カテゴリー「叱る・ほめる・しつける」の記事

叱ると怒るの違いがよくわかっていない子どもや教師が多い、どうすれば理解できるようになるか

 叱ると怒るの違いをよく分かっていない子どもや教師が多い。
 怒るとは「自分中心の感情で相手に接すること」
 叱るとは「相手の存在を認め、成長を願って強く意見をすること」
 です。
 教師が子どもに怒ってしまうから、教師と子どもの関係がマイナスになってしまう。
 叱った内容がどれだけ浸透するかは、どれだけほめたかによるものなのです。
 よく、子どもが教室で「先生に怒られた!」と口にします。
 私は、その度に
 
「あなたたちは、先生が叱っているのに『怒られた』という言い方をする。違いますよ」
 
「怒ったんじゃなくて、叱ったんだ」
 と、正します。
 もし「怒ると叱る」の区別を子どもたちがわかっていないときは
 
「ごめんね、先生が正しい叱られ方を教えていなかったからだ」
 と、言います。
 子どもたちは「怒ると叱る」の違いは理解すべきことなのです。
 崩壊した学級の子どもたちは、教師に強く注意されると舌打ちして、反抗したりします。教師の陰口を言ったりします。
 だから私は、クラス全員の前で「正しい叱られ方」は何かを聞きます。
 正しい叱られ方は五段階あります。
(1)
受容
(2)
反省
(3)
謝罪:悪かったと思って、おわびする
(4)
改善:良くするために改善する
(5)
感謝:ありがとうございましたと思う気持ち
です。
 子どもたちに「五段階ある正しい叱られ方は何だと思う?」と尋ねます。
 
「一つ目は受容、二つ目は反省。三つ目は何だと思う」と聞きます。
 子どもたちはいろいろ言うけど、分からないときは「それは、謝罪だ」と。「これが言えることは、とてもすばらしいことだ」と教える。
 
「四つ目は何だろう」と尋ねます。
 子どもたちは分からない。「それは、改善だ」と。「悪かったと思って、お詫びするんだったら、良くするために改善しないとね」と。
 
「最後の五つ目は何だと思う?」
 ここだけは時間をかけます。で「感謝だ」と、言います。「ありがとうございましたと思う気持ち」
 これが正しい叱られ方だと。
さらに、こう付け加えます。
「ほめることと、叱ることは同じことをめざしているんだ。だから叱られても、ありがとうと言えれば、あなたたちはぐんぐん伸びていける」
(
菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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叱る人と叱られる人の間に愛がありますか

 私はカウンセラーとして、多くの人の苦しみや悩みと向き合っています。そのすべての中に、と言っても過言ではないほど、問題の奥底には親子のゆがみが横たわっている。
 そのゆがみが生じるキーワードは「愛された実感」があるか否かにあると言える。愛とは「理解と応援」である。なぜ悩み苦しむのか。親に理解されないままだと、否定された、と子どもは感じてしまう。
 人は愛されたい、認められたいと心で叫びながら生きている。今のまま、あるがままの自分を、まるごと愛されたいのだ。しかし、現実は「ここがダメ」「あれはいけない」と責められる。
 では、人はなぜ人を叱るのか。それは「叱る人が叱られる人の幸せを願うから」の、はずである。決して思い通りにするためではない。
 同時に、叱られた人が叱る人に対して、解ってくれていると確信しているからこそ、叱られてありがたいとも、嬉しいとも想えるのである。
 これは、両者が共にそういった思いがないと成立しない。いくら叱る人が「私はお前を思って言っている」と伝えたとしても、叱られた方が、思ってくれていると感じなければ、ただの迷惑な奴でしかない。
 よく「怒ることは、叱ることと違う」と言うが、互いに想いが通じなければ「また、怒っている」「文句を言われた」と受け取られてあたりまえ。
 叱り方には技術はない。必要なのは相手の心を理解する能力である。その能力によって、叱られる人に伝える言葉や態度が変化する。
 愛とは、愛し方の方法ではない。相手の想いを知ろうとすることと、無条件に応援する気持ちである。
 叱る人と叱られる人との間に、愛が存在するからこそ、心に響く人生のひとこまが生まれるのである。
(
田岡由伎:1954年神戸市生まれ、実業家、心理カウンセラー、エッセイスト)

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きびしさに欠ける教師はやさしさが生きない

 今の教師は、やたらとやさしいか、甘いか、あるいはきびしいかのどちらかである。
 きびしい教師がものすごく少ない。行儀が悪くても注意さえできない教師がいる。
 これに対して、すぐれた授業をする教師たちは、基本的にやさしい。やさしさがにじみでている。しかし、子どもの度がすぎた行為やことばつかいには、きびしく注意している。
 注意された子どもたちは納得している。学級経営がうまく、子どもが教師を心から信頼しているからである。
 学級経営をうまくやるには、教師は子どもに合わせなくてはならない。
 子どもに合わせながら、ゆっくり教師のペースにもっていくことが大切だ。急いでよいクラスをつくろうとして、オレについてこいとやると、ヒビが入りやすい。
 今の子どもには、この方式はむかない。むしろ後ろからついていく、くらいの考えで、子どもに合わせながら、水のみ場へゆっくりつれていくことだ。
 多くの教師は急いで失敗している。子どもと教師の間がピッタリといくようおおらかな対応を心掛けることだ。
 このやさしさと、ときにきびしさがうまくミックスして、子どもたちは人間的に成長していく。甘えすぎない子ども、自立した子どもが育っていく。
 多くの教師に望みたいことは、どんなときにきびしくあたるべきかを考えてほしいということである。きびしさに欠けていると、せっかくのやさしさが生きないのである。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

 

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今どきの子は安定感に欠ける、「フォロー」すれば安心感を得て本来の力を発揮するようになる

 私は真面目に教室に「お笑い」を取り入れようとがんばってきました。そして、分かったことがあります。それは「お笑い」と教育がとってもよく似ているということです。
 
「お笑い」も教育も、「フリ、オチ、フォロー」から成ります。
 教育の「フリ」は、発問や指示、「オチ」は、子どもたちの取り組みの様子、「フォロー」は、教師が子どもたちを評価し、ほめる、叱るなどの対応です。
 私は、発問や指示、面白ネタやしかけ、などの「フリ」については、これまでにも一生懸命に勉強し、工夫してきました。しかし、子どもたちを「フォロー」することについては意識すらしていなかったのです。
 今どきの子どもたちは「安定感」に欠けています。これからの子どもたちを動かすのは「フォロー」だと私は確信しています。
 
「フォロー」で子どもたちに「安心感」を与えれば、子どもたちが持っている本来の力を十分に発揮させることができると思うのです。
 子どもたちを「フォロー」するための基本的な考え方は
(1)
「子どもを見る目」を鍛えることが必要
 子どもたちを「フォロー」するためには、子どもの様子を見ることが欠かせない。
 気が散ると目が散る。姿勢が崩れると背中が曲がる。落ち着きを失うと手が動く。足が動き出せば立ち上がる。このように「フォロー」するためには、まず、子どもを見る方法をたくさん知っていることが必要である。
 その子の気持ちを察する、雰囲気を察する力がなければ、今どきの子どもたちには対応できない。
(2)
「フォロー」の基本は「ほめる」こと
 教師の一番の仕事は「ほめる」ことである。何を言っても先生が必ず認め、ほめてくれると、子どもたちは「安心」して何事にも取り組めるはずだ。
 教師は、ほめることが苦手な人が多いようだ。どうしても口先だけのほめ方になってしまう。実は私もそうである。
 そこで意識しているのが「驚く」という「フォロー」である。
 例えば、計算問題10題をやり終えて、持ってきたとき「えっ、もうできたの! 早すぎ!」と驚いてみせる。驚いてみせると、わざとらしくならない。
 結果だけでなく、発想や過程をほめるのもいい。驚くという「フォロー」は、おすすめである。
(3)
間違った答えのときは、救ってあげて「フォロー」する
 子どもが間違った答えを言ったときは「素晴らしい間違いだね。みんなの勉強になるなあ。おかげで、みんな賢くなった。すばらしい間違いをしてくれた○○さんに拍手!」と、救う方法もある。
 また「こういう間違いする子、可愛くて先生は好きだなあ」と、救う方法もある。
 ほめることができない場合は「救う」ことが必要である。教師は一生懸命やった子を絶対に見捨ててはならない。
(4)
ハードルを下げ「安心感」を与える「フォロー」を
 今どきの子どもたちは「失敗したら嫌だなあ」「失敗して笑われないかなあ」と不安を持っている。だから、答えが見え見えのクイズに喜んで取り組む。間違える心配がないから「安心」してできるのだろう。
 ハードルを下げ「安心感」を与える「フォロー」が必要である。子どもたちは「安心」して自分の力を発揮できる。
(5)
叱ることも大切な「フォロー」
 「フォロー」というと、何か「甘い」というイメージがある。しかし「フォロー」は甘いだけではない。
 ほめるだけで学級が成り立つなら、こんな楽な仕事はない。学級を成り立たせるなら「厳しく叱る」という「フォロー」は欠かせない。
 例えば、掃除。私は掃除を真面目にやらない子は厳しく叱る。ほめるだけで、真面目にやらない子が、掃除をするようにならない。
 特に若い教師は叱り方がゆるい。叱るときには「作戦」も必要だが「ダメなものは、ダメ!」と全身全霊を込めて叱りつけることが大切である。
(6)
ほめるために叱る
 叱ることは大切である。しかし、叱りっぱなしにしないほうがいい。やはりほめることが欠かせない。
 例えば、算数の授業で、Nくんがかけ算のやり方を全く聞いていなかった。問題を黒板に書き、Nくんを黒板の前にこさせる。問題を解くことができない。
「どうしたの?説明したばっかりでしょ?」「子どもだから失敗は仕方ない。けど、絶対にくり返すなよ! 成長しなさい」
 授業の最後に練習問題を数問させ、Nくんは解けている。そこで、Nくんを前に出し、問題を解かせる。
 
「正解! 素晴らしい! できるようになった、成長したね、Nくんに拍手!」
 こんな「フォロー」を続けると、子どもたちは真剣に授業に取り組むようになる。要は叱りっぱなしにしないということだ。
 感情的に叱るのは素人だ。「ほめるために叱る」という作戦を持って叱りたい。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属)

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規律のある学級にするために、すぐできる方法とはなにか

 荒れた学級では、教師の指示が通らない。学級を荒らさないためには、規律を打ち立てる必要がある。
 規律を打ち立てるためには「しつけを一つずつ徹底して教えていく」と、効果的である。まずは、一つを徹底するのである。
 しつけで有名な三原則(哲学者森信三が示した)は、
(1)
あいさつをしっかりする
 あいさつがきちんとできるようになるだけで、学級の雰囲気がピリッと引き締まったものになる。
 そして、教師の指示があったら、さっと動ける子どもになっていくのである。
 例えば、朝のあいさつで、隣の子とおしゃべりをして、声を出していない子どもがいたら
「とってもいい声で、あいさつできている人がいました。が、残念。三人は声を出していませんでした。朝のあいさつを気持ちよくすることから、一日が始まります。もう一度しましょう」
 教師が、あいさつができているかどうかを鋭く見て、できていない子どもの数まで言うから、子どもたちはドキッとする。「この先生には、ごまかしがきかない」と思うようになる。
(2)
返事をする
(3)
後始末をする
である。
 あいさつ、返事、後始末にこだわってみる。これが学級経営の急所である。
 あいさつ、返事、後始末を一つずつ教え、だんだんとできるようになってくれば、学級の雰囲気がガラリと変わる。規律ある学級に変化してくる。
 この三つのしつけ以外にも、私がこだわっているしつけがある。それは、
(1)
目の前に落ちているゴミを拾う
 できていない事実をとらえ、全員に指導する機会をもちたい。
 例えば、図工の授業の後で、ゴミが落ちていたとする。誰もそれを拾わずにほうっておいたら、指導のチャンスである。
「大変残念なことがありました。教室にゴミが散らかっているのに、誰も拾おうとしないのです。そんなみんなの姿を見て、残念に思ったのです」
「そんな人に、何か大きな目標が達成できると思いますか」
「小さなことにすら気づけない。気づいてもめんどうだと思ってやらない。そんなことで、自分の夢をかなえるための努力ができると思いますか」
「今日は残念でしたが、次は、みんなならきっと拾えると思います。先生が拾って片づけるようではダメなのです」
 そして、拾っている子やゴミを落とさずに片づけている子をほめる。こうして、小さなことを大切にする子に育てていく。
(2)
提出物の向きをそろえて出す
 宿題やプリント、ノートなどの提出物を、教師の方に向けて出すことができるようにしたい。目上の人への最低限の礼儀だけは教えておきたい。
(3)
机をそろえる
 座席を離れるときや、授業が始まる前、帰る時などに、さっと机の向きを整えるようにする。
 すぐに机の位置と向きがそろえられるように、机の下にマーカーで印をつけておくとよい。
 これらは、たいへん小さなことである。だが、こういった小さなことができるようになると、大きな変化が子どもに訪れる。
 やることが、だんだんと丁寧になり、不思議と落ち着いてくる。
 教師が大切にしたいしつけを、一つずつ教えていくことで、規律あるクラスへと変わっていく。
(
大前暁政:1977年生まれ、岡山市立小学校教師を経て、京都文教大学の准教授(理科教育)。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞)


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叱り方に悩んでいる人は、どうすれば「よい叱り方」になるのでしょうか

 子どもを叱ったり、怒ったりするのは、子どもに伝えたいことがあるからです。ですが、感情的になったり怒鳴るだけだったりすると、子どもはなぜ叱られたのか、その理由がわからないままになることがあります。
 そこで、私はつぎのようにしています。
1 叱る前に「見る」
(1)
タイミングを見る
 声をかけるタイミングをみます。何かに夢中になっている途中では、話しかけられたくありません。
(2)
過程を見る
 結果だけを見ないで、その過程をみます。すると、かける言葉が変わってきます。
2 先にいいところを伝える
 言いたいことがあるときは、先にいいところを伝えてください。すると、その後の本当に言いたいことが伝わりやすくなります。
 人は聞きたくない話には耳を閉ざします。だから、先にうれしい話をして耳を開いてから伝える。すると、案外、聞き入れてくれるようです。
3 正論より共感
 人は共感してくれる人に心を許します。子どもの気持ちに寄り添うと「わかってくれているんだ」と思うでしょう。共感の気持ちが安心や信頼につながります。
4「あなたが悪い」でなく「ここが悪い」
 叱るときは、子どもが悪いのではなく、やったことが悪いのだと伝えてください。例えば「壁に落書きするのは悪いことよ」とやったことを否定するのです。
 子どもを叱るときには、子どもの自尊心を傷つけないようにしましょう。自尊心を傷つけない叱り方とは、本人を否定しないで、やったことを叱ることです。自分という人格を否定されたことにならないから、劣等感には結びつきません。
 大切なのは、子どもの気持ちを尊重する接し方です。とくに「叱る」ときには、子どもの失意、失望、自己否定などの負の感情をもたせないよう心がけてください。
5 原因の追究より次の行動
 私は以前、子どもの問題行動を「なんでこんなことをしたんだ?」と問いつめていました。子どもは「だって・・・・・」と言いわけするしかなく、会話は悪循環になるだけでした。
 そこで「なんでこんなことをしたんだ?」ではなく「どうしたらいいのかな?」と、聞いてみることにしました。「なんで」では、解決につながりません。
「どうしらいいのか」「何をすればよいのか」と、するべき行動が具体的にわかれば、子どもたちの体も気持ちも動きやすくなります。
 そのためには「どうする?」です。子どもはきっと、自分なりのアイデアで問題解決していくでしょう。
6 叱るときには深追いをしない
 叱るときは、ひきずらないように叱ることが大事です。叱るときには決して深追いをしない。人と比較しないで「さらっとひと言で」が秘訣です。
 叱られたところから、自主的に立ち直れるようにしてあげないと、子どもはいつまでも叱られた悲しみから抜け出すことができなくなってしまいます。
 子どもを「叱る」ことで悩んでいる人は、日々の暮らしのなかで、一回でも多く「ありがとう」と言いましょう。大人が子どもに言うのです。「ありがとう」は相手をほめることにつながります。
(
佐々木正美:1935年群馬県生まれ、児童精神科医。様々な大学や機関を経て、川崎医療福祉大学特任教授、横浜市リハビリテーション事業団参与。子どもの発達について幼稚園等と勉強会を重ねている)
(
若松亜紀:幼稚園教師を経て親子の集いの場「陽だまりサロン」オーナー)

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「叱らない」と「叱れない」とは違う、「叱れない」教師が増えている、どうすればよいか

 「叱らない」と「叱れない」を一緒にしてはいけません。「叱れない」から「叱らない」では困ります。
 叱る必要のある時にさえ「叱れない」と、クラスの雰囲気が悪くなります。
 でも「叱れない」教師は確実に増えています。叱れないとき、どうすればよいのでしょうか。
(1)
教師になるまで他人を叱る経験をしてこなかったので、どうやって叱ったらいいのかわからない。
 
「叱る」をテーマにした本を手にとって学んだり、同僚の教師に教えてもらったりしたらいいのです。
(2)
「叱る」と子どもに嫌われそうだから、叱ることができない。
 実際、きちんと叱られた場合には、そのことが原因で教師を嫌いになるなんてことは、あまりないのです。
 遠慮はいりません。子どもに遠慮しているという空気が伝わることの方が問題です。叱ることを恐れてはいけません。
(3)
「叱る」ことは、よくないから我慢している。
 叱る必要がある時に「叱れない」と、逆にクラスの雰囲気が悪くなります。叱ることを恐れてはいけません。
(
俵原正仁:1963年生まれ、兵庫県公立小学校教師、笑顔の教師が笑顔の子どもを育てる実践はマスコミにもとりあげられた。教材・授業開発研究所「笑育部会」代表)

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どのように叱れば子どもは変わるのでしょうか、そのポイントとは

 僕の怒りは本物です。でもこの怒りは、僕にとっても子どもたちにとっても必要な感情だと思っています。
 子どもたちに成長してもらいたい。子どもたちに自分の可能性を信じてほしい。だからこそ、子ども自身があきらめようとする時に、僕は悔しさと共に怒りを感じる。それは愛情の裏返しなのです。
 でも僕は、その怒りをそのまま子どもにぶつけることはしません。本来の目的は、子どもたちの可能性を引き出すことだからです。怒りを冷静にコントロールして、子どもたちの成長のために使うこと。これが、僕にとって「叱る」ということです。
 叱った後には必ず、子どもたちにフォローを入れています。フォローとはつまり、なぜ叱ったのか、理由を明確にして、本人が納得できるまで話し合うということです。
 そして、叱られた子どもが大切なことに気づき、少しでも成長が見えたら、必ずその子をほめます。「叱る」は「ほめる」と、セットになって初めて意味を持つものだからです。
 子どもたちがルールを守らない、やるべきことをやっていない時に叱らなかったら、子どもは本当に大切なことに気づけない。成長するチャンスを失ってしまうと思うからです。
 子どもたちを叱ろうとする時、僕にはすでに、叱った後で子どもたちが自信にあふれ、笑顔で動き出すシーンのイメージができ上がっています。
 ポイントは、子ども自身に考えさせることです。「きみのやったことに対して、きみ自身はどう思うんだ」と、まずは問いかけてみる。
 叱る側の愛情に裏付けられた怒りが伝われば、子どもは必ず誤りに気づいてくれます。そして、間違いを正すにはどうするべきかを、自力で考え始めるのです。
 考え始めたら、自分で答えを出すまで根気強く待ってあげること。一緒に考えてあげるという姿勢が重要です。
 根底にあるのは、もちろん子どもへの愛情です。子どもの可能性を信じ、成長を願う心です。
 叱るのにはとても大きなエネルギーが必要ですが、子どもの成長はきっと、その何倍もの希望を僕たちに与えてくれます。それは、叱ることで得られる、僕たちにとっての最大のご褒美なのだと思います。
 子どもは一人ひとり個性を持っています。ですから、こういう叱り方がいいとはいちがいには言えません。
 まず、子どもをまっすぐに見て、その子にとって今一番必要な「叱り方」がどういう形かを見きわめることが大切です。
 では、どうやって子ども一人ひとりの性格を見きわめるかといえば、それは「感じる」ということです。見た瞬間パッとわかる子もいれば、コミュニケーションを重ねて、なるほど、そういう性格なのかとわかる子もいます。
 大切なのは、こちらが愛情と関心をもって見ること。そうすれば、その子の性格が自ずと見えてきます。
 また、叱り方は、その子の性格だけでなく、僕との信頼関係の深さによっても変えます。
 たとえば、その子が自分に自信を持っていて、かつ僕を信頼してくれているという関係であれば、あえて「テニスをやめろ!」というような叱り方をすることもあります。叱咤激励することで、発奮してくれるからです。 
 中には、叱るべきでない子もいます。たとえば、その子が何をすればよいか自分で判断できる場合です。叱ることで何かに気づかせる必要がない子です。
 もうひとつは、いじめなどがある場合です。精神的に想像以上のダメージを与えてしまうこともあります。
 こうした背景を含めて、まずは子どもをしっかりと見つめ、今、何を一番必要としているのかを見きわめてあげてください。
 子育ては、とかくストレスがたまるものです。一度はわからせたつもりでも、子どもはつい同じ間違いを繰り返してしまう。すると、つい感情的に叱ってしまいます。
 感情的に叱らないために、自分自身を「客観視」してみることです。第三者的に自分を見ると、気持ちは落ち着いてきます。
 実際に叱る前に、心の中で叱る言葉を言ってみる。すると、もう一人の自分が教えてくれます。「それは、自分が感情的に怒っているだけじゃないのか」と。
 冷静さが自然に戻ってくる。すると、子どもを成長させたいという本来の思いにも気づくことができます。
 ひと呼吸おくというクセをつけておくのもよいでしょう。自分を心理的に落ち着いかせてから、子どもと向き合うと、意外と冷静に叱ることができます。
 どんな状況であれ、絶対に使ってはいけない禁句があります。
(1)
子どもの可能性を否定する言葉
 「お前には無理だ」「あなたにはできない」こんな言葉を言ってしまったら、子どもの可能性を伸ばすために指導しているのに、可能性は消えてしまいます。
(2)
身体的なことを否定する言葉
 身体的なことは、自分の意志では変えられません。身長が高い低い、太っている痩せている、といったことは個性です。身体的なことを否定するべきではありません。コンプレックスとして心に植えつけられてしまいます。
(3)
兄弟や友だちと比べる言葉
 子どもに劣等感を抱かせる言葉です。子どもは自信とやる気を失ってしまいます。
(
松岡修造:1967年東京都生まれ、元男子プロテニス選手、スポーツキャスター、スポーツ解説者。日本テニス協会理事強化本部副部長)

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子どもを育てるときの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは何でしょうか

 私は長い警察官生活の中で、道を踏み外した子ども、そしてその子を育てた親と接し、たくさんの話を聞きました。
 話を聞くと、一緒に住んでいるのに気持ちはすれ違い、かみ合ってないことや、お母さんが子どものために良かれと思っていたことが、子どものためになっていないことなど、家庭でさまざまな問題を抱かえていたことが分かってきます。
 子どもたちに不幸を生まないためには、子どもの頃からしっかりと、しつけを行うことが必要なのです。
 子育てにおいて愛情が基本なのは当然のことです。しかし、愛情に溺れず、どこかで冷静に距離をおいて子どもに接するのが親の役目なのです。
 叱るときも、本気で叱りながらも、怒りをぶつけてはいけません。あくまで親という役割の必要性からそうしているのです。
 子育ては、時代が変わっても押さえるべき「子育ての鉄則」は変わりません。私の長年の経験から確信をもって言えることです。やろうと思えば誰にでもできることです。
 子どもを育てるとき、子どもの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは
(1)
かわいがることと溺愛は大違い
 かわいがられたことのない子は、よい子に育ちません。しかし、溺愛ほど有害なものはありません。溺愛だけで「しつけ」のない親があまりにも多い。
 今の親は甘やかす傾向が強く、必要以上に子どもに迎合する親や「友だち親子」になっていて、叱らなければならない時に、それができず、むやみにかわいがってばかりいる親が多いのが懸念されます。
 子どもに甘く、子どもの要求をやたらに受け入れる親は、理解のある親だと思われたいのでしょうが、とんでもないことです。
 子どもが転んだら手を貸して起こしてやるといった子育ては避けるべきです。親が先回りしてやってしまうと、何かに耐えたり、我慢したりする、生きていく上で大切な力が子どもの身につかないのです。
 自分で立つことを学ばせることはとても大事なことです。それが「しつけ」であり教育なのです。
 子どもがキレて、わめくと「ああ、分かった、やってあげるからね」と助けてしまう。すると、子どもは駄々をこねれば何でも通るということを覚えてしまうのです。
 そんな子に育っていくのが最も恐ろしい。やがて親にとっていちばん苦労する子になってしまうのです。
(2)
叱ることを恐れない
 まるで腫れ物にさわるかのように子どもに接している親がいます。これが一番よくないと私は言っています。必要以上に子どもの機嫌をとってはいけないのです。
 叱るということを、あまり恐れてはいけません。叱り方さえ間違えなければ、子どもは親から離れることはありません。
 親は子どもに「間違ったことをしたら叱られる」のだということを教えるべきです。子どもは世の中のことを知りません。間違ったことをやって当たり前です。
 叱るべき時は厳しく叱る。そのかわりよいことをしたら、とことんほめる。抱きしめてほめてあげてください。その時に、親と子の結びつきができるのです。「叱る」「ほめる」という行為は、そういう意味でも大事なことなのです。
 気をつけることは、叱るときに感情的になると「怒る」ことになります。その分だけ愛情が抜けてしまうのです。子育てにおいて、感情と愛情はなかなか同居しにくいものなのです。そのことを忘れないでください。
 叱る時には、絶対に人の前で叱ってはいけません。子どものプライドを軽視してはいけません。ほかの子と比較はしない。自尊心を傷つけます。
 叱るときは肌を接して叱ってほしい。特に厳しく叱る時は、必ず子どものどこか(手を握るとか、頭に手を乗せるとか、肩を組むなど)に触っていてください。親が考えている以上に、子どもは孤独感と恐怖感を覚えるのです。
 叱ったあと、後味の悪さを引きずったままでは、親子の関係が離れ、やがて結べない距離になってしまいます。「きつく叱ったな」と思ったら、必ず「なり直し」(フォロー)をやってあげる。
「ね、分かった? お母さんの言うこと」「うん」などと、気持ちを寄せ合って、子どもが不安を引きずらないようにしましょう。
 毎日の子どもとの触れ合いの中で「叱る」より「小言」が多すぎると、子どもも「またか」と、うんざりするだけで、言うことを聞こうという気持ちにはなりません。
 これは、子どもに近づきすぎていることが原因です。子どもとの距離を少しとって口を出したいと思っても、子どもを信じて黙って見守ってみてください。
 自分で問題を解決することにより、子どもはものごとの処理能力を身につけた大人へと成長していけるのです。
(3)
子育ての責任者は親である
 何のために子どもをしつけるのでしょう。子育ての目的は、社会生活をするために必要なルール、作法や物事の善悪を判断する力を身につけさせること。
 そして、この子育ての責任は親にあることをよく自覚していただきたいのです。このことが分からず、他人や学校に文句ばかり言う親がいますが、子育ての責任はあくまで親だということを忘れないでほしい。
(4)
まずは、さきに「ほめる」
 
「ほめて」よいところを伸ばしていけば、やがて黙っていても悪いところは立ち枯れるものです。「よくがんばったね」と、よくできたところをほめた方が効果的です。
 ほめて自信をつけさせて「やればできるのだ」と暗示をかけて育てる方が大事ではないかと思うのです。やがて、この暗示が本物になるのです。
 
「あなたのいけないところはこれ、早く直しなさい」と、先に悪い点を言う親が非常に多い。そうではなく「今日はよいこと一杯できたね。明日はここをがんばろうね」と、よいところを指摘しながら励ますようにします。
(
星 幸広:1944年生まれ、千葉県警察官、千葉県鉄道警察隊長、警察庁警備局、千葉県少年課長、 千葉県警察署長、地域部参事官等を歴任し、千葉大学ジェネラル・サポーター。「子育て、しつけ」や「学校危機管理」に関する講演を全国的に展開 している)

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子どもを叱っても言うこと聞いてくれないとき、どうすればよいのでしょうか、その発想のポイントとは

 子どもをどう「しつけ」たらいいか分からない。いくら叱っても、子どもが言うことを聞いてくれない。言いたくないのに、いつも子どもに小言を言ってしまう。子どもと楽しく過ごしたいのに、気がつくと子どもを叱っている。
 私は、23年間の教師生活の中で、このような親たちの相談を何回も受けてきました。多くの親たちがこのような悩みを抱かえながら、毎日を手さぐり状態で生活しています。
 これらは、教師である私自身の悩みでもありました。私も教師になったときから、ずっと同じようなことで悩んできたのです。
 叱りすぎて。子どもの心が離れてしまったこともありました。毎日子どもと顔を合わせるのが、嫌でたまらなかったこともありました。
 そのような悩みと苦しみの中で、だんだん分かってきたことがありました。分かってくるようになってからは、毎日の子どもとの生活が楽しくなってきました。
 そして、子どもたちもグングン伸びていくようになりました。
 以前、わからなかった「子育てやしつけ」のポイントが少しわかるようになったのです。ほんの少し発想を変えるだけでいいのです。この「発想を変える」ことがとても大切だと思います。発想を変えて、初めの一歩を正しい方向に向けることがとても大切なのです。
 「子育てやしつけ」の発想のポイントとはどのようなことなのでしょうか。
(1)
「しつけ」より愛情
 
「しつけ」は愛情の後に来るものです。まず、子どもの心を親の愛情でいっぱいに満たしてやることが一番大切です。
 自分が愛されているということを実感させてやってください。子どもが親の愛情を実感し、心が満たされているとき、初めて、しつけも可能になるのです。
 子どもが愛されているという実感がないと、いくら子どもをしつけようとしても、何一つ身につきません。私はそういった例をたくさん見てきました。
 親たちも、みなそれぞれに愛情を持っているのですが、子どもが実感として親の愛情を感じることができていない場合があります。
 実際にコミュニケーションやスキンシップなどの触れ合いを通して、心と体で愛情を実感することができないと満たされないのです。
 自分が本当に親から愛されているのだということを、子どもはいつも実感していたいのです。それは、一度にまとめて受け取り、蓄えておけるようなものではないのです。
 親に愛されていると日々実感している子は、心が満たされます。心が満たされている子は、素直になれます。ですから、親の言うことを受け入れることができるのです。
 生活のしつけや決まりも、素直に受け入れることができるのです。
(2)
叱ることで「しつけ」ようとしない
 親がコミュニケーションやスキンシップなどの触れ合いを心がけているにも関わらず、親の愛情を子どもが実感できないでいるという場合があります。
 多くの親は、叱ることで「しつけ」ようとしています。でも、子どもはその度に嫌な気持ちになっています。その度に、少しずつ親の愛情への疑いが育っていくのです。
 子どもが人間として許されないようなことをしてしまったとすれば、「叱る」ことも必要でしょう。例えば、誰かを傷つけたり、卑怯なことをしてしまったとか、弱い者をいじめてしまったなどという場合です。
 でも、大人が感情的になって、声をあらだててとがめる必要が毎日あるでしょうか。
 私は、以前は、声をあらだてて子どもを叱ることがよくありました。私も、その度にいやな気持ちになるのが常でした。
 叱られる子どもは、うなだれて、しょんぼりしています。私を見る目も微妙に違ってきます。つまり、子どもの中で教師としての私の価値が低くなっているのです。
 感情的に叱ったり怒ったりするたびに、子どもたちが言うことを聞かなくなっていきます。指示や指導は効き目がなくなっていきます。なぜなら、指示や指導には、その人自身の人間性の裏付けが必要だからです。
 生活の中に「叱ってしまう流れ」から「叱らなくてすむシステム」を作ることに力を注ぐようにします。 
 例えば、私は叱らなくてすむように、小黒板を利用していました。小黒板に朝の流れを書いて、毎日帰り際に、係の子どもが教室の前の黒板に張りつけます。
 
「朝、八時までに、提出物を出しましょう」「係の仕事をがんばりましょう」「外で元気に遊びましょう」
 こうしておけば、朝、学校に来たときに、誰もが目にし、朝の八時までに提出することが出来るわけです。もうひと工夫して、教室にいる子どもたち全員で読むようにします。これはとても効き目があります。誰の耳にも聞こえるからです。
 たいていの場合、これで、どの子も朝の仕事がきちんとできるようになります。それぞれの問題に応じた方法を工夫すればいいのです。私は「改善」と言いながら工夫してきました。
(3)
子どもの短所に目をつぶり、長所を伸ばす決意をする
 
「しつけ」ようとしても、どうしてもできない子どもには、どうすればよいのでしょうか。目をつぶればいいのです。短所に目をつぶる代わりに、長所を伸ばす決意をするのです。実はこの短所に目をつぶるということが、大人にはなかなかできないのです。
 成長するためには人間は、どこを持って持ち上げてもいいんです。得意なこと、好きなこと、長所を持って上げてやればいいんです。
 人間全体が上がれば、苦手だったことや短所も、いつの間にか上に上がるんです。その子は幸せになるのです。
(4)
肯定的な言い方で、子どもをやる気にさせる
 ちょっと言い方を変えると、聴いている人は気持ちよくなります。
「脱いだ靴が揃えられていると気持ちがいいね」
という言い方は、肯定的な言葉を使っているので、聞いている人は気持ちがよくなるのです。それで、聞いている人は前向きにやってみようかなという気になるのです。
(5)
子どもをほめる
 人は誰でもほめられるとうれしいものです。心が温かくなって、やる気が出てきます。私は担任として、子どもを意識的にほめるようにしていました。
 子どもをほめられない人は、日頃の考え方がマイナス思考の人が多い。子どもをほめられるようになるためには、自分自身をプラス思考の性格に変えることです。生活や仕事を楽しんでいる人は、みんなプラス思考だということです。
 物事の肯定的な面を見つけ出して「いいね、いいね」「あなたのいいところはここね」と、それを話題にするようにします。
(
杉山桂一:1958年生まれ、公立小学校で23年間教師を務め2006年に退職。教育評論家として講演、執筆活動、無料メールマガジン(メルマガ大賞の教育・研究部門で5年連続第1位)の発行を続けている)

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