カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

教師が子どもを叱ることの神髄とは、何か

 私たち教師は、ほめるのが上手でない。生徒のころから、コツコツ勉強するタイプの教師が多いからではないか。
 だから「なまけて、いたずらをする」子どもに対する、教師自身の実感がないので、そういう子どもの理解が乏しい。
 いたずらをする子どもをほめても、心の中でそう思っていない顔をしている。子どもは敏感で、そういうことはすぐわかってしまう。
 ほめるとか叱るとかは、相手の心、子どもの気持ちに訴えて、相手が変わることを期待してのことで、その根底には相手への愛がある。
 わざとらしくなく、自然のうちに出てくるような、そんな愛情に裏うちされたものが望ましい。例えば、叱るとき
「きみが、そんなことやったとは、いまだに信じられない」
「失敗をどうしたら生かすことになるのか、一緒に考えて行こう。自分の失敗を考えるのは、つらいことだろうが、失敗を薬にするために、じっくり考えてほしい」
 こういう言い方の中に、教師のあたたかい愛情がにじみ出ていく、そんな気づかい、心くばりが大事だと思う。
 ほめた自分、叱った自分が、相手によく思われたいとか、感謝されたいとかいう気持ちがひとかけらでもあったら、そのイヤラシサが見透かされてしまう。
 叱った教師が自己満足に過ぎない場合などは、なおさらである。そういう場合は、効果がないどころか逆効果になる。
 ある行為を直させようとして叱ったつもりが逆効果になる。そういうことは、よくあることだ。
 そのときの叱り方がいけないとか、もっと厳しく叱らなければならないとか、叱り方が問題になるが、もっと大事なことは、叱った自分の気持ちなのではないか。
 どんな気持ちで自分は叱ったのか、どんな気持ちで、その生徒にそんな話をして聞かせたのか、そういうことではないだろうか。
 親が自分の性格で自分の嫌いなところを、わが子に見いだして不機嫌になる。そういうわがままが人間にあるものだ。
 そして「自分がこんなに一生懸命にやっているのに、お前には、わからないのかァ!」などと相手のせいにする。
 教師とても同じことだ。自分と同じ立場の同僚が
「そうだそうだ、もっと厳しくやったほうがいい!」
「〇〇先生、あなたが怒るのもムリはない」
などと言うから、教師は、つい、叱る自分の気持ちをつきつめずに終わる。
「どんな気持ちで、自分は叱ったのか」
「どんなことを期待して、自分は〇〇しようとしているのか」
 そして、それは「子どものため」なのか「子どものためだけなのか」それとも・・・・と、つきつめて考えることが、非常に重要である。
「人に物をあげるのに、一番よいあげかたは、相手に物をもらったという気持ちを起こさせないことである」
これは、ある先哲の言葉である。
 教師がだれをも叱っていない。しかし、学級の生徒一人ひとりの心に、自分を叱る自分を感じさせる。こういう実践こそ、叱ることの神髄といっていいと私は考えている。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師
)

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教師が子どもを叱るとき、子どもと距離をとってから叱るとよい

 私が、新任当初、すぐ叱る怖い先生でした。でも、いくら叱っても、子どもたちはビビるどころか、ニコニコしながら聞いているのです。「叱られている感」がまったくないのです。
 そんなときベテラン教師と、合同授業をする機会がありました。
 授業中、子どもたちは騒いでいましたが、ベテラン教師が大きな声で叱り始めると、子どもたちは全員シュンとして、教師の話を聞き出したのです。
 叱るとき、私とベテラン教師との違いは、教師と子どもの間の距離でした。
 私のように子どものすぐそばに立って叱るのではなく、ベテラン教師は子どもと少し距離をとって叱っていたのです。
 私は、ベテラン教師を見習って、子どもから50センチから1メートルくらい離れてみました。
 そして、一言、二言、子どもを叱ると効果はてきめんでした。
 あっという間に、子どもの目から涙があふれてきたのです。
 子どもを叱るとき、わざと50センチから1メートルくらいの距離をとると効果が倍増します。
 子どもを叱るとき、適度な立ち位置、距離はとても大事です。
(上條晴夫:1957年山梨県生まれ、小学校教師(10年)、作家、教育ライターを経て東北福祉大学教授。学習ゲーム研究会代表、お笑い教師同盟代表、実践!作文研究会代表) 

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教師が子どもに指示するときや叱るときは闘いだ、どのようにすればよいか

 剣道、空手、けんかなど様々な闘いには共通していることがある。それは視線だ。
 けんかでは目をそらした方が負けである。目を合わせられないのは気押されているからだ。子どもと視線を合わせられない最大の理由は、気が弱いからだ。
 私は小学生のころから気が弱かった。気の弱さと恐怖心とは同一である。教師になってからもこの傾向はずっと続いた。
 子どもとうまくいかなくなると、恐怖心がむくむくと顔をもたげた。自分が傷つけられる恐れを感じるのだ。
 子どもが何かをするわけでなく、ただ、自分が「恐怖を抱く」のだ。
 気が弱いと無意識に子どもを見ていないものだ。子どもを「見るぞ」と構えないと、気の弱さによる無意識の視線回避は避けられない。
 子どもを二度見ることで視線は鍛えられる。
 例えば、床に教科書や帽子や筆箱を落としている子どもに、目で合図して拾わせるのだ。
 その子どもと視線を合わせ、落とし物を見て、またその子どもと視線を合わせる。子どもは「あ!」という顔をして、あわてて拾う。拾った後、また視線を合わせて「にこっ」とする。
 私の指示は視線を合わせて言う。しかし、視線を合わせるだけではだめだ。視線を「目の奥まで入れる」のである。そうすると、目に力が入る感じがする。
 子どもをしかる時、注意する時、これも闘いだ。
 子どもに、こびたようなもの言いは、たちまち子どもに見抜かれる。くどくなると嫌がられる。
 足を肩幅に開き、重心が両足の間にあるようにして、姿勢を安定させる。声がうわずってはならない。
 下腹に息を一瞬落としてから、声を出す。これでドスのきいた声が出る。
 顔も大事だ。厳しい顔でいい。子どもが反省したら「にっこり」するのだ。
 子どもを指示通りにさせるのは闘いだ。
「言われた通りにやれ!」と気迫をこめなければならない。
 指示は、明確な上にも明確でなければならない。
 子どもが指示通りに動かなければ、やり直しだ。やりきれるのかどうか、腹を据えてかからねばならない。「やらせきる覚悟」が必要だ。
 大事なことは、教師が言ったことを「必ずさせる」ということだ。
 でも、暗くならず、明るく、きっぱりと「必ずさせる」という気迫を持って、子どもたちが「アレレ?」と思っているうちに子どもにさせられればいい。
 子どもになめられていては絶対にできない。気迫ある言動を見せておかないといけない。
 最初が肝心だ。出会いの最初は子どもも教師の様子をうかがっている。一応、教師として一目置いている。
 この時なら、指示をし、その通りやらせるのは容易だし、教師の気迫を感じさせることができる。
(
坂元弘平:鹿児島県公立小学校教師
)

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怒鳴らずに学級が成り立つほど学校現場は甘くない、教師には怖さも必要、怒鳴ることも大切だ

 私は、教師にはある種の怖さが必要だから、怒鳴ることも大切だと考えている。
 いつも怒鳴っている教師は子どもたちも嫌うし、子どもに背を向けられる。
 たまに雷が落ちるから怖いのであって、月に1回が限界である。
 効果的なのは、クラス全員の前で怒鳴ることだ。「こんなことをしたら厳しく叱られるんだ」と伝えることができる。
「いつ、何について、どの子に」にカミナリを落とせばいいのか、冷静な策略が教師には必要だ。
 特に「どの子」を怒鳴るかは大切だ。
1 怒鳴っていけない子
(1)
発達障害をもつ子
 みんなの前で叱ると、クラスのみんながその子の問題に気づく。その子はクラスに居場所がなくなり、ますます問題行動を起こす。
 その子が問題行動を起こしてもじょうずに「流し」、その子の良さを教師がどんどん宣伝していくと、その子はクラスに居場所ができ、問題行動を起こさなくなる。
(2)
女子
 女子はレディとして接する。その子の好きな男子がいるかもしれない。恥をかかせたら、その子は教師に背を向けるに決まっている。女子をみんなの前で怒鳴ったらゲーム・オーバーだと心得る必要がある。
(3)
やんちゃくん
 対峙して反抗的になるぐらいなら、放っておけばいいのだ。2,3人いてもクラスが壊れることはない。 
 どの子にも言えるが、最近の子はプライドが高い。原則、みんなの前では怒鳴らないほうがいい。原則、叱るのは、呼んで個別に叱るのがベストである。
2 怒鳴ってもよい子
(1)
「やんちゃくん」の周りの子どもを個別に叱る
 やんちゃくん予備軍の子どもたちがやんちゃくんの真似をして悪いことをしようとしたら、怒鳴って止める。
 やんちゃくんが4人、5人、6人と増えていくと、学級崩壊の危険が高まる。
 だから、やんちゃくんが増えないように周りの子を厳しく叱るのだ。
 ただ、みんなの前で怒鳴られたことを恨みに思って、やんちゃくん化されても困る。だから個別に呼んで叱る方が効果的だ。
(2)
叱られ役の子どもを、怒鳴って叱る
 私は、いつも叱られ役の子をつくっている。
 明るい男子で、教師のことが大好きで、絶対に背を向けない子どもがいい。
 みんなの前で怒鳴る代わりに、その子のことは全力で可愛がる。ドッジボールをすれば、その子にパスを出す。もちろん、一番多く話しかけるし、手伝いもその子に頼む。そして、うるさい保護者でないことが大前提である。
 今どきの子どもは、叱られ慣れしていない。きちんと策略を練って叱らないと、子どもたちの心は離れていく。
 怒鳴るには気を遣う。しかし、全く怒鳴らずに学級が成り立つほど学校現場は甘くない。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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子どもたちを「上手に叱ることができる5つの基準」は、すばらしい叱り方と思います

 私にとって、子どもたちを「上手に叱れる」ようになるというのは長年の課題です。
 私は子どもたちから「授業が分かりやすくて楽しい。やさしくて笑顔が絶えない先生」と、毎年、書いてもらっています。
 でも、子どもたちがリラックスしすぎて、うるさくなる。勝手なことを始める子を上手に止められないという悩みも同時にもっていました。
 新学期が始まる直前の春休みに私は「たのしい授業・学級開き直前ゼミナール」に参加し、叱るということについて学びました。
 山路敏英(東京都中学校)先生が次のような話をされました。
「私は、危ない、迷惑、失礼、ずるい、下品なことは嫌いです。だから叱ります」
「1危ない、2迷惑、3失礼、4ずるい、5下品の順で叱りますと、子どもたちに宣言します」
「こういう優先順位を決めておかないと、子どもたちを叱っても、うまく逃げられることがあるんだよね」
「例えば、授業中におしゃべりをしているAがいるとする」
「『A、おしゃべりをやめなさい』と注意すると、Aは『どうしてオレばかり注意するんですか。Bは寝ているのに注意しないんですか』」
「こういうときに、自分の中に基準や優先順位をしっかり持っていないとグラついてしまう」
「そして、そうだな、Bも注意しなくてはとなって、Aにごまかされたりする」
「だけど、この優先順位を持っていると『Bの寝ているのは3の失礼、Aのやっていることは2の迷惑。Aの方が叱られる順位は上だ』とビシッと言える」
 私は、この話を聞いて「なるほど」と思いました。私も叱ったはずの生徒にごまかされてしまうという、くやしい思いをよくしたからです。
 さっそく新学期からマネをしてみようと決めました。
 4月、中学1年生の担任になった私は、さっそく新学期2日目に、5つの基準について紙に書いたのを生徒に見せながら
「私は、こういうことが嫌いです。こういうことをすると叱ります」
と話をしました。生徒は「へぇ」という顔で聞いていました。5つの基準を書いた紙を黒板に貼っておきました。
 何日かたつと、子どもたちの緊張もとけて、叱らなければならない場面が出てくる。
 そしたら、なんと、私が子どもたちに注意したいことのほぼすべてが、この5つの基準に見事にあてはまりました。
 例えば、私が大事なことを伝えているとき、子どもたちの「おしゃべり」に、すかさず私は話を止める。
「今のは何番?」と子どもたちに問いかける。
 するとすぐに「2番の迷惑」「3番の先生に失礼になる」と子どもたちが応える。
 私は「そうだよねー。エライ」なんていう感じ。
 何かで叱られて「オレだけじゃない」って言い訳をする子どもがいたりすれば、他の子どもたちが、すかさず「4番のずるいだ!」と声をそろえてくれる。
 うわぁ、こりゃ助かる。子どもたちが自分たちで、ちゃんと自分たちの行動を律してくれる。お互いにしつけあってくれる。
 しかも、イヤな感じがちっともしない。叱ることにあんまり自信がない私なのに、今年は上手に秩序を作っていけている。
 私も、基準があるから自信をもってビシッとでっかい声でみんなの前でも叱れる。だから、クラスの雰囲気も「いいことはいい」「ダメなものはダメ」っていう、いい感じに自然になっている。
 山路先生の5つの叱る基準のおかげで、間髪をいれずに、核心をついて的確に短く、ビシッと叱ることができるというのは、子どもたちにとっても理想的な叱られ方に近いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(
滝本 恵:埼玉県公立中学校教師
)

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学級に荒れを生む叱り方と、荒れない叱り方とは

「〇〇さん、そんな授業態度でいいと思っているの。何度言ったら分かるの。どうしてそんなことばかりするのか言ってごらん」
 私は4年前、授業に遅れてくる、授業中に立ち歩く、おしゃべりをする一人の5年生に毎日こんな叱り方をしていた。
 クラスを何とかよくしようと思って叱るのだが、子どもたちとの関係が日を追うごとにうまくいかなくなっていった。
 あげくのはてに、この一人の子になびいていく子が出てくる始末だった。
 そして、学級は荒れていったのである。私は「なぜ」と悩み、苦しみ、元気をなくすと、本当にすべてうまくいかなくなった。
 教室にいることが恐くなり、45分間の授業がとても長く感じた。
 こんなクラスの状態の中でも、精一杯に頑張っている子どもたちがいるのを感じ、クラスを少しでも立ち直らせなければと、自分自身に叱咤激励の毎日だった。
 11月になって、となりのクラスの担任から紹介してもらった向山氏の本を読んで、次のような失敗をしていることがわかった。
(1)
集団の秩序を優先せず、はじめに個人に優しくしすぎた
 今の学校に転任してきたばかりで、子どもたちに嫌われたくなかったので、子どもが授業に遅れてきたとき、優しく対応していた。
 このとき「遅れてはいけません。次は遅れないと約束できるのなら、座りなさい」と、厳しく対応しておく必要があった。
(2)
授業をつぶして、だらだらと叱った
 はじめに優しくしたばかりに、どんどんアドバルーンを上げられ、指導しきれなくなり、ヒステリックに叱った。叱るために授業の時間が減っていった。
 学力の保障を怠った長い叱り方は何の役にも立たなかった。
 授業中のおしゃべりだけを叱り、立ち直りのチャンスを与えることも大事な叱り方だった。
(3)
集団の中で叱らず、集団を味方にできなかった
 廊下に出して、注意を繰り返した。それでも、言うことを聞かなかったときは、ヒステリックに声を出して叱った。
 クラス全体の雰囲気が悪くなるのを感じたし、この一人の子の反抗はエスカレートしていくばかりであった。
 問題行動をした子どもを孤立させることが、素直にさせる一番の方策であった。
 冷静に行動の是非を問うことが問題行動をやめさせる早道である。
 感情的になり、知的に語ることもなかった私こそが集団を統率できなかったのである。
 叱り方の原則である、
 確認という叱り方。ほんの少しのからかいも許さない叱り方。集団を味方につける叱り方など、原則をはずさないように修業を積んでいきたい。
(
山本美薫:大阪府公立小学校教師) 


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子どもをほめることは、叱ることよりも難しい、ほめ方がうまくなるにはどうすればよいか

 人の短所は、見ようとしなくても見えてしまいます。しかし、長所は意識しないと見えません。「ほめる」ことを意識すると長所が見えてきます。
「ほめたいのだが、ほめるところが見つからない」という教師は「できて当たり前」と考え、評価基準が高すぎることはないでしょうか。
「欠席しない」「忘れ物をしない」「元気がよく、活発である」など、本気でほめたいと考えているならば、どんなことでもほめる要素は無尽蔵にあります。
 教師は、子どもと信頼関係をつくり、子どもの個性や夢を引き出し、実現させることが大切です。
 ほめるというのは、この信頼関係を築くためです。信頼を得るまでには、手間も時間もかかるものです。
 教師も人間です。「どうしても気が合わない」という子どもがいたら、どうしますか。
 気が合わない子どもは、なおさら、悪いところばかり目についてしまうので「気の合わない子どもの長所を探しながら見る訓練」をします。
 長所は行動に表れますから、その行動をつぶさに観察し、記録しましょう。私は一日に三つ、子どもの長所を記録しています。
 さらに、私は気が合わない子どもをほめるとき、ほかの子どもを使ってほめています。
 そのほめ言葉が、回りまわって、本人の耳に入り、人間関係の修復に役立つことがあります。
「うなずき」や「あいづち」は、ほめしぐさです。
 話をしているとき、相手が「うんうん」と、うなずいてくれると気分がいいものです。話を理解し肯定してくれていると感じるからです。
 やや前かがみになり、目を見て、タイミングよくうなずいてください。話に熱が入ったところなどには、より深くうなずきます。
 教師が子どもに信頼されるためには「あなたの存在を感じていますよ」と、子どもを認知することから始めます。
 それによって、人間関係の土台ができれば、ほめる効果は確実に積み重なっていきます。
 子どもを喜ばせることばかりを意識すると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。これでは、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 教師の心理状態は無意識のうちに、表情やしぐさににじみ出るものです。言葉だけでどんなに繕っても本心が見抜かれてしまいます。相手を心からほめる気持ちを持つことが大切です。
 子どもから信頼を得るためには、次のように順序があります。
(1)
子どもの可能性を認める
(2)
子どもの行動や気持ちに注意を払ったり、気にかける
(3)
子どもの立場や気持ちをくみとる
(4)
子どもの良い点も悪い点も受け入れる
(5)
子どもの実績をほめる
どんな子どもでも、高く評価してくれる教師の話には熱心に耳を傾けます。
 教師は、子どもをほめることを通して、新しい発想ができるようになり、能力を高め、人間力も高まります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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子どもが問題を起こし注意するたびに、教師と子どもとの関係が悪くなる、どうすれば子どもが問題を起こしても関係がよくなるようになるか

 学校では、子どもたちが、いろんな問題を起こします。
 問題が起きるのは当たり前のことなのですが、私たち教師は、つい
「あ~ぁ、また、あいつか!」
などという態度で、問題を起こした生徒に対応しています。若い頃の私も、そんな教師のひとりでした。
 教師が「また、お前か」という対応の場合は、たいてい生徒も、いやな感情を抱きつつ、教師と向き合うことになります。
 そんな教師の態度に子どもたちが反感を抱いて、子どもたちとの関係が最悪になってしまうことがあるのです。
 私はある時、生徒との関係が毎年ギクシャクしてしまう若い同僚教師から相談を受けたときがありました。
「私だって、生徒に嫌われたくないんですよ。だから、今年こそは、うまくやりたいと思っていても、生徒がいろいろ問題を起こしてしまうので、そのたび注意することになる」
「すると、そのたびに生徒との関係がどんどん悪くなっていくんですよ」
「だから、生徒が問題を起こすたびに、ドキッとしてしまうんです。どうすりゃいいのかなーってね」
 これを聞いて、私は「生徒が問題を起こすたびに生徒との関係が悪くなって、悩んでいる教師がいっぱいいるんだ」と思いいたったのです。
 どうすれば、生徒と「いい感じ」で対応できるのでしょうか。
 私は、問題を起こした生徒に向かって
「あれっ、どうしたのよ。きみとしたことが?」
「なんか、よっぽどのことがあったんでしょう」
と、声がかけられる時は、いい感じで対応できるときなんです。
 こんな声かけが言えた場合は、生徒も
「そうなんだよ、先生。おれ、頭にきたんだよ。だって、・・・・・」
などと、話はじめてくれたりするのです。心を開いてくれる感じでね。
 そうなったら、うれしいですね。後は
「そうか、それは頭にくるよね」
などと、同情すべきところは同情する。
 反省してほしいところは、
「でもねー。この点は、まずかったよね」
と反省してもらう。そして、
「この先、どうしようか?」
と。一緒に考える。
 つまり「良き相談相手」の立場に立てるわけです。
 子どもたちにしても、
「あー、まずいことしちゃった。困ったことになったなー」
と困惑しているはずですから、こんな時、大人の相談相手の出現はうれしいことなのです。
「あれっ、どうしのよ。きみとしたことが?」と言うセリフは、言いづらいですよね。
 たとえ、言えたとしても、生徒に教師の心を見透かされ「見え透いたオセジ」になってしまう危険がいっばいです。
 そこで、やはりふだんから、お互い相手を認められる関係でいられるかどうかということが大切になるのです。私が心から言えたのは教師になって3年目でした。
 心から話かけられるようになるには、どうしたらいいのでしょうか。
 友だち同士だったら言えますよね。
 私の場合「今、生徒といい関係だな」と実感をもてるときは、私と生徒が心から授業を楽しめているときなんです。
「へぇ、こう考えるといいんだ。新しい世界が見えてきて、うれしいな」
「みんなで学び合うって、すごくたのしいな」
「あいつ、やるじゃない。見直した」
「私の、予想どおり、私ってすごいのかも」
 こんな感じで、教師と生徒が
「授業のたのしさ」
「自分のすばらしさ」
「他人のすばらしさ」
の発見の喜びを共有し合える。
 そんな授業を1時間でも多く体験できるといいな、思っているのです。
 私の場合、それが仮説実験授業で実現できているのです。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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学級のルールやマナーは、どうすれば簡単につくれるでしょうか

 学級のルールやマナーを子どもたちと一緒につくっていくには、どうすればよいでしょうか。
(1)
ルールをつくる
 私は学級のルールは、教師が強制するのではなく、子どもが起こす「事実」からルールを作っていくというのが原則です。
 子どもたちが「生活していくうえで、体験した困ったこと」をルールにしていくのです。
 例えば、Aくんはいろんなところでトラブルを起こします。教室から出ようとすると、友だちを押したりします。そこで、私は子どもたちに聞きます。
教師:「友だちに押されるのは、いいの? いやなの?」
子どもたち:「いやだ! ケガする」
教師:「じゃあ『友だちを押してはいけない』というのをクラスのルールにしていいですか?」
子どもたち:「いいでーす」
そこで一つのルールが生まれます。
 もし、ルールを守れなかったときは、教師が子どもたちに
教師:「やってはいけない、とわかっているのに、やってしまうのはなぜだと思う?」
と、子どもたちに「なぜ」と問いかけます。
 子どもの行動の裏側を探る材料にしていくのです。
 友だちを押す原因が、友だちと関わりたいというメッセージであれば、みんなと一緒にできる遊びを提供する。興味・関心のある事で、友だちとつながる通路をつくってあげる、など、工夫していくとよい。
 ルールづくりで、もう一つ大切なことは
「クラスの半分以上の子どもが賛成すればルールを変えることができる」
など、ルールを変えるためのルールをつくることです。
(2)
マナーをつくる
「進んでしよう」というのが、マナーです。例えば
教師:「友だちに、あいさつしてほしい子?」
子どもたち:「してほしい!」
教師:「じゃあ『あいさつをする』というのをクラスのマナーにしていいですか?」
子どもたち:「いいでーす」
そこで一つのマナーが生まれます。
 特に私のクラスは、あいさつの前に必ず、名前をつけようということになっていて、朝、先生に会うと
子どもたち:「斎藤先生、おはようございます」
と言われると、私はいったん立ち止まらなければならない。
 ただの「おはようございます」では通り過ぎてしまうのですが「〇〇先生」がつくと、教師も立ち止まって「〇〇さん、おはよう」と返します。
 子ども同士でも、
「太郎くん、おはよう」
「みどりちゃん、おはよう」
と、あいさつするようになります。
 そして、私が教室に行くと、ドアを開けたとたん、
子どもたち:「斎藤先生、おはようございます」
そんなふうに言われると、とっても気持ちがいいですよ。
 その瞬間、いやなことも忘れてしまいます。あいさつだけで、教室が和やかになります。
(
斎藤 修:1953年福島県生まれ、元千葉県公立小学校教師、全国生活指導研究協議会常任委員)

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子どもを注意したとき、反発されないためには、どうすればよいのでしょうか

 教師の注意や叱責が子どもに受け入れられず反発され、教師が子どもと感情的にやりあってしまうことがあります。
 その子どもに対して失敗であるばかりでなく、周りの子どもたちにもマイナスの内容を学ばさせていることになります。
 学級には一人か二人くらい、教師の感情を逆なでするよう発言をしたり、教師をバカにしたような態度をする子どもがいます。
 このようなとき、事前に対応する行動や言葉を教師は身につけておけば、感情的になることを防ぐことができます。
 教師は子どもの性格や特徴に合わせて効果的な注意をすることが必要です。そのためには、
(1)
その子どものプライドを傷つけない配慮が必要
 他の子どもが見ている前で、厳しく注意を受けたばあい、子どもはプライドを傷つけられたと感じます。教師に反発してしまうかもしれません。
 注意する場合は、その子どものプライドを傷つけない配慮が必要です。そのためには、タイミングと場所、注意する時間の長さをその子どもに合わせることが必要です。
(2)
注意するときの子どもの抵抗を軽減する
 子どもが教師の言葉を素直に聞く姿勢を形成するようにします。
 最初に、子どもの抵抗や反発を少なくするため、
「きみも気づいていると思うが・・・・」
という具合に前置きし、いきなり叱責しないような配慮が必要なのです。
(3)
注意する内容は現在の行動や態度だけにする
 掃除をサボったことを注意するときに、以前のこともひっぱりだして叱ってしまわないことです。
 これでは、人間性も否定されたという感情を子どもに持たせてしまい、自ら反省しようという意欲をなくさせてしまいます。
 注意するときは、現在の問題にしぼって短くすることが大切なのです。
(4)
注意の後のフォローも計画に入れて注意する
 注意した後のフォローは、とても大切です。
 子どもたちの感情の高まりを静め、冷静にどう行動すべきか考え、行動に移す意欲を起こさせます。
 その子どものプライドを高める言葉も効果があります。たとえば、
「このレベルのことは、他の子には注意しないが、きみには、もっと高いレベルをめざしてほしかったんだ」
(5)
今後、どのように取り組めばよいか考えさせる
 注意して「ごめんなさい」と、あやまらせても、子どもが同じことを繰り返すかもしれません。
 例えば、掃除のさぼりを注意されたら、今日の掃除のさぼりにどのように責任をとるのか、明日から、どのように取り組むのかを考えさせ、確認することが必要なのです。
(6)
感情を教師にぶつけてくる子どもは、対応策を事前に持っておく
 教師に感情をぶつけてくる子どもに対して、感情的に対応してしまったら、これは指導ではなくなります。
 学級には何人か、教師をまきこむような子どもがいます。
 このような子どもには、事前に巻き込まれないという意識を教師が持つことが必要です。
 まず、教師が、このような子どもに感情的になってしまう自分の問題は何かを考えます。
 例えば、教師が自分のなかの嫌な面をその子の中に見つけてしまい、感情的になってしまうという場合も少なくありません。
 次に、まきこまれそうになったら、それを一旦、切る言葉がけや対策を事前に決めておくことです。例えば、
「これ以上話していたら、先生も本気でキレちゃうから、あとはお昼休みに相談室でじっくり話しましょう」
と、いう具合に、その場を一旦収めてしまうのです。間をおくことによって感情の高まりを静めるわけです。
 こうすれば、子どもも教師も感情的になるのをおさえられます。
(7)
反抗的な子どもは、しゃべらせ、対応策を選ばせる
 最初に、どんどんしゃべらせる。その後、具体的な事実を提示し、認めさせます。
 そして、対応策を教師がいくつか示して、その中から選ぶようにさせます。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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