カテゴリー「問題行動の指導」の記事

生徒の問題行動が起きたとき、体験の中でつかみとった考え方や指導の方法とは

 私は前に勤務した学校で、生徒の問題行動によって多くのことを学んだ。
 生徒の問題行動に対する指導の原則は、生徒を人間として扱うことにつきる。
 生徒が教師である自分と同じ人間であることを、どのくらい深く考えて行動するか、ということで決まるのである。
 私が体験の中でつかみとったことをまとめてみる。
 生徒はさまざまな問題をひき起こす。
 タバコ、酒、カツアゲ、集団暴行、万引き、不純異性交遊、授業中に騒ぐ、器物破損、ツッパリグループの結成、など出るべきものはほとんど出た。
 では、このような問題を起こした生徒に、どのように対応すべきなのだろうか。
1 生徒を道徳的に断罪するな
 大切なことは、生徒を傷つけないこと。道徳的に断罪しないことである。
 生徒が問題を起こすと、教師は「悪いことをやった」と考え、ほとんどの場合、生徒に「すみません。もう二度とやりません」と、反省させることを目標とする。
 しかし、教師は神様ではない。道徳的に断罪できる位置にない。
 だから、こういう方向で生徒を追及したとしても、生徒を傷つけ問題をこじらせるだけである。
2 生徒を呼ぶときの教師の顔つき・態度
 まず、生徒を呼ぶときの教師の顔つき・態度が大切である。
 なれなれしく、優しく対応するのは論外で、ピリピリした厳しい顔で臨むのもまずい。
 生徒に対して、教師である自分を無化するような、落ち着いた、冷静な態度がとれるといい。
生徒にやったことをしゃべらせる
 生徒を緊張させつつ、リラックスしてしゃべらせる、といい。次のように始める。
(1)
「何をやったか順を追って言ってごらん」と切り出し、生徒がしゃべり始めるのをゆっくりと待つ。
(2)
話し出したら「いつ」「どこで」「誰と」「何をした」と、教師が口をはさんでやり、生徒が具体的に、自分がやったことを整理できるようにする。 
 これがきちんとできれば、教師の仕事はほとんど終わったも同然である。
 言いにくいことを無理にしゃべらせる必要はまったくない。
 生徒自身が、しゃべっていく中で、自分が何をやったのかを対象化できればいいのである。
 もっとも大切なことは、具体的に何をやったのかということを、生徒自身にハッキリさせることなのである。
 生徒は、ほとんどの場合、自分がやったことがどういうことなのか、何もつかんでいない。
4 生徒にやった理由は聞かない
 生徒はその時の気分で行動するのだから「べつに理由なんかない」のである。
「どうしてそんなことをしたんだ!」と詰問調に迫ることは、絶対に避けなくてはいけない。
「別に」という返事がはね返ってきて、教師がカーッとして「別に、とは何だ!」とケンカ腰になっていくのがオチである。
 たとえ理由があったとしても、それは生徒の心の領域に属することだから、聞いたってどうにかなるわけではない。
5 生徒を説得しようと思うな
 問題を起こした生徒を呼んだとき、ほとんどの教師は、やったことがどうして悪いのかを説明し、納得させようとする。
 くどくどと理由をつけて「だから、やっちゃいけないのよ」と言うわけである。
 ほとんどの生徒は、自分のやったことの整理がつけば、まずいことをしてしまった、ということが分かる。
 生徒にしゃべらせたあとで説得を始めるから、ウヤムヤになってしまうのである。
 仮に教師がつけ加えるとしても「まずかったな」の一言でいい。
6 生徒にやったことをしゃべらせた後
 生徒がしゃべり終わったら、教師が順を追って確認し「まずかったな。で、どうするの?」と、次に進む。
 やったことの責任のとり方を次のように教えることになる。
(1)
他人に迷惑をかけた場合は、謝罪し、具体的に償えるものは償う。
(2)
自分に何かを強制することによって、今後頑張っていくことを示す。
 処置の実行には、教師は最後まで立ち合い、手助けをし、やりとげさせねばならない。
 そのことによって、生徒が一区切りをつけ、次の生活に入っていけるようにしなくてはならないのである。
7 校内で事件を処置できなければ警察へつき出せ
 前述のような処置は、教師の指導力が確立していなければ不可能である。
 校内で処置できず、問題を放置することがもっとも悪い。
 処置できなければ警察にまかせ、きちんとした法的な処置を受けさせる方がずっといい。
 法律に違反すればこういうことになると、身をもって体験させることである。
「教師が生徒を警察につき出すのはよくない」などというおしゃべりにつき合う必要はない。
 教師が校内でケリをつけられるかどうかが問われているのであり、できないなら警察にまかせるしかないのではないか。
 それをいい加減にするから、問題が大きくなるのである。
 社会で生きていくための、公の人間として生きていくためのルールを、しっかり教えていくことが大切なのである。
(
河上亮一:1943年東京都生まれ、埼玉県公立中学校教諭、教育改革国民会議委員、日本教育大学院教授を経て、埼玉県鶴ケ島市教育委員会教育長、プロ教師の会主宰)


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暴力的な子どもやその保護者に、暴力行為をなくすには、どう考え対応すればよいのでしょうか

 学校で暴力的な行為があっても、保護者のなかには
「学校であったことは学校で責任を持って処理してほしい」
「家では、そのような行為がないので、暴力的な子というレッテルを貼られるのは不服です」
「自宅では暴力的な行為はありません。先生方の指導が足りないのではないですか」
「うちの子に聞きましたが、お互い様のようですよ。こんなことで電話をかけないでください」
等、いろいろな保護者の声があることを認識しておきたい。
 保護者は、自分の家庭でのわが子の様子を優先して、その姿と重ねて判断することがある。
 そして、わが子が暴力的な行為を起こすはずがないという考え方で受け答えする。
 どう考え、保護者に対応すればよいのでしょうか。
1 事実を的確に伝える
 手順よく次のように説明していく必要がある。
(1)
どのような経緯で暴力的な行為になったのか
(2)
その行為を受けて、担任が取った対応
(3)
今後の課題は何か
 その際、担任は「暴力的な行為をしないですごすための考え方を身につけさせる」ことが、目的となることを明確にしておきたい。そのために、
(1)
暴力的な行為だけを取り上げて説明するのではなく、学級で、どのように解決しようとしたかその方向性。
(2)
家庭と協力し連携していくこと
2「暴力的な行為に訴えなくてもよい」という考え方を徹底する
 つぎの考え方を子どもとその保護者に理解してもらうのである。
(1)
子どもの暴力的な行為が問題の解決につながるのではなく「自分の言葉で問題の解決が得られる」ことを十分に意識させることが大切である。
(2)
子どもにとって、暴力に訴えざるを得なかった状況も理解しつつ「暴力では物事が解決できない」という認識をもたせなければならない。
 保護者への連絡によって、学校の指導方針がどのようになっているのか、明らかにするのである。
3 担任が保護者に伝えなければならないこと
 暴力的な行為は学校でも家庭でも許される行為ではない。
 たとえ、その場で暴力で解決したとしても、形だけの解決になってしまい、お互い理解を深めたことにならないということである。
「暴力では物事が解決できない」という認識は、学校と家庭との連携があってはじめて浸透するものである。
 暴力的な行為を受けて気持ちよいと思う子どもはいないはずである。
 どんな小さなことでも、手を出したり、蹴飛ばしたりする行為はいけない。
 自分の言葉で言うことができるようにしなければならない。
 保護者との接点は、この一点でよいのである。
(
釼持 勉:東京都公立高校・小学校教師、教育庁、小学校長を経て、帝京大学教育学部教授、東京学芸大学特任教授)

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子どものけんかの仲裁で気をつけることは何んでしょうか

 ある教師が「最近の子どもは、けんかの仕方を知らない、だから本当にけんかになった時には、加減がわからず大変な結果を招いてしまう」と言っていました。ほんとに一理あると思います。
 子どもはけんかをしながら成長していくものだと思います。
 自分の意見だけを通そうとしても無理なことは、けんかをしてみて、よくわかることです。
 仲よく協力するすばらしさも、けんかをしてみてわかることです。
 学級の子どもたちのけんかの仲裁ではつぎのことに気をつけたいものです。
1 すぐに、けんかを仲裁するのはどうだろうか
「先生、〇〇くんと、△△くんがけんかをしています」「はやくとめてください」と、連絡を受けることがあります。
 危険な場合には、すかさずやめさせなければならないことは言うまでもありません。
 子どものけんかにも、それなりの理由があります。
 時には、けんかも必要といった立場に立って見守ってみることも必要です。そして、タイミングをとらえてやめさせるのです。中途半端ではしこりを残します。
2 言い分をよく聞いてあげる
 けんかは双方の言い分があるものです。
 よく聞いてあげることです。
 2人一緒に聞く場合には、弱い方、不利な方から聞いてあげるのがコツです。
 また、話の途中で教師の体験を話したり、お互いの立場を認めてあげることも大切です。
 また、よいこと、悪いことの判断やけじめはしっかりと教えます。
 2人の納得のもとに今後の約束を誓わせるのもよいでしょう。
3 必要に応じて保護者への連絡も考える
 その場で解決する場合が多いですが、後に持ち越すようなもの、例えば、けがをしたとき、持ち物を壊した時、子どもの心の痛手が大きいような場合は、必ず家庭へ連絡することです。
4 けんかをした子どもは、特に注意して見守る
 うまく仲裁したつもりでも、十分納得していなかった、ということがあるものです。
 けんかをした子どもは特に注意してそれとなく見守ってあげるようにします。
 元気がなかったら、何かあるのです。
 2人の間がうまくいってないとか、仲間はずれにされているとかが意外に多いものです。
 また、仲裁のときの約束を一方的に破っているような場合もありますので、注意が必要です。
(
石川正夫:元埼玉県公立小学校教師・大宮市教育長・埼玉県教育委員会委員長。凡事徹底」の教育を推進した
)

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休み明けに茶髪やピアスをしてきたとき、どう指導すればよいか

 夏期・冬期休業前に、集会などで茶髪やピアスに関する事前指導が行われます。
 しかし、休み明けには、事前指導の効果もむなしく、茶髪やピアスをしてくる現実に直面することも多いのではないでしょうか。
 茶髪やピアスに対する指導には2つ考えられます。
1 校則を破ったことへの指導
 茶髪やピアスを直させる指導です。この指導は、生徒が素直に直さない場面も予想されます。
 茶髪にしてきたら、いつまでに黒く直すのかを約束させます。できれば即日中に直させる。
 ピアスは外させて教師が預かります。そして、いつ、どこで誰と誰が穴を開けたのかを確認します。
 どちらの場合も、2度としないことを約束させましょう。
 また、保護者にも必ず連絡を入れ、学年主任や生徒指導部の先生とともに家庭訪問に行くことをお勧めします。
 複数体制で取り組んだ方が、生徒を大切にしているという思いが伝わりやすいからです。
2 生徒の内面の理解に向けた指導
 なぜ校則を破ったのかという生徒の背景に迫り、直させていく指導です。 
(1)
生徒に存在が認められていることを意識させる
 茶髪やピアスをする生徒たちの内面は、自分自身に自信がもてない、自分を認めてほしいなどの気持ちが考えられる。
 ほとんどの場合、親の愛情不足や放任されている状態です。
 まずは、教師がふだんからあいさつや声かけを行い、生徒の存在を認めていきましょう。
 もし、髪の毛を黒く戻す、ピアスを素直に外した場合は、生徒がそれなりの覚悟を決めた行動の表れです。
 必ずその行動自体をほめ、生徒の自己有用感を高めましょう。
(2)
級友からの評価を意識させる
 茶髪やピアスをする生徒は、なかなか素直には直せないのです。
 しかし、級友による声かけが、茶髪やピアスを直させるきっかけになることもあります。
 級友のひと言は、教師の説教じみた説諭よりも何十倍も有効です。
(3)
雰囲気づくりを意識させる
 生徒たちが自分たちで決まりを守っていこうという学級や学年の雰囲気をつくり上げることが大切です。
 茶髪やピアスをする背景や気持ちについて、生徒に考えさせ、話合わせます。それにより、生徒たちは、他人事ではないと考え始めます。
 もし学級に茶髪やピアスをする生徒が現れても、排除ではなく、一緒に過ごすために何ができるのかを考えるようになります。
 そんな思いやりのある学級の雰囲気が出来上がると、茶髪やピアスの生徒は、その思いを敏感に感じ、その思いに応じていくのです。
(
北原英法:北海道室蘭市立中学校教師
)

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子どもの靴がなくなった、探しても見つからないとき、どうすればよいか

 学校の靴箱から靴がなくなった場合、誰かがいたずらで靴を隠したか、靴がなくなったと言いにきた子どもの狂言などが考えられる。
 いろいろな可能性を視野に入れて指導にあたることが大切である。
 靴隠しをつぎのようにして解決した。
 いろいろな問題を抱かえている6年生のクラスで「靴が見つかりません」と私にA子が言いにきた。
 子どもたちと靴を探すと、A子の靴は、溝に落ちていた。
 その後、数日おきにA子の靴がなくなり、その都度みんなで探した。
 全員で探すことが大切だ。
 仮に、クラスに靴を隠している子どもがいたら、みんなで靴が出てくるまで探す姿を見せて、反省を促すようにした。
 A子の場合、なかなか靴隠しは終わらなかった。
 そこで、学級通信に「靴を隠す人へ」という次のような長文のメッセージ文を書いた。
「そのときのきみの顔はどんな顔だろう」
「さびしくて悲しい顔をしているのだろうか」
「人の靴を持って、人に見られないように、こっそりと歩くきみの姿が、どんな情けないか先生は知っています」
 この学級通信を出したあと、靴隠しはなくなった。
 靴隠しをなくす、他の方法をつぎに示します。
 靴を隠された子に、靴箱ではなく、教室に靴を持ってくるよう指示を出したことがある。
 私の見えるところに靴を置かせた。
 これを1カ月以上続けた後、また靴を靴箱に置くようにした。
 この後、靴隠しがなくなった。
(
蔵満逸司:鹿児島県公立小学校教師
)

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教師にできることは、荒れている生徒の精神的な自立をサポートすること

 東京での中学教師歴はすでに20数年。若々しい表情の割に髪の毛は全体が白くなりつつある。
 子どもの抱かえているストレスを憂いている。中学生の荒れもまた、ストレスが生み出しているのではないかと。
 そのために教師ができることは、生徒の自己決定権を認めること、思春期における精神的な自立をサポートすることではないかと、次のように述べている。
「子どもが、あるべき姿からはみ出したら、直させる」という取り組みをやったが、うまくいかなかった。
 子どもたちに直させると一度はきちんとするんだけど、また戻ってしまう。モグラ叩きみたいなものです。
 表面的に柔順にしているから許してしまうんだけど、それは子どもの本音ではないんですね。子どもは「謝らないと帰してくれないじゃん」と言う。
 よく言うんですけど、教師の側の「指導したつもり」、子ども側は「聞いたふり」ってね。
 そのうえ問題だったのは、教師と子どもとの関係が悪くなっていったことです。
 怒ったり、説教したりを繰り返すたびに、開き直るようになっていく。次から次へと問題が起きて指導すればするほど子どもたちは悪くなっていった。
 これじゃ、ダメだと思いました。教師が考えている「あるべき姿」がズレている、と考えた。
 で、発想を転換して、子どもたちの現在のあるがままの姿を受け入れていこうと。
 それと、子どもが問題を起こしたときにこそ、子どもとの対話が成り立つということ。
 ふだん、子どもの考えていることを聞こうとして「ちょっと話そうよ」と言っても「え、何もやっていないですよ」で終わり。
 それが、事件があると「どうして?」と尋ねられる。そこから子どもが何を考えているのかが聞けるわけです。
 子どもと話すときに、とくに注意したことは、問題を起こした生徒に、なぜダメなのかをこんこんと説明したり、指示したりはしないようにしよう、と。
 あくまでその子が自分で結論を出させるようにサポートしていくことです。その子の問題解決力を引き出す。
 例えば、誰かが友だちを殴った。まず、その子に
「どうして殴ったの。きっとわけがあったんじゃない」と聞きますよね。
 すると「ムカついてた」と答える。
「どうしてムカついてたの?」
「関係ねえよ」
「いいだろ、教えてよ」
 そのようなやり取りをするうち
「朝、家を出るとき、うちのババアがムカつくことを言ったから、むしゃくしゃしてた」
 従来なら、ここで「何言ってんだ!」となったところですが、そこからさらに聞いていくわけです。
「じゃあ、あの子は何も関係なかったんだね。きみがそんなことされたら、どう思う?」
「ムカつくよ」
「今度、彼はきみが近づいたら逃げるよ。それでもいいの?」
「もうしねえよ」
 形だけで謝るより、まずは「やらない」と結論を出したことが大事だと思うんです。
 またやることもある。それは仕方ない。でも、繰り返していくうちに、最後は、こんなことしたら友だちなくしちゃうなって気づきますよ。
 中学校の教師なら誰でも経験しているでしょうけど、どんなにグレてた子でも30歳を超えて大人になると、たいていは分別のある青年になっていくんですよ。
 全員とは言わないけど。中学校のときに問題児だったから先の人生が決まるなんてことは絶対にない。
 それを僕ら教師は知っていながら、それでも鋳型にはめようとするんです。
 僕は、あまり怒鳴らなくなりました。昔は怒鳴ってましたよ。
 でも、長い目で見ると、怒鳴ることで良いことなんて何もないと思ったからなんです。
 最近で怒鳴ったのは、去年2回、今年1回。
 ドアを蹴って、別のクラスの授業に入りこんだ子とやり取りしている最中、つい怒鳴っちゃった。
 すると、僕の話がその子には入っていかないのね。そのときは、別の先生が仲介してくれて、やっと話してくれた。
 あとで反省しましたよ。怒鳴っても、こっちの声が届かないと意味がないんです。
 相手が心の受信機のスイッチを入れないと。
 教師が子どもに、スイッチを入れてもらうような作業をしないといけない。
 怒鳴ることで行為が改まるのは、単にびっくりしてやめるだけですよ。
「怒鳴るにしても、真剣に怒鳴れば通ずる」と言う人もいるけど、僕はそうではないと思っています。
 きつく叱るとすぐ結果が出るために、怒鳴る側の自己満足になっていることのほうが多いんじゃないですかね。
(
宮下 聡:元東京都公立中学校教師。都留文科大学教職相談システム相談員
)

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「押しつけや、いや味」のない説教をするには、どうすればよいのでしょうか

 私は小さい頃から、ずっとお説教というのが嫌いでした。
 お説教されると、すぐ逃げ出したい気分になります。私は、お説教の中に「押しつけ、見せしめ、いや味」などの臭いを感じてしまうのです。
 ところが、そんな私がお説教する場面に立たされたのです。
 学年の廊下に貼りだしていた100枚ほどの「遠足のスナップ写真」の見本のうち5枚が消えてしまったのです。
 その日、朝の職員の打ち合わせで、昼休みに中学2年生全員を体育館に集めて話をしようということになったのです。
 ベテランと呼ばれても不思議でない年齢になってしまった私がお説教する役に選ばれたのです。子どもたちにつぎのように考えて話しました。
1 お説教の目標
 目標は、話が終わった時に、多くの子どもたちが「なーるほど、そういうことで、集会になったのか。それなら、しょうがないか」と思ってもらえることです。
(1)
見せしめの集会にはしない
 教師は、説教を「見せしめ効果」に使ってしまいがちです。学活や道徳の時間、授業の時などにやりがちなことです。
 だけど、この「見せしめ効果」には、充分気をつけてください。
 やられる側にしてみると「悪いことして、ゴメンネ」という気持ちになることもあるけれど、多くの場合は
「教師たちめ『みせしめ』なんて汚い手を使いやがって、俺たちを『悪者』に決めつけ、みんなの前で恥をかかせて、頭にくる。チクショウめ」
などという反感を持たせてしまうものなのです。
 その結果、集会の後に、より悪質ないたずらが勃発するということがしばしばあるのです。
(2)
必ず「問題を起こした子ども側」の気持ちにも触れる
 この事件に限らず、問題を起こした子どものことを、頭ごなしに「悪者」扱いにしてのお説教は、ただ反発を買うだけですから注意してください。
 必ずといっていいくらい本人には「もっともな言い分」があるものなのです。
 だから、どんな問題の時も、必ず「やっちゃった側」の気持ちは一度はちゃんと聞いてやるべきなのです。
 聞くのは一番始めの時が絶対にいいのです。「言い分」を充分に聞いてあげましょう。
 そして、その次に「事実の確認」と「その善悪についての判断」をさせてあげたいのです。この順番は、絶対に間違えないようにしましょう。
 子どもたちが「この先生、俺たちの気持ちを分かろうとしてくれている」と思ってくれたりしたら、教師の話も心を開いて聞いてくれるかもしれないからです。
 私は、集会で話す時間を5分以内と決めました。
2 出だしの話
 私は本題に入る前に、こんな感じでスタートしました。
「みんなにとっては、遊べる貴重な休み時間だというのに、すごいガッカリだよね。僕も同じ気持ちです」
3 なぜ集まってもらったかの説明
「みんなに話さなければいけないことが起きたので、ここに集まってもらいました。少しだけつきあってください」
「実は、廊下に貼りだしておいた遠足のスナップ写真の何枚かが失くなってしまったんです。それで困っているんです」
「もしかして、この学年の人のいたずらでないかもしれません。もし、そうだったらゴメンなさいね」
「でも、学年の廊下での紛失事件なので、とりあえずみなさんに集まってもらいました」
4 問題を起こした子どもの気持ちに触れる
「ところで、写真をとった人って、きっとほんのイタズラ心でやったんだと思うんです」
「あるいは、写真を見ているうちに、この子、かわいいな。この写真ほしいなーと、つい手が伸びちゃったとかね」
「とにかく、すごい悪いことをしたわけじゃない。ちょっとした出来心でやっちゃったことだと思うんです」
5 結果として、どんなマズイことになったか話す
「ところで、写真をとった人は、ほんの出来心でやっちゃったことなんでしょうが、それは結果として、次のことでまずかったんですよねー」
「まず、まだあの見本の写真を見ていない人に迷惑をかけているんですよ。消えてしまった写真からは選べない。だから、困っているんです」
「それから、写真屋さんにも迷惑をかけていることにもなる。あの写真は写真屋さんの私物なんです。いたずらでも、これは『盗難事件』です。これはまずいんですよ」
まずい点については、短くさわやかにハッキリと教えてあげたいですね。
6 これからどうあってほしいのかを伝える
「僕の願いとしては『できたら失くなった写真が戻ってくるといいなー』ということです。写真を戻してくれる人が現れたら、僕はすごくうれしいですよ」
「ただ、戻そうと思っても『戻しづらいなー』ということもあるものです。そんな時は、ほんと、どこにでもいいですから、そっと返しておいてくださいよ」
7 私の気持ちを子どもたちに伝える
「僕は、こういう会ってあまりやりたくないですねー。だつて,僕が一番さみしいなーと思うのは、教師が子どもたちを疑ったり、互いに不信感を持ったりすることです」
「また、子どもたち同士がお互いに不信感を持ち合うこともさみしいことですね。なんとか避けたいですね」
「できたら、お互い笑顔のたのしい関係がいい。だから、今度は、たのしいことで集まりたいですね」
「貴重な時間をつぶしてしまいました。ごめんなさいね。でも、まー、僕なりに『お互いがイヤーな気持ちにならないように』と一生懸命に話したつもりです」
「そんな僕の気持ち、分かってもらえたらうれしいです。僕の話、これでおしまいです」
 ところで、この数日後、なんとあの失くなった5枚の写真が戻ってきたのです。
「俺たち、とっちゃった」と代表のYくんが返してくれたのでした。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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子どもが問題行動を起こしたとき、親は子どもにどう接すればよいのでしょうか

 子どもが問題行動を起こすと、親は突然の豹変ぶりに驚きあわてる。しかし、子どもの心の中では、以前から変化が生じていたのに、親はそれに気づかなかったことが多い。
 親から「こういう場合、何と言ってやれば、子どもはなおるのでしょうか」とよく聞かれる。
 子ども問題行動の多くは、それまでの親子関係を徐々に組み替えることで解決に向かっていく。
 ひと言で子どもが立ち直るといった魔法の呪文はない。
 しかし、子どもが変わるきっかけとなることはある。
 問題行動を起こしている子どもが、それを周囲の誰かのせいにしているうちは、そこから抜け出せない。
 自分の問題として引き受けたとき、はじめて回復に向かうことができる。
 子どもの問題行動を解決するには、子どもの心に働きかける必要がある。もつれた子どもの心の糸を解きほぐすのは容易ではないが、愛情と時間を惜しまなければ必ずできる。
 いつか回復することを信じて接すれば、親子の絆を取り戻すことができるのだ。
 その過程は決して平たんではないが、試練を通して、子どもが変わり、親も変わり、精神的に成長するだろう。親子の絆は以前よりずっと強くなっているはずだ。
 子どもが問題行動を起こすと、落伍者のレッテルを貼られることが少なくない。親が自分の子どもをそんな目で見てしまうのだ。
 子どもを支えるはずの親が説教したり、非難したりしがちになり、ますます子どもを追いやることになる。
 そんなときこそ、親は子どもを信頼してほしい。子どもへの信頼が何よりも大事なことは、私がスクールカウンセラーを始めたばかりのころ、一人の教師から教えられた。
 子どもに建て前を振りかざして説教するのは、親子のギャップを広げるだけだから、子どもの気持ちを動かそうとしたら、子どもと向き合い親の本音をストレートにぶつけるしかない。
 誰でも子育ては試行錯誤の連続だ。親は自分が子どもだった頃を思い出してほしい。
 思春期の頃は覚えているはずだ。そのころ、何を考えながら過ごしてきたのか、どんなことで悩んでいたのか、親との関係はどうだったのか、などを振り返ってほしい。
 振り返ってみると、親に期待していた言葉を言ってもらえなかったり、無神経な言葉に傷ついたことがあるに違いない。もちろん、楽しかった思い出もあるだろう。
 それを実感とともに思い出せば、いま自分の子どもにどう接すればいいか見えてくるはずだ。
 子どもが悩んでいたら、自分が同じ年頃のときに何を悩んでいたかを子どもに話してみるといい。子どもに本音で接することになるだろう。
 子どもの問題行動でカウンセリングに訪れる親を見ると、ほぼ例外なく、心の余裕を失っている。
 私はカウンセリングで、相談者に目のさめるようなアドバイスをしたりできるわけではない。じっくり相手の話に耳を傾け、その言葉の裏側にあるものを理解し、本当に訴えたいことを導き出そうと努めているだけだ。
 誰でも、自分の心の中にある、言いたくても言えなかったこと、それまで気づかなった本当の問題、一人で抱かえていた悩みや苦しみなどを口にしたとたん、半分は解決したのも同然だ。
 心の中で葛藤したり迷ったりする時間が必要だったのだ。
 子どもの話に耳を傾け、言いたいことを聞き出すのは、親や教師、友だちなどもできる。
 親にお願いしたいことは、子どもが問題行動を起こしたとき、子どもの様子がおかしいときは、子どもの話に耳を傾けてほしい。
「いまの気持ちを話してくれるとありがたいんだけど」
「お前もつらかったんだね」
という具合に聞き役に徹し、重い口を開いてもらう。 
 人は話すことで自分の気持ちを整理したり、言葉にすると気づくことがある。子どもも話しているうちは、自分の心を見つめることができるようになる。
 子どもが親と口を利きたくないようなら、子どもの友だちを家に呼んだり、親戚のお兄さんやお姉さんに来てもらって、話し相手になってもらう。
 心の中の葛藤というのは、何本もの糸が絡まり合った状態だ。それを言葉にすることによって、絡まった糸を一本ずつ抜き取り、ほぐしていく作業になる。
 問い詰めずに、話しやすい雰囲気をつくり、言い出すまで待つことが大切だ。
「言いたいことがあれば、今日でなくてもいいから、言いたくなったら、言いにきなさい」と促せばいい。
 自分の気持ちや言い分を言葉にすることを通じて、子どもは失いかけていた自分を組み立て直す必要がある。
 そのうち子どものほうから、言い出したら「じゃあ、どうしたらいいか考えてみよう」と親子で話し合えばいい。子どもが自分で解決策を考え、自分で選択することが大切なのだ。
 子どもの選択は最善でないかもしれない。しかし、子どもの心は大きく成長するはずだ。たとえ間違った選択でも、自分で選択したことならやり直しができる。
 子どもと気持ちのいいコミュニケーションができないという人は「私メッセージ」を発するといい。
 相手を主語にするのではなく、自分を主語にする。叱るのではなく、自分の気持ちを伝えることになる。たとえば
「あなたは、掃除するそばから、散らかすんだから!」
と叱るのではなく、
「せっかく掃除をしたのに、もう散らかって、お母さんはがっかりだわ」
と言うことになる。
 運動部のコーチに言わせると、子どもは叱るよりも、ほめたほうが伸びるが、ここ一番というときは、叱ったほうがいいことがあるという。
 例えば、いい結果が出ると、慢心する子がいる。練習に熱が入らず、手を抜く。そんなとき「少し上達したからといって、つけあがるな」と雷を落とす。
 そういうときは、やさしく言って聞かせるより、ガツンと叱ったほうが効くそうだ。
 子育ても同じで、いつも叱っていては効果は薄い。9割はほめて、1割は叱る程度でちょうどいい。
 子どもが叱られても、納得できるタイミングをとらえ、ここ一番というときに叱るのだ。ただ、叱るときは、逃げ道を残してやる必要がある。
(
吉田勝明: 1956年福岡県生まれ、横浜相原病院院長)

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子どもが問題を起こし注意するたびに、教師と子どもとの関係が悪くなる、どうすれば子どもが問題を起こしても関係がよくなるようになるか

 学校では、子どもたちが、いろんな問題を起こします。
 問題が起きるのは当たり前のことなのですが、私たち教師は、つい
「あ~ぁ、また、あいつか!」
などという態度で、問題を起こした生徒に対応しています。若い頃の私も、そんな教師のひとりでした。
 教師が「また、お前か」という対応の場合は、たいてい生徒も、いやな感情を抱きつつ、教師と向き合うことになります。
 そんな教師の態度に子どもたちが反感を抱いて、子どもたちとの関係が最悪になってしまうことがあるのです。
 私はある時、生徒との関係が毎年ギクシャクしてしまう若い同僚教師から相談を受けたときがありました。
「私だって、生徒に嫌われたくないんですよ。だから、今年こそは、うまくやりたいと思っていても、生徒がいろいろ問題を起こしてしまうので、そのたび注意することになる」
「すると、そのたびに生徒との関係がどんどん悪くなっていくんですよ」
「だから、生徒が問題を起こすたびに、ドキッとしてしまうんです。どうすりゃいいのかなーってね」
 これを聞いて、私は「生徒が問題を起こすたびに生徒との関係が悪くなって、悩んでいる教師がいっぱいいるんだ」と思いいたったのです。
 どうすれば、生徒と「いい感じ」で対応できるのでしょうか。
 私は、問題を起こした生徒に向かって
「あれっ、どうしたのよ。きみとしたことが?」
「なんか、よっぽどのことがあったんでしょう」
と、声がかけられる時は、いい感じで対応できるときなんです。
 こんな声かけが言えた場合は、生徒も
「そうなんだよ、先生。おれ、頭にきたんだよ。だって、・・・・・」
などと、話はじめてくれたりするのです。心を開いてくれる感じでね。
 そうなったら、うれしいですね。後は
「そうか、それは頭にくるよね」
などと、同情すべきところは同情する。
 反省してほしいところは、
「でもねー。この点は、まずかったよね」
と反省してもらう。そして、
「この先、どうしようか?」
と。一緒に考える。
 つまり「良き相談相手」の立場に立てるわけです。
 子どもたちにしても、
「あー、まずいことしちゃった。困ったことになったなー」
と困惑しているはずですから、こんな時、大人の相談相手の出現はうれしいことなのです。
「あれっ、どうしのよ。きみとしたことが?」と言うセリフは、言いづらいですよね。
 たとえ、言えたとしても、生徒に教師の心を見透かされ「見え透いたオセジ」になってしまう危険がいっばいです。
 そこで、やはりふだんから、お互い相手を認められる関係でいられるかどうかということが大切になるのです。私が心から言えたのは教師になって3年目でした。
 心から話かけられるようになるには、どうしたらいいのでしょうか。
 友だち同士だったら言えますよね。
 私の場合「今、生徒といい関係だな」と実感をもてるときは、私と生徒が心から授業を楽しめているときなんです。
「へぇ、こう考えるといいんだ。新しい世界が見えてきて、うれしいな」
「みんなで学び合うって、すごくたのしいな」
「あいつ、やるじゃない。見直した」
「私の、予想どおり、私ってすごいのかも」
 こんな感じで、教師と生徒が
「授業のたのしさ」
「自分のすばらしさ」
「他人のすばらしさ」
の発見の喜びを共有し合える。
 そんな授業を1時間でも多く体験できるといいな、思っているのです。
 私の場合、それが仮説実験授業で実現できているのです。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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教室内で器物の破損を見つけたとき、どうすればよいのでしょうか

 昼まで何でもなかった教室の照明のスイッチが、放課後、ひどくへこんでいるのを見つけた場合、どうすればよいのでしょうか。
 器物の破損は子どもがフラストレーションを発散するために行う場合が多い。
 何らかの葛藤を抱かえた子どもがいると考え、
(1)
子どもの理解を深めるきっかけと、とらえる。
(2)
自分と他人との関わりについて考えさせるチャンスである。
(3)
自分の行動に責任を持つことの大切さ。
を学ばせたい。
 次の日、朝の会で照明のスイッチを壊してしまった人は、名乗り出てほしいと呼びかけた。
 壊した本人は名乗りでなかったが、いろんな情報が集まり、スイッチを壊した子どもがわかった。
 休み時間に、その子に声をかけたところ、最初は自分ではないと否定したが、多数の子どもが見ていることを告げると、しぶしぶ認めた。
 二人で話をする場を設けて「どうして、壊してしまったんだい」と理由をたずねた。すると、友だちにバカにされてカッとなってやってしまったようだ。
「壊して、すっきりしたかい?」と、たずねると「別に」と答えた。
「壊れた箇所を修理してくださるのは、いつもきみたちを陰から支えてくださっている用務員さんだね。がっかりするだろうな」
と、話したところ、うなだれていた。
「用務員さんに謝りたい」と申し出たので「教室をあずかる先生からも、おわびをしたいな」と話し、一緒に謝罪に行く約束をした。
 器物破損の指導で、よくない方法は、誰がやったか執拗に調べ「物にあたるなんて最低だ。考えればどうなるかわかるはずだ」などと、一方的に叱ることです。
 壊れたスイッチを見て、多少、後ろめたさを感じている子どもにとって、追い打ちをかけられている気分になり、反省を引きだせない。名乗り出にくい雰囲気にもなる。
 腹いせに、器物破損をする、後先を考えない行動を改善することが重要なのであって、やった子どもを特定することが指導の最終の目的ではない。
(
荻原 啓:札幌市立中学校校長)

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