カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

子どもをほめることは、叱ることよりも難しい、ほめ方がうまくなるにはどうすればよいか

 人の短所は、見ようとしなくても見えてしまいます。しかし、長所は意識しないと見えません。「ほめる」ことを意識すると長所が見えてきます。
「ほめたいのだが、ほめるところが見つからない」という教師は「できて当たり前」と考え、評価基準が高すぎることはないでしょうか。
「欠席しない」「忘れ物をしない」「元気がよく、活発である」など、本気でほめたいと考えているならば、どんなことでもほめる要素は無尽蔵にあります。
 教師は、子どもと信頼関係をつくり、子どもの個性や夢を引き出し、実現させることが大切です。
 ほめるというのは、この信頼関係を築くためです。信頼を得るまでには、手間も時間もかかるものです。
 教師も人間です。「どうしても気が合わない」という子どもがいたら、どうしますか。
 気が合わない子どもは、なおさら、悪いところばかり目についてしまうので「気の合わない子どもの長所を探しながら見る訓練」をします。
 長所は行動に表れますから、その行動をつぶさに観察し、記録しましょう。私は一日に三つ、子どもの長所を記録しています。
 さらに、私は気が合わない子どもをほめるとき、ほかの子どもを使ってほめています。
 そのほめ言葉が、回りまわって、本人の耳に入り、人間関係の修復に役立つことがあります。
「うなずき」や「あいづち」は、ほめしぐさです。
 話をしているとき、相手が「うんうん」と、うなずいてくれると気分がいいものです。話を理解し肯定してくれていると感じるからです。
 やや前かがみになり、目を見て、タイミングよくうなずいてください。話に熱が入ったところなどには、より深くうなずきます。
 教師が子どもに信頼されるためには「あなたの存在を感じていますよ」と、子どもを認知することから始めます。
 それによって、人間関係の土台ができれば、ほめる効果は確実に積み重なっていきます。
 子どもを喜ばせることばかりを意識すると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。これでは、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 教師の心理状態は無意識のうちに、表情やしぐさににじみ出るものです。言葉だけでどんなに繕っても本心が見抜かれてしまいます。相手を心からほめる気持ちを持つことが大切です。
 子どもから信頼を得るためには、次のように順序があります。
(1)
子どもの可能性を認める
(2)
子どもの行動や気持ちに注意を払ったり、気にかける
(3)
子どもの立場や気持ちをくみとる
(4)
子どもの良い点も悪い点も受け入れる
(5)
子どもの実績をほめる
どんな子どもでも、高く評価してくれる教師の話には熱心に耳を傾けます。
 教師は、子どもをほめることを通して、新しい発想ができるようになり、能力を高め、人間力も高まります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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子どもが問題を起こし注意するたびに、教師と子どもとの関係が悪くなる、どうすれば子どもが問題を起こしても関係がよくなるようになるか

 学校では、子どもたちが、いろんな問題を起こします。
 問題が起きるのは当たり前のことなのですが、私たち教師は、つい
「あ~ぁ、また、あいつか!」
などという態度で、問題を起こした生徒に対応しています。若い頃の私も、そんな教師のひとりでした。
 教師が「また、お前か」という対応の場合は、たいてい生徒も、いやな感情を抱きつつ、教師と向き合うことになります。
 そんな教師の態度に子どもたちが反感を抱いて、子どもたちとの関係が最悪になってしまうことがあるのです。
 私はある時、生徒との関係が毎年ギクシャクしてしまう若い同僚教師から相談を受けたときがありました。
「私だって、生徒に嫌われたくないんですよ。だから、今年こそは、うまくやりたいと思っていても、生徒がいろいろ問題を起こしてしまうので、そのたび注意することになる」
「すると、そのたびに生徒との関係がどんどん悪くなっていくんですよ」
「だから、生徒が問題を起こすたびに、ドキッとしてしまうんです。どうすりゃいいのかなーってね」
 これを聞いて、私は「生徒が問題を起こすたびに生徒との関係が悪くなって、悩んでいる教師がいっぱいいるんだ」と思いいたったのです。
 どうすれば、生徒と「いい感じ」で対応できるのでしょうか。
 私は、問題を起こした生徒に向かって
「あれっ、どうしたのよ。きみとしたことが?」
「なんか、よっぽどのことがあったんでしょう」
と、声がかけられる時は、いい感じで対応できるときなんです。
 こんな声かけが言えた場合は、生徒も
「そうなんだよ、先生。おれ、頭にきたんだよ。だって、・・・・・」
などと、話はじめてくれたりするのです。心を開いてくれる感じでね。
 そうなったら、うれしいですね。後は
「そうか、それは頭にくるよね」
などと、同情すべきところは同情する。
 反省してほしいところは、
「でもねー。この点は、まずかったよね」
と反省してもらう。そして、
「この先、どうしようか?」
と。一緒に考える。
 つまり「良き相談相手」の立場に立てるわけです。
 子どもたちにしても、
「あー、まずいことしちゃった。困ったことになったなー」
と困惑しているはずですから、こんな時、大人の相談相手の出現はうれしいことなのです。
「あれっ、どうしのよ。きみとしたことが?」と言うセリフは、言いづらいですよね。
 たとえ、言えたとしても、生徒に教師の心を見透かされ「見え透いたオセジ」になってしまう危険がいっばいです。
 そこで、やはりふだんから、お互い相手を認められる関係でいられるかどうかということが大切になるのです。私が心から言えたのは教師になって3年目でした。
 心から話かけられるようになるには、どうしたらいいのでしょうか。
 友だち同士だったら言えますよね。
 私の場合「今、生徒といい関係だな」と実感をもてるときは、私と生徒が心から授業を楽しめているときなんです。
「へぇ、こう考えるといいんだ。新しい世界が見えてきて、うれしいな」
「みんなで学び合うって、すごくたのしいな」
「あいつ、やるじゃない。見直した」
「私の、予想どおり、私ってすごいのかも」
 こんな感じで、教師と生徒が
「授業のたのしさ」
「自分のすばらしさ」
「他人のすばらしさ」
の発見の喜びを共有し合える。
 そんな授業を1時間でも多く体験できるといいな、思っているのです。
 私の場合、それが仮説実験授業で実現できているのです。
(
小原茂巳:東京都公立中学校教師を経て明星大学教授
)

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学級のルールやマナーは、どうすれば簡単につくれるでしょうか

 学級のルールやマナーを子どもたちと一緒につくっていくには、どうすればよいでしょうか。
(1)
ルールをつくる
 私は学級のルールは、教師が強制するのではなく、子どもが起こす「事実」からルールを作っていくというのが原則です。
 子どもたちが「生活していくうえで、体験した困ったこと」をルールにしていくのです。
 例えば、Aくんはいろんなところでトラブルを起こします。教室から出ようとすると、友だちを押したりします。そこで、私は子どもたちに聞きます。
教師:「友だちに押されるのは、いいの? いやなの?」
子どもたち:「いやだ! ケガする」
教師:「じゃあ『友だちを押してはいけない』というのをクラスのルールにしていいですか?」
子どもたち:「いいでーす」
そこで一つのルールが生まれます。
 もし、ルールを守れなかったときは、教師が子どもたちに
教師:「やってはいけない、とわかっているのに、やってしまうのはなぜだと思う?」
と、子どもたちに「なぜ」と問いかけます。
 子どもの行動の裏側を探る材料にしていくのです。
 友だちを押す原因が、友だちと関わりたいというメッセージであれば、みんなと一緒にできる遊びを提供する。興味・関心のある事で、友だちとつながる通路をつくってあげる、など、工夫していくとよい。
 ルールづくりで、もう一つ大切なことは
「クラスの半分以上の子どもが賛成すればルールを変えることができる」
など、ルールを変えるためのルールをつくることです。
(2)
マナーをつくる
「進んでしよう」というのが、マナーです。例えば
教師:「友だちに、あいさつしてほしい子?」
子どもたち:「してほしい!」
教師:「じゃあ『あいさつをする』というのをクラスのマナーにしていいですか?」
子どもたち:「いいでーす」
そこで一つのマナーが生まれます。
 特に私のクラスは、あいさつの前に必ず、名前をつけようということになっていて、朝、先生に会うと
子どもたち:「斎藤先生、おはようございます」
と言われると、私はいったん立ち止まらなければならない。
 ただの「おはようございます」では通り過ぎてしまうのですが「〇〇先生」がつくと、教師も立ち止まって「〇〇さん、おはよう」と返します。
 子ども同士でも、
「太郎くん、おはよう」
「みどりちゃん、おはよう」
と、あいさつするようになります。
 そして、私が教室に行くと、ドアを開けたとたん、
子どもたち:「斎藤先生、おはようございます」
そんなふうに言われると、とっても気持ちがいいですよ。
 その瞬間、いやなことも忘れてしまいます。あいさつだけで、教室が和やかになります。
(
斎藤 修:1953年福島県生まれ、元千葉県公立小学校教師、全国生活指導研究協議会常任委員)

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子どもを注意したとき、反発されないためには、どうすればよいのでしょうか

 教師の注意や叱責が子どもに受け入れられず反発され、教師が子どもと感情的にやりあってしまうことがあります。
 その子どもに対して失敗であるばかりでなく、周りの子どもたちにもマイナスの内容を学ばさせていることになります。
 学級には一人か二人くらい、教師の感情を逆なでするよう発言をしたり、教師をバカにしたような態度をする子どもがいます。
 このようなとき、事前に対応する行動や言葉を教師は身につけておけば、感情的になることを防ぐことができます。
 教師は子どもの性格や特徴に合わせて効果的な注意をすることが必要です。そのためには、
(1)
その子どものプライドを傷つけない配慮が必要
 他の子どもが見ている前で、厳しく注意を受けたばあい、子どもはプライドを傷つけられたと感じます。教師に反発してしまうかもしれません。
 注意する場合は、その子どものプライドを傷つけない配慮が必要です。そのためには、タイミングと場所、注意する時間の長さをその子どもに合わせることが必要です。
(2)
注意するときの子どもの抵抗を軽減する
 子どもが教師の言葉を素直に聞く姿勢を形成するようにします。
 最初に、子どもの抵抗や反発を少なくするため、
「きみも気づいていると思うが・・・・」
という具合に前置きし、いきなり叱責しないような配慮が必要なのです。
(3)
注意する内容は現在の行動や態度だけにする
 掃除をサボったことを注意するときに、以前のこともひっぱりだして叱ってしまわないことです。
 これでは、人間性も否定されたという感情を子どもに持たせてしまい、自ら反省しようという意欲をなくさせてしまいます。
 注意するときは、現在の問題にしぼって短くすることが大切なのです。
(4)
注意の後のフォローも計画に入れて注意する
 注意した後のフォローは、とても大切です。
 子どもたちの感情の高まりを静め、冷静にどう行動すべきか考え、行動に移す意欲を起こさせます。
 その子どものプライドを高める言葉も効果があります。たとえば、
「このレベルのことは、他の子には注意しないが、きみには、もっと高いレベルをめざしてほしかったんだ」
(5)
今後、どのように取り組めばよいか考えさせる
 注意して「ごめんなさい」と、あやまらせても、子どもが同じことを繰り返すかもしれません。
 例えば、掃除のさぼりを注意されたら、今日の掃除のさぼりにどのように責任をとるのか、明日から、どのように取り組むのかを考えさせ、確認することが必要なのです。
(6)
感情を教師にぶつけてくる子どもは、対応策を事前に持っておく
 教師に感情をぶつけてくる子どもに対して、感情的に対応してしまったら、これは指導ではなくなります。
 学級には何人か、教師をまきこむような子どもがいます。
 このような子どもには、事前に巻き込まれないという意識を教師が持つことが必要です。
 まず、教師が、このような子どもに感情的になってしまう自分の問題は何かを考えます。
 例えば、教師が自分のなかの嫌な面をその子の中に見つけてしまい、感情的になってしまうという場合も少なくありません。
 次に、まきこまれそうになったら、それを一旦、切る言葉がけや対策を事前に決めておくことです。例えば、
「これ以上話していたら、先生も本気でキレちゃうから、あとはお昼休みに相談室でじっくり話しましょう」
と、いう具合に、その場を一旦収めてしまうのです。間をおくことによって感情の高まりを静めるわけです。
 こうすれば、子どもも教師も感情的になるのをおさえられます。
(7)
反抗的な子どもは、しゃべらせ、対応策を選ばせる
 最初に、どんどんしゃべらせる。その後、具体的な事実を提示し、認めさせます。
 そして、対応策を教師がいくつか示して、その中から選ぶようにさせます。
(河村茂雄:1959年生まれ、早稲田大学教育学部教授。15年間公立学校教諭を経験した。学級崩壊,学級経営など教育実践に生かせる研究成果を多数提供している)

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相手の心を動かす叱り方とは

 「私、打たれ弱いんです」と言う人も多い。優しくしてもらいたいのは、みんな同じ。
 ただ「人間も鉄のように打たれることで強くなることがあるんじゃないか」と、私は、わが身をふり返ってみて思います。
 人と衝突して「自分と違う考えの人がいるのだ」ということを知ったり、逆に「お互いの距離が縮まったり」していくものでしょう。
 どうやら、今の若い人たちは「注意される」とか「叱られる」という経験が少ないようですね。
 親は子どもに嫌われたくないから叱らない。だから、子どもは叱られることへの耐性がなくて、ちょっと厳しいことを言われただけで、すぐにへこんでしまう。
 ほめられると、人は図に乗るというか「自分は絶対だ」と思ってしまうような気がします。自分に心地いいことしかやらなくなって、他人への配慮が欠けた人間になるかもしれない。
 叱ることと、ほめることのバランスが問題なのでしょうね。
 叱られ続けると自信を失ってしまうかもしれない。一方、叱られることによって、自分は正しいと思っていたことが「実はそうではないかも」と気づいたりする。
 叱られると「今に見返してやる!」と発奮するエネルギーが生まれるかもしれません。そう、叱られるのも悪くはないんです。
 昔から「叱られなくなったら、おしまい」とも言いますし、とくに若いうちは「私、打たれ弱いんです」なんて言っていないで、どんどん叱られたほうがいいんじゃないでしょうか。
 叱られたことを、のちのちの笑いのネタにするくらいのつもりで。
 叱られ下手が増えると、「叱り下手」も増えるようですね。
「叱り方がわからない」と頭を抱かえている人がいます。
 そうやって「どのタイミングで、どう言えばいいか。ああでもない、こうでもない・・・・・」と、ぐずくず考えていると結局、要点のはっきりしないことを言うことになって、相手には何も伝わりません。
 私の個人的経験から言うと、叱るときは「要点だけをバシッ」と言って「わかればいいのよ」というふうに、いさぎよく。そして叱った後は、ケロリとしているというのが、効くように思います。
 また、叱るときは、ヒステリックに聞こえないよう、声を低めに、お腹の中から落ち着いた声を出すようにするといいかもしれません。
 相手に「この人が怒るのだから、やはり自分が悪いんだ」「この人に叱られたら、怖い」と思わせる。
 いざとなったら、怖い存在になるということを、相手に知らしめなければ、効果はないでしょうね。
 私自身、叱られるのはやっぱり嫌いですし、人様を叱るなんてことも、うまくできません。
 ただ、こうして改めて考えてみると、叱るのも叱られるのも人生修業のうち。
 叱られるうちが花だし、人を叱ることも自分を成長させてくれるのだと思うのです。
 叱るときの心得としては
(1)
相手のことが大事だと思うなら、叱らなければならないときがある。
(2)
迷惑をこうむった人がいるなら、叱る責任がある。
(3)
今叱っておかないと、取り返しのつかないことになるかもしれないと、思おう。
(4)
感情的にならず、相手の言い分にも耳を傾ける余裕を持つ。
(5)
反感を抱かれては叱り損。相手が納得できる言い方を。
(6)
必要のないことは言わない。
(7)
割り切って「叱る役」に徹してみる。
(
阿川佐知子:1953年東京都生まれ、エッセイスト、小説家、タレント)

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子どもをほめることは、叱るよりも難しい、どうすればよいのでしようか

 教師と子どもの人間関係の最終目標は、子どもと確かな信頼関係をつくり、子どもの個性や希望や目的を引き出し、実現させることです。
 ほめることは、信頼関係を築くためのひとつの手段です。信頼しあえる関係になるまでは、手間も時間もかかるものです。
 そのため、焦らずに、じっくりと腰をすえて「あなたの存在を感じていますよ」と、子どもを認知することから始めます。
 それによって、教師と子どもの人間関係にしっかりとした土台ができれば、ほめる効果は確実に積みあげられます。
 子どもを喜ばせることばかりを意識してほめると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。
 これでは、ほめることで、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 子どもをほめることで、信頼を得るには順序があります。
 まず、子どもを十分に認知し、その上に、徐々に、関心、理解、承認、賞賛と順序をおっていきます。
 承認とは、ほめることだけではありません。叱ることも承認になります。自動車の運転にたとえると、ほめることは「アクセル」、叱ることは「ブレーキ」です。
 ほめることは、子どもが成長するための推進力になります。
 自動車で例えれば、ちょっとだけアクセル(ほめる)を踏んでも、自動車は前進し続けることはできません。常にアクセルを踏み続ける(ほめ続ける)ことが必要です。
 叱ることも必要です。アクセル(ほめる)だけでは、自動車を制御できず、道を外れ、事故を起こします。
 ブレーキ(叱る)だけでは、やる気をなくし、まったく前進しません。「ほめる・叱る」の両方が必要なのです。八割ほめて、二割叱るぐらいがよいのです。
 すべての子どもと分け隔てなく友好的に接することが理想です。
 しかし、教師も人間です。「どうしても気が合わない」という子どもがいたら「子どもの長所だけを見る訓練」をするとよい。
 長所は行動に表れますから、その行動をつぶさに観察し、記録しましょう。私は、一日に三つ、子どもの長所を記録しています。
 私は、気が合わない子どもをほめるときは、ほかの子どもに、気が合わない子のことをほめます。そのほめ言葉が、回りまわって、本人の耳に入り、人間関係の修復に役立つことだってあります。
 子どもが話をしているときの教師の「うなずき」や「相づち」は、ほめしぐさとなります。
 私は、首を縦に振ってうなずいたり、できるだけたくさんの「相づち」(ふんふん、なるほど、ほうー、いいね!など)をうつようにしています。
 そうすると、子どもは教師が話しを肯定してくれていると感じ、気分がいいものです。どんな子どもでも、高く評価してくれる人の話には熱心に耳を傾けます。
 ねぎらいの言葉でほめるようにします。
 
「ご苦労さん」は、実に気持ちが良い、すてきな感謝のほめ言葉です。心からのねぎらいをこめると、より思いが伝わります。
 一生懸命にやっているのに、望むような成果が上がらない子どもがいます。成果ばかりに向いている目を過程に向け、取り組み姿勢や過程に価値を見いだすように、ほめるのがポイントです。
 マイナス要因をほめることもできます。努力している中で起きたことなら、例えば「今回の計算ミスは、良い勉強になったね」と言ってあげましょう。
 目立たないことをほめましょう。視点を転換して、強い関心とていねいな観察をすると、目立たないことに気がつきやすくなります。例えば、真面目さや几帳面さなどに注目するとよいでしょう。
 ほめるときは、教師を主語にして、アイメッセージでほめましょう。例えば「掃除をよく頑張っているね。先生もやる気が出てくるなあ」と、ほめると、子どもは素直に受け入れやすくなります。
 子どもをほめることで、教師の能力を高め、新しい発想ができるようになります。
(
神谷和宏:1960年生まれ。愛知県公立中学校教師。コーチングの専門機関で学び,プロコーチとなり,現在は教育現場でコーチングを通して子どもの夢をはぐくむ活動を行っている)

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子どもが問題行動をしたとき、子どもを理解して叱るためにはどうすればよいのでしょうか

 まず、子どもの起こした問題行動に対しては、親自身が心を平静に保つことが求められます。そのためには
「ア」:あわてない
「イ」:いらいらしない
「ウ」:うろたえない
「エ」:遠慮しないで、全容が分かるまで冷静に話を聞く
「オ」:怒らない。何も理解しないうちに子どもを怒らない。
「ニ」:逃げないで、子どもと一緒になって解決していきましょう。
 問題が起こった時には、その背景を理解することによって、子どもの心の動きや問題の深さがわかります。そしてそのことが、今後の問題行動の予防にもなります。
 子どもが悪いことをしたら
「そのような悪いことをする気持ちがどうして起きたのか」
「どうして、そのような間違った行動をしたのか」
「その時、葛藤、苦しみ、良心の痛みがなかったのか」
を親が理解し、子どもの問題点を整理することが大切です。
そのためには、
「カ」:過去のことを整理する。問題行動に関連する過去のことを整理しましょう。
「キ」:気持ちを聞く。感情を深く分かってあげる。
「ク」:苦しみを理解してあげる。
「ケ」:結論をなぜ出したのか。
「コ」:行動した気持ちや思いの変化を考える。
 そうすることの中に、子どもが自然と誤りに気づくテクニックが潜んでいるのです。
 子どもが問題行動を起こした時に、その気持ちや苦しみを親が理解して「誤りを正す」のと、何も理解しないで「頭から誤りを正す」のとでは、親と子どもとの信頼関係は全く異なってきます。
 最後に、「悪いものは、悪い」と、親の考えを明確に伝えることにしましょう。子どもを叱るときには、
「サ」:先取りした注意をやってはいけません。
   「もう一度、同じことをしたら承知しないよ」
   といった、先取りした注意は「親は私のことを信用していない」と、子どもの心を傷つけます。
「シ」:しっかりとした態度で叱る。
「ス」:すっきりと分かりやすく。
「セ」:責任の所在を明確にする。
「ソ」:「相談はいつでものるからね」と伝えてあげましょう。
 たとえ、親が受容し、子どもを理解しても、子どもに反省がなければ、人間として成長できません。悪いことをしたときは、子どもを叱ることが必要になります。
(
牟田武生:1947年生まれ、民間教育施設「教育研究所」を設立し、特に不登校の子どもの援助活動を中心に行う実践家)

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叱ると怒るの違いがよくわかっていない子どもや教師が多い、どうすれば理解できるようになるか

 叱ると怒るの違いをよく分かっていない子どもや教師が多い。
 怒るとは「自分中心の感情で相手に接すること」
 叱るとは「相手の存在を認め、成長を願って強く意見をすること」
 です。
 教師が子どもに怒ってしまうから、教師と子どもの関係がマイナスになってしまう。
 叱った内容がどれだけ浸透するかは、どれだけほめたかによるものなのです。
 よく、子どもが教室で「先生に怒られた!」と口にします。
 私は、その度に
 
「あなたたちは、先生が叱っているのに『怒られた』という言い方をする。違いますよ」
 
「怒ったんじゃなくて、叱ったんだ」
 と、正します。
 もし「怒ると叱る」の区別を子どもたちがわかっていないときは
 
「ごめんね、先生が正しい叱られ方を教えていなかったからだ」
 と、言います。
 子どもたちは「怒ると叱る」の違いは理解すべきことなのです。
 崩壊した学級の子どもたちは、教師に強く注意されると舌打ちして、反抗したりします。教師の陰口を言ったりします。
 だから私は、クラス全員の前で「正しい叱られ方」は何かを聞きます。
 正しい叱られ方は五段階あります。
(1)
受容
(2)
反省
(3)
謝罪:悪かったと思って、おわびする
(4)
改善:良くするために改善する
(5)
感謝:ありがとうございましたと思う気持ち
です。
 子どもたちに「五段階ある正しい叱られ方は何だと思う?」と尋ねます。
 
「一つ目は受容、二つ目は反省。三つ目は何だと思う」と聞きます。
 子どもたちはいろいろ言うけど、分からないときは「それは、謝罪だ」と。「これが言えることは、とてもすばらしいことだ」と教える。
 
「四つ目は何だろう」と尋ねます。
 子どもたちは分からない。「それは、改善だ」と。「悪かったと思って、お詫びするんだったら、良くするために改善しないとね」と。
 
「最後の五つ目は何だと思う?」
 ここだけは時間をかけます。で「感謝だ」と、言います。「ありがとうございましたと思う気持ち」
 これが正しい叱られ方だと。
さらに、こう付け加えます。
「ほめることと、叱ることは同じことをめざしているんだ。だから叱られても、ありがとうと言えれば、あなたたちはぐんぐん伸びていける」
(
菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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叱る人と叱られる人の間に愛がありますか

 私はカウンセラーとして、多くの人の苦しみや悩みと向き合っています。そのすべての中に、と言っても過言ではないほど、問題の奥底には親子のゆがみが横たわっている。
 そのゆがみが生じるキーワードは「愛された実感」があるか否かにあると言える。愛とは「理解と応援」である。なぜ悩み苦しむのか。親に理解されないままだと、否定された、と子どもは感じてしまう。
 人は愛されたい、認められたいと心で叫びながら生きている。今のまま、あるがままの自分を、まるごと愛されたいのだ。しかし、現実は「ここがダメ」「あれはいけない」と責められる。
 では、人はなぜ人を叱るのか。それは「叱る人が叱られる人の幸せを願うから」の、はずである。決して思い通りにするためではない。
 同時に、叱られた人が叱る人に対して、解ってくれていると確信しているからこそ、叱られてありがたいとも、嬉しいとも想えるのである。
 これは、両者が共にそういった思いがないと成立しない。いくら叱る人が「私はお前を思って言っている」と伝えたとしても、叱られた方が、思ってくれていると感じなければ、ただの迷惑な奴でしかない。
 よく「怒ることは、叱ることと違う」と言うが、互いに想いが通じなければ「また、怒っている」「文句を言われた」と受け取られてあたりまえ。
 叱り方には技術はない。必要なのは相手の心を理解する能力である。その能力によって、叱られる人に伝える言葉や態度が変化する。
 愛とは、愛し方の方法ではない。相手の想いを知ろうとすることと、無条件に応援する気持ちである。
 叱る人と叱られる人との間に、愛が存在するからこそ、心に響く人生のひとこまが生まれるのである。
(
田岡由伎:1954年神戸市生まれ、実業家、心理カウンセラー、エッセイスト)

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きびしさに欠ける教師はやさしさが生きない

 今の教師は、やたらとやさしいか、甘いか、あるいはきびしいかのどちらかである。
 きびしい教師がものすごく少ない。行儀が悪くても注意さえできない教師がいる。
 これに対して、すぐれた授業をする教師たちは、基本的にやさしい。やさしさがにじみでている。しかし、子どもの度がすぎた行為やことばつかいには、きびしく注意している。
 注意された子どもたちは納得している。学級経営がうまく、子どもが教師を心から信頼しているからである。
 学級経営をうまくやるには、教師は子どもに合わせなくてはならない。
 子どもに合わせながら、ゆっくり教師のペースにもっていくことが大切だ。急いでよいクラスをつくろうとして、オレについてこいとやると、ヒビが入りやすい。
 今の子どもには、この方式はむかない。むしろ後ろからついていく、くらいの考えで、子どもに合わせながら、水のみ場へゆっくりつれていくことだ。
 多くの教師は急いで失敗している。子どもと教師の間がピッタリといくようおおらかな対応を心掛けることだ。
 このやさしさと、ときにきびしさがうまくミックスして、子どもたちは人間的に成長していく。甘えすぎない子ども、自立した子どもが育っていく。
 多くの教師に望みたいことは、どんなときにきびしくあたるべきかを考えてほしいということである。きびしさに欠けていると、せっかくのやさしさが生きないのである。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

 

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