カテゴリー「子育て・家庭教育」の記事

子どもを育てるときの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは何でしょうか

 私は長い警察官生活の中で、道を踏み外した子ども、そしてその子を育てた親と接し、たくさんの話を聞きました。
 話を聞くと、一緒に住んでいるのに気持ちはすれ違い、かみ合ってないことや、お母さんが子どものために良かれと思っていたことが、子どものためになっていないことなど、家庭でさまざまな問題を抱かえていたことが分かってきます。
 子どもたちに不幸を生まないためには、子どもの頃からしっかりと、しつけを行うことが必要なのです。
 子育てにおいて愛情が基本なのは当然のことです。しかし、愛情に溺れず、どこかで冷静に距離をおいて子どもに接するのが親の役目なのです。
 叱るときも、本気で叱りながらも、怒りをぶつけてはいけません。あくまで親という役割の必要性からそうしているのです。
 子育ては、時代が変わっても押さえるべき「子育ての鉄則」は変わりません。私の長年の経験から確信をもって言えることです。やろうと思えば誰にでもできることです。
 子どもを育てるとき、子どもの「ほめ方」「叱り方」の鉄則とは
(1)
かわいがることと溺愛は大違い
 かわいがられたことのない子は、よい子に育ちません。しかし、溺愛ほど有害なものはありません。溺愛だけで「しつけ」のない親があまりにも多い。
 今の親は甘やかす傾向が強く、必要以上に子どもに迎合する親や「友だち親子」になっていて、叱らなければならない時に、それができず、むやみにかわいがってばかりいる親が多いのが懸念されます。
 子どもに甘く、子どもの要求をやたらに受け入れる親は、理解のある親だと思われたいのでしょうが、とんでもないことです。
 子どもが転んだら手を貸して起こしてやるといった子育ては避けるべきです。親が先回りしてやってしまうと、何かに耐えたり、我慢したりする、生きていく上で大切な力が子どもの身につかないのです。
 自分で立つことを学ばせることはとても大事なことです。それが「しつけ」であり教育なのです。
 子どもがキレて、わめくと「ああ、分かった、やってあげるからね」と助けてしまう。すると、子どもは駄々をこねれば何でも通るということを覚えてしまうのです。
 そんな子に育っていくのが最も恐ろしい。やがて親にとっていちばん苦労する子になってしまうのです。
(2)
叱ることを恐れない
 まるで腫れ物にさわるかのように子どもに接している親がいます。これが一番よくないと私は言っています。必要以上に子どもの機嫌をとってはいけないのです。
 叱るということを、あまり恐れてはいけません。叱り方さえ間違えなければ、子どもは親から離れることはありません。
 親は子どもに「間違ったことをしたら叱られる」のだということを教えるべきです。子どもは世の中のことを知りません。間違ったことをやって当たり前です。
 叱るべき時は厳しく叱る。そのかわりよいことをしたら、とことんほめる。抱きしめてほめてあげてください。その時に、親と子の結びつきができるのです。「叱る」「ほめる」という行為は、そういう意味でも大事なことなのです。
 気をつけることは、叱るときに感情的になると「怒る」ことになります。その分だけ愛情が抜けてしまうのです。子育てにおいて、感情と愛情はなかなか同居しにくいものなのです。そのことを忘れないでください。
 叱る時には、絶対に人の前で叱ってはいけません。子どものプライドを軽視してはいけません。ほかの子と比較はしない。自尊心を傷つけます。
 叱るときは肌を接して叱ってほしい。特に厳しく叱る時は、必ず子どものどこか(手を握るとか、頭に手を乗せるとか、肩を組むなど)に触っていてください。親が考えている以上に、子どもは孤独感と恐怖感を覚えるのです。
 叱ったあと、後味の悪さを引きずったままでは、親子の関係が離れ、やがて結べない距離になってしまいます。「きつく叱ったな」と思ったら、必ず「なり直し」(フォロー)をやってあげる。
「ね、分かった? お母さんの言うこと」「うん」などと、気持ちを寄せ合って、子どもが不安を引きずらないようにしましょう。
 毎日の子どもとの触れ合いの中で「叱る」より「小言」が多すぎると、子どもも「またか」と、うんざりするだけで、言うことを聞こうという気持ちにはなりません。
 これは、子どもに近づきすぎていることが原因です。子どもとの距離を少しとって口を出したいと思っても、子どもを信じて黙って見守ってみてください。
 自分で問題を解決することにより、子どもはものごとの処理能力を身につけた大人へと成長していけるのです。
(3)
子育ての責任者は親である
 何のために子どもをしつけるのでしょう。子育ての目的は、社会生活をするために必要なルール、作法や物事の善悪を判断する力を身につけさせること。
 そして、この子育ての責任は親にあることをよく自覚していただきたいのです。このことが分からず、他人や学校に文句ばかり言う親がいますが、子育ての責任はあくまで親だということを忘れないでほしい。
(4)
まずは、さきに「ほめる」
 
「ほめて」よいところを伸ばしていけば、やがて黙っていても悪いところは立ち枯れるものです。「よくがんばったね」と、よくできたところをほめた方が効果的です。
 ほめて自信をつけさせて「やればできるのだ」と暗示をかけて育てる方が大事ではないかと思うのです。やがて、この暗示が本物になるのです。
 
「あなたのいけないところはこれ、早く直しなさい」と、先に悪い点を言う親が非常に多い。そうではなく「今日はよいこと一杯できたね。明日はここをがんばろうね」と、よいところを指摘しながら励ますようにします。
(
星 幸広:1944年生まれ、千葉県警察官、千葉県鉄道警察隊長、警察庁警備局、千葉県少年課長、 千葉県警察署長、地域部参事官等を歴任し、千葉大学ジェネラル・サポーター。「子育て、しつけ」や「学校危機管理」に関する講演を全国的に展開 している)

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わが子が四月に、はずれ先生にあったとき、保護者はどうすればよいでしょうか

 四月は喜びと失望の季節です。この世に先生という職業があるかぎり、はずれの先生にあたる確率は必ずあります。変な先生にあたったら大変と思いますよね。
 はずれの先生にあたれば、はずれた事実は変えようがありません。だから、これをどう親が受け止めるかが解決の近道です。
 ある親子は、子どもが親に先生の悪口を言うので親も一緒になって悪口を言っていました。別の親子の親は先生のことを「怖いけど、ベテランで、よく指導してくれている」と思っていました。一年後、親が子どもの前で先生の悪口ばかりを言っていた子どもは伸び悩んでしまった。
 このような話はいっぱいあるのです。じつは親の対応、先生とのつきあい方ひとつで、子どももガラリと変わります。子どもは親の影響をそのまま受けます。わが子の大事な一年を無駄にしないためにも、ぜひ「先生」とのつきあい方を知っていただきたいと思います。
 はずれてしまった子どものために、具体的にどう対応すればよいのでしょうか。
(1)
子どもが先生と相性が悪いとき
 子どもが先生と気が合わなかったら、本当に困ってしまいます。相性の悪い先生へは「どうもうちの子、先生にほめられると、うれしいみたいです。先生のこと好きみたいです」と、言いたくなくても、声に出してみましょう。
 最近の先生はすぐ先生のせいにされることが多く、ほめられたり、みとめられたりすることが少ない。人は皆、認めてもらいたがっています。きっとあなたを見る目が変わるはずです。
(2)
新任の先生
 新任で目が泳いでいかにも自信なさそう。「未熟者ですが」となんて言われたら「うちの子が犠牲になるのなんて」と思ってしまいます。
 新任の先生は、先生になりたくて念願の教師になったのですから、熱意があり何ごとにも一生懸命です。喜んで実験台になりましょう。若い先生を育てるんだと応援しましょう。親が温かな目で担任を見ていると、子どもも先生が好きになり、きっとうまくいきます。
(3)
めだつ子どもだけを相手にする
 
「えこひき」している意識が先生にはありませんが、「はい、はい」と目立っている子を指名したり、問題行動する子を相手にしています。おとなしい子は忘れ去られています。
 先生の意識を子どもたち全員に向けるように、保護者から働きかけるようにします。「おとなしい子も、かまってもらいたいと思っています」と率直に伝えましょう。
 
教師は気を引く行為をする子に対しては無視するようにします。かまってもらえなくなったという体験をさせることが必要です。態度が悪いと叱るばかりでなく、できたことをほめることで望ましい行為を強化できる先生は、はずれではありません。
(4)
子どもの人格を否定する
 行動だけを叱ればいいのに「鉛筆を忘れるなんてダメな子ね。いったい何をしに学校に来ているの」と、人間、丸ごと否定します。これでは、子どものプライドはズタズタです
 先生を教育するつもりで、先生の前で保護者が手本になり「鉛筆忘れたら、自分が困るよね。明日からは気をつけようね」と、大きな声で見本を見せるつもりで言いましょう。
(5)
謙虚すぎ腰が低すぎる
 自信なさげな先生の心の隅には「優しい先生と思われたい。子どもに嫌われたくない」「子どもを叱って、マイナスの評価をされたらどうしよう」「保護者の信頼を失いたくない」という気持ちがあります。
 一人で言うのではなく、保護者会で「先生はとても優しく穏やかで、私たち親も喜んでいます」と、まず先生を評価しましょう。
 そして「もう少し厳しくしてくださるとうれしいです。授業態度が悪いときは、どんどん叱ってください。親はそれを望んでいます」と、大勢の意見として伝えましょう。後押しされると先生は少しずつ変わります。
 保護者も家庭内での今までのしつけを反省する姿勢も大切ではないでしょうか。
(6)
単なる子ども好き
 愛にあふれている先生に対しては、我慢させたり、厳しいことを言って子どもを育て、自立させる使命を負っていると自覚してらうことが大切です。厳しさも成長につながることを伝えましょう。
(7)
お友だち先生
 言葉づかいも態度もお友だち感覚。先生自信もフレンドリーと錯覚していて自分が先生らしくないことに気づいていません。最初は親しみやすい先生として人気が出ますが、一時的なこと。だんだんクラスがまとまらず、学級崩壊の道へまっしぐら。
 友だち同士のなれあい感覚は、信頼関係ができ、良いクラス運営ができるという間違った思い込みを覆してあげましょう。
 「先生、子どもが泣いてもいいので、授業態度が悪いときは厳しくしつけてくださってかまいません」と威厳をもって、けじめをつけて接してほしいことをしっかり伝えましょう。
 教師は、保護者望みとは逆行していた自分のやり方にハタと気づかされます。そして、人生の師として時には優しく、時には厳しくできる先生に育っていくことでしょう。
(
立石美津子:1961年大阪市生まれ、石井勲氏のもと、幼稚園・保育園に漢字教育を普及する。パワーキッズ(教室名 エンピツらんど)を創業し、幼児教室を経営。著者、講演家として活動)

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子どもを良くするのも悪くするのも親しだい、親が変わると子どもも変わる

「子どもは親しだい」といわれる。問題行動を起こす子どもたち、親に手をあげる子どもたち、そうなった原因は全てといっていいぐらい親にある。親の教育が行き届かなかったから道をはずしてしまったのである。
 親は子どもに対して思いやりを十分持って接し、そこに愛情があったのだろうか? 愛情が足りないと、厳しくされた子どもは心を閉ざしてしまう。お金やものをあげることが親の愛情のつもりでも、子どもにさみしい思いをさせてしまっている場合がある。
 子どもが家の中で暴れまわるのは親に対する復習である。子どもがしたいことをしているのではなく親が困ることをしているに過ぎないのだ。子どもは親をよく見ていて、何をすれば親が一番困るかということはよくわかっているのだ。
 私に相談に来る親が、自分が間違って育ててしまったことに対して、素直に認める人間になることが第一だ。
 きつい言い方かもしれないが、親が施した子どもの教育が間違っていたと認識しなくてはならない。そうでないと今後も同じことが繰り返されていってしまう。認めさえすれば再度スタートラインに立ち、違った気持ちで子どもと接点を持つことができる。
 簡単に言えば、親が反省するということである。とても重い意味を持つ言葉である。素直に認めず「私は悪くない」と他人のせいにしていれば、いつまでたっても子どもの本心は見えない。
 親の気持ちが子どもに通じて初めて子どもに変化が現われるのだから、親がまず考え方を変えなければならない。子どもを何とかしよう、何とかして立ち直らせようと思ったときからよくなる可能性はいくらでも出てくるのである。
「お父さん、お母さん、しっかりしろ」と言いたい。親の気持ち、考え方、対応の仕方で子どもは立ち直るのである。子どものちょっとした変化に気づいたとき、ちゃんと向き合って話をすればいいのだ。
 子どもと真剣に向き合うために親は自分を変えよう。親の性格は変えられないが、親の生活だったら変えられる。親が生活で怠っていることに厳しさを持って徹底して改善することである。そうすれば子どもに変化が見られるようになるはずだ。子どもは親の変化を肌で感じるもので、ちょっとしたことが立ち直るきっかけになるものだ。
 子どもがこうならないと世間に恥ずかしいとか親が困るというプライドをもっているなら捨てなさい。親の生き方と子どもの生き方は違って当然、その子どもにあった生き方がある。それを親の望む方向に無理に進めようとしたりするのは親のエゴである。
 子どもにとって頼りになるのは親しかいない。その親がしっかりしないことにはどうにもならない。親が子どもとどう向き合い、どう接していくかによって、その子どもの人生が決まってくるといっても過言ではない。子どもは親の良い面も悪い面も真似ることからスタートする。だから親としては悪い面があれば正さなければならない。
 子どもがわかろうとしない、聴く耳をもたないことを教えるには、まず子どもが素直に聴くことができ、共感がもてる話から始めること。絶対にあせってはいけない。私が見ていると親は回り道をすることが嫌いで直接的にしか言わない。それは改めるべきである。
 私は社会常識の話を子どもにしている。手を変え、品を変え、同じことを同じ話だと思われないように一生懸命考えて、子どもたちが飽きないように話をしている。
 子どもは誰かが手を打たなければ良くならない。「いつか良くなるだろう」というのは通用しない。私のところに相談にくる親の多くは「まだ大丈夫、もう少し様子を見よう」と甘く考えて時が過ぎてしまって、にっちもさっちもいかない状態になってからくる。
 脱線した子どもは親に対して「こうなったのはお前のせい」という決まり文句を言う。子どもはこういう自分に作り上げられてしまったことに対する仕返しが、この言葉によく現われている。
 何もせず迷っているだけでは、親はマイナス思考になってしまう。手をこまねいているうちに問題が複雑になり、子どもをダメにしてしまう。他人に相談するのが恥ずかしいと思わず、早く相談すべきである。
 だから親が気がついた時点で、親の責任であることを認識し、解決策を練り、一歩でも明るい方向に向かうよう全力投球しなければならない。自分でどうしていいかわからなければ、知人なり専門家に相談して、前に進む体制をとってもらいたい。私たちができるのは立ち直るきっかけを与えることである。やるのは子ども自身なのだ。
 今の子どもは外面がよく、家の中ではメチャクチャをやっているという特徴がある。家庭内暴力だけ直したいのであれば、怖い人を連れてきて、「家庭内暴力をしたら、ぶっとばすぞ」と、脅せば、おとなしい子どもではあれば一発だ。
 家庭の中で子どもが暴れまくっていれば、まずそれを何とかしなければという願いはわかるのだが、それでは根本的に問題を解決することはできない。
 そういう表面的なものは、永遠に堂々巡りを繰り返すだけだ。親はまず表面的なものの見方をやめなさいと言いたい。親が子どもことよりも自分の身のことを心配しているから表面的なものしか見えてこないのである。
 このような子どもに世の中の常識を教えるには、子どもに社会に所属したいという希望を持たせることをまず始めにする。私はいつ死んでもいいという覚悟でやっている。今できることを精いっぱいやろうという常にプラス思考で考えている。
 親は自分のかわいい子どもなんだから、腹をくくりなさい。そうすれば必ず子どもの本質が見えてくる。
 私に相談に来る親は、自分の子どもが何を考えているかわからないと言って、何もしていない方が多い。私に言わせればただの言い訳にしか聞こえない。逆の発想をして、何かをすれば、その結果、そこから子どもが何を考えているのかが見えてくるということである。
 子どもがおかしくなってしまうと、親は全然ものが見えなくなってしまうものなのだ。最初は常識で判断しておかしいと思っていたことが、感覚がマヒしおかしくなってしまうのだ。常識で判断できる時点で対策を考えるようにするしかない。子どもに直接注意するのもいいし、他人に相談して何かいいヒントをもらって実行してみてもいい。問題が起きていないから、まだ大丈夫だと妥協することだけはやめなさい。
 私は言いたい。親の愛情不足になっている家庭が数多く存在する。今、自分の子どもは? と疑問を抱いたならば、遅くはない。親は子どもを生まれたばかりの赤ん坊のように接してあげなさい。幼いころ子どもを抱いてあげたように子どもに愛情を注いであげなさい。あなたの心を子どもに入れてあげるだけでよいのです。
 悪い部分を直すことより、愛情を注ぐことが先である。心が開いてから真の教育が始まるのである。今持っている全てを失うことになっても子どもに立ち直ってほしいと心底思える親になってほしい。
 立ち直る子どものほとんどの親が「子どもに立ち直ってほしい。そのためだったら、できることは何でもする」という強い信念を持っている。子どもを良くするのも悪くするのも親の気持ちしだいなのだ。
(
伴 茂樹:心理カウンセラー。不登校、引きこもり、家庭内暴力などを解決するために、全国から青少年を預かり、私塾を40年以上営む。教育の中にゴルフを取り入れるというユニークな方法で、立ち直らせた子どもは1000人以上という実績を持つ。青少年育成クラブで子供たちの教育指導を行っている。講演、TV出演多数)

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思春期の子どもの子育てのポイントとは

 思春期は子どもと親の葛藤が表面化します。子どもは理屈を並べて親に対抗してきます。手に負えないような子どもであればあるほど、親としては共存の道を探るしか方法はないように思います。
 思春期はつらさより楽しいことが大切です。それが苦難を乗り切ります。
 思春期の友だち関係はとてもデリケートです。少し仲がこじれたり、悪くなると何となく学校に行きづらくなるものです。それでも学校に行くのは、友だち関係を良くするために、かなりのエネルギーをさいているからです。
 子どもは子どもなりに一生懸命にやっているのです。ですからできるだけ、子どもが家に帰ってきたら、楽しいことをしていただきたい。これがストレスを取る薬です。楽しいことがあるから、つらいときに「生きていてよかった」と思えるのだと思います。
 親の笑顔が子どもを支えます。親の笑い顔でしあわせを感じたいのです。親に愛されていると実感すれば、子どもは前向きになれます。親が元気で人生は楽しいな、という生き方をしていると、子どももそうなるものです。
 どうすれば親が楽しくなるのか。それは「自分を好きになる」ことだと思います。なかなか自分を好きになるって難しいですね。ですから、「自分のいい所」を見つけることです。そうすると、自分っていいなと思えるようになります。そうすると、子どものことも可愛いと思えるようになります。子どもの欠点も可愛く思えるようになります。子どもも自分を解ってくれる人がいると、幸せに思えるようになっていくんですね。
 「今が楽しくない」と、ぜんぶが不幸に見えてしまうのです。今楽しく生きていれば、将来も十分望みが持てます。「家に安心して帰れる」子どもがこう思えば、たいていの問題は解決すると思います。
 人間関係は自分を知ってもらうことから始まります。人間関係の最初のつまずきは、相手に自分のことを伝えられないことから始まるのだと思います。うまくいかない人間関係で、一番苦しいのは「自分をわかってくれない」ということではないかと思います。
 わかってもらえるには、とにかく「自分は、こういう人間です」ということを相手に知らせなくてはいけません。これが意外とむつかしい。自分を知ってもらうために自己表現が必要です。
 カウンセリングでは自己表現のことをアサーションといいます。ある程度の訓練が必要です。それほどむずかしく考えるものではありません。言いたくても言えない気持ちを素直に出せるようにするには、とにかく最初のひと言を言わせてあげることです。
 そして、どんなひと言でも肯定してあげるのです。「そうだったの」「そんなふうに考えていたんだね」と。特に家のなかでは、そうありたいものです。とにかく言ってみるということを体験させてほしいのです。 
 親と子どもが会話する習慣をつけるには、親が子どもと会話をした後、「よかった」と思えるようにすることが大切です。そのために心がけてほしいことは、
(1)
無条件に子どもを肯定的に理解する
 子育てで最も大切で基本的なことは「子どもを無条件に肯定的に感心すること」です。これだけで子どもは育ちます。
 カウンセリングの理論に「いいところを活性化せよ。そうすればダメなところもよくなる」というのがあります。傷ついているところを治そうとしてみても、傷ついたところは痛い所です。どんどん痛くなります。苦しくなります。
 これは簡単そうですが、結構むつかしい。子どもがテストで悪い点をとったとき、親としては「一生懸命にやっていたね」と、一応認めてあげる。すると子どもは「うん、でもね」と本当の気持ちを語ってくれるでしょう。
 ところが、反対に否定すると、状況は一変します。「あんた、しっかりしなさいよ」と、母親から言われたら子どもは「なんだ、ばかやろう」と子どもは反発します。
(2)
自己一致
 自己一致とは首尾一貫した考え方と行動を指します。子どもの心は安定します。その対極は感情にふりまわされた言動です。その日の気分しだいで、怒ったり、やさしくなったりしたのでは、子どもたちも大変です。
(3)
共感的に理解する
 子どもの気持ちになって、一緒に「そう、そうね」と話をするということです。
 子どもたちが嫌がることは「親の気持ちの押しつけ」です。子どもは親が心配していることは知っています。だから、母親は自分の気持ちを「押しつける」必要はないのです。
「ふ~ん。そうなの」と、これだけで十分です。「気にしてるよ」ということをちょっと示すだけで大丈夫。それが共感的理解です。「教える」のではなく「育てる」ことです。それだけやっていれば、子どもは育つのです。
(
池田佳世:1938年東京都生まれ、臨床心理士。SCSカウンセリング研究所代表)

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自分をほめる「ほめ日記」を書くと、子育てが上手になり、あなた自身も育ちます

 昔から「子どもはほめて育てましょう」と言われていることは、だれでも知っています。でも「つい、子どものダメなところばかり見えて、なかなかほめられない」という人が多いのはなぜでしょうか。
 それは、あなた自身が「自分をほめていない」からなのです。自分のことを嫌いな人は、いつも自分の欠点に目を向けている場合が多い。自分のプラス面を見て、自分をほめると「嫌いな自分」が消えていきます。いつの間にか自分を好きになっていきます。
 自分をほめると自分が変わります。心が安定しておだやかになります。自分をほめる「ほめ日記」をつけてみましょう。その書き方は、ノートにその日の自分のプラス面を探して、ほめ言葉を手書きするようにします。当たり前と思うことも認めて、ほめることが大事です。
 その、ほめるポイントは、「内面や性格、行動や働き、感覚や感性、発想や考え方、努力のプロセス、体の働き、容姿、プラス変化」をほめましょう。
 ほめ言葉は「すばらしい、すてき、がんばってるね、すごーい、いい感じ、その調子、いい感性してる、ここまでできれば充分」などが考えられます。
 ほめ言葉を語尾につけてほめたあとに、他のプラス言葉をつけ加えると効果があがります。例えば、
「自分を励ます言葉がけ」(きっと私なら乗り越えられるよ、だいじょうぶ」
「自分を信じる気持ち」(私はまだ自分が知らない力を潜在させているんだ、信じようね)
「希望が実現できる言葉がけ」(すばらしい人生が実現するよ、必ず幸せになるよ)
「安心の言葉がけ」(精一杯やったんだから、いいことがあるよ)
「慰めの言葉がけ」(いつかわかってもらえるよ)
 「ほめ日記」は、ほめ言葉のエネルギーを自分に与えることに大きな意味があります。自分に語りかけるようにしましょう。自分にプラスイメージの言葉を多く使うようになると、自分のことがもっと好きになってきます。毎日書くとイメージトレーニングになるので、言葉の中身の実現が早くなります。
 自分のことが好きになると、プラスの言葉が自然に出てきて、あなたと周囲の世界はプラスのサイクルでつながっていきます。あなたが自分を好きかどうかで、人生を自分らしくイキイキ生きられるかどうかが決まってきます。自分を好きになれば子育てもラクになって、楽しいことが増えていきます。
 自分のことが好きになることは、あなた自身の幸せのために大事なことなのです。自分をほめて、まわりの人をほめると、そこから生まれるたくさんのプラスは、再びあなたに戻ってきます。
 自分をほめていると、自然に子育てが上手になり、あなた自身も育ちます。自分を毎日ほめていれば、子どもは安心して、本来もっているプラスの力も伸びて成長していきます。さわやかさや感動を、あなたに見せてくれます。
 子どもの心の発育も順調になりますから、ほめることが増えて、叱ることがグンと減ってきます。叱る必要のあるときには、自信をもって叱る力もついてきます。バランスのよい対応ができるようになります。
(
手塚千砂子:1944年生まれ、自己尊重プラクティス協会の代表理事。2003年自己尊重感を高めるワーク「ほめ日記」を考案し全国各地で講演している)

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子どもが思春期で反抗が強くなり「もうお手上げだ」と思うようなとき、どのようにすればよいか

 身体の変化が大きすぎて心がついていけないのが思春期の特徴です。それまでの自分がくずれ始め、内側から何かわからないものが噴出するのです。子ども自身にもわからず、不安でたまりません。ここがポイントです。親が「いったいあんたどうしてそうなの?」と聞かれても「別に」「よくわからない」と答えるのは当然です。
 子どもの心の内側から「自分で自分をつくっているのに、親に押さえこまれてしまうと、自分が壊れてしまうぞ」という声が聞こえます。だから親は一歩離れて見守るしかありません。この時期は「見守り時期」なのです。
 思春期の子どもは、親とのコミュニケーションを遮断することで「自分づくり」を行い、攻撃することで「自分」を確認していきます。
 思春期の子どもはある意味「病気」にかかっているような状態にあります。「うちの子ってどこかおかしい」と悩まないでください。変なのが普通なのです。親はドーンと構えてほしいのです。適度な距離をとりながら、「あなたは今、自分づくりで親への反抗が必要な時期ね。その時期から抜け出るまで待っているよ」という姿勢が大事なのです。
 反抗期の子どもは、親の気持ちを激しく揺さぶり傷つける発言や行動をします。親自身も不安で、子どもの言動にイライラしたまま反応してしまいやすいのです。
 子どもの反抗的な態度に親が対等になってやり合うと、子どもに問題行動が起きます。問題行動の半分以上は親が作り出しているのです。子どもがどのような反抗をするかは、親の対応や親子の関係性の中で決まります。親の言動で子どもの反抗が激しくなったり、長引いたり、穏やかなまま短期間で終わったりするのです。その分かれ道になるのは、親が子どもの主体性や自主性を尊重できるかどうかです。
 思春期の子どもと話すときは、口調や態度も大切です。彼らはふだんからイライラしているものですから、親もついそのイライラに巻き込まれてケンカ腰の強い口調になってしまいがちです。ここで親が「一歩引いて」自分の気持ちをコントロールし、穏やかな態度や口調で接すると、子どもの反応もずいぶん穏やかになってくるのです。
 ガミガミと口うるさい母親と厳しすぎるガンコ親父に育てられれば、たいていの子どもは激しく反抗せざるを得なくなってしまいます。
 子どもにかかわればかかわるほど、反抗が強くなって「もうお手上げだ」と思うようなことがあれば、「まず、親が一歩引く」という基本に立ち返ってください。親が引かないと、子どもは反抗を強めざるをえません。
 ところが、多くの親は、ここで大きな過ちを犯してしまいます。「親として毅然と対応しなくては」「子どもに負けてはいけない」と、構えすぎて、子どもを追いつめてしまいます。これでは子育てのプロとは言えません。
 子どもは自分づくりの段階に入っているのです。「○○しなさい」は言わない。説教は最小限に抑えるのです。子どもが責任をとるべきことは、子どもにまかせる。「大人扱いされて育った子ども」は早く大人になるし、「子ども扱いされてガミガミ言われて育った子ども」は、いつまでも子どものままです。
 反抗期は、いつかは終わります。そのときがくるまで「この子はきっと大丈夫」「あなたのことを信じているよ」と子どもを信じてドーンと構えて見守るのがいちばんです。
 子どもが「自分は親から、一人の人間として信頼されているし、尊重されている」と、そう感じることができたとき、子どもは「自分でもわけのわからない反抗期」から、ゆっくりと抜けていくのです。 
 どうせなら、子どもの人生に大きな影響を与える貴重な反抗期を「親として十分楽しむ」つもりで過ごしエンジョイしましょう。それくらいの姿勢でいると、子育てはいちばんうまくいくものです。
(
諸富 祥彦:1963年福岡県生まれ、明治大学教授。カウンセリング心理学、心理療法、臨床心理学、学校カウンセリング、教師のサポート、日本トランスパーソナル学会会長、日本カウンセリング学会常任理事、悩める教師を支える会代表)

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傷ついた心をカウンセリングで治すにはどのようにすればよいか

 私たちが行っているカウンセリングについて簡単に説明しておきたいと思います。カウンセリングと相談の本質的な違いがわかっていない人が多いからです。
 相談はアドバイスをもらうことが主になります。ところが、カウンセリングでは基本的にアドバイスはしません。相手の言ったことを、鏡に映すように繰り返していくことが基本になります。
 そして、同情ではなくて、共感を使います。たとえば、電話でのこんなやり取りを創造してください。
A「私、こんなことがあったの。どうしよう」
B「そう、そんなことがあったの」
A「そうなのよ、そういうことがあって、困っているのよ」
B「そういうことがあったのでは、困るわよね」
そうやっているうちに、Aの頭に解決法がひらめいて、「ああ、わかったわ。じゃあね」と言って電話を切ってしまう。Bは何もアドバイスしていません。Aの話を繰り返しているだけです。そうしているうちに、Aが自分で解決法を見い出していきます。これがカウンセリングです。
 相手の気持ちを聞き、それを共感的に返していると、相手は何を言いたかったのか自ら気づき、また何とはなしに気持ちが通ずるような気がしてきます。このように心理的な安全感が得られると、何かがひらめきやすくなるのです。そういう効果を高めるのがカウンセラーの仕事です。人は自分の問題を自分で解決する力を本来的に持っているという確信があるから、カウンセリングが成り立つのです。
 誰でも自分のカウンセリング、自分の子どものカウンセリングができるようになってもらいたいと思います。
 中学三年生から高校生にかけては心が成長しやすい時期です。その成長期に間違った関わり方をしている親が非常に多い。たとえば、不登校というのがあって、子どもが「今日は気分が悪いから学校を休みたい」と言ったとき、母親はよく「先生と何かあったの。友だちとけんかでもしたの。いじめにでもあっているの」などというように、イエスかノーを迫るような閉じた質問ばかりします。こういう閉じた問い方をすると「そんなことはない」と答えたりしやすく、本音を出しづらいのです。
 カウンセリングには「開いた質問」というのがあります。例えば「いま、どういう気持ちですか」というように、イエスかノーを迫るのではなく、意見や気持ちを言えるような質問のしかたをしなければいけない。不登校で悩んでいる子どもには、どういう気持ちなのかを聞くことが大事です。
 次に、相手の話を聞くには「沈黙」を使います。カウンセリングでは、相手の話を聞くときに、沈黙することが大事です。沈黙しないと相手はしゃべってくれません。心をまっ白にして、相手の気持ちを聞こうとします。相手の気持ちの強いところで「ああ、なるほど、そうか」と、うなずく、タイミングが大事です。相手の気持ちに合った表情をとらなければいけない。
 不登校になって、誰かに会うのがむかつくなら、学校に行くのはいやでしょうが、ほんとうの原因が自己嫌悪なら、自分に原因があるわけですから、家にいようが学校にいようが同じです。自己嫌悪があるからこそ、そんな弱い自分を理解してくれない人にむかつくのです。そこに甘えがあるのです。同時にだからこそ自分を変えて成長したいと思っているのです。
 人間の性格は、ほうっておいたら、何年たってもかわりません。自己嫌悪がほんとうに強くならないと、人間の行動パターンは変わらない、成長しないということです。ノイローゼ的な状態になると、すごく変わりやすい。これは、お産の状況に似ていると思います。陣痛という痛みがあって、その周期がだんだん短くなって、最後に新しい生命を産む。だからカウンセラーは産婆さんのようなもので、いてもいなくてもいいけれども、いたほうがスムーズに産めて安心というわけです。その意味では、ノイローゼ的な状態になったら、むしろ赤飯を炊かなければいけない。
 自分の魂の痛みが強まったときは、自分を成長させようという気持ちが高まっている証拠です。そういうときに癒される場面というものが非常に大事になってきます。癒される場面にいると、気づきのひらめきも起こりやすいし、自分の本当の問題が自然に出てきます。
 自然の中にいたり、人と楽しい話をしているときは、心理的に安定感が出てほっとします。カウンセリングをされているときに似た癒しの場にいるとき、気づきが生まれるのです。そして、癒しにはとくに、共感ということが重要になってきます。
 共感というのは、同情や同感ではなく、相手が感じている感情をイメージの共有、セリフでの表現を通じて自分も体験することです。
 たとえば、病棟のベットで苦しんでいる子どもがいて「お母さん、つらいよう」と言ってるときに、それをお母さんが看護婦に伝える場合、お母さんが看護婦さんに「子どもが『お母さん、つらいよう』って言うのです。なんとかなりませんでしょうか」と言えば、看護婦も、子どもの気持ちがじか伝わり共感しやすくなり、いても立ってもいられない気持ちになります。つまり、相手の心によく響く。これがともに感じる共感です。
 それを「子どもがかわいそうだから、なんとかしてください」と言ったら、それは母親がかわいそうだと感じていることであって、看護婦に母親の気持ちは伝わっても、苦しんでいる子どもの気持ちはじかに伝わりません。
 したがって、カウンセラーは相手の気持ちをきちんと聞き、相手のイメージをきちんと持って、共感し、癒しのためにそれをセリフとして用い再現しなければならない。
 この痛みの中で子どもは新しい自分を誕生させるわけですから。これに気がつけば元気になれるのです。
 ところが、一般の親たちは、子どもが不登校を起こすとあわてふためいて、むしろ引き下がって口をださないようになる。とくに父親にはそういう傾向が強い。「おまえにまかせる」と言って、母親に押しつけてしまう。母親もどうしようもなくて、カウンセラーなどにまかせて退去してしまうことが多い。
 こうして、子どもは自分の問題から逃げる。それは成長の問題だから、それほどむずかしいことではないのに、父親も逃げるし、母親も逃げてしまう。むしろ、親のほうが成長する必要があります。
 このあたりのところを、みなさんの子育てのために参考にしていただければ幸いです。
(
宗像恒次:1948年大阪府生まれ、心理学者。筑波大学名誉教授。SDSを設立し、セミナーの開催や心理カウンセラーや健康心理療法士の養成を行っている)


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親子関係が悪いとき、親子の関係をどのように修復すればよいか

 子どもを育てる過程で、親子関係が悪くなっても、親子である以上、修復が出来るのです。今までの悪かったことを反省して、真剣に子どもと向き合い、話し合いを持つようにします。
 関係の悪い親子ほど、自分の気持ちを正直に相手に伝え、相手の気持ちを先入観なしに聞くことが出来ないと関係を修復することは無理なのです。親子関係の修復は年齢に関係なく出来るものと信じています。
 子どもの気持ちを聞くことが親子の修復の第一歩です。
 子どもが親に反発しているとき、親が意見を言っても聞いてくれません。子どもの中には不満がいっぱいあるので、まず、それを聞いてあげないと正常な親子関係には戻れません。時には第三者が入って不満を聞くことも必要になってきます。
 親子関係をやり直しているときは、子どもときちんと向き合うこと。本当は何が言いたいのか「言いたいことは、こういうことなの?」と聞いてみる。「何か手伝えることない?」と声をかけてみます。
 「うるさい」と、子どもが返事したときは「そう、何か出来ることがあればするからね」と、その場から離れます。子どもがこのような状態は一時的なものです。子どもが親に反抗しているときは、親の常識は通じないので、親は自分の意見を言わないで子どもの気持ちを聞くことに専念しないとこの状態が長く続きます。
 「赤ちゃん返り」という言葉があります。二歳から三歳の頃は赤ちゃんから幼児になるときです。この時期は、十分に親に甘えて、自分の身の回りのことができるようになって生活習慣がつき安定していくのです。この時期に甘えられずにいた子は、そこまで戻って甘え直しをするのです。20歳前後になっても、やり直しをする子もいます。
 子どもは成長過程のやり直しをしているのですから、親は他の人に何といわれようと子どもの気持ちを聞いてあげてください。気持ちがわかってもらえると誰でも素直でやさしい気持ちが戻ってくるものです。
 親子関係は、どんな険悪でも親が素直に子どもの気持ちを聞くことで改善できると信じています。親と子は車の両輪のようなもので、信頼関係が出来れば歯車はまわるのです。
 親が子どもとの信頼関係を回復するには、子どもの気持ちを聞いて理解し、親が子どもを信用することが出来ると、その日から子どもは変わります。子どもの欠点を非難していると信頼関係ができるわけがないのです。
 親子関係の修復をどのようにするかは、一人ひとり違いますが、常識的な世間体は捨てて、子どもの気持ちを聞くことです。誰でも自分の気持ちがわかってもらえれば安心するものです。相手の気持ちを聞くということは親子関係を修復する基本です。子どもの言葉ではなく、気持ちを聞く練習をしましょう。
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小田貴美子:1934年東京生まれ、元東京都公立中学校教師、退職後、小田カウンセリングルームを主宰)

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父親は学校や子育てにどのようにかかわればよいか

 多忙な父親が学校を理解しようと思えばどうすればいいでしょうか。参観日に出席すればよいと思います。参観日は早めに学校へ出かけ職員室に入ってください。先生は一般の人と比べて、とても親切ですから感動します。心から先生が好きになります。
 黒板の前あたりに教頭先生がいますから、名刺交換した後で「○年生まれの△△ですが、何年何組になりますか?」と聞けば、何年何組か知らなくても、すぐにわかります。それから、今学校が抱えている問題は何か、担任の長所や短所はどこかなど、聞きたいことを聞けばよいと思います。謙虚に教わり「今後とも親子ともどもお世話になります」と結べばよいでしょう。
 そして、授業参観が始まれば、わが子の様子だけでなく、あちこちのぞいてみると、クラスの個性も、先生の教え方、親のマナーの悪さも見えます。
 あなたなりの感想を書きとめて、帰りには担任に名刺を渡し、疑問点や注意する点を簡単に聞けば、よろしいと思います。そして、職員室、校長室にもご挨拶をし、感想や前向きの提言をしておけば、一日でお互いに理解がかなり深まります。
 理解が深まれば、わが子のことだけでなく、教育全般への関心も理解も深まるでしょう。ここまでやっておけば、今後何かあっても、校長先生にも教頭先生にもお目通りはかなっているので、話はしやすく、わが子は絶対に学校で不利益をこうむることはありません。
 父親が学校に参加して企業で身につけた経験を生かせば学校が活性化します。両親が学校を楽しんでいれば、子どももおもしろく学校生活を送ります。子どもの前で学校をこき下ろしていると、家族は学校に嫌気がさします。学校に行くなら楽しく行って、新しい人間関係を楽しみましょう。
 子育てを女性だけに押しつけていると、必ずどこかでおかしくなってきます。子どもと親は友だちではありません。子どもは守り育てるものです。父親として、今まで生きてきた人生を失敗も含めて、家族に語れますか。いつもは黙っていても、子どもや妻が病気、いじめ、不登校などのトラブルで悩んでいる時、乗り出せますか。
 父親は子どもへの説教は独断と偏見と言われようが少しの妥協を残して、自信をもって言い切りなさい。包み込むような愛情があれば、子どもはまっとうに育ちます。努力していれば、やがては実力がつきます。子どもは父親を頼りに生きているのですから。
 子どもが難しい決めごとをするとき、「自分で考えて決めなさい」と無責任に決断を子どもに押しつけないことです。いけないものは「いけない」と断言してやった方が子どもは気が楽です。要は子どもの真の幸せとは何なのかを真剣に考えられるか、につきるでしょう。
 子どもを持てば、家庭は子育てのためにあると思っていても間違いはないでしょう。夫が妻を大事にすることです。人間、大事にされれば同じように夫も大事にします。夫婦仲良くということですね。子どもには家庭という安心と規律秩序が不可欠です。子どもの居場所のない家は家庭失格です。
(
小寺やす子:香川県生まれ、自分の子どもをきっかけに親の学校交渉法を研究し実践する。学校問題アドバイザー)

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わが子を問題児にしない、素敵な家庭をつくるためにはどうすればよいか

 私は40年間、非行少年と接してきた。しかも、一万人余りに及ぶ非行少年の家庭を見てきた。どの家庭にも欠陥がある。欠陥車は、いつか事故をおこす。自らも傷つき、周囲もはてしなく傷つけていく。
 子どもの非行問題は、病気と同じで、早期発見、早期治療が一番である。しかし状態が悪化してから相談に来られる方が意外に多い。子どもが赤信号を点滅しだしたら、それを親は見逃さず、素早くキャッチし、いかにうまく対応するかが、脱線しかけている子どもを立ち直らせる「カギ」である。
 自ら家庭を、一度は外から眺めてみる必要がある。マンネリ、欠陥があるか、謙虚に見つめ直すことである。
 わが子を問題児にしない、素敵な家庭をつくるためには
(1)
家庭の笑顔は幸せの花びら
 問題児をもっている家庭は、ひと言でいってみんな暗い。問題児もみんな「うちの家庭は暗い」と言う。いつも難しい顔をしている親はバイキンをふりまいているようなものだ。子どもは自然に心の扉をしめてしまう。子どもがウソをつきだしたら、家庭で笑いが少なくなったのではないかと振り返ってみることだ。
 親は子どもにふりまわされてはならない。子どもが問題行動を繰り返し起こしても、明るくふる舞わねばならない。父親は腹の底から大きな声で笑うことである。爆笑が起きると、家庭に漂っている暗雲はふっとんでしまう。母親はいつも家庭で明るく笑顔をふりまくことだ。笑うことは難しいことではない。笑うことで家庭にいつも幸せの花びらをふりまこう。
(2)
夫婦の間にジョークとユーモアを
 問題児の親は、ほとんど夫婦の間に会話がない。家庭は自然と暗くなる。家庭にゆとりがないと、ギスギスした関係が出来てしまう。子どものしつけでも、難しい顔でしつけるのではなく、ニコニコし笑いながら、ジョークとユーモアを交えながらしつける方が、子どもに抵抗なくしつけられるものである。すべてをいっぺんに直そうと思ってはならない。ていねいに一つ一つ積み上げることである。
(3)
正しいことを言うときは控えめに
 問題児に面接すると「うちの親はしつこい。同じことをクドクドと説教する」と言う。「うるせえ! またかよ」と、子どもが感じとっているようでは、教育効果はマイナスである。
 子どもを叱るときは、追いつめてはいけない。追いつめると自分のやった悪いことを棚に上げて子どもは親にくってかかる。親は感情的になってはならない、子どもも感情的になる。家庭内暴力に発展する場合がある。困った子どもは、口数の多い親のもとでうまれる。親まず口数を少なくすることである。内容の厳しいことを言うときは、ニコニコと笑みをたたえながら、明るく言葉短く、さわやかに語りかけることである。
(4)
家庭はいこいの場
 食事のときは、説教してはならない。楽しい愉快な話題を提供し家族だんらんの場にすべきである。子どもが家に帰っても緊張していなくてはならないと、子どもはいこいの場を外に求めるようになる。そして非行へと走りだしていくのである。家庭にいると、なんとなく明るく、みんなの顔がほころぶ、心がやわらぐ、家庭はいこいの場であること。
(5)
ケジメのある家庭生活で感謝の心を育てよう
 朝「おはよう」と、親はお互いにあいさつをかわす。朝食のとき「いただきます」と合唱していただく。出かける人に「行ってらっしゃい」と言う。そのような家庭に育った子どもは親にあいさつするようになる。家族がそろって食事ができるのは朝食のときしかない。問題児の家庭のほとんどは朝食をバラバラにとっている。家庭にケジメがなく、家族の心がバラバラになると、子どもが思春期に達したときに生活が乱れる。いつか崩壊の危機がある。
(6)
恩きせがましくない親になろう
 一番頭にくるのは「オレがお前たちを食わしてる」と、親が言うセリフですとある問題児は吐き出すように言った。恩にきせられて「ありがたい」と思う者はいない。心情としてはわかるが、これを言ってしまえば、みもふたもない。
(7)
親は旗振りをやめよう
 子どもが不登校になった、ある父親が「私は、いつも子どもの前に立って、子どもがこれから歩こうとする道を、あっちに行け、こっちに行けと旗を振ってきました。これがいけなかったのでしょうか」と述べた。
 親は子どもの中にひそむ無限の可能性を信じて後ろに立たねばならない。水を飲む気のない馬は、いかに叱咤しても水は飲まないものである。意欲のでるまで待とう。待つことのできない親は問題のある親だ。
(8)
子どもを差別することはやめよう
 成績の善し悪しによって、子どもに差別をしてはならない。子どもに対して好き嫌いの感情をもっていると、それは目に見えないが、体臭として親の身体から発散されている。子どもはそれを敏感に感じとって、親への拒否反応を示すようになるのだ。
(
相部和男:1928年福岡県生まれ、元少年院法務官、保護観察官)

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