カテゴリー「保護者の実態」の記事

今の保護者は人の話を聞けなくなっている

 今、保護者は人の話を聞けなくなっている。授業参観の時に後で保護者たちのうるさいこと。ベチャベチャしゃべって。クラスの男の子が「うるさい!」って怒鳴ったんで、授業している教師が笑ってしまった。
 保護者はわが子の話を聞かないんです。しかも、保護者は話を聞いているつもりなんです。
 子どもに聞くと「お母さんは、話を聞いてくれないの」と言うんだけれど、お母さんは「子どもとは対話はしている」と言う。
 だけど、実は子どもがちょっと何か言うと「あなたは、こうで、こうで、こうなんでしょう」と話を横取りしてしまう。
 子どもは、まただと思って、話すことをやめてしまうし、母親は子どもが納得したんだと思い込むのです。
 保護者は努力をしないけれど、言いたいことは言う。学校に対する苦情は昔じゃ考えられないくらい、バンバン言います。
 この前、小学校高学年の子どもが集団万引きしたんですよ。そしたら、その中の一人の保護者が、学校に抗議に来たんです。
「ウチの子はそんな子じゃない。友だちにそそのかされた。学校側が子どもに対する具体的な指導の方針をきちんと示さないかぎり、二度と子どもを学校に出さない」
と言って、実際、子どもを学校に来させないんですよ。
 別の学校では、学校で子どもがいじめられたらしい。ついては、学校が善処しなかったら、裁判を起こすという保護者もいました。
 担任とよく話し合えば、誤解だっとか、自分も見直さなければいけない点があるとか、見えてくるはずなんですけど、そうしないで、バーッと感情をぶつけてきて、直接、校長や教育委員会に言ったりする。
 今の保護者は、感情のままにという解決の仕方です。「子どもの話だけでなく、先生にも話を聞いてみよう」ということにはならない。
 自分の子どもを信じたいというのは、親なら当たり前でしょうけれど、一旦、冷静になって判断するということがなくなりました。
 そういう風にパーッと言ってくる親のまわりには「学校に言うべきよ」と応援する親がいるんですよ。
 逆に、まともに考えている保護者はものが言えない雰囲気がある。以前だったら「そうは言っても、ウチの子もこうだから」となだめ役になってくれる親がいたんですが、今は少なくなりました。
 精神的なゆとりのなさと、時間的な大変さの忙しさの中で、教師は日々保護者との対応、子どもとの対応の中で精神的な疲れがドーッと来ています。
(
松下光志: 別冊宝島編集長
)

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保護者の理不尽なクレームで、指導力のない教師とみなされた

 理不尽なクレームの標的となった教師は実に非力です。自校の管理職に信じてもらえなければ、孤立感・無力感はいっそう高まります。
 保護者の中には「他人から批判されることに慣れておらず、自分の子どもが批判されると、あたかも自分が傷つけられたかのように思って逆ギレしてしまう」保護者がいます。
 つぎのような、心の問題を伴った理不尽なクレームの事例があります。
 教員採用試験に合格したJ教師は、初めて担任を持つことになった。
 毎日、教材研究に熱心に取り組み、学習指導も学級経営も無難にこなしていたので、子どもたちからの評判もよく、連絡帳に保護者から感謝の言葉が並びました。
 しかし、五月に起こった事件をきっかけに、すべての歯車が噛み合わなくなり始めました。
 当初から身勝手な言動が気になっていたK男が、休み時間に同じクラスの女の子に突然、暴力を振るったのです。
 J教師はすぐに制止し、K男を叱りつけました。すると、K男は教室を飛び出し、一目散に走って自宅に帰ってしまった。J教師は教頭に報告すると、K男のあとを追い家に到着しました。
 玄関で母親に事件の報告をすると、途中で話をさえぎり
「小学二年の子どもを怒鳴りつけ、恐怖心を与えたうえ、追いかけ回すなんて教師のすることですか!」「担任が替わるまで、学校にいかせません」
と、一方的にドアを閉めた。
 J教師は学校に戻り教頭に報告すると、教頭は苦り切った表情になり、J教師を校長室に招き入れた。校長は「もう一度、教頭と家庭訪問して謝罪しなさい」と告げました。
 二人で家庭訪問し「お話ししたいことがあります」と申し出ると、母親は「話なんてありません。これから、教育委員会と市の人権相談の窓口にいきます」と、ドア越しに答えました。
 教育委員会の指導主事の説得や校長の謝罪もあって、学校を休ませることはありませんでしたが、J教師は「指導力のない教師」ということで、管理職から指導を受けることになりました。
 母親が教育委員会に訴えたのは、J教師の叱責の仕方でしたが、すぐに指導力への苦情に変わっていきました。クレーム内容の入れ替わりはよくあることです。
 母親は、同じクラスの母親を誘い「授業点検」と称して頻繁に授業を参観するようになりました。参観した日の夜には母親の家に電話をかけさせ、指導批判を1時間もくり返しました。
 母親の次の手は、担任変更の要求でした。授業点検で仲良くなった5人の母親とともに、校長に申し入れ、教育委員会に要望書を提出しました。
 J教師の落ち込みは一段と激しくなりました。幸い、教職員の誰もが励ましの声をかけてくれましたが、母親のエスカレートする要求に管理職の態度は厳しく、授業観察と批評は続けられました。
 それでも、何とか7月を迎えることができました。J教師が一生懸命に努力する姿に、多くの保護者が理解を示すようになってきました。子どもたちの評判も上々でした。
 K男の母親と行動をともにしていた母親も徐々に離れていきました。
 それが、K男の母親に第3弾の攻撃を決意させました。今度は子どもの人権侵害問題です。
 基本的な生活習慣のしつけに対して「強圧的で、子どもの心を傷つけている」と、人権擁護委員会に訴えたのです。この件は、その後、K男の母親の「心の問題」が表面化しました。
 J教師は再び元気に教育活動に取り組むようになりました。しかし、一歩間違えば、J教師の教師としての人生を台無しにするところでした。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学客員教授)

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孤立感、孤独感を抱くなどで、子育てに問題が生じる保護者は、子どもにどのような影響を与えるのでしょうか 

 子育てに問題が起きる多くのケースを見ると、孤立感、孤独感を保護者が抱いている場合が少なくない。
 保護者が付き合う人々の中で、自分が認められ、他人から支えられている実感があればよい。
 しかし、例えば、夫婦関係が微妙にすれ違うようになるなど孤立感、孤独感などがあると、子育てに問題が生じることがある。
 子育てのやり方によって、子どもに問題が生じる保護者には、つぎのようなタイプが考えられる。子どもにどのような影響を与えるのでしょうか。
1 わが子が優れていることにこだわり、子どもを支配しようとする保護者
 世間からの評価を重視します。そのために、世間から「よい親」と認められることをめざします。他者の評価を気にするので不安感が高い。
 いわゆるお受験は、その代表である。「よい学歴がなかったら不幸な将来が待っている」という思いにとらわれ「よい子」に育てることに必死になる。
 不安を背景として「よい子」作りに保護者が躍起になると、そこで育つ子どもは、感情を抑制する傾向が強くなる。
 そして、保護者が高い不安を持つので、子どもも不安そのものは高い。
 したがって、感情が一定以上高まると、もはや自分ではどうにもコントロールできなくなる。
 さらに、常に保護者の「指示」にさらされているので、他者を「指示」して、コントロールしようとする傾向も強くなる。
 一見、よい子だが、つぎのようなタイプの子どもが育まれてくる。
(1)
学校でだけ問題を起こす外弁慶タイプ
(2)
一度感情を害すると、なかなか気持ちの修復が効かない
(3)
言葉によって仲間を傷つけて、それが当然であるかのように振る舞う
2 自分やわが子だけが尊重されることを第一と考える保護者
 保護者がわが身だけが尊重されること第一と考える。同じように、わが子も尊重したいと考える。
 子どもを受容し「子どもの感情を害しない」ように考える。
 子どもから「よい親」と思われることをめざす。他者の評価を気にするので不安が高い。
 このタイプの保護者は、子どもの感情を乱すことは嫌で、子どもに嫌われたくない。それゆえ、子どもを叱らず、子どものご機嫌を取ってしまう。子どもの意見を尊重する。
 しかし、本来、子育ては、子どもの、不快な感情や、願いがかなわないときに生ずる、怒りや哀しさを保護者がしっかりと受け止めてあげなければならない。
 子どもが感情を害しても、子どもに「ダメなものはダメ」と言い、保護者はニッコリと笑って、子どもに向き合うようにしなければならない。
 これが、保護者が子どもと向き合い、子どもを受け入れることの本来の意味なのだ。
 だが、子どもの不快感に保護者がうろたえると、子どもは不安を覚える。不安と不満がくすぶり続ける。
 しだいに、子どもの不快感を出すことで、大人を動かす道具になっていく。そこで、ますます大人は、子どもの要求に譲歩をし続ける。
 このようにして、ストレスに弱く、感情のコントロールが苦手な子どもが育っていく。
 いろんな場面で、不快感を出すことで、大人をコントロールしようとする癖を持つ子どもになっていくのである。
3 自分の生き方を優先する保護者
 子どもの世話そのものを疎ましく感じる保護者がいる。
 保護者が「生計を立てる」ことに精一杯で、子育てにエネルギーを振り向ける余裕をなくしていることもある。
 風呂に入っていない、学校に腹を空かせて登校するなど、保護者から基本的な生活上のケアをうけていない子どもがいる。
 このような保護者に育てられた場合、そもそも感情のコントロールの仕方を学ぶことができない。
 生活の基本そのものについても、子どもは学ばないまま捨て置かれているからである。保護者から敵意さえ持たれ、関わりを拒絶されているのだ。
 そこで、子どもは愛情に対する飢餓と、他者に対する不信、さらには強い不安と怒りを混在させるようになる。
(
小林正幸:1957年群馬県生まれ、東京都港区教育センター教育相談員、東京都立教育研究所相談部研究主事等を経て東京学芸大学教職大学院教授。不登校を始め学校不適応、ソーシャルスキル教育、教育相談、教育技術を研究)

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保護者のイチャモンは、教師が子どもと「ふれあう時間」が減少すればするほど増える

 私が2000ぐらいの事例を集めた結果からいえる大原則は
 
「子どもとふれあう時間が減少すればするほど、イチャモンが増える」
 当たり前のことですが、保護者はわが子がどのようにあつかわれているかに最大の関心を持っています。
 担任がわが子のことをじっくりと見ていてくれるという安心感があれば、多少のトラブルは、すぐに解決に結びつくことが多いと思います。
 しかし、合理性がどこまであるのか疑わしいような教育改革が、学校現場で渦巻いています。教師は職員室で書類に目を通しているか、パソコンに向き合っている状態です。
 私が学校現場を歩き回ってみて、教師が子どもと接する時間が大幅に減ってきている実態を実感しています。
 子どもと教師が接する時間が減れば減るほど、行きちがいが発生する可能性が高くなります。
 また、同じように忙しく立ちまわっている保護者と子どもの間にもズレが生じることでしょう。それは教師と保護者とのズレにもなります。
 もし、子どもと教師が接したり、話したりする時間があれば、かりにトラブルが生じたとしても、それが大きくこじれることはないと思います。
 しかし、その時間やゆとりが学校現場から急速になくなっていることが問題です。
 重ねていうと、だからこそ、子どもたちの前に教師を「戻す」ということがいま、緊急に求められていると思います。
 保護者のみなさん、学校というところに、ぜひ一日でも二日でもいいから、先生に小判ザメのように張りつくかたちで、いっしょに動いてみてください。
「そんなヒマないわ」と思われたら、一時間でも結構です。
 いま学校の教師が、どのようなサイクルで、どう行動しているか、見ていただくと、よくわかるはずだと思います。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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責任を他人のせいにする母親が増えてきています、よい父親になるにはどうすればよいか

 自分の子が具合の悪いことをしたとき、その責任を他人のせいにするのを他罰主義と言います。このところ他罰主義的傾向の母親が相当増えてきています。
 他罰主義的な傾向の強い母親は、たいていのことは自己中心的に物事を処理します。授業参観で授業中だというのに、顔見知りの親同士で、まったく授業とは無関係な話を平気で交わしています。
 他罰主義的な言動を親が示していると、子どもは自分の行いのよしあしをきめる指標を持たなくなっていきます。
 そのため、子どもは自己中心的な考えの子になってきています。自分が悪いのではなく、教師とか、友だちが悪いために、自分がその犠牲になっているのだというとらえ方は、子どもの心を貧しく、手前勝手な人柄にしてしまいます。
 他罰主義は、子ども心に「ぼくの言うとおりにしなかったから、殴ったり蹴とばしたのだ。悪いのはあいつだ」と、すべて自己中心的な見方や感じ方を助長することに手を貸すことになります。
 友だちをいじめたりしても、自分の不都合さは棚上げにして、すべて相手のせいにしたりします。成績が悪いのも、教師の教え方が拙いためだとし、自分が勉強を怠っていることに原因があると思わないようになります。
 そして、自分から努力していくことこそ、もっとも大切なことだということを知らないままで過ごすことになります。これでは、子どもの成長がひどく歪みます。
 よい父親になるにはどうすればよいのでしょうか。子どもにとって快いお父さんになるのは、かんたんです。
 ひとつは、わが子が大好きということです。もうひとつは、わが子のすてきな面や、すぐれたところを実感として知っていることです。
 そうすれば、わが子を尊敬するようになります。いつのまにか、ものの言い方も変わってきます。おのずとていねいな話し方をするようになります。
 そして、お父さんの得意技を伝授したり、幼少のころの遊びや風景や行事などを語って聞かせるようになります。
 悪い成績でも「いまは、あまり勉強していないからだよ。だから30点しか取れないのだよ。でも、これから百点まで伸びていく楽しみがあるじゃないか。こんどは50点ぐらいの点を取っておいでよ」と、プラス思考でわが子を認めていくようになります。子どもから見て、安心できることが、良きお父さんなのです。
 子どものよいところを知っているというお父さんは、愛情面だけでなく、理性面においても成熟した父親だといえます。
 大人の世界でもそうですが、相手のすぐれた点や、長所が分かるようになってくると、相手の人も自分を信頼してくれるようになってきます。そして、仕事もはかどり、職場の雰囲気ものびのびとしてきます。
 また、母親に対しても、
 
「しつけは、愛情と根気がいるよ。どなりつけたりしないことだ。微笑と優しさを通じてしつけるべきだ。うちで欠けているのは慈しみじゃないかな」と、少し機嫌のよい時を見計らかって、おだやかに妻に言うべきでしょう。
(
岸本裕史元:19302006年、神戸市生まれ、小学校教師。百ます計算の生みの親。1985年 「学力の基礎を鍛え落ちこぼれをなくす研究会(落ち研)(現「学力の基礎をきたえどの子も伸ばす研究会」)結成し、代表委員)

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教師から見た「困った親」のタイプと、その共通していることとはなにか

 いま、親たちがあきらかに変化してきています。端的にいうと、質的に劣化してきつつあるのです。
 私が多くの学校現場の教師の悩みをお聞きして、うつ状態に陥る教師の8割がそのきっかけとしてあげるのが、保護者からのクレームや教師攻撃です。しかも、そのクレームや攻撃の内容たるや、あきれるほどひどいものばかりなのです。
 もちろん、非常識なひどい親はほんの一部ですが、あまりにもひどいので、それによって学校現場は混乱し、教師は大きな心の傷を負わされているのです。
 困った親に共通しているのは、親が子どもとしっかりと向き合い、子どもと対話するのを避けている。面倒くささからか、そこから逃げているということです。
 子どもは勝手なことを言ってくるので、きちんと向き合うのは大変なエネルギーを必要とします。子育てで一番大切なのは「手間暇かける」ことかもしれません。
 教師から見た「困った親」には次の4タイプがあるように私は思います。
(1)
不平不満型
 ストレスのはけ口として教師を利用する親がこれに当てはまります。このタイプは子どもには熱心ではないことです。教育に熱心ではないのに、クレームだけはつけにくるのです。
(2)
放任型
 親が子どもを放ったらかしにしている親です。とにかく、子どもの面倒を見たくない、面倒くさい。放任というより放置です。
 非行型の子どもが多い。端的に親の愛情に飢えているのです。さみしさを埋めるために道を踏み外してしまう。非行少年少女になりやすい。
(3)
家来型
 文字どおり、親が子どもの家来になって、ふだんから親が子どもの言いなりなのです。子どもに嫌われたくないので、ついつい子どものわがままな要求に従ってしまうのです。子どもに言われるままになんでも買い与えてしまう親も、ここにはいります。
 大人をなめきった態度をとりがちです。この子どもたちは「私がワガママを言えば、大人は言うことを聞いてくれる」と思い込んでいます。教師を振り回す子どもになりやすい。
(4)
支配型
 子どもをきちんと教育しよう、正しくしつけようという姿勢が強すぎる親です。
 いい親であらねばという思いの強い親は、知らず知らずのうちに子どもにプレッシャーをかけてしまいやすい。電車の中でキレて子どもを大声で叱りまくる母親も支配型にあたります。
 挫折しらずで生きてきた優等生タイプの親が、親としても優等生であろうと、子どもを見守ることができずに、余計な口出しをしまう。過剰に支配的になってしまいやすいのです。
 
「自分の子どもは絶対にこういう子どもにする」という気持ちがとても強いので、当然、教師や学校に対する目も厳しくなります。かなりシビアなクレームをつけてきます。
 教師をあたかも自分の服従すべき雇用人のようにコントロールしようとし、指令に従わないと、それが許せない。「能力がないなら、やめてしまえ」「校長を出せ」と責め立てる。
 
「いい子」でなければという重圧に耐えかねた子どもは、心が破裂するようにして問題行動を起こしてしまうのです。
 中学生にもなると、自分がないと苦しくて仕方がない。反抗期には、子どもの自立に必要な「自分づくり」という意味があるのです。子どもは不登校やリストカット、拒食・過食などになりやすい。
 子どもをいい子のフレッシャから解放するには、まず両親が「いい親」から降りる必要があります。夫婦で一日一回は、子どもの前でぐちを聞きあうなどして「弱音を吐ける家庭」を築く必要があるでしょう。
 以上、4つのタイプに共通しているのは、きわめて利己的、個人主義的で、自分の子どもの立場からしか、ものを考えられないことです。
 クラス全員の子どもを大切にしなくてはならない教師の立場など、まったくおかまいなしです。
 なかには、子どもとの関係をうまく保つためのネタとして、教師の悪口を家で、日常的に口にしている親も少なくありません。教師という共通のターゲットを持つことで、はじめて親と子どもが仲よくできるという歪んだ関係にあるのです。
(
諸富祥彦:1963年生まれ、明治大学教授,臨床心理学、カウンセリング心理学、現場教師の作戦参謀としてアドバイスを教師に与えている)

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クレームを適切に対処するには、クレーマーの特徴をよく知っておくことが大切である

 教師がクレームに適切に対処するには、クレーマーの特徴をよく知っておくことが大切です。クレーマーは、クレームの内容・方法・頻度等、クレームそのものと、訴える人物の2つの視点から分類できます。
1 溺愛型
 わが子かわいさゆえのクレームです。あまりにも自分の子どものことだけを考え、無理難題を押し通そうとする姿勢は問題です。
 このタイプの親に対しては、十分に耳を傾けて聴き、溺愛の弊害について具体的な場面で、機を見て助言するようにしたいものです。
 例えば「先日の運動会で、うちの子が1位だったのに2位にさせられた。校長に1位にするよう教育委員会から言ってください」と、いったタイプの親のクレームは、子どもかわいさゆえのものです。
 その点さえしっかり押さえておけば、問題がこじれることはほとんどありません。親心の受容に始まり、親心の受容に終わる。これがポイントです。
「お母さんの気持ち、よくわかりますよ。お子さんも悲しかったでしょうね」と、母親の気持ちを受け入れたうえで、子どもの気持ちに焦点を当てます。
教師「お母さんの要求で事態が変わったら、お子さんはどう感じるでしょうか?」
母親「もちろん喜びますよ」ときたら
教師「そのことで、まわりの子に迷惑がかかることを考えても喜ぶでしょうか。私には、お母さんがそういう子に育てているとは思えないのですが」と、二の矢を放ちます。
2 放任型
 ふだんは子どもへの関心が低く、あまりかまってやれない分、教師へのクレームを通して、その「埋め合わせ」をするかのように、子どもを守る保護者の役割を果そうとするのです。
 子どもを「ほったらかし」にしている親が、子どものことでクレームをつける場合は、親の子育てが、放任なのを責められそうになったとき。責められるのを避けるために、子どものことを真に思う親を演じるときが考えられます。
 いつもは放任されているのに、突然、愛情深い保護者のように振る舞われて、子どもは混乱するばかりです。
 そんな態度の保護者のクレームに対するには、教師の側にも強靭な精神力が求められます。  
3 欲求不満解消型
 保護者自身が抱えている不平・不満を学校にぶつけることで、欲求不満を解消しようするタイプです。このような人にとって学校は格好の対象となります。クレームの内容はそう重いものではありませんが、教師のろうばいや学校の混乱を目のあたりにすると、攻撃型に転じる可能性は否定できません。
4 攻撃(愉快犯)
 クレームに戸惑う教師や学校を見て満足感を得ます。学校や教師に対して明らかな敵がい心や嫌悪感をもっていることが多い。
 教師や学校に不安感を与えて楽しむというところから、保護者の「心の問題」も疑われます。
5 利益追求型
 クレームをつけることで、金品の要求を突きつけることがあります。直接的な要求は脅迫や恐喝に当たるので、手を替え品を換え、巧妙に金品の提供を迫ります。
 学校事故で子どもがケガをしたり、教師の不用意な発言や不適切な指導のため、子どもが不登校になった場合などに起こりがちです。
 学校のミスに関しては、誠意をもって対応しなければならないのは当然ですが、これ幸いとばかり過剰なクレームに対しては毅然とした姿勢が求められます。
6 理解不能(混乱)
 クレーム内容が突然変わったりするなど、混乱が見られるタイプです。クレームが終わるまでに多くの時間と人間が費やされます。
 このタイプの保護者は、多くの人間を巻き込む術にたけているうえ、心理的に不安定な状態に置かれているなどの問題がからんでいます。
 大勢の人を使って要求を通そうとする。一つの要求をのむと、もっと高い別の要求をしてくる。感情の起伏が激しく、まわりの者が巻き込まれていく。感情を逆なでにすると非常に攻撃的になる。といった例があり、教師を精神的に追いつめることがまれにあります。
7 敏感・依存型
 何かひと言いわずには気がすまない人で、チャイムの音や庭木の落ち葉などに敏感に反応し、学校に不平・不満をもち込みます。クレームが学校と人間関係を結ぶ役割を果たします。
 ささいな出来事を大げさに訴え、たびたび学校を訪れたりします。学校にとって貴重な情報を提供してくれることが多いので軽視するわけにはいきません。
 ただ、少々度が過ぎる振る舞いが目立つようになると、教師がへきえきする場面が増えていきます。
8 善意の問題指摘型
 登下校の子どもの迷惑行為、教職員の不適切な指導、施設・設備の問題など善処を求めるタイプです。不登校の子どもをもつ保護者が学級だよりの配布を求めたりするなど、保護者として当然の「要望」で、これをクレームに入れることさえはばかられます。
 学校や教師が気づかなかった問題点を指摘してくれるわけですから、学校にとっては「厳しくも温かな、ありがたい存在」です。教師に、保護者の思いをきちんと受け止める力があれば、クレーマーとは映りません。
 ただし、教師の力量が乏しいと、当たり前な要求を不当な苦情と受けとめてしまうことがあります。
(
嶋﨑政男:1951年生まれ、東京都立中学校教師・教育研究所指導主事・中学校長等を経て神田外語大学教授)

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問題を起こす子どもの親とは

 私は子どもの問題を持つ家庭へ出向き、35年にわたって子どもの問題解決に体当たりで取り組んできました。子どもの問題は家庭で生々しく起こっているからです。子どもが社会や学校に戻るまで付き合って2000組以上の問題を解決しました。
 子育ては「手をかけ過ぎないで、目をかけよ」が理想ですが、問題を持った家庭の子育ては「手をかけ過ぎて肝心なところを見落とした」という大きな特徴を持っています。
 子どもの問題は問題のある親のもとで間違いなく起こっています。親が子育てに信念を持たず、子どもを腫れ物のように扱っている状態の家庭で起こっているのです。その結果、怖い人がいない子どもたちは協調性を失い、社会のルールや大人たちをナメて問題を引き起こしているのです。
 親が子どもなんかにナメられていてはダメ。もっと親らしく、自信をもって、子どものためにしっかりしてほしい。「お前に文句を言われる筋合いなんか、ひとつもない」と言える、堂々として頼もしい親を子どもは待っているんです。びくびくしながら子どものご機嫌をとる情けない親なんか見たくもないんです。
 子どもは次の世代を担っていく大切な人だからこそ、大人は善悪のけじめを毅然とした態度で教えなくてはならない。
 子どもが問題を持っている親は、肝心なときに熱意ある速やかな行動ができなかったり、妙に冷めた行動をとったりします。
 子どもにだけ変われと言って、親が一向に変わらないのはずうずうしい。親が変わらないかぎり、同じ問題が繰り返されていくだけです。
 子どもは、苦しい時に分かってほしいからこそ親に当たり散らします。それをただ受けとめるだけでなく、どうやったら楽になるのかを共に動いて探してあげること。それが今の大人たちに欠けているのではないでしょうか。口先だけではいけません。前へ前へと動くのです。
 親がわが子をさけていると「見捨てられた」と子どもは落ち込みます。親が世間体を大事にしているうちは、子どもを大事にできません。親が本音で子どもに体ごとぶつからないうちは、本音で生きる子どもを助けることはできません。親の体当たりでぶつかってくる激しいまでの愛情によって、子どもは変わることができるのです。
 親は自分の幸せを削って差し出さないうちは、苦しむ子どもを助けることはできません。私は難しいことは全くわかりませんが、母親として考えると、子どもの心にきく最高の薬は、母親の温かい心に他ならないと固く信じています。
(
長田百合子:1954年岐阜県生まれ、ノンフィクション作家。愛知県の塾教育学院代表。問題の子どもを抱える家庭に自ら出向き解決に努めた。親や子を罵倒する手法が民事裁判で敗訴したこともある。日本家庭教育再生機構理事長)

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なぜ保護者からの苦情や要求が増え、モンスター化するのか

 現代の大人たちは心身共に非常に疲れている。疲れた体と心を引きずりながら、毎日頑張り続けている。けれど頑張っても、満たされない思いが消えない。
 満たされない思いにより、精神的な疲労が蓄積する。疲れきった心には「他の人も大変なんだ」という思える余裕など持てない。そして自分だけが不幸であるような気持ちになってくる。
 どうして自分だけがという思いで一杯になる。常にイライラして来る。そして、自分以外の人間を羨ましく思い嫉妬する。しだいに怒りに転化していく。口にする言葉の多くが文句になる。
 そして、自分と接した相手に対しては要求が増える。誰もが自分よりも楽をしているのだから、「これくらい、やってくれて当然だ」という思いになるからである。常に自分以外の人間に対する怒りが心の中にくすぶっているから、相手が要求に応えないと激しい怒りがわいてくる。そして怒りが爆発するのである。
 自分が満たされない、人生がうまくいかないことに対する怒りなのだから、ぶつける相手は誰でもいい。だから、ちょっとしたきっかけで、ぶっつけやすい相手を見つければ、苦情を言い、それがエスカレートするのである。
 大人たちの未来への悲観も苦情をより強いものにしている。「このまま頑張り続けても、この先、幸せになれるはずがない」という絶望が、怒りを強めてしまっているのだ。
 そして、未来を悲観しているからこそ、「うちの子だけは絶対に人生を失敗させたくない」という思いが強くなる。
 だから、教師に対する要求が増える。「うちの子だけは特別扱いしろ」という思いが募る。教師が要求に応えないと、わが子の人生の邪魔をしている、と感じてしまう。
 自分だけが不幸だ、という思いと、将来悪いことが怒るという思いに心を支配されているので、被害者意識が強くなってしまうのだ。わけの分からない苦情が発生するのは、この被害者意識によるのである。
 これがモンスターの正体である。大人たちの心身の疲労、自分が不幸であるという嘆き、そして未来への悲観、そして被害者意識がモンスターを生みだしているのである。
 それと、教師と保護者のコミュニケーションの減少が増加に大きく関係している。 
(山脇由貴子: 1969年東京生まれ、東京都の福祉園勤務を経て、都内児童相談所にて児童心理司として19年間勤務。年間200家族以上の相談や治療を行う。全国で講演会や研修の講師)

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保護者のイチャモン(無理難題要求)が増えている、その背景にあるものは何か

 アンケート調査(2005年、関西地区、回答数507)で、保護者のイチャモン(無理難題要求)が増えていると思うと回答した学校管理職が8割に達しました。
 小学校などでは、子どもが帰宅した後、担任が保護者宅に電話をかけて「ひざのすり傷は、休憩中に運動場で転んでついたものです。すぐに保健室で手当てしてあります」と、報告している姿があちこちで見受けられます。報告をしなかったために「連絡がないのはどういうことだ!」と苦情を言われ、トラブルに発展したりすることが往々にしてあるからです。
 クレームは、ある日突然、校長や教育委員会に伝えられたり、議員や弁護士がいきなり出てくることさえあります。
 「ちゃんと注意を払っていたのか?」といった質問に説明できるように、学校では、ふだんからあらゆることを記録にとり、対応策を講じ、細心の注意をはらうようになっています。
 こうしたイチャモンの背景には、
(1)
社会全体が閉塞し、不満と不安が急速に高まっていることがあります。見えてくるのはうっぷんばらしの「弱い者いじめ」の構造です。
 企業であれば、苦情は「お客様相談室」などを設けていますが、学校は直接持ち込まれます。
(2)
学校は子どもの生活指導や部活動など守備範囲がきわめて広範囲にひろがっていると理解されやすい。しかも、学校に言えば逆襲することはないため実害を受けることはない。
(3)
マスコミが教育問題を取り上げるとき、ていねいな背景事情や学校の努力の経過がきちんと伝えられることなく「だから学校が・・・・・」「教師というものは・・・・・」という一面的な批判が強く全面にだされます。そうしたなかで、保護者たちに実際とは異なる学校の実像が伝えられている。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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