カテゴリー「授業の技術」の記事

活動と学びをつなぐ「板書」や、学力を高める「ノート指導」はどうすればよいか

 小学校の社会科は、子どもが自ら社会的事象に問いかけ、働きかけながら、自分の体と頭を使って学ぶ教科です。
 近ごろ流行している「活動あって学びなし」という現状が一部に見られます。それはなぜか。
 私は「活動」から価値ある「学び」へと導く教師のかかわりや指導があいまいになっているからではないか、と考えています。
 「活動」によって体得した知識の多くは、断片的で未整理の状態にあります。
 それを、「比べる」「つなげる」「まとめる」などの思考操作を経て再構成し、そこに社会的な意味を吹き込んでいくことによって、価値ある「学び」が生まれてくるのです。
 そのための、その手軽で身近な方法が「板書」の構造化です。
 教師が個々の子どもの発言内容をキーワード化し、黒板に「板書」し記録・再現します。
 それら「板書」したものを「類似したもの」と「相対するもの」とに分類・整理し、それぞれの意見の根拠や見方の違いを明らかにしたり、関連する他の事象との関係を見いだしたりする。
 そうした集団思考によって互いの見方や考え方を再構成していく思考の舞台が「板書」なのです。
「板書」による集団思考を展開していくには、子どもの反応を予測し、それらの発言内容を黒板のどこに、どのように位置付けたらよいのかを事前に考えておくのが「板書計画」です。
「板書計画」を立てるには、「板書」の基礎・基本と基本パターンを理解しておく必要があります。そのポイントは
1「板書」の基礎・基本
(1)本時の「学習のめあて」を必ず書く。
(2)中心資料を、必ず板書に位置付ける。
(3)色チョークの使い方を決めて、子どもに知らせておく。例えば、
 赤色:重要な用語。
 黄色:集約した意見や考え、まとめ。
 白色:資料から読みとった事実や解釈、子どもから出された考えや意見の要約など。
(4)線や矢印の使い方・方向などに留意する
2「板書」の基本パターン
(1)中心資料の比較を中心に、板書を構成するパターン。
(2)資料や取り上げた事実などを関連付けながら板書を構成するパターン。
(3)共通の観点を設けて個々の事実を整理したり、全体から何がいえるのかを集団思考したりしながら板書を構成するパターン。
 学力を高めるノート指導はどうすればよいでしょうか。
 私は、必ず教室の横に立って、社会科の授業を拝見します。
 それは、なぜか。一つは、子どもの表情を読みとるためであり、一つは、子どものノートを見るためです。
 子どもが何を考え、どこまで理解しているかを、とらえるうえで手がかりになるのが、子どものノートです。
 子どもの関心や意欲、思考や理解の状況を自分なりに読みとり判断に努めているからです。
 ノートについては、教師の指導によって、大きな違いが見られます。
 きめ細かな指導がいきとどいたノートもあれば、板書をそのまま書き写すだけのノート、せっかく子どもの考えや感想、意見などを書いているのに、目を通した形跡が見られないノートなど、じつに様々です。
 社会科ノートの充実に視点をあてた研究に取り組んでいる研究会(香川県小学校教育研究会社会科部会)の研究内容を紹介します。
「ノートの使い方」について
 例えば、次のようなノートに使い方についての約束を決め、それが身につくまで、繰り返し指導するようにします。
1 授業の始めに、その日の日付を教師が黒板に書き、子どもがノートにメモする。
2 教師は三色のチョークを使い分けて板書する。
 赤色チョーク(重要な用語)と黄色チョーク(集約した意見や考え、まとめなど)は、全員が必ずノートにメモする。
 白色チョーク(資料から読みとった事実やその解釈、子どもから出された考えや意見などの要約)は、子どもの判断で、必要に応じてノートにメモする。
3 授業中に、よい考えが浮かんだときには、必ずそれをノートにメモする。そして、発言するときには、そのメモを活用する。
4 授業が終了する直前の3分間程度をノートのまとめの時間とすし、板書を手掛かりにして、その日の学習で
「初めて知ったこと」
「驚いたこと」
「わかったことや考えたこと」
「疑問に残ったこと」
「もっと詳しく調べたいこと」
 などを自分の言葉でノートにまとめる。
(安野 功 1956年埼玉県生まれ、埼玉県浦和市立小学校教師、埼玉県浦和市(現さいたま市)立教育研究所指導主事、文部科学省教科調査官、国立教育政策研究所教育課程調査官などを経て國學院大學人間開発学部初等教育学科教授)

 

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授業中に行う説明の技法にはどのようなものがあるか

 授業中に、教師が子どもに説明することがたいへん多くあります。言葉や知識について説明したりします。
 教科書は、子どもに知らないことを提供することを目標にして編集されています。
 それでいきおい授業は、知らないことを知っている言葉を使って説明するということになりがちです。
 それが単に言葉の置き換えだけにとどまってしまうと、深い授業にはならないのです。
 説明の技法には次のようなものがあります。
(1)言葉の置き換えによる説明
 一番あたりまえの技法です。知らないことを知っている言葉を使って説明することです。
 手軽で便利なものですが、単純な方法ですから効果はそれほど大きくはありません。
(2)イメージによる説明
 言葉によって描写することで、子どもたちの頭の中に「絵・音・匂いとか」をつくりだす方法です。たとえば、有名な実践家の斎藤喜博先生は
「こんどは『すすき』を考えてください」
「この俳句の場合、どちらかというと、すすきは一本とか二十本とかでなく、広い野原がすすきでいっぱいになっているのではないかな」
「一本一本のすすきなどは見えない。見渡すかぎり、すすきが綿をひろげたようになっている」
このように、言葉による描写力を教師が獲得し、その力を高めることは、そんなに簡単なことではありません。
 ふだんから意識的に訓練し、実際に試してみるなどの努力が必要となるでしょう。
(3)例をあげる説明
 子どもの生活経験にありそうな具体的な例と結びつけて説明することがよくあります。
 その効果も大きいものがあります。たとえば、斎藤先生は
「自分の可愛い子が『おててが冷たい』と言っているんだからね」
「みんなの家のお母さんはどうなんだ?」
「『母ちゃん、足がきれちゃった』なんて言ったときに、お母さんは、空のほうをみて涼しい顔しているかな」
「『あら大変、どうしたの』(動作してみせる)こうやるでしょう」
 このように具体例が授業中にとっさに生まれてくるようになると、授業の力は非常に高くなってくるのだと思います。
(4)比喩を使う説明
 それを引き合いに出すことによって、あることの本質がはっきりしたり、うまく説明ができるというものです。たとえば、斎藤先生は
「息を吸うとき、お腹出なけりゃだめでしょう」
「だって、お菓子か何かもらうときに、袋を小さくしたら入らないでしょう」
「うーんとふくらませなければ空気が入らないでしょう」
「それを、息を吸うときに引っ込むんじゃ、入らないでしょう」
(横須賀 薫:1937年生まれ 宮城教育大学学長、十文字学園女子大学学長を務めた。教員養成や授業に関する研究を主に行った)

 

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教師が授業で、初心者から抜け出す10項目とは

 法則化サークルWISHで合澤菜穂子先生が模擬授業を通して学んだことです。
 初心者の合澤先生でも,意識するだけで変化をすぐに感じることができました。
 授業に悩んでいる先生方,ぜひトライしてみてください。
1 笑顔
 ふだんから口角を上げることを意識する。
 鏡を見たらにっこり笑う。
 意識することで,自然に笑顔が出るようになる。
2 目線
 子どもを見るとき、一人一人の子どもに目線を一瞬合わせることで,先生が自分を見てくれていると感じさせる。
3 体の向き
 指示・発問を出す時は,必ず子どもの方に体を向ける。
 子どもの発言は,最後まで子どもの方を向いて聞く。
 そして,板書をする。
4 指示
「教科書○ページを開けなさい」
「○○を指で押さえなさい」
「お隣同士確認」
 など、指示は,一つずつ出し,できているか確認する。
 この時,指で教科書の○○を押さえ子ども達に見せながら,目線は子ども達へ向ける。
5 発問
「△△は,分かるかな?」と,とりあえず発問はしない。
「△△は,何ですか?」とはっきりと発問する。
6 言葉を削る
 発問や指示をノートに書いてみる。
 できるだけ1行になるように,余分な言葉を削っていく。
 もちろん,「昨日□□したように・・・・・」など,無駄なことは言わない。
 大切なことが,何か分からなくなる。
7 動き
 無意味にうろうろしない。
 全体の状況を把握したり,個別に教えたりするという目的をもって動く。
 そのとき,子どもと目が合ったら「にこっ」と笑う。
 そして,子どもの方を向いたままバックしながら帰る。
8 足音
 運動靴など、足音のでない靴を履く。
 足音を立てず,静かに動く
 この音が気になり,集中できない子どもがいる。
9 声
 明るく,元気よく言う。
 女性の特性である包み込むような優しさ,しとやかさを出す。
10 リズムとテンポ
 始まって1分以内に作業を入れる。
「かせる」「言わせる」「立って考えさせる」など。
(合澤菜穂子:法則化サークルWISH)

 

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授業技術の活用や技術を得るために必要なこと、授業での臨機応変な対応とは

 第二次世界大戦前の師範学校では、おもに「どのように教えるか」という教授法の伝授が中心におこなわれました。あくまでも国定教科書を絶対視した教授法は技術主義と批判されました。
 戦後は、「何を教えるのか」に重心を移して教員養成がなされました。
 スタッフの制約もあって、授業実践を支える教育技術の育成には課題をのこしています。
 もとより「何を教えるのか」「どのように教えるのか」は二律背反してはならず、教師は教育内容と教育技術の研究を同時に追究しなくてはならないのです。
 授業の技術化を実現するために、具体的には指導案や授業記録に実践を記録しますが、その際に三つの要件が必要とされています。
(1)伝達可能性
 指導内容を微細に明示します。発問・指示・説明など授業のようすを具体的に記述し、事実を伝えます。
(2)再現可能性
 「どうやればいいのか」という方法だけでなく、「なぜそれでいいのか」をもあわせて提示します。
 これを読むことによって、教師は伝えられた授業の事実の意味を把握し、何に焦点化して実践すればよいのかが理解できるのです。
(3)検証可能性
 授業に対する評価をおこないます。
 授業記録は、教師の指導記録のみの記述となり、子どもたちの学習活動の経過と結果の事実の記載が弱くなります。
 その授業を成立させている条件(地域・学校の特徴や教師・学級の特性など)を明らかにするとともに、子どもたちの学習活動を正確に評価した記録を提示すべきでしょう。
 このようにすることによって、そこで使用された教育技術の適用範囲と限界を知ることができます。
 共有財産となった教育技術を活用する際の注意点は、
(1)教育技術を使う場合には、「子どもたちへの願いは何か」という問いを忘れないことです。
「何のために」使用するのかという問いをもつことです。
(2)使用される教育技術は子どもたちの学習集団の質や教師の力量によって、異なるとともに発展もするということです。
(3)教育技術を体得するには、練習が必要とされるということです。
 教師は、授業記録を読み、授業を観察するだけでなく、自らも授業を公開し、技能化の程度を客観化する努力が求められるのです。
 一般に、人間の認識活動は、分析と直観、科学的認識と形象的認識という二つの働きによって成立しています。
 したがって、教師と子ども、という、ともに個性をもった存在がぶつかり合う活動である授業実践を認識する場合にも、科学的方法(技術化)だけでなく芸術的方法(芸術化)が要求されるのです。
 計画された授業の経過のなかで、子どもたちの思いがけない反応や不測のできごとに直面して、教師が教育的に適切な臨機応変の対応をおこなう(教育的タクト)ことが常におこなわれています。
 このような教育的タクトが、芸術的方法としての「教育的鑑識眼」や「教育的批評」の対象として形象的に記述されるならば、その具体相がより明確になるでしょう。
 教育方法のあり方を示した、工学的アプローチ(教材の開発や選択に裏づけられた合理的な授業づくり)と羅生門的アプローチ(創造的な授業実践での臨機応変的な対応)は、まさしく、授業づくりにおける「技術化」と「芸術化」の問題です。
 この問題は、授業名人と評された斎藤喜博に対する二つの異なる批評として顕在化しました。
 一つは、教育技術法則化運動がおこなった。斎藤の授業技術は明示性に乏しく、教師たちの共有財産にはなりにくいというものです。
 他方、林竹二は、斎藤は授業技術にこだわりすぎて、子ども全体に質的に働きかけるという授業の本質を見失う危険がある。
 つまり「技術性」を重視する立場からは、「芸術性」のもつ不透明性が批判され、逆に「芸術性」を重視する立場からは「技術性」のもつ効率性が批判の的になりました。
 授業における「技術性」と「芸術性」を考える際に参考になるでしょう。
(田中耕治:1952年生まれ、京都大学教授を経て佛教大学教授。京都大学名誉教授。専門は教育方法学・教育評価論)

 

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どの子も発言したくなる授業をするには、どうすればよいか

 今、教師と子どもの「間違い観」が問われていると言えます。
 「間違い観」ひとつで、授業はまるっきり変わっていくのです。
 「間違い」が、深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくことです。
 そうすれば、今まで沈黙を守っていた子どもたちが、どんどん発言するようになります。
 発言することで、授業が何倍もおもしろくなることを、子どもたちは実感していくのです。
 すると、授業が活気に満ちたものになります。
 個性的な意見がつぎつぎと出されるようになります。
 ときには、対立意見が出されます。傍観などしていられなくなります。
 友だちがどう発言するか、ハラハラしながら聞くことになるのです。
 発言したくて、うずうずしてくる子もでてくるのです。
 ほんとうの意味で、共同の学びができるようになります。
 あすの授業を楽しみにする子どもたちが増えてくるのです。
 教師は、みんなで話し合うことに値する教材を用意し、授業のどこで、どんな話し合いをさせるかだけを準備しておくだけでよいのです。
 授業においての子どもの発言には、深い意味がある。
 授業中に子どもが発言するようになると、
(1) 授業だけでなく、子どもの生活も生き生きとする。
(2) 学ぶことが楽しくなる。「なぜ学ぶのか」について考えるようになる。
(3) 次第に、子どもたちの個性的な意見が次々と出されるようになる。発言しない子も傍観などしていられなくなる。
(4) 自分の間違った意見や、友だちの間違った意見などを聞いて、子どもたちがお互い協調するようになり、明日の授業が楽しくなる。
 教師が、子どもたちの授業中の発言を保障し、子どもたちが自発的に発言する環境を整えてあげることが大切である。
 そのためには、子どもたちが「間違うことを保障」してあげることである。
 子どもが、授業で生き生きできないのは「間違い」や失敗を恐れているからである。
 「間違い」をしないために、沈黙を守るのである。
 沈黙は、恥をかかないための最良の手段でもある。
 「間違い」が深い学習にとってどんなに重要か、「間違い」が楽しい授業にとって不可欠でさえあることを、授業の事実で体験させていくとよい。
 そして教師は、みんなで話し合うことに値する「教材」を用意し、「授業のどこで、どんな話し合いをさせるか」だけを準備しておけばよいのだ。
 一人ひとりの発言に、大袈裟でも丁寧にはげまし、その個性を褒めることが大切である。例えば 「よくそんなところに気づいたね。すごい」と。
 「正しいこと」を求めるのではなく、彼らの頭に自然に浮かんだ疑問、意見、それ自体を求めればいいのだ。
 そして発言は強制せず、発言し出すのを待つことである。
 授業のリラックスした状態が、じっくり考えたり、自分の発想を練るためには大切である。
 そのためには、子どもを不安にさせないことがたいせつである。
 例えば、指名などを行ない、考えてもいなかったことを急に言わされたり、黒板にだされたりしたら、子どもはどきまぎしてしまう。
 不安は考えや発想の障害になるからだ。
 学ぶことが楽しくなると、子どもは頭脳の扉が開く。
 大人が考えてもいないようなすばらしい発想があふれ出てくる。
 だからどんどん吸収することが可能になる。
 発言はいつのまにか授業中だけでなく、いじめや暴力への反発の叫び、節度があり自由で楽しい生活にするためのものになるに違いない。
(今泉 博:1949年北海道生まれ、東京都公立小学校教師、北海道教育大副学長(釧路校担当)を経て松本大学教授。「学びをつくる会」などの活動を通して創造的な授業の研究・実践を広く行う) 

 

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授業で教えたいものを教師がつかむにはどうすればよいか、授業での指導のコツは?

 授業とは「これだけは何としても教えたい」という内容を、子どもが「学びたい、調べたい、追究したい」というものに「転化」することである。
 教師の何としても教えたいもの「ねらい」を、子どもたちが学びたいと思って、学ばなければ授業とはいえない。
 学力低下などの問題がおこっているのは、教師が「これだけは何としても教えたい」という強い願いをもって、子どもを指導していないことからおこっているといってもよい。
「これだけは何としても教えたい」という内容を鮮明につかむには、教材研究をしっかりする必要がある。
 教科書を使うことが多いが、教科書に書いてあることの「何を」「どのように」教えるのかが問題である。
 教科書を教えるには、20~30回くらい読むことだ。
 そうすれば、教えなくてはならないポイントやキーワード、内容の中心などがみえてくる。
 いきなり「指導書」を読むのはよくない。自分なりの「考え」をもってから読むようにすると、考えの幅も広がり、深さも深くなる。
 教えたいことが鮮明になってくると、これをより効果的に教えたいと考えるようになる。
 その時、最も効果的なものが「現物」である。
 現物がないときは、レプリカや写真などでもよい。教科書だけよりはるかに大きな効果がある。
 例えば、コンセントの「プラグ」を準備する。なければ、絵を描くことだ。この場合は、絵の方がいい。
 教師は、3枚のプラグの絵を描く。
 1枚目は、A:さし込みの部分に「穴があいてない」もの。
 2枚目は、B:「片方だけ穴があいている」もの。
 3枚目は、C:「両方とも穴があいている」もの。
 である。
 教師の「ねらい」は3枚目のCであることをつかませ、その理由を考えさせることである。
 指導のコツは、教えることは、鮮明であるが、大事なことは「教えてはならない」ということである。
教師:「コンセントのプラグ知ってますよね」
 といいながら3枚のコンセントのプラグの絵を提示する。
子ども:「あれっ?どれが正しいの?」と、もう考え始めている。
 子どもたちは、AだBだCだといって、なかなか決まらない。
 ふだん、いかにモノをよく見ていないか気づく。
 ここで、もったいぶって実物を見せる。集中力抜群の場面である。
 Cが正解だが
教師:「なぜ穴が2つもあいているのか?」
 と、またもめる。
「鉄の節約のため」といった大人(教師)もいるくらいである。
 ここで教師が知ったかぶりをして教えるか。それとも
教師:「先生も理由がよくわからないんだよ」
 と、とぼける役者ぶりを発揮するか。
子ども:「先生も知らないの!」
 と、馬鹿にされても、軽蔑に耐えることがコツである。
 じらしておいて、
教師:「先生は、コンセントにヒントがあるような気がしてるんだけど、どうだろうな?」
 と、ヒントをさり気なく出し、あとは子どもに追究させることだ。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

 

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授業力アップの秘訣とは

 学力低下などの問題がおこっているのは、教師が「これだけは何としても教えたい」という強い願いをもって、子どもを指導していないことからおこっているといってもよい。
「これだけは何としても教えたい」という教師の「ねらい」を、子どもたちが学びたいと思って、学ばなければ授業とはいえない。
 教師が教えたいという「ねらい」を鮮明にもつことだ。しかし、教えてはならない。
 子どもが「学びたい、調べたい、追究したい」という気持ちに転化させることが授業だ。
 授業力アップの秘訣の根本は、なんと言っても教師の人間性。技術と人間性のバランスがとれていなけりゃ、いい授業はできない。
 授業力をあげるための心得は、
1 あのような授業をしたいという強いイメージを持つ。
2 遠い目標と、近い目標をきちとんと持つ。
3 教材研究をしっかりやる。教材を自分のものにする。
「これだけは何としても教えたい」という内容を鮮明につかむには、教材研究をしっかりする必要がある。
 教科書を使うことが多いが、教科書に書いてあることを「どのように」教えるのかが問題である。
 教科書を教えるには、20~30回くらい読むことだ。そうすれば教えなくてはならないポイントやキーワード、内容の中心などがみえてくる。
 いきなり「指導書」を読むのはよくない。自分なりの「考え」をもってから読むようにすると、考えの幅も広がり、深さも深くなる。
 何と言っても、面白くて深い内容のある教材が必要であり、これを見つけることが教師の大切な仕事でしょう。
 教科書を教えても、教師が自分の内容にしておれば、面白くでき、子どもを惹きつけることができます。
 教えたいことが鮮明になってくると、これをより効果的に教えたいと考えるようになる。その時、最も効果的なものが「現物」である。
 現物がないときは、レプリカや写真などでもよい。教科書だけよりはるかに大きな効果がある。
4 ヒットでよい。ホームランをねらわない。
5 毎日1時間だけでよいので、授業を考える工夫する。
 ノートの左に工夫をかく。右側にその結果をかく。毎日、向上の記録を残す。
6 いい授業をしたら学級はよくなるはず。学級づくりをきちんとする。
 授業力アップために大切な5つの技術とは
1 教材・発問・指示
(1)教材
 提示される教材は、はっと思う内容である上に、しかも身近にその事実があるもの。
 教材は「おもしろいこと」「基礎基本的なことが含まれていること」「学習方法がよくわかること」
(2)発問・指示とは
 発問というのは「これだけは何としても教えたい」という「ねらい」にそって考え、「問い」という形でさり気なく子どもに知らせ、子どもから多様な反応を引き出す触媒のようなはたらきをするものをいう。
 授業は、多くの子どもを対象とするので、発問で多様な反応を引き出し、それを「集約・焦点化」するのが教師の授業技術である。
 指示は、命令に近いもので、1つのことを「このようにしなさい」と、指し示すことである。
 たとえば「ノートに書きなさい」「3回音読しなさい」などと、明確な活動のしかたを示すことである。
 指示の多い授業は、民主的な授業とはいえない。
 発問も指示も、ブレないことが大事である。何回いっても同じでなければいけない。
(3)教材研究から発問・指示を
 いい発問・指示は、教材研究をしているときに考えつくものである。というより、「発問・指示」を思いつくまで教材研究をすることである。
「教材研究をする」ということは、「発問・指示」をさがし求めるといってもよいのである。
 授業のうまい人は、発問・指示がうまいので、記録をとってみたりしながらよく見ることである。例えば、
 A「バスの運転手は、どんな仕事をしているでしょう?」
 B「バスの運転手は、どこを見て運転しているでしょう?」
 AとBの発問は、どちらがよいでしょうか。
 Aは、優秀児しか答えられない。大人でも答えに困る。
 Bは、全員挙手できる。つまり全員反応できる。前も、後ろも、横も、バスの中も、見ていることに発展するから Bのような発問を考えることである。
2 板書
 板書をきちんとし、子どもにノートをきちんと書かせて欲しい。 
 子どもの反応を集約・焦点化する。チョークの使い方にも基礎・基本あり。
3 資料作成の工夫
 作り方、見せ方の工夫を。手がかりをつけさせる。
4 話し合い
 明確な話題。共通基盤を持つ。
5 話術・表情
 内容のある話術・表情・パフォーマンスが大切です。内容のないパフォーマンスだけでは、子どもを惹きつけることは出来ません。
 教師がゆとりを持ち、もっと楽しく、笑いのある授業を。
(有田和正:1935-2014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)


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授業の発問は。子どもの興味の実態をつかんで発問するだけでなく、子どもより広く高い視野を教師が持って発問しよう

 子どもの興味や関心がどこにあるのか、実態をつかんで、発問するのがいい発問という考え方があります。
 たとえば、「ごんぎつね」の授業に入るとき、一読させた後、感想をノートに書かせ、子どもが注目していることをきっかけとして授業を展開する、という方法です。
 ほとんどの子どもが「ごんはかわいそう」と書くので「ごんのどういうところが、かわいそうでしょうか」と問うと、授業は盛り上がるというのです。
 ただ、子どもの興味や関心を基本に発問を組み立てると、結局のところ、子どもの視野の中だけでの授業展開になってしまいがちです。
 教師はもっと深い読み取りをして、子どもの発想とは違う視点を提示していかなくてはなりません。
 すると、子どもは戸惑うでしょうが、しだいに高みに引き上げられていき、真剣に考えるようになります。
 問われてはじめて気づくこと、見えてくることもたくさんあるのです。
 たとえば「『ごん、おまえだったのか』という兵十の台詞は、語尾を上げて読むか、下げて読むか」という問題意識は、子どもが自分で持つことはありません。
 そのように問いかけると、子どもは夢中になって考え始めます。
 最初は気づかなかったことでも、問われることによって、興味や関心をもつようになるなら、その問題意識は子どもの潜在意識の延長上にあったと考えていいでしょう。
 子どもを伸ばすのは、子どもの現在の興味や関心にそった発問ばかりでなく、「興味・関心の延長上にある発問」なのです。
「先生に、このような質問をされたから、この作品の深みがわかった」と実感できるのが、優れた発問なのです。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

 

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教師の発問に、子どもの反応を教師がどう受けるかが、授業の良否を決める

 授業は「攻め」と「受け」から成り立ちます。
 発問は「攻め」であり、それに対する子どもの反応をどう「受け」るかが、授業の良否を決めます。
 子どもの反応の中にある差異を、どう生かすか。
 子どもたちの多様な答えのうち、どれを潰し、どれに注目させ、どんな討論を導くか。
 教師は、その場で即決しなければなりません。
 発問は、教師の「優れた受け」をともなってこそ、意味をもちます。
 教師が優れた問いだけを連発しても、子どもの答えを受けとめる技量がなければ、教育的効果は上がりません。
 逆に言うと、教師の「優れた受け」によって、シンプルな発問も意味をもつことがあります。
 そのためには、教師は知識のすそのを広げ、知識の引き出しを多くもっていることが望ましいのです。
 私が五年生の担任をしていたときのことです。社会科の授業で、日本地図を見せてから「気がついたことを述べなさい」と問いました。発問としては、ごく低レベルです。
 子どもたちは何を答えていいかわからず、きょとんとしていると、ある子が「上下に長いです」と答えました。
 教室は爆笑に包まれました。当たり前すぎると思ったのでしょう。しかし、私は、
「すばらしい発見だね。上下に長いということは、つまり南北に長いという意味だ」
「日本という一つの国の中に、北海道のように寒い地域から、沖縄のように暑い地域まである」
「雪も見られるし、パイナップルもとれるのは、そのためだね」
 と、その子を大いにほめました。そして、「他に気づいたことがありますか」と問いました。
 すると、再びその子が「周りが海です」と言いました。子どもたちは、また笑い出しましたが、私は激賞しました。
「それも、すばらしい発見だ。日本は島国で外国と陸続きではない。そのため、外国の脅威が及ばす、独自の文化が発展したのだ。鎖国が可能だったのも、島国だったからこそだ」
 発言した子が戸惑うほど、ほめたのです。子どもたちも感心し、うなずきました。
 その子は成績がよいほうではなかったのですが、この問答をきっかけに社会科の学習に興味をもち、学力もかなり伸びていきました。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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ワークシートは子どもが書き込みたくなる工夫を

 ワークシートは、授業の理解を促し、ねらいを達成するための大切な役割があります。
 授業に効果的で、ねらいを達成するためのワークシートを作成するには、
1 授業内容や重要なポイントを文章や図、写真などを活用して作ることです。
 授業の「ここが大事」という授業内容やポイントを教師自身が整理できておかないとワークシートは作成できません。
 ワークシートを作成するということは、授業の流れをまとめること、授業のポイントを整理することにほかならないのです。
2 子どもにとって分かりやすく、使いたくなる、書き込みたくなるものを作りましょう。
 ついつい多くの事柄をワークシートに詰め込みたくなりますが、重要で授業のポイントとなる部分を精選して作成しましょう。
 ポイントを穴埋め問題にしたり、架空のキャラクターを登場させ、吹き出しで会話したりするなど、レイアウトも工夫していきましょう。
3 授業の最初に配布されたワークシートを見ても、授業の内容や流れがすぐにわかってしまうことがないようにする。
 ワークシートを見れば、授業に参加しなくても、1時間の授業内容が分かり、楽しみや好奇心、関心を減じさせてしまうワークシートになってしまっていることがあります。
 そうならないよう、例えば、友だちの考えを聞き、その中で一番関心を持った考えを選び、その理由も記入するような形式のものです。
 また、黒板の後半に、黒板が見えない方向に座席を向けさせ、ワークシートを配布して、ミニテスト代わりにしても効果的でしょう。
 ワークシートを書かせることで授業を再現させることがもねらいなので、もし分からなければ黒板を見て、ワークシートを書いてもよいことにします。
 いずれにせよ、ワークシートをノートに貼ったり、ファイルに留めたりして、子どもたちが困ったときに見返すワークシートを教師が作成することが肝要です。
(授業力&学級づくり研究会)

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