カテゴリー「保護者にどう対応するか」の記事

生徒から暴力を受けたのに保護者から訴えられ裁判になった、どう教師は対応したか

 教師になる前に会社員だった私にとって、上司への報告はどんな小さなことでも、短く報告することの大切さは、身にしみていた。
 何かあったとき、最終的な責任を負うのは、やはり上司であったからだ。
 この「たった一言の短い報告こそが、職場でのコミュニケーションをつくり、一緒に仕事をする中で信頼関係をもたらす」のである。
 私は幸いなことに校長や同僚教師との人間関係で悩むことがあまりなかった。
 教師になりたくて、やっと教師になったのに、辞めたくなるような事件がおきた。
 私が中学3年生の担任をしているとき、2学期の期末テストの前に事件が起きた。
「ペンチを返しなさい」と、ペンチでいたずらをしていた男子生徒2名に注意した。その言葉に2名の生徒は逆切れした。
 私の持っていた教科書の入っていたカゴを蹴り飛ばした。そして、いきなり私に掴みかかった。私は手を出したらこちらの非となると考え、手出しは何もしなかった。
 その後、直ちに警察に通報し、被害届けを警察署に提出した。すぐに診断書を取り、公務災害の手続きを取った。幸い、校長も学年団も教育長も私を助けてくださった。
 事情説明の保護者会では、該当生徒の仲間内の保護者が次々と学校を非難した。しかし、学校側の措置を応援して下さる保護者の声の方が大きかった。
 そんなとき、組合活動に熱心な教師は「子どもの気持ちを考えていない措置だ」と被害届を出した私を非難した。組合員の私に、組合は何も手助けしてくれなかった。
 該当生徒の保護者は、事件直後、教員委員会を訪れた。学校を非難し、謝罪の言葉や子どもの非を認める言葉は一切なかったそうだ。
 教育長は「わしに任せとけ」と私に言って、保護者の訴えを一蹴された。
 保護者から事件の依頼を受けた弁護士が来校された。
 弁護士は「今回のケースは、生徒側の全面謝罪しかない。しかし、保護者は学校側の責任を追及する考えであり、とてもお受けできないと考えている」と、話しされた。
 すると、保護者の態度が豹変した。謝罪なしで判決を迎えることは不利と考え、家庭裁判所での判決の前に何とか、私へ謝罪をしたいと申し入れをしてきた。
 私は申し出を断った。弁護士経由で送られてきた手紙は、開封せずに弁護士あてにお返しをした。
 結局、鑑別所送致、試験観察処分となった。処分が決まり学校へ復帰すプログラムが組まれた。
 まず、最初に私への謝罪である。私は両親、管理職、教育委員会、生活指導の立ち合いを求めた。私は謝罪だけお聞きし、許すとも許さないとも答えなかった。
 冬休み中に半日、登校させ、校長を中心に訓話や授業、作業をした。今後、どう生活していくのかと作文や誓約書などを見せてもらった。
 保護者との今後の方向性についての話は校長にまかせた。
 誓約書には「ちゃんと授業に出ます」保護者も「出させます」と書かれていた。
 しかし、やがてポツポツと授業を空けた。授業中にいないときは所在確認をした。欠課時数を正確に記録し、保護者に伝えていただいた。
 授業に出席している生徒の小テストなどは記録に残し、授業を受けていれば点数が取れる事実を示し「授業が悪い」と言わせないようにした。
 その生徒だけに必要な連絡でも「学級全体」に話をした。私が連絡したことの証拠を残すためだ。
 教師が言っても、生徒が「そんなん知らん」、保護者が「子どもは聞いていない」といった学校の対応への苦情が何度もある。
 知っていても、自分に都合が悪くなれば「知らなかった」という生徒の言い訳を封じるためだ。
「うちの子にだけ意地悪している」という言いがかりをつけられないためでもあった。
 教師からの配布物を欠かしたことはなかった。プリントの隅に私が生徒の名前を書き、隣の子に机の中に入れてもらった。これも確かに渡したという証拠を残すためだ。
 仕事なのだから、理不尽なことがあっても、我慢しなければならないときもある。それも給料のうちだ。
 しかし、何でも我慢する必要はない。卑下することもないし、自分だけを責める必要もない。
 ただひたすら、風をよける方法を考え、実行すればいいのだ。
 支えてくれる同僚や仲間や管理職と、現場で培った先輩教師の知恵をお借りすれば、必ず乗り越えることができる。神様は乗り越えられない試練を与えない。道は必ず開かれる。
((
向井ひとみ:兵庫県公立中学校教師
)

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保護者から服装や髪形、持ち物など生活指導へのクレームが来たら、どうすればよいでしょうか

 服装や髪形、そして持ち物など、生活指導についての保護者からのクレームはあとをたちません。
 保護者から「服装や髪形は個人の自由ですよね!」と言われたら、どうすればよいでしょうか。
 生活指導についての保護者からのクレームは、教師が一人で対応してはいけません。
 学校全体に関わることですから、生活指導主任や学年主任に必ず報告して指示を仰ぎ、すぐに回答することは避けましょう。
 学校は集団生活を学び基礎学力を身につける場です。「個人の自由」がすべてまかり通って良いわけがありません。
 保護者からのクレームに、何でもかんでも恐れ入る必要はありません。丁重に、しかし堂々と「学校の目的は」「集団生活とは」と、教師としての論を示しましょう。
 持論を堂々と伝えることで、他の子どもの生活指導にも一貫性ができます。
 それでも、直す気がないのであれば、それは仕方ありません。教師は、堂々と意見を述べたのです。「正しいことは正しい」と見解を示すことが大切です。
 以前「願掛けのミサンガを外したくない」と、申し出た子どもがいました。親も同じ意見です。
 その子のことには触れず「必要のない物を学校に持ち込まない」ことを学年集会で子どもたちに話し、ほとんどの子を納得させました。
 周りの子の様子を見てか、その子は次の日からミサンガを外して登校するようになりました。
 きまりを守る雰囲気をしっかり固めておけば、子どもは、なかなか逆らうのは難しいものです。
(
中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教頭。子どもを伸ばすためには、叱り方が大切と「叱り方&学校法律」研究会を立ち上げる。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる
)

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クレーマーに対応するコツは何か

 私ども苦情の対応をしてきた者から言うと、一部の保護者は、わがままと非常識をとても感じます。クレーマーに匹敵するものだと思います。
 ただ、コミュニケーションが上手ではないため、どんな言い方をしたらいいか分からないため、自分の有利な話にもっていくことにも原因があります。
 それから、何らかの不満をイチャモンによって表現していることが考えられます。
 苦情を受ける側と言う側の双方がアマチュアだということです。ここに非常に大きな問題があるのではないかと思います。
 苦情を受けている教師は、苦情脳というものが発達しておりません。
 苦情脳とは、どんな苦情でも相手の立場で聞ける裏読みをする思考法で、一つの方向性を導き出す時にすごく大事なんです。
 保護者が言おうとしていることをすべて聴くことが非常に大事なことです。
 なぜなら、すべてを聞いてしまうと、相手は武器がなくなったのと同じです。だから言わせてしまうということなんです。
 相手の話を途中で折るなんてことはとんでもないことで「まだ、ありませんか、他にもありませんか」と言って、聴きつづけます。
 保護者の意見に時間をかけて、すべて聞いていくと、相手の本音が見えます。
 その本音が見えたときに、素早く、そちらにチェンジして、本心を聴いていくことによって、収まると思います。
 その姿勢や考え方を鍛えなきゃダメだということです。
(
関根眞一:1950年埼玉県生まれ、苦情・クレーム対応アドバイザー。百貨店に34年間在職し、お客様相談室長を経て、メデュケーション()代表取締役。新新学校保護者関係研究会委員) 


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何かと文句をつける保護者にどう対応すればよいか

 保護者の中に「文句の多い」といわれる人がいる。
 ひと言文句を言わないと、気の済まない人なのであろう。我慢できない人である。
 こうした人は、学校や担任に何かと文句をつけてくる。
 自分の意見と相手の意見を合わせて、一致点をみつけて手を打つことを知らないのだろう。自説を押しつけないと、気の済まない保護者である。
 わが子本位、わたし中心で文句をつけられては、担任は閉口する。
 保護者のAさんは、素直にものを言うのはいいが、いささか度が過ぎているようだ。文句ばかり言う人と職員室の話題になっている。一例をあげると、
 二泊三日の自然教室の実施を説明すると、Aさんは「うちの子は参加させたくない」と担任に申し出た。理由は「子どもの安全が確保されていないようだから」と。
 Bさんに、安全確保について詳しく説明すれば「うちの子は、ホテル以外は宿泊したことがないので」と渋り「学校は計画を中止せよ」と言って帰っていくのである。
 つまり、学校のすることには文句をつけてみたいのである。
 参加したくないのであれば、欠席でもいいがと担任が言えば「わが子だけが行かないのでは、子どものためによくない。全員を不参加にできないか」と、言い出す始末。
 これでは、できない相談というものではないか。
 こうなると、学校の教育活動をまもれない。校長・教頭の出番である。
 校長がAさんを呼んだ。そして、学校の教育計画とは何か、自然教室の意義と現在までの経過等を、わかりやすく説明したのである。
 さらに、Aさんがわが子を参加させたくない理由は、何であるかもたずねた。
 計画に文句をつけてみたいだけのようであった。交渉の過程のどこかで、手を打つことも知らない人のようである。
「多くの子どもたちが楽しみにしている行事を、中止することは全く考えてない」と、校長が力強く述べて、Aさんの子どもの自然教室の不参加問題は妥結した。
 それにしても、なんと時間を食ったことか。
 保護者のBさんは、わが子の担任について、自分の意に沿わないことは、連絡帳や電話であれもこれもと言ってくる。
 そして、担任が答えきれないことについては、教頭に電話を入れてくる。その対応に3,40分はかかる。
 今回は「授業中の担任の指名に偏りがある。改めよ」と、文句と注文と苦情である。
 教頭はひとまず「事実を確認するから」と回答した。事実を確かめてみたが、そうしたことはなさそうである。
 そこで、校長に経過を報告し、了承を得てからBさんに、そうしたことはなさそうであると連絡した。
 Bさんは「うちの子が、そう言っているだけではない。ほかの親も、気にしている」と言う。これでまた、騒ぎが広がるかと、教頭と担任がうんざりした。
 教頭から報告を受けた校長は、Bさんに事実を見てもらうことが、今後のためにいいと判断。学級公開日を1週間設けるようにした。
 Bさんの文句は事実無根のものであると、Bさんに納得してもらうこと、また、Bさんに同調しがちな親の分断も図ろうとしたのである。
 具体的な場を設け、文句を言わない方がいいのだと、感じてもらうことは、解決の策の一つである。
 ただし、こうした策をとると、またまた文句を発生させることもあるが、この事例では成功した。
 こうした機会を設けることで、保護者たちのなかの良識派がBさん厳しい視線を向け始めた。保護者たちを巻き込んだ策も、状況によっては考えられる。
(飯田 稔:1933年生まれ。千葉大学附属小学校に28年勤務、同校副校長を経て、千葉県浦安市立浦安小学校校長。千葉経済大学短期大学部名誉教授。学校現場の実践に根ざしたアドバイスには説得力がある)

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教師を攻撃する方法から見た、モンスター・ペアレントのタイプとその対応

 学校現場をかき回し、教師をおびやかし、消耗させていくモンスター・ペアレントは教師を最も悩ませる存在となりました。
 激しい罵声を浴びた教師は心を病みます。その破壊力はまさに怪物そのものです。
 行動面とくにエネルギーの出し方から見たモンスター・ペアレントのタイプとその対応方法は
(1)
突発型
 モンスター・ペアレントが話をしているうちに、怒りがこみ上げてきて爆発し、会話がまったく成り立たなくなるタイプです。
 自分で感情を制御できなくなっていると、教師がいくら論理立てて説明したり、説得しようとしたりしても効果がないので、熱が冷めるのを待つことが優先されます。
(2)
粘着型
 モンスター・ペアレントが執拗に教師と接触を図り、ねちねちと同じ話を繰り返してくるタイプです。
 一度、話を聞いて納得しても、再び不安が襲ってきて、電話をかけてしまうバターンが少なくありません。
 邪険にすることは避けねばなりません。ただし、教師の都合を考えられなくなっているので、対話する時間を区切ったり、同僚教師に対応の協力を頼んだりするなど、教師が自分の仕事やペースを乱されないようにする必要があります。
(3)
怒り放出型
 言いたいこと、怒りたいことをため込み、エネルギーを満タンにしてくるタイプです。
 電話口でいきなり怒鳴り始めたり、突然、乗り込んできて、まくし立てる場合が少なくありません。
 モンスター・ペアレントが最大のパワーの状態では、対話も成り立ちませんから、まずはモンスター・ペアレントのエネルギーを放出させます。
 タイミングを見計らって切り返すことが必要です。
 何時間でも平気で話し続けるモンスター・ペアレントがいますが、必ず息継ぎをする瞬間があります。そのときに、やや強い言葉を発することで、相手の勢いを止められる場合もあります。
(4)
怒り循環型
 怒っているときと、そうでないときが交互にあらわれるタイプです。
 常に怒りをぶつけ続けているわけではなく、ふだんどおりに会話できることもあるので、話を理解してくれているのかなと思ってしまう。
 しかし、怒りのモードになると、すべてを忘れてしまったかのような言動を繰り返すので、受け止める教師側は、エネルギーを消耗してしまいます。
 教師はどの段階で話を締めくくりにするかを見極めながら接する必要があります。
(5)
無言型
 黙ったまま居座り続けたり、対話の途中で困った状況になると何も言わなくなってしまったりするタイプです。
 あまりに長時間にわたって居座り続ける場合は、仕事に支障をきたすことにもなるので、警察など外部の力を借りることになりますが、まずは、相手が反応する言葉を質問によって引き出すことに努めましょう。
 ひとつだけの特色だけが前面に出ているモンスター・ペアレントもいれば、二つ以上のモンスター・ペアレントもいます。こうしたタイプにあてはまらない相手もいます。
 モンスター・ペアレントを決めつけてはいけません。あくまでも、一人ひとりの状態を把握し、冷静に接するための第一段階をクリアできたと考えることが大切です。
(
本間正人:1959年生まれ、ミネソタ州政府貿易局日本室長、松下政経塾研究主担当等を経て京都造形芸術大学教授。学習学協会代表理事、学習学の提唱者)

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保護者の中には「話してもわからない人もいる」のだ、と心得ておくことも、教師のメンタルヘルスを守るうえで必要です

 ある中学校の女性担任の学級には、不登校の生徒が複数いました。
 学級の中に、グループのリーダー的な存在の女子生徒がいました。
 少々暴走して周囲の生徒に服従をしいたり、いじわるをしたりするので、グループから敬遠され気味になっていた。
 保護者会にその女子生徒の保護者が出席し
「不登校の生徒がいるから、クラスの雰囲気が悪いのではないか」
「先生のせいで、不登校の子が学校に来られないんでしょ」
と、一方的に担任を責め始めた。
 その保護者は、わが子の暴走が行き過ぎて、友だちに敬遠され始めたので、担任に「グループの仲間との仲をとりもってほしい」というお願いではなく「わが子は悪くなくて先生が悪い」という主張であった。
 担任は「話せばわかるはず」と、誠実に対応していた。しかし、担任はうまく事を収拾できないので、自分自身を責めた。
 保護者の執拗ないいがかりに、担任があわやつぶれそうになる寸前で、他の保護者が見かねて
「先生は、がんばっておられると思います」
と、保護者全体の前で担任をフォローしてくれたので、糾弾会の色合いが失せ、担任Aはなんとか勤務を続けることができた。
 ぶの悪くなった保護者は、その後、他の保護者のいる保護者会には出ず、矛先を管理職に変えて訴えをくり返し、わが子を正当化しようとした。
 こういうタイプの保護者は、わが子から直接、話を聞いて痛みをわが子と共にし、一緒に今後を考えようとしない。
「子どものために、学校を訴える」やり方にすり替えることで、わが子のために、親ががんばっている姿をわが子に見せることで満足を得ているようです。
 また、学校が悪いことにして、自分の弱さを見ることができないようです。未熟なパーソナリティを抱かえた親という見方もできます。
 熱心な担任は、誠実さを逆手にとられた形となりました。誠実だったからこそ、他の保護者が助け船を出してくれたケースですが、管理職や同僚教師に早めに相談しないと、紙一重でダウンしていたと思われます。
 教師は、保護者の「問題のすりかえ」に気づき、子ども本人と話をできるルートを見つけたいものです。
 このような保護者は、自分が不安なあまり、執拗に教師を責めてきますから、教師側に余裕のないときは、管理職や同僚教師と共に問題にあたり、担任が抱かえ込みすぎないようにすることが大切です。
 この世の中には「話してもわからない人もいる」のだ、と心得ておくことも、教師のメンタルヘルスを守るうえで必要です
(
井上麻紀: 臨床心理士。公立学校共済組合近畿中央病院メンタルヘルスケア・センター主任心理療法士。学校教職員の専門病院で、教員に特化したメンタルヘルスケアや職場復帰支援している)

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教師はクレームの前さばきがヘタだ、保護者の怒りのエネルギーはどこから来ているのかが分かれば「関わり方、解決の糸口」が見つかり始める

 保護者と教師は敵ではありません。子どもの成長に関わる当事者として、子どものために手をつなぎあえる存在です。
 しかし今、保護者と教師の関係性が難しくなっています。
 少数ではありますが、解決することが難しいケースも確かにあります。
 学校内外で起きたトラブルを弁護士に相談して対処するために「学校法律相談制度」(スクール・ローヤー)が、2007年6月に東京・港区で発足しました。
 私のところにコメントしてほしいと言ってきたので、私が述べたことは
(1)
それだけ事態が深刻化していること
(2)
これによって教師の心理的な負担が軽減され安心感につながる
(3)
しかし、学校に持ち込まれる要求の9割以上は、法律家が出る幕がない「ぐち」や「不満」のようなものであり、違法とか不法行為ではない
(4)
この制度が本当にいいものになるかは、もう少しの経過観察が必要だ
ということでした。
 私が主宰している学校保護者関係研究会の弁護士が
学校の先生は前さばきがヘタだ
と形容したことがあります。
 前さばきとは相撲用語で「差し手争い」のことですが、それがヘタなためにがっぷりと四つに組まれて、抜き差しならなくなる状態を意味しています。
「それは不当な要求です」と言えば簡単に済むことを、いたずらに放置することによって、法的な恐喝問題にまで発展させていったりする。
 他方で、精神的にも追い詰められたり、きちんと向き合えばすぐに解決できそうなことを、逆にこじらせていくことを意味しています。
 学校や教師には
(1)
向き合うべき課題
(2)
聞き流すだけでいい話
(3)
適切な距離を保つ必要のある問題
 それを見定めるには、まずは保護者の話を聞きながら
「怒りの源」
はどこにあるのかを見て取る姿勢が必要なんだろうと思います。
 どんなクレームかということよりも、
「そのエネルギーはどこから来ているのか」が分かれば「関わり方、解決の糸口」が見つかり始めます。
 そのことによって「踏み込んでいいもの」と「踏み込んではいけないもの」といった関わり方にも気づくことになるでしょう。
 執拗で繰り返しの要望があるとすれば、それは表向きの要求であって、真意や背景事情は別にあるかもしれないということが推測できることもあるでしょう。
 ある場合には「積極的に応じる」のではなく「適切な距離を置きながら接する」ことによって、関係当事者双方がそれ以上に事態を深刻化させないことも必要です。
 部分的な解決しかのぞめなかったり、解決できず平行線のまま終わることも当然あるわけです。
 普通には考えられない行動を繰り返す背景として、何らかの精神疾患などからくる影響だけでは説明がつかない場合、人格障害が考えられます。
 玉井邦夫は著書で
「学校現場が人格障害の問題に直面し、困難を極めるのは、保護者に人格障害が認められるケースであろう。モンターペアレントなどと呼ばれることもある」
「常識では考えられないような要求や抗議を持ち込んでくる保護者のなかには、こうした人格障害に該当するケースが考えられる」
「教師に対する激烈な攻撃や、相手の感情などしんしゃくしない挑発、自分の言動に対する極端な無責任さ、他者に対する激しい好き嫌いや、気分の変動、強い被害の訴えなどが示される」
と書かれています。
 玉井邦夫は、こういった傾向をもつ保護者と接するばあいは
(1)
早急に教育委員会や専門機関(医療・福祉・警察など)の協力を得て、今の起きているトラブルを管理者と学校現場が共に共通理解すること。
(2)
学校ができる範囲は明確に管理者から伝えること。
(3)
教師の個人的資質の問題ではないことを確認すること。
以上のような大原則を踏まえて、関係機関とのチーム対応を続け、見立てや解決の方向を探ることになる。
「良かれ」と思って親身に関わっても、何度も裏切られ、振り回され続けて、何ともならなくなるような事態に陥ることがあります。
 そうならないために「適切な関係性」や「適度な距離の維持」が大切なわけです。
 すなわち、会う場所や時間を限定していくことや、一人で対応せずに共同で向き合うなど、すべて分かり合えるという前提には立たないということが大切です。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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保護者に好かれ、信頼される教師の話し方とは

 保護者会で保護者に好かれる話し方は、どのようにすればよいのでしょうか。
(1)
にこやかに話す
 暗い表情は保護者に第一印象として、よくない印象を与える。
 子どもに接するときと同じように、明るい表情はどの場面でも必要だ。
 やはり、何事が起っても、にこやかに話すということは大事だ。
 にこやかに話していくと、きつい話が混ざっていても、さらっと聞き流してくれる。
 例え、問題が起こったときでも、教師は希望を持っているという意志も示さなければいけない。
 そういう冷静さを保護者に感じさせる必要があろう。
 あ、この先生はいい先生だな、と言うことを第一印象にしたい。決して冷たさを感じさせないようにしたいものだ。
(2)
丁寧な言葉で
 丁寧な言葉遣いは、にこやかに話すのと同様に悪い印象は与えない。
 保護者が自分と同世代だからとか、自分より若いからと、砕けた話し方はいけない。
 仲間同士の話のように話していると、親しくなれたような気になるかもしれないが、教師だけがそう思っているだけなのかもしれない。
 聞いている保護者に合わせて、話し言葉も変えないといけない。
(3)
自信を持って話す
 保護者は子どもを安心して任せられる教師かどうかを見ている。
 丁寧に話をしていても、自信のない話し方をしていると
「この先生は、頼りがいのある先生なのだろうか?」
と、思わせてしまう。
 教育のプロとして、自信を持って話をすべきだ。
 教師は、教育に対して、どのような思いや理念をもっているのか、どのような子どもに育てたいのか、どのような実践をしているのかを明確に持って、保護者に話をしたい。
 特に、こういう実践をしたら、子どもがこうなったということを、自信を持って話したい。
(4)
謙虚に話をする
 教師は、自信を持ちすぎると、謙虚さに欠けることがある。
 若い教師なのに「教育について全部知っています」というような態度は逆に反発されるときもある。
 一歩さがって、保護者の言うことにも耳を傾ける謙虚さが必要である。
(5)
ポイントを抑えて話す
 どんなによい話でも、だらだらと話をしていると、よい印象は与えない。
 いろいろと話したいことがあっても、ポイントをしっかりまとめておいて、話したい。
 ポイントがたくさんあると、覚えきらないし、だらけてくる。ポイントを絞って簡潔に話をしたい。
(6)
資料をもとに話す
 資料を作って、資料をもとに話すと、話も整理される。聞いている保護者には、長くなる話も、だらけずに聞くことができる。 
(
磯貝定徳:神奈川県公立小学校教師
)

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いまの若い教師の最大の不安は「保護者とうまくやっていけるか」です、どうすればよいか

 いま若い教師の間では、ちゃんと授業を教えられる技量があるかどうか、子どもや教職員とうまくやっていけるかどうかより「保護者とうまくやっていけるか」が最大の不安材料になっています。
 最初から保護者対応力を持っている新米教師はまれだからです。
 保護者対応力は経験によって身につくことが多い。
 学校現場での具体的なトラブル解決の臨場感の中で、また、職場の同僚性の発揮の中で、あるいは、教師自らが家庭を持ち子育てに関わる経験によって、はじめて身につくことが多いのです。
 最初から保護者対応力を持っている新米教師はまれな存在にすぎません。保護者対応能力を、教師としての値踏みに使わないようにしてもらいたい。
 学校現場では、苦情を受ける人は、実際に問題を引き起こした教師であり、
「〇〇先生の対応の仕方が悪いからこうなったんだ」
と、個人の問題ととらえられやすい傾向をもっています。教師個人が名指しで責められやすいという特徴があり、それがもっとも辛いといえます。
 だから「トラブルを抱かえていることを他の人に知られたくない」という意識を生みだしやすく、周りが気づいたときは「傷が深くなっている」という状態が起こりやすいわけです。
 企業の場合は、苦情対応が担当者の力量を超えてしまった場合は、別の人間に代わってもらうことができます。
 しかし学校では、苦情を申し立てる保護者の側からすれば、学級で起こっていることは担任が対応するのが当然という意識があるため、担当者が交代するのは難しい。
 そのため、学校では「相当深刻になってから」交代おこなわれることが多い。
 交代するのは、続行不可能となり、担任を降りるとか休職という、極めて不幸な形となってあらわれることになります。
 学校には、苦情対応を専門にしているプロはいません。教頭などが、それらに当たる場合が多いが、他の雑多な膨大な仕事を抱かえながらの同時並行作業です。
 担任も同じで、ふだんの仕事と併せて、苦情対応をおこなわなければならないために、負担が強くなります。
 それがさらに本業である教育指導に多大のマイナスの影響を及ぼしたり、注意力が散漫になるため、より悪循環に陥りやすいわけです。
 この4年間で教育委員会に上がってくる保護者などからの苦情やクレームが、79件から25件に次第に減少している市があります。
 その市は、教職員のスポーツ大会はあるし、宿泊を伴う職員旅行が残っています。
 そのことと、苦情が減少したこととの間に相関関係があるかどいかは、調査をしないとなんともいえません。
 ただ、トラブルが起こったときに、教職員を孤立させないようにする配慮の体制は、教育委員会の学校支援を含めて、整えています。
 少なからず、どこかで誰かとつながっているという気持ちが、それぞれの教職員の頭の片隅にあるかどうかが、一つのわかれ目のように思います。
 私は講演先で
「一見すると、ムダと思われた時間と空間がどんなに大事なことか。皆さん方の職場に、宿泊を伴う職員旅行は残っていますか」
「一学期に1回でもいい。汗を流し、笑いあうようなバレーボール大会、ソフトボール大会・・・残っていますか」
「職場の同僚性や共同性は、汗と笑いの中からしか、生み出されないのです」
と、訴えかけています。
 手探りでその日その日を、なんとか乗り切っているのが若手教師かもしれません。
 近くに頼れる先輩教師がいて、そういった人たちとうまくコミュニケーションができていますか。
 ふたんから職員室に笑い声があふれていますか。
 つらいこと、しんどいことが起きても「なんとかなる。みんなでやろうぜ」という声がかかりますか。
 若い教師は、元気いっぱいに子どもたちと向き合ってください。先生たちが元気でないと、子どもも楽しくありませんし、保護者も不安になります。
(
小野田正利:1955年生まれ、大阪大学教授。専門は教育制度学、学校経営学。「学校現場に元気と活力を!」をスローガンとして、現場に密着した研究活動を展開。学校現場で深刻な問題を取り上げ、多くの共感を呼んでいる)

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授業参観で保護者に信頼されるには、どうすればよいか

 私が、わが子の授業参観に行くようになって、保護者が授業参観に期待するものがわかった。それは
「楽しい授業」
「わかる授業」
「向上のある授業」
である。
 授業参観は、保護者が「わが子を見にくる」と言われているが、
「うちの先生は、どんな授業をしてくれているのかな?」
「どんな工夫をして、楽しく教えてくれているのかな?」
「先生の指示を、うちの子は聞いているのかな?」
「〇年生は、どんなことを勉強しているのかな?」
と、わが子と教師の授業を見ているのである。
 授業が保護者に信頼されるための原則は
1 保護者も一緒に授業を受けている
 保護者は授業を参観しながら、一緒に授業を受けているのである。子どもと同じ視線で考えているのである。
 指示が出ると、わが子は
「指示に従って、ちゃんとやっているかな。話を聞いているかな」
と、わが子の様子を見る。
 このとき、教師の指示が保護者にわからなかったら、保護者は
「今の意味どういうこと?」
と、保護者同士が顔を見合わせる瞬間がある。
「今の質問じゃわからないわ」
「どう答えたらいいのかしら?」
そうすると、保護者の評価は
「うちの先生の授業、むずかしいわ」
「うちの子、きっとわからないわ。勉強についていけるかしら。心配だわ」
2 わかる授業
「わかる授業」は、見えないものが見えてくる授業である。
 授業は、新しい学びをする場である。
「できた」「やった!」がふんだんにある授業は、子どもの笑顔がある。
 やる気が満ちている、子どもたちの様子は、保護者が一番うれしい場面である。
3 楽しい授業
「うちの先生の授業は楽しいわね」
「うちの子が『学校は楽しい』って言っている意味がよくわかりました」
と、保護者から言葉をもらうのは、教師冥利につきる。
「こういう学習をしているから、わかるのね」
「こういうふうに、仕掛けをするからできるのね」
と、教師のプロの技を期待している。
 例えば、音読。竹の子読みを披露しよう。
「追い読み、半分こ読み、1行交代読み、2行交代読み、竹の子読み」と、自分の気に入ったところだけを立って読むシステムである。
 挑発されて、どんどん行数を増やしていく。子どもは、知らず知らずに夢中になって覚えていく。子どもたちが立つ様子は、竹の子がにょきにょき生えるように楽しい。 
「こんなに楽しい授業で学ばせてもらっているなら安心だ」と、読むほうも、見るほうも満足する楽しくて、工夫があって、力のつく参観授業一押しのネタだ。
4 日頃が大事
「全員がわかる指示」は簡単ではない。だから日頃が大切なのである。
 どうやれば、やんちゃくんが話を聞くのか、指示に従えるのか、毎日真剣に悩み、改善をした教師だけが手にすることができる。
 授業が楽しい教師なら、保護者は十分味方になってくれるのである。
(
鈴木恭子:神奈川県公立小学校教師)



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