カテゴリー「学級通信」の記事

教師になって三年目までが勝負、すばらしい出会いが教師を変える

 私は、中学校社会科教師をめざしていたが、採用試験に不合格となり、学習塾に勤めてやっと岩手県の小学校の教師になった。希望の職業になれた嬉しさで「張り切って仕事をするぞ」という思いであった。
 三年生の担任になり、毎日校庭でサッカーや遊具で遊んだ。しかし、教材研究や指導技術もないに等しいのだから、子どもたちが集中せず、反応も悪いのは当然であった。
 そういう状況のなか、六月に新採用教師対象に研究授業をすることになった。校内の先生方の授業を見る機会がなかった。「どうやって勉強したらいいのだろう」と考えているうちに、また次の日が来てしまうありさまだった。
 研究授業まであと10日あまりになったとき、他校の研究授業を参観する機会があった。ベテラン教師の六年生社会科の授業だった。
 
「これが本物の授業なんだ」と目を開かされる思いだった。教師が使う資料が独自に調べたもので、中尊寺のポスターに、子どもたちが「美しい、すごい」という声があがり、子どもたちが一気に引き込まれていく様子がよくわかった。
 しかも、学級全員がよく集中している。ユーモアある発言には、よく笑う子どもたち。とにかく教室が明るかった。
 また、授業のまとめの場面では、子どもたちが自主的に立って発表していた。いつも指名ばかりだった自分は「こんな方法もあるのか」と衝撃を受けた。
 どんな人と出会ったか、どんな授業と出会ったかで、その教師の人生は大きく変わる。
 初めて参観した授業がすばらしいものだったことは、私にとって偶然に得た幸運であった。
 すばらしい研究授業との出会いで「理想とする授業」のイメージができた。取り組みにも意欲的になった。本や教育雑誌を一気に購入した。読んで見ると、いかに自分は学習方法を意識していなかったかがわかった。
一回目の研究授業の経験で、研究授業は
(1)
自分がその分野について新しい知識を本や同僚教師から身につけられる。
(2)
学級の子どもたちの「発言力や学習規律」を伸ばす場となる。
(3)
教師の授業力をアップする場になる。
以降、私は研究授業を求められれば積極的に手をあげるようにした。新採用の年には五回の研究授業を行った。
 本や雑誌から学ぶことも多かったが、いちばん勉強になったのは、やはりベテランの同僚教師から学ぶことだった。
 私が苦手とした図工は校内の研究授業を参観したことが一番参考になった。音楽も苦手だったが、音楽に堪能な教師と合同で練習した。生で音楽指導を見ることができた。
 五年生を担任していたときに、週に一時間の空き時間があった。その時間を利用して、他の先生にお願いして授業を見せてもらった。家に帰ってから、自分の学びを1ページくらいにまとめ、ファイルにした。
 2年目、新校長の授業参観があった。感想を聞きたいと校長室を訪ねると「この分野ならあの先生にと言われるようになりなさい」と言われた。社会科が小学生のときから好きだったので社会科の授業に力を注いできた。
 それ以外に他の先生より努力できそうなのは学級通信だった。
 発行は教職2年目の二学期からだった。発行してみると実に面白い。学級の情報を保護者に伝えられる喜び。子どもたちが「ぼくの作文が載っている!」と喜ぶ。そして私自身の実践が記録される充実感。
 学級通信を発行してから確実に変わったことは
(1)
保護者の反応
 「学校の様子がよくわかります」「社会科の授業、私も受けてみたいです」といった好意的な声をいただいた。
(2)
私の教育実践
 学級通信に授業の様子を掲載することは、同時に自分の実践記録の蓄積につながった。実践ネタが増えることになる。時には教育研究集会の資料になった。
(3)
子どもたち
 子どもたちの励みになるように、作文、よい行い、エピソードを具体的に名前入りで紹介した。帰りの会で「今日のお便りのヒーローは○○さんです」と話した。その子が家で誇らしげに見せたというのを聞いて、私は学級通信を発行する意義を改めて感じた。
 保護者対応は私にとって苦手であった。もともと人と積極的に交わるタイプではない。そんなときに、変わるきっかけとなったのは地区のPTAバレーボール大会であった。その練習の誘いを受けた。
 週2回、夜間2時間は負担と思ったが「まずは参加してみることが大事」と考えた。参加してみると、大きなメリットがあった。一緒に運動することで親近感が生まれ、保護者との距離が縮まった。気軽に雑談もできるようになった。
 それまでは保護者ということを意識して「何か言われるのではないか」と構えていたのかもしれない。「子どもを成長させたい」という思いは同じなのだから「パートナー」と考えればいいのだ。そのように思い直した。
 見方が変われば対応も変わってくる。保護者から「○○してくれませんか」と注文を受けたときも「自分が責められているのではない。子どもの成長のために言っている」と思うと素直に受け入れられた。
 また、保護者との距離が縮まると、積極的に連絡をするようになった。特に成長が見られたときは、連絡帳に書くようになった。喜ばない保護者はいない。
 苦手だった保護者対応も、少しずつ手応えを感じるようになった。
(
佐藤正寿:1962年秋田県生まれ。岩手県公立小学校副校長。「地域と日本のよさを伝える授業」をメインテーマに教材開発に力を入れている)

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私の12年間の教師としての歩みが学級通信の中にいっぱいつまっています

 私が大阪市立小学校に新任として赴任しとき、学級通信を発行しておられた先生が一人いました。30歳くらいの女の先生でした。その先生は「一枚文集」のような形や、ザラ紙四分の一ぐらいに学級のようすを少しのせたり、連絡を書いたりする内容でした。
 しかし、当時の私の目から見て、あまり学年の先生から「いい目」では見られていなかったように感じていました。保護者からは人気がある先生だったように思います。私は、その先生の実践は「すごいなぁ」と思っていましたが。
 
「学級通信をだしているから、学年の足なみがそろわない」といった、なんともいえない雰囲気を感じたのです。
 そして、二年目、四年生の担任になったとき「学級通信をだして非難されたら」と、私は非常に悩みました。
 おもいきって、年輩の先生に相談すると
「若いうちは、自分のやりたいこと、好きなことをやりなさい。あとは、私らがしりぬぐいしてあげるから」
「子どもたちは、いろいろな先生の特技や個性、専門から学びとっていくのだから。あなたの持っている力をだしなさい。学級通信はできたら管理職に見せなさいよ」
と言われました。この言葉に非常に勇気づけられ、目の前がパッと明るくなったようでした。
 学年としての足なみをそろえることは必要です。でも、学級はその担任のイメージなり、独自性もあるはずです。
 私は今でも、その女の先生のがんばりと、年輩の先生の言葉は、私を育ててくれたと思っています。こんな思いから、私の学級通信はスタートしていきました。
 私は、学校や学級は子どもが生き生きとできる場にしなくてはいけないと思っています。なんとか、楽しく、生き生きと生活できる場にして、わかる喜びを教えてあげよう。
「明日も来たい」「明日も何かあるぞ」そんな、ワクワクした夢や希望を持って帰らせたいと、私は思っています。
 ささいなことを認めてあげるひと言が必要だと思います。また、友だちのがんばりやよろこびや活躍に「拍手」を送れる子どもたちも必要です。
 二年間担任したAさんの作文は「毎日、学校へ来るのが楽しみでした」と次のように書いてくれました。
「前田先生は、怒ったらこわいけれど、やさしいところもいっぱいありました。けん玉やいろいろなコンクール、鉛筆削り大会、百人一首大会・・・・、いろいろなことをやったので、何か得をしたような気がします。二年間、とても楽しかったです。毎日、学校へ来るのが楽しみでした」
 私の12年間の教師としての歩みが学級通信「あせ・どろ」の中にいっぱいつまっています。
 子どもたちの学校生活の様子を保護者は切実に知りたがっています。私は、学級というのは、絶対に保護者からの支えがなくては豊かになっていかないという思いを持っています。
 学級通信「あせ・どろ」1000号を迎えましたが、新任以来、書き続けてきたのも学級を、教育を豊かにしていきたいという、私の願いからです。
 保護者がわが子だけでなく、学級の取り組みや学級のすべての子の生活に関心を持ち、時には意見や感想をいい合える関係って、すばらしいことです。子どもたちの成長にとっても大切なことです。
 学級通信が保護者同士の交流の場としても、共通の話題を提供するものとして必要なものになっています。
 学級通信は、私にとっては自分と学級づくりのバロメーターなのです。子どもの姿が見えなくては、子どもの願いが実感として伝わってこなくては、学級づくりはできません。
 学級通信は一人ひとりの子どもの姿や声が浮かんでこなくては書けません。
 学級が生き生きと活動しているとき、すばらしいこと、くやしいこと、ドラマが生まれたとき、発見・成功・失敗・感動があったとき、子どもの伸びる芽を確信したとき、もう書く内容は決まっているのです。
 教室の中には、書く素材なんていっぱいあるのだから、子ども一人ひとりの言動や願いを「とらえる目」を身につけることが何よりも大切だと思っています。
 初めて担任したとき、学級通信を仕上げるのに二時間以上かかっていました。今は一時間以内で書けるようになりました。
 でも、学級がうまくいっていないときや、子どもたちの生活が事実として浮かんでこないとき、やっぱり書けませんね。
 みんな、うまくいったことばかりではありません。私自身の失敗したことも多くありました。また、子どもたちとしっくりいってない時もありました。でも、どんな時でも、
「子どもたちを信じてやらないといけない」
「子どもの否定面だけを見て、判断したらいけない」
そう思い、とにかく12年間やってきました。
 これから先も、子どもたちの前で「愛やロマンを大きく膨らませ」子どもたちに語れる教師として、偉大な先輩たちに学び、子どもたちや保護者に学びながら、教室の中にとびこんでいきたいと思います。
(
前田睦夫:1954年大阪市生まれ、大阪市立小学校教師)

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保護者との信頼関係をどうすればつくれるか

 保護者との信頼関係をつくるうえで学級通信は非常に有効な手段だ。学級通信を通じて保護者に伝えることは、
(1)
日常の子どもの姿
 保護者は中学校で子どもがどんな生活をしているか、ほとんど何も知らない。小学校に比べると、参観日や行事も少ないので、学校を訪れる機会も減る。子どもが今日あったことを話さなくなる。したがって、中学校での日常の生活を学級通信を通じて知らせるようにするとよい。
 学級通信や保護者懇談で子どもの努力を伝えようと思っても、実際に子どもを見ていなければそれはできない。そのため、できるだけ子どもたちのそばにいるようにする。
 具体的には、授業の五分前に教室に入る。授業や給食を終えたら、そのまま教室に残る。黒板消しで黒板をきれいにしたり、子どもと雑談をしたりしていると、子どもの姿が目に入る。がんばっている子が見える。
 同時に、教師が休み時間に教室にいることによって、いじめ、暴力などの抑止力にもなる。これは大きい。子どもたちにとって、教室が心休まる場になるからだ。
 日頃から、そうやってできるだけ子どもたちのそばにいて、様子を見ていると学級通信や保護者懇談のネタも集まってくる。このとき、力を発揮するのが付箋だ。ポケットに付箋を入れておくと、メモするのに役立つ。後で、それをノートに貼り替えるだけでよい。
 そういう積み重ねを通じて子どもたちのことが、少しずつ分かってくる。何か問題が起こったとき、子どもたちのいろんな言動が結びついていく。そういえばあのときこんなことをしていた、言っていたということになる。
 そういう積み重ねが「あの先生は、わが子を見ていてくれる」という信頼感につながってくる。できるだけ、子どもたちのそばにいるようにする。誰にもできることだ。
(2)
担任の考え・指導の方針
 例えば、「最近、下駄箱の靴は全員整頓されるようになりました」という学級通信の文章を載せる。そこには担任の「靴をそろえて下駄箱に入れられる人間というのは、すばらしい」という考えに基づいた指導方針で、朝の会や帰りの会、道徳で教え指導した結果、全員ができるようになったのだ。
 「しっかりとした考えに基づき指導する→子どもたちができる→子どもたちをほめる→学級通信に載せてほめる」というサイクルにしたい。
 こういうことを学級通信で保護者に伝えていくと「家でも靴をそろえるようになりました」という声を保護者よりよせてもらえることもある。学校と家庭が同じ価値観で子どもに接することができるようになる。
(3)
連絡
 子どもが家庭に持って帰るプリントは多種多様で多い。これらが無事に保護者に届いているでしょうか。教科、学年事務、保健室や給食室、PTAのお知らせなど、子どもに配布されるプリントは多い。
 例えば「懇談会のアンケートの締め切りは三日です」という連絡が保護者全員に徹底されず、締め切りまでに提出物がなかなかそろわないという事態になることがある。
 これを、学級通信を見れば分かるようにするのだ。学級通信をチェックしておけば、予定が分かり、忘れ物が防げるようにしておく。そうすれば締め切りも守られるようになる。
 したがって、この学級通信が必ず保護者の手に渡るようにしたい。そのために、入学式、始業式という、学年のスタートの日に配布するとよい。
 ここで配られると、保護者は学級通信というものがあることを認識してくれる。大切な連絡が載るということを知れば、保護者の方から子どもに「学級通信出てないの?」と催促してくれるようになる。
(
芝勢雅子:元岡山県公立中学校教師)

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学級通信は多角的に子どもを見、子どもや保護者の意識を変革し、教師を成長させることができる

 私が教師になったその日から学級通信を始めた動機は「共育」にありました。共育とは、共に育て合い、育ち合おうとする精神です。この精神をしっかり持っておけば、一方的に子どもを怒ったり、乱暴な言葉は出てくることはないし、はみ出しっ子にも苛立たず、ちょっと待って、つきあってみようかという心も自然とわいてきます。
 教師の意識をいつのまにかむしばむ恐ろしいビールスがあります。それは常に教えるとか指導する立場に立たされているために、相手から謙虚に学びとろうとする意識がなくなってしまうビールスです。自分は教える人、子どもは教わる人、おまけに親まで教わる人という意識を持ってしまうのです。ベテラン教師ほどそういう人が多く、気をつけねばと自戒しています。若い教師にもいます。
 そういう人は「生徒のくせに文句を言うな」と、子どもの意見に耳を傾けようとしません。保護者に向けても似たような姿勢をもっています。「保護者会なんていやだなあ。親は注文ばかりつけてうるさい」と、親の言葉にまで耳をふさごうとしてしまうのです。
 私が学級通信などを出し続けたのも、常に共育という意識をなくさないようにするためだったと言えます。通信を出す作業の中で、子どもをよく観るという姿勢を求められました。保護者とよく話し、親はわが子の何を伸ばしたいと考えているのか、それを助ける担任に何を求めているのか、願っているのかを知らなければなりませんでした。
 学級通信を何回出したかは、たいした問題ではないのです。しかし、それだけのものを出せたということは、子どもに近づいて多角的に子どもを見ようとしたからです。学級通信にそれを取りあげ、まな板の上に置くことによって、子どもは子どもなりに、保護者は保護者なりに、作った担任は担任なりに、まな板の上の鯉を料理し自分の栄養にしていこうとします。これは大変意義深い教育活動だと言えるでしょう。
 私は「やまびこ会」を主幹している関係で、手元に全国で実践している教師たちの学級通信が多数送られてきます。よい通信とは読み手にとって「読みやすい。考えさせられる。子どもたちの様子や教師の考えがよくわかる。未来への展望がある。親や子どもがそれぞれの立場から関心の持てる話題が豊富である」ことです。
 学級通信はたんに情報伝達の手段に終わらず、子どもや保護者の意識の変革までおよぶ機能を果たす機能があります。それだけではありせん。発信者の教師が、いろんな面で成長できるのです。毎日、子どもの現実を見つめ、それを分析してリポートします。そのとき、「おまえはそれをどう受けとめ、これからの指導にどう生かそうとしているのか」と、自問を迫られ、自答していかねばなりません。そして、それを次の実践に移らねばならない状態にいつも身を置くのです。この実践の訓練を子どもや保護者にさせてもらっているということになるのです。それが教師としての成長となって実を結ぶのではないでしょうか。
 学級通信に書いて、記事を残すことは、考えてみればこわいことです。自分をそこにさらけ出し、誰にでもいつでも知られる形で自分を残すのですから。子どもたちや保護者のおかげで、学級通信によって私の教師としての足跡を残してきました。この足跡が私の軌道を正す大きな力になっています。学級通信づくりは自分のためだったんだと、今になってわかってきたのです。
(
山田暁生:19362008年、東京学芸大学卒、元町田市立中学校教師。やまびこ会創始者)

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