カテゴリー「子育て・家庭教育」の記事

子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか

 子どもを躾けることができていない親にどう対応すればよいか、カニングハム久子はつぎのように述べています。
 日本人駐在員の5歳の子どもがいた。ふざけてセラピーが進まない。甘やかしと叱らない無責任な子育てのためである。
 久子先生は厳しい声音で、
「大人も子どもも悪いことをすれば叱られます。久子先生も子どものとき、悪いことをするとうんと叱られて、良いことと悪いことを教わりました」
 子どもは驚いて久子先生の顔から目を放せない。
 その間にも久子先生は、子どもの脚に私の脚をくっつけて体温を通わせていた。
「先生は○○くんを大切に思うから、いけないことにはダメって言います」
 幼児とはいえ、まずは、しっかりと誠実に対応することしかない。
 子どもは気分を取り直してセッションを終えた。
 そのあと、久子先生は両親に懇々と話した。
「親も毅然として躾に関わらなければ、○○くんの一生を誤らせてしまいます」
 そして、○○くんにも、
「いつもほめられるような子どもになるために、久子先生のところにくるのです」
「久子先生は○○くんのことをとても大事に思っているのよ」
 次のセッションからはふざけが減り、「聞く」態度が少しずつ身についてきた。
 家庭でも遅まきながら躾をし、叱ったあとの慈しみに満ちたフォローをするようになった。
 親が変われば子どもも変わるのです。
(カニングハム久子:1934年長崎県生まれ、ニューヨーク在住の臨床教育スペシャリスト。
毎年来日し、自閉症、ADHD、学習障害などの発達障害、子育て・教育全般に渡るアドバイスの依頼を受け全国各地で講演を行う。日・米教育関連機関の教育コンサルタント、ニューヨーク臨床教育父母の会主宰、全米精神遅滞研究協会最優秀臨床教育賞)

 

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子育ての原点は安心感、親の愛は自立への出発基地、自然に育っていく子どもの力を信じ、家庭の機能を生かそう

 斎藤慶子臨床心理士は、医療という場を中心に、長いことたくさんの方々と継続的なかかわりを持った。
 ちょっと見には同じような子どもの実態でも、その背景は実に多様でした。
 けれども、あわてずていねいにときほぐしていくとき、いくつかの軸をもって検討していくと、必ず打開への糸口が引き出されていきます。
 実は子どもの暮らしに起こる、小さな一こま一こまが「自ら育つ営み」の資源となっていくのです。
 なにが子どもの不安を表している事柄なのか、子どもが大人になっていく自分に誇らしさを実感して満足するのはどのような経験からなのか、その実感が未来の自分にどのようにつながっていくのかは、子どもが自ら育つ営みの資源となっていく。
 子育てで、なにごともなく通り抜けられるはずという親の思いこみの中で、おもいがけない苦労を親が経験する。
 親が共通する苦労は、まわりの子どもたちとの摩擦、子どもへのじれったさ、先の見通しが見えない不安などである。
 なにか予想外の困難に遭遇したときに、ともするとだれか一人を悪者にして処理しようとする親自身の防衛反応が起こる。
 たとえば「子どもがいうことを聞かない」「教師が冷たい」などと、責任を逃れるための楽な言い訳を見つけようとする。
 子どもに対して大人が禁止や指図による働きかけにとどまってしまうと、子ども自身の自発的な動きはなくなり、成熟への手がかりも損なわれていく。
 ものごとの善し悪しに親が強くこだわらずに、ゆるやかな姿勢で子どもを見守る中から、子どもたちは息を吹き返し、よりよい適応に至っていく。
 子どもは「自ら成長し変わっていく」という発達のしくみがある。
 子どもを理解し、対応の指針が見えてくれば、親と子どもの関係が「親が変わることによって子どもが変わる」関係へと変化していく。
 子どもが自ら成長し変化していくことを信じ、注意深く見いだしていこうとする親の態度を、子どもたちは求めている。
 家庭でなければならない機能とはどのようなことが期待されるのだろうか。
「やすらげる」「巣ごもれる」「さ迷える」「羽ばたける」「巣立つ」これらの言葉が、家庭という場に求められる働きなのではないだろうか。
「やすらぎ」は、生命の安全が保障される営みが主流の乳児期は、まさにやすらぎの意味が大きい。
「巣ごもり」は、家庭の外で仲間や先生とのつき合いで自分を発展させていくが、自分が自分そのものと向き合って、なにかをする営みは、まさに巣ごもりであろう。
「さ迷い」は、家庭の中で無為に過ごしているのではなく、本を読んだり、ものをつくったり、一人になれるときに得るものがある。家庭でなんらかの模索、さ迷いが続いているのである。
「羽ばたき」は、まわりとのかかわりから、自分の在り方を揺さぶられて起こる、迷いを静かに暖め直し、新たな吟味を始める場でもある。
「巣立ち」は、自立への試みをする基地でもある。
 そのひとつひとつには、親や兄弟姉妹とのかかわりから得た智恵や力が働いていく。
 親が子ども時代の失敗を語るのもよい。
 少なくとも時間に追われている生活を、露骨に子どもにぶつけないように加減をすることが保障されていれば、子どもは家庭に満足する。
 そのうえで、基本的なしつけは、人格の成熟を助ける手だてのひとつとして、おりにふれて関心を向けるようにしたい。
「しつけ」とは、人々が集まって暮らしていくのに、お互いに認め合い、許せる基準を持てるようにしていくことである。
 その結果、人と調和して暮らしていける安定した情緒が発達していくのである。
 相手を思いやる気持ちを持たせるのは、家庭ならではの役割であろう。
 同時に、あいさつは強制的に子どもに言わせようとする前に、大人がいつも言っている雰囲気が大切である。
 社会の基本となる機能を持っている家庭生活で、お互いに尊重し合うことを大切にしていこう。
 子育てに失敗しないためには「ふだんの生活の中で子どもが安心感を回復していく」ことこそ、子育ての原点であると言い切れるのではないだろうか。
 親よりもはるかに小さく、弱く、力のない子どもが、実はいつも大きい問いかけやメッセージを送っているのではないだろうか。
 日常生活で子どもが安心感を回復するには、「やさしさ」に基づく親の援助が必要である。
 その「やさしさ」にはいくつかの側面があって、
「ひたむきさ(一貫した関心)」
「しなやかさ(柔軟性)」
「あたたかさ(感受性)」
「確かさ(かかわりながら観察し、蓄積された事実に基づいた判断:客観性)」
「さりげなさ(日常性)」
 が考えられる。
 安心感が子どもによみがえっていくことが子どもに幸せをもたらす。かかわる大人たちにも幸福をもたらす楽しみがある。
 子育てで、親が自らもいつのまにか人間がひとまわり大きくなっていく喜びを味わいたい。
 親しい人々との間柄を考えてみると、その人のそばにいることが安らぎになり、ゆとりを取り戻す。
 親しい人々がいないと寂しく感じ、いるとさわやかな満足があるといった間柄ともいえる。
 子どもが欲しいもの、食べたいものを充足するのが本来の愛の姿ではない。
 子どもには子どもなりの世界がある。
 やっかいでも子どもが必ず通らなければならない道筋を、外れないように見守るという親の包容力が、こどもにとっての最高の愛の保証ではないかと考えてみたい。
 大人の常識からすれば、大人が普通に進んでいる道を子どもに譲らなければならないことがおきる。
 大人にとっては多くの無理が生じるであろう。
 しかし、こどもにとっての意味を考えて、快く「どうぞ」と道を開いてあげるために、大人たちは大人にとって考えにくいことをたくさん考える努力をしてほしい。
 きっとその努力は、のちに子どもから親への「思いやり」という最高のプレゼントをもたらしてくれるはずです。
 愛とは、大人の弱みを正直にさらけ出せる生活態度にはぐくまれる部分が少なくない。
 愛や親密さは子どもにとって自立への巣立ちの出発基地である。
(斎藤慶子:1935年東京都生まれ、武蔵野赤十字病院、戸田病院で心理臨床に取り組む。障害児保育、病児の教育、ターミナルケア、老人問題、メンタルヘルス、精神障害者のケア、青少年の暮らせる場づくりなどの活動に関与)

 

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子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの信頼を得て自尊感情は育つ

 自分の子育てに自信をもてない親が多いようです。
 大阪府内の公立小学校で30年余年の経験がある大阪教育大の園田雅春教授は「子育て不安最盛期」といいます。
 親に自信やゆとりがあるかないかは、子どもの育ちにまともに跳ね返ります。
 核家族化が進み、地域とのつながりが薄れたことで、おばあちゃんらの「子育て知恵袋」に頼りにくくなっている。
 同世代とのヨコのつながりは多少あっても、異年齢とのタテの情報交換は不足しがちです。
 親としての自分を振り返ってみてください。
 ゆとりや自信のなさから、親の物差しに当てはめてやたらに指図していませんか。
 子どもの持ち味を生かそうとしていますか。
 子どもは敏感です。萎縮(いしゅく)したり、親の前でだけいい子になったりします。 
 砂場にスコップをたたきつける、給食をひっくり返す、家の外でのそんなキレぶりを告げられても、親は信じられません。
 フランスの思想家ルソーは教育論「エミール」で、「人は子どもというものを知らない」と述べています。
 この言葉をかみしめる必要があります。子どもは小さな大人ではないということです。
 いろんな情報は参考になりますが、子どものペースを見守っておおらかに考えてほしい。
 わが子にこそルールあり。子どもの目線や発見を共に楽しんだらいい。
 子どもが望んでいることは、大きく言って二つあります。表現と承認です。
 自分の話を聞いてくれ、受けとめてくれる人がほしい。
 求めているのは居心地のいい居場所というより、居心地のいいひと「居人」です。
「ねえねえ」と寄ってきたとき、「忙しいの」「後で」とついかわしたくなります。
 一息のんで「そうやったん」「へえー」と共感のメッセージを送りましょう。
 そうすれば子どもは納得し、親の話も聞くようになります。
 野菜や果物を食べてビタミンを摂取するように、
「親の言葉で子どもの自尊感情は育つ」
「自分の存在そのものに対する揺るぎない自信を高める」
 ここが子育てのツボです。
 園田教授は周囲からのプラスの言葉を、自尊感情の頭文字をとって「ビタミンJ」と呼んでいます。
 子どもの信頼なしでは、しかっても響きません。「切る」より「つなぐ」で。
 1日3分でも話を聞いて。甘やかしではなく共感を。
 自分の物差しに当てはめて、やたらに指図し、子どもの持ち味を消していないか。
 子どもの話にじっくりと耳を傾け、受け止めれば、子どもの自尊感情は育つ。
 自分への揺るぎない自信を高めさせることが、子育てのツボだ。
 授業中、中学校の教室にれんがを投げ入れ、走り去った男子生徒がいました。
 教師は職員室に生徒を呼びました。さてどんな言葉をかけたでしょうか。
「何やってんだ」「危ないだろ」こんな言葉が思い浮かぶでしょう。
 この教師がかけた言葉は「どうしたん」でした。
 とたんに生徒は涙をみせました。その子が泣くなんて同僚もびっくりしたそうです。
「何やってんだ」などは「切る言葉」。言ったほうはスッキリ。でも、言われたほうはストレスがたまります。
「どうしたん」は「つなぐ言葉」。子どもを受容して、そこから会話が始まります。
 子どもの信頼を得てからでないと、しかっても響かないんです。
 つなぐより、怒る方が効き目があるかどうかを、立ち止まって考えましょう。
 自分のムカッ腹解消のために言っていないでしょうか。
 数年前、園田教授の講演を聞いて、中学3年の息子をもつ父親が次のように言いました。
 その日は、テスト前なのに友だちに誘われてプールに行ったので、帰ったら叱るつもりだったそうです。しかし、
「お前は友情に厚い男やな。明日からの試験も頼むで」と言いました。
 子どもの立場を理解し、プレッシャーもかけられますよね。
 親が言い聞かせようとしても、ふだん耳を貸していないと子どもは応じません。ツケの代償は大きいのです。
 1日3分でも子どもの話を聞くようにしましょう。
 子どもと話しをするには、要領をつかむまで苦戦するでしょう。
「学校は最近どうだ」と聞いても、「別に」としか返ってこないとか。
 でも、大人だって「最近、会社どう」なんて聞かれたら困ります。工夫がいるんです。
 子どもがうれしそうにしているときなど、喜怒哀楽を現わしているタイミングで、
「おっ、いいことあったみたいだな」「どうしたん」
 と水を向ける。あとは話を遮らず、耳を傾ける。
 ただ、甘やかしと受容は違います。子どもに共感しての受容なのか、ベタベタなのかは違います。
 園田教授が小学校の教師だったとき、友だちに「髪の毛切ったら」と言われた6年生の女子の親が、「余計なことを」と抗議してきたことがありました。
 その友だちに話を聞くと、給食を配るときスープに長い髪が入るから注意したそうです。
 子どものもめ事は往々にして互いに言い分があるのに、わが子しかみえない。そんなケースでした。
 親の共感が子どもに伝わって好転した例は多くあります。
 ある中学3年の女生徒が、周りから悪口を言われているように思えて学校に行けなくなり、死ぬことばかり考えていました。
 仕事に追われる母親がある日の食事中、わが子に「みんなが敵になってもお母さんは味方だから」と言って、泣いてくれた。
 身近にこんなに寄りかかれる人がいると実感して、翌朝から登校できるようになったそうです。
 突然やってくる節目で、親の経験と底力が問われます。子どもがグッと伸びるチャンスに後押しできるよう、ふだんから備えたいものです。
(園田雅春:1948年京都市生まれ、大阪府高槻市立小学校教師、大阪教育大学教授を経て大阪成蹊大学教授。専門は教育方法学)

 

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子育てに失敗する親はコミュニケーションに障害がある人が多い

 一般的にいって、子育てに失敗する親は、親子間のコミュニケーションに障害がある人が多いといえます。
 それは、壊れた電話器で話をしているのと同じです。
 親は送信器だけ、子どもは受信器だけで電話をしているようなもので、話は一方的です。
 子どもは話が通じないので、しまいに「症状」や「行動」で示すことになります。
 このようなコミュニケーションのパターンは、その親と子どもとの間に見られるだけでなく、その親を育てた親との間でも同様だということが多く見られます。
 子どもの問題で困っている親のほとんどは、実は自分自身も多かれ少なかれ、自分の親との間の「コミュニケーション」ができていないという問題をかかえていることが多いのです。
 まず、親子間が許容的で、何でも話し合えるという「対人関係コミュニケーション」がスムースでなければなりません。
 子どもの成長にプラスになる育て方とは、親がまず、子どもの心を知り、子どもの心の中でおこっていることを理解することです。
 親は語りかけると同時に、子どもの「語りかけ」や「サイン」に敏感に応答することができなければなりません。
 子どもの「語りかけ」や「サイン」を待つことの方がはるかに重要です。
(黒川昭登:広島県生まれ、皇學館大学名誉教授・龍谷大学名誉教授。日本の臨床ケースワーク(臨床ソーシャルワーク)の第一人者)

 

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大人の言ったことが、子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい

 子どもの心に響くようにするためには、子どもの視線に合わせて、一対一でほめ言葉で接するようにするとよい。
 上から目線に構えて、説教しないこと、他人数相手に話さないことである。
 多人数相手に語りかけても何も伝わらないし、心にも響かない。
 教育相談をしている私に、家にきてほしいということでタカシの家を訪問した。
 タカシの父親は医者で、タカシに一流大学医学部への進学を強要した。
 二度の大学受験に失敗して部屋に閉じこもり、出てこない生活を二年も続けていた。
 母親の顔は見たくないし、父親が行くとナイフを振りかざして大暴れするので近づくこともできなかった。
 私が行ってもドアを開けないので、部屋の前に座り込んだ。
 二時間もたったころ、私に根負けしたのか「おい、おまえ、入ってもいいぞ」と、少しドアが開いた。
 部屋に入り、あれこれ話をするうちに自分の気持ちを少しずつ話し始めた。
 初対面の私に十時間にわたって怒とうのように話し続けた。
 外の空気を味わうためにドライブに誘ったあと、タカシの部屋に戻った。
 疲れたので一緒に寝ることにした。
 タカシがすりよって私に抱きついてきた。
 しっかりと抱きかえしてやると、安心して眠ってしまった。
 今まで、両親に自分の思いを抱きしめてもらえず、ずっと辛い思いをしていたのだろう。
 親からは指示や命令ばかりで、受容されたり認められたりすることが少なかったのではないか。
 その証拠に、タカシと私が抱き合って眠ったことを母親に話すと、ハッとしたように「私たちのこれまでの態度に非があったのですね」と理解してくれた。
 覚醒剤のような常習性のあるものは、一斉にやめさせることはできない。なぜあんなものに子どもたちが魅入られるのか。
 家庭では「おまえのような子どもは産まなきゃよかった」と言われ、先生には白い目で見られ、友だちには無視され、なにもかもおもしろくない。
 そんなとき、覚醒剤は、快感を覚え、一時的にでも彼らに嫌な現実を忘れさせてくれる。
 幻想の世界に心を遊ばせていなければ、心のバランスを保てない彼らの気持ちもわかるような気がした。
 このような生きる喜びを知らない子どもたちには、一人ひとりと真剣に向き合わないと、効果は絶対に表れない。
 ある子どもの例では、延々十時間、手を握って話し込んだ。
「いつでも君の味方になってあげたい。応援しているから、何かあったら相談に来てほしい」
 私は、人間というものはさまざまな不本意な思いを心に抱かえながら生きていかねばならぬこと。
 その中でよりよい生き方を、最後の死の瞬間まで求め抜いていくことの価値を訴えた。
 するとようやく「先生はとっても優しいんだね。わかった、もう明日からやめるよ」と約束してくれた。
 やはり子どもはいつも「ぬくもり」を求めているのだということが身にしみた。
 触れ合いたがっている子どもを拒絶すると、とんでもない方向へ曲がってしまうこともわかった。
 子どもにとって、自分が必要とされているという気持ちは、善悪を問わず、何ものにも代えられないものである。
 子どもを見守る親は、「あなたが大切だ」という心の抱擁を、ぜひとも忘れないでほしい。
(濤(なみ)川栄太:1943-2009年、小学校教師(20年間)、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者、教育相談(40年間)、悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

 

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親の子育て方法が子どもの未来を左右する、最も効果的な子育てとは何か

 親のどのような子育てが子どもの将来にプラスにはたらくのか、神戸大学西村和雄特命教授と同志社大学八木匡教授らの研究グループが明らかにした。
 1万人の日本人のデータから、日本人の親に多い子育てのタイプを
1 支援型
  子どもを信頼し、関心を持って見守ることで、自立を促す。
2 厳格型
  子どもに関心はもってはいるが、教えて指導し、できなければ叱る。
3 迎合型
  子どもの好きなことを親も子どもと一緒に行い、叱ることをしない。
4 放任型
  子どもに関心をもたず、子どもと何か一緒にすることもない。
5 虐待型
  子どもに愛情もなく、信用もせず、合理的な理由もなく叱る。
 の5つに分類した。
 それぞれのタイプが、子どもが就職した後の所得、幸福感、学歴、倫理観にどのような影響を与えるかを調査したところ、いずれにおいても「支援型」が最も高い達成度や望ましい結果を示した。
 では、子どもに良い影響を与えるとされる支援型の子育てとは、どのようなものなのだろうか。
 端的に言うと、支援型子育ては「関心をもって見守る」というスタンスである。
 一方の厳格型子育ては、「関心をもって厳しく指導する」というスタンスだ。
 調査では、こども時代の親との関係を尋ねた20項目の質問に回答してもらい、子育てを特徴づける6つの因子「関心」、「信頼」、「規範」、「自立」「共有時間」「叱られた経験(厳しさ)」によって6つのタイプに分類している。
 支援型は、「親がこどもに高い関心をもち、子どもを信頼している。親子で多くの時間を共有している。子ども自身が自立している」という要素が強く、子どもの意志を尊重し、自立をサポートする姿が読み取れる。
 子育てタイプ別の平均所得は、最も高いのが支援型で、厳格型、平均型、迎合型、放任型と続き、虐待型が最も低い。
 幸福感については、「前向き思考」と「安心感」の側面から調査したところ、支援型はいずれも突出して高く、幸福感が高いことがわかる。
 学歴については、支援型の高学歴者比率が最も高く、続いて迎合型、厳格型となっている。
 興味深いのが、最も低いのが放任型だという点である。
 子どもへの関心が低く、親子の関係性が希薄な放任型の子育ては、学歴形成という観点では好ましくないことがわかる。
 社会性や遵法意識といった倫理観についての結果も興味深い。
 遵法意識(ルールは守るべきである、など)
 非社会性(面倒なことには関わりたくない、など)
 扶養意識(年老いた親の面倒はこどもが見るべき、など)
 打算的(収賄を認めるような思考傾向)
 の各因子において、支援型は最も高い倫理観(遵法意識・扶養意識は高く、非社会性と打算的傾向は低い)を示した。
 今回の調査結果を受け、西村特命教授は、次のように述べています。
 親から信頼され、関心をもって、見守られながら育った人は、所得、幸福感、学歴、倫理観がいずれも高いということが実証されました。
 一般的に、子育てのあり方の良し悪しというのは、親の一方的な思い込みで判断されることが多いものです。
 子育ての方法が子どもに与える影響についての実証的研究は、子どもをもつ親にとっては一つの判断材料になると思います。
 厳格型の子育てよりも、関心をもって見守る支援型の子育ての方が効果は高い。
 この調査結果は、子育て方法に悩む親たちには少なからずインパクトのあるものだろう。
 親子で時間を共有しながら信頼関係を構築し、こどもを見守りながら自立を促す。
 まさに、言うは易く行うは難しだが、具体的にはどのようなことを心がければよいのだろうか。
 西村特命教授は、次のようにアドバイスをする。
 どんなことでも、まずは、子どもにやらせてみることです。
 もちろん、危険があれば止めさせ、時には叱ることも必要ですが、基本的には挑戦するこどもの姿を見守りましょう。
 例えていえば、子どもと一緒に歩くときには、子どもを先に歩かせて、自分はそのすぐ後について行くようなもので、常に見守っていれば、危ない時には制止できます。
 また、子どもと勉強をするときには、まずはこどもに考えさせ、やらせてみます。
 そして、もし間違えたら、どうして間違いなのかを教えてあげましょう。
 ちなみに、歩くときに、子どもがついてくるかをいつも気にしている親、勉強するときに、親が先に解いてみせ、似た問題をこどもに解かせる親は、厳格型とのこと。
 親としての自分の行動を、一度振り返ってみてはいかがだろうか。
(西村和雄:1946年北海道生まれ、日本の経済学者。京都大学名誉教授、日本学士院会員。日本経済学教育協会会長、専門は数理経済学、複雑系経済学)

 

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子どもだけでなく、大人のほうもイライラし、キレる人が増えている、どうすれば防げるのでしょうか

 前橋 明(早稲田大学)教授は、子どもの疲労と体温・運動,乳幼児の生活リズム等について研究している。前橋教授は、次のように述べています。
 確かにキレやすくなっているように思います。
 子どもだけでなく、大人のほうもイライラしている人が増えて、簡単にキレて、犯罪に結びつくことも多くなったと思いますね。
 その原因というのは、いろいろ考えられるんですけれども、現代の生活リズムというものが、人間が本来持っている体のリズムと合わなくなってきている。
 そして、その歪みがいろいろな問題を引き起こしていると思っています。
 生活リズムの乱れが、キレる子どもや大人をつくります。
 動物というのは、太陽が昇ったら起きて活動して、日が沈んだら眠るというふうになっている。
 昼も夜もない社会になって、体の方の対応が追いつかなくなっているんですね。そのために睡眠のリズムが狂わされている。
 それから、便利になって体を使わないで済む社会になってきましたから、体にストレスがたまりやすい状況になっているのです。
 運動不足というのも、快い睡眠を妨げて不眠を招くようになります。
 食生活の方も、現代の飽食によって肥満を招き、糖尿病などの生活習慣病を生む原因にもなっています。
 つまり、キレやすい人間を生む現代の生活リズムというのは、まず「遅寝」なんですね。
「短時間睡眠」、それから「朝食の欠食」と「食事内容の悪さ」、こういったものが引き金になっています。
「早めの就寝」と「十分な睡眠時間」の確保、そして「朝食」をしっかり食べて、朝の快いスタートを心がけることが大事だと考えています。
 子どもの寝る時間が短くなっています。
 例えば、小学校に入る前の5歳くらいの幼児ですが、かつて午後8時には寝て、朝の6時には自然に起きていました。
 今は、夜10時を過ぎて寝る子が4割もいるんですね。幼児の頃から「遅寝・遅起」の習慣がついてしまっています。
 睡眠の問題が、体温とも関係してくる。
 通常、一番体温が高いのは午後3時過ぎで、非常に活動力旺盛なときです。
 ところが、遅寝・遅起の子どもは、その「体温のリズムが後ろにずれてくる」わけです。
 朝は眠っている時の低い体温で起こされることになります。機嫌は悪いですし、イライラしてきます。
 そうなってくると、学校に行こうと思っても、朝、起きれない。
 学校に行けないという状況で、不登校にも結びついたりすることも多いですね。
 体温リズムを整えて、イライラを防止しましょう。
 食生活も大事ということです。
 キレる子、イライラする子、疲れやすい子、そういう子どもたちに共通した特徴なんですけれども「食生活が乱れている」ということですね。
 こうした子どもというのは、1日のスタートの「朝食をとっていない」ということがあります。
 私の調査では、幼児の約15%が欠食しています。
 一方で、85%の子どもたちは、毎日朝ごはんを食べているかというとそうではないようです。
 うんちの状況を見てみますと、朝うんちをしているのは2割程度しかいないんですね。
 食べても菓子パン程度の朝食のようです。
 それでは、うんちの重さや体積といったものは作れないですから、排便にはなかなか至らないのです。
 朝って慌しいかもしれませんけども、食事というのは体のためにも大事です。
 食事というのは栄養素の補給という点で、もちろん重要なんですけれども「家族のコミュニケーションを図る」絶好の機会なんですね。
 心の栄養補給もしてくれるわけです。食という字は、「人に良い」と書きますよね。
 人を良くすることを育む貴重な機会なんですね。
 それから、食の場面でも、朝食をとらず、夜は一人で簡単な食事で済ます孤独な食事をしている「孤食」。
 家族一人ひとりが自分の好きなものばかりを食べて、勝手な食事をする「個食」など。
 そういったものが「子どもたちの心の居場所をなくし」て、ささいなことでキレて心を乱す子どもを作り出しているんではないかなと思っています。
「一家団欒のある食卓」がキレる子どもをつくらない。
 キレる子どもと運動について考えてみます。
 最近は場所もないせいか、外で遊ぶという子どもも減りましたよね。
 遊びという「空間」「仲間」「時間という3つの「間」が、子どもの遊びの世界から、かなり減っているように思っています。
 遊びの減少が進むにしたがって、気になるのは子どもたちの大脳、つまり理性をコントロールし社会性を育てて、高いレベルの心をつくるという、脳の前頭葉の働きが弱くなっているということなんです。
 遊びのための3つの「間」がなくなると、頭の働きも悪くなる。
 たとえば、鬼ごっこで、友達から追いかけられて必死で逃げ、対応策を考えて試みたりしますよね。
 そういう時に、子どもたちの交感神経は高まっていくんです。
 そういう体験こそが、大脳の中にフィードバックされていって、脳の働きや活動水準をより高めて、思いやりの心や、将来展望の持てる人間らしさが育っていくんです。
 遊びとしては「体を使った遊び」がいいと思うんですよね。
 生きる力の土台となる自律神経を育てて、大脳の活動水準を高める「戸外での遊び」ですね。
 鬼ごっこやかくれんぼ等の遊びがありますけれども、これは、安全な緊急事態が備わっている、ワクワクドキドキする運動遊びなんですね。
 こういった心臓がドキドキして汗をかく、友達とかかわる、戸外での運動ということがとてもいい遊びだと考えています。
 友だちと外で遊ぶことが人間らしさを育てます。
 前橋教授は、大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を積極的に行っている。
 先生は「親と子が、いっしょに体を動かすことを続ければ、子どもたちは、夜は早い時間からぐっすり眠り、朝はおなかがすいて食事をしっかりとるようになるので、生活リズムを正しくたもつことができ、低体温などにならないためにも有効」とおっしゃいます。
 体操は道具も広い場所も必要なく、ちょっとしたスペースでお互いの体重を貸し借りして行います。
 なんといってもお父さんやお母さんが自分のために遊んでくれるという、子どもを楽しい気持ちにさせるコミュニケーションの機会にもなります。
 今の日本の子どもが抱えている学力低下、体力低下、心の問題といった様々な問題を解決・予防する方法のひとつとして、小さい頃からのふれあい体操が位置づけられるのではないかと考えています。
 親と一緒に体操する子どもは、心の居場所もあるし、体を動かすことで体力づくり、また想像力の育成にもつながると思います。
(前橋 明:早稲田大学人間科学部教授。大学で教鞭をとるかたわら「ふれあい体操」を全国に広げる活動を行っている。日本幼児体育学会会長、日本幼少児健康教育学会副会長)

 

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甘やかされて育った子ども、愛情がなく、殴られて育った子どもは、どのような子になるか

 子どもをふつう以上に甘やかして育てた場合、暴力を生む母体にもなるのです。
 甘やかされるというのは、本来その子どもが自分でやるべきことを大人がすべて手伝ってやってしまう。
 子どもの判断でなく、大人が判断してやってしまう。
 したがって、歳相応の判断力がついていないのです。
 子どもが欲しいといえば、なんでも要求に応じて、買い与える。
 つまり、子ども自身が幼児期から、自分の手・足・体などを使って、成長のための自然な日常生活をしていない。
 自分の力を発揮した、経験が少ないのです。
 甘やかされて育ち、勉強でも体育的なことでも自己主張できないとき、強いものの形をかりてツッパリで自分を主張しようとします。
 そのような甘やかした育てかたをすることで、子ども自身の判断力や研究心が育たないと同時に、自分でものごとに挑戦をしてみる気力もなくなってしまうのです。
 いろんなことを判断する習慣を自分の経験として、少ししか持っていないのです。
 したがって、子どもの判断力は幼児的です。
 感覚や感情が育っていないので、思いがけずに大きな犯罪的なことを起こすことになります。
 お母さんが、うちの子どもは気が弱いからとか、うちの子は他人に引きずられやすいなどと、いう子どもたちは、子どもが自分でするべき生活をいつもお母さんが手伝ってやってしまう、甘やかして育てたせいです。
 小さいときから自分で判断する習慣の中で育てられた子どもは、一時的に迷うことがあっても、最終的には、自分の判断力で立ち直ることのできる子どもに育っていくものです。
 幼児期には、そのときどきにふさわしい自分の意志で決めた行動をさせて、判断を任せることが大切です。
 そうすることによって、子どもなりに自分の心で損得の確認をします。
 その体験をずっと続けないと、普通の感情を持った大人に成長できないのです。
 つまり、子どもの発達段階に応じて、自分のしたことへ責任を持つことを知るようになるのです。
 それをとかく親はやらせない。
 子どもが自分の手を使ってするべきことを、親のほうでやってやり、それが親の愛情だと考えちがいをしています。
 自分で責任を持たせないから、どんなときに、どんな我慢をすればよいか、感覚的に理解することができなくなってしまっているのです。
 だから子どもなりの我慢が身につかないまま大人になってしまう。
 倒れたら自分で起きあがるような、自分に責任を持った生きざまを、親は子どもにやらせなければならない。
 不登校の子どもの親と話し合って感じることは、親が甘いというか、子どものいいぶんだけを聞く、親自身の弱さがめだつことです。
 子どもが不登校になる一つの原因は、親が子どもの行動を管理することにあるのです。
 行動のみならず、子どもの心までも管理してしまっては、子ども自身の判断力がなくなってしまうのも当然といえます。
 子どもにすれば自分の判断ではないので、自分の失敗は当然、親のせいにします。
 子どもは親を困らすことで、ふだん管理されていることへ、復讐しようとする。
 その手段で一番てっとり早く、効果のあるのは不登校というわけです。
 子どもの自由な心を縛って親の思うような方向へと子どもを管理しても、子どもは納得していません。
 そこで、子どもが思春期を迎え、自我が芽生えると、親との戦いがはじまるのです。
 毎日の生活で、愛情がないと子どもの心は横道にそれやすい。
 非行の子どもの小学生時代のことなど調べますと、必ずといってよいほど家庭が不安定なんです。
 子どもが非行に走るには、周囲にいる大人に対して、非常な不信感を持つようなことが、過去に何回もあり、それも1年や2年のことではなく、長いあいだの積み重なりです。
 それだけに、思春期になってから直そうとすれば、大変な時間と犠牲が必要なのです。
 ある場合には、命にさえかかわってしまうこともあるのです。
 大部分の大人は、子どもが、自分たち大人を、小さくしたような人間であることを望んでいるのです。
 絵でいえば、親は自分の子どもが、大人の描くような上手な絵を描くようになることを望んでいる。
 いい絵というのは、その子ども独特の、技術、方法があり、工夫があると思います。
 自分で工夫して描いてみてはじめて、こうやればうまくいくんだなあ、という発見や、自分が塗る一色一色に、手応えや感動があることを、見つけているのです。
 それでこそ、子どもが一生懸命になれるし、絵を描くことが面白くなるといういい循環になってくる。
 こうした心の動きによって描かれたものが、いい絵といえるのです。
 大人を小さくしたのが子どもである、というのは間違いである。
 ということは、誰でも知っていることです。
 子どもは自分自身の生活体験の中から発見して、いろいろなことをやっている。子どもは大人とちがった感覚を持って生活し、工夫しているのです。
 絵を描く場合も、大人の描く絵とはちがう、ということをはっきり認めてやるべきなのです。
 子どもは子どもであって、大人のミニチュアではないんです。
 どんな子どもでも、必ずといっていいくらいに、問題を持っているものです。
 ほとんどの子どもは、どこか少しは曲がっている。
 けれども、みんな自分と戦っているのです。
 たとえば、ある小学生の子どもがスーパーで万引きしてしまった。
 それはそのときの家庭環境を含めて、子どもの精神状態が、なにかを持ってこざるをえない状態だったからです。
 子どもの心にも耐え切れない、ひどい環境に追い込まれているので、非行的なことまでしなければ心の健康を取り戻すことができない。だからやるんです。
 毎日の生活の中で、親からの愛、先生からの愛、友だちとのあいだの友情が十分でないと、子どもの心は横道にそれやすいのです。
 親に殴られて育った子どもは、将来他人を殴るようになりますし、弱い者いじめをやるようになります。
 親が子どもを殴ることによって、その恐怖で子どもを育てようとすれば、彼は自分より弱い対象を見つけて、自分が受けた圧力を発散させようとします。
 こうして、いじめられた子どもが、こんどは自分の番がくれば、弱い者を目標にしていじめ返す。
 自分が殴られた恐怖によって生まれた憎しみを我慢する知的な力があれば、他人をいじめることを抑えられます。
 ところが、殴られて育った子どもは感情が幼児的なので、知的な我慢をすることができない弱さがあるのです。
(高森 俊:1932年千葉県生まれ、1952年創造美術教育協会に入会。ホーマレイン「親と教師に語る」により子どもの心理を学ぶ。中学校の美術教師となり、幼児から大人までの絵にあらわれる心の研究を続ける。1993年退職。講演活動、子どもの絵を見ながらの子育て相談、著作活動などを続ける。児童美術教育研究所「小さな原始人」主宰)

 

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思春期の子ども(小学校高学年)は、どのような点に配慮して子育てすればよいのでしょうか

 小学校高学年になると、思春期に向かい、親から離れて自分の人生を歩み始めます。
 この時期の子育ての指針は「自分の考えで行動でき」「目標を自分で選択し」「仲間のなかで自分を表現していける」子どもを育てるという3つがあります。
 だから、これからは一方的に知識を詰め込むのではなく、どうしてそうなるのか、リサーチする学習が大切になります。
 この時期に伝えたいのは、人間のすごさです。
 職人さんのワザを見せたり、仕事への思いを聞いたりして、人間にとって仕事とは何なのかを考えさせたいのです。
 その人の素敵さを感じることで、自分はどう生きるべきかと、そこに自分の身を置いて考えるようになります。
 これまで外の世界に向いていた目が、自分の内側に向くようになると、なりたい自分と今の自分とのギャップに気づき、コンプレックスを抱くようになります。
 そのなかで自分を支えてくれるのは「今のままのあなたでいい」と言ってくれる人の存在です。
「ゆっくりでいいからやっていこう」と応援し、「できた」実感を積み重ねていくことが、自己肯定感を育てます。
 からだが変化する思春期の時期に、人間のからだを知ることです。
 早く成長する子は早いことに、遅い子は遅いことに悩みます。
 この時期に、どうやって人間は命をつないできたのかを知ることで、子どもたちは、人間の神秘やすごさを知り、自分のからだに起こる変化を、肯定的にとらえることができるようになります。
 思春期に入り、まわりの大人の生き方に共感や反発を感じ始めます。
 子どもは大人を客観的に観察し、大人の権威を押しつけられることを嫌います。
 この時期の子どもは、純粋なほんもの志向です。ほんものに出合ったときの子どもの受けとめ方の深さには、すばらしいものがあります。
 自分のなかに起こっている、からだや心の変化をもてあまし、イライラして、暴言や暴力などの行動を起こしてしまうこともあります。
 このとき、親が理路整然と言い聞かせようとするよりも、自分の感情で、正面から子どもにぶつかっていいと思います。
 たとえば「今、こういう状態になっているあなたが悲しい、親として手を差し伸べられないことが悲しい・・・」と、本音でぶつかりながら、分かり合っていくほかありません。
 性教育は、きちんと説明するより、おおらかに接するのが正解です。親から子どもにきちんと説明する、というのはなかなか難しい。
 子どももそれを望んでいないことも多いもの。人間の成長や生命につながっていくしくみをきちんと扱った本を、子どもの目に触れるところに置いておく、テレビをみているときなどにさりげなく話題にする、というようにおおらかに接していきましょう。
 子どもたちには、「読書」を強くおすすめします。この時期の子どもには、人間の奥深さを学んでほしいと思っています。
 ずるさや弱さ、情けなさをも含んだ、人間の“味”が読みとれる作品にめぐりあってほしい時期でもあります。
 小学校高学年ともなると、思春期の第二次性徴の時期となり、多感で不安定になります。女の子は、初潮にともなう感情の起伏があり、男の子にも、精通にともなうモヤモヤ感で悩んでいる子がけっこういます。突然カーッとなる子どもの多くが、自分の感情をどう処理してよいか分からず、悩んでいるのです。
 思春期の感情の揺れや、それによるトラブルは、大人になる過程で必要なことなので、過剰に反応しすぎないほうがよいのですが、足元をしっかり支えてあげる姿勢は大切です。
 基本的には、まず生活を整えることです。朝きちんと起きること、夜しっかり寝ること、バランスのよい食事をとること。このように、ふつうの生活をていねいに送ることで、時間が解決していくこともあります。
 そのあいだは、親がいつでも子どもに対して「開いた」状態でいることが大切です。よくないのは、子どもに無関心なこと、逐一、聞き出そうとすることです。
 子どもをつらくさせます。「言いたくないなら、今は言わなくていい。でも、あなたに何かあったことには気づいているし、いつでもあなたの助けになりたい」というメッセージを伝え続けてください。
 最近は、子どもがほけんの先生に相談することが増えています。保健室は、小さなカウンセリングの場です。「ほけんの先生」(養護教諭)だからこそ言って相談できる、という子どももいます。
 ですから、心や身体のことで、誰に相談していいか分からない場合は、ほけんの先生に相談することで、お母さんの感じていた悩みと結びついて、解決に向かっていけることもあります。
 また、不安やストレスを抱えている子どもにはホッとする場所でもあります。
 高学年の子どもは、自分の身体の変化に興味と不安を持っています。子どもの性に関することは親として説明するのが難しいこともあります。
 そこで、親が「お母さんにはじょうずに説明できないけれど、学校で、ほけんの先生が教えてくれるから、聞いておいで」と言ってもよいでしょう。
(黒笹慈幾 1950年生まれ、元小学館 家庭教育雑誌『エデュー』の編集長)

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親がわが子を勉強好きにし、学力を身につけさせたいと願うとき、どのように働きかければよいか

 私の実感では、子どもたちの勉強や学力における家庭の影響は圧倒的である。
 勉強や学力の樹の根っこを育んでいく最初の場が家庭だからである。
 したがって、子どもたちに勉強する習慣や学力を身につけさせたいと願うなら、まず家庭教育を点検しなければならない。
 家庭が、子どもたちの学習活動を促進し、着実な学習態度を育成するような環境になっているかどうかということである。
 その際に強調しておきたいのは、親の意図的な働きかけを通じてというよりも、ある環境のなかで子どもが「自ずと」学びとっていくという性格がつよいもの、ということである。
 たとえば、伝統芸能の世界では、師匠である親が「やれ! なれ」と言うからでは決してない。
 家のなかや周囲の環境全体が子どもを跡取りにしようという形になっており、そのなかで本人が時間をかけて必要な能力や意志を育んでいくからである。
 子どもは、親が「言ったように」ではなく「したよう」になっていくものである。
 私は、勉強や学力形成についても、基本的に次のように同じことが言えると思う。
(1)子どもが家で勉強できるような環境をつくっておかなければならない。
 たとえば、家に帰ったら一日中テレビがついているような家庭では、子どもは落ち着いて宿題などができるわけがない。
 一日一時間は机につく、その間はテレビを消しておくといった環境づくりを、親は心がけなければならない。
(2)親が自分の勉強をする姿を子どもに見せるというのも効果的だろう。
 本を読むことでもよいし、趣味に打ち込むことでもいい。
「お父さん、お母さんは、一生懸命やっている!」という感覚を子どもに持たせることが重要である。
 子どもが、そうした周囲の大人の姿を見て、それを真似ようとする過程を通じて、子どもたちは学習しようと方向付ける性向を自分の体のなかに形成していくのである。
(3)親が子どもと「一緒に勉強する」という機会をつくることができれば、よりよいであろう。
 たとえば、学校の宿題を一緒にすることなどは比較的簡単に実行できる。小学校の三・四年ぐらいまでであれば可能である。
 子どもの勉強を一緒に見てやり、ともに喜んだり楽しんだりすることができる親の存在は、子どもの、学習に対する動機づけを大いに高め、学力形成に積極的なインパクトを与えることができるだろう。
(4)基本的生活習慣を整える
 「朝ご飯をしっかりと食べれば、学力がアップする」ということが言われているが、私たちの調査からも、ある程度うらづけられる。
 その他にも、朝決まった時間に起きる、テレビやゲームをする時間を範囲内におさめる、宿題をやる、翌日の学校の準備をしておく、などができている子の学力は統計的に高くなっている。
 ポイントは、生活のさまざまなことを自分で律することができているかどうかである。
(5)親子の言葉のコミュニケーションをできるかぎり密に行う工夫をする
 テレビ番組や、本の内容、学校であったことの会話を頻繁に持ちたい。
 子どもを叱るときも、申し開きの機会を与え、親が叱る理由を子どもに納得させるようにしたい。
 子どもが、自分の気持ちを的確に伝えることもできるし、相手の行動や意見を適切に理解することができるという感覚を持つようになれば、しめたものである。
(6)文字との接触の機会をたくさん持たせる
 学校は文字文化が支配する場所であり、勉強の基礎に「読み書き」がある。
 本好きな子どもに育てることができれば、勝負は決まったようなものである。
 折を見て、一緒に絵本や本を読んであげたい。一緒に宿題をしてやることも有効である。
 親が「勉強しなさい」と繰り返すだけでは絶対ダメである。それは、子どもの反発心を招いて、かえって逆効果になることの方が多いだろう。
(志水宏吉:1959年兵庫県生まれ、大阪大学人間科学研究科教授。専門は教育社会学・学校臨床学)

 

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