カテゴリー「子どもの実態」の記事

学ぶことが嫌いな子どもが多い、勉強の喜びを得るにはどうすればよいか

 世の中で最も「学ぶ」ことが嫌いなのは、中学生や高校生ではないでしょうか。「学ぶ」ことにネガディブなイメージを持っています。
 それは「学ぶ」ということが、テストや受験のために直結していて、やらされているとしか感じないためです。
 学ぶことそのものがつまらない、おもしろくないと感じてしまっています。
 ところが、自分が社会の一員として仕事をするようになってから、私は受験勉強にも意味があるということに強く気づきました。
 受験勉強を通じて行ったトレーニングが、仕事をする能力の基礎になっている。いまこうして活動する私自身を形作っているのです。
 勉強すること、勉強そのものが、人の能力を磨く、ひいては社会で活躍できる人材を作るということです。
 また、知的なことに上手に触れると、すごくわくわくしてくる。
 この知的興奮というものは、何事にも置き換えることができない充実感と幸福感をもたらしてくれます。
「学ぶ」ということに背を向けずに、真っすぐな気持ちで取り組むことができれば、誰もがその充実感と幸福を手に入れられるのです。
「勉強の喜び」とは、知的興奮との出会いです。知的な興奮って、かなりいいものなんですよ。
 興奮と聞いて想像するのは性的なことや、アクション映画を見たり、音楽で気分が盛り上がる感じでしょう。
 でも、知的な興奮を巻き起こされたときの感触というものは、人生でも華ですね。ソワソワするほどです。
 しかし「まったく知的興奮の経験がない」という人が多い。
 知的興奮を経験すると、いままで知らない快楽を知ったなあと感じます。
 勉強という行為でも、ドーパミンを出すことは可能なんですね。性的興奮と同じメカニズムで起きるのです。
 だから、極端なことを言えば異性にモテなかったとしても、勉強でドーパミンを出せば、似たような興奮や快楽が得られて、人生寂しくなくなるという大きなメリットもあるわけです。
「学ぶ」ということで得られる興奮や喜び。それは「感動」です。
 知らないことを知ったとき、疑問に思ったことが解決したときの「そうだったのか!」という感じのことです。例えば次のような話があります。
 古代ギリシャのアルキメデスは王様から「王冠が純金製か調べよ」と命ぜられました。王冠をつくるとき、金を減らし、銀を混ぜたという噂があったからです。
 解き明かそうと、悩みに悩んでいたアルキメデスは、気分転換に公衆浴場に出かけます。
 浴場の湯船に入ったところ、満たされたお湯がザーッと流れ出ました。
 その瞬間、アルキメデスは「わかった!」と叫んで裸のまま、飛んで家に帰り、王冠が純金でないことを突き止めました。
 発見した方法は、満水の容器に王冠と同じ重さの金を沈めて、あふれた水の体積を測る。同様に銀でも測る。
 すると、金のほうがあふれる水が少ないことがわかった。金の方が重く比重は19.3、銀は10.5でした。
 最後に王冠を水に沈めると、金よりあふれた水が多かった。そこで、銀が混ぜられていたことがわかったのです。
 アルキメデスは、発見したとき、興奮と感動で裸で走り出したのでしょう。
 歴史に名を残す人は、みんな裸で走り回りたくなるほどの発見に、興奮し感動を味わっています。
 誰も知らなかったことを知る。これは知的な興奮の結晶です。
 実は、その結晶が集まっているのが教科書なのです。歴史学者の知的興奮があつまって歴史の教科書になる。化学者の発見が化学の教科書に満ちている。
 人類の偉人や天才たちが発見したその驚きがつまっているのが教科書なのです。
 でも、そういうふうに教えてもらっていないから、感動すべきことなのかどうかがわからない。
 知的感動にはポイントがあり、それを教えてくれる導き手が必要なのです。
 教科書の中に冷凍保存されているものをちゃんと解凍して味わえば、学者が発見したときの興奮を、私たちも再体験することができる。
 そういう知的興奮をどれだけ自分に巻き起こせるかが、勉強する上でのカギです。
 いかに学んで感動するか。学ぶ感動を日々得ることができたら、学校での勉強はもちろんのこと、人生そのものがものすごく楽しくなります。
(齋藤 孝:1960年静岡県生まれ、明治大学教授。「身体感覚を取り戻す」で新潮学芸賞を受賞。専門は教育学、身体論)

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あなたに中学生の心が聞こえますか?

 中学校時代は小学校時代に比べて、あらゆる分野との関係が一気に拡大する「黄金時代」であるといえる。
 まず第一に、行動範囲が大幅に広がり、何かを実現することが可能になる。
 学校の自治を自分たちで行うという意識が生まれる。
 校則を吟味し、批判的精神をもって全てに耳を向け、受け入れるか否かを判断し始める。
 学校のひとつひとつの教科について「誰が」「何を」「どのように」教えているのか、そこにどんな価値が生まれるのか、実に気難しく考えるようになる。
 そして受け入れがたいものは、自らの手で行動を起こして、変えていこうという自主性が芽生える。個の確立にとってある意味、革命的な時期でもある。
 だから「黄金時代」と言ってみたものの、その反面、様々な抵抗を示す時期でもあり「暗黒時代」という、諸刃の剣的な言い方もできる。
 それと同時に、自分が不得意なものに粘り強く挑戦し、それを克服して自分を高めたいという知識欲も大変強くなる。
 例えば、私の場合、苦手だった数学を強くするため、1日に問題集を何十ページも自分に課し、正答率が自分の定めた基準以下だと、間違えた問題1題につき問題集を1ページを追加した。
 中学生にとって、自分の努力に対する他人の評価はもちろん大切である。
 その一方、「評価されればそれでいい」ではなくて、その真価をちゃんと評価してくれているのかどうか、評価の理由付けも大きな意味を持つ。
 ちゃんと相手が自分を見て、理解した結果の評価なのかが、逆に相手への、自分なりの評価軸になる。
 受け入れるものと、受け入れないものとの、自分なりの基準を作り上げるのも、この時期である。
「認められたい相手」と「認めない相手」とを明確に差別化する。
「認めない相手」に対しては「一見、従順な無視」をもって向き合う、静かなる反発も始まる。
 また「無関心さ」が顕著に現れるのもこの中学校時代である。
 中学校時代は自分の力を最大に発揮する挑戦の始まりの時期です。
 それだけに、定められた規範が与える保障と制約をうとましく思い、自我の芽生えて、その保障と制約から飛び出して自分独自の何かを確立したいという葛藤が生まれる。
 その結果、自分を取り巻く人間関係もより複雑になり、ぶつかり合うことが多くなる。
 この繰り返しからの中から「過去」を壊して「未知なる何か」を求めるため、楽しいようで、全ての挑戦からあらゆる不協和音が生まれる。
 あまり良い思い出がないと中学生時代を振り返る人が多い。
 中学校時代は、皆、自分を発揮し始め、人間関係での葛藤や自意識過剰や人に認められたい願望が高まり、そこからいろいろな新しい視座獲得の時期を迎えている。
 中学校時代とはまさに「過去と現在から離脱し、未来へ向けての冒険の旅につながる第一のトンネル」である。
 そんな中学校時代でもがいている時、言葉はある意味、当てにならず、その答えは中学生の行動、まなざしの中にあるのだ。
(
長谷部葉子:東京都出身、慶應義塾大学准教授。不登校、高校・大学受験失敗などの経験から、20歳代半ばで寺子屋を立ち上げ、教育支援に携わる。教育とコミュニケーションを研究
)

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今どきの保護者・子どもの対応で、教師は精神的な疲れがドーッと来る

 以前から、小学校高学年の大変さというのはありましたけど、小学校の低学年から大変ですね。
 落ち着いて話が聞けない子ども、何かをやると言うと最初からイヤダーと叫ぶ子。いまは、1,2年生はおとなしく椅子に座って、先生の言うことをよく聞くという状況じゃないですよ。
 私のクラスでも、1人の男の子が手当たり次第に友だちに暴力をふるうんですよ。その子は小さいころ病気がちで、友だちと交わりのないまま小学校に入ってしまった。どうやって人と繋がったらいいのか、分からないんですね。
 そういう人と繋がれない子どもが急速に増えています。その一方で、ちょっとした刺激や苦痛にも耐えられない、ひ弱な子どもがいます。
 家庭では、父親が不在で、母親がいつも子どもとだけくっついている。
 それで、感情だけで可愛がるか、怒るかで、客観的に子どもを見ることができないんです。だから、子どもの気持ちが安定しないんですね。それでひ弱な子や、わがままな子ができる。
 特に、高学年の男の子は、がわがままになっている子が多いんですよ。
 母親は男の子をどう扱っていいかわからないですよ。それで子どもはいうことを聞きません。父親がかかわっていれば、バンと言ってくれるはずなんですが。
 母親は同姓として分かる部分があるので、女の子には結構厳しくしつけますから、逆に5,6年生になると女の子はしっかりします。
 中学生になると男の子は女性教師に対して差別的な目で見てくるんです。それは母親との関係のせいなんですね。もう歴然としています。
 私自身、男子生徒が後ろを向いて座ったり、好き勝手におしゃべりして、授業なんてどうでもいいよ、というポーズをとられたり、さんざん試されました。
 そういう時に、私は「何、その話、面白そう」と言って、クラス全体の話に持っていったりするんです。
 そうするうちに「この先生、少々のことでは動じない」とか「自分たちの中に入ろうとしているな」とか思ってくれる。
 子どもたちは敏感ですね。今はとってもなついてくれるんだけど。その辺、若い教師が一生懸命なあまり、子どもと正面にぶつかって、すごく苦労している人もいます。
 子どもは、人の気持ちが分からなくても平気という雰囲気がある。聞きたくない子どもの話は聞かなくても平気。
 何か話し合いをさせると、すぐにケンカが始まってしまうので、教師はどこで介入するか常に神経をピリピリさせていないといけないんです。
 地域にもよるでしょうが、怖さで子どもたちを押さえつけるというのは、子どもたちは受けつけないです。
 まず、子どもの話を聞いて、自分たちの思いを教師が受けとめてくれて、それから何かアドバイスをしてくれる先生を求めますね。
 高学年になって問題が起きてルールを決めるときも、教師が「こうしなさい」と言うのではなく
「その問題について、あなたたちはどう考えるの?」と聞いて、
「それだったら、どういうルールが必要?」
って考えさせて、その上で決めないと、子どもたちは守らないです。
 だから、時間がかかっても話し合いで決めさせます。
 今、親が人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後ろで親たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、私は笑ってしまったんですけど。
 母親はわが子の話を聞かないんです。しかも、自分はわが子の話を聞いているつもりなんです。
 実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただ、と思って話すことをやめてしまうし、親は子どもが納得したんだと思い込むんです。
 親は、学校に対する苦情はバンバンいいますよ。
 例えば、運動会をやった後、第一声に出てくる言葉が「子どもたちの先生の話を聞く態度がなってない」「あの時の進行が悪かった」なんですよ。
 うちの学校で、高学年の子が集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の1人の親が、学校に抗議に来たんですね。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校の集団生活でこういう子どもにされた」
「学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校には出さない」って言って、子どもを学校に来させないんですよ。
 他の学校で子どもがいじめられたらしい。学校が善処しなかったら、裁判を起こすという親もいました。
 担任は、それでなくても大変なのに、裁判なんか起こされたら、本当に落ち込みますよ。
 担任とよく話し合えば、誤解だったとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけれど。
 そうしないで、親はバーッと感情をぶつけてきて、校長や教育委員会に言ったり。感情のままにという解決の仕方です。
 そういう風に言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」って応援する親が必ずいるんですよ。
 逆に、まともに考えている親たちがものを言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 日々教師は、親との対応、子どもとの対応の中で、精神的な疲れがドーッと来る。忙しさの中にも、精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さがあるんです。
(
別冊宝島編集部)


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小学生は学習にとりかからせるのが難しいし学習が続かない、どうすればよいのでしょうか

 公立の小学校で1年生から6年生まで受け持ってきた経験から言うと、小学生は「学習にとりかからせる」ところが一番難しいんです。
 子どもたちにエンジンがかかって、気分が乗り出せば、あとは自分でどんどんやり始めます。そういう意味では導入は非常に大事です。
 私の授業では、6年生であっても「右手をあげてごらん」→「人差指を出して」→「1を押さえよう!」→「さぁ、そこをみんなで読もう!」みたいな感じで、ショートステップをくり返して目標に到達させることを心がけていました。
 子どもは一回にひとつのことしかできないし、これからやることが明確になると、ノッてくるんですね。
 さて、子どもが勉強を始めたとして、途中でイヤになるのは「わからないとき」「面倒くさいとき」です。
 パッと教科書やテキストを開いて、いろんな情報がページの中に入っていると、どう読み取っていいかわからないという子どもはどの学年にも多いんですね。
 書き取りや計算も、ただただ紙に鉛筆で延々と書いてやるのは、やっぱり苦痛なんですよ。しかも、やったわりにあまり覚えられないし…。
 すると「わかんねー」「めんどくせー」となって、学習が続かなくなってしまう。
 だから、ゲーム感覚でシンプルにくり返し漢字や計算の学習ができるのは大事だと思います。
 漢字や計算が得意な子どもでも、忘れている漢字やまちがえる問題もあるし、そこだけ再確認もできる。楽しみながら定着ができて、完全マスターを目指せる。
 私も授業では、油ねん土で漢字をつくったり、ノート1ページに大きく書かせたりとか、いろいろと工夫をして変化をつけて飽きさせないようにしていました。
 ゲーム感覚で取り組める、というのも同じような工夫だと思います。子どもたちはこういうのは飽きずにやると思います。
 タッチペンで漢字の勉強なんて…という意見もあるかも知れないけれど、大昔は毛筆で書くのが正しくて「鉛筆なんてけしからん! 文化の衰退だ!」と言われた時代もありました。
 でも、今は誰も日常的に毛筆で文字を書いてないですから。時代と共に変わるのが歴史の必然でしょう。
(
親野智可等(あやのちから)1958年生まれ。本名 杉山 桂一。公立小学校で23年間教師を務め2006年に退職。現在は教育評論家として講演、執筆活動、長年の教師経験をもとにメールマガジン「親力で決まる子供の将来」を発行。具体的ですぐできるアイデアが多いと評判を呼び、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど各メディアで絶賛される。また、子育て中の親たちの圧倒的な支持を得てメルマガ大賞の教育・研究部門で5年連続第1位に輝いた。読者数も4万5千人を越え、教育系メルマガとして最大規模を誇る
)

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発達障がいの子どもをどう理解し支援すればよいか

 子どもの困っている状況を把握するには、発達障がいについての理解が欠かせない。
(1)
LD(学習障がい)
 LDの子どもたちは、さまざまな感覚器官をとおして入ってくる情報を受け止め、整理し、関係づけ、表出するという脳の情報処理に、十分機能しないところがあると考えられている。
 そのため、特定の学習活動に困難があり、教科や単元に対する取り組みにばらつきが見られる。
 支援の方法としては、得意なところの能力を使って、苦手なところを補う方法を見つけることだと言われている。
 たとえば「書く」ことに困難がある場合は、漢字を読めることを優先する、書く分量を減らす、書きやすいマス目のノートを用意する、作文はパソコンの使用を認めるなどの支援が有効である。
 また、板書事項をプリントで渡したり、大事なところだけを示して、書く量を減らしてノートに写させたりすることも支援になる。
(2)
ADHD(注意欠陥多動性障害)
 不注意、多動性、衝動性などを中心的な特徴としている。
 ADHDの子どもたちには、環境を調整することが有効だと言われている。
 たとえば、教室では前面の掲示物を減らす、座席を前にする、などして視覚的な刺激を減らすことで落ち着いて学習できることが増えてくる。
 個別指導や少人数指導の時間を取り入れることで、行動を調整し、教室で過ごせる子どももいる。
 また、衝動的な行動や多動が、問題行動として捉えられ、叱られることが多くなりがちなので、叱ることを減らし、ほめることを増やすと、子どもを安定させることにつながる。
 ごく当たり前のことでも、できたことをほめることで、子どもの意欲を高めることができる。
 症状を抑えるための投薬を行っている場合があるので、配慮すべきことについては保護者と相談する必要がある。
(3)
自閉症
 自閉症とは、他人との社会的関係の形成の困難さ、言葉の発達の遅れ、興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動障害がある。
 子ども一人ひとりには多様な特性がある。得意なことと不得意なことの差が一般の子どもたちより大きいのが特徴でもある。
 得意なことをいかして活動できるよう配慮すると学習活動に参加しやすくなる。
 決まった場所で決まった活動を行う、はじめと終わりを明確にしたり、次にやるべきことを提示したり、学習や作業工程を写真などの視覚的手がかりで明示し見通しをもって行動できるようにすることなど考えられる。
 行動を観察し、本人と相談して、どういう状況であると学習がしやすいのか、どういう状況で問題を起こしやすいのか、などを踏まえて、指導の手だてを工夫する必要がある。
(4)
高機能自閉症、アスペルガー症候群 
 どちらも知的発達の遅れは伴わないとされているが、コミュニケーションや社会性について自閉症の子どもたちと同様に課題がある。
 相手の気持ちや周囲の状況、雰囲気を読みとることが苦手なため、対人関係をうまく結ぶことができず、集団への不適応を示すことが多い。
 その日の予定や授業の予定など、見通しが持てると安心して取り組める。遠足など日常生活と違う場面では、見通しが持ちにくく、不安が高くなる場合があるので、事前に子どもや保護者と話し合い、不安を軽減することが大切である。
 また、聴覚、味覚、触覚などの過敏さのある子どももいる。
 たとえば、小さな音が気になって集中できない、特定の音が苦手、味や食感でどうしても食べられないものがある。決まった服しか着られないことがある。
 そういった子どもたちには、特性を理解しながら、少しずつ経験を広げたり、刺激を調整したりするなど適切な支援を行うことが必要である。
(
浜崎美保:神奈川県総合教育センター 教育相談課長)

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教師の話を聞く子に育てるには、どうすればよいのでしょうか

 職員室で「最近は、話を聞かない子が多い」「何度言っても話を聞いてくれない」という話がよく出ます。
 確かに「話を聞きなさい」と言うだけでは、耳を傾けてくれない子どもたちが増えている気がします。
 しかし、それは子どもたちが悪いのではなく「話を聞かない子どもを育ててしまっている」私たち教師にも原因があるのではないでしょうか。
 教師が「きちんと話を聞く方法を教えたり、話を聞く練習をしたり」しなければいけません。
 そう言うと「でも、先生。話を聞くなんてことは、練習しなくても小さい時に身についているはずです」と反論したくなる先生方がいるかもしれません。
 子どもたちは家で、じっくりと話を聞く場面は、思いのほか少ないのではないでしょうか。ゲームをしたり、テレビなどを見たりして、眠るまでずっと音の垂れ流し状態なのです。
 子どもたちにとって、授業中の教師の話も、単に流れているテレビなどの音のようなものにすぎないのではないでしょうか。
 だからこそ、子どもたちに、話の「聞き方」を学校で教えなくてはいけないと思っています。
 話を聞く子どもに育てるにはどうすればよいのでしょうか。
 
「話は一回しかしない」
 これは話を聞く子どもを育てるための大原則なのです。
 私の「一回しか言わない」というのは、本当に一回しか言わないのです。
 子どもたちを前にして「先生は話を一回しかしません」と宣言したら、同じことを二度と言いません。
 子どもに質問されても「先生は、もう言いました」と、絶対に答えません。
 だからといって、話を聞いていなかった子どもをそのまま放っておくわけにはいかないので、私は
「仕方がないなぁ。誰か教えられる人いますか?」
と言うと、誰かが答えます。
 きちんと答えられた子どもには「えらいな。よく聞いていたね」とほめます。
 
「この先生は、一回しか話をしない」と、子どもたちに強く印象づけることが大切です。
 子どもたちは緊張感をもって、教師の言葉に耳を傾け、話に集中しようとします。
 若い教師は、このようなスキルを学ばないまま、学校現場に放り込まれるといって過言ではありません。
 私も、若い頃は当然、学級経営がうまくできませんでした。学級経営の上手な先輩教師を見ると「どうやってやるのだろう」と疑問に思い、コツを教えてもらっていました。
 まずは「話は一回」を徹底してみてください。誰でも、話を聞く子どもが育てられると思います。
(
楠木 宏:1956年生まれ、三重県公立小学校教頭。教育研究三重県集会理科部会助言者)

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子どもたちは、なぜ教師に反抗するモンスターチルドレンとなるのでしょうか

 子どもたちはなぜモンスターチルドレンとなるのでしょうか。モンスターチルドレンとは、学校や教師に対して、狡猾に反抗する子どものことです。
 子どもたちがモンスターチルドレンとなる原因は、子どもを「小さな大人」として扱い、私たち大人と対等な存在と見なしてしまうことにあります。
 そうすることによって、子どもはかえって絶えず過大な要求をするようになってしまいます。
 私の知っている幼稚園のほとんどは、子どもを大人と対等なパートナーとして教育活動をしています。子どもたちは2~6歳という、人格がほとんどできていない年齢で、もう独自の人格として扱われ、それを伸ばしてやるべきだというのです。
 もし、このような神経医学上の重要な認識に反した考え方が教育の基盤になってしまうと、子どもたちはわがまま放題のモンスターチルドレンになってしまいます。
 ドイツのテレビ番組で、崩壊した家庭で、手のつけられない子どもたちに、金切り声をあげて叫ぶ親の様子が放映されています。こうした番組が高い視聴率を上げているのは、社会にひそむ感情を表現し、家庭崩壊が身近なことととらえられているからです。
 私は診療所で児童精神科医として毎日、子どもや青少年を見ています。問題をおこしている大部分の青少年は精神の成長が6歳以下の精神年齢で止まってしまっています。そのため彼らは、自分たちの周囲の人たちとスムーズな関係を築くことができません。
 子どもたちが精神的に成長するには、けじめある親や教師に囲まれて生活し、社会で生きていくために不可欠な精神の働きが最もよく育つように、基本的なふるまい方をたえず訓練し、誤った行動があれば反省させる指導をしなければなりません。
 子どもの精神を成長させる見込みは、学校の方が大きいということになります。崩壊した家庭では親と子どもとの関係が混乱してしまっているからです。
 したがって、小学校の教師にとって、学ぶことができるようになるための土台を子どもの中に育てる責任があります。学校で子どもの精神を育てることが重要だということです。
(
ミヒャエル・ヴィンターホフ:1955年ドイツ生まれ、医学博士、1988年から児童精神科と精神療法(心理療法)の診療所を開く)

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学級経営の基本である、子どもを理解し実態を把握するには、どのようにすればよいか

 子どもを理解するときに教師が陥りやすい問題点がある。
 学習の成績など優れた点があると、それだけで子どもを一方的によく見てしまい、その子の問題点が見えなくなってしまう。
 第一印象や他の子どもとの比較で判断したり、この子はこうだと決めつけてしまうこともある。
 そうしたことを防ぐためには、子どもを見る目を養い、子どもとできるだけ多くふれあうようにするとよい。
 日頃からいろいろな場面で子どもと接し、子どもの動きを見守り、子どもの話に耳を傾けることが大切になってくる。
 日々変容する子どもを見つめ、子どもの側に立って考え、一人ひとりの子どものよさを見つけ励ますようにしたい。
 その上で、学級が抱かえる問題点とその原因や背景をしっかり把握し、どのように学級経営を進めていけばよいかを考えることが重要である。
 子どもを理解し実態を把握するためには
(1)
学習指導
 学習への関心や意欲、態度のほかに、ものの見方・考え方や知識・技能の定着の様子も大切な視点になる。
 また、学習の仕方や発言の様子、ノートの取り方など、多面的に見ていくことが大切である。
(2)
生徒指導や健康
 身体や健康の状態、言葉づかいや行動の様子、家庭環境や生育歴など本人自身のことや、友だち関係や遊びの様子、集団生活の様子など、本人と周囲の子とのかかわりが視点となる。
(3)
子どもとのふれあいを大切にする
 子どもと一緒に遊ぶ、授業中一緒に活動する。グループ日誌や日記を書くなど、子どもとの会話やふれあいを通して、子どもの姿や友人関係を理解する。
 アンケートなどによって、個人や集団の実態を把握することもできる。
(4)
子どもの個人カルテをつくる
 学校での様子とともに、保護者の話から家庭での様子も把握する。情報を集め、個人カルテをつくる。
 名簿や座席表、個人カルテなどに一人ひとりの様子を継続的に記録していくようにする。
 学級経営を進めていく上で基本となる子ども理解は、一人ひとりの子どもの特徴や性格などを的確に把握することである。
 そのためには、ありのままに子どもの姿を受け止める姿勢をもつことである。
 子どもに関する情報や資料を集めたり、日頃から継続的に観察したりして、子どもと教師がよりよい人間関係を築くことが重要となる。
(
中山正一:元埼玉県公立小学校校長)

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子どもに侮辱されたときの対処法

 子どもは教師の怒り、動揺、いらつき、焦りの表情を見逃しません。すぐに弱点を嗅ぎとり、弱いところから攻めてきます。怒りや動揺などの反応を楽しみ、教師を試すためにいろいろな挑発をするようにもなります。
 教師としての大切な資質に「平静さ」と「演技力」があります。平静を装う演技力のない教師は、子どものレベルに落ちて、あっという間に子どもたちの術中にはまってしまいます。学級の秩序は雪崩を打って崩れます。
 カッとなりそうになったときや、なってしまったときの対処法を決めておくと、少しは演技力がつきます。同僚の教師が持っている処方箋を教えてもらいましょう。教師同士でロールプレイをすれば、トレーニングをかねて身につけることができます。「あ、トイレ!」とか適当な理由をつけて、その場を離れるのも一つです。
 とにかく気持ちを鎮め、頭を整理しましょう。大人の余裕を見せてください。たとえば、
(1)
平静にして沈着
(2)
恬淡(欲が無く、物事に執着しないこと)にして淡白
(3)
茫洋(広々として限りのないさま)にして模糊(はっきりしないさま)
が、教師の“すごさ”のペースです。
「人は軽蔑されたと感じたとき、最もよく怒る。だから自信のある者はあまり怒らない」(三木清『人生論ノート』)
(
白須富夫:1950年生まれ、元東京都公立小学校教師、 児童言語研究会会員)


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年々、子どもや親の質が悪くなってきている

 教師になって20年。この間に、私が感じている変化のひとつは、年々子どもの状態が悪くなっているということです。最近の子どもは、徐々につかみどころがなくなっているように感じます。態度を育てる教育も、きちんと子どもの内に根つくまで、以前よりも時間がかかります。
 年々、親の世代の質が悪くなっているのです。親の世代が悪くなれば子どもも変容してきます。
 私たち教師、大人が肝に銘じておかなければならないのは、私たちがいま教えている子どもはやがて日本を支えていく世代になるということです。教師は「明日の日本」を育てているのです。
 いま最も必要な改革は、子どもたちを正しく育てること。私の言葉でいえば子どもたちを「自立型人間」に育てていくことが、将来の日本をつくっていくことになるのです。そのためには、制度の改革だけでは不十分です。教師の質を上げなければいけません。
 教師の質を上げることは、子どもたちの質をあげることにつながります。子どもたちの質を上げれば、日本という国の質を上げることになるのです。教師が変われば日本が変わる。
 理想を掲げ、志を持って一歩を踏み出せば、個人のレベルでも変えることはできます。特別な力や地位がなくても、できることはいくらでもあるのです。
 本気になった教師による、本気の教育こそが、いま求められているのです。
(
原田隆史:1960年大阪府生まれ、大阪市立中学校教師(20年間)、教師塾主宰を経て原田教育研究所社長、埼玉県教育委員。大阪市立松虫中学校を態度教育・価値観教育・自立型人間育成教育により建て直し、陸上競技では7年間で13回の日本一を達成した)

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