カテゴリー「問題行動の指導」の記事

教師にできることは、荒れている生徒の精神的な自立をサポートすること

 東京での中学教師歴はすでに20数年。若々しい表情の割に髪の毛は全体が白くなりつつある。
 子どもの抱かえているストレスを憂いている。中学生の荒れもまた、ストレスが生み出しているのではないかと。
 そのために教師ができることは、生徒の自己決定権を認めること、思春期における精神的な自立をサポートすることではないかと、次のように述べている。
「子どもが、あるべき姿からはみ出したら、直させる」という取り組みをやったが、うまくいかなかった。
 子どもたちに直させると一度はきちんとするんだけど、また戻ってしまう。モグラ叩きみたいなものです。
 表面的に柔順にしているから許してしまうんだけど、それは子どもの本音ではないんですね。子どもは「謝らないと帰してくれないじゃん」と言う。
 よく言うんですけど、教師の側の「指導したつもり」、子ども側は「聞いたふり」ってね。
 そのうえ問題だったのは、教師と子どもとの関係が悪くなっていったことです。
 怒ったり、説教したりを繰り返すたびに、開き直るようになっていく。次から次へと問題が起きて指導すればするほど子どもたちは悪くなっていった。
 これじゃ、ダメだと思いました。教師が考えている「あるべき姿」がズレている、と考えた。
 で、発想を転換して、子どもたちの現在のあるがままの姿を受け入れていこうと。
 それと、子どもが問題を起こしたときにこそ、子どもとの対話が成り立つということ。
 ふだん、子どもの考えていることを聞こうとして「ちょっと話そうよ」と言っても「え、何もやっていないですよ」で終わり。
 それが、事件があると「どうして?」と尋ねられる。そこから子どもが何を考えているのかが聞けるわけです。
 子どもと話すときに、とくに注意したことは、問題を起こした生徒に、なぜダメなのかをこんこんと説明したり、指示したりはしないようにしよう、と。
 あくまでその子が自分で結論を出させるようにサポートしていくことです。その子の問題解決力を引き出す。
 例えば、誰かが友だちを殴った。まず、その子に
「どうして殴ったの。きっとわけがあったんじゃない」と聞きますよね。
 すると「ムカついてた」と答える。
「どうしてムカついてたの?」
「関係ねえよ」
「いいだろ、教えてよ」
 そのようなやり取りをするうち
「朝、家を出るとき、うちのババアがムカつくことを言ったから、むしゃくしゃしてた」
 従来なら、ここで「何言ってんだ!」となったところですが、そこからさらに聞いていくわけです。
「じゃあ、あの子は何も関係なかったんだね。きみがそんなことされたら、どう思う?」
「ムカつくよ」
「今度、彼はきみが近づいたら逃げるよ。それでもいいの?」
「もうしねえよ」
 形だけで謝るより、まずは「やらない」と結論を出したことが大事だと思うんです。
 またやることもある。それは仕方ない。でも、繰り返していくうちに、最後は、こんなことしたら友だちなくしちゃうなって気づきますよ。
 中学校の教師なら誰でも経験しているでしょうけど、どんなにグレてた子でも30歳を超えて大人になると、たいていは分別のある青年になっていくんですよ。
 全員とは言わないけど。中学校のときに問題児だったから先の人生が決まるなんてことは絶対にない。
 それを僕ら教師は知っていながら、それでも鋳型にはめようとするんです。
 僕は、あまり怒鳴らなくなりました。昔は怒鳴ってましたよ。
 でも、長い目で見ると、怒鳴ることで良いことなんて何もないと思ったからなんです。
 最近で怒鳴ったのは、去年2回、今年1回。
 ドアを蹴って、別のクラスの授業に入りこんだ子とやり取りしている最中、つい怒鳴っちゃった。
 すると、僕の話がその子には入っていかないのね。そのときは、別の先生が仲介してくれて、やっと話してくれた。
 あとで反省しましたよ。怒鳴っても、こっちの声が届かないと意味がないんです。
 相手が心の受信機のスイッチを入れないと。
 教師が子どもに、スイッチを入れてもらうような作業をしないといけない。
 怒鳴ることで行為が改まるのは、単にびっくりしてやめるだけですよ。
「怒鳴るにしても、真剣に怒鳴れば通ずる」と言う人もいるけど、僕はそうではないと思っています。
 きつく叱るとすぐ結果が出るために、怒鳴る側の自己満足になっていることのほうが多いんじゃないですかね。
(
宮下 聡:元東京都公立中学校教師。都留文科大学教職相談システム相談員
)

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「押しつけや、いや味」のない説教をするには、どうすればよいのでしょうか

 私は小さい頃から、ずっとお説教というのが嫌いでした。
 お説教されると、すぐ逃げ出したい気分になります。私は、お説教の中に「押しつけ、見せしめ、いや味」などの臭いを感じてしまうのです。
 ところが、そんな私がお説教する場面に立たされたのです。
 学年の廊下に貼りだしていた100枚ほどの「遠足のスナップ写真」の見本のうち5枚が消えてしまったのです。
 その日、朝の職員の打ち合わせで、昼休みに中学2年生全員を体育館に集めて話をしようということになったのです。
 ベテランと呼ばれても不思議でない年齢になってしまった私がお説教する役に選ばれたのです。子どもたちにつぎのように考えて話しました。
1 お説教の目標
 目標は、話が終わった時に、多くの子どもたちが「なーるほど、そういうことで、集会になったのか。それなら、しょうがないか」と思ってもらえることです。
(1)
見せしめの集会にはしない
 教師は、説教を「見せしめ効果」に使ってしまいがちです。学活や道徳の時間、授業の時などにやりがちなことです。
 だけど、この「見せしめ効果」には、充分気をつけてください。
 やられる側にしてみると「悪いことして、ゴメンネ」という気持ちになることもあるけれど、多くの場合は
「教師たちめ『みせしめ』なんて汚い手を使いやがって、俺たちを『悪者』に決めつけ、みんなの前で恥をかかせて、頭にくる。チクショウめ」
などという反感を持たせてしまうものなのです。
 その結果、集会の後に、より悪質ないたずらが勃発するということがしばしばあるのです。
(2)
必ず「問題を起こした子ども側」の気持ちにも触れる
 この事件に限らず、問題を起こした子どものことを、頭ごなしに「悪者」扱いにしてのお説教は、ただ反発を買うだけですから注意してください。
 必ずといっていいくらい本人には「もっともな言い分」があるものなのです。
 だから、どんな問題の時も、必ず「やっちゃった側」の気持ちは一度はちゃんと聞いてやるべきなのです。
 聞くのは一番始めの時が絶対にいいのです。「言い分」を充分に聞いてあげましょう。
 そして、その次に「事実の確認」と「その善悪についての判断」をさせてあげたいのです。この順番は、絶対に間違えないようにしましょう。
 子どもたちが「この先生、俺たちの気持ちを分かろうとしてくれている」と思ってくれたりしたら、教師の話も心を開いて聞いてくれるかもしれないからです。
 私は、集会で話す時間を5分以内と決めました。
2 出だしの話
 私は本題に入る前に、こんな感じでスタートしました。
「みんなにとっては、遊べる貴重な休み時間だというのに、すごいガッカリだよね。僕も同じ気持ちです」
3 なぜ集まってもらったかの説明
「みんなに話さなければいけないことが起きたので、ここに集まってもらいました。少しだけつきあってください」
「実は、廊下に貼りだしておいた遠足のスナップ写真の何枚かが失くなってしまったんです。それで困っているんです」
「もしかして、この学年の人のいたずらでないかもしれません。もし、そうだったらゴメンなさいね」
「でも、学年の廊下での紛失事件なので、とりあえずみなさんに集まってもらいました」
4 問題を起こした子どもの気持ちに触れる
「ところで、写真をとった人って、きっとほんのイタズラ心でやったんだと思うんです」
「あるいは、写真を見ているうちに、この子、かわいいな。この写真ほしいなーと、つい手が伸びちゃったとかね」
「とにかく、すごい悪いことをしたわけじゃない。ちょっとした出来心でやっちゃったことだと思うんです」
5 結果として、どんなマズイことになったか話す
「ところで、写真をとった人は、ほんの出来心でやっちゃったことなんでしょうが、それは結果として、次のことでまずかったんですよねー」
「まず、まだあの見本の写真を見ていない人に迷惑をかけているんですよ。消えてしまった写真からは選べない。だから、困っているんです」
「それから、写真屋さんにも迷惑をかけていることにもなる。あの写真は写真屋さんの私物なんです。いたずらでも、これは『盗難事件』です。これはまずいんですよ」
まずい点については、短くさわやかにハッキリと教えてあげたいですね。
6 これからどうあってほしいのかを伝える
「僕の願いとしては『できたら失くなった写真が戻ってくるといいなー』ということです。写真を戻してくれる人が現れたら、僕はすごくうれしいですよ」
「ただ、戻そうと思っても『戻しづらいなー』ということもあるものです。そんな時は、ほんと、どこにでもいいですから、そっと返しておいてくださいよ」
7 私の気持ちを子どもたちに伝える
「僕は、こういう会ってあまりやりたくないですねー。だつて,僕が一番さみしいなーと思うのは、教師が子どもたちを疑ったり、互いに不信感を持ったりすることです」
「また、子どもたち同士がお互いに不信感を持ち合うこともさみしいことですね。なんとか避けたいですね」
「できたら、お互い笑顔のたのしい関係がいい。だから、今度は、たのしいことで集まりたいですね」
「貴重な時間をつぶしてしまいました。ごめんなさいね。でも、まー、僕なりに『お互いがイヤーな気持ちにならないように』と一生懸命に話したつもりです」
「そんな僕の気持ち、分かってもらえたらうれしいです。僕の話、これでおしまいです」
 ところで、この数日後、なんとあの失くなった5枚の写真が戻ってきたのです。
「俺たち、とっちゃった」と代表のYくんが返してくれたのでした。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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子どもが問題行動を起こしたとき、親は子どもにどう接すればよいのでしょうか

 子どもが問題行動を起こすと、親は突然の豹変ぶりに驚きあわてる。しかし、子どもの心の中では、以前から変化が生じていたのに、親はそれに気づかなかったことが多い。
 親から「こういう場合、何と言ってやれば、子どもはなおるのでしょうか」とよく聞かれる。
 子ども問題行動の多くは、それまでの親子関係を徐々に組み替えることで解決に向かっていく。
 ひと言で子どもが立ち直るといった魔法の呪文はない。
 しかし、子どもが変わるきっかけとなることはある。
 問題行動を起こしている子どもが、それを周囲の誰かのせいにしているうちは、そこから抜け出せない。
 自分の問題として引き受けたとき、はじめて回復に向かうことができる。
 子どもの問題行動を解決するには、子どもの心に働きかける必要がある。もつれた子どもの心の糸を解きほぐすのは容易ではないが、愛情と時間を惜しまなければ必ずできる。
 いつか回復することを信じて接すれば、親子の絆を取り戻すことができるのだ。
 その過程は決して平たんではないが、試練を通して、子どもが変わり、親も変わり、精神的に成長するだろう。親子の絆は以前よりずっと強くなっているはずだ。
 子どもが問題行動を起こすと、落伍者のレッテルを貼られることが少なくない。親が自分の子どもをそんな目で見てしまうのだ。
 子どもを支えるはずの親が説教したり、非難したりしがちになり、ますます子どもを追いやることになる。
 そんなときこそ、親は子どもを信頼してほしい。子どもへの信頼が何よりも大事なことは、私がスクールカウンセラーを始めたばかりのころ、一人の教師から教えられた。
 子どもに建て前を振りかざして説教するのは、親子のギャップを広げるだけだから、子どもの気持ちを動かそうとしたら、子どもと向き合い親の本音をストレートにぶつけるしかない。
 誰でも子育ては試行錯誤の連続だ。親は自分が子どもだった頃を思い出してほしい。
 思春期の頃は覚えているはずだ。そのころ、何を考えながら過ごしてきたのか、どんなことで悩んでいたのか、親との関係はどうだったのか、などを振り返ってほしい。
 振り返ってみると、親に期待していた言葉を言ってもらえなかったり、無神経な言葉に傷ついたことがあるに違いない。もちろん、楽しかった思い出もあるだろう。
 それを実感とともに思い出せば、いま自分の子どもにどう接すればいいか見えてくるはずだ。
 子どもが悩んでいたら、自分が同じ年頃のときに何を悩んでいたかを子どもに話してみるといい。子どもに本音で接することになるだろう。
 子どもの問題行動でカウンセリングに訪れる親を見ると、ほぼ例外なく、心の余裕を失っている。
 私はカウンセリングで、相談者に目のさめるようなアドバイスをしたりできるわけではない。じっくり相手の話に耳を傾け、その言葉の裏側にあるものを理解し、本当に訴えたいことを導き出そうと努めているだけだ。
 誰でも、自分の心の中にある、言いたくても言えなかったこと、それまで気づかなった本当の問題、一人で抱かえていた悩みや苦しみなどを口にしたとたん、半分は解決したのも同然だ。
 心の中で葛藤したり迷ったりする時間が必要だったのだ。
 子どもの話に耳を傾け、言いたいことを聞き出すのは、親や教師、友だちなどもできる。
 親にお願いしたいことは、子どもが問題行動を起こしたとき、子どもの様子がおかしいときは、子どもの話に耳を傾けてほしい。
「いまの気持ちを話してくれるとありがたいんだけど」
「お前もつらかったんだね」
という具合に聞き役に徹し、重い口を開いてもらう。 
 人は話すことで自分の気持ちを整理したり、言葉にすると気づくことがある。子どもも話しているうちは、自分の心を見つめることができるようになる。
 子どもが親と口を利きたくないようなら、子どもの友だちを家に呼んだり、親戚のお兄さんやお姉さんに来てもらって、話し相手になってもらう。
 心の中の葛藤というのは、何本もの糸が絡まり合った状態だ。それを言葉にすることによって、絡まった糸を一本ずつ抜き取り、ほぐしていく作業になる。
 問い詰めずに、話しやすい雰囲気をつくり、言い出すまで待つことが大切だ。
「言いたいことがあれば、今日でなくてもいいから、言いたくなったら、言いにきなさい」と促せばいい。
 自分の気持ちや言い分を言葉にすることを通じて、子どもは失いかけていた自分を組み立て直す必要がある。
 そのうち子どものほうから、言い出したら「じゃあ、どうしたらいいか考えてみよう」と親子で話し合えばいい。子どもが自分で解決策を考え、自分で選択することが大切なのだ。
 子どもの選択は最善でないかもしれない。しかし、子どもの心は大きく成長するはずだ。たとえ間違った選択でも、自分で選択したことならやり直しができる。
 子どもと気持ちのいいコミュニケーションができないという人は「私メッセージ」を発するといい。
 相手を主語にするのではなく、自分を主語にする。叱るのではなく、自分の気持ちを伝えることになる。たとえば
「あなたは、掃除するそばから、散らかすんだから!」
と叱るのではなく、
「せっかく掃除をしたのに、もう散らかって、お母さんはがっかりだわ」
と言うことになる。
 運動部のコーチに言わせると、子どもは叱るよりも、ほめたほうが伸びるが、ここ一番というときは、叱ったほうがいいことがあるという。
 例えば、いい結果が出ると、慢心する子がいる。練習に熱が入らず、手を抜く。そんなとき「少し上達したからといって、つけあがるな」と雷を落とす。
 そういうときは、やさしく言って聞かせるより、ガツンと叱ったほうが効くそうだ。
 子育ても同じで、いつも叱っていては効果は薄い。9割はほめて、1割は叱る程度でちょうどいい。
 子どもが叱られても、納得できるタイミングをとらえ、ここ一番というときに叱るのだ。ただ、叱るときは、逃げ道を残してやる必要がある。
(
吉田勝明: 1956年福岡県生まれ、横浜相原病院院長)

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子どもが問題を起こし注意するたびに、教師と子どもとの関係が悪くなる、どうすれば子どもが問題を起こしても関係がよくなるようになるか

 学校では、子どもたちが、いろんな問題を起こします。
 問題が起きるのは当たり前のことなのですが、私たち教師は、つい
「あ~ぁ、また、あいつか!」
などという態度で、問題を起こした生徒に対応しています。若い頃の私も、そんな教師のひとりでした。
 教師が「また、お前か」という対応の場合は、たいてい生徒も、いやな感情を抱きつつ、教師と向き合うことになります。
 そんな教師の態度に子どもたちが反感を抱いて、子どもたちとの関係が最悪になってしまうことがあるのです。
 私はある時、生徒との関係が毎年ギクシャクしてしまう若い同僚教師から相談を受けたときがありました。
「私だって、生徒に嫌われたくないんですよ。だから、今年こそは、うまくやりたいと思っていても、生徒がいろいろ問題を起こしてしまうので、そのたび注意することになる」
「すると、そのたびに生徒との関係がどんどん悪くなっていくんですよ」
「だから、生徒が問題を起こすたびに、ドキッとしてしまうんです。どうすりゃいいのかなーってね」
 これを聞いて、私は「生徒が問題を起こすたびに生徒との関係が悪くなって、悩んでいる教師がいっぱいいるんだ」と思いいたったのです。
 どうすれば、生徒と「いい感じ」で対応できるのでしょうか。
 私は、問題を起こした生徒に向かって
「あれっ、どうしたのよ。きみとしたことが?」
「なんか、よっぽどのことがあったんでしょう」
と、声がかけられる時は、いい感じで対応できるときなんです。
 こんな声かけが言えた場合は、生徒も
「そうなんだよ、先生。おれ、頭にきたんだよ。だって、・・・・・」
などと、話はじめてくれたりするのです。心を開いてくれる感じでね。
 そうなったら、うれしいですね。後は
「そうか、それは頭にくるよね」
などと、同情すべきところは同情する。
 反省してほしいところは、
「でもねー。この点は、まずかったよね」
と反省してもらう。そして、
「この先、どうしようか?」
と。一緒に考える。
 つまり「良き相談相手」の立場に立てるわけです。
 子どもたちにしても、
「あー、まずいことしちゃった。困ったことになったなー」
と困惑しているはずですから、こんな時、大人の相談相手の出現はうれしいことなのです。
「あれっ、どうしのよ。きみとしたことが?」と言うセリフは、言いづらいですよね。
 たとえ、言えたとしても、生徒に教師の心を見透かされ「見え透いたオセジ」になってしまう危険がいっばいです。
 そこで、やはりふだんから、お互い相手を認められる関係でいられるかどうかということが大切になるのです。私が心から言えたのは教師になって3年目でした。
 心から話かけられるようになるには、どうしたらいいのでしょうか。
 友だち同士だったら言えますよね。
 私の場合「今、生徒といい関係だな」と実感をもてるときは、私と生徒が心から授業を楽しめているときなんです。
「へぇ、こう考えるといいんだ。新しい世界が見えてきて、うれしいな」
「みんなで学び合うって、すごくたのしいな」
「あいつ、やるじゃない。見直した」
「私の、予想どおり、私ってすごいのかも」
 こんな感じで、教師と生徒が
「授業のたのしさ」
「自分のすばらしさ」
「他人のすばらしさ」
の発見の喜びを共有し合える。
 そんな授業を1時間でも多く体験できるといいな、思っているのです。
 私の場合、それが仮説実験授業で実現できているのです。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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教室内で器物の破損を見つけたとき、どうすればよいのでしょうか

 昼まで何でもなかった教室の照明のスイッチが、放課後、ひどくへこんでいるのを見つけた場合、どうすればよいのでしょうか。
 器物の破損は子どもがフラストレーションを発散するために行う場合が多い。
 何らかの葛藤を抱かえた子どもがいると考え、
(1)
子どもの理解を深めるきっかけと、とらえる。
(2)
自分と他人との関わりについて考えさせるチャンスである。
(3)
自分の行動に責任を持つことの大切さ。
を学ばせたい。
 次の日、朝の会で照明のスイッチを壊してしまった人は、名乗り出てほしいと呼びかけた。
 壊した本人は名乗りでなかったが、いろんな情報が集まり、スイッチを壊した子どもがわかった。
 休み時間に、その子に声をかけたところ、最初は自分ではないと否定したが、多数の子どもが見ていることを告げると、しぶしぶ認めた。
 二人で話をする場を設けて「どうして、壊してしまったんだい」と理由をたずねた。すると、友だちにバカにされてカッとなってやってしまったようだ。
「壊して、すっきりしたかい?」と、たずねると「別に」と答えた。
「壊れた箇所を修理してくださるのは、いつもきみたちを陰から支えてくださっている用務員さんだね。がっかりするだろうな」
と、話したところ、うなだれていた。
「用務員さんに謝りたい」と申し出たので「教室をあずかる先生からも、おわびをしたいな」と話し、一緒に謝罪に行く約束をした。
 器物破損の指導で、よくない方法は、誰がやったか執拗に調べ「物にあたるなんて最低だ。考えればどうなるかわかるはずだ」などと、一方的に叱ることです。
 壊れたスイッチを見て、多少、後ろめたさを感じている子どもにとって、追い打ちをかけられている気分になり、反省を引きだせない。名乗り出にくい雰囲気にもなる。
 腹いせに、器物破損をする、後先を考えない行動を改善することが重要なのであって、やった子どもを特定することが指導の最終の目的ではない。
(
荻原 啓:札幌市立中学校校長)

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反抗的な子どもの指導に日々悩んだが、クラス全体で指導する方法に切り替えると、よくなっていった

 私も、何度か反抗的な子どもを担任した経験があります。
 反抗的な子どもは、集団のきまりを守らず、友だちに迷惑をかけたり、周りの子どもたちを率いて悪さをしたりと、とにかく問題行動が目立ちました。
 そのつど、反抗的な子どもを指導するのですが、なかなか指導を聞き入れようとはしません。その場をはなれたり「うるさい」「だまれ」と、暴言をはいたりしました。
 指導すればするだけ、反抗的になるので、どのように指導してよいのか悩む日々が続いたものです。
 ところが、こういった子どもをよく観察していると、クラスの友だちが離れていくことに、とても敏感になっていることに気づきました。
 そこで、本人に直接注意するという方法をやめ、クラス全体に指導するという方法に切り替えることにしました。
 例えば、その子が数人の友だちと掃除をさぼっていれば、
「掃除の態度はどうあるべきか」
「なぜ大切なのか」
といったことを、クラス全体で考えさせ、意見を述べさせるといった具合です。
 クラスを正当な方向に導くことで、反抗的な子どもも、それに従わざるを得なくなります。
 また、直接、自分が指導されるわけではないので、素直に受け入れることができるのでしょう。
 徐々に、反抗的な子どもの問題行動は影を潜め、そのうち、私との関係も良好になっていきました。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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けんかで小さなケガをしたとき、保護者にどのように連絡すればよいか

 けんかは、ささいなことで日常的に起こります。教師の目が届きにくい場所では、けんかのはずみにケガをしてしまうこともあります。
 小さな傷であったとしても、わが子がケガをしたとなれば保護者にとっては一大事であり、心配する可能性があります。
 けんかの経緯やケガの状態などを正確に把握し、必ず、その日のうちに、先手を打って報告することが大切です。そのポイントは
1 よくない対応
 教師はほかにもやらなければならない多くの仕事を抱かえている。
 子どもたちは、お互いに納得しているし、ケガもかすり傷みたいだから、わざわざ保護者に連絡する必要はないだろうと判断し、連絡を怠ってしまう。
2 保護者の気持ち
(1)
学校から報告がないと、わが子のことを大切に扱ってくれていないと怒りを感じる
 子どもがけんかをしてケガをしたにもかかわらず、学校側から何も報告がないと、自分の子どもが軽く扱われていると感じ、担任や学校に対して怒りの感情が高まります。
(2)
わが子の話をうのみにする
 わが子の話をうのみにして、教師の説明が食い違うと、教師に対する不信感が高まる。
(3)
わが子の言い分を十分に聞き入れてくれていないと感じる
 教師の対応をわが子から聞いて、言い分を十分に聞き入れてくれていないと感じると、いら立ちがわいてきます。
(4)
けんかをした相手の保護者に対して、いら立ちを感じてしまう
 子どもがケガをしたのに、相手の保護者から何も連絡がないと、いったい何を考えているのか、相手の保護者に対していら立ちが沸いてきます。
3 担任が保護者にけんかの状態を説明する
(1)
子どもたちからけんかの状況を聞く
 対応に時間がない場合、同僚教師に協力を要請することが大切です。
 周囲にいた子どももふくめ、子どもたちから十分に話を聞き
・いつ、どこで、どんな状況でけんかが起こり、ケガをするにいたったのか
・教師はどんな対応をしたのか
・現在の子どもたちは、どんなようすでいるか
などの事実を調べ、けんかした双方に、調べた結果が納得できるか確認をする。
(2)
保護者にけんかの一部始終をできるかぎりくわしく説明して伝えます。
 教師は推測をふくめないで、確認した事実を正確に伝える。
 ケガの対応に追われて、双方から話を十分に聞かずに報告してしまうと、教師の説明と子どもの話に食い違いが生じ、保護者は教師に不信感を抱いてしまいます。
 
子どもが親にすでに話をしている場合には、どんな話を聞いたのか、尋ねてもよいでしょう。その内容に適宜、修正を加えながら状況を説明します。
4 管理不行き届きを保護者に率直に謝罪する
 
「私の目が行き届かず、○○くんのケガを未然に防ぐことができず、申し訳ありません」と率直に謝罪する。
5 今後の対策と子どもたちへの対応について保護者と確認する
 学級の子どもたちに、翌日の朝の会で、けんかやケガを防ぐ指導をする。けんかをした子どもたちのようすを注意深く見守り、個別の対応を行う。
 学校での配慮の仕方、家庭での接し方などについて、保護者の考えを聞きながら、一緒に考えます。   
(
藤原寿幸:東京都公立小学校主任教諭)

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学校で事件が起きたとき、どのように対処すればよいのでしょうか

 誰かがケンカを始めたなど、何かと事件は起こるものです。事件の場合は、目撃者の証言が大切になってきます。
 見ていたと思われる子どもたちにその場で聴き取りをしておきます。記憶があいまいになったり、変な圧力で口を閉ざすこともありません。
 トラブルの対処を教師一人でしてしまうと、指導に漏れが出て指導が後手になりかねません。事実の確認に8割の労力をかけるべきです。初期対応は素早く、大勢の教師でしましょう。
 複数の子どもたちが関わっていたりする場合、事実を曖昧なまま指導すると、子どもたちや保護者に不信感を与え、クレームにつながることがあります。
 次のような方法で事実を確認します。
(1)
どの順序で話を聞くか、方針を決定する。
(2)
複数の教師で対応する。話をする教師、メモを取る教師など役割を明確にする。
(3)
事実が合わない場合は、徹底的にその部分を調べて合わせるようにする。
(4)
事実が出そろうまでは指導に入らない。
(5)
事実を教師全員で確認する。
 常に冷静に事実を淡々と確認する姿勢が必要です。指導しなければならないという思いを一旦置いて、じっくりと子どもたちの話を聴くようにします。
 子どもが心を閉ざしてしまうと、話ができる関係に修復するには大変な労力が必要です。教師は生徒指導の場面において聴くということをもっと重視しなければなりません。
 事実を徹底的に合わせるという教師の姿勢を見せることで、子どもたちは事件に向き合おうという気になれる可能性が高くなります。
どのようことをポイントにして聴けばよいのでしょうか。
(1)
じっくりと待つ
 会話が途絶えても、教師から話を無理に続けようとせずに、子どもたちの方から言葉が出されるように、待つことを大切にして聴くとよいでしょう。
(2)
子どもたちの話を反復する
 子どもたちの話の要点を反復します。
(3)
表情から読み取れる気持ちを聴く
 子どもたちが語り始めたら、その瞬間の表情(目や体の動き、姿勢、声の調子や抑揚など)を総合的に読み取り、子どもたちの話を聴いていく。
 目に見えない思いや気持ちに寄り添うことも重視すべきです。
 子どもたちの話を聴くということは、子どもたちに迎合しろという意味ではありません。話を聴いたうえで、指導すべきことは毅然として行うべきです。
 たとえば、ケンカの対応でまずしなければならないのは、話を聴いて状況把握を行うことです。ケンカには理由があります。双方から話をじっくりと聴く必要があります。
 善悪の判断がついておらず、何が悪いのか分からない場合は、なぜ今回のケンカがいけなかったかを丁寧に教える、ということが必要になってきます。
「手を出したことがいけない」「相手に傷つくことを言ったらいけない」など、教えないと知らないことが、子どもたちにはたくさんあります。
 教師が介入しないという対応があってもいいのではないでしょうか。子どもたちに「どうすればよかったか」、子どもたち自身で解決方法を探らせます。
 そうすることで、問題を自力で解決する力を手に入れ、より大きな成長を得られるようになることもあります。
 常に、目の前の子どもに適した柔軟な対応を意識して臨みたいものです。
(
杉本直樹:1980年大阪市生まれ、大阪市公立中学校教師。生活指導部長。教育サークル「未来」)
(
小川拓海:1986年名古屋市生まれ、名古屋市立中学校教師。「明日の教室」名古屋分校代表、授業づくりネットワーク理事)
(
成田翔哉:1988年愛知県生まれ、愛知県公立小学校教師。教育サークル「ほっとタイム」代表)

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問題行動に対して毅然とした指導するにはどのようにすればよいか

 生徒の問題行動に対して「ダメなことはどんな理由があってもダメ」とする指導をしなければ子どもは健全な発達ができようはずがない。
 私が校長として着任した学校で、問題行動に対して毅然として指導する生徒指導の徹底を次のように図った。
(1)
どんな小さなことでも授業規律を乱すような行為に対しては、見逃さないでその場ですぐに指導を行う。
(2)
教師の指導に従わない暴言・暴力等の行為に対しては、一歩も引かないで毅然とした態度で臨む。
 そして、一人での対応が厳しいと判断した場合は、職員室や隣の教室と連絡を取り、必ず複数の教職員で指導にあたることを徹底する。
(3)
教師は自分の周りには他の全教職員がいるんだという気持ちでいると、勇気と自信をもって生徒指導にあたる気迫が出てくる。
(4)
厳しい指導とは、全教職員が同じ指導方法であたるということではない。ある教師は厳しく、またある教師は受容的で生徒の気持ちを理解することも大事である。
 ようは、真剣に本気で生徒とかかわれるかどうかということが大事である。
 これらの指導方針は、保護者会等を通じて、全保護者にも伝え、それを実践していった。
 本気の指導こそが生徒の意識を変えることにつながる。
 成果が出てくれば、教職員は毅然とした指導態度をとることについて自信がついてくる。
(
山本修司編著:1950年生まれ、東京都公立中学校教師、指導主事、指導室長、校長を歴任し、荒れた学校を立て直した。2005年度読売教育児童生徒指導部門最優秀賞受賞、編著書『実践に基づく毅然とした指導』は、生徒指導に悩む教師たちのバイブルといえる)

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学級で子どもの持ち物が紛失したり、盗難にあったりしたとき、どう指導すれば保護者に信頼してもらえるか

 筆記用具や衣類、靴など、子どもの持ち物が紛失して、見つからないことがあります。ゴミ箱やトイレなど、考えられない場所で見つかることもあります。
 まずは、本人の心当たりを探して見つからなければ、クラス全員で協力して探しましょう。徹底的に探すという教師の姿勢は、保護者に安心感をあたえ、信頼を得ることにつながります。
 見つからなければ、子どもの勘違いも考えられますから、家で保護者と一緒に探すよう指示します。子どもの勘違いと分かったときは「心配かけてごめん」「協力してくれてありがとう」などの謝罪や感謝の気持ちを、他の子に伝えるようにしましょう。
 子どもの持ち物が頻繁になくなる場合は要注意です。故意に行われている可能性が高いので、それなりの対応が必要です。精神的な問題を抱えて物を盗る子がいる可能性もあります。
 特定の子の持ち物がなくなる場合、いじめや友だち関係のトラブルが疑われますから、すぐに他の教師と相談したうえで、保護者に連絡し、対応を伝えて見守ってもらいます。
 最初から「犯人ありき」の対応をしてはいけません。学校が警察のような犯人さがしをするわけにはいきません。
 ある程度「あの子がやったのではないか」との確証をつかんでいても、子どもが認めなければ、子どもの指導も、保護者への協力要請もできません。
 学校はあくまでも子どもを教育する場です。大切なのは、犯人捜しではなく、指導であることを忘れてはいけません。
 もし、事実があやふやになったとしても、子どもが反省し、行動を改め、盗難がなくなれば「よし」という対応をせざるを得ません。
 教師の子どもへの疑念は、子どもはもちろん保護者の教師に対する不信にもつながります。
 いずれにしても、クラスで話し合ったり、学級経営を見直したりして、クラスの雰囲気を変える必要があります。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方研究会」を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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