カテゴリー「保護者の実態」の記事

受験生の保護者がわが子に向って言っていけないタブーの言葉と、わが子が感謝する言葉とは

 河合塾には、毎年、受験を終えた多くの塾生が残した次のようなアンケートがあります。
1 言ってはいけないタブーの言葉
(1)「勉強しなさい」
 これは言って欲しくない言葉の1位でしょう。
 親の気持ちとして「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」ということを大人になるとたくさん経験する。そんな思いをして欲しくないから、わが子には勉強できるうちに勉強して欲しい」と。
 しかし、子どもはそうは受け取りません。「口を開けば、勉強、勉強・・・」「いつも感情的なんだよなぁ」
「勉強しなさい」とつい言ってしまい、親子関係が上手くいかないという保護者には、
「勉強しなさいと言いたくなったときに、その言葉を飲み込むように」とアドバイスします。
 いったん、飲み込んでみると、意外と抑えられるものであることは経験上、わかると思います。
 ただし、勉強しなさいと言わざるをえない状況になれば、勉強に手をつけるべきことを、ハッキリと言いましょう。
(2)「きょうだいで、どうしてこんなに違うの?」
 親としては、叱咤激励の意図があったとしても、わが子は「比較ばかり、しやがって」と劣等感が増し「やる気」に結びつくことは、まずない。
(3)「今まで遊んでいたのに、受かるわけないでしょう」
 一方的な決めつけから、わが子の将来の可能性を否定する一言です。
 何気ない言葉のほうが、人の心に響いたり残酷だったりします。親子だからこそ、気をつけたいものです。
(4)「お母さん(お父さん)が学生の時は、今のあなたよりも勉強してたわよ」
(5)「結局、あなたの人生なんだから好きにしなさい! でも、今、勉強しないで後悔するのは、あなただからね」
 わが子が、いたく傷を受ける表現の言葉です。身近な人間のちょっとした言動に傷ついたりするものです。
「逆説的な励まし」はあまり通用しないものと心得ておきましょう。
2 わが子が感謝する言葉
 わが子が感謝している言葉はお父さんが多いのです。
 社会人の先輩としてのお父さんの言葉、社会の荒波にもまれているからこそ発せられる言葉が、社会に出ようとするわが子を揺さぶるのではないかと思われます。
 ただし、次の言葉が説得力を持つためには、保護者自身も、仕事や家庭生活で活き活きとした姿を見せる必要があります。
(1)「 お前がウチの財産なんだ。お金のことは気にするな」
 子どもではどうにもできないお金について「気にするな」という、強いメッセージです。
(2)「自分で選んだ大学が一番いい大学。あなたを信じているからね」
 わが子を大人として認め、信頼という言葉を表現している。
(3)「報われない努力はないよ。目先の結果にこだわるな」
 社会で頑張っている親だからこそ言える言葉でしょう。
 これに「自分を信じて」という表現を加えれば、反抗的なわが子にでも、強い説得力を持つのではないでしょうか。
 保護者は、決して過干渉ではなく、放置でもない「絶妙な伴走者」であり「伴奏者」であることが望まれるのです。
(齊藤淳一:1963年生まれ、河合塾20年以上のキャリアがあり、河合塾進学アドヴァイザー)

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担任している子どもの腕にアザを見つけ、虐待の可能性を感じています、どうすればよいのでしょうか

 担任をしている小学校4年生の子どもの腕にアザを発見しました。
 虐待の文字が頭をよぎったので「何か心配なことや嫌いなことない?」と尋ねましたが「別に」と答えるだけです。
 虐待の可能性を感じています。でも確信はもてません。こんなとき、どうすればよいのでしょうか。
 改正児童虐待防止法では
「児童虐待を受けたと思われる児童を発見者は、速やかに福祉事務所もしくは児童相談所又は児童委員を介して、福祉事務所もしくは児童相談所に通告しなければならない」
「通告をした者を特定されるものを、漏らしてはならない」
と義務付けしています。
 通告を受けた関係職員は、被害児童が学校にいる場合は、学校で保護し、面会の上、児童相談所の一時保護所への入所等の決定を行います。
「虐待の疑いを持ったら即通告は、何よりも被害児童を守るためであることを再認識しておきたいと思います。
 なお、児童虐待には次の4種類があります。
1 身体的虐待:殴る、蹴る等の暴力や戸外に締め出す等の行為。
2 性的虐待:性的行為の強要や裸の写真を撮る等がこれに当たります。
3 ネグレクト:食事を与えない、服装や入浴等の面倒をみない、病気を放置するなど「養育放棄」の状態のことです。
4 心理的虐待:過度な無視・拒否の態度などを指します。
 なお、児童が同居する家庭における配偶者(事実上婚姻関係にある者を含む)に対する暴力(DV)も児童に心理的外傷を与える言動として児童虐待に含まれます。
(嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師、教育研究所指導主事、中学校長、日本学校教育相談学会会長等を経て神田外語大学教授)

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荒れた生徒の保護者の事情を知ると、荒れた生徒が愛おしくなる

 荒れた生徒のことをよく知るには、その保護者のことも知ることである。わが子への願いは、どの保護者も同じです。
 保護者として、うまくいかない事情を知ると、荒れた生徒が愛おしくなります。
 私は校内暴力で荒れた時期に中学校の教師になりました。
 新任教師として荒れた生徒に出会った何年かは、荒れた生徒が憎くてたまりませんでした。
 授業よりも生徒指導が忙しく、
「こんな生徒がいては、まともに授業ができない」
「このような生徒がいなければ、どんなにか学校はよくなるだろう」
と思いました。
 十代の半ばにして、早くも人生を捨ててしまったかのような生徒たちと付き合うのは耐えられませんでした。
 新任教師で生徒指導を何も知らない私は、保護者の力を借りるしか頼るものがありませんでしたから、荒れた生徒の家庭訪問をよくしていました。
 回数を重ねるうちに、保護者の方から、家庭の事情や幼児期の子育てのことを語ってくれるようになりました。
 それは、私が育ってきた家庭環境とは違うが、どこか私の中学生時代と変わらぬ日常の一面が映し出されていました。
 それからでした。荒れた子どもたちが愛おしく思えるようになったのです。
 もし自分がこのような環境で育っていたら、間違いなく荒れただろうと思うと、荒れた生徒に責任はあるのだろうかと思うようになりました。
 幼児期から思春期の子どもたちには、無条件で愛してくれる、頼りになる保護者が必要です。
 この保護者がいるから、安心感が生まれ、ダメな自分をさらけ出しながら成長できるのです。不安がないから、家庭は一番居心地がいいのです。
 しかし、このような家庭で過ごせない子どもは「居場所」を家庭外に求めます。
 ですから、荒れた生徒に責任はありません。保護者に責任があるのかというと、必ずしもそうとは言えません。
 荒れた生徒の保護者の事情を知ることは、生徒指導には欠かせません。
「あの親の子どもだからダメだ」
「あの親ではどうしようもない」
などと、つい教師は思いがちですが、
「やむをえない事情でそうなってしまったのかもしれない」
という考え方をもち、粘り強く保護者との相談を繰り返してください。
(吉田 順:1950年生まれ 37年間横浜市立小・中学校に勤務した。担任32年、生徒指導部長16年、学年主任13年などを兼任した。生徒指導ネットワークを主宰。生徒指導コンサルタントとして全国の学校と関わる)

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教師から見た、子どもに影響を与える困った保護者とは、どのような保護者か

 問題行動のある子どもの背後には、問題のある保護者がいることが少なくありません。
 たとえば、子どもの前で「教師なんてバカばっかり」と言っている親がいると、どうしても子どもも教師に反感を持つようになります。
 しかし一方で、どうみても子育てに何の問題もないのに、次々と問題を起こす家庭がある。
 あるいは、親に大きな問題があるにもかかわらず、すくすく育っている子どもがいる。
 こんなケースをみると「子育ては結局、運しだい。なるようにしか、なりませんよ」と言いたくなるのが実感なのです。
 けれども、親の問題が子どもに影響を与えてしまうのも事実です。私が考える子どもに影響を与える「問題の親」は、次の3タイプがあります。
1 支配型の親「優等生型の母親」
 子どものころからずっと優等生でやってきたから、子育ても優等生であらねばと、子どものしつけに対して、プレッシャーを感じています。
 実の母親にちゃんと子育てをしていると認めてもらいたいと、これみよがしに子どもを叱り飛ばしてしまうのです。
「いい親であらねば」という強い親は、子どもを見守ることができずに、余計な口出しをして過剰に支配的になってしまいやすいのです。
 その結果、子どもは萎縮してしまいます。子どもは親の気に入る「良い子」になろうと思うようになる。「親の言いつけを守る」という気持ちがすごく強くなるのです。
 その結果「いい子」でなければという重圧に耐えかねた子どもは、心が破裂するようにして問題行動を起こしてしまうのです。
 とくに思春期の子どもは、こうした親からのプレッシャーに敏感に反応します。
 いい子であると「自分」が育ちません。自分がないと苦しくて仕方がない。
 思春期の反抗は、子どもの自立に必要な「自分づくり」という意味があるのです。
 子どもの反抗を認めない、支配的な親の姿勢は、思春期の子どもにとっては辛いものとなります。
 子どもを「いい子」のプレッシャーから解放するには、まず親自身が「いい親」から降りる必要があります。
 夫婦で1日一回は、子どもの前でぐちを聞き合うなどして「弱音を吐ける家庭」を築く必要があるでしょう。
2 親が子どもの家来型
 家庭では、子どもの家来のような親です。
 このような家庭の子どもは、わがままで大人をなめきった態度をとりがちです。
 このような子どもたちは「私がわがままを言えば、大人は結局、言うことを聞いてくれる」と思い込んでいます。
 親はきちんと向き合って説得するのは大変なので、子どものわがままを通してしまいます。
 学校のクラスでは40人のうちの一人に過ぎないから、物足りなく「もっと私を見て」と教師に絶えずかまってもらいたがる子どもになってしまうのです。 
 教師を振り回して、学級崩壊のきっかけとなりやすい。
3 放任型の親
 親が子どもを放ったらかしです。
 このタイプの親の子どもには非行型の子どもが多い。親の愛情に飢えているのです。
 家に親がほとんどいなかったり、全然かまってくれないので、さみしい。そのさみしさを埋めるために道を踏み外してしまう。
 この3つのタイプの親に育てられた子どもに共通しているのは、親が子どもとしっかり向き合い、子どもと対話するのを避けている。
 面倒くささからか、そこから逃げているということです。
 子どもは勝手なことを言ってくるので、きちんと向き合うのは大変なエネルギーを必要とします。
 子育てで一番大切なのは「手間ひまをかける」ことかもしれません。
 親と子どもの関係を改善する方法の一つに、親が子どもの話を聞いたり、自分の気持ちを語ることを練習する方法があります。
 親が子どもに「あなたは」「おまえは」と二人称を主語として、子どもを注意すると、「愛されていないんだ、側にいるのがイヤなんだ」と、否定的な響きをともないます。
 大切なのは、一人称「わたしメッセージ」で語ること。たとえば、
「お母さんはね、いま食事の支度で大変だから、そっとしておいて」と正直に伝えると、子どものほうも「お母さんはいま大変だから、邪魔したらいけない」と思うことができます。
 学校の授業で議論した話題を、家族で話し合ってみるのも親子の心の対話をうながす一つの方法です。
(諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授,臨床心理学、カウンセリング心理学、現場教師の作戦参謀としてアドバイスを教師に与えている)

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小学校の母親が求める「よい担任の先生」とは、どのような担任か

 小学校の母親が求めるよい担任の先生とは、どのような担任なのでしょうか。
 小学校は一人の先生が一つのクラスを、授業から生活まですべて見守るシステム。だからこそ親の願いはただ一つ「よい先生に受け持ってほしい」です。
 でも「よい先生」の条件ってどのようなものでしょうか。
 そこで、小学校ママ100人委員会の母親に、過去にわが子を受け持ってもらった小学校の担任の先生についてアンケート調査をしてみました。
その結果は
(1)
奇跡と思うほど、よい先生:23人(9.2%)
(2)
よい先生:111人(44.5%)
(3)
そこそこの先生:77人(30.9%)
(4)
まったくダメ先生:38人(15.4%)
でした。
 アンケートを見ても、母親たちが求める「よい先生像」はいろいろですが、代表的な「よい先生」の条件は
(1)
わかりやすい授業(先生の本分はこれでしょう)
 生活科で育てたにんじんでクッキーを作って、にんじん嫌いな子にも食べられる工夫をしたり、ほかの先生にはない工夫が魅力的でした。
(2)
「ほめ」じょうず(子どもたちのやる気をアップ)
 親が気づかなかった子どもの様子を本当によく見てくれ、しかもじょうずにほめてくれます。
 それで子どもは張り切り、ますますがんばり、目に見えて成長しました。
(3)
魅力的な人柄(子どもにだって伝わる!)
 去年の担任は子どもたちに大人気。
 個人面談で私ともさまざまな話題に花が咲きました。
(4)
豊かな学級通信(心の交流を形にしてくれる)
 私の娘は手のかかる子で、先生はかなり苦労し、努力を重ね信頼を得ました。
 そんなエピソードを含めた「もうひとつの学級便り」が最後の懇談会のときに配られました。読むと感激で涙。すばらしい先生です。
(5)
トラブルへの対応(フットワークの軽さが必要)
 子ども同士でもめたことは、必ず親にも状況を報告してくれます。
 何かトラブルがあったとき、先生は必ず、子ども自身にじっくり話し合いをさせます。しかも解決するところまで見守ってくれる。
 そのほかにも、「えこひきしない先生」「冷静な先生」「ちゃんとしかれる先生」などの声がありました。
(
小学校ママ100人委員会:女性雑誌「Como(コモ)(ファション、美容から料理、子育てまで幅広い記事を掲載)のアンケート部隊)

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いまどきの保護者とは

 小学校の教師になって18年目になる。スポーツ好き、子ども大好き、子どもたちや保護者にも人気が高い、頼もしい女性教師である。インタビューした。
 保護者から、学校のことにかぎらず、家庭の問題とか仕事の悩みまで、いろいろな相談が持ち込まれます。なかにはパニックになって夜中に電話してくる親とか。
 まあ、ふだんから「自宅に電話してもいいですよ」と言っているので、かまわないのですけれど。
 お母さんたちは一人で考えていると煮つまっちゃうらしくて、たいしたことじゃなくても、やっぱり聞いてもらうと、ホッと安心するみたいです。
 どうにもつきあいきれないなと思うのは、やっぱり親のエゴや見栄かしら。
 子どもの成績があまり振るわないのに「なんとかして私立を受けさせたい」という親がいる。いったいだれのため?といいたくなる。結局ブランド信仰でしょ。
 私に言わせれば、子どものことなんてまるで考えていない「たわけ親」ですね。親がこんなふうだと、子どももうまく自立できない。
 今の子どもたちをひと言でいえば、自己中心的で、依頼心が強い。セルフコントロールができないんです。
 子どもたちは集団のなかで、ケンカをしり、いろいろな経験を積んだりしながら、自分で考えること、自分を抑えることを学んでいく。
 ところが、高学年になっても、それができなくて、相手をケガさせるまで殴ってしまうとか、ケンカの仕方もわからない。
 女の子を殴った男子がいて、許せないから、私は、その子を引きずり出すつもりが、逆に投げ飛ばされてしまった。いつの間にか、子どもの方が力が強くなっていたの()
 ところがその子が謝らない。家庭でも謝ったことがないらしいんです。両親が優しく、悪いことをしても謝らないで済んできたんですね。
 ただ、この両親は子どもに対して真剣だった。学校に来て「謝らせたい。いま頑張らないと、あの子は立ち直れないから頑張ります」と。
 三週間経たとき、その子が、ようやく私のところに来て「ごめんなさい」って言ったの。それからは、つきものが落ちたように変わってね。返事もろくにしなかったのが、きちんと挨拶するんです。
 親と話したり、家庭訪問をしていると、なんだか子どもたちが放任されているように感じますね。精神的な面で放置しているんじゃないかなと思います。
 教師以上に、親たちが自分の子どもと、どう関わっていいか、わからなくなっているみたい。子どもを友だちあつかいする親がふえた。けっして叱らないとかね。
 子どもにとっては、いっけん、らくそうに思えるけど、やっぱりちがうと私は思う。
 教師がガンガン叱っても、あとで「叱られて良かった」って言う子、けっこういるんですよ。叱ることに、結局は愛情の裏打ちがあるからじゃないかしら。
 奇声を発する子、やたら触ってくる子、そういう不適応な行動をする子には、それなりの理由があります。
 かまってほしいから、わざとそういう行動をする。心のつながりがほしいんです。家庭でかまってもらえないぶん。
 本気でぶつかったり、叱ったりするのは、教師もすごくエネルギーを使うけれど、面倒がってたらダメなの。
 それだけのものは子どもから、かならずかえってくるんですから。
(
関東圏の公立小学校女子教師
)

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今どきの保護者・子どもの対応で、教師は精神的な疲れがドーッと来る

 以前から、小学校高学年の大変さというのはありましたけど、小学校の低学年から大変ですね。
 落ち着いて話が聞けない子ども、何かをやると言うと最初からイヤダーと叫ぶ子。いまは、1,2年生はおとなしく椅子に座って、先生の言うことをよく聞くという状況じゃないですよ。
 私のクラスでも、1人の男の子が手当たり次第に友だちに暴力をふるうんですよ。その子は小さいころ病気がちで、友だちと交わりのないまま小学校に入ってしまった。どうやって人と繋がったらいいのか、分からないんですね。
 そういう人と繋がれない子どもが急速に増えています。その一方で、ちょっとした刺激や苦痛にも耐えられない、ひ弱な子どもがいます。
 家庭では、父親が不在で、母親がいつも子どもとだけくっついている。
 それで、感情だけで可愛がるか、怒るかで、客観的に子どもを見ることができないんです。だから、子どもの気持ちが安定しないんですね。それでひ弱な子や、わがままな子ができる。
 特に、高学年の男の子は、がわがままになっている子が多いんですよ。
 母親は男の子をどう扱っていいかわからないですよ。それで子どもはいうことを聞きません。父親がかかわっていれば、バンと言ってくれるはずなんですが。
 母親は同姓として分かる部分があるので、女の子には結構厳しくしつけますから、逆に5,6年生になると女の子はしっかりします。
 中学生になると男の子は女性教師に対して差別的な目で見てくるんです。それは母親との関係のせいなんですね。もう歴然としています。
 私自身、男子生徒が後ろを向いて座ったり、好き勝手におしゃべりして、授業なんてどうでもいいよ、というポーズをとられたり、さんざん試されました。
 そういう時に、私は「何、その話、面白そう」と言って、クラス全体の話に持っていったりするんです。
 そうするうちに「この先生、少々のことでは動じない」とか「自分たちの中に入ろうとしているな」とか思ってくれる。
 子どもたちは敏感ですね。今はとってもなついてくれるんだけど。その辺、若い教師が一生懸命なあまり、子どもと正面にぶつかって、すごく苦労している人もいます。
 子どもは、人の気持ちが分からなくても平気という雰囲気がある。聞きたくない子どもの話は聞かなくても平気。
 何か話し合いをさせると、すぐにケンカが始まってしまうので、教師はどこで介入するか常に神経をピリピリさせていないといけないんです。
 地域にもよるでしょうが、怖さで子どもたちを押さえつけるというのは、子どもたちは受けつけないです。
 まず、子どもの話を聞いて、自分たちの思いを教師が受けとめてくれて、それから何かアドバイスをしてくれる先生を求めますね。
 高学年になって問題が起きてルールを決めるときも、教師が「こうしなさい」と言うのではなく
「その問題について、あなたたちはどう考えるの?」と聞いて、
「それだったら、どういうルールが必要?」
って考えさせて、その上で決めないと、子どもたちは守らないです。
 だから、時間がかかっても話し合いで決めさせます。
 今、親が人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後ろで親たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、私は笑ってしまったんですけど。
 母親はわが子の話を聞かないんです。しかも、自分はわが子の話を聞いているつもりなんです。
 実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただ、と思って話すことをやめてしまうし、親は子どもが納得したんだと思い込むんです。
 親は、学校に対する苦情はバンバンいいますよ。
 例えば、運動会をやった後、第一声に出てくる言葉が「子どもたちの先生の話を聞く態度がなってない」「あの時の進行が悪かった」なんですよ。
 うちの学校で、高学年の子が集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の1人の親が、学校に抗議に来たんですね。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校の集団生活でこういう子どもにされた」
「学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校には出さない」って言って、子どもを学校に来させないんですよ。
 他の学校で子どもがいじめられたらしい。学校が善処しなかったら、裁判を起こすという親もいました。
 担任は、それでなくても大変なのに、裁判なんか起こされたら、本当に落ち込みますよ。
 担任とよく話し合えば、誤解だったとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけれど。
 そうしないで、親はバーッと感情をぶつけてきて、校長や教育委員会に言ったり。感情のままにという解決の仕方です。
 そういう風に言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」って応援する親が必ずいるんですよ。
 逆に、まともに考えている親たちがものを言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 日々教師は、親との対応、子どもとの対応の中で、精神的な疲れがドーッと来る。忙しさの中にも、精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さがあるんです。
(
別冊宝島編集部)


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今の保護者は人の話を聞けなくなっている

 今、保護者は人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後で保護者たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、授業している教師が笑ってしまった。
 保護者はわが子の話を聞かないんです。しかも、保護者は話を聞いているつもりなんです。
 子どもに聞くと「お母さんは、話を聞いてくれないの」と言うんだけれど、お母さんは「子どもとは対話はしている」と言う。
 だけど、実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただと思って、話すことをやめてしまうし、母親は子どもが納得したんだと思い込むのです。
 保護者は努力をしないけれど、言いたいことは言う。学校に対する苦情は昔じゃ考えられないくらい、バンバン言います。
 この前、小学校高学年の子どもが集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の一人の保護者が、学校に抗議に来たんです。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校に出さない」
と言って、実際、子どもを学校に来させないんですよ。
 別の学校では、学校で子どもがいじめられたらしい。ついては、学校が善処しなかったら、裁判を起こすという保護者もいました。
 担任とよく話し合えば、誤解だっとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけど、そうしないで、バーッと感情をぶつけてきて、直接、校長や教育委員会に言ったりする。
 今の保護者は、感情のままにという解決の仕方です。「子どもの話だけでなく、先生にも話を聞いてみよう」ということにはならない。
 自分の子どもを信じたいというのは、親なら当たり前でしょうけれど、一旦、冷静になって判断するということがなくなりました。
 そういう風にパーッと言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」と応援する親がいるんですよ。
 逆に、まともに考えている保護者はものが言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さの忙しさの中で、教師は日々保護者との対応、子どもとの対応の中で精神的な疲れがドーッと来ています。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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保護者の理不尽なクレームで、指導力のない教師とみなされた

 理不尽なクレームの標的となった教師は実に非力です。自校の管理職に信じてもらえなければ、孤立感・無力感はいっそう高まります。
 保護者の中には「他人から批判されることに慣れておらず、自分の子どもが批判されると、あたかも自分が傷つけられたかのように思って逆ギレしてしまう」保護者がいます。
 つぎのような、心の問題を伴った理不尽なクレームの事例があります。
 教員採用試験に合格したJ教師は、初めて担任を持つことになった。
 毎日、教材研究に熱心に取り組み、学習指導も学級経営も無難にこなしていたので、子どもたちからの評判もよく、連絡帳に保護者から感謝の言葉が並びました。
 しかし、五月に起こった事件をきっかけに、すべての歯車が噛み合わなくなり始めました。
 当初から身勝手な言動が気になっていたK男が、休み時間に同じクラスの女の子に突然、暴力を振るったのです。
 J教師はすぐに制止し、K男を叱りつけました。すると、K男は教室を飛び出し、一目散に走って自宅に帰ってしまった。J教師は教頭に報告すると、K男のあとを追い家に到着しました。
 玄関で母親に事件の報告をすると、途中で話をさえぎり
「小学二年の子どもを怒鳴りつけ、恐怖心を与えたうえ、追いかけ回すなんて教師のすることですか!」「担任が替わるまで、学校にいかせません」
と、一方的にドアを閉めた。
 J教師は学校に戻り教頭に報告すると、教頭は苦り切った表情になり、J教師を校長室に招き入れた。校長は「もう一度、教頭と家庭訪問して謝罪しなさい」と告げました。
 二人で家庭訪問し「お話ししたいことがあります」と申し出ると、母親は「話なんてありません。これから、教育委員会と市の人権相談の窓口にいきます」と、ドア越しに答えました。
 教育委員会の指導主事の説得や校長の謝罪もあって、学校を休ませることはありませんでしたが、J教師は「指導力のない教師」ということで、管理職から指導を受けることになりました。
 母親が教育委員会に訴えたのは、J教師の叱責の仕方でしたが、すぐに指導力への苦情に変わっていきました。クレーム内容の入れ替わりはよくあることです。
 母親は、同じクラスの母親を誘い「授業点検」と称して頻繁に授業を参観するようになりました。参観した日の夜には母親の家に電話をかけさせ、指導批判を1時間もくり返しました。
 母親の次の手は、担任変更の要求でした。授業点検で仲良くなった5人の母親とともに、校長に申し入れ、教育委員会に要望書を提出しました。
 J教師の落ち込みは一段と激しくなりました。幸い、教職員の誰もが励ましの声をかけてくれましたが、母親のエスカレートする要求に管理職の態度は厳しく、授業観察と批評は続けられました。
 それでも、何とか7月を迎えることができました。J教師が一生懸命に努力する姿に、多くの保護者が理解を示すようになってきました。子どもたちの評判も上々でした。
 K男の母親と行動をともにしていた母親も徐々に離れていきました。
 それが、K男の母親に第3弾の攻撃を決意させました。今度は子どもの人権侵害問題です。
 基本的な生活習慣のしつけに対して「強圧的で、子どもの心を傷つけている」と、人権擁護委員会に訴えたのです。この件は、その後、K男の母親の「心の問題」が表面化しました。
 J教師は再び元気に教育活動に取り組むようになりました。しかし、一歩間違えば、J教師の教師としての人生を台無しにするところでした。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学客員教授)

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孤立感、孤独感を抱くなどで、子育てに問題が生じる保護者は、子どもにどのような影響を与えるのでしょうか 

 子育てに問題が起きる多くのケースを見ると、孤立感、孤独感を保護者が抱いている場合が少なくない。
 保護者が付き合う人々の中で、自分が認められ、他人から支えられている実感があればよい。
 しかし、例えば、夫婦関係が微妙にすれ違うようになるなど孤立感、孤独感などがあると、子育てに問題が生じることがある。
 子育てのやり方によって、子どもに問題が生じる保護者には、つぎのようなタイプが考えられる。子どもにどのような影響を与えるのでしょうか。
1 わが子が優れていることにこだわり、子どもを支配しようとする保護者
 世間からの評価を重視します。そのために、世間から「よい親」と認められることをめざします。他者の評価を気にするので不安感が高い。
 いわゆるお受験は、その代表である。「よい学歴がなかったら不幸な将来が待っている」という思いにとらわれ「よい子」に育てることに必死になる。
 不安を背景として「よい子」作りに保護者が躍起になると、そこで育つ子どもは、感情を抑制する傾向が強くなる。
 そして、保護者が高い不安を持つので、子どもも不安そのものは高い。
 したがって、感情が一定以上高まると、もはや自分ではどうにもコントロールできなくなる。
 さらに、常に保護者の「指示」にさらされているので、他者を「指示」して、コントロールしようとする傾向も強くなる。
 一見、よい子だが、つぎのようなタイプの子どもが育まれてくる。
(1)
学校でだけ問題を起こす外弁慶タイプ
(2)
一度感情を害すると、なかなか気持ちの修復が効かない
(3)
言葉によって仲間を傷つけて、それが当然であるかのように振る舞う
2 自分やわが子だけが尊重されることを第一と考える保護者
 保護者がわが身だけが尊重されること第一と考える。同じように、わが子も尊重したいと考える。
 子どもを受容し「子どもの感情を害しない」ように考える。
 子どもから「よい親」と思われることをめざす。他者の評価を気にするので不安が高い。
 このタイプの保護者は、子どもの感情を乱すことは嫌で、子どもに嫌われたくない。それゆえ、子どもを叱らず、子どものご機嫌を取ってしまう。子どもの意見を尊重する。
 しかし、本来、子育ては、子どもの、不快な感情や、願いがかなわないときに生ずる、怒りや哀しさを保護者がしっかりと受け止めてあげなければならない。
 子どもが感情を害しても、子どもに「ダメなものはダメ」と言い、保護者はニッコリと笑って、子どもに向き合うようにしなければならない。
 これが、保護者が子どもと向き合い、子どもを受け入れることの本来の意味なのだ。
 だが、子どもの不快感に保護者がうろたえると、子どもは不安を覚える。不安と不満がくすぶり続ける。
 しだいに、子どもの不快感を出すことで、大人を動かす道具になっていく。そこで、ますます大人は、子どもの要求に譲歩をし続ける。
 このようにして、ストレスに弱く、感情のコントロールが苦手な子どもが育っていく。
 いろんな場面で、不快感を出すことで、大人をコントロールしようとする癖を持つ子どもになっていくのである。
3 自分の生き方を優先する保護者
 子どもの世話そのものを疎ましく感じる保護者がいる。
 保護者が「生計を立てる」ことに精一杯で、子育てにエネルギーを振り向ける余裕をなくしていることもある。
 風呂に入っていない、学校に腹を空かせて登校するなど、保護者から基本的な生活上のケアをうけていない子どもがいる。
 このような保護者に育てられた場合、そもそも感情のコントロールの仕方を学ぶことができない。
 生活の基本そのものについても、子どもは学ばないまま捨て置かれているからである。保護者から敵意さえ持たれ、関わりを拒絶されているのだ。
 そこで、子どもは愛情に対する飢餓と、他者に対する不信、さらには強い不安と怒りを混在させるようになる。
(
小林正幸:1957年群馬県生まれ、東京都港区教育センター教育相談員、東京都立教育研究所相談部研究主事等を経て東京学芸大学教職大学院教授。不登校を始め学校不適応、ソーシャルスキル教育、教育相談、教育技術を研究)

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