カテゴリー「学級通信」の記事

保護者との信頼関係をどうすればつくれるか

 保護者との信頼関係をつくるうえで学級通信は非常に有効な手段だ。学級通信を通じて保護者に伝えることは、
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日常の子どもの姿
 保護者は中学校で子どもがどんな生活をしているか、ほとんど何も知らない。小学校に比べると、参観日や行事も少ないので、学校を訪れる機会も減る。子どもが今日あったことを話さなくなる。したがって、中学校での日常の生活を学級通信を通じて知らせるようにするとよい。
 学級通信や保護者懇談で子どもの努力を伝えようと思っても、実際に子どもを見ていなければそれはできない。そのため、できるだけ子どもたちのそばにいるようにする。
 具体的には、授業の五分前に教室に入る。授業や給食を終えたら、そのまま教室に残る。黒板消しで黒板をきれいにしたり、子どもと雑談をしたりしていると、子どもの姿が目に入る。がんばっている子が見える。
 同時に、教師が休み時間に教室にいることによって、いじめ、暴力などの抑止力にもなる。これは大きい。子どもたちにとって、教室が心休まる場になるからだ。
 日頃から、そうやってできるだけ子どもたちのそばにいて、様子を見ていると学級通信や保護者懇談のネタも集まってくる。このとき、力を発揮するのが付箋だ。ポケットに付箋を入れておくと、メモするのに役立つ。後で、それをノートに貼り替えるだけでよい。
 そういう積み重ねを通じて子どもたちのことが、少しずつ分かってくる。何か問題が起こったとき、子どもたちのいろんな言動が結びついていく。そういえばあのときこんなことをしていた、言っていたということになる。
 そういう積み重ねが「あの先生は、わが子を見ていてくれる」という信頼感につながってくる。できるだけ、子どもたちのそばにいるようにする。誰にもできることだ。
(2)
担任の考え・指導の方針
 例えば、「最近、下駄箱の靴は全員整頓されるようになりました」という学級通信の文章を載せる。そこには担任の「靴をそろえて下駄箱に入れられる人間というのは、すばらしい」という考えに基づいた指導方針で、朝の会や帰りの会、道徳で教え指導した結果、全員ができるようになったのだ。
 「しっかりとした考えに基づき指導する→子どもたちができる→子どもたちをほめる→学級通信に載せてほめる」というサイクルにしたい。
 こういうことを学級通信で保護者に伝えていくと「家でも靴をそろえるようになりました」という声を保護者よりよせてもらえることもある。学校と家庭が同じ価値観で子どもに接することができるようになる。
(3)
連絡
 子どもが家庭に持って帰るプリントは多種多様で多い。これらが無事に保護者に届いているでしょうか。教科、学年事務、保健室や給食室、PTAのお知らせなど、子どもに配布されるプリントは多い。
 例えば「懇談会のアンケートの締め切りは三日です」という連絡が保護者全員に徹底されず、締め切りまでに提出物がなかなかそろわないという事態になることがある。
 これを、学級通信を見れば分かるようにするのだ。学級通信をチェックしておけば、予定が分かり、忘れ物が防げるようにしておく。そうすれば締め切りも守られるようになる。
 したがって、この学級通信が必ず保護者の手に渡るようにしたい。そのために、入学式、始業式という、学年のスタートの日に配布するとよい。
 ここで配られると、保護者は学級通信というものがあることを認識してくれる。大切な連絡が載るということを知れば、保護者の方から子どもに「学級通信出てないの?」と催促してくれるようになる。
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芝勢雅子:元岡山県公立中学校教師)

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学級通信は多角的に子どもを見、子どもや保護者の意識を変革し、教師を成長させることができる

 私が教師になったその日から学級通信を始めた動機は「共育」にありました。共育とは、共に育て合い、育ち合おうとする精神です。この精神をしっかり持っておけば、一方的に子どもを怒ったり、乱暴な言葉は出てくることはないし、はみ出しっ子にも苛立たず、ちょっと待って、つきあってみようかという心も自然とわいてきます。
 教師の意識をいつのまにかむしばむ恐ろしいビールスがあります。それは常に教えるとか指導する立場に立たされているために、相手から謙虚に学びとろうとする意識がなくなってしまうビールスです。自分は教える人、子どもは教わる人、おまけに親まで教わる人という意識を持ってしまうのです。ベテラン教師ほどそういう人が多く、気をつけねばと自戒しています。若い教師にもいます。
 そういう人は「生徒のくせに文句を言うな」と、子どもの意見に耳を傾けようとしません。保護者に向けても似たような姿勢をもっています。「保護者会なんていやだなあ。親は注文ばかりつけてうるさい」と、親の言葉にまで耳をふさごうとしてしまうのです。
 私が学級通信などを出し続けたのも、常に共育という意識をなくさないようにするためだったと言えます。通信を出す作業の中で、子どもをよく観るという姿勢を求められました。保護者とよく話し、親はわが子の何を伸ばしたいと考えているのか、それを助ける担任に何を求めているのか、願っているのかを知らなければなりませんでした。
 学級通信を何回出したかは、たいした問題ではないのです。しかし、それだけのものを出せたということは、子どもに近づいて多角的に子どもを見ようとしたからです。学級通信にそれを取りあげ、まな板の上に置くことによって、子どもは子どもなりに、保護者は保護者なりに、作った担任は担任なりに、まな板の上の鯉を料理し自分の栄養にしていこうとします。これは大変意義深い教育活動だと言えるでしょう。
 私は「やまびこ会」を主幹している関係で、手元に全国で実践している教師たちの学級通信が多数送られてきます。よい通信とは読み手にとって「読みやすい。考えさせられる。子どもたちの様子や教師の考えがよくわかる。未来への展望がある。親や子どもがそれぞれの立場から関心の持てる話題が豊富である」ことです。
 学級通信はたんに情報伝達の手段に終わらず、子どもや保護者の意識の変革までおよぶ機能を果たす機能があります。それだけではありせん。発信者の教師が、いろんな面で成長できるのです。毎日、子どもの現実を見つめ、それを分析してリポートします。そのとき、「おまえはそれをどう受けとめ、これからの指導にどう生かそうとしているのか」と、自問を迫られ、自答していかねばなりません。そして、それを次の実践に移らねばならない状態にいつも身を置くのです。この実践の訓練を子どもや保護者にさせてもらっているということになるのです。それが教師としての成長となって実を結ぶのではないでしょうか。
 学級通信に書いて、記事を残すことは、考えてみればこわいことです。自分をそこにさらけ出し、誰にでもいつでも知られる形で自分を残すのですから。子どもたちや保護者のおかげで、学級通信によって私の教師としての足跡を残してきました。この足跡が私の軌道を正す大きな力になっています。学級通信づくりは自分のためだったんだと、今になってわかってきたのです。
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山田暁生:19362008年、東京学芸大学卒、元町田市立中学校教師。やまびこ会創始者)

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