
「お父さん、お母さん、しっかりしろ」と言いたい。親の気持ち、考え方、対応の仕方で子どもは立ち直るのである。子どものちょっとした変化に気づいたとき、ちゃんと向き合って話をすればいいのだ。
 子どもと真剣に向き合うために親は自分を変えよう。親の性格は変えられないが、親の生活だったら変えられる。親が生活で怠っていることに厳しさを持って徹底して改善することである。そうすれば子どもに変化が見られるようになるはずだ。子どもは親の変化を肌で感じるもので、ちょっとしたことが立ち直るきっかけになるものだ。
 子どもがこうならないと世間に恥ずかしいとか親が困るというプライドをもっているなら捨てなさい。親の生き方と子どもの生き方は違って当然、その子どもにあった生き方がある。それを親の望む方向に無理に進めようとしたりするのは親のエゴである。
 子どもにとって頼りになるのは親しかいない。その親がしっかりしないことにはどうにもならない。親が子どもとどう向き合い、どう接していくかによって、その子どもの人生が決まってくるといっても過言ではない。子どもは親の良い面も悪い面も真似ることからスタートする。だから親としては悪い面があれば正さなければならない。
 子どもがわかろうとしない、聴く耳をもたないことを教えるには、まず子どもが素直に聴くことができ、共感がもてる話から始めること。絶対にあせってはいけない。私が見ていると親は回り道をすることが嫌いで直接的にしか言わない。それは改めるべきである。
 私は社会常識の話を子どもにしている。手を変え、品を変え、同じことを同じ話だと思われないように一生懸命考えて、子どもたちが飽きないように話をしている。
 子どもは誰かが手を打たなければ良くならない。「いつか良くなるだろう」というのは通用しない。私のところに相談にくる親の多くは「まだ大丈夫、もう少し様子を見よう」と甘く考えて時が過ぎてしまって、にっちもさっちもいかない状態になってからくる。
 脱線した子どもは親に対して「こうなったのはお前のせい」という決まり文句を言う。子どもはこういう自分に作り上げられてしまったことに対する仕返しが、この言葉によく現われている。
 何もせず迷っているだけでは、親はマイナス思考になってしまう。手をこまねいているうちに問題が複雑になり、子どもをダメにしてしまう。他人に相談するのが恥ずかしいと思わず、早く相談すべきである。
 だから親が気がついた時点で、親の責任であることを認識し、解決策を練り、一歩でも明るい方向に向かうよう全力投球しなければならない。自分でどうしていいかわからなければ、知人なり専門家に相談して、前に進む体制をとってもらいたい。私たちができるのは立ち直るきっかけを与えることである。やるのは子ども自身なのだ。
 今の子どもは外面がよく、家の中ではメチャクチャをやっているという特徴がある。家庭内暴力だけ直したいのであれば、怖い人を連れてきて、「家庭内暴力をしたら、ぶっとばすぞ」と、脅せば、おとなしい子どもではあれば一発だ。
 家庭の中で子どもが暴れまくっていれば、まずそれを何とかしなければという願いはわかるのだが、それでは根本的に問題を解決することはできない。
 そういう表面的なものは、永遠に堂々巡りを繰り返すだけだ。親はまず表面的なものの見方をやめなさいと言いたい。親が子どもことよりも自分の身のことを心配しているから表面的なものしか見えてこないのである。
 このような子どもに世の中の常識を教えるには、子どもに社会に所属したいという希望を持たせることをまず始めにする。私はいつ死んでもいいという覚悟でやっている。今できることを精いっぱいやろうという常にプラス思考で考えている。
 親は自分のかわいい子どもなんだから、腹をくくりなさい。そうすれば必ず子どもの本質が見えてくる。
 私に相談に来る親は、自分の子どもが何を考えているかわからないと言って、何もしていない方が多い。私に言わせればただの言い訳にしか聞こえない。逆の発想をして、何かをすれば、その結果、そこから子どもが何を考えているのかが見えてくるということである。
 子どもがおかしくなってしまうと、親は全然ものが見えなくなってしまうものなのだ。最初は常識で判断しておかしいと思っていたことが、感覚がマヒしおかしくなってしまうのだ。常識で判断できる時点で対策を考えるようにするしかない。子どもに直接注意するのもいいし、他人に相談して何かいいヒントをもらって実行してみてもいい。問題が起きていないから、まだ大丈夫だと妥協することだけはやめなさい。
 私は言いたい。親の愛情不足になっている家庭が数多く存在する。今、自分の子どもは? と疑問を抱いたならば、遅くはない。親は子どもを生まれたばかりの赤ん坊のように接してあげなさい。幼いころ子どもを抱いてあげたように子どもに愛情を注いであげなさい。あなたの心を子どもに入れてあげるだけでよいのです。
 悪い部分を直すことより、愛情を注ぐことが先である。心が開いてから真の教育が始まるのである。今持っている全てを失うことになっても子どもに立ち直ってほしいと心底思える親になってほしい。
 立ち直る子どものほとんどの親が「子どもに立ち直ってほしい。そのためだったら、できることは何でもする」という強い信念を持っている。子どもを良くするのも悪くするのも親の気持ちしだいなのだ。
(
伴 茂樹:心理カウンセラー。不登校、引きこもり、家庭内暴力などを解決するために、全国から青少年を預かり、私塾を40年以上営む。教育の中にゴルフを取り入れるというユニークな方法で、立ち直らせた子どもは1000人以上という実績を持つ。青少年育成クラブで子供たちの教育指導を行っている。講演、TV出演多数)

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問題を抱える子どもを、どのように理解し対応すればよいか

 毎日の学校生活で教師が子どもたちの言動をみて「あれ?」「おや?」と気づくことは大切なことです。例えば、子どもたちの集団生活を指導していくうえで支障となるような言動や、学習のつまずき、言動の背後にあるその子の内面、などへの気づきがある。
 授業・休み時間・給食・清掃での観察や面接、交友関係、その子の興味、などから子どもの様子を見て取れることがたくさんある。問題を抱かえる子どもとの、つぶやきも含めたやりとりをも書き留めて理解を深めていく工夫をしていくとよい。
 教師が自分の目と耳と心で子どもを丸ごと理解していこうとする姿勢と工夫がきわめて大切である。多角的な視点で子どもを理解していくために、家庭や他の教師からの情報をも含めて、時間を追って積み重ねていくことが重要となる。 
 気になる言動をした子どもを腹立たしく思い、問題児ととらえないようにしたい。問題となる言動は、教師に与えられた課題と思い、どうすれば適切な手だてが講じられるかを考えようにする。
 教師一人で抱え込まず他の教師や保護者との協力を得ながら進めるようにする。教師に与えられた課題をチャンスと考えて、解決することが子どもを成長させ、教師自身も成長していくのである。
 教師が子どもに「なぜそのような言動をしたのか」丁寧に聴き取ることが理解の糸口になる。しかし、問題を抱かえる子ほど、うまく言葉で表現できないことがある。上手に聴き取るためにはカウンセリング・マインドの心得があるとよい。聴きとる技法にはつぎのようなものがある。
(1)
うなずき:うなずくことで相手に関心を示す。
(2)
繰り返し:子どもの話したことをくり返して、話をしっかり聴いていることを伝える。 
(3)
明確化:子どもの言葉にこめられている気持ちを明確にする。
(4)
質問:話の中の不明な点や背景をたずねる。
(5)
支持:子どもを肯定的に受けとめていることを示す。
(6)
要約:子どもの話を要約し、理解したことを確認する。
 問題を抱かえる子どもの話に教師が熱心に耳を傾ければ、子どもも嫌な気持ちにならないだろう。問題解決のための、子どもと教師のやりとりは、野球のキャッチボールのようなものである。
 問題を抱かえる子どもには、ある特定の状況が引き金になったり、思考や行動が特定のパターンをとることが多い。どのような状況に弱いのか、どのような行動に結びつきやすいのかを検討していくことが課題解決に結びつく重要なポイントとなる。
 例えば、キレやすい子や暴力をふるう子にはどのように対応すればよいか。
 このような子どもは、特に傷つくことに敏感で、自分を守るためには攻撃的になるしか方法を知らないことが多い。
 キレやすい子には、いらだちや怒りに結びつく要因や状況が必ずある。できるだけその要因や状況を回避できる手だてを講じておくことが重要である。
 できれば、学級の子どもたちに、その子の願いがどのようなものであるか理解を促し、共感できる子どもたちを育て増やしていくことが求められる。
 怒りを爆発させる前に教師が「イライラしているみたいだけど、どうしたの?」といった、ちょっとした言葉がけが、その子の爆発を止めることがある。
 子どもは理由もなく荒れることはない。教師が「どうしたの?」と温かく声をかけ、子どもへの気遣いを伝えるとよい。一呼吸おいて、子どもが考え、答えることで暴発を防ぎ、子どもの理解を深めることにつながっていく。 
 もし、子どもが怒りを爆発させた場合は、周りの子どもを遠ざけ、興奮が収まるまで待ち、別の場所に誘導することが肝要である。
 こうした子どもは、自分の怒りのメカニズムを自分で理解することが解決の糸口になる。子どもの苦しみや悩みに共感的に接し、「引き金はなんだったのか」を子どもに聞く。そして、今後、同じようなことが起きないようにするにはどうすればよいか話し合う。
 自分の気持ちを表現する別の方法を一緒に考える。その際、子どもが考えやすいよう、どのような具体的な方法があるか提示して、考える手助けをすることが求められる。
(
平井育子:川崎市公立小学校教頭)

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人の心などわかるはずがない、簡単に決めつけず、未来の可能性に注目すること

 臨床心理学を専門にしていると「他人の心がすぐわかるのではないか」とよく言われる。しかし、予想とは反対に、私は人の心などわかるはずがないと思っている。人の心がいかにわからないかということに確信を持って知っているところが専門家の特徴である。
 一般の人は他人の顔つきを見るだけで「悪い人」とか「やさしそうな人」とわかったように思う。専門家はやさしそうに見える人でも「恐ろしいところがあるかも知れない」と思う。怖い顔つきの人に会っても「あんがいやさしい人かも知れない」と思っている。
 要するに、簡単に判断を下さず「人の心というものはどんな動きをするか、わかるはずがない」という態度で他人に接しているのである。
 たとえば、我々カウンセラーのところには、札つきの非行少年と呼ばれる子が連れて来られるときがある。親も先生も立ち直らせることに努力してきたが、みな裏切られてしまった。だれもが見離し、我々のところに連れて来られる。
 専門家に期待されることは、この子や親の心を分析したり、探りを入れたりして、非行の原因を明らかにして、どうすればよいかという対策を考え出すということである。ところが、ほんとうの専門家はそんなことをしないのである。
 一番大切なことは、この少年を取り巻くすべての人が、この子に回復不能な非行少年というレッテルをはっているとき、「果してそうだろうか」という気持ちを持って、悪い少年ときめてかからないことなのである。
 そんなつもりで、少年に会ってみると、あんがい素直に話をしてくれる。涙を流しながら、実は母親が怖い人で、叱られてばかりだったと言う。これを聞いて「母親が原因だ」とすぐに決めつけてしまう人は素人である。
 すぐに母親が怖い人、母親が原因などと即断できるはずはない。我々は母親に会うときも、簡単にきめつけられたものではないという態度で会う。そうすると、それまで見えなかったものが見えてくるし、思いもよらなかったことが生じてくるのである。ふと幼いころに母にやさしくして貰ったことを思い出すときもある。
 もちろん話はそれほど簡単ではなく、上がったり下ったりしながら変化していくのであるが、ここで一番大切なことは、我々がこの少年の心をすぐに判断したり、分析したりするのではなく、それが「これから、どうなるのだろう」と未来の可能性の方に注目して会い続けることなのである。
 即断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになり、人間が変化してゆくことは素晴らしいことである。しかし、これは随分と心のエネルギーのいることで、簡単にできることではない。
 むしろ「わかった」と思って決めつけてしまうほうが、よほど楽なのである。この子の問題は母親が原因だとか、札つきの非行少年だから更生不可能だ、などと決めてしまうと、自分の責任が軽くなって、誰かを非難するだけで、ものごとが片づいたような錯覚を起こしてしまう。
 心の処方箋は、現状を分析し、原因を究明して、その対策としてそれが出てくるのではなく、むしろ、未知の可能性の方に注目し、そこから生じてくるものを尊重しているうちに、おのずから処方箋も生まれてくるのである。
(
河合隼雄:1928- 2007年、臨床心理学者。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。日本における分析心理学の普及・実践に貢献し、箱庭療法を日本へ初めて導入した)

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