カテゴリー「教材研究」の記事

教材研究をしっかりおこなうと、子どもの誤解するところがわかり、どう発問すべきか明らかになる、どうすればできるようになるか

 教師が理想の状態を具体的に把握していると、子どもの不備や不足、不十分に気づき、授業において何を指導すべきか、指導するべきことを的確に発見することができます。
 教科における「理想の状態」は「正解」を指します。
 当然のことながら、教師は「3+7」の正解が「10」であると把握しています。
 それがなければ子どもを指導できません。
 教師が正解を知っているからこそ、子どもが「9」や「11」と答えたときに誤りであると指摘し、指導できるのです。
 例えば、読み取りにおける「理想状態」とは「読み取りの理想」を意味します。
 教師が素材研究をしっかり行い「読みの理想」を確立すれば、
「子どもにはここの論旨がわからないだろう」
「ここで誤解するのではないか」
 と、予測できるようになります。
 それは、子どもの読み取りが抱え込んでいる不備、不足、不十分と呼んでもいいし、子どもの中にある「読みの理想」との乖離と表現してもいいでしょう。
 それらを補うことによって、子どもの読みを理想に近づけることが指導であり、補うための具体的な項目が、指導事項に当たります。
 どこを指導すべきかが判断できたら「何をどう発問すべきか」というということも、おのずから明らかになり「なんとなくの発問」ではない、価値ある発問を創案できます。 
 読み取りにおいては、事実は一つでも解釈はさまざまです。解釈とは、作品の価値をどのように見出だすかということであり、人によって視点も深さも異なります。
 素材研究の力量は、教師がそれまでどれだけ多くの本を読み込んでいるかにかかわっています。
 私は千葉大学附属小学校に勤務していた20年間、毎月、保護者と文学読書会を開いていました。
 日本の名作や芥川賞を受賞した作品などを読み合いました。20年の間には、約200点の作品を読み込んだことになります。
 保護者の中には、ドイツやイタリア文学を専攻していた人もいて、作品解釈の実力を高めるうえで大いに参考になりました。
 文学について大人の人と論じ合うことを避けていては、本当の深みのある授業はできないかもしれません。
 残念なことに、ほとんどの教師は、教科書に掲載された作品を読むだけで、幅広く児童文学や一般の作品を読もうとはしていないようです。
 教師が自分の教師としての実力をつけるために、私は次の5つのステップをお勧めしています。
1 サークルに属すること
 多くの本を読むと決めても、一人ではなかなか理想どおりに進まないものです。メンバーとしての義務が生じますから易きに流れずにすみます。
2 出かけること
 会合に出かけて、新しい刺激に出会うことです。私はさまざまな会に属し多くの刺激を受けています。
3 問うこと
 発言したり質問したりすることです。働きかけないと傍観者にとどまってしまいます。
4 まとめること
 会で得た情報を、自分なりに整理することです。
5 発表すること
 新しい知見を、他の人にもわかってもらえるように表現することで、その情報が確実に身につきます。
 こういったサイクルによって、自ら自分を律せざるを得ない場に、自分を追い込むのです。とても有効です。
(野口芳宏:1936年生まれ、元千葉県公立小学校校長、植草学園大学名誉教授。千葉県教育委員会委員長職務代理者、日本教育技術学会理事・名誉会長、授業道場野口塾等主宰)

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授業の準備をする時間が少なく、教材研究も思うように進みません、どうすればよいのでしょうか

 小学校の教師は、多くの教科等の指導を充実させるために、教材研究を欠かすことはできません。
 しかし、放課後にも様々な会議や出張、各種行事の準備や資料の作成などが予定されています。
 また、子どもたちのトラブルの解決や、保護者からの連絡が突然入ったりするなど、教材研究を行う時間を十分に確保することが難しい状況にあります。
 教師が教材研究を行うために管理職は、どうすればよいのでしょうか。
 明日の授業の準備ができず精神的に不安にならないように、学年主任や教科主任が教師たちにアドバイスするよう管理職が働きかけます。
 経験に基づいて適切な発問のヒントや補助教材なども提供してもらえるでしょう。
 緊急を要する場合には、管理職も加わって翌日の授業の準備や週案簿の作成に力を貸し、努力をほめたり、励ましたりしたいものです。
 そうしたアドバイスによって授業が成立し、自信をもって指導をすることができるようになります。
 一人ひとりの教師に具体的な指導方法をアドバイスするとともに、管理職は学校の体制を整え、教材研究を滞りなく進めることができる環境を次のように整えることに配慮します。
1 学年主任の役割を生かす
 学年で教材研究を行う時間を設定し、ワークシートや練習問題などを共有化することを企画します。
 それぞれの教師の得意分野を生かして役割分担を行い、教材研究の内容を伝え合うような学年会を運営できるようにします。
2 教科主任の役割を生かす
 職員室等の身近な場所に教材コーナーを設け、教科ごとにファイルに自作の資料等を保管するようにします。次年度も活用できるよう教材を蓄積することがポイントです。
 コンピュータを活用し、教職員用のサーバーに教材に関するファイルを保存して共有化することも可能です。
3 授業支援ボランティア等の活用
 学習支援ボランティアや理科支援員などの制度を活用し、教材研究を支援する体制を整えるようにします。
 その際、学年・学級の考え方や指導の方針、子どもの特性等について事前の打ち合わせを綿密に行うことが大切です。
 人的パワーを生かすことによって充実した授業を行うことは、子どもの学力を高めるとともに、教師にとっても充実感や達成感を得ることができ、指導力を高めることにつながります。
 予算的な措置が必要な場合は、教育委員会に相談することも管理職の重要な役割のひとつです。
(藤井千恵子:国士館大学教授)

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質の高い教材をつくるには、どのようにすればよいでしょうか

 私はセミナー「有田実践の継承と発展」(2015年)に参加した。
 その講座で、有田和正氏の仕事部屋の様子をDVDで見せてくださったのだ。非常に興味深かった。
 たくさんの本棚にはビッチリと本が詰められていた。それだけではない。無造作に本や資料が山積みされていた。驚くほどの本や資料の量である。仕事机の上の天井には地図まで貼ってある。
 新聞の切り抜きを毎日集めている映像もあった。
 なんの教材になるか、その時は分からない。気になった物は、あまり考えずに何でも集める。なんとなく面白いなあという「カン」が頼りだ。有田氏が嬉しそうに笑顔で語るので私も嬉しくなった。
 新聞などの切り抜きを集めたネタ帳の現物も初めて見た。一冊の厚さは10cm近く。しかも、使えるのは、その中で2つか3つだと言う。
 私も多くのネタ本を出版してきた。しかし、このDVDを見て、名人と凡人の差を嫌というほど思い知らされた。
 では、名人・有田氏と凡人・中村の差は何か? 圧倒的な情報「量」の差だ。
 私も一時期、ネタ帳を作ってネタを集めていたことがある。しかし、あれほどの「量」の本は読んでいない。新聞の切り抜きもしていない。
 あれだけ多くの情報から生み出されたネタだから、有田氏のネタは「質」が高いのだ。
「量」を求めることで「質」が上がるのだ。
 私が10から1つのネタを生み出しているとすれば、有田氏は100、いや1000から1つのネタを生み出している。10分の1のネタと1000分の1のネタでは「質」が違うのは当然だ。
 有田氏は、圧倒的な「量」を集めることで「質」の高いネタを開発していたのだ、と改めて思い知らされた。
 それにしても、昔の教育書は面白いなあ。私のような凡人が「普通の」学級づくりや授業づくりについて書く本とは明らかにレベルが違う。
 若手教師の修行も「質」を求めてもうまくいかない。
 例えば、1冊の教育書を精選して読むよりは、10冊の本を乱読した方が良い。
 若手教師は、そもそも、どの教育書が自分の役に立つかなんてわからない。10冊読めば、それらの本のどこかがヒットするだろう。
 そうやって、たくさんの「量」を読んでいけば、自分に必要な本が分かるはずだ。そうなってから「質」を求めればよい。
 とにかく「たくさん」の本を読み、「たくさん」のセミナーにでかける、「たくさん」の研究授業をする、「たくさん」の優れた授業を追試する、「たくさん」の学級通信を書く、「たくさん」の実践記録を書く。
 とにかく「たくさん」と「量」にこだわって修業をすることが大切だ。
「たくさん」していく中で、必ずポイントが見えるはずだ。そうすれば「質」も上がる。
 要領よく、なんて思わずに、要領悪く学ぶことが大切だ。無駄だったかな、なんてことが、結局後でものすごく役に立つことも多い。
(中村健一:1970年山口県生まれ、山口県岩国市立小学校教師。授業づくりネットワーク、お笑い教師同盟などに所属。笑いとフォローをいかした教育実践は各方面で高い評価を受けている。 また、若手教師を育てることに力を入れ講演も行っている)

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教材研究は三度の下ごしらえをすると、深みのある授業ができる

 教師にとって授業は生命線です。
 その授業の教材研究が楽しくなれば、授業に挑む気持ちも変わりますし、教師としての生活がとっても楽しいものになります。
 日々の授業は正直、しんどいこともたくさんあるし、上手くいかないほうが多いのですが、悲壮感を抱くのではなく、楽しんでしまえということです。
 何でも「やり過ぎる」と「面白さ」が見えてきます。一つの教材をとことん分析してみます。
 例えば、国語の教材研究です。「大造じいさんとガン」の教材研究をします。
 まず、教材文を三つ用意します。
 コピーするときは、周りに余白ができるようにコピーします。
 教科書は見開きB4なので、コピー機のA3モードで取れば余白ができます。
 三つの教材文は次のように使います。
(1)自分の思ったことをどんどん書き込んでいく
(2)指導事項に関わる部分に線を引きながら書き込んでいく
(3)子どもたちが初めて物語と出会ったときの感想文の中から、これというものを書き込んでいく
 勝負をする単元は、このように下ごしらえを三回します。
 そして、授業にかけるものを絞り込んでいく。
 教材によって絞り込む三つは変わります。
 このように観点を変えて教材にアプローチをしておくから、授業に深みが出るのです。
 教師の授業をする際のオーラも変わってきます。
 たくさん切り込んでおいて、どんどん捨てるからこそ、深みのある授業ができるのです。
(森川正樹:兵庫県生まれ、兵庫県私立小学校教師。研究教科は国語科。教師塾「あまから」代表、教師の笑顔向上委員会代表、基幹学力研究会幹事、読書会「月の道」主宰)

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新任教師は、教材研究で何をすればよいかよくわからない、教材研究をするときのコツとは

 先輩教師に「教材研究している?」と言われても、新任教師は何をすればいいかよくわからない。教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 教材研究をするときの効果的なポイントは
1 とことん教科書を調べろ
 当たり前のことですが、教科書を隅から隅まで読み込みましょう。
 教科書というのは、学習指導要領をふまえ、系統性を考え、緻密に構成されています。
 教科書のすべての問題、すべての資料、すべての文章には、意味が込められているのです。
 教科書は指導事項に漏れ落ちがありません。
 教科書会社は緻密に教科書をつくっています。
 その意図が分からなければ、100%の効果は得られません。自分なりに意図を考えることをおすすめします。
 その意図を考えることが、教科書「を」教えるから、教科書「で」教えることにつながります。
 私は、新任の頃、少なくとも10回以上は必ず教科書を読んでいました。
 その中で分からない言葉や、少しでも自信のないことは、すべて辞書やインターネットを使って調べました。
 図画工作なら、まずは作品を自分で描いてみるべきです。そこではじめて、何を指導するべきなのかが分かってきます。
 子どもに教える前に、教師が自分で実際に考えたり、やってみたりする。これは、どの教科の授業でも基本です。
 次に、1時間の授業を見開き2ページのノートに、必要な知識、どのように教えるか、などを具体的に書いていきました。
 そうすると、1時間の授業がパッとイメージができるようになります。
2 授業の「型」をつくれ
 どんなに教材研究をしても、授業の流し方ができていなければ、宝の持ちぐされになってしまいます。
 例えば、国語科ならば「漢字→音読→教科書」、社会科ならば「調べ学習→発表→話し合い」などのような「型」をつくっておくと、きちんと授業が流れていきます。
 また、そうすることによって、子どもたちも何をすればいいのかが明確になっていきます。
 やみくもに教材研究をしても意味がありません。その流し方に合った教材研究をするべきです。
3 授業は必ずメモする 
 教科研究をしても、授業は失敗することがあります。
 上手くいった点と、上手くいかなかった点を、必ずメモしておきましょう。
 それがあなたを成長させてくれます。
4 さまざまな実践に学ぶ
 先輩教師に「教材研究をどのように行いますか?」と聞いてみたり、指導案を調べたり、書店に行って実践を探したりしてみましょう。
 すると、自分では考えられなかった教材研究を知ることができます。
 人間は、いつだって学ぶことが大切です。足で稼ごう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

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新任教師は、教材研究で何をすればよいかよくわからない、教材研究をするときのコツとは

 先輩教師に「教材研究している?」と言われても、新任教師は何をすればいいかよくわからない。教材研究はどうすればよいのでしょうか。
 教材研究をするときの効果的なポイントは
1 とことん教科書を調べろ
 当たり前のことですが、教科書を隅から隅まで読み込みましょう。
 教科書というのは、学習指導要領をふまえ、系統性を考え、緻密に構成されています。
 教科書のすべての問題、すべての資料、すべての文章には、意味が込められているのです。
 教科書は指導事項に漏れ落ちがありません。
 教科書会社は緻密に教科書をつくっています。
 その意図が分からなければ、100%の効果は得られません。自分なりに意図を考えることをおすすめします。
 その意図を考えることが、教科書「を」教えるから、教科書「で」教えることにつながります。
 私は、新任の頃、少なくとも10回以上は必ず教科書を読んでいました。
 その中で分からない言葉や、少しでも自信のないことは、すべて辞書やインターネットを使って調べました。
 図画工作なら、まずは作品を自分で描いてみるべきです。そこではじめて、何を指導するべきなのかが分かってきます。
 子どもに教える前に、教師が自分で実際に考えたり、やってみたりする。これは、どの教科の授業でも基本です。
 次に、1時間の授業を見開き2ページのノートに、必要な知識、どのように教えるか、などを具体的に書いていきました。
 そうすると、1時間の授業がパッとイメージができるようになります。
2 授業の「型」をつくれ
 どんなに教材研究をしても、授業の流し方ができていなければ、宝の持ちぐされになってしまいます。
 例えば、国語科ならば「漢字→音読→教科書」、社会科ならば「調べ学習→発表→話し合い」などのような「型」をつくっておくと、きちんと授業が流れていきます。
 また、そうすることによって、子どもたちも何をすればいいのかが明確になっていきます。
 やみくもに教材研究をしても意味がありません。その流し方に合った教材研究をするべきです。
3 授業は必ずメモする 
 教科研究をしても、授業は失敗することがあります。
 上手くいった点と、上手くいかなかった点を、必ずメモしておきましょう。
 それがあなたを成長させてくれます。
4 さまざまな実践に学ぶ
 先輩教師に「教材研究をどのように行いますか?」と聞いてみたり、指導案を調べたり、書店に行って実践を探したりしてみましょう。
 すると、自分では考えられなかった教材研究を知ることができます。
 人間は、いつだって学ぶことが大切です。足で稼ごう。
(中嶋郁雄:1965年鳥取県生まれ、奈良県公立小学校教師。「子どもが安心して活動できる学級づくり」の研究に取り組む。「中嶋郁雄の『叱り方』&『学校法律』研究会」を設立し活動)

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授業づくりは、最初に板書(教材内容、方法、授業の展開順序)を考え、指導案(「発問」「指示」「活動」)を考えるとよい

 板書内容を考えて指導案を考えると、教材研究は焦点化されたものになることがわかってきた。
 授業を行うとき、おぼろげに「こんなことをしてみたい」と考えるのが最初だろう。
 教材研究をしながら「こんな教材・内容をやりたい」ということが決まれば、しめたものである。
 しかし「何をやったらよいか見当がつかない」ということもある。
 こんなとき、ふと思いついたのが「板書計画から授業づくりを考える」という方法もいいと気づいた。
 つまり「指導案」を書く前に、黒板に板書をしてみるということである。
 板書には「教材(内容)、方法、授業の展開順序」が出てくる。
 これをもとにして、教材研究をすると焦点化されたものになることがわかってきた。
「板書」を検討しながら「教材研究」を行うのである。
(1)
順序はどうか
(2)
子どもは、わかるか。くいつくか
(3)
授業は盛り上がるか
(4)
遊びを少し入れるとすれば、どこに、どんなものを入れるか
といったことを「板書」を中心に検討するのである。
 授業が始まったら、子どもの動きに合わせて自由自在に変えることもある。
 計画通りいったときより、少し変わったときの方が、よい授業になることが多い。
具体的には
1 板書計画は少し多めにしておく
 教材研究は、調べてはそれを否定し、否定してはまた新しいことを調べる。
 否定すると新しいことが見えてくるし、関連することが見えてくる。
 こういうことを繰り返して、やりたいことを板書する。例えば、
「量が多すぎる」「何をどのようにカットするか」「新たに書き加えることはないか」「書き加えてはカットする」「カットしては書き加える」
この繰り返しをする。
 私の板書は、いつも少し多すぎると思っているので、常に何をカットするか考えている。「多めの板書計画をたてて、カットする」というのがいいようだ。
 欄外に「?」として、子どもの動き、考えに応じていろいろと幅広く対応できるように計画をたてておく。
2 板書をもとに指導案を書く 
 板書をもとに指導案を書かねばならない。
 板書は「内容」が中心であるが、指導案は「発問」「指示」「活動」が中心になる。
「発問」「指示」は、内容を引き出すものだから「板書」を書き、これをもとにして「発問」「指示」を考えた方がよい。これに、活動を考えて指導案にしあげる。
 最後に「ねらい」を書く。こうすると、活動と「ねらい」がピッタリする。
 私の「バスの運転手」「ポストづくり」などは、みんな板書から内容を考え、それを指導案にした。
(有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた)


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教師は教材を「北風」から「太陽」に変える教材研究を

 熱心で、まじめな教師ほど、子どもたちの「勉強したくない」というマントを、何とかぬがせようとして、一生懸命「北風」を送っている。
「北風」とは、おもしろくない授業であり、教科書通りの授業であり、教え・わからせ・理解させる授業であり、子どもが「受け身」の授業である。
 この北風では、マントをぬがないことは、イソップ童話が証明している。
 そこで、教師は「北風」を何とか「太陽」にかえて、太陽光線を子どもに注がなければならない。
「太陽」とは、おもしろい教材のことである。
 教師の教材研究は「北風」を「太陽」に変えることである。
 この教材の条件として、私は三つのことを考えている。
(1)
おもしろい
 どんな立派な内容であっても、おもしろくなければ、子どもたちは見向きもしない。
 子どもたちの、おもしろいかどうかを見分ける能力はみごとというほかはない。
(2)
基礎的・基本的内容がある
 やはり、基礎的・基本的内容が、ちょっぴり入っているということであ。おもしろさだけではマンガになってしまう。
(3)
学習方法がよくわかる
 よい教材は、提示しただけで、どう調べたらよいかわかる。
 つまり、子どもに、目あて、見通しの立つ教材がよいということである。
 おもしろい教材(太陽)を子どもに提示しただけで、食いつくものがある。
 例えば「さとうきび」である。
「さとうきび」は、提示しただけで、
「これは一体何だろう?」
「パンダのエサではないか?」
「竹ではないか?」
「すすきの大きいのだろう」
といった反応を示す。
 まさに「太陽」といえる。
 しかし、提示しただけでは食いつかない教材が圧倒的に多い。それで太陽光線、つまり、教材の威力を強めるために「凸レンズ」が必要になる。
 この「凸レンズ」を、私は「教育技術」とよんでいる。
 この教育技術には
(1)
発問・指示
(2)
資料の活用
(3)
板書
(4)
話術・表情・ゼスチャーなど
(5)
人間性
などを挙げることができる。
 これらの「教育技術」を活用することによって「太陽」である教材を生かすことができる。教育技術がなければ、いい教材も生きない。
 材料である教材を、いかに開発するか、いかにおもしろくするか、いかに新鮮なものをもってくるかが大事である。しかし、いい教材も、腕がなくては真に生かすことができない。
 「太陽」のような教材と、よい教育技術を身につけたい。
(
有田和正:19352014年、福岡教育大学附属小倉小学校、筑波大学付属小学校,愛知教育大学教授、東北福祉大学教授、同特任教授を歴任した。教材づくりを中心とした授業づくりを研究し、数百の教材を開発、授業の名人といわれた
)

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昭和を代表する教育実践者である斎藤喜博が考えた、教材研究と授業とは

 教材研究をよくしていったとき、子どもたちは、よく動くものである。
 力のある先生が話をすれば、子どもたちは自然に真剣にきくものである。
 子どもたちがうるさくするのは、先生に力がないからであり、先生の教材研究なども足りないからである。
 集会の話なども同様である。よい話なら「静かにしなさい」などといわなくても、全員がよく聞くのである。
 それを自分の力不足、教材研究の不足と思わないで子どもたちを叱るのはもってのほかのことである。
 ある若い女性の先生が「私は教材研究のよくできていないときは自習させる」と言ったことがある。
 この先生はいかにも怠け者のようにみえる。けれどもそれはまちがいである。こういう先生はかならず良心的な努力家である。
 教材研究がよくできていないのに、できているような顔をして、子どもたちの前に立つ不遜な教師にくらべて、どれだけ良心的な謙虚な真摯な教師であるかわからないのである。
 しかも、この態度は自分を尊重し、子どもを尊重し、自分の仕事を尊重する態度である。そういう態度でなくて、どうして教育ができるであろうか。
「先生は、今日はよく調べていません。これから調べますから、皆さんも調べてください。いっしょに調べましょう」
 これでよいではないか。こういう態度こそ、真に子どもを教育するのである。
 授業は、どんなに教材研究を精密にし、方法プランを正確に立てても、それだけでうまくいくものではない。
 教材研究や方法プランをつくることはできる。しかし、それは最後には教師自身の身体から出たものになっており、教師の強い主張になっていなければならない。
 授業が展開し、教材や子どもと衝突するにしたがって、教師や子どもの解釈や思考が否定されたり、変革されたり、方法がより必然的な方向に変更されていったりしなければならないものである。
 よい授業は、教師が生身の人間としての教材解釈を持ち、方法プランを持っており、それを生身の人間である子どもと授業のなかで激突させ、そのなかで自分の解釈も方法も変更していくような質の授業である。
 だから、授業は、生身の人間を感じるようなものであり、授業に迫力があり、授業のなかにつぎつぎと新しい問題が生まれ、それが否定されたり、発展したりしていくものである。いつでも何かを追い求めているような授業になっているものだ。
 人間が豊かになるためには、明確になった科学の法則を授業という生身の集団のぶつかり合いのなかで、相互に発見し合い、生きたものにしていく、そういう作業のなかで教師や子どもが豊かになっていくのである。
 そのためには、教師はつぎのような順序で、教材と授業を考えてみる必要がある。
(1)
教材を解釈するすじみち
 教師として、一人の人間として、教材をどのようなすじみちで解釈していくか。
(2)
授業を構造化する
 その教材の解釈を、どのようにして学級の一人ひとりの子どもとつき合わせ、かみくだいていき、授業を構造的なものにしていくか。
(3)
教材を分析する
 教材にはかならず授業展開の核とか中心とかになるものがあり、どのようにつかまえていくか。授業はそれを手がかりにして展開していく。
(4)
授業展開のなかでの新しい発見
 実際の授業展開になると、教材に対する新しい発見をするものである。
 授業展開のなかで教材や子どもと衝突することによって新しい発見をしたとき、教師はどのように対処したらよいか。
 以上のようなことが、ひととおり行われたとき、すぐれた授業展開は保障されるのだと考えている。
 この四つのことを、できるだけ正確に、精密に、法則的にとらえておくことが授業者として心がけておかなければならないことだと考えている。
(斎藤喜博:1911年-1981年、群馬県生まれ。1952年に島小学校校長となり11年間子どもの可能性を引き出す学校づくりを教師集団とともに実践し、全国から一万人近い人々が参観した。退職後全国各地の学校を教育行脚、「教授学研究の会」を主宰した。多くの教師に影響を与えた昭和を代表する教育実践者)


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教材研究の仕方がよく分からない、とくに苦手な教科はどうすればよいのでしょうか

 教材研究は、これから教える教育内容と、その指導に必要な資料を検討することである。例えば、国語であれば
(1)
教材を読みこなす
 教材の書き出しをする。その上で十分に読みこなす。
(2)
教材の解釈
 その教材を解釈する発想が浮かべば書き込む。多いほど子どものいろいろな考えに対応できる。文学や詩歌では、作者の伝記や当時の社会情勢に触れることもあるが、特別な場合を除き、作品中心に扱う。
(3)
理解を深める
 重要ポイントやまぎらしい事項をチェックする。不明確にしたままにしないで具体的に理解しておく。
(4)
山場を検討する
 教材の山場を検討する。子どもの考えは教師と異なる場合があるので、その対応も準備しておく。
(5)
発問や討論を考える
 子どもの実情を勘案して、発問の内容とそれに対する回答予想から、討論の方法などを立案する。
(6)
精選する
 以上の書き込みの中から、精選して指導案に盛り込む。指導案に取り上げなかったものも教師のメモとして豊かな授業の展開の裏づけになる。
 教材研究を研修するには、
(1)
学習指導要領の精神を検討する
 各教科のねらいを、具体的にとらえることができ、教材研究の出発点になる。
(2)
他の教師の教材研究を参考にする
 先輩教師などの教材研究を参考にするとよい。目の前の子どもと対比できるので、実践向きである。無条件で受け入れるのではなく、自分の観点をはっきりさせておいて検討することが肝要である。
(3)
研究会に出席する
 一つの教材についても多様な研究と見方があることがわかる。特に優れた教師の授業を参観すると、今まで知らなかった教材の知識や解釈が得られる。その授業で、子どもたちの反応をしっかり見ることが教材の新しい解釈の参考になる。
(4)
本で調べる
 新しい考え方や疑問の解明に役立つ。しかし、本は現実の授業から遊離した抽象的な説明が多いことや、専門家の独自性を強調した編集がなされていることがあり、適切に取捨選択する必要がある。
 小学校では、教師は全教科を担当するのが一般的である。だから、ほとんどの教師は、得意教科も不得意教科も担当しているのがふつうである。
 不得意な教科は指導書などに頼りきりになり、子どもの実情や自分のアイデアを生かす余裕がなく、説話だけの中味の薄い授業になりがちである。また、子どもに任せにしてその場をしのぎ、満足しない子どもから反発を受けたりして、教師としての自信を失ってしまうことがある。
 しかし、不得意の教科や領域でも、子どものために学ぶ意思があれば、その克服は難しいことではない。「どうやったらわかるか」という教師の考察が、子どもの指導に生きることになる。子どもたちは教師の努力する姿勢に触発されて、学習に対する活動意欲が増すのではなかろうか。
 不得意な教科でも、無理に教え込むのではなく、子どもの豊かな可能性を育み伸ばす指導を工夫すれば、子どもの意欲を引き出し、学習の効果は高くなると考えられる。例えば
(1)
育てる指導と結びつけた実践をする
 課題解決学習など、いろいろな学習方法を活用したり、グループ学習、作業や実験、体験学習など子ども自身が体を動かし、自ら考えて学習する方法を多く取り入れた授業は、単調な教え込み授業より子どもたちは意欲的に活動する。
(2)
視聴覚教材の活用
 視聴覚教材は、具体的で学習への興味関心を高めるとともに、子どもの理解が得やすいように開発されている。教師自身も新しい情報を得たり、指導内容の適切なまとめ方の参考になる。
(3
新しい指導法を開発する
 教師間で連携し協力して指導法の情報を交換したり、研究授業や他の教室の参観などで研修し、指導法を改善するように努める。
 不得意な教科をなくす取り組みは、よりよい指導の方法を求める改善の努力に通じる。
(
関口 寛:1931年生まれ、宮城県教育研修センター指導主事を経て元仙台市立小学校長)

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