カテゴリー「人間の生きかた」の記事

人生を変える勉強をしよう

 学びは、人生最高の楽しみ。勉強が本分の10代はもとより、大人だって学習をもっと生活に取り入れたいもの。 著作「よのなか」シリーズでも知られる藤原和博さんに、学びの極意を聞いてみよう。
 みなさんは気づいているでしょうか。日本では1997年に、はっきりと時代の変わり目がやってきました。
 97年以前の日本は、20世紀型の成長社会。キーワードを挙げるなら「みんな一緒」。
 何事にも、あらかじめ用意された正しい解答があると考えられていて、その正解へ真っ先に行き着くことがよしとされました。
 仕事の現場では、物事を早くきちんと、真面目な態度でこなす能力が求められました。
 生活面では、あらかじめ提示されたものを消費するのが奨励されます。
 建売住宅を購入し、勧められるがまま保険に入り、流行のレジャーにいっせいに飛びつくといったことです。
 子どもの学習も、情報を早くきちんと処理する手段を身に付けることが目的でした。
 ところが、98年以降はあきらかに時代が変わります。
 成熟社会を迎え、価値観が「それぞれ一人ひとり」へとシフトしました。
 もう決まった正解はどこにもありません。
 あるのはただ、自分自身の頭で考え導き出した、それぞれの納得解だけ。
 仕事でも生活でも、単に入ってきたものを右から左へ受け流すのではなく、情報をみずから編集する力が求められます。
 学びのかたちも、ただ知識を詰め込むだけでは意味がありません。
 これからは頭の柔らかさや、いろんな角度から物事を見る複眼的な思考、知識を応用して実地に活かす能力などが求められ、それらを得るためのトレーニングが必要となってきたのです。
 いまやすっかり、インターネット全盛の社会ですよね。そんな時代に人は、否応なく大きく2つのタイプに分かれてしまいます。
 情報を生み出す側の人と、情報をひたすら消費する側の人です。
 情報を消費するだけでも時間はいくらでもつぶせますが、それだけではいつか、むなしく感じるときがやってくるのでは? 
 自分の存在感を増していったり、生きていることを実感するには、情報を生み出す側に回らないといけません。
 そのためにはどうするか。自分にしかできないことを見つけ、それを他の人にもわかるようなかたちにして、だれかに届けるためうまく発信していく必要がある。
 そういうことができるような学びを、積み上げていかなければいけませんね。
 ここでいう勉強とは、国語・算数・理科・社会・英語といった教科ではありません。
 それらは、20世紀に有効だった学習の型。
 情報編集力が求められる21世紀成熟社会には、通用しづらくなっています。
 新しい情報活用能力、すなわちリテラシーがいまこそ求められているのです。
 どんなものかといえば、
 ・シミュレーション能力
 ・コミュニケーション能力
 ・ロジカルシンキング能力
 ・ロールプレイング能力
 ・プレゼンテーション能力
 この5つのリテラシーです。
 いまは正解がない時代なのだから、何かをするときは常に、自分で仮説を立てていかなければいけません。
 仮説を構築する力が、シミュレーション能力です。
 よりよい解を求めるには、多くの人の知恵を持ち寄ったほうがいい。
 そのアレンジをするための力が、コミュニケーション能力です。
 情報が氾濫する時代だからこそ、物事を疑い検証する態度も重要です。
 正しく疑う力、それがロジカルシンキング能力。
 別の角度から状況を眺める冷静さも大事ですね。そうした目を保てるのが、ロールプレイング能力。
 自分の能力を最大限にアピールするためのプレゼンテーション能力も含めて、これらがいまと今後の社会を生きていくために、必須の力となっているのです。
 これから学校で勉強をする人たちは、そのあたりを意識して学びに向かうべき。
 では、すでに20世紀型の学習を経てきた大人はどうすればいいか。
 まずは、自覚することです。
 自分が情報処理力重視の「正解主義」学習をしてきたことに。
 そうして改めて、情報編集力を磨くための「修正主義」学習を、折に触れ心がけていきましょう。
 常に頭を柔らかくしておく、それがポイントになってきますよ。
 人はなぜ学ぶのか。幸せに生きるためですね。
 20世紀までは、幸せのかたちというものがたしかにありました。
 いい成績をとっていい会社に入り、子をもうけて孫の顔を見て……。
 でも、そんな定型は崩れました。会社も国も、何も保証してくれません。
 一人ひとりが、それぞれの幸福論を編集しないと、幸せを見つけられなくなっているのです。
 自由度は格段に上がったけれど、自由ってじつは、使いこなすのがたいへんなもの。
 自分の頭でしっかり考えないと、自由を持て余し、幸せは遠ざかってしまう。
 幸福を得るための手段として、自身の情報編集力を磨かないといけない。
 その営みこそが、いまの時代の本当の「学び」なのですよ。
(藤原和博:1955年東京生まれ、教育改革実践家、東京都杉並区立和田中学校・元校長。株式会社リクルート東京営業統括部長などを歴任後、同社フェローとなる。2003年より5年間民間人校長を務め『文部科学大臣賞』などを受賞、進学塾と連携した夜間塾「夜スペ」も話題に)

 

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世の中には知識はあっても、わが身に応用する知恵が足らず実践出来ない人がいかに多いか

 国語辞典には「知恵とは、物事を知り、巧みに処理していく能力」と書いてあります。
 即ち、知識とは勉強するもので、知恵とは問題解決能力を指します。
 知恵は問題にぶつかりながら、行動の中で身に付け育てていくものです。
 例えば、糖尿病に関する知識は糖尿病教室で教わり、生活習慣を変える知恵は現場(家庭、職場、社会など)で身に付けます。
 このように、経験を通して得た知識こそが、やがては自分の知恵として身に付いた物となります。
「知識」は生活の糧を得るのには役立ちますが、「知恵」は人生に役立つものです。
「出来ない奴ほど自分の持つ知識をひけらかそうとするが、出来る奴は行動することで知恵を示してくれる」とは、ある料理の達人の言葉です。
 ゲーテの言葉に「真の知識は経験あるのみ」「経験は知恵の父、記憶は知恵の母」がある。
 日常生活の中から学んだ経験と記憶が、自分の知恵として身に付けばよいのですが、なかなか上手くはいきません。
 血糖が上がることが分かっていながら、間食が止められない、つい食べ過ぎるなどです。
 糖尿病で困っている人は、経験から得た身に付いた知恵があれば、糖尿病を打ち負かせると、励まされます。
 しかし、「分かっちゃいるけど、止められない」というのが現状です。
 良い知恵は身に付きにくく、悪知恵はすぐに身に付きます。
 それは、行動変容を必要とする目標が願望のことが多く、その目標達成には多大な努力がいるからです。
 そこで別の視点から現状を解析してみると、患者さん自身が実践出来ないことも問題ですが、患者さんに行動変容を促す私たち医療従事者の支援方法が間違っている場合があることに気付きました。
「医者の不養生」「論語読みの論語知らず」などと言われるように、世の中には人に教える知識はあっても、その知識をわが身に応用する知恵が足らなく実践出来ない人がいかに多いことか。
 食事療法を勧める医者が肥満でしたらどうでしょうか?
 禁煙を勧める医者が愛煙家でしたら?
 患者さんに行動変容を促す前に、自分自身の行動変容が出来なければ、患者さんは変わらないでしょう。
 先ず、医療従事者から行動を変えて、「知恵の輪」を作る努力が必要です。
(石田俊彦:香川大学名誉教授。元香川大学医学部附属病院長)

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人生を幸せにするには、どのように生きればよいのでしょうか

 しあわせの源泉は感謝のこころだと思います。
 一つの出来事に感謝できるからしあわせなこころになれるのだと思います。
 客観的な「しあわせ」があるのではなく、あるのは「しあわせ感」なのです。
 ほんの小さな出来事に感謝の気持ちが湧くと、それがしあわせ感を呼び覚まします。
 良いことが起こっても、それに感謝が伴わないと、しあわせ感にはつながりません。
 私のある患者は、自分の過去を振り返って、多くの人の世話になってきたことに気づき、まわりの人々に感謝の言葉を出すようになりました。
 「しあわせ感」を持つことができる秘訣は感謝することです。
 私は日常生活において「感謝の訓練」が大切だと思っています。意識的に感謝する習慣をつけるのです。
 私は毎日、感謝できたことを三つ書き出すことを実行しています。不思議に毎日感謝できることはあるものです。
 どんな小さなことでもいいのです。「梅が一輪咲いた」などです。
 「幸せをよぶ法則」は楽観主義です。物事を悲観的にとらえるのではなく、楽観的にとらえることです。
 楽観性が免疫系に活力を与え、身体的な健康をもたらす。
 フランスの哲学者アランは「悲観主義は気分だか、楽観主義は意思である」という有名な言葉を残しています。
 この楽観主義に信仰の裏打ちがあれば、もっと良いでしょう。
 何事も信仰をもって気楽に受け止めることができれば、どんなに気が楽になることでしょう。
 心がどこを向いているかで、その人の人生が決まります。
 仕事にばかりこころが向いてしまい、家庭にこころが向いていないと夫婦関係や親子関係にゆがみが生じます。
 たとえ家庭で過ごす時間は短くても、こころがしっかりと家庭に向いていれば大丈夫です。時間の長短ではなく、こころの方向が大切だからです。
 この世に誕生することを「生まれる」と言います。「生まれる」のは受け身です。私たち一人ひとりは生をうけたのです。与えられた生を傷つけたりしないこと。
 それが命を与えてくださった神さまに対する人間のつとめだと思います。
 人生にはさまざまな試練、苦難、不都合なことが起こります。それをどのように乗り越えていくかは人によって違います。
 私の人生を振り返ってみると、やはり、私にとって多くの「不都合なこと」が起こりました。そのたびに私は聖書の、み言葉によって、支えられてきました。
 「信仰によって乗り越える」と言われますが、まさにそのような体験を何度もしました。
 自分がくだした決断を「良し」とするためには、決断の結果として出てくるマイナス面を覚悟することが必要です。
 覚悟するためには「このマイナス面は耐えていればきっとプラスに変えられていく」という確信が必要です。
 祈って神に委ねた場合は、たとえ結果が人間的に見て思わしくなくても、委ねた結果としてそこに自分の思いと別の意味を見つけて積極的に受け入れることができるでしょう。
(柏木哲夫:1939年兵庫県生まれ、淀川キリスト教病院理事長、大阪大学名誉教授、ホスピス財団理事長。専門はターミナルケア。クリスチャン)

 

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陽転思考が人生の夢の扉をひらく

 小田全宏さんが人間教育の道に入ってから20年の歳月が流れました。
 大学を出るときは、「人間教育の道に進みたい」と熱望していたが、当時はそういう職種がなんであるのか、さっぱり分からずにいた。
 その時出会ったのが、あの経営の神様と言われた松下幸之助(注)さんです。当時松下さんは88歳でしたが、松下政経塾の面接でお目にかかったときに、
「このままでは日本は駄目になる。財政が破綻するし、日本人が駄目になる。わたしはこの松下政経塾を昭和の松下村塾にしたいのや」
 の言葉が今でも深く小田さんの心に残った。
 その後、多くの塾生達は政治の道に進みましたが、小田さんはひたすら人間教育の道を進んできました。
 小田さんは自分の人生を人づくりに賭けようと、入塾当初から思っていたからです。
 そのために政経塾時代には、行動科学を研究し、感受性訓練やエンカウンター訓練などを通して、人間学の研究に没頭した。
 27歳の時に、現在の株式会社ルネッサンス・ユニバーシティの前身にあたる企業教育の会社を作った。
 その間には、市民運動として、リンカーン・フォーラムによる「公開討論会」や、「首相公選」、「マニフェスト」など数々の運動の取り組みをしてきた。
 小田さんは、それぞれに大きな手ごたえを感じましたが、20年間変わらずに訴えてきたのが、「陽転思考」を中心とした「自分づくりとリーダーシップ力」の養成です。
「人間力」は、正しい考え方を習慣にし、鍛錬することで身につきます。人は自分自身を高めようと努力すると、確実に成長し、その結果、その人個人のみならず、その人を取り巻く環境も変化します。それはとても楽しい経験なはずです。
 小田さんはこれまでの体験を通して、そのことを確信しています。
 小田さんがこの30年間一貫してみなさんにお伝えしてきたことがこの「陽転思考」という考え方です。
「陽転思考」とは「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 松下幸之助さんは、貧しく、学歴もなく、健康でもないという無い無い尽くしの中から、いわゆる成功者になりました。
 松下幸之助さんは、家が貧しく、住み込みで大阪の商家で働き、商人としてのしつけを受け苦しくつらい経験を味わった。
 生来からだが弱かったがために、人に頼んで仕事をしてもらうことを覚えた。
 何度か九死に一生を得た経験を通じて、自分の強運を信じることが出来た。
 こうしたなで、松下さんは自分に与えられた運命をいわば積極的に受けとめ、それを知らず識らずに前向きに生かしてかたからこそ、そこに一つの道がひらけてきたとも考えられます。
 運命というものは、人間の意志や力を超えたものです。
 人間の力ではどうにもならないのかといえば、必ずしもそうではないと思います。
 そこが運命の実に不思議なところだと思いますが、自らの意識や行動のいかんによっては、与えられた運命の現れ方が異なってくる。
 つまり、「人事を尽くして天命を待つ」ということばがありますが、生き方次第で、自分の運命をより生かし、活用できる余地が残されているとも考えられます。
 松下さんの生き方も、知らず識らずのうちに、自分の与えられた運命を生かすものであった、と言えるような気がするのです。
 松下さんは、その人間に残された余地は10%から20%ぐらいはあるように思っていました。
 この余地の尽くし方いかんによって、自らの80%なり90%の運命がどれだけ光彩を放つものになるか決まってくるということです。
 自分の人生はどうにもならない面があるけれども、こうだという信念をもって、自分自身の道を力強く歩むように努めていく。
 そうすれば、たとえ大きな成功を収めても有頂天にはならないし、失敗しても失望落胆しない。
 あくまでも大道を行くがごとく、処世の道を歩んでいくことができるのではないかと松下さんは、思っていました。
 小田さんの最も大切な考え方が「陽転思考」という考え方です。
 プラス発想やポジティブシンキングという表現をよく耳にしますが、「陽転思考」は単に元気に明るくという考え方ではありません。
 「陽転思考」とは、「人生に起こるあらゆる出来事をあるがままに受け止め、感謝の心を抱きつつ、ベストを尽くして生きる」という考え方です。
 もちろん「陽転思考」で生きたからといって、人の悩みが消えるわけではありません。また不可能なことがなくなるわけでもありません。
 しかしこの「陽転思考」を身につけることによって人生のあり方は大きく変わります。
 その姿を小田さんはたくさん見てきました。
 人の人生が大きく好転し、企業や組織がみるみる発展する。それらを目の当たりにすることはとてもワクワクする出来事でした。
 かつて「ありのままで」という言葉が流行ったことがありますが、私たちが自らをマイナスの言葉で縛り、その可能性を封印してしまっているとしたら、それは決して「ありのままで」ではないと思うのです。
 よく、コップの中に入っている水を見て「半分もある」と見えるか「半分しかない」と見えるか、それによって人生が決まるということが言われますが、この「陽転思考」は、深く掘り下げていくことで人生の扉が次々と開いていきます。
 かつて松下幸之助さんは、「人生の中で素直になることが最も大切なことや」とおっしゃっていました。
 素直な心とはどうゆう心であるのかといいますと、それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではありません。
 むしろ本当の意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容を持つものだと思います。
 つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。
 そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくるのではないかと思うのです。
 だから、素直な心というものは、真理をつかむ働きのある心だと思います。
 物事の真実を見きわめて、それに適応していく心だと思うのです。
 しかし素直になることに対し松下さんは、
「素直になりたいと30年心から念じていたら素直の初段になれる」
「そうすると物事が大体ありのままにみえるようになる」
「だから、大体において、過ちなき判断や行動ができるようになってくると思う」
「そしてまた30年すると二段になる。五段になったら神様やな」
 といって笑っておられました。
 とするなら、私たちも「陽転思考」の初段になるためには、30年思い続けなければならないということでしょうか。
 私も今年で「陽転思考」をお伝えして30年、ようやく初段になったかなと思うのです。
 天国から松下さんの「お前はまだまだ5級ぐらいやぞ!」というお叱りの声も聞こえてきそうです。
 まだまだ小田さんの人間学探求も道半ばです。
 あなたも是非この「陽転思考」探求にご一緒していただければ幸いです。
(注)松下幸之助:1894-1989年、実業家、発明家、著述家。パナソニック(松下電器産業)を一代で築き上げた経営の神様。PHP研究所を設立し倫理教育や出版活動、松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも意を注いだ。
(小田全宏:1958年滋賀県生まれ、実業家・教育者。松下政経塾に入塾し、松下幸之助の下で人間教育、人材育成を研究。ルネッサンス・ユニバーシティを設立し多くの企業で「陽転思考」の講演や人材教育を行う。またリンカーン・フォーラムや日本政策フロンティア(最高顧問は稲盛和夫)の設立者でもある) 

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「役者」として演ずることは、生きること

 仲代達矢さんの父親はすごく歌舞伎が好きで、仲代さんは小さな頃からだっこされたり、手をつないだりして歌舞伎を見ていました。
 後に、全く違う新劇の方に入ったわけですけど。歌舞伎には「型」というのがあります。仲代さんは新劇にも型があっていいんじゃないかと思っています。
 歌舞伎の型は300年から400年の長い歴史の中で、名優が一つずつ作り上げてきたものです。
 昔から芝居は「一声、二振り、三姿」といわれます。
 観客はよく歌舞伎役者の動きの美しさをたたえますが、新劇はせりふに頼るところがより大きい。
 しゃべりが崩れてしまうと、新劇というものは何だということになるので、少なくとも仲代さんの周りの若者たちには、それを一生懸命教えています。
 仲代さんが「無名塾」を始めたのは、月謝をとらず、少しでも理想を高くもつ役者が、ひとりでも出てくればいいと願う気持ちでした。
「無名塾」では、朝6時から夜9時まで芝居づけにして育てるのですが、「それじゃやっていけないだろう!」なんて、親や学校の先生が言うべきことも言ったりしていましたね。今は仲代さんも、やさしくなりました。
 役者商売の技術の一つは、観察なんですよ。
 例えば、電車の中で、前におじいさんがやって来たら、その人をじっと見て、どういう生活を送っているのか、どういう家族を持っているのか、どういう商売をしているのかと推察していくわけです。
 それが役者の一つの大きな勉強になるんですね。
 仲代さんは、その人の行為がどうしてそうなったのか突き止め、そこから演技の方法を探るのが好きです。
 仲代さんは他者を見て「この人はどういう生き方をしているのか?」と、盗んで演じます。
 つまり「芸」というのは、人間をみつめることが重要なんですね。
 仲代さんは、多くの映画監督と接してきました。
 黒澤明監督は、真っすぐな人です。例えば撮影しているとき「わぁ、ばかもの! どうしてそんなことができないのか。何なんだ。もっと勉強してこい」って言う。
 小林正樹監督は、ただ静かに「はい、もう一度。はい、もう一度」。ワンシーンを1週間ずっと繰り返して、オーケーがなかなか出なかったこともあります。
 岡本喜八監督とは、長い間、兄弟みたいに付き合っていました。彼は素晴らしい喜劇作家です。
 仲代さんがとても深刻な役を演じてきたにもかかわらず、彼はいろんな喜劇で、ぼやけた喜劇性を出すように私に要求してきました。
 仲代さんには、ぼんやりしたところがあることを、よく知っていたもんですから。
 演劇の中で、自分自身と戦い、自己主張する人間は、いい意味でも悪い意味でも「薄く」なったように思います。
 昔は「こういう芝居がしたい」と監督や共演者と言い合っていました。
 そんなふうにお互いの個性を出し合って生きていくことや、自分が本当に何をしたいかが、薄いような気がします。
 仲代さん自身は、演劇人・映画人に対しての想いがあります。
 演劇や映画、テレビがなくなったらこの世の中はどうなるのか?
 世の中から「うるおい」や、ものを見て感動することがなくなったら、すべてがそっけなくなるのではないでしょうか。
 今は「効率」の時代だと思いますし、文化や芸術は多少の退化をしていると思うけれど、最終的には「人間」が大事なんだと思います。
「役者」は体で人間を表現するプロとしての能力である「人間力」こそ、死ぬまでたたきこまなければならないでしょう。
「役者」は、厳しい職業です。定年はありませんが、年金もない。
 役者として生きていくことができる確率は、ほんのわずかでしょう。その厳しさは、仲代さんも同じなのです。
 プロ野球選手は「40歳になったら引退」とよく言いますが、役者は違います。
「私は役者のプロです」ということはない。いくら演技がうまくても芽が出ない役者もいれば、昨日までモデルだったような役者が人気になる場合もあります。
 そんな厳しさをもつのが「芸能界」なんです。
 仲代さんは、過ぎ去った過去をひきずることはせず、未来もわからないから考えない。今日一日をどう生きるか。どう「夢」をもつかが大切なのだと思います。
 演ずることは生きるということだと仲代さんは思っています。これは俳優という商売だけじゃなくて、全ての職業に当てはまるのではないでしょうか。
(仲代 達矢:1932年東京都生まれ、日本の俳優、無名塾主宰。劇団俳優座出身で演劇・映画・テレビドラマで活動を続け、日本を代表する名優の一人)

 

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仕事は人々に喜びを与えると考えれば喜びをもって仕事ができ、春を楽しむ心は、人生を楽しむ心に通じる

 仕事というものは、人々に喜びを与え、世の中の向上、発展を約束するものだと考えれば、失敗や危険を恐れずに勇ましく立ち向かっていくことができると思います。
 たとえば、麻雀の道具をつくっている会社の従業員が、麻雀をするのはよくないことだ、と思っていたら、その会社の経営はうまくいかないでしょう。
 一日、一生懸命働いている人にとって、仕事後にする麻雀は気分転換になり、喜びになるだろう。
 その喜びのためにわれわれは麻雀の道具をつくって売っているのだと思ってこそ、堂々とその仕事をやっていけるわけです。
 そして、その上に、一人ひとりが喜びをもって仕事を進めていけば、会社は自然に成功するはずだと思います。
 春は、草木が芽を出し、つぼみが成長する万物が成長のときといえるでしょう。
 私たちは、春を楽しみ、大いに成長していかなければならないと思います。
 春を楽しむ心は、人生を楽しむ心に通じます。
 長い人生には不愉快なこと、面白くないときもありますが、春を楽しむように人生を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、心もやわらいで、生きがいも感じられてきます。
 野山の木々が年輪を加えていくように、去年より今年、今年よりも来年と一年一年成長していくと思うのです。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

 

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どうすればよいかわからないときは、他の人に意見を聞き、自分の行き方、性格をしっかりとつかんだ上で、参考にするとよい

 日々、常に「いかにするべきか」という迷いが生じてくるのが人生だと思います。
 例えば、自分はこの仕事に向いているのだろうかといった基本的な迷いをもつこともあれば、新しい仕事にどう対処していったらいいかというような具体的な悩みにも出会います。
 どうすればよいかわからないときや、迷ったときには、他の人に意見を求めてみるとよいと思います。
 自分をしっかりつかみ、素直な心で耳を傾けていく。そこから確かな人生の歩みが始まります。

 私たちは、日々の生活の中で、さまざまな迷いによく直面します。一生を左右するほどの決断から、日々のこまごまとした選択まで、常に「いかにするべきか」という迷いが生じるのが人生だと思います。
 そこで、その迷いを解決するときには、一つにはやはり、ほかの人に意見を求めてみることだと思います。
 自分をよく知ってくれている人に尋ねてみる。そうすると、そこに具体的な方向がしだいに明らかになってくる場合が多いと思うのです。
 私もこれまで、自分でわからないことがあると、できるかぎり他人の意見を求めるよう努めてきました。
 自分だけでは判断がつかないこともしばしばあります。そんなときには、事情を説明して「あなたなら、どう思いますか」と尋ねるわけです。
 そうすると「それは松下くん、ムリやで」とか「きみの今の力ならやれる。大いにやるべきだ」とかいろいろ言ってくれます。
 そのとき、自分がすぐ納得できたら、そのとおりに実行します。
 しかし、どうもピンとこない場合には、また他の人に聞いてみると、また違った立場からの意見を言ってくれます。
 そうした意見を参考にして自分なりによく考え、結論を出すようにしてきたのです。
 意見を求めてみると「それは、よく聞いてくれた。見ていて、内心こうしたらよいと思っていたんだ」と、言ってくれる人が案外多いのではないでしょうか。
 ですから、ちゅうちょせず、思い切って尋ねてみることだと思います。
 ただ、その場合に忘れてはならないのは、あくまで自分というものをしっかりつかみ、そのうえで、素直な心で聞くということでしょう。
 自分をつかんでいないと、相手の言うことがみな正しく思えて、聞くたびに右往左往することになりかねません。
 また、私心にとらわれて、自分の利害や体面などが気になって、自分に都合のいい意見ばかりを求めてしまうことにもなるでしょう。
 それでは、聞く意味がなくなってしまいます。

 こうしたことは、人に意見を聞く場合のみではなく、本を読んだり、テレビを見たりする場合でも、同様に大切なことだと思います。
 他の人の意見を取り入れて、その通り自分でやってみても、人それぞれに天分、個性が違うのですから、同じようにはいきません。
 人には人の行き方があり、自分には自分の行き方がおのずとあるわけです。
 だから、やはりまず自分の考え、性質を正しくつかんで、そのうえで他人を参考としていかなければならないと思うのです。
 人間一人の知恵才覚というものは頼りないもので、だからこそ、迷ったときは何ごとにも積極的に他の人の知恵を借りることが必要です。
 自分のカラに閉じこもったり、頑迷であったりしてはならないと思います。
 しかし、人の意見を聞いてそれに流されてしまってもいけない。聞くべき聞き、聞くべかざるは聞かない。
 そのへんがなかなかむずかしいところですが、それができれば、お互いの人生の歩みは、より確かなものになっていくのではないでしょうか。

(松下幸之助:18941989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)



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私の座右の銘は「青春とは心の若さである」、青春時代と同じように新たな気持ちを持ち、なすべきことをなしていけば道は無限にある

 私があるヒントを得て座右の銘としてつくった言葉は
「青春とは心の若さである」
「信念と希望にあふれ、勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり、青春は永遠にその人のものである」
 当然ながら、人はみな毎年歳をとっていく。それはいわば自然の掟である。
 しかし私は、精神的には、何歳になろうとも青春時代と同じように日々新たな気持ちを持ち続けることができるはずだと思う。
 その精神面での若さを失いたくないというのが、かねてからの私の強い願いなのである。
 お互い人間というものは、常にみずから新しいものをよび起しつつ、なすべきことをなしていくという態度を忘れてはならないと思います。
 お互いが、日々の生活、仕事の上において、そういう心構えを持ち続けている限り、一年前と今日の姿にはおのずとそこに変化が生まれてくるでしょう。
 また一年先、五年先にはさらなる新たな生活の姿、仕事の進め方が生まれ、そこに大きな進歩向上がみられるでしょう。
 大切なことは、そういうことを強く感じて、熱意をもって事に当たるという姿勢だと思います。
 そうすれば、まさに道は無限にあるという感じがします。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

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自分の持ち味を生かすことが不満や悩みの解消に役立ち、生きる喜びをもたらす

 人間としての生き方はみな異なるものだと思います。人間の生き方は、自分に与えられた天分(持ち味)を生かし、使命(責任をもって果たさなければならないつとめ)をやり遂げること。これこそが人間としての成功と呼べるものではないでしょか。
 ある人が靴を作る仕事をはじめたとします。靴を作って人の役に立ち喜ばれることが成功となります。
 つまり、人間として成功かどうかの基準は、社会的な地位や名誉や財産ではなく自分に与えられた天分、使命を十分に生かすか、生かさないかというところにある。
 地位や名誉や財産はどんなに努力しても全員がえられるものではないでしょう。しかし、
天分を生かそうとして、人生を生きることは考え方によっては全員が可能だと思います。
 自らの天分に生きている人は、地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができると思います。
 そういう人が多ければ、豊かな活力が生まれ、力強い発展がもたらされるのではないでしょうか。
 最近は、昔に比べれば生活が豊かになったにもかかわらず、不平や不満、不安に悩む人が多くなったと言われます。
 その原因として、人間の成功をどのように思うかが関係しているように思います。地位や名誉や財産に重きを置き過ぎて、自分の独自の天分を生かし、使命に生きることの大切さが忘れられている傾向があります。それが不満や悩みを増やしているのではないかと思います。
 人生や人間としての成功を、自分の天分を生かすことにあると考え、それを求めていくことによって、不満や悩みの解消に役立ち、個人としての生きる喜びも、社会全体の発展や繁栄も、より高いものになると思います。
(松下幸之助:1894~1989 パナソニック創業者、経営の神様と呼ばれ、日本を代表する経営者)

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身を捨てる度胸をもつと、困難だと思っていたことがスムーズにいって、よい結果を生む、ということにもなる

 人生というものには、いろいろな問題があります。
 しかし、それらのことも過ぎ去ってみると、
「あのとき迷わないで、やって、ほんとうによかったな」
というような場合が多いのです。
 そこが大事なところだと思います。
 ある場合には、迷うこともあるでしょう。しかし、しょせん迷っても、自分の知恵裁量というものは、ほんとうは小さいものです。
 だから、
「これは、もう仕方がない」
「ここまできたのだから、これ以上進んで結果がうまくいかなくても、それは運命だ」
と、度胸を決めてしまう。
 そうした場合には、案外、困難だと思っていたことがスムーズにいって、むしろ非常によい結果を生む、ということにもなるのではないかと思うのです。
(松下幸之助:1894-1989年、パナソニック(旧名:松下電器産業)創業者。経営の神様と呼ばれた日本を代表する経営者)

 

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