カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

子どもはほめて育てるのが一番よく成長します、私は子どもを見る目を変えることを、子どもに教えられた

 「どの子にも、どの先生にも、必ずいいところがある」という先入観をもって子どもや人を見ることで、人を見る目を変えることができる。
 ある子どもが、偶然、友だちのよいところを見つけて、私に知らせにきた。よほど知らせたかったのであろう。
 私は、驚きながらも
「えらいね。Aさんのいいところを見つけて、先生に知らせるなんて。すごいことだよ」
「きみを見直したよ。他人のいいところなんて、知らせたくないのにね」
と、この子をほめた。
 そのことをクラスのみんなの前で話した。そして、
「このクラスは、とてもいいクラスだよ。友だちのいいところを見つけて、先生に知らせるなんて」
「日本一のクラスだよ。先生はうれしくてたまりません。だから、クラスみんなをほめます」
と言って、パチパチと拍手をした。
 これが契機となって、子どもたちの「告げ口」の内容が一変した。
 それとともに、私の目も変わってきた。子どもに教えられた。子どもに教育されたのだ。
 子どもを見るとき
「何かいいところはないか」
「今までにない、新しい、いいところはないか」
という目で見るようになった。
 自分のクラスだけでなく、隣近所のクラスの子どものいいところを見つけては、担任に
「Bくん、見かけによらず、やさしいね。女の子に手を貸していたよ。いい子が育っているね。先生の指導の賜物でしょう」
などと話した。
 その先生も喜んでくれ
「先生は、いつも子どものいいところばかり見ているのですね。まねをしなくては」
と言った。
 このことは、徐々に子どもたちにも広がり、教師の間にも広がっていった。保護者にも広がっていった。
 子どもはほめて育てるのが一番よく成長します。もちろん、ときには叱らなくてはなりません。叱ることで、ほめる効果が出るのです。
 私は「自分で、自分をほめる」ということを身につけて、自分を成長させました。
 ほめるということは。ほめられた人も気持ちがいいが、ほめた人も気分がよくなるのです。
 たくさんほめ、自分もほめて、楽しい人生をおくってください。
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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授業名人有田正和の逃げ場のある叱り方とは

 ほめることより、叱ることの方がはるかにむずかしい。叱り方によっては、一人の人間をだめにしてしまう場合もあるからだ。
 私もこれまで失敗しながら何とかやってきた。
 私の体験では「8割ほめて、2割叱る」くらいの割合がいいように感じている。
 私は、担任を持ったとき、つぎのようなことをしたら叱りますと宣言した。
(1)
命にかかわるようないたずらをしたとき。
 3階の窓から身を乗り出している子を、後ろから押した子がいたことがあるから。
(2)
人権・人格にかかわること
 他人をばかにしたり、さげすんだりしたとき。
(3)
同じような注意を3回しても聞かないとき
 このほかのことでは叱らないといっておいた。
 こうしておけば、子どもも安心で、どんなことをしたら叱られるかわかる。だから伸び伸びと生活ができる。
 ぶれないことが大切で、むやみに叱らないことが、子どもを育てるうえで大切なことだ。
 叱った後には、必ずケアをすることが大切だ。
 あとで、別なことでほめるとか、何かいいことを言ってやるのだ。
 叱りっぱなしでは、子どもの立つ瀬がない。育てるために叱るのだから、ケアが必要なのだ。
 叱るとき、子どもの言い訳を聞かない、逃げ場のない叱り方をしている教師がいる。
 私は、小学校6年生のとき、校長先生からひどく叱られたことがある。明らかに校長の誤解であった。
 私が言い訳をしようとしたら「そんなもの聞きたくない。お前のやったことに間違いない」といって、長々と叱られた経験がある。
 このとき、子ども心に「何で間違っているのに聞いてくれないのだろう。校長の資格がないのではないか」と思ったことを今でも覚えている。
「逃げ場のない叱り方」をされた方は、心に傷がつき、長く心に残る。
 近頃は、教師も忙しい。このため、つい「言い訳」を聞かなくなる。自分がその立場に立ったらどうか、と考えることだ。
 子どもは「言い訳」をしたら、すっとするようだ。
「言い訳」を追及しないことだ。少しおかしいなと思っても、見逃してあげる。これが逃げ場のある叱り方である。
 要は、子どもが育てばよいのだから、多少の「うそ」はあってもよいのではないか。「うそ」を追究しても、子どもを追いつめるばかりである。
 子どもは、叱りながらほめ、ほめながら叱らないと育たない。このかねあいがむずかしい。
 クラス全員に厳しく注意をしたり、叱った後は、必ず「笑い話」をした。
 叱ったまま帰らせると、いたずらしたり、事故をおこしたりする。だから、帰るときには絶対に厳しく叱らなかった。
 逆に、大笑いさせて、いい気分にさせて帰すように心がけていた。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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叱れない教師を生徒はどう思っているのか、なぜ生徒を叱れないのか

 叱らない教師が増えてきているという。なぜ叱らないのか。
 生徒は教師をよく見ていて、教師のホンネを指摘してしまう。
 生徒たちは叱らない教師を次のように言う。
「叱れば、なんだかんだと、生徒とやり合うことになるでしょう。時にはケンカのようになることだってあるからね。それが面倒なんですよ」
「こわいんですよ。生徒をこわがっている。教師が文句を言うと、こっちだって反発しますからね。だから、見ても知らないふりして行ってしまう。あわれなものですよ。そんなふうだから、生徒にバカにされる」
「逃げているんですね。相手にしないんですからね。それならこっちだって相手にしない。そんな先生、いてもいなくても同じですからね」
 教師が生徒を叱るときの意図を考えると、
(1)
教師が自分がよいと思っている生徒のイメージに生徒を近づけていきたい。
(2)
もっと露骨に言えば、教師は自分自身の思うように生徒をぎゅうじっていきたいために、生徒たちの言動を矯正しようする。
 だからこそ、教師は自分自身の思いに十分な目を向けなければならない。
 叱れないとは、そういうことを考えていない、それだけの情熱がない、叱ることに自信がない、ということなのか。
 それは自信の問題ではなく、自己保身の問題ではないか。生徒に愛情を持っていないということではないのか。
 つまり、教師としての自分は、生徒をどのようにしたいのか。どんな生徒になってもらいたいのか。
 しかも、それはその生徒にとってムリな要求ではないのか。生徒のしたい方向、なりたい方向とちがうのではないか。
 こんなことを十分考えていないことからくる問題ではないのか。
 叱れないとは、叱り方のうまいとか、へたとかという技術のことではない。
 教師自身が、人間というものをどう見るか、生徒の立場や「めんつ」をどう感じ考えるか、生徒の感情をどれだけ共感できるかという、共感の能力とも言うべき問題でもある。
 叱り方とは、技術論ではなく、愛情論である。
 叱り方は、生徒の「よく」なってもらいたいと祈る教師の心の問題でもある。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師)

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教師が子どもを叱ることの神髄とは、何か

 私たち教師は、ほめるのが上手でない。生徒のころから、コツコツ勉強するタイプの教師が多いからではないか。
 だから「なまけて、いたずらをする」子どもに対する、教師自身の実感がないので、そういう子どもの理解が乏しい。
 いたずらをする子どもをほめても、心の中でそう思っていない顔をしている。子どもは敏感で、そういうことはすぐわかってしまう。
 ほめるとか叱るとかは、相手の心、子どもの気持ちに訴えて、相手が変わることを期待してのことで、その根底には相手への愛がある。
 わざとらしくなく、自然のうちに出てくるような、そんな愛情に裏うちされたものが望ましい。例えば、叱るとき
「きみが、そんなことやったとは、いまだに信じられない」
「失敗をどうしたら生かすことになるのか、一緒に考えて行こう。自分の失敗を考えるのは、つらいことだろうが、失敗を薬にするために、じっくり考えてほしい」
 こういう言い方の中に、教師のあたたかい愛情がにじみ出ていく、そんな気づかい、心くばりが大事だと思う。
 ほめた自分、叱った自分が、相手によく思われたいとか、感謝されたいとかいう気持ちがひとかけらでもあったら、そのイヤラシサが見透かされてしまう。
 叱った教師が自己満足に過ぎない場合などは、なおさらである。そういう場合は、効果がないどころか逆効果になる。
 ある行為を直させようとして叱ったつもりが逆効果になる。そういうことは、よくあることだ。
 そのときの叱り方がいけないとか、もっと厳しく叱らなければならないとか、叱り方が問題になるが、もっと大事なことは、叱った自分の気持ちなのではないか。
 どんな気持ちで自分は叱ったのか、どんな気持ちで、その生徒にそんな話をして聞かせたのか、そういうことではないだろうか。
 親が自分の性格で自分の嫌いなところを、わが子に見いだして不機嫌になる。そういうわがままが人間にあるものだ。
 そして「自分がこんなに一生懸命にやっているのに、お前には、わからないのかァ!」などと相手のせいにする。
 教師とても同じことだ。自分と同じ立場の同僚が
「そうだそうだ、もっと厳しくやったほうがいい!」
「〇〇先生、あなたが怒るのもムリはない」
などと言うから、教師は、つい、叱る自分の気持ちをつきつめずに終わる。
「どんな気持ちで、自分は叱ったのか」
「どんなことを期待して、自分は〇〇しようとしているのか」
 そして、それは「子どものため」なのか「子どものためだけなのか」それとも・・・・と、つきつめて考えることが、非常に重要である。
「人に物をあげるのに、一番よいあげかたは、相手に物をもらったという気持ちを起こさせないことである」
これは、ある先哲の言葉である。
 教師がだれをも叱っていない。しかし、学級の生徒一人ひとりの心に、自分を叱る自分を感じさせる。こういう実践こそ、叱ることの神髄といっていいと私は考えている。
(
関根正明:1931年生まれ、小・中学校教師、指導主事、東京都公立中学校校長、大学助教授を経て、元山形大学講師
)

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教師が子どもを叱るとき、子どもと距離をとってから叱るとよい

 私が、新任当初、すぐ叱る怖い先生でした。でも、いくら叱っても、子どもたちはビビるどころか、ニコニコしながら聞いているのです。「叱られている感」がまったくないのです。
 そんなときベテラン教師と、合同授業をする機会がありました。
 授業中、子どもたちは騒いでいましたが、ベテラン教師が大きな声で叱り始めると、子どもたちは全員シュンとして、教師の話を聞き出したのです。
 叱るとき、私とベテラン教師との違いは、教師と子どもの間の距離でした。
 私のように子どものすぐそばに立って叱るのではなく、ベテラン教師は子どもと少し距離をとって叱っていたのです。
 私は、ベテラン教師を見習って、子どもから50センチから1メートルくらい離れてみました。
 そして、一言、二言、子どもを叱ると効果はてきめんでした。
 あっという間に、子どもの目から涙があふれてきたのです。
 子どもを叱るとき、わざと50センチから1メートルくらいの距離をとると効果が倍増します。
 子どもを叱るとき、適度な立ち位置、距離はとても大事です。
(上條晴夫:1957年山梨県生まれ、小学校教師(10年)、作家、教育ライターを経て東北福祉大学教授。学習ゲーム研究会代表、お笑い教師同盟代表、実践!作文研究会代表) 

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教師が子どもに指示するときや叱るときは闘いだ、どのようにすればよいか

 剣道、空手、けんかなど様々な闘いには共通していることがある。それは視線だ。
 けんかでは目をそらした方が負けである。目を合わせられないのは気押されているからだ。子どもと視線を合わせられない最大の理由は、気が弱いからだ。
 私は小学生のころから気が弱かった。気の弱さと恐怖心とは同一である。教師になってからもこの傾向はずっと続いた。
 子どもとうまくいかなくなると、恐怖心がむくむくと顔をもたげた。自分が傷つけられる恐れを感じるのだ。
 子どもが何かをするわけでなく、ただ、自分が「恐怖を抱く」のだ。
 気が弱いと無意識に子どもを見ていないものだ。子どもを「見るぞ」と構えないと、気の弱さによる無意識の視線回避は避けられない。
 子どもを二度見ることで視線は鍛えられる。
 例えば、床に教科書や帽子や筆箱を落としている子どもに、目で合図して拾わせるのだ。
 その子どもと視線を合わせ、落とし物を見て、またその子どもと視線を合わせる。子どもは「あ!」という顔をして、あわてて拾う。拾った後、また視線を合わせて「にこっ」とする。
 私の指示は視線を合わせて言う。しかし、視線を合わせるだけではだめだ。視線を「目の奥まで入れる」のである。そうすると、目に力が入る感じがする。
 子どもをしかる時、注意する時、これも闘いだ。
 子どもに、こびたようなもの言いは、たちまち子どもに見抜かれる。くどくなると嫌がられる。
 足を肩幅に開き、重心が両足の間にあるようにして、姿勢を安定させる。声がうわずってはならない。
 下腹に息を一瞬落としてから、声を出す。これでドスのきいた声が出る。
 顔も大事だ。厳しい顔でいい。子どもが反省したら「にっこり」するのだ。
 子どもを指示通りにさせるのは闘いだ。
「言われた通りにやれ!」と気迫をこめなければならない。
 指示は、明確な上にも明確でなければならない。
 子どもが指示通りに動かなければ、やり直しだ。やりきれるのかどうか、腹を据えてかからねばならない。「やらせきる覚悟」が必要だ。
 大事なことは、教師が言ったことを「必ずさせる」ということだ。
 でも、暗くならず、明るく、きっぱりと「必ずさせる」という気迫を持って、子どもたちが「アレレ?」と思っているうちに子どもにさせられればいい。
 子どもになめられていては絶対にできない。気迫ある言動を見せておかないといけない。
 最初が肝心だ。出会いの最初は子どもも教師の様子をうかがっている。一応、教師として一目置いている。
 この時なら、指示をし、その通りやらせるのは容易だし、教師の気迫を感じさせることができる。
(
坂元弘平:鹿児島県公立小学校教師
)

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怒鳴らずに学級が成り立つほど学校現場は甘くない、教師には怖さも必要、怒鳴ることも大切だ

 私は、教師にはある種の怖さが必要だから、怒鳴ることも大切だと考えている。
 いつも怒鳴っている教師は子どもたちも嫌うし、子どもに背を向けられる。
 たまに雷が落ちるから怖いのであって、月に1回が限界である。
 効果的なのは、クラス全員の前で怒鳴ることだ。「こんなことをしたら厳しく叱られるんだ」と伝えることができる。
「いつ、何について、どの子に」にカミナリを落とせばいいのか、冷静な策略が教師には必要だ。
 特に「どの子」を怒鳴るかは大切だ。
1 怒鳴っていけない子
(1)
発達障害をもつ子
 みんなの前で叱ると、クラスのみんながその子の問題に気づく。その子はクラスに居場所がなくなり、ますます問題行動を起こす。
 その子が問題行動を起こしてもじょうずに「流し」、その子の良さを教師がどんどん宣伝していくと、その子はクラスに居場所ができ、問題行動を起こさなくなる。
(2)
女子
 女子はレディとして接する。その子の好きな男子がいるかもしれない。恥をかかせたら、その子は教師に背を向けるに決まっている。女子をみんなの前で怒鳴ったらゲーム・オーバーだと心得る必要がある。
(3)
やんちゃくん
 対峙して反抗的になるぐらいなら、放っておけばいいのだ。2,3人いてもクラスが壊れることはない。 
 どの子にも言えるが、最近の子はプライドが高い。原則、みんなの前では怒鳴らないほうがいい。原則、叱るのは、呼んで個別に叱るのがベストである。
2 怒鳴ってもよい子
(1)
「やんちゃくん」の周りの子どもを個別に叱る
 やんちゃくん予備軍の子どもたちがやんちゃくんの真似をして悪いことをしようとしたら、怒鳴って止める。
 やんちゃくんが4人、5人、6人と増えていくと、学級崩壊の危険が高まる。
 だから、やんちゃくんが増えないように周りの子を厳しく叱るのだ。
 ただ、みんなの前で怒鳴られたことを恨みに思って、やんちゃくん化されても困る。だから個別に呼んで叱る方が効果的だ。
(2)
叱られ役の子どもを、怒鳴って叱る
 私は、いつも叱られ役の子をつくっている。
 明るい男子で、教師のことが大好きで、絶対に背を向けない子どもがいい。
 みんなの前で怒鳴る代わりに、その子のことは全力で可愛がる。ドッジボールをすれば、その子にパスを出す。もちろん、一番多く話しかけるし、手伝いもその子に頼む。そして、うるさい保護者でないことが大前提である。
 今どきの子どもは、叱られ慣れしていない。きちんと策略を練って叱らないと、子どもたちの心は離れていく。
 怒鳴るには気を遣う。しかし、全く怒鳴らずに学級が成り立つほど学校現場は甘くない。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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子どもたちを「上手に叱ることができる5つの基準」は、すばらしい叱り方と思います

 私にとって、子どもたちを「上手に叱れる」ようになるというのは長年の課題です。
 私は子どもたちから「授業が分かりやすくて楽しい。やさしくて笑顔が絶えない先生」と、毎年、書いてもらっています。
 でも、子どもたちがリラックスしすぎて、うるさくなる。勝手なことを始める子を上手に止められないという悩みも同時にもっていました。
 新学期が始まる直前の春休みに私は「たのしい授業・学級開き直前ゼミナール」に参加し、叱るということについて学びました。
 山路敏英(東京都中学校)先生が次のような話をされました。
「私は、危ない、迷惑、失礼、ずるい、下品なことは嫌いです。だから叱ります」
「1危ない、2迷惑、3失礼、4ずるい、5下品の順で叱りますと、子どもたちに宣言します」
「こういう優先順位を決めておかないと、子どもたちを叱っても、うまく逃げられることがあるんだよね」
「例えば、授業中におしゃべりをしているAがいるとする」
「『A、おしゃべりをやめなさい』と注意すると、Aは『どうしてオレばかり注意するんですか。Bは寝ているのに注意しないんですか』」
「こういうときに、自分の中に基準や優先順位をしっかり持っていないとグラついてしまう」
「そして、そうだな、Bも注意しなくてはとなって、Aにごまかされたりする」
「だけど、この優先順位を持っていると『Bの寝ているのは3の失礼、Aのやっていることは2の迷惑。Aの方が叱られる順位は上だ』とビシッと言える」
 私は、この話を聞いて「なるほど」と思いました。私も叱ったはずの生徒にごまかされてしまうという、くやしい思いをよくしたからです。
 さっそく新学期からマネをしてみようと決めました。
 4月、中学1年生の担任になった私は、さっそく新学期2日目に、5つの基準について紙に書いたのを生徒に見せながら
「私は、こういうことが嫌いです。こういうことをすると叱ります」
と話をしました。生徒は「へぇ」という顔で聞いていました。5つの基準を書いた紙を黒板に貼っておきました。
 何日かたつと、子どもたちの緊張もとけて、叱らなければならない場面が出てくる。
 そしたら、なんと、私が子どもたちに注意したいことのほぼすべてが、この5つの基準に見事にあてはまりました。
 例えば、私が大事なことを伝えているとき、子どもたちの「おしゃべり」に、すかさず私は話を止める。
「今のは何番?」と子どもたちに問いかける。
 するとすぐに「2番の迷惑」「3番の先生に失礼になる」と子どもたちが応える。
 私は「そうだよねー。エライ」なんていう感じ。
 何かで叱られて「オレだけじゃない」って言い訳をする子どもがいたりすれば、他の子どもたちが、すかさず「4番のずるいだ!」と声をそろえてくれる。
 うわぁ、こりゃ助かる。子どもたちが自分たちで、ちゃんと自分たちの行動を律してくれる。お互いにしつけあってくれる。
 しかも、イヤな感じがちっともしない。叱ることにあんまり自信がない私なのに、今年は上手に秩序を作っていけている。
 私も、基準があるから自信をもってビシッとでっかい声でみんなの前でも叱れる。だから、クラスの雰囲気も「いいことはいい」「ダメなものはダメ」っていう、いい感じに自然になっている。
 山路先生の5つの叱る基準のおかげで、間髪をいれずに、核心をついて的確に短く、ビシッと叱ることができるというのは、子どもたちにとっても理想的な叱られ方に近いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(
滝本 恵:埼玉県公立中学校教師
)

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学級に荒れを生む叱り方と、荒れない叱り方とは

「〇〇さん、そんな授業態度でいいと思っているの。何度言ったら分かるの。どうしてそんなことばかりするのか言ってごらん」
 私は4年前、授業に遅れてくる、授業中に立ち歩く、おしゃべりをする一人の5年生に毎日こんな叱り方をしていた。
 クラスを何とかよくしようと思って叱るのだが、子どもたちとの関係が日を追うごとにうまくいかなくなっていった。
 あげくのはてに、この一人の子になびいていく子が出てくる始末だった。
 そして、学級は荒れていったのである。私は「なぜ」と悩み、苦しみ、元気をなくすと、本当にすべてうまくいかなくなった。
 教室にいることが恐くなり、45分間の授業がとても長く感じた。
 こんなクラスの状態の中でも、精一杯に頑張っている子どもたちがいるのを感じ、クラスを少しでも立ち直らせなければと、自分自身に叱咤激励の毎日だった。
 11月になって、となりのクラスの担任から紹介してもらった向山氏の本を読んで、次のような失敗をしていることがわかった。
(1)
集団の秩序を優先せず、はじめに個人に優しくしすぎた
 今の学校に転任してきたばかりで、子どもたちに嫌われたくなかったので、子どもが授業に遅れてきたとき、優しく対応していた。
 このとき「遅れてはいけません。次は遅れないと約束できるのなら、座りなさい」と、厳しく対応しておく必要があった。
(2)
授業をつぶして、だらだらと叱った
 はじめに優しくしたばかりに、どんどんアドバルーンを上げられ、指導しきれなくなり、ヒステリックに叱った。叱るために授業の時間が減っていった。
 学力の保障を怠った長い叱り方は何の役にも立たなかった。
 授業中のおしゃべりだけを叱り、立ち直りのチャンスを与えることも大事な叱り方だった。
(3)
集団の中で叱らず、集団を味方にできなかった
 廊下に出して、注意を繰り返した。それでも、言うことを聞かなかったときは、ヒステリックに声を出して叱った。
 クラス全体の雰囲気が悪くなるのを感じたし、この一人の子の反抗はエスカレートしていくばかりであった。
 問題行動をした子どもを孤立させることが、素直にさせる一番の方策であった。
 冷静に行動の是非を問うことが問題行動をやめさせる早道である。
 感情的になり、知的に語ることもなかった私こそが集団を統率できなかったのである。
 叱り方の原則である、
 確認という叱り方。ほんの少しのからかいも許さない叱り方。集団を味方につける叱り方など、原則をはずさないように修業を積んでいきたい。
(
山本美薫:大阪府公立小学校教師) 


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子どもをほめることは、叱ることよりも難しい、ほめ方がうまくなるにはどうすればよいか

 人の短所は、見ようとしなくても見えてしまいます。しかし、長所は意識しないと見えません。「ほめる」ことを意識すると長所が見えてきます。
「ほめたいのだが、ほめるところが見つからない」という教師は「できて当たり前」と考え、評価基準が高すぎることはないでしょうか。
「欠席しない」「忘れ物をしない」「元気がよく、活発である」など、本気でほめたいと考えているならば、どんなことでもほめる要素は無尽蔵にあります。
 教師は、子どもと信頼関係をつくり、子どもの個性や夢を引き出し、実現させることが大切です。
 ほめるというのは、この信頼関係を築くためです。信頼を得るまでには、手間も時間もかかるものです。
 教師も人間です。「どうしても気が合わない」という子どもがいたら、どうしますか。
 気が合わない子どもは、なおさら、悪いところばかり目についてしまうので「気の合わない子どもの長所を探しながら見る訓練」をします。
 長所は行動に表れますから、その行動をつぶさに観察し、記録しましょう。私は一日に三つ、子どもの長所を記録しています。
 さらに、私は気が合わない子どもをほめるとき、ほかの子どもを使ってほめています。
 そのほめ言葉が、回りまわって、本人の耳に入り、人間関係の修復に役立つことがあります。
「うなずき」や「あいづち」は、ほめしぐさです。
 話をしているとき、相手が「うんうん」と、うなずいてくれると気分がいいものです。話を理解し肯定してくれていると感じるからです。
 やや前かがみになり、目を見て、タイミングよくうなずいてください。話に熱が入ったところなどには、より深くうなずきます。
 教師が子どもに信頼されるためには「あなたの存在を感じていますよ」と、子どもを認知することから始めます。
 それによって、人間関係の土台ができれば、ほめる効果は確実に積み重なっていきます。
 子どもを喜ばせることばかりを意識すると、わざとらしいほめ方、口先だけのほめ方になりがちです。これでは、子どもに不快感を与え、逆効果になってしまいます。
 教師の心理状態は無意識のうちに、表情やしぐさににじみ出るものです。言葉だけでどんなに繕っても本心が見抜かれてしまいます。相手を心からほめる気持ちを持つことが大切です。
 子どもから信頼を得るためには、次のように順序があります。
(1)
子どもの可能性を認める
(2)
子どもの行動や気持ちに注意を払ったり、気にかける
(3)
子どもの立場や気持ちをくみとる
(4)
子どもの良い点も悪い点も受け入れる
(5)
子どもの実績をほめる
どんな子どもでも、高く評価してくれる教師の話には熱心に耳を傾けます。
 教師は、子どもをほめることを通して、新しい発想ができるようになり、能力を高め、人間力も高まります。
(
神谷和宏:1960年生まれ、愛知県公立中学校教師。 読売教育賞などを受賞。教育コーチング、心理カウンセラー)

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