カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

子どもたちは、どんな叱られ方だと素直に聞け、どんな叱られ方だといやな気持になるのでしょうか

 私は、子どもたちに、
「どんな叱られ方だと素直に聞けますか?」
「どんな叱られ方だといやな気持になりますか?」
と、聞いてみました。
 子どもたちの答えは
〇熱血的なお説教がダラダラ続くと、最初は「悪かったな」と思っても、そのうちに「ハァー、謝る気なくなった」って思う。
〇一気に「ビシッ」て、叱ってくれれば、納得さえいけば「あ、本当に悪かったなって思う」
〇全然、言い分を聞いてくれないガミガミタイプはいや。
「そうか、そういう気持ちでやっちゃったのか」って共感してくれて、
「でも、それはこういうことで、まずかったよな」って話してくれるとちゃんと直そうって思える。
〇自分のその行いが、どのようなところで迷惑をかけているのかが、ちゃんと分かれば直せる。
〇具体的に、どこが悪いのか教えてくれると直せる。
〇人と比べたり、昔の悪い(本人の)話を持ち出してくるといやだ。
 それより「〇〇やって楽しい?」とか反省させるのがいいな。
〇やさしそうに言うより、ビシッと厳しく、はっきり叱られた方がいい。
 子どもたちの答をまとめると、
(1)
核心をついて的確に、短く、ビシッと叱る。
(2)
子どもたち本人が「何を直せばいいか」がちゃんとわかるように叱る。
といいってことでしょうか。
(
滝本 恵:埼玉県公立中学校教師
)

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叱られたと感じさせない、ほめられていると感じさせる叱りは、どのようにすればできるのでしょうか

 子ども自らが、反省し改善に向かう力を身につけさせるのが「叱り」本来の目的です。
 子どもはほめられることが好きです。
 子どもが「ほめられている」と感じることができるような叱り方を意識していきたいものです。
 子どもたちが「叱られたと感じさせない」ような「上級の叱り方」をするには、どのようにすればよいのでしょうか。
1 自分も認められたいという思いにさせる
 どんな子でも、他の子を意識しています。
 友だちが教師にほめられると、自分も同じように認められたいと、良い行動を見習おうとします。
 その習性を理解すれば、叱り方にも効果的に応用することができます。
 例えば、
(1)
授業中に姿勢が崩れてきた時、正しい姿勢で学習している子をほめるようにします。
(2)
素早く準備させたいと思えば、早くできている子をほめます。
 そうすれば、できていない他の子どもたちは、それに触発されて自然に正しい行動に改善していきます。
2 その子を期待しながら叱る
 子どもを伸ばすために叱るのです。
「先生に期待されているから叱られる」と思わせる叱り方をします。
「先生は、やればできる子を叱る」
「きみなら、分かると思うから叱る」
と伝えることで、子どもは自信をもつことができます。
 成長しようと、素直に叱られることを受け入れ、反省することもできるようになります。
3 叱られることを、素直に受け入れる姿勢を子どもにつくる
「叱られることは、大切にされていること」と、子どもに伝えよう。
 子どもを叱るときは、
「素直に叱られることはすばらしい」
「きみは伸びる子だ」
と、必ずつけ加えることが重要です。
 教師のひと言で、子どもは叱られることの真の意味を理解し、成長するための姿勢を身につけるようになります。
 叱りを受け入れる姿勢ができている子には、教師はより良くなるように指導したいと思うものです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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叱るとき、叱りモードを引きずらず、笑顔に戻る切り替えの早さは子どもの指導に役立つ

 いつまでも、叱りモードを引きずってはいけません。指導後は、気持ちを素早く切り替え、笑顔に戻りましょう。
 子どもを指導する時は、子どもの言動に教師の感情が刺激されることがきっかけになります。
 特に叱って指導する場合、よくよく気を付けなくては、感情が激しく揺さぶられてしまいます。
 感情に身を任せていると、どんどん怒りが増幅していき、ついに抑えきれなくなって、子どもに感情をぶつける危険性があります。
 冷静に叱るためにも、気持ちを切り替える余裕をもちましょう。
 叱りモードが長く引きずるのは、気持ちの切り替えができない未熟さが原因と言えます。
 教師は大人ですから、当然子どもと同じレベルではいけません。
 叱った後に、気持ちを切り替えて、通常モードで子どもに接するようにしましょう。
 つい先ほどまで厳しい顔をして怒っていた教師が、指導が終わったとたん、笑顔で通常モードに変わる姿は、子どもからすると、つかみどころのない怖さを感じるものです。
「先生は何もなかったような様子だけれど、本当のところは、どう思っているのだろう?」と、本心が分からない怖さです。
 この切り替えの早さは、子どもの指導にとても役立ちます。叱った後の子どものフォローのためにも、次の叱りのためにも、気持ちをすぐに切り替えることは重要です。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる)

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生徒を叱る目的は、集団の秩序を守ることです、その手段として叱る・説教があります、どう区別すればよいか

 教師が生徒を叱る時は、生徒が自分の悪行を自覚している時だけです。
 生徒が自覚していない時は説教して教えます。
1 生徒を叱る
 生徒を叱るのは、生徒が自分の悪行を自覚している時だけです。
 叱るときは、単純明快に「やめなさい!」「やめろ!」「やめ!」と叱ります。
 制止を命じるだけです。これが叱る行為のすべてです。
 必要なものは先生の勇気と気迫です。
 なぜなら、叱る対象は生徒の悪行で、しかも、生徒は自分が悪いことを自覚しているからです。
 多少の言い回しは違っても、本質は同じです。
 叱るときは理由はいらない。
 叱る時に、その理由をつけ加えると失敗します。
 わかりきったことを言うと、生徒はついつい反論したくなります。
 先生のくどい話を聞いているうちに、屁理屈を考え始めます。
2 生徒を説教する
 生徒が悪行を自覚していない時は、叱りません。説教し、やさしく教え説きます。
 善悪の区別がつかない生徒には「それは悪いことです。なぜなら・・・・・」と、わかるように教えます。
 生徒は子どもだから、知らないことがあれば、ていねいに教えます。
 当たり前だろうと思う常識でも、知らなければ教えるのが教師の仕事です。
 授業ができる教師は、説教がうまい。
 説教は、決まりきったことを教え説くことです。
 授業がうまい教師は、相手に合わせて説教するための方法を数多く知っています。
(
福地孝宏:1962年名古屋市生まれ、名古屋市立中学校教師。教育に関するHP開設し、実践で得た技術を紹介している。教師の悩み相談にも応じている)

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俺流の生徒の叱り方と学級崩壊に陥らないようにする方法とは

 学校の教師というのは勉強を教えるだけが仕事じゃないはずです。その子と向き合って心を揺さぶることも仕事ですから。
 俺は生徒たちと対立しても、気持ちでは絶対に引かない。自分が引いた線からは絶対に引かない。
 俺は生徒たちに情熱と正論で突っ張る。生徒たちは彼らなりの理屈で突っ張ってくる。
 その二つがガチンコになると、最後には絶対に、情熱と正論が勝つんです。教育の場では、絶対にそうなるんです。
 おまえの人生のためにおかしいだろうっていうのが教育の場では正論なわけです。
 今やっていることは正しいのか、正しくないのかは、生徒たちの心の中では、みんなわかっていますからね。
 しっかりと叱って、その子が涙を流した後に、黙ってギュッと抱きしめてあげれば、それでその子が変わってくる。
 問題児として、くくってしまったら、どんどんひねくれた方向に行ってしまう。
 俺なりに気をつけていることは、叱りっぱなしではなく、叱った理由とか、俺の本気の思いなどを、後からしっかり伝えてあげるということです。
 ほんとうに思いがあるなら、それはできるんです。
 もちろん、俺が叱ったら、生徒たちはみんな泣きます。俺は本気で叱りますから。
 でも、その後に「ちょっと来い」と。
 それで「叱った理由はわかるか?」って話をする。延々と説明します。
 そうなると方法論じゃないんですね。
 ほんとうにこの子のことが大事だと思ったら、ダメなことはダメと言わなきゃいけない。
 なのに、今の大人は、子どもたちを叱らなきゃいけないときも「いいよ、いいよ」と言って、優しさと甘さの線引きをぼやかしてしまう。
 そうすると、必ず子どもは、ぼやかされた線のところを行ったり来たりする。
 思いっきりそのままの気持ちを伝えることのほうが大切だというのに。
 俺は、教育にとって肝心なことは、今、自分の気持ちが子どもたちに届くときに、何をするかということに尽きると思うんです。
 先生が迷っていたら教育の答えは絶対に出ない。精一杯、動くほうが大切なんだと思います。
 知らない街を旅しているのが子どもで、教師はガイドだと思うんです。
 教師は「大丈夫だよ、この道だ」と言って、子どもと一緒に歩いていく。信念をもって共に道を探すガイドが、今の子どもたちに必要なんです。
 教育困難校などで、普通の教科書どおりの授業をしたら、間違いなく学級崩壊します。
 そうなると、ポイントになるのは、授業をする人、つまり教師の在り方になってきます。
 教師がどういう教材をつくって、どういう授業をするかになるんです。
 俺なんかは、教科書を参考にしながら、生徒たちの興味を喚起するような身近な事例を織り交ぜたプリントを作成して、授業をすすめています。
「一年間、このプリントをしっかり学び、一冊のファイルが完成したら、それがおまえらの教科書になる」
「俺の授業では、教科書がはじめからあるのではなく、みんなで1年かけて、教科書をつくっていくんだ」
と。
 日々の激務のなかで行う教材作成は、正直しんどいです。でも、学級崩壊が続くよりは、よっぽどいいですから。
 それに、本気で準備して、本気で授業をやれば、生徒たちに絶対に伝わるんです。
 やっぱり、授業こそが生徒たちの生活指導の中心です。その授業を適当にやっておいて、問題があったときだけ叱るなんていうのはダメで、不断の努力が必要になります。
(
義家弘介: 1971年長野県生まれ、高校で退学処分となったが、北星学園余市高校を卒業し、塾講師、母校の教師となり活躍し2005年に退職する。横浜市の教育委員、教育再生会議担当室長を経て国会議員となる
)

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子どもはほめて育てるのが一番よく成長します、私は子どもを見る目を変えることを、子どもに教えられた

 「どの子にも、どの先生にも、必ずいいところがある」という先入観をもって子どもや人を見ることで、人を見る目を変えることができる。
 ある子どもが、偶然、友だちのよいところを見つけて、私に知らせにきた。よほど知らせたかったのであろう。
 私は、驚きながらも
「えらいね。Aさんのいいところを見つけて、先生に知らせるなんて。すごいことだよ」
「きみを見直したよ。他人のいいところなんて、知らせたくないのにね」
と、この子をほめた。
 そのことをクラスのみんなの前で話した。そして、
「このクラスは、とてもいいクラスだよ。友だちのいいところを見つけて、先生に知らせるなんて」
「日本一のクラスだよ。先生はうれしくてたまりません。だから、クラスみんなをほめます」
と言って、パチパチと拍手をした。
 これが契機となって、子どもたちの「告げ口」の内容が一変した。
 それとともに、私の目も変わってきた。子どもに教えられた。子どもに教育されたのだ。
 子どもを見るとき
「何かいいところはないか」
「今までにない、新しい、いいところはないか」
という目で見るようになった。
 自分のクラスだけでなく、隣近所のクラスの子どものいいところを見つけては、担任に
「Bくん、見かけによらず、やさしいね。女の子に手を貸していたよ。いい子が育っているね。先生の指導の賜物でしょう」
などと話した。
 その先生も喜んでくれ
「先生は、いつも子どものいいところばかり見ているのですね。まねをしなくては」
と言った。
 このことは、徐々に子どもたちにも広がり、教師の間にも広がっていった。保護者にも広がっていった。
 子どもはほめて育てるのが一番よく成長します。もちろん、ときには叱らなくてはなりません。叱ることで、ほめる効果が出るのです。
 私は「自分で、自分をほめる」ということを身につけて、自分を成長させました。
 ほめるということは。ほめられた人も気持ちがいいが、ほめた人も気分がよくなるのです。
 たくさんほめ、自分もほめて、楽しい人生をおくってください。
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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授業名人有田正和の逃げ場のある叱り方とは

 ほめることより、叱ることの方がはるかにむずかしい。叱り方によっては、一人の人間をだめにしてしまう場合もあるからだ。
 私もこれまで失敗しながら何とかやってきた。
 私の体験では「8割ほめて、2割叱る」くらいの割合がいいように感じている。
 私は、担任を持ったとき、つぎのようなことをしたら叱りますと宣言した。
(1)
命にかかわるようないたずらをしたとき。
 3階の窓から身を乗り出している子を、後ろから押した子がいたことがあるから。
(2)
人権・人格にかかわること
 他人をばかにしたり、さげすんだりしたとき。
(3)
同じような注意を3回しても聞かないとき
 このほかのことでは叱らないといっておいた。
 こうしておけば、子どもも安心で、どんなことをしたら叱られるかわかる。だから伸び伸びと生活ができる。
 ぶれないことが大切で、むやみに叱らないことが、子どもを育てるうえで大切なことだ。
 叱った後には、必ずケアをすることが大切だ。
 あとで、別なことでほめるとか、何かいいことを言ってやるのだ。
 叱りっぱなしでは、子どもの立つ瀬がない。育てるために叱るのだから、ケアが必要なのだ。
 叱るとき、子どもの言い訳を聞かない、逃げ場のない叱り方をしている教師がいる。
 私は、小学校6年生のとき、校長先生からひどく叱られたことがある。明らかに校長の誤解であった。
 私が言い訳をしようとしたら「そんなもの聞きたくない。お前のやったことに間違いない」といって、長々と叱られた経験がある。
 このとき、子ども心に「何で間違っているのに聞いてくれないのだろう。校長の資格がないのではないか」と思ったことを今でも覚えている。
「逃げ場のない叱り方」をされた方は、心に傷がつき、長く心に残る。
 近頃は、教師も忙しい。このため、つい「言い訳」を聞かなくなる。自分がその立場に立ったらどうか、と考えることだ。
 子どもは「言い訳」をしたら、すっとするようだ。
「言い訳」を追及しないことだ。少しおかしいなと思っても、見逃してあげる。これが逃げ場のある叱り方である。
 要は、子どもが育てばよいのだから、多少の「うそ」はあってもよいのではないか。「うそ」を追究しても、子どもを追いつめるばかりである。
 子どもは、叱りながらほめ、ほめながら叱らないと育たない。このかねあいがむずかしい。
 クラス全員に厳しく注意をしたり、叱った後は、必ず「笑い話」をした。
 叱ったまま帰らせると、いたずらしたり、事故をおこしたりする。だから、帰るときには絶対に厳しく叱らなかった。
 逆に、大笑いさせて、いい気分にさせて帰すように心がけていた。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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叱れない教師を生徒はどう思っているのか、なぜ生徒を叱れないのか

 叱らない教師が増えてきているという。なぜ叱らないのか。
 生徒は教師をよく見ていて、教師のホンネを指摘してしまう。
 生徒たちは叱らない教師を次のように言う。
「叱れば、なんだかんだと、生徒とやり合うことになるでしょう。時にはケンカのようになることだってあるからね。それが面倒なんですよ」
「こわいんですよ。生徒をこわがっている。教師が文句を言うと、こっちだって反発しますからね。だから、見ても知らないふりして行ってしまう。あわれなものですよ。そんなふうだから、生徒にバカにされる」
「逃げているんですね。相手にしないんですからね。それならこっちだって相手にしない。そんな先生、いてもいなくても同じですからね」
 教師が生徒を叱るときの意図を考えると、
(1)
教師が自分がよいと思っている生徒のイメージに生徒を近づけていきたい。
(2)
もっと露骨に言えば、教師は自分自身の思うように生徒をぎゅうじっていきたいために、生徒たちの言動を矯正しようする。
 だからこそ、教師は自分自身の思いに十分な目を向けなければならない。
 叱れないとは、そういうことを考えていない、それだけの情熱がない、叱ることに自信がない、ということなのか。
 それは自信の問題ではなく、自己保身の問題ではないか。生徒に愛情を持っていないということではないのか。
 つまり、教師としての自分は、生徒をどのようにしたいのか。どんな生徒になってもらいたいのか。
 しかも、それはその生徒にとってムリな要求ではないのか。生徒のしたい方向、なりたい方向とちがうのではないか。
 こんなことを十分考えていないことからくる問題ではないのか。
 叱れないとは、叱り方のうまいとか、へたとかという技術のことではない。
 教師自身が、人間というものをどう見るか、生徒の立場や「めんつ」をどう感じ考えるか、生徒の感情をどれだけ共感できるかという、共感の能力とも言うべき問題でもある。
 叱り方とは、技術論ではなく、愛情論である。
 叱り方は、生徒の「よく」なってもらいたいと祈る教師の心の問題でもある。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師)

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教師が子どもを叱ることの神髄とは、何か

 私たち教師は、ほめるのが上手でない。生徒のころから、コツコツ勉強するタイプの教師が多いからではないか。
 だから「なまけて、いたずらをする」子どもに対する、教師自身の実感がないので、そういう子どもの理解が乏しい。
 いたずらをする子どもをほめても、心の中でそう思っていない顔をしている。子どもは敏感で、そういうことはすぐわかってしまう。
 ほめるとか叱るとかは、相手の心、子どもの気持ちに訴えて、相手が変わることを期待してのことで、その根底には相手への愛がある。
 わざとらしくなく、自然のうちに出てくるような、そんな愛情に裏うちされたものが望ましい。例えば、叱るとき
「きみが、そんなことやったとは、いまだに信じられない」
「失敗をどうしたら生かすことになるのか、一緒に考えて行こう。自分の失敗を考えるのは、つらいことだろうが、失敗を薬にするために、じっくり考えてほしい」
 こういう言い方の中に、教師のあたたかい愛情がにじみ出ていく、そんな気づかい、心くばりが大事だと思う。
 ほめた自分、叱った自分が、相手によく思われたいとか、感謝されたいとかいう気持ちがひとかけらでもあったら、そのイヤラシサが見透かされてしまう。
 叱った教師が自己満足に過ぎない場合などは、なおさらである。そういう場合は、効果がないどころか逆効果になる。
 ある行為を直させようとして叱ったつもりが逆効果になる。そういうことは、よくあることだ。
 そのときの叱り方がいけないとか、もっと厳しく叱らなければならないとか、叱り方が問題になるが、もっと大事なことは、叱った自分の気持ちなのではないか。
 どんな気持ちで自分は叱ったのか、どんな気持ちで、その生徒にそんな話をして聞かせたのか、そういうことではないだろうか。
 親が自分の性格で自分の嫌いなところを、わが子に見いだして不機嫌になる。そういうわがままが人間にあるものだ。
 そして「自分がこんなに一生懸命にやっているのに、お前には、わからないのかァ!」などと相手のせいにする。
 教師とても同じことだ。自分と同じ立場の同僚が
「そうだそうだ、もっと厳しくやったほうがいい!」
「〇〇先生、あなたが怒るのもムリはない」
などと言うから、教師は、つい、叱る自分の気持ちをつきつめずに終わる。
「どんな気持ちで、自分は叱ったのか」
「どんなことを期待して、自分は〇〇しようとしているのか」
 そして、それは「子どものため」なのか「子どものためだけなのか」それとも・・・・と、つきつめて考えることが、非常に重要である。
「人に物をあげるのに、一番よいあげかたは、相手に物をもらったという気持ちを起こさせないことである」
これは、ある先哲の言葉である。
 教師がだれをも叱っていない。しかし、学級の生徒一人ひとりの心に、自分を叱る自分を感じさせる。こういう実践こそ、叱ることの神髄といっていいと私は考えている。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師
)

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教師が子どもを叱るとき、子どもと距離をとってから叱るとよい

 私が、新任当初、すぐ叱る怖い先生でした。でも、いくら叱っても、子どもたちはビビるどころか、ニコニコしながら聞いているのです。「叱られている感」がまったくないのです。
 そんなときベテラン教師と、合同授業をする機会がありました。
 授業中、子どもたちは騒いでいましたが、ベテラン教師が大きな声で叱り始めると、子どもたちは全員シュンとして、教師の話を聞き出したのです。
 叱るとき、私とベテラン教師との違いは、教師と子どもの間の距離でした。
 私のように子どものすぐそばに立って叱るのではなく、ベテラン教師は子どもと少し距離をとって叱っていたのです。
 私は、ベテラン教師を見習って、子どもから50センチから1メートルくらい離れてみました。
 そして、一言、二言、子どもを叱ると効果はてきめんでした。
 あっという間に、子どもの目から涙があふれてきたのです。
 子どもを叱るとき、わざと50センチから1メートルくらいの距離をとると効果が倍増します。
 子どもを叱るとき、適度な立ち位置、距離はとても大事です。
(上條晴夫:1957年山梨県生まれ、小学校教師(10年)、作家、教育ライターを経て東北福祉大学教授。学習ゲーム研究会代表、お笑い教師同盟代表、実践!作文研究会代表) 

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