カテゴリー「授業の技術」の記事

授業をゲーム化して子どもを乗せるにはどうすればよいか

 子どもたちがゲームにひきつけられるのは、ゲームには次のようないくつもの人をひきつける要素があるからです。ゲームの要素を教育で活用できるとよい。
1 一人ひとりが主人公
 自分がやりたいときにできて、自分が操作する、自分が主人公だからゲームにひきつけられるのです。
 子どもたち一人ひとりが主人公として、学びを進めていくことで、子どもたちのやる気を高めていくことができる。 
2 すかさず評価する
 ゲームは操作すれば、次の瞬間に操作の成功や失敗が明確になります。
 成果がすぐに分かることに、子どもたちはひきつけられるのです。
 授業で子どもたちに指示を出して動かすことは多い。子どもたちが出来たことに対して、すかさずほめ・認めながら授業を進めていく。
3 みんなの前で認め・ほめる
 またゲームをやりたいと意欲を高めるのが、例えばゴールをすると楽しい気持ちになる音楽と花火があがるなどの演出があるからです。
 できたことを認められると、さらなるやる気を生みます。
 子どもたちができたことをほめる。認めて価値づけていくと、子どもたちの大きな自信になります。
4 自分の立場の明確化
 ゲームは、キャラクターの特徴を自分の思い通りに設定することができます。
 授業で、私たち教師は多くの発問を子どもたちに投げかけます。
 子どもたちが、教師の発問に対して、AかBか立場をはっきりさせ、考えを持つことは、自分自身を表現したことになります。また授業に参加することになります。
 たとえ答が違っていても「なぜだろう」と考え、考えを深めるきっかけになり、学びの意欲づけになります。
5 スモールステップで目標設定
 ゲームは目標設定が巧みになされています。自分のレベルと同じくらいか、少し高めに設定されています。それで、子どもたちをゲームにひきつけるのです。
 子どもたちの実態に合わせたスモールステップで目標を設定することで、意欲が高まります。
6 振り返りの容易化
 ゲームは、力や能力を「ステージ」などの言葉で表すことで、友だちとも共通の尺度で話題にすることができます。
 レベルが上がる喜びを感じ、高みをめざして取り組もうという意欲につながります。
 子どもたちの言動を数値化することで振り返りが容易になり、成長を実感しやすくなります。
(友田 真:1984年広島県生まれ、広島県公立小学校教師。徹底反復研究会)

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あなたは授業中、どれだけ子どもたちの状態を把握していますか、どうすれば把握力があがるのでしょうか

 授業の進め方はすべて、教師一人ひとりのセンスや好みに任されています。
 子どもを成長させている教師の授業を覗いてみると、子どもたちのほうを向いて、きちん話をし、教科の内容だけでなく、今日どんなことがあったかなど、世間話も織り交ぜ、子どもたちの興味を引く方法も多用しています。
 教師は3年~5年で一人前になればいいという感覚ではないかと思います。
 一方、塾や予備校の講師は、始めてからほんの数か月で魅力的な授業をする人が多いのはなぜでしょうか?
 学校は途中で子どもが辞めることはほとんどありませんが、塾や予備校では、その講師の授業に魅力がなければクレームが起こり、子どもが辞めてしまうかもしれません。
 だから、少しでも早く、子どもにやる気を出させる授業を行えるようにならなければいけないのです。
 結果的に、否応なく、講師は自分の授業力を磨いていきます。
 そのためには、形から入ることもいといません。
 それに慣れていくうちに、後から魂を入れていってもいいわけです。
 だから、塾や予備校では、しゃべり方や挨拶の仕方、しっかりと前を向いてしゃべるといった型を昔から重視していたのです。
 では、どうすればいいのでしょうか。段取りが重要です。例えば、
「では、鉛筆を置いてごらん」
「手はひざの上に置いて」
「はい、こっちを向いてごらん」
「うん、いい顔だ」
と、単指示の繰り返しですが、いうふうにしていくと、必然的に全員が話を聞く姿勢になるわけです。
 板書したら、しっかりと子どもたちの目を見て話をしましょう。
 しっかりと目を見るためには、前を向かなければいけません。
 そのためには、足を前に向けないとダメです。
 人間の身体というのは、足と肩が平行になるようにできているので、最初は身体だけをねじっていても、そのうち気づいたら、必ず足と肩は平行になっているものです。
 子どもに話しかける時に、話す文章の句読点で、子どもを見ることで、対話ができるようになります。例えば
「いよいよ、来週は、遠足ですね」
と、文章の途中で溜めをつくりながら、子どもたちの顔を見回す。
 すると、どうなるでしょうか。
 そうすれば、声に出さずとも、その間に、子どもは心の返事ができるのです。コミュニケーションが取れるわけです。
 多いのは、区切らずに、しかも早口でしゃべりながら、黒板に何かを書き出します。
 それでは、その話は単なる独り言にすぎません。何の役にも立っていない、意味のないしゃべりです。
 それを続けても、教室の一体感が醸成されることはありません。
 そうしたちょっとした気づきがとても大切なのです。
 あるいは、子どもたちに何かを考えて、答えさせる場合に、Aくんを見つめて
「これってどうなるの?」
と、聞いたら、Aくんしか考えない。ほかの子の脳は働きません。
 子どもたち一人ひとりを見回しながら
「これってどうなるのかな~、はい、Aくん」
と、持っていけば、みんなが考えることになります。
 教師になったばかりの人が、たまたまそれに気づけばいいけれども、気づかなければ、そのままずっと何年も経ってしまい、その教師のスキルが上がらないということが問題なわけです。
(大矢 純:1966年生まれ、授業学研究所所長。数学の授業や教員育成などの経験をもとに、授業学の確立と普及を行っている。各地の学校で研修や講演、コンサルティングを行っている)

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発問や指示は授業や学級を大きく左右する、その極意とは

 発問や指示は授業や学級を大きく左右する大きな柱であるといえる。その極意をつぎに示すと、
1 指示は一度に一つ
 子どもがすべき内容が指示の中にたくさん含まれていると、学級の子ども全員がたくさんの内容を実行することは難しい。
2 指示を出したら確認する
 例えば「教科書の〇〇ページを開きましょう」と言っても、ぽかんとしている、指示が通りにくい子どもがいる。 
 だからこそ、指示通りに動いているかを1人ひとり確認する必要がある。
 指示の一つひとつを確認することが大切である。
 確認作業を甘くみていると、だんだん規律のない学級になっていってしまう。
3 指示はくりかえすことで定着する
 授業が始まる前に、ノートを開いて待っている学級がある。
 その学級は、4月に学級を担任したときから「授業の前にノートを開いて待ちましょう」と指示を繰り返したはずである。
 そして、授業が始まる前にノートを確認したはずである。
 指示と確認をくり返すことで定着する。
 定着するまで、根気よく指導をくり返すことが大切である。
4 主発問は、授業のその時間の目標に直結している
 その時間の目標は何かを考えて授業を構成することが大切である。
 その目標を達成させるための考えを引き出し「子どもに何を考えさせるのか」を明確な言葉で表したものが主発問である。
5 その時間の目標は具体的な子どもの姿で表す
 その時間の目標は、授業が終わったときに到達すべき内容を示したものである。
 そのとき「どんな子どもになっていればよいのか」という具体的な子どもの姿を把握していなければ、達成したかどうか評価することができない。
6 補助発問で学習の仕方を身につける
 単なる主発問の補助的なものととらえるのではなく、学習の仕方を身につけるもの。
「どのように考えればよいか」発問するのが補助発問である。
7 話し合いで考えを高める
 子どもたち一人ひとりの考えをいろいろな観点で話し合うことによって、考えを高めることができし、コミュニケーション力を培うことができる。
8 指示や発問の語尾を工夫する
 同じ内容の指示や発問でも言い方次第で学級の雰囲気は変わるものである。
 例えば
「教科書を出しなさい」
「教科書を出しましょう」
「教科書を出してください」
「教科書を出して」
 いずれも、同じ内容の指示である。あなたは、どの言い方をよくするだろうか。
 命令口調だと子どもは委縮する。お願い口調だと、子どもはつけあがる。友だち口調だと、なれなれしい雰囲気になる。
 指示や発問などの内容や語尾、教師の話す長さ、助言の内容など、教師が授業の中で工夫しなければならないことは多様にある。
(白井一之:東京都公立小学校校長。文部科学省教員表彰)

 

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教師は、どのようにして授業を改善すればよいのでしょうか

 授業の課題を見つけることが授業改善の第一歩です。課題が見つかったからといって、すぐに授業が改善されるわけではありません。
 どうすれば改善できるかがわからなければ何ともしようがありません。
 例えば、子どもを「ほめることが少ない」という課題で悩んでいる教師がいました。
 子どもをほめているつもりなのですが、一向に改善されません。どうしたらいいのか、お手上げの状態でした。
 具体的な改善策がなければ、かえって悩むばかりになるのです。
 その教師に話をうかがってみると、子どもが正解したらほめるようにしているということでした。正解した子ども、できる子どもしかほめられないのです。
 子どもたちをほめる観点を増やして、どの子どももほめる機会をつくることを意識すれば、よくなるはずです。
 気づいてしまえば当たり前のことでも、自分一人で悩んでいると、気づけないこともよくあるのです。
 自分で考えることも必要ですが、時には同僚や先輩に相談することも大切です。
 日頃から、授業に関して気軽に話せる関係をつくる必要があります。
 本を参考にすることも有効ですが、これだというものに出会えないこともあります。
 教師一人ひとりの個性も違えば、子どもたちの様子も違います。
 絶対的な正解などないのですから、あれこれ考えてばかりいても、授業は改善されません。
 大切なことは、まず何かを変えてみることです。
 子どもたちが変化することを期待して授業を変えるのですから、当然、子どもたちの様子が気になるはずです。
 今まで以上に子どもたちをよく見るようになります。
 子どもたちの、ちょっとした変化に気づくようになれば、授業改善につながる新たなヒントも見つかります。
 たとえ、ちょっとした改善でも、日々積み重なっていけば、大きな改善につながります。自信を持って継続していけばよいのです。
 改善策をただ実行するだけでなく、その方法で子どもたちの姿がなぜ変わるのかも理解することで、子どもたちの変化を待つ余裕ができます。
 問題は、よい変化が見られなかった場合です。
 結果がでないと、ダメだったとすぐに止めてしまう教師がいますが、ちょっと待ってほしいのです。
 少し授業を変えたからといって、すぐに結果が出ることは稀です。子どもも教師も変化にとまどって、すぐに結果がでない対応できないことがよくあります。
 結論を焦らずに実行し続けることも大切です。
(大西貞憲:1955年生まれ、愛知県公立中学・高校教師を経て教育コンサルタント)

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授業で、子どもの意欲を喚起させる、おもしろい発問をつくる心構えや視点とは

 若い教師の授業を見ると、教師がやみくもに「発問」を繰り返し、子どもたちは「ちんぷんかんぷん」という場面があります。
 教師の発問には「ねらい」「意図」「方向性」などが問われます。
 にもかかわらず、それらがない発問が繰り返されてしまうと、子どもたちの思考を著しく混乱させるばかりとなってしまいます。
 逆に、何の感動もなく、無味乾燥な発問を繰り返す授業に出くわすことがあります。たとえば、
「ここからわかることはなんですか?」
「筆者は、どんな気持ちでしょうか?」
「どうして、こうなるのですか?」
といった発問です。
 平板なトーンの発問を繰り返して聞くと、子どもたちは「またか!」という思いに支配されてしまいます。
 大方の子どもたちは「もう、うんざり」とばかりの表情で思考を停止させ、だんまりを決め込むことでしょう。
 それが、1時間の授業だけでなく、次の授業も、その次の授業も、同じように繰り返されたら、子どもたちはすっかり意欲を失い、ひたすら「忍耐」を覚えることになってしまいます。
 こんなとき、教師は子どもたちの無反応に腹を立てて「授業に意欲がない」とばかりに、子どもたちに責任を被せてしまうこともあります。
 発問で失敗する原因で考えられることは、
(1)発問が子どもたちの興味をそそるものではなく、子どもたちが自ら考えることを放棄するものになっている。
(2)発問そのものが、子どもたちの実態と「ズレ」ているために、意欲が湧かなかったり、発問に真実味がなかったりする。
(3)子どもたちにとって、発問のことばが難しく、発問の内容を十分に理解できない。
 こうした発問の問題点を振り返って、分析してみる必要があります。
「おもしろい発問」づくりは、次の視点をもとにつくりましょう。
 マニュアル化した発問では「おもしろい発問」は成立しません。
 教師自身が発問を工夫してこそ、おもしろい発問はつくられます。
(1)その発問は、教師にとっても「おもしろい発問」ですか。
(2)授業の目標に照らし、どんな順序でどんな発問をしたらよいですか。
(3)子どもの実態と教材にどんなズレがありますか。
(4)発問に入れ込むべき要素が考えられていますか。
(5)どんなことばを使えば子どもたちにわかりやすいですか。
「おもしろい発問」は、様々な条件を慎重に吟味して、はじめて成立します。
 まずは、自分で作った発問が「教師にとっても、子どもにとっても、おもしろい発問か」を考えることから始めます。
 常に、子どもたちの存在を忘れないで作ることが大切です。
 教師は発問にこだわらなくてはなりません。講義式の授業では、子どもたちが主体的で対話的な深い学びを実現することができない。
 教師は発問によって、子どもたちの学習意欲を引き出し、主体的な学び合いをつくりながら、確かな学力を身に付けさせることをめざしています。
 効果的な発問によって、学びが動機づけられた子どもたちは、自ら解を求めて学習するようになります。
 授業の中で成果が見えるようになれば、成功感・成就感が喚起され、よりいっそう学びを深めることができます。
 だからこそ、発問づくりは重要なのです。
「こう聞いたら、このように反応するかなぁ」
「こう問えば、きっとこう答えてくるだろう」
など、子どもたちの実態に応じて発問は変化します。
 子どもたちが意欲的に取り組むための発問の技術を身に付ける必要があります。
(大畑利則:1952年生まれ、元静岡県公立小学校校長)

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子どもたちが授業に飽きていることに気づけますか、どうすれば授業のマンネリを防げるか

 ワンパターンの授業が続き、授業がマンネリ化すると、子どもたちは授業に集中できなくなり、違うことに面白さを求めるようになる。
 時には、それが問題行動であったり、他者へのいじめであったりもする。
 あなたは、子どもたちが授業に飽きていることに気づけますか。
 授業をしながら、常に子どもを観察し、子どもの表情や動作などから、授業を子どもたちがどう感じているかを読むことができますか。
 授業がワンパターンになっていると、子どもたちはストレスをためる。常に「教え込み一辺倒」や常に「子どもの考え主体の授業」だと、嫌気がさしたり、手遊びを始めたりする。
 また「教え込み」と「練習」を繰り返す授業では、子どもは飽きてくる。
 子どもたちが授業に集中できずに、落書きを始めたり、足を動かしたり、勝手におしゃべりを始めたりする状況になると、もう子どもたちはあき始めていることになる。
 これを無視して教師本位の授業をしていくと、子どもたちは教師の話を聞かなくなり、学級崩壊のきっかけとなる可能性がある。
 常に子どもは変化のある授業を望んでいる。ある時は「教え込みの授業」と「練習」、またある時は「子どもの考え主体の授業」というように、さまざまに組み合わさっている授業だと、子どもは授業に引き込まれ興味を示す。
 このことがわかっていないと「私は子どもたちの考えを生かして授業をしているのに・・・・・」と言いながら、だんだん学級が荒れてくることがある。
 それは、子どもがマンネリを嫌っていることに気づいていない教師だからだ。
 だからこそ、子どもの動きに気を配れる教師である必要がある。そのためには、
(1)
子どもの視線を読めること
(2)
子どもの手の動きを読めること
(3)
子どもが今、何をするべきかをわかっているかを読めること
 学級全員の考えを集結して「できた!」と実感できる授業。友だちの考えを聞いて「わかった」と言える授業。
「できた!」という喜びを学級で実感できる授業をときおり行うようにする。
 この学びが成立する学級の子どもたちは、学習することが好きで、考えることが好きになる。 
 子どもたち一人ひとりのよさを引き出し、よさを語ってあげることも大切だ。
 学級の子どもの反応のよかった授業はどんな授業であったかを分析する。子どもたち一人ひとりを逃がさずに、しっかりと「ねらい」にもっていく手だてを常に考える教師でありたい。
 授業のマンネリを防ぐ努力は、教師が子どもたちから信頼されるために必須のことである。
「子どもってすばらしい、面白い!」と思わない教師は、授業のマンネリ化の危険がある。
(
成瀬 仁:新潟県公立小学校教師。国立大学教育学部非常勤講師、オーストラリア公立小学校での勤務経験がある。また、幼稚園の経験もあり、多彩な教職経験を生かし、子どもと環境、教師の雰囲気を考えている
)

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授業で、発問・説明・指示の仕方をプロ級にするにはどうすればよいか

 教室で大勢の子どもたちに話をするのですから、声も間も大切です。いつもよりも、大きく、はっきり、ゆっくり話します。
 すると、落ち着いた話しぶりになり、発問や指示が通りやすくなります。
 見ればわかるように、身振りや手振りを入れたほうが、わかりやすいと言えます。
 表情も重要なポイントです。笑顔で話をすると聞き手は安心します。
 特に真剣な話をするときには、目を見開き、しっかりと子どもたちを見渡しながら話をすると効果的です。
 話し始めに、わざと長めに間をとったり、あえて小声で話したりすると、聞き手を引きつけることができます。
 発問には、いくつもの答えが予想される発問があります。例えば社会科で「写真を見て、気付いたこと、疑問に思ったことは何ですか?」とか、曖昧な部分を聞く発問です。
 いくつもの考えを出させることで、思考を広げ、比較検討し、妥当な解に絞ることを通して子どもの思考を深めるのです。
 発問の後に、全員が考えさせるように指示をするとよい。「自分の考えをノートに書きなさい」と指示をします。
「賛成なら〇、反対なら×と書きなさい」「根拠をずばりひと言で書きなさい」という指示なら1分以内で終わります。
「考えを10文字以内で書きなさい。時間は2分です」
「3分以内に根拠を3つ、ノートに書きなさい」
 このように指示されれば、全員が目安をもって取り組めます。 
 説明内容が見えると、さらにわかるようになる。実物や写真、動画があると話がわかりやすくなります。
 黒板に絵を描いたり、図解したりして描写するようにします。わかりやすい説明をしている教師の授業を参観すると、黒板を効果的に使っています。
 子どもの身近なことに置き換えることができれば、説明内容がよりわかりやすくなります。
 説明するときは、具体例があるとわかりやすい。しかし、具体例だけでは、すっきりとわからないことがあります。
 例えば「私が好きな食べ物は、ラーメン、うどん、パスタです」という話は、すっきりわかったという気にはなりません。
「私の好きなのは麺類です」と、束ねる(抽象化する)ことでわかりやすこなります。
 つまり、具体的な説明を入れるには「例えば」、束ねて抽象化するには「つまり」を使うようにします。
 説明は短いほうがよいですね。時には説明が長くなるときがあります。そんな時には、合間に笑いを起こすようにしてみましょう。リラックスでき、再び集中して話を聞くことができるのです。
 説明を聞いているだけでは、子どもたちは飽きてしまいます。大切なポイントを復唱させることで、聞き手を参加させることができます。
 問いかけることも有効です。「今、〇〇について説明しましたが、どんな点に気をつければよいでしょか?」と、聞けば復習になります。
 ペア対話やグループ学習など、ある程度まとまった時間が必要な場合があります。
 その作業を終えるのに、どうしても時間差が出てきます。
 その場合は、指示を終えた後の行動もセットで説明しておきましょう。例えば
「今日の学びを振り返り、感想を書いておきましょう」
「話し合いの内容を発表してもらいます。発表の練習をしておきなさい」
などです。こうしておけば、ムダな空白時間が生まれません。
(
瀧澤 真:1967年埼玉県生まれ、千葉県公立小学校教頭
)

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学級の子どもたちには能力に差がある、みんなを生かすには、教師はどのように発問し、子どもの答えにどう反応すればよいか

 学級の子どもたちには、能力の差が、歴然とあるのが現実です。発達がゆっくりで、理解がなかなか深まらない子もいます。
 発達は、待っていれば伸びていきますが、能力の差は、時間の経過だけで克服できるわけではありません。
 その意味では「すべての学級が能力的には複式学級である」というのが、私の持論です。
 私はたいてい、学級全体に投げかける発問は、平均的な学力の子に向かって問うことを想定しています。
 一人ひとりの能力や発達の差に、応じた問いをつくることは、不可能です。
 しかし、そもそも、落差があるからこそ、授業はおもしろくなるのです。
 さまざまな子どもがいるために、ある問いを出したときに、高い解から低い解まで多様な解が返ってきて、活発な討論が起きるのです。
 能力が高い子も低い子も、相互に刺激し合いつつ伸びていくことが大事であり、そのプロセスでお互いが鍛え合い、高め合っていくのです。
 差は、なくそうとしても、なくなるものではありません。教育は、子どもには能力の差があるという、当然の前提から出発すべきです。
 子どもの能力を同じようにそろえようとして、上の子を放っておいて、下の子ばかりにかまけるようでは、上の子はたまったものではありません。
 同じく、上の子だけ伸ばして、下の子を切り捨てて進むのでは、教育の名に値しません。
 落差は、最後まで残るのが現実です。
 それを認めたうえで、上の子も下の子も一緒に伸ばしていくのが、理想の発問であり、優れた授業なのです。
 子どもの中に落差があるのは事実ですが「この子はできる子」「あの子はできない子」と、先入観で固定的に見るのは避けなくてはなりません。
 子どもの成長はめざましく、いつどんなドラマを起こすかわかりません。
「この発問は、この子には答えられないだろう」と決めつけてしまうと、伸びる子も伸びなくなってしまいます。
 子どもたちには、いつでも大きな可能性を秘めた存在として、接していくことがたいせつです。特に、ものごとを受けとめるセンスは、必ずしも成績の優劣を反映しません。
 発問に対する子どもの反応をどう「受け」るかが、授業の良否を決めます。
 子どもの多様な反応や答のうち、どれを潰し、どれに注目させ、どんな討論を導くか、教師はその場で即決しなければなりません。
 発問は、教師の優れた受けをともなってこそ、意味をもちます。子どもの答えを受けとめる技量がなければ、教育効果は上がりません。受けによって発問も意味をもちます。
 そのためには、教師は知識のすそ野を広げ、知識の引き出しを多くもっていることが望ましいのです。
 私が五年生を担任していたときのことです。社会科の授業で、日本地図を見せてから「気がついたことを述べなさい」と問いました。
 発問としては、ごく低レベルです。子どもたちは何を答えていいかわからず、きょとんとしていると、ある子が手を挙げて「上下に長いです」と答えました。
 教室は爆笑に包まれました。当たりまえすぎると思ったのでしょう。しかし、私は
「すばらしい発見だね。上下に長いということは、つまり南北に長いという意味だ」
「日本という一つの国の中に、北海道のように寒い地域から、沖縄のように暑い地域まである」
「雪も見られるし、パイナップもとれるのは、そのためだね」
と、その子を大いにほめました。そして、
「他に気づいたことがありますか」と問うと、その子が再び手を挙げて「周りが海です」と言いました。子どもたちはまた笑い出しましたが、私は激賞しました。
「それも、すばらしい発見だ。日本は島国で、外国と陸続きではない」
「そのため、外国の脅威が及ばず、独自の文化が発展したのだ」
「鎖国が可能だったのも、島国だったからこそだ」
 発言した子が戸惑うほど、ほめたのです。子どもたちも感心し、うなずきました。
 その子は成績がよいほうではなかったのですが、この問答をきっかけに社会科の学習に興味をもち、学力もかなり伸びていきました。
(
野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰
)

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授業は発問で決まる、発問とはどのようなもので、そのポイントとは

 授業における「発問」はきわめて重要です。授業は発問によってつくられるといっても過言ではありません。
 教師から問いを出されて、考え、話し合う。それが、授業の基本的なかたちです。
 より広い視野をもつ教師から、あえて問われることによって、子どもたちは自分一人では想像もつかなかった視点から考えるようになります。
 そして、子どもたちはそのプロセスの中で、思考すること、問題を解決することのおもしろさを実感し、成長します。そして、ようやく、子どもたちは自ら疑問をもち、自ら考えられるようになるのです。
 発問とは、正解を把握している教師が、子どもたちの潜在的な「不備・不足・不十分」を顕在化し、正しい理解に導くために、問いのかたちをとって指導する教育技術の一つです。
 教師は、その単元のねらいや授業のねらいを具体的に把握し、子どもたちの理解力の現実と理想との間に、どんなに不備・不足・不十分があるかを予測しなくてはなりません。
 そして発問は、子どもたちが自らの不備・不足・不十分に気づけるものであるべきです。
 優れた問いは、不備・不足・不十分を顕在化させます。そして、それを修正することによって、子どもたちの学力は伸びていくのです。
 学級には、授業内容をきちんと理解している子もいれば、あまりわかっていない子もいます。そのために、教師は子どもたちの多様な答えをランクづける能力がなくてはなりません。例えば、
「Aは理解している。Bはもう少し深く読みとらせる必要がある。Cの答えは正解からほど遠い」というふうに把握したら、まず大間違いの解から片付けていき、さらに高い次元の答えを導きだすよう、授業を進めることができます。
 発問は、容易から難へ、概要から細部へという大まかな流れが原則だと言われるのは、子どもがどこで「つまずいたか」を、明確にするためなのです。
 授業の雰囲気づくりのために、やさしい問いをあえて投げかけることもあります。
 自信をもって答えた子どもを「その通り。よく答えられたね」とほめて、気持ちを明るくさせてから、より深い内容に導いていくというのも、授業の技法のひとつです。
 子どもたちが「わかっていない自分」を自覚することは、とても大切です。何がわからないのかに気づけば「わかりたい」という、学習への前向きの姿勢が生まれます。
 問いを出されてこそ、子どもたちは啓発されるのです。「見れども見えず」という言葉がありますが、問われてはじめて気づいたり、目が開いたりすることは、たくさんあります。
 問いは、それほど基本的な技術要素であるにもかわらず、発問の意義や技術は十分に認識されていない状況です。
 教師が発問し、子どもたちの反応を受けとめるプロセスでは、教師の力量が問われます。
(
野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰
)

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授業がうまくなる板書の技術のポイントとは

 板書は、豊かな内容を美しく、大きく、目立つように書くべきである。板書計画を立てておかねばうまくいかない。
 私は授業を行うとき、いつも「芸術的な板書をしたい!」と考えている。
「芸術的な板書」というのは、美しいだけではなく、内容のポイントがきちんと書かれ、正確で、見やすい板書である。子どもたちが、黒板に吸いつけられるような板書である。
 また「子どもを引きつけて離さない板書」である。板書の「内容のおもしろさ」が第一のポイントである。
 いくら、きれいに、ていねいに、カラフルに書いても「内容のポイント」が書かれていない板書には、子どもたちは関心を示さない。子どもたちは、内容のよしあしをかぎ分ける臭覚を本能的にもっている。
 板書するとき「何を書いて」「何を書かないのか」ということを、常に考えることだ。そこに教師の教育観があらわれる。
「この時間に、これだけは何としてもわからせたい」というものを、きっちり書くべき。他のものは極力書かないようにする。
 内容のポイントを書いて、よぶんなことをなるべく書かないことだ。そうすれば、教師の書くことに重みが出てくる。
 そして、毎日の授業で、それを実験的に行ってみることだ。これが、板書の技術上達のポイントである。
 つまらない内容を黒板いっぱいに書く教師は、内容のポイントをつかんでない。
 つまらないことをたくさん書くから、子どもたちは「見てもしかたがない」「ノートしても意味がない」と、子どもが考えるようになってしまう。
 チョークは白が基本である。それは黒板が黒だからである。対照的で見やすいからである。「見やすい」ことが極めて大切である。
 文字を書くときは、原則として、白、赤、黄色を使うのがよい。赤や黄色がまじると、白が鮮やかに見える。
 色チョークは、色で強調したり、区別したりするときに使う。大きな文字で書くようにすると、いっそう見やすい。
 私はチョークの色を「問題・はてな?」は黄色、「大切な言葉・用語」は赤色、「覚える用語・その他」は白色という約束を子どもとしていた。
 青色は、川や海など水に関係のあることを着色するとき、緑色は、平野や平地の着色するときに使うようにした。
 チョークはやわらかいものがよい。
 文字の大きさは、一番後ろの子どもにちょうどよい大きさで書くことだ。
 小さい文字を書く教師が多い。一番前の子に合わせているから、小さすぎて見にくいのである。
 教師は、子どもの力に合わせて、文字の大きさと書くスピードを調整するとよい。
 教師が発問したとき、子どものいろんな反応をしっかり「板書」して、これを一つにしぼるのだぞ、ということに子どもたちに気づかせなければならない。
 きちんと板書して、話したり、説明すれば、子どもたちの認識率は80%になる。板書せず口頭で話すだけだと認識率は20%におちる。
 私は、毎時間「日付」を書くことさえ考えて行った。大きく書いたり、小さく・漢字・英語・昔の月の呼び名も使った。子どもたちは「今度はどんなことを書くか」と楽しみにしていた。
 板書に興味をもたせることは、ひいては子どものノートに関心をもたせることになる。「いいノートは、いい板書から」と言える。そして「いい板書は、子どものやる気さえ引き出す」ものである。
 教師が板書していると、子どもたちに考える間ができる。
 教師は子どもたちに文字が見えるように、しゃがんだり、体をずらすようにして板書するとよい。子どもたちは筆順も確認できる。
 子どもの意見を的確なことばで書く。そうすることで、構造的な板書ができ、今、何を学習しているのか、この1時間どんな学習をしたのかが、はっきりとした板書になる。
 板書は固定観念にとらわれないこと。これは大事だと思ったら、びっくりするような大きさで書いたり、逆に小さな字で書いたりする。強調した板書にしたいものだ。
 ワクにはまらない思考をさせるには、ワクにはまらない板書や発問が必要である。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)


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