カテゴリー「問題行動の指導」の記事

問題を起こす小中高校生や少年院の子どもたちと接してきてわかったこととは

 魚住絹代さんは、人の成長や人格形成に関心があって、子どもの成長や子育てに関わる支援をしてきました。
 最初は幼稚園の先生からの出発でした。
 「三つ子の魂百まで」という言葉から、幼児期が大事かと思ったのです。
 魚住さんは、子どもは大好きだし、幼児期は確かに重要なのですが、小さい頃に受けた教育や子育てが、その子の人格や人生にどう影響を与えるのかを追いたくて、その後少年院の教官になりました。
 1000人を超える非行少年・少女たちとの出会いは、大きな疑問からスタートします。
 「なぜ、こんな事件を起こしたんだろう」「なぜ、そんな風に振る舞うんだろう」と。
 生活を共にする中で、必ずそこに至るだけの道筋が見えてきます。
 当然のことですが、彼らは非行少年になろうと生まれてきたわけではないのです。
 立ち直りのプロセスの中で、どの子も、ただ愛されたかった、わかってもらいたかったという思いを強くもっていました。
 それがうまく伝えられず、周囲にもうまく受け止められず、すれ違いの中で分岐点を歪んだ方向に進んでしまっていたのでした。
 彼らの立ち直りは、まさしく育ち直しでもありました。
 ですが、普通に育っていくのと違い、いったん育ってからの育ち直しは、生まれ変わるほどの試練です。
 彼ら自身「小学4年に戻りたい」「幼稚園からやり直したい」という言葉がこぼれます。
 立ち直りに寄り添う中で、育った環境と周囲の対応がいかにその子の人生に影響を与えるのかを目の当たりにしてきました。
 もっと早い段階での発見と手当ての必要を感じ、2003年より小中高の学校に活動の場を移し、困難なケースを中心に、子どもや親、教師の支援を行いました。
 学校では、不登校やひきこもり、発達の課題などからくる集団不適応、学習面のつまずき、非行、対人関係のトラブル、学級崩壊、摂食障害、リストカットなど、さまざまな問題があります。
 ですが、丁寧にひも解いていくと、必ずそこに至るだけの背景が見えてきます。
 彼らの問題行動はある意味、安心できる居場所がない、自分らしく育てていないという悲痛な叫びなのです。
 その証拠に、周囲が行動の意味を理解すると、みるみる回復していきます。
 子どもの回復にとっての第一歩は、周囲の理解と適切な対応の仕方なのです。
 それが、彼らにとって安心できる居場所につながっていきます。
 育ちに、もうひとつ大事なことは、存在価値です。
 勉強がわかる、友だちとうまくつながれるということが、自分らしく振る舞える自信となり、さらには社会で自分を生かしていくための力になっていきます。
 そのためには、何につまずいているか、どこが弱いのかを知り、丁寧にフォローアップしてあげることが重要です。
 いたずらをする子、困ったことをする子は、どうつながったらいいかわからないでもがいています。
 思春期の子どもは、言葉で「困ってる」「かまってよ」「どうしたらいいの」「助けて」と言えない分、行動で訴えてくる。
 特に激しい言葉を使い、なぜそんなことをするのか理解できないことをやる子ほど、強く求めています。
 悪さをしながら、文句を言いながら、無視しながら、拒絶しながら「この大人はこの自分にどう出るか」と、大人の出方をじっと見ている。
 口で叱るだけの大人、見て見ぬフリの大人には、「フン、どうせ」とせせら笑いながらも、さびしさの鎧に身を固めていく。
 彼らが求めているのは、本気で自分に近づいてくれる大人です。
 いくら、「どうしたの」「話してごらん」「教えてよ」と口で歩み寄ろうとしても無駄です。
 それが本気かどうかは、彼らの感性で計られています。
 数々の試しの中でようやく彼らが納得できて、はじめてつながれます。それには、とても時間がかかります。
(魚住絹代:1964年生まれ、くずは心理教育センター長。福岡、東京、京都の少年院、医療少年院で、法務教官として非行少年・少女の立ち直りを支援。退官後、大阪府の小中学校で、訪問指導アドバイザーやスクールソーシャルワーカーとして活躍。その活動は、これまで、クローズアップ現代やNHKスペシャルでも取り上げられた)

 

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問題行動を起こす子どもを回復させるためにはどうすればよいか、そのプロセスとは

 問題行動や非行、不登校などを起こす子どもたちを回復させるためのプロセスは、次のように考えられる。ある子どもが金髪やピアスしたケースを例に取り上げてみる。
1 子どもの本人の存在を認める
 子どもが金髪やピアスにしても、本人を否定も許可もせず、受け入れた。
 本人は、学校がどう出るか、勝負しながら見ていた。これまでとは違う教師たちの対応に、少しずつ努力して馴染もうとし始めた。
 だが、こういった曖昧さを許容する指導は、学校側にとってはリスクの高い難しい指導である。
 他の子は認めないのに彼だけ認めるというふうに見られると収拾がつかなくなる恐れがある。そのためのフォローが重要だ。
 他のこどもたちから出てくる不満や意見を個別に聞きながら、その都度、「お前の言うこともよくわかるよ」「様子を見ているんだ」と説明する。
 そのうち、周囲の子どもたちも、試験観察中ということや、先生たちの苦慮している姿に、大変なんだな、まぁ、あいつは仕方ないかと受け入れ、大きな目で見守る方向に動いてくれた。
 その後、本人は、金髪の色がだんだんと落ち着きピアスも減っていった。最後は真っ黒い髪で卒業していった。
 このケースの場合、良いか悪いかという対応をしていれば、失敗していたであろう。中間の柔軟な対応ができるかどうかがカギになる。
 そして、もう一つ忘れてならないのは、非行のケースの立ち直りには、時間がかかるということだ。
 一進一退の局面を丁寧に乗り越えていくことが成否を左右する。じりじりと焦らないで見守るかが問われる。
 こういった指導は、教師側の足並みがそろわないとできない。日頃の意思統一と、何かあるとすぐに教師が集まって対応するというチームでの対応、支える体制があってこそできる指導である。
2 安心できる居場所の確保
 子どもたちが落ち着くために必要不可欠なものは、安心できる居場所である。
 家庭と学校に安心できる居場所があれば、たいてい、それだけで落ち着いていく。
 居場所をどう作っていくかということがポイントになる。
3 一対一の関係を作る
 一対一の関係をつくるためには、その子のいる世界をそのまま知るということである。
 さまざまな教師が日々、子どもによく声をかけ、勉強や友だち関係、家での様子など、話をする。
 相談室で私と話すのは、主に雑談だった。バイクが好きだということがわかってきた。 寂しさや不安がバイクを見ていると忘れられるのだ。
 不思議なもので、一対一の関係が安定してくると、それが他の子どもや教師、親ともつながり始める。
 他愛ないことを話せる友だちができ、教室がだんだんと居場所になっていき、クラスでの活動も広がっていく。
 安心が芽生え、対人不信から信頼関係ができていく大事なプロセスである。
4 トラブルを成長のきっかけに
 居場所ができ、友だちとの関係ができると、本音と本音のぶつかり合いも出てくる。
 キレたときこそ、学びのチャンスである。そのときは、いったんクールダウンするために切り離し、双方の思いを聞く。
 聞き手が丁寧に思いを言葉にして整理していく。いったん自分自身の思いを聞いてもらうと、子どもは相手の思いを聞き入れる余裕ができる。
 怒っていることがらを客観的に見られるようになり、相手の意図を知る中で、少しずつ、自分が自分の思いにとらわれすぎていたこと、相手は自分のことを思って叱ってくれたのだといったように、気づきが芽生える。
 さらに、それを伝え合う中で、受け入る、受け入れられるという経験を積んでいく。 
 それが、自分のキャパシティを広げ、生きやすくさせていく。
5 やればできるという達成感をもつ
 居場所がある中で、がんばったら「俺だって、やればできるんだ」という達成感が湧いてくる。
 さらに、トラブっても、話し合い、解決できることの経験も大きな自信になっていく。
 これが、自己否定から自己肯定へと切りかわっていく大事なステップである。
 周囲とつながり、自分ともつながると、子どもは自分の足で立って歩こうとし始める。
 自分とは何かと模索を始め、自分の将来像を夢見、それに向ってできる課題を模索し始める。
 思春期以降の子どもたちの課題は自立である。
 居場所と存在価値を身につける中で、自分らしく歩き始める。
 そのプロセスに身近な大人が寄り添えるか、私たちの対応こそが、回復を支える鍵なのである。
(魚住絹代:1964年生まれ、大阪府教育委員会スクールソーシャルワーカー。1982年法務教官となり、以後、福岡、東京、京都の少年院に12年間勤務。非行少女の立ち直りに携わる。2000年に退官後は京都医療少年院で音楽療法の講師となるかたわら、2002年から、大阪府の公立小・中学校に、スクールサポーター、家庭教育サポーターとして勤務。子ども、家庭、教師の相談支援をしている)

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問題行動をする子どもに注意しても聞かない、手に負えない子には、どう指導すれば変わるのでしょうか

 私たち大人は、子どもたちの言葉や行動といった、見えていることにとらわれやすい。
 問題行動は、いけないことで、早く改善しようと、善悪を教えて対処しようとする。
 だが、教えても変わらない子どももいる。
 そういう子は「言ってもきかない子」「手に負えない子」と、とらえて、どんどん大人と子ども両者がすれ違って、問題行動が悪化していく。
 通常のやり方で変わらない子は、大人の見方、やり方が合っていない、間違っているということである。
 大人が、その子の問題の本質を見抜けず、やり方の方向性を見誤っているのだ。
 その子の問題行動の意味がわかれば、対応も180度変わってくる。対応が変わると、子どもは、みるみる落ち着いていく。
 次のような事例について考えてみよう。
「何度注意しても聞いてくれなくて。もう、授業が成り立たなくなっているんです」
 小学2年のAくんの問題行動に、担任の教師は頭をかかえていた。
 授業中、落ち着かず、声を出すだけでなく、近くの席の子にちょっかい出してはケンカになる。
 注意しても聞くどころか、大声になったり、物を壊したりして、もっとひどくなるばかり。
 休み時間も、通りすがりにクラスの子を叩いたり、いやなことを言ったり、毎日トラブル続きで、子どもたちもいやがっていた。
 本の読み聞かせの時間も、じっとしていられず、うろうろして、奇声を発する。
「家庭でも注意されているみたいなんですが、一向に変わらなくて。他の保護者からも苦情が出始めていて、どうしたらいいんでしょうか」と、担任は、あらゆる手を尽くしたのに変わらない現状に限界を感じていた。
 事態が悪化する一途で、サポーターの私に依頼が来たのである。
 母親に「家庭での様子は、どうなんでしょう」と私が尋ねると、
「私は宿題につきっきりで『ここが違う』と、やり直させ、汚い文字も書き直させ、つい『バカ、何べん言ったらわかるの』と言ってしまうことがある」
「それでも、一年生の頃は文句も言わずにやっていたが、最近では『バカ』『うるさい』『だまれ』と互いに怒鳴り合うようになり、『こんな難しい宿題を出す先生が悪い』と、先生への不満につながっている」
「最近は『どうせ俺はダメなんだよ。俺なんかいなくなってもいいんだよ』と言うようになって」
 そう言って、お母さんは涙を流された。 
 暴言はそのまま教室でも使われ、友だちや教師を困惑させていた。
 家庭と学校で何度も同じ注意が繰り返される中、悪循環ができていた。
 その一方で、スキンシップを求めてくることも、家庭、学校とも共通していることがわかった。
 これらのことから、Aくん本人が、周囲に自分を受けとめてもらいたいと思っているが、それがうまくいかず、ジレンマの中で問題行動を強めているということが浮かび上がってきた。
 自分は自分でいいという基本的な安心感が乏しいうえに、人つき合いの言葉やルールが育っていないため、周囲から煙たがられることをして注意され、ますます自己イメージが悪くなっているのだ。
 私は、先生方、お母さんに新たな視点を共有することを提案した。
 それは、基本的な安心感と信頼感を育み、本人の自信をつけるという目標である。
 そのための方法として、私が家庭、学校ともに一つお願いしたのは、
「できていることに注目し、できていないことへの指摘、注意は最小限にとどめる」ということだった。
 家庭では宿題の間違いばかりが指摘され、がんばってできたという達成感がなく、いやになるばかりだ。
 間違いにつついては「これは?」とやんわり指摘するだけで十分である。できていることをほめることが大切である。
 できないことがわかるようになることが勉強になるんだという意味づけを与えることで、安心して間違えられる。
 学校でも、注意は、自傷他害の危険がある場合だけにし、その他の問題行動は無視する。
 良い行いのときは、その場面をとらえて、すぐにほめるようにしていただいた。
 母親も先生方も、非常に熱意を持って、私のアドバイスを実践してくれた。
 それから1カ月後、Aくんは別人のように落ち着いていいた。
 担任は「教室で目立たなくなった」と、お母さんは「学校が楽しいと言っています」と顔もすっかり明るくなった。
 Aくんに改善に必要だったのは、安心感と自己肯定感を取り戻すことだった。
 そのためには、まず母親が元気と安心を取り戻し、Aくんを余裕を持って受け止められるようになることが必要だった。
 また、先生方にも、何が起きているかを理解してもらい、Aくんが安心感や自己肯定感を取り戻せるように心がけてもらう必要があった。
 その場合に、有効だったのが、否定的な指導は最小限にして、肯定的な評価を増やすということだった。
「発達障害」という見立てでいくと、発達特性がこうなので、それを踏まえた対応が伝々ということになるのだが、実際には、そうした介入だけでは十分ではない。
 特に問題がこじれたケースでは、安心感や自己肯定感という部分で、深く傷ついており、その部分を回復する手だてが必要なのである。
(魚住絹代:1964年生まれ、大阪府教育委員会スクールソーシャルワーカー。1982年法務教官となり、以後、福岡、東京、京都の少年院に12年間勤務。非行少女の立ち直りに携わる。2000年に退官後は京都医療少年院で音楽療法の講師となるかたわら、2002年から、大阪府の公立小・中学校に、スクールサポーター、家庭教育サポーターとして勤務。子ども、家庭、教師の相談支援をしている)

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教師に思春期の理解がないと、生徒指導はできない

 教師は思春期というものを、自らの体験した範囲で理解しようとしても限界があります。
 多くの教師の小学校、中学校、高校時代は、勉強もでき、比較的恵まれた家庭環境の中で育ってきた人が大半である。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
 私は定年退職後、複数の大学の教職課程で「生徒指導」を教えていました。
 最初の授業では必ず「自分の思春期を具体的に書き、感想を書きなさい」というテーマを与えてレポートさせました。
 学生のレポートの大半は、
「私には、一般的に言われている思春期はなかったと思う」
「思春期はあったが、あっという間に過ぎた」
「割と簡単に乗り越えたと思う」
 というものでした。
 つまり、大半の学生には自覚的な思春期はなく、あっても激しいものではなく、安易に乗り越えてきた思春期しか経験していません。
 今日の学校現場は、思春期に、援助もなく、苦しむ子どもたちがいます。
 その子どもたちの一部が「荒れた生徒」と言われる子どもたちです。
 激しい思春期を経験したことのない教師には、この「荒れた生徒」を理解するのが難しいのは、当然なのです。
 教師が思春期を自らの体験した範囲で理解しようとしても、限界があります。
「荒れた生徒」によくある「家庭崩壊」や「貧困」は経験していません。
「家庭崩壊」や「貧困」の中で育った「荒れた生徒」たちの中からこそ、思春期を通過する困難さと、何が思春期を乗り越える条件なのかを見てとれるのです。
 この荒れた子どもたちを排除したり、格闘するのを避けたりする生徒指導をしていれば、いつまでたっても思春期を理解できずに教師生活を続けることになります。
 たとえば、校則違反をするのは、単に「規範意識」が低いのでも、「道徳心」が育っていないのでもありません。
 そうせざるを得ないのは思春期特有の誰もが通過する
「目立ちたい」
「自分を発揮したい」
「認められたい」
 という、まっとうな欲求があるからです。
「校則違反」はこの欲求を満たそうとした結果でもあります。
 地味な努力を要する成績では目立つことができないから、安易な「茶髪」や「異服」にするのです。
 ですから、簡単には直してきません。欲求の充足の手段ですから、一朝一夕には克服できません。
 正しい充足の場がない限り、その問題行動は続きます。
 生徒指導がうまくいかないときには、このような視点で生徒指導のあり方を振り返ってみてください。
 いろいろな視点から振り返る必要がある。その一つが基本的欲求を満たしていくような生徒指導になっているかどうかである。
「思春期の理解」に努めることが、「荒れた生徒」への対応だけでなく、すべてのこの時期の子どもたちにどう対応するのか、どう育てるかという「考え方」の視点を与えてくれます。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

 

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子どもの心に響く対話は一対一で、覚醒剤をやめさせるには真剣に向き合うこと

子どもの心に響くためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにする。
 上から目線に構えて説教しないこと、他人数の相手に話さないことである。多人数の相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 荒れる学校現場で、騒いだり授業をさぼったりする常習犯の子どもが、隠れてタバコを吸っている現場を見つけたとする。
 そこで、「何してるんだ! 馬鹿野郎!」と怒鳴って、力ずくでタバコを取り上げるのはいけない。
「おお、こんなところでタバコか。もうちょっと考えろよなあ」
「最近はどうだ、楽しいことはあるか」
 と切り出し、あれこれ話を聞いた後で
「これは預かっておいていいな。体に悪いぞ」
と了解をとると、たいていの子どもは黙ってタバコを手放すものだ。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤川栄太 1943年~2009年、東京生まれ、横浜の小学校で19年間教育実践、カウンセリングを行い、横浜市の教育センターの研究室で終わる。独立して、カウンセリング、教育相談を中心に日本教育文化研究会を設立。講演も多いときは年間550回行う。作家。濤川平成塾塾長)

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ケンカが起き、保護者から「手を出した子は許せません」と担任に苦情があった、どう対応すればよいのでしょうか

 手を出すようなケンカが発生しました。保護者から、
 「うちの子が何をしたというのですか」
 「すぐに手を出し、暴力に訴える子は許せません」
 「どうしてなのか、親も一緒に説明してください」
 「学校で起きたことなので、担任が責任をもって対応してください」
 と苦情が担任に寄せられました。どうすればよいのでしょうか。
 保護者からの苦情に対しては、つぎの姿勢を第一歩として踏み出すようにしましょう。
 ケンカをした事実にもとづいて「手を出したことへの間違い」を徹底させ、要因を伝えなくてはなりません。
 「両者の言い分を聞いて、後日、お話します」では迅速な対応にはなりません。
 その場での臨機応変な対応が求められていることを認識しましょう。
 スピード感をもって判断することが対応の第一歩です。 
 担任として「手を出すようなケンカは許されない」という強い思いで、暴力に毅然とした態度で対応していることが伝われば、保護者は納得して受話器を置くことになるでしょう。
 ケンカが発生したときの対応の仕方を教師が身に付けていないと、対応に時間がかかってしまいます。
 ケンカが起きた場合、基本的には、次のような対応をしましょう。
1 当事者から話をよく聞く。
2 自分たちで解決の道筋を考えさせる。
3 暴力否定を前提とする。
4 単にケンカ両成敗としない。
5 お互いに嫌な思いをしたことを実感させる。
6 保護者には原因と解決の方向性を伝える。
7 保護者にもよきアドバイザーとなってもらう。
8 二度と起こさないよう約束させる。
9 大人が子どもを見守り、守っている姿を子どもに伝える。
 ケンカをした後の嫌な思いや、つらい経験を思い出させ、お互いにどうあればよいかを考えさせることで、
 「自分が嫌だなと思うことを、人にはしない」という原則をしっかり指導しなければなりません。
 保護者の立場も理解したうえで、最後は大人が見守る姿勢を崩すことなく、子どもたち自らで解決の道筋をつくり上げていく努力をさせるようにしましょう。
(釼持 勉:東京都公立高校・小学校教師、教育庁、小学校長、帝京大学教授を経て、帝京科学大学教授)

 

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手に負えない子への関わり方や、回復するにはどうすればよいのでしょうか

「暴れるわが子にどう向き合えばいいのか、わかりません」
「生徒がすぐにキレて、教師の言うことを聞かずに困っています」
 こうした子どもたちを観察してみると、他人との交渉やコミュニケーションの取り方に困難が認められます。
 相手の立場になって物事を考えたり、想像したりすることが苦手です。
 その他にも、日常の動作がうまくこなせない発達障害や学習障害、他人の表情が識別できないなど、抱かえる困難は多岐にわたります。
 また、虐待などのストレスがかかり、精神症状を見せるコミュニケーションやネグレクトのような愛着の問題を抱かえ、感情爆発など自己統御が困難で対人不信の子どもも少なくありません。
 適切な支援を得られずに育った子どもたちの自尊感情は著しく低く、たやすく修正できるものではありません。
 私が運営する土井ホームには、このような心に深い傷を抱かえた子どもたちが来ます。
 土井ホームは、共同生活を通してその傷を癒し、回復を図り、自立をめざしている里親ホームです。開設から40年経ちます。
 家庭で「もう育てられない」と見放されたり、各施設で「養育困難」「更生の見込みなし」と判断され困難な状態でやってきます。
 そうした子どもたちに寄り添い支えていく上で、私たちがまず何より大切にしているのは日々の生活です。
 子どもを観察し、何が困難であるかその特性を理解します。
 次に、3度の食事や安心して眠れる部屋など生活環境を整えます。そして音や匂いなどの刺激を減らす配慮をし、見通しの良いスケジュールを立て、
「困った時は必ず相談してね」
「がんばっていることを知っているよ」
など一貫した応答を重ねるようにします。これらを心がけるだけでも、子どもたちは際立って落ち着き始めます。
 子どもたちは深刻な発達上の課題を抱かえていますから、ゴールまでの道のりは遠く、容易ではありません。
 激しい虐待を受けて育った子どもは「闘争」か「逃走」の反応を見せることが多い。
 闘いをしかけてきた場合は、あらかじめ対峙する時間を決めておき、話し合いが煮詰まったら、いったん距離を置いて、互いに冷静になる時間を設けてみてください。
 子ども自身も混乱していた感情を整理し、怒りをぶつけたいという衝動を抑えるきっかけになります。
 私は、日々の暮らしの中で、トレーニングを行います。
 例えば、子どもに家事の手伝いをさせることによって、
「ありがとう」「助かったよ」「じょうずになったね」
という魔法の言葉を繰り返し話しかける。すると子どもの自尊感情は高まります。
 ことばのコミュニケーションを大切にし「がんばり」をほめます。
 また、食後に何気ない会話の時間を持つようにします。興味のある「へび」の話しかしなかった子どもが違う話をするようになります。
 土井ホームに来る子どもに共通していることは、守られた、つながった、共感してもらったという経験が少ない。
 発達・成長の上で欠かせない経験が圧倒的に乏しいのです。
 必要なことは、言葉によるだきしめ、豊かな愛情のシャワーとジョークを交えた日常会話です。笑いは心をほぐす良薬です。
 こうしたなごやかな時間の積み重ねによって、行動は目に見えて変化し、学業面でも喜ばしい成長を遂げます。
 子どもたちと並行して、親とのつながりを育みます。親自身もさまざまな困難を抱かえています。子ども支援は、親支援でもあるのです。
 子ども実家を定期的に訪ね、親が心に抱かえた重荷をおろせるように手助けし、わが子との向き合い方を伝えていく。
 そうした積み重ねの中で、だんだんと土井ホームから実家に帰っていく子どもが増えていきました。
 本来、子どもは何かを親に訴え「聞いて、聞いて」と親に聞いてもらいたいのです。向き合ってほしいのです。
 子どもに向き合う意味で、私たちの顔はまさに神様の奇跡の造形だと思いませんか。
「目が2つ、耳が2つ、口が1つ」
 子どもの行動を2つの目でしっかり観察し、その声を2つの耳でじっくりと聞き取り、そして耳や目の半分だけ、口で注意するようにつくられているのです。
 その点で、私は「子育て」は「己育て」だと考えています。
(土井高徳:1954年福岡県生まれ、里親。心に傷を抱かえた子どもを養育する「土井ホーム」代表。福岡県青少年育成課講師、京都府家庭支援総合センターアドバイザー、NHKで報道されたり、全国的に注目されている)

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生徒が指導に従わず激しく反発することがある、トラブルを恐れ見逃すと学級は荒れる、どうすればよいか

 生徒が見逃すわけにはいかない悪さをしたら、教師は叱ります。しかし、生徒が指導に従わず激しく反発し、対教師暴力や大騒ぎになることがあります。
 そうなると、教師は指導をためらうようになり、生徒の暴力的な言動を背景に、やがて無法がまかり通ってしまいます。どうすればよいのでしょうか。
 ダメなことはダメだと教職員が一致して指導できるようにするためには、学校としての「考え方」を確立する必要があります。
「トラブルが起きても構わない」という考え方を、事前に学校全体で確認することが必要です。
 教師が「当然のこと」を注意したとき、生徒が指導に従わず激しく反発し、対教師暴力が起きたり、大騒動になってもやむを得ないということを学校全体で確認しておくのです。
「当然のこと」というのは、授業妨害や他の生徒への嫌がらせ行為や暴力などです。それを許したら学校として成り立たないという行為です。
 ほとんどの生徒や保護者が「先生が怒って注意するのは当然です」と納得できるものでなければなりません。
 それと、実際にトラブルが起きたときに、どのように援助体制をとるか、事前に綿密に打ち合わせをし、確立しておく必要があります。
 このような「考え方」や援助体制も、生徒指導主事が中心になって提案しなければなりません。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

 

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子どもが暴力行為を起こしたとき、子どもの指導や保護者に理解と協力を得るポイントとは

 暴力事件が発生した直後は、加害者の子どもの興奮を鎮めて落ち着かせることが大切です。
 そのためには、その場から離れた場所へと移動させ、クールダウンさせることが必要です。
 それと同時に、暴力を受けた子どもの安全を確保し、身体と心のケアを迅速に行うことが求められます。
 その後、加害者と被害者の子どもから事実関係を聴き取ります。
 聴き取るときに注意したいのは、子どもが語る内容には、客観的事実と心理的事実の二つの事実がふくまれているということです。
 例えば、心理的事実とは
「相手がにらんだと思ったから、胸ぐらをつかんだ」
「私を無視するのは、自分のことが嫌いだから」
など、あくまで本人が感じて受けとめた主観的な事実である。
 それゆえに、思い込みや誤解であることも少なくありませんが、本人は自分なりに事実と受けとめて信じています。
 客観的事実は、まさに事実そのものである。
 指導に当たっては、二つの事実を見極めて、整理しながら聴き取りを進めていく必要があります。
 さらに、暴力事件の直後の対応で気をつけたいことは、暴力は「伝染することがある」ということです。
 周囲にいた人たちが暴力の影響を受けて冷静さを欠き、興奮して暴言を吐いたり、物に当たり散らしたりするようなことは、絶対さけなければなりません。
 教師が事情を聴き取るときに、
(1)教師が自らの感情を爆発させないために、複数の教師で対応する。
(2)子どもと一定の物理的距離を置く。
ことがもとめられます。
 暴力行為が発生したときには、子どもの指導と並行して、保護者に連絡し理解と協力を求めることが不可欠です。
 保護者から家庭の様子や困りごとがないかを聞きながら、日頃の親子関係を確認していくとともに、解決に向けて保護者と一緒に取り組んでいく姿勢を伝えることが大切です。
 子どもの指導と保護者と面談を重ねていくと、暴力行為など問題行動のある子どもの中には、日ごろから親からの叱責が多かったりすることがある。
 その積み重ねで意欲や自信が失われたために反抗的になっている、などが問題行動の背景にあると感じることがあります。
 また、親の立場からすると
「何でこんなことをするのだろう?」
「いくら注意しても親のいうことをきかない」
「どうすれば親の気持ちが通じるか」
「どれくらい厳しくすれば親の言うことを聞いてくれるのか」
なと、対応に苦慮している様子を語られることがあります。
 子どもへの指導を通じて
「この人は、わが子のことを心配してくれている」
「子どものことを本気で考えている人だ」
という明確なメッセージを保護者に伝えることができるか否かが、解決に大きく影響します。
 このメッセージが伝わることが、保護者との信頼関係の形成につながる第一歩であり、根幹にかかわる重要なポイントといえます。
(石橋昭良:文教大学教授、元警視庁少年育成課副参事(心理職)、臨床心理士)

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落書きがあったとき、どうすればよいのでしょうか

 落書きが見つかったとき、一番大切なのは落ち着いて対処することだ。
 落書きというものは、犯人が分からないことが多い。
 子ども同士では分かっていても、教師に伝わるネットワークがない場合がほとんどだ。
 それゆえ、落書きに対処する教師は、どうしてもヒステリックになり、犯人捜しに走ってしまいがちだ。
 ヒステリックになれば、子どもたちの信頼を失ってしまう。子どもたちのほうが一枚上手だ。
 子どもたちは、教師の一挙手一投足をじっと見ている。どうすればよいか。
 まず、泣いている子どもがいれば、その子をフォローする。
 そして、決して怒鳴ることなく、子どもたちをまず座らせる。
 犯人捜しになってはいけない。
 だめなことは、だめだと、ビシッと厳しく話す。
 おろおろしていたのでは、書いた子どもにつけあがられる。ほかの子どもたちも不安にさせてします。毅然とした態度を取ることだ。例えば、
「先生は、この落書きを見て胸が痛んでいます。卑劣な方法です」
「先生は絶対に許しません」
「二度と、こんな落書きを見たくないです」
 落書きした子どものフォローも忘れないようにしたい。
 優しく、落書きした子どもに共感的な態度を示すことがポイントです。例えば、
「でも、先生にも悪かったところがあったのかも知れないです」
「先生が相談にのってあげられたら、よかったなと思います」
「もし、落書きして悪かったなって思っていたら、先生に、いつでも、こっそりでもいいから、話してほしいと思います」
 たとえ、名乗り出なくとも、確実に子どもの心の中には何かを残せているはずだ。
 人は失敗から多くを学びます。子どもが悪さをしたときは、子どもを立派に育てるチャンスでもある。
 学活や朝の会、道徳の時間でもいいが、クラス全体に、あまり押しつけがましくならないような内容で、子どもたちに話をしたい。
(西井孝利:大阪府私立小学校教師)

 

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