カテゴリー「子育て・家庭教育」の記事

親がわが子を勉強好きにし、学力を身につけさせたいと願うとき、どのように働きかければよいか

 私の実感では、子どもたちの勉強や学力における家庭の影響は圧倒的である。
 勉強や学力の樹の根っこを育んでいく最初の場が家庭だからである。
 したがって、子どもたちに勉強する習慣や学力を身につけさせたいと願うなら、まず家庭教育を点検しなければならない。
 家庭が、子どもたちの学習活動を促進し、着実な学習態度を育成するような環境になっているかどうかということである。
 その際に強調しておきたいのは、親の意図的な働きかけを通じてというよりも、ある環境のなかで子どもが「自ずと」学びとっていくという性格がつよいもの、ということである。
 たとえば、伝統芸能の世界では、師匠である親が「やれ! なれ」と言うからでは決してない。
 家のなかや周囲の環境全体が子どもを跡取りにしようという形になっており、そのなかで本人が時間をかけて必要な能力や意志を育んでいくからである。
 子どもは、親が「言ったように」ではなく「したよう」になっていくものである。
 私は、勉強や学力形成についても、基本的に次のように同じことが言えると思う。
(1)子どもが家で勉強できるような環境をつくっておかなければならない。
 たとえば、家に帰ったら一日中テレビがついているような家庭では、子どもは落ち着いて宿題などができるわけがない。
 一日一時間は机につく、その間はテレビを消しておくといった環境づくりを、親は心がけなければならない。
(2)親が自分の勉強をする姿を子どもに見せるというのも効果的だろう。
 本を読むことでもよいし、趣味に打ち込むことでもいい。
「お父さん、お母さんは、一生懸命やっている!」という感覚を子どもに持たせることが重要である。
 子どもが、そうした周囲の大人の姿を見て、それを真似ようとする過程を通じて、子どもたちは学習しようと方向付ける性向を自分の体のなかに形成していくのである。
(3)親が子どもと「一緒に勉強する」という機会をつくることができれば、よりよいであろう。
 たとえば、学校の宿題を一緒にすることなどは比較的簡単に実行できる。小学校の三・四年ぐらいまでであれば可能である。
 子どもの勉強を一緒に見てやり、ともに喜んだり楽しんだりすることができる親の存在は、子どもの、学習に対する動機づけを大いに高め、学力形成に積極的なインパクトを与えることができるだろう。
(4)基本的生活習慣を整える
 「朝ご飯をしっかりと食べれば、学力がアップする」ということが言われているが、私たちの調査からも、ある程度うらづけられる。
 その他にも、朝決まった時間に起きる、テレビやゲームをする時間を範囲内におさめる、宿題をやる、翌日の学校の準備をしておく、などができている子の学力は統計的に高くなっている。
 ポイントは、生活のさまざまなことを自分で律することができているかどうかである。
(5)親子の言葉のコミュニケーションをできるかぎり密に行う工夫をする
 テレビ番組や、本の内容、学校であったことの会話を頻繁に持ちたい。
 子どもを叱るときも、申し開きの機会を与え、親が叱る理由を子どもに納得させるようにしたい。
 子どもが、自分の気持ちを的確に伝えることもできるし、相手の行動や意見を適切に理解することができるという感覚を持つようになれば、しめたものである。
(6)文字との接触の機会をたくさん持たせる
 学校は文字文化が支配する場所であり、勉強の基礎に「読み書き」がある。
 本好きな子どもに育てることができれば、勝負は決まったようなものである。
 折を見て、一緒に絵本や本を読んであげたい。一緒に宿題をしてやることも有効である。
 親が「勉強しなさい」と繰り返すだけでは絶対ダメである。それは、子どもの反発心を招いて、かえって逆効果になることの方が多いだろう。
(志水宏吉:1959年兵庫県生まれ、大阪大学人間科学研究科教授。専門は教育社会学・学校臨床学)

 

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親として難しいのが子どものしつけ、どうすればよいのでしょうか

 親が子どもをしつけるには「親がしっかりとした生きる姿勢を持ち、人生観を確立する」ことが、子どものしつけに十分な説得力も生まれてくると思います。
「親になるのはやさしいが、親であることはむずかしい」という言葉を聞いたことがあります。
 その親として、むずかしい最たるものが、子どものしつけ、教育というものではないでしょうか。
 人が一人前の立派な人間として成長していくためには、生まれてから大人になるまでに、人間として大切なことを、しっかりしつけられ教えられるということが、どうしても必要です。
 人間としての生き方というものは、だれからも導かれずして、自然に養われるというものではありません。
 どのような人であろうと、やはり子どものうちに、人間としての正しい方向づけがなされる必要があるわけで、大人全体が果たすべき役割であるといえましょう。
 しかし、直接的にはやはり、日々子どもに接している親が、いちばん大きな責任を担っています。
 親であるかぎり、子どもに対するしつけ、教育という形で果たしていかなければなりません。 これがなかなか難しい。 
 私自身も、一人の父親として、その役割を担う立場にあったのですが、ふり返ってみると、自分の仕事に専念してきた結果、子どものしつけ、教育については、すべて家内にまかせきりだったというのが正直なところです。
 したがって、あれこれ言う資格はないように感じますが、あえて、述べてみたいと思います。
 子どものしつけのためには、親自身が一つの人生観なり社会観というものをしっかりもつということです。
 親が直接、子どもに「こうしなさい」「こうしたらいけない」と、教えたり、躾けたりすることはきわめて大切だと私は思います。
 しかし、それとともに、あるいはそれ以上に必要なのが、親自身が一つの人生観なり社会観というものをしっかりもつということです。
 親にそういうものがあれば、それが信念となって、知らずしらずのうちにその言動に現われ、それが子どもに対する無言の教育になっていくでしょう。
 そういうものをもたずして、いくら口先だけで「ああしなさい」「こうしなさい」と言ったとしても、それは、何も言わないよりもいいにしても、十分な効果があるかどうかは疑問だという感じがするのです。
 ですから、親となった以上は、何らかの人生観、社会観を自ら求め生み出さなくてはいけないと思います。
 そのことは、もちろん、父親、母親のどちらについてもいえると思いますが、どちらにより必要性が強いかといえば、父親の方ではないでしょうか。
 父親は、私と同様、子どもに接する機会が少ない人が多いようですが、そういう場合でも、父親に人生についてのそれなりの信念があれば、母親もそれに準じたものをもつようになってくると思います。
 母親にも信念がないと、単なる感情的な愛情によって子どもを育てるといった面が強くなるでしょう。
 もちろん、母親としてそういった愛情も大事でしょうが、それだけでは、子どもも教えられるところが少ないため、欲望が善導されないままに成長してしまうということになりやすいと思います。
 昨今の世の中を見ていますと、どうも、この人生観に弱いものがあり、親自身が迷っている。
 そこに青少年の好ましからざる姿が起こる一因もあるように思えてなりません。
 価値観多様化の時代といわれ、それぞれの人生観を確立しにくい時代ではあっても、やはり親自身が日々、自らの生き方を求め、生み出していかなければならない。
 そこに、子どもをしつけ、教育するという、親としての責任を果たす出発点がある。
 またそこに、親自ら、よりよく生きる道があると思うのです。
( 松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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95歳の医師が明かす、4歳から10歳ごろまでの脳の育て方・鍛え方

 外部の世界と対面して人間としての対応を身につける時期です。
 外部の世界と対面したときの驚きが「好奇心」であり、好奇心の行動的表現が「遊び」であり、得心の行くまでの繰り返しが「模倣」という行為となります。
 この時期は、これらの心の成長過程において、子どもを人間に育てるための訓練の責任を負う時期ということになります。
 好奇心は遊びに連動し、遊びは模倣に徹します。稽古事、訓練に熱中します。
 幼児が興味を示すのは尊敬する大人の行動や仕草で、これを真似します。
 安心して真似させたい者を子どもの周囲においておくことは賢明なことです。
 幼児期では簡単なことの繰り返し教育が効果を上げます。
 漢字の書き取りなどの反復練習です。特に名文の反復音読です。
 計算の基盤になる9・9、百人一首のカルタとり、百マス計算などの反復訓練は、模倣という生物的特徴に従った行為なので、努力感がなく、遊戯感覚で、自然のうちに身につき一生記憶に残ります。
 童話で善悪の道徳を教えます。善人はいじめられ虐げられますが、最後に悪人が滅ぼされるというものが多い。
 善が栄え、悪が滅びるという道徳の原型のようなものが子どもの心にセットされます。
 幼児期では「いけないことはいけない」と「キチッと叱る」こと。理屈抜きでよいのです。なぜと聞いてきたら「今にわかる」だけでよいのです。
 幼児期の子どもは、読書に夢中になり、感性を育てます。
 きれいな日本語の文章を音読させることは文章力をつけるのに役立ち、文章を読み取る勘を養います。
 文章に興味を引かれて読書に夢中になることは「概念をまとめる能力」と「集中的思考」が得られます。
 基礎学力は、模倣という幼年期の趨性から培われます。
 この時期は、善き人になるための基本をしつける時期です。信頼する大人によって、しつけられて、自分の価値観となるものです。
 大人の勤勉な日常の後ろ姿を見せる時期です。幼児期の子どもに見せるのは重要なことです。子どもは社会生活のポイントを勘でつかみます。
 子どもはなぜ学校に行かねばならないのでしょうか。私は次のように考えます。
 人間は社会に出たら公に尽くさなければならない。そのために自分を修養し、堅実な家庭をつくらなければならない。
 身を修めること(修身)は一人ではできない。
 学校で先生から教えられ、友だちと切磋琢磨して初めてできるものです。
 だから学校に行かなければならないのです。
 身を修める(修身)とは、
1 人の心の痛みを知る
2 物事の筋を通す
3 社会の習慣には敬意を払う
4 よく考える
5 人をあざむいてはならぬ
 ことを身につけることです。
 これらのことを身につけた人は、私は直観でわかります。
 大人がこのような子育ての理念を持っていることを子どもが知ったら、子どもは大人を尊敬します。子どもは自分と向き合うようになるはずです。
(井口 潔:1921年福岡県生まれ、九州大学名誉教授、医学・理学博士、日本外科学会名誉会長)

 

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子どもを育てるには、子どもにどのような対応をすればよいか

 子どもと同じ速度で走ると子どもが見えてくる。
 子どもの姿を見逃さないためには、子どもと同じ速度で隣を走らないと見えてこないものがあることを覚えておいてほしい。
 時速60kmの速さで運転されている列車に子どもが乗っているとする。このとき子どもを見守るためには、親も同じ速さで並走しなければ、子どもの表情を確認することはできないのだ。
 親はけっして止まらずに、あきらめずに、子どもにつかず離れず寄り添い続けるべきだ。
 現代は、子どもの教育を学校に任せたり、塾に通わせていれば安心という親が増えている。お金と他人任せの子育てでは、いつか大きなしっぺ返しがくることを覚悟できているのだろうか。
 ほめ言葉をかけられると、人は心を動かされる。
 子どもたちが立ち直っていくのも、能力を発揮するのも、うまいほめ言葉がきっかけになる。
 目と目をしっかり合わせて会話が成り立つようになったら、まずほめよう。美点の狩人になろう。
 しかし、愛情の押し売りはいけない。わずかでも嫌がるようなそぶりが見られたら、それ以上は控えるほうがよい。
 自分では愛だと思っていても、思い上がりであったりすると、子どもはその鋭い嗅覚で「こいつは口だけだ」と一気にさめてしまうからだ。
 受け答えの構えがしっかりできている親に育てられた子どもは、知的能力をどんどん伸ばす。
 そうでない親に育てられた子どもは、自己肯定心が成熟せず、自分の何を誰に必要とされているのか、何をなすべきなのかがわからず、自立心も自信もないまま、周りとも協調できずに孤立してしまう。
 保護者のホールディング力こそ、教育の決め手であると言っても過言ではない。
 たとえば、「雪ってなんで白いの」と子どもが質問してきたとき、「白いものは白いのよ」と答えにならないような返事をしてはいけない。
「ママ、忙しいのよ。あとにしてくれる?」これもいけない。頭ごなしの言葉は、意欲をそぐ。
 「うーん、なんで白いのかなあ。難しいね。パパがよく知っているかもしれないから、今日のばんごはんのときに聞いてみようか」
 このようなやりとりのできる母親ならば、たとえその場ですぐに解答を得られなくても、子どもは納得できる。
 子どもが何かに心を動かされたときは、「本当。とってもきれいだね」としばし感動を共有してやることが大事である。
 自分の気持ちを受けて、母親が一緒に感動してくれることが、子どもにとっては感性をグンと広げる大きなステップになる。
 肯定的に受容してくれる母性が必須なのである。
 初等教育は「励まし」が大事である。
「励ます」ことは、よい将来を期待して元気づけることである。だから、より力を伸ばそうとするなら、「君ならきっとできるよ。頑張ってね」という励ましが大事になる。
 ほめてばかりだと、「ほめられたいからする」という事態にもなりかねない。初めから「ほめられること」をねらってすることは価値が低い。
 小学校低学年では、「励まし」こそが大きく伸びるエネルギーになる。
「励まし」は、幼い子どもの可能性をみるみるひろげる。この頃は、自分の能力に限界をつくらないから、純粋に頑張ることができる。
 もう少し上の年齢になってくると、「励まし」ばかり続けていても、自分の能力と照らし合わせて「これは無理だ」と簡単に限界を設定してしまうことがある。
 その限界をつくらない子どもにするためにも、また、高い目標をいつもめざす子どもにするためにも、初等教育は「励ます」ことを、親も教師も忘れてはいけない。
 とくに学校の教師は、子どもの不出来を家庭のせいにしないことである。
「本当にしつけがなってないなあ」と言う前に、「励ましで私が見違えるようにしてみせる」という教師としての自信と誇りを持ってほしい。
 私は朝晩、短時間ながら、自分のあり方をふり返る時間を持つようにしている。
 夜は入浴しながら、「今日はああすればよかったな」「これはまずかったな」という反省と、「今日も頑張った」「このやり方はよかったぞ」という自己肯定を欠かさない。
 自分で自分をほめるのは、ある程度のうぬぼれと自己陶酔がないとやりにくい。これができるようになれば、心から自分を好きになれるし、自分を客観的に評価できるようになる。
「自分を癒すこと」は必須の行為である。幸せな人は、周りも幸せにできるものだ。
(濤川栄太 1943年~2009年、東京生まれ、横浜の小学校で19年間教育実践、カウンセリングを行い、横浜市の教育センターの研究室で終わる。独立して、カウンセリング、教育相談を中心に日本教育文化研究会を設立。講演も多いときは年間550回行う。作家。濤川平成塾塾長)

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問題を起こす子どもの子育てや支援はどのようにすればよいでしょうか

 問題を起こす子どもは、幼い頃からの生育期に親から虐待を受けたり、養育を放棄されたりといった辛い背景が考えられます。
 しかし、親がわが子を可愛がりたいのに、可愛がれないというケースも多くみられます。
 有効なアプローチ方法を知らなければ、いくら愛情を注いでも空回りし、育児放棄をしたくなることもあるでしょう。
 家族の愛情があっても、家庭生活がうまくいかないというケースは珍しいことではありません。
 家庭だけでは解決できなかった問題が、関係機関との連携の中で落ち着くケースは多いのです。
 親が「自分は子育てができない」「親として失格だ」という思いは、無力感や自暴自棄になり、子どもに愛情を注げなくなってしまいます。
 私のもとにも、そうした相談が山のように寄せられます。
 子どものためにも避けたいのは、わが子との関係をうまく築けない親の孤立です。孤立はひとを追い込んでいく、現代の病です。
 親の話に耳を傾ける人がいるだけでも、救いになります。親身になって話を聞いてくれる人がいると、困難に立ち向かう勇気を与えてくれるはずです。
 話を聞くことは、心の荷物、人生の重荷を一つひとつおろさせてあげるお手伝いです。「一緒に歩んでいきましょう」と声をかけてあげると、折れていた心も、立ち上がりやすくなります。
 じっと聞くだけでいいのです。そして一言「応援していますよ」「見守っています」「大丈夫、心配ないですよ」と伝えたいものです。
 自暴自棄になっている親には、子どもたち同様に親の「いいところさがし」をし、言葉のシャワーをかけながら自尊感情を高めるお手伝いをします。
 親自身に辛い成育歴があるようなら、耳を傾け、抱かえていた心の重荷をおろさせてあげます。
 このように「声をかける」「話を聞く」ただそれだけでも、暗く重かった気持ちは軽くなり、再びわが子と向き合おうという勇気が湧いてくるものなのです。
 自分が経験してこなかったわが子の問題と、どう向き合えばいいのか分からないのは当然です。
 しかし、親として「いけないことは、いけない」と毅然とした態度で子どもの欲求をはねつけることも時には必要です。
 そうした態度を取ることが難しい場合、私のような支援者がその苦悩を引き受け、親代わりとなって子どもと向き合います。
 わが子がひとつ問題を起こすと、次々とトラブルが連鎖し、とても一人では対応できなくなります。
 どんな器用な人間も一度に多くの問題を解決することはできません。「一つずつ」と自分に言い聞かせましょう。
 一人では解決できそうにない問題が出てきたら、専門家に協力を仰ぐことも大事です。
 親子は鏡のようなものです。
 親が変わることで、子どもも変わり、子どもが変わることで親も変わる。私はそうした事例をたくさん見てきました。
 子どもの更生や成長を糧に元気を取り戻す親はたくさんいます。
 私が胸に刻んでいる言葉のひとつに「時熟」があります。子どもの成長をじっくりと待つという意味です。
 環境を整え、関係を維持していれば、子ども自身が変化を望んだ時に、自ずから変わっていきます。
 変化があろうがなかろうが、いつも傍にいる。それが大事なのです。
 苦悩の先に歓喜がある。苦悩を知るものこそ、苦悩をかかえる人と通じることができる。私はそう信じています。
(土井高徳:1954年福岡県生まれ、里親。心に傷を抱かえた子どもを養育する「土井ホーム」代表。福岡県青少年育成課講師、京都府家庭支援総合センターアドバイザー、NHKで報道されたり、全国的に注目されている)

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子どもの心を育てるために大切なことは何か

 子どもが小さい頃に心を育てておくと、あとは子ども自身の心が自らを育むようになりますから、思春期の子育てを心配する必要はなくなるんですね。
 そこで、子どもの心を育てるために大切なことは、
1 子どもを好きになること
 周りの大人が子どもを好きになると、子どもは健やかに成長します。
 ただし、子どもを好きになることと、かわいがることは違います。
 子どもを本当の意味で好きになって、子どもの役に立つ親になること、これが一番です。
2 子どもの生活体験を豊かにすること
 子どもの体験が豊富であればあるほど心は育ちます。
 子どもが自主的にやろうとすることはやらせて、やったことは認めてあげる。
 子どもは子ども同士の遊びの中で体験を重ねて心を育てていきます。
 いろんな体験の中でも、特に自然体験が重要です。動物・植物と日々接することです。
 我々は、動物・植物と同じ生き物です。自然と離れては、人間は人間としてあり得ません。ですから、自然体験をいかに豊かにするかが大事です。
 自然体験を通じて、素晴らしさや命の弱さ・はかなさを感じられると思います。
3 言葉の体験・経験を豊かにすること
 子どもの言葉の力を育てるためには、子どもの話を親が一生懸命に聞くことです。
 話を聞いてもらえば、子どもは話をするようになります。
 大人が子どもの話を聞くことで、子どもは表現力が豊かになり、心も豊かに育っていくようになります。
 子どもはいろんな言葉で心の葛藤や思いを表現します。
(伊藤一彦:1943年宮崎市生まれ、歌人。斎藤茂吉短歌文学賞等、多数受賞)

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思春期の子どもの子育てに悩む親たちの救いになることとは

 あんなに素直だったわが子が思春期に、急激に変わってしまうことに戸惑ってしまう親たち。
 子どもたちは思春期に何が起きているのでしょう。子どものSOSってどうすればわかるでしょうか。
 全国各地の教育カフェに集まった母親たちから子育ての悩みが率直に語られました。
「28歳になる娘がいる。小学校までは『いい子』だったが、その後はずーと悩みっぱなし。自信がないようで、家でストレスを発散するので、地雷を踏むような感じです」
「中学3年の息子が3学期から不登校の学校へ。学校へ行っても授業がうけられない。出席をとってもらって帰るだけ。不安を聞いてもあまり語らないので、結局、私が誘導してしまう感じ。どう対応したらよいかわかりません」
 思春期は自立の時期といわれています。自我を確立してひとりあるきできることが求められます。
 しかし、今の子どもは、生活の自立は後回しにされて、学校の体制に乗り遅れないように追い立てられるのです。
「中学生と高校生の子どもがいるが、進路の話をすると火に油。自己肯定感を高めるって、どういうことなんですか」
 思春期の子どもたちは「嫌いな自分」「学校や親が評価している自分」と向き合えない自分に苦しんでいるのではないでしょうか。
 親たちだって同じような出口のない現状に苦しんでいるのです。
 村上康彦(「母親の孤独から回復する」講談社の著者)氏は、わが子からの虐待に追い込まれている母親たちの回復支援に最も有力な解毒剤は「グループの連帯性である」と述べています。
「孤独だと思っていたが、自分だけではなかった」
「孤立の中で、自分のものとしては引き受けることができていなかった出来事が、グループを媒介とすることで引き受けられる」
「他の人が語り、仲間が『聴いて受けとめる』ことが『私も話してよい、話してだいじょうぶだ』という安心感を与えてくれる」
「つながりの安心感を内面化することが回復の仕上げである」
「安心感の獲得と、自分の過去とつながることは、自分自身とのつなぎ直しのことでもある」
 他者から受けとめてもらうことから生れるつながり合う安心感は、虐待に追い込まれた親たちだけではなく、不登校の子どもを持つ親でも、引きこもりの子を持つ親にも、思春期の子育てに悩む親にも大切な意味を持っているのでしょう。
 話し合う中で受けとめてもらえたという、つながり合う安心感を力にして、子どもとの新しい関係を見つけ出し、創り上げていくでしょう。
(村上士郎:大東文化大学名誉教授)

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子育ては年齢別にわけて考えると、どのように育てればよいのでしょうか 

1 「0~2歳」-「信頼感」の獲得
 新生児から2歳までは、しっかりと親が抱きしめ、安心感で満たしてやることで、親子の間に「基本的な信頼感」が芽生える。
 子どもにとって、母を信頼するという安心感が、これからの人生のうえで支えになり、すべての力の基本になる。母に愛され、必要としているという実感は、人間らしさを形成する。
 本能的・感情的な部分はもちろん、人間の根幹をなすあらゆる能力が0歳から2歳の間に形成される。
2 「2~4歳」-「我慢する心」を身につける
 親子の間に基本的な信頼感があれば、幼児期の4歳ころまでには「自律心」が身についてくる。
 つまり、我慢する心である。自分を抑える力というのは、基本的信頼感が基盤となって身につくものなのである。
 子どもにしてみれば、自分を理解し愛してくれている人が言っていることだから、辛くても我慢しようとするのである。
 お母さんがわが子に、「今、ママは忙しいけれど、もう少ししたら○○ちゃんと遊んであげられるから、もうちょっと待っていてね」と語りかけると待ってくれるのである。
 この時期は何をやっても、かわいいかわいいで育ってしまいがちであるが、我慢をすることも覚えさせておかないと、あとからしつけるのは難しい。
 我慢=苦しみという発想を親がしないこと。「この状況の中では我慢することがいちばん求められること」というシグナルを親が発信する。
 親子の信頼関係が本物であれば、子どもは喜んで我慢するものなのだ。
3 「4~7歳」-「自発心・積極性」を培なう
 この時期は、靴をはくのも服のボタンをかけるのも「自分でする」「イヤ」「ダメ」を連発する。
 何でも自分でやりたいという自我の芽生えは、ときとして親の目には「わがまま」に映りがちだが、ここをしっかり見守れるかどうかが、親も子どもも頑張りどころと言える。
 信頼関係があれば、親は待つことができる。
 子どもの気がすむようにじっと待ち、子どもがたとえ左右反対でも時間をかけてでも、とにかく靴を履くことができたことをほめてやるのだ。
「自分でできたね。やったね!」と喜びを共有できる親になろう。
 どうしても忙しくて子ども任せにできなかったときでも、「ママ、時間がないから今日は一緒に履く練習したけど、次は一人でやってみようか。もしもできなかったら、ママが手伝ってあげるからね」とフォローできるだけの心の余裕がほしい。
 子どもにきちんと納得できるように言い聞かせれば、何でも理解できるほどの頭脳を子どもは備えているのだ。
 自己を肯定する基盤ができていれば、自発心や積極性につながるのはもちろん、他者を肯定する心の寛容さも備えることもできる。
4 「小学校 前期」-「学び努力する勤勉性」を獲得する
 7歳までに、基本的信頼感、自律心、自発心を獲得できた子は、社会に適応する免疫力を持ち、自信と自立心が培われていく。その力が、「学び、努力する」という「勤勉性」につながるのだ。
 この時期に勤勉性をきちんと獲得することがいかに大事かは、知識をより多く身につけた子を観察してみれば一目瞭然である。
 多くの知識があれば、困難にぶつかったときに対処しやすい。また、本をたくさん読んでいれば、問題解決能力が高くなる。
 そして、一つでも熱中できる得意分野があれば、それを究めることで、ほかの知識や能力も引っぱり上げることができる。
 小学校時代は、ともかく一生懸命学ぶ姿勢を身につけさせることである。知識がつけば、自分に自信が持てる。自信がつけばどんどん学ぶことがおもしろくなる。
 問題を解決するための考える力を養い、知的創造性を育む重要な時期である小学校時代に、ぜひ学ぶことのおもしろさに気づかせ、自信をつけさせてやりたいものである。
5 「小学校 後期(10歳くらい~)」-「父性が必要となってくる」
 多くのカウンセリング体験から言えることは、子どもは小学校4年生ぐらいから確実に変わり始めるということだ。
 大人との距離を取り始める重要な時期が10歳である。
 ものごとを推論、分析をしたり想像力を発揮し始めたりする時期だ。
 だから、この時期の子どもの扱いには注意が必要である。
 それまでは母性の中に守られていた子どもは、10歳以降は父性を必要としてくるのだ。
「ここから先はやめておいたほうがいい」「これはこういうものだよ」「世の中とは、社会とは、こういうきまりがあるんだよ」という限界や社会常識、物事のバランスや優先順位を、父親から教えるべきだ。
 10歳までどっぷりと母親の世界に守られてきた子どもは、これまでの受容から一転、制限されることに欲求不満を抱き、「何だよ」という反抗心が頭をもたげる。
 そんな葛藤の中で、「父親の言うことももっともらしいけれど、僕の意見のほうが正しいんじゃないか」とか「父親にしたがうべきだろうか」などと煩悶がでてくる。
 こういった自問自答を繰り返し、父親の言動を反すうして、自分自身の心の自我を完成させてゆく。
 この段階は、大人へのステップとして非常に重要である。
 これが生きる力のフレームを形成し、子どもの人格に規律や常識を組み込んで、社会人として生きるたくましさを培うことができるのだ。
 父親の愛は、競争原理を客観的・相対的に示す教育愛である。
 ライオンの父親は、子ライオンを谷底へ突き落とすことで生きることの厳しさと勇気を教えると言われているが、これは父親の役目を象徴していると言えるだろう。
 人間も、スキンシップの裏には、突き放したり、厳しさを教えなければならない面も備えている。
 人生観や価値観、道徳観、社会観といった広い視野に立った見解を、父親がしっかりと話せるかどうかは、子どもの精神的成熟に大いに関わるところである。
 その際には、子ども自身に考察させることが大事である。父親は自分の価値観を押しつけるのではなく、子ども自身に選択させ、悩ませ、道をきりひらく手ごたえを感じさせてやってほしい。
 その手助けとして、必要とされたときだけ応援し、陰ながら見守ってゆくのが、父親の役目なのである。
6 「青年期」-自己の再認識(アイデンティティー)
 自己存在のあり方に疑問を抱いて、「いったい自分は何だろう、何をすべきなんだろう。目的は、手段は、どうすればいいんだろう」という気持ちも、思春期特有のものだ。
 同時に、他者との関わりの中で自己のあり方を見つめ直し、生きることや将来について深く考えるようになる。
 自己を再認識するというアイデンティティー(自我同一性、主体性、本質)を、迷いながらも突きつめて考え続けていくことで、少しずつ納得したり、ぶつかったりしながら、だんだん心身ともに安定してゆくのが常である。
(
(なみ)川栄太:19432009年、20年間の小学校教師を経て、ニッポン放送「テレホン人生相談」回答者、40年間つとめた教育相談では、悩める子どもたちに体当たりで励まし立ち直らせた)

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子どもは気質によって受け取り方が違う、気質によってどのような言葉かけをするとよいでしょうか

 人間はそれぞれ違った気質を持って生まれます。同じ言葉をかけても、ある子は喜び、別の子は傷つくことがあるように、気質によって受け取り方が違います。
 ですから、子どもの気質を知ってそれに合った言葉かけをするとよいでしょう。
 また親と相性が合う子、合わない子がいます。親は自分の気質を知るとともに子どもの気質にも目を向けてみると、子育ての大きな助けになるでしょう。
 気質は胆汁質・多血質・粘液質・憂鬱質に分けることができ、シュタイナー()はそれぞれの気質をよく知って教育を行うことが大切だと述べています。
(1)
胆汁質の子ども
 自己主張がはっきりしていて、意志が強く、言葉もはっきりしています。口答えする生意気な子どもに見えてしまいます。
 意志がはっきりしているので反抗もしますし、生意気な行動を取って怒られたりします。
 叱られやすいので、納得できないと荒れてしまいます。子どもの話を「そうだったんだ」と同調して聞いてあげることが大切です。
 「子どもだから仕方がない」ではなく、どこかで「これはすべきではない」という止める規準をつくり、ブレーキをかけます。
 頭ごなしに叱るのではなく、子どもが落ち着いてきたら、話をしたり、手で示したりして実際にやってみせてあげて、なぜいけないのか納得させるとよいでしょう。
 小学三年生くらいから考える力がついてくると自己分析もでき抑制力がついてくると努力をするようになります。
 正義感が強く論理性があり弁も立つので優れたリーダーシップを発揮できるようになります。
(2)
多血質の子ども
 いろいろなことに興味を持つために、落ち着きがなく、一つのことに集中するのが苦手です。
 遊びが定まらず、今ここにいたかと思ったらすぐ次の遊びに行きます。
 何にでもすぐ反応してしまいますから「落ち着きなさい」と言いたくなりますが、そうすると余計に落ち着かなくなってしまいます。
 おおざっぱな生活リズムをつくることが大切です。
 朝は散歩をする。時間になったら昼寝をする。起きたらおやつにする。寝る時間になったら寝かせる。といった大きな生活リズムにだけ神経を使い、それ以外は使わないようにしましょう。
 次々関心が移る子どもにいちいち対応していると親の方が疲れてしまいます。淡々と生活しましょう。
 子どもが目移りしないように、たくさんの物があふれないよう、余計なものはしまっておいた方がいいでしょう。狭い閉じられたところで自由に遊ばせるのがよいと思います。
 話言葉は「やった」「だから」と言うように、脈絡がわからないので何を言っているのかわからないことも多いです。
 人と接するのが好きで、どんな人ともつきあうことができ、まわりの人を明るくさせ、大人からは可愛らしく見え好まれます。人と人を結びつける潤滑油的なところがあります。
(3)
粘液質の子ども
 ゆっくりしすぎるほどゆっくりしています。一つのことをすぐに止めて、次のことに移ることが難しい傾向があります。
 言葉を発しにくく何を言っているのか分からない場合があります。
 遊びを邪魔されても、ぼーっとしていて抵抗があまりありません。言葉をあまり発しません。
 目立たないけれど、存在感がある。任されたら仕事はきちっと仕上げるので、まわりから信頼を得られる人です。
 こつこつ仕事をこなしますから、同じことを緻密にやらなければならないような仕事に能力を発揮します。
 間違いをして叱られてもそうひどく落ち込まないのも特徴です。
 ゆっくり話ますので、聞くのに時間がかかります。やさしく、できるだけゆっくりと話を聞いてあげることです。
 基本的に豊かなファンタジーの力を持っていますのが、身体が重いような感じで、動くことが少なくなりがちです。
 そこで意識的に少しでも動きやすい、まわりでみんなが遊んでいるような場所に連れて行った方がいいでしょう。
 大きくなってから動かそうとしても無理ですから、小さいときから動く喜びを体験させてあげてください。
(4)
憂鬱質の子ども
 孤独感がただよい、社交性がなく、何かを極めていく人という感じがします。
 特定の人以外は自分を閉ざし、顔つきもあまり明るくはなく、いつもちょっと悲しそうな表情をしているように見えます。
 言葉ははっきり出てくる方ですが、砂遊びのようなことはあまり好みません。
 自分のことが話題になるのを好まないので、ほめられたとしても傷つくときもあります。
 叱られたりすると「自分はダメだ」とひどく落ち込みます。傷つきやすいのが特徴です。
 基本的に脚光を浴びることを好まない。仕事にじっくり取り組むことが好きで正確さを重んじます。
 緊張度が高いので親には本心が話せても、教師には話したがらないことがあります。その意味では、親が話を聞いてあげることが必要な子どもだと言えます。
 育てやすいと感じる子どもは自分の気質によく似た子どもでしょう。
 しかし、可愛くない、憎らしいと思ってしまう子どもも自分の気質に似ていることがあります。
 親が自分の嫌なところをわが子に見てしまうと、その子が嫌いになり、自分にないものを持っている子どもが可愛く感じるということもあるのです。
 つまり、親が自分の中の何を見ているかが、子どもの好き嫌いを左右しているわけです。
 気質はあくまで子どもを見るときの視点の助けです。気質を裏付けにして子どもを観察するのです。
 それなのに「だれだれは、どういう気質である」という決めつけをして、それだけで子どもを見ようとすることは、子どもを見る目をさまたげることになります。
 どうかこのことを忘れずに、上手に気質を利用してください。
(
)ルドルフ・シュタイナー:1861- 1925年、 オーストリア出身の神秘思想家、哲学博士。シュタイナーの人間観に基づき、独自の教育を行うヴァルドルフ学校は600校。
(
堀内節子:小学校教師を経て1975年に愛知県豊橋市に「にじの森」幼稚園を開園し前園長。シュタイナー教育を取り入れた幼児教育を実践)


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子どもが問題行動を起こしたとき、親は子どもにどう接すればよいのでしょうか

 子どもが問題行動を起こすと、親は突然の豹変ぶりに驚きあわてる。しかし、子どもの心の中では、以前から変化が生じていたのに、親はそれに気づかなかったことが多い。
 親から「こういう場合、何と言ってやれば、子どもはなおるのでしょうか」とよく聞かれる。
 子ども問題行動の多くは、それまでの親子関係を徐々に組み替えることで解決に向かっていく。
 ひと言で子どもが立ち直るといった魔法の呪文はない。
 しかし、子どもが変わるきっかけとなることはある。
 問題行動を起こしている子どもが、それを周囲の誰かのせいにしているうちは、そこから抜け出せない。
 自分の問題として引き受けたとき、はじめて回復に向かうことができる。
 子どもの問題行動を解決するには、子どもの心に働きかける必要がある。もつれた子どもの心の糸を解きほぐすのは容易ではないが、愛情と時間を惜しまなければ必ずできる。
 いつか回復することを信じて接すれば、親子の絆を取り戻すことができるのだ。
 その過程は決して平たんではないが、試練を通して、子どもが変わり、親も変わり、精神的に成長するだろう。親子の絆は以前よりずっと強くなっているはずだ。
 子どもが問題行動を起こすと、落伍者のレッテルを貼られることが少なくない。親が自分の子どもをそんな目で見てしまうのだ。
 子どもを支えるはずの親が説教したり、非難したりしがちになり、ますます子どもを追いやることになる。
 そんなときこそ、親は子どもを信頼してほしい。子どもへの信頼が何よりも大事なことは、私がスクールカウンセラーを始めたばかりのころ、一人の教師から教えられた。
 子どもに建て前を振りかざして説教するのは、親子のギャップを広げるだけだから、子どもの気持ちを動かそうとしたら、子どもと向き合い親の本音をストレートにぶつけるしかない。
 誰でも子育ては試行錯誤の連続だ。親は自分が子どもだった頃を思い出してほしい。
 思春期の頃は覚えているはずだ。そのころ、何を考えながら過ごしてきたのか、どんなことで悩んでいたのか、親との関係はどうだったのか、などを振り返ってほしい。
 振り返ってみると、親に期待していた言葉を言ってもらえなかったり、無神経な言葉に傷ついたことがあるに違いない。もちろん、楽しかった思い出もあるだろう。
 それを実感とともに思い出せば、いま自分の子どもにどう接すればいいか見えてくるはずだ。
 子どもが悩んでいたら、自分が同じ年頃のときに何を悩んでいたかを子どもに話してみるといい。子どもに本音で接することになるだろう。
 子どもの問題行動でカウンセリングに訪れる親を見ると、ほぼ例外なく、心の余裕を失っている。
 私はカウンセリングで、相談者に目のさめるようなアドバイスをしたりできるわけではない。じっくり相手の話に耳を傾け、その言葉の裏側にあるものを理解し、本当に訴えたいことを導き出そうと努めているだけだ。
 誰でも、自分の心の中にある、言いたくても言えなかったこと、それまで気づかなった本当の問題、一人で抱かえていた悩みや苦しみなどを口にしたとたん、半分は解決したのも同然だ。
 心の中で葛藤したり迷ったりする時間が必要だったのだ。
 子どもの話に耳を傾け、言いたいことを聞き出すのは、親や教師、友だちなどもできる。
 親にお願いしたいことは、子どもが問題行動を起こしたとき、子どもの様子がおかしいときは、子どもの話に耳を傾けてほしい。
「いまの気持ちを話してくれるとありがたいんだけど」
「お前もつらかったんだね」
という具合に聞き役に徹し、重い口を開いてもらう。 
 人は話すことで自分の気持ちを整理したり、言葉にすると気づくことがある。子どもも話しているうちは、自分の心を見つめることができるようになる。
 子どもが親と口を利きたくないようなら、子どもの友だちを家に呼んだり、親戚のお兄さんやお姉さんに来てもらって、話し相手になってもらう。
 心の中の葛藤というのは、何本もの糸が絡まり合った状態だ。それを言葉にすることによって、絡まった糸を一本ずつ抜き取り、ほぐしていく作業になる。
 問い詰めずに、話しやすい雰囲気をつくり、言い出すまで待つことが大切だ。
「言いたいことがあれば、今日でなくてもいいから、言いたくなったら、言いにきなさい」と促せばいい。
 自分の気持ちや言い分を言葉にすることを通じて、子どもは失いかけていた自分を組み立て直す必要がある。
 そのうち子どものほうから、言い出したら「じゃあ、どうしたらいいか考えてみよう」と親子で話し合えばいい。子どもが自分で解決策を考え、自分で選択することが大切なのだ。
 子どもの選択は最善でないかもしれない。しかし、子どもの心は大きく成長するはずだ。たとえ間違った選択でも、自分で選択したことならやり直しができる。
 子どもと気持ちのいいコミュニケーションができないという人は「私メッセージ」を発するといい。
 相手を主語にするのではなく、自分を主語にする。叱るのではなく、自分の気持ちを伝えることになる。たとえば
「あなたは、掃除するそばから、散らかすんだから!」
と叱るのではなく、
「せっかく掃除をしたのに、もう散らかって、お母さんはがっかりだわ」
と言うことになる。
 運動部のコーチに言わせると、子どもは叱るよりも、ほめたほうが伸びるが、ここ一番というときは、叱ったほうがいいことがあるという。
 例えば、いい結果が出ると、慢心する子がいる。練習に熱が入らず、手を抜く。そんなとき「少し上達したからといって、つけあがるな」と雷を落とす。
 そういうときは、やさしく言って聞かせるより、ガツンと叱ったほうが効くそうだ。
 子育ても同じで、いつも叱っていては効果は薄い。9割はほめて、1割は叱る程度でちょうどいい。
 子どもが叱られても、納得できるタイミングをとらえ、ここ一番というときに叱るのだ。ただ、叱るときは、逃げ道を残してやる必要がある。
(
吉田勝明: 1956年福岡県生まれ、横浜相原病院院長)

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