カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

どのように叱れば子どもは変わるのでしょうか、そのポイントとは

 僕の怒りは本物です。でもこの怒りは、僕にとっても子どもたちにとっても必要な感情だと思っています。
 子どもたちに成長してもらいたい。子どもたちに自分の可能性を信じてほしい。だからこそ、子ども自身があきらめようとする時に、僕は悔しさと共に怒りを感じる。それは愛情の裏返しなのです。
 でも僕は、その怒りをそのまま子どもにぶつけることはしません。本来の目的は、子どもたちの可能性を引き出すことだからです。怒りを冷静にコントロールして、子どもたちの成長のために使うこと。これが、僕にとって「叱る」ということです。
 叱った後には必ず、子どもたちにフォローを入れています。フォローとはつまり、なぜ叱ったのか、理由を明確にして、本人が納得できるまで話し合うということです。
 そして、叱られた子どもが大切なことに気づき、少しでも成長が見えたら、必ずその子をほめます。「叱る」は「ほめる」と、セットになって初めて意味を持つものだからです。
 子どもたちがルールを守らない、やるべきことをやっていない時に叱らなかったら、子どもは本当に大切なことに気づけない。成長するチャンスを失ってしまうと思うからです。
 子どもたちを叱ろうとする時、僕にはすでに、叱った後で子どもたちが自信にあふれ、笑顔で動き出すシーンのイメージができ上がっています。
 ポイントは、子ども自身に考えさせることです。「きみのやったことに対して、きみ自身はどう思うんだ」と、まずは問いかけてみる。
 叱る側の愛情に裏付けられた怒りが伝われば、子どもは必ず誤りに気づいてくれます。そして、間違いを正すにはどうするべきかを、自力で考え始めるのです。
 考え始めたら、自分で答えを出すまで根気強く待ってあげること。一緒に考えてあげるという姿勢が重要です。
 根底にあるのは、もちろん子どもへの愛情です。子どもの可能性を信じ、成長を願う心です。
 叱るのにはとても大きなエネルギーが必要ですが、子どもの成長はきっと、その何倍もの希望を僕たちに与えてくれます。それは、叱ることで得られる、僕たちにとっての最大のご褒美なのだと思います。
 子どもは一人ひとり個性を持っています。ですから、こういう叱り方がいいとはいちがいには言えません。
 まず、子どもをまっすぐに見て、その子にとって今一番必要な「叱り方」がどういう形かを見きわめることが大切です。
 では、どうやって子ども一人ひとりの性格を見きわめるかといえば、それは「感じる」ということです。見た瞬間パッとわかる子もいれば、コミュニケーションを重ねて、なるほど、そういう性格なのかとわかる子もいます。
 大切なのは、こちらが愛情と関心をもって見ること。そうすれば、その子の性格が自ずと見えてきます。
 また、叱り方は、その子の性格だけでなく、僕との信頼関係の深さによっても変えます。
 たとえば、その子が自分に自信を持っていて、かつ僕を信頼してくれているという関係であれば、あえて「テニスをやめろ!」というような叱り方をすることもあります。叱咤激励することで、発奮してくれるからです。 
 中には、叱るべきでない子もいます。たとえば、その子が何をすればよいか自分で判断できる場合です。叱ることで何かに気づかせる必要がない子です。
 もうひとつは、いじめなどがある場合です。精神的に想像以上のダメージを与えてしまうこともあります。
 こうした背景を含めて、まずは子どもをしっかりと見つめ、今、何を一番必要としているのかを見きわめてあげてください。
 子育ては、とかくストレスがたまるものです。一度はわからせたつもりでも、子どもはつい同じ間違いを繰り返してしまう。すると、つい感情的に叱ってしまいます。
 感情的に叱らないために、自分自身を「客観視」してみることです。第三者的に自分を見ると、気持ちは落ち着いてきます。
 実際に叱る前に、心の中で叱る言葉を言ってみる。すると、もう一人の自分が教えてくれます。「それは、自分が感情的に怒っているだけじゃないのか」と。
 冷静さが自然に戻ってくる。すると、子どもを成長させたいという本来の思いにも気づくことができます。
 ひと呼吸おくというクセをつけておくのもよいでしょう。自分を心理的に落ち着いかせてから、子どもと向き合うと、意外と冷静に叱ることができます。
 どんな状況であれ、絶対に使ってはいけない禁句があります。
(1)
子どもの可能性を否定する言葉
 「お前には無理だ」「あなたにはできない」こんな言葉を言ってしまったら、子どもの可能性を伸ばすために指導しているのに、可能性は消えてしまいます。
(2)
身体的なことを否定する言葉
 身体的なことは、自分の意志では変えられません。身長が高い低い、太っている痩せている、といったことは個性です。身体的なことを否定するべきではありません。コンプレックスとして心に植えつけられてしまいます。
(3)
兄弟や友だちと比べる言葉
 子どもに劣等感を抱かせる言葉です。子どもは自信とやる気を失ってしまいます。
(
松岡修造:1967年東京都生まれ、元男子プロテニス選手、スポーツキャスター、スポーツ解説者。日本テニス協会理事強化本部副部長)

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子どもを育てるときの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは何でしょうか

 私は長い警察官生活の中で、道を踏み外した子ども、そしてその子を育てた親と接し、たくさんの話を聞きました。
 話を聞くと、一緒に住んでいるのに気持ちはすれ違い、かみ合ってないことや、お母さんが子どものために良かれと思っていたことが、子どものためになっていないことなど、家庭でさまざまな問題を抱かえていたことが分かってきます。
 子どもたちに不幸を生まないためには、子どもの頃からしっかりと、しつけを行うことが必要なのです。
 子育てにおいて愛情が基本なのは当然のことです。しかし、愛情に溺れず、どこかで冷静に距離をおいて子どもに接するのが親の役目なのです。
 叱るときも、本気で叱りながらも、怒りをぶつけてはいけません。あくまで親という役割の必要性からそうしているのです。
 子育ては、時代が変わっても押さえるべき「子育ての鉄則」は変わりません。私の長年の経験から確信をもって言えることです。やろうと思えば誰にでもできることです。
 子どもを育てるとき、子どもの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは
(1)
かわいがることと溺愛は大違い
 かわいがられたことのない子は、よい子に育ちません。しかし、溺愛ほど有害なものはありません。溺愛だけで「しつけ」のない親があまりにも多い。
 今の親は甘やかす傾向が強く、必要以上に子どもに迎合する親や「友だち親子」になっていて、叱らなければならない時に、それができず、むやみにかわいがってばかりいる親が多いのが懸念されます。
 子どもに甘く、子どもの要求をやたらに受け入れる親は、理解のある親だと思われたいのでしょうが、とんでもないことです。
 子どもが転んだら手を貸して起こしてやるといった子育ては避けるべきです。親が先回りしてやってしまうと、何かに耐えたり、我慢したりする、生きていく上で大切な力が子どもの身につかないのです。
 自分で立つことを学ばせることはとても大事なことです。それが「しつけ」であり教育なのです。
 子どもがキレて、わめくと「ああ、分かった、やってあげるからね」と助けてしまう。すると、子どもは駄々をこねれば何でも通るということを覚えてしまうのです。
 そんな子に育っていくのが最も恐ろしい。やがて親にとっていちばん苦労する子になってしまうのです。
(2)
叱ることを恐れない
 まるで腫れ物にさわるかのように子どもに接している親がいます。これが一番よくないと私は言っています。必要以上に子どもの機嫌をとってはいけないのです。
 叱るということを、あまり恐れてはいけません。叱り方さえ間違えなければ、子どもは親から離れることはありません。
 親は子どもに「間違ったことをしたら叱られる」のだということを教えるべきです。子どもは世の中のことを知りません。間違ったことをやって当たり前です。
 叱るべき時は厳しく叱る。そのかわりよいことをしたら、とことんほめる。抱きしめてほめてあげてください。その時に、親と子の結びつきができるのです。「叱る」「ほめる」という行為は、そういう意味でも大事なことなのです。
 気をつけることは、叱るときに感情的になると「怒る」ことになります。その分だけ愛情が抜けてしまうのです。子育てにおいて、感情と愛情はなかなか同居しにくいものなのです。そのことを忘れないでください。
 叱る時には、絶対に人の前で叱ってはいけません。子どものプライドを軽視してはいけません。ほかの子と比較はしない。自尊心を傷つけます。
 叱るときは肌を接して叱ってほしい。特に厳しく叱る時は、必ず子どものどこか(手を握るとか、頭に手を乗せるとか、肩を組むなど)に触っていてください。親が考えている以上に、子どもは孤独感と恐怖感を覚えるのです。
 叱ったあと、後味の悪さを引きずったままでは、親子の関係が離れ、やがて結べない距離になってしまいます。「きつく叱ったな」と思ったら、必ず「なり直し」(フォロー)をやってあげる。
「ね、分かった? お母さんの言うこと」「うん」などと、気持ちを寄せ合って、子どもが不安を引きずらないようにしましょう。
 毎日の子どもとの触れ合いの中で「叱る」より「小言」が多すぎると、子どもも「またか」と、うんざりするだけで、言うことを聞こうという気持ちにはなりません。
 これは、子どもに近づきすぎていることが原因です。子どもとの距離を少しとって口を出したいと思っても、子どもを信じて黙って見守ってみてください。
 自分で問題を解決することにより、子どもはものごとの処理能力を身につけた大人へと成長していけるのです。
(3)
子育ての責任者は親である
 何のために子どもをしつけるのでしょう。子育ての目的は、社会生活をするために必要なルール、作法や物事の善悪を判断する力を身につけさせること。
 そして、この子育ての責任は親にあることをよく自覚していただきたいのです。このことが分からず、他人や学校に文句ばかり言う親がいますが、子育ての責任はあくまで親だということを忘れないでほしい。
(4)
まずは、さきに「ほめる」
 
「ほめて」よいところを伸ばしていけば、やがて黙っていても悪いところは立ち枯れるものです。「よくがんばったね」と、よくできたところをほめた方が効果的です。
 ほめて自信をつけさせて「やればできるのだ」と暗示をかけて育てる方が大事ではないかと思うのです。やがて、この暗示が本物になるのです。
 
「あなたのいけないところはこれ、早く直しなさい」と、先に悪い点を言う親が非常に多い。そうではなく「今日はよいこと一杯できたね。明日はここをがんばろうね」と、よいところを指摘しながら励ますようにします。
(
星 幸広:1944年生まれ、千葉県警察官、千葉県鉄道警察隊長、警察庁警備局、千葉県少年課長、 千葉県警察署長、地域部参事官等を歴任し、千葉大学ジェネラル・サポーター。「子育て、しつけ」や「学校危機管理」に関する講演を全国的に展開 している)

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子どもを叱っても言うこと聞いてくれないとき、どうすればよいのでしょうか、その発想のポイントとは

 子どもをどう「しつけ」たらいいか分からない。いくら叱っても、子どもが言うことを聞いてくれない。言いたくないのに、いつも子どもに小言を言ってしまう。子どもと楽しく過ごしたいのに、気がつくと子どもを叱っている。
 私は、23年間の教師生活の中で、このような親たちの相談を何回も受けてきました。多くの親たちがこのような悩みを抱かえながら、毎日を手さぐり状態で生活しています。
 これらは、教師である私自身の悩みでもありました。私も教師になったときから、ずっと同じようなことで悩んできたのです。
 叱りすぎて。子どもの心が離れてしまったこともありました。毎日子どもと顔を合わせるのが、嫌でたまらなかったこともありました。
 そのような悩みと苦しみの中で、だんだん分かってきたことがありました。分かってくるようになってからは、毎日の子どもとの生活が楽しくなってきました。
 そして、子どもたちもグングン伸びていくようになりました。
 以前、わからなかった「子育てやしつけ」のポイントが少しわかるようになったのです。ほんの少し発想を変えるだけでいいのです。この「発想を変える」ことがとても大切だと思います。発想を変えて、初めの一歩を正しい方向に向けることがとても大切なのです。
 「子育てやしつけ」の発想のポイントとはどのようなことなのでしょうか。
(1)
「しつけ」より愛情
 
「しつけ」は愛情の後に来るものです。まず、子どもの心を親の愛情でいっぱいに満たしてやることが一番大切です。
 自分が愛されているということを実感させてやってください。子どもが親の愛情を実感し、心が満たされているとき、初めて、しつけも可能になるのです。
 子どもが愛されているという実感がないと、いくら子どもをしつけようとしても、何一つ身につきません。私はそういった例をたくさん見てきました。
 親たちも、みなそれぞれに愛情を持っているのですが、子どもが実感として親の愛情を感じることができていない場合があります。
 実際にコミュニケーションやスキンシップなどの触れ合いを通して、心と体で愛情を実感することができないと満たされないのです。
 自分が本当に親から愛されているのだということを、子どもはいつも実感していたいのです。それは、一度にまとめて受け取り、蓄えておけるようなものではないのです。
 親に愛されていると日々実感している子は、心が満たされます。心が満たされている子は、素直になれます。ですから、親の言うことを受け入れることができるのです。
 生活のしつけや決まりも、素直に受け入れることができるのです。
(2)
叱ることで「しつけ」ようとしない
 親がコミュニケーションやスキンシップなどの触れ合いを心がけているにも関わらず、親の愛情を子どもが実感できないでいるという場合があります。
 多くの親は、叱ることで「しつけ」ようとしています。でも、子どもはその度に嫌な気持ちになっています。その度に、少しずつ親の愛情への疑いが育っていくのです。
 子どもが人間として許されないようなことをしてしまったとすれば、「叱る」ことも必要でしょう。例えば、誰かを傷つけたり、卑怯なことをしてしまったとか、弱い者をいじめてしまったなどという場合です。
 でも、大人が感情的になって、声をあらだててとがめる必要が毎日あるでしょうか。
 私は、以前は、声をあらだてて子どもを叱ることがよくありました。私も、その度にいやな気持ちになるのが常でした。
 叱られる子どもは、うなだれて、しょんぼりしています。私を見る目も微妙に違ってきます。つまり、子どもの中で教師としての私の価値が低くなっているのです。
 感情的に叱ったり怒ったりするたびに、子どもたちが言うことを聞かなくなっていきます。指示や指導は効き目がなくなっていきます。なぜなら、指示や指導には、その人自身の人間性の裏付けが必要だからです。
 生活の中に「叱ってしまう流れ」から「叱らなくてすむシステム」を作ることに力を注ぐようにします。 
 例えば、私は叱らなくてすむように、小黒板を利用していました。小黒板に朝の流れを書いて、毎日帰り際に、係の子どもが教室の前の黒板に張りつけます。
 
「朝、八時までに、提出物を出しましょう」「係の仕事をがんばりましょう」「外で元気に遊びましょう」
 こうしておけば、朝、学校に来たときに、誰もが目にし、朝の八時までに提出することが出来るわけです。もうひと工夫して、教室にいる子どもたち全員で読むようにします。これはとても効き目があります。誰の耳にも聞こえるからです。
 たいていの場合、これで、どの子も朝の仕事がきちんとできるようになります。それぞれの問題に応じた方法を工夫すればいいのです。私は「改善」と言いながら工夫してきました。
(3)
子どもの短所に目をつぶり、長所を伸ばす決意をする
 
「しつけ」ようとしても、どうしてもできない子どもには、どうすればよいのでしょうか。目をつぶればいいのです。短所に目をつぶる代わりに、長所を伸ばす決意をするのです。実はこの短所に目をつぶるということが、大人にはなかなかできないのです。
 成長するためには人間は、どこを持って持ち上げてもいいんです。得意なこと、好きなこと、長所を持って上げてやればいいんです。
 人間全体が上がれば、苦手だったことや短所も、いつの間にか上に上がるんです。その子は幸せになるのです。
(4)
肯定的な言い方で、子どもをやる気にさせる
 ちょっと言い方を変えると、聴いている人は気持ちよくなります。
「脱いだ靴が揃えられていると気持ちがいいね」
という言い方は、肯定的な言葉を使っているので、聞いている人は気持ちがよくなるのです。それで、聞いている人は前向きにやってみようかなという気になるのです。
(5)
子どもをほめる
 人は誰でもほめられるとうれしいものです。心が温かくなって、やる気が出てきます。私は担任として、子どもを意識的にほめるようにしていました。
 子どもをほめられない人は、日頃の考え方がマイナス思考の人が多い。子どもをほめられるようになるためには、自分自身をプラス思考の性格に変えることです。生活や仕事を楽しんでいる人は、みんなプラス思考だということです。
 物事の肯定的な面を見つけ出して「いいね、いいね」「あなたのいいところはここね」と、それを話題にするようにします。
(
杉山桂一:1958年生まれ、公立小学校で23年間教師を務め2006年に退職。教育評論家として講演、執筆活動、無料メールマガジン(メルマガ大賞の教育・研究部門で5年連続第1位)の発行を続けている)

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コーチングの考えで子どもを叱ると、子どもは受けとめてくれます

 コーチングは「子どもを認める」ことから始まります。どんな状況でも子どもの良さを見つけて承認することが大切です。それこそが、子どものやる気を引き出すのです。
 叱ることの本来の目的は、考えさせ、反省させ、改善への努力をさせることです。
 叱るべき行為があったとき、教師は本当に事実なのか、叱る必要があるかを考える。教師が確認した事実を伝えて、子どもの認識と違っていないか確認する。違っていなければ問題点を伝える。
 わからない子には、問題点を理解できるように教える。「先生は・・・と考えている」と伝え、子どもの気づきを深める。
 反省させて「じゃあ、どうしたらいいと思う?」と今後どうすればいいかを考えさせる。
 叱るとき、言葉は慎重に選びたいものです。命令や禁止形で言われた子どもは反発を感じやすい。「○○しましょう」と奨励形を多く使うよう心がけたいものです。
 コーチ先生は子どもの人格を尊重する言い方をします。「あなたらしくないぞ」と叱ります。このひと言が子どもの心にしみこみ「自分は先生に認められている」と実感させます。
 朝、遅刻してきた子どもに対して、コーチ先生は「先生は、あなたを待っていたんだよ」と言います。いけなかったなあ、という反省を子どもにうながすことになります。
 子どもにとって、何を叱られるより、誰に叱られるかの方が重要なのです。この先生ならわかってくれているという信頼関係が何よりも必要なのです。
 教師は子どもの行動を変えたいとき、子どもの自尊感情を大切にし、きちんと教師の意思を伝えるようにします。すると、素直に聞き入れてもらえるようになってきます。そして、お互いに信頼関係が生まれ、学校がますます好きになっていきます。
 注意をうながすのであれば、気づいたらすぐ叱るようにしましょう。コーチ先生は、その場で、あっさりと叱ります。先ほどまで叱られていた子どもが、その直後にはもう一緒に笑い合っています。
 最近の子どもたちは、注意しても素直に受け止められず、教師との関係をこじらせてしまうケースも多くなっているようです。
 授業中、おしゃべりをやめない子がいたとき、YOUメッセージでは、例えば
「うるさい。○○くんの発言が聞こえないじゃないか。静かにしなさい」
と言うと、子どもにとって非難に聞こえやすく、反発を誘発する危険があります。
 コーチ先生は、Iメッセージを使います。
「先生は○○くんの意見が聞きたいんです。静かにしてください」
となります。Iメッセージのほうが素直に聞こうとする感じがしませんか。これは、自分に主体性を持たせることで、相手が受け止めやすくなるからです。
 学校生活で叱らなければいけないことがあります。そのときは理由を付け加えるようにします。
 例えば、清掃後の雑巾が濡れたままで散乱していたとします。
「何だこれは、どうなっているんだ」と叱ることがあります。問答無用の叱り方では理由がわからない。これに、ひとこと理由を示すと、叱り方の印象がまったく違ってきます。
 コーチ先生は「雑巾を濡れたまま散らかしっぱなしだとカビも生えるし、次の人は使いにくいよね」と叱ります。子どもの意識はまったく違ったものとなります。
 叱られた内容をきちんと説明し、何を反省したらよいかを明確にすると、子どもは反省して行動することができるようになります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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「ほめ方、叱り方」で子どもをダメにする教師、伸ばす教師とは

 どうしても叱らなければならない場合があります。そんなとき、どうすれば子どもの心を傷つけずに叱れるかがポイントになります。
 子どもに教師が「あなたは、どうしてできないの」「こんなことばかりして、ダメな子ね」と、言っていると、子どもは自分に対してマイナスのイメージしか持てなくなる。
 人間としての人格を否定される言葉を聞き続けて育つと、健全な自己イメージは育ちません。
 そうではなくて 「あなたは本当は良い子なのに、何がこうさせたの? 先生は良くないと思うよ」というように注意します。
 行為が悪いのであって、その子が悪いのではない。「本当は良い子」と言われた子どもは素直に反省するようになるでしょう。
 子どもを承認することは大切なことです。承認とは、ほめることだけではありません。叱ることも承認することになります。
 この二つのことを自動車の運転に例えれば、ほめることは「アクセル」、叱ることは「ブレーキ」になります。ほめることは、子どもの推進力になります。ちょっとだけほめても、前には進みません。常にほめ続けることが必要です。
 叱ることも必要です。常にアクセルだけでは、自動車は事故を起こしてしまいます。正しい方向に向かわせるブレーキが必要です。
 必要な時にほめ、叱らなければなりません。山本五十六の有名な言葉「やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」とは、育てることの真髄です。
 保護者や教師から「子どもたちはやる気がない」という相談をうけます。そのお話を分析してみると、ほとんどの場合、保護者や教師の対応に問題があります。細かいことにいちいち口うるさく指示を繰り返しているのです。
 
「遅刻しないように早くきなさい」「早く席に着きなさい」「ゴミを落とさないで」などなど、朝から夕方まで言われ続けます。
 子どもとしては、一日中言われ続けたら、もう聞く気になりません。注意されることに慣れてしまうのです。
 だから「叱られても、どうせこれくらいは大丈夫さ」と、教師の対応を見透かされているのです。だから、叱っても効果がなく、叱れば叱るほど効果は薄れていくのです。
 叱られてばかりいる子はやる気をなくすだけでなく「人の話をいい加減に聞く」態度まで身につけてしまいます。
 一日叱ってばかりでなく、何かひとつのことを改めてくれたらいいという気持ちで、ポイントを絞って叱るようにします。八割ほめて、二割叱るぐらいがよいのです。
 ほめることは、叱ることより難しいことです。人の短所は見なくても見えてしまいますが、長所は意識して観察する目が必要なのです。
 子どもを喜ばせることばかりを意識すると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。これでは、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 子どもに信頼を得るためには順序があります。まず、子どもの存在を十分に認知し、その上に徐々に、関心、理解、承認、賞賛のほめ方を考えてあげましょう。この順序を間違えてしまうと効果的ではありません。
 子どもをほめることは、教師の能力を高め、新しい発想ができるようになります。優れた教師は日頃から「子どものほめるところは、どこにあるのだろうか」という目で観察します。また、的を射たほめ言葉にするために、子どもの言動を注意深く観察しています。
 すべての子どもは、すばらしいところを持っています。すべての子どもに対して興味・関心があれば、どんなことでもほめることができます。
 
「どうしても気が合わない」という子どもがいたら、子どもの長所だけを見る訓練をしていきます。さらに「○さん、友だちの靴、そろえていたよね。えらい」と、ほかの子どもを使ってほめます。回りまわって、本人の耳に入り、関係の修復に役立つことがあります。
 
「ほめたいのだが、ほめるところが見つからない」という教師は、子どもをほめることに対してハードルが高い。
 とりわけ高いハードルとして、さまざまなことを「できて当たり前」と考えて、評価基準が高すぎることはないでしょうか。特別なときにほめようと思っていませんか。
 
「欠席しない」「元気がよく、活発である」など、本気でほめたいと考えているならば、どんなことでもほめる要素は無尽蔵にあります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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掃除がきちんとできていないとき、子どもたちをどのように指導すればよいか

 掃除を、きちんとやっている子どもがいるが、さぼっている子どももいる。掃除が終わった後を見ると、ゴミがあちこちに落ちていることがある。
 子どもたちに対する掃除の指導はどうすればよいのでしょうか。
1 厳しいタイプの教師-やり直す
 掃除がきちんとできていなかったら、やり直しをさせる。その際の指導のポイントは
(1)
事実を指摘する
 具体的な事実に基づいて、やり直しの理由を明確にします。「ゴミが捨てられない」など、現場で事実を見せながら理由を明らかにします。
(2)
責めない
 できてないことを責めると、子どもは誰かのせいにしたくなります。だから「一人では気づかないことあるから、掃除が早く終わった人は、終わってない人を手伝いましょう」といって、全員で協力して掃除をすることにしておきます。
(3)
掃除後のイメージを持たせる
 
「きれいにする」ことに、教師と子どもにイメージギャップがあると「きれいにしたのに、先生にやり直しをさせられた」と思う子どもが出ないとは限りません。
 ですから、一度、子どもと一緒に掃除をし、こうなっていればよいという状態を明らかにしておきます。
(4)
ほめる
 やり直しをさせた後は、きっちり、ほめたり、感謝の気持ちを示します。「さっきよりぐんときれいになったね。これでみんなが気持ちよく使えるね。ありがとう」と教師が喜びを示すことが最も大事です。
2 優しいタイプの教師-よかったところを注目して反省会をする
 掃除が終わったら、掃除中の「自分のよかったところ」「がんばったこと」をカードに書くようにします。
 掃除をちゃんとやっていないと書けません。だから、子どもは掃除をがんばるようになります。
 書き終わったら、数名のカードを発表します。
「○掃除の△さんは、机を10個も運んだそうです」     
「棚の上を2回も水ぶきをした人がいます。誰でしょう」とクイズ形式にすると盛り上がります。
 悪いところに目がいきがちな掃除の反省会を、よさに注目させることで、楽しいものに変えることがポイントです。
3 じっくりタイプの教師-個別反省会
 全体に働きかけだけでは、不十分な子どももいます。そういう子どもには、個人的に声をかけて反省会をします。
 例えば、掃除時の態度がよくないと□さんに苦情が多く寄せられるようになったとします。□さんに事情を聞きます。「自分の掃除の仕方についてどう思う?」などと聞きます。
 次に「そういう態度を続けていたらどうなるか」を考えさせます。それから「どうしたらいいか」聞きます。
 □さんが考えついた方法を「いい考えだね」と認めるようにします。□さんが、考えつかなかったら、教師と一緒に解決策を考えます。
 次の日からときどき「どう、うまくいっている?」と声をかけて聞きます。うまくできたときは、ほめ喜びます。だめな日が続くようなら、改善策をまた一緒に考えます。見守っているというメッセージを示すことが大切です。
(
赤坂真二:1965年新潟県生まれ、小学校教師(19年間)を経て、上越教育大学教授。アドラー心理学アプローチの学級経営を研究。現場の教師を勇気づけたいと願い、研究会の助言や講演を実施して全国行脚している)


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学級が荒れたり崩壊しないように、注意や叱責するにはどうすればよいか

 教師は子どもの行動が著しく集団の規範を逸脱したとき、他の子どもを傷つけているときは、毅然と注意や叱責をすることが必要不可欠です。
 注意や叱責をした結果、子どもが自分の考え方や行動の問題に気づき、自らそれを改めようとしたかということが大事なのです。
 したがって、注意や叱るときの前提は、
(1)
子どもや学級集団のプライドを傷つけない
(2)
注意する場面や時期、時間を工夫する
(3)
問題となる点を十分に説明し理解させる
(4)
結果ではなく、その問題がおこった過程に注目させる
(5)
自ら変えることができる行動や態度を具体的に確認する
(6)
この失敗を次にどう生かすのかという問題解決型にする
 そして、教師の注意や叱責が大きな効果をあげるためには、教師と子どもとの信頼関係が必要です。信頼関係があれば、自分たちのために先生は注意してくれているんだと感じ、教師の注意から新たな行動や考え方を学んでいくのです。
1 学級集団全体に対して注意する・叱る
 子どもたち一人ひとりが自分の問題ととらえられるようにすることが大事です。 
(1)
注意や叱責で子どもを動かそうとしない
 注意や叱責で子どもを動かそうとしている教師は意外と多くいます。
 最初は教師の注意が怖くて、注意されたことに従うことが多いでしょう。しかし、それは新たな行動や考え方を獲得したのではなくて、教師の怒りを収める対応にすぎないので、子どもは同じような行動を繰り返します。
 そして、子どもは教師の注意や叱責にだんだんとなれてきます。したがって、注意で子どもを動かしている教師は、だんだんと自分の指示が通らなくなってくるのです。これは学級崩壊で苦しむ8割近くの教師が陥る盲点です。
(2)
子どもの不安の強さに応じた注意をする
 注意はすべての子どもに同じように受け取られるわけではありません。平気に子どももいれば、委縮する子どももいるわけです。したがって、不安な子どもがその内容を理解できるレベルがいいのです。
(3)
あらたまった態度や場合を設定して注意する
 子どもは教師の注意や叱責には徐々になれてきます。子どもたちは教師の注意を聞かなくなります。あらたまった場面設定や注意の仕方が必要です。
(4)
注意や叱責は短く簡潔にする
 注意されるのは嫌なものです。したがって、教師は注意する目的をしっかり定め、その方法を吟味し、簡潔に伝えることが効果的です。
(5)
気の緩みのミスは注意し、自主的な試行錯誤の失敗はその原因を分析させる
 怠慢やさぼりから起こったミスは、なあなあで済ませると、学級のルールが崩れてきますから、小さなことでもキチンと指摘し、注意することが大切です。
(6)
子どもたちが気づかない問題は、質問や例え話をして考えさせる
 学級内で、子どもたちが意識せずに行っていることがあります。例えば、特定の子を見下したような対応をほとんどの子がとっている雰囲気が学級のなかにできてしまっていることがあります。
 これをみんなの前で注意すると、その子が惨めになります。したがって、例え話や一般論としてみんなに考えさせるようにすることが大切です。
(7)
叱責の内容に教師の感情をつけ加える
 教師が冷静に叱責したあと「先生はとてもかなしかったな」と、自分の感情をサッとつけ加えることで、その内容が子どもたちの心に強く刻みつけられるのです。
(8)
いじめは、厳しく、長々と説教し、最後にポイントをまとめ復唱させる 
 弱い子をいじめているような現場を見たときは、教師はその場で強く注意し、一人の人間としての怒りを前面にだすことも時として必要です。厳しく長々と説教します。
 子どもたちは、最初は教師の剣幕に驚きますが、そのうちあきてしまう子もでてきます。このような場合は、教師が言いたかったこと、次の指導につながることを三つくらいにまとめ、子どもたちに復唱させて終わります。
 例えば「A組をいじめのないクラスにする」「いじめの場面をみたら必ず注意する」という具合です。これをしないと「先生がキレた」だけで終わってしまいます。
(9)
注意したあとは、単純作業をはさみ、作業後は気持ちを切り替えて対応する
 注意や叱責をしたあとは、教師も子どもも気まずいものです。このような場合は、お互いの気持ちを変に伺おうとすると、余計ぎくしゃくします。
 そこで、子どもが一人で作業ができるドリルなどを30分くらいやらせるのです。作業しながら、子どもは先ほどの教師の注意について考え、心に定着させていくのです。教師も落ち着きを取り戻すことができます。
 その後は、その問題に言及しないで、授業に取り組むようにするわけです。
2 個人の子どもに注意する
 教師の感情を逆なでするような発言をしたり、教師をバカにしたような態度とるような子どもが学級に何人かいます。このようなときは、事前に対応する言葉がけを身につけておけば、感情的になることを防ぎ、子どもに教師がまきこまれるのを防ぐことができます。
 こういった子どもには、少しずつ時間をかけ、関係の修復につとめることが必要です。その子が落ち着いているときに、日頃の不満を聞いてあげるなどの対応が求められるのです。
(1)
注意するタイミングと場所、時間を考える
 自分の行為を棚に上げ、教師に反発してしまうかもしれません。注意するときは、タイミングと場所、長さをその子どもに合わせることが必要なのです。
(2)
注意するときの子どもの抵抗を軽減する
 子どもが教師の言葉を素直に聞くよう、最初に子どもの反発を少なくする関わりが大切です。例えば「きみも気づいていると思うが・・・・」という具合に前置きし、いきなり叱責しない配慮が必要なのです。
(3)
注意する内容のは現在の行動や態度だけにする
 掃除をサボっているのを見つけて注意したとき、以前の問題をひっぱだして、追い打ちをかけるように叱ってしまう。これでは子どもは逃げ場のない状態に追い込み、人間性を否定された感情を子どもに持たせてしまう。
(4)
フォローの仕方も計画に入れて注意する
 注意のあとのフォローは、子どもたちの感情の高まりを静め、どう行動すべきか考え行動に移す意欲を喚起します。その子のプライドを高めるような言葉も効果があります。
(5)
注意するのは、あやまらせるためではなく、今後どうすればよいかを確認する
 注意して、あやまらせても、子どもは同じことを繰り返してしまいます。どのように取り組めばよいのかを考えさせ、確認することが必要なのです。
(6)
教師に反発する子どもへの対応方法を持つ
 教師に反発し感情をぶつけてくる子どもに対して、事前に対応する言葉がけを身につけておけば、教師が感情的になることを防ぎ、子どもに教師がまきこまれるのを防ぐことができます。
 まきこまれそうになったら、それを一旦切る言葉がけや対策を事前に決めておくことです。例えば「これ以上話していたら、先生も本気でキレちゃうから、あとは昼休みに相談室でじっくり話しましょう」という具合に、その場を一旦収めてしまうのです。
 間をおくことによって、お互いの感情の高まりを静めるわけです。時間をおいて、じっくり話すのです。こうすれば、教師も子どもも感情的になるのをおさえられます。
 相談室では、子どもに最初にどんどんしゃべらせます。その後、具体的な事実を提示し、そのことについて認めさせます。そして、対応策を教師がいくつか示して、そのなかから選ぶようにさせます。最後にその内容を復唱させて、終わりにします。
(7)
聞く耳を持たない子
 聞く耳を持たない子は、教師がそばに寄り、感情面を中心にトーンを落として淡々と語ってあげます。最後に「きみはどう思う」と質問します。返事がなかったら「先生の言ったことを考えてね」と伝えます。
 反応がないからといって、注意を怠ってしまうと「Aくんは、何も言われないじゃないか」と、問題を起こした子どもに注意しずらくなります。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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叱るときの大切なポイントとはなにか

 小学校段階では、大人が「いい・悪い」をはっきりと教えなければなりません。何がよくて何が悪いのか、端的に指摘して教えてあげるのです。そのためにも、短い言葉でズバッと叱ってあげることです。遠慮することはありません。
 時代のせいでしょうか、ひどく気持ちの悪いくらい、子どもに迎合し、遠慮してやさしい言葉をかける教師がいますが、どうかと思います。
 誤解を恐れずに言えば、やさしすぎるだけの教師は子どもをだめにする危険性があります。叱ることを恐れずに、だめなものはだめだと叱りましょう。
 絶対やってはいけないのは、信頼関係もできていないのに高圧的な感じで叱ることです。しかも正論たっぷりと。教師と子どもの心理的な距離が遠くなるだけです。
 学級開きの時に、子どもに「この先生の言うことなら聞こう」と思わせ、子どもとの信頼関係を築くべきです。信頼関係の構築を日頃から心がけておく必要があります。
 強い口調で叱ると、雰囲気は重くなります。だから、叱った後、すぐにケロッとして、何事もなかったかのように進めることが大切です。
 そのためには、叱った時に、次の一手を瞬時に考えます。すぐに切り換えて笑顔になることもいいでしょう。時には、ユーモアを使って切り返すことも。
 たった一言を入れるだけでも違います。極端な例だと、ドスの効いた声で叱ると、子どもは直立不動になります。そこへ「なんちゃって!」とテンションを変えると、全く空気が変わります。
 もちろん、その後に「って冗談だけど、掃除はしっかりやろうな」と、最後にしめなければなりません。大切なのは、叱った時の重苦しい雰囲気を振り払うことです。
 
「お前はどうしてできないんだ!」「なにやってるんだ!」など、子どもを主語にして叱ると、子どもは自分そのものを否定された気持ちになってしまいます。
 相手を主語にするのではなく、叱る時に主語を自分にする「Iメッセージ」を使用します。教師である自分がどう思っているか、どう感じているかを子どもに伝えるのです。
 
「先生は残念だと思うな」「先生は、どうしても○○くんが、そういうことをする子には思えない」など、自分を主語にして話をすると、相手もそのメッセージを受け止めやすくなります。
「Iメッセージ」は、コミュニケーションの重要な技能のひとつです。大切なのは、技能と感じさせないくらいまで、訓練を重ねることです。
 教師は、どうしても正論を言いがちです。特に、相手の年齢が低ければ低いほど。しかし、これには十分気をつけねばなりません。なぜか、嘘っぽく相手に伝わってしまうことがあります。
 
「ああ、また始まったよ。先生のお話が・・・・・・」と、心の声をつぶやいている子どもも少なくないのではないでしょうか。
 時に、正論を言わなければならないこともあるでしょう。だからこそ、正論くささをなくす工夫が必要になってくるのです。
 
「まあ、そうは言ってもね・・・・」「先生もさあ、小学生の頃・・・・・」など、正論で終わらない話を続けてあげるだけで、全く聞こえ方が違ってきます。
 そして、何より、自分はその正論を子どもに言う資格があるのか、それを常に問うような教師でなければなりません。
(
渡邉尚久:1969年千葉県生まれ。千葉県公立小学校教師を経て千葉市教育委員会に勤務。成功哲学を授業化、実践するだけでなく、子どもたちが誇りと自信の持てる授業づくりを進めている)

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子どもが納得するように叱るには、どのようにすればよいか

 「叱る」行為には、相手を否定する感情が指導するなかに含まれている。だから、できるだけ、自分の感情をださないようにすることが求められる。
 何かがあると、叱らなければならないときがある。なぜ起きたのか、本人に説明させることがまず必要だ。たとえどんな理不尽な理由であったとしても、まずは言い分を聞くことだ。
 言い分も聞かずに、叱ることは避けるべきだ。行動の裏の本人の理由を見きわめてから叱るようにしたい。
 一日の中で、叱る場面はしょっちゅうある。つい、言い分も聞かずに叱ってしまいがちだ。現場の教師にけっこうありがちなことである。叱ってしまってから、正当な理由があったことがわかってしまっては、子どもに不信感をもたれてしまう。
 子どもの言い分を聞くときは、本音を話させるようにしたい。そうしないと、表面的な解決になり、納得した結論に至らないからだ。では本音を引き出すにはどうすればよいか。
 それは、子どもの感情を否定しないことだ。「だって、あいつ頭にくるんだ」といった、どんな不条理な発言だったとしても、まずは「そうなんだ」と受けとめる。
 否定したりすると、次第に本音を話さないようになってしまう。本音がでないと、本当の意味での指導ができなくなってしまう。
 子どもの理由を聞いたら、教師の見方を伝える。たとえば「あなたもふざけて叩かれたら嫌だよね」と、嫌な思いになることを理詰めで話す。
 その後で「算数の勉強すごく頑張っていたし、友だちに親切にしていたのに、とても残念だね」と、教師がその子を肯定的に見ていることを伝える。
 叱られていると、子どもは自分の全人格を否定されているように感じるものだ。そうではなく、教師は行動を叱っているのだ。そのことを伝えるためにも、その子のよさを理解していることをアピールする必要があるのだ。
 そうすることで「あ、先生は自分のことをよく見てくれている」と感じるようになり、より指導の言葉が深く入るようになる。
 そして、これからどうしたらいいかを問う。子ども自身に考えさせ、行動を選択させることが大切である。子どもが「嫌だと思っても、叩かないようにします」など、自分で決めたことを評価したい。
 これは子どもの感情を受けとめてやったうえでないと効果がない。そうでないと、うわっつらだけの反省で終わってしまう可能性が高い。
 叱る場合は、感情を抑えて行うべきだが、悪質なケースは、語気を強めて迫力を出して叱り、話すことも必要である。時には、教師の怒った顔を見て、子どもが自分のしたことの重大性を認識できるようにさせる必要がある。
 叱った後は、その子の変容をしっかり見届けます。フォローすることで、「叱る」で終わるのではなく「ほめる」で終わることができます。「できるようになったね。えらい」とほめるのである。
(
佐々木 潤:1962年、宮城県生まれ、宮城県石巻市立公立小学校教師。授業づくりネットワーク・東北青年塾スタッフ。お笑い教師同盟・東北支部長。笑えて,知的な社会科授業を目指して実践研究、講演などを精力的に行っている。「一番受けたい授業」(朝日新聞社編)で全国76人の「はなまる先生」の一人に選ばれる)

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子どもに教師が批判されたときの対応と、子どもに嫌われないようにするにはどうすればよいか

 生徒に批判された場合、教師はどう対応すればよいだろうか。例えば「先生だって、自分勝手だ」と生徒に言われたとき、どう対応すればよいか。こう言われて、教師が感情的になって後で遺恨を残した例を私は二、三、見たことがある。いくつかに分けて考えてみたい。
1 日常会話の中で「からかい」として言われた場合
 日常会話で、教師と生徒が冗談を言う。例えば、明石家さんまがゲストを招いて、欠点を指摘し合って、お互いに笑い合う場面を想定すればよい。人によってはこうした行為を問題視する場合もあろうが、私はきわめて正常なコミュニケーションであると考えている。
 教師と生徒との間にこうした応酬があるということは、暗黙のうちに次のような前提が成立していることを意味するからである。
(1)
教師と生徒とが、互いに一人の人間として認め合っている。
(2)
教師と生徒との双方が「ともに楽しむ」時間を共有化しようとする意識をもっている。
(3)
生徒が教師をどこまで茶化してよいか、どこからは目上の人に対して本当に失礼になってしまうか、という線は心得ている。
 中学3年生くらいになると、日常生活でのこうした応酬は、かえって潤滑剤として機能する。生徒とこうした関係を築けている教師の学級は、まず荒れることはない。
 こうした在り方を失礼だと問題視し、堅い雰囲気の中で学級経営をしている教師の方が、生徒との関係を築いていない場合が多い。
 私は、生徒からこうした適度な「からかい」を受けた場合、かえって生徒の成長を、そして生徒と自分との人間関係が円滑に行っていることを感じ取る。
2 生徒が興奮した場合
 興奮状態の生徒が教師に対して暴言を吐くことは、十分にあり得ることである。まだ軽い方であるかもしれない。まずは、必ず複数の教師であたり、興奮をおさめることが先決である。
 こういう興奮状態の生徒に対して、説諭しようとしたり、きつい指導を加えようとすると危険である。まずは、落ち着かせることである。
 具体的には、人のいない、ソファのある部屋(相談室など)に連れて行き、お互いに黙っている時間を共有することである。沈黙状態が続くことで、興奮状態の生徒も次第に落ち着いてくる。
3 生徒が、ものを考えずに行っている場合
 その生徒が幼いがゆえに、あまりものを考えずに言っている場合である。
 この場合には、細かに対話するよりも、大声をあげて圧してしまった方がよい。このタイプの生徒は、教師と生徒との上下関係に対する認識がない場合が多い。つまり、自分が日常会話の中で友だちを批判するのと同じ感覚で教師を批判しているのである。
 まずは、教師が一人の大人として、失礼なことを言ったら、叱られる、ときには怒鳴られることさえある、ということを生徒に体験させてやることが必要である。
4 生徒が冷静に反論してきた場合
 精神的にもある程度成長している生徒が、教師の日常的な対応を冷静に分析した上で、この言葉を言っている場合である。
 この場合の対応の心構えとして必要なことは、相手が子どもだからといって、なめないことである。つまり、言い分けしたり、言葉でごまかそうとしたりしないことだ。
 まずは、教師と生徒の一対一でじっくりと対話できる場所に移動する。(ただし、男性教師と女子生徒の場合は、複数教師でありることもあり得る)
 そのうえで、その生徒が教師のどのような対応を指して「自分勝手だ」と言っているのかを、例をあげて指摘させる。生徒が例を説明している間、一切、口をはさんではいけない。まずは、すべてを吐き出させる。メモをとってもいけない。
 生徒が例をすべてあげたら、次に必要なのは、それらの例の一つ一つの出来事を、本当に起こった客観的な「事実」と、この生徒の「思い込み・解釈」とに分けていくことである。一つ一つ時間をかけて、それぞれに対して生徒が納得しているか否かを確認しながら、分けていく。
 その結果、「事実」として教師に自分勝手な行動があった場合には、非を認め謝罪する。必要があれば、学級全体に謝罪することもあり得る。
 教師が謝罪することは、思いのほか、生徒たちに肯定的に受け取られるものである。多くの場合、わだかまりがほぐれる。
 しかし、他の生徒の個人的な事情によって、教師としてはそのような対応をとらざるを得なかった場合、ということがあり得る。この場合は、プライバシーの侵害にならない程度に、その対応の意図を説明して、理解を求める他はない。
 これができないほどに深刻な事例の場合には、その生徒との関係を修復できないままに学級経営を進めていくしか道はない。他の教師にフォローをお願いしながら、学年体制でこの生徒にあたることになるだろう。
 気をつけなければいけないことは 「この言葉が生徒から発せられたら、こう対応すべき」とマニュアル的に考えるのは危険である。言葉は具体的な場面・状況の中で発せられるものである。発せられた言葉と場面・状況とは、決して切り離して考えることができないからである。
 教師が生徒に面と向かって批判されるようでは、ほとんど教師失格に近い。教師は生徒に嫌われてはいけない。現在は「教える-学ぶ」関係が崩れてきている。生徒に嫌われないということは、すべての教育活動を行ううえで大変重要な前提となっている。
 生徒に嫌われることは、保護者にも嫌われることを意味し、様々な日常指導へのクレームも多くなってしまう。
 生徒に嫌われないためには、教師自身が生徒にどのようなキャラクターとして映っているのか、まずはそれを確認することから教師修業が始まるのである。
 教師のキャラクターを決めるのは、生育歴に基づいた人生観、容貌、体型、声の質といった決定的なことから、表情の豊かさ、明るさ、言葉づかい、バイタリティー、行動力など、の総合力としての「ある種の威厳」の有無。こうしたことを徹底して自己分析することである。
 教師の自己認識と他人への見え方とは、かならずしも一致しないものなのである。そこで必要なのが、自分のキャラクターが生徒や保護者にどのように認識されているのかを分析することである。
 私が生徒の問題行動に対して怒鳴ったとき、どの程度の効果があるのか。それは隣の教師と比べてどうか。など自己キャラを分析し、それに基づいた具体的な指導とその効果を分析し続けることで高まっていくのである。
 例えば教育技術の習得について考えると、名人と呼ばれる実践者の教育技術を追試する前に「己を知ること」が必要である。己を知ってこそ、追及すべき技術か追及すべきでない技術が、自覚的に分けられてくるのである。
 生徒はただ優しく、おもしろい教師を好むものではない。やがてばかにされ、軽視されるようになっていく。また、厳しいだけでもいけない。指導が効かなくなっていく強面教師をよく見る。要は「優しさ」と「厳しさ」とを場面に応じて使い分けられ、しかも、その判断基準に一貫性のある教師、つまり「教師の資質」が問われているのである。
 生徒に嫌われない手だてというものは、いくつもある。それこそ教師のキャラクターによって異なる。キャラクターに合わせた行為を、計算されてなされる技が求められる。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」を設立、道内の民間教育団体でつくる「教師力ブラッシュアップセミナー」顧問)

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