カテゴリー「授業の技術」の記事

学校現場は厳しい、子どもも教師も思いっきり笑える授業にするにはどうすればよいか

 教師は年間1000時間を超える授業を行っています。それらの授業の全てに力を入れて準備することは不可能でしょう。
「今日の授業は、ちょっと準備不足だったかな。子どもたちのつまらなさそうな顔が耐えられないな」なんてことがありますよね。
 笑いがあるネタを使いこなせるようになれば、退屈そうな子どもたちの顔が笑顔になります。そして、子どもたちがやる気になります。日常の授業がたのしいものになるに違いありません。
 笑いがあるクラスは、雰囲気がぐっと良くなり、子どもたちは意欲的に発言するようになります。
 学校現場は相変わらず厳しいです。授業がうまく成り立たないことに傷つき、自分を責め、休職、退職していく教師が後を絶ちません。
 私は、子どもたちも笑顔、教師も笑顔、全国の教室に笑顔があふれることを強く願っています。
 子どもたちが笑顔になるネタにはどのようなものがあるのでしょうか。
 授業の導入に笑いで子どものやる気を引き出すには、ツカミが大切です。最初の3分間で、子どもたちの心をキッャチしましょう。
 
「おっ、この授業は面白そうだぞ」と思わせれば、こっちのもの。その後は、楽しい授業が展開されるに違いありません。例えば、
(1)
どでかチョーク
 教師が大きなチョークを使うだけの超簡単ネタです。いつもと違う大きなチョークに子どもたちは笑顔。楽しい授業を予感させます。
 進め方は、教師が100円ショップで売っている大きなチョークを買っておく。授業の最初、教師は無言でそのチョークを取り出し、字を書こうとする。(それだけで、「デカッ!」と子どもたちからツッコミが入る)
 教師は黙ったまま、黒板いっぱいの大きな字を書く。(「字もデカッ」とツッコミが入る)
 教師は頭をかきながら「チョークが大きいから、字も大きくなっちゃった」と言うと、子どもたちが笑顔になる。 
(2)
いきなり熱唱
 授業の始まりと同時に、教師がいきなり熱唱します。「何が始まるんだ?」と、子どもたちは教師に注目し、授業への関心がぐっと高まります。
 進め方は、たとえば、5年生の社会科、水産業の授業の最初。教師は「サザエさん」の歌を熱唱する。躊躇せず、本気で熱唱すると、子どもたちがより注目する。
 歌を途中で止めて「さあ! この歌は何の歌でしょう?」とクイズを出す。
 いくつかクイズを出しながら「このアニメには、どんな登場人物が出てくるでしょう?」と学習内容に近づけていく。「カツオくん」が出たところで止め、授業に入る。
 歌は授業の内容につながるものにする。例えば、日本の国土の北国の暮らしの学習なら「北の国から」、理科の星の学習なら「見上げてごらん夜の星を」、月の学習なら「天才バカボンの歌」など。
(3)
物知り博士からの出題
 授業の導入で、物知り博士が登場し、課題を提示します。子どもたちは毎回、博士の登場を楽しみにするようになります。
 
授業の最初、教師は
「今日はみなさんに紹介したい人がいます」
「これからみんなと一緒に勉強する・・・・物知り博士です」と、黒板に博士の絵を貼る。
(
クラスの雰囲気が明るくなる)
「おっ、博士が何か問題を出すようだね」と、博士の横に吹き出しをつけて問題を書く。
(
博士からの出題にワクワクする)
 季節に応じて博士の服装を変えたり、旅行に出た設定にしたりしても楽しい。博士を繰り返し登場させると、子どもたちは博士が好きになる。そして、授業に意欲的に取り組むようになる。
(
中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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授業で子どもの発表力がつく3つの方法とは

 「なかなか子ども達が発表しない」という声を職員室でも耳にします。私の教室でよくしている3つの取り組み・方法です。どの教科でも使えるのでぜひ教室でも試してください。
1 書いたら話す
 この目標を必ず学期の最初に決めます。ノートに書いたことは、発表するように指導するのです。書いたことを読ませるのです。
 しかし、書いたことをただ「読むだけ」なのに、子どもの中にはすぐにできない子もいます。書かせ方がよくないのです。
 その多くは、だらだらと考えらしきことを書かせているだけだからです。おそらく子どもは自分でも何を書いているのか分からないのでしょう。
 ポイントがしぼれていないので、「発表をしなさい」といわれても自信がもてないのでしょう。
 書いたことが次の発表につながるようにするために、箇条書きで書かせます。「ノートに①②③と番号を書いて、その理由を箇条書きで書きなさい」と指示するのです。
1文1義がポイントです。
 「夢を持って、小さいときから努力したから」ではなく、「夢を持っていたから」「小さいときから努力したから」と書かせるのです。
 たくさん書けた子どもをほめて、「自分が書いた中で、1番自信があるという番号に赤丸をつけなさい」「赤丸をつけたものを発表しなさい」と言うのです。
 ポイントがしぼられているので子どもたちは安心して発表できるようになるのです。
2 発表した人から席にもどりましょう
 挙手した子どもを指名するだけでは、緊張感もなく授業がダレてしまいます。そこで、時々「○班の人は前に出ましょう」と指示します。
 教室の前に出させ、腰掛けさせます。そして「発表した人から席にもどりましょう」と話すのです。
 子どもたちは、最後になりたくないので考えを早くまとめたり、書いたノートを早く読もうとしたりします。先をあらそって立ち上がり、発表しようとします。授業の中に緊張感が生まれてきます。
 最後になった子どもには、「さすがですね。最後になっても落ち着いていいことを話しました」「前の友達と違う考えがよかったですね。○○君らしい発表でした」などと言ってほめてあげます。
 この方法が定着すると「今日1日でがんばったことを○班の人前に出て話しなさい」「各グループの班長は前に出て、今話し合ったことを話しなさい」というように、いろんな場面で使えるようになります。授業や活動にリズムとテンポが出てきます。
3 となりの友達が話したことを発表しなさい
 授業中、となりと相談させることがあります。多くは「話し合ったことを発表しなさい」と言います。
 しかし、その反応は多くの場合よくありません。真剣に話し合いに参加しない子どもが出てしまうからです。このような状態だと、発表が得意な子は手を挙げますが、苦手な子はそのままなのです。
 2人組で話し合いをさせる時は「2分後に、となりの友達が話したことを発表してもらいます」と、話し合いの前に言っておきます。
 そうすると、どの子も「となりの相手が困ってしまう」と思うのか真剣に話し合いに参加します。時間がきたら「となりの友達が話したことを発表しなさい」と指示するのです。
 このようにすると、多くの子どもが手を挙げるようになります。相手から話す情報を得ている、自分の意見ではないので安心して言える、ということがその原因でしょう。
 発展として「となりの人が話したことを3つ言いなさい」「となりの人が話したことと、それについての自分の感想を発表しなさい」ということ等が考えられます。全員参加と授業の深まりが期待できます。
(
菊池省三:1959年生まれ 福岡県北九州市公立小学校教師、2015年に退職。コミュニケーション教育を長年実践した。「プロフェッショナル-仕事の流儀(NHK)」などに出演、「 菊池道場」(主宰)を中心に全国で講演活動をしている。 北九州市すぐれた教育実践教員表彰、福岡県市民教育賞受賞)

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若い教師が授業力をあげるにはどうすればよいか

 初任の教師は経験さえ積み重ねれば、授業は自然にうまくなっていくと思っている。このことが幻想であることはすぐに分かってくる。いっぱい授業を積み重ねている中堅やベテラン教師たちのほとんどが、たいして上手な授業をしていない現実に気づいていくはずである。
 授業中に子どもたちがざわざわして落ち着かない、つまらなさそうにしている子どもも目立つとき、どうしたら子どもたちをひきつけ、集中した授業になるのだろうか。はっきりしているのは、すぐには授業の技量を上げることはできないということである。
 教育技術を身につけることは、簡単なことではない。計画的に、意識して授業を積み重ねなければ授業の技量は向上しない。繰り返し繰り返し行い、意識しなくていい程度の状態になって初めて授業の技量が身につく。
 研究授業をかさねることが授業の技量を上げていくことは明らかである。教材研究に時間をかけ、詳細な準備をする。さまざまな意見を言ってもらえる。自分の授業を客観視することができる。でも、年に1~2回でそんなに数多く研究授業ができない。
 授業を録画するという方法もあるが、さまざまなものが映ってしまい、目を奪われてしまう。肝心なのは、自分の授業の「発問、指示、説明」である。そのことに集中した方がよい。
 ではどうすればよいか。確実に授業技量を上げていくには「一人研究授業」を提案したい。自分の授業を客観視することができるからである。何をするのか。簡単に言えば、自分の授業を録音して、「発問、指示、説明」がどのようになされているかを聞くのである。
 教材研究の結果は「発問、指示、説明」に集約される。「発問、指示、説明」を向上させることが、授業技量を上げていく大きなポイントになる。
 具体的には、「一人研究授業」をつぎのように行う。
1 自分の授業を録音する
 自分の普通の授業を録音する。子どもたちには「先生が勉強するために録音するだけだから」と断ればよい。無理をせず月に一回行う。もし時間に余裕があれば、もう少し回数を増やすともっとよい。
2 録音した自分の授業を聞く
 録音した自分の授業を聞くと、自分の声やあいまいな「発問、指示、説明」に嫌気がさすが、その授業を子どもたちは毎日聞いているのである。そう考えて、がまんして聞く。
 「発問、指示、説明」の問題点や口癖、無駄な言葉などをチェックし、きちんとメモをする。
3 視点を設けて、視点を意識しながら授業に取り組む
 反省メモの中身が「話が一本調子で、暗い感じで話している。だらだら話していて「発問、指示、説明」がよくない。フォローがほとんどない」であれば、視点は
(1)
話し方を明るくし、抑揚をつける。
(2)
「発問、指示、説明」をきちんと区別できるようにする。
(3)
フォロー(いいね、すばらしい、その調子、ステキ)を入れるようにしてみる。
このような視点を意識しながら授業に取り組むのである。
 その他に授業をきちんと成立させていくために必要な取り組みは、
(1)
さまざまな指示をまとめて出さない。一時に一事の技法で、一つ一つ子ども全体に徹底しているか確認してから次の指示を出すようにする。
(2)
本時の目標(ねらい)を徹底的に意識して、すっきり、分かりやすい授業にする。
(3)
テンポがあり、リズムのある授業にする。
(4)
教師のおしゃべりを50%程度にし、残り50%を子どもの活動(書く、話す、話し合い、作業)にする。
 私が初任者の授業を見ていると、共通している特徴がある。授業の8~9割が教師のおしゃべりである。そして、発言する子どもは3~4人で、ほとんどの子どもたちは傍観者になっている。
 
「一人研究授業」は、自分一人でできる方法である。自分一人でできるということは、よほどの覚悟が必要である。やってもやらなくても、誰にも批判されることもないからである。
 
「一人研究授業」は、自分の授業を客観視することができる。最初に録音したものを聞くと、自分の声や話し方に嫌気がさす。あまりにも自分でイメージしているものと違っているからである。この感想からどのように立ち上がれるかが、これからの教師生活をきめてしまう。それくらい大きなことである。
(
野中信行:1947年生まれ、37年間横浜市立公立小学校教師。その後3年間初任者指導の仕事をする。学級組織論を研究、実践を私家版で発行した。全国各地で教師向けの講座やセミナーを行っている)

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跳び箱を子どもたち全員が跳べるようになると、クラス全員が成長する

 跳び箱が跳べない子は、ほとんどの学級に存在する。跳び箱が跳べないのは「体力が不足しているから」「こわがりだから」「気力がないから」と考えられてきた。つまり、子どもの問題として片づけられてきたのである。
 これはほんとうのことだろうか。跳び箱を跳ばせるということだけに限って言うなら、教師の教え方が未熟だから跳べないのである。教師の教え方がへたなのである。どうしてへたかというと、たぶんあまり勉強していないからである。教育書や教育雑誌をあまり読まないからである。
 私も体育の授業のとき、さっそく跳び箱をやってみた。四人の子が跳び箱の上にすわってしまうのだ。しかし、必死でやったためか、三日もすると全員跳べるようになっていた。
 それからしばらくして、斎藤喜博の本を読むと「私は、一時間のうちに全員跳び箱を跳ばせられる」と書いてあった。ぼくも教師として、そう言い切れる自信、その境地に立ってみたかった。それは技術だけのことではない。子どもの可能性を信じ、一つひとつの仕事を全力でやりとげていく中でしか言えないのだと思った。
 跳び箱を跳ばすことは、高校生が教えたって、それほど苦労をはらわなくても、8~9割の子は跳ばせられる。残りができないのだ。残ったわずかの子を跳ばせるのがプロなのだと思った。プロとアマの差はわずか数ミリの差にすぎないが、その数ミリが、どれほど大きな差なのか、その頃、ぼくは気づき始めていた。
 わずかの差の中に多くの努力と鍛えが入っているのである。才能がすぐれ、持ち味が良い人でも追いつくことができぬ技量の差が、厳然として存在しているのである。そのわずかの中に人生がたたみ込まれるほどの労力が入っているからである。
 ぼくは、跳び箱の運動を極限近くまで分析し、一つひとつの内容を吟味し、どうすれば良いか考えた。それを子どもに伝えることがまた大変であった。つま先を中心とした足の裏がしなやかに、床をふみしめるように走らせるのには、具体的な内容を説明した上で抽象化し、イメージ化して伝えなければならなかった。そのことばがなかなかさがせないのである。
 跳び箱が跳べない子は、腕を支点とした体重移動ができないのである。自転車に乗れない子が乗っている感覚がわからないのと同じである。跳び箱が跳べない子にも体重の移動を経験させてやればいいのである。跳び箱をまたいですわらせる。そして腕をついて跳び降りさせるのである。「跳び箱を跳ぶというのは、両腕に体量がかかることなんだよ」と、説明する。5~6回繰り返す。
 もう一つは、跳び箱の横に立ち、走ってくる子の腕を片手でつかみ、おしりを片方で支えて跳ばせる。子どもが重すぎる時は、両手でおしりを支えてもよい。ぼくの経験では、この方法を4~5回繰り返せば、7割ぐらいの子は跳べるようになる。この二つの方法でやれば95%ぐらいの子はできるようになる。
「ぼくは跳び箱を跳べない子だけを集めて30人までなら一時間で跳ばせてみせます」と言えるようになるまで五年の歳月が流れていた。一つひとつの教育の仕事に全力を傾けていけば、やがて教師の腕が上がったことの証が得られるようになるのである。
 ぼくは担任をすると、一週間以内に跳び箱をすることにしている。誰でも可能性があることを話してあげ、その証明として跳び箱が跳べない子を跳ばせてみせてあげるのだ。教師がいくら子どもに可能性があると言っても、子どもは半信半疑である。
 しかし、目の前で、跳び箱の跳べない子を跳ばせた後はちがう。初めて跳んだ子もそれを見ていた子も、一様に可能性を信じるようになるのである。初めて跳んだ子が成長するだけでなく、見ていた子も成長するのである。「やればできるんだ」「私もがんばらなくては」と言うようになるのである。
 一人の成長がクラス全員の成長につながるのである。それでこそ教室である。できない子とできる子は、教室の中では固定しがちである。そうした学級では、子どもの動きが乏しく、努力もあまり見られず、学級の水準は高くならない。
「できない子」をできるようにするのは、「できない子」だけのためではない。子どもにとって宿命的ですらある固定的な構造を変えていくことによって、「できる子」もまた、変わり始めるからである。
 考えてみれば、たかが跳び箱を跳ぶだけのことである。しかし、たったそのことでさえ、自分の道をオリンピックにつなげる人もいれば、自分にはできないというあきらめの一つとして尾をひきずる人もいる。
 たかが跳び箱だが、今まで跳べない子がそれを跳んだ時、その子にとっては涙が出るほどうれしいことであり、自信の回復につながることになるのだ。それを見ている子にとっても、驚きと自分も何かに挑戦しようという励ましを与えるのである。
(
向山洋一:1943年生まれ、元東京都公立小学校教師、教育技術法則化運動代表を務めてきた。教師を退職後、TOSSインターネットランドの運営に力を注いでいる)

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毎日の授業から授業技術を自分が学んでいくにはどのようにすればよいか

 子どもたちに毎日学びを説いている私たち教師は、貧欲に学び続けているはずです。学び続けている人は、知的オーラがします。そういう教師に、子どもたちはひかれるのです。
 学びの楽しさは、自分が実体験してみないと絶対にわかりません。私は新任のときから六年間は各種セミナーや、研究発表を見に行っては、授業で実践したいとソワソワしていました。見てきたことをサークルの仲間に話すのも楽しいです。教育雑誌も五誌ほどとっていました。教育書もむさぼり読んでいました。楽しくてたまりませんでした。自分の知らない教育技術を知ると、コピーして実践ノートに貼り付けます。それを教室で試してみる。うまくいって喜び、うまくいかずに考える。反省点や気づいたことを実践ノートに書き込んでいく。何でも最初はまねから入ります。星の数ほど先輩の実践があります。そのような財産を使わせてもらわない手はありません。追試をし、常に「新しいアプローチはないか」と模索していきます。自分の教室用にアレンジしていきます。今でもその繰り返しです。
 学ぶことは気づくことです。セミナーを聞き、本を読んでいてもどんどんアイデアやネタが浮かんできます。それが気づきです。それを必ず書き留めておくと学びの蓄積ができます。
 授業は毎日あります。ですから、教師は授業をしながら学んでいくことが必要になります。毎日の授業から自分が気づいていかなければなりません。漠然としていたらあっという間に一週間がたってしまいます。まずは「今日の授業でこれだけは子どもたちに身につけさせたい」ということを毎時間意識することから始めなければなりません。「先生は次、何て聞くと思いますか?」と考える余地を残すのが授業です。この発問で子どもたちは受け身でいられなくなります。
 授業に入る前に今日の目標を立てます。「笑顔で話そう」「指示は具体的なものにしよう」「机間巡視はまんべんなく」「指名が偏らないように」「○くんに一度は発表させよう」「静かにしなさいとばかり言っていてはだめ。静かにしてしまうワークを入れよう」と、あげればきりがありませんが、これらのことを意識していると、無意識にとっさの時に判断できるようになります。
 同僚の教師に、一日を終えた直後に授業の中のうまくいった部分や、ほんの小さな指導場面でもよいので話をしましょう。人に説明できたら身についていると言われます。学びや気づきを固定化するために、積極的に実践の話をしましょう。
 毎日、メモ程度で良いので授業の反省点やうまくいった部分などを書いておきます。この書いておくという行為が意識を明確に持つことにつながり、学びの筋肉となります。乗り越えられない時期が必ずきます。その時その効果は必ず実感できます。
 何となく毎日を過ごしていると、五年や十年はあっという間に過ぎ去ってしまいます。今は話し方、今は生活指導とさまざまな目標を立てると、目に飛び込んできたり、耳に入ったりして情報は集まってきます。学びは意識して場数を踏むことが大切です。意識して少しずつ努力を繰り返してきた教師は経験という場数に、自分の気づきがプラスされて充実した十年になっています。
 学びを楽しくするには、自分の好きなことを追及することです。しなければならないから、ということでは学びは続きません。まずは好きなことから。それをしていると、他のことも身についてきます。学び=遊びになればこれほどお得なことはありません。学んでいく時のワクワク感を子どもたちに味わわせたいと思っています。
(
森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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授業で黒板に板書するときの原則や技術にはどのようなものがあるか

 黒板に何を書けばよいのか? それは「この時間に、これだけは何としてもわからせたい」というものを、きっちり書くべきである。他のものは極力書かないこと。そのためには、板書計画を立てておかねばうまくいかない。
 きちんと板書して、話したり、説明すれば子どもの認識率は80%になる。板書せず口頭で話すだけだと20%に認識率がおちる。板書をうまいこと書くことで、子どもを引きつけることもできる。
 板書は固定観念にとらわれないこと。これは大事だと思ったら、びっくりするような大きさで書いたり、逆に小さな字で書いたりする。強調した板書にしたいものだ。ワクにはまらない思考をさせるには、ワクにはまらない板書や発問が必要である。内容の豊かな板書を美しく、大きく、目立つようにすべきである。
 板書の上手な人は、かならず教えたい「的を射た」必要最少限の要点がわかりやすいかたちで書かれている。要点を絞って、単語に近いようなかたちの簡素な文で記すのが板書技術の大原則なのです。核となる部分や勘どころはきちんと書かれているので、それを読み返せば、教えたことの内容や流れがしっかりと理解できる。
 発問で子どものいろんな反応をしっかり「板書」して、これを一つにしぼるのだぞ、ということに気づかせなければならない。
 子どもの意見を的確なことばで書く。そうすることで、構造的な板書ができ、今、何を学習しているのか、この1時間にどんな学習をしたのかが、はっきりとした板書になる。板書は子どもの意見や考えも拾いあげて「自分の考えや発言が大事にされている」と思えるように、反映する場所でなくてはなりません。学習内容と子どもの反応が交差する場が黒板なのです。
 黒板は教師と子どもの交流の場ですから、ていねいな板書をすれば、子どものノートも自然ときれいになります。板書の大切さはもっと見直されるべきだと思います。
 板書に興味をもたせることは、ひいては子どものノートに関心をもたせることになる。「いいノートは、いい板書から」と言える。そして「いい板書は、子どものやる気さえ引き出す」ものである。板書すると、子どもたちが考える間ができる。
 黒板全面をいっぱいに使うのが板書の原則です。ただし、黒板の両端部分の右下端、左下端は見にくいので書かないようにする。大事なことはいちばん目立つ真ん中の上部あたりに書くようにします。
 板書は、子どもの力に合わせた、文字の大きさとスピードで書く。板書の文字が小さすぎる教師が多い。教師が自分で書きやすい大きさで書くからです。板書がへたな教師はたいてい字が小さい。大きな字を書いているうちに板書もうまくなってくるものなのです。あくまで子どもを主体に考えて「少し大きすぎるかな?」と思えるくらいの大きさでちょうどいい。文字の大きさは、一番後ろの子どもにちょうどよい大きさで書くことだ。
 子どもたちに文字が見えるように板書する。そのために、しゃがんだり、体をずらして書く。筆順も確認できる。
 私はチョークの色を、「問題・はてな?」は黄色、「大切な言葉・用語」は赤色、「必ず覚える用語・その他」は白色という約束を子どもとしていた。チョークはやわらかいものがよい。
 板書で重要なのは消し方です。消し方を工夫することで、学習内容の確認や効果的な復習をすることができます。たとうば、白で書かれた部分を消し、赤の重要な部分や黄色の「はてな?」部分だけを残して、それを復唱させる。逆に、重要ポイントだけを消して「いま消したところに、どんなことが書いてありましたか?」などとたずねる。教え終わったあとも虫食い状態の板書を残しておいて、次の時間のはじめに埋めさせてから消すという方法もあります。こうした方法によって、子どもたちの理解力はより深まります。また、板書を子どもはとても大切に考えるようになり、ノートの取り方にも反映していくのです。
 私は、毎時間「日付」を書くことさえ考えて行った。大きく、小さく、漢字、英語、昔の月の呼び名も使って書いた。子どもたちは「今度はどんなことを書くか」と楽しみにしていた。
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた) 

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よい授業には必ず理論があり技術がある

 よい授業には必ず理論があり技術がある。私は、長い間、実践はあるが理論がないといわれ続けた。福岡教育大学附属小倉小学校時代は、理論とは何かということに悩まされ続けた。
 大学院を出て小学校に勤務している教師がふえてきている。よろこばしいことである。ところがそれを鼻にかけ、理屈をいって、現場の教師をまどわしている人もいるらしい。
 そういう人の授業を見せてもらった結果は、がっかりであった。指導案はとにかく立派である。スジが通っている。こんなのを理論的というのであろう。授業は、そんなにうまくいくものではない。
 その人は資料の作成技術など、基礎的な力がまったくないのである。発問もめちゃくちゃである。声だけやたら大きい。ことばははっきりしていたが、意味不明である。板書は何と一文字もない。
 この話をあるところでしたところ「むつかしいことを書いたり、いったりする人は、わかっていない証拠だよ」というのである。なるほどと思った。もし、意味が十分に理解できるならば、やさしくかみくだいて言ったり、書けるはずである。
 「よい授業には必ず理論があり技術がある」のである。
 つまり、実践者は「自らの実践で理論を語るべき」なのである。誰かの借りものの理論ではだめである。
 わたし自身をふりかえってみると、少しユニークな実践の事実を創り出すようになると、いつの間にか「理論がない」といわれなくなった。それどころか「理論家だ」という人も出てきた。
 わたしは「理論を創り出そう」ということを、あまり考えたことはない。しかし、ユニークな、子どもが熱中する授業を創り出そうと考え続けてきた。それが、結果としては、実践の事実から技術や理論がみえるようになってきたのである。
 わたしがやってきたことは、授業の事実、子どもの事実、教材の事実から、理論や技術を創り出したのである。実践の事実を創り出し、そこから理論化をはかれと言いたい。
(
有田和正:19352014年、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)

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一斉授業に基本となる授業技術とは

 すべての教師が身につけたい基本的な授業技術は
1 一時に一事を伝える
2 常に全体を意識する
 全体にかかわるような重要な質問ならば、全体の前で取り上げます。
 机間巡視しているとき、一人の子につきっきりになっていると、他の子がおしゃべりを始めてしまいます。そういう授業は数か月後、必ず崩壊していきます。
3 空白をつくらない
 ある作業をすることを指示するときには、終わったら何をするのかまで告げる。教師がリードする時間においては、空白の時間をつくらないことがさい優先なのだと心得ましょう。
4 「素の状態」をこそ評価する
 教師の目はいまその場で中心的に活躍している子に向きがちです。しかし、教師は周りの子、その場では活躍していない、子どもたちをこそ見なければならないのです。素の状態の子どもたちをこそ見なければならないのです。
5 学習活動を仕組む
 1時間の授業には必ず学習活動を仕組むことが必要です。できれば、子どもたちに大胆に任せてしまうタイプの学習(小集団交流やゲーム性のある全体交流)810分程度、子どもたちが個々人で自分の学習と向き合うタイプの学習活動(一人読みや作文)510分、それぞれすべての授業に必ずセッティングする。
 知識・技術の伝達が学習活動を豊かにし、学習活動が知識・技術の伝達に集中させる。両者にはそうした相乗効果があるのです。引きつけて解き放す、解き放って引きつける。一斉授業で最も重要なのはその兼ね合いといえます。
6 活動の規模を指定する
 学習活動の集中力を高めるのは教師の指示ではありません。その学習活動です。
 例えば小集団交流をするとします。「8分だよ。何がなんでも、頭をフル回転させて4人で新しい発見をするにだ」と指示されると、集中して取り組むことになります。また作文も文字数を「181200」と指定されたほうが、たくさんの情報から何を取り入れ・捨てるのかという思考が働きます。
7 定着度を確認する
 教えた内容は、必ず子どもたちにどの程度理解されているか確認することが必要です。知識はテストで測れる。技術は活動させてみるしか方法はありません。
8 ミスは即時に対応する
 子どもたちが勘違いしていることがわかったときは、すぐに指導案を訂正し、修正しなければなりません。
9 一貫した指導を行う
一貫した指導というのは子どもの信頼を得るためには必要なのです。教師が最初に示した姿勢を堅持することが大切なのです。
10
他教科との関連性を意識する
 学習活動の関連性を知ることがとても重要です。国語で行っているペア学習や4人グループ学習を他の教科と関連性をもたせると、効果は絶大です。
(
堀 裕嗣:1966年北海道生まれ、札幌市立中学の国語科教師。92年、国語教育研究サークル「研究集団ことのは」を設立、道内の民間教育団体でつくる「教師力ブラッシュアップセミナー」の代表も務める)

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教え上手な教師は授業で「教え惜しみ」技術をつかう

 授業で、「少ししか教えない」「大事なことほど教えない」「正しいことばかり教えない」というのが教え惜しむ技術である。
 そんな常識破りの指導法によって、子どもたちの学ぶ意欲を引き出し、子どもたちの考えを深く豊かに耕します。
「教え惜しみ」の技術の内容をかいつまんでいえば、
(1)
答えをすぐには教えず、自分の頭で考えさせる
(2)
すぐに答えを要求せず、ゆっくりと考えさせる
(3)
あえて大事なポイントを隠してヒントだけ与える
(4)
わざとあいまいなことや間違ったことを提示して、固定観念や既成概念に揺さぶりをかける
 そのような「自ら考えさせる」技術を使うことで、子どもたちを深い思考へと誘導するのです。
 学校は、子どもを育てようとして、熱心な教師ほど、かゆいところに手を届かせるようにして、懇切ていねいに過剰に教えてしまうものです。
 しかし、何もかも教えようとすると、かえって少ししか伝わらないものです。また、教えすぎは教わる子どもたちの考える主体性を奪ってしまうことにもなります。
(有田和正:1935年生まれ、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授を経て,東北福祉大学教授。教材・授業開発研究所代表。教材づくりを中心とした授業づくりを研究)

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効果倍増の学びの技法

 授業の導入では、生徒が自発的に考えられるように、問題を出したり、質問したり、意見が対立しそうな課題を取り上げる。
 先生が話す時は、教え聞かせるのではなく、問いかけるようにする。生徒が自分の考えを体験にてらし、吟味しなおせる質問をする。
 生徒の発想を最大限に活用し、質問は生徒の前の発言と関連づけるようにする。生徒の疑問を先生が整理して、生徒が自分で答えを見つけられるように手助けをする。
 指示はあまり与えず、生徒が自由に発言できるようにする。
 先生は、生徒がお互いの発言に敬意を持ち、違う意見にも耳を傾ける姿勢で、話し合いが進められるようにする。
 異なる価値や方法を考えることの意味を、生徒が自発的に追求できるようにする。
 世の中にさまざまな考えや方法があるのは、さまざまな個人的事情、社会的要因、力関係などが背景となっていることに、生徒の目を向けるようにする。
 目標を設けて指導するよりも、疑問を追求する流れの中で、生徒が自然に身につけたものを利用できるように工夫する。
 評価してわかったことをもとに「問いかけ」の手法を改善する。
 生徒に、教師自身も自分の世界を広めたり、深めようとしていることをモデルとして示し、授業が終了した後も学ぶことはいくらでもあることを理解してもらうようにする。
(
吉田新一郎:茨城県生まれ、長年、自治体や企業を対象にしたコンサルティング活動に携わる。89年国際理解教育センター設立。学びと出会いの環境と仕組みをデザインする「ラーンズケイプ」代表。2005年以降は、プロジェクト・ワークショップを通して、リーディング・ワークショップやライティング・ワークショップの普及に努めている。2014年には、それらの算数・数学や社会科への応用プロジェクトをスタートさせる)

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